ページ番号1008717 更新日 令和2年4月1日
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概要
- OPECプラス協調減産枠組みの崩壊とその影響
- 既存のOPECプラス協調減産合意が3月末で期限を迎えるのを受けて、OPEC加盟国は臨時総会を開催するも、減産措置強化を主張するOPEC産油国と、既存の減産措置の6月末迄の延長のみの実施を主張するロシアとの間での議論の隔たりが解消しなかった結果、交渉が事実上決裂。2016年12月から3年余り続いてきたOPEC及び非OPEC諸国との協調減産枠組みが崩壊。
- 減産枠拡大を支持しなかったロシアには、新型コロナ・ウイルスによって世界の石油需要が明らかに鈍化し、世界経済が景気後退の局面を迎える中、4月からさらに減産を拡大したとしても原油価格の上昇は見込めない可能性が高いため、まずは現行の協調減産を続けて新型コロナ・ウイルスの影響を見極めてから追加減産を検討すべきという判断があった。
- 他方、ロシアはOPECプラス協調減産枠組みに参加しながら、巧みにその基準点を高い時点で設定することでソ連時代を含めても最高レベルの生産量を達成してきた。このこともサウジアラビアを中心とするOPEC諸国の反感を招き、今回のOPEC側の対露強硬姿勢(ロシアに追加減産措置を求める)を導く伏線となったとも考えられる。
- 中露ガスパイプラインが稼働:中国向けのロシア産ガス価格が判明
- 中国の12月期の通関統計が発表され、「シベリアの力」天然ガスパイプラインによる対中天然ガス価格が明らかに。実績値は5.61ドル/MMBTU(12月)。2月までの平均価格は5.45ドル/MMBTUであった。これまで明らかになっていない中露間の長期天然ガス供給契約における価格フォーミュラに関する手掛かりを提供するもの。
- 価格フォーミュラは中国側が要望したとされる需要地上海からのネットバック価格リンクであることを示唆している。また、欧州向け価格とのリンクは現時点では見られない。同時期ロシア産LNG(サハリン-2及びヤマルLNG)の輸入価格は7.58ドルであり、いずれに競争優位性があるかどうかは現段階では不明。但し、輸送コストの観点から上海ではLNGに、北京では「シベリアの力」に競争優位性があり、ロシア産ガスの中では中国市場で棲み分けができている可能性がある。
- 2019年日本の原油・天然ガス調達国におけるロシアの存在感
- 2018年、日本向けロシア産原油輸入量は5.3%(4,351億円/数量では前年比1%減)に、LNG輸入量は安定的に8.3%(3,373億円/数量では前年比7%減)となった。日本向けロシア産原油減少の原因は、露中間で2013年に締結され、2015年から発効したロスネフチとCNPCの長期原油供給契約による中国向け原油の増加と、2016年から中国における原油輸入ライセンスの対象が中小の製油企業にも拡大されたことによるロシア産原油調達の急増が影響している。ウラジオストク(コジミノ港)からのESPO原油輸入国は、中国が最大ながらも(77.4%)、2014年以降の増加傾向が止まり、シェアベースでは昨年比(78.9%)から微減となった。
- 日本向けロシア産原油の牽引役であるESPO原油だが、2013年は最大シェアである68.1%(サハリン-1:17.7%、サハリン-2:14.2%)を占めたが、中国のシェア拡大に呼応する形で、サハリンからの原油シェアが拡大。2018年以降、サハリン-1が最大となり、2019年は49.1%、ESPO原油が32.0%、サハリン-2が18.9%となった。
1. OPECプラス協調減産枠組みの崩壊とその影響
(1) 3月初旬の動き:破談に至る背景
既存のOPECプラス協調減産合意(2019年12月:基準原油生産水準(2018年10月時点の原油生産量)から日量約120万バレル減産)を約50万バレル拡大)が3月末で期限を迎えるのを受けて、3月5日、OPEC加盟国はウィーンで臨時総会を開催し、3月末までの減産措置を2020年末まで延長することに加え、さらに2020年6月末までに追加で日量150万バレルの減産を行うことを、翌日のOPECプラス産油国閣僚級会合に進言することで合意した。しかし、3月6日に開催された同閣僚級会合では、減産措置強化を主張するOPEC産油国と、既存の減産措置の6月末迄の延長のみの実施を主張するロシアとの間での議論の隔たりが解消しなかった結果、交渉は決裂し、OPECプラス産油国が2020年1月1日より実施していた減産措置も3月末で終了すると共に、4月1日以降OPECプラス産油国は事実上自由に原油生産を行うことが可能となり、2016年12月から3年余り続いてきたOPEC及び非OPEC諸国、とりわけロシアとの協調減産枠組みが崩壊した[1]。
ロシアはこれに先立ち、3月1日、プーチン大統領が油価下落への対応(新型コロナ・ウイルス及びOPECプラス協調減産への対応)を協議するべく、マクロ経済担当省庁、中銀及び石油会社の幹部との緊急会議を開催(出席者はベロウソフ第一副首相、オレシキン大統領補佐官、燃料・エネルギー部門を担当するボリソフ副首相、シルアノフ財務大臣、ノヴァク・エネルギー大臣、ナビウリナ中銀総裁、ロスネフチ・セーチン社長、ガスプロムネフチ・ジューコフ社長、スルグトネフチェガス・ボグダノフ社長、タトネフチ・N・マガノフ社長、ルクオイル・R・マガノフ第一副社長、ロシア直接投資基金・ドミトリエフ総裁)。同会議でプーチン大統領は、OPECプラス協調減産メカニズムの重要性を指摘する一方で、「ロシアの国家予算ならびに経済にとって、現在の油価は許容可能である」と強調。シルアノフ財務大臣は、油価がバレル42ドルを下回らない限り、国民福祉基金の収入は減らないものの、予算収入には全く影響は生じない。油価がバレル30ドルまで下落したとしても、国民福祉基金に積み立てられた資金があれば4年間は予算を完全に執行するのに十分であると述べている[2]。
[1] 「原油市場他:OPEC及び一部非OPEC(OPECプラス)産油国での減産措置強化に関する交渉が決裂、既存の減産措置も2020年3月末に終了へ、これを受け原油価格は下落(速報)」(野神隆之/2020年3月9日)https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1008604/1008709.html
[2] コメルサント(2020年3月2日)
3月4日、ノヴァク大臣はウィーンにてサウジアラビアのカウンターパートであるアブドルアジズ大臣と面談し、減産幅の追加拡大(日量150万バレル)には同意しないと明言し、一旦帰国[3]。5日、ロシア不在の中、アブドルアジズ大臣が追加減産の期間を2020年末まで延ばす案をまとめ、OPEC声明として発表する。その背景にはムハンマド皇太子から電話で指示を受けた同大臣が、急遽他のOPEC諸国大臣をホテルに招いて協議を実施し取り纏めたという本国の圧力があったという見方も出ている[4]。6日、ウィーンに戻ったノヴァク大臣は、ロシアが関知しないところで、OPECが追加減産の期間延長まで打ち出したことに反発し、OPECプラスの閣僚会合に先立つアブドルアジズ大臣との会談で、歩み寄りの余地は示さなかった。これにより、3年間余り続いたOPECプラス協調減産は事実上終了することとなった。現行の合意に基づく減産期間は3月末だが、サウジアラビアは既に石油生産量を積極的に増やす計画と(2020年1月の日量970万バレルから2020年4月に同1000万バレル以上)、ロシアの原油供給市場をターゲットとして欧州と極東製油所にバレル当たり6~8ドルの割引を提供することを発表[5]。サウジアラビアの増産決定とロシアへの敵対を「協調減産の重要性を産油国で再認識させるためのショック療法」というスタンドプレイであるという見方や、ロシアが譲歩しない限り状況が悪化する(原油価格がさらに下落する)可能性があるというロシアへの特定の「メッセージ」としても解釈されている。
減産枠拡大を支持しなかったロシア政府の立場は、新型コロナ・ウイルスによって世界の石油需要が明らかに鈍化し、世界経済が景気後退の局面を迎える中、そして、2016年、2018年及び2019年と油価上昇・下支えを目指して実行してきた協調減産も、実際には原油価格は2018年をピーク(2016年:43.73ドル→2017年:54.19ドル→2018年:71.31ドル→2019年:64.15ドル→2020年2月まで:55.08ドル)に(かつ2019年9月のサウジアラビア石油施設への攻撃という極めて重大な地政学的リスクが表面化したのにも関わらず市場の反応は鈍く)低下しており、4月からさらに減産を拡大したとしても、原油価格の上昇は見込めない可能性が高いという判断があったのだと考えられる。まずは、現行のOPEC プラス減産枠組みを2020年第2四半期まで3カ月延長し、新型コロナ・ウイルスの石油需要への影響の状況が明らかになり、その後、適正な産出削減量を検討した上で実施するというスタンスだった。また、低油価を受容・維持することで、拡大する米国のシェールオイル生産を価格で淘汰するという思惑もあったとも考えられる。
OPECプラス産油国閣僚級会合での減産措置強化に関する交渉決裂を受け、既存の減産措置も3月末で終了することとなったことにより、この先の新型コロナ・ウイルス肺炎拡大による世界経済成長及び石油需要の伸びの鈍化観測と併せ、世界石油需給緩和懸念が市場で強まったことから、この日の原油価格(WTI)は前日終値比で1バレル当たり4.62ドル下落し、終値は41.28ドルと、2016年8月3日以来の低水準に到達し、その後はロシア及びサウジアラビア双方の増産に関する情報の発露によって、20ドル台を目指して滑降していくこととなる。また、原油価格と実質連動するルーブルも4年ぶりの安値に急落した。
[3] IOD(2020年3月5日)
[4] 日経(2020年3月8日)
[5] Lambert(2020年3月9日)
(2) ロシア政府の対応
翌週9日の月曜日は8日の国際婦人デーの振替休日だったにもかかわらず、財務省は声明を発表し、ルーブル支えのため国民福祉基金を活用し、買い支えることを表明[6]。原油価格が25~30ドルに下がった場合、今後6~10年のロシア予算の不足を補うには国民福祉基金残高10.1兆ルーブル(1,501億ドル相当)で十分と述べた。
また、ノヴァク大臣は、「4月1日以降、ロシアの石油会社は自由に生産が可能となると発言。ロシアは新型コロナ・ウイルスの影響を見定めるため、少なくとも第2四半期までの減産延長を求めたが、OPEC諸国は増産を決定し、市場シェアを取り合うことを選んだ。ロシアの石油産業は高いレベルの資源ソースを有し、どのような想定油価でも、市場シェアを維持できるだけの十分な財務力を持っている」と強気の姿勢を示した。また、OPECプラス協調減産枠組みは石油市場管理に門戸を開き、過去3年間で価格安定を達成したとその実績を称え、また、今週、今後の生産計画とOPECとの協力について議論するためにロシアの石油会社に会う予定であり、「必要に応じて新しい合意に達する可能性がある」と述べている。さらに、5月または6月に再びOPECプラス協調枠組みで会合する可能性を示唆した[7]。他方、3月18日にはOPECプラス協調枠組みでの技術会合が開催される予定であり、同大臣も必ずロシアも人を派遣すると表明していたが[8]、OPEC筋から同会合はキャンセルされたという情報が出され[9]、両者の溝と距離を感じさせる出来事となった。
ソローキン・エネルギー省次官は、「もし新たな危機が生じなければ、7月から12月にかけて原油価格は40~45ドルに戻るだろう。2021年も同レベルで推移する。ロシアはOPECから何も決定が為されなければ、2020年に1千万トン(日量20万バレル)の増産が可能。ロシアの生産コストは9~20ドルのレンジにあり、40~45ドルの価格レベルは十分。また世界の需要家にとっても新型コロナ・ウイルス対応においても現実的な価格帯と言える。ロシアはOPECとの将来的な協調を否定しない」とインタビューに答え[10]、増産余力を示し、低油価に対する耐性を誇示すると共に、現在の低油価水準は明らかに市場の過激な反応によるものであり、需給ファンダメンタルズから見ればこの価格帯で生産できる油田は限られていることから早晩反発し、他方、ロシア及びサウジアラビアが受容でき、米国シェールオイルが淘汰され始める40~45ドルという価格帯に落ち着くことを予想している。
ベロウソフ第一副首相は21日、タス通信とのインタビューで、「ロシアに原油安を引き起こす意図は全くなかった。これは純粋に、アラブのパートナー諸国が招いたことだ。市場シェア維持に関心がある石油会社でさえ、OPECプラス減産合意を解消すべきとは考えていなかった。ロシアは現行の協調減産の3カ月以上の延長あるいは2020年末までの延長を提案していたが、アラブのパートナー諸国は異なるスタンスだった」と批判し[11]、ロシアに原油価格暴落に対する非はなかったことを強調している。
[7] POG(2020年3月9日)
[8] Prime(2020年3月11日)
[9] Prime(2020年3月13日)
[10] Prime(2020年3月13日)
[11] ロイター(2020年3月22日)
(3) ロシア石油会社の反応
ロシアの石油会社の反応は、国営と民間との間で分かれている。国営ロスネフチは、「2020年4月から石油生産量を増加させることができる。OPEC プラス協調枠組みが設立されて以来、米国シェールが市場シェアを拡大したため、最終的にロシアの利益にならなかった」とのコメントを出し、Gazprom Neftのジューコフ社長はノヴァク大臣との面談で、「4月1日から日量4.5万~5万バレル増産する用意がある」と発言。「同社の生産コスト平均は3~5ドル。新規油田及びインフラコストを加えても4~5ドルであり、十分に現在の油価への耐性はある」と述べている。対して、純民間企業であるLUKOILは、「OPEC プラス協調枠組みの崩壊は予想外であり、同枠組みの継続により2020年3月中旬までに原油価格が60ドルに回復する可能性があった」との見解を示し、同枠組み崩壊は「非常に予期せぬ非合理的な決定」であると見なしている[12]。
[12] Lambert(2020年3月9日)
(4) その他関係国に派生する動き
今回のロシアとサウジアラビア両国の「対立」は原油増産に留まらず、飛び火しつつある。前述の通り、サウジアラビアがロシアの原油供給市場をターゲットとして欧州と極東製油所にバレル当たり6~8ドルの割引を提供することを発表したことに加え、3月16日には、サウジアラビアがロシア隣国のベラルーシへの原油供給で合意した可能性があるとの情報が出ている[13]。ベラルーシは現在ロシアとの間で、年初から更改する予定だった原油供給契約を協議している最中であり、もし事実とすればロシアにとっては虚を突かれたディールとなる。関係者によると、ベラルーシの石化企業Belneftekhimは今年6百万トン(日量12万バレル/輸送スキームも含む内容)の原油をサウジアラビアからの購入に合意し、サウジ原油は国内のモズィルとナフタンの石化プラントへ供給される予定。受入れ港はポーランドのグダンスク又はカライペダ、黒海ウクライナのオデッサであり、そこから既存パイプラインの逆走等でベラルーシに輸送することとなる。同社は中東諸国を代替源と見ていることは認めるも、合意については否定。ロシアはこれまで関税免除で日量48万バレルの原油をベラルーシに供給し、内、ベラルーシは日量12万バレルを欧州へ再輸出し利ザヤを稼いでおり、ロシア側の不満が溜まっていた。契約更改交渉が遅延する中、ベラルーシはアゼルバイジャンからオデッサ経由で原油の輸入を開始している実績もある(年間100万トン/日量2万バレル)。
また、ロシアとサウジアラビアは、エネルギー協力の一環で進めていたロシアの石油サービス会社Novomet株式のサウジアラビアへの売却をサスペンドすることを決定した。当初、ロシア直接投資基金(RDIF)及びサウジ公的投資ファンド(PIF)及びサウジアラムコが、2017年のサルマン国王訪莫時に合意したものだった(コンソーシアムが30.76%を国営ロスナノから1億ドルで購入する内容。サウジは20.5%に当たる50億ルーブル(68百万ドル)を支払い、RDIFは10.2%に当たる25億ルーブルを支払うもの)。2019年11月にはロシア政府がディール承認を与えたばかりであり、Novometはサウジアラビアにおける油田開発にサービスを提供することでも合意していた[14]。
[13] IOD(2020年3月16日)
[14] Interfax(2020年3月13日)
(5) OPECプラス協調減産におけるロシアのカラクリ
ロシアはOPECプラス協調減産枠組みに参加しながら、巧みにその基準点を高い時点で設定することでソ連解体後の最高レベルの生産量を達成してきたことは、既に別稿にて紹介した[15]。今回は2016年12月の第1回から今回の枠組み崩壊に至るまで(2020年2月)の生産量を振り返って総括してみよう(図1及び図2)。
元々、ロシアは一国で一つの国営石油ガス会社が生産を管理する体制ではなく、複数の垂直統合型石油ガス会社による、一部独占も認めている世界でも特異な石油ガス産業構造を有しており、政府による生産調整は関連税の増減を通して間接的に行われるもので、その効果にもタイムラグが生じる。また、これら企業は株式上場しており、政府の一存で減産命令を出しても株価に影響が出ることや、冬季においては生産停止により井戸が凍結してしまい、生産再開にメンテナンスが必要となる特殊な事情もあることから、おいそれと従うわけにもいかないというのが実情である。
そのような事情がある中、OPECプラス協調減産枠組みの中で、「減産」を実現することができたのは、まず減産の基準点となる生産実績を高く設定することで、実質増産することを可能にし、石油会社の理解を得たということ。そして、減産に当たっては井戸が凍る冬季を避け、夏季にかけて徐々に減産曲線を実現し減産目標を達成してきたというカラクリがある(図1)。
2016年12月の第一回協調減産合意の際には2016年10月(当時過去最高の日量1,125万バレル)にその基準生産量を設定しているが、同8月(日量1,073万バレル)から2カ月で急に日量52万バレルも生産量が急増していることが分かる。同合意では日量30万バレルの減産であり、2017年8月には日量1,092万バレルまで生産を縮小(1,125万-1,092万=33万バレル)。しかし、実際は差し引き19万バレルの増産(1,092万-1,073万)となっていた。第二回協調減産に際しては、2018年10月までに日量51万バレル(1,092万→1,143万)を増産し、ソ連時代を含め史上最高の生産量を更新した(さらに2018年12月には日量1,147万バレルに達する)。第二回合意では再びこの10月の最高点を基準生産量として設定し、ここから日量22.8万バレル減産することに合意している。言い換えれば、ロシアは表面上減産するものの、実際には2016年来の最高生産水準を維持することができる合意内容となっている(1,143万―22.8万=約日量1,120万バレル)。合意に従って、2019年4月には30万バレル減の日量1,113万バレルへ達し、その後漸次増産の結果、2019年12月には日量1,129万バレルに達する。ここで2019年12月の第三回協調減産合意が行われ、追加で3月までに日量7万バレルの減産に合意したわけだが、つまりターゲットは日量1,122万バレル(1,129万-7万)ということになる。上記太字が引かれた生産量が、ロシアがOPECとの協調減産の中で設定してきた最低生産量の推移であり、これだけを見てもロシアは毎年1%超の生産増加を行ってきたことが分かる(図1/上記数値にはコンデンセート生産量も含む)。
さらに付言すれば、OPECプラス協調減産での減産幅合意は瞬間風速ではないという点も重要である。図1の通り、ある一定期間の平均を取った場合、ロシアは合意した減産幅を達成しているとは言えない。このこともサウジアラビアを中心とするOPEC諸国の反感を招き、今回のOPEC側の強硬な姿勢(ロシアに追加減産措置を求める)を導いたとも考えられる。
[15] 「ロシア:石油ガス産業を巡る最近のトピックス(短報)3.OPEC協調減産合意と実際のロシアの生産量:減産のカラクリ」https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1007679/1007748.html
他方で、ロシア側にもOPECに対する不満があったのも事実である。ロシアではヤマル半島を中心に天然ガス生産を拡大しており、ガス生産増加とともに随伴するコンデンセート生産量が増加傾向にある。OPECプラス協調減産枠組みでは当初からこのコンデンセート生産相当分についてもロシアの原油生産量にカウントされてきた(つまり減産クォータ対象)一方で、OPEC諸国については自国のコンデンセート生産は減産対象には含まれていなかった。この点については2019年12月の減産幅拡大合意(全体で日量約50万バレル。ロシアは同7万バレル)においても、ロシアが自国の減産遵守を低下させる方向で影響してきたとして、この分を減産状況測定の際の原油生産から除外するよう主張したと言われているが、最終的にはコンデンセートの取扱いについては議論が平行線を辿った結果、曖昧なままとなっていたという点もOPECプラス協調減産枠組みの不安定要素となっていた。
図2はOPECプラス協調減産枠組みでのロシア、サウジ、OPEC生産量及び原油価格推移をプロットしたものだが、確かにOPEC諸国は対イラン制裁、対ベネズエラ制裁、リビア情勢不安による減少があるものの、スイングプロデューサであるサウジアラビアが牽引する形で削減が行われてきたことが分かる。一方、ロシアは「協調減産」を前述にように基準点を高く設定することで詭弁的に達成したと見せかけ、実態は増産を実現してきたのが実態である。
このような中にありながら、ロシアは年明けのプーチン大統領年次教書演説、憲法改正に向けた動き、メドヴェージェフ内閣総辞職及びミシュースチン新内閣発足と、2020年は変革の年としてスタートを切っている(巻末政府組織図参照)。さらに3月10日、プーチン大統領は下院で演説を行い、憲法裁が合憲と判断すれば、大統領の任期制限の撤廃は可能という認識を示した。その後、下院は与党・統一ロシアのテレシコワ下院議員(最初の女性宇宙飛行士/83歳)が突如提出した追加の改憲案(「大統領の任期を通算2期まで」とする条項を現職大統領には適用しないとの新たな条文を改正案に加えたもの)を審議、第二読会で任期制限撤廃に関する憲法改正法案を承認している。プーチン大統領は元々1月に突然発表した自身の改憲案で、大統領任期の上限を定めた現行憲法に規定されている「連続2期」から「連続」を削除し、「通算2期」までとして、4年後に任期を迎える自らの再選を否定したとみられていた。だが、新たな条文が加わった現在の改正案で改憲が成立すれば、さらに2期12年(~2036年/同氏83歳まで)大統領にとどまることも可能となり、2024年に任期満了となるプーチン大統領の続投に道が開かれた形が出来上がる。後任の見通しが立たない場合に備え、自らの再選出馬も選択肢として残した可能性が指摘されているが、いずれにしても4月22日に予定されている改憲の是非を問う全国投票が控える中で、年初から世界的な猛威に発展した新型コロナ・ウイルスと世界的な石油需要の鈍化、OPECプラス協調減産枠組み崩壊による原油価格暴落という危機感演出は、強いリーダシップを求めるロシア人気質を刺激し、プーチン大統領の改憲シナリオを後押しするものだ。
他方、ミシュースチン新首相主導内閣の中心課題こそ、メドヴェージェフ政権ではなんら成し遂げられなかった停滞する経済成長の促進と社会の安定という内政改革であり、ロシアにとっての現下の三重苦である原油安、ルーブル安、そして欧米制裁にどう対応するかその手腕が問われることになる。
2. 中露ガスパイプラインが稼働:中国向けのロシア産ガス価格が判明
2019年12月2日、東方ガスプログラムの採択から12年、同プログラムの主目的である成長する大市場・中国に進出する天然ガスパイプライン「シベリアの力」が遂に運用を開始した。そのベースとなるのは、2014年5月に締結された中露天然ガス長期供給契約であり、欧米制裁によってロシアが国際社会で孤立する中、7年越しの交渉を経て合意に至った総額4000億ドル・史上最大の契約とも言われている。しかしながら、情勢から見て合意に至るに当たりロシアがどのような譲歩を中国に行ったのか、価格は一体いくらなのか、稼働は開始しても両者の間で何らかの問題が生じる可能性も残る[16]。
稼働から既に3カ月が経ち、天然ガス供給は順調に行われており、2月下旬には新華社電が、中国がロシアから2月25日までに0.84BCM(日量平均10MMCM)の天然ガスを輸入し、今年、Gazpromは5BCM(日量13.7MMCM/当初予定は4.6BCM)、2021年は10BCM(予定通り)、2022年は15BCM(予定では16BCM)へ拡大するとの報道が為された[17]。また、3月下旬から4月1日にかけて年2回(春秋)と予定されているメンテナンスを実施するため、当該期間のパイプライン供給は一時停止するとの発表も為されている[18]
さて、今般中国の12月期の通関統計が発表され、天然ガスのパイプライン輸入として初めてロシアが登場していると共に、気になるロシアからの天然ガス価格が明らかになった。
その実績値は12月から2月の三カ月平均で5.45ドル/MMBTUとなった[19]。これまで中露間の長期天然ガス供給契約における価格フォーミュラは明らかになっていなかったが、この値は次の手掛かりを与えてくれるものである。
[16] 稼働開始後、問題として想定されるのは、(1)価格交渉の再燃、(2)中国東北部の需要量動向と契約数量の見直しの可能性、(3)「シベリアの力」と両輪を為すアムールガス精製プラントの稼働に伴う順調なマネタイズ実現の是非という3点を2019年12月の拙稿で紹介している。「ロシア:12月2日、中露天然ガス供給パイプライン「シベリアの力」が稼働を開始」https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1007679/1007948.html
[17] 新華社・ロイター(2020年2月27日)
[18] Prime・コメルサント(2020年3月16日)
[19] 換算係数は、1cf=1015BTU、1USD=7.0135人民元。
(1)フォーミュラは中国側が要望した需要地上海からのネットバック価格リンクか
ロシアが交渉において、ロシアから国境渡しのガス価格は欧州向けも中国向けも同じ国際価格適用を要望(欧州向け価格=中国向け価格)した一方、中国は主たる需要地が、天然ガスがまず供給される東北部ではなく、北京及び華東地域(上海)にあるため、その国内の輸送コストを国際価格から差し引いた価格を希望していたと言われている。今回の対中輸出価格(5.45ドル)は、同時期の上海を中心とする対中LNG価格の平均が8.39ドルであったことを考えると、上海まで輸送した場合(輸送コスト:1ドル/1,000キロメートル)に3ドルを差し引くと、今回の実績値に近くなり、また、中国国内の各地域でもLNGに対して競争力を有するように価格設定が為されていると考察される。
(2) 欧州向け価格とのリンクは現時点では見られない
同時期、ロシアの欧州向け天然ガス価格は3.72ドルであった。欧州ガス市場では、ウクライナへのガストランジット契約更改が大詰めを迎え、供給途絶への危機感から余剰スポットLNGをはじめ、世界的なLNG供給能力の拡大の中で、北東アジア地域のLNG輸入市場の需要が伸び悩んだことにより、2019年は欧州向けのLNG輸入量が増加(前年比1.7倍)した結果、価格が低迷している。そのような中で、今回判明したロシアの対中ガス価格は欧州向け価格を1ドル以上上回るものとなっており、中国から見れば、欧州向けガス価格を1ドル以上も上回るような契約を結ぶ必然性はなかったと考えるのが合理的だろう。
また、同様に中央アジア産ガス価格(カザフスタンとの国境で6.01ドル)及びミャンマー産ガス価格(同様に9.80ドル)との間でも経済合理性のある連関は見出されない。
(3)ロシア産LNG(サハリン-2及びヤマル)に対しても競争力を有するかは現時点では不明
同時期ロシア産LNGの輸入価格は7.58ドルであった。同価格には契約時期の異なる2つのプロジェクト、サハリン-2及びヤマルLNGが平均価格として入っているため、「シベリアの力」パイプラインに対して、果たしてどちらが競争力を有しているのかを判断することは難しい。ただ、平均価格から見た場合、上海での価格が7.58ドルのLNGには「シベリアの力」(5.45ドル+輸送費3ドル)は分が悪そうである。逆にロシア産LNGを北京(輸送費+1.2ドル)及び東北部(同+2~3ドル)へ輸送すると、今度は「シベリアの力」に軍配が上がることになりそうだ。つまり、ロシア産ガスの供給先は中国国内の地域の中で棲み分けができている(そのような価格体系を創出している)とも考えられる。両者のボーダーラインは上海から1,000キロメートルの地域となる(「シベリアの力」:5.45ドル+2ドル=7.45ドル/ロシア産LNG:7.58ドル+1ドル=8.81ドル)と考えられる。
3. 2019年日本の原油・天然ガス調達国におけるロシアの存在感
2006年のサハリン-1からの原油輸出開始、2009年のサハリン-2 LNGプロジェクトの稼働開始、同年末のESPO(東シベリア・太平洋)原油パイプライン開通と東シベリア原油の輸出開始と、日本市場におけるロシア産原油・天然ガスの存在感は急速に増してきた。
2015年には日本におけるロシア産原油シェアはピークとなる8.8%(7,273億円)[20]を、LNGは震災後の需要増も受けて、2013年にピークの9.8%を記録。しかし、その後、原油輸入については2015年から下降の一途を辿っており、2019年は5.4%(4,351億円)[21]に、LNG輸入は安定的に8.3%(3,373億円)[22]となった。ロシア産原油減少の原因は、露中間で2013年に締結され、2015年から契約履行となったロスネフチ及びCNPCとの長期原油供給契約による中国向け原油の増加と、2016年から中国における原油輸入ライセンスの対象が中小の製油企業(所謂ティーポットと呼ばれる独立系の小規模製油所)にも拡大されたことによるロシア産原油調達の急増が影響していると考えられる。
原油についてはロシア産原油の輸入増大に伴って、中東、アジア及びアフリカが日本市場でのシェアを減少させている傾向と、2016年からは中国によるロシア産原油調達の加速を受けて、日本向け中東原油の回復と米国・中米産原油の増加が特徴となっていることを見ることができる。
[20] 金額では図6の通り、油価の高かった2014年のロシア産原油輸入額が1兆1,278億円で最大。
[21] 原油輸入量については金額ベースでは前年比11%減。数量ベースでは前年比1%減。
[22] LNG輸入量については金額ベースでは前年比8%減。数量ベースでも前年比7%減。
2019年のウラジオストク(コジミノ港)からのESPO原油輸入国は、中国が77.4%(日量51.8万バレル)で、昨年(78.9%)に比べ微減ながら、2015年以降引き続き最大のバイヤーとなった。日本は6.9%(日量4.6万バレル)で、2015年に中国に首位の座を譲って以降、二番手の買い手に着けている。過去最大だった2014年の35.3%(日量21.7万バレル)から量で言えば5分の1に減少している。
通年で輸入が始まった2010年時点ではESPO原油の最大バイヤーは日本であり、輸出量の30.0%(日量9.2万バレル)を占めていた。前述の通り、ロスネフチとCNPCの長期原油供給契約が発効する2015年から一位の座を中国に譲っているが、それは日本向けロシア産原油の調達比にも表れており、ESPO原油比率は2013年最大68.1%(サハリン-1:17.7%、サハリン-2:14.2%)を占めたが、2018年からサハリン-1が最大となり、2019年はサハリン-1が49.1%、ESPO原油が32.0%、サハリン-2が18.9%となった。
ロシアが主要サプライヤーとして日本の原油輸入統計に登場するのは、図7の通り、サハリン-1の原油輸出開始(2006年)とESPO原油パイプラインの稼働開始(2009年)から加速し、輸入国上位にくい込み始める。ピークの2015年にはカタールを抜いて供給国第三位にまで上り詰め、その後現在に至るまで第五位の供給者としての地位を保っている(その間に米国制裁によるイラン産原油の市場締め出しにより、イランが順位を下げてきた一方、その米国がシェールオイルの増産と輸出開始を受けて、2019年にはロシアに次ぐ第六位の供給者として名乗り出てきたことも興味深い)。
最後にLNG供給価格に関して、2009年のサハリン-2の日本向け輸出開始以降、日本着の平均価格を供給国別で見るとロシアはこれまで日本へのLNG供給国の中で2番目に安価なLNGを提供してきたことは注目に値する。これはプロジェクトと日本バイヤーの契約締結時期という要因(2000年代初めのLNG買い手市場)もあるが、やはり、例えば中東から3週間超、輸送日数がかかるところ、サハリンからは3日程度で日本へ到着するという地理的な近さ(=輸送コストの削減。そしてチョークポイントを通過しない点も挙げられる)を反映している。
<巻末参考>
以上
(この報告は2020年3月25日時点のものです)