ページ番号1008754 更新日 令和2年5月18日
原油市場他: 原油価格が先物史上初のマイナスとなるも、その後OPECプラス産油国による減産措置開始と米国等での外出規制緩和の動き等で持ち直す原油価格
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概要
- 米国では、4月後半以降の新型コロナウイルス肺炎拡大に伴う外出規制の緩和によりガソリン需要が回復する兆候が見られる一方で、ジェット燃料等の精製利幅確保が困難となったことにより製油所の稼働が低迷したことがガソリン生産に影響したと見られることから、ガソリン在庫は減少傾向となったが、平年幅上限を超過する状態は継続している。他方、新型コロナウイルス肺炎拡大に伴う産業活動低迷が留出油需要に影響を与えた等したこともあり当該製品在庫は増加傾向となり平年幅上限を超過する状態は維持されている。他方、製油所の稼働低下により原油在庫は増加傾向となり平年幅を超過する状態は続いている。
- 2020年4月末のOECD諸国推定石油在庫量の対前月末比での増減に関しては、原油については、米国、欧州及び日本の各地域で、石油製品需要の大幅減少により精製利幅が相当程度低下したことから原油精製処理活動が不活発化した一方で、産油国による原油供給が比較的旺盛に行われていたことにより、OECD諸国全体として原油在庫は増加したうえ、在庫量が平年幅上限を超過する状態は継続している。石油製品については、米国では留出油在庫の増加等もあり石油製品全体の在庫は増加した。また、欧州でも新型コロナウイルス肺炎拡大による経済活動制限の強化に伴い石油製品需要が低迷したことにより、石油製品在庫水準は上昇した。日本においても、4月に新型コロナウイルス肺炎拡大に伴い緊急事態を宣言したことで、ガソリン等の需要が減少したこともあり、石油製品全体の在庫も増加した。このため、OECD諸国全体としての石油製品在庫は増加となり、平年幅上限を上回る量となっている。
- 2020年4月下旬から5月中旬にかけての原油市場では、米国原油先物5月渡し契約の取引期限を控え、同国での貯蔵余力減少に対する懸念を背景として市場での原油購買意欲が欠如したこともあり、4日20日の原油価格(WTI)は一時1バレル当たりマイナス40.32ドルと米国原油先物史上記録的な低水準に到達した。しかしながら、その後はOPECプラス産油国による減産措置の開始と追加減産措置実施の動き、世界各国・地域での新型コロナウイルス肺炎に伴う外出制限措置の緩和と経済活動再開の兆候による世界石油需要回復に対する期待等が原油相場に上方圧力を加えた結果、原油価格は上昇傾向となり、5月中旬には1バレル当たり29ドル台の水準に到達した。
- 今後短期的には、新型コロナウイルス肺炎感染ペースの鈍化に伴う経済活動再開による石油需要の回復期待とOPECプラス産油国等による石油供給削減の動きが相俟って世界石油需給引き締まり観測が市場で増大することにより原油相場に上方圧力が加わりやすいものと考えられる。また、OPECプラス産油国により一層の減産措置強化の意向が示される等するようであれば、原油相場はさらに上振れすることもありうる。ただ、原油価格がある程度上昇した段階では米国のシェールオイル等の開発・生産活動が復活するとの見方が市場で増大する結果、さらなる原油相場の上昇が抑制される可能性もある。
(IEA、OPEC、米国DOE/EIA他)
1. 原油市場を巡るファンダメンタルズ等
2020年2月の米国ガソリン需要(確定値)は日量897万バレルと前年同月比で0.0%程度の増加となり(図1参照)、速報値(前年同月比で0.5%程度増加の日量901万バレル)から下方修正された。同月の同国からのガソリン最終製品輸出量が速報値段階では日量 76 万バレル程度と推定されるところ、確定値では同88万バレルへと上方修正されたことで、この分がガソリン需要の速報値から確定値への移行段階で国内需要から輸出に振り替えられたことが、当該需要の下方修正の一因になっているものと見られる。また、2月の全米平均ガソリン小売価格が1ガロン当たり2.533ドルと前月比では0.083ドル(約3.9%)下落しているものの、前年同月比では0.140ドル(約5.9%)上昇しているうえ、2月の同国の1人当たり実質個人可処分所得が前年同月比で1.6%の伸びにとどまる(因みに2019年1月の当該所得の前年同月比での増加率は2.9%であった)など、2020年1月15日に米国と中国との間での貿易紛争を巡る第一段階の合意に関する文書が署名されたものの、それまでの両国の関税賦課合戦等の影響が尾を引いたことが、ガソリン需要を抑制した結果、同月の当該需要の前年同月比での伸びが限定された可能性があるものと考えられる。また、2020年4月の同国ガソリン需要(速報値)は日量569万バレル、前年同月比で39.2%程度の減少となった。新型コロナウイルス肺炎により、カリフォルニア州では3月19日、ニューヨーク州は3月22日に、それぞれ外出禁止令が発令されるなどしたことで市民の往来が大きく制限されたことに伴い、自動車での移動が大幅に鈍化したことが、ガソリン需要に大きく影響しているものと考えられる。他方、米国の製油所では春場のメンテナンス作業は終了しつつあるものの、ガソリン需要が大きく落ち込んでいることに加え、3月13日午後11時59分以降米国国外からの渡航制限が実施されたこともあり、航空機での往来も大幅に減少した結果、4月の米国ジェット燃料需要も日量61万バレルと前年同月比で65.3%程度減少するなどの影響を受けていることもあり、製油所での精製利幅確保が困難となりつつあるという経済的な理由で、製油所の稼働が抑制されるとともに原油精製処理量が大幅に減少した(図2参照)ことにより、ガソリン製造活動も混合基剤を中心として不活発化したものと見られる(ガソリン最終製品の生産量は図3参照)。ただ、4月3日の週の同国ガソリン需要は日量507万バレルであった(これは1991年2月以降の同国週間統計史上最低水準であった)ものの、4月16日に米国のトランプ大統領が米国民の外出規制緩和と経済活動再開への指針を発表したことで、同国の一部の州で外出規制緩和と経済活動再開が実施されたことにより、ガソリン需要は5月8日の週には日量740万バレルへと持ち直しつつあることに対し、製油所での原油精製処理活動とそれに伴うガソリン生産活動の回復は緩慢でありガソリン需要の増加を相殺するまでには至らなかったことから、2020年4月上旬から5月上旬にかけ同国のガソリン在庫は減少傾向となったが、平年幅上限を超過する状態は維持されている(図4参照)。
2020年2月の同国留出油(軽油及び暖房油)需要(確定値)は日量401万バレルと前年同月比で7.4%程度の減少となったが、速報値である日量393万バレル(同9.2%程度の減少)からは上方修正されている(図5参照)。2月の米国の鉱工業生産が前年同月比で0.3%の減少となった(因みに2019年2月のそれは同2.7%程度の増加であった)こともあり、同月の同国の物流活動も前年同月比で0.8%の減少となった(因みに2019年2月の同国物流活動は前年同月比で2.7%の増加であった)ことに加え、2020年2月は同国北東部が前年同月に比べ温暖であったことから、当該地域で暖房用に利用されている留出油の需要が抑制されたと見られることが、同月の米国の留出油需要の前年同月比での相当程度の減少に寄与しているものと考えられる。また、2020年4月の留出油需要(速報値)は日量310万バレルと前年同月比で22.2%程度の減少となった。新型コロナウイルス肺炎に伴う米国での経済活動の停滞の影響もあり2020年4月の同国鉱工業生産が前年同月比で15.0%の減少となった(因みに2019年4月の同国鉱工業生産は前年同月比で0.7%の増加であった)ことが同国の留出油需要の前年同月比での減少に影響しているものと見られる。他方、ガソリンやジェット燃料の精製利幅の縮小に伴い製油所の稼働が低下したものの、製油所での留出油生産はそれほど落ち込まなかった(需要が大幅に減少していることにより生産が絞り込まれたジェット燃料(当該製品の生産量は3月6日の週は日量163万バレルであったが5月8日の週には同44万バレルへと減少している)に代わりに、米国での3月下旬以降の一部地域での市民の外出禁止令発令に比べ産業活動の制限が緩やかに進行したことで精製利幅がそれなりに維持されていた留出油の生産(ジェット燃料と品質が比較的類似していることもあり製造上の転換が比較的要因であるとされる)が相対的に押し上げられたことが背景にあると見る向きもある)(図6参照)ことから、4月上旬から5月上旬にかけて同国の留出油在庫は増加傾向となり、平年幅の上限を超過する状態は続いている(図7参照)。
2020年2月の米国石油需要(確定値)は、前年同月比で1.9%程度減少の日量1,984万バレルとなった(図8参照)。留出油需要が前年同月の水準を相当程度下回ったことが同国の石油需要に影響する格好となっている。また、その他の石油製品需要が速報値(日量415万バレル)から確定値(同359万バレル)に移行する段階で下方修正されたことが一因となり、当該需要も速報値(日量2,051万バレル、前年同月比1.4%程度の増加)から下方修正されている。他方、2020年4月の米国石油需要(速報値)は、日量1,473万バレルと前年同月比で26.7%程度の減少となった。米国の一部地域での外出禁止令発令に伴う市民の自動車及び航空機での往来の低迷によりガソリン及びジェット燃料が相当程度落ち込んだこと等が、同月の同国石油需要の減少に寄与しているものと考えられる。また、4月のその他石油製品の需要は日量416万バレルと前年同月比で同29万バレルの増加となっているが、過去の実績(2019年3月~2020年2月の1年間(確定値)で日量359~422万バレル)に照らし合わせても高い部類に入ることから、今後当該需要が速報値から確定値に移行する段階で下方修正されることにより同国の石油需要(確定値)が調整されることもありうる。そして製油所での精製利幅の縮小に伴い稼働の低下と原油精製処理活動が不活発化した(原油精製処理量は3月6日の週には日量1,570万バレルであったが5月8日の週には同1,238万バレルへと減少している)一方で、同国の原油生産量は相対的に緩やかに減少した(同国の原油生産量は3月6日の週には日量1,300万バレルであったが、5月8日には同1,160万バレルへと減少としている)ことから、原油在庫は2020年4月上旬から5月上旬にかけ増加傾向となり、平年幅上限を上回る状態は続いている(図9参照)。ただ、米国原油生産量の減少に加え、原油輸入量の減少及び原油輸出量の増加等もあり、4月10日には前週比で1,925万バレル増加した同国原油在庫は、その後増加幅が縮小傾向となったうえ、5月8日の週には前週比で75万バレルの減少となった。また、米国オクラホマ州クッシング(米国原油先物契約受渡地点であり、ここでの原油需給状況がしばしばWTI原油先物価格に影響を与える)は、4月3日の週には前週比で642万バレルの増加と2004年4月以降の週間在庫統計史上最大の伸びを示したものの、その後増加ペースは鈍化傾向を示したうえ、5月8日の週は前週比で300万バレルの減少となっている。そして、原油、ガソリン及び留出油在庫が平年幅上限を上回っていることから、原油とガソリンを合計した在庫、そして原油、ガソリン及び留出油を合計した在庫は、いずれも平年幅上限を超過する状態となっている(図10及び11参照)。
2020年4月末のOECD諸国推定石油在庫量の対前月末比での増減に関しては、原油については、米国、欧州及び日本の各地域で、新型コロナウイルス肺炎の拡大に伴う市民の外出規制と経済活動の制限の強化に伴うジェット燃料等の石油製品需要の大幅減少により、精製利幅が相当程度低下したことから、原油精製処理活動が不活発化した一方で、OPECプラス産油国による日量970万バレル程度の減産措置の開始は5月1日であり、それまでこれら産油国等による原油供給が比較的旺盛に行われていたことにより、OECD諸国全体として原油在庫は増加したうえ、在庫量が平年幅上限を超過する状態は継続している(図12参照)。石油製品については、米国では留出油在庫の増加に加え、冬用ガソリンの利用時期終了に伴い当該製品に混入していたブタンの需要減少によるその他の石油製品在庫の増加等もあり、同国の石油製品全体の在庫も増加した。また、欧州でも新型コロナウイルス肺炎の拡大による市民の外出規制及び経済活動制限の強化に伴い石油製品需要が低迷したことにより、ガソリンや中間留分の在庫が増加した結果、石油製品全体の在庫水準も上昇した。日本においても、4月7日に一部地域、4月16日には全国に対し、新型コロナウイルス肺炎拡大に伴う緊急事態を宣言したことで、ガソリン等の需要が減少したことから、当該製品在庫が増加した他、冬場の暖房需要期が概ね終了したことで灯油在庫が増加したこともあり、石油製品全体の在庫も増加した。このため、OECD諸国全体として石油製品在庫は増加となり、平年幅上限を上回る量となっている(図13参照)。そして、原油及び石油製品在庫が平年幅上限を上回っていることから、原油と石油製品を合計した在庫も平年幅上限を超過する状態となっている(図14参照)。なお、2020年4月末時点のOECD諸国推定石油在庫日数は79.1日と3月末の推定在庫日数(82.6日)から減少している。
4月15日に1,600万バレル台半ば程度であったシンガポールでのガソリン等の軽質留分在庫は、4月22日には1,600万バレル台前半程度、そして4月29日は1,500万バレル台半ば程度の量へと減少した。5月5日には1,600万バレル台前半程度の量へと回復したものの、5月13日には1,500万バレル台前半の水準へと低下するなど、4月中旬から5月中旬にかけ当該在庫は全体としては減少傾向であった。新型コロナウイルス肺炎の拡大によりインドを含むアジア諸国での外出制限に伴う自動車の往来が鈍化したことに伴いガソリン需要が低迷したこともあり、シンガポールからアジア諸国に向けたガソリン輸出が減少したものの、ガソリン需要の減少に伴い精製利幅が低下したり、メンテナンス作業を実施したりしたことから、アジアの多くの国の製油所は稼働を引き下げるとともに石油製品製造活動を縮小したことに加え、中国では新型コロナウイルス肺炎の感染が収束し始めたとされることで市民の外出制限が緩和されたことから国内のガソリン需要が回復する兆候が見え始めたこともあり、国外のガソリン価格と比べ国内のガソリン価格が相対的に堅調となったことで、中国からのガソリン輸出が低迷したことから、シンガポールのガソリンを含む軽質留分在庫が減少傾向を示したものと考えられる。そして、シンガポールの軽質留分在庫が減少傾向を示すとともに、アジア地域でのガソリン需給の相対的な引き締まり感が市場で感じられていることに加え、今後新型コロナウイルス肺炎に伴う外出規制が緩和されることによるガソリン需要回復期待が市場で発生したことから、4月下旬から5月中旬にかけてのアジア市場でのガソリンとドバイ原油との価格差(4月初頭以降ガソリン価格がドバイ原油のそれを概ね下回っている)は縮小している。
ナフサについては、4月下旬初頭頃は原油価格の大幅な下落にナフサ価格のそれが追い付かなかったことから、ナフサとドバイ原油の価格差(この場合ナフサ価格がドバイ原油のそれを下回っている)は急速に縮小する場面が見られた。しかしながら、その後は原油価格の反発にナフサ価格のそれが追い付かなかったうえ、5~7月にかけ日本で複数の石油化学会社がナフサ分解装置のメンテナンス作業を実施することから、原料となるナフサの需要抑制観測が市場で発生した一方、特に4月上旬に米国でのガソリン需要が不振であったことから、米国及び米国にガソリンを輸出している欧州において、ガソリン混入用のナフサ需給の緩和感が強まったことにより欧州等でのナフサ価格が圧迫されたことから、この先欧州等からアジア方面にナフサが流入するとの観測が市場で強まったこともあり、5月中旬にかけナフサとドバイ原油の価格差は拡大する傾向が見られる。
4月15日には1,500万バレル弱の量であったシンガポールの中間留分在庫は、4月22日には1,400万バレル台半ば程度の水準へと低下した。4月29日には1,400万バレル台後半程度の量へと持ち直したものの、5月5日には1,400万バレル強の水準へと低下したうえ、5月13日には1,400万バレル台前半程度の量となっている。新型コロナウイルス肺炎の拡大に伴うアジア諸国での市民の往来の制限によりガソリンやジェット燃料の需要が減退したことに伴いこれら製品の精製利幅が低迷したり、メンテナンス作業を実施したりしたことから、アジアの多くの国の製油所の稼働が低下するとともに、ジェット燃料及び軽油の生産が減少した他、中国では経済活動が再開されつつあったことで、国内の軽油等の需要が回復しつつあることで中国からの輸出が鈍化していると見られることもあり、アジア諸国からシンガポールへの中間留分の流入が低下した一方で、シンガポールからアジア諸国へ中間留分が流出したことが、シンガポールでの中間留分在庫の減少に寄与しているものと考えられる。そして、4月下旬初頭に発生した原油価格の大幅下落に軽油価格の下落が追い付かなかった結果、軽油とドバイ原油の価格差(この場合軽油価格がドバイ原油のそれを上回っている)が拡大する場面が見られたものの、その後は多くの国で新型コロナウイルス肺炎に伴う経済活動制限の強化による産業部門や物流部門等における軽油需要の低迷に加え、そのような経済活動制限の継続により軽油需要が不振であるインドから今後軽油の輸出が増加するとの観測が市場で発生したことが当該製品価格を抑制した一方で、原油価格が回復してきたことから、5月中旬にかけ価格差は縮小する傾向を示した。
4月15日には2,400万バレル台半ば程度の水準であったシンガポールの重油在庫(高硫黄のものが中心と見られる)は、4月22日及び29日には、2,200万バレル台前半程度の量へと減少した。しかし、5月5日には2,400万バレル台前半程度、5月13日は2,500万バレル弱の水準へと増加している。新型コロナウイルス肺炎に伴う多くのアジア諸国での経済活動制限に伴い貿易の動きが鈍化したと見られることから船舶部門向け燃料需要が低迷したことがシンガポールでの当該製品在庫増加の一因であると見られる。そして、4月下旬初頭には、原油価格の大幅な下落に重油価格のそれが追い付かなかったことから、例えば、シンガポールでの高硫黄重油とドバイ原油の価格差(従来多くの時期で高硫黄重油価格がドバイ原油のそれを下回っていた)はこの時期高硫黄重油価格がドバイ原油のそれを相当程度上回る場面も見られたが、その後はシンガポールでの重油在庫の増加に伴い当該製品需給緩和感が市場で強まったことが価格に下方圧力を加えた結果、重油価格がドバイ原油のそれを上回る程度は縮小したうえ、4月末前後以降は重油価格がドバイ原油価格を下回る状態となった他、時間の経過とともに下回る程度は拡大する傾向を示している。
2. 2020年4月下旬から5月中旬にかけての原油市場等の状況
2020年4月下旬から5月中旬にかけての原油市場では、4月21日の米国原油先物市場での5月渡し契約の取引期限を控え、米国での原油在庫が急速かつ大幅に増加することに伴う同国での貯蔵余力減少に対する懸念が市場で広がるとともに原油購買意欲が欠如したこともあり、4日20日の原油価格(WTI)は一時1バレル当たりマイナス40.32ドルと1983年前半以降の米国原油先物史上記録的な低水準に到達した他、同日の終値もマイナス37.63ドルとなった。しかしながら、その後は米国とイランの対立の高まりと中東地域の不安定化及び当該地域からの石油供給途絶の可能性に対する市場での懸念の増大、米国石油坑井掘削装置稼働数の大幅減少、OPECプラス産油国による減産措置の開始と追加減産措置実施への動き、米国原油在庫の減少、世界各国・地域での新型コロナウイルス肺炎に伴う外出制限措置の緩和と経済活動再開の兆候による世界石油需要回復に対する期待等が原油相場に上方圧力を加えた結果、原油価格は上下に変動しながらも上昇傾向となり、5月中旬には1バレル当たり29ドル台の水準に到達した(図15参照)。
4月20日は、4月21日の米国原油先物市場での5月渡し先物契約の取引期限(納会)を控え、米国原油在庫が急速かつ大幅に増加することに伴う同国での貯蔵空間減少に対する懸念が市場で広がるとともに原油購買意欲が欠如したことから、この日の原油価格は一時1バレル当たりマイナス40.32ドルと1983年前半以降の米国原油先物史上記録的な低水準に到達した他、同日の終値も前週末終値比で1バレル当たり55.90ドル下落し、マイナス37.63ドルとなった。ただ、4月21日には、前日の原油価格急落に伴う値頃感から原油を買い戻す動きが市場で発生したことに加え、4月21日の米国原油先物市場での納会を控えた持ち高調整の動きが市場で発生したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり10.01ドルと前日終値比で47.64ドル上昇した(なお、この日を以てNYMEXの2020年5月渡し原油先物契約は取引を終了したが、2020年6月渡し原油先物価格のこの日の終値は1バレル当たり11.57ドル(前日終値比8.86ドルの下落)であった)。4月22日も、これまでの原油価格下落に伴う値頃感から原油を買い戻しする動きが市場で発生したことに加え、4月15日にペルシャ湾で軍事訓練を行っていた米軍艦船に対しイラン革命防衛隊の艦船が挑発行為を行ったとされる(イラン革命防衛隊は米軍艦船がイラン革命防衛隊艦船に対し危険行為を行った旨4月19日に主張した)件に対し、4月22日に米国のトランプ大統領がイランの小型砲艦が洋上で米軍の艦船に迷惑行為を行うのであれば、それら全てに対し砲撃し破壊するよう米海軍に指示した旨表明したことにより、米国とイランとの対立の高まりに対する懸念が市場で増大したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり3.77ドル上昇し、終値は13.78ドルとなった。4月23日も、4月22日に米国のトランプ大統領が米軍艦船に対する迷惑行為を行うイラン小型砲艦全てに対し砲撃し破壊するよう米海軍に指示した旨表明したことに対し、4月23日にイラン革命防衛隊のサラミ司令官が、ペルシャ湾で米軍艦船がイランの安全保障を脅かす場合には、それら艦船を破壊するようイラン海軍に指示した旨表明したことで、米国とイランの対立の高まりと、中東地域情勢の不安定化及び当該地域からの石油供給途絶の可能性に対する懸念が市場で増大したことに加え、クウェートのファディル電力水相兼石油相が、OPECプラス産油国の減産措置開始日である5月1日を待たずして減産を開始した旨4月23日に報じられたことで、世界石油需給の相対的な引き締まりに対する期待が市場で増大したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり16.50ドルと前日終値比で2.72ドル上昇した。4月24日も米国石油サービス会社ベーカー・ヒュージズ(Baker Hughes)から発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が同日時点で378基と前週比で60基減少(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は同日時点で367基と同58基減少)していた旨判明したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.44ドル上昇し、終値は16.94ドルとなった。この結果原油価格は4月21~24日の4日間で併せて1バレル当たり54.57ドル上昇した。
ただ、米国大手金融機関ゴールドマン・サックスが、今後3~4週間のうちに世界の石油貯蔵能力が試されることになるであろう旨の見解を明らかにしたと4月26日夕方(米国東部時間)に報じられたことに加え、4月27日に米国の原油上場投資信託(ETF)であるユナイテッドステーツ・オイル・ファンド(USO)が6月渡し(期近)WTI原油先物契約を売却し、より期先の契約に乗り換える方針である旨表明した他、米国原油先物契約受渡地点であるクッシングでの原油在庫が4月24日の週は前週比で6,500万バレル程度増加した旨石油関連情報サービス会社ジェンスケープ(Genscape)が報告したと4月27日に伝えられたことから、この日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり4.16ドル下落し、終値は12.78ドルとなった。また、4月28日も、4月27日にUSOが6月渡しWTI原油先物契約を売却し、より期先の契約に乗り換える方針である旨表明した流れを引き継いだうえ、4月28日にS&Pグローバルが自社で取り扱うS&P GSCIファンドにおいて保有する6月渡しWTI原油先物契約を売却し7月渡し契約を購入する方針である旨顧客に通知したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり12.34ドルと前日終値比で0.44ドル下落した。この結果原油価格は4月27~28日の2日間で併せて1バレル当たり4.60ドルの下落となった。しかしながら、4月29日には、この日EIAから発表された米国石油統計(4月24日の週分)で原油在庫が前週比で899万バレルの増加と市場の事前予想(同980~1,190万バレル程度の増加)程増加しなかったうえ、クッシングの原油在庫が同364万バレルの増加と4月のこれまでの増加幅(同478~642万バレル程度)を下回って増加していたことに加え、ガソリン在庫が前週比で367万バレルの減少と市場の事前予想(同249~290万バレル程度の増加)に反し減少していた旨判明した他、同国ガソリン需要が前週比で日量55万バレル程度増加している旨明らかになったことに加え、4月28日夕方に発表された米国IT大手アルファベットの2020年1~3月期業績が市場の事前予想を上回っていた他、米国医薬品大手ギリアド・サイエンシズの新型コロナウイルス肺炎治療薬の臨床結果が前向きであった旨同社が4月29日に発表したこともあり、米国株式相場が上昇したことから、この日(4月29日)の原油価格の終値は1バレル当たり15.06ドルと前日終値比で2.72ドル上昇した。4月30日も、4月29日にEIAから発表された米国石油統計で原油在庫が事前予想程増加しなかったうえ、クッシングの原油在庫が4月のこれまでの増加幅を下回って増加していたことに加え、ガソリン在庫が市場の事前予想に反し減少していた旨判明した他、同国ガソリン需要が前週比で相当程度増加している旨明らかになった流れを引き継いだうえ、4月29日夕方(米国東部時間)にノルウェー石油・エネルギー省が、2020年6月の同国原油生産量を基準となる日量185.9万バレル(因みに、同国の2020年3月の原油生産量は同179.5万バレルであった)から日量25万バレル、7~12月のそれを同13.4万バレル、それぞれ削減する他、2020年に生産を開始する予定であった複数の油田につき生産開始を2021年に先延ばしする方針である旨発表したこと、4月30日に米国中堅石油会社コノコフィリップスが今後数週間で大幅な減産を実施することにより、6月までに日量46万バレルと2019年の同社石油・天然ガス生産量(石油換算同134.8万バレル)の35%程度が削減される旨発表したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり3.78ドル上昇し、終値は18.84ドルとなった。5月1日も、この日を以てOPECプラス産油国による日量約970万バレルの減産措置が正式に開始されたことにより、この先の世界石油需給引き締まり期待が市場で増大したことに加え、5月1日に大手国際石油会社エクソンモービルが新型コロナウイルス肺炎の拡大に併せ2020年は石油・天然ガス生産量を石油換算で日量40万バレル削減することを見込んでいる旨明らかにした他、同日大手国際石油会社シェブロンも5月に最大日量30万バレル、6月に最大40万バレルの減産を実施する計画である旨表明したこと、5月1日にベーカー・ヒュージズから発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が同日時点で325基と前週比で53基減少(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は同日時点で318基と同49基減少)していた旨判明したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり19.78ドルと前日終値比で0.94ドル上昇した。この結果原油価格は4月29日~5月1日の3日間で併せて1バレル当たり7.44ドルの上昇となった。
また、5月4日も、この日イタリア及び米国オハイオ州等で新型コロナウイルス肺炎感染に伴う経済活動上の制限緩和が実施されたこともあり、世界石油需要の回復に対する期待が市場で増大したことに加え、クッシングの原油在庫が前週比で180万バレルの増加と3月20日の週(この時は同86万バレル程度の増加)以来の低水準にとどまっている旨ジェンスケープが明らかにしたことで、米国原油先物契約受渡地点での石油需給緩和感が市場で後退したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり20.39ドル前週末終値比で0.61ドル上昇した。また、5月4日夕方(米国東部時間)に米国カリフォルニア州のニューサム州知事が、5月8日より同州の一部小売店の営業再開を可能とする旨表明したこともあり、新型コロナウイルス肺炎の石油需要に与える影響に関する市場の懸念が後退したこともから、5月5日の原油価格も前日終値比で1バレル当たり4.17ドル上昇し、終値は24.56ドルとなった。この結果原油価格は5月4~5日の2日間で併せて1バレル当たり4.78ドル上昇した。ただ、5月6日には、これまでの原油価格の上昇に対し利益確定の動きが市場で発生したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.57ドル下落し、終値は23.99ドルとなった。また、5月7日も、これまでの原油価格の上昇に対する利益確定の動きが市場で続いたことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり23.55ドルと前日終値比で0.44ドル下落した。この結果原油価格は5月6~7日の2日間で併せて1バレル当たり1.01ドルの下落となった。しかしながら、5月8日には、この日ベーカー・ヒュージズから発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が同日時点で292基と前週比で33基減少(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は同日時点で288基と同30基減少)していた旨判明したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり24.74ドルと前日終値比で1.19ドル上昇した。
ただ、5月6日に新型コロナウイルス肺炎感染に関する外出規制等を緩和した韓国の首都ソウルのナイトクラブで5月2日未明に新型コロナウイルス肺炎の集団感染が発生した旨5月9日までに明らかになった他、中国の武漢でも5月10日に集団感染が発生した旨5月11日に伝えられたことに加え、ドイツでは外出制限緩和等の措置により感染者が増加する兆候を示している旨5月11日に報じられたこともあり、新型コロナウイルス肺炎感染の第二波の到来による経済成長減速と石油需要の伸びの鈍化に対する懸念が5月11日の市場で増大したことから、この日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり0.60ドル下落し、終値は24.14ドルとなった。しかしながら、サウジアラビア政府が同国国営石油会社サウジアラムコに対し6月の原油減産量を日量100万バレル拡大するよう指示した旨5月11日に国営サウジ通信が伝えた他、クウェートも6月にさらに日量8万バレル減産を追加する旨同国のファディル電力水相兼石油相場が明らかにしたと5月11日に報じられたことに加え、UAEも6月から減産規模を日量10万バレル増大させる旨5月11日に同国のマズルーイ石油相が声明を発表したことで、中東湾岸OPEC産油国による供給削減強化に伴う世界石油需給の相対的な引き締まり感が発生した流れを5月12日の市場が引き継いだことに加え、OPECプラス産油国が6月末以降も5~6月の原油減産幅である日量970万バレルを維持することを希望している(現在の予定では7月以降の減産幅は日量770万バレル程度)旨複数の関係者が明らかにしたと5月12日報じられたこと、5月12日にEIAから発表された短期エネルギー展望(STEO:Short-term Energy Outlook)で、EIAが2020年の世界石油供給見通しを日量9,519万バレル、2021年のそれを同9,573万バレルと、4月7日発表時点の2020年の同9,939万バレル、及び2021年の同1.002億バレルから相当程度下方修正していた旨判明したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり25.78ドルと前日終値比で1.64ドル上昇した。しかしながら、5月13日には、この日OPECから発表された「月刊オイルマーケットレポート」でOPECが2020年の世界石油需要を4月16日に発表されたそれから日量223万バレル下方修正した結果、同年の石油需要の伸びが前年比で同907万バレルの減少になるものと見込んでいる旨明らかになったことに加え、5月13日に米国連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が、米国経済は未曽有の下振れリスクに直面しており、景気回復までには相当な期間を要する可能性がある旨示唆したこともあり米国株式相場が下落したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.49ドル下落し、終値は25.29ドルとなった。それでも、5月13日にEIAから発表された米国石油統計(5月8日の週分)で原油在庫が前週比で75万バレルの減少と市場の事前予想(同400~480万バレル程度の増加)に反し減少していたうえ、ガソリン在庫が前週比で351万バレルの減少と市場の事前予想(同220~250万バレル程度の減少)を上回って減少していた他、ガソリン需要が前週比で日量73万バレル増加していた旨判明したことで、同国の石油需給引き締まり感が意識された流れを5月14日の市場が引き継いだことに加え、サウジアラムコがアジアの顧客8社に対し20~30%もしくはそれ以上原油供給を削減する旨通告した他、欧米の一部顧客に対しては最大で60~70%供給を削減することになるであろう旨5月14日に報じられたこと、5月14日に国際エネルギー機関(IEA)から発表された「オイルマーケットレポート」で、新型コロナウイルス肺炎に伴う市民の外出規制の緩和傾向を考慮しIEAが2020年第二四半期の石油需要を日量322万バレル上方修正したことから、5月14日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり2.27ドル上昇し、終値は27.56ドルとなった。また、5月15日も、この日中国国家統計局から発表された4月の同国原油精製処理量が5,385万トン(日量推定1,314万バレル)と前年同月比で0.8%増加している旨判明したことに加え、5月15日より米国ニューヨーク州及びバージニア州の一部で新型コロナウイルス肺炎に伴う経済活動制限が緩和されたこともあり石油需要回復期待が市場で増大したこと、5月15日にベーカー・ヒュージズから発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が同日時点で258基と前週比で34基減少(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は同日時点で253基と同35基減少)していた旨判明したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり29.43ドルと前日終値比で1.87ドル上昇した。この結果原油価格は5月14~15日の2日間で併せて1バレル当たり4.14ドルの上昇となった。
3. 原油市場における注目点等
地政学的リスク要因面では、まず、米国とイランとの対立が挙げられよう。ペルシャ湾の公海上で米国陸軍ヘリコプターとともに訓練を実施していた同国海軍及び沿岸警備隊の艦船6隻に対しイランの革命防衛隊の艦船11隻が異常接近するとともに挑発行為を行った旨4月15日に米国海軍が発表するとともに、当該行為を批判した。これに対しイラン側は革命防衛隊の訓練中に米軍の艦隊が妨害行為を行った(また、4月6~7日にも同様の行為を行ったと主張)として米軍の行動を非難する旨の声明を革命防衛隊が4月19日に発表している。また、4月22日には、イランの革命防衛隊が軍事衛星「ヌール(光)1号」の打ち上げに成功したと発表したが、これは衛星打ち上げのためのロケットに関する技術が核弾頭を搭載可能な長距離弾道ミサイル開発に転用できるとして米国政府関係者が不安視していたものであり、4月22日に米国のポンペオ国務長官が、イランの弾道ミサイル及びそれに関連する技術の開発を禁止した国連安全保障理事会決議に違反していると批判した。また、同日米国のトランプ大統領は、イランの小型砲艦が洋上で米軍の艦船に迷惑行為を行うのであれば、それら全てに対し砲撃を加え破壊するよう海軍に指示した旨表明した(イランの軍事衛星打ち上げ成功を受けてのものである可能性があると見る向きもある)が、その後トランプ氏は米軍の戦闘関与に関する規則を変更することはない旨発言した他、ノーキスト国防副長官は、トランプ大統領のイラン砲艦攻撃に関する発言はイランに対する警告を意図したものである旨明らかにしたと4月22日に伝えられる。他方、4月29日にポンペオ国務長官は、イランに対する武器の輸出禁止措置が2020年10月を以て解除されることに対し、禁止措置を延長すべきである旨主張した。また、米国議会下院議員も当該措置の延長を求めるべくトランプ政権に書簡を発出する意向である旨4月30日に議会関係筋が明らかにしている他、4月30日には、国務省のイラン担当特別代表であるフック氏が禁止措置延長のための新規の決議案を国連に提出する方向で検討している旨発表している。また当該決議案が国連安全保障理事会で承認されない場合は、米国はイランに対する国連制裁の再開のために行動する旨も併せて明らかにしている。また、5月1日に、米国財務省は、イラン革命防衛隊「コッズ部隊」の資金や武器の調達に関与したとして、イラン系イラク人ディアナト氏及び同氏が経営者となっている鉱業会社タイフ・マイニング・サービシズに対し米国内資産凍結及び米国企業との取引禁止等を内容とする制裁措置の対象とする旨発表した他、首都ワシントンの連邦検察局はディアナト氏及び関係するイラン人に対し資金洗浄化防止法違反容疑で訴追した旨明らかにしたと5月1日に伝えられる。このように、イランとの取引が疑われる個人や法人に対する米国の制裁発動に加え、ペルシャ湾における米軍とイランの革命防衛隊との異常接近等に対し両国が互いに相手を非難する旨表明していること等もあり、今後もペルシャ湾等において米国とイラン(もしくはイラン関連組織)との間で散発的に発生する迷惑行為や攻撃等に端を発した両国間での対立の高まりが、予期せぬ方向に展開する結果、両国の対立がさらに先鋭化することにより、中東地域の不安定化と当該地域からの石油供給途絶の可能性に対する懸念が市場で増大することを通じ、原油価格に上方圧力が加わる場面が見られるといった可能性も否定できない。
また、イエメンのハディ暫定大統領派勢力を支援するサウジアラビアを中心とする有志連合軍が、ハディ暫定大統領派勢力と対立するフーシ派武装勢力(イランが支援しているとされる)に対し4月9日に実施した2週間の停戦(但しフーシ派武装勢力側は停戦に合意していないとされる)を1ヶ月延長する旨4月24日(4月23日が当初の停戦期限であった)に表明した。もっとも、停戦期間中も、両勢力による戦闘は継続しているとされる。他方、ハディ暫定大統領派勢力を支援していた「南部暫定評議会(STC)」(UAEが支援)は、4月26日にイエメン南部アデン等の地域に対し自主的な支配を宣言、ハディ暫定大統領派勢力との関係に亀裂が入るなど情勢は混迷しており、今後もハディ暫定大統領派勢力の分裂による混乱に乗じ、フーシ派武装勢力からサウジアラビアの石油施設等に向けミサイル等が発射される結果、サウジアラビアからの石油供給が脅かされるとの不安感が市場で増大することにより、原油相場にもその影響が及ぶといった事態が発生する可能性もある。
リビアにおいては、西部の首都トリポリを拠点とする、国連及びトルコ等が支援する国民合意政府(GNA: Government of National Accord)と、東部トブルクを拠点とする暫定議会を支援する、ハフタル将軍を指導者とするリビア国民軍(LNA: Libya National Army)(エジプトやUAE等が支援する)との間での事実上の内戦状態となっているが、4月29日遅く(現地時間)にLNAがラマダン期間(2020年は4月24日~5月23日頃とされる)中の停戦を提案したのに対し、4月30日にGNAは当該提案は信用できないとして拒否し、戦闘を継続する意向を表明している。そのような中で、リビアの原油生産量は4月28日現在日量95,077バレルと2019年の同109万バレルからおよそ同100万バレル減少したままとなっている。足元新型コロナウイルス肺炎感染拡大に伴う世界経済活動制限による石油需要の落ち込みで、リビアの原油生産減少の影響は市場では感じられにくくなっているが、この先新型コロナウイルス肺炎拡大ペースが鈍化することにより世界各国・地域での経済活動が再開され始めるとともに石油需要が上向くようになれば、リビアの原油生産量減少は、石油市場関係者に対し石油需給引き締まり感を一層強める方向で作用する結果、原油相場を押し上げる場面が見られることもありうるので注意する必要があろう。
他方、5月7日にイラクの新首相候補であったカディミ(Kadhimi)氏(前国家情報機関責任者)が提案した22名の閣僚につき15名の閣僚を同国国会が承認(この時点では石油相及び外相候補は承認されておらず、新たな石油相候補が承認されるまでアラウィ(Allawi)財務相が石油相を代行する旨5月10日に報じられる)、事実上カディミ政権が発足したが、原油価格の下落による国家収入の大幅な減少により、経済及び治安対策が不十分となる結果、例えば同国南部の油田地帯での抗議行動が激化したりテロリストによる攻撃が発生しそれを防御しきれなかったりする(実際イラクにおいては2020年4月にイスラム国(IS)によるテロ行為が活発化しているとも伝えられる)結果、同国からの石油供給に支障が生じるとの不安感が市場で増大することにより、原油相場に上方圧力が加わるといった展開となることもありうる。
4月21日に米国財務省は、大手国際石油会社シェブロンのベネズエラでの石油開発やベネズエラ政府との原油及び石油製品に関する取引を同日夜より禁止する(但し12月1日までの猶予期間付)旨発表した。また、5月3日未明(現地時間)には、マドゥロ大統領の追放計画を実施すべく武装集団が海上からベネズエラに上陸しようとしてベネズエラ治安当局により阻止され、米国人2名の身柄が確保されたことに対し、マドゥロ大統領はトランプ大統領の意向によるものである旨非難した(5月5日にトランプ大統領は拘束された米国人は米国政府とは関係ない旨表明した)他、ベネズエラの野党勢力が武装集団とマドゥロ大統領追放計画につき調整していた旨5月7日に報じられる(但し、野党勢力側は米国側関係者との間での調整を行っていたものの、その後打ち切った旨示唆したとする情報もある)。このように、米国とベネズエラとの対立も高まる兆候が見られ、今後さらに両国関係及びベネズエラのマドゥロ大統領派勢力(ロシア等が支援しているとされる)とグアイド国会議長派勢力(米国等が支援しているとされる)との間での関係が複雑化することになれば、国内情勢が混乱する結果同国の原油生産量がさらに下振れするといった展開となる可能性もあるものと考えられる。
経済面では、世界各国・地域における新型コロナウイルス肺炎感染の拡大に関する動向が圧倒的重要性を持つことになろう。既にイタリア、フランス及びスペインで感染者増加ペースが鈍化しており、これらに諸国等では外出制限の緩和や経済活動再開が行われている。また米国ニューヨーク州のクオモ知事は、同州北部については、早ければ5月15日より企業活動を再開する可能性がある旨4月26日に明らかにしている(実際同州の一部地域は5月15日に経済活動が再開している)他、5月12日までに米国のテキサス州等32州が外出規制等を部分的に緩和しており、7州が規制を緩和すべく準備中であると伝えられる。このようなことから世界経済成長及び石油需要が回復するとの期待が市場で広がるとともに、この面で原油相場に上方圧力を加えやすいものと考えられる。もっとも米国ニューヨーク州南部のニューヨーク市は人口が密集している他、他州(ニュージャージー州及びコネチカット州)と隣接していることもあり、外出規制の緩和についてはより慎重な姿勢である旨クオモ知事が4月26日に示唆する(ニューヨーク市のデブラシオ市長は同市の経済活動再開は6月前半になる可能性がある旨の見解を5月14日に明らかにしている)など、経済活動再開状態はまだら模様であることから、世界石油需要の回復と石油需給引き締まりペースが緩慢になるのではないかとの懸念が市場で残存しやすい他、一旦経済発動を再開した地域においても、新型コロナウイルス肺炎感染例が再び増加するといった展開となるようであれば(実際、中国、韓国及びドイツでは感染が再拡大する兆候が見られる旨報じられる)、経済活動が減速するとともに石油需要の伸びが鈍化することにより原油相場の上値を重くするなど、原油価格の動向は紆余曲折を経やすいものと考えられる点に留意する必要があろう。そして、今後も新型コロナウイルス肺炎感染症の拡大及び縮小と世界各国・地域経済活動再開状況及び石油需要の伸びへの影響具合によって市場心理が変化するとともに、原油相場がそのような市場心理を織り込んでいくものと思われる。そのような中、米国、欧州、及び中国の経済指標類、そして米国、欧州及び中国当局により発表される景気刺激策等により、株式相場を通じて原油相場にその影響が及ぶこともありうる。
石油需給ファンダメンタルズ面での注目点は、経済面と関連するが、新型コロナウイルス肺炎に伴う市民の外出制限による石油需要の落ち込みとOPECプラス産油国等の減産措置もしくは原油生産削減との間のバランスに対する市場の意識といったことになろう。4月の時点では石油需要が日量2,000~3,500万バレル程度下振れしているといった認識が市場では強かったが、4月16日に米国のトランプ大統領が外出規制緩和と経済活動再開に対する指針を発表して以降、米国の多くの州で外出規制緩和と経済活動再開の動きが発生したうえ、欧州諸国でも同様の動きが見られるようになったことに加え、中国でも経済活動が再開されつつある一方、当該米国の石油坑井掘削装置稼働数が3月後半から5月前半にかけ半減超している他、5月1日にはOPECプラス産油国の減産措置が開始されたこともあり、4月10日には前週比で1,925万バレルと週間統計史上で最大の増加となった米国原油在庫の増加幅は縮小する方向に向かったうえ、5月8日の週の原油在庫は前週比で75万バレルの減少と、2020年1月7日の週以来の減少を示している。このようなことから、世界石油需給緩和状態は4月が最も強く、5月以降は相対的に緩和感が後退していくとの観測が市場で強まっており、これが足元で原油相場に上方圧力を加える格好となっている。ただ、新型コロナウイルス肺炎に伴う外出規制の緩和については、今後感染拡大の第二波及び第三波が訪れることで再び外出と経済活動に対する規制が強化されることにより石油需要が抑制される可能性が残っているなど、新型コロナウイルス肺炎感染拡大前の状態にまで世界石油需要が回復するにはなお紆余曲折を経る可能性がある(前述)。他方、サウジアラビアが5月の原油輸出量を日量600万バレルと前月比で同340万バレル削減する旨示唆したと5月5日に伝えられる(同国の4月の原油生産量は日量1,155万バレルであったところからすると、5月の同国の原油生産量は日量815万バレル程度になるものと推定され、それは、同国の原油生産目標である日量850万バレルを下回る(つまり減産目標は上回る)ことになる)。また、サウジアラビア、クウェート及びUAEは6月以降合計で日量118万バレルの自主的な減産拡大を行う予定であるとされる。また、ロシアの5月1~14日の原油及びコンデンセート生産量は日量943万バレルである旨5月15日に伝えられるが、同国のコンデンセート生産量は日量92万バレル程度であると推定されるところからすると、コンデンセートを含まない原油生産量は同851万バレルとなり、5~6月の原油生産目標である同850万バレル近くまで原油生産を削減している旨示唆されるなど、OPECプラス産油各国は減産措置を推進しつつあると見られる。他方、イラクは外国石油会社の操業する同国南部油田での原油生産量を日量30万バレル削減することを含め日量70万バレルの減産を実施する旨5月13日に明らかになっているが、この減産規模は同国の減産目標である日量106万バレルを下回るなど、OPECプラス産油国による減産遵守については不安な要素が残っている他、原油価格がWTIで1バレル当たり30ドルを大幅に超過するような水準にまで上昇するようであれば、米国でのシェールオイル開発・生産活動が復活するとの見方が市場で広がる(各鉱床によりばらつきはあるものの、同国のシェールオイル生産コストは平均で1バレル当たり23~32ドルとされる他、ダイアモンドバック・エナジー(Diamondback Energy)やパセリ・エナジー(Parsley Energy)等の米国シェールオイル開発・生産会社は30ドル前後の原油価格であれば、開発・生産活動を再開できる旨示唆していると5月5日に報じられる)ことから、世界石油需給の引き締まり感が市場で後退する結果、原油相場の上昇を抑制するといった展開が見られることもありうるので注意が必要であろう。そのような中で、OPECプラス産油国等の実際の減産状況(タンカー追跡データ等や、産油国の顧客による当該産油国からの原油供給削減に対する情報)に加え、米国全体及び原油先物契約受渡地点である同国オクラホマ州クッシング等の原油在庫を含む石油統計や米国石油坑井掘削装置稼働数等の統計によって、原油価格が変動する場面が見られる可能性もある。
OPECプラス産油国は6月10日に閣僚級会合(テレビ会議形式)を開催する予定である(また、6月9日にOPEC総会が開催される可能性もある)。4月12日に開催された前回会合では、2020年5~6月は日量970万バレル程度の減産、7~12月は同770万バレル程度の減産を、それぞれ実施する旨決定したが、現在は7月以降も日量970万バレル程度の減産措置を延長する方向で検討されている旨伝えられる(前述)。新型コロナウイルス肺炎に伴う外出規制の緩和と経済活動再開に伴うこの先の石油需要に対する市場の認識にもよるが、今後当該閣僚級会合に向け、日量970万バレル程度の減産措置につき延長する方向でさらに調整が進みつつあるとの情報が流れたり、閣僚級会合において日量970万バレル程度(ないしはそれ以上)の減産措置の延長が決定されたりするようであれば、世界石油需給の引き締まり加速に対する期待が市場で強まる結果、原油相場に上方圧力が加わる可能性があるものと考えられる。また、OPECプラス産油国等が自主的に追加減産を実施することを検討している旨伝えられたり、実施する旨表明したりすることでも、原油相場を押し上げうる。他方、日量970万バレルの減産措置の延長に関する調整が不調に終わった場合には、市場が失望することにより、原油価格が下落する場面が見られることも想定されるが、それでも既に日量770万バレルの減産措置については7月以降も実施する旨決定されているので、新型コロナウイルス肺炎に伴う外出規制の緩和と経済活動再開の状況によっては、なお、市場での世界石油需給引き締まり期待が維持される結果、原油相場に再び上方圧力が加わるといった展開となる可能性が排除されるわけではない。
米国原油先物価格は前回(2020年4月21日)の5月渡し契約の取引期限を控え、高水準の米国内原油在庫と余剰原油貯蔵能力の低下(クッシングでの原油在庫は4月10日時点で5,500万バレルと原油貯蔵能力である7,609万バレルの約72%となっていた(図16参照)が、4月10日の前週比での増加幅である570万バレルのペースでの原油在庫増加が続けば4週間程度で貯蔵余力を使い果たす計算であった)を背景とした市場での購買意欲の極度の低下により、4月20日の取引では一時マイナス40.32ドルに到達する場面が見られた。しかしながら、そのようなマイナス価格到達を含め期近の受渡月の原油先物契約が他の受渡月に比べ極端に安価であったこともあり、既に一部の投資家は期近の受渡月の原油先物契約を売却し他の受渡月の購入に乗り換えるなど、期近(現在は6月渡し)原油先物契約の取引期限に向け、早めに持ち高を解消する動きが見られた他、米国での原油生産及び輸入の減少とともに輸出が高水準となっていることもあり、クッシングの原油在庫が減少に転じる場面が見られたことにより、当該地点での貯蔵余力消滅に対する市場の懸念が後退していると見られる(このようなこともあり4月20日には当時の期近の受渡月である5月渡しの原油価格は6月渡しの原油価格を1バレル当たり58.06ドル下回っていたが、5月15日時点では期近の受渡月である6月渡しの原油価格は7月渡しの原油価格を同0.09ドル下回るにとどまっている)ことから、次回の取引期限(2020月5月19日)においては、原油価格が前回の取引期限同様大幅なマイナス価格にまで下落するといった可能性も完全には排除できるわけではないものの、そのような事態が発生する確率は低下しているものと考えられる。
大西洋圏では間もなくハリケーン等の暴風雨シーズンに突入する(暴風雨シーズンは例年6月1日~11月30日である)。ハリケーン等の暴風雨は、進路やその勢力によっては、米国メキシコ湾沖合の油田関連施設に影響を与えたり、また、湾岸地域の石油受入及び積出港湾関連施設や製油所の活動に支障を発生させたり(実際に製油所が冠水し操業が停止することもあるが、そうでなくても周辺の送電網が暴風で切断されることにより、製油所への電力供給が途絶することを通じて操業が停止するといった事態が想定される)、さらには、メキシコの沖合油田や原油輸出港の操業を停止させたりすること等により米国での原油輸入に影響を与えたりする(2019年には米国メキシコ湾岸地域はメキシコから日量56万バレル程度の原油を輸入した)。4月2日時点でのコロラド州立大学の予想によると、2020年の大西洋圏でのハリケーンシーズンは平年よりも活発な暴風雨の発生が予想されている(表1参照)。最近では米国の原油生産に占める陸上の割合が大きくなってきているものの、それでも米国メキシコ湾沖合でもそれなりの量原油が生産されている(当該地域では2019年は日量188万バレルの原油を生産しており、米国の原油生産量全体の約15%を占める)他、米国メキシコ湾岸は引き続き同国の精製活動中心地域(当該地域の原油精製処理能力は日量866万バレルと米国原油精製処理能力全体の約47%を占める)こともあり、今後のハリケーン等の実際の発生状況やその進路、そしてその予報等によっては石油市場関係者間での石油供給に対する懸念が強まるとともに、その影響が原油価格に織り込まれるといった場面が見られることもありうる。
全体としては、短期的には、新型コロナウイルス肺炎感染ペースの鈍化に伴う経済活動再開による石油需要の回復期待とOPECプラス産油国等による石油供給削減の動きが相俟って、石油需給引き締まり観測が市場で増大することにより、原油相場には上方圧力が加わりやすいものと考えられる。また、OPECプラス産油国により減産措置強化の意向が示される等するようであれば、原油相場はさらに上振れすることもありうる。ただ、原油価格がある程度上昇した段階では米国のシェールオイル等の開発・生産活動が復活するとの見方が市場で増大する結果、さらなる原油相場の上昇が抑制される可能性もある。そしてそのような中で、OPECプラス産油国等の実際の減産状況、米国等の原油在庫及び原油生産状況、米国石油坑井掘削装置稼働数、米国、欧州、及びアジア諸国・地域の経済対策の情報等で原油相場が変動する場面が見られることも想定される。
4. 世界天然ガス市場動向
米国では、2020年1月後半以降天然ガスが総じて安価であった(当時100万Btu当たり1.6~2.0ドルを中心とした領域で推移していた、後述)こともあり、発電部門向け需要は前年同月比で増加した(コスト面で天然ガスの競争力が石炭に比べ優位であった他、石炭火力発電所の閉鎖と併せ発電能力が増強されつつある天然ガス火力発電所における発電が活発化したことが背景にあるものと考えられる、図17参照)ものの、同時期米国では平年及び前年と比べて温暖な気候が訪れていた(図18参照)ことから、暖房用途を中心とする民生及び商業向け天然ガス需要が前年同月比で減少となったことに加え、米国と中国との間での貿易紛争を巡る第一段階の合意が2020年1月15日に署名されたものの、なお、当該紛争による米国経済減速の影響が2月にも及んだと見られることで同月の産業向け天然ガス需要が抑制されたこともあり、2~3月の米国の天然ガス需要は前年同月比で減少を示した(図19参照)。ただ、3月19日には米国カリフォルニア州で、3月22日には同国ニューヨーク州で、それぞれ外出禁止令が発令され、それと前後して、米国一部地域の飲食店等の営業が禁止されたことから、家庭での調理や給湯向け天然ガス需要が増加したことや、4月は気温が平年を下回ったことから暖房向けの天然ガス需要が喚起されたことが、経済活動制限に伴う工場及び商業施設等での天然ガス需要の不振を相殺して余りあった結果、4月の同国の天然ガス全体の需要は前年同月比で増加となっている。
他方、米国外の国及び地域でも新型コロナウイルス肺炎感染の拡大により市民の外出が規制されたことなどに伴う経済活動制限等により、商業及び産業向けを中心とする天然ガス需要が抑制されたと見られることが一因となり、例えばメキシコ向けのパイプライン経由による天然ガス輸出も4月には落ち込んだものと推測される(図20参照)(別途米国からメキシコへはLNGによる輸出(主に米国テキサス州やルイジアナ州からメキシコ太平洋岸にあるマンサニオ(Manzanillo)向け)が行われているが規模としては限定的である)他、欧州でも気温が平年を上回って温暖であったことに加え、新型コロナウイルス肺炎感染拡大による経済活動制限等により天然ガス需要が低迷しているものと見られることが一因となり天然ガス需給緩和感が市場で発生したことが欧州での天然ガス価格に下方圧力を加えた(後述)ことや、アジア市場でLNG価格が下落(後述)したことが、米国から欧州及びアジア向けに輸出されるLNGの価格競争力に負の影響を与えたこともあり、4月の米国からのLNG輸出量も前月比で減少するなどした(図21参照)(他方、2020年1月15日の米国と中国との貿易紛争を巡る第一段階の合意に関する文書署名を受け、2月18日に中国国務院が米国産LNG(及び原油及び石油製品)に対する関税を免除する旨発表(3月2日に関税免除申請受付開始)しており、3月以降は米国から中国へのLNG輸出が再開、4月20日には2019年3月以来初めて米国産LNGが中国の天津に到着している)。そしてこのような流れに併せ、複数件の米国産LNG供給(大半は6月の船積みとされる)が取り消されている旨4月末に伝えられる。
他方、2~3月は米国内天然ガス需要及び米国外向け輸出向けLNG需要等が不振であったものの、米国での天然ガス生産量は掘削装置稼働数の減少傾向にもかかわらず開発・生産作業効率化によるシェールガス田からの天然ガス生産が比較的底堅かったことに加え、2019年(そして2020年3月6日に開催されたOPECプラス会合で追加減産措置実施に関する交渉が決裂するまで)は比較的原油価格が維持されていたこともあり、パーミアン盆地等でのシェールオイルの生産に随伴して生産される天然ガスを含め同国での天然ガス供給は堅調であったこと(図22参照)から、天然ガス需給が緩和するとともに相場に下方圧力が加わり、例えば2019年1月14日には100万Btu当たり3.591ドルの終値に到達した米国天然ガス価格は下落傾向となり、同年8月5日には同2.070ドルの終値に到達した(図23参照)。そしてそのように天然ガス価格が下落したこともあり、米国のシェールガスを含む天然ガス生産量は2019年11月以降頭打ち傾向を示すようになったものの、原油価格は2020年3月に入るまでWTIで1バレル当たり40ドル台後半以上の水準で推移していたことで米国のシェールオイルの生産がなお維持されたこともあり原油に随伴して生産される天然ガス供給はそれほど減少しなかったと見られることにより、2~3月においても同国の天然ガス在庫は平年ほど減少しなかった結果、2020年2月7日時点では平年の在庫水準を9.4%超過する状態であった同国天然ガス在庫は4月10日には平年の在庫水準を超過する程度が21.4%となるなど、天然ガス需給の緩和感は一層強まった(図24参照)。そのようなことから、天然ガス相場に一層下方圧力が加わった結果、米国の天然ガス価格は3月20日の取引日には一時1.519ドルと1995年8月17日の取引日(この時は同1.518ドル)以来の低水準に到達した他、4月2日には100万Btu当たり1.552ドルの終値と1995年8月17日(この時は同1.530ドル)以来の低水準の終値に到達した。しかしながら、4月は米国の天然ガス需要が比較的堅調であった一方で、3月上旬以降原油価格が大幅に下落したことにより、この先パーミアン盆地等でのシェールオイル生産が鈍化するとともに随伴で生産される天然ガスの供給の伸びが鈍化するとの観測が市場で増大した他、米国で気温が平年を下回る水準にまで低下するとの予報が発表されたりしたことで暖房向け天然ガス需要が発生するとの見方が市場で発生したこともあり、米国での天然ガス需給緩和感が市場で後退したことから、同国天然ガス価格は反発、5月5日には100万Btu当たり2.134ドルと2020年1月14日(この時は同2.187ドル)以来の高水準にまで回復する場面も見られた。しかしながら、その後は気温が上昇することにより空調向け天然ガス需要が減少するとの観測とともに、これまでの天然ガス価格上昇に対する利益確定の動きが発生したことから、天然ガス価格は下落、5月15日には100万Btu当たり1.646ドルとなっている。
英国では2月後半は、比較的温暖であった(図25参照)ことから暖房向け天然ガス需要が抑制されたと見られることに加え風力が強かったこともあり風力発電が好調であったことが発電部門での天然ガス需要を抑制した(図26参照)と見られる一方で、2月中旬後半から下旬初頭にかけ訪れた暴風雨「デニス」等による強風に伴う英国サウス・フック(South Hook)LNG受入ターミナル他の操業上の支障の発生によりLNG輸入が減少する場面がしばしば見られたこともあり、2月後半の天然ガス価格は100万Btu当たり概ね推定2.80~3.10ドル程度の比較的限られた範囲で推移した。ただ、3月中旬以降イタリア、フランス及びドイツ等での新型コロナウイルス肺炎感染拡大による市民の外出禁止等の措置に伴う経済活動の減速により産業用天然ガス需要の伸びの鈍化(他方市民の外出禁止規制強化により家庭での調理等向け天然ガス需要は増加したものと見られるが、産業用需要を相殺にするには力不足であったとの指摘もある)に加え、中国等での新型コロナウイルス肺炎感染拡大に伴う経済活動減速によるアジアでのLNG受入の低迷により、余剰となった米国産LNG等の一部が欧州に向かった(図27参照)こともあり、欧州での天然ガス在庫は前年同期を超過する状態が継続した他、冬場の暖房シーズンに伴う暖房向け天然ガス需要期が終わりつつあったこともあり、欧州での天然ガス需給緩和観測が市場で広がった(図28参照)。他方、1月23日以降中国等で都市封鎖等が実施されたことによる石油需要の大幅減少の一方で、3月6日に開催されたOPECプラス産油国による追加減産措置に関する交渉の決裂により、原油価格が大幅に下落したことが、欧州での長期契約天然ガス価格に影響を与えた側面があった(英国では天然ガス価格は天然ガス需給により決定されるものの、ノルウェーを含む欧州大陸諸国との間でパイプラインを経由して天然ガスが流通していることから、石油製品価格連動型天然ガス価格体系の残る欧州大陸諸国での天然ガス価格の影響を受ける場面が見られる)ことが、英国の天然ガス相場に多少なりとも下方圧力を加えたことから、3月11日には100万Btu当たり推定3.10ドル程度であった英国の天然ガス価格は下落傾向を示し、3月31日には同2.00ドルにまで下落した。さらに、4月に入ってからも欧州での新型コロナウイルス肺炎感染拡大による当該地域での経済減速に伴う天然ガス需要の伸びの鈍化に対する市場の懸念及び気温上昇による暖房用天然ガス需要の減少が英国の天然ガス価格に下方圧力を加え続けた結果、同国の天然ガス価格は下落傾向となり5月中旬時点では100万Btu当たり1ドル台半ば前後で推移している。
アジア地域では、平年を上回る冬場の気温(図29参照)により暖房用天然ガス需要が不振であったことに加え、中国での新型コロナウイルス肺炎感染拡大に伴う経済活動の停滞と天然ガス需要の低迷もあり、2月半ばにはスポットLNG価格が100万Btu当たり2ドル台後半へと下落した。しかしながら、このようなLNG価格の下落に対し、複数の供給源及び供給先を有するLNG事業者(「ポートフォリオ・プレーヤー」と言われ、安価なスポットLNGを調達し原油価格連動型LNG価格体系によるLNG売買契約を締結する需要家に対し販売を行う等する)や安価なスポットLNGを調達する傾向のあるインドが安値拾いでスポットLNGを購入する動きが見られた(図30参照)ことに加え、3月16日(モスクワ時間午前5時)から4月1日にかけロシアの東シベリアから中国東北部に向かう「シベリアの力(Power of Siberia)」パイプライン(第一段階として年間50億立方メートル(日量5億立方フィート)の天然ガスを供給)がメンテナンス作業により操業を停止する旨天然ガスを供給するロシアのガスプロム(Gazprom)が3月16日に発表したこともあり、アジアでのLNG需給の引き締まり感が市場で発生したことが、当該地域でのLNG需給の相対的な引き締まり感を醸成したこともあり、3月半ばにはスポットLNG価格が100万Btuあたり3ドル台半ば程度にまで回復する場面が見られた。
しかしながら、3月24日夜(現地時間)に、インドのモディ首相が、3月25日午前0時(同)を以て21日間の工場等での操業制限措置やインド国民の外出禁止令等を発動する旨発表した(4月14日には5月3日まで、さらに5月1日には同月17日まで、再延長する旨発表した)ことに際し、インドのLNG受入施設が操業に関し不可抗力条項の適用を宣言した[注]こともあり、インドのLNG需要家であるグジャラート州石油公社(GSPC)、国営ガス会社ゲイル(Gail)及び半官半民LNG受入会社ペトロネット(Petronet)といったLNG需要家もLNG受入に関し不可抗力条項の適用を宣言しており、うちペトロネットはカタール及び豪州(ゴーゴン(Gorgon))からのLNG調達を延期した旨4月14日に伝えられる(但し、5月中旬時点でLNG受入に関する不可抗力条項が厳密に適用されているかどうかについては明らかになっていない)他、LNG調達のための入札が中止されたりした(GSPCは当初3月24日に締め切りの予定であったLNGタンカー7隻分のLNG調達のための入札を3月31日締め切りに延期したりしたうえ、最終的には当該入札を中止した)。
[注]: 既に3月24日の外出禁止令発表に先立ち3月19日にモディ首相が実施したインド国民に対する外出自粛要請後の3月22日午前7時(現地時間)にGSPC及びインドの複合企業アダニ(Adani)傘下のアダニ・ポーツ・アンド・ロジスティクスが保有するムンドラ(Mundra)LNGターミナルの操業につき不可抗力条項の適用が宣言されていたが、3月24日の外出禁止令等の発表後、インド海運省は港湾操業者に対し新型コロナウイルス肺炎感染拡大を不可抗力条項適用の理由として利用できる旨通知したとも伝えられており、インド国内の半数以上の港湾が操業につき不可抗力条項の適用を宣言している。
日本及び韓国等においても冬場の暖房シーズンに伴う暖房用天然ガス需要期が終了したことでLNG需要が季節的に下振れしたことに加え、新型コロナウイルス肺炎の拡大による経済活動の減速に伴いLNG需要が前年同月比で減少したり増加ペースが大幅に鈍化したりするなどした(図31参照)ため、日本及び韓国では長期契約LNGの引き取りを遅延させる方策を模索している旨4月下旬に伝えられる(なお、2020年2~3月の韓国のLNG輸入量は前年同月比で相当程度伸びているが、これは新規売買契約に伴う供給が開始されたことに加えLNG価格の下落で購入が刺激されたことによるものと見る向きもあるが、堅調な原子力発電所の稼働もあり天然ガス需要が下振れしていることにより、同国の天然ガス在庫を一層上振れさせているものと考えられる)。また、3月上旬以降の原油価格の大幅下落に伴い原油価格連動型LNG価格体系による長期契約LNG価格水準の低下観測が市場で発生したことにより、スポットLNG購入に対しアジアの需要家が様子見をする姿勢を強めた。このようにアジア諸国ではLNGに対する需要が不振であったことに加え、需要不振を背景として需要家は長期契約LNGに関し下方削減許容量(DQT: Downward Quantity Tolerance)の権利を行使して少なくとも足元の長期契約LNGの引き取りを手控えた他、新型コロナウイルス肺炎拡大に対する懸念から複数のLNG出荷施設においてメンテナンス作業の実施を延期する動きが発生した(パプアニューギニアのPNG LNG(LNG生産能力年産830万トン)が2020年4~5月に予定されていたメンテナンス作業を10月に、豪州ゴーゴンLNG(同1,560万トン)が5~7月に予定されていたメンテナンス作業を第四四半期に、それぞれ遅延させる他、他にも複数のLNG施設におけるメンテナンス作業の実施延期が伝えられている)こともあり、スポットLNG供給は豊富に存在した。このような要因が、アジアでのスポットLNG相場に下方圧力を加えたことから、当該LNG価格は下落傾向となり、4月下旬には100万Btu当たり1ドル台後半程度と米国及び英国の天然ガス価格とほぼ同水準となった。それでもそれ以降は、複数件の米国産LNG供給が取り消されたことから、かえってポートフォリオ・プレーヤーによるLNG購入が発生したことや、夏場の空調のための発電部門向け天然ガス需要期(4月24日には日本の気象庁が5~7月の気温につき全国的に平年並みか高めとなる旨の予報を発表した他、この夏の北東アジア地域は平年よりも気温が上昇するとの予報もあると伝えられる)を控えた需給の相対的な引き締まり感が発生した(夏場を控え、LNG価格下落による値頃感から中国の購入意欲が高まっていると見る向きもある)ことから、アジア市場でのスポットLNG価格は上昇、5月中旬現在100万Btu当たり2ドル台前半を中心とする範囲で推移している。
以上
(この報告は2020年5月18日時点のものです)