ページ番号1007598 更新日 平成30年8月30日
このウェブサイトに掲載されている情報はエネルギー・金属鉱物資源機構(以下「機構」)が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、機構が作成した図表類等を引用・転載する場合は、機構資料である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。機構以外が作成した図表類等を引用・転載する場合は個別にお問い合わせください。
※Copyright (C) Japan Organization for Metals and Energy Security All Rights Reserved.
概要
・2018年7月末に発表されたBPによる英豪系資源大手BHP Billiton(BHP)の米国子会社の買収は、BHPがシェール開発から撤退してメキシコ湾海上油田開発に集中する一方でBPがシェール開発に対する取組みを強化した点で対照的な動き方であった。
・BHPにとっては、2014年半ばの油価下落以降、米国陸上シェール資産の投資利回りの低さは一部株主からも批判される懸案事項であった。このところの油価回復の機を捉えてシェール資産の売却に至ったが、鉄鉱石・銅・原料炭・海底油ガス田開発といった大型の資源開発を優先する姿勢を明確化するものであった。
・他方、BPにとっては2010年に発生したメキシコ湾の原油流出事故により遅れていた米国における石油・天然ガスの生産拡大をシェール資産の取得により加速しようするものであった。メキシコ湾海上油田開発に対する積極姿勢は変わっておらず、需要が堅調な米国市場に対する供給力を短期間に増やすことのできるシェール資産と長期的に生産コストを抑えるのことのできる海上油田開発のバランスを取る動きと考えられる。
・BHPは引き続きメキシコ湾における大規模な海上油田開発を引き続き中核事業と位置付けるとしており、メキシコ湾海上油田開発に関してはBPとBHPともに積極姿勢であることは共通である。従来シェール開発に積極的であったプライベートエクイティにもメキシコ湾海上油田開発に対する投資を増やす動きが見られることから、シェール開発と合わせてメキシコ湾の海上油田の投資・生産動向に注目していきたい。
(各社/機関・決算報告書、ホームページ、報道等)
1. はじめに
BHP Billiton(BHP)は鉄鉱石、原料炭、銅等の金属鉱物資源を主力とする資源会社であるが、石油・天然ガス、燃料炭といったエネルギー資源でも大きな権益を持っている。2016年6月期(BHPの決算期は6月末)には米国シェール事業の減損処理とブラジルの鉄鉱石鉱山の事故が重なった為に2001年のBHPとBillitonの合併後初めての赤字決算となっていた。
2017年度は黒字決算に回復したものの大きなフリーキャッシュフローを生まない米国の石油・天然ガス資産投資はアクティビスト投資家が注目するところとなり、2017年8月の決算発表時にAndrew Mackenzie CEOが米国陸上のシェール資産を売却するとの方向転換を発表するに至った。

2018年7月末にBHPは米国の陸上油ガス田資産(イーグルフォード、ヘインズビル、パーミアン、フェイヤットビル)を108億ドルで売却することで合意したと発表した。その大宗は米国子会社であるPetrohawk Energy Corporation(Petrohawk)を105億ドルで英系メジャーBPに売却するものであり、メジャー企業がまとまったシェール資産を取得する取引として注目された[1]。
BPから見れば2010年にメキシコ湾で大規模な石油流出事故を起こした経緯もあって遅れていた陸上シェール開発に資産買収という形で踏み込んだということであるが、BHP側から見ると2011年に125億ドルで買収したの十分なリターンを上げることのできなかったPetrohawkを売却しメキシコ湾の海上油田開発に特化するという取引でもある。BHPによる在来型大規模海上油田開発とBPによる非在来型ショートサイクル・シェール開発という両資源大手の選択の背景を比較・対照してみた。
[1]「英BP、シェールで攻勢 1.2兆円買収で米事業再起」日本経済新聞電子版2018/7/31
2. BHPによる米国シェール資産の取得と売却
1)BHPの石油・天然ガス開発
BHPの石油・天然ガス開発は1960年代のオーストラリアのGippsland Basin(バース海峡)とNorth West Shelf(西豪州・北部準州沖)の海上油ガス田探鉱まで遡る。現在では豪州に加えて、米国、トリニダードトバコ、英国、アルジェリア等で上流開発を行っている。
米国における石油・天然ガス関連のビジネスとしては(1998年に売却されたハワイの石油精製施設を除けば)1990年代にメキシコ湾の海上油ガス田開発を始めている。2001年から原油生産を開始しており、ShenziとNeptuneの2つのプロジェクトでオペレーターを務めるほか、AtlantisとMad Dogでノンオペレーター権益を保有している。
2001年以降、BHPの海上油田開発は2009年までは生産を拡大していたが、2010年4月に発生したBPの原油流出事故を受けてメキシコ湾の海上油田開発にモラトリアムが適用されたこと等により一時的な停滞を余儀なくされた。BHPがシェール資産を取得したのはこのタイミングであった。

2)シェール資産取得の経緯
2011年のBHPによるシェール資産買収は2段階で実施された。第1段階は、2011年2月、Chesapeake Energy Corporationからアーカンソー州フェイエットビルのシェール資産を47.5億ドルで買収した取引であり、この取引には487,000エーカーの土地、400百万cf/dの天然ガス生産量と付随するパイプライン設備が含まれた。第2段階は、2011年7月、151億ドルでPetrohawkを買収、BHPの米国陸上石油・天然ガス資産を保有する子会社をPetrohawkに統合した。
BHPが198.5億ドルを投じて取得したイーグルフォード、パーミアン、ヘインズビル、フェイエットビルを合計した2017年度の生産量は石油95,000b/d、天然ガス754,000千cf/dであった。
(イーグルフォード)
2017年6月期の生産量は石油73,000b/d、天然ガス175,000千cf/d。
テキサス州南部Black HawkとHawkvilleに246,000ネットエーカーの土地の他、1,650キロメートルのパイプライン等の集積設備を保有(75%、25%はKinder Morganが出資)。
(パーミアン)
2017年6月期の生産量は石油22,000b/d、天然ガス52,000千cf/d。
テキサス州西部に83,000ネットエーカーの土地の他、パイプライン等の集積設備を保有。
(ヘインズビル)
2017年6月期の生産量は天然ガス262,000千cf/d。
テキサス州東部からルイジアナ州北部に197,000ネットエーカーの土地の他、パイプライン等の集積設備を保有。
(フェイエットビル)
2017年6月期の生産量は天然ガス265,000千cf/d。
アーカンソー州北中部268,000ネットエーカーの土地の他、パイプライン等の集積設備を保有。
3)売却に至るまでの経緯
2011年のシェール資産取得によりBHPの米国石油・天然ガス事業は生産を拡大した。2012年以降豪州の石油生産が減少し始めたこともあり、2015年にはBHPの石油・天然ガス生産量70万boedの6割以上を米国で生産するに至った(グローバルベース:石油341千b/d、天然ガス2,155百万cf/d、米国:石油247千b/d、天然ガス1,183百万cf/d)。
しかしながら2014年後半以降の油価の低下により2016年7,184百万ドル、2018年2,859百万ドルの減損処理を行うなど米国シェール事業は大きく業績の足を引っ張った。2017年4月、投資会社Elliott Managementが、大きなフリーキャッシュフローを生まない米国の石油・天然ガス資産投資はBHPの事業ポートフォリオに適合しないとして売却すべきとの主張を展開し注目を集めた。
2017年8月の決算発表において、Andrew Mackenzie CEOはメキシコ湾海上油田開発は長期的に安定したキャッシュフローを生むため中核事業と位置付けたが、米国陸上のシェール資産については取得価格が高すぎて採算を確保することが難しいために売却せざるを得ないと表明し、適切な価格で売却する為の方法・売却先を検討することとなった[2]。
2018年7月末にBHPは米国の陸上油ガス田資産(イーグルフォード、ヘインズビル、パーミアン、フェイヤットビル)を108億ドルで売却することで合意したと発表した。米国子会社であるPetrohawk Energy Corporation(Petrohawk)を105億ドルで英系メジャーBPに売却するものとフェイヤットビルをMerit Energyに3億ドル売却するというものであった。
このようにして2011年に198.5億ドルを投じて取得したシェール資産は108億ドルで売却されることになった。米国シェール資産のみを対象とする採算の状況は明らかにされていないが、BHPの公表決算資料には(メキシコ湾の海上油田を含む)米国における石油・天然ガス事業部門の採算状況が開示されている(Supplementary oil and gas information - unaudited)。これによると2011~2017年の7年間合計で123.4億ドル(Production costsとExploration expensesの合計)を投じて344.5億ドルの石油・天然ガス販売収入(Oil and gas revenue)を計上している。2015~2017年の3年間は計80.9億ドルの損失を計上している。この主な要因は償却負担(Depreciation, depletion, amortization and valuation provision)であったことから、現金収支としては純損失という訳ではないが金属・石炭事業との比較において投資効率が十分でなかったという判断に至ったものと考えられる[3]。
[2] 2017年6月期決算発表 2017/8/22
[3] 2018年6月期の決算報告資料(2018/8/21 同社News Release)では米国陸上石油・天然ガス事業はDiscontinued operationsと分類され、Revenue 21.7億ドル、Loss after taxation 29.2億ドルを計上しているが、損失の主な要因は減損処理(28.6億ドル)によるものであった。

4)メキシコ湾海上油田開発への回帰
BHPはメキシコ湾の海底油田ではShenzi(44%)とNeptune(35%)のオペレーターを務める他、Atlantis(44%)とMad Dog(23.9%)の権益を保有している。今後はMad Dog Phase 2 (オペレーター:BP)などの新規のプロジェクトの立ち上がりにより2022年の原油生産量140,000 b/dを見込んでいる。この他にもオペレーター案件のWildlingやSamurai(オペレーター:Murphy Oil)等の案件(unsanctioned)があり、メキシコ湾海上油田開発は引き続き中核事業として取組みを強化していく方針である。

3. BPによるシェール資産の取得
1)BPの米国における石油・天然ガス開発
2017年のBPの米国における石油・天然ガス生産70.3万boedの内訳は石油42.6万b/d・天然ガス1,659百万cf/dとなっている。石油の生産を地域別に見るとメキシコ湾64%、アラスカ26%、陸上10%とシェール開発のウェイトが低いのに対し、天然ガスではメキシコ湾11%、陸上88%、アラスカ1%と対照的にシェール開発のウェイトが高くなっている。

1998年にStandard Oil of Indianaの流れを汲むAmocoを合併した経緯もあり、BPの米国における石油精製能力は71万バレル(日量)でグローバルベースの42%を占める[4]。これに対し原油生産量は2017年には42.6万バレルとなっており、メキシコ湾原油流出事故[5]を受けてApache Corpに資産を売却したことなどにによりピーク(2009年:66.5万バレル)から35%以上減少している
[4] BPのグローバル精製能力日量170万バレルに対して米国の3製油所 - Cherry Point、Whiting、Toledo – の精製能力合計は71万バレル(公表決算資料)。
[5]「映画『バーニング・オーシャン』では触れられなかった『メキシコ湾油流出事故対策』から見える油田開発レジリエンス」 伊原 賢 石油・天然ガス資源情報 2017/8/29
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1004689/1004738.html
2)シェール資産からの石油・天然ガス生産拡大
今般BPが105億ドルでBHPから買収することになったのはパーミアン、イーグルフォード、ヘインズビルのシェール資産であるが、パーミアン、イーグルフォードについては石油生産の拡大が期待できる。BHPにとっては鉄鉱石、原料炭、銅等の金属鉱物資源との比較において十分なキャッシュフローを生まない為に売却という判断に至ったシェール資産であるが、米国市場に石油・天然ガスの販路を保有しているBPにとっては戦略上も魅力的な投資機会であったとされる。
2017年のシェールオイル生産量は44千b/d、今回買収したパーミアンとイーグルフォードの石油生産量の合計は95千b/d(BHP社資料)となっているが、BPはこれを2020年代半ばには200千b/dまで拡大するとしている[6]。
この根拠としてBPは以前から保有していたヘインズビルのシェール開発(天然ガス)で過去5年間にUnit production costとDevelopment Costを35%、人員を54%削減した実績を挙げている。具体的には、操業設備の修理業者の選定に際して過去の実績データに基づき自動的に最適な発注を行う、現場作業員が着用する仮想現実ゴーグルに(ヒューストンの)本部専門家から直接作業指示・指導を行う、或いは自動化されたデータを収集・分析することにより現場点検する前に修理が必要なガス井を突き止め必要な作業を朝一番に作業員に指示することができる等、シェールガス開発を通じて蓄積されたBPの技術をBHPから買収したパーミアン、イーグルフォードに導入することで生産量を大幅に拡大することができるとしている。
[6] “BP Acquisition of BHP’s US Onshore Assets” BP社ホームページ 2018/7/27
https://www.bp.com/en/global/corporate/investors/investor-presentations/bp-acquisition-of-bhp-us-onshore-assets.html

3)メキシコ湾海上油田開発の動向
シェール資産の買収に105億ドルを投ずることから、今回のBPのシェール資産買収は油価回復の機会を捉えて原油流出事故で後退した米国事業の遅れを一気に取り戻そうするものと見る向きもあるが、メキシコ湾海上油田への投資計画には変更はないとしている。
BPはRoyal Dutch Shell、Chevron、Anadarko Petroleum等と並んでメキシコ湾海上油田開発に積極的に取り組んでおり、2014年以降の油価下落の影響を受けてややスローダウンしたものの、世界最大の消費市場[7]へのアクセスの良さからメキシコ湾の大型石油・天然ガス開発への投資には引き続き積極的に取り組むとしている。
メキシコ湾海上油田開発についてはプライベートエクイティの動向も注目される。今回のBHPのシェール資産売却ではBPと並んで入札していたRoyal Dutch ShellやChevronはプライベートエクイティとパートナーシップを組んでいた[8]。2014年半ばの油価下落、プライベートエクイティは積極的に米国陸上のシェール資産を買収してきたが、最近は出口戦略と見られる動きが増えている。今回のBHPの資産売却に際してはメジャー石油会社のBPの方がプライベートエクイティよりも積極的な評価をしている点で興味深い。従来、独立系上流開発会社が中心となって拡大し、プライベートエクイティが資本市場からの資金調達に大きな役割を果たしてきた米国のシェール業界の競争環境の変化の兆しとして注目される。
シェール開発ブームが始まる以前にメジャー企業と並びメキシコ湾海上油田開発で中心的な役割を果たしていた独立系上流開発企業が(Anadarko PetroleumやHess Corporationなどを除き)シェール開発にウェイトを移してしまったが、このところの油価回復を受けてLLOG ExplorationやFieldwood Energyといった非上場の上流開発企業が新たな投資機会を見出し、徐々にメキシコ湾浅海から水深4,000フィート程度の地域まで進出している[9]。
最近パーミアンのシェールオイルの増産がパイプライン等のインフラ制約によりペースダウンしていると言われており、資金力のあるメジャー企業がシェール投資を拡大する一方で、プライベートエクイティが海上油田開発に食指を伸ばしている。シェールオイル増加の陰では目立たないが、メキシコ湾海上油田の原油生産は2013年125.5万バレル(日量)から2017年には167.9万バレルまで増加している。今後もメジャー企業やプライベートエクイティなどによるメキシコ湾海上油田への投資が継続して生産が拡大していくのか、動向に注目していきたい。
[7] 石油19.8%、天然ガス20.1%(BP Statistical Review of World Energy, June 2018)

4. まとめ
BHPのシェール資産売却は資源大手BHPにとっては投資効率の良くなかったシェール資産からの撤退、海上油田開発への特化であり、メジャー企業BPにとっては消費市場に近い石油を中心とするシェール開発を強化するものとして対照的な動きであった。
BHPにとっては投資効率の低さが懸案だった米国陸上シェール資産を最近の油価回復の機会を捉えて売却することにより鉄鉱石・銅・原料炭を含めたポートフォリオの入替えであり、メキシコ湾の海上油田開発が中核資産と位置付けられた点も注目しておきたい。
他方、BPにとっては2010年のメキシコ湾の原油流出事故により遅れた米国における石油・天然ガスの生産拡大をシェール資産の取得により加速することができたが、同時にメキシコ海上油田開発に対する積極的な姿勢は変わらないことも確認された。石油製品に対する需要が堅調な米国において短期間に増産することができるシェール開発と長期的な生産コストをコントロールできる海上油田開発のバランスを取りつつ両方とも拡大していく動きと考えられる。
最近ではプライベートエクイティもメキシコ湾海上油田開発への投資を増やす動きが見られることから、シェール開発とメキシコ湾の海上油田開発が相互に影響する米国の上流開発投資・生産動向を注目していきたい。
以上
(この報告は2018年8月29日時点のものです)