ページ番号1008694 更新日 令和6年10月22日
ロシア:Nord Stream 2に対して加熱する欧米の攻撃とロシア・ウクライナガストランジット契約交渉の経緯と妥結を振り返る
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概要
- 独露パイプライン(Nord Stream及びNord Stream 2)に対して加熱する欧米の攻撃
- 2019年に入り、欧米によるNord Stream 2への攻撃が過熱。欧州は、デンマークのルート承認延期、欧州議会によるガス指令修正案通過。欧州裁判所によるGazpromのOPALパイプラインへの100%アクセス撤回判断。米国はポーランド及びウクライナと共にロシア産ガスを排除し、米国産LNGを供給することによるエネルギー安全保障推進をすることを目的とした暫定的協力協定を締結。更にトランプ大統領は2020年国防授権法に署名し、Nord Stream 2及びTurk Streamに関する制裁を発動。
- 欧米政府が足並みを揃えたようにNord Stream 2を止める又は遅延させようとする背景にはウクライナへの配慮がある。同パイプラインの稼働を遅らせられれば、ロシアはその間ウクライナ経由でガス供給を行う必要に迫られ、それがウクライナへタリフ収入をもたらす。また、2019年という年は奇しくも2009年のウクライナ天然ガス供給途絶問題後、ロシア・ウクライナが協議の末合意したガストランジット契約が満了するタイミングでもある(2.で詳述)。さらに米国の思惑はさらに実利的であり、シェール革命で急増する米国産LNGを欧州市場に売りたいという思惑がある。
- ロシア及びウクライナによるガストランジット契約交渉の推移と妥結
- 同契約は2009年のウクライナ及びロシア間で発生したガス供給途絶問題の解決策として、2009年1月19日にウクライナ・Naftogazとロシア・Gazpromが調印したもので、10年間超の契約期間の満了を2019年末に迎えようとしていた。この10年の間、ウクライナでは親露政権がクーデターで倒れ、ロシアはクリミアを併合し、欧米制裁が発動。ウクライナ東部地域では内戦に発展しているという状況で、当該契約更新交渉は一筋縄ではいかないと見られており、もし契約更改が遅延すれば、ウクライナ経由の欧州向けガストランジットが出来なくなり、2009年同様に再度供給途絶のリスクが高まる状況にあった。
- 年末まで交渉は継続。12月19日、ベルリンでの閣僚級会合で漸く年内合意に向けた方向性が示され、12月20日、ミンスクにて遂にロシアとウクライナは既存のトランジット契約の後継となるウクライナ経由で欧州に天然ガスを輸出することを定めたプロトコールに署名。12月30日、関係当該企業(Gazprom、Naftogaz及びウクライナガス輸送システムオペレータ)はプロトコールに基づき、5年間のガストランジット契約を締結したことを発表(2020年~24年で合計225BCMをトランジット)。
- 今回の交渉結果については、契約期間及び輸送容量では双方の要求の間を採った結果になっている。ウクライナに支払われるトランジットタリフについては最大の争点になったと考えられるが、これが1.9%の上昇幅となり、インフレを加味したとしても驚くほどの上昇ではなく、また輸送容量ではNaftogazが望む量(60~90BCM)を大幅に下回る量(年平均45BCM)で妥結している。また、ストックホルム仲裁裁判所で確定したGazpromに対する罰金(29.18億ドル)の支払いを除き、まだ最終決定に至っていない双方の全ての賠償請求訴訟を取り下げ、また、Naftogazが欧州等で進めるGazpromに対する資産等差し押さえを取り下げることとなった。総体的に見れば、ロシア側に軍配が上がったと見ることもできるだろう。
- 他方で、Naftogazはロシアに対し、ロシアのクリミア併合により失った同社のクリミア資産の減損についての新たな訴え(70億ドル以上)を1月10日にロシアに対して提起したことを明らかにしており、さらに2月に入って、Gazpromが実質コントロールしているロシアの独立系ガス生産者のガス輸送や中央アジアのガストランジットについてデリバリーポイントを見直すことや2009年のRosUkrEnergoを巡ってNaftogazが負った負債に関する内容について正していくことを表明し始めている。
- 年末ぎりぎりまで関係者を騒がしたガストランジット契約という嵐は過ぎ去り、5年間のモラトリアムに入ったが、ロシア及びウクライナの係争問題は今後も予断を許さない。
1. 独露パイプライン(Nord Stream及びNord Stream 2)に対して加熱する欧米の攻撃
(1) 欧米によるNord Stream及びNord Stream 2に対する横槍
2019年に入り、欧米によるNord Stream 2への攻撃が過熱してきた。まず、3月にはNord Stream 2が通過する排他的経済水域の中で、承認を延期してきたデンマークが、既に出されている2つのルート案に加えて、第三のルートの提示をGazpromに対して求めた[1](既に他の通過水域についてはフィンランドが2018年4月に、スウェーデンが同年6月に承認。最終的にデンマークは10月29日にルートを承認)。4月に入り、欧州議会は昨年から協議が行われていたガス指令修正案を通過。閣僚会議でも承認され、5月には加盟国での法制化段階へ移った。内容は生産者及び輸送者を分離すること(Unbundling)、パイプラインへの第三者アクセス及び輸送タリフの透明性を謳った第三次エネルギーパッケージを全パイプラインに適用し、Gazprom(つまりNord Stream 2)を排除する方向性を盛り込むものである。9月には、欧州裁判所が、欧州議会によるGazpromのOPAL(Ostsee-Pipeline-Anbindungsleitung/バルト海・パイプライン・リンク/470キロメートル/年間容量35BCM)パイプラインへの100%アクセスを認めた2016年10月の決定はEU加盟国のエネルギー連帯の原則に違反しているとして撤回するべきとの判断を示した[2]。これはポーランド(国営石油ガス会社PGNiG)が提訴していたもので、この判決を受けて、ドイツ連邦ネットワーク庁(Bundesnetzagentur)も「GazpromはOPALパイプラインのガス輸送の半分を直ちに停止しなければならない。」と判断[3]。OPALパイプラインオペレータ(OPAL Gastransport)は9月14日(土)からGazpromの送ガス量の制限を開始せざるを得なくなった[4]。
米国でもNord Stream 2を敵視する動きが継続している。昨年7月には国務省が同パイプライン計画を「欧州、特にウクライナに対する政治圧力の道具を提供することにより欧州のエネルギー安全保障を弱体化する。」と発言[5]。トランプ大統領も「ベルリンはロシアの捕虜となっている。」と述べたのに対し[6]、メルケル首相は「我々は独立した独自の政治を行い、我々が独自の決定を下している。」と反論するに至った。最終的には同月16日にヘルシンキで行われた米露首脳会談後の記者会見でトランプ大統領から「ドイツが決定したこと。我々はLNGで競争する。」と述べ、Nord Stream 2はその後順調に建設が進められてきた。他方、2019年に入ってから米国議会に提出された対露制裁法案は40を超え、Nord Stream 2に対するものだけでも既に5つに上っていた。最終的には後述の通り、年末になり2020年国防授権法に盛り込む形で、制裁が発動されることとなる。
[1] IOD(2019年3月28日)
[2] Prime(2019年9月10日)
[3] Bloomberg(2019年9月12日)
[4] Prime(2019年9月13日)
(2) 背景にロシア及びウクライナ間のガストランジット契約更改交渉と米国シェールLNG販促
欧米政府が足並みを揃えたようにNord Stream 2を止める又は遅延させようとするこの背景にはまずウクライナへの配慮がある。同パイプラインの稼働を遅らせられれば、ロシアはその間ウクライナ経由でガス供給を行う必要に迫られ、それがウクライナへタリフ収入をもたらす。2019年という年は奇しくも2009年のウクライナ天然ガス供給途絶問題後、ロシア・ウクライナが協議の末合意したガストランジット契約が満了するタイミングでもある。契約条件を巡ってはGazprom及びNaftogazとの間で国際調停裁判所での係争が続いてきたが、Nord Stream 2を遅らせることで、欧州への供給義務を負うロシアがウクライナルートを使用せざるを得ない状況を作り出し、ウクライナによるガス供給契約交渉を有利に運ばせようという意図や欧州(特に東欧諸国)にとっての対露フロントであり緩衝地帯であるウクライナを支援・バックアップしたいという欧州の思惑もあると見られている(当該ガストランジット契約更改交渉の推移については次章2.参照)。
米国の思惑はさらに実利的であり、シェール革命で急増する米国産LNGを巨大消費国であるドイツに売りつけたいという下心は明らかだ。5月14日には米国ルイジアナ州にてキャメロンLNG第一トレインの建設完了式典が開催され、トランプ大統領が出席し、「この施設がフル稼働すれば、最大で年間1500万tのLNGを輸出することとなる。最大容量では、ドイツが2017年にロシアから輸入した天然ガスの40%超を、またはEUが2018年に輸入したLNGの25%を供給できる規模である。」と述べたが[7]、明らかにドイツひいては欧州をシェールLNGの新市場として開拓したいという意図を隠さない。実際、2006年を境にシェール革命による天然ガス増産基調が始まった米国については、エネルギー省エネルギー情報局(EIA)の最新の見通しでも、図2の通り、LNG輸出量は2050年という長期に亘って年間143.6BCMを維持するという分析を行っており、ウクライナ経由でのロシア産ガスパイプライン容量(142BCM)に近い大きな数量ガスが米国から欧州・アジア太平洋地域へ市場を求めて長期に亘って供給されることが見込まれている。
9月には、ペリー・エネルギー長官(米国)、ナイムスキー戦略エネルギーインフラ担当代表(ポーランド)及びダニリュク国家安全国防会議議長(ウクライナ)がワルシャワにて、ロシア産ガスを排除し、米国産LNGを通じてエネルギー安全保障を高めることを目的とした暫定的協力協定を締結。ポーランド(PGNiG)は米国産LNGではシェニエール、Venture Global LNG及びポートアーサーLNGとの間で長期供給契約を締結しており、そのLNGをポーランドで受け入れるだけでなく、ウクライナへ輸送する天然ガスパイプライン(110キロメートル)を建設する計画も打ち出し、反露姿勢の先鋭化を内外にアピールした[8]。
出典:BP統計2019及び米国エネルギー省エネルギー情報局(EIA)[9]
[7] ホワイトハウスHP:https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-promoting-energy-infrastructure-economic-growth-hackberry-la/
[8] POG(2019年9月3日)
[9] EIA Energy Outlook 2019:https://www.eia.gov/outlooks/aeo/ ※スライド15に筆者加筆。
(3) 米国によるNord Stream 2及びTurk Streamに関する制裁発動(2020年国防授権法)
12月20日、トランプ大統領は2020年国防授権法に署名し、即日発効した。1119ページ、全7612条から成る同法の最後、1103ページから始まる第75章「欧州エネルギー安全保障の防御」に第7501条から7503条に亘って、Nord Stream 2及びTurk Streamに対する新たな制裁が盛り込まれている[10](次頁に主要内容を含む第7503条の抄訳)。国防授権法は、翌年の軍事予算措置のために、必ず年内に成立する性格の法律であり、「独露間のパイプライン」という米国の国防とは直接関係のないものまで抱き合わせて通過させた今回の事例は、今後同じ方法で毎年末新たな制裁が盛り込まれる可能性も示唆するものとなっている。
翌日にはNord Stream 2及びTurk Streamのパイプライン敷設を請け負っている、スイス登記のAllseas社(1985年設立。大水深パイプ敷設及びオフショアメジャー企業。2011年稼働を開始した最初のNord Streamも同社による敷設)が、Nord Stream 2についての全作業をサスペンドする旨のリリースを公表し[11]、同パイプラインは94%まで進捗したにもかかわらずサスペンドとなった。
[11] https://allseas.com/news/allseas-suspends-nord-stream-2-pipelay-activities/
「国家授権法の制定に鑑み、Allseas社はNord Stream 2パイプ敷設活動を停止した。同法律の猶予期間条項(Wind-Down Period)に従うと共に、米国の関連当局からの必要な規制、技術及び状況のクラリフィケーションを含むガイダンスを期待している。」
<参考>2020年国防授権法 第75章 7503条(抜粋/抄訳)
※下記太字は筆者加筆
第7503条
(a) この法律の制定後60日以内に、かつ、その後90日ごとに、国務長官は、財務長官と協議のうえ、議会の関連委員会に対し、Nord Stream 2及びTurk Stream又はそれらの後継パイプライン事業の建設のために海底100フィート(約30.5メートル)以深でパイプ敷設に従事する船舶、並びに、かかる船舶を販売し、リースし、若しくは提供し、又はかかる船舶の提供取引を促している外国の者(注:以下対象者)を特定する報告書を提出しなければならない。
(b) 対象者の米国査証発給、入国の禁止
(c) 対象者の資産凍結
(d) 猶予期間の設定:大統領は(a)に基づいて提出された最初の報告書(上記)で特定された対象者に関して、もしその対象者が本法の制定日から30日以内に、本条に基づく制裁の対象となる業務を縮小するために誠実な努力をしたことを証明したと大統領が認めた場合このセクションに基づく制裁を課してはならない。
(e) 例外規程:以下の事例には制裁は適用されない。
---米国の諜報機関、法執行機関、または国家安全保障の各活動
---国連協定
---船舶に乗船する乗組員の安全とケア、船舶に乗る人命の保護、または環境またはその他の重大な損害を回避するための船舶の保守を目的とする場合
---Nord Stream 2及びTurk Streamの修理、保守または環境修復に必要なまたは関連する活動
---機器の輸入
(f) 制裁免除:大統領が国益に適うと判断し、その理由を議会の該当委員会へ提出した場合。
(g) 罰則:International Emergency Economic Powers Actに基づく。
(h) 制裁の終了:
---ロシア連邦が所有または管理する事業体(Gazprom)がパイプラインネットワークをコントロールしないように、生産と輸送の分離を達成することを含め(原田注:EU第三次エネルギーパッケージを模倣)、Nord Stream 2及びTurk Streamを強制および政治的レバレッジのツールとして使用する能力を最小限に抑えた場合。
---予期せぬ状況を除き、2018年のロシアの平均エネルギー輸出容量と比較して、Nord Stream 2及びTurk Streamが、他の国、特にウクライナの既存のパイプラインを通過する輸出量を25%以上減少させないことを保証する場合。
(i) 各術語定義
第7503条における注目点については以下が挙げられる。
(1) 大統領の署名から30日以内は猶予期間が設けられていること。つまり、1月下旬までは建設(撤退)の猶予が与えられていた。
(2) 大統領の署名から60日以内に国務省が財務省と協力し、対象者(Nord Stream 2、Turk Stream建設に従事する船舶)を割り出す報告書がまとまるまでにも猶予期間が更に発生する可能性もあった。
(3) 他方、この報告書に名前が載る個人・企業(Nord Stream 2のスイス登記会社の敷設船等)には、本条文ではSDN(特定国籍指定者)と同様の罰則が設けられることになる。
この決定に対して、各国政府及び関係企業は批判を繰り広げたが、現在に至るまで表立った動きや進展は出てきていない。
- 独:ウルリケ・デンメア首相報道官
「こうした種類の域外制裁は認められない。ドイツおよび欧州企業が痛手を受ける。制裁はわが国に対する内政干渉だ。」 - 露:ラヴロフ外相
「Nord Stream 2及びTurk Streamは米国の制裁に関係なく、立ち上がる。ロシアは米国への対抗制裁を計画している。」 - 露:マリア・ザハロヴァ報道官
「ロシアからのエネルギー供給をヨーロッパから奪おうとしている行い。ヨーロッパ経済の発展を減速させるもの。アメリカは地政学的な野望のためにはNATOのパートナーであるドイツをいたわろうともしない。」 - 欧:広報担当者
「原則として、EUは完全に合法的な活動に参加している欧州企業に制裁を課すことに反対。欧州委員会は現在、アメリカの制裁の可能性のある影響を分析している。」
※ウクライナとのトランジット供給契約交渉を受け、欧州の反応と独露の反応に温度差があることが注目される。 - 墺:ライネル・シーレOMV社長
「欧州政府は米国のNord Stream 2への制裁に対し至急対応すべき。法的に承認されたプロジェクトに数十億EURを投資したのに、欧州の了解なしに一方的な外部制裁によって中断させられることがどうして可能なのか」[12]
また、今回の制裁発動によって制裁規定に従った時計が動き出している点も注目される内容だったが、こちらも米国政府及びAllseas社を含め、執筆時点(2月14日)で動きは見られない。
(1) 大統領の署名から30日以内は猶予期間 ➡ 2020年1月18日(土)迄
(2) 大統領の署名から60日以内に国務省が財務省と協力し、対象者(Nord Stream 2、Turk Stream建設に従事する船舶)を割り出す報告書を提出 ➡ 2020年2月17日(月)迄
Nord Stream 2については、Allseas社が現時点では猶予期間中の作業も含めサスペンドしたことから、稼働開始は遅延する見込みとなった。1月11日、プーチン大統領はドイツのメルケル首相との共同記者会見において、Nord Stream 2の稼働開始は2020年末以降、おそらくは2021年第1四半期になると発表している[13]。また、米国がAllseas社を制裁対象会社と指定するかどうかもポイントであるが(上記(2)・2月17日までの対象者割り出し)、既にNord Stream 2建設を止めるという目標は達成しており、その必要性がなくなった今、対象者指定の報告書の重要性が薄れているのも確かだ。
最も重要な役割を演じるのはドイツ(欧州)の対応となるだろう。例えば、既に米国に対して、水面下で米国産LNG購入検討を条件に作業継続を認めさせる交渉が行われている可能性もあるかもしれない。他方、ロシアでは、自らの敷設船でNord Stream 2の残る6%を完成させる動きも出ている。2016年、Gazpromはパイプライン敷設船「アカデミック・チェルスキー」を購入しており、制裁時点ではナホトカに係留されていたものが、2月初旬に出航し、2月22日にシンガポールへ到着する予定との一報が入っている。これはNord Stream 2完成のための保有設備アップグレードのためと見られている[14]。米国が同パイプライン敷設船を制裁対象として指定する場合には、シンガポールへの寄港とアップグレードは難しくなるが、船の所有者がGazprom本体である場合には、同社をSDN級の制裁対象とすることは同社との全ての取引が禁止されることを意味し、欧州だけでなく世界のガス市場に多大な影響を与えることになることから、選択肢とはならないと考えられる。いずれにせよ同敷設船と米国国務省の対象者指定の動向に注目が集まる。
[12] IOD(2020年1月29日)
[13] コメルサント(2020年1月13日)
[14] Prime(2020年2月10日)
なお、バルト海までの移動まではスエズ経由で45日必要。また、この他、ロシア他企業が「フォルチュナ」を保有しており、200メートル水深までの敷設が可能(現在位置はドイツ。バルト海浅海での敷設経験もある。バルト海のNord Stream 2敷設水深は20~80メートル。
2. ロシア及びウクライナによるガストランジット契約交渉の推移と妥結
時計を9月まで巻き戻して、そのような中で行われてきたロシア、ウクライナ及び欧州政府による2020年以降のガストランジット契約交渉について振り返る。同契約は2009年のウクライナ及びロシア間で発生したガス供給途絶問題[15]の解決策として、2009年1月19日にウクライナ・Naftogazとロシア・Gazpromが調印したもので、10年間超の契約期間を2019年で満了を迎えようとしていた。この10年の間、ウクライナでは親露政権がクーデターで倒れ、ロシアはクリミアを併合し、欧米制裁が発動。ウクライナ東部地域では内戦に発展しているという状況で、当該契約更新交渉は一筋縄ではいかないと見られており、もし契約更改が遅延すれば、ウクライナ経由のガストランジットが出来なくなり、2009年同様に再度供給途絶のリスクが高まる状況にあった。
9月19日、ブリュッセルにて2020年以降のロシア産ガスのトランジット契約に関する協議が欧州委員会、ロシア(Gazprom)及びウクライナ(Naftogaz)との間で開催され[16]、シェフチョヴィッチ欧州委員会委員が契約条件について、以下の提案を行った[17]。
<ウクライナも支持する欧州委員会からの提案(9月)>
(1) 契約期間: 10年契約
(2) トランジット量: 年間最低60BCMのトランジット保証+30BCM追加オプション
(3) タリフ[18]: 60BCMの場合、3.21ドル/千CM/100キロメートル。
90BCMの場合、2.56ドル/千CM/100キロメートル。
(4) その他: 契約は欧州原則・基準に則ること。
ノヴァク・露エネルギー大臣は、協議は建設的だったと表明。しかし、合意には至らず協議は10月に持ち越された。当該協議では三者、特にロシア及びウクライナの間の争点が明確化された点が成果であり、それは、(1)ガス中継輸送において、ウクライナは欧州原則・基準を導入する予定であること、(2)ロシア・ウクライナ間の未解決の係争解決(賠償問題)、(3)ガス輸送量(保証)、(4)輸送タリフ(ウクライナの収益)、(5)契約期間の5点であるとされた[19]。この内、ウクライナが欧州原則・基準を契約に適用することは、ウクライナのガス輸送システムの輸送容量が入札にかけられることを意味するが、現時点では他にウクライナに対する供給者は存在せず、単独応札となる可能性や十分な輸送容量、価格競争力を有するGazpromが最終的に必要な輸送容量と期間を確保することを意味するものと考えられている[20]。他方、プーチン大統領は、「ロシアはウクライナが欧州法制準拠を実現できる場合に契約を署名する。しかし、それはウクライナにとって簡単ではない。その場合には、現契約の1年間の延長も選択肢として準備している。」と発言し、ウクライナの能力に疑問を呈した[21]。ミレル社長はメドヴェージェフ首相との面談で、「ウクライナに対しては現在より20%安いガス価格を提供できる。」と発言し、ウクライナの交渉姿勢の軟化を促す情報発信を行っている[22]。
賠償問題に関しても、当該契約交渉ではウクライナ側のカードとして活用されてきた。2018年2月末にストックホルム仲裁裁判所が下した判決によって、2010年のガストランジット契約に則り、ウクライナ・Naftogazは2013~2014年のガス供給に対する債務20億ドルをGazpromに支払う義務を負っている一方、GazpromはNaftogazに対してトランジット代金の未払い47億ドルがあることが確認され、相殺後にGazpromがNaftogazに対して25.6億ドルを支払うことを認定。金利を含んだ額は29億ドルに上っていると言われていた。更に、NaftogazはGazpromの資産差し押さえをアムステルダム地方裁に訴え、支持される判決が下った[23]。追い打ち攻勢を掛けるように、11月初めにはNaftogazはストックホルム仲裁裁判所に対して、2018年3月13日から2019年12月末までにタリフ再考を受け付けなかったことについて、Gazpromに対して122.48億ドルの賠償を請求する訴えを起こした[24]。ウクライナ側の訴えを総計すると、総額220億ドル余りに上る。また、ルクセンブルク裁判所においても、2018年12月に650億円分の円貨建て10年ユーロ債を起債したGazpromの子会社GazAsia Capital社(ルクセンブルク)の資産凍結を勝ち取ることに成功する[25]。
<ウクライナNaftogazによるGazpromへの賠償請求合計>
(1) 29億ドル: ストックホルム仲裁裁判所も認める26.5億+利息(約29億ドル)。
(2) 122.48億ドル: 2018年3月13日から2019年12月末までにタリフ再考を受け付けなかったことについて、Gazpromに対して122.48億USD
(3) 70億ドル: ウクライナ国内の独禁法違反70億USD
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221.48億ドル
10月28日、9月に続く三者協議がブリュッセルで開催されたが、実質的な成果はなく、11月下旬に更に持ち越された[26]。11月18日、GazpromはNaftogazに対してガストランジット契約案に関して、以下の内容を骨子とする公式提案を送付した。
<GazpromからNaftogazへのカウンター提案(11月)>
(1) 期間: 1年契約
(2) 前提条件: 双方の国際係争・訴訟を取り下げる。
(3) その他: 既存契約の延長も選択肢(2015年にウクライナ向けガス輸出の停止をした当該契約の活用)。
当然ながら、欧州委員会及びウクライナ共に同提案を拒絶し[27]、双方の認識の隔たりが大きいことを示した。但し、その間、実務者協議を11月8日にブリュッセルで開催し、更に18日の週、そして直前の27日にも行われることとなった[28]。これらの実務者協議の進捗が功を奏したのか、それにつれて、政府間も含め双方の態度軟化が見られ始める。まず、19日にはロシアがアゾフ海で拿捕したウクライナ艦船を返還し、緊張緩和をアピールすると共に[29]、Naftogazはロシアが要請している1年間の契約も検討可能だが、欧州政府との協議は必要であること、また、ストックホルム仲裁裁判所で確定した罰金(26.5億[30]+ウクライナは利息を要求/合計29億ドル)について現物(ウクライナへのガス供給)で支払うことも可能との見解を示した[31]。また、三者会合直前の11月25日には、プーチン大統領とゼレンスキー大統領が電話会談(ゼレンスキー大統領から電話)を行い、ガストランジット契約交渉について詳細を議論し、各レベルでの協議継続を確認すると共に、12月9日開催予定のパリ・ノルマンディーフォーマットでの初の首脳会談に合意している[32]。クレムリンのサイトでは、26日、プーチン大統領、ノヴァク大臣、ミレル社長が面談を行い、詳細は未公開ながらロシアとウクライナのエネルギー協力について特出しで協議が為されており[33]、交渉妥結に向けたロシア側の対応が議論された模様だ。
[15] ウクライナがガス代金を支払えず、ロシアがウクライナに対するガス供給を停止するも欧州向けのガスをウクライナが抜き取った結果、発生したガス供給途絶問題。詳細は本村真澄著「繰り返されたロシア・ウクライナ天然ガス紛争」(石油天然ガスレビュー/2009.3 Vol.43 No.2)を参照されたい。
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_project_/pdf/2/2561/200903_001a.pdf
[16] トランジット交渉自体は2019年に入ってから3回目となる(IOD/2019年9月20日)
[17] ロイター(2019年9月20日)
[18] コメルサント紙(2019年9月19日)掲載の記事より(https://www.kommersant.ru/doc/4101598?query=%D0%93%D0%B0%D0%B7%D0%BF%D1%80%D0%BE%D0%BC)
[19] IOD(2019年9月20日)
[20] コメルサント(2019年9月20日)
[21] Interfax(2019年10月2日)
[22] Tass(2019年10月18日)
[23] IOD(2019年10月28日)
[24] Tass(2019年11月5日)
[25] Interfax(2019年11月12日)
[26] IOD(2019年10月29日)
[27] Prime(2019年11月18日)
[28] Prime(2019年11月11日)
[29] 日経(2019年11月19 日)
[30] なお、Gazpromはストックホルム仲裁裁判所の判決を不服として控訴していたが、スウェーデンのスヴェア裁判所はストックホルム仲裁裁判所の判決を支持し、提訴を却下している(Prime/2019年11月27日)。
[31] Prime(2019年11月26日)
[32] Interfax(2019年11月26日)
[33] クレムリンHP/Prime(2019年11月26日)http://en.kremlin.ru/events/president/news/62126
最終的に当初11月29日を予定していた三者協議は28日に開催され、ノヴァク大臣は建設的であったとの感想を述べるも条件合意には至らなかった。
なお、ガストランジット契約更改交渉と同じタイミングで契約更改を迎えるウクライナ経由のロシア・欧州間の原油のトランジット契約について、12月3日にTransneft及びUkrTransNaftaが契約更改に合意し、2020年1月から10年間の契約を締結したことが注目される[34]。日量27万バレル(内、ウクライナ向け4万バレル)と限定的な量ながら、両国首脳の初会談を前に融和ムードを演出するような出来事となった。
出典:Naftogaz及びUkrTransNafta[35]
12月9日、仏独露宇四カ国首脳がパリで首脳会合を開催し(ノルマンディーフォーマット)、続いてロシア・プーチン大統領とウクライナ・ゼレンスキー大統領の初のバイ会談で、双方は年内に完全な停戦を履行するとともに、2020年3月までに部隊の追加撤収を行うことを目指して作業を進めることで合意に至った[36]。ガストランジット契約交渉については、プーチン大統領は「ウクライナと合意に至れば、ウクライナの産業向けガス価格を現在よりも25%安く供給できる。」と述べ、ゼレンスキー大統領は、「合意はまだないが、もっと良い条件で合意できるチャンスはまだある。1年契約については議論に上っていない」ことを強調し、年末までに新しい取引合意が可能であり、妥協の余地があることを示した(「私たちは途中で何かを見つけるだろう。」)[37]。また、ロシアからは3年という妥協案も出ていることを明かした[38]。また、プーチン大統領は「ウクライナにとっても受け入れ可能なガストランジット契約に合意できるだろう。ストックホルム仲裁裁判所の判決は自分も法学を修めた身として政治的なものと考えている。判決ではウクライナの経済悪化を理由に挙げている時点でナンセンス。しかし、判決は判決。ロシアはそれに従い、解決策を見出していく。」と発言した[39]。
12月19日、漸く年内合意に向けた方向性が示される。ベルリンで開催された閣僚級協議では、まず、両者は契約失効後も近隣国とのガス供給関係を維持することを発表し[40]、シェフチョヴィッチ欧州委員会副委員長は「原則合意に達した。」と述べ、協議が前進したとの認識を表明。ノヴァク・エネルギー大臣は合意について「すぐに署名されることを望む。」と語るも、文書は文言の調整が残っているため、20日以降に公表されるとの見通しを示した。
12月20日、ミンスクにて、遂にロシアとウクライナ、欧州政府は既存のトランジット契約の後継となるプロトコールに署名し、2020年以降もウクライナ経由で欧州に天然ガスを輸出することを定め、供給途絶は回避された。署名者は各国政府代表として、シェフチョヴィッチ欧州委員会副委員長(1名)、ロシアはコザーク副首相(エネルギー担当)及びノヴァク・エネルギー大臣(2名)、ウクライナはイェルマーク大統領補佐官、クリョーバ副首相及びオルジェル・エネルギー大臣(3名)に加え、関係企業として、Gazprom・ミレル社長、Naftogaz・ヴィトレンコExecutive Officer及びウクライナの新たなガス輸送システムオペレータからマコゴン社長が同プロトコールに署名した[41]。内容(ロシア語のみ)については翌日ウクライナ政府が公開しており、次の点が特徴として挙げられる(詳細は巻末抄訳を参考)。
特徴(1):契約期間は双方要望(Gazpromは1年、Naftogazは10年)の中間(5年間)に落ち着いた。
特徴(2):ウクライナが攻勢を掛けていた賠償請求については、ストックホルム仲裁裁判所の判決(約29億USD)を受入れ、Gazpromが支払うことで、その他の訴訟をNaftogazが取り下げる。
特徴(3):容量は年平均45BCM。5年間で225BCM。これも双方要望(Gazpromは30BCM以下、Naftogazは60BCM以上)の中間に落ち着いた。
特徴(4):トランジットタリフについてはプロトコール署名時点では未解決。
特徴(5):本プロトコール及びそれに続く契約はあくまでウクライナ領内を経由(トランジット)する欧州向けガスに関するもの。ロシアからウクライナへ販売するガスについては、欧州向けのガストランジット問題解決が実現した後に議論することになっている。
報道では30BCM程度という情報も出ていたが、ロシアが希望する量はNord Stream 2の実現にも左右されることから明言を避けてきたと考えられる。もしNord Stream 2が実現し、EUによるガス指令をクリアするというハードルを乗り越えれば、55BCMの輸送量拡大が実現する。ウクライナの近年のトランジット量は80BCM台で推移していることから、最悪の場合、ウクライナには25BCMしか流さなくてよくなる。他方、現状のように同パイプラインが米国制裁によってサスペンドに追い込まれる懸念が高まり、2020年もウクライナ・トランジットを活用しなくてはならない状況となれば、80BCMを確保しておく必要がある。実際、2020年内はNord Stream 2の稼働開始が不透明となっており、プロトコールの最終合意でも2020年が65BCMと他の年に比べて多いのは、その遅延を織り込んだ最低限の数値ということになるだろう(他方、2021年以降はNord Stream 2稼働開始を織り込んだ40BCMという数字を採用している)。
12月30日、プロトコールに従い、Gazprom及びNaftogazは5年間のガストランジット契約を締結したことを発表(2020年~24年で合計225BCMをトランジット。Ship or Payべース。更にGazpromは増量することができるが、その場合のタリフ(含関税)は上昇する)。NaftogazによればGazpromが欧州基準のShip or Payベースの契約を結ぶのは史上初との宣伝が為された。また、ゼレンスキー大統領は5年間の輸入を70億USDと見込んでいると発言し[42]、タリフ(ロシアからウクライナへ支払われる)についての手掛かりを与えることとなった。
情報筋によれば、ウクライナ国内の輸送距離は契約上1192.48キロメートルに設定され[43]、今回合意した価格は、2.66ドル/千立方メートル/100キロメートルとなったと言われている。5年間のトランジット数量225BCMから計算すると、ウクライナが受け取るトランジット料は合計で71.4億ドルとなり、ゼレンスキー大統領が述べた70億ドルと符合する。
なお、プロトコール上では12月29日までにGazprom-Naftogaz及びウクライナガス輸送システムオペレータが関係契約の締結を完了することとなっていたが、Gazpromのプレスリリースは12月30日の日も変わる直前の深夜[44]、NaftogazのプレスリリースはGazpromから丸1日遅れ、年も変わろうとする12月31日深夜でかつ締結日は12月31日となっていることから[45]、双方の交渉がプロトコールでの規定を超えて続いていたことを推察させている。
[34] AFP及びInterfax(2019年12月4日)
[35] 2018年、パイプラインによるウクライナからヨーロッパへの石油の輸送量は1335万トン(26.7万BD/前年比4.3%減少)。内、ウクライナ向けは210万トン(4.2万BD)。ウクルトランスナフタの保有する原油輸送PLシステムは、直径が159ミリメートルから1,220ミリメートル、全長4,767キロメートル。容量は1億1400万トン(280万BD)、欧州向け容量は5630万トン(112.6万BD)。
[36] AFP(2019年12月10日)
[37] Prime(2019年12月10日及び11日)
[38] Tass(2019年12月11日)
[39] Prime(2019年12月19日)
[40] IOD(2019年12月20日)
[41] IOD(2019年12月20日)
[42] IOD(2019年1月2日)
[43] ウクライナを東西に経由するパイプラインは複数あり、どのパイプラインをどの容量・距離で通過するかは複雑であるため、一義的に1192.48キロメートルという距離が設定されていると考えられる。
宇・EU提案(9月) | ロシア提案(11月) | 両者合意(12月) | |
---|---|---|---|
契約期間 | 10年間 | 1年間 | 5年間 |
輸送容量 |
60BCM +30BCM追加オプション |
30BCM (不確定情報) |
2020年:~65BCM 2021年:~40BCM 2022年:~40BCM 2023年:~40BCM 2024年:~40BCM (年平均:45BCM) |
タリフ |
60BCMの場合、 |
NA | 2.66ドル/千CM/100キロメートル ※但し、上記より輸送量が増加する場合には関税増加。 |
その他 | 契約は欧州原則・基準に則る。 | ― | 〇 |
― |
双方の訴訟を取り下げる。 |
〇 | |
Gazpromは判決が確定した29.18億ドルは支払う。 |
出典:筆者取り纏め
プロトコールを受けて、関係国・関係企業はそれぞれの義務を果たしており、Gazpromは29億ドル余りの支払いを、Naftogazは提訴に基づくGazpromの欧州資産差し押さえの全面解除を実行した[47]。
表1の通り、今回の交渉経緯と結果を見ると、契約期間及び輸送容量では双方の要求の中道を採った結果になっているのが分かる。ここには前述の通り、Nord Stream 2に対する米国による横槍を受けて、建設がサスペンドとなった結果、しばらくはウクライナ経由での欧州向けガストランジットに頼る必要が出てきたという「反露」要因も働いたのは確かだろう。双方にとって最も重要な通過料(トランジットタリフ)については、2019年の価格が2.61ドルであったというNaftogazの情報からすれば(コメルサント紙/2019年9月21日付)、1.9%の上昇幅であり、インフレを加味したとしても驚くほどの上昇ではなく、また輸送容量ではNaftogazが望む量(60~90BCM[48])を大幅に下回る量(年平均45BCM)で妥結していることから、総体的にはロシア側に軍配が上がったと見ることもできるだろう。
他方で不穏な動きも出てきている。1月10日、NaftogazヴィトレンコExecutive Officerはロシアに対し、ロシアの併合による同社のクリミア資産の減損に対する新たな訴え(70億ドル以上)をロシアに対して提起したことを明らかにした[49]。さらに、同氏は2月に入ってからもGazpromに対する新たな訴訟を国際調停裁判所及びEU独占禁止局に行うことを検討していることを明らかにしており、Gazpromが実質コントロールしているロシアの独立系ガス生産者のガス輸送や中央アジアのガストランジットについてデリバリーポイントを見直すことや2009年のRosUkrEnergoを巡ってNaftogazが負った負債に関する内容について正していくことを表明している[50]。
年末ぎりぎりまで関係者を騒がしたガストランジット契約という嵐は過ぎ去り、5年間のモラトリアムに入ったが、当然ながらクリミア併合を巡るロシア及びウクライナの係争は今後も予断を許さない。
[46] コメルサント(2019年9月21日)https://www.kommersant.ru/doc/4101598?query=%D0%93%D0%B0%D0%B7%D0%BF%D1%80%D0%BE%D0%BC
[47] Prime(2020年1月20日)
[48] 米国が発動した2020年国防授権法によるNord Stream 2及びTurk Streamに関する制裁(2019年12月20日)では、興味深い規定として、制裁終了の条件として以下の内容が規定されている。第7503条(h)「(中略)予期せぬ状況を除き、2018年のロシアの平均エネルギー輸出容量と比較して、Nord Stream 2及びTurk Streamが、他の国、特にウクライナの既存のパイプラインを通過する輸出量を25%以上減少させないことを保証する場合」。これは、例えば2018年のウクライナ・トランジット量は87BCMだったことから、ウクライナ向けを少なくとも64BCM確保するという意味であり、ウクライナと欧米はこの点でも密接な連携を示していたことが分かる。
[49] Prime(2020年1月10日)
[50] Interfax・Prime(2020年2月6日)
出典:ウクライナ政府[51]
欧州委員会、ウクライナ及びロシア連邦代表と各国企業(ウクライナガス輸送システムオペレータ、Naftogaz及びGazprom)との会議に関するプロトコール
(2019年12月19日~20日/ベルリン及びミンスク) ※下記太字は筆者加筆
欧州委員会、ウクライナ及びロシア連邦代表(以下、関係国)はロシア産ガスのウクライナ領内トランジットを2020年1月1日から継続するためにウクライナ及びロシア連邦の利害関係企業間で以下の合意に至ったことを歓迎する。
1. 2019年12月29日までに法的文書に合意するために:
1.1 2.2で規定されるパッケージに従い、Gazprom及びNaftogazはキャンセルことのできない合意を実現する。
-ストックホルム仲裁裁判所の2017年12月~2018年2月に決定された内容に従い、2019年12月29日までにGazpromはNaftogazに約29億ドル[52]を支払う。
-Naftogazが訴えている122億ドルと13.3BCM(金額換算はない)に対する訴訟を含む、まだ最終決定に至っていない双方の全ての賠償請求訴訟を取り下げる。
-Gazpromに対する資産等差し押さえを取り下げる。また、2009年1月19日以降のガス輸送及びトランジットに関する契約について、将来可能性のある全てのクレイムを取り下げる。
1.2 2019年12月29日までにGazprom及びNaftogazは、現在スイス・ジュネーブで調停裁判が行われている「ПТСNo2019-10≪ウクライナに対するGazprom≫」の枠組みで、和平協定に署名する。
その和平協定は、ウクライナ独占禁止委員会による2016年1月22日以降の決定No18-p及びキエフ民事裁判所による2016年12月5日の判決を基に、今後ウクライナがクレイムを行うことを止めることを意味する。
2. ウクライナ領内を経由するロシア産ガスの途切れることのない継続のために:
2.1 Gazprom及びNaftogaz(以下、会社-オーガナイザー)はウクライナ領内を経由するガス輸送を成立させる合意書を締結する。
2.2 1.で示された合意の履行と同時に、2019年12月29日までに以下を完了する。
2.2.1 オペレーションアグリーメント締結:Gazprom及びウクライナガス輸送システムオペレータ。
2.2.2 ガストランジット契約締結:Gazprom-Naftogaz及びウクライナガス輸送システムオペレータ。
2020年内は、НКРЭКУ(ウクライナ・エネルギーインフラ国家規制委員会)は当該輸送契約を調整し、モデル契約として必要な修正を行う。なお、交渉パラメータ(期間、容量及びタリフ)については変更しない。
2.2.3 Gazprom-Naftogazはウクライナガス輸送システムオペレータに対して、トランジット容量を確保する。年間の輸送容量は次の通り。
2020年:~65BCM
2021年:~40BCM
2022年:~40BCM
2023年:~40BCM
2024年:~40BCM
НКРЭКУ(ウクライナ・エネルギーインフラ国家規制委員会)はタリフについて欧州を基準とする競争性のあるものを設定し、Gazprom-Naftogazが承認する。
関係国は2025年~2034年のガストランジット契約の更新の可能性についても検討していく。
3. 2019年12月27日まで、関係国は上記の取り決めを達成するための以下の不可欠な対策を講じる:
3.1 欧州委員会は、書面でウクライナ輸送システムオペレータを新たなウクライナのガストランジットシステムオペレータとして承認し、同様にウクライナ法制に従い、欧州委員会のガス輸送規制にも従っていることを保証する。
3.2 ウクライナは、2019年12月29日までに以下を実現。
-前述1.1及び1.2で規定されたGazpromとの和平協定。
-ウクライナ輸送オペレータの設立を実現。
-ウクライナ輸送システムオペレータを新たなウクライナのガストランジットシステムオペレータとして承認。
-2.2.2で規定された今後修正される新たなガス輸送契約に関するНКРЭКУ(ウクライナ・エネルギーインフラ国家規制委員会)の決定の法的妥当性を保証。
-国家規制の独立性、法制の安定性、トランジットサービスにおける法的権利の保護、会計説明責任、透明性、経済性及びタリフの安定性を確保。
3.3 ロシアは1.1で規定されたのウクライナ側との合意及びストックホルム仲裁裁判所の2017年12月~2018年2月に決定された内容に基づく支払いを実行する。
4. これら全ての合意が実行された場合において、関係国はウクライナへのガス価格を考慮しながら、ウクライナへガスを輸送する可能性について検討する。
シェフチョヴィッチ |
イェルマーク |
コザーク |
クリョーバ |
ノヴァク |
|
オルジェル |
||
Gazprom(ロシア) | ミレル社長 | |
Naftogaz(ウクライナ) | ヴィトレンコExecutive Officer[53] | |
ガス輸送システムオペレータ(ウクライナ) | マコゴン社長 |
[52] 正確には29億1800万ドル(Naftogazによる支払受入れ発表より/http://www.naftogaz.com/www/3/nakweben.nsf/0/24DE3C1B1D52B136C22584E00079DA9E?OpenDocument&year=2019&month=12&nt=News&)
[53] プロトコール後のGazpromとの関係契約締結でもミレル社長のカウンターパートとして出て来るユーリ・ヴィトレンコ氏はGazpromとの係争担当Executive Officerという肩書にあり、NaftogazのコボリェフCEOよりも序列は数段下である。http://www.naftogaz.com/www/3/nakweben.nsf/0/A0E940A45393645AC2257F3B004BF27D?OpenDocument&Expand=3&
以上
(この報告は2020年2月14日時点のものです)