ページ番号1008671 更新日 令和2年1月20日

原油市場他: 米国とイランとの軍事的攻撃により大幅に上昇する場面が見られたものの、対立の先鋭化に歯止めがかかったことで、落ち着く原油価格

レポート属性
レポートID 1008671
作成日 2020-01-20 00:00:00 +0900
更新日 2020-01-20 12:43:28 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 市場
著者 野神 隆之
著者直接入力
年度 2019
Vol
No
ページ数 29
抽出データ
地域1 グローバル
国1
地域2
国2
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 グローバル
2020/01/20 野神 隆之
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概要

  1. 米国では、製油所の秋場のメンテナンス作業実施が概ね終了したこともあり、稼働が上昇するとともに原油精製処理が進んだことから、原油在庫は減少したものの、平年幅上限を超過する状態は継続している。他方、製油所の稼働上昇に伴い石油製品製造活動が活発化したことから、ガソリン及び留出油在庫は増加傾向を示し、ガソリン在庫は平年幅上限を超過している他、留出油在庫は平年幅上限付近に位置する量となっている。
  2. 2019年12月末のOECD諸国推定石油在庫量の対前月末比での増減は、原油については、日本においては、原油輸入が活発化したと見られる一方で、同国の製油所での原油精製処理活動が伸び悩んだこともあり、原油在庫は増加した。しかしながら、米国及び欧州では、製油所の稼働上昇とともに原油精製処理が進んだこともあり、原油在庫は減少した。結果として、OECD諸国全体として原油在庫は減少したものの、平年幅上限を超過する状態は継続している。石油製品については、日本では年末年始の休暇シーズンを控え製油所等からの石油製品出荷が活発化した結果、在庫は減少した。しかし、欧米諸国では製油所の稼働上昇ととともに石油製品生産活動が活発化したこともあり石油製品在庫は増加した。結果として、OECD諸国全体の石油製品在庫は増加となり、量としては平年並みとなっている。
  3. 2019年12月中旬から2020年1月中旬にかけての原油市場では、米国と中国の貿易紛争を巡る第一段階の合意のために署名する文書の内容面で両国が合意した旨12月13日に米国が発表して以降、両国の経済成長と石油需要の伸びの回復に対する市場の期待の増大等が原油価格を下支えした他、2020年1月3日に米軍がイラン革命防衛隊司令官を殺害したことから、米国とイランの対立の先鋭化による、中東地域の政情不安の激化による当該地域からの石油供給途絶懸念が市場で増大したことが、原油相場に上方圧力を加えたうえ、1月8日にはイランがイラクの米軍基地に対し報復攻撃を行ったことから、同日の原油価格(WTI)は一時1バレル当たり65.65ドルと2019年4月25日以来の高水準に到達した。しかしながら、イランによる報復措置実施に対し米国は軍事力行使を望まない旨表明したことから、原油価格に下方圧力が加わった結果、1月17日の原油価格は58.54ドルとなっている。
  4. 1月後半以降、季節的な石油需給の緩和感が市場で強まり始めることが、原油相場のさらなる上昇を抑制する一方、米国と中国の貿易紛争における第二段階の合意に向け実施される交渉過程においては、再び追加関税の賦課等が材料として利用されうる他、残存している関税による経済成長減速と石油需要の伸びの鈍化に対する市場の懸念が再燃しうることにより、原油相場に下方圧力を加えるといった展開となる可能性がある。ただ、地政学的リスク要因による中東地域等からの石油供給途絶懸念が市場で増大することにより、原油相場に上方圧力が加わる場面が見られることも否定できないことに注意する必要があろう。

(IEA、OPEC、米国DOE/EIA他)


1. 原油市場を巡るファンダメンタルズ等

2019年10月の米国ガソリン需要(確定値)は日量934万バレルと前年同月比で0.5%程度の増加となった(図1参照)が、速報値(前年同月比で1.9%程度増加の日量947万バレル)からは下方修正された。同月の同国からのガソリン最終製品輸出量が速報値段階では日量76万バレル程度と推定されるところ、確定値では同84万バレルへと上方修正されたことで、この分がガソリン需要の速報値から確定値への移行段階で国内需要から輸出に繰り入れられたことが、当該需要の下方修正の一因になっているものと見られる。また、10月の全米平均ガソリン小売価格が1ガロン当たり2.724ドルと前年同月比で0.219ドル(約7.4%)下落していることが、同国のガソリン需要を刺激する格好となっているものの、前月からは0.043ドル(約1.6%)上昇したことに加え、10月の同国の1人当たり実質個人可処分所得が前年同月比で2.3%の伸びにとどまる(因みに2018年10月の当該所得の前年同月比での増加率は3.2%であった)など、米国と中国の貿易紛争による両国の関税賦課合戦等に伴い米国経済成長が伸び悩み気味となっていることが、ガソリン需要を抑制した結果、同月のガソリン需要の伸びが比較的限定的な幅にとどまったものと考えられる。また、12月の同国ガソリン需要(速報値)は日量894万バレル、前年同月比で2.0%程度の減少となった。米国と中国の貿易紛争を巡る第一段階の合意に関し署名する予定の文書内容に関する交渉の進展に対し市場の期待感が増大する中で、株式相場が上昇するとともに米国の経済成長に対する楽観的な見方が市場で広がりつつあったものの、11月の同国実質個人可処分所得が前年同月比で2.5%の増加にとどまっている(因みに2018年11月は同3.0%の増加であった)ことが、12月の同国ガソリン需要の伸びに影響している可能性があることに加え、12月の同国ガソリン小売価格が1ガロン当たり2.645ドルと前月比では0.048ドル(約1.8%)の下落となったものの、前年同月比では同0.188ドル(約7.7%)の上昇であったことが、当該需要が前年同月比で減少を示した背景にあるものと考えられる。他方、同国での秋場の製油所のメンテナンス作業実施は概ね終了したうえ、一部製油所で発生していた装置の不具合に関しても改修が進んだと見られることから、製油所の稼働と原油精製処理活動が回復した(図2参照)。このため、混合基材を中心としてガソリンの製造活動も活発化した(ガソリン最終製品の生産量は図3参照)こともあり、12月上旬から2020年1月上旬にかけ同国のガソリン在庫は増加傾向となった他、平年幅上限を超過する状態は維持されている(図4参照)。

図1 米国ガソリン需要の伸び(2006~19年)

図2 米国の原油精製処理量(2009~20年)

図3 米国のガソリン(最終製品)生産量(2009~20年)

図4 米国ガソリン在庫推移(2003~20年)

2019年10月の同国留出油(軽油及び暖房油)需要(確定値)は日量422万バレルと前年同月比で2.9%程度の減少となり、速報値である日量423万バレル(同2.7%程度の減少)から若干ながら下方修正された(図5参照)。10月の米国の鉱工業生産が前年同月比で約1.0%の減少となる(因みに2018年10月のそれは同4.1%程度の増加であった)など同国の経済活動が減速しつつあったこともあり、同月の同国の物流活動が前年同月比で0.6%の減少となった(因みに2018年10月の同国物流活動は前年同月比で6.9%の増加であった)ことが、留出油需要に負の影響を及ぼしたものと考えられる。また、12月の留出油需要(速報値)は日量371万バレルと前年同月比で7.5%程度の減少となった。12月の同国鉱工業生産が前年同月比で1.0%の減少であった(因みに2018年12月の同国鉱工業生産は前年同月比で3.8%の増加であった)こともあり、同月の同国の物流活動もその影響を受けている側面がある(因みに11月の同国物流活動は前年同月比で0.8%の減少となっているが、2018年同月は同5.8%の増加であった)ことが、輸送部門等での軽油需要を抑制する格好となっていることに加え、12月は米国の暖房油需要の中心地である北東部で気温がしばしば平年を上回るほど温暖な場面が見られたことから、民生用部門等での暖房用留出油需要が低迷したことが、前年同月比での留出油需要の減少を創出しているものと考えられる。他方、製油所では秋場のメンテナンス作業実施が概ね終了するとともに一部製油所で発生した装置不具合についても改修が進んだこともあり、稼働が上昇するとともに留出油生産活動も活発化した(図6参照)ことから、12月上旬から2020年1月上旬にかけ米国の留出油在庫は増加傾向となり、1月上旬時点では平年幅上限付近に位置する量となっている(図7参照)。

図5 米国留出油需要の伸び(2006~19年)

図6 米国の留出油生産量(2009~20年)

図7 米国留出油在庫推移(2003~20年)

2019年10月の米国石油需要(確定値)は、前年同月比で0.2%程度増加の日量2,077万バレルとなった(図8参照)。ガソリン等の需要増加を留出油等の需要減少で相殺した結果、石油全体の需要は前年同月比で若干の増加にとどまった。また、その他の石油製品需要が速報値(日量423万バレル)から確定値(同398万バレル)に移行する段階で相当程度下方修正されたことが一因となり、当該需要も速報値(日量2,122万バレル、前年同月比2.3%程度の増加)から下方修正されている。12月の米国石油需要(速報値)は、日量2,032万バレルと前年同月比で0.1%程度の増加となった。ガソリンや留出油等の需要が前年同月比で減少した一方で、その他の石油製品等の需要が前年同月比で伸びたことで、石油需要は若干の増加となっている。ただ、12月のその他石油製品の需要は日量406万バレルと前年同月比で同43万バレルの増加となっているが、過去の実績(2018年11月~2019年10月の1年間(確定値)で日量351~422万バレル)に照らし合わせても高い部類に入ることから、今後当該需要が速報値から確定値に移行する段階で下方修正されることにより同国の石油需要(確定値)が調整されることもありうる。他方、米国の原油生産量が概ね一定の範囲内で推移した一方で、製油所では秋場のメンテナンス作業実施が概ね終了するとともに一部製油所で発生していた装置不具合に対する改修も進んだことで、稼働が上昇するとともに原油精製処理が進んだことから、原油在庫は12月上旬から2020年1月上旬にかけ減少傾向となったが、平年幅上限を超過する状態は続いている(図9参照)。そして、留出油在庫が平年幅上限付近に位置する量となっている一方で、原油及びガソリン在庫が平年幅上限を超過していることから、原油とガソリンを合計した在庫、そして原油、ガソリン及び留出油を合計した在庫は、いずれも平年幅上限を超過する状態となっている(図10及び11参照)。

図8 米国石油需要の伸び(2006~19年)

図9 米国原油在庫推移(2003~20年)

図10 米国原油+ガソリン在庫推移(2003~20年)

図11 米国原油+ガソリン+留出油在庫推移(2003~20年)

2019年12月末のOECD諸国推定石油在庫量の対前月末比での増減は、原油については、日本においては、サウジアラビアに加えイラクからの原油輸入が活発化したと見られる一方で、同国の製油所での原油精製処理活動が伸び悩んだこともあり、原油在庫は増加した。しかしながら、米国及び欧州では秋場のメンテナンス作業が終了した他、一部装置の不具合についても改修が進んだことから、製油所の稼働が上昇するとともに、原油精製処理が進んだこともあり、これら地域においては、原油在庫は減少した。結果として、OECD諸国全体として原油在庫は減少したものの、平年幅上限を超過する状態は継続している(図12参照)。石油製品については、日本では、年末年始の休暇シーズンを控えた小売店等での在庫積み増しの動きもあり、製油所等からの石油製品の出荷が活発化した結果、在庫は相当程度減少した。しかしながら、欧米諸国では、製油所の稼働上昇ととともに石油製品生産活動が活発化したこともあり石油製品在庫は増加した。結果として、OECD諸国全体の石油製品在庫は増加となり、量としては平年並みとなっている(図13参照)。そして、原油在庫が平年幅上限を上回る一方で石油製品在庫が平年並みとなっていることから、原油と石油製品を合計した在庫は平年幅上限を超過する量となっている(図14参照)。なお、2019年12月末時点のOECD諸国推定石油在庫日数は61.0日と11月末の推定在庫日数(60.7日)から増加している。

図12 OECD諸国原油在庫推移(2005~19年)

図13 OECD諸国石油製品在庫推移(2005~19年)

図14 OECD諸国石油在庫(原油+石油製品)推移

12月11日に1,300万バレル弱程度であったシンガポールでのガソリン等の軽質留分在庫は、12月18日には1,200万バレル台前半程度の量へと減少した。ただ、12月25日は1,200万バレル台後半程度の水準へと回復した後、2020年1月1日には1,100万バレル台半ば程度へと減少したものの、1月8日には1,100万バレル台後半程度、1月15日には1,300万バレル台前半程度となるなど、当該在庫はどちらかと言うと増加傾向を示している。インドネシアで年末の休日に向けて自動車での外出が活発化することに伴うガソリン需要の盛り上がりにより、シンガポールからインドネシアに向けガソリンが流出したことが、12月中の軽質留分在庫を抑制したものの、1月に入りインドネシアでの需要が低下したことに伴い同国向けガソリン輸出が鈍化したものと見られることもあり、軽質留分在庫が増加したものと考えられる。他方、製油所の精製能力拡大に伴い中国から堅調にガソリンが輸出されるとの観測が市場に根強いうえに、欧州や米国でガソリン在庫が積み上がりつつあることが、欧米諸国市場のみならずアジア市場でもガソリン価格を抑制する格好となったことから、アジア市場でのガソリンとドバイ原油との価格差(この場合ガソリン価格がドバイ原油のそれを上回っている)は、12月中旬から1月中旬にかけ概して縮小傾向を示した。

ナフサについては、9月14日にサウジアラビアの油田や原油精製処理施設が攻撃されたことにより、同国国内の製油所への原油供給が減少した後、同国の製油所(サウジアラムコの100%出資であるSASREFのジュベイル(Jubail)製油所(原油精製処理能力日量30.5万バレル))でメンテナンス作業が9月23日から11月23日にかけ実施されたうえ、カタールでも11月にカタール・ペトロリアム(QP)のラファン(Laffan)製油所のコンデンセート処理装置(Condensate Splitter)でメンテナンス作業が実施された(メンテナンス作業完了時期が当初予定である11月末から12月半ばに遅延したとする情報もある)ことから、中東地域からのナフサ供給が減少したこともあり、アジア市場での当該製品需給引き締まり感が発生するとともに、ナフサ価格に上方圧力を加えた結果、特に11月下旬から12月中旬にかけナフサ価格は堅調に推移した。他方、米国や中国等でプラスチック需要が低迷した(米国と中国の貿易紛争に伴う経済減速が影響している可能性がある)ことから、石油化学製品価格は抑制された。この結果、アジア地域の石油化学企業の収益が悪化、これら企業がナフサ分解装置の稼働を低下させ始めたことが、後にナフサ需要とともに当該製品価格を抑制するようになった結果、12月中旬から1月上旬にかけアジア市場でのナフサとドバイ原油価格との差(この場合ナフサ価格がドバイ原油のそれを下回っている)は拡大する傾向を示した。しかしながら、その後はサウジアラビアでSATORP(Saudi Aramco Total Refining and Petrochemical:Saudi Aramcoが62.5%出資、Totalが37.5%出資)が操業するジュベイル製油所(原油精製処理能力日量22.5万バレル)が1月13日から2月29日にかけメンテナンス作業を実施する他、UAEでアブダビ国営石油会社(ADNOC)が操業するルワイス(Ruwais)製油所(同24万バレル)も1月1日から31日にかけメンテナンス作業を実施する旨伝えられたことから、この先ナフサの供給が減少するのではないかとの観測が市場で発生したこともあり、ナフサとドバイ原油の価格差の拡大は抑制される格好となっている。

12月11日には1,000万バレル後半程度の量であったシンガポールの中間留分在庫は、12月18日も1,000万バレル台後半程度を維持した。12月25日には1,000万バレル台半ば程度の量へと減少したものの、2020年1月1日には1,000万バレル台後半の量へと回復した。しかしながら、1月8日には900万バレル台後半程度へと水準を切り下げており、1月15日には1,000万バレル強の量へと増加したものの、12月11日の水準は下回っている。インドにおいて、モンスーン(雨季)(灌漑用に稼働させるポンプ向けのエネルギー源が、モンスーン到来前に燃料として使用されていた軽油から水力発電由来の電力へと切り替わることに加え、雨天に伴い道路や建設工事の進捗が鈍化すること等により、物流や製造業での軽油の利用が減速する)の長期化に加え、経済減速に伴う産業活動の不活発化に伴い、国内軽油需要が低迷したことから、インドから軽油がシンガポールに輸出されたこと等が、シンガポールでの中間留分在庫を下支えしたものの、2020年1月1日に発効した国際海事機関(IMO)による船舶燃料硫黄含有分規制強化(重量比で3.5%を0.5%へ)に伴い海運業界からの船舶用軽油(MGO:Marine Gasoil)の出荷が促進されていると見られることが、シンガポールでの中間留分在庫を抑制する方向で作用している。そして、原油価格の上昇に製品価格のそれが追い付かないことから、例えばシンガポールでの軽油とドバイ原油価格差(この場合軽油価格がドバイ原油のそれを上回っている)が縮小する場面が見られたものの、この先も船舶用軽油需要が堅調に推移するとの市場の観測のもと、価格差はどちらかというと拡大する傾向を示している。

12月11日には2,100万バレル台前半程度の量であったシンガポールの重油在庫(高硫黄のものが中心と見られる)は、12月18日には、1,900万バレル後半程度の量へと減少した。しかしながら、12月25日には2,000万バレル台前半程度、2020年1月1日には2,000万バレル台半ば程度、1月8日には2,200万バレル弱、そして1月15日には2,200万バレル台後半程度の、それぞれ量へと増加している。2020年1月1日に実施された船舶燃料硫黄含有分規制強化に伴い、船舶用の高硫黄重油に対する需要が減少すると見込んで、製油所では当該製品の生産を絞り込んでいるとされるものの、他方で高硫黄重油需要も減少しつつあることから、結果としてシンガポールでの重油在庫水準は変動しつつも、どちらかというと増加する傾向を示した。ただ、製油所等での高硫黄重油の生産が縮小する方向となっている一方、硫黄分除去装置(スクラバー:Scrubber)を搭載した船舶からの高硫黄重油需要は根強いこともあり、当該製品の需給の引き締まり感が市場で発生していることから、高硫黄重油価格が堅調に推移した結果、例えば、シンガポールでの高硫黄重油とドバイ原油の価格差(この場合高硫黄重油価格がドバイ原油のそれを下回っている)は12月中旬から1月中旬にかけ縮小傾向を示した。なお、シンガポールでは、超低硫黄重油(VLSFO)は洋上でタンカーに貯蔵されおり、その量は2019年後半には5,000万バレル程度と推定されていたが、船舶燃料硫黄含有分規制の強化に伴うVLSFOの需要増加により、当該在庫は足元2,500~3,000万バレル程度にまで減少していると見る向きもある。また、今後もVLSFO需要が増加するとの観測が市場で発生したことが、当該製品価格に上方圧力を加えたものの、価格が余りに高水準にまで上昇したことにより、需要家が当該製品購入を敬遠した結果、1月中旬には下方圧力が加わる場面も見られる。


2. 2019年12月中旬から2020年1月中旬にかけての原油市場等の状況

2019年12月中旬から2020年1月中旬にかけての原油市場では、米国と中国の貿易紛争を巡る第一段階の合意のために署名する文書の内容面で両国が合意した旨12月13日に米国が発表して以降、両国の経済成長と石油需要の伸びの回復に対する市場の期待の増大等が原油価格を下支えした他、2020年1月3日に米軍がイラン革命防衛隊の司令官を殺害したことを受け、イランの最高指導者が報復措置を講ずる方針である旨表明したことに対し、イランが報復すれば米国は反撃を行う旨米国のトランプ大統領が明らかにしたことから、米国とイランの対立の先鋭化による、中東地域の政情不安の激化による当該地域からの石油供給途絶懸念が市場で増大したことが、原油相場に上方圧力を加えたうえ、1月8日にはイランがイラクの米軍基地に対し報復攻撃を行ったことから、同日の原油価格(WTI)は一時1バレル当たり65.65ドルと2019年4月25日以来の高水準に到達した。しかしながら、その後イランによる報復措置実施に対し米国は軍事力行使を望まない旨表明したことから、原油価格に下方圧力が加わった結果、1月17日の原油価格は58.54ドルとなっている(図15参照)。

図15 原油価格の推移(2003~20年)

12月13日に米国のトランプ大統領が同国と中国との間で実施していた両国間での貿易紛争を巡る交渉において第一段階の合意文書内容で合意に到達した結果、米国が12月15日に予定していた追加関税発動を見送るとともに9月1日に発動された1,200億ドル相当の中国製品に対する15%の関税を7.5%に引き下げる(2018年に発動した2,500億ドル相当の中国製品に対する25%の関税は維持)旨明らかにしたことで、両国等の経済成長減速と石油需要の伸びの鈍化に対する懸念が市場で後退した流れを12月16日の市場が引き継いだうえ、12月16日に中国国家統計局から発表された11月の同国鉱工業生産及び小売売上高が前年同月比でそれぞれ6.2%及び8.0%の増加と市場の事前予想(鉱工業生産同5.0%増加、小売売上高同7.6%増加)を上回ったことにより、中国経済成長減速と石油需要の伸びの鈍化に対する懸念が市場で後退したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.14ドル上昇し、終値は60.21ドルとなった。12月17日も、米国と中国との間での貿易紛争を巡り第一段階の合意文書内容が妥結したことで、両国等の経済成長減速と石油需要の伸びの鈍化に対する市場の懸念が後退した流れを引き継いだうえ、12月18日に米国エネルギー省(EIA)から発表される予定である同国石油統計(12月13日の週分)で原油在庫が減少している旨判明するとの観測が市場で発生したこと、12月17日に米国商務省から発表された11月の同国新築住宅着工件数が年率137万戸と市場の事前予想(同134.5万戸)を上回った他、同日米国連邦準備制度理事会(FRB)から発表された11月の米国鉱工業生産が前月比で1.1%の増加と市場の事前予想(同0.8%の増加)を上回ったこともあり、米国株式相場が上昇したことから、この日(12月17日)の原油価格の終値は1バレル当たり60.94ドルと前日終値比で0.73ドル上昇した。この結果原油価格は12月16~17日の2日間で併せて1バレル当たり0.87ドルの上昇となった。12月18日は、この日EIAから発表された米国石油統計で原油在庫が前週比で109万バレルの減少と市場の事前予想(同130~250万バレル程度の減少)程減少していなかった旨判明したうえ、ガソリン在庫が同253万バレルの増加と市場の事前予想(同200~240万バレル程度の増加)を上回って増加、留出油在庫が同151万バレルの増加と市場の事前予想(同40万バレル程度の減少~同60万バレル程度の増加)に反し、もしくは上回って増加していた旨判明したことが、原油相場に下方圧力を加えたものの、米国と中国との間での貿易紛争を巡り第一段階の合意文書内容で合意に到達したことで、両国等の経済成長減速と石油需要の伸びの鈍化に対する市場の懸念が後退した流れを引き継いだことが原油相場に上方圧力を加えた結果、この日(12月18日)の原油価格の終値は1バレル当たり60.93ドルと前日終値比で0.01ドルの下落にとどまった。また、12月19日には、この日米国のムニューシン財務長官が米国と中国の貿易紛争を巡る第一段階の合意に関する文書は既に作成されており、さらなる交渉は想定されておらず、文書の署名は2020年1月初頭に実施される他、中国による米国産農産物等の購入促進により、今後2年間米国経済成長率は0.5%上振れする旨明らかにしたことで、石油需要の伸びの回復に対する市場の期待が増大したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.29ドル上昇し、終値は61.22ドルとなった(なお、この日を以てNYMEXの2020年1月渡し原油先物契約は取引を終了したが、2020年2月渡し原油先物価格のこの日の終値は1バレル当たり61.18ドル(前日終値比0.33ドルの上昇)であった)。ただ、12月20日には、これまでの原油価格上昇に対し利益確定の動きが市場で発生したことに加え、12月20日に米国石油サービス会社Baker Hughesから発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が同日時点で685基と前週比で18基増加(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は638基と同14基増加)となっている旨判明したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり60.44ドルと前日終値比で0.78ドル下落した。

また、米国と中国の貿易紛争を巡る第一段階の合意に関する文書署名が間もなく行われる旨12月21日に米国のトランプ大統領が明らかにしたことで、当該紛争解決に向けた交渉の前進による両国等の経済成長と石油需要の伸びの回復に対する期待が市場で増大したことが12月23日の原油相場に上方圧力を加えたものの、12月20日にBaker Hughesから発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が前週比で増加している旨判明した流れを12月23日の原油市場が引き継いだこと、クウェートとサウジアラビアの国境付近に跨る中立地帯に位置する油田の原油生産停止問題(当該地域では2015年7月以降原油生産が停止状態となっていた(両国の操業方針上の問題によると見る向きもある))につき2019年末までに解決するであろう旨クウェートのファディル石油相兼電力水相が12月22日に明らかにしたことで、世界石油供給能力上の余裕が増大するとの観測が12月23日の市場で発生したこと、OPECプラス産油国が2020年3月に予定される会合において減産措置の緩和を含め選択肢を議論する旨12月23日にロシアのノバク エネルギー相が発言したことで、この先の世界石油需給緩和感を市場が意識したことが原油相場に下方圧力を加えたことから、この日(12月23日)の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり0.08ドルの上昇にとどまり、終値は60.52ドルとなった。ただ、12月23日にロシアのノバク エネルギー相が、効果的で結果をもたらす限りロシアはOPEC産油国との協力を継続する旨発言したことで、ロシアの減産措置実施に対する期待が市場で発生した流れを12月24日の市場が引き継いだうえ、12月24日に米国のトランプ大統領が米国と中国の貿易紛争を巡る第一段階の合意に関する貿易上の取引は成立している旨発言したことで、当該紛争解決に向けた交渉の前進に対する期待が市場で増大したことに加え、12月27日にEIAから発表される予定である米国石油統計(12月20日の週分)で原油在庫が減少している旨判明するとの観測が市場で発生したことから、12月24日の原油価格の終値は1バレル当たり61.11ドルと前日終値比で0.59ドル上昇した。12月25日は、米国でのクリスマスの休日に伴い原油先物契約に関する取引は実施されなかったが、12月24日夕方(米国東部時間)に発表された米国石油協会(API)による同国石油統計で原油在庫が前週比で790万バレルの減少と市場の事前予想(同150~180万バレル程度の減少)を上回って減少している旨判明した流れが12月26日の市場に引き継がれたうえ、12月の月初から24日までのロシア原油生産量(コンデンセート除く)が減産基準量から日量24万バレル減少(目標は同22.8万バレル減少)となったと同国のノバク エネルギー相が明らかにした旨12月25日に報じられたことで、OPECプラス産油国の減産遵守徹底に対する市場の期待が増大した流れを12月26日の市場が引き継いだこと、11月1日~12月24日の米国の小売売上高が前年同期比で3.4%増加した他、特に通信販売が同18.8%伸びている旨米国クレジットカード大手マスターカードが明らかにしたと12月25日に報じられたことで、米国経済に対する楽観的な見方が増大したこともあり、12月26日の米国株式相場が上昇したことから、この日(12月26日)の原油価格は前取引日終値比で1バレル当たり0.57ドル上昇し、終値は61.68ドルとなった。この結果原油価格は12月24日及び26日の2日間で併せて1バレル当たり1.16ドル上昇した。ただ、12月27日には、この日中国国家統計局から発表された11月の同国製造業企業利益が前年同月比で5.4%の増加と4ヶ月ぶりに増加に転じたことで、同国経済成長に対する悲観的な見方が市場で後退したことに加え、12月27日にEIAから発表された米国石油統計で原油在庫が前週比で547万バレルの減少と市場の事前予想(同150~300万バレル程度の減少)を上回って減少している旨判明したこと、12月27日にBaker Hughesから発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が同日時点で678基と前週比で8基減少(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は637基と同1基減少)となっている旨判明したことが、原油相場に上方圧力を加えたものの、OPECプラス産油国は2020年には減産措置の終了を検討するかもしれない旨ロシアのノバク エネルギー相が12月27日に示唆したことにより、世界石油需給緩和可能性を市場が意識したことが、原油相場に下方圧力を加えたことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.04ドルの上昇にとどまり、終値は61.72ドルとなった。

また、12月30日は、これまでの原油価格上昇に対し利益確定の動きが発生したことが原油相場に下方圧力を加えたものの、12月27日にEIAから発表された米国石油統計で原油在庫が市場の事前予想を上回って減少している旨判明した流れを12月30日の市場が引き継いだうえ、12月27日にイラク北部キルクーク近郊にある、米軍が駐留するイラク軍基地が30発のロケット弾による攻撃を受け、米国政府からの業務請負を行っている米国民間人1名が死亡したことを受け、米軍がイスラム教シーア派武装勢力「神の党旅団(カタイブ・ヒズボラ)」(イラン革命防衛隊やレバノンのヒズボラが支援しているとされる)のイラク及びシリアの拠点5ヶ所を空爆した結果、武装勢力の戦闘員少なくとも25名が死亡したことから、中東情勢の不安定化と当該地域からの石油供給途絶に関する懸念が市場で増大したことに加え、汚職問題、劣悪な公共サービス、及び高失業率に関しイラク政府に抗議するデモ隊が、12月28日に同国南部ナシリア油田(原油生産量日量8.0~8.5万バレル)を封鎖した結果、当該油田の原油生産が停止したことから、同国の原油供給減少に対する懸念が市場で発生したこと、12月28日に近隣で軍事衝突が発生したことにより、リビア西部ザウィヤ(Zawiya)石油ターミナルの操業を停止させることを検討している旨12月28日にリビア国営石油会社NOCが明らかにしたことで、同国の政情不安定化と石油供給途絶に関する懸念が市場で増大したこと、米国と中国の貿易紛争を巡る第一段階の合意に関する文書署名が今後1週間以内に行われる予定である旨米国のナバロ大統領補佐官が発言したことで、当該紛争に関する交渉の前進に対する期待が市場で増大したことが、原油相場に上方圧力を加えたことから、この日(12月30日)の原油価格の終値は1バレル当たり61.68ドルと前日終値比で0.04ドルの下落にとどまった。ただ、12月31日には、2020年1月1日の原油先物市場の休場を控え持ち高調整が市場で発生したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.62ドル下落し、終値は61.06ドルとなった。2020年1月1日は米国での新年の休日に伴い原油先物契約に関する取引は実施されなかったが、米国と中国の貿易紛争を巡る第一段階の合意に関する文書の署名を2020年1月15日に実施する旨12月31日朝(米国東部時間)に米国のトランプ大統領が表明したことで、当該問題に対し楽観的な見方が市場で増大した流れを引き継いだうえ、12月31日夕方(米国東部時間)にAPIから発表された米国石油統計で原油在庫が前週比で780万バレルの減少と市場の事前予想(300~320万バレル程度の減少)を上回って減少している旨判明したこと、12月29日に米軍がイラクの「カタイブ・ヒズボラ」の拠点を空爆したことに対し、12月31日に数千人が駐バグダッド米国大使館前で投石等の暴力的な抗議活動を実施したこともあり、12月31日夜(米国東部時間)に米国国防省のエスパー長官が、米陸軍第82空挺師団要員約750人をイラクに対し派遣する旨発表したことで、イラク情勢複雑化と同国からの石油供給途絶に対する懸念が市場で増大したこと、1月2日にトルコ国会が、リビア西部の首都トリポリを拠点とする統合政府(国連が支援)を支援するためにトルコ軍を派遣する旨のトルコ政府提案動議を賛成多数で可決したことにより、リビアを巡る情勢の複雑化と同国からの石油供給途絶に対する懸念が市場で増大したことから、1月2日の原油価格は前取引日終値比で1バレル当たり0.12ドル上昇し、終値は61.18ドルとなった。また、1月3日も、この日未明(現地時間)に米軍がイラク国際空港を空爆した結果、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官他計7名が殺害されたことに対し、イランの最高指導者ハメネイ師が同日殺害者に対し厳しい報復措置を講じる旨発言した一方で、米国国防省が中東地域に約3,000~3,500人の第82空挺師団要員を追加で派遣する方針である旨1月3日に報じられたことにより、米国とイランの対立先鋭化と中東情勢の不安定化及び当該地域からの石油供給途絶懸念が市場で増大したことに加え、1月3日にEIAから発表された同国石油統計で原油在庫が前週比で1,146万バレルの減少と2019年6月21日の週(この時は同1,279万バレルの減少)以来の大幅減少となった他市場の事前予想(同300~330万バレル程度の減少)を上回って減少している旨判明したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり63.05ドルと前日終値比で1.87ドル上昇した。この結果原油価格は1月2~3日の2日間で併せて1バレル当たり1.99ドルの上昇となった。

また、1月4日にイラクのバグダッドとイラク中部のラバトの米軍関係者が駐留するイラク軍基地に対し4発のミサイルが撃ち込まれ、さらに1月5日にバグダッドの米国大使館近隣に再度ロケット弾が着弾したことに加え、1月3日遅くにイラン革命防衛隊幹部のアブハムゼ氏が米国関連施設35ヶ所に対し報復攻撃を実施することもありうる旨明らかにしたと伝えられた一方で、1月4日にトランプ大統領はイランが報復すれば即座に反撃、同国の52ヶ所の施設を攻撃する旨警告したこと、そして1月5日にイラン政府がウラン濃縮能力、ウラン濃縮濃度及びウラン濃縮に関する研究開発活動等の制限を撤廃する旨表明したことで、米国とイランの対立のさらなる先鋭化と、中東情勢の不安定化、そして当該地域からの石油供給の途絶に対する懸念が1月6日の市場で増大したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり63.27ドルと前日終値比で0.22ドル上昇した。しかしながら、1月7日には、1月3日の米軍によるイラン革命防衛隊司令官殺害に伴う、イランの米国に対する報復措置の可能性につき、市場が様子見となるとともに、これまでの原油価格の上昇に対し利益確定の動きが市場で発生したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.57ドル下落し、終値は62.70ドルとなった。また、1月8日には、この日未明(現地時間午前1時20分頃と伝えられる)、イランが弾道ミサイルを少なくとも10数発発射し、イラク西部のアサド及び同国北部アルビルにある米軍基地を攻撃したことから、この日は一時原油価格が1バレル当たり65.65ドルと2019年4月25日以来の高水準に到達したものの、死者及び負傷者は発生せず(後述)、被害も限定的であったことに加え、1月8日にイランのザリフ外相が相応の自衛的手段を実施し完了した旨表明、同日米国のトランプ大統領も、米国としては軍事的手段を実施することを望まない旨示唆したことで、米国とイランの対立の先鋭化と中東地域の不安定化、及び当該地域からの石油供給途絶懸念が市場で後退したことに加え、1月8日にEIAから発表された同国石油統計(1月3日の週分)で原油在庫が前週比で116万バレル、ガソリン在庫が同914万バレル、留出油在庫が533万バレルの、それぞれ増加と、市場の事前予想(原油在庫同325~370万バレル程度の減少、ガソリン在庫同270~450万バレル程度の増加、留出油在庫同350~500万バレル程度の増加)に反し、もしくは上回って増加していた旨判明したことから、この日(1月8日)の原油価格の終値は1バレル当たり59.61ドルと前日終値比で3.09ドル下落した。この結果原油価格は1月7~8日の2日間で併せて1バレル当たり3.66ドルの下落となった。1月9日は、1月8日の米国とイランの軍事的対立の先鋭化と中東情勢の不安定化、及び当該地域からの石油供給途絶に対する市場の懸念が後退した流れを引き継いだことに加え、1月8日にEIAから発表された同国石油統計で原油及び主要石油製品在庫が市場の事前予想に反し、もしくは上回って増加していた旨判明した流れを引き継いだことが原油相場に下方圧力を加えた反面、これまでの原油価格下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが市場で発生したことが原油相場に上方圧力を加えたことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり59.56ドルと前日終値比で0.05ドルの下落にとどまった。ただ、1月10日も、米国とイランの軍事的対立の先鋭化と中東情勢の不安定化、及び当該地域からの石油供給途絶に対する市場の懸念が後退した流れを引き継いだことに加え、1月8日にEIAから発表された同国石油統計で原油及び主要石油製品在庫が市場の事前予想に反し、もしくは上回って増加していた旨判明した流れを引き継いだことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.52ドル下落し、終値は59.04ドルとなった。

また、1月13日においても、米国とイランとの軍事的対立の先鋭化に伴う中東地域からの石油供給途絶懸念が市場で後退した流れを引き継いだことに加え、1月12日を以てリビアのトリポリを拠点とする統合政府(国連及びトルコ等が支援)と東部トブルクの拠点とする暫定議会(エジプト、UAE及びロシア等が支援)を支援する軍事組織「リビア国民軍(LNA)」との間での停戦が発効した(トルコとロシアが仲介したとされる)ことで、同国の政情不安の拡大と石油供給途絶に関する懸念が市場で後退したこと、1月15日にEIAから発表される予定である米国石油統計(1月10日の週分)で、ガソリン及び留出油在庫が増加している旨判明するとの観測が市場で発生したことから、この日(1月13日)の原油価格の終値は1バレル当たり58.08ドルと前週末終値比で0.96ドル下落した。1月14日には、これまでの原油価格下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが市場で発生したことに加え、米国と中国の貿易紛争を巡る第一段階の合意に関する文書署名が1月15日に実施される予定であることを控え、両国等の経済成長と石油需要の伸びの回復に対する期待が市場で増大したこと、1月14日に中国税関総署から発表された2019年12月の同国原油輸入量が推定日量1,081万バレル(4,576万トン)と、史上最高水準である同年11月の原油輸入量の推定日量1,116万バレル(4,574万トン)に次ぐ高水準となっていた旨判明したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.15ドル上昇し、終値は58.23ドルとなった。しかしながら、1月15日には、この日OPECから発表された月刊オイル・マーケット・レポート(MOMR)で、OPECが2020年の非OPEC産油国の石油供給見通しを日量22万バレル上方修正したこともあり、同年の対OPEC産油国原油需要が日量2,947万バレルと2019年12月11日に発表されたMOMRの当該需要(同2,958万バレル)から下方修正されたことで、石油需給緩和感を市場が意識したことに加え、1月15日にEIAから発表された米国石油統計でガソリン在庫が前週比で668万バレル、留出油在庫が同817万バレルの、それぞれ増加と、市場の事前予想(ガソリン同326~340万バレル程度、留出油同110~165万バレル程度の、それぞれ増加)を上回って増加している他、米国の国内原油生産量が前週比で日量10万バレル増加し同1,300万バレルに到達した旨判明したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり57.81ドルと前日終値比で0.42ドル下落した。ただ、1月16日は、1月15日に米国のトランプ大統領と中国の劉鶴副首相が貿易紛争を巡る第一段階の合意に関する文書に署名したことで、両国等の経済成長と石油需要の伸びに対する市場の懸念が後退した流れを引き継いだうえ、1月16日にフィラデルフィア連邦準備銀行から発表された2020年1月の米国フィラデルフィア製造業景況感指数(ゼロが当該部門好不況の分岐点)が17.0と2019年12月の2.4から上昇し、2019年5月(この時は17.5)以来の高水準に到達した他、市場の事前予想(3.8)を上回ったことに加え、1月16日に米国議会上院が北米自由貿易協定(NAFTA)に代わる米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)実施法案を可決した(米国議会下院は2019年12月19日に通過済)ことから、北米地域等の経済成長と石油需要の伸びに対し楽観的な見方が市場で増大したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.71ドル上昇し、終値は58.52ドルとなった。そして、1月17日には、この日中国国家統計局から発表された12月の同国原油精製処理量が5,851万トン(推定日量1,382万バレル)の市場最高水準に到達したことが、原油相場に上方圧力を加えた反面、1月17日にBaker Hughesから発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が同日時点で673基と前日比で14基増加(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は639基と同9基増加)となっている旨判明したことが、原油相場に下方圧力を加えた結果、この日の原油価格の終値は1バレル当たり58.54ドルと前日終値比で0.02ドルの上昇にとどまった。


3. 原油市場における注目点等

イラクでは2019年12月27日に同国北部キルクーク近隣で米軍も駐留しているイラク軍の基地が30発のロケット弾による攻撃を受け、イラク軍事関係者2名、米国政府から業務の委託を受けていた同国民間人1名が死亡した他、米国軍事関係者4名が負傷したと伝えられる。これを受け、米国は12月29日にイスラム教シーア派武装勢力「神の党旅団(カタイブ・ヒズボラ)」(イラン革命防衛隊やレバノンのヒズボラが支援しているとされる)のイラク及びシリアの5ヶ所の拠点を空爆した結果、少なくともカタイブ・ヒズボラ戦闘員25名が死亡、55名が負傷したと報じられる。他方、12月29日に米軍がイラク国内でのカタイブ・ヒズボラの拠点を空爆したことに対し、12月31日に数千人が駐バグダッド米国大使館前で投石等の暴力的な抗議活動を実施した(1月1日に終結)こともあり、12月31日夜(米国東部時間)にエスパー長官が、米陸軍第82空挺部隊約750人をイラクに対し派遣する旨発表した(他方、1月5日にイラク国会は同国駐留の米軍に対し撤退する様求める同国政府動議を承認したが、米国トランプ政権側はこの要請を事実上拒否している)。1月3日未明(現地時間)には、バグダッド国際空港にロケット弾が少なくとも3発着弾した(米国当局は無人機によるものとしている)旨イラク治安当局が明らかにしたが、この攻撃の結果、イラン革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニ司令官及びカタイブ・ヒズボラのアルムハンディス指導者他計7名が死亡した旨同日報じられたが、1月2日夜(米国東部時間)に米国国防省もトランプ大統領の指示によりソレイマニ司令官を殺害した旨発表した。これに対し1月3日にイランの最高指導者ハメネイ師は米国に対し厳しい報復措置を講ずる意向である旨表明した他、同日イラン革命防衛隊幹部のアブハムゼ氏が米国関連施設35ヶ所に報復攻撃を実施する旨明らかにしたと伝えられたが、1月4日にトランプ大統領は、イランが報復を実施すれば、米国はイランの52ヶ所の施設に対し攻撃を実施する旨警告した。また、米国国防省が中東地域に約3,000~3,500人の第82空挺師団要員を追加で派遣する方針である旨1月3日に報じられる(さらに、米国国防省は、中東地域に追加で約4,500人を派遣する方針である旨明らかにしたと1月6日に伝えられる)。そして、1月7日夜(米国東部時間)に、米国国防省は、イランが1月8日未明(イラン時間1月8日午前1時20分頃)十数発(イラン国内3ヶ所の基地から少なくとも16発が発射されたと報じられる)の弾道ミサイルを発射、標的はイラク西部で米軍が駐留するあるアサド空軍基地(ミサイル少なくとも11発が着弾)及び同国北部クルド人自治区のアルビルの基地(ミサイル少なくとも1発が着弾)であったとされる。他方イラン側も1月8日に弾道ミサイルをアサド空軍基地に向け発射した旨革命防衛隊が明らかにしたと報じられた。イラン革命防衛隊は米軍を駐留させている同盟国に対しても攻撃を実施する可能性がある旨1月8日に警告したが、同日イランのザリフ外相がイランは攻撃に対しては自衛はするものの、対立の激化や戦争を望んでいるわけではなく、1月8日(現地時間)のイラクの米軍攻撃を以て相応の自衛的方策を完了した旨表明した。また、1月8日(米国東部時間)にトランプ大統領が演説し、イランに対し経済制裁を発動する方針である旨明らかにしたものの、イランの攻撃により米国の軍事関係者の死傷者は発生せず(しかしながら、1月16日には負傷者が11名発生した旨伝えられる)、施設の被害も軽微だった他、米国はイランに対しさらなる軍事行動は実行しない旨示唆した。なお、1月10日に米国財務省はイラン最高安全保障委員会のシャムハニ事務局長他政府幹部等8名及び建設業、鉱業、製造業、繊維業の17団体等に対し、米国国内資産の凍結や米国人との取引禁止を内容とする制裁を発動した(ただ、1月16日に米国財務省は建設業、鉱業、製造業及び繊維業につき制裁実施を2020年4月9日まで(90日間)猶予する旨明らかにしている)。

このように、イランを巡る情勢については、1月8日の米国のトランプ大統領によるイランに対するさらなる軍事的行動は希望しない旨の演説で以て、両国の対立は沈静化する方向に向かったことから、少なくとも短期的には、この面では、持続的かつ大幅に原油相場が上昇するといった展開となる可能性は、とりあえずは低下したものと考えられる。しかしながら、1月8日には、イラクのバグダッドの米国大使館近隣地区を含めた地区にロケット弾2発が着弾した他、1月9日にも、イラク中部のバラド空軍基地の近隣地区にミサイル弾1発が着弾、1月12日にもバラド空軍基地に対しロケット弾と見られる攻撃が行われ(イラク軍事関係者4人が負傷したとされる)(イランに近い民兵組織が当該基地に駐留する米軍に向け攻撃を実施したとの指摘はあるものの、犯行声明は未発表)、1月14日にも、バグダッドの北約30キロメートルに位置するタジで、米軍等が駐留しているイラク軍基地にロケットが着弾する(負傷者はいないとされる)など、引き続き中東地域においてイラン、もしくはイランの支援する武装勢力(もしくは不明な犯行主体等)による比較的小規模の攻撃等は行われうると見られる。また、1月5日にイラン政府は、同国のウラン濃縮濃度、濃縮能力、濃縮ウラン貯蔵量、ウラン濃縮に関する研究・開発に関し一切の制限を撤廃して活動を実施する旨表明した(但し国際原子力機関(IAEA)との協力は継続するとともに、米国が対イラン制裁を解除すれば、核合意を遵守する旨明らかにしている)。また、段階的なウラン濃縮活動の制限緩和は今回が最後であるとし、次回は核合意の破棄となるであろう旨併せて警告した。これに対し、1月14日には、英国、フランス及びドイツが、イラン核合意以前の制裁をイランに対し発動する可能性のある、紛争解決手続きの発動を発表したが、この決定に対しイランのザリフ外相等(及びイランを支援するロシア)は反発している。また、米国のトランプ大統領は、欧州3ヶ国がイラン核合意に関し紛争解決手続き開始を宣言する1週間ほど前に、紛争解決手続きを開始しなければ、欧州の自動車に対し25%の関税を課する意向である旨警告したと1月15日に伝えられる(1月16日にはドイツのクランプカレンバウアー国防相がそのような事実があった旨明らかにしている)。このようなに、イランを巡っては同国と米国等との対立が大幅に低下したわけでもないことから、原油相場が持続的に下落する可能性もまた、それほど高くないものと考えられる。

他方、トルコの議会は、事実上の内戦状態になっているリビアの西部トリポリを拠点とする統合政府(国連、トルコ及びカタール等が支援、「暫定政権」と報じられることもある)を支援するためにトルコ軍を派遣することを内容とするトルコ政府提案動議を賛成多数で可決、1月5日にトルコのエルドアン大統領は自国軍部隊派遣を開始した旨明らかにした。それでも、1月8日にはエルドアン大統領とロシア(統合政府と対立している、リビア東部トブルクを拠点とする暫定議会及び暫定議会を支持するリビア国民軍(LNA)を支援)のプーチン大統領の主導で1月12日午前0時を以て停戦する旨決定した。しかしながら、1月13日にモスクワで開催された統合政府とLNA(ロシア以外にエジプト、UAE、サウジアラビア等が支援)との協議(実際には直接的には協議しておらず、ロシア及びトルコを仲介者としての間接協議)では、①攻撃の即時完全停止、②停戦ラインの設定及び停戦監視委員会の設置、③リビア情勢の政治的解決のための作業部会の設置等を含めた、公式な停戦合意のための文書への署名が促されたが、統合政府は当該合意書に署名したものの、LNAの指導者であるハフタル将軍は当該合意書に署名せず、帰国した(LNA側は停戦に公式に合意するためには、統合政府が武装解除することが必要である旨明らかにしている)。1月16日には、ドイツのマース外相がリビア東部ベンガジでハフタル将軍と会談したが、ハフタル氏は1月12日から実施されている停戦を遵守する方針である旨表明しており、1月19日にはドイツのベルリンでリビアの和平協議が行われ、ドイツのメルケル首相の他、ロシアのプーチン大統領、トルコのエルドアン大統領、英国のジョンソン首相、フランスのマクロン大統領、イタリアのコンテ首相、エジプトのシシ大統領、国連のグテレス事務総長、及び米国のポンペオ国務長官をはじめとする12ヶ国の首脳等が出席、リビアへの武器輸出禁止徹底、外交努力による和平達成、各国によるリビア内政への不干渉等で合意したが、統合政府のシラージュ首相とLNAのハフタル将軍との間での協議は実施されなかった。また、LNAがリビア東部にあるブレガ(Brega)、ラス・ラヌフ(Ras Lanuf)、ハリガ(Hariga)、ズウェイティナ(Zueitina)、シドラ(Sidra)からの原油の輸出を停止するように指示したとして(別途統合政府への抗議行動として石油ターミナルを閉鎖した旨ターミナルが位置する地域の部族が1月16日に明らかにしたとも伝えられる)、1月18日にリビア国営石油会社NOCはこれら石油ターミナルからの原油の出荷につき不可抗力条項の適用を宣言した(これにより同国石油生産(2019年12月現在日量114万バレル、天然ガス液(NGL: Natural Gas Liquids)等を含めれば同122万バレル)が日量約80万バレル程度削減されることになる旨NOCは明らかにしている)。さらに、リビア南西部にあるシャララ油(Sharara)油田(原油生産量日量30万バレル)、及びエル・フィール(El Feel)油田(同7万バレル)についても、ザウィヤ(Zawiya)石油ターミナルへと原油を輸送するパイプラインが1月19日にLNAに近い武装勢力により閉鎖されたため、これら油田の生産も停止しつつある(このため、同国の石油生産は西部沖合のボウリ(Bouri)、アル・ジュルフ(Al Jurf)、及び中部陸上のワハ(Waha)各油田の日量7.2万バレルに限定される旨NOCが説明していると1月19日に報じられる)。このように、リビアにおいては、1月12日を以て統合政府とLNAとの間で停戦が実施されているものの、情勢は不安定であり、また、過去両者はしばしば合意した停戦を破棄して戦闘を再開していることから、いつまた、今回の停戦が破棄されて戦闘が再開されたり、政情不安の中、同国石油供給関連施設の操業が妨害されたりすることにより、同国から石油供給上の支障が長引かないとも限らないことから、今後の状況につき注意する必要があろう。

1月15日には、米国と中国の貿易紛争を巡る第一段階の合意に関する文書署名が行われた。これにより、両国等の経済成長及び石油需要の伸びの回復に対する期待が市場で増大した結果、株式相場とともに、原油価格に上方圧力が加わった。しかしながら、米国と中国の貿易紛争は第一段階の合意を以て全て解決というわけではなく、少なくとも第二段階の合意が必要であるとされる。第一段階の合意は比較的両国間で合意が容易な部分で合意に至っているものとの指摘もあり、第二段階以降の合意に関しては、解決への難易度がより高まることにより、当該合意のための交渉が紆余曲折を経る(既に米国のトランプ大統領は第二段階の合意には時間を要するかもしれない旨1月9日に明らかにしている)ことにより、賦課されたままとなっている関税が米国や中国等の経済成長にとって負担となり続けるとともに、石油需要の伸びに負の影響を与え続ける可能性がある他、第二段階の合意に向けた交渉の過程では再び追加関税の賦課や関税率の引き上げ等を米国が交渉材料として持ち出すといったことも予想される(12月13日にトランプ大統領はその旨示唆した)ことから、この面ではこの先米国や中国等の将来的な経済成長と石油需要の伸びに対する不安感が市場で払拭されない結果、原油相場に下方圧力が加わるといった展開も想定される。また、1月中旬以降、主要米国企業等の2019年10~12月期等業績が発表されつつあるので、この業績等によっても原油相場は変動する場面が見られることもありうる。

米国では1月後半以降も最終消費段階では冬場の暖房シーズンに伴う暖房用石油製品需要期はなお続く(暖房シーズンは概ね11月1日から翌年3月31日までである)ものの、製油所の段階では、既にある程度暖房用石油製品の生産が完了しつつあり、むしろ間もなく春場のメンテナンス作業時期に突入することで、その時期に向け製油所は稼働を引き下げ始めるとともに、原油の購入を不活発にしてくる。このため、原油に対する需要がこの先低下するとの観測を含め、季節的な石油需給の緩和感が市場で醸成されやすくなることから、この面で原油相場に下方圧力が加わる可能性がある。ただ、暖房用石油製品需要の中心地である米国北東部において、この先平年を割り込む気温が継続したり、気温が平年を大きく割り込む旨の予報が発表されたりすると、一時的であれ、市場での暖房油需給の引き締まり感の強まりから、暖房油価格、そして原油価格が上昇する場面が見られることもありうる。また、米国のシェールオイルを含む原油生産状況及びその見通し、そして同国での石油坑井掘削装置稼働数等についても、原油相場に影響を与える可能性がある。さらに、OPECプラス産油国は2020年1月1日より拡大した減産措置を実施しているが、1月のOPEC加盟各国推定原油生産実績が早ければ同月末前後には明らかになるので、その際の減産遵守状況や、それ以前に明らかになるかもしれないサウジアラビア等による原油生産方針(減産目標をどの程度上回らせる意志があるか)等に関する情報でも原油相場は左右される場面が見られることも想定される。

全体としては、1月後半以降、季節的な石油需給の緩和感が市場で強まり始めることが、原油相場のさらなる上昇を抑制する一方、米国と中国の貿易紛争における第二段階の合意に向け実施される交渉過程においては、再び追加関税の賦課等が材料として利用されうる他、残存している関税による経済成長減速と石油需要の伸びの鈍化に対する市場の懸念が再燃しうることにより、原油相場に下方圧力を加えるといった展開となる可能性がある。ただ、地政学的リスク要因による中東地域等からの石油供給途絶懸念が市場で増大することにより、原油相場に上方圧力が加わる場面が見られることも否定できないことに注意する必要があろう。


4. 近年の世界のLPGを巡る情勢の変化に関する一考察

ここ5年程度の間、世界の液化石油ガス(LPG:Liquified Petroleum Gas、米国ではエタンも含むとされる(後述)が、ここではLPGは基本的にはプロパン及びブタンを指すものとする)市場の状況は変化してきた。そして、これは原油、他の石油製品、天然ガス(液化天然ガス(LNG)を含む)と比べても、小さくないものと言えそうである。ここでは、最近5年間程度の世界のLPG市場を巡る主な変化につき言及することとしたい。

LPGは油・ガス田等で生産される原油・天然ガス等を処理する過程で分離されるNGLの主要成分(プロパン及びブタンに加え、NGLにはエタン及び天然ガソリン等が含まれる)である他、製油所で原油を精製処理する過程で生産される(ガソリン等の石油製品を生産する過程で連産される)ものもある。米国では、2005年時点ではLPGの国内生産量は日量112万バレルであり、油・ガス田で生産されるLPGと製油所で生産されるLPGの比率は72:28であった(図16参照)。しかしながら、同国では2009年前後からシェールガス、そして2010年代に入りシェールオイルの生産が本格化する(図17及び18参照)とともに、NGLの生産も増加傾向を示した。2018年時点では油・ガス田で生産されるLPGと製油所で生産されるLPGの比率は87:13となっている。また、量としても、2018年のNGL由来のLPG生産量は日量215万バレルと、2005年の同80万バレルに比べ2.7倍となっており、この結果、2018年には製油所で生産されるLPGと併せ米国のLPG生産量は日量249万バレルに到達し、2005年比で2.2倍となっている。

図16 米国LPG(プロパン及びブタン)需給バランス(2005~18年)

図17 米国シェールガス生産量(2000~19年)

図18 米国シェールオイル生産量(2000~19年)

また、米国では、LPGの需要は、プロパンについては、農業用(秋場を中心として、収穫した穀物を乾燥するために主に使用される)、民生用(家庭もしくは事務所や商業施設等の暖房用、このため特に冬場の気温の低下状況、もしくは気温予報によって需要が変動する場合がある)、そして産業用(製造業における熱源等)に利用される他、石油化学向けに原料として利用される。ブタンは産業用や石油化学原料等に利用される他、米国では冬用ガソリンの蒸気圧を調整するために混入される(このため、冬季以外はガソリン混入向けブタン需要はそれほど強くはないこともあり、米国でのブタン在庫は春から秋にかけ積み上がり、冬の時期は減少するといった特徴を有する)。ただ、LPGの需要構成を見ると、原料への用途を含め石油化学部門での利用が圧倒的に多く、総需要の約75%を占め、民生用が15%程度、石油化学を除く産業用が約6%、農業用が4%程度(2017年時点)となっている。

なお、米国ではエタンもLPGの一成分と見做されている(前述)が、同国ではエタンの生産量もシェールガスの生産とともに増加しており(図19参照)、2015年以降米国では石油化学基礎製品の一つであるエチレンを生産するためのエタン分解装置の建設が進んだ(表1参照)ことにより、消費が促進されている(それでも、エタン分解装置の建設作業が集中したこともあり、総じて完成時期が後にずれ込む傾向がある)。ただ、エタンについては、使用されない部分については、天然ガスから分離されないままとなっている部分があるものと推測される。

図19 米国エタン需給バランス(2005~19年)

表1 近年の米国の主なエタン分解装置の稼働開始

他方、米国では、石油化学基礎製品であるプロピレンを生産するためのプロパン脱水素化(PDH:Propane Dehydrogenation)装置も建設されているものの、その規模は限定的であった(プロパン価格がエタン価格に比べ相対的に相当程度高価な時期があったことが一因となり、他の地域と比較して米国のプロピレン生産に関する競争力が必ずしも明確ではなかったと見られることが背景にあるものと考えられる)こともあり、米国のLPG需要は伸び悩み気味であり、特に2011年以降は同国のLPG生産の増加に国内需要のそれが追い付かない状態が発生し始めた。このようなことにより、米国でのLPG需給は緩和方向に向かったことから、LPGを輸出しようとする動きが米国で強まるとともに、シェールガス及びシェールオイルが生産される内陸部からNGL等を米国東海岸やメキシコ湾岸の各地域に輸送するパイプラインや輸出ターミナル(例えば、2013年3月7日以前のEnterprise Products Partnersのヒューストン運河(Houston Ship Channel)からのLPG輸出能力は日量13万バレル程度であったが、2019年12月現在当該輸送能力は日量53万バレル程度に到達している一方、Targa Resourcesも2011年9月19日以降LPG輸出ターミナル建設を進めてきた結果2019年12月現在日量23万バレル程度のLPG輸出能力を有する他、2020年第三四半期には当該能力が日量37~50万バレル程度にまで拡大する旨明らかにしている)等のLPG輸出関連インフラの整備が進むに従い、米国の東海岸及びメキシコ湾岸地域からのLPGの輸出が促進されるようになった(なお、2018年現在LPG輸出(プロパンとブタンの合計日量116万バレル)のうちの82%(日量95万バレル)はプロパン、18%(日量21万バレル)がブタンとなっている(この他2018年時点では日量26万バレル程度のエタンが米国から輸出されている))。また米国産LPGの主な輸出先はメキシコ、日本、韓国、中国(但し最近は低迷(後述))、オランダ及びインドネシア等となっている(図20参照)が、特に日本へのLPG輸出量の増加が顕著である。

図20 米国LPG輸出(2012~19年)

他方、アジア諸国では、特に発展途上国においてLPGの需要が堅調に伸びている。例えば中国の需要は2005年には日量65万バレルであったものが2018年には同162万バレル(推定)へと倍以上に伸びた。中国のLPG需要は民生及び産業用(大気汚染対策による影響で暖房用の燃料及び産業用の熱源が石炭から天然ガス及びLPGへと移行しているものと見られる)、製油所(石油精製のための自家燃料として使用されているものと見られる)、石油化学部門等で利用されている。特に石油化学部門では2013年以降PDH装置の建設が進んでおり(中国経済成長とともに石油化学製品需要が増加しつつあったことに加え、PDH装置を建設することにより、他の地域と比較してプロピレン生産に関する競争力を確保することが可能であったことが、PDH装置建設促進の背景にあるものと考えられる)(表2参照)、これに従って中国は米国からのLPG輸入を活発化した。しかしながら、米国と中国の貿易紛争の影響で中国が2018年8月23日に米国産LPGに対し25%の関税を賦課する措置を発動した(同年8月8日に中国商務省が発表)ことから、2019年2月以降米国からの中国向けLPG輸出はほぼ皆無となった(同年5月以降は輸出が行われているが比較的限られた量となっている)。中国は米国の代わりにサウジアラビア、クウェート、UAE、カタール、オマーンといった中東諸国等からLPGを輸入するようになっている。

表2 近年の中国の主なプロパン脱水素化(PDH)装置の稼働開始

インドのLPG需要も2005年には日量33万バレルであったものが2018年には同77万バレルに到達するなど、こちらも倍以上に増加している(図21参照)。これについては、インド国内でのLPG販売網の拡大に加え、インドのモディ首相が2016年5月1日より貧困層の家庭でのLPG導入普及活動を実施していることも一因とされる(このようなこともあり、2016年の同国LPG需要は前年比で11.2%の増加となっている)。そしてこのような背景から、インドのLPG需要の大半は民生用(家庭での調理等の用途)であり、また、増加の大半も民生用である。また、インドは米国からも若干量のLPGを輸入しているが、むしろ輸送距離の短いサウジアラビア、クウェート、UAE及びカタールといった中東諸国からの輸入が主流であるものと推定される。

図21 インドLPG需要(2005~19年)

そして、従来日本、韓国、中国といった北東アジア諸国のLPG輸入は中東諸国からのものが支配的であった(図22参照)。このようなこともあり、米国産LPG輸出が活発化する前の2012年には、米国によるイラン制裁実施により原油価格に上方圧力が加わるとともに中東産LPG価格(CP(Contract Price):サウジアラビア国営石油会社サウジアラムコが需要家に対して通告する価格)が大幅に上昇、米国産LPGの価格を相当程度上回る場面が見られたりしたが、2014年以降米国で供給過剰となったLPGのアジア市場への流入が増大するにつれ、米国産LPGの価格影響力が強まってきたこともあり、競合する中東産LPGとの間での価格差が縮小する傾向を示している(図23参照)。そして、かつては、中東産LPGに関し価格決定過程が不透明であるとの指摘が市場になされたこともあったが、最近では米国産LPGと競合することにより、中東産LPGについても相対的に価格決定過程の透明性が増してきている格好となっている。

図22 日本、中国及び韓国のLPG輸入

図23 LPG CP価格と米国スポット価格の差(CP-米国スポット)(2012~19年)

以上

(この報告は2020年1月20日時点のものです)

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