ページ番号1008755 更新日 令和2年5月18日
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概要
- 新型コロナウィルスの感染拡大による石油・天然ガス需要減少とOPEC及び非OPEC主要産油国のシェア争いに伴う供給増加が石油市場に対して本格的な影響を及ぼしたのは3月以降であったため、メジャー企業各社の第1四半期決算に対する影響は部分的なものであったが、それでも評価損計上により5社中3社が最終赤字を計上するなどの影響がみられた。
- 今回の低油価局面の特徴はメジャー企業各社の石油市場に対する認識や石油・天然ガス需要拡大に対する短期的・長期的な見通しが個社ごとに異なっている点にある。新型コロナウィルス感染拡大による石油需要減少の影響が大きいことについては共通しているが、収束後の需要回復に対する見方は個社別に差異がみられる。
(各社ホームページ、報道等)
1. はじめに
4月28日のBPに始まり、30日Shell、5月1日ExxonMobilとChevron、5日Totalが2020年第1四半期決算を発表した。OPEC及び非OPEC主要産油国間のシェア争いに伴う供給増加と新型コロナウィルスの感染拡大による石油・天然ガス需要減少が本格化したのは3月以降であったためメジャー企業各社の第1四半期決算に対する操業面での影響は部分的であったが、期末時点における評価損計上により5社中3社が最終赤字を計上するなどの影響が現れ始めている。
2014年後半以降の油価下落局面においてメジャー企業各社は揃ってショートサイクル資産へのシフトやデジタル技術の活用といったコスト削減努力によりブレークイーブンを引き下げることで競争力を維持したが、その前提には油価が低下すればいずれ経済成長の続くアジアを始めとする世界の石油・天然ガス需要は増加するという見通しがあった。
しかしながら今回の低油価局面への対応ではメジャー企業の石油市場に対する認識や石油・天然ガス需要拡大に対する短期的・長期的な見通しが個社ごとに異なっている。過去5年間に欧州では気候変動問題に対する関心が一段と高まり欧州系メジャー企業に対する再生可能エネルギーへのトランジション対応を求める動きが活発化しているのに対し、米系メジャーにとっては石油・天然ガスに対する需要増加が継続するのがメインシナリオであり、低油価対応としての生産調整は短期的な対応、長期的には油価回復後の需要増加に備えた資産・企業買収の機会を窺う。
2020年第1四半期決算の概要からメジャー企業各社の足元の決算や配当の状況、短期的な生産削減へ対応、長期的な設備投資の動向を確認し、メジャー企業各社がどのような独自色のある対応を行ったのかを決算の注目ポイントとして整理してみたい。

2. 2020年第1四半期決算の概要
1) ExxonMobil
(1) 財務動向
ExxonMobilの第1四半期決算は6.1億ドルの純損失となり、過去10年以上続けてきた配当増加が止まった。2019年第1四半期の当期利益23.5億ドル計上から一転して損失になったのはノルウェー沖の資産売却や石油・天然ガス価格の低下に加え、在庫評価損21億ドルや減損処理8億ドルの計上による。
(2) 設備投資
第1四半期の設備投資は前年同期比4%増加して71.4億ドルとなった(2019年第4四半期比では16%減少)。世界的な供給過剰、油価下落への対応として、2020年の年間投資計画を年初に発表した330億ドルから30%削減し230億ドルとした。米国パーミアンにおける稼働リグ数の削減、モザンビークLNGプロジェクトの最終投資決定を遅らせることなどの対応を発表した。
(3)生産動向
ExxonMobilの第1四半期生産量(石油・天然ガス合計)は404.6万boed、前年同期比2%の増加となった。米国パーミアンのシェールオイルとガイアナ沖開発の第1フェーズの増産などにより石油生産が7%増加したのに対し、ノルウェー沖の資産売却と需要の減少により天然ガスの生産は5%減少した。パーミアンの第1四半期シェールオイル生産は前年同期比56%増加して35.2万boedとなった。
ExxonMobilは、世界的な供給過剰状態への対応として、6月までに石油・天然ガス生産を10%(40万boed)削減、なかでもパーミアンが最大で37.5%(13.2万b/d)削減すると発表した(第2四半期のパーミアンからの生産削減は28%・10万boed)。多くのシェール開発企業が生産性の低い垂直坑井から生産を停止するのに対し、ExxonMobilは新しく生産性の高い水平坑井から生産を停止し、油価の回復後の生産再開に備えるとしている。ExxonMobilは昨年、パーミアンからのシェールオイル生産を2025年までに100万b/dまで拡大する計画を示していたが、今回の生産削減により達成は難しくなった。
他方、ガイアナ沖海上油田開発は同国における総選挙をめぐる混乱と作業現場従業員の新型コロナウィルス感染対策のため6ヶ月から1年程度遅延が発生している。Liza油田フェーズ2は計画通り2022年に操業開始されるがPayara油田開発が認可申請中のため予定されていた石油生産量75万b/dの達成は2025年から2026年に遅れる見通しとなった。
なお新型コロナウィルスの感染拡大に関連して全米の石油化学事業部門の工場では消毒液、マスク、医療用防護服などの生産を拡大している。
(4)経営戦略
新型コロナウィルスの感染拡大により需要が減少し、2020年通年では4~12百万b/dの幅の中で上限に近い需要減になるとExxonMobilは見通している。しかしながら同社はこれが短期的な影響に留まり、感染収束後の経済活動再開、人口の増加、経済成長により長期的なエネルギー需要は増加傾向に回帰する見通しは不変であるとしている(エネルギー需要は2040年までに20%増加し、その50%以上は石油・天然ガスにより賄われるとの見通し)。
短期的にはOPECによる10百万b/d程度の減産では不十分なため、今年の夏から年末までは供給過剰状態での運営を余儀なくされるが、中国では早くも需要回復の兆しが見られるなど、想定外の景気回復の可能性にも含みを残す。景気後退期においても業界最先端のプロジェクトへの投資を継続しつつ配当を維持する財務戦略は変わらないとした。新型コロナウィルスの感染拡大に対応して消毒液、マスク、医療用防護服の生産を拡大しているほか、世界各地の医療従事者に対する衛生用品、食料、燃料の寄付を行っている。
2) Royal Dutch Shell
(1) 財務動向
Shellの第1四半期決算は0.2億ドルの純損失となった。新型コロナウィルス感染拡大とOPEC+減産枠組みの綻びに伴い石油・天然ガスの需給見通しの不確実性が高まったため決算石油・天然ガス価格を下方修正しており、在庫評価損37億ドルと減損7.5億ドルを計上している。Shellは石油・天然ガス需給の不確実性は新型コロナウィルス感染拡大が収束すれば解消される短期的なものではなく、エネルギートランジションが前倒しされた長期的な影響の可能性があるとして、第2次世界大戦後初めて配当を削減(前期47セントから今期16セントへ66%削減)することで年間約100億ドルの手許流動性を確保する戦略を発表した。
(2) 設備投資
第1四半期の設備投資は前年同期比11%減少して49.7億ドルとなった(2019年第4四半期比では28%減少)。
世界的な供給過剰、油価下落への対応として、2020年の年間投資計画を年初に発表した250億ドルから20%削減し200億ドルとしている。米国ルイジアナ州におけるLake Charles LNGプロジェクトからの撤退を発表したほか、米国メキシコ湾のWhale油田開発と豪州におけるCruxガス田開発(Prelude FLNGへの接続)の最終投資決定を先送りするなどの設備投資削減策を実施した。
(3) 生産動向
Shellの第1四半期生産量(石油・天然ガス合計)は371.9万boed(前年同期比1%減)となった。内訳は上流開発事業部門271万boed(同5%減)、統合ガス事業部門95.5万boed(同12%増)であった
新型コロナウィルス感染拡大による需要減少とOPEC+の減産合意による生産調整により第2四半期の生産見通しには大きな不確実性があるが、上流開発事業部門で175~225万boed、統合ガス事業部門で84~89万boedの生産を見込む(16~30%程度の減産)。生産削減の40%はOPEC+の減産調整によるものであるが、残りは現行の価格では生産を停止した方が経済合理性に適うという判断である。
(4) 経営戦略
設備投資、操業コスト、配当・自社株買いの削減により新型コロナウィルスの感染拡大による需要の減少やOPEC+の減産合意に関連した石油市場の不確実性への短期的な対応が行われたが、脱化石燃料の取り組み強化などの長期的な課題への対応、2050年までの温室効果ガス排出ネットゼロ目標達成を掲げるエネルギートランジション戦略を推進していくとした。
3) BP
(1) 財務動向
BPの第1四半期決算は43.6億ドルの純損失となった。新型コロナウィルス感染拡大とOPEC+減産枠組みの綻びに伴い石油・天然ガスの需給見通しの不確実性が高まったため決算石油・天然ガス価格を下方修正しており、在庫評価損36億ドルと減損8億ドルを計上している。
新型コロナウィルス感染拡大により石油・天然ガスに対する需要の減少への対応を前倒しにすることを求められているなどエネルギートランジション対応にも不確実性が高まっているがBPは配当の増加をコミットしており、予定通り2.4%の増配(前期10.25セントから今期10.5セント)を実施した。
(2) 設備投資
第1四半期の設備投資は前年同期比31%減少して38.6億ドルとなった(2019年第4四半期比では6%減少)。
2020年の年間投資計画は年初に発表した160億ドルから25%削減し120億ドルとしている。探鉱掘削の延期や米国シェール開発等ブレークイーブンの高いプロジェクトの縮小、最終投資決定の後ろ倒し対応により損益分岐点は2019年56$/bから2021年35$/bまで低下する見込み。その他、BPは2021年半ばまでに150億ドル規模の資産売却を予定しており、米国アラスカ州でHilcorp Energyに対する売却を進めている。
(3) 生産動向
第1四半期の生産量は1%減少して371.5万boed。第2四半期はOPEC+の協調への対応とシェール開発投資の縮小による減産、コロナウィルス感染拡大による需要の減少によりさらに生産は減少する見通し。
(4) 経営戦略
低油価環境下においても2月に発表した2050年温室効果ガス排出ネットゼロ目標は変わらず、むしろ石油需要の減少が想定よりも早く始まることを強く意識することとなった。エネルギートランジションは目指す目標ではなく受け容れざるを得ない現実となったとしている。
4) Chevron
(1) 財務動向
Chevronの第1四半期決算は36億ドルの当期利益を計上、前年同期の当期利益26.5億ドルから36%増加した。石油・天然ガス価格の低下による減益17.6億ドルを米国におけるシェールオイルの増産、フィリピンの上流資産売却益2.4億ドル、税効果4.4億ドル、為替差益5.1億ドルなどが上回った。上流資産ポートフォリオの入れ替えは継続しており第2四半期においてもアゼルバイジャンの資産売却を行なっている。
Chevronは新型コロナウィルス感染拡大前から財務規律を重視し借入依存度を極めて低い水準に下げており、キャッシュフローが安定、追加投資余力は十分に高く、配当を維持することに対しても強い自信を示した。
(2) 設備投資
第1四半期の設備投資は44.2億ドルとなった(前年同期は47.3億ドル)。年間投資計画は当初200億ドルから3月に160億ドルまで減額されていたが、第1四半期決算発表に合わせて5月1日に今年2度目の設備投資削減を発表、20億ドルを追加で削減することを発表した。このうち10億ドルはテンギス油田拡張計画の先送り、5億ドルはパーミアン・アルゼンチン・カナダのシェール開発、その他中下流・石油化学でも投資を削減する。
(3) 生産動向
Chevronの第1四半期生産量(石油・天然ガス合計)は323.5万boed、前年同期比6%の増加となった。内訳は米国で18万boed増加して106万boed、海外が2万boed増加して217万boedであった。パーミアンのシェールオイル生産は48%増加して58万b/dとなった。
Chevronは新型コロナウィルスの感染拡大による世界的な需要の減少と原油価格の低下のため5月に20〜30万boedの生産を削減することを発表した。主な減産はパーミアンで行うこととし、2023年までに90万boedまで生産を拡大するとしていたが計画を後ろ倒しとし、10~15万boedの減産をパーミアンで行う。Chevronでは古く生産性の低下した垂直坑井からの生産を停止するとしている(水平坑井は相対的に新しく生産性が高いため生産を継続する)。米国以外の減産はOPEC+諸国の減産の枠組みの中で実施する。
(4) 経営戦略
長期的な企業価値の維持のため在来型の開発について、探鉱案件は実績のあるエリアに絞り、計画中の在来型開発プロジェクトは最終投資決定を遅らせ、ショートサイクルの非在来型開発を削減する。
5) Total
(1) 財務動向
Totalの第1四半期決算は0.3億ドルの当期利益、前年同期31.1億ドル・2019年第4四半期26億ドルから大幅な減益となった。上流開発事業(営業利益:2019第1四半期17.2→2020第1四半期7億ドル)と中下流事業(7.6→3.8億ドル)は減益となったが、天然ガス再生可能エネルギー統合事業部門(iGRP)は営業利益ベースでは5.9→9.1億ドル(54%)へ増加。財務面では借入依存度低く、配当は前期と同じ水準を維持した。
(2) 設備投資
第1四半期の設備投資は43.8億ドルとなった(前年同期は35.9億ドル)。年間投資計画は当初180億ドルから3月に150億ドルまで減額されていたが、第1四半期決算発表に合わせて今年2度目の設備投資削減を発表、10億ドルを追加で削減し140億ドルとすると発表した。
(3) 生産動向
Totalの第1四半期生産量(石油・天然ガス合計)は308.6万boed、前年同期比4%の増加となった。
2020年については、新型コロナウィルスの感染拡大による石油・天然ガス需要の減少を踏まえ生産量を削減、年間生産見通しを295~300万boedとした。OPEC+減産合意による削減の影響とカナダなどの高コストプロジェクトの生産停止の双方の理由による。
(4) 経営戦略
再生可能エネルギー関連の投資計画15~20億ドルを維持するため、メジャー企業としては初めて設備投資の総額に占める再生可能エネルギー関連投資の割合が1割を超える見通しとなった。天然ガス再生可能エネルギー統合事業部門(iGRP)のLNGポートフォリオの増益が顕著ではあるが、バリューチェーンの統合と並んで太陽光などの再生可能エネルギーへの分散により二酸化炭素排出削減への取組みを強化している。
Totalは2050年までの温室効果ガス排出ネットゼロ目標を掲げたが、その内容はグローバルベースでは自社操業ベース(Scope 1・2)のみが対象、自社販売した製品からの排出ネットゼロ(Scope 1・2・3)は欧州市場のみが対象で、グローバルベースでは炭素密度60%削減を目標としている。
3. 決算の注目ポイント
1) 油価急落に対する対応の違い
メジャー企業各社は過去の油価下落局面では設備投資の抑制や生産調整によりブレークイーブンを下げることで競争力を維持し、資産買収や企業買収により相対的に低い価格で将来の開発資産を拡充してきた。今般の油価下落に際しても相次いで設備投資の削減を発表している点ではメジャー企業5社共通の動きであるが、生産調整については対応に差が見られる。
ExxonMobilとChevronの米系メジャー2社は5月から6月にかけてそれぞれ40万boedの生産削減計画を発表しており、その大宗を米国シェールオイルで実施するとしている。また米系メジャー2社が揃ってシェールオイルの生産を削減するといっても、ExxonMobilが新しく生産性の高い水平坑井から閉鎖しているのに対しChevronや独立系上流開発企業は垂直坑井から閉鎖するという違いがある。従来、シェールオイルは一旦生産を止めると生産を再開するのに長い時間がかかると言われていたがConocoPhillipsによると2~3週間で元の生産レベルに戻すことができるとのことであり、ショートサイクル資産の生産調整能力は米系メジャー企業にとって強みになっていると考えられる。特に米国のように油価がマイナスにもなるような状況では生産を削減することができない企業は存続自体が危ぶまれる状況が出現していると考えられる。
米国シェールオイルは投資決定から生産開始までの期間が短いショートサイクル資産の代表とされ、OPECが供給拡大により米国の独立系上流開発企業を中心とするシェール産業にダメージを与えようとしたと言われるが、その実効には疑問が生じている。油価が低下すれば機動的に生産を削減し、回復すれば素早く生産を再開することができる米国シェール産業にダメージを与えることはそもそも難しいと言わざるを得ない。むしろ油価が低く(あるいはマイナスに)なっても生産を止めることのできない石油会社は低油価が長引けば長引くほど苦しい経営を余儀なくされることになる。欧州系メジャーが米系メジャーに比べてエネルギートランジション対応が進むプラグマティックな事情がこの辺りにあるとみられる。
2) 新型コロナウィルス感染拡大に対する対応の違い
メジャー企業の第1四半期決算は新型コロナウィルス感染拡大がもたらす石油市場の混乱のほんの一部分を示しているに過ぎず、需要の喪失、石油市場の混乱、エネルギートランジションの加速化の本格的な影響は第2四半期決算以降、本格的に現れることになる。メジャー企業の新型コロナウィルス感染拡大のインパクトに関する長期的な見通しはExxonMobilのように石油需要の拡大を見込むものとShellのようにエネルギートランジションが加速するとみる見方で大きく分かれるが、短期的にはどこまで深刻化するか見通せないほど深刻であるという点で一致している。
米系メジャーの強みは石油・天然ガスに対する需要が当面は拡大する市場へのアクセスを持っているところにある。米系メジャー企業にとっては新型コロナウィルス感染が収束すれば石油・天然ガスに対する需要は再び増加傾向に回帰するとみられるが、欧州系メジャー企業にとっては必ずしも同じような展望を持つことはできない。EUはグリーンディール政策として再生可能エネルギーにより持続可能な経済を目指す産業政策で過去100年以上にわたり経済を牽引してきた石油を基盤とする産業構造に代わる新しい成長モデルを示そうとしている。
再生可能エネルギーへの転換は需要減少・油価下落により一旦棚上げになるとの見方を示す識者もいるが、欧州系メジャーの対応は新型コロナウィルス感染拡大とその収束後の経済社会の構造的な変化により石油に対する需要が減少しエネルギートランジションの流れはむしろ加速することを見通しているようである。
3) エネルギートランジションに対する取り組み姿勢の違い
欧州系メジャー3社は低炭素エネルギーへのポートフォリオの重心移動と積極的な二酸化炭素排出削減策の実施を強調した。全般的に設備投資を削減する中でBPとTotalは低炭素エネルギー関連投資を減らさないとし、Shellも最低限の投資削減に留めた。
これに対しExxonMobilは新型コロナウィルス感染拡大による石油・天然ガス需要の喪失は計り知れない深刻なインパクトを及ぼすものではあるが、その影響は一時的なものであり、長期的には需要は増加基調に戻るとしている。Chevronはそこまで強気ではないが、ショートサイクル中心で生産調整力の高いポートフォリオと借入依存度が極めて低い財務内容を維持することで市場環境の変化に迅速に対応できるので石油・天然ガス投資のリターンが低下しても再生可能エネルギーへの投資を正当化するまでではないとしている。
新型コロナウィルスの感染拡大による石油・天然ガス需要の減少により再生可能エネルギーへのエネルギートランジションがどのような影響を受けるかについてはメジャー企業の間でも見方が様々である。Shellのように新型コロナウィルスの感染拡大による需要の減少はいずれ失うことになる石油需要の喪失が5〜10年程度前倒しになったことを意味するものであり再生可能エネルギーへの転換はむしろ加速するという見方である。これに対しExxonMobilは元々再生可能エネルギーへのトランジションが進行しても石油・天然ガスに対する需要は減少しないという立場であり、新型コロナウィルスの感染拡大による需要の減少は過去に繰り返し経験してきた油価下落局面と同様に短期的には大きなインパクトを持つにしても長期的には石油・天然ガスの需要は増加するので低コストで良質の資源を獲得するための投資を継続していくとしている。
4. まとめ
気候変動問題への対応として温室効果ガスの排出削減という課題に対して化石燃料から再生可能エネルギーへのトランジションにより排出を削減しようとしてきた欧州系メジャー企業にとって、今回の新型コロナウィルス感染拡大への対応はエネルギートランジションへの対応が5〜10年程度前倒しになったに過ぎずないともいえるだろう。エネルギートランジションへの対応を加速する以外に手の打ち用はなく、Shellが新型コロナウィルス感染拡大による需要の喪失は不確実性の危機であり、シナリオの作り様がないとする。
これに対しExxonMobilにとっては、そもそもエネルギートランジションによって石油・天然ガスに対する需要が長期的には減少するとはみておらず、新型コロナウィルスの感染拡大により石油需要が失われることがあるにしても一時的なものに過ぎず、むしろ長期的な需要の回復に備えて設備投資を行っていく上では好機ということになる。
そんな中でTotalのように天然ガスバリューチェーンの下流をおさえる戦略を取っているメジャー企業にとっては新型コロナウィルスの感染拡大によりエネルギートランジションが前倒しになっても後ろ倒しになっても原油価格が低下することは調達コストの低下を通じて天然ガス・再生可能エネルギー事業の増益要因となる。またBPが資産売却計画を進めるなどによりエネルギートランジションの態勢整備を急ぎ、Chevronは財務規律を重視して来るべき企業買収の機会を虎視眈々と窺っている。
新型コロナウィルス感染拡大とその収束後の石油需要構造の変化は、気候変動問題が2040〜50年頃までの対応を求めていたエネルギートランジションの時間軸を前倒しで再考することを求めているとも考えられ、今後メジャー企業がどのように市場・ステイクホルダーと対話していくのか注目される。
以上
(この報告は2020年5月18日時点のものです)