ページ番号1008764 更新日 令和2年6月15日
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概要
- インドは短期間でタンカー備蓄と合わせ前年石油消費の20日分相当の戦略石油備蓄(SPR)を構築した。4月から5月にかけてサウジアラビアやUAE、イラクなど中東の原油が備蓄された。
- 急速なSPR構築の背景には低油価に加え「都市封鎖」に伴う石油需要の急減、製油所稼働率の低下で石油会社の貯蔵能力が限界に達したという事情もあるようだ。
- インドの石油需要減少は都市封鎖に伴う活動制限の一部緩和により5月で底打ちも、コロナ前レベルへの回復は第4四半期以降となる見込み。
(ISPRL、IEA)
1. インドのSPR概要と2018年時点の貯蔵量
インドは2004年1月に戦略石油備蓄(SPR)を構築することを決定した。2004年に石油天然ガス省(MoPNG)石油産業開発委員会(Oil Industry Development Board;OIDB)のもとに特別目的会社(SPV)Indian Strategic Petroleum Reserves Ltd(ISPRL)が設立され、同社がSPRを行っている。
ISPRLによると、SPRの費用(基地建設、原油購入、基地操業、メンテナンス等)はファンドあるいは政府予算の形で充当される。インド政府は第12次五か年計画期(2012年~2017年)にSPR予算として494億8000万ルピー(41億ドル)を配分した。
2008年に政府は1期SPRとして東部アンドラ・プラデシュ州Vishakhapatnam(貯蔵容量977万バレル)、南部カルタナカ州Mangalore(貯蔵容量1,095万バレル)、カルタナカ州Padur(貯蔵容量1,825万バレル)の3基地について建設を承認した(表1、図1)。1期3基地ともに地下岩盤方式で貯蔵容量は合計3,914万バレル、2018年度(2018年4月から2019年3月)の石油消費の9.2日分に相当する。
2018年までに1期3基地全ての建設が完了したが、その時点での原油貯蔵量は容量の5割程度(約2,000万バレル)であった。またその一部はアブダビの国営石油会社ADNOCとの備蓄協力(普段はADNOCが中継・備蓄基地として商業利用するが、緊急時はインドに優先的に供給)に基づく貯蔵であった。なお、ADNOCなど海外企業のSPRへの貯蔵と販売は免税だが、ISPRLにはこの特典が付与されていなかった。2020年1月31日に財務相が提出した予算案ではISPRLの貯蔵・販売についても2020年度から2022年度までの所得税免除(原油が貯蔵設備から出されてから3年以内に補充されることが条件)が含まれた模様である。

インドISPRL年報に基づき作成
Vishakhapatnam基地は2015年6月試運転を開始した。岩盤A(103万トン)・B(30万トン)により構成される。岩盤AはSPRだが、岩盤Bは国営Hindustan Petroleum(HPCL)がコストを負担し、商業利用している。
Mangalore基地は岩盤A・Bにより構成される。岩盤Bは2016年10月に試運転を開始した。2016年12月までにイラン原油(Iran HeavyとIran Light各50%)を備蓄した。岩盤Aは2018年2月のISPRLとUAE国営石油会社ADNOCの備蓄協力合意により、ADNOCが2018年5月から11月にかけてDas原油を貯蔵した。2018年にはVishakhapatnam基地岩盤Aに備蓄されたイラン原油456万バレル(Iran HeavyとIran Light各50%)をPadur基地岩盤Bに移した。またファンドにより131万バレル(Iran HeavyとIran Light各50%)を53億4000万ルピー(約7,600万ドル、1バレル約58ドル)で追加調達し、Mangalore基地岩盤Bに備蓄した。
Padur基地は2018年12月に稼働。Mangalore基地岩盤Bに備蓄されたイラン原油をPadur基地に移した。Padur基地は岩盤A、B、C、D貯蔵能力各62.5万トン計250万トンにより構成されている。2018年11月のADNOCとのMoUに基づきこのうち2か所はADNOCが貯蔵を行う。
インド政府はISPRLに対し、新たなSPRを構築し90日~100日分の貯蔵ができるよう求めている。2011年にインド政府とMoPNGはSPR2期の構築について表明した。2期はPPP(官民連携)方式で入札により選定し、インド政府が予算による補助を行う。東部オリッサ州Chandikhol(貯蔵容量2,920万バレル)およびPadurが選定され、2018年10月にISPRLはFSを実施した。2期の貯蔵容量は4,745万バレルで2018年度の石油純輸入量の11日分に相当する。

2018年時点のインドの精製処理能力は日量約500万バレルである。IEAによると、SPRと石油会社の製油所運転(商業)在庫を合わせた石油の在庫量(石油製品を含む)は2018年の石油純輸入量の46日分に相当する1億7,500万バレルであった。内訳はIndian Oil、HPCL、Bharat Petroleum(BPCL)などの国営石油会社が9,170万バレル(原油5,170万バレルと石油製品4,000万バレル)、Reliance Industries、Naraya Energyなどの民間石油会社が6,300万バレル(精製処理能力に対し原油と石油製品各15日分で推計)である。なお、インドは石油会社に具体的な貯蔵数量を課してはいない。
2. 急速なSPR構築の背景に低油価の活用と石油会社の貯蔵能力が限界に達したことがあげられる
4月21日にISPRLのCEOが現在SPR容量に対し原油が56%貯蔵されているが、これを5月までに100%とする、主に近距離の中東からの調達を検討していると述べた。インドは2019年の石油消費の85%を輸入に頼り、原油輸入の60%を中東が占める。2019年は米制裁に伴いイランとベネズエラからの原油輸入が大幅に減少する中、サウジアラビアとイラクからの原油輸入が伸びた。アフリカ、米国、ロシアからの輸入も増えている。
5月5日にはプラダン石油相がSPR3,900万バレルへの備蓄を完了したとSNSで発信した。また、同石油相は「国営石油会社が余剰原油の一部をSPR向けに転用しており、荷卸し遅延による料金支払いの回避につながっている。さらにこれらの企業はタンカーにより原油700万トン(5,100万バレル)を、パイプラインや貯蔵設備に2,500万トン(1億8,250万バレル)を貯蔵しており、インドは低価格の原油で石油需要の20日分をまかなうことが可能である」と述べた。MoPNG傘下の石油計画・分析室(PPAC)によると2019年度の石油消費は日量466万バレルであり、需要の20日分とはSPRとタンカー備蓄の9,000万バレルを指したものかと思われる。
SPRへの備蓄は4月21日に先駆けて行われていたようだ。4月中旬には国営Indian OilがサウジアラビアとUAEの原油をMangalore基地に貯蔵したと報じられた。また国営Hindustan Petroleum(HPCL)はVisakhapatnam基地にイラク原油を、国営Bharat Petroleum(BPCL)はPadur基地にサウジアラビアの原油を備蓄したと報じられていた。BPCL関係者は安価な原油のSPRへの転用は国益にかなっていると述べている。
インドがSPRへの備蓄を急速に行った最大の理由は低油価の活用にあるが、一方で「都市封鎖」に伴う石油需要の急減と製油所稼働率の低下で石油会社の貯蔵能力が限界に達したという事情もあるようだ。インドは3月25日から都市封鎖を行っており、石油需要は大幅に減少した。PPACによると3月の石油製品需要は前年同月比17.8%減の1,608万トン(日量391万バレル)。軽油需要は同24.2%減の565万トン、ガソリンは同16.4%減の216万トン、ジェット燃料は同32.4%減の48.4万トンであった。
3. インドの石油需要減少は5月で底打ちもコロナ前レベルへの回復は第4四半期以降か
インドの「都市封鎖」は3月24日に始まった。5月17日に3度目の延長が決まり、少なくとも5月31日まで続く見通しである。感染の勢いは衰えていないが、5月には活動の制限が一部緩和(夏の播種、産業活動、建設作業)された。また5月17日には長距離バスの運行も条件付きではあるが解除された。政府は今後地域毎に制限を緩和する方針を示しており、5月で石油需要の減少は底打ちの感がある。国営BPCL関係者は都市封鎖が解除され、経済活動が再開すれば7月以降石油需要がコロナ前に回復すると期待している。しかしIEAは5月の石油市場報告において、インドの2020年の石油需要は前年比8.2%減(日量41万バレル減)の日量460万バレルであり、需要が2020年第3四半期には増加に転じるが、前年(コロナ前)のレベルに戻るのは第4四半期になるとの見方を示している。

以上
(この報告は2020年5月19日時点のものです)