ページ番号1007733 更新日 平成31年3月6日
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概要
- 米とEUによる対露制裁は、2014年9月までは協調が見られたが、2014年12月に米国はウクライナ自由支援法を施行した一方で、EUはそれ以降、実質新制裁を出しておらず、発動から1年も経たない内に足並みが崩れているのが実状。さらに米国は制裁の目的であるクリミア併合解消とウクライナ東部地域鎮静化への道筋が見えないまま、トランプ政権の内政問題(ロシアゲート)を受けて、政権が同国議会に対して対露強硬姿勢を示す必要から、2017年8月新制裁法(CAATSA)を施行。2018年3月、スクリパリ親子殺人未遂事件も重なり、米国では新たな制裁施行への圧力が継続している。
- それとは対照的に、EUは制裁解除・強化には全会一致が必要であり、反露派(東欧を中心)と親露派がまとまらず、制裁の成果(ミンスク合意Ⅱの履行)が見えない現状では、新たな制裁も出せず、既存制裁の延長と対象者を拡大するだけの状況にある。なお、欧州企業によるロシアでの活動について、それが制裁に抵触するかどうかの判断は各国に委ねられており、制裁に抵触するかどうか不確かな案件について、欧州企業によるロシアとの石油開発プロジェクト推進が可能になっている側面もある。
- 制裁発動から5年が経とうとしているが、これまでを振り返ると米国制裁を中心に3つの注目すべき事象が起こっている。
- 2015年8月、米国がガスプロジェクトにも制裁を拡大(サハリン-3鉱区南キリンスキー鉱床を制裁対象に)。これはコンデンセート生産が見込まれる北極海や大水深、シェール層プロジェクトも制裁対象となる可能性を示唆。
- 2017年7月、初の制裁抵触事例と罰則適用(ExxonMobilに対する罰金)。制裁抵触の最初の事例は、2017年7月20日、米国企業であるExxonMobilへの200万ドルの罰金であり、対露制裁の流れ弾が米国企業という身内に当たるという皮肉な結果を示すことに。翌21日にはExxonMobilが異議申し立て(現在も係争継続中)。他方、制裁抵触と罰則の発表より2年前に米国政府とExxonMobilの協議が始まり、ExxonMobilに対して2年に及ぶ弁明の機会が与えられ、その上で双方が妥結できない場合に罰則が適用されるということも示す(即時適用ではない一例となる)。
- 2019年1月、制裁解除の最初の事例となったデリパスカ関連企業3社のSDN(特定国籍指定者)対象からのリリース。デリパスカの保有する3社に対する制裁が解除された理由=「支配権の排除」を明確化しており、今後制裁が課された場合でも解除される条件と方法(前英国エネルギー気候変動大臣のバーカー卿によるOFACへの請願のように有力者の仲立ち)が明らかに。
- ロシアによるクリミア併合の問題の解決が極めて不透明な現状において、欧米制裁は長期化するという見方が趨勢だが、この3月末に実施されるウクライナ大統領選挙と新大統領の方針が制裁解除に向けた材料を提供する可能性がある。2015年2月に結ばれたミンスク合意Ⅱの一部履行となるウクライナ憲法改正に対する見通しが出てくるためだが、一方で、ミンスク合意Ⅱの履行はウクライナ共和国が欧州寄りの西部とロシア寄りの東部へ分離分割していくパンドラの箱となる可能性が高く、その実現には高いハードルが待ち構えている。
(米国財務省・国務省、EU、他)
1.欧米による対露制裁:これまでの経緯
2014年2月のウクライナ騒乱、3月のロシアによるクリミア併合を受け、その解消とウクライナ東部の紛争鎮静化を目指し、欧米はロシアに制裁を課し、丸5年が経過しようとしている。当初、個人・企業に対する入国制限、資産凍結であったが、7月に発生したウクライナ上空でのマレーシア航空機撃墜事件を受け、ロシアの経済活動の根幹である石油産業をターゲットとした制裁に先鋭化した。具体的には「将来的石油生産ポテンシャルのある」分野、すなわち大水深(500フィート(米)/152m(EU)以深)、北極海(米)・北極圏(EU)[1]、そしてシェール層開発に必要な資機材について7月から実質的禁輸措置が実施された。これまで述べてきた通り、減退する可能性の高いロシアの原油埋蔵量に対してロシアが期待を寄せているのが現在の主力生産地域と分布が重なるバジェノフ層におけるシェール開発や大きな資源ポテンシャルを有する北極海であり、欧米制裁は外資の技術なくしては開発が進まないエリアを狙うことを目的としたものである。また、将来的な石油ポテンシャルをターゲットとし、天然ガスを対象外とした背景には、実際の原油・天然ガスの禁輸措置を行う場合にはその受益者となる欧州諸国が損害を蒙ることに対する配慮があったと考えられている。
同年9月には、さらに踏み込んだ制裁として資機材の禁輸を役務(サービス)にまで拡大した。この欧米によるロシアへの更なる圧力のトリガーとなった出来事として、RosneftとExxonMobilが2011年に合意した戦略的協力協定に基づき、8月からカラ海で掘削を開始と発表を行ったことが挙げられる 。欧米としては制裁の抜け道(バックフィル)を許さないことを示すために制裁に役務を含めることでExxonMobilを同プロジェクトから撤退させることを目的としたものだった。実際、制裁発動(9月12日)から2週間の猶予が与えられ、ExxonMobilは撤退を余儀なくされたが、同プロジェクトでは猶予期間内で掘削を完了するべく作業が続けられた。結果、Rosneftは2週間の猶予期間が終わるや否やセーチン社長による単独会見を開催し、大規模油ガス田の発見を発表し 、奇しくも制裁発動後に北極海の有望なポテンシャルが判明することとなった[2]。
[1] 米国制裁ではArctic offshore、欧州制裁ではArcticと記載。なお、これまでの事例から欧州も陸上を含む北極圏を対象にしているのではなく、北極海を対象としていると考えられる。
[2] Rosneft社ウェブサイト:https://www.rosneft.com/press/gallery/Rosneft_Discovered_a_New_Hydrocarbon_Fie/
ExxonMobil社ウェブサイト:https://cdn.exxonmobil.com/~/media/global/files/other/2014/kara-sea-fact-sheet.pdf

(出典)米国政府(国務省及び財務省)及び欧州連合による制裁規定から筆者取り纏め
その後、米国とEUの制裁の足並みが乱れる。ロシアに圧力をかけ、クリミア併合の解消を目指すのが制裁の目的だが、特に全会一致で更なる制裁(もしくは解除)を決定するEUは、実効性が見えず、対露制裁によるビジネス界の反発もあり、更なる制裁の追加に消極的となっている。それは同年の12月に米国が「ウクライナ自由支援法」を制定し(大統領署名後、未発動の状態が続いていたが、後述のCAATSAで一部発動された)、外国企業をも米国制裁の対象とすることができるようになった一方で、EUは既存制裁の対象個人・企業の拡大に留まったことにも現れている。その後、2015年2月にドイツ、フランス、ロシア、ウクライナ4者が見守る中、「ミンスク合意Ⅱ」 (図3参照/P10)が結ばれるも、結果が出ないまま現在に至っているが、米国はその間もRosneft(2015年7月)、Gazprom(2016年9月)、NOVATEK(2016年12月)、Transneft(2017年6月)、そして、Surgutneftegaz(2018年1月)と、制裁対象企業の子会社をも特定する形で制裁を強化してきた。50%以上の株式を保有する子会社は実質グループ企業と見做されるという定義があるにもかかわらず、さらに子会社を特定した背景には制裁がクリミア併合解消やウクライナ東部地域鎮静化のためのロシア締め付けと譲歩引き出しという実質的成果を出さないまま、打つ手が限られていることを露呈する一方、制裁対象企業とはならない子会社を特定するという意味合いもあったとも推察される(例:2015年11月にBPが20%、インド企業連合が29.9%買収したRosneftの子会社であるTaas Yuryakh NeftegazodobychaはRosneftの子会社リストには入っていない)。
その後、米国はオバマ政権からトランプ政権に移行し、議会の反トランプ派によるロシアゲート問題(2016年の大統領選を巡ってトランプ大統領とその側近がロシアと共謀していたという可能性)への注目によってロシアと距離を置く姿勢を示す必要に迫られたトランプ大統領と議会の反露強硬派・超党派議員による追加制裁への拍車を受けて、2017年8月にさらに踏み込んだ制裁法「制裁による米国敵性国家対抗法」(H.R.3364/Countering America’s Adversaries Through Sanctions Act/CAATSA)を施行し、これまで米国人だけに適用されてきた分野別制裁(大水深、北極海、シェール層開発の禁止)が外国人に対しても対象となった(二次制裁)。さらに、任意制裁ながら、Rosneftのような国営企業が保有する鉱区への参画に際して外資に必要とされる同国営企業の子会社(鉱区ライセンスホルダー)への出資が国営企業の民営化促進とその対価が政府幹部を利すると見做される場合や、ロシアからのエネルギー輸出パイプラインへの資金・技術供与に対して制裁を課す内容となっている。

(出典)米国政府(国務省及び財務省)及び欧州連合による制裁規定から筆者取り纏め
他方、EUは、前述の通り、制裁解除・強化には全会一致が必要であり、反露派(東欧を中心)と親露派がまとまらず、制裁の成果(ミンスク合意Ⅱの履行)が見えない現状では、既存制裁を延長するしかない状況が、2014年以降続いている。米国と比較すると、2014年にExxonMobilがカラ海から撤退したのとは対照的に、制裁後も欧州企業によるロシアとの石油開発プロジェクトが続けられてきたことは興味深い。例えば、欧米の金融制裁・技術制裁対象であるRosneftと2016年から2018年に行われたENIによる黒海開発(最終的に撤退)、2016年旧Statoil(Equinor)によるマガダン鉱区での試掘井掘削(結果、ドライ)、2016年BPによるRosneft子会社であるYermakneftegazへの出資・資金提供は、それぞれ現在の欧米制裁に抵触する可能性がある案件だったはずだが、結果はどうであれ、実行されている[3]。この背景には、EUではグランドファーザー条項を適用し、2014年の制裁施行前に合意された内容については制裁対象としないという原則があること、そして、欧州企業によるロシアでの活動について、それが制裁に抵触するかどうかの判断は各国に委ねられており、厳密に制裁に抵触するかどうか不確かな案件(例えば、マガダン鉱区のように鉱区内に大水深領海はあるが、掘削深度は大水深ではない場合など)については、欧州企業は自国政府からのお墨付きを得る形でロシアとの石油開発プロジェクトを推進してきたと考えられる。
[3] この他、最近ではRosneft及びEquinorによる西シベリア・タイトオイル開発のJV設立等も挙げられる(IOD/2019年1月29日)。ノルウェーも対露制裁を課しているが、EU制裁とは若干異なる独自の特徴を持つ。
2.制裁開始後、発生した注目すべき三つの事象(米国)
(1)ガスプロジェクトにも制裁拡大(2015年8月南キリンスキー鉱床を制裁対象に)
冒頭の通り、欧米制裁は「石油生産ポテンシャル」を有する三分野(北極海(米)北極圏(欧)・シェール層・大水深)を対象としているが、その背景には既存原油生産や天然ガス生産を対象とした場合には、大顧客である欧州市場に大きな影響が出ることに対する配慮があったと考えられる。しかし、2015年6月、GazpromとShellがサハリン-3鉱区で発見したガス田・南キリンスキー鉱床について資産スワップに合意したのを受け、米国政府は、その二カ月後にはその鉱床をガス田にもかかわらず、輸出規制対象に加えた[4]。その理由について米国政府は「相応の液分(コンデンセート)の生産が見込まれるため」と説明。通常天然ガス生産では地表で液化する天然ガス液(コンデンセート)の生産が見込まれるものであり、この米国の新解釈によって、今後北極海(米)や大水深で立ち上がる天然ガス・LNGプロジェクトも相応のコンデンセートの生産が見込まれる場合には米国の制裁対象となる可能性が出てきている。
[4] 米国政府官報:https://www.federalregister.gov/articles/2015/08/07/2015-19274/russian-sanctions-addition-to-the-entity-list-to-prevent-violations-of-russian-industry-sector#h-11
(2)最初の制裁抵触事例(2017年7月ExxonMobilに対する罰金)
2017年7月、2014年5月にExxonMobilが米国制裁対象リストであるSDN(特定国籍指定者)に登録されたRosneft・セーチン社長とビジネスを行ったこと(契約等8文書を締結)に対して制裁金(2百万ドル:一文書当たり25万ドル)を科す処分を決定した[5]。これは2014年に始まった米国の対露制裁において違反した米国企業が特定され、具体的な罰金を科された初めての例となり、米国の制裁が形骸化したものではないことを示す出来事となった一方、既にExxonMobilはロシアでの事業中止で2億ドルの損失を計上しているが、さらにその流れ玉は米国企業という身内に当たるという対露制裁の皮肉な結果を示すことにもなった。
[5] 米国財務省ウェブサイト:https://www.treasury.gov/resource-center/sanctions/OFAC-Enforcement/Pages/20170720.aspx
https://www.treasury.gov/resource-center/sanctions/CivPen/Documents/20170720_exxonmobil.pdf
<参考>米国財務省外国資産管理室(OFAC)によるExxonMobilへの罰金適用の内容について[6]
- ExxonMobilに対してウクライナ関連制裁法違反のため、2百万ドルの罰金を科す。
- 具体的には、2014年5月14日~23日の間に同社が米国制裁対象として指定されたSDNリストにあるRosneft・セーチン社長と8つの文書を署名したことによる対露制裁法違反。
※Rosneft本体はSDNリストに入っていない。但し、分野別制裁(SSI)リストには入っているとの注あり。
※セーチン社長は2014年4月28日にSDNリストに登録されている。 - ExxonMobilはセーチン社長のProfessional(職業的)なキャパシティとPersonal(個人)のキャパシティの違いがあると抗弁しているが、財務省はその区別をしない。
※ExxonMobilは当時のホワイトハウス・財務省の説明を受け、SDNはPersonal(個人)に対して行われているものであり、Rosneft社の社長としてのキャパシティは対象とならないという論拠) - 更に、OFACは2013年にミャンマー政府に対するSDNリスト対象者との同様の面談等についても、Professional(職業的)なキャパシティとPersonal(個人)のキャパシティを区別しないことをFAQ(No285)で示している。
- ExxonMobilの制裁法違反の自発的な開示が行われず、同制裁法違反は決して許されないものであることから、基礎民事罰金及び法廷最高民事罰金の合計である2百万ドルを科すことを決定。
- また、OFACは次のExxonMobilによる問題点を指摘・懸念を表明(強い言葉で)。
- ガスプロジェクトにも制裁拡大(2015年8月南キリンスキー鉱床を制裁対象に)
- 同社幹部はセーチン社長がSDNリストの対象となった際の同氏の立場を認識していたこと。
- 同社は、ウクライナ危機に与するロシア政府の高官であるセーチン社長と取引を行う(engaging services)ことによりウクライナ制裁プログラムの目的に深刻な損害を与えていること。
- 同社は洗練された、経験豊富な石油ガス企業であり、米国経済制裁、輸出管理規制の対象となる製品、役務、技術の提供を全世界で行っていること。
- 他方、OFACは過去5年間違反を行っていない点には情状酌量の余地があると考えている。
他方、今回の罰金決定は即時決定し発表されたものではなく、ExxonMobilに対して制裁抵触に対する警告表明と弁明の遣り取りが2年以上前から財務省との間で行われていたことが分かっている。
[6] 米国財務省ウェブサイト:https://www.treasury.gov/resource-center/sanctions/OFAC-Enforcement/Pages/20170720.aspx
https://www.treasury.gov/resource-center/sanctions/CivPen/Documents/20170720_exxonmobil.pdf
<参考>OFAC及びExxonMobil間の罰金確定に至るまでの遣り取り[7]
- 2015年6月29日:財務省OFACはExxonMobilに対してPre-penalty Noticeを発出。
- 対象は今回と同じ8つの文書(SDN対象者(セーチン)とのLNGに関する合意及び7つのDeedの締結)。
- 2百万ドルの罰金の提示とExxonMobilに対して制裁に違反していない論拠を書面で示す権利を忠告。
- ExxonMobilは次の日付けでOFACに対し、複数回に亘って情報提供・説明を実施。
年月日 | 内容(ExxonMobil→米国財務省) |
---|---|
2015年08月05日: | 書面回答 |
2016年09月26日: | 面談 |
2016年10月12日: | 追加資料提出 |
2017年03月29日: | 追加資料提出 |
2017年04月13日: | 面談 |
2017年04月17日: | 追加資料提出 |
2017年06月23日: | レター(1)送付(財務省テロ金融情報担当次官宛) |
2017年06月26日: | レター(2)送付(財務省テロ金融情報担当次官宛) |
2017年07月06日: | 追加資料提出 |
2017年07月14日: | 面談 |
2017年07月17日: | 追加資料提出 |
このように2年前からのコレスポンデントに加え、罰金が確定する7月までの3カ月間、ExxonMobilは頻繁に財務省と遣り取りを行っていた。4月は3月にフリン補佐官が辞任し、5月にトランプ大統領がコミーFBI長官を事実上解任する間に当たり、ロシアゲート問題が燃え上がる過程に当たり、これらを受けても、財務省とExxonMobilの主張(ProfessionalとPersonalの区分けがあるのかないのか)について解決ができず(ExxonMobilが説得できず)、今回の財務省による制裁金決定に至ったということになる。また、この事象は制裁抵触となった場合でも、すぐに米国による罰則発動とはならず、弁明の機会が与えられ、その上で双方が妥結できない場合に罰則が適用されるということも示している点は、ロシアに参入しながら制裁リスクを懸念する外資にとって重要である。
[7] 米国財務省入手資料から抜粋。
(3)最初の制裁解除事例(2019年1月デリパスカ傘下3企業のSDN対象解除)
制裁を強化し続けてきた米国だが、2018年12月には2014年の対露制裁発動から初めて制裁対象(SDN/特定国籍指定者)3企業の解除という措置を打ち出したことは特記に値する。対象は同年4月にSDN指定となった寡占資本家オレグ・デリパスカ傘下の投資会社En+及び世界第二位のアルミ生産企業Rusal、電力会社EuroSibEnergoの3社であり、その世界経済への影響に鑑み、前英国エネルギー気候変動大臣のグレゴリー・バーカー卿を代表とする制裁解除の請願が行われ、対象企業に対するデリパスカの支配構造を排除する方策を検討し、米国政府(財務省)との間でバインディング(法的拘束力を持つ)文書締結、実行に移したことを評価した結果として、財務省から議会に対して解除勧告が出されたものである[8]。デリパスカの保有する3社に対する制裁が解除された理由=支配権の排除を明確化しており、今後制裁が課された場合でも解除される条件と方法(上述の通り、今回はスクリパリ親子毒殺未遂事件をはじめ、反露の色が濃い英国の著名人が仲立ちとなった点も興味深い)の可能性も示すものでもある。民主・共和両党の反対議員による差し止め動議が出され、勧告期限の30日を経過したものの、最終的に1月27日、財務省は制裁リストからの除外を発表している[9]。
[8] 米国財務省ウェブサイト:https://home.treasury.gov/news/press-releases/sm577
[9] 米国財務省ウェブサイト:https://www.treasury.gov/ofac/downloads/sdnnew19.pdf
3.制裁解除に向け材料を提供するウクライナ大統領選挙
ロシアによるクリミア併合の問題の解決が極めて不透明な現状において、欧米による制裁は長期化するという見方が趨勢だが、この3月末に実施されるウクライナ大統領選挙が制裁解除に向けた材料を提供する可能性がある。上述のミンスク合意Ⅱではウクライナ東部地域の紛争鎮静化の条件として、東部二州(ドネツク及びルガンスク)に対して地方権限を供与することが定められている。憲法改正が必要となるこの手続きについてウクライナ大統領選を通じて信任を問い、最終的に地方権限を付与することができる場合には、結果ミンスク合意Ⅱが一部でも履行されたと見做され、欧州連合から制裁解除(一部)という動きも出てくるかもしれない。

(出典)2019年ウクライナ大統領選(ウィキペディア)、宇中央選挙センター等から筆者取り纏め
他方、2015年2月のミンスク合意Ⅱから4年が経ったが、この合意が実現できていないのは、ポロシェンコ政権の牽引力が弱体化していることが要因として挙げられるが、ドネツク及びルガンスク両州に地方権限を与えるという判断と憲法改正がいかに難しいかという実情も影響している。また、憲法改正によって、この両州に与えられた条件が成就した場合には、他ウクライナ東部諸州も同様に地方権限を獲得したいという欲求を呼び覚まし、混乱を引き起こすトリガーともなり得ることに留意が必要である。つまり、ミンスク合意Ⅱの履行はウクライナ共和国が欧州寄りの西部とロシア寄りの東部へ分離・分割していくパンドラの箱となる可能性が高い。ミンスク合意Ⅱの実現に向けては、現在過去最大の44名に上る候補者の中で、現時点で支持率トップに出た俳優・コメディアンのゼレンスキー、元首相でガスの女王の異名を持ったことのあるティモシェンコ、現大統領のポロシェンコの3者は現時点で本論点に関する明確な発言は行っていないことからも、ミンスク合意Ⅱに基づく憲法改正とドネツク及びルガンスク両州に対する地方権限の強化、ひいては制裁の一部解除というのは想定されるより極めて高いハードルとなるだろう。
以上
(この報告は2019年2月25日時点のものです)