ページ番号1008736 更新日 令和2年4月28日
このwebサイトに掲載されている情報は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(以下「機構」)が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、機構が作成した図表類等を引用・転載する場合は、機構資料である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。機構以外が作成した図表類等を引用・転載する場合は個別にお問い合わせください。
※Copyright (C) Japan Oil, Gas and Metals National Corporation All Rights Reserved.
概要
- これまで東地中海ではエジプトがガスを生産、輸出もしていたが、2009年以降、イスラエルとキプロスでガス埋蔵量が続々と発見され、新たなガス輸出国として台頭する構えを見せている。2020年1月にはイスラエル・Leviathanガス田から隣国のエジプトとヨルダンへの輸出が始まった。
- 2009年以降に東地中海で発見されたガス埋蔵量には大規模のものが多い。エジプトのZohrガス田(確認埋蔵量30tcf)、イスラエルのLeviathanガス田(確認埋蔵量22tcf)に代表される。キプロスではEni, Total, ExxonMobileといったメジャー企業が探鉱中。これまでのところ、良好な探鉱結果が得られており、今後も大規模ガス埋蔵量が発見されるポテンシャルを秘めている。
- 東地中海で探鉱・開発が進む中、ガスの輸出方法の検討も進んでいる。イスラエルのガス田は、既存のパイプラインに繋ぎこみ、そのまま輸出する方法、エジプトのLNG液化基地までパイプラインで運ぶ方法が考えられている。他方、キプロスにはパイプラインやLNG液化基地のようなインフラがないため、これを新しく構築する必要がある。これまでは、欧州政府がキプロスのガスに強い関心を示しており、新たに「東地中海パイプライン」を建設して欧州に輸出する方法が検討されてきた。一方で、世界の石油・ガス市場、欧州のガス市場は過去5年で構造的に大きく変化しており、東地中海パイプラインのニーズは低下している。従って、東地中海の事業者には、激しい競争にさらされている欧州ガス市場にいかに食い込むか、あるいは欧州に依存しない開発プランをいかに描けるかが大きな課題となっている。
- そもそも、東地中海地域は、資源ポテンシャルの高さが証明されたものの、歴史的・文化的に複雑な地域であるため、各国間の利害の調整は容易ではなく、開発・生産は一筋縄ではいかないことが予想される。具体的には、Leviathanガス田のガス輸出については、エジプトでのパイプラインの爆破、ヨルダンでの市民・議会の抗議なども生じており行き先が不透明となるリスクを孕んでいる。加えて、EEZ問題、キプロス問題といった長年解決されていない課題の壁が立ちふさがる。歴史的・文化的・政治的な問題は、事業者だけで解決できる問題ではないため、ガスプロジェクトの最大かつ最難関のリスクと言える。
はじめに
東地中海とは、ギリシャ・トルコ・キプロス・イスラエル・エジプト等の国々に囲まれた地域である。この地域では、2009年から大規模なガスの埋蔵量が続々と発見されている。ガス田の位置を確認すると、エジプト・Zohrガス田、イスラエル・Leviathanガス田、キプロス・Aphroditeガス田(開発中)が位置する図1の中心付近に、ディスカバリーが集中している。これらのガス田の北西のトレンド上には、キプロスのディスカバリーであるCalypso構造、Glaucus構造が位置している。
また、東地中海の新規ガス田は、エジプト・Zohrガス田(確認埋蔵量30tcf)、イスラエル・Leviathanガス田(確認埋蔵量22tcf)に代表されるように、規模が大きいことも特徴である。

一方で、この地域には歴史的な対立があり、それを背景として排他的経済水域(EEZ)をめぐる対立が速やかな開発の妨げとなっている(図1参照)。加えて、ガス価格の下落にガス開発事業者は悩まされており、この地域での開発がどの程度進展するのか懐疑的な意見もある。
このレポートでは、東地中海地域の中でも、イスラエル・キプロス・エジプトにおけるガス市場の変遷と昨今の上流開発状況を整理して、今後の東地中海におけるガス田開発の行方を考察してみたい。
1. 東地中海における天然ガス市場・上流ガス開発概要
東地中海地域では、これまでエジプトがガス輸出国としての地を確立してきた。2004年からガスパイプラインでイスラエル・ヨルダン等にガスを輸出し、2005年からはLNGの輸出も行っていた。
はじめに、主要ガスインフラである2つのパイプラインを見ていく(図2参照)。1つ目はアラブガスパイプライン(Arab Gas Pipeline, AGP)、2つ目は東地中海ガスパイプライン(East-Mediterranean Gas Pipeline, EMG Pipeline)[1]である。これらの2つのパイプラインは、エジプトのガスをイスラエル・ヨルダン・レバノン・シリアへと運んでいた。
[1] 「東地中海ガスパイプライン」は、本来はエジプトとイスラエルを結ぶパイプラインの名称であった。東地中海と欧州を結ぶ東地中海パイプラインとの名称の混同を避けるため、エジプトとイスラエルを結ぶパイプラインは「EMGパイプライン」と表記する。

しかし2010年以降、状況は変化する(図3参照)。エジプトでは生産量が減少しはじめ、一方で国内需要が増加し、輸出用のガス不足に陥った。その後、2つのパイプラインによるガス輸出は停止した。
エジプトの生産減退を受けて、ガス輸入国であるヨルダンはアカバ湾に、イスラエルは東地中海イスラエル沖にLNG輸入ターミナルを新たに建設した。これによりヨルダンは、2018年には3.4bcmのLNGを、イスラエルは0.8bcmのLNGを輸入した。イスラエルが輸入した0.8bcmのLNGのうち0.6bcmはエジプトから輸入した。EMGパイプラインではなくLNGによる供給であった理由として、供給ガスの不足に加えて同パイプラインに爆破テロが行われたことも挙げられる。
このように、わずか9年間の間に、ガスの純輸出国であったエジプトは純輸入国に転じた。2015~2018年には年間3~9.5bcmのLNGをスエズ湾で輸入している。なお、2019年はZohrガス田の増産を受けてエジプトはLNGの輸入を停止した。エジプトのガス生産量推移については後述する。

一方で2009年以降、イスラエルやキプロスの沖でガス埋蔵量の発見が相続き、周辺国にガスを輸出する大きなポテンシャルを有する国として頭角を現した。そして今年に入ってからはイスラエル・Leviathanガス田から隣国エジプト・ヨルダンへの輸出が開始された(図4の2020年参照)。Leviathanガス田からの輸出開始により地域内でのガスの流れが大きく変わるきっかけとなった。加えて、イスラエルでは、すでに2013年から生産を始めているTamarガス田の他に、Taninガス田、Karishガス田も発見されており、今後の開発が期待される。
キプロスには、探鉱・開発中のガス案件が複数控えている。キプロスもガス輸出国の仲間入りを目指し、キプロス沖南方のAphroditeガス田は2025年に生産開始を目指している。各ガス案件の詳細は次章で後述するが、既存ガス田と新しく開発されるガス田はお互い近くに位置している。この地理的条件を生かして、ガス田をまとめて開発・輸出する方法が検討されている(図4の20XX年参照)。将来、エジプト・イスラエル・キプロスの3カ国が大きなガスサプライヤーとなる可能性があり、期待を集めている。

2. 東地中海地域における主要ガスプロジェクト
2.1 エジプト
エジプトは、東地中海地域における産ガス国であるが2010年頃に生産が減退し、危機を迎えた。

しかし2012年の入札を経て Eniがエジプト東地中海沖フロンティア地域の探鉱に参入し、そして2015年、Eniが東地中海でZohrガス田を発見した。

その場所は、エジプトの既存ガス田のある沖合近くのエリアから北に離れており、キプロスとのEEZ境界近く、ポートサイド沖190kmに位置している(図6参照)。オペレーターEniによる開発作業は通常のガス田開発よりも極めて迅速で、2017年12月には早くも生産を開始した。入札からわずか5年後のことである。迅速な開発の背景には、3Dモデル等の最新の技術を駆使し、全体の設計の完成を待たずに出来るところから作業を進める「ファストトラック手法」の導入があった。これによりエジプトのガス生産量はV字回復を遂げる(図5参照)。
他方、エジプト国内のガス消費量は2013年から2015年にかけてアラブの春に起因する経済低迷により一時的に停滞したが、基本的には上昇基調にある。したがって、Zohrガス田の生産量があるとはいえ、消費量が増加すれば、輸出の余力は先細る。現在のエジプトのガス輸出の見通しについて、オックスフォードエネルギー研究所は、これまでに発見された自国のガス田でガスの自給を維持できるのは2023年までと悲観的で、自国のガス田に頼る限り、エジプトには数年分程度の輸出余力しかないと見ている。
2020年4月、悲観的観測に拍車をかける出来事が起こる。エジプトは唯一稼働中のLNG液化基地であるELNGからの輸出停止を明らかにした。国営石油会社EGPCと国営ガス会社EGASは、国内でのコロナウイルスの感染拡大を理由としているが、ガス価格の低迷による経済性の問題が原因とする見方も出ている。
2.2 イスラエル
イスラエルでは、2009年のTamarガス田の発見を皮切りに、キプロスとのEEZ境界に近いエリアで天然ガスの発見が相次いだ。2013年のTamarガス田、2019年末のLeviathanガス田の生産開始は、イスラエルのガス供給を一気に押し上げた(図7参照)。特に、Leviathanガス田生産開始のインパクトは大きく、生産が順調に進むと5bcm/yほどの輸出余力が生まれる見通しだ。

具体的なガスプロジェクトを見ていく。2010年に発見されたLeviathanガス田は、22tcfの可採埋蔵量を誇るイスラエル史上最大のディスカバリーとなった。2020年1月には、Leviathanガス田は、イスラエル国内だけでなく、エジプトやヨルダンにもガスの供給を開始した。イスラエルのシュタイニッツエネルギー大臣は、イスラエルとエジプトが1979年に和平協定を結んで以来最大の経済プロジェクトだと述べた。
イスラエルにおける資源開発には、アラブ諸国での探鉱・開発に注力しているメジャー企業は一切参加していない。代わりに、イスラエルの現地企業に加え、米国のNoble Energyや英国のEnergean Oil & Gasといった独立系企業がオペレーターを務めている。

輸出について、Tamarガス田とLeviathanガス田は、既存のアラブガスパイプラインやEMGパイプラインに接続され、エジプトとヨルダンへガスを輸出している。今後、これらのガス田に続き、新たなガス田や既存ガス田の周辺開発が立て続けに計画されている。
しかし、イスラエルのガス生産・輸出が順調に進むのか疑問の声もある。まず、Leviathanのガスのエジプトとヨルダンへの輸出の雲行きが怪しくなっている。Leviathanガス田は、ガスの購入契約を結んだエジプトのガス供給会社Dolphinusとヨルダンの国営電力会社NEPCOに向けて、ひとまず2020年1月にガス供給を開始した(図9参照)。

Leviathanのガスがエジプトに到着すると、エジプト・イスラエル両国の政府からは供給開始を歓迎するコメントが相次いだ。しかし、歓迎ムードも束の間、2月、エジプトとイスラエルを結ぶEMGパイプラインが武装勢力によって爆破されたとの報道があった。パイプラインの操業には影響はないとの見方が多いが、アルジャジーラ紙には、この攻撃を「背教国家エジプトとユダヤ人国家イスラエルに対する攻撃」とするイスラム国系武装勢力による犯行声明が掲載された。政府間では協力ができているとはいえ、エジプトとイスラエルの接近を快く思わない集団がいることも改めて明るみになった。
次いでヨルダンでは、イスラエル産ガスの輸入が開始したことを受けて、ヨルダン市民が抗議し、ヨルダン議会がイスラエルからのガス輸入を禁止する法案を承認したと報道があった。NEPCOのLeviathanからのガス供給契約は15年、合計45bcmと言われているが、ヨルダン全体のガス需要は年間約3~4bcmであり、Leviathanのガスがヨルダンの需要の大半をカバーしてしまう計算になる。なお、NEPCOの契約は、2016年に合意されたもので、ヨルダン政府は当時、政治とビジネスは別物であるとして契約を支持する立場を明らかにしていた。今後の動きが注目される。
2.3 キプロス
キプロスでは、現在開発中のプロジェクトはないものの、Eni、Total、ExxonMobilといったメジャー企業も参加して精力的に探鉱を行い、ディスカバリーが続いている。キプロスは人口120万人の島で、国内の需要が少なく、輸出の余力があることが強みであるが、他方、石油・天然ガスの生産に必要なインフラがないことが弱みである。

はじめに、キプロスのプロジェクトの中で最もステージが進んでいるAphroditeは、現在、生産準備中で2025年の生産開始を目指している。エジプトのELNG(Iduk)液化基地までパイプラインを建設して、LNGを販売する計画である。これは先に述べたエジプトのLNG生産余力既存インフラを使用できるという観点からは非常に有利に思われる。しかしこのプロジェクトにも懸念点がある。地図を見るとわかるように、AphroditeのフィールドはイスラエルとのEEZ境界付近に横たわっており、イスラエルはAphroditeがイスラエル側のEEZ内にも広がっているのではないか、と主張しており、生産・開発にあたってはイスラエル政府への相談なしで進めないように要求している、との報道があった。Aphroditeのオペレーターは、Leviathanでもオペレーターを務めるNoble Energyであるので、通常の国家間の鉱区境界問題よりは解決が比較的容易なように思われるが、引き続き注視したい。
次に、CalypsoとGlaucusの両構造については、それぞれ2020年に追加探鉱キャンペーンが予定されており、エジプトZohrやイスラエルLeviathanに続く大型ディスカバリーとなることを期待されている。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大や油価下落により、ExxonMobilは今年予定されていた掘削を来年に延期することを発表した。他方、近隣で探鉱を行うEniとTotalは今のところ声明を出していない。現在レバノンのTotalの鉱区の掘削船が4月中に作業を終え、その後キプロス沖に移動する計画になっているが、予定通りに行われるか注目される。

キプロスにおけるガス田開発の最大の課題は歴史的な問題である。ここでキプロスの歴史について簡単に振り返る。1960年に英国からキプロス共和国として独立して以降、南部のギリシャ系住民と北部のトルコ系住民との間で対立が続いており、1974年に南北分裂、1983年に北部が「北キプロス・トルコ共和国」として独立を宣言した。北キプロスはトルコのみが国家承認しており、日本は他国と同様、北キプロスを認めていない。
対立は南北対立に留まらず、キプロス共和国とトルコの対立にも及んでいる。キプロス共和国とトルコ及び北キプロスは、EEZについて主張が対立している。キプロス沖でのガス開発が進む中、これに対抗するように、トルコの国営石油会社TPAOが、キプロス共和国とトルコまたは北キプロスの主張が重複するエリアで探査を行っており、キプロスにおけるガス開発の不透明感を高めている(図11・12参照)。
2020年4月、先述のとおりExxonMobilが今年予定していたキプロス沖の探鉱を延期したが、トルコは今後も探鉱を継続すると発表した。トルコはEEZの主張の対立する鉱区(キプロスの鉱区Block7・Block8)においても探査活動を活発化させており、IOCのキプロス沖の探鉱が低迷する中で、トルコによる探査の行方に注目が集まる。

現在もキプロスには国連平和維持軍(PKO)がおり、国連の仲介で和平交渉が継続している。2019年、国連事務総長の仲介で対談があった際は、北キプロスはガスの南北共同統治を提案したが、キプロス共和国は和平交渉が先だと提案に応じなかった。
この南北共同統治の提案の背景には、キプロス沖のガスのディスカバリーが南部に集中しており、トルコの主張するEEZ(図11:キプロス島西側のピンク部分)とも、北キプロスが主張するEEZ(図11:キプロス島東側のオレンジ部分)とも、異なるエリアに存在していることが関係しているかもしれない。北キプロスはこれらのガス資源に対して権利を主張できないため、ガスの南北共同統治を提案したものと考えられる。
3. ガス開発構想の概要と課題
東地中海のガスを輸出する方法として、東地中海パイプライン構想とエジプトの既存LNG液化基地を活用した「エネルギーハブ」構想の主に2つの案が検討されている。
(1) 東地中海パイプライン構想
図13は、2017年に欧州委員会が発表したレポートに掲載された地図である。東地中海パイプラインは、LeviathanやAphroditeなどのガス田から、ギリシャ、イタリアまでパイプラインで繋いで、欧州にガスを輸出するためのパイプライン構想である。欧州委員会は、2014年のクリミア危機以降、ロシア産ガスへの依存度低減のため、様々なガスの輸入方法を検討していた。

そして、Leviathanガス田が生産開始を迎えた直後の2020年1月、ギリシャ・キプロス・イスラエルの大統領・首相が会談し、東地中海パイプラインについて2022年までにFID、2025年までに完成することに合意したと報道があった。他にもこの会談の場で、トルコのリビア派兵を非難する声明[2]が発表され、3カ国の団結が示された。
また、2020年2月には、欧州委員会が発表したPCI(Projects of Common Interest)リスト[3]に東地中海パイプラインの名前があった。引き続き、欧州委員会は東地中海パイプライン構想を支援する構えのようである。
[2] トルコがリビアに派兵する見返りとして、リビアはトルコとの間のEEZ境界を確定して、トルコによる東地中海パイプライン建設の妨害を助けたと見る報道もある。時期については図12参照。
[3] Projects of Common Interestとは、EUにとって重要度の高いエネルギーインフラプロジェクトを指す。PCIリストに掲載されたプロジェクトは、EUの公的資金を受ける資格がある。
(2) エジプトのエネルギーハブ化構想
エジプトのシシ大統領は、Zohrガス田が発見されて間もない頃から、「エネルギーハブ構想」を提言していた。エジプトは、LNG液化基地やパイプライン等のインフラが整っていることと、それらのインフラがイスラエルやキプロス等のガスフィールドからも比較的近いことを活かして、この地域のエネルギーハブとなるという目標を掲げた。
このコンセプトに基づき、2019年1月、東地中海ガスフォーラム(EMGF)が発足した。参加国はエジプト、イスラエル、イタリア、キプロス、ギリシャ、ヨルダン、パレスチナの7か国で、オブザーバーとしてEUと米国が参加している。
エジプトのエネルギーハブ化は、輸出インフラはあるが、輸出用のガスが不足するエジプトと、輸出用のガスはあるが輸出インフラがないイスラエル・キプロスが手を組み、東地中海地域が一丸となってガスを輸出する。この案は現実的な構想だと見られていた。

しかし、2020年4月、先に述べた通り、ガス価格の低下を受けてエジプトで唯一稼動していたLNG液化基地(ELNG)が停止した。2020年6月には、2012年から稼動停止していたSEGAS LNG液化基地が再開予定であったが延期となった。
LNG液化基地の停止を巡っては、エジプト政府と事業者との間で意見の隔たりが見られる。世界中の産ガス国・事業者がガス価格の低迷に苦しむ中、国内需要・将来の国内需要・輸出のバランスを取りたいエジプト政府と、ガス価低迷の下、有利な条件でLNGの供給契約を締結することが容易ではないガスの売り手企業の間で足並みを揃えるのは難しそうである。
(3) 東地中海ガス開発における2つの課題
東地中海地域は、2009年以降、確認埋蔵量20~30tcfの大ガス田を含むガスディスカバリーが相次ぎ、資源ポテンシャルは高いものの、ガス市場と歴史的・地政学的対立の2つの壁に直面している。
一つ目は、売り手には不利なガス市況である。世界のガス市場は供給過剰気味でガス価格の低迷が続いており、この傾向は継続するという見方も少なくない。欧州という地域に限定すると、ガス市場は需要のだぶつき、ロシアやアゼルバイジャンからの新規パイプラインや米国からのLNG輸入の増加により、更なる新規ガスパイプラインへのニーズは低下していると言えるだろう。また、欧州は世界で最も透明性が高く、競争が可能なガス市場であるため、価格面においても競争が激しい。よって、東地中海のガスを欧州向けに販売するのはハードルが高いように思われる。
二つ目は、ガス開発を一層進めるにあたって阻害要因となっている歴史的・文化的な対立を解決するという課題である。具体的には、Leviathanガス田のガス輸出については、エジプトでのパイプラインの爆破、ヨルダンでの市民・議会の抗議などですでに輸出の先行きに不透明感が漂っている。加えて、EEZ問題、キプロス問題といった長年解決されていない課題が立ちふさがり、キプロス沖の開発や東地中海パイプラインの建設についてトルコとの対立が避けられない。歴史的・地政学的な問題は事業者だけで解決できる問題ではないため、この地域のガスプロジェクトにおける最大かつ最難関のリスクと言えるであろう。
課題も山積してはいるが、ガス資源の埋蔵量は十分な量が存在し、また今後の上積みも期待できるポテンシャルがあると期待される。引き続き動向を注視していきたい。
以上
(この報告は2020年4月20日時点のものです)