ページ番号1007948 更新日 令和1年12月3日
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概要
- 東方ガスプログラムの採択から12年、同プログラムの主目的である成長する大市場・中国に進出する天然ガスパイプラインが遂に運用を開始。
- そのベースとなるのは、2014年5月に締結された中露天然ガス長期供給契約。欧米制裁によってロシアが国際社会で孤立する中、7年越しの交渉を経て合意に至った総額4000億ドル・史上最大の契約とも言われるが、情勢から見て合意に至るに当たりロシアがどのような譲歩を中国に行ったのか、価格交渉が現在も継続しているという情報は幾度も発露しており、稼働は開始しても両者の間で何らかの問題が生じる可能性も残る。
- 稼働開始後、問題として想定されるのは、(1)価格交渉の再燃、(2)中国東北部の需要量動向と契約数量の見直しの可能性、(3)「シベリアの力」と両輪を為すアムールガス精製プラントの稼働に伴う順調なマネタイズ実現の是非、である。
- 9月の東方経済フォーラムでは、モンゴル・バトトルガ大統領がプーチン大統領に対して、モンゴル経由での鉄道に沿う形での新規対中天然ガスパイプラインを提案。この情報はロシアから出てきたが、その背景には、「シベリアの力」に次ぐプロジェクトにモンゴルが加わる可能性を中国に匂わせることで、逆に中露が直接結ばれた今回稼働の「シベリアの力」パイプラインの相対的優位性を強調する意図があったのではないか。
1. これまでの経緯
12月2日現地時間18時(モスクワ時間12時)、ロシア極東アムール州の州都であり、アムール河を国境線に、対岸に中国黒竜江省を控えるブラゴヴェシチェンスクでは、中露を初めて結ぶ天然ガスパイプライン「シベリアの力」の稼働式典が開催された。ロシア側では近郊のアタマンスカヤ・コンプレッサーステーションのオペレーションルームにGazpromのミレル社長及びマルケロフ副社長らが集まり、チャヤンダ・ガス田の生産現場(クルチコフGazprom Dobycha Noyabrsk社長)もTV中継で結ばれた。プーチン大統領自身は黒海沿岸の保養地ソチからエネルギー担当のコザーク副首相とノヴァク・エネルギー大臣と共に参加。中国側は習近平国家主席が北京から、CNPC王宜林会長ら幹部が黒竜江省の黒河(Heihe)からTV中継での参加となった。2007年9月3日に政府承認された所謂「東方ガスプログラム(正式名:「中国その他のアジア太平洋諸国へのガス輸出を考慮した東シベリア及び極東における統一ガス生産・輸送・供給システム構築計画」)」[1]から12年、供給ソースである東シベリア・チャヤンダ・ガス田の発見(1983年)[2]から30年以上を経て、遂に世界最大の天然ガス埋蔵量を誇るロシアと将来的に米国に次ぐ天然ガス消費国に成長すると見られる中国がパイプラインで結ばれた。
[1] 2007年6月15日、政府燃料エネルギー部門委員会承認。6月19日に閣議承認後、 9月3日に産業エネルギー省省令第340号で承認。
[2] 将来的追加供給ソースであるコヴィクタ・ガス田は1987年に発見されている。
出典:ロシア政府大統領府[3]及びGazprom
ルート | ロシア~中国(陸上) | |||||
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稼働年数 | 2019年12月1日(日)供給開始 | |||||
距離 |
2,864キロメートル(ロシア国内) ※中国国内は3,371キロメートル(黒竜江省~上海)。黒竜江省~吉林省までの1,067キロメートルは10月に完成し、今後2024年までに上海区間を建設[4]。 |
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容量 | 38~60BCM/年 | |||||
口径 | 56インチ(陸上) | |||||
コスト | ~680億USD(推定) | |||||
コスト/キロメートル |
22.8MMUSD/キロメートル(陸上)(推定) | |||||
PL所有者(中流) |
ロシア国内 | Gazprom Transgaz Tomsk:100% | ||||
中国国内 | CNPC(Petrochina):100% | |||||
供給源(東シベリア) |
ガス田 | 発見年 | 埋蔵量(AB+C2) | 生産見通し | ヘリウム含有率 | |
チャヤンダ | 1983年 | ガス | 1.2TCM | 年間25BCM | 0.6% | |
NGL | 4.5億BBL | 4.6万BD | ||||
コヴィクタ | 1987年 | ガス | 2.7TCM | 年間25BCM | 0.2% | |
NGL | 6.6億BBL | - | ||||
上流権益との関係(上流) |
Gazpromが供給者(100%) | |||||
ガス購入者(下流) |
CNPC(Petrochina)が購入者(100%) |
[4] ロイター/2019年11月29日
稼働式典開催に至る道程は決してなだらかなものでは無かったと言えるだろう。2007年の「東方ガスプログラム」では、既に東シベリア・極東に4つの天然ガス生産センター(ヤクーツク(サハ共和国)、イルクーツク、クラスノヤルスク及びサハリン)を設定し、サハリンからはハバロフスクを経由しウラジオストクへ向かうパイプラインを(これは所謂SKVパイプラインとして知られており、2012年に開催されたAPECウラジオストクにおける象徴的プロジェクトとして優先的に建設が進められ、2011年9月に完成。年間輸送容量5.5BCM。最大30BCMまで拡張する構想)、サハ共和国からは当時建設中の東シベリア・太平洋原油パイプラインに併設する形でブラゴヴェシチェンスクを経て、ハバロフスクで上記SKVパイプラインに接続されるYKVパイプライン(年間輸送容量38BCM。最大60BCMまで拡張する計画)[5]の建設構想が既に謳われていた。
[5] SKVパイプライン:Sakhalin-Khabarovsk-Vladivostok/YKVパイプライン:Yakutia(Yakutsk)-Khabarovsk-Vladivostok
しかし、APECウラジオストクを目指して建設されたSKVパイプラインは各都市でのガス需要の伸びと石炭からのガス転換が思うようには進展せず、現在も低稼働率のまま拡張計画は動いていない。YKVパイプラインは、2012年に「シベリアの力(Power of Siberia/Сила Сибири)」と改称し[6]、東方ガスプログラム上、想定される最大の顧客である中国との天然ガス売買交渉を継続してきたが、お互いの要求条件が折り合わず、合意に至らない状況が続く。中国にしてみれば、国内生産はもとより、2009年から中央アジア(トルクメニスタン)から上流参画を含む天然ガスの調達に成功し、増大する天然ガス需要に応えるべく、ミャンマーからの天然ガスパイプラインでの輸入、そして、LNGの受入れを加速している中で、ロシア産ガスに対して強い交渉ポジションを取ることができた。他方、ロシアは欧州向け国境渡し=国際価格=ロシア産ガスの共通価格という考えから、対中ガス価格も欧州向け価格がベースとする思惑があったため、なかなか合意することができなかったと考えられる。
[6] 2012年10月にGazpromが名称を公募し、400余りの提案の中から「シベリアの力(Power of Siberia/Сила Сибири)」が選ばれた。Gazpromが運営する新規パイプラインはNord StreamやSouth Streamのように「流れ」を意味するstream(поток)を使用するのがトレンドとなっていたことから、「シベリアの力」という改称は一部の人間に驚きをもって迎えられた。
出典:Gazprom[7]
転換点となったのは、ロシアによるクリミア併合に対して2014年3月から始まる欧米対露制裁と国際社会でのロシアの孤立である。2014年5月21日、夜明けまでかかった[8]と言われるGazpromと中国CNPCとの協議が終了し、翌日、上海において、習近平国家主席及びプーチン大統領の立会いの下、国家発展和改革委員会副主任兼国家能源局・呉新雄局長とノヴァク・エネルギー大臣が「中露東ルート天然ガス協力プロジェクトに関する覚書」に調印すると共に、CNPC周吉平会長とGazpromミレル社長が「中露東ルートのガス供給、購入と販売に係る契約(中露天然ガス長期売買契約)」を締結。報道では当時の天然ガス価格水準を反映して1000立方メートル当たり387ドルと置き、年間38BCMを30年間供給する前提で試算した「4000億ドルに上る史上最大の契約」というフレーズが巷間を賑わした。
その後、中露双方で建設が開始されると共に(ロシア側は2016年から、中国側は2017年からパイプラインの敷設を開始)、両国は欧米制裁下で蜜月を演出するかのように、2014年11月にはアルタイパイプラインを第二の「シベリアの力」と位置づけ、Framework Agreementに合意し、半年後の2015年5月には基本合意書(HOA)に署名している。また、同年9月には完成しているSKVパイプラインから中国東北部へ新たな支線を建設する構想に関して協力の覚書(MOU)を締結している。
[7]https://www.gazprom.ru/press/news/2014/may/article191417/?fbclid=IwAR3dc-mpi27yi7A19Dxok8vAeR-aOvLLUICBBGD1JEC9SAgIh4tMvUwp75U
[8] ロシア代表団のメンバーの1人は本紙に、「交渉担当者たちはレモンの搾りかすのような状態になった。契約調印の方向に事態が進展し始めたのはモスクワ時間の深夜12時になってからであった」と辟易とした様子で語った。(ヴェードモスチ/2014年5月22日付)
「シベリアの力」パイプラインは、当初、2019年12月20日を稼働開始予定としていたが、今年2月には建設の順調な進捗を背景に(2月末段階でロシア国内のパイプライン敷設を99%完了。3月末には中露国境のパイプライン接続が完了。9月1日にチャヤンダから天然ガスのラインフィルを開始)[9]、12月1日に前倒しで稼働を開始する発表が為された。また、中国側は黒龍江、吉林、内蒙古、遼寧、河北、天津、山東、江蘇等9つの省・区・市を経て、上海市が終点となる全長が3,371キロメートルの国内パイプラインについて、最終的に2024年に建設を完了する計画を発表している[10](中国国内については、総距離1067キロメートル(中露国境黒竜江省Heihe(黒河)~吉林省Changling(長嶺)について10月16日に完工)[11]。なお、初年度(2020年)は約5BCMからスタートする計画であり、供給地は中国東北部・黒竜江省が中心となる見込み。その後、同パイプラインによって北京近郊及び上海まで結ばれることとなる)。
一方で、8月にはロシア・エネルギー省幹部が「中露は「シベリアの力」経由でのガス供給契約における技術的問題について合意に至ったが、価格については協議を継続している」と発言[12]する等、契約合意から5年経ってもなお価格交渉が継続していることを示唆している。このことを裏付けるかのようにPetrochinaの凌霄副社長も「ガス価格は厳密に契約で規定されており、我々はその規定に従ってガスを購入する。また、追加のガス購入についてもGazpromと議論を行っているが、価格については未定である」との発言を行っている[13]。また、11月にはロシアの政府高官が、ガス価格はGazpromがドイツとのガス長期供給契約で採用しているフォーミュラで使用しているガス価格に近い約360ドル/1000立法メートルであると述べたのに対し、Petrochinaは、「ガス価格は中央アジア産ガスに対して価格競争力がある」という発言[14]を行う等、稼働直前になって価格に関する関係者の発言が取り上げられる機会が頓に多くなってきている。このことはやはりベールに包まれた価格フォーミュラについて、依然中露間では協議の対象となっていることを示すものと考えられる。
[9] RT/2019年2月28日
[10] 中国能源網/2019年7月5日
[11] IOD/2019年10月17日
[12] Interfax/2019年8月7日
[13] Lambert/2019年10月3日
[14] Bloomberg/2019年11月25日
出典:ロシア大統領府[15]
その交渉に陰りがあることを示唆するかのように、11月11日、ロシア大統領府のウシャコフ大統領補佐官は「シベリアの力」稼働式典が一日後ろ倒しの12月2日となり、両国首脳は現地には飛ばず、TV中継で参加することを発表した[16]。これは、2014年9月1日にヤクーツクにて「シベリアの力」パイプラインの最初の溶接が行われる式典が催された際に、ロシア側はプーチン大統領が、中国側は張高麗国務院常務副総理が現地に飛び式典に参加したのと比べ、トーンダウンしている(写3)。
さらに11月25日にはペスコフ大統領報道官が「多分、プーチン大統領と習近平国家主席が参加するTV会議が2日に開催されるだろう。恐らく。」[17]と述べ、実際に両国首脳がTVでも同式典に参加するのかどうか確度が揺らいでいることを示し出していた。
しかしながら、最終的には冒頭の通り、TV会議形式でロシアのソチ、東シベリアのチャヤンダ・ガス田、アムール州中露国境のブラゴヴェシチェンスク、中国は北京及び黒竜江省の黒河を結び、Gazprom及びCNPC代表からそれぞれ天然ガス輸出と受入れ許可の申請を受けて、見守る両首脳がそれぞれゴーサインを出し、東シベリアから上海までが天然ガスパイプラインで結ばれることをアピールするビデオが流れ、20分弱の開通式典が終了した。
[16] Interfax/2019年11月11日
[17] Prime/2019年11月26日
2. レビュー:2014年5月21日の合意内容
Gazprom及びCNPCがどのような条件で天然ガス長期供給契約に合意したのか、現時点でも極めて厳しい守秘義務が掛けられ、両社の中でも幹部のみ及び両国の政府高官だけにしか共有されていない。手掛かりとなるのは、今から5年半前、当時、中露が合意した天然ガス長期供給契約について、CNPC、Gazprom及び各種報道で出てきた契約内容・条件に関する情報だけである。以下、重要な要点について振り返ってみよう。
(1)CNPCによる報道発表 |
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(2)Gazpromによる報道発表 |
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(3)ガス価格に関するもの |
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(4)前払い金に関するもの |
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(5)その他プロジェクトに関するもの |
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価格フォーミュラについては、若干情報源によって情報の錯綜はあるが、石油及び石油製品のバスケット価格連動であることは間違いないだろう。いずれにしてもどこの市場に連動しているのか、また、その傾斜や切片は何かという点が分からないことには、当該価格が中央アジア産ガスや欧州向けがガス価格、LNG価格に比べて有利なものなのかどうか判別できない。
また、重要なポイントとして、中国から買い取り保証を得るためにロシアが契約締結時に切に希望していたと考えられる250億ドルに及ぶ前払い(又は融資買ガス契約/上述の(4)前払い金に関するものを参照)については、その後報道はなく、不成立だったという点である。Gazpromは当該資金をパイプライン建設費用に充てる算段だった。これはその後関係者への情報収集の結果、CNPC側は前払いの条件として、チャヤンダ・ガス田の上流権益取得を希望したが、Gazpromは上中下流全てにCNPCが関与し、プロジェクト全体がトルクメニスタンで行われているように「中国化」[19]するのを懸念し、Gazpromが受け入れなかったとも言われている。他方、CNPCはその間にNOVATEKが進める北極圏のLNGプロジェクト(2014年にヤマル半島及び2019年にギダン半島)に参画することで、ロシアのガス上流権益の獲得を進めており、ガス資産への上流参画を達成している。
[18] http://en.kremlin.ru/events/president/news/21064 なお、どの市場の石油価格かは公開されていない。
[19] 拙稿「20XX年、トルクメニスタンの天然ガスは海を越えて輸出されているだろうか?~トルクメニスタンの最近の情勢と内陸に位置する豊富な天然ガス資源の輸出方法についての考察~」(P85~87参照)https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_project_/pdf/5/5125/201401_077a.pdf
さらに生産プロファイルに関しては、現在チャヤンダ及びコヴィクタ両ガス田の開発を進めるオペレータであるGazprom Dobycha Noyabrskの情報として、図4の通り、2025年にかけて現在合意している契約数量である38BCMをカバーする生産量に徐々に到達することが判明している(最初から38BCMを供給するのではなく、ロシア側はチャヤンダ・ガス田の生産挙動を確認し、また、中国側は東北部の需要動向を見つつ上海までのパイプライン敷設期間を設けていると考えられる)。チャヤンダ・ガス田のプラトー生産量は2024年にピークの25BCMに達し、コヴィクタ・ガス田も同年15BCM、翌年ピークの25BCMに到達する計画である。
3. 今後の見通しと想定される課題
(1)価格交渉の継続と再燃
中国は2009年にトルクメニスタンをはじめとする中央アジア諸国から極めて有利な条件で天然ガスを調達することに成功している(年間30BCM)。2013年からはミャンマーからパイプラインガスの輸入が始まり(同12BCM)、さらにLNG分野での世界の上流プロジェクトに進出しているのに加え(輸入量は年間73BCMに上る)、IEAの見通しによれば、国内ガス生産も今後堅調に増大していく見込みである[20]。それだけではない。先に述べた通り、中国は、Gazpromとの長期天然ガス供給契約に合意する直前の2014年1月にはNOVATEKが進めるヤマルLNGプロジェクトに20%(シルクロード基金を加えれば29.9%)参画し、今年4月にはCNPC及びCNOOCとアルクチクLNG-2プロジェクトに各10%ファームインすることで、ロシアにおけるガス上流権益獲得を成就している。すなわち、中国はこの長期供給契約に合意する前にロシアの天然ガスを買い叩くべく、様々な供給ルートからの天然ガス調達を実現しているだけでなく、同じロシア産のガスについても上流にも参画しながら、パイプラインで供給するGazpromとは異なる会社(NOVATEK)かつLNGでの価格での比較が可能なポジションに付けていることが分かる。
2014年5月、欧米制裁で孤立し始めたロシア(Gazprom)がそんな中国と合意した条件はどのようなものだったのかを考察してみたい。双方の価格には当初100ドル/千CM程度の隔たりがあったとも言われている。ロシアは国境渡し価格は欧州も中国も同価の国際価格にすべきと主張する一方、中国は、需要地は北京から華東地域を中心とし国内での長距離輸送が必要となることから華東地域・上海を基準に露中国境までの輸送コストを差し引いたネットバック価格を要望していたとされる。最終的にはなんらかの「合意」に至ったわけだが、前述の通り、その内容はロシア側から合意時点でいくつかの情報が出ているだけで、現時点でも守秘対象として明らかにされていない。
[20] 拙稿「ロシアが急速に進めるガス供給ルート多様化の背景に迫る~2019年に起動する3大国際天然ガスパイプラインプロジェクト(Nord Stream 2、Turk Streamおよび「シベリアの力」)とその課題について~」(P24図5参照)https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/007/812/201907_19a_new_02.pdf
図5は2011年から2018年までの中国向け天然ガス価格の平均をソース別(中央アジア三カ国、ミャンマー及びLNG(全体及びロシア産<2017年以降のヤマルLNG+S-2スポット>))に、また、ロシア産天然ガス価格を供給先毎(欧州向け[21]、FSU向け及び国内向け)にLNG価格換算で比較したものである。注目は、MMBTU(百万英国熱量換算)当たりロシア産ガスの欧州向け価格が7.88ドルであるのに対し、トルクメニスタン産中国向けガス価格が8.12ドルと高い点である。確かに中国は上下流一貫体制を敷き、コスト回収が優先されるトルクメニスタン上流契約と売り手も買い手も輸送者も結局のところCNPCという形で中央アジア産ガスを購入しており、そこには中国側に経済性を生み出すカラクリがあると考えられるが、それでも国境渡し価格が欧州向けよりトルクメニスタン産ガスの方が高いという事実は、今般の「シベリアの力」を欧州向け価格と同レベルで輸出したいGazpromにとって、国境では価格競争力があるという意味で朗報と言えるだろう。しかし、それは国境に近い市場で大きな需要が見込める場合であることに留意が必要である。中国も巨大な国であり、いくら人口が多いとはいえ、天然ガスの大口需要地は上海に代表される華東地域や大気汚染の深刻化が問題となっている北京周辺となる(さらに国内のリテールガス価格は政府(価格司)によって統制されている)。そこまでの輸送コストをいかに吸収するかが、CNPCが抱える課題であり、2014年の契約交渉での中国側のロジックである「華東地域を基準に露中国境までの輸送コストを差し引いたネットバック価格をロシアに要望」していたことに結びつく。そのコストは3,371キロメートル(黒竜江省~上海)で3ドル以上と言われている。もし「シベリアの力」の天然ガス価格が国境で欧州向け価格と同等と仮定すると、上海価格は7.88ドル+3ドル=10.88ドルとなる。これは上海を中心に入ってくるLNG価格10.72ドルと遜色ない仕上がり価格となるが、拮抗する価格とも言えるだろう。このギリギリのラインでいかにロシア産ガスを少しでも値下げさせるかが、当然ながらCNPCの本プロジェクトの経済性を改善することに繋がる。
純粋にプロジェクトだけを見れば上述のような見方もできるが、交渉ポジションで見ると異なる側面が見えてくる。まず、ロシアが希望していた前払いによる融資買ガス契約形態での供給需要保証が得られず、ロシア国内の680億ドルとも言われる建設費用はGazpromが全て負担して建設しているという事実や、中国側は供給ソースであるチャヤンダ・ガス田の上流権益をGazpromに要求したが、Gazpromがトルクメニスタンの二の舞を避けるべく跳ね返したという周辺情報、そして、東方ガスプログラム後、7年に亘って交渉が続けられ、まとまらなかった中露ガス供給契約が、欧米制裁で孤立するロシア情勢の中で合意に至った(=ロシアが譲歩した可能性)ことに鑑みると、中露の長期天然ガス供給契約は盤石とは言い難く、条件・内容によっては、既にGazpromはトルコとの間で痛い目にも遭っている[22]「不完備契約」(取引で発生し得る全ての状況とその対応を事前に全て記載することのできない契約)となっている可能性もある。また、中国との間では2010年、東シベリア・太平洋(ESPO)原油パイプラインが稼働を開始した際にも、大慶支線での国境引き渡し価格とウラジオストク・コジミノ石油港での輸出価格が同額であることに対して、RosneftとCNPCとの間で係争が持ち上がり、最終的にRosneftは値引き(バレル当たり0.7~1ドルとも言われ、年間では単純計算で2.5~3億ドルに及ぶ)に応じざるを得なかった前例もある。「シベリアの力」についても今回稼働を開始したとしても、中国は融資もしておらず、Gazpromだけが巨額のパイプライン建設投資のコスト回収を求められることになる形態である現状では、CNPCが他ソースと比べてGazpromに対して値下げ圧力を加えたり、最大38BCMの引き取り見直しを迫る可能性はないとは言えないだろう。
[21] 欧州各国への国境での輸出平均価格。
[22] 2003年から2005年にかけて生じたトルコとの間のガス供給問題(Gazpromが建設したBlue Streamによる黒海縦断天然ガスパイプラインについてトルコ側が完工後に経済情勢悪化を理由にディスカウントを要請し 、最終的にGazpromが妥協せざるを得なかった事例。https://oxfordbusinessgroup.com/news/blue-stream-troubleも参照されたい。
(2)中国東北部の天然ガス需要、そして、契約見直しの可能性
中国東北部は産炭地域であり、さらに内蒙古からの安価な石炭が入ってくると共に、石炭がエネルギー供給の太宗を占める地域でもある。人口は東北三省(黒竜江省、遼寧省及び吉林省)で約1.2億と中国の人口の約1割、日本と同じ人口規模を誇るが、産業を含めても天然ガス需要は年間14BCM程度と見積もられている[23]。さらに国内のガス価格が統制されている上、石炭より高価な天然ガス需要が拡大していくかどうか不確かなのが実際だ。
Gazpromの発表では中露天然ガス長期供給契約にはテイクオアペイ条項が含まれているとあるが[24]、契約数量全量をコミットするのではなく、その5~7割程度を基準に引き取り義務を設けることもある。このような東北部の天然ガス市場見通しの不確かさや需要地までの輸送タリフをいかに吸収して利益を出すか迫られているCNPCの状況を考えると、それらに柔軟に対応できるよう引き取り義務は最小にし、契約上も最大で38BCM購入する可能性があるという形で合意していると考えた方が自然だろう。稼働開始から5年後、輸送能力は38BCMになっても、実際の販売は半分以下と低調な状況が続くことも十分あり得るだろうし、契約自体の見直しも考えられる。また、LNGのスポット価格が歴史的な低水準で推移している現下の状況において、今後も中国の需要動向や「シベリアの力」パイプラインの稼働状況、実際のガス供給量に関して注視していく必要がある。
(3)アムールガス精製プラントの稼働
「シベリアの力」天然ガスパイプライン建設と両輪を為すのがアムールガス精製プラント(Gas Processing Plant(アムールGPP)プロジェクトである。天然ガスという原料輸出だけでなく付加価値を生むガスケミ製品(天然ガスからのヘリウム分離やLPG)輸出を実現するべく、Gazpromは2021年稼働を目指して、ブラゴベシチェンスク(ベロゴルスク近郊/図1)に2015年から建設を行っている。「シベリアの力」への供給源であるチャヤンダ・ガス田がヘリウム含有率が高いことも(0.6%)、本プロジェクト始動の主要要因となっている。処理能力は42BCM(内、38BCMの天然ガスが中国へ)と世界第二位の規模となる見込みで、運用開始すれば、以下の製品を生成・輸出する計画である。
- ヘリウム:年間最大60百万CM
- エタン:年間250万トン
- プロパン:年間100万トン(LPGへ)
- ブタン:年間50万トン(LPGへ)
- ペンタン・ヘキサン:年間20万トン
出典:Gazprom[25]及びNIPIGAZプレゼンテーション資料(2018年7月/ウラジオストク)
同プロジェクトはGazprom(Pererabotka Blagobeshchensk)を中心に、プラント建設オペレータをNIPIGAZ[26]が務め、イタリア(Technimot)、中国(Sinopec)及びトルコ(Renaissance Heavy Industry)が参画。ヘリウム抽出技術は独リンデ、同プラント建設は中国(CGGC)及びロシア(Velestroy)企業が担当し、他ガス精製プラントの建設は中国(CNPCの子会社CPECC)、英国(FLUOR)が行うと共に、精製されたエタンからエチレンを製造する部門はGazpromからNOVATEKが買収したロシア最大のガスケミ企業シブール(同社の20%を中国Sinopecが2015年に買収)が担当しているという複雑な多国籍プロジェクトとなっている。
[26] NIPIGAZはシブールのエンジニアリング会社(EPCコントラクタ)。1972年設立。従業員数2100名。本プロジェクトの他、ヤマルLNG、アルクチクLNG-2でも事業を請け負っている。
ヘリウムは医療用や工業用で活用されている。特に工業用では光ファイバー(焼成時の雰囲気ガス)及び半導体(熱処理炉のチャンバー熱置換用ガス)の製造現場で不可欠な素材であり、大気中にはほとんど存在せず、ヘリウム含有率の高い(0.3%以上)天然ガス田から抽出されている。現在、世界のヘリウム供給の約8割は米国が占めるが、減少傾向にあり、カタールやアルジェリアのシェアが上昇している。チャヤンダ・ガス田に代表される東シベリアのヘリウム埋蔵量は16BCMと評価されており、同ガス田の天然ガス埋蔵量の12TCMに比べて少なく映るが、これだけで世界需要の80年分に相当する規模となる値である[27]。図6はGazpromExportが想定する今後のヘリウム供給見通しであり、ロシアは今後シェアを増加していくことを見込んでいる。
さて、内陸に同プラントが建設された理由としては、精製された製品の主要市場として中国を想定しているという側面もあるが、ヘリウム含有率の高い天然ガスを中国へそのまま輸出する前に分離し、「敵に無料で塩を送らない」という側面もあった。しかし、もし中国がヘリウムやLPGを購入しない場合には、アジア太平洋市場を目指し、陸路でヘリウム及びLPGを輸送しなければならないという問題を包含する。図7は現在Gazpromが想定している、陸路(ローリー及び鉄道貨車)でのヘリウム及びLPGの輸送スキームである。このような計画はあっても、このスキームが意味するところは、製品の輸出(マネタイズ)に関して、中国に買い叩かれる潜在的なリスクと高い輸送コストをかけて太平洋を目指さなければならないという問題を抱えていることを示している。
[27] 「平成26年度製造基盤技術実態調査:ヘリウムの世界需給に関する調査」みずほ情報総研/2015年2月https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2015fy/000155.pdf
4. モンゴルが提案する同国経由の新規天然ガスパイプラインについて
最後に参考情報として、モンゴルのバトトルガ大統領が今年9月ウラジオストク東方経済フォーラムでプーチン大統領に提案したとされるモンゴル経由の対中天然ガスパイプライン構想について触れたい。この話はモンゴルから情報が出てきたのではなく、東方経済フォーラム(9月4日~6日)の終了後、ロシア側、ノヴァク・エネルギー大臣から出てきた点がまず注目される。ノヴァク大臣は9月10日、記者会見で「ロシアとモンゴルは近々モンゴル経由の天然ガスパイプライン構想に関するワーキンググループを設立する」と述べた[28]。また、同日プーチン大統領もGazpromミレル社長にモンゴル経由で中国に供給する天然ガスパイプラインの検討を指示している[29]。
[28] Prime/2019年9月11日
[29] IOD/2019年9月10日
出典:モンゴル大統領府[30]
一体、どのようなルートで、どの供給源を念頭にどちらが提案を行ったのか、その背景は何かについては情報が限定されていたが、幸運にも11月にモンゴル・ウランバートルで開催された北東アジア天然ガスパイプラインフォーラムに筆者が参加した際に、急遽バトトルガ大統領との表敬が実現することとなり、同大統領の口から直接話を伺う幸運に恵まれた。
まず、提案を行ったのは冒頭の通り、同大統領がウラジオ東方経済フォーラムでのプーチン大統領とのバイ会談で、新たな対中ガスパイプラインについてモンゴル経由で実施することを両国で検討していきたいとの提案を行ったとのことである。そこには、モンゴル側としてこの12月に稼働する「シベリアの力」がモンゴル抜きで進められてきたことに対する焦燥感もあったと思われる。面談での同大統領の発言で最も重要だったのは、プーチン大統領に提案したルートであった。「シベリアの力」に次ぐ対中ガスパイプライン計画には、「シベリアの力-2」(アルタイパイプライン)があり、西シベリアのガス田を供給源として、モンゴルとカザフの間で中露が50キロメートル程国境を接するアルタイ山脈を貫く計画(30BCM/現在CNPCとGazpromは2015年にHOAを締結している)で中国西方のタリム盆地から西気東輸に接続する構想である。しかし、それではモンゴル最大の需要地であり、モンゴル東部に位置する首都のウランバートルは通過しない。
バトトルガ大統領との面談における発言は次のようなものだった。
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大統領発言(1)「プーチン大統領へモンゴル経由で新たなガスPLを提案したのは、総延長1100キロメートル。鉄道に沿う形で建設するもの。」
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大統領発言(2)「それにより既存インフラが使用でき、モンゴルの需要地も集中している。また、駅舎もあり、警備上も有利。」
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大統領発言(3)「中露では今年「シベリアの力」パイプラインが稼働するが、両国は価格について依然交渉を続けており、課題を抱えていると認識している。
つまり、鉄道に沿うという手掛かりをベースにすると、大統領がロシアに提案したのは、次のルート(1)(既存)とルート(2)(構想)が想定されると考えられる(図8)。
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ルート(1):既存鉄道インフラ:位置的に東シベリア・イルクーツク州のガス田(コヴィクタ等)を供給ソースにするもの。問題はイルクーツク州に十分な資源量があるかどうか(コヴィクタ・ガス田は「シベリアの力」に供給)。また、Gazprom以外の石油会社が保有するガス埋蔵量を活用する場合には、現状Gazpromが独占しているガス輸出自由化を認めるかどうかにも派生。
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ルート(2):新規鉄道インフラ:石炭開発(Ovoot Coking Coal Project)のための構想で2014年から存在。実現性に不確定さあり。他方、このルートであれば、アルタイパイプライン計画に近く、供給ソースは西シベリアとなり供給余力の確実性は高まる。
モンゴルが本提案を行った背景には、時機を逸した感があるが、二大国・中露で進むエネルギー協力にモンゴルも何らかの関与をする必要性があるとの判断からだろう。他方、ロシアから本提案についての情報が出てきた背景には、バトトルガ大統領が指摘した価格に関して中露交渉が継続中という点も興味深い。ロシアの「シベリアの力」に次ぐプロジェクトを検討していることを、中国に知らしめると共に、そこに新たなプレイヤーとしてモンゴルが加わる可能性を匂わせることで、逆に中露が直接結ばれた今回稼働を開始する「シベリアの力」パイプラインの相対的優位性を強調する意図があったのではないかと考えられる。
以上
(この報告は2019年12月3日時点のものです)