ページ番号1008739 更新日 令和2年4月28日
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概要
- 新型コロナウイルス(COVID-19)による需要鈍化懸念とOPEC協調減産崩壊で油価は急落。メジャーズをはじめ国際石油企業は2割以上の投資削減を表明。
- しかし中国国有石油企業は政府からの“国内供給強化指示”が撤廃されておらず、低油価環境下においても投資削減、国内生産縮小をあからさまに打ち出すことが難しい。
- 政府が成熟油田の閉鎖や投資の抑制を容認すると2021年以降再び国内原油生産が落ち込む可能性がある。一方、国内の天然ガス生産は利用促進政策、コスト競争力が増産を下支えする状況が続く。
- 政府は市場化の一環として、今年5月以降、天然ガスシティゲート(卸)価格を価格統制の対象から外すがPetroChinaの赤字の原因である輸入パイプラインからの輸入ガスには当面価格統制が維持される見込み。
- 「都市封鎖」・工場操業停止等に伴う石油・天然ガス需要急減に対し、石油は製油所稼働率低下、輸入抑制(転売)、輸出の増加等で対応。天然ガス(LNG)は輸入リスケジュール等についてサプライヤーと交渉、地下貯蔵への早期貯蔵、国外権益ガス生産削減などにより需給調整を図る。
- 政府は、インフラ投資を柱とする景気刺激策や大都市の新車ナンバープレート発給枠引き上げを含む自動車消費刺激策などを打ち出し景気浮揚を図ろうとしている。石油・天然ガス産業について価格面で需要刺激、企業支援策を講じている。
- 中国の経済は経済的な要因だけでなく、政策によっても大きく揺れ動く。中国の石油・天然ガス産業をけん引する国有石油企業は政策により助けられることもあるが、恒常的な赤字や投資継続を余儀なくされている側面もある。中国の石油・天然ガス産業は低油価、COVID-19のみならず、政策にも翻弄されることを理解しておきたい。
1. 低油価の中国の石油・天然ガス産業(開発投資・国内生産)への影響
原油価格は中国におけるCOVID-19の感染拡大による経済成長減速と石油需要の伸びの鈍化懸念で2月から3月初旬にかけて1バレルあたり50ドル前後で推移していた。3月6日にOPECプラス産油国閣僚級会合においてロシアが追加減産を拒否し、協調減産の枠組みが崩壊した。さらにサウジアラビアが増産や値下げを表明したことで一時は産油国間の増産・値下げ競争の様相を呈し、供給過剰懸念が強まり、原油価格(WTI)は9日に30ドル台へと大幅に下落した(図1)。4月12日のOPECプラス臨時閣僚級会合におい協調減産について合意されたが、供給過剰感は払しょくできず原油価格はその後も20ドルから30ドルの間で推移している。
メジャーズをはじめ国際石油企業は相次いで20%から30%程度の2020年投資の削減や生産の下方修正を表明しており、プロジェクトや投資決定の延期事例も数多く出現している。

出所:各種情報に基づき作成
(1) 国有石油企業3社の2020年探鉱開発投資・生産方針
中国では3月下旬に国有石油企業3社が2019年の業績を発表したが、石油・天然ガス探鉱開発事業主体のPetroChina、CNOOC Ltdは国際石油企業とは対照的に、2020年の探鉱開発投資額の削減や国内の石油・天然ガス生産量の縮小規模について明言を避けた。精製・石化主体のSINOPEC Corpは前年並みの投資・生産計画を公表した。また国内天然ガスの開発についてPetroChinaとSINOPEC Corp.の2社が積極姿勢を示した。各社の探鉱開発投資と生産実績および2020年の方針は概ね以下の通りである。
PetroChina
PetroChinaは3月26日に業績発表を行った。段(Duan)社長はCOVID-19の影響や低油価を考慮し、投資の最適化、調整を図る」と表明したが、例年公表している分野別投資推計を2020年については公表しなかった。同社の精製・石化事業を含む2019年の設備投資総額は前年比16%増加の2,968億元(430億ドル)でこのうち78%、2,301億元(330億ドル)が探鉱開発部門に投じられた。2019年のAnnual Resultsでは「取締役会において承認された2020年の投資総額は2019年並みの2,950億元(430億ドル)だが、COVID-19の影響や低油価を考慮し、投資を最適化、調整する」とのみ示された。
2019年のPetroChinaの生産量は石油換算15億6,080万バレルで、このうち原油は前年比2.1%増の石油換算9億930万バレル(国内が81%)、天然ガスは同8.3%増の3兆9,080億立方フィート(国内が93%)であった。段(Duan)総裁(社長)は2020年も国産ガス生産を発展させるとしたが具体的な生産目標は示さなかった。
CNOOC Ltd
CNOOC Ltdは2020年1月に“2020年の戦略”を発表した際、2020年の探鉱開発投資計画について2019年の796億元(115億ドル)に対し7%から19%増の850億元から950億元(120億ドルから140億ドル)と大幅な引き上げを表明していた。また生産目標も2019年の石油換算5億650万バレルから、3%から5%増の石油換算5億2,000万から5億3,000万バレル(国内はこのうち64%の石油換算3億3300万から3億3900万バレル)としていた。しかし、3月25日の2019年業績発表の際に、同社の汪東進(Wang Dongjin)会長は「現在計画・目標を調整しており、詳細は取締役会の承認後に発表する」と述べ、投資の削減と生産縮小を検討中であることを示唆した。その後、親会社中国海洋石油集団が4月8日に開いた「低油価に対処するためのTV会議」において汪会長は10%から15%の年間投資額の削減、10%以上のコスト削減を表明した。一方で国内原油と天然ガスの生産目標は変更せず、国外のプロジェクトから削減する方針を明らかにした。2019年のCNOOCの石油・天然ガス生産量は石油換算5億6,500万バレル、このうち海外油ガス田からの生産は石油換算1億8,000万バレルで同社生産量全体の36%を占める。ナイジェリア、英領北海、カナダなどで生産中である。見直し対象のプロジェクトについて明言されていないが、2013年のカナダNexen社買収により取得したカナダLong Lake Southwest(LLSW)拡張プロジェクトや英領北海Buzzard油田2期開発が先送りされると業界関係者は見ている。
SINOPEC Corp.
SINOPEC Corp.は3月30日に業績発表を行った。その際、同社の精製・石化事業を含む2019年の設備投資総額は前年比25%増加の1,471億元(213億ドル)でこのうち42%の617億元(89億ドル)が探鉱開発部門に投じられた旨が報告された。また、同社は2020年の投資について2019年から2.5%減の1,434億元(209億ドル)、このうち探鉱開発部門に2019年並みの611億元(89億ドル)を投じる計画だが、4月の第1四半期決算発表の際に見直す可能性を示唆した。
2019年のSINOPEC Corp.の石油・天然ガス生産量は石油換算4億5,892万バレルで、このうち原油は前年比1.5%減の石油換算2億8,422万バレルl(国内が88%)、天然ガスは同7.2%増の1兆48億立方フィートであった。同社の探鉱開発部門は2019年に黒字となったがその収益源は天然ガスであった。同社幹部は「2020年は上流の投資構造を最適化し、生産、販売、操業の拡大を含む天然ガス事業の発展を積極的に推進する」と述べたと伝えられている。
(2) 油価急落でも投資削減や生産縮小に消極的な中国国有石油企業
2018年8月に習近平主席が国有石油企業3社に石油・天然ガスの国内供給強化を“直接”指示したと報じられた。習近平主席による企業に対する直接の指示は極めて異例のことである。中国では国内原油生産縮小の一方で山東省などの地方製油所の台頭などにより製油所の能力が拡大し、原油輸入は増加した。2017年に米国を抜き世界最大の原油輸入国となり、輸入比率は7割を超えた。さらに米中貿易摩擦や産油国の供給不安定化も加わり政府のエネルギーセキュリティ意識が高まったことが企業への直接指示の背景にある。輸入比率(石油7割、天然ガス4割)や近年の生産の状況から国内供給強化指示は多分に原油を意識したものと思われる。
また、2019年に国家能源局(NEA)は“石油・天然ガスの埋蔵量拡大や生産増加を実現するための7年行動計画(2019~2025年)”を策定し、同年5月「石油ガス探鉱開発加速推進会」と題した会議を開催し、石油企業に同行動計画の完遂を求めた。各社は政府の呼びかけに応じ国内の探鉱・開発を強化し、石油・天然ガス埋蔵量の積み増しを図る方針を示していた。“習近平主席の直接指示”による国内供給強化方針は現段階で撤回されておらず、同方針が続く限り、国有石油企業は投資削減、国内生産縮小をあからさまに打ち出すことが難しいものと考えられる。
(3) 国内原油生産は2014年下期の油価下落以降減少が続いたが4年ぶりに増加
2014年下期の油価急落後、中国政府は経済性を重視し企業が計画的に生産を削減することを容認した。国有石油企業は生産コストの高い東北部陸上の成熟油田の生産井の閉鎖や投資の削減を行ったため、中国国内の原油生産は2016年から2018年にかけて減少が続いた。ただし、国有石油企業3社は国内供給強化指示や行動計画策定に加えて、原油価格が上昇したことも相まって、2017年以降探鉱開発投資額を増加させており、国内原油生産は2019年に前年比0.9%増の日量382万バレルと4年ぶりに増加に転じた(図2)。もっとも13次五か年計画(2016年から2020年)の原油生産目標(2020年日量400万バレル)は大幅に下回っており、目標達成は困難だ。

出所:国家統計局、各社年報に基づき作成
国内原油生産の5割超を占めるPetroChinaの埋蔵量は2015年から2016年にかけて大きく減少した。PetroChinaは2017年以降探鉱開発投資額を増額したが埋蔵量は横ばい傾向にある。昨年西部における油田発見を複数回発表したが、業界関係者は「最近の発表は商業的な埋蔵量ではなく、より大きな印象を与える資源量に傾いており、また深度が深いなど技術的難易度も高く商業開発に結びつけるには課題が多い」と指摘している。当面中国の原油生産が大幅に上向くことは考えにくく、むしろ低油価が続き、政府が成熟油田の閉鎖や投資の抑制を容認すれば、2021年以降再び生産が落ち込む可能性すらある。

出所:PetroChina年報に基づき作成
(4) 利用促進政策、コスト競争力が国内天然ガス増産を下支え
天然ガスは大気汚染対策や低炭素化社会の実現という観点から重要なエネルギーと位置付けられている。特に近年は政府主導で石炭から天然ガスへの燃料転換が進められてきた。これらの政策による需要下支えと輸入パイプラインガスに比べコスト競争力が高いことにより国内天然ガス生産は油価が低い時期も増加した。2019年の天然ガス生産量は前年比10%増(159億立方メートル増、LNG換算1,200万トン増)の1,762億立方メートル(LNG換算1億2,900万トン)であった(図4)。石炭(同4%増)、原油(同0.9%増)に比べ高い伸びである。

出所:国家統計局、各社年報に基づき作成
(5) シティゲート価格統制撤廃はPetroChinaの赤字改善、ガス価格市況化への即効性はない
国内天然ガス生産の7割を占めるPetroChinaはガス輸入赤字脱却のため契約の見直しに意欲的である。PetroChinaの2019年業績報告によると、天然ガス・パイプライン事業の営業利益は前年比2.3%増の261億元(38億ドル)だが天然ガス輸入による赤字が同23%増の307億元(44億ドル)となっている。政府は国産陸上・輸入パイプラインガスのシティゲート価格(各地への卸価格)を統制しているが、中央アジアやミャンマーからの輸入パイプラインガス価格より低く設定されており、PetroChinaにとっては「逆ザヤ」となり毎年赤字を計上している。柴(Chai)CFOは「ガス輸入の最適化-輸入構造と時機の改善や国内市場にとり手頃な価格への再交渉により損失をなくしたい」と述べている。
この価格統制が2020年5月1日以降段階的に廃止されることが決まった。国家発展改革委員会は2015年に制定した価格統制対象リスト(「中央定価リスト」)の廃止を示し、天然ガスシティゲート価格は発送電や鉄道輸送とともに価格統制の対象から外すことを明らかにした。ただし表1の示した通り、陸上(タイトガスを含む在来型)ならびに2014年以前に輸入を開始した中央アジア(A・B・C)およびミャンマーからの輸入パイプラインガスのシティゲート価格は当面現行制度を継続するとしている。つまりPetroChinaの輸入パイプライン事業における赤字の原因は当面残ることになる。ちなみに2019年12月から輸入を開始したロシアらからのパイプラインガスはシティゲート価格統制からは外れている。
政府はこの価格統制廃止の措置が価格下落につながり、ガス需要を喚起し、COVID-19によりダメージを受けた経済の復興につながると期待しているが、業界関係者は、価格統制廃止は地域や時期を含め段階的に進むと見ている。例えば、コンサルタントのSIAは規制されていないガス価格は交渉力の関係からすぐに上下するとは限らず、規制価格の影響を受けることもあると見ており、江蘇省、浙江省、上海市および広東省の工業用ガス価格について、「季節需要曲線が北部の冬季暖房地域に比べ緩やかで北京と比べ政治的な影響を受けにくいこと、さらにこれらの地域では取引所取引が行われていることか提案されており、価格発見と透明性につながりやすいこと」を理由に市況を反映した価格形成が先行的に進むと見ている。

国家発展改革委員会令31号(2020年3月13日)他に基づき作成
2. COVID-19による「都市封鎖」の中国石油・天然ガス産業への影響
(1) COVID-19による中国の「都市封鎖」
COVID-19は12月に湖北省武漢市で発生し1月23日に武漢市で移動制限が発令された。翌24日、中国全土が旧正月の大型休暇に入った。本来の休暇期間は1月30日までであったが、国務院は26日に旧正月を2月2日まで延長すると発表した。29日から中国のほぼ全域で検疫の強化、移動の制限とともに企業の操業再開や学校の休校などの感染防止拡大措置が取られた。道路輸送は医療、公益、通信、生活必需品の移動、輸送などに限定された。感染が深刻な地域を除き2月10日から企業の操業再開が認められたが、2月中は正常な稼働には程遠い状況であった。地方政府は操業再開の申請書提出、消毒液やマスクなどの感染防止用品の配置や、感染地域から戻ってきた人を隔離する部屋の設置などの対策を求め、マスクなどの要件が充足できない企業は操業できず、出稼ぎ労働者の比率が高い工場における労働力の不足、サプライチェーンの混乱が解消されなかった。2月の製造業購買担当者景気指数(PMI)は35.7でリーマンショック後を下回る過去最低であった。2月17日に政府が防疫管理を緩和、地域をレベル別にリスク管理することを発表した。これを受けて2月24日前後に各省が省レベルで対策が取れるレベルに引き下げた。また交通運輸部は2月27日に通達を出し人の移動に関して地域ごとにリスク分類し、高リスク地域を除く地域間の移動を妨げることを禁止した。3月5日開催予定の全人代は延期されたが、3月に入り重症者の減少など終息の兆しが喧伝されるようになった。3月10日には習近平主席が流行発生後初めて武漢を視察した。3月12日には、中国国家衛生健康委員会の報道官が「国務院合同予防抑制メカニズム」の記者会見で、「中国のCOVID-19の感染による肺炎の流行は全体として既にピークを過ぎており、新規感染者数は引き続き減少、感染は全体として低い水準を維持している」と述べた。3月29日に国家衛生健康委員会は記者会見で「現在治療中の患者は3,000人を下回り、国内の感染の伝播は基本的に絶った」との認識を示した。4月8日には武漢の封鎖が完全に解除された。中国国内の新規感染者は海外からの入国者を除き、低い状態が継続している。

各種資料に基づき作成
(2) 「都市封鎖」による石油需給への影響と企業の対応
都市封鎖と交通規制、検疫の強化により中国の2月と3月の石油需要は大きく低下した。IEAによると2月の石油需要は前月比日量255万バレル、3月も同280万バレル低下しており、2020年第1四半期の同国の石油需要は前年同期比14%減(日量171万バレル減)の日量1,132万バレルと推計している。またIEAは2020年の石油需要について後半は上昇傾向にあるものの、通年では前年比7%減(日量89万バレル減)の日量1,277万バレルとし、2019年の同5%増(日量69万バレル増)に比べ需要の伸びは大幅に低下する見通しを示している(図6)。

IEAに基づき作成
「都市封鎖」・工場操業停止等に伴う石油需要急減に対し、企業は製油所精製処理量削減、輸入抑制(転売)、輸出の増加等により対応した(表2)。IEAによると2月の精製処理量は前月比日量290万バレル減の日量1,050万バレル(2019年の精製処理量の2割に相当)、3月は前月比80万バレル増の日量1,130万バレルと推計している。またIEAは2020年の精製処理量は前年比4%減(日量40万バレル減)の日量1,260万バレルと推計している。
3月以降国有石油企業、地方製油所ともに製油所稼働率は徐々に上昇しているようだ。業界紙によると原油輸入について、1月と2月には国有石油企業がアンゴラ、ロシア原油などを再販(転売)する、あるいはスポット原油を中心に輸入を削減する動きがあった模様である。3月の原油輸入は8か月来の低さであった。地方製油所によるロシア、サウジアラビア等の原油輸入が増加した一方で国有石油企業が3月デリバリーのスポット原油の調達を削減していたためだ。3月以降製油所稼働率は国有石油企業、地方製油所ともに上昇傾向にある。4月は製油所操業が1月のCOVID-19前の9割の水準に戻り、原油輸入が増えると見込まれている。貯蔵について公式データはないが2月と3月は在庫が大量に積み上がったものの4月は一部在庫が解消し、地方製油所を中心に安価な原油調達・貯蔵に動いている模様だ(表2)。
SINOPEC Corp.の林(Lin)副社長は業績報告会において「2020年第1四半期は国内消費の減少、第2四半期も石油製品輸出の制約(海外の感染拡大に伴う需要減)を受け、上半期は需要の縮小が続く。2020年通年の精製稼働率は昨年を下回るが、需要は第3四半期または第4四半期には正常に戻る」と述べている。

各種報道に基づき作成
(3) 「都市封鎖」による天然ガス(LNG)需給への影響と企業の対応
「都市封鎖」と交通規制、検疫の強化により2月の天然ガス需要は大きく低下した。例えば、重慶石油・天然ガス取引所によると2月の工業用需要が前年同月比37%減少した。用途別では発電が29%、化学は18%、その他都市ガス・輸送等は24%それぞれ低下したと指摘されている。多くの人が家庭にとどまることで(いわゆる“巣ごもり消費”)、住宅用のガス需要は若干増加したが、中国の天然ガス消費の4割を占める工業用需要の大幅な低下を相殺するには不十分であった。
CNPCは2020年の中国の天然ガス需要について前年比8.6%増から6%未満増の3,330億立方メートルに下方修正した。また業界紙のICISは2020年のLNG輸入について前年比5%減(300万トン減)の5,800万トンに下方修正した。2019年のLNG輸入の前年比13%増(700万トン増)に比べ大幅に減少する見通しが示されている(図7)。

新華社China Petroleum Data MonthlyおよびICISに基づき作成
「都市封鎖」・工場操業停止等に伴う天然ガス需要急減に対し、国有石油企業は輸入リスケジュール等についてサプライヤーと交渉、地下貯蔵への早期貯蔵、国外権益ガス生産削減などにより需給調整を図っている(表3)。
2月は輸入LNGの配送についての遅延や仕向け地変更が起きた。例えば豪QC LNGからCNOOC天津基地向けのカーゴは当初予定から3日遅れでPetroChina河北曹妃甸基地に入った。CNOOC浙江基地向けのカーゴはインドDahej基地向けに仕向地が変更された。また浙江基地向けのPan Africa号は中国領海で1週間以上待機したあげくキャンセルとなったと報じられた。その一方でインドやパキスタンなどは安価なスポットLNGを調達し、漁夫の利を得たとも報じられている。
2月6日に中国のLNG輸入の4割、2,300万トンを輸入するCNOOCはTotalを含む複数のサプライヤーに不可抗力を宣言、LNG配送スケジュールの調整を働きかけ、サプライヤー側は不可抗力について受入らないとしてこれを拒否したと伝えられる。また2月中旬、カタールはPetroChina、CNOOC向けカーゴのダイバートを提案したとされる。インドネシアPGNのSINOPEC向けカーゴは(中国側要請により)4月に延期となった模様だ。さらに3月6日、PetroChinaは輸入パイプラインガスの供給削減とLNGリスケジュールを要請したと報じられた。一方、3月には広東省の封鎖解除を受けて地方の発電、ガス会社による安価なLNGスポットカーゴ調達の動きも見られた。
輸入パイプラインガスについてCNPCは、トルクメニスタン国営トルクメンガスとの契約は尊重して、同社からの天然ガス輸入は続けたが、CNPC自社権益分の天然ガスの輸入は抑制した模様だ。また、カザフスタンからの天然ガス輸入についてCNPCは2月と3月の輸入を20%から25%削減し、さらに3月16日から4月1日までパイプラインの定期点検に入ったと伝えられる。2019年12月から輸入を開始したロシア「Power of Siberia」パイプラインについて3月下旬から元々予定されていた定期点検を行い、現在はロシアからの天然ガス輸入は再開されている(表3)。
中国の保有する天然ガスの地下貯蔵施設はまだその能力が限定的だが、天然ガス需給バランスを図るため、CNPCは重慶の相国寺ガス地下貯蔵庫に1ヶ月前倒しでガス注入を実施した。またCNPCは天然ガスの貯蔵と供給能力を引き上げるため四川・重慶地域においてガス貯蔵タンクを複数新設する見込みである。
原油輸入については現時点で不可抗力は話題にはなっていない。原油とLNGのコモディティとしての違いもあるが、原油は貯蔵設備が整備され、需給調整がガスより容易なこと、スポット調達比率がLNGに比べ高いことが影響しているものと考えられる。LNGを輸入する国有石油企業は政府の要請に基づき冬場の需要期の調達を厚くすることや米中貿易摩擦に伴う米LNGカーゴのダイバートの要請などサプライヤーとの交渉に苦労していたが、今回はCOVID-19に伴う需要急減によりまた別の難題を抱えたことになる。ガス貯蔵インフラの整備を進めスポット比率を拡大するには市場の成熟も必要で、いずれも時間を要する。

各種報道に基づき作成
3. 政府の景気浮揚策、石油・天然ガス産業に対する需要喚起、企業支援策
現在中国では移動や渡航の制限措置が緩和されており、企業活動も徐々に再開し、交通渋滞なども生じている。中国国内においてのCOVID-19に関する中国政府公式データへの不信感や人の移動再開による感染の再拡大、海外における感染が拡大する中での逆流リスクが懸念されているが、政府は「水際対策」の強化などにより対処し早期復興に力を入れている。
3月以降政府はインフラ投資を柱とする景気刺激策や大都市における新車ナンバープレート発給枠引き上げを含む自動車消費刺激策などを発表し、景気浮揚を図ろうとしている。3月2日に四川省や重慶市、陝西省、河北省など7省・直轄市がインフラ投資などを柱とする総額25兆元(2,900億ドル)の景気刺激策を発表した。数年かけて実施する計画だが今年だけでも3兆5000億元(5,000億ドル)が投じられる見通しで、リーマンショック後に政府が打ち出した4兆元の景気刺激策を上回る規模である。中国では過去30年間、輸出とインフラ投資、不動産投資が経済の躍進を支えてきた。最近は地方政府の財政悪化や金融リスクなどへの懸念から大型のインフラ投資は控えられてきたのだが、米中貿易摩擦の激化や経済の先行き不安で、輸出や不動産販売は伸び悩んでおり、インフラ投資を行わざるを得なかったようだ。自動車消費刺激策について工業情報化部は2月25日に「工業・通信の企業活動再開を促がすための指導意見」を公布。自動車をはじめとする消費財の安定的な購入を図る方針を示した。自動車購入規制を導入した各大都市に関し、ナンバープレートの発給枠を適切に引き上げるよう求めている。地方政府の一部は自動車消費の拡大策を実施した。広州市はナンバープレートの発給枠拡大などに着手するという。3月23日には商務部、国家発展改革委員会、国家衛生健康委員会が連名で「企業活動再開の支援に関する通知」を公布。早期の経済安定化を図る方針を打ち出した。このなかで自動車消費の安定化に言及し、各地の当局者に対して市場活性化に向けた取り組みに着手するよう求めている。具体的な措置として、新車購入補助の導入、買い替え補助の支給、ピックアップトラックの市中心部通行制限撤廃、中古車の売買手続き簡素化などを挙げた。自動車購入の規制を設けた各大都市に対しては、制限の緩和を要求するという。
中国自動車工業協会(CAAM)によると2月の乗用車販売台数はCOVID-19の影響で前年同月比81.7%減の22.4万台であった。2019年の新車販売台数は、前年比8.2%減の2,577万台(このうち乗用車は9.6%減の2,144万台、商用車は1.1%減の432万台)で、2年連続で前年実績を下回っており、IHSマークイットは中国政府が自動車購入需要を喚起させる政策を講じなければ、今年の同国自動車販売は前年比9.9%減の2240万台に落ち込むとの見通しを示していた。
IMFは4月14日に世界経済見通しを発表した。各国が軒並みマイナス成長となる中、経済活動が先行している中国について1.2%のプラス成長としているが1976年以来44年ぶりの低成長となる見通しだ。2020年は中国共産党が提唱した「全面的小康社会」(国内総生産および国民の平均収入を2010年の倍にするなどの内容)の目標年であり2021年は中国共産党成立100周年の節目の年であり、中国は意地でも景気浮揚を図るだろう。感染が世界的に広がる中、回復の取り組みは内需中心である。国民の消費抑制意識が懸念要因だが、内需(市場)があるだけ見通しは明るいかもしれない。
政府は石油・天然ガス産業について価格面で需要刺激、企業支援策を講じている。石油について政府(国家発展改革委員会)は3月18日に、石油製品価格(原油価格連動)についてバレルあたり40ドルを下限として価格引き下げを凍結した。油価が30ドルを下回る局面であるため、石油の精製マージンが上昇しており国有石油企業を含む精製事業者の救済につながっている。天然ガスについて国家発展改革委員会(NDRC)は非家庭用のガス価格を下げた。通常ピークシーズンからオフピークへの価格切り替えで4月1日に実施するところを2月22日に前倒ししたということである。その他税制優遇や金融刺激策が含まれる。
中国の経済は、経済的な要因だけでなく政策によっても大きく揺れ動く。中国の石油・天然ガス産業をけん引する国有石油企業は政策により助けられることもあるが、恒常的な赤字や投資継続を余儀なくされている側面もある。中国の石油・天然ガス産業は低油価、COVID-19のみならず、政策にも翻弄されることを理解しておきたい。
以上
(この報告は2020年4月15日時点のものです)