ページ番号1008738 更新日 令和2年4月28日
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概要
- OPECプラス協調減産崩壊からたった1カ月、20ドル台という20年前の油価水準への暴落・停滞という事態発生を受けて、新たな「協力宣言」で協調減産枠組みが復活。減産幅は2020年5月及び6月は日量970万バレルという史上最大規模。他方、当初、G20諸国もこのOPECプラスの協調減産の動きに加わるとの見方も出ていた。しかし、G20諸国によるエネルギー大臣会合は、結果的に何ら数的コミットメントを行わないまま終了。
- ロシアが負った減産義務である5月及び6月に行われる日量970万バレル削減の内、ロシアは日量1,100万バレルを基準に日量250万バレル削減を担うと表明しているが、これまでロシアの減産対象に含まれてきたコンデンセートについては対象外となることで合意を取り付けており、日量1,100万バレルからコンデンセート分(日量79万~90万バレル)を差し引き、正味日量163万~174万バレル減産を実行することになる。
- コンデンセートの除外によって、ロシアの総生産量の約5分の1に当たる日量253万バレルの減産は免れたが、それでも総生産量の15%を削減しなければならないという難問が横たわる。ロシアの生産体制は産業体制と気候・地質条件から生産調整が容易にはできない。約13~16万余りの生産井が稼働し、その85%が1日当たりの平均生産量が日量50〜75バレルという古い油田。自噴井は2%未満であり、82%はポンピングによる人為的生産が必要。2カ月の生産停止を敢行する場合には、生産再開ができないような損傷を井戸にもたらす可能性がある。
- 前例のない生産量削減を行うという課題に直面した石油会社は生産を最適化しながら、永久的な生産喪失のリスクに直面することになる。各社は生産停止に向けた候補としてウォーターカット率の高い坑井及び鉱床を選定しながら、それら生産井閉鎖に伴う影響(主に油層圧力の維持と生産井自体の養生が可能かどうか)分析を進めているのだろう。一方、新型コロナ・ウイルスによる影響により現場も混乱する中、西シベリアでは作業用のウィンターロードも溶融が始まっており、移動や重機輸送といった作業も容易に進まない状況にある。また、一部の企業は5月の原油販売予定全量を成約している。このような中で、今回課せられた削減がスケジュール通りに達成できるとは考えられない。
1. OPECプラス協調減産崩壊からたった1カ月、新たな「協力宣言」で協調減産復活
既存のOPECプラス協調減産合意(2019年12月:基準原油生産水準(2018年10月時点の原油生産量)から日量約120万バレル減産)を約50万バレル拡大)が3月末で期限を迎えるのを受けて、3月5日、OPEC加盟国は臨時総会を開催するも、減産措置強化を主張するOPEC産油国と、既存の減産措置の6月末迄の延長のみの実施を主張するロシアとの間での議論の隔たりが解消しなかった結果、交渉が事実上決裂。2016年12月から3年余り続いてきたOPEC及び非OPEC諸国との協調減産枠組みが崩壊した[1]。既存の減産措置が3月末で終了することとなったこと、そして、新型コロナ・ウイルス肺炎拡大による世界経済成長及び石油需要の伸びの鈍化観測と併せ、世界石油需給緩和懸念が市場で強まったことを受け、さらには、その後はロシア及びサウジアラビア双方の増産に関する情報の発露・市場シェア戦争突入によって、原油価格(WTI終値)は3月5日の1バレル当たり45.90ドルから3月30日には同20.09ドルと2002年以来の低水準となった他、一時20ドルを割り込み、特に3月下旬以降、概ね20~25ドルの領域で推移する状態が続いている。
このような20年前の油価水準への暴落・停滞という事態発生を受けて、米国を含め産油国全体が危機感を共有する中、前月のOPECプラス協調減産崩壊から1カ月余りしか経っていない2020年4月9日及び12日、OPEC及び一部非OPEC(OPECプラス)産油国は、テレビ会議形式による臨時閣僚級会合を実施。4月10日には、サウジアラビアが議長国となり、G20エネルギー大臣会合がテレビ会議形式で開催され、安定的な原油市場に向けた対策の実施を支持する旨表明する。最終的にOPECプラス協調減産体制は関係国との間で新たな「協力宣言(Declaration of Cooperation)」という形で復活し、2020年5月1日~6月30日につき合計で日量970万バレル程度原油生産を削減する他、7月1日から2020年12月末にかけ日量770万バレル程度、2021年1月1日以降2022年4月30日まで同580万バレル程度という史上最大規模の減産に合意する[2]。
当初、G20諸国もこのOPECプラスの協調減産の動きに加わるとの見方も出ていた。しかし、G20諸国によるエネルギー大臣会合は、結果的に何の数的コミットメントに合意せぬまま終了することとなった。ロシアとサウジアラビアは、世界最大級の産油国である米国に対し協調減産に応じることを要請していたが、自然減の形で日量200万バレルの減産を実施するという米国側の約束に満足せざるを得なかった。OPECプラス諸国の間でも見解の相違が生じている。例えば、OPECプラスの最終的な声明の発効には、メキシコの参加が条件として加えられている。臨時閣僚会議において、メキシコは日量40万バレルの減産義務の引き受けを拒否し、OPECプラスからの脱退の意向を表明。トランプ大統領が4月10日に、米国にはメキシコの減産義務の一部を肩代わり(日量25万バレル)する準備ができているとの発言を行ったが、それを実施するための具体的道筋については一切言及しなかった(米国の自発的な減産と言うよりは原油価格の下落による石油会社の経済的理由に伴う原油生産削減か)。最終的にメキシコとサウジアラビア等との間でさらに協議が行われ、メキシコが日量10万バレルの減産を実施するということで、4月12日に妥協が成立した。10日の午後にロシア政府(ぺスコフ大統領報道官)は、「プーチン大統領はOPECプラスの協調減産合意を、ひとつの成果であると肯定的に評価している」との声明を発表。この合意を受けて、三大産油国である米・露・サウジアラビアが首脳電話会談を実施し、ロシア大統領府は、「各三首脳は、世界市場の安定と世界経済の継続を確保するため、OPECプラスで合意した段階的な原油生産の削減を支持する。トランプ大統領とプーチン大統領は、二者間の電話会談を別途に行い、石油市場の状況についての意見交換を続け、OPECプラスでの石油削減の実行の多大な重要性を確認した。今後も3国首脳で接触を継続することで合意した」と発表したが[3]、その成果は、詰まるところ「この問題につき今後も協議を続けることで合意した」という発表が行われるにとどまっている[4]。
[1] 「ロシア:石油ガス産業を巡る最近のトピックス(OPECプラス崩壊、露中ガス価格判明他)」(拙稿/2020年3月25日)https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1008604/1008717.html
[2] 「原油市場他:OPEC及び一部非OPEC(OPECプラス)産油国で日量970万バレル程度の減産実施で合意(速報)」(野神隆之/2020年4月13日)https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1008604/1008733.html
[3] ロシア大統領府(2020年4月12日)http://kremlin.ru/events/president/news/63190
[4] コメルサント(2020年4月11日)
<参考>OPECによるOPECプラス協調減産復活に関する発表(2020年4月12日)
「第10回OPEC及び非OPEC諸国閣僚会合の結果について」[5]
第10回臨時OPEC及び非OPEC閣僚会議は、2020年4月12日にサウジアラビア・アブドゥルアジズ・エネルギー大臣を議長として、ロシア・ノヴァク・エネルギー大臣共同議長の下、ビデオ会議を介して開催。会議では安定した市場、生産国の相互利益、消費者への効率的・経済的な安定供給、投資資本の公正なリターンに関して「協力宣言」の中で参加する生産国の継続的なコミットメントを再確認。
会合は、4月9日及び10日に開催された第9回臨時OPEC及び非OPEC閣僚会合における生産調整のための重要性かつ責任ある決定を強調。
さらに、4月10日に開催されたG20臨時エネルギー大臣会合に留意し、OPECプラス諸国の生産者のエネルギー市場の安定化への取り組みを認識し、エネルギーシステムの回復力を確保するための国際協力の重要性を認めた。
現在のファンダメンタルズと市場の見通しに関する共通認識を考慮し、第9回臨時OPEC及び非OPEC閣僚会議での決定に従って、全ての参加国は以下の点について合意した。
- 2016年12月10日に署名され、その後の会議でさらに承認された「協力宣言」のフレームワークについて、2019年7月2日に署名された協力憲章同様に再確認する。
- 2020年5月1日から2020年6月30日に終了する最初の2カ月間、原油生産全体を日量970万バレル下方調整する。その後の6カ月間(2020年7月1日から12月31日まで)は日量770万バレルへ調整。その後、2021年1月1日から2022年4月30日までの16カ月間は日量580万バレルへ調整(注1)。調整の計算のベースラインは、サウジアラビア及びロシアを除き、2018年10月の石油生産量(注2)。ロシア及びサウジアラビアはどちらも同じベースラインレベルである日量1,100万バレルとする(注3)。本合意は2022年4月30日まで有効だが、延長については2021年12月中に見直す。
- 全ての主要生産者に対し、石油市場の安定化に向けた取り組みに相応のタイムリーな貢献を提供するよう要請する。
- 共同閣僚監視委員会とそのメンバーの任務を再確認・拡大し、共同技術委員会とOPEC事務局の支援の下、一般的な市場状況、石油生産レベル、「協力宣言」と本声明への遵守レベルを綿密にレビューする。
- OPEC加盟国に適用されている方法論に従って、二次情報源からの情報に基づいて、原油生産を考慮し、「協力宣言」遵守が監視されることを再確認する。
- 2020年6月10日にTV会議を開催し、必要に応じて、市場のバランスを取るためのさらなるアクションを決定する。
(上記下線及び以下注釈は筆者によるもの)
注1:3段階に分割された減産幅は縮小していくことから、産油国はその割合に応じて基準となる5月~6月の減産量から増産していく(5月~6月に比べて、7月~12月は日量200万バレル、2021年1月~2022年4月22日は同390万バレル増産)。
注2:後述の通り、今回の減産にコンデセートが含まれるかが重要なポイントとなる。アゼルバイジャン・エネルギー省の発表によれば、ロシアを含む全ての参加国でコンデンセート生産量は対象外[6]。
注3:2018年10月の生産量については、次の石油ガス資源情報を参照されたい。「原油市場他:OPEC及び一部非OPEC産油国が日量120万バレルの減産で合意(速報)」(野神隆之/2018年12月10日)https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1004762/1007656.html。当該会合の声明では明らかになっていないが、減産率についてはOPECプラス産油国で2018年10月の生産量から一律23%と設定された。
注4:ザンギャネ・イラン石油相によれば「イラン、ヴェネズエラ、リビアは削減義務を負わない」。
[6] Prime(2020年4月10日)
この合意を受けて、ノヴァク大臣は、「(ロシア国内については、)近く、我々はロシアの石油企業を集めて各社の減産計画を議論する。各社はそれぞれ独立して自社の生産量を調整する計画を持っており、各社はロシアが負っている削減量をすぐに履行できる。減産の履行に長い時間はかからない。ロシアの石油各社はこれまでの減産にも合意しているが、各社の考えを聴きながら柔軟に考えたい」と述べている[7]。早速、4月14日にはエネルギー省が主要ロシア石油会社とTV会議を開催し、今回合意した減産に関して協議を行い、同省は石油会社が減産をサポートし、「市場のリバランスのための劇的な対策をこれからすぐに行う必要がある」ことで合意したと発表。但し、最大の争点となるだろう各社への減産割り当てが為されたのかどうかについての言及は為されなかった[8]。
[7] Lambert(2020年4月12日)
[8] Lambert(2020年4月14日)
2. 今回の合意におけるロシアとサウジアラビアの実質減産量の解釈と実現に向けた難題
ここで、OPECが発表した合意内容に基づいて、また周辺情報を加味しながら、ロシアが実際にいくら減産する必要があるのか、また、それが実現可能なのかどうか検討してみよう。
上記参考の通り、OPEC発表では調整の計算のベースラインは、「サウジアラビア及びロシアを除き、2018年10月の石油生産量。ロシア及びサウジアラビアはどちらも同じベースラインレベルである日量1,100万バレルとする」。また、声明では明らかになっていないが、各国の減産比率はメキシコを除きOPECプラス産油国で一律23%とすることで合意されており、従って、この5月及び6月におけるロシア及びサウジアラビアの減産量は次の通りとなる。
日量1,100万バレル✕23%=日量847万バレル=日量253万バレル減産(表向きの減産量)
この点については、ノヴァク大臣の発言をエネルギー省が引用する形で、「(5月及び6月に実施するOPECプラス協調減産の)日量970万バレルの削減の内、ロシアは日量250万バレルを担う」と述べている[9]。
しかし、この数字には天然ガスに随伴して生産・地上で液化するコンデンセートをどう取り扱うかという問題(カラクリ)があることに留意が必要である。
これまでのOPECプラス協調減産では減産の基準となる原油生産量について、サウジアラビアをはじめOPEC諸国はこのコンデンセートを含まず(つまりコンデンセートは自由に生産できた)、ロシアは含んできたという経緯がある。このことについては、3月のOPECプラス枠組み崩壊について紹介した拙稿(文注1参照)にても詳細を触れているが、ロシアではヤマル半島を中心に天然ガス生産を拡大しており、ガス生産増加とともに随伴するコンデンセート生産量が増加傾向にある。OPECプラス協調減産枠組みではこのコンデンセート生産相当分についてもロシアの原油生産量にカウントされてきた(つまり減産クォータ対象)ため、ロシアは原油生産を行ったとしても(実際には原油も増産するカラクリで対応してきたわけだが)、増産基調にあるコンデンセートの存在が自国の減産遵守を低下させる方向で影響してきたとして不満があった。実際、2019年12月の協調減産では、ロシアが基準となる原油生産からOPEC同様にコンデンセートを除外するよう主張したと言われているが、最終的にはコンデンセートの取扱いについては議論が平行線を辿った結果、曖昧なままとなっていた。今回の合意においては、会談後、アゼルバイジャンのエネルギー省がコンデンセート生産量は対象外となると発表しており[10]、前回のロシアの希望が受け入れられた形となったと推察される。そして、ロシアの3月末時点の原油生産量は図1の通り、日量1,131万バレル(原油及びコンデンセートを含む)と今回の基準値(日量1,100万バレル)と近似であり、ここから減産を行う、そこには包含するコンデンセート生産量は含まれない、という合意が為されたと考えられる。
では、ロシアのコンデンセート生産量はいくらか。エネルギー省の統計では原油及びコンデンセートが合算され、内訳は公開されていない[11]。ノヴァク大臣は以前、「ロシアの原油・コンデンセートの総生産量に占めるコンデンセートの割合は7~8%である」と発言しており[12]、3月末のエネルギー省統計の生産量である日量1,131万バレルからコンデンセート生産量は79万~90万バレルと推定することができる。この分を差し引くと、次の通り、ロシアが合意した5月及び6月の実質減産量を明らかにすることができる。
日量1,100万バレル-コンデンセート分(日量79万~90万バレル)-生産上限日量847万バレル
=日量163万~174万バレル減産(実際の減産量)
このことを裏付けるように、Gazprom Neftのデューコフ社長がエネルギー省と石油会社との間で14日開催されたTV会議後にインタビューに答える中で、「今回のOPECプラス協調減産の日量970万バレル削減量におけるロシアの「物理的削減シェア」は18%(=日量175万バレル)になる。Gazprom Neftが同生産削減量でいくら減産するのかについてはコメントできない」と述べている[13]。
ただし、仮にコンデンセートを除外したとしても、ロシアにとってこの規模の減産はソ連崩壊による混乱と資金不足から急激に生産が減退した90年代(1987年の日量1,145万バレルから1996年の同609万バレルへ減少)した「受動的」減産を除けば、史上最大の能動的減産となると言える。
他方、サウジアラビアについてもロシア同様に減産量は日量1,100万バレル-日量847万バレル=日量253万バレルだが、3月末の同国の原油生産量は日量980万バレル程度に抑制されており、実質減産幅は日量980万バレル-日量847万バレル=日量133万バレル程度となると予想される。
[9] Prime(2020年4月14日)
[10] Prime(2020年4月10日)
[11] エネルギー省HP統計:https://minenergo.gov.ru/activity/statistic
[12] ヴェードモスチ(2020年4月12日)
[13] Lambert(2020年4月14日)
3. ロシアは日量163万~174万バレルもの減産を本当に実現できるのか
コンデンセートの除外というカラクリによって、ロシアの総生産量の約5分の1に当たる日量253万バレルの減産は免れたが、それでも総生産量の15%、最大の石油会社Rosneftの生産量(日量約460万バレル)の約4割に当たる量を削減しなければならないという難問が横たわる。サウジアラビアと異なり、ロシアの生産体制は生産調整が容易にはできず、スウィングプロデューサーになり得ない次のような特徴があるためだ。
(1) 複数の国営・民営の企業(垂直統合型で7社。中小を入れれば200社余り)が混在しながら生産。
(2) 特に垂直統合型企業は国営企業であっても国内外で上場しており、株主の利益を優先。株主に不利益な経営判断を行った場合には、訴訟にも発展。
(3) 政府による生産調整は税制(増税・減税)による間接的な手法に限定される(効果が出るまでに時間を要する)。あるいは米国企業と同様、経済的に不合理な油井の抽出による「受動的な減産」・「Shut-in」をロシア政府主導で進めることが想定される(後述)。
(4) 主力油田は西シベリア・永久凍土帯に位置し、成熟(減退)油田が多い。油層圧力が低く、ウォーターカット比率が高い。高温の原油生産を継続することで生産を維持しているが、一度生産を止めてしまうとパラフィン分の凝結や多いところで90%を超える水分が凍結し、物理的に生産再開が困難となるリスクがある。
モスクワベースのエネルギーコンサルタントのRusEnergy・クルーチヒン編集長は今回の合意によるロシア史上最大の減産に対して、「自噴井のサウジアラビアの場合は2,000トン/日(1.5万BD)を得るのに150井あれば足りるところ、ロシアでは同程度量を確保するには約2,000井が必要。ロシアでは自噴井は2%未満であり、82%はポンピングによる人為的生産を行っている。このような井戸を休止すれば、パラフィンが堆積、北方では凍結し、生産を再開するにはさらに費用がかかるか、それが不可能なものもある。もし減産を実施し、井戸を停止した場合、その20%が再開できればよい方だろう」と述べている[14]。
また、英国・オクスフォードエネルギー研究所も今回の合意を受けて「The New Deal for Oil Markets: implications for Russia’s short-term tactics and long-term strategy」というテーマでレポートを出しており[15]、ロシアの減産の実現性について詳細に次のような指摘を行っている。
[14] ノーヴァヤ・ガゼータ(2020年4月10日):https://novayagazeta.ru/articles/2020/04/08/84795-rossiyu-prosto-uberut-rynka
- この規模(レポートではコンデンセート抜きで日量200万バレルと想定)で短期間に急激な減産を実施することは、ロシアの石油会社にとって深刻な技術的課題に直面する。
- (減産により得られるはずだった生産ができなくなり)「埋蔵量の喪失」につながる可能性のある行為に対する刑事責任を伴う可能性もある。しかし、この規制問題は減産を主張した政府機関によって一時的に無効にされるだろう。
- 中核となる石油生産地域である西シベリアが総生産量のシェアのために減産の大部分を負担しなければならないと予想される。
- 春にはなったが、主要生産地域(西シベリア・東シベリア・ネネツ自治管区)の気温は6月まで零下になることもある。特に西シベリアでは、水攻法による増進回収を行っている多くの油井で減産する場合に問題が生じるだろう。低温で井戸を閉めると、坑井や稼働中の機器を損傷するリスクが高まる。特に西シベリアやヴォルガ・ウラルなどの成熟した生産地域では、水攻法による生産が大部分を占める。
- 前例のない生産量削減を行うという課題に直面した石油会社は、生産を最適化しながら、永久的な生産喪失のリスクに直面していくだろう。
- ロシアには2,600以上の油田があり、約13万の生産井が稼働している。それら生産井の約85%を古い井戸が占めている(1日あたりの平均生産量は7〜10トン(日量50〜75バレル))。新しい井戸でも約30〜40トン(日量225〜300バレル)[16]。成熟した鉱床の一般的な自然減退率は年間20〜25%のオーダーにある。もし2カ月の生産停止を敢行する場合には、生産再開ができないような損傷を井戸にもたらす可能性がある。
- 減産を敢行する場合の候補は、ウォーターカット率(生産量に占める水分の割合)の高い坑井と鉱床となるだろう。西シベリア・ハンティマンシースク自治管区では、ロシアの半分以上の原油がされているが、ウォーターカット率は2005年の84.2%から2019年には90%以上に増加している。
- ロシアの原油生産量の約15%(日量170万バレル)は、90%をはるかに超えるウォーターカット率の限界坑井から生産されており、これらが減産対象となるだろう。
- いかに減産を企業間で配分するのかが更なる課題となる。Rosneftや他の国営企業(Gazprom Neft)といった強力な組織が、自分たちの利益に有利な削減を主張するだろう。
13日付けのコメルサントは「揺らぎが生じないように~ロシアは史上最大規模の石油の減産に踏み切る~」というタイトルの記事を寄稿しており、今回の協調減産協定の場合も前回同様に、減産義務はロシアの大手7社(Rosneft、LUKOIL、Surgutneftegas、Gazprom Neft、Tatneft、Russneft、NOVATEK)に振り分けられることになり、ガスコンデンセートは協調減産取引の対象とはならないので、ガスプロムには減産義務は課せられないと分析している。また、ガスコンデンセートの生産量の多いNOVATEKも当該取引から受ける影響も軽微なものであり、さらに、PSA(生産物分与契約)プロジェクト(S-1、S-2及びハリヤガ)や中小の石油会社にも減産義務が課せられることはないであろうと予想している。結果、最終的にロシアの減産義務のほぼ半分をロスネフチが引き受けることになるが、ロシアの大手石油会社が5月までの残された3週間で大幅な減産に向けた準備を終えることは難しく、実際の減産幅は予定された数字よりも小さくなる可能性があるという業界関係者の意見を掲載している[17]。しかし、17日付けのRBK dailyは、今週行われた石油会社とエネルギー省との会議に参加した石油会社の情報として、エネルギー省はロシアでの減産について例外を作らないという提案を行っており、従って、主要石油会社だけでなく、中小企業及びPSAプロジェクトについても生産削減が求められると指摘している。
[16] Wood Mackenzieの分析によれば、2020年3月1日現在、ロシアには165,000の生産井が存在。2019年には全坑井の98%でポンピングが必要という状況。平均流量が一坑井当たり65BDであり、(単純計算で)ロシアが合意した減産を遵守するためには全体の18%に当たる約30,000の井戸を閉鎖する必要がある。
[17] コメルサント(2020年4月13日):https://www.kommersant.ru/doc/4320694
注1:2018年のロシア全体の原油・コンデンセート生産量は日量1143.8万バレルであったことから(BP統計2019)、この7社の生産がロシア全体の生産量に占める割合は86%となる。また、ガスに随伴するコンデンセート生産がメインであるGazprom(日量97万バレル)を入れれば95%となる。
注2:アレクペーロフLUKOIL社長は20日、OPECプラス合意を受けて、日量4万t(29.2万バレル)削減すると発表している[18]。
注3:21日のIOD報道によれば、各石油会社はエネルギー省から生産量を来月18%~20%削減するよう指示されている。ロシアのある石油会社代表は、エネルギー省の指示に従って、生産量を20%削減すると語った。別の石油会社は、削減は合計で19%になると語っている[19]。
注4:ロイターの報道によれば、エネルギー省は石油企業に対して、原油生産を2月の水準(ロシア全体で月間44.7百万トン≒日量1,132万バレル)から約20%削減することを指示したとされている[20]。
出典:筆者取り纏め
[18] ロイター(2020年4月20日)
[19] IOD(2020年4月21日)
[20] ロイター(2020年4月20日)https://jp.reuters.com/article/global-oil-russia-idJPL4N2C90QK
Assoneft(中小石油企業連盟)のコルズン代表も「減産への中小石油会社の参加に関する議論について聞いているが、各企業の割当の決定はまだ為されていない」と語っている。また、生産量に比例して全社で減産を行うと、中小企業の収益性や利益が失われ、大企業に吸収されてしまう。この場合、OPECプラス取引に基づくロシアの義務は、同国の石油生産市場の統合と主要石油会社の拡大に繋がるという専門家のコメントを引用している[21]。
図2下表にて、大手7社を前提として今回の合意に基づく5月から6月に課された減産実現のための割当を過去の生産シェアから想定してみた。この想定では全社一律17.6%程度の減産を行うことができれば、ロシアはOPECプラスによる新たな「協力宣言」での公約を実現できる。他方、生産量削減シェア割当は、生産者の政治的影響力に比例して配分されるという指摘もある[22]。Rosneftのセーチン社長は、3月のOPECプラス協調減産枠組み崩壊におけるロシアによる強硬な対応をプーチン大統領に進言した役割を演じたと見られており、時経ずして結ばれた今回の新たな「協力宣言」に至る混乱を招いた当事者であるのにもかかわらず、批判もなく、現在もなお影響力を失っていない。前渡金を受け取っている中露の原油供給長期契約(東シベリアからESPOパイプラインで大慶へ輸出)を盾に減産削減義務をできるだけ回避する動きに出る可能性もある。
減産の技術的実現性については、メジャーでは最もロシアの地質を知り尽くしていると言っても過言ではないBP、そのロシアCIS担当エコノミストは「原理的にはロシアは減産を実現することができるだろう。しかし、技術的には可能であっても困難を伴う。すでにロシアの石油会社は技術的な生産カットの方法を研究している。カットはできるが、問題は生産カットした場合に将来生産が再開できるのか、経済性のある判断かどうかである」と述べている[23]。前述の各専門家の意見の通り、前例のない生産量削減を行うという課題に直面した石油会社は生産を最適化しながら、永久的な生産喪失のリスクに直面していくだろう。生産再開ができないような損傷を井戸にもたらす可能性があり、停止した生産井の8割が復活できないかもしれない。
5月に突入しようという今、エネルギー省及び減産に協力することになるロシアの石油会社は減産の即時遵守という問題に対して昼夜データの洗い出しに追われていると想像される。各社は生産停止に向けた候補としてウォーターカット率の高い坑井及び鉱床を選定しながら、それら生産井閉鎖に伴う影響(主に油層圧力の維持と生産井自体の養生が可能かどうか)分析を進めているのだろう。しかし、新型コロナ・ウイルスによる影響により現場も混乱する中、西シベリアでは作業用のウィンターロードも溶融が始まっており、移動や重機輸送といった作業も容易に進まない状況にある。また、Gazprom Neftをはじめ一部の企業は5月の原油販売予定全量を成約している。このような中で、今回課せられた削減がスケジュール通りに達成できるとは考えられない。
[21] RBK Daily(2020年4月17日)https://www.rbc.ru/business/17/04/2020/5e997e879a79475fbe2064b4
[22] Horizon(2020年4月15日)
[23] POG(2020年4月14日)
以上
(この報告は2020年4月28日時点のものです)