ページ番号1007760 更新日 平成31年3月28日
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概要
- Nord Stream 2(NS2)とTurk Stream(TS)は共に2019年末の稼働開始を目指している。
- NS2(550億立方メートル/年)は2018年7月にドイツ沖で工事開始となった。
- 欧州議会はNS2が欧州のエネルギー安全保障にとって脅威との立場から非難決議をしているが、ドイツはEU、米からの反対意見には強く抵抗している。
- 反対の主たる理由としては、エネルギーの安全保障に加えて、ウクライナ迂回ルート成立によりウクライナへのガス通過収入の減少を食い止めることも挙げられよう。
- 一般に、海底パイプラインは、国連海洋法第79条で敷設の権利が認められている。EU理事会もEUの法令でNS2敷設を禁止できないことは認識しており、代わりに規制強化や許認可の遅延で時間稼ぎをしている。米政府は経済制裁もちらつかせている。
- ロシアとウクライナの天然ガス供給契約が切れる2019年末前にNS2が竣工するとロシアが交渉上有利となる。
- 一方、TSのトルコ国内向けは2019年に工事。東欧向けでは、ブルガリアがFIDを行い工事発注へ。TSへの批判が少ないのは、規模(315億立方メートル/年)が小さいことと、欧州主要国を通過していないため、米国やEUにとってプライオリティが低い可能性がある。
1.はじめに
ガスプロムの2大輸送インフラ事業であるNord Stream 2とTurk Streamが、佳境に入ってきた。ともに2019年末の稼働開始を目指している。既に建設中の中国向けの『シベリアの力(Sila Sibri)』は当初の2019年12月20日の稼働開始を前倒しにして、12月1日となっている。これで、ユーラシア大陸の東方、西方、西南方の3ルートの輸出網が完成を目指すことになる(図1参照)。
バルト海のNord Stream 2については、既報『ロシア:Nord Stream 2の動向と米国の新対露制裁法の影響』[1](2017/9/13)、およびブリーフィング『ロシアから欧州への天然ガス輸出とノルドストリーム-2の動向について』[2](2018/5/24)等で経緯を報告してきた。これを推進する立場のドイツ、オーストリアは、米国や中東欧諸国からの批判に粘り強く抵抗、このため敷設工事は順調に進捗している。
[1] https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1004689/1004739.html
[2] https://oilgas-info.jogmec.go.jp/seminar_docs/1007415/1007528.html

一方、黒海のTurk Streamに関しては、2019年1月には、通過国となるブルガリアで最終投資決定(FID)がなされ、バルカン半島へのパイプ敷設の見通しが立った。このパイプラインに関しては、ウクライナを迂回して欧州へガスを輸出する手段という点では、Nord Stream 2と本質的な差異はないが、米国或いはEU側からさしたる批判はなされていない。通ガス量がより少ないことに加え、供給先の東中欧諸国にはドイツのような強いプレイヤーがいないことから、米国やEUにとってプライオリティが低いものと推察される。
以下、両パイプラインの経緯と進捗を見てみる。
2.ノルドストリームの進捗状況
(1)敷設工事の現況
Nord Stream 2の敷設作業を行うSaipemのパイプ敷設船Castro 10は、2018年7月上旬にドイツのMukran港に入り、7月24日に準備作業に入ったと報じられた[3]。同時に、北方のフィンランド沖でも準備作業に入っている。その後、Nord Stream 2に融資しているドイツの電力・ガス会社UniperのChristopher Delbruck CFOが8月7日、Nord Stream 2事業は、7月下旬に計画通りドイツで最初のパイプを敷設したと述べた[4]。
Nord Stream 2 AG社は9月25日、Nord Stream 2事業では既に、ドイツ領海に総延長約30~35キロメートルのパイプラインを敷設したと発表した[5]。9月初めにはフィンランド側でスイスのAllseas社のSolitaireにより開始され、10月上旬に深海部での敷設がAllseas社のAudaciaを用いて開始された[6]。
2019年1月時点で、総延長1,200キロメートルのうち500キロメートル超の敷設が既に完了した。同パイプラインは、2本のパイプラインが並走する形になっているが、1本目を2019年11月、2本目を同年12月に完成させる予定である。同事業は米国からの対露制裁拡大の際の対象になるかもしれないリスク、およびデンマーク政府からの同国領海内の通過もしくは代替ルートに対する承認が下りていないという課題に直面している(後述)[7]。
[3] IOD, 2018/8/08
[4] Prime, 2018/8/08
[5] Prime, 2018/9/25
[6] IOD, 2018/10/09
[7] IOD, 2019/1/30

(2)会社の体制
Nord Stream 2 AG社は、当初はGazpromが50%、R/D Shell(英蘭)、 OMV(墺)、 Engie(仏)、Uniper, Wintershall(ともに独)の欧州企業5社が各10%を持って、ロ欧連合となる計画であったが、法的問題から、Gazpromが100%の株式を持ち、欧州の5社は、事業費の各10%ずつを融資する形で参加することとなった。
仏のEngieはこれまでに割り当ての約半分に当たる5億ユーロ(5.84億ドル)弱を融資しており、残りの5億ユーロは10月から融資する。先に、Rich Perryエネルギー省長官がモスクワでロシアエネルギー産業への制裁に言及し、国務省のFrancis FannonエネルギーdiplomatもNord Stream 2に協力した企業に対する再生を警告したばかりであったが、同社のChareye副社長は、「現状、米側から我々に示された制裁に関するガイドラインによればNord Streamを支持することを妨げるものではなく、ルールが変更されれば我々はまた立場を再検討する」と述べている[8]。
OMVは、Nord Stream 2事業に対して、既に5億3,100ユーロ(6億700万ドル)を融資した。2019年の資金調達計画については、同事業のオペレーター(Nord Stream 2AG)との借入についての合意に基づき、同オペレーターからの要請があり次第、行う予定であると述べている。一方で、GazpromとOMVは、2019年第1四半期(1~3月)中に、資産交換に係わる協定を締結する方針で、OMVが西シベリアAchimov鉱床群の第4・第5鉱区の24.98%を取得する予定であるなど、両社の提携関係は強固になっている[9]。
欧州側5社は合計で24億ユーロを融資しており、Gazpromも同額を支出している。
[8] IOD, 2018/9/20
[9] Sputnik, 2018/12/10
3.欧州の対応
(1)EU法務部門の見解
EUでは一時期、EUのエネルギー法によって、Nord Stream 2計画を牽制できないか、という議論が盛んになった。しかし、 欧州理事会(European Council)の法務チームは、2017年9月27日付け文書において、Nord Stream 2計画に法的欠陥や争いはなく、欧州委員会(EC)に委託してGazpromとNord Stream 2の建設の是非について交渉を行う必要はないと結論付けた。また、同事業は、国連海洋法を含む国際法に従って処理されるべきとした。また、9月12日のEC法務委員会の書簡でも、Nord Stream 2にEUエネルギー法を適用する法的根拠はないとしている[10]。
即ち、Nord Stream 2に関しては、国連海洋法第79条「大陸棚における海底電線及び海底パイプライン」[11]において、固有の権利としてパイプラインの敷設が認められていることから、これを法的に禁止することができないということを、EUの法務部門が認識しているということである。
[10] IOD, 2017/10/04
[11] 国連海洋法第79条:「大陸棚における海底電線及び海底パイプライン」
第1項:「すべての国は、大陸棚に海底電線及び海底パイプラインを敷設する権利を有する」
第2項「沿岸国は、パイプラインの敷設または維持を妨げることができない」
第3項「海底パイプラインを大陸棚に敷設するための経路の設定については、沿岸国の同意を得る」
第4項「この条約のいかなる規定も(略)その領土若しくは領海に入る海底パイプラインに対する当該沿岸国の管籍権に影響を及ぼすものではない」
(2)EUの対応
2018年12月12日、欧州議会はNord Stream 2ガスパイプライン事業を非難する法的拘束力を伴わない決議を採択した。これは、同様の趣旨の決議をした米下院の決議を受けてのものである。ただし、法的なレベルでの牽制を断念したということでもある。決議はNord Stream 2を「政治的な事業であり、欧州のエネルギー安全保障にとっての脅威となり得る」と非難しており、同事業の中止を呼びかけている。これらの動きは、11月25日に、ケルチ海峡(黒海とアゾフ海を結ぶ海峡)においてロシア軍がウクライナ海軍の艦船の拿捕して以来、ロシアに対する圧力が高まっていることが背景にある。欧州議会の決議は、2017年9月にEUおよびウクライナとの間で「連合協定」が発効したことを背景に双方の関係が発展していることも関係している。即ち、Nord Stream 2が、ロシアから欧州へとガスを輸送する際の中継国だったウクライナを回避し、同国の役割を低減することを目的とするものであることから、同事業に反対の立場を表明しているものと考えられる[12]。
これに加えて、2019年2月8日、EU加盟国はEU域外の第3国からEU域内に入ってくる天然ガスパイプラインに対してもEUガス指令(EU Gas Directive)を適用するという修正案について合意した[13]。同法案が法制化されても、Nord Stream 2の実施を阻止するには至らないというのが大方の予想であるが、Gazpromによる同パイプラインの使用を送ガス能力の50%に制限することが予想され、パイプラインの稼働率が下がることで、その収益性が損われる可能性がある。フランスが先に当該修正案の提議に賛成したことにより、Nord Stream 2を支持するドイツおよびオーストリアとの間の足並みの乱れが懸念されたが、フランスおよびドイツは協議の結果、欧州理事会の会合が始まる前に、妥協案として修正案には「第3国からEU域内に入る新規のパイプラインに対するガス指令は、最初の相互接続点を有するEU加盟国の規制当局によって適用され、その監督下に置かれる」という条項が含まれることになった。Nord Stream 2において、EU域内で最初の相互接続点があるのはドイツである。当該修正案は、2019年5月に開催される欧州議会選挙および同年11月に行われる欧州委員会の委員改選の前に可決される見込みである。
[12] IOD, 2018/12/12
[13] IOD, 2019/2/12
4.米国によるNord Stream 2の牽制
(1)「制裁による米国敵対者対抗法」の発効
米国議会は、2017年8月にロシア、イラン、北朝鮮に対する「米国敵対者対抗制裁法(Countering America's Adversaries Through Sanctions Act, CAATSA)」を制定し、このNord Stream 2の建設への役務、技術、情報の提供した外国企業にも制裁をかけることを盛り込んだ(第232条)。
これに対して、ドイツとオーストリアは、「このパイプライン計画には、欧州の資本と雇用が掛かっている。欧州のエネルギー問題は、欧州が解決する」と反論した。これが効いてか、米国のこの法案には、下院で「米大統領は同盟国と協議してこれを決定する」との文言が第232条の冒頭に挿入される修正が施されて、米国が一方的に欧州諸国に指示できない形となり、これを受けて欧州側の批判も止んだ。
現状、この法案を更に強化しようとする法案が複数準備されている。例えば、米国のBob Menendez連邦上院議員(ニュージャージー州選出、民主党)および Lindsey Graham連邦上院議員(サウスカロライナ州選出、共和党)は2019年2月に、対露制裁強化を目的とする超党派の法案を提出した。同法案は2017年8月に成立したCAATSAをさらに強化したものである。CAATSAでは企業に対して大水深、北極圏、およびシェールに係わるロシアの石油事業への参加を禁じているが、新たな法案には、ロシアのサイバー部門、造船部門、国営銀行、連邦債を対象とする条項が含まれ、ロシア国外(outside the country)で同国が係わるLNG事業への投資が禁止される[14]。しかしながら、ロシア企業には当面海外でのLNGの事業計画はなく、法案の趣旨には疑問が持たれる。
[14] IOD, 2019/2/15
(2)対欧州への圧力
2018年7月11日、NATO首脳会議のために欧州を訪問した米国のトランプ大統領は、ドイツのメルケル首相と会談した際に、当時、建設準備が進んでいたNord Stream 2ガスパイプラインの建設を止めるように要請した。そして、NATOの対ロシア支出が数十億ドルであるのに、ドイツは年間数十億ドルものエネルギーをロシアから輸入しているとして、ドイツは「ロシアの奴隷(captive to Russia)」だと批判した[15]。軍事費は一方的な経費であるが、ガスの支払い代金は両国の貿易の一部なので、本来比較できる性質のものではないが、背景にはロシアがエネルギーを「武器」として使っているという発想があると思われる。メルケル首相はこの時、ドイツは独立国として行動していると反論した。そして、7月には米国の抗議を無視して、ドイツ沿岸でパイプの敷設工事が開始された。
トランプが訪問した後の8月18日、プーチン大統領がドイツを訪問してメルケル首相と会談した。これは、プーチン大統領にとってロシアがクリミア半島を併合した2014年以来、初めての訪問である。両者はNord Stream 2は商業的なインフラであり、これを政治化(politicize)してはならないとの見解で一致した。米独関係にひびが入りそうになった矢先、ロシアが独にさらに働きかけていったと言える。ただこの時、メルケル首相は「ガス通過国としてもウクライナの役割は維持されなければならない」と、EUの見解を確認し、ロシアの対ウクライナ政策に対しても一方的になり過ぎないよう一定の釘を刺した[16]。メルケル首相は、米国の圧力をかわしつつ、自らの主張も通そうとしているのかもしれない。
[15] AFP, 2018/7/11
[16] 日経, 2018/8/20
(3)Nord Stream 2への米国の牽制
2018年12月5日、米国のJohn Bolton国家安全保障問題担当大統領補佐官は、米国は、Nord Stream 2の建設を阻止するために、あらゆる選択肢を検討中であり、ロシアに対して既に一連の制裁措置の数がさらに増えることになると述べた。
次いで2019年1月に、Richard Grenell駐独米大使は、ドイツの企業に対してNord Stream 2への支援を行えば制裁を加えるとの趣旨の書簡を送った。同大使は「同事業が欧州のエネルギー安全保障を損ねるものとして、米国は同事業に強く反対する。同事業は、米国と欧州との間の同盟関係およびパートナーシップに重大な地政学的影響をもたらすことになるであろう」と主張した。ドイツの政治家(複)は大使の書簡を非難し、ドイツ外務省は同書簡は「挑発」であると述べ、受け取った企業に対しては返信しないよう要請した[17]。
また、米国の共和党および民主党上院議員は2月7日、Nord Stream 2事業の延期を要求する決議案を提出した。
さらに、2月12日、ポンペオ米国務長官は訪問中のポーランドのワルシャワで、ドイツがロシアから天然ガスを輸入するために計画するパイプラインについて、安全保障上の大きなリスクがあると語り、建設に反対する考えを強調した。即ち、ロシアがエネルギー供給を盾に欧州に対して政治的な影響力を行使する懸念があるという主張である。そして計画に参画する企業への経済制裁も辞さない構えを見せた[18]。
3月11日、Rick Perryエネルギー長官は「米国政府はNord Stream-2に対する制裁の適用を検討している」と述べた[19]。
[17] Prime, 2019/1/14
[18] 日経, 2019/2/13
[19] PAF, 2019/3/12
(4)ドイツのガス事情
欧州委員会のユンケル委員長は、先の2018年7月のトランプ大統領との会談で、米国産LNGの輸入を約束したが、この時点では欧州でのガス価格よりも2割高く、競争力は低いと見なされていた。一部の報道では米国が欧州を自らのLNGの市場とすべく、競争者となるロシアのパイプラインの排除を狙ったものとする見方があるが、ロシアのガスは2017年時点で欧州市場の37%を占めているのに対して、米国は0.5%と、今後増加するとしても規模の点で比較にならない。
Wintershallの依頼で、Forsa市場調査機関が1,000人以上の成人を対象に行った調査で天然ガスの供給において信頼できるパートナーを問うたところ、Norway(71%), Canada(52%), Russia(49%)で、米国については21%であった。ドイツはガスのパートナーとして、なじみの薄い米国よりも長年の付き合いのあるロシアを選択していると言えるだろう[20]。
ただ、ドイツのガス供給源は、ロシア40%、ノルウェー21%、オランダ29%、自国産7%、また、原油の供給源は、ロシア36.9%、ノルウェー11.4%、カザフ8.9%である[21]。かなり分散化が行われており、他国に比べるとロシア依存がやや過大であるのは確かではある。
とはいえ、オランダのフローニンゲン(Groningen)ガス田も2030年に操業停止が決まり、北海もガス生産のピークを過ぎている。アルジェリアのガス田も開発余地は大きくない。次に石炭火力発電の代替として、ガス火力転換によるガスの需要増が見込まれる。資源量的な背景を念頭に置けば、ロシアは長年ガスを供給してきた、信頼性の高い供給源であり、中長期的な展望としては、ロシアからの天然ガスが経済的にも主たる選択肢の一つであると考えられる。
ちなみに、ロシアは東西冷戦の時代でも石油・ガス供給が途絶えることはなかったと独Zeit紙も述べている[22]。同紙によれば、欧州におけるロシア産天然ガスの比率は、2017年が欧州天然ガス需要の37%が露産天然ガスだが、1990年のロシア(ソ連邦)産ガスの欧州シェアは75%であった。即ち、90年代の方がロシアへの依存度は高かった。
[20] IOD, 2018/6/28
[21] Zeit,2018/8/28
[22] Zeit,2018/8/28
(5)米国の本当の狙い-ウクライナのガス通過料収入を減らさせないこと
米国の狙いは、まずは欧州のガスにおける対ロ依存を拡大させないことで、ロシアの影響力の拡大を防ぐことにあるが、それに加えて、これまでロシアからのパイプライン通過国であったウクライナのガスの通過料収入を維持することも念頭にあると思われる。2017年のウクライナの通ガス料収入は30億ドルで、同国のGDPの3%にあたる。ロシアとしては、関係が悪化しているウクライナに高い輸送料金は払いたくないし、過去にもウクライナはロシアから欧州向けのガスを抜き取ったことがあり、ガスの安全な通過が保証されるとは思っていない。信頼できる市場があり、支払い能力の高い消費国であるドイツに、自国のリスクでガスパイプラインを敷設し、直接供給したいと考えるのは合理的ではある。
地政学的にみると、米国は、ウクライナの取り込みは「NATO、EUの東方拡大」の仕上げに当たる部分であり、マイダン革命まで起こして、西側陣営に加えたものを、簡単に見捨てる訳にはいかない、という面もあるかもしれない。
(6)トランプ大統領の姿勢
2018年7月のNATO首脳会議におけるトランプ大統領のメルケル首相に対する発言は非常に直截的なもので、米国によるNord Stream 2の批判においては、トランプ大統領が先頭を切っていると通常は受け止められている。しかしながら、他の状況における発言を見ると、必ずしも姿勢が一貫していない。
トランプ米大統領は2018年7月16日、ロシアのプーチン大統領とのヘルシンキでの首脳会談後の記者会見で、ロシア産天然ガスのパイプライン経由でのドイツ向け輸出を巡り、先週の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で示した辛辣な批判から一転し、姿勢を軟化させた。トランプ大統領は記者団に対し、ロシアは欧州の買い手により近いため立地の点で若干優位としながらも、「われわれはLNGを販売しようとしており、パイプラインと競合せざるを得ないだろう。そして、われわれは競争に勝つと思う」と発言した。バルト海のNord Stream 2経由のドイツのガス輸入については、「それがドイツの最善の利益かどうか必ずしも確信が持てないが、彼らが行った決定だ」と語った[23]。
更に9月18日、トランプ大統領は、「米国はNord Stream 2事業に対して制裁を課す予定は無い」とPrime紙に述べており[24]、政権の他の閣僚の発言と際立った違いを見せている。
前述の、2017年の「米国敵対者対抗制裁法(Countering America's Adversaries Through Sanctions Act, CAATSA)」に対しては、上院通過後1週間も棚ざらしにした後、8月2日に渋々署名して、法律として発効したが、大統領の署名後、ホワイトハウスを通して、「イランと北朝鮮、ロシアに厳しい制裁を課し、挑発的で安定を脅かす行動を抑止することは支持するが 、この法案には重大な欠陥がある」との声明を発表し、議会に押された不本意な署名であることを窺わせた。
このような背景から判断して、2018年7月11日の対メルケル発言(P.8)は、トランプ大統領の本意ではない可能性が考えらえれる。
なお、前述のCAATSAの第232条は以下の通りである。
232条:大統領は同盟国(allies)と協同(in coordination)し、米国人および外国人に対し(with respect to a person)ロシアのエネルギー輸出パイプライン建設に貢献する投資、或はそのメインテナンスを進め、建設、近代化、改修を拡大するような1回100万ドル或は年に500万ドル以上の市場価格のある物品、役務、技術、情報の提供した場合には制裁を課す。
ここでの「ロシアのエネルギー輸出パイプライン建設」とは、時期的に見て明らかにNord Stream 2を指している。そして、メルケル首相との議論は、正しく「大統領は同盟国(allies)と協同(in coordination)し」たことを意味する。これに対してメルケル首相が反発したことを受けて、「協同」して事に当たることができなかったことになった。即ち、型通り、法律の定めることを行ったが不調に終わったとして、Nord Stream 2の建設阻止までは踏み込まないというのが、落とし所と思われる。即ち、強く反対を主張している、ウクライナに対して、やれるだけのことはやった、と言い訳するための措置である可能性がある。
米国、或いはその影響下にあるEU構成国にとっては、事態もはや条件闘争に移っていると言えるかもしれない。現時点での米国の目指す着地点は、2019年末のNord Stream 2の稼働開始をできる限り遅らせることであろう。2019年末は、2009年1月にプーチン・チモシェンコ両首相の間で結ばれたロシアからウクライナへの天然ガス供給契約の失効する時期に当り、再びガス供給を巡る交渉が始まる。この時、Nord Stream 2が完成していれば、欧州市場に向かうガスのウクライナ通過量に関する交渉は、ロシア側の立場が有利になる。ロシアは、Nord Stream 2が既に稼働していることを理由に、ウクライナ通過量を年間150億立方メートル程度に抑えたいと言われている。一方、ウクライナは400億立方メートル程度を希望しており、仲介役のEUは300億立方メートル程度を主張している。
現在、デンマーク政府が依然として沿岸国としてのパイプライン建設に対する承認を出していないが、なるべく引き延ばそうとしているかのようである。現在提出されているルート案は、デンマークの12海里の領海内を通るが、これは国連海洋法第79条第4項にある通り、デンマーク側の主権のもとにある。デンマーク政府が認可しなかった場合には、12海里より沖合の排他的経済水域を通ることになるが、この場合、第1項に基づき、Gazpromにパイプライン敷設の権利はあるが、第3項に規定されているように、その「経路の設定」に関しては沿岸国の了解が必要である。この手続きが、建設工事を遅らせることになる。Nord Stream 2が稼働を開始していなければ、ウクライナ側の主張が通り易い。
[23] Bloomberg, 2018/7/17
[24] Prime, 2018/9/19
5.Turk Streamの現況
(1)Turk Streamの黒海区間でのパイプ敷設の完了
2018年11月19日、Turk Streamの完成式典がイスタンブールで挙行され、トルコのRecep Tayyip Erdogan大統領およびロシアのVladimir Putin大統領が出席し、黒海トルコ領海沿岸で最後のパイプが敷設される様子をビデオリンクによって見守った。容量年間315億立方メートル、総延長930キロメートルの並走する2本のパイプラインが敷設された。1本目(容量157.5億立方メートル/年)のトルコ向けパイプラインは2017年5月に作業開始、スイスAllseas社のPioneering Spirit号が請け負った。なお、同パイプラインの稼動開始は、陸上インフラが整備された後の2019年末となる予定である。2本目は欧州向けで、トルコ国内からギリシャ国境、欧州の南部・東南部向け延線へとつながり、2019年中に敷設完了の予定である。通過ルートとしてはブルガリア、セルビア、ハンガリー、オーストリアのBaumgartenハブが有力である[25]。
[25] IOD, 2018/11/20

(2)Turk Streamのブルガリアでの最終投資決定
ブルガリアのTransmission System Operator(TSO)であるBulgartransgazは2019年1月31日、Turk Streamから陸揚げした先のパイプライン敷設事業(事業費27億6,700万レフ≒16億ドル)に関して、採取投資決定(FID)を行った。これによりGazprom、Bulgartransgaz、およびセルビアの会社の3社の間で期間20年間の法的拘束力を有する送ガス量が確定した。ただし、Gazpromは予約した送ガス量について公表していない[26]。ブルガリアは、Turk Streamの欧州延伸部分が自国を通過することによって、欧州南東部におけるガスハブを形成することを望んでいる。
2月28日、ブルガリアのBulgartransgazは同国で480キロメートルにわたり敷設され、セルビア国境に至るガスパイプラインの建設工事の入札を再開したと発表した。事業総額は14億ドル。コンプレッサーが2か所、計量ステーションが1か所ある。Gazpromはこのラインに180億立方メートル/年を割り当てている[27]。
[26] IOD, 2019/2/01
[27] IOD, 2019/3/04
(3)セルビアの対応
セルビアの国営ガス会社Srbijagasは2019年2月7日、Turk Streamのブルガリアからハンガリー国境までの欧州域での延伸部分の敷設において、両国の中間に位置するセルビアは敷設開始の準備は出来ており、敷設作業は3月末か4月上旬に開始し、12月15日に完了の予定と述べた。Srbijagasは先に、同パイプラインのセルビア通過部分において2020年4月末までにガス中継輸送を開始する予定であると述べていたが、前倒しとなった。ロシアのPutin大統領とセルビアのAleksandar Vucic大統は2019年1月17日、同パイプラインのセルビアへの延伸部分敷設の可能性について協議しており、ロシアが約14億ドルをセルビアの敷設に係わるインフラ開発に投資する可能性に触れている[28]。セルビアは、EU加盟国ではないので、パイプライン建設において、ロシア側からの出資を受け入れることが可能である。
[28] Itar-Tass, 2019/2/08
(4)ハンガリーの対応
ハンガリーのNorbert Konkoy駐露大使は2019年2月4日、「わが国は現在、国土の東側からロシアからのガスを受け取っているが、Turk Stream経由で国土の南側から受け取ることにも関心がある。ブルガリア-セルビア区間にパイプラインが敷設されるのであれば、わが国はガス受け取りの準備がある」と述べた[29]。
なお、ハンガリーのPeter Szijjarto外務・貿易相は2018年10月3日、「ハンガリーは、EUがTurk Stream事業を邪魔しないことを要求する。わが国は、セルビア、ブルガリアと共に、Turk Streamの並走する2本のうちの2番目のパイプラインが敷設されたら、ガス供給ネットワークの開発を行うことで合意している。西ヨーロッパの国々に、北極海航路でガスを購入する権利があるように、我々中央ヨーロッパの国々が、Turk Streamを通じてガスを購入する機会を奪わないでもらいたい」と述べている[30]。中東欧諸国が、いかに天然ガスパイプラインネットワークの拡充に期待しているかが窺われる。
[29] Itar-Tass, 2019/2/04
[30] Itar-Tass, 2018/10/03
以上
(この報告は2019年3月14日時点のものです)