ページ番号1008753 更新日 令和2年5月11日
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概要
新型コロナウイルス蔓延と油価暴落のダブルパンチが、LNG市場のコモディティー化と供給過剰基調への変貌を、今回さらに顕在化させている。
現在のLNG供給過剰をもたらしたLNG市場の構造的な変化は、2000年代から徐々に始動してはいたが、2010年代中盤のFIDブームから建設に要する5年のタイムラグを経て、近年、まさにLNG生産が急拡大する時期を迎え、2018年末から、世界のLNG需給は、既に実消費量を上回る供給過剰に陥っていた。その余剰LNGは成熟した欧州ガス市場に吸収され、これまでにない欧州ガス地下貯蔵在庫の上昇をもたらした。筆者は2019年中より、2020年夏には在庫が満杯となることを予測し、その結果、誰が最初にLNG液化プラントをシャットインするのか、LNG市場はさながらチキンゲームの様相を呈するのではないか、と危惧していた。
その状況に追い打ちをかけるように、新型コロナウイルス蔓延と、それに引き続く各国ロックダウンによるLNGを始めとするエネルギー需要の激減、さらに、減産合意不調からの原油価格暴落により、メジャーズ等の投資が抑制され、世界の経済活動全体が大きく減速する事態となっている。
一方、そのような情勢の中でも、カタールやロシアは、長期的な見通しに基づき、さらなるLNG増産計画を着々と実施に移している。
一部の米国新規LNGプロジェクトは、LNG需要見通しが不透明化したことから、進行が遅れ始めている。油価下落により長期契約の油価リンクLNGの価格が下落し、高コスト構造である北米産LNGの競争力が相対的に低下する可能性もある。さらに、シェールオイルの生産削減に伴って随伴ガスの生産が低下し、LNGの原料ガス価格が将来上昇するリスクもはらんでいる。しかし、これらの米国の事業でさえ、多くのLNG液化プロジェクト事業者がFERC(The Federal Energy Regulatory Commission、米連邦エネルギー規制委員会)の承認取り付けを進めるなど、状況が好転すれば、再び発進する機会を虎視眈々と狙っている。
何時、新型コロナウイルスが終息し油価が回復するのか?最大の関心を集めるこの問いかけに対する答えは難しいものの、経済システムそのものが崩壊しないとの前提で、そう遠くない将来、状況が好転すれば、世界のエネルギー需要、ガス需要は自ずと回復するといわれている。
ここでは、まず、最近のLNG需給と価格動向、さらに各国各社の動きについて触れた後、長期LNG需給の変化、および、今後起こるであろう事象についてまとめる。
(出所 GIIGNL、GIE、IHS、ICIS、WM、Poten & Partners、BP他)
1. 2019年以降のLNGの需給および価格推移
(1) 2019年LNG需給動向(GIIGNLアニュアルレポートまとめ)
まず、直近で発表されたGIIGNLアニュアルレポートに基づき、2019年の世界のLNG需給について概観していきたい。
LNGトレーディング
- 2019年、世界のLNG貿易量は大幅に拡大し、対前年比13.0%、40.9MTPA(Million Tons Per Annum、年間百万トン)増加し、354.7MTPAに達した。
- アルゼンチンが新たに仲間入りし、輸出国は21か国となった。輸入国は変わらず42か国。
- 引き続き、LNGのコモディティー化が進展し、スポット・短期取引は119MT(34%)(うちスポット取引95MT(27%))に増加した(2018年はそれぞれ99MT(32%)、78MT(25%))。
- スポット・短期取引されたLNGは、その20%を米国が、16.6%を豪州が供給した。カタールのスポット・短期供給は前年の11.7%から5%に低下した。なお、日本のスポット・短期取引は、全取引量が減少した結果、9.7MT、12.6%(2018年はそれぞれ、14.7MT、17.8%)に低下した。
- 欧州とアジアのスポット価格差が小さかったため、再輸出は1.6MTにとどまった(2018年3.8MT)。
LNG供給
- LNG供給は、地域別では、第1位 太平洋地域146.7MT(41.3%)、第2位 大西洋地域114.2MT(32.2%)、第3位 中東地域93.9MT(26.5%)となった。
- 米国からの供給先は、欧州38%、アジア37%、中南米21%となった。一方、ロシアからの供給先は、欧州51%、アジア46%、中東2%となった。
LNG輸入
- 世界のLNG輸入国第1位は日本となった。輸入量は、低い経済成長、原発稼働、および、穏やかな気候のため、76.9MT(21.7%)に減少した。
- 第2位は中国で、輸入量は61.7MT(17.4%)に増加した。ただし、増加率は、対前年比+14%と、2018年の+38%から鈍化した。これは、経済成長の鈍化、石炭からガスへの燃料転換の減速、再生可能エネルギーの台頭によるものである。
- 第3位は韓国となった。輸入量は40.1MT(11.3%)に減少した。これは、原発稼働率の低下、穏やかな気候、年当初からの高在庫のためであった。
- その他アジア各国(バングラデシュ、マレーシア、パキスタン、シンガポール、インド)のLNG需要は旺盛であった。
- また、欧州の輸入量が85.9MTに達し、37MT(対前年比+75.6%)の大幅増となった。これは、世界のLNG輸入増加量の90%に相当する。国別では、第1位がスペイン(15.7MT)、第2位がフランス(15.6MT)、第3位がUK(13.6MT)となった。
液化基地
- 世界の液化能力は、21MTPA増加し427MTPAに達した。
- 米国のキャメロンLNG Train1、コーパスクリスティーLNG、フリーポートLNG Train 1、エルバアイランドLNG、豪州のプレリュードFLNG、および、小型基地であるロシアのビソーツクLNG、アルゼンチンのタンゴLNGが出荷を開始した。
- 一方、米国(カルカシューパスLNG(10MTPA)、ゴールデンパスLNG(15.6MTPA)、サビンパスLNG Train 6(4.5MTPA))、モザンビーク(モザンビークLNG(12.9MTPA))、ロシア(アークティックLNG2(19.8MTPA))、ナイジェリア(NLNG Train 7+デボトル(7.6MTPA))で、過去最大6プロジェクト、合計71MTPAがFIDした。これらの液化基地からのLNGは、2020年代半ばに供給される予定となっている。
- 2019年末時点で、合計123MTPAの液化プラントが建設中であり、このうち北米プロジェクトが54%を占める。2020年には、北米から18MTPAの供給が開始される予定となっている。
再ガス化基地
- 世界の再ガス化能力は920MTPAとなった。新たに7基地(うち2基地がFSRU、4基地がスモールスケール)が建設され、13MTPAの容量が追加された。
- 2019年度末時点で、建設中の再ガス化基地は、FSRU 8基地、陸上18基地(合計131MTPA)。この内、63%がアジアに立地している。
LNG輸送
- LNG船は、新たに44隻が就航した。これで、世界のLNG船は601隻(FSRU37隻、小型船46隻含む)、容量合計89.7Mm3となった。また、2019年には、62隻が新たに発注された(2018年は77隻)。
- 2020年には、53隻が就航する予定となっている。
(2) 2020年第1四半期LNG需給動向
次に、2020年第1四半期の世界のLNG需要についてまとめる。
2020年2月、中国では新型コロナウイルスの蔓延によりFM(Force Measure、フォースマジュール)が宣言された結果、第1四半期の輸入量は昨年と比べわずかの上昇にとどまった。
このアジアのガス需要減少の影響も受け、この時期、新型コロナウイルスの影響がまだ小さかった欧州は、2019年に引き続き世界中のLNGを吸収し続け、北西ヨーロッパへのLNG輸入は前年同期比80%以上急増した。この内、英国、ベルギー、オランダへの輸入は前年同期比4.8MT増加し、輸入量は10.7MTに達した。
一方、LNG供給については、2019年に生産量の半分を欧州に輸出した米国は、引き続き欧州への輸出を目指している。また、パイプラインによって、既に欧州ガス需要の4割を供給しているロシアも、欧州にとってエネルギーセキュリティー上の懸念がパイプラインよりは低いLNGの形で、さらなるガス輸出の拡大を狙っている。カタールは、従来、冬期は価格の高いアジアに向けて出荷し、気温の上昇する春の不需要期4、5月には欧州に出荷を振り分ける販売戦略を実践してきたが、新型コロナウイルスがアジアを襲い需要を落ち込ませ、暖冬の影響で日本の需要も低下したため、出荷の多くは欧州に振り向けられた。
これを反映し、欧州のガス地下貯蔵量は、通常レベルを2割以上上回り、4月下旬現在、貯蔵容量上限の60%程度の高いレベルにある。通常、3月末は一年で一番ガス在庫が低くなる時期であるが、2019年秋からのもともとの在庫高に加え、今年は欧州も暖冬であったことと、新型コロナウイルス蔓延に起因する経済危機が進行していることも重なった結果である。今後、ガス地下貯蔵の余力がなくなることで、欧州の余剰LNGの輸入ペースは鈍化する可能性が高い。
(3) 最近のLNG価格推移
JKM(Platts Japan/Korea Marker、プラッツ社アジアLNGスポット取引アセスメント価格)は、2020年2月の中国のFM宣言をきっかけとして、LNG輸入が急減するとの見方から過去最安値となる$2.7/MMBtuまで下落した。その後、中国の電力・ガス会社がスポット調達を再開したことで、3月中旬にかけて$3/MMBtu台半ばまで一旦戻したが、3月24日のロックダウンによりインドの需要が当面見込めなくなり、再び$3/MMBtuを割り込んだ。
4月17日、全国緊急事態宣言により、日本の需要が5~10%減少するとの予測もあり、JKMは$2.175/MMBtuと、史上最低価格を更新し、その後も連日最低価格更新が続き、4月22日には2ドル台を割り込んだ。
需要低迷から多くの買主が売主に対して、通常のオペレーションの範囲内ではあるものの、配船の後ろ倒しを要請したため、その月に長期契約に基づき供給を予定していたカーゴは、結局のところスポット市場に放出されざるを得なくなった。さらに、油価下落に対応するメジャーズのように、費用削減のためにLNG液化プラントの定期修理を後ろ倒しするケースもでてきた。そのため、LNG液化プラントは停止することはなくLNGを生産し続け、それらが新たなスポットLNG供給を増加させ、現在の市況をより悪化させている。
5月5日、北西ヨーロッパ着LNG価格が$1.595/MMBtuと、査定開始以来の最低を更新し、その後も底値を探る展開となっている。欧州のガス地下貯蔵が能力の限界に近付き、今後昨年以上の余剰玉を吸収する余地の乏しいことをそろそろ市場も認知しつつある。新型コロナウイルス感染拡大により欧州域内でもロックダウンが実施され、経済活動が低迷したことでTTF(Title Transfer Facility、オランダガス取引ハブ)、および、NBP(National Balancing Point、イギリスガス取引ハブ)ガス価格も低迷している。
3月31日、HH(Henry Hub、米国ガス取引ハブ)ガス価格が$1.663/MMBtuと史上最低をつけた。穏やかな気候と、過去最高水準更新を続ける堅調なガス生産、またこれに新型コロナウイルス感染拡大による需要減少により、歴史的な低価格状態が継続している。また、この時、供給過剰による急激なLNGスポット価格低下のため、北米産LNGメキシコ湾岸出荷価格は$1.300/MMBtuと、HHガス価格を初めて下回り、0.363の逆ざやとなった。HHガス価格は低位安定基調が続いており、シェールガス革命前の1995年以来の、25年ぶりの安値水準に到達している。中長期的には、シェールオイル開発会社のコストダウンに伴う随伴ガス生産量低下によってHHガス価格は上昇に転ずると見られているものの、シェール生産事業者は先物取引で当面の利益を既に確保しており、原油価格が下がっても、すぐに生産量が落ちることはないともいわれている。また、新型コロナウイルスにより米国内のエネルギー需要が想定以上に減少する可能性が生じているうえ、これまで需要拡大を牽引してきた輸出LNG用需要が後退すれば、HHガス価格は一層低下する可能性もある。既に米国ガス地下貯蔵量は例年より2割ほど高い水準にある。
また、日本に目を向けると、直近の貿易統計に基づく2020年3月の日本LNG輸入平均価格は$9.32/MMBtuとなった。今後、原油価格が現在の低価格を維持すれば、3月9日以降の原油価格の急落を反映し、7月以降のLNG輸入価格は下がっていくと見込まれる。
2. 各国各社の対応
新型コロナウイルス蔓延および油価下落に対応した各国各社の対応を以下にまとめる。
(1) 中国FM宣言とその後の回復
2月上旬、CNOOCは、売主であるShell、トタールに対し、フォースマジュールを宣言した。ペトロチャイナは、カタールに、配船のリスケおよび仕向地変更を要請しカタールも了承した。中国の2020年1、2月LNG輸入量は1,113万tで、対前年同期1,088万tからわずか2.3%の増加にとどまった。これまで中国は、世界のLNG需要を牽引してきたが、2017、18年の対前年比40%増と比較すると、2019年の伸び率は低下してきていた。
LNG輸入量(2018年) 54 MT (対前年比40%増)
(2019年) 60.5 MT (対前年比12%増)
中国では暖冬の影響もあり、もともとLNG在庫が積み上がっていたとの情報もある。また、ここ数年、石炭火力からガス火力への燃料転換が進んだものの、ガス消費の対前年の伸び率も、2018年17%、2019年7%と鈍化してきていた。
同時期の国内産ガス生産は、政府の増産計画を受け、286.8億m3から314.1億m3へ、ここ数年と同様8%で伸びた。また、PLガス輸入は、2019年12月のシベリアの力の開通にもかかわらず、667万tと、対前年同期比3.6%にとどまった。
3月末より、主要工場が再開し、4月8日には武漢の都市封鎖が解除された。ただ、通常の生産レベルまで回復するには、まだ時間がかかるといわれている。
(2) インドFM宣言
3月24日、インドのモディ首相は新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、25日からの3週間、国民に外出を控える全土封鎖を要請した。工場の操業停止などで同国のエネルギー需要は大幅に落ち込む見通しとなった。
これに続き、インドのLNG輸入企業が売主に対してFMを宣言した模様だ。グジャラート州石油公社(Gujarat State Petroleum Corp、GSPC)とインドガス公社(旧Gas Authority of India Ltd、GAIL)は、3、4月デリバリーのカーゴについてフォースマジュールを宣言し、売主に対して、ダヘジ、ムンドラ、ダボールへの入船スケジュールの後ろ倒しを求めた。Petronetもフォースマジュールを宣言した模様である。これを受けてLNG市場では再び荷余り感が強まり、スポットLNG価格は2日間で50¢/MMBtu低下した。スポットLNG価格は昨年来、供給過多による荷余り感を背景に下落基調が続いていた。とりわけ、昨年前半まで旺盛な輸入を続けていた中国の輸入ペースが鈍化し始め、下落ペースが今年に入って加速していた。そうした中、マーケットではLNG輸入量世界第4位のインドの存在感が高まっており、当面の下支えを失ったスポット市況には下値余地が広がった。
4月14日、インドは5月3日までのロックダウン期間の延長を決定していたが、5月1日、さらに2週間の延長を決めた。一方、4月20日、感染の少ない地域での、石油ガス部門公営企業を含む一部産業の再開を認めたが、まだ先は見えない状況にある。
(3) 新型コロナウイルスによる建設遅延
世界中のLNG液化プロジェクトなどで、新型コロナウイルス蔓延による建設への影響、さらに、稼働開始時期の遅延が懸念されている。
- LNGカナダコロナウイルス蔓延防止対策で労働力削減
3月、LNGカナダでは、新型コロナウイルスの蔓延を防止するために、一時的に労働力の50%を削減しEssential workersのみとすると発表。完成時期の遅れが懸念されている。
- アルクチクLNG-2、新型コロナウイルスクラスター発生
2020年4月、ロシア、ベラルーシ、トルコ出身の1万人前後の労働者が従事するNOVATEKのムルマンスクLNG関連建設現場で新型コロナウイルスの大規模クラスターが発生した。患者のほとんどはベロカメンカ村にある同社建設現場の従業員であった。大規模なオフショアLNG施設を建設中の現場では緊急事態が宣言され、移動病院が配備されたが、従業は通常どおり続けられている。
- カタール拡張工事遅延
4月、North Field LNG 拡張プロジェクト4トレインの建設において、新型コロナウイルスの影響で工事遅延が発生した。Qatar Petroleumは、コントラクターからの要請を受け入れLNG液化基地の拡張計画を1年後ろ倒しし、ファーストガスを2025年にするとした。なお、カタールは、2019年、LNG生産能力を2025年までに現在の78MTPAから110MTPAへ、その後さらに126MTPAまで拡張すると発表している。
(4) 油価下落によるメジャーズ等コストダウンの影響
3月6日、OPECプラス閣僚級会合における減産合意が決裂し、4月12日にはOPEC+での大きな減産が決定されたものの、その後も油価は低迷している。年末にかけて徐々に上昇していくとの見方が有力ではあるが、メジャーズ等は、新規の設備投資やFID等のコスト削減に取り組まねばならない状況にあり、LNGプロジェクトにも後ろ倒しなどが発生している。
- ExxonMobil : 設備投資30%削減(300~330億ドル→230億ドル)を表明。モザンビークロブマLNGプロジェクトのFIDを2021年以降に後ろ倒し。
- Shell : 設備投資20%削減(250→200億ドル)。米国レイクチャールズLNGから撤退。
- BP : 設備投資を当初計画150~170億ドルから120億ドルへ25%削減。セネガル・モーリタニア海域のグレータートーチューFLNGプロジェクトのFLNG設備引き取りに関してFMを宣言。
- Woodside Petroleum : 設備投資削減60%(41~43億ドル→17~19億ドル)。豪州スカボロー、プルート第2系列、ブラウズのFID後ろ倒しを発表。
- Santos : 設備投資削減38%(14.5→9億ドル)。豪州ダーウィンLNGへのバックフィル用のバロッサガス田開発のFIDを事業環境が改善するまで延期。
3. 今後何が起こるか?
新型コロナウイルス蔓延と油価下落が今後LNG業界に与える影響について、一部実際に発生している事象を含め、以下にまとめる。最後に今後のLNG需給について触れてみたい。
(1) LNG業界で今後発生する対応
- 新規液化プロジェクト
- 需要の落ち込みによりLNG価格見通しが低下し投資採算性が悪化したこと、買主の買い控えにより長期販売契約の締結が難しくなったこと、さらに、今回の油価下落によって投資を抑制する必要性が高まったことから、FIDを先送りする。
- ただし、手元資金が潤沢で将来の需要は力強いと判断する液化事業者は、マーケットシェアの拡大を目指して、ハードルレートを下げる、つまり採算性のリスクを取ってでもFIDを進める戦略をとる可能性もある。
- 液化プラント建設費用のコストダウンを徹底していく。
- 既存液化プロジェクト
- 現在生産中のガス田が枯渇した後のガス供給を補完するためのバックフィルガス田の開発などの大規模追加投資を抑制する。
- 定期修理期間を延長したり一部翌年のメンテナンスを先取りするなど、状況に対応した稼働調整を実施し、その期間LNGを生産せず現在の記録的な低スポットLNG価格をやり過ごす。
- それとは逆に、定期修理を後ろ倒しし費用削減に努める。ただし、その期間、予定外のLNGを追加生産し市場に供給することになってしまうため、実現できるLNG価格は低くなり、また需給全体をさらに緩ませる一因となる。
- 需要減少に対応してLNG液化プラントの稼働率をダウンさせ、LNG生産量を削減する。
- LNG液化プラントをシャットイン(長期停止)する。ただし、停止時には、プラントのウォームアップ、パージ、保存などの作業や、労働者のレイオフを行わねばならない。また、運転再開時には、労働者の確保、スタートアップ等多くの手間と費用、時間が必要となるため、シャットインは最終的な手段となる。
- 契約で義務となっているLNG数量は買主に供給しなければならないが、逆ざや市場における自社生産は損失かがかさむため、当面は他社からスポットLNGを調達して買主に供給する方が経済的に有利となるケースも出てくる。
- 輸送
- スポットLNG価格が史上最低レベルにある中、LNG船の航行スピードを低下させ、揚地への到着を遅らせて、わずかでも価格上昇を狙う。
- 買主
- ガス需要が低下し在庫レベルが上昇した結果、売主に長期契約カーゴの年内後ろ倒しを要請する。売主は、通常のオペレーション範囲内としてこの調整に対応することは可能であるが、操業をシャットダウン、あるいはスローダウンさせない限り、いずれにしても生産されてしまうLNGをスポット市場で捌かなければならなくなるため、足元の余剰カーゴをさらに増加させスポットLNG価格をさらに押し下げることになる。買主から見てみれば、2月までの高いJCC(Japan Crude Cocktail、日本向け原油平均CIF価格)が適用される6月以前の受渡LNGと比較して、安価に調達できる可能性があることから、カーゴの年内後ろ倒しを志向する買主は多いと思われる。
- 新型コロナウイルス蔓延による各国ロックダウンにより、売主に対し予定通りの受け入れはできないとFMを宣言する。今年は、暖冬によりもともと在庫が高かった買主も多かった、といわれている。
- 来年の油価の方が低いと考えた場合、今年、長期油価リンクLNG契約のDQT(Downward Quantity Tolerance、下方数量許容量)を行使し、来年、安価なMake Good(削減した引取数量と同じ数量を後年引き取る義務が生じること)カーゴを受け入れる。
- この先LNG価格が低下するとの見通しから、交渉を有利に進めるために、買主が長期契約締結を引き延ばす戦略をとる。これは液化プロジェクトFIDの遅延につながり、将来、マーケットをタイト化する。
- 油価下落後にあっても、依然としてスポットLNGが長期油価リンクLNGより安価であり続けることを踏まえて、一部の買主が調達の柔軟性も高いスポットLNGの割合を増加させる。
- 発電事業者等
- LNG価格が低下したことにより、石炭や石油などの他燃料からガス火力発電への転換が促進される。
- 油価下落によって他燃料に対するLNGの相対的なコストメリットが低下し、さらに、景気の減速によって二酸化炭素排出権取引価格が下落するため、石炭や石油発電からガス発電への燃料転換が遅れる。
(2) 短期、長期のLNG需給予測
新型コロナウイルスの蔓延と油価下落の行方と影響の大きさが見えない中、短期のLNG需要については、各エネルギー研究機関やコンサルタントから様々な予測が発表されている。
IHSのダニエル・ヤーギン会長は、第二次世界大戦以来、おそらく最も深刻な経済リセッションになると言及し、3月26日現在、2020年GDP成長率は、世界全体-2.8%、米国-5.4%、欧州-4.5%、中国+2.0%、日本-2.5%、インド+2.1%と予測した。2020年の世界のエネルギー需要は、対前年比+1%未満から+4%の範囲となる見込み。世界のLNG需要は、新型コロナウイルス発生前の見通しと比較して、最大で16MT減少、最小で2019年の需要を3MT上回るレベルまで減少するとしている。その内訳として、中国のLNG輸入量は対前年+2.6MTにとどまり、欧州の2020年ガス需要は前年比-4%に低下する。米国では、随伴ガス生産が低下し、2020年HH価格は新型コロナウイルス蔓延前予測の、$2/MMBtu前後から、冬期に向けて$3.50/MMBtu台まで上昇すると予測している。
ICISは、新型コロナウイルスの影響により2020年の中国のLNG輸入量は58.1MT(対前年-3.2MT)、日本は、76.2MT(対前年-0.9MT)、韓国は、38.5MT(対前年-1.9MT)と予測している。
Wood Mackenzieによると、欧州の産業用ガス需要は5.6bcm(LNG換算4MT相当)減少し、2020通年では最大11.7bcm(LNG換算8.6MT相当)の減少と推定。米国は、ガス生産が削減されない限りHHガス価格の回復は限定的で、世界的なガス需要減速により米国産LNGやメキシコ産ガス輸出量が減少するため地下貯蔵レベルがさらに上昇する可能性があるとしている。中国のガス需要は、産業用を中心に、対前年で6bcm(LNG換算 4.2MTPA相当)から14bcm(LNG換算 10MTPA相当)の減少を予測。LNGに関しては、通年では前年比6%増と予想。インドについては、3月LNG輸入量は安価なスポットLNG価格に喚起され、前年比20%の記録的なレベルで成長したものの、ロックダウン以降の3月、4月にガス産業の需要が急激に減少し、2020年第2四半期は前期比4%の減少となると予測している。
日本エネルギー経済研究所は、2020年の日本の電力・ガス販売量は、前年比0.3%減と予測した。外出自粛で在宅時間が長くなることで、家庭の電力・都市ガス需要は増えるが、商業・産業用の減少が大きく、全体ではマイナスになる。5月末頃にピークを迎え、7~9月に収束するシナリオでは販売電力量が同0.6%減、都市ガス販売量が同0.7%減になるとした。
Poten & Partnersは、新型コロナウイルスによる危機の期間や深刻度については経験がなく、最終的な需要破壊のレベルも不明であるとしながらも、2020年の世界のLNG需要は対前年比で11MT減少すると予測している。
次に、中長期のLNG需給シナリオの一例をまとめる。ここで、根本的な経済システムは破壊されず新型コロナウイルスによる需要減退は実質3か月となること、終息すればLNG需要は程なく回復すること、第2波はないこと、また、$50/bbl程度までの油価回復には1年を要すると仮定する。
昨年筆者が行った長期にわたるLNGの需給予測イメージとの比較を以下に示した。新型コロナウイルスにより2020年中のLNG需要は一旦大きく落ち込み、この時期LNGは大きく過剰供給となり、その後回復する。また、メジャーズ等のコストダウンを反映しLNG液化プロジェクトのFIDが1年遅延するのに伴い、市場のタイト化が最も厳しくなる時期が2024年に1年後ろ倒しとなる。このタイト化の程度は、より厳しいものとなるが、その後、市場は再びルース化する。この期間を通して、LNG市場が供給過剰基調にあることは今後とも変わらない。なお、供給能力を示す曲線は現在計画されているLNG液化プロジェクトが後ろ倒しでFIDされることを前提としているが、例えば油価の回復が遅れるなど、何らかの事情でFIDが想定通り実施されない場合は、2020年代半ば以降のLNG市場はより引き締まることになる。
シナリオのイメージ
● 2019年 供給過剰。
● 2020年 コロナの影響で需要が低下し供給過剰が加速(3ヶ月)。油価下落(1年間)で液化プロジェクトのFIDが1年遅れる。
● 2024年 一旦タイト化しかけるものの、中国需要の減速、東南アジアデマンドクリエーションの遅れ、炭素制約による液化プロジェクト駆け込みFIDにより2030年過ぎまで供給過剰が続く。産ガス国は、環境プレッシャーによるガス資産のストランデッド化を懸念し、2030年以前にマネタイズに踏み切る。
● 2025年 JKMが成熟。長期契約価格指標にも採用され、その後、原燃料費調整制度廃止。
● 2030年 液化プラントへの投資が減少し2035年以降、新規LNG供給が減少。市場タイト化。
● 2050年 再生可能エネルギーとの相性の良さからLNG需要は堅調(高性能蓄電池等技術的なブレークスルーがないとの前提)。
5. おわりに
商業取引開始から50年を経過して、ようやくコモディティー化が進み、供給過剰基調が顕在化してきたLNG市場に、今回想定外の新型コロナウイルス蔓延による需要低下と、協調減産不調による油価下落が大きな影を落としている。
メジャーズは、コストダウンのためガス開発計画を見直し、新規LNG液化プロジェクトのFIDを遅延させている。複数のアジア買主からFMが宣言され、スポットLNGの最低価格更新が日々報道されている。新たに勃興してきた北米LNGプロジェクトに対しても、カーゴキャンセルが本格化しつつある中、原料となるシェールガス価格の緩やかな上昇により、逆ざやによる各社の損失がさらに拡大しつつある。
今後、欧州ガス市場は、2020年夏に向けて地下貯蔵容量が満杯となり、その後は当座使用分のLNG以上の受け入れはできない状態に陥る。北米のLNG売主は、これまでスポットLNGの市場価格が、SRMC(Short Run Marginal Cost、短期限界費用)はもとより、原料ガスコストさえ下回るチキンゲームに耐えてきたが、それをきっかけとして長期保管に不向きなLNGの生産はいよいよ物理的に制限され、複数の既存LNG液化プラントがシャットイン、もしくは、ミニマム稼働に移行することが予測される。需給状況が今以上に緩んでしまうと、一時的にはいわゆる投げ売りの発生さえ懸念される。
高値で取り引きされ、これまでメジャーズの金のなる木となっていた長期油価リンク契約LNGの価格も、3ヶ月の時期ずれを経て、7月以降徐々に低下していく。油価下落による直接的なダメージに引き続き、平均LNG販売価格の低下が2次的にメジャーズのバランスシートにダメージを与えていく。
一時的には解決したかのように見えた米中貿易戦争も、新型コロナウイルスの発生原因を巡って欧州各国も巻き込み、今後の新たな火種としてくすぶり続けている。
今冬以降、これまでになく多くのニュースが飛び交い、LNG市場には新たなダイナミズムが生まれている。短期的には、原料ガスコストをも下回るスポットLNG価格の低下や、LNG液化プロジェクトFIDの減少等、将来のLNG需給タイト化への危惧もはらみながら、長期的にはLNGの価格低下が、石炭や石油など他燃料からガスへの転換を促進し、結局、ガス需要はより喚起されていくことが期待される。もしもLNGを含めた天然ガスの価格が低位で安定するのであれば、再生可能エネルギーが主役となる時代までの、クリーンで安価なブリッジ燃料として、その地位をより堅固にしていくことには間違いないのではなかろうか。
今回の新型コロナウイルスや油価下落などの新たな環境の変化に対して、最終的にはLNG業界がそれに適応し、さらに発展していくことを確信しながら、今後も定点観測を継続していきたい。
以上
(この報告は2020年5月7日時点のものです)