ページ番号1008757 更新日 令和2年5月18日

イラク新政権発足:石油収入拡大に向けて取り組み必至、求められる「変化」(短報)

レポート属性
レポートID 1008757
作成日 2020-05-18 00:00:00 +0900
更新日 2020-05-18 16:05:39 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 基礎情報
著者 芦原 雪絵
著者直接入力
年度 2020
Vol
No
ページ数 5/18
抽出データ
地域1 中東
国1 イラク
地域2
国2
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 中東,イラク
2020/05/18 芦原 雪絵
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概要

  • 5月7日、ムスタファ・カディミ氏(53)が新首相として国民議会で承認され、新政権が発足した。昨年12月にアブドルマフディ首相(当時)が辞任し、その後、後任選びは難航したが、5か月振りに正式政府の発足に至った。ただし、22閣僚のうち、石油相や外相など主要閣僚を含む7ポストの承認は見送られた。石油相については、当面、アリ・アラウィ財務相が石油相代行を兼ねる。新石油相就任には数週間から数か月かかると予想される。
  • カディミ首相の人物像については、多くのシーア派および非シーア派市民層や国際的な人物からの信頼も厚いとされる。また、「経験は未熟だが、彼の持つ経歴と統治能力は投資家にとって新鮮な息吹となるだろう」という評価もある。米国のポンペオ国務長官は、議会承認直後に新首相へ電話をかけ、就任を祝福、イランからの天然ガス・輸入に関する制裁免除(ウェイバー)を保証しており、米国はカディミ新政権樹立を歓迎していることがうかがえる。
  • しかしながら、イラクが現在置かれている状況は非常に厳しい。世界的な石油需要と価格の暴落により、石油収入が大きく減少し、国内経済に多大なダメージを与えている。さらには、4月に合意されたOPECプラスの協調減産で大規模な減産も課されている。膨れ上がる財政赤字に対応するためにカディミ首相は緊縮財政に取り組む構えだが、財政ひっ迫による公共サービスの低下などにより、政府に対する不満や圧力がさらに高まる可能性もある。早期対応が求められる中で新政権は厳しいかじ取りを迫られている。
  • 石油部門では、カディミ首相がサウジアラビアのムハンマド皇太子との緊密な関係を利用し、イラクがOPEC協調減産の負担について軽減あるいは免除を働きかけるのではないか、とも予想される。カディミ首相により示された政府プログラムの中では、国際石油会社(IOC)との契約修正に向けた交渉が示唆されており、投資家のイラクへの関心を回復させるため、強いインセンティブを与える可能性があるともいわれる。一方で、アリ・アラウィ財務相が石油相代行を兼任する現在の体制はあくまでも暫定的なものであり、正式な石油相が就任するまでは重大決定はなされず、石油省に大きな変化はないだろう、との見方もある。

(イラク政府、Platts Oil Gram News 他)


1. 新政権発足の経緯、概要

5月7日[1]、ムスタファ・カディミ首相候補(53)が国民議会に提出した閣僚名簿のうち15閣僚が承認され、内閣が発足、同氏の正式な首相就任が決まった。イラクでは、腐敗した既得権益層の排除などを求めて昨年10月より反政府デモが断続的に行われてきた。デモ激化の影響もあり、昨年12月にアブドルマフディ首相が辞任、その後、議会信任を得られないために首相選定は難航し、2名の首相候補が組閣に失敗した。3人目のカディミ政権がようやく承認されたことで、5か月振りに正式政府発足に至った。ただし、22閣僚のうち、石油相や外相など主要閣僚を含む7ポストの承認は見送られ、政治勢力間の争いは続くとみられる。一方で、前政権時は主な政争の的となり、発足から大臣決定までに8カ月を要した内務相や防衛相のポストが当初から承認を受けるなど、今回の組閣調整には一定の成果があったとする見方もある。なお、承認された15名の閣僚に留任者はいない。石油相については、交渉がまとまらず議会承認には至らなかった。当面はアリ・アラウィ財務相が石油相代行を兼ねることになる。カディミ首相は現在、どの政党とも結びつきのないバスラ出身者を探しており、選定までにはまだあと数週間から数ヶ月かかるとみられている。


[1] 外務省発表 https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page4_005150.html


2. 新首相の人物像、内外の評価

カディミ首相は1967年バグダッド生まれの53歳。バグダッド大学で法学部を卒業後、1985年にイラクでの迫害を逃れ、イラン、ドイツ、スウェーデン、英国、最終的には米国へ渡った。米ワシントンDCを拠点とする中東情報ウェブメディア「アル・モニター」の元イラク担当コラムニスト・編集者で、作家やジャーナリストとして活動した後に、2016年からはアバディ首相(当時)の下で国家情報局(INIS)の責任者を務めてきた。シーア派知識人を代表する人物であり、多くのシーア派および非シーア派市民層や国際的な人物からの信頼も厚いとされる。また、米国に近い人物でありながらシーア派すべての派閥からも好意、信頼を得ており、こうした経緯からINISの責任者に任命されたともいわれる。先月4月9日より、3人目の首相候補としてサレハ大統領より指名を受け、憲法で規定される30日間の期限で組閣作業を行っていた。

同氏について、ある在米コンサルタントは、「政治トップレベルにおける経験は未熟だが、直近数か月における彼のパフォーマンスからは「学習能力」「プラグマティック(実際主義)に則する能力」「成功への決意」が示唆されており、彼の持つ経歴と統治能力は投資家にとって新鮮な息吹となるだろう」と評価する。米国のポンペオ国務長官は、カディミ首相が議会から承認を受けた直後に新首相へ電話をかけ、就任を祝福、現在の30日間のウェイバーが5月下旬に終了した際にイラク政府が120日間の制裁免除を受けることを保証した。[2]こうした動きから米国はカディミ新政権樹立を歓迎していることがうかがえる。


[2] 米国政府はイラク政府に対して、イランとのエネルギー関連取引はすべて制裁に抵触するとの姿勢をとっており、イラクがイランから輸入している天然ガスおよび電力を制裁対象としている。イラクは米国国政府からウェイバー(制裁適用猶予措置)を得ることでイランからの輸入を継続しているが、米国はイラクへの圧力を強めており、90日間、120日間と短い期間のウェイバーが繰り返されている。現在のウェイバーは30日間で5月26日に期限切れを迎える。


3. 低油価、協調減産に伴う収入減、財政逼迫への対応を迫られる政府

新政権は発足したが、イラクの置かれた状況は依然として厳しい。最近のCOVID-19蔓延を防ぐための移動制限等の措置に加え、世界的な原油需要と価格の暴落がイラク経済に大きなダメージを与えている。石油が国家収入の約90%を占めるイラクでは、最近の原油価格暴落により国家収入も大きく減少した。20年2月の平均原油輸出量は日量339万バレルで石油収入は48.4億ドル。一方で3月の輸出量は横ばいで推移したにもかかわらず石油収入は39%減少の29.6億ドルとなり、4月はさらに14.2億ドルまで落ち込んだ。加えてイラクは、4月に合意されたOPECプラスの協調減産で5、6月に日量106万バレル以上の大規模な減産を課されている。イラクでは、給料や年金、補助金や債務処理費用などを支払うために、少なくとも月に55億ドルが必要とされる。現在の石油収入ではそれらを賄いきれないことは明らかであり、支出削減が欠かせない。新首相の下で経済顧問を務めるMudher Saleh氏は、Plattsとのインタビューで給与削減の必要性について説いた。原油価格が1バレルあたり25ドル以下との前提では、2020年に250億ドル程度の財政赤字計上が見込まれるという。4月にイラクは1バレルあたり13.80ドルの価格で原油を販売した。2019年度予算での想定油価は1バレルあたり56ドルだったが、それでも230億ドル程度の財政赤字を計上する見通しだ。

差し迫る巨額の財政赤字を克服するために新政権は何ができるのか。カディミ首相の政府プログラム[3]では「公共支出の削減と不必要な支出の廃止」の必要性について公然と記されている。イラク政府は5月12日に開かれた閣議で財政改革のための緊急対策室(Emergency Cell)を設置し、予算法[4]の起草と石油・ガス法の草案の完成を急ぐことを決めた。緊縮財政の徹底に向けて取り組む構えだ。しかし、支出削減は最も明白な解決策である一方で、政治的には最も複雑な解決策でもある。減産に伴う収入減少、財政ひっ迫による公共サービスの低下などにより、政府に対する不満や圧力がさらに高まる可能性もある。早期対応が求められる中、新政権は厳しいかじ取りを迫られている。


[3] Government of Iraq https://gds.gov.iq/iraqs-parliament-approves-government-programme/

[4] 2019年秋からの政情の混乱により、イラクでは2020年度予算がまだ成立していない。


4. イラク石油部門を取り巻く状況

石油部門では、カディミ首相がサウジアラビアとイラクを仲介し、サウジアラビアのムハンマド皇太子との緊密な関係を利用して、イラクがOPECプラスの協調減産の負担から何らかの形で公式あるいは非公式に免除されるよう働きかけるのではないか、という見方がある。カディミ首相は2017年にアバディ首相(当時)に同行し、サウジアラビアの首都リヤドを訪問して以来、ムハンマド皇太子と親交があるとされる。

カディミ首相は、政府プログラムとして示された「経済・財政の課題への取り組み」の中で、イラクの石油市場シェア回復に向けて、イラク国内で操業する国際石油会社(IOC)との契約[5]を修正するための交渉を開始したいと述べる。新首相が示した政府プログラムの中の「経済・財政の課題への取り組み」では「現在の世界市場の変化を考慮して、国際石油会社(IOC)との契約修正に向けて交渉する」という言及が含まれており、これは、技術サービス契約におけるイラク政府の原油価格下落リスクの軽減を意図したものである。これについて、先述の在米コンサルタントは、「カディミ新首相は現実的でリスクに寛容であり、欧米の主要投資家との直接交渉にも寛容である。そのため、新たな商業的オプションを開放し、短い在任期間中に、投資家がイラクへの関心を回復させるための強いインセンティブを与える可能性がある。」と評価する。また、当面石油相代行を兼任するアリ・アラウィ財務相は、元教授・経済学者であり石油・ガスに関する技術的バックグラウンドは無くMOO(石油省:Ministry of Oil)ビジネスには詳しくない。また、現在、ガドバン前石油相は完全に引退している。そのため、石油省運営にあたっては、上級技術者であるハミード・ユーニス・サレハ石油省副大臣に頼ることになるだろう。

サレハ副大臣は、ガス処理の博士号を取得し、ルアイビ石油相(当時)の下でガス処理(Gas Processing)担当副大臣を務め、その後、ガドバン石油相(当時)の信任を得て2019年2月に精製担当副大臣に就任した人物だ。サレハ副大臣はスンニ派であり、シーア派の目には「中立」として映る。彼自身はシーア派ではなくバスラ出身でもないため、イラクの政治理論的に大臣候補者にはなり得ない。日常業務はこなせるが、政治的後ろ盾がないため重要な決定はできないだろう。国際石油会社(IOC)はサレハ副大臣について、「慎重、受動的であり計画実行には時間がかかる」と評価する。

石油相任命はシーア派間の争いである。各々の派閥が「金になるポジション」を欲しており、妥協は難しいだろう。よってしばらくの間は、石油省内での重要な決定や大きな変化を期待すべきではない。アラウィ/サレハ体制は、シーア派権力者らが何等かの妥協点に達するまでの一時的な世話役に過ぎず、それまでは石油省に大きな変化はないと見られる。

 

正式な石油相もまだ決まっておらず、新政権の石油政策について多くを知ることは時期尚早だろう。しかし、記録的な低油価、OPECプラス減産協定によって課された大幅な減産義務、IOCからの投資減少に直面する中で、イラク政府が石油収入の最大化を図る必要に迫られていることは明白であり、イラクの石油部門が大きな変化を促されていることは間違いないだろう。


[5]イラクで多く交わされている技術サービス契約(TSC)下では、IOCには1バレルあたりの固定料金が支払われるため、価格下落につれ、収入全体に占めるイラク政府の支払い割合が上昇する。また、IOCは強制的な減産から補償を受ける権利を有する。


以上

(この報告は2020年5月18日時点のものです)

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