ページ番号1007840 更新日 令和1年8月27日

ロシア・CIS諸国:石油ガス産業を巡る最近のトピックス(3月~8月)

レポート属性
レポートID 1007840
作成日 2019-08-21 00:00:00 +0900
更新日 2019-08-27 10:40:02 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 天然ガス・LNG基礎情報
著者 原田 大輔
著者直接入力
年度 2019
Vol
No
ページ数 17
抽出データ
地域1 旧ソ連
国1 ロシア
地域2
国2
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 旧ソ連,ロシア
2019/08/21 原田 大輔
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概要

  1. Gazpromの予期せぬ翻意:バルティックLNGプロジェクトからShellが撤退
    3月29日、Gazpromが突如発表したバルティックLNGプロジェクトへの新パートナー・RusGasDabychaの参画とShell撤退の背景には、同プロジェクトを一時凍結し、NOVATEKが同時期進めてきたアルクチクLNG-2への外資の関心を集中させるグランドデザインをロシア政府が描いていた可能性があるかもしれない。
  2. 欧州向けドルージュバ原油パイプラインの汚染問題発生と収束
    4月19日、発生したドルージュバ原油パイプラインの汚染事故は、原因の究明・容疑者の拘束(~6月)、関係者への損害賠償の実行(8月~)へと収束しつつある一方、Transneftの半世紀に亘る原油供給管理への信用に水を差すと共に、このような事故が故意に引き起こされる場合(テロの可能性)の体制の脆弱さも露呈した。
  3. 米国による対露制裁:新たな第四の事象[1]
    4月25日、米国による新たな制裁違反事例の発表と米国企業に対する罰金の決定は、金融制裁における融資の概念に対象ロシア企業に対する売掛金の回収も含まれるという解釈を示唆。これまで融資の実行主体であった金融機関が対象と考えられてきたが、物品・役務を販売する企業も、遅延回収の場合には米国の金融制裁の違反罰則対象となる可能性がある。
  4. Gazpromが2015年以降停止していたトルクメニスタン産ガスの輸入を3年ぶりに再開
    7月3日、Gazpromはトルクメンガスと期間5年(~2024年1月30日)で年間最大5.5BCMのガスを購入する契約を締結。この時期にロシアがトルクメニスタンに歩み寄る背景には、財政的に苦しいトルクメニスタンに対して対中レバレッジの提供によりロシアの重要性を認識させると共に、2010年に締結されたロシアとのウクライナとのガス供給契約が満期を迎えようとしている今、対ウクライナ供給用に安価な天然ガスを調達しようとしているとも考えられる。
  5. Gazprom株式(6.64%)を市場売却へ:その目的は何か
    Gazpromは子会社が保有する6.64%を市場売却することを発表し、7月25日、Gazprom 子会社でオランダ法人Gerosgaz Holdings B.V. 及びキプロス法人Rosingaz Ltd.が保有する6.936億普通株式(2.93%相当)を一株当たり200.5RUB、総額1391億RUB(21.9億ドル)で機関投資家に売却。更に今秋、残る3.71%(2,000億RUB相当/31.5億ドル)についても売却する可能性がある。売却資金の使用使途については債務返済、予算や配当金への充当と見る向きもあるが、仮説として、Gazpromの今後の成長戦略の中での有望企業との戦略提携のための株式交換を準備しているという可能性も。
  6. NOVATEKのLNGとGazpromのパイプラインガスが欧州市場で拮抗し始めたのか
    8月5日付コメルサント紙は、「NOVATEKが欧州市場でガスプロムの機先を制した:ロシア産LNGとパイプラインガスはEUで主なライバル同士になった」との記事を発信。確かにNOVATEKはヤマルLNGプロジェクトやクリオガス・ヴィソーツクLNGプロジェクトで欧州向けLNG供給を拡大しているのは事実。他方、GazpromもヤマルLNGからLNGを調達し欧州へ販売しており、一概に両者が欧州市場でライバル同士となったとは言えない。寧ろ、両者は正にロシアの国章である双頭の鷲のように、パイプライン網のある国はGazpromが攻め、Gazpromのパイプラインが届かない国はNOVATEKのLNGで攻めながら、欧州市場シェアを獲得するべく攻勢に出ていくだろう。

[1] 既存の3つの事象については、拙稿「ロシア:欧米による対露制裁を巡る動き(注目される三つの事象とウクライナ大統領選が持つ意味)」(2019年2月25日)を参照されたい

https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/007/733/190225_Russia_US_EUSanctions_r2.pdf


1. Gazpromの予期せぬ翻意:バルティックLNGプロジェクトからShellが撤退

3月29日、GazpromはこれまでShellとプロジェクト実現に向けて進めていたバルティックLNGプロジェクトについて、LNGだけではなく大規模なガスケミプロジェクトを加えることを決定すると共に、パートナーをRusGasDabychaというロシア企業とする計画(Gazprom:50%/RusGasDabycha:50%)を発表した[2]。総事業費は7000億RUB(108億ドル)、西シベリアのナディム-プル-タズ・ガス田を供給ソースとして年間45BCMの天然ガスから13百万トンのLNG、4百万トンのエタン、2.2百万トンのLPGを生産する新たな計画で、LNGプラントの稼働開始は2022年~2023年を予定。生産されるエタンは新たなパートナーであるRusGasDabycha(露語で「ロシアガス生産会社」)が建設するガスケミプラントに供給される予定である。突如名乗りを上げたRusGasDabychaはプーチン大統領の柔道仲間として知られるローテンベルク兄弟の兄アルカジーが保有する会社と見られているが、長年バルティックLNGプロジェクトを検討し、LNG技術及びガスケミ技術で十分な実績と信用のあるShellを差し置いて、実績のないロシア企業をなぜこのタイミングでGazpromが選択したのか謎は深まっている。当初沈黙を守っていたShellも4月10日に正式にプロジェクトからの離脱を発表[3]。6月下旬に漸くShell のロシア法人社長のCederic Cremers氏が同社撤退の理由について、「バルティックLNG事業は当初の事業構想では、LNGプラントとガスケミプラントとを分けてきた。しかし、両方のプラントを一体化するという構想に変わった時、わが社はその内容に同意することができなかった。」と述べ、LNG液化技術のみの提供の可能性については「Shellは、自らが参加し、出資し、建設に係わっている事業においてのみ、技術を提供する。」として否定している。Gazpromマルケロフ副社長からは液化技術には独リンデの技術を採用することを検討しているとの発言も出ている。


[2] IOD/2019年3月29日

[3] IOD/2019年4月10日

図1 サンクトペテルブルク近郊・バルティックLNGプロジェクトの位置
(出典)Gazprom及びGoogle Mapから筆者取り纏め ※左図の通り衛星写真では用地整備が進む。

果たして、Gazpromは本当にRusGasDabychaという新興企業とバルティックLNGプロジェクト(+ガスケミ)を進めるつもりなのか。大胆な憶測も含むが、この背景を考察してみたい。その鍵を握るのはNOVATEKが同時期並行して進めてきたアルクチクLNG-2プロジェクトである。アルクチクLNG-2プロジェクトは2018年5月にTOTALが10%(最大+5%追加のオプション付き)にて参画を表明し[4]、その後、KOGAS、サウジアラムコ、JOGMEC等も関心表明を行う一方[5]で2018年内には参画に追随する企業は現れなかった。そこにはヤマルLNGプロジェクトが稼働してまだ一年、同プロジェクトの状況を見定め、ヤマルLNGとは異なる新技術(GBS方式)を導入するアルクチクLNG-2の実現性をじっくり評価したいという外資の姿勢もあった。他方、NOVATEKとしてはアジア太平洋市場におけるLNG需給バランス上、供給余地が見込まれる2023年を目指して、アルクチクLNG-2を動かす必要があった。稼働開始まで少なくとも42カ月の開発及び建設工期が必要となるグリーンフィールドであり、北極圏に位置し、資機材輸送・建設の期間ウィンドウが制限されるLNGプロジェクトの推進のため、逆算すれば、2019年のできるだけ早い時期に投資者を確定する必要に迫られていた。そこにGazpromが進めるバルティックLNGが対抗馬として同様に外資誘致を図り、プロジェクト実現に向けて動き出す。バルティックLNGは西シベリアから既存パイプラインでサンクトペテルブルク近郊にあるウスチ・ルーガ輸出ターミナルコンプレックス(図1)へガスを輸送し、液化するプロジェクトである。

アルクチクLNG-2プロジェクトとバルティックLNGプロジェクトの比較では、供給ソースの確保という意味では双方ともほぼ問題はないが、前者が極地・遠隔地にあり、資機材輸送に制限のある北極圏に位置し永久凍土を開発する一方、後者は特段の障害のない立地でのプラント建設となる。また、需要地までのLNG輸送については、前者が北極海航路(欧州向け北西航路)を活用する一方、後者は既存欧州向けPLを活用し、欧州需要地からも近接のバルト海に位置する。このように二つのプロジェクトを比較すれば、包括的なリスクが低いのはバルティックLNGプロジェクトとなるであろう。

Gazpromは、サハリン-2で関係の深いShellそして日本企業(三井物産等)にも参画に対する声掛けを行っていた。Shellは2017年8月からGazpromとの間でバルティックLNGプロジェクトのFSを実施しており、2018年5月にも共同事業に関する協定に署名している[6]。同プロジェクトに不可欠な液化プロセス技術、サハリン-2及び世界でのLNG事業実績に鑑みれば、Shellは実質オペレータとしてプロジェクトに関与する前提だっただろう。日本企業に関しては、2018年9月の東方経済フォーラムにて、Gazprom及び三井物産との間で同プロジェクトにおける協力に関するMOUを締結している[7]。また、2019年1月には三井物産の飯島会長が訪露しGazpromミレル社長とサハリン-2の拡張及びバルティックLNGプロジェクトについて協議を行っている[8]。並行して、12月には伊藤忠商事も三井物産と同じ内容と思われる同プロジェクトに関するMOUをGazpromと締結している[9]

このような情勢の中で、アルクチクLNG-2とバルティックLNGが外資誘致という点で相克し始める。そして、そのプロジェクトの単純さと包含するリスクに鑑みれば外資はバルティックLNGを選択するのが自然であっただろう。しかし、それはロシア政府が意図することではなかった。ロシア政府の意図は、欧州というドル箱市場を死守するため、パイプラインによる天然ガス輸出を独占ガス企業体のGazprom、減退する埋蔵量を補完する資源フロンティア・北極開発を推進し、LNGによる天然ガス輸出をNOVATEKに分担することで欧州市場シェアをパイプライン及びLNG双方で拡大していきながら、パイプラインではドイツ(Nord Stream及びNord Stream 2)及びイタリア・南欧(トルコストリーム)、LNGではフランス(NOVATEKへの直接出資及びヤマル・アルクチク各LNGプロジェクトへのTOTAL参画)を取り込む形で欧州域内の分断を図ることにある[10]

そのように見ると、Gazpromが2017年から進めようとしてきたバルティックLNGプロジェクトは、NOVATEKのヤマルLNG及びアルクチクLNG-2と欧州市場でかち合ってしまい、ロシア全体の国益を損ねる可能性のあるプロジェクトでもあることが分かる。Gazpromとしては2020年に始まるIMO規制によって環境意識の強いバルト海で船舶用燃料としてのLNGバンカリングを中心とする需要が増加するという見通しもあっただろう。また、ヤマル半島という同じ生産地域にあり多大な優遇税制を受けるNOVATEKのプロジェクト、片や、ロシア政府からの徴税が強化されている国営Gazpromという「不公平な」状況の中、GazpromにはバルティックLNGを進めることで、同じ欧州市場をターゲットとするNOVATEKのLNGプロジェクトに対抗していくという考えもあったのかもしれない。さらに同プロジェクトはグリーンフィールドとはいえ、既に建設予定地の整地は進んでおり、資機材輸送インフラも完備していることから、建設が始まればスケジュール通り又は早く完成できる可能性もある。アルクチクLNG-2のように今にこだわる必要のない時間的余裕のあるプロジェクトとも言えるだろう。

いずれにせよ、バルティックLNGの推進については一旦外資の注目から外し、ロシアにとってプライオリティの高いアルクチクLNG-2に集中するべく、RusGasDabychaという実績不確かな会社をパートナーとさせることがロシア政府上層部で「決定」された可能性があるのではないか。結果、Shell撤退発表の2週間後、4月25日にはCNPC及びCNOOCによる各10%参画が発表され[11]、5月22日には参画が噂されてきたサウジアラムコが米国シェールLNGプロジェクト参画(ポートアーサー)を選択し[12]、残る10%について最終的に6月29日に三井物産及びJOGMECによるコンソーシアムが参画することを決定する[13]

7月18日には、ShellのBen van Beurden最高経営責任者がプーチン大統領と面談した。出席者にはミレル社長はなく、ノヴァク大臣及びシルアノフ第一副首相であった。クレムリンが公開している面談内容でもGazpromとの関係やバルティックLNGについての言及はなく、Gazprom Neftとの西シベリアでの上流開発協力に関するものだった[14]。果たして、GazpromによるバルティックLNGプロジェクトがRusGasDabychaという新パートナーという隠れ蓑を覆っているだけで、将来Shellを再度迎え入れて再起動するのか、それともRusGasDabychaと共に初となるロシア企業だけのバルティックLNGを推進していくのかどうか、アルクチクLNG-2のFIDが完了した後、徐々に判明していくだろう。


[5] 日本企業ではプーチン大統領が訪日した2016年12月に既に三井物産、三菱商事及び丸紅が同プロジェクトに関するMOUを署名し関心表明を行っている。

[9] https://www.gazprom.com/press/news/2018/december/article470681/

※伊藤忠商事とGazpromとの間ではウラジオストクLNGプロジェクトが2010年から立ち上がり、両者は協力関係を深めていたが、対中輸出やサハリン各プロジェクトの供給余力から同プロジェクトへの供給ソースが不確定となり、Gazpromはプロジェクトを延期中。

[10] 詳細は拙稿「ロシアが急速に進めるガス供給ルート多様化の背景に迫る~2019年に起動する3大国際天然ガスパイプラインプロジェクト(Nord Stream 2、TurkStreamおよび「シベリアの力」)とその課題について~」(2019年7月)を参照されたい。

https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/007/812/201907_19a_new_02.pdf


2. 欧州向けドルージュバ原油パイプラインの汚染問題発生と収束

ドルージュバPLに立つ看板(サマーラ)

ドルージュバ(露語で「友好」)原油パイプラインは1960年に建設が開始され、1964年に完成した総延長4,665キロメートル(当時のソ連領内3,004キロメートル、ポーランド675キロメートル、東独27キロメートル、チェコスロヴァキア836キロメートル、ハンガリー123キロメートル)の世界最長原油パイプラインのひとつであり、オペレータは国営Transneft、輸送能力は日量120万~140万バレル(口径はロシア領内で最大1,020ミリメートル→最終地で426ミリメートル)、ソ連時代から半世紀以上に亘ってロシアにとってはハードカレンシー獲得、欧州にとってはエネルギー安全保障の一翼を担う大動脈となってきた原油輸送パイプラインである[15]


[15] 例えば2018年のロシア原油輸出量(日量535万バレル)であり、その約4分の1を同PLが輸送している。

図2 ドル-ジュバ原油パイプラインの通過国

(出典)RIAノーヴォスチ資料[16]に筆者加筆


そのパイプラインに不穏な動きが露呈したのが4月19日、ベラルーシがロシアから輸入した原油に通常値の100倍にあたる有機塩素化合物[17]が含まれており、品質の低下が見られることから、同国の2ヶ所の製油所への輸入停止に踏み切ったという報であった。4月24日にはポーランド通過区間のオペレータであるPern社が、「同PLによるロシアからの原油供給を停止せざるを得なくなった。」と発表。Transneftも技術的問題が発生していることを認め、4月30日にはプーチン大統領がトカレフTransneft社長を呼び、「輸出管理の不行き届きがロシアの名声を貶めている。」と叱責し、早期の状況解決と原因究明を命じている[18]。5月7日にはノヴァク・エネルギー大臣が原油汚染に関してTransneft社社員4名を拘束したと発表。他方で、既に送油され、各石油港で荷積みされたタンカー原油について、主要原油トレーダーが引き取りを拒絶した結果、約100万トン(730万BBL)に及ぶ原油タンカー10隻分が買主を探して地中海を彷徨うという混乱が発生した[19]。Transneftは汚染原油の回収を進めつつ、汚染されていない原油を送油することで事態を徐々に改善させ、現在、関係者の関心はTransneftによる賠償額支払いに移ってきている。ベラルーシのルカシェンコ大統領は原油汚染による被害がベラルーシだけで1億ドルに上ると発言したのに対し[20]、ノヴァク・エネルギー大臣は損害賠償の総額は全体で1億ドル未満の規模と牽制[21]。Transneftとの間で原油売買・輸送トランジット契約の交渉を控えているベラルーシ及びウクライナにとって格好のカードを与える事件となった。

6月に入り、サマーラ地方裁判所は4名の容疑者について、同州ネクラソフカにあるパイプライン接続地点で100万RUB(約160万円)相当の原油を盗み、その代わりに有機塩素化合物を混入させた疑いで6月末まで自宅軟禁に置くことを決定[22]。6月24日には同パイプラインの管理に当たっているTransneft-Druzhbaのオレグ・ボゴモロフ社長の更迭が発表された[23]

7月19日には遂にポーランドOrlen社がTransneftに対し汚染原油に伴う損害に対する第一弾請求を行ったのを受け、Transneftの取締役会は汚染原油の損害賠償としてバレル当たり最大15ドルを支払うことを承認[24]。8月には最初の損害賠償金の支払い(290万ユーロ)がウクライナのUkrTransNaftaに対して実行されている。今後、汚染原油による製油所への損害(腐食)が査定され、賠償額を巡る協議がTransneftとの間で行われながら、徐々に収束に向かっていくと考えられる。

さて、原因が究明され、容疑者が捕まり、事態が収束している一方で、今回の事件では二つの問題が未解決のままとなっていると思われる。一つ目の問題はネクラソフカで混入した有機塩素化合物が、ウラルブレンドが生まれるTransneftの原油集積基地であるサマーラを経由して1,500キロメートル離れたベラルーシで初めて異常値として検知されたという点であり、過去半世紀に亘って行われてきた、ロシア側の品質管理を揺るがす杜撰なマネジメントが露呈してしまったという点である。この点は担当社長の更迭によって管理体制の一新が図られているが、再度同様の問題が起きる場合には過去築いてきたロシア産原油の信用を更に失うことになるだろう。もう一つの問題は、なぜ4名の容疑者は盗んだ原油の計量を誤魔化すために、コストのかからないかつ入手し易い水を混入させず、高価で取扱いも注意を要する有機塩素化合物を混入させたのかという点である。本件で得をする者、損をする者を考えてみると、前者は対露交渉カードを手に入れた旧東欧諸国であり、後者は信用を失い損害賠償を払うことになったTransneft、そしてロシア政府である。そのように考えると、今回の原油汚染はロシアの信用を失墜させることを目的としたある種の対露テロとも考えられなくもない。国土に原油及び石油製品合計で78,300キロメートルものパイプラインを擁するTransneftはこれまでもパイプラインの警備を行ってはいるが、今回の事件を経て、これまで以上に危機安全管理の強化が急務となっている。


[17] 有機塩素化合物は原油の生産促進に使用されるものであるが、製油所の精製装置を傷める可能性があるため、製油所に供給される前に通常除去される。

[18] Prime/2019年4月30日

[19] ロイター/2019年5月8日

[20] VTBCapital/2019年5月13日

[21] Prime/2019年5月16日

[22] Prime/2019年6月11日

[23] Prime/2019年7月2日

[24] Prime/2019年7月24


3. 米国による対露制裁:新たな第四の事象

4月25日、米国財務省外国資産管理室(OFAC)が、米国企業の新たな制裁違反事例と、対象となった米国企業との間で制裁金支払いについて妥結したと発表した[25]。同国の制裁違反事例として公表されているものは、2017年7月20日のExxonMobil(SDN対象であるセーチン社長との取引行為(8文書を締結)に対する罰則適用であり、200万ドルの罰金を課すもの。現在も係争中)に続くものだが、今回の事例は、分野別制裁(SSI)である金融制裁(対象企業に対する融資(debt financing)期間の制限。2015年時点で「90日を超える融資」を禁止するものだったが、2017年8月の新制裁法(CAATSA)発動後、「60日超」に短縮)の違反として、その融資の概念が制裁対象企業であるRosneftに対する米国企業の売掛金の回収にも適用されるという点で極めて特殊な事例であるだけでなく、これまで融資を行う金融機関が対象と考えられてきた同金融制裁が、サービス・機器を提供・販売する一般企業にも適用されるという点で多大な影響を及ぼす事例となった。

事の発端は丁度4年前の2015年8月19日に遡る。米国石油開発関連ソフトウェア企業Haverly Systems, Inc(テキサス州とカリフォルニア州に事務所を持つニュージャージー州の中小産業ソフトウェア・プログラミング企業[26])は、Rosneftに提供したソフトウェアのライセンス及び保守サービスに関連して、Rosneftに請求書(2通)を発行。請求書には発行日から30〜70日の支払期日が規定されており、Rosneftは支払いを実行するために同社に対して税務書類を要請。その後、税務書類の入手・遣り取りに数カ月を要した結果、RosneftからHaverly Systems, Incへの支払い(請求書1通分)は請求書発行から約9カ月後の2016年5月31日に実行された。また、残る請求書については金融機関が制裁を事由にRosneftからの送金を断るというアクシデントが生じたものの、最終的に2017年1月11日にHaverly Systems, Incへの支払いが実現した。しかし、OFACはこの売掛金の回収に要した期間をDirective 2(Rosneftを含む対象企業への60日超の融資を禁止する金融制裁を規定)違反であり、売掛金の期限内の遅延収集は禁止されているとHaverly Systems, Incに通知。同社と協議・調停の結果、同社は罰金75,375USD(当初OFACは最高民事罰金額として590,282USDを想定していたが、減額)を支払うことに合意したものである。


[26] Haverly Systems, Inc社HP:https://www.haverly.com/main-products

図3 欧米の対露制裁:これまでの経緯
(出典)米国政府(国務省及び財務省)及び欧州連合による制裁規定から筆者取り纏め

今回の違反認定は、米国による金融制裁における融資の概念に、Rosneft等対象企業に対する売掛金の回収も含まれるという解釈を示唆するものである。これまでは融資の実行主体であった金融機関が対象と考えられてきたが、対象ロシア企業に制裁対象(所謂、将来的石油生産ポテンシャルを有する大水深・北極海・シェール層の開発)ではない、物品・役務を販売する企業もその対価回収に当たって、60日を超えて売掛金の資金回収ができなかった場合には、米国の金融制裁の違反罰則対象となるという事例となった。制裁対象ロシア企業が故意に支払いを遅らせる場合が生じた場合でも同様に米国制裁に抵触する可能性を示唆するものでもある。また、今回の件は氷山の一角であり、既にOFACでは「第二、第三のHaverly Systems」について調査が行われている可能性もあることから、今後の動向・OFACの発表に注目が集まる。


4. Gazpromが2005年以降停止していたトルクメニスタン産ガスの輸入を3年ぶりに再開

7月3日、Gazpromは国営トルクメンガスと期間5年(~2024年1月30日)で年間最大5.5BCMのガスを購入する契約を締結した。これは既に2019年に入ってから2件目のトルクメニスタン産ガス購入契約であり、一件目は短期契約で、4月15日から6月30日までの期間にGazpromが1.155BCMの天然ガスを購入[27]したもので、それに続く契約となる。

従前、Gazpromはトルクメニスタン産ガスの長期購入契約をトルクメンガスと締結していたが、この契約に基づいて最後に同国からガスが供給されたのは2015年であった。Gazpromは中央アジア諸国から購入したガスを欧州に再販しており、同年のGazpromのCIS域外向け平均輸出価格は1,000CM当たり243ドル。同時期トルクメニスタン産ガスの輸入価格は1,000CM当たり約240ドルで、実はロシア側にとっては不採算であった。Gazpromはトルクメンガスに価格引き下げ交渉を行うも合意に至らず、同年半ば、ガスプロムは一方的に購入を停止・契約を「一時休止」して、その後、両者は係争中だった経緯がある[28]

世界第一の埋蔵量を誇り、供給余力でも問題がないGazpromが突如訴訟を棚上げし、トルクメニスタンの天然ガスを購入する判断に至った背景には何があるのだろうか。

前掲のヴェードモスチ紙では、ガス販売による国庫収入がどうしても必要なトルクメニスタン側がイニシアチブを取って、和解に向けた動きを本格化させ、両国首脳会談の枠組みを持ち出して長期契約締結にこぎつけたとしている(国家エネルギー安全保障基金のアレクセイ・グリヴァチ副所長)。最近ではロシアの独立新聞が「経済低迷により国民の過半数に当たる300万人が国外流出」しているというショッキングな報道[29]も出ているトルクメニスタンだが、実際、2009年の対中天然ガス輸出パイプライン稼働とウクライナへの輸出減少を経て、これまでのロシアの地位に取って代わり、中国が台頭してきたのは事実である。投資家に有利な生産物分与契約(優先投資回収が認められている)で外資には開放されていなかった有望陸上鉱区に中国を参画させ、ウズベキスタン、カザフスタンを経由して中国に輸出する天然ガスパイプラインも中国の融資で建設してきたため、ロシアへの輸出に比べて対中輸出は輸出量(販売量)から輸出価格及びタリフと中国(CNPC)にコントロールされている可能性が高い。


[27] Prime/2019年4月16日

図4 トルクメニスタンからの既存天然輸出パイプラインと国別容量[30]

図4 トルクメニスタンからの既存天然輸出パイプラインと国別容量
(出典)JOGMEC

[30] トルクメニスタン情勢(対露・対中関係)に関しては、拙稿「20XX年、トルクメニスタンの天然ガスは海を越えて輸出されているだろうか?~トルクメニスタンの最近の情勢と内陸に位置する豊富な天然ガス資源の輸出方法についての考察~」(2014年1月)を参照されたい。https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_project_/pdf/5/5125/201401_077a.pdf


トルクメニスタンから中国向けには2018年33.3BCMの天然ガスが出荷されているが、ロシアがこの中国と比較して購入量としては大量とはいえないまでも今後5年間に亘って手を差し伸べた背景には次の理由があると考えられる。まず、これまでロシアが自らトルクメニスタンを中国に与するよう仕向けてしまったという事情もあるため、過去10年間に亘って対中依存度を深め、財政的に苦しいトルクメニスタンに対してロシアの重要性を改めて認識させることである。対中交渉カードを与え、中国とガス価格等の条件交渉をトルクメニスタンと行わせることは、中国の天然ガス市場を狙っているロシアにとっても良い影響がある。そして、2010年に締結されたロシアとのウクライナへのガス供給契約が今年満期を迎えようとしている。これまでもトルクメニスタン産ガスはウクライナへ供給されてきた経緯もある。まもなくロシアにはゼレンスキー新政権とのガストランジット契約更改交渉が控える中、対ウクライナ用に安価な天然ガスを用立てる必要がロシアには出てくる。その際の供給ソースとして安価なトルクメニスタン産ガスをウクライナに割り当てるという意図もあるかもしれない[31]


[31] トルクメニスタン産ガスのウクライナへの供給に関しては、拙稿「ロシアが急速に進めるガス供給ルート多様化の背景に迫る~2019年に起動する3大国際天然ガスパイプラインプロジェクト(Nord Stream 2、TurkStreamおよび「シベリアの力」)とその課題について~」(2019年7月)P22~P25を参照されたい。

https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/007/812/201907_19a_new_02.pdf


5. Gazprom株式(6.64%)を市場売却へ:その目的は何か

Gazpromミレル社長は6月に同社子会社が保有する6.64%を市場売却することを発表。7月25日、Gazprom 子会社でオランダ法人Gerosgaz Holdings B.V. 及びキプロス法人Rosingaz Ltd.が保有する6.936億普通株式(2.93%相当)を一株当たり200.5RUB、総額1391億RUB(21.9億ドル)で機関投資家に売却した。これによりGazpromの流動株式は46.02%に増加している[32]。この取引では外国投資家の購入は許されず、モスクワ証券取引所を通じて買い注文が取り纏められた。全ての株式が単独または共同の非公開の買い手の1件の注文に基づき売却された模様で、買い手にはプーチン大統領に近いアルカジー・ローテンベルグ(前述1.で述べたRusGasDabychaのオーナーでもある)の関係組織も含まれると報じられていたが、同氏は否定している。また、同様に別子会社が保有する残る3.71%(2,000億RUB相当/31.5億ドル)についても今秋にも売却する可能性がある。8月7日付のヴェードモスチ紙では、この時期に株式売却を決断した背景分析として、同社が今これら株式を売却する財務上の必要性は特にないが、理論的には、売却資金を債務返済に充てることや同社の投資プログラムではガスケミプラント(アムールGPP)建設費用の増加の可能性や配当金に充当する(結果、配当はロシア政府へ渡る)必要性が挙げられている[33]

理由については様々な解釈が成り立つ今回のGazprom株式の売却だが、ひとつ大胆な仮説を立ててみたい。それはGazpromの今後の成長戦略の中での有望企業との戦略提携のための株式交換の準備にあるのではないかというものだ。つまり今回の売却は一時的に株式を一箇所に集めるプロセスにあり、今後まとめられた株式を戦略提携対象会社との株式交換に使うのである。例えば、2012年にRosneftがTNK-BPを買収した際に、BPが保有するTNK-BP株式(50%)とRosneft株式(キャッシュ+18.5%)を交換し、BPは役員を2名派遣すると共にRosneftと戦略提携を確立したことが記憶に新しい[34]。Gazpromの場合、既にガスの買い手企業であるドイツやイタリアからも少数ながら株主に迎えているが、この他、どのような企業との戦略提携があるだろうか。今後拡大する中国市場において、シベリアの力パイプラインでのガス需要家であるCNPC(ペトロチャイナ)や将来的なLNG市場を見据えたインド企業という仮説もあるかもしれない。しかし、Gazpromにとって最も重要な欧州というドル箱市場を確保するという命題とロシア政府が対欧州戦略(対露制裁/NATOの東方拡大)を練って行く上で必要なのは、実はウクライナなのではないか。2006年及び2009年とウクライナ供給途絶問題を経て、ウクライナ迂回ルートであるNord及びSouth(Turk)両ストリームを着々と建設し、ウクライナ包囲網を築いてきたロシアだが、対露制裁の根本であるウクライナ問題をロシア寄りに収束させなければ、欧州市場の確保は盤石ではない。ウクライナではゼレンスキー新政権が誕生し、丁度今年失効するガストランジット契約(2010年締結/契約期間10年間)交渉も控える中、ウクライナとの結束を深め、供給者であるGazpromとロシアから欧州へ至る大動脈を握る国営石油ガス企業であるNaftogazとの株式交換・持合いをベースとする戦略提携を構築することは、Gazpromだけでなく、ロシア政府の対欧州戦略でも理に叶っている。感情論はあるが、保有するパイプラインに流すガスが無ければ何も生み出さないNaftogazにとっても同様である。今回のまとまった株式売却の真の目的は、9月以降予定されているプーチン大統領及びゼンレンスキー新大統領の初会談、そして、Gazprom及びNaftogazとの契約交渉の中で明らかになるかもしれない。


[32] Prime/2019年8月8日


6. NOVATEKのLNGとGazpromのパイプラインガスが欧州市場で拮抗し始めたのか

8月5日付コメルサント紙は、「NOVATEKが欧州市場でガスプロムの機先を制した:ロシア産LNGとパイプラインガスはEUで主なライバル同士になった」というある意味ショッキングな記事を掲載した[35]。今年上半期を見ると、欧州市場でGazpromの主な競争相手となったのはNOVATEKを中心とするLNG供給業者であり、中でも欧州向けLNG輸出の増加幅が最も大きかったのがNOVATEK(9.5BCM増加)で、米国やカタールのLNG生産者を上回ったという。一方、Gazpromの欧州向け輸出は前年同期と同程度であったことから、Gazpromの従来の競争相手に代わり、新たな競争相手として中でも主要なライバルとなったのはNOVATEKとなったとの結論の記事となっている。


図5 欧州への主要LNG供給者:2018年及び2019年上半期の比較(単位:BCM)
(出典)コメルサント紙(2019年8月5日付)から筆者抜粋

確かに、ロシアのガス輸出分野での発展が著しいNOVATEKは2017年11月に稼働を開始したヤマルLNGプロジェクトが順調に生産を拡大しており(今年年間1,650万トンを達成予定。更に年内に第4トレインで年間90万トンのオビLNGプロジェクトを起動中)、更に小規模ながらクリオガス・ヴィソーツクLNGプロジェクトで年間66万トンのLNG生産を行っている。これらが欧州向けで9.5BCMという上半期最大の供給量を達成した背景にある。他方、記事でも言及されている通り、欧州のガス需要が伸びているため、Gazpromのガス販売量はNOVATEKのLNG供給増加によって減少はしていない。

図6 Gazprom及びNOVATEKの主要指標の比較
(出典)各社年次報告書から筆者取り纏め

では、この上半期の結果を以って、NOVATEKがGazpromの機先を制し、欧州市場でライバル同士となると言い切れるかというのはまだ早計だろう。まず、細かい点だが、ヤマルLNGプロジェクトからのLNGについては2014年5月にGazprom子会社のGazprom Marketing & Trading Singaporeが20年間・年間3百万トンの長期引取契約を締結[36]しており、Gazpromが欧州(アジア)向けの販売当事者でもある点に留意が必要である。ヤマルLNGが稼働後、ARC7級タンカーの不足から約8割が欧州に向かっている現状や中国シェアを考えれば、今回の9.5BCMの増加の中にはGazpromが販売者となって入っているものがあると考えるのが自然であるし、そうすることで欧州シェアを守り、パイプラインの届かない欧州諸国へ販路を拡大するべく、GazpromがヤマルLNGプロジェクトと長期契約を締結したことも背景にある。

では、今後どのような展開が考えられるだろうか。まず、NOVATEKはヤマルLNGプロジェクトに続き、2023年にはアルクチクLNG-2を立ち上げ、2030年までに53百万トン(72BCM)~70百万トン(95BCM)にLNG生産量を拡大する野心的な計画を描いている[37]。アルクチクLNG-2に関しては、その生産量の8割をアジア太平洋へ、2割を欧州向けに販売する計画をミヘルソン社長が言及しているが、ヤマルLNGプロジェクトも含め、便宜的に半分を欧州、半分をアジア太平洋市場向けと想定すると、2030年時点では最大47.5BCMのLNGが欧州へ向かうことになる。

他方、Gazprom(及びNOVATEK以外のガスを生産する石油会社)が2030年時点でどの程度の天然ガスを生産し、輸出するのかついて試算するべく、まずエネルギー省の長期エネルギー見通しを見てみよう[38]。2030年時点では悲観ケースで746BCM、楽観ケースで858BCMの天然ガスが生産されることが想定されており、輸出量が現在の実績からその3割と推定すると、224BCM~257BCMとなる。欧州向けを抽出するため、アジア向けのサハリン-2LNGプロジェクト第三トレインまでの輸出量(1,620万トン=22BCM)及びNOVATEKによるLNGプロジェクト分(最大47.5BCM)の合計69.5BCMを差し引くと、155BCM~188BCMが2030年にロシアから欧州向けに輸出される総量となる。


[37] NOVATEKプレゼンテーション「Expanding Our Global LNG Footprint From 2018 to 2030: Energy Affordability, Security & Sustainability」(2019年6月3日)

図7 2030年時点のGazprom及びNOVATEKの欧州向け輸出量見通し試算(単位:BCM)

また、IEAの世界エネルギー見通しから2030年の欧州の需要見通しを引き出すと、リファレンスケースでは450BCMとなっていることも参考されたい。

このように見ると、NOVATEKが最大限輸出する前提で、2030年時点でGazpromの輸出量見通しは楽観ケースで2017年のレベルを下回り、悲観ケースでは2015年レベルに留まることになる(図8)。更に欧州の需要は既にピークアウトしており(2000年で487BCM、2025年で472BCMに減少)、市場競争は激しくなることが予想される。このような状況において、Gazpromはさらに輸出シェアを拡大し、国際価格で天然ガスを販売し、利益の最大化を図るはずだろう。しかし、それはNOVATEKに対してGazpromが戦いを挑み、共食いで達成するのでは、ロシアの戦略として本末転倒である。GazpromとNOVATEKとは正にロシアの国章である双頭の鷲のように、双方が欧州市場シェアをそれぞれ獲得していく方法を選ぶだろう(図9)。そのベースはパイプライン網のある国はGazpromが攻め、Gazpromのパイプラインが届かない国はNOVATEKのLNGで攻めるということであり、莫大な優遇税制を敷かれた上流開発と北極海航路という特殊輸送で値下げ余力のないNOVATEKはベストエフォートで市場シェアを取り、依然バーゲニングパワーを有するGazpromのパイプラインガスは、北アフリカ、中東そして米国からの天然ガス(パイプライン・LNG双方)に対して値下げ攻勢でシェアを獲得していくことになるだろう。

図8 Gazprom Exportの欧州向け輸出量推移(単位:BCM)

図9 欧州各国のロシア産ガスへの依存度とロシアが進める市場確保・開拓のターゲット
(出典)BP統計より筆者取り纏め
図10 ドイツ向け天然ガス輸入価格及びOECD全体の天然ガス輸入価格の推移
(出典)BP統計2019及びIMF資料より筆者取り纏め

その際の参考指標として、ドイツによる天然ガス輸入価格とその他OECD諸国平均天然ガス輸入価格のスプレッドが挙げられる(図10)。ドイツはGazpromにとって輸出量の3割弱を占める最大顧客であり、Gazpromのプロフィットの源泉とも言えるが、その他OECD諸国はそのドイツより高い天然ガスを調達しており、そのスプレッドは年々開いている(図10)。言い換えれば、Gazpromはそのシェアに対して対抗できる十分な余力を持っているとも言えるだろう。

以上

(この報告は2019年8月21日時点のものです)

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