ページ番号1007861 更新日 令和1年9月17日

原油市場他:世界経済減速による石油需要の伸びの鈍化懸念とOPEC産油国による減産推進姿勢に挟まれる原油価格

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レポートID 1007861
作成日 2019-09-17 00:00:00 +0900
更新日 2019-09-17 13:26:07 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 市場
著者 野神 隆之
著者直接入力
年度 2019
Vol
No
ページ数 32
抽出データ
地域1 グローバル
国1
地域2
国2
地域3
国3
地域4
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地域5
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地域6
国6
地域7
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地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 グローバル
2019/09/17 野神 隆之
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概要

  1. 米国では、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期到来により季節的にガソリン需要が盛り上がったことから当該製品在庫は減少となったが平年幅上限を超過する状態は維持されている。また、留出油については製油所での製品製造活動が活発化していた一方需要は必ずしも堅調とは言い切れなかったことから在庫は増加したが平年並みの量となっている。さらに、ガソリン需要期到来もあり製油所での原油精製処理が進んだ他輸出が活発化したことから原油在庫は減少となったが平年幅上限を上回る状態は続いている。
  2. 2019年8月末のOECD諸国推定石油在庫量の対前月末比での増減は、原油については、欧州ではメンテナンス作業の実施や装置不具合の発生で製油所の稼働と原油精製処理量が伸び悩んだこともあり在庫はほぼ同水準だった一方、米国では在庫が減少した他、日本でも製油所のメンテナンス作業が終了したことにより稼働が上昇するとともに原油精製処理量が増加したことに伴い在庫が減少したことから、OECD諸国全体として原油在庫は減少となったが平年幅上限を超過する状態は継続している。石油製品については、米国からの軽油輸入が活発化したこともあり欧州での石油製品在庫は若干ながら増加した。また、米国でもプロパンやブタン在庫が増加したことで石油製品在庫は増加した。日本においても暖房用の需要が低下している灯油等の在庫が増加した結果、同国の石油製品全体の在庫も増加した。この結果、OECD諸国全体の石油製品在庫は増加となり、量としては平年幅上方に位置する量となっている。
  3. 2019年8月中旬から9月中旬にかけての原油市場では、米国原油在庫の減少、サウジアラビアのエネルギー産業鉱物資源相の交代等が原油相場に上方圧力を加えた反面、米国及び中国が9月1日以降お互いの製品に追加関税を賦課する方針を発表するとともに実際に課税を実施したこと、8月のOPEC産油国の原油生産量が前月比で増加している旨判明したこと、米国が対イラン制裁緩和を検討していた旨報じられたこと等が原油相場に下方圧力を加えた結果、原油価格はWTIで1バレル当たり55ドルを中心とする領域で推移した。
  4. 全体としては、米国での夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が去ったことから季節的な石油需給の緩和感が原油相場に下方圧力を加える他、米国と中国の貿易紛争に伴う経済成長減速と石油需要の伸びの鈍化懸念も原油相場の上昇を抑制する格好で作用するものと考えられる。他方、原油価格下落時にはOPEC産油国による価格下支えに対するより強い姿勢が示されることが原油価格の下落を抑制すると見られる結果、原油価格は比較的限られた範囲で変動する可能性があるものと思われる。もっとも、イランやベネズエラ等の情勢が複雑化したり、米国金融当局が大規模金融緩和を示唆したりする場合、もしくはサウジアラビアがサウジアラムコの株式上場に向け原油価格上昇に前向きな動きを示す場合には、原油価格が上振れするといった展開も否定できないものと考えられる。

(IEA、OPEC、米国DOE/EIA他)


1. 原油市場を巡るファンダメンタルズ等

2019年6月の米国ガソリン需要(確定値)は日量967万バレルと前年同月比で1.3%程度の減少となり(図1参照)、速報値(前年同月比で1.1%程度減少の日量969万バレル)から若干ながら下方修正された。6月の同国ガソリン輸出量についてEIAは速報値時点では暫定的に日量67万バレル程度と見込んでいたものの、実際の輸出量は日量71万バレルと速報値を日量4万バレル上回っていたことから、この部分が確定値算出段階で国内需要から輸出に振り替えられたことが、下方修正の一因と見られる。また、6月の全米平均ガソリン小売価格が1ガロン当たり2.804ドルと前年同月比では0.166ドル(約5.6%)下落、前月からも0.142ドル(約4.8%)下落し、同国消費者のガソリン小売価格に対する不満が顕在化する1ガロン当たり3ドルから遠ざかっていることが、ガソリン需要に正の影響を与えているものと思われるものの、6月の同国の1人当たり実質個人可処分所得が前年同月比で2.7%の伸びにとどまる(因みに2018年6月の当該所得の前年同月比での増加率は3.4%であった)など、米国と中国の貿易紛争による両国の関税賦課合戦等に伴い米国経済が減速しつつあることが、ガソリン需要を抑制しているものと考えられる(因みに6月の米国自動車運転距離数は前年同月比で0.3%の減少であった)。他方、8月の同国ガソリン需要(速報推定値)は日量973万バレル、前年同月比で0.2%程度の減少となった。8月の全米平均ガソリン小売価格が1ガロン当たり2.707ドルと前年同月比では0.207ドル(約7.1%)、前月からは0.116ドル(約4.1%)下落しているものの、減速が継続していると見られる米国の経済成長(因みに7月の1人当たり実質個人可処分所得の前年同月比での伸びは2.4%にとどまっており、同様に伸び悩みの状態が8月も継続しているものと見られる)がガソリン需要に影響しているものと見られる。それでも米国では夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期に突入していたことにより季節的にはガソリン需要が盛り上がったことから、同国の原油精製処理(原油精製処理量は図2参照)及びガソリン製造(ガソリン最終製品生産量は図3参照)に関する活動は比較的活発であったにもかかわらず、8月上旬から9月上旬にかけ同国のガソリン在庫は減少傾向となったものの、平年幅上限を超過する状態は維持されている(図4参照)。

図1 米国ガソリン需要の伸び(2006~19年)

図2 米国の原油精製処理量(2009~19年)

図3 米国のガソリン(最終製品)生産量(2009~19年)

図4 米国ガソリン在庫推移(2003~19年)

2019年6月の同国留出油(軽油及び暖房油)需要(確定値)は日量401万バレルと前年同月比で1.4%程度の増加となり、速報値である日量400万バレル(同1.0%程度の増加)から若干ながら上方修正された(図5参照)。6月の米国の鉱工業生産が前年同月比で1.1%の増加にとどまる(因みに2018年6月のそれは同3.4%の伸びであった)など同国の経済活動が減速しつつあったこともあり、同月の同国の物流活動が前年同月比で1.0%の増加にとどまった(因みに2018年6月の同国物流活動は前年同月比で8.9%の増加であった)ことから、この面で留出油需要が抑制されたものと考えられるものの、5月の当該需要が前年同月比で5.4%程度減少したことに対する反動で6月の需要が押し上げられたことにより同月の需要が前年同月比で増加した側面があるものと考えられる。また、8月の留出油需要(速報推定値)は日量394万バレルと前年同月比で5.6%程度の減少となった。2019年は1月から7月にかけ同国鉱工業生産の前年同月比の伸びが縮小する傾向を示しており、米国と中国の貿易紛争の状況を考慮すれば8月も当該生産が大幅に回復するとともに物流活動が活発化した(因みに7月の同国の物流活動は前年同月比で2.9%の増加にとどまっていた)とは考えにくいことから、そのような経済的要因が8月の留出油需要の伸びに影響している可能性があるものと考えられる。他方、稼働上昇とともに製油所での留出油生産はそれなりに活発であった(図6参照)が、欧州での製油所メンテナンス作業実施や装置の不具合発生の結果欧州の軽油価格が米国のそれを上回る度合いが拡大したこともあり米国からの軽油輸出が堅調であったことから、8月上旬から9月上旬にかけ米国の留出油在庫は限られた範囲内での変動となった他、9月上旬時点では平年並みの量となっている(図7参照)。

図5 米国留出油需要の伸び(2006~19年)

図6 米国の留出油生産量(2009~19年)

図7 米国留出油在庫推移(2003~19年)

2019年6月の米国石油需要(確定値)は、前年同月比で0.5%程度減少の日量2,060万バレルとなった(図8参照)が、これはガソリン需要の落ち込みが影響している。また、その他の石油需要が速報値(日量423万バレル)から確定値(同398万バレル)に移行する段階で下方修正されたこともあり、当該需要も速報値(日量2,092万バレル、前年同月比1.1%程度の増加)から下方修正されている。他方、8月の米国石油需要(速報推定値)は、日量2,170万バレルと前年同月比で1.9%程度の増加となった。その他の石油製品の需要が伸びていることが石油需要の増加に寄与している。ただ、8月のその他石油製品の需要は日量482万バレルと前年同月比で同56万バレルの増加となっているが、過去の実績(2018年7月~2019年6月の1年間で日量351~426万バレル)に照らし合わせても高い部類に入ることから、今後当該需要が速報値から確定値に移行する段階で下方修正されることにより同国の石油需要(確定値)が調整されることもありうる。また、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期に突入したことで米国のガソリン需要が季節的に盛り上がったこともあり製油所での原油精製処理活動が活発化していたことに加え、米国内陸部のパーミアン盆地からメキシコ湾岸方面に原油を輸送するパイプラインの能力が増強されたこと(後述)もあり、同国からの原油輸出も堅調であったことから、原油在庫は8月上旬から9月上旬にかけ減少傾向となったが、平年幅上限を超過する状態は続いている(図9参照)。そして、原油及びガソリン在庫が平年幅上限を超過する一方で、留出油在庫が平年並みの量となっていることから、原油とガソリンを合計した在庫、そして原油、ガソリン及び留出油を合計した在庫は、いずれも平年幅上限を超過する状態となっている(図10及び11参照)。

図8 米国石油需要の伸び(2006~19年)

図9 米国原油在庫推移(2003~19年)

図10 米国原油+ガソリン在庫推移(2003~19年)

図11 米国原油+ガソリン+留出油在庫推移(2003~19年)

2019年8月末のOECD諸国推定石油在庫量の対前月末比での増減は、原油については、欧州ではメンテナンス作業の実施や装置不具合の発生で製油所の稼働と原油精製処理量が伸び悩んだこともあり、夏場のドライブシーズン到来に伴う自動車用燃料需要期に突入していたにもかかわらず在庫はほぼ同水準だった一方、米国では在庫が減少した他、日本でも製油所のメンテナンス作業が終了したことに伴い稼働が上昇するとともに原油精製処理量が増加したことに伴い在庫が減少したことから、OECD諸国全体として原油在庫は減少となったが平年幅上限を超過する状態は継続している(図12参照)。石油製品については、欧州では製油所の精製処理の伸び悩みが製品製造活動に影響を与えたものの、6~7月の製油所での装置不具合発生時に欧州の軽油価格が米国のそれを上回る度合いが拡大したことに伴い米国からの軽油輸入が活発化したこともあり、中間留分を中心として石油製品在庫は若干ながら増加した。また、米国では暖房シーズンが終了したことによるプロパン需要の低下に伴う当該製品在庫の増加や冬用ガソリンの利用時期終了に伴い当該製品に混入していたブタンの需要が減少したことにより当該製品在庫が増加したことが、ガソリンや留出油の在庫減少を相殺して余りあったことにより、製品在庫は増加した。また、日本においてもガソリン需要を満たすべく製油所の稼働が上昇した結果石油製品の生産が活発化したことに伴い、暖房用の需要が低下している灯油に加え、軽油等の在庫が増加した結果、同国の石油製品全体の在庫も増加した。この結果、OECD諸国全体の石油製品在庫は増加となり、量としては平年幅上方に位置する量となっている(図13参照)。そして、原油在庫が平年幅上限を上回る一方で石油製品在庫が平年幅上方に位置する量となっていることから、原油と石油製品を合計した在庫は平年幅上限を上回る状態になっている(図14参照)。なお、2019年8月末時点のOECD諸国推定石油在庫日数は60.7日と7月末の推定在庫日数(60.5日)から微増となっている。

図12 OECD諸国原油在庫推移(2005~19年)

図13 OECD諸国石油製品在庫推移(2005~19年)

図14 OECD諸国石油在庫(原油+石油製品)推移(2005~19年)

8月14日に900万バレル台後半程度であったシンガポールでのガソリン等の軽質留分在庫は、8月21日には1,000万バレル台半ば、8月28日及び9月4日は1,100万バレル台前半への量へと、それぞれ増加した。そして、9月11日には若干減少したものの、依然として1,100万バレル台前半の水準を維持している。7月中はシンガポールから米国方面へガソリンが輸出される場面が見られたこと(6月21日にPhiladelphia Energy Solutions (PES)の米国フィラデルフィア製油所で火災が発生した影響で、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期に突入していた米国のガソリン価格がアジアのそれに比べ相対的に割高となったことが影響しているものと見られる)ものの、8月に入ってからは、米国方面への軽質留分の流れが一服したうえ、アジア地域の一部製油所でのメンテナンス作業が終了し操業を再開するとともに軽質留分を含む石油製品の生産が活発化したことでシンガポールから他のアジア諸国への軽質留分輸出が抑制されたことに加え、中国政府が中国石油化工集団(Sinopec)、中国石油天然気(PetroChina)、中国中化集団(Sinochem)及び中国海洋石油集団(CNOOC)に対し2019年第三回目の輸出枠を発行した(7月24日に報じられる)が、その中で236万トン(約1,990万バレル)のガソリン輸出が認められた(8月15日に報じられる)ことから、中国から輸出されたガソリンがシンガポールに流入したことが、軽質留分在庫増加の一因となっているものと考えられる。そして、このようにシンガポールでの在庫増加がアジア市場でのガソリン価格を抑制した反面、9月以降インドネシア、韓国及び台湾をはじめとするアジア諸国での製油所のメンテナンス作業実施を控えガソリン製造活動と供給の低下観測が市場で発生しガソリン価格を下支えしたこともあり、ガソリンとドバイ原油との価格差(この場合ガソリン価格がドバイ原油のそれを上回っている)は比較的限られた範囲で推移した。

ナフサについては、冬場の暖房シーズンが終了したことに伴い暖房向けに利用されていた液化石油ガス(LPG)の需要が減少するとともに価格に割安感が強まったことが、石油化学産業において原料としてLPGと競合するナフサの価格を抑制し続けたことに加え、台湾、インドネシア等アジア一部諸国でナフサ分解装置のメンテナンス作業が実施されつつあったことや装置不具合が発生したこと、さらには米国と中国の貿易紛争に伴う両国等の経済減速によるプラスチック需要の低迷でナフサ需要の鈍化懸念が市場で発生したこと、そして、米国での夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期終了が接近してきたことで、欧州でガソリンに混入するナフサの需要が低下するとの観測が市場で発生したことが、アジア市場でのナフサ価格に下方圧力を加えた結果、8月中旬から下旬にかけてのナフサとドバイ原油の価格差(この場合ナフサの価格がドバイ原油のそれを下回っている)は拡大する傾向が認められた。しかしながら、秋場の米国、欧州及び中東での製油所のメンテナンス作業実施に伴うナフサ生産活動の不活発化による供給低下観測がナフサの価格に上方圧力を加えた結果、9月上旬及び中旬にはナフサとドバイ原油の価格差は縮小する場面も見られる。

8月14日には1,100万バレル弱程度の量であったシンガポールの中間留分在庫は、8月21日には1,000万バレル強程度の水準へと低下したものの、8月28日には1,100万バレル台前半の量へと増加した。また、9月4日は1,100万バレル弱程度の量へと減少したものの、9月11日には1,100万バレル強の量へ回復した。インドで雨季(モンスーン)に突入していることもあり、軽油需要が抑制されている(灌漑用に稼働させるポンプ向けのエネルギー源が、モンスーン到来前に燃料として使用されていた軽油から水力発電由来の電力へと切り替わることに加え、雨天に伴い道路や建設工事の進捗が鈍化することにより、物流や製造業での軽油の利用が減速することによる)ことから、同国から軽油が輸出されつつあることに加え、中国が2019年第三回目の石油製品輸入枠を発行したこと(前述)で、軽油210万トン(約1,567万バレル)及びジェット燃料155万トン(約1,217万バレル)の輸出が認められたことにより、中国からシンガポールにジェット燃料が流入したことが、シンガポール周辺での中間留分需給を均衡させた結果、比較的限られた範囲で在庫水準が変動しているものと見られる。そしてこのように比較的安定して在庫が推移していることもあり、8月中旬から9月中旬にかけての当該製品価格とドバイ原油価格との差(この場合軽油価格は原油価格のそれを上回っている)は比較的限られた範囲で推移した。

8月14日には1,900万バレル台後半程度の量であったシンガポールの重油在庫は、8月21日には、2,000万バレル台前半程度、8月28日には2,100万バレル台半ばの、それぞれ量へと増加した。ただ、9月4日には2,100万バレル弱、9月11日には1,900万バレル台後半の、それぞれ量へと減少、8月14日とほぼ同水準となっている。7月24日にかけシンガポールで重油在庫が減少した(中東での夏場の空調のための発電向け重油需要の盛り上がりもあり、西側諸国方面等からシンガポールへの重油の流入が抑制されたことが背景にあるものと考えられる)ことで、かえってシンガポールでの重油価格の西側諸国でのそれに対する割高感が強まったことから、その後西側諸国方面等からシンガポールに向けての重油の流入が活発化したことが当該在庫水準を回復されたものの、2020年1月1日に実施される国際海事機関(IMO)による船舶燃料硫黄含有分規制(船舶用燃料における硫黄含有分を2020年1月1日を以て3.5%から0.5%へと引き下げ)実施を控え製油所での高硫黄重油生産が縮小したこともあり、かえって当該製品の需給が引き締まった結果、シンガポールからの高硫黄重油輸出が堅調となったことに加え、9月に入りアジア諸国で秋場の製油所メンテナンス作業実施時期に突入しつつあることもあり、シンガポールへの重油流入が影響を受けていることが当該製品在庫を抑制する格好となっているものと考えられる。そして、重油在庫増加に加え夏場の空調のための発電向け重油需要が夏の終わりが接近していることにより低下していることが8月中旬及び下旬のアジア市場での重油価格に下方圧力を加えたことから、この時期重油とドバイ原油の価格差(この場合重油価格がドバイ原油のそれを下回っている)は拡大したものの、9月に入ってからは、アジア諸国に加え、この先欧米諸国でも製油所のメンテナンス作業が実施されることによりアジア市場での重油供給が影響を受けるとの観測が重油価格に上方圧力を加えた格好となったこともあり、重油とドバイ原油の価格差は縮小する傾向を示している。


2. 2019年8月中旬から9月中旬にかけての原油市場等の状況

2019年8月中旬から9月中旬にかけての原油市場では、サウジアラビアの油田に対する無人機の攻撃、米国による一部中国製品への関税賦課執行猶予期限の延長、米国原油在庫の減少、サウジアラビアのエネルギー産業鉱物資源相の交代等が原油相場に上方圧力を加えた反面、米国及び中国が9月1日以降お互いの製品に追加関税を賦課する方針を発表するとともに実際に課税を実施したこと、米国や中国等の経済が減速していることを示唆する経済指標類が発表されたこと、8月のOPEC産油国の原油生産量が前月比で増加している旨判明したこと、米国が対イラン制裁緩和を検討していた旨報じられたこと、OPEC及び一部非OPEC産油国共同閣僚監視委員会(JMMC:Joint Ministerial Monitoring Committee)で減産措置強化に関する議論が事実上見送られた旨判明したこと等が原油相場に下方圧力を加えた結果、原油価格はWTIで1バレル当たり55ドルを中心とする領域で推移した。(図15参照)。

図15 原油価格の推移(2003~19年)

8月17日午前(現地時間)にサウジアラビアのシェイバー(Shaybah)油田(原油生産能力日量100万バレル)の天然ガス処理施設が無人機により攻撃され火災が発生(短時間で鎮火)したこと(イエメンのフーシ派武装勢力が犯行声明を発表)したことで、サウジアラビアからの原油供給に対する不安感が市場で増大したうえ、中国のファーウェイ・テクノロジー(華為技術)に対する米国製品供給の一部制限に対する執行猶予(当初8月19日が期限)を11月18日まで90日間延長する旨米国のロス商務長官が8月19日に明らかにしたことにより、米国と中国の貿易紛争による世界経済減速と石油需要の伸びの鈍化に対する市場の懸念が後退したことで、8月19日の米国株式相場が上昇したこともあり、この日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり1.34ドル上昇し、終値は56.21ドルとなった。また、8月21日に米国エネルギー省(EIA)から発表される予定である同国石油統計(8月16日の週分)で原油在庫が減少している旨判明するとの観測が8月20日の市場で発生したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり56.34ドルと前日終値比で0.13ドル上昇した。この結果原油価格は8月19~20日の2日間で併せて1バレル当たり1.47ドルの上昇となった。しかしながら、8月21日には、この日EIAから発表された米国石油統計でガソリン在庫が前週比で31万バレル、留出油在庫が同261万バレルの、それぞれ増加と、市場の事前予想(ガソリン同160万バレル程度の減少~17万バレル程度の増加、留出油同30万バレル程度の減少~31万バレル程度の増加)に反し、もしくは事前予想を上回って増加している旨判明したことから、この日(8月21日)の原油価格の終値は1バレル当たり55.68ドルと前日終値比で0.66ドル下落した。8月22日も、この日英国経済情報サービス会社IHSマークイットから発表された8月の米国製造業購買担当者指数(PMI)(50が当該部門好不況の分岐点)が49.9と7月の50.4から低下、2009年9月以来の50割れとなった他、市場の事前予想(50.5)を下回ったことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.33ドル下落し、終値は55.35ドルとなった。さらに、9月1日を以て米国産原油及び大豆に5%の関税、12月15日を以て自動車に25%の関税を賦課することを含め、5,078品目、750億ドル相当の米国からの輸入品に対し関税を賦課する方針である旨8月23日に中国商務省が発表したことに対し、同日米国のトランプ大統領が中国の課税に対する対応策を8月23日午後に発表する予定である旨表明したことで、米国と中国の貿易紛争を巡る対立の激化に伴う世界経済成長の減速及び石油需要の鈍化に対する懸念が市場で増大したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり54.17ドルと前日終値比で1.18ドル下落した。この結果、原油価格は8月21~23日の3日間で併せて1バレル当たり2.17ドルの下落となった。

8月26日には、この日まで開催されていた先進7ヶ国(G7)首脳会議後の記者会見で、フランスのマクロン大統領が、米国のトランプ大統領とイランのロウハニ大統領との会談に関し、数週間以内に実現できるよう期待していると発言し、記者会見に同席していたトランプ大統領も、適切な状況であればロウハニ大統領と会談する意向である旨表明したことで、米国とイランとの対立による中東地域からの石油供給途絶懸念が市場で後退したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり53.64ドルと前週末終値比で0.53ドル下落した。しかしながら、8月28日にEIAから発表される予定である米国石油統計(8月23日の週分)で原油在庫が減少している旨判明するとの観測が8月27日の市場で発生したことに加え、8月26日に米国のトランプ大統領がイランのロウハニ大統領と会談する意向を示したことに対し、8月27日にイランのロウハニ大統領が、米国が対イラン制裁を解除しないのであれば、会談するつもりはない旨表明したことにより、米国とイランとの対立の緩和に対する期待が市場で後退したことから、この日(8月27日)の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.29ドル上昇し、終値は54.93ドルとなった。8月28日も、この日EIAから発表された米国石油統計で原油在庫が前週比で1,003万バレルの減少と市場の事前予想(同210~470万バレル程度の減少)を上回って減少している旨判明したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり55.78ドルと前日終値比で0.85ドル上昇した。8月29日も、米国が、既に関税賦課を実施している2,500億ドル相当の中国製品に対する関税率を10月1日にこれまでの25%から30%に引き上げるとともに、9月1日及び12月15日に関税を賦課する予定であった3,000億ドル相当の中国製品に対する関税率を当初予定の10%から15%へと引き上げる方針である旨、トランプ大統領が8月23日午後に発表したことに対し、中国は直ちに報復措置を講ずることはない旨同国商務省が示唆したことに加え、8月29日にトランプ大統領が米国と中国が貿易問題に関し同日中に協議を行う予定である旨明らかにしたことで、両国間の貿易を巡る対立の先鋭化と経済成長の減速、及び石油需要の伸びの鈍化に対する懸念が市場で後退したことに加え、ハリケーン「ドリアン(Dorian)」が勢力を強めながらフロリダ半島を横断し、米国メキシコ湾沖合に進む可能性があることから、当該地域での石油供給への影響に対する懸念が市場で増大したこと、8月24日以降米国オクラホマ州クッシングの原油在庫が30万バレル減少した旨米国石油関連情報サービス会社Genscapeが報告したと8月29日に報じられたことにより、米国原油先物契約受け渡し地点での石油需給の引き締まり感を市場が意識したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.93ドル上昇し、終値は56.71ドルとなった。この結果原油価格は8月27~29日の3日間で併せて1バレル当たり3.07ドル上昇した。しかしながら、8月30日には、勢力を強めながらカリブ海諸島北方を西進していたハリケーン「ドリアン」が米国フロリダ半島中部に上陸後進路を北へと転換するとの予報がこの日発表されたことから、米国メキシコ湾沖合の油田での原油生産、そして湾岸地域での原油受入及び精製活動への当該ハリケーンの影響が限定的になる反面、ハリケーンの進路に当たる地域での住民の自動車を利用した外出が手控えられる結果ガソリン需要が抑制されるとの観測が市場で発生したことに加え、2019年8月のOPEC産油国の原油生産量が前月比で日量8万バレル増加するなど2019年初来初めて増加を示していた旨ロイター通信が報じたことで、OPEC産油国等による減産措置の実施に伴う石油需給引き締まり感が市場で後退したことから、この日(8月30日)の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.61ドル下落し、終値は55.10ドルとなった。

9月2日は、レイバー・デーの休日に伴い米国原油先物市場は休場となったが、8月31日に中国国家統計局から発表された8月の同国製造業購買担当者指数(PMI)(50が当該部門好不況の分岐点)が49.5と7月の49.7から低下、4ヶ月連続で50を割り込んだ他、市場の事前予想(49.6~49.7)を下回ったことに加え、9月1日に米国が中国からの輸入品に対し15%の関税を賦課した一方で中国が米国からの輸入品に対し5~10%の関税を賦課したうえ、9月に開催を予定している両国による貿易紛争を巡る協議の具体的日程が定まらない旨9月2日に報じられた他、同日夜(現地時間)中国商務省が米国の追加関税賦課につき世界貿易機構(WTO)に提訴する旨発表したことに加え、米国のトランプ大統領が貿易紛争を巡る交渉が同大統領の2期目の任期まで長引くのであれば、交渉がより困難なものとなる旨9月3日に表明したことから、米国と中国の貿易紛争を巡る対立の先鋭化に伴う両国を含む世界経済減速と石油需要の伸びの鈍化に対する懸念が市場で増大したこと、9月2日にIHSマークイットから発表された8月のユーロ圏製造業購買担当者指数(PMI)(50が当該部門好不況の分岐点)(改定値)が47.0と7ヶ月連続で50を割り込んだこと、8月のロシアの原油生産量が4,776.3万トン(推定日量1,136万バレル)とOPECと一部非OPEC産油国との間で合意した減産目標(日量1,119万バレル)を超過している旨判明したこと、9月3日に米国供給管理協会(ISM)から発表された8月の同国製造業景況感指数(50が当該部門好不況の分岐点)が49.1と7月の51.2から低下、2016年8月(この時は49.6)以来の50割れとなった旨判明したこと、9月2日を以て米国の夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が終了したうえ、ハリケーン「ドリアン」が米国東海岸沿いに進むとの予報が発表されていることからハリケーンの進路周辺地域における住民の自動車での外出が手控えられることによりガソリン需要が抑制されるとの観測が市場で発生したこともあり、米国ガソリン先物価格が下落したことから、この日(9月3日)の原油価格の終値は1バレル当たり53.94ドルと前週末終値比で1.16ドル下落した。ただ、9月5日にEIAから発表される予定である米国石油統計(8月30日の週分)で原油在庫が減少している旨判明するとの観測が9月4日の市場で発生したこと、9月4日に中国独立系報道機関財新伝媒から発表された8月の同国サービス業購買担当者指数(PMI)(50が当該部門好不況の分岐点)が52.1と7月の51.6から上昇したうえ、市場の事前予想(51.7)を上回ったこと、9月のロシアの原油生産量が8月より減少する旨9月4日にロシアのノバク エネルギー相が発言したことで、石油需給の引き締まり感を市場が意識したこと、イラン革命防衛隊がアサド政権等に原油を供給する際に利用していた疑いのある石油輸送に関係しているとされる法人及び個人等に対し、米国での資産凍結や米国人との取引禁止を内容とする制裁を発動する旨9月4日に米国財務省が発表したことから、米国とイランとの対立の先鋭化に対する懸念が市場で増大したこと、9月4日に香港行政長官が香港市民から抗議を受けていた逃亡犯条例改正案を正式に撤回する旨発表したことに加え、同日イタリアのコンテ首相が提出した閣僚名簿をマッタレッラ大統領が承認したことにより9月5日に新内閣が発足する見通しとなったことで、これら諸国・地域における政治的・経済的安定性に対する市場の懸念が後退したこともあり、米国株式相場が上昇したことから、この日(9月4日)の原油価格の終値は1バレル当たり56.26ドルと前日終値比で2.32ドル上昇した。ただ、中国の劉鶴副首相が10月前半に訪米し米国のムニューシン財務長官及びライトハイザー通商代表部(USTR)代表と貿易協議を行うことで合意した旨9月5日に中国商務省が発表したことにより、米国と中国との貿易紛争を巡る対立が緩和するとの期待が市場で発生したことに加え、9月5日にEIAから発表された米国石油統計で原油在庫が前週比で477万バレルの減少と市場の事前予想(同200~300万バレル程度の減少)を上回って減少していた旨判明したことが、原油相場に上方圧力を加えた反面、前日の原油価格上昇に対する利益確定の動きが市場で発生したことが原油相場に下方圧力を加えたことから、この日(9月5日)の原油価格の終値は1バレル当たり56.30ドルとは前日終値比で0.04ドルの上昇にとどまった。それでも、景気拡大を維持すべく米国連邦準備制度理事会(FRB)は適切に行動し続ける旨9月6日にパウエルFRB議長が発言したことで、米国金融当局による追加金利引き下げ実施が示唆されたことに加え、9月6日に米国石油サービス会社Baker Hughesから発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が同日時点で738基と前週比で4基減少(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は同日時点で698基と同2基減少)となっている旨判明したことで、この先の米国のシェールオイル等原油生産量が伸び悩むのではないかとの観測が市場で発生したことから、9月6日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.22ドル上昇し終値は56.52ドルなった。

9月9日には、サウジアラビアのエネルギー産業鉱物資源相をファリハ氏から王族のアブドルアジズ・ビン・サルマン王子に交代する旨9月8日に報じられたことに加え、アブドルアジズ王子が減産は全てのOPEC加盟国に恩恵をもたらす旨明らかにしたと9月9日に報じられたことで、今後同国が原油価格の上昇を図るべく減産措置を強化する方向に向かうのではないかとの観測が市場で増大したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり57.85ドルと前週末終値比で1.33ドル上昇した。しかしながら、9月10日には、米国のトランプ大統領がボルトン大統領補佐官を解任した旨明らかにしたことで、米国とイランとの対立の先鋭化が後退するのではないかとの観測が市場で発生したことに加え、9月10日にEIAから発表された「短期エネルギー見通し(STEO)」でEIAが2019年の原油価格見通しを下方修正されたことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.45ドル下落し、終値は57.40ドルとなった。9月11日も、この日OPECから発表された月刊オイル・マーケット・レポートでOPECが2019年及び2020年の世界石油需要の伸びを下方修正したことに加え、9月9日に米国のトランプ大統領が同月後半にイランのロウハニ大統領との会談を実現させるために、イランに対する制裁緩和につき検討していた旨9月11日にブルームバーグ通信が報じたことで、将来のイランからの原油供給増加に伴う世界石油需給の緩和感を市場が意識したことで、この日の原油価格の終値は1バレル当たり55.75ドルと前日終値比で1.65ドル下落した。9月12日も、この日IEAから発表された「オイル・マーケット・レポート」において、非OPEC産油国の石油生産が急増する結果2020年に向け相当程度の石油供給が過剰になるとともに原油価格に下方圧力が加わることで、それに対処するOPEC産油国等にとっては大きな試練となる可能性がある旨IEAが示唆したことに加え、9月12日に開催されたOPEC及び一部非OPEC産油国共同閣僚監視委員会(JMMC)で、既存の減産目標遵守徹底を呼び掛けたものの、減産目標の拡大については事実上議論が見送られたことで、石油需給緩和の可能性に対するOPEC産油国等の対応に対し市場が失望したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.66ドル下落し、終値は55.09ドルとなった。9月13日も、前日にIEAから発表された「オイル・マーケット・レポート」において2020年に向けた原油価格への下方圧力でOPEC産油国等に大きな試練となる可能性がある旨IEAが示唆した流れを引き継いだことで、この日の原油価格の終値は1バレル当たり54.85ドルと前日終値比で0.24ドル下落した。この結果原油価格は9月10~13日の4日間で併せて1バレル当たり3.00ドル下落した。


3. 原油市場における注目点等

イエメンでは、8月17日に南部の分離を主張する「南部暫定評議会(STC)」(UAEが支援しているとされる)が8月10日より占拠していた港湾都市アデンのハディ暫定大統領の宮殿から撤退するなどしている。サウジアラビア(ハディ暫定大統領派勢力を支援)とUAEはハディ暫定大統領派勢力とSTC勢力の休戦を両国合同で監視するための委員会を設立した旨8月26日に報じられる。そして、8月28日にはハディ暫定大統領派勢力が大統領宮殿を含むアデンの支配を回復した旨発表した(STCは当該事象を否定しているとの情報もある)。他方、8月17日午前(現地時間)には、イエメンのフーシ派武装勢力(イランが支援しているとされる)がサウジアラビア南東部にあるシェイバー(Shaybah)油田(原油生産能力日量100万バレル)を無人機10機で攻撃した結果天然ガス処理施設が炎上した(短時間で鎮火したと伝えられる)が、油田での生産には影響は生じなかった。また、8月20日日夜にはフーシ派武装勢力がイエメン南西部ダマール県上空で米国軍無人機を撃墜した旨8月21日に報じられる。9月1日には、サウジアラビア主導の有志連合軍が同国南西部ザマールのフーシ派武装勢力の収容施設を空爆したと報じられる。ただ、米国のシェンカー国務省次官補はフーシ派武装勢力とイエメン内戦終結に関し協議した旨9月5日に明らかにしたと報じられる。しかしながら、9月14日にはサウジアラビア東部にあるアブカイク(Abqaiq)原油処理施設(処理能力日量700万超とされる)及びクライス(Khurais)油田(原油生産量日量120万バレルとされる)の2ヶ所に対し無人機攻撃が行われ(同日フーシ派武装勢力が犯行声明を発表している)、火災が発生するとともに日量570万バレル分の供給に影響していると9月14日に報じられる。

7月4日に英領ジブラルタル自治政府が拿捕したイランタンカー「アドリアン・ダリア 1(旧グレース1)」に関し、8月15日に同自治政府は解放を決定、8月18日夜に同タンカーは出航した(8月16日には、米国ワシントン連邦地方裁判所が当該タンカーの差し押さえ状を発状した旨発表したが、8月18日にジブラルタル自治政府は適用される法律はEUのものであるとして、米国の要求には従えないとした)。他方、8月26日の先進7ヶ国(G7)首脳会議後の共同記者会見(フランスのマクロン大統領及び米国のトランプ大統領が出席)の場において、マクロン大統領は数週間以内にトランプ大統領とイランのロウハニ大統領との会談が実施できるよう期待している旨発言、査察対象とするイラン原子力関連施設範囲拡大を条件としてイランに対し資金的支援実施を検討している旨示唆している。トランプ大統領は状況が適切であればロウハニ大統領と会談する旨明らかにしたが、制裁解除は否定しており、核兵器と弾道ミサイル開発の長期間禁止に関する合意が必要である旨明らかにしている他、(周辺地域への)テロ行為の停止も求めた。しかしながら、8月27日には、ロウハニ大統領が、米国が対イラン制裁を解除しないのであれば、会談するつもりはない旨表明している(また、8月29日にイランのザリフ外相は、米国との協議を行う条件として米国が2015年の核合意を遵守することを挙げている)。8月29日に米国財務省は、レバノンの金融機関とその関係会社4社及び金融関係者4人に対し、イラン革命防衛隊「コッズ部隊」からレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラやパレスチナ自治区のイスラム組織であるハマスにテロ活動向け資金を供給する体制を構築していたとして、米国内資産凍結と米国人との取引禁止を内容とする制裁を実施する旨発表した。他方、8月29日には、イランのロケットが発射台(イマーム・ホメイニ国立宇宙センターとされる)で爆発、打ち上げに失敗したと報じられた。また、8月30日には、国際原子力機関(IAEA)がイランのウラン濃縮活動に関する報告書を纏めたが、その中で濃縮ウラン貯蔵量(ウランベース)が7月19日時点で241.6キログラム(上限202.8キログラム)、濃縮率4.5%(上限3.67%)である旨明らかにされた(なお、重水貯蔵量は125.5万トンと上限(130トン)を下回っているとされる)。9月2日にはイランのタンカー「アドリアン・ダリア1」は地中海のシリア沖を航行している際に船舶位置情報の発信を停止した(9月3日に報じられる)。他方、フランス(マクロン大統領及びルドリアン外相)は、イランが核合意に戻ることに加え既存の核合意で定められている一部ウラン濃縮活動制限期限(2025年)以降のウラン濃縮活動制限につき交渉を実施することを前提として、原油を担保とした150億ドルの信用供与(融資枠設定)を中心とする対イラン支援策につき協議していると9月2~3日に伝えられる(但し本件は米国の承認を必要とするとされ、トランプ政権はこの提案につき懐疑的な認識を持っている旨9月4日に報じられる)。9月3日に米国国務省はイラン宇宙機関(ISA: Iranian Space Agency)を含む宇宙関連3機関に対し弾道ミサイルに必要な技術を開発しているとして米国内の資産凍結と米国人との取引を禁じることを内容とした制裁を発動する旨発表した。また、9月4日にはイランのアラグチ外務省次官が今後4ヶ月間に150億ドルの信用が与えられた場合にのみ核合意遵守を回復する旨明らかにしている。他方、イランが拿捕した英国船籍タンカー(7月19日にその旨発表されている)につきインド人乗組員等7名を解放した(残り16人は解放されず)旨イラン外務省のムサビ報道官が9月4日に発表した(タンカーは拿捕されたままである)。そして、同日イランのロウハニ大統領が9月6日に第三弾の核合意逸脱措置として濃縮ウラン製造のための遠心分離機研究開発に対する制限を撤廃する旨明らかにしたが、20%のウラン濃縮製造活動については言及せず(9月7日にイラン原子力庁のカマルバンディ報道官は濃縮率20%のウラン濃縮活動の再開は現時点では必要がない旨の見解を披露している)、また欧州に対し核合意維持のための措置策定期限を2ヶ月間延長する旨明らかにした。他方、イラン革命防衛隊がアサド政権やレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラに原油を供給する際に利用していた疑いのある石油輸送に関係しているとされる法人及び個人等に対し、米国での資産凍結や米国人との取引禁止を内容とする制裁を発動する旨、9月4日に米国財務省が発表しているが、同日トランプ大統領は9月後半に開催される予定である国連総会の際ロウハニ大統領との会談を実施する可能性については否定しなかった(9月25日を軸に調整すべく米国政府はイラン政府に対し両国首脳会談実施を提案した旨9月5日に明らかになっている)。他方、9月5日に米国財務省は英領ジブラルタル自治政府から解放された「アドリアン・ダリア1」に対し燃料を供給したり、燃料費決済行為を行ったりした者に対し米国の制裁対象となると警告したが、9月5日に米国のエスパー国防長官は同タンカーを差し押さえる意向は現時点ではない旨示唆している。ただ、9月5日にトランプ大統領は対イラン制裁は現時点で解除する意向はない旨フランスのマクロン大統領に明らかにしたが、9月9日にトランプ大統領はイランのロウハニ大統領との会談を実施することに何の問題はない旨表明している。他方、エスパー国防長官はイランとの首脳会談が実現に接近しつつある旨9月6日に明らかにしているが、9月6日にはイランのイスラム革命防衛隊のサラミ司令官が、米国と協議する意向はない旨発言している。そして、9月6日にはイランはウラン濃縮のための遠心分離研究開発制限を撤廃したが、これに対し同日米国のポンペオ国務長官は容認できない旨イランの行為を批判した。また、英領ジブラルタル自治政府により拿捕された後解放されたイランのタンカー「アドリアン・ダリア1」が9月6日にシリアに寄港している可能性がある旨米国のボルトン大統領補佐官が示唆した他、9月8日にはイラン外務省のムサビ報道官が地中海沿岸で当該タンカーが積載していた原油を荷卸しした旨明らかにしている。英国のラーブ外相はこの行為に対しイランはシリアに原油を販売したとしてタンカー解放の条件(シリアには原油を輸送しないと文書で約束)に反している旨9月10日にイランを批判したものの、9月11日には駐英イラン大使は、原油は海上で売却しており、それ以降はイランは原油輸送条件には拘束されない旨反発している。他方、9月10日には米国のブルイエット エネルギー省副長官が、中国がイラン産原油を購入している疑いがあると考えており、状況を監視、実際に購入している旨判明すれば、制裁を科すことになる旨示唆した。また、9月9日には、トランプ政権が対イラン制裁の緩和を検討したが、ボルトン大統領補佐官がこの方策に強硬に反対したと9月11日に報じられており、9月10日にはトランプ大統領がボルトン補佐官を解任した旨明らかになっている。

このような経緯もあり、原油市場では引き続きイランが注目されるところになろう。9月6日にはイランはウラン濃縮のための遠心分離機の研究開発活動を無制限で実施する旨明らかにした他、米国が対イラン制裁を撤廃しない限り協議する意向はない旨ロウハニ大統領が明らかにするなど、依然この問題は解決まで長い道のりがあることが示唆される。ただ、トランプ大統領は対イラン強硬派であったボルトン大統領補佐官を解任した一方で、むしろ環境が整えばロウハニ大統領との会談は可能である旨表明しているなど、当該問題に対する外交的解決に向けた動きが以前に比べ活発化しているようにも見受けられる。しかしながら、9月14日(現地時間午前4時とされる)に発生したサウジアラビアのアブカイク原油処理施設に対するフーシ派武装勢力の無人機攻撃により当該施設の操業が停止するなどの被害を受けており、今後イランとサウジアラビア、及び欧米諸国との関係が複雑化することにより、原油相場にその影響が及ぶことは否定できないものと考えられる。

ベネズエラでは、数ヶ月以内に大統領選挙を実施する案が検討された(8月5日の米国のベネズエラ制裁(米国にある全てのベネズエラ政府資産の凍結実施)の大統領令発表前の話とされる)と8月19日に報じられる。大統領選挙実施に際し、マドゥロ政権側は米国による制裁の解除に加えマドゥロ大統領の出馬を認めること等を条件としており、対してグアイド国会議長側は全国選挙評議会及び最高裁判所の人事刷新等を条件としていた。しかし8月5日の米国の対ベネズエラ制裁以降協議は中断おり、米国はマドゥロ大統領の出馬について難色を示していると8月19日に伝えられる。このように、ベネズエラにおいても、マドゥロ大統領派勢力とグアイド国会議長派勢力との対立は続いているものの、一時期見られたような国内でのデモ活動や暴動の発生は伝えられなくなっている。しかしながら、イエメン及びイラン同様、ベネズエラについても、複数の国もしくは当事者間で複雑な政治、外交、及び軍事関係が存在することから、時として意思疎通の行き違い等からあらぬ方向に事態が進んでいく結果、市場での石油供給途絶懸念が高まることにより原油相場に上方圧力を加えるといった展開も否定しきれないことに注意する必要があろう。

リビアについては、西部のトリポリを拠点とする国連が支援する統合政府と東部トブルクを拠点とする政府(暫定議会)との対立及び軍事衝突は継続しており、このような衝突がさらに激化するか、ないしは政府機能が麻痺することにより地方部族への統制が徹底しきれなくなる等することにより、国内に点在する油田の操業に影響が生じる場面が時折見られるなど、同国情勢は依然不安定な状態が継続していると見受けられることから、今後も同国からの原油供給が下振れする結果、相対的に石油需給の引き締まり感が市場で強まり、原油相場に上方圧力が加わるといった場面が見られることもありえよう。

8月23日にジャクソンホール(米国ワイオミング州)で実施されたパウエルFRB議長による演説では、トランプ大統領が望むような大規模金融緩和策の実施について明言することはなく、演説後同大統領は失望の意を表した。9月17~18日には米国連邦公開市場委員会(FOMC)が開催されるが、政策金利が現行の2.00~2.25%から1.75~2.00%へと0.25%の引き下げが実施される可能性が9月13日時点で79.6%と高くなっているものの、この場等においてパウエル議長から大規模な金融緩和策実施方針の示唆がないようであれば、この先米国経済が減速することを示す指標類が発表されれば同国石油需要の伸びが鈍化するとの見方が市場でさらに強まる結果原油価格に下方圧力を加える可能性があるものと考えられる。もっとも、FOMC等の機会において金融当局者から大規模金融緩和策実施方針が示唆されれば、緩和マネーが原油を含む商品市場に流入するとの期待が市場で増大する結果、経済が減速していることを示唆する指標類が明らかになっても、金融緩和策が促進されるとの観測が市場で増大する結果、かえって原油価格が押し上げられるといった展開となる可能性も出てくる。このようなことから、9月17~18日のFOMCでどのような方針が協議され決定されるか、そしてFOMC後パウエル議長が経済に対しどのような認識を持っており、金融政策につきどのような姿勢を示唆するか、ということ等が、原油相場の方向性に影響を与えるものと考えられる。

また、9月1日に米国と中国がお互いに追加関税の賦課を発動したことで、両国経済の足枷が強まった格好となっている。このような中米国の政権関係者は中国との間で貿易紛争に関する暫定的な合意を検討していると9月12日に伝えられるが、暫定合意への動きで一時的に両国を含む世界経済成長回復への期待が市場で持ち直す結果原油相場に上方圧力を加える場面が見られる可能性はあるが、少なくとも短期的にはこの問題が根本的に解決しこれまで賦課した関税の相当部分が解消されるとは考えにくいことから、この面で世界経済成長と石油需要の伸びに関し楽観的な見方が市場で醸成されるとともに原油価格に上昇傾向が創出されるといった可能性はそれほど高くないものと考えられる。

さらに、米国と中国との貿易紛争が中国経済にも負担となっていることから、今後当面中国経済成長が減速を示していることを示唆する指標類が発表される頻度も増加すると思われるが、その場合同国石油需要の伸びが鈍化するとの見方が市場で強まる結果、原油相場に下方圧力を加える可能性がある反面、経済成長が加速することを示唆する指標類が発表されたり、中国政府が金融緩和措置実施を表明したりしても、それらが強い経済回復(もしくは回復の可能性)を示唆するほどのものでなければ、この先の米国と中国との貿易紛争を巡る対立の継続と両国及び世界経済成長、そしてその世界石油需要の伸びへの影響に対する市場の懸念を払拭するには不十分となることから、原油相場の反発力はあったとしてもそれほど強くないものと考えられる。他方、欧州での経済指標類及び金融当局関係者による金融緩和に対する方針によっても、同国経済に関する市場の認識に影響を与える結果、原油相場にそれが織り込まれる場面が見られることもありうる。また、今後国際通貨基金(IMF)等により改定された世界経済成長見通しが発表され、そこで、2019~20年の見通しが下方修正されている(米国と中国の貿易紛争を巡る両国の対立を考慮すれば、その可能性はそれなりにある)旨判明するようであれば、IEA等がそれを織り込んで、その後発表される予定であるオイル・マーケット・レポートの類で世界石油需要見通しを下方修正するとの見方が市場で発生することから、IMF等による世界経済見通しの内容によっても原油価格が変動する可能性もある。また、10月に入ると米国主要企業等の2019年7~9月等の業績が発表される予定であるので、それら業績もしくは2019年の業績見通し(もしくは見通しの修正)等の内容によっては米国株式相場が変動する結果、原油相場に影響を及ぼすこともありうる。

米国では、9月2日を以て夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が終了した。他方、冬場の暖房シーズン到来に伴う暖房用石油製品需要期が市場の視野に入り始めるのは10月中旬頃以降となる。このため、当面はガソリン需要が低下する反面、暖房用のLPGや留出油需要期にはまだ早いとの意識が市場を支配する他、製油所の秋場のメンテナンス作業の実施に伴い稼働及び原油精製処理活動が低下する結果原油の購入が不活発になってくる。そして、このような季節的な需給の緩和感が市場で醸成されることにより、原油価格の上昇が抑制されやすいものと見られる。

ただ、米国の石油水平坑井掘削装置稼働数が2018年11月8日に825基に到達して以降減少傾向となり9月13日には687基となっている。近年シェールオイル開発・生産の効率が向上している(限られた掘削装置稼働数で複数の坑井を短期間で掘削したり、1坑当たりの掘削距離を伸ばしたり、もしくは水圧破砕をより高密度で実施したりする等により、限られた坑井数で生産を拡大する)と見られることから、掘削装置稼働数の減少は直ちにシェールオイル、そして米国の原油生産の減少には繋がるとは限らないが、最近では米国独立系石油会社への資金供給主体が業績向上を重視するべくこれら会社に圧力を加えているとされており、これにより、利益を確保できる鉱区に操業を絞ることを通じ一時的にせよシェール資源開発・生産活動が鈍化する結果、米国の石油坑井掘削装置稼働数が減少を続けるとともにシェールオイル及び原油生産の伸びが鈍化する可能性もある。このようなこともあり、石油坑井掘削装置が減少するようだと、原油相場に上方圧力が加わる場面が見られることもありうる。

サウジアラビアではエネルギー産業鉱物資源相にアブドゥルアジズ・ビン・サルマン王子がファリハ氏の後任として就任した旨9月8日に伝えられる。9月9日に同王子はサウジアラビアの石油政策を大幅に変更する意向はない他OPEC及び一部非OPEC産油国と強調しつつ減産措置を講じていく旨表明しており、9月12日に開催されたJMMCでもOPEC及び一部非OPEC産油国の原油生産方針の変更を見送っている。他方、8月30日にサウジアラビアは2020年1月1日を以てエネルギー産業鉱物資源省につきエネルギーを担当する省と産業鉱物資源と担当する省に分割する旨発表したうえ、9月2日にはファリハ氏は同国国営石油会社サウジアラムコの会長も解任されるなど、同国の石油産業改革を巡る動きが加速しているように見受けられる。サウジアラビアはサウジアラムコの株式公開(IPO)準備を進めていることから、今般の動き(加えて、サウジアラムコIPOの主幹事行(従来からIPO計画に関与していたJPモルガン、モルガン・スタンレー、サウジアラビアのナショナル・コマーシャル・バンク(NCB)に加え、バンク・オブ・アメリカ・メリルリンチ、ゴールドマン・サックス、クレディ・スイス、シティ、HSBC、サウジアラビアのサンバの9行)が選出されたと9月11日に報じられる他、年内にもリヤドの証券取引所に上場(海外市場への上場の前段階)すべくサウジアラビア国内の投資家と調整しているとの情報が9月9日に伝えられる)で同社のIPO準備が加速するとともに、IPOを成功裏に実施するために同社の資産(その大半はサウジアラビアに賦存する原油資源である)価値を最大限にするために、いずれOPEC及び一部非OPEC産油国の減産措置を強化すること、もしくは自国の減産幅を拡大することを含め、原油価格を現状よりも上昇させる方策を推進するといった展開となったり、もしくはそのような展開となるとの観測が市場で広がったりする結果、原油価格に実際に上方圧力が加わる場面が見られることも否定できないことから、今後もサウジアラビアの石油産業を巡る動きに加えOPEC産油国等の減産方針や生産状況については注目し続ける必要があろう。

また、原油価格がWTIで1バレル当たり50ドルへと下落傾向が強まるようだと、サウジアラビアをはじめとするOPEC産油国等が原油価格の下落抑制のための原油供給調整に向け断固とした意志を表明するといった展開も考えられ、その場合、石油需給の引き締まり感が市場で意識される結果原油相場に上方圧力を加わるとともに原油価格が反発する場面が見られる可能性もある。

大西洋圏ではハリケーン等の暴風雨シーズンに突入しており(暴風雨シーズンは例年6月1日~11月30日である)、特に8月後半以降10月前半迄は1年で最もハリケーン等が発生しやすい時期となる。ハリケーン等の暴風雨は、その進路や勢力によっては、米国メキシコ湾沖合の油田関連施設に影響を与えたり(当該地域では2018年は日量174万バレルの原油を生産した)、湾岸地域の石油受け入れ及び積出港湾関連施設や製油所の活動に支障が発生したり(実際に製油所が冠水し操業が停止することもあるが、そうでなくても周辺の送電網が暴風で切断されることにより、製油所への電力供給が途絶することを通じて操業が停止するといった事態も想定される)、さらには、メキシコの沖合油田や原油輸出港の操業が停止すること等により米国での原油輸入に影響を与えたりする(2018年には米国メキシコ湾岸地域はメキシコから日量59万バレル程度の原油を輸入した)。他方、ハリケーン等の暴風雨が米国東海岸沿いを北上する進路を辿った場合、暴風雨により住民の自動車を利用した外出が手控えられる結果ガソリン等の石油需要が抑制されることを通じ原油相場に下方圧力を加える場合もありうる。5月23日発表の国立海洋大気局(NOAA)国立ハリケーンセンター及び8月5日時点のコロラド州立大学の予想によると、2019年の大西洋圏でのハリケーンシーズンは概ね平年並みの暴風雨の発生が予想されている(表1参照)。それでも、このような予想に反し暴風雨の活動が活発化する可能性もあることから、この先のハリケーン等の実際の発生状況やその進路、そしてその予報等には留意する必要があろう。

表1 2019年の大西洋圏でのハリケーン等発生個数予想

全体としては、米国での夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が去ったことから季節的な石油需給の緩和感が原油相場に下方圧力を加える他、米国と中国の貿易紛争に伴う経済成長減速と石油需要の伸びの鈍化懸念も原油相場の上昇を抑制する格好で作用するものと考えられる。他方、原油価格下落時にはOPEC産油国による価格下支えに対するより強い姿勢が示されることが原油価格の下落を抑制すると見られる結果、原油価格は比較的限られた範囲で変動する可能性があるものと思われる。もっとも、イランやベネズエラ等の情勢が複雑化したり、米国金融当局が大規模金融緩和を示唆したりする場合、もしくはサウジアラビアがサウジアラムコの株式上場に向け原油価格上昇に前向きな動きを示す場合には、原油価格が上振れするといった展開も否定できないものと考えられる。


4. 2020年に向けた世界石油市場に対する関係者の見方等

IEAは2019年6月14日に、OPECは7月11日に、それぞれ初めて2020年の世界石油需給見通しの詳細を発表した。ここでは、2019年1月15日に2020年見通しの詳細を初めて発表しているEIAを含め2020年の世界石油需要及び供給見通し等の特徴などにつき述べることとしたい(なお、データは原則、IEAが9月12日、EIAが9月10日、OPECが9月11日に、それぞれ発表したもの(つまり最新のもの)に基づくものとする)。

まず、需要面であるが、2020年の世界石油需要の前年比での増加は、日量108~139万バレル程度と予想している(IEAが同133万バレル(前年比1.3%)、EIAも同139万バレル(同1.4%)、OPECが同108万バレル(同1.1%))の、それぞれ増加)(図16参照)。2019年の世界石油需要の増加は日量89~106万バレル程度と見込まれている(IEAが同106万バレル(前年比1.1%)、EIAが同89万バレル(同0.9%)、OPECが同102万バレル(同1.0%))の、それぞれ増加)ことから、現時点での2020年の世界石油需要の伸びは2019年のそれから加速するように見える。ただ、初めて2019年の世界石油需要が発表された時点(IEAが2018年6月13日、EIAは2018年1月9日、OPECは2018年7月11日)では、2019年の世界石油需要増加はIEAが同143万バレル、EIAが日量165万バレル、OPECが同145万バレルであった。米国と中国の貿易紛争の影響もあり、2019年の世界経済成長率の見通しが下方修正された一方で、2020年は世界経済が持ち直すとの見方があり(図17参照)、それが2020年の世界石油需要の伸びに反映される格好となっている(IEAは米国と中国の貿易紛争が解決に向かうとともに一部諸国が経済成長減速に対抗するために中央銀行による金利引き下げを含め景気刺激策を実施することが背景にある旨示唆している)。しかしながら、初めて2020年の世界石油需給見通しの詳細を発表した時点では、2020年の世界石油需要の前年比での伸びは、IEA(6月)で同140万バレル、EIA(1月)で日量153万バレル、OPEC(7月)で同114万バレルであったことから、いずれの機関も時間の経過とともに2020年の世界石油需要の伸びを下方修正しており、これは現在に至るまでの世界経済の減速と石油需要の伸びの鈍化が反映されている。今後米国と中国の貿易紛争を巡る状況を含め世界経済成長の見通しがどのように調整されていくか、ということが世界石油需要の伸びの見通しを左右する重要な要素となるものと考えられる。

図16 各機関の世界石油需要増加見通し(前年比)

図17 世界経済成長見通し推移

世界石油需要の伸びは非OECD諸国が牽引する(後述)が、OECD諸国でもそれなりに石油需要は増加すると見られている。2020年のOECD諸国石油需要の前年比での増加は、日量7~33万バレル程度と見込まれている(IEAが同33万バレル(前年比0.7%)、EIAが同29万バレル(同0.6%)、OPECが同7万バレル(同0.1%))の、それぞれ増加)(図18参照)。OECD諸国の石油需要増加の中心は米国である。同国の石油需要は前年比で日量15~26万バレル増加すると各機関は見ている(IEAが日量20万(前年比1.0%)、EIAが同26万バレル(同1.3%)、OPECが同15万バレル(同0.7%)の、それぞれ増加)(図19参照)。米国では、石油需要増加のうちの大半はNGLである。例えばEIAは2020年の米国石油需要増加のうち日量17万バレルはNGLによるものであるとしている。これは、2020年までに石油化学工場の操業が拡大することにより、エタン需要が増加することによるが、それでも2020年のNGL需要の増加は2019年に比べ鈍化すると見る機関もある(OPECはエタン分解能力の追加ペースが減速する(2019年のエチレン生産能力年産400万トンに対し2020年は同300万トン)ことが背景にあると見ている)。ガソリン需要の伸びについては見解が分かれる。EIAは前年比で増加すると見込んでいるようであるが(実質個人可処分所得と雇用の増加によるとしている)、IEAは減少すると見ている。また、IMO規制により低硫黄の船舶用軽油需要が増加することもあり軽油需要は増加する一方で高硫黄重油需要は減少するとIEAやEIAは予想している旨示唆される。なお、単位容量当たりの熱量が重油の方が軽油に比べ高いことから、同等の熱量を得るためにはより多くの量の軽油を使用しなければならない結果、船舶用軽油需要の増加が重油需要の減少と上回るとEIAは指摘している。

図18 各機関のOECD諸国石油需要増加見通し(前年比)

図19 各機関の米国石油需要増加見通し(前年比)

なお、米国の製油所が留出油生産へと注力する結果、留出油生産が高水準となっており(2019年7月時点での米国製油所での留出油得率は29.6%と7月としては記録的な水準であるとされる)、2019~20年にかけ、製油所は留出油の得率をさらに引き上げ、製油所の稼働上昇とともに、米国の留出油生産及び当該燃料輸出を活発化させ、世界船舶燃料硫黄含有分規制に適合した燃料需要を満たすことに寄与するとEIAは見込んでいる。

2020年の非OECD諸国石油需要の前年比での増加は、日量100~110万バレル程度と予想されている(IEAが同100万バレル(前年比1.9%)、EIAが同110万バレル(同2.1%)、OPECが同101万バレル(同1.9%))の、それぞれ増加)(図20参照)。中国、及びインドを含むその他アジア諸国等で増加していくものといずれの機関も予測している。中国では、石油化学工場でのプロパン脱水素(PDH:Propane Dehydrogenation)能力の増強により、LPG需要の伸びが堅調であるとEIA及びOPECは見ている。それでも、2020年の同国石油需要の伸び(IEA日量29万バレル(前年比2.2%)、EIA同47万バレル(同3.3%)、OPEC同31万バレル(同2.4%))は2019年のそれ(IEA日量50万バレル(前年比3.8%)、EIA同55万バレル(同3.9%)、OPEC同35万バレル(同2.7%)の、それぞれ増加)(図21参照)に比べ鈍化するといずれの機関も見込んでいる(経済減速が影響しているものとOPECは認識している)。また、インドでは、LPG供給システムの構築が進むことで当該燃料需要が拡大するとOPECは予想している。

図20 各機関の非OECD諸国石油需要増加見通し(前年比)

図21 各機関の中国石油需要増加見通し(前年比)

次に非OPEC産油国による石油供給であるが、2020年は、前年比で日量221~226万バレル程度の増加になると見込まれている(IEAが同226万バレル(前年比3.5%)、EIAが同221万バレル(同3.4%)、OPECが同225万バレル(同3.5%)の、それぞれ増加)(図22参照)。これは増加量で見ても増加率で見ても、IEA、EIA及びOPECいずれも2019年と比べ伸びが同程度か加速すると見ている(2019年は、IEAが同185万バレル(前年比2.9%)、EIAが同218万バレル(同3.4%)、OPECが同199万バレル(同3.2%)の、それぞれ増加)。そしてその伸びに影響を与えている一因に米国が挙げられる。ただ、2020年の米国の石油生産量は前年比で日量129~161万バレルの増加と予想されている(IEAが同129万バレル(前年比7.5%)、EIAが同161万バレル(同8.2%)、OPECが同154バレル(同8.3%)の、それぞれ増加)が、2019年(IEAが同173万バレル(前年比11.1%)、EIAが同180万バレル(同10.1%)、OPECが同180万バレル(同10.8%)の、それぞれ増加)よりも伸びが鈍化すると見込んでいる(図23参照)。

図22 各機関の非OECD諸国石油供給増加見通し(前年比)

図23 各機関の米国石油供給増加見通し(前年比)

米国では、パーミアン盆地でのシェール層からの原油生産が2020年も堅調であり、供給増加の主要部分を占めるとEIAは指摘している。原油生産の増加に寄与する残りの地域はバッケン、ナイオブララ、アナダルコ、イーグル・フォード及び米国メキシコ湾沖合地域である。地質条件に恵まれているうえ技術及び操業の改善で、パーミアン盆地は米国で最も経済的に原油を生産できる地域となっている。また、2018年後半には同盆地から米国メキシコ湾岸等への原油輸送パイプライン能力上の制約が見られたものの、Sunriseパイプライン(原油輸送能力日量50万バレル、2018年11月6日に操業を開始した旨発表)、Seminoleパイプライン(同日量20万バレル、NGLパイプライン輸送パイプラインを原油輸送用に転換、2019年2月6日に操業を開始したと伝えられる)、Cactus IIパイプライン(同67万バレル、2019年8月12日に操業を開始した旨発表)、EPICパイプライン(同日量40万バレル、NGLパイプライン輸送パイプラインを原油輸送用に転換、パイプラインへの原油の充填を開始した他2019年末までには操業を開始する予定である旨2019年7月30日に伝えられる)等のパイプラインが操業を開始しつつあることで緩和する方向に向かっている。OPECはパーミアン盆地から米国メキシコ湾岸地域に原油を輸送するパイプラインの拡張は2020年7月までに日量250万バレル、2020年末までに同290万バレルに到達する(上記パイプラインに加えGray Oakパイプライン(原油輸送能力日量90万バレル)が2019年第四四半期に操業を開始すると見られている)結果、同盆地での原油生産が促進される旨示唆している。当該地域での原油生産における下振れリスクは天然ガス生産であり、天然ガスパイプライン輸送能力上の制約が緩和しないうえ、油・ガス田現場での天然ガス燃焼により厳しい制限が課されるようであれば、天然ガス資源が中心となる地域での掘削活動が不活発化する結果、天然ガス生産とともに原油(もしくは原油に混入されるコンデンセート)生産も抑制されるかもしれない旨EIAは見ている。また、これまでのパーミアン盆地での原油パイプライン輸送能力上の制約や資本支出の削減(資金供給者からの業績向上への圧力)等により、掘削活動が鈍化している側面もあり、OPECは2020年の米国石油生産の伸びを下方修正する場面(2019年8月の前年比日量170万バレルの増加を同年9月には同154万バレルへと下方修正)も見られる。他方、NGL生産も、天然ガス生産と天然ガス処理能力の増加に従って増加、天然ガスからより高率でエタンが回収され、米国内外の石油化学原料としてのエタン需要増加を満たすことに貢献するとEIAは予想している。

カナダでの2020年の石油供給増加は日量6~10万バレルと予想されている(IEAが同10万バレル(前年比1.8%)、EIAが同6万バレル(同1.1%)、OPECが同10万バレル(同1.8%)の、それぞれ増加)。いずれも2019年(IEAが同10万バレル(前年比1.8%)、EIAが同9万バレル(同1.7%)、OPECが同8万バレル(同1.6%)の、それぞれ増加)(図24参照)とほぼ同水準の増加ペースとなるものの、2018年(IEAが同40万バレル(前年比8.1%)、EIAが同36万バレル(同7.3%)、OPECが同41万バレル(同8.4%)の、それぞれ増加)よりは大幅に伸びが鈍化している。新規プロジェクトからの生産開始はなく、全て既存プロジェクトの生産拡張によるものとEIAは見ている。また、鉄道輸送能力の増強がカナダでの石油供給を促すとIEAは示唆しているが、さらなる鉄道輸送能力増強と追加の原油輸送パイプラインの稼働時期(EnbridgeのLine 3パイプライン(カナダ・アルバータ州・ハーディスティ~米国ウィスコンシン州スペリオル)輸送能力増強プロジェクト(増強能力日量37万バレル)の操業開始は既に2020年後半へと遅延しつつある旨OPECは明らかにしている)が不透明なままとなっていることから、2020年の生産量増加が抑制される可能性があるとEIAは指摘している。

図24 各機関のカナダ石油供給増加見通し(前年比)

ブラジルでの2020年の石油供給増加は日量29~33万バレルと予想されている(IEAが同33万バレル(前年比11.4%)、EIAが同33万バレル(同9.2%)、OPECが同29万バレル(同8.3%)の、それぞれ増加)(図25参照)。いずれも2019年(IEAが同17万バレル(前年比6.5%)、EIAが同20万バレル(同5.9%)、OPECが同18万バレル(同5.5%)の、それぞれ増加)より増加が加速する。原油生産増加の80%はBuzios、Lara及びLulaの各油田であり、これらの油田での生産増加で他の成熟油田の生産減退を相殺して余りあるとOPECは見ている。

図25 各機関のブラジル石油供給増加見通し(前年比)

ノルウェーでの2020年の石油供給増加は日量21~38万バレルと予想されている(IEAが同38万バレル(前年比22.2%)、EIAが同21万バレル(同12.1%)、OPECが同22万バレル(同12.4%)の、それぞれ増加)(図26参照)。いずれも2019年の同国原油生産量の前年比での減少(IEAが同15万バレル(前年比8.0%)、EIAが同13万バレル(同7.1%)、OPECが同11万バレル(同5.7%)、のそれぞれ減少)から増加に転ずるとしている。増加の主要部分はJohan Sverdrup(2019年10月に生産を開始すると伝えられる)が占める他、複数の小規模油田も近いうちに生産を開始する結果石油供給増加に寄与する。

図26 各機関のノルウェー石油供給増加見通し(前年比)

そして、世界石油需要から非OPEC産油国石油供給とOPEC産油国のNGL供給等を差し引いた、いわゆる対OPEC原油需要等(「Call on OPEC」、但しこれには在庫変動も含まれる)は、2020年については、IEAが日量2,901万バレル、EIAが日量2,924万バレル、OPECが同2,940万バレルになると予想しており、これはいずれも2018年及び2019年に比べると減少している(IEAが前年比で日量97万バレル、EIAが同55万バレル、OPECが同121万バレルの、それぞれ減少)(図27参照)。非OPEC産油国による石油供給等の伸びが世界石油需要のそれを超過することが、対OPEC原油需要等を低下させる主要因となっている。これに対し2019年8月現在のOPEC産油国原油生産量はIEAで日量2,974万バレル、EIAで同2,971万バレル、OPECで同2,974万バレルである。従って、OPEC産油国が現状の原油生産量を維持するのであれば、2020年の世界石油需給バランスは供給過剰に振れることになるものと考えられる。従って、石油需給を均衡させるために、OPEC及び一部非OEPC産油国は、現在2020年3月末まで実施することとなっている減産措置につき、減産規模の拡大を含め、早晩方針の修正を迫られることになる可能性があるものと考えられる。

図27 各機関の対OPEC原油需要等見通し

以上

(この報告は2019年9月17日時点のものです)

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