ページ番号1008775 更新日 令和6年7月26日
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概要
カナダは温暖化ガス排出規制に力を入れているが、同時に資源エネルギーはカナダの一大産業である。またカナダは連邦国家であり、国際的な気候変動条約を交渉、調印、批准するのは連邦政府であるものの、具体的な対策を講じるのは連邦を構成する各州政府である。このため、カナダの温暖化ガス排出規制は州により異なり、同時に連邦・州政府の間の調整が求められる分野である。このような中、昨今カナダでは連邦政府と一部の州政府の間で炭素税をめぐる対立がある。本稿ではカナダの温暖化ガス排出規制の概要と課題を紹介し、今後の動向を考察したい。
はじめに
温暖化ガスの排出削減は、カナダにおいて重要な地球温暖化対策の一環である。温暖化ガス排出規制はこれまで連邦政府や各州政府の政策や法制度に反映されており、特に2016年のパリ協定の発効を受け様々な温暖化ガスに関する取り組みが行われてきた。
連邦国家であるカナダは連邦政府と各州政府の二層構造であり、温暖化ガス排出規制は連邦政府と各州政府の協働により実現している。このため、気候変動対策に関する国際合意のカナダ国内での実現には連邦・州政府の調整が必要であり、具体的な取り組みが州政府により若干異なることからもカナダ国内で足並みを揃えることが難しい。このような中、特に昨今は炭素税をめぐり連邦政府と一部の州政府の関係に軋轢が生じている。
本稿の目的は、気候変動対策が資源エネルギー業界に大きな影響を与えるカナダにおける温暖化ガス排出規制を広く紹介することである。このため、第一部ではカナダの温暖化ガス排出規制を紹介する。なお、本稿では我が国に特に密接に関係するブリティッシュ・コロンビア州とアルバータ州の制度に焦点を当てる。続く第二部では、温暖化ガス排出規制の具体的政策である炭素税について、現在カナダで注目を浴びている連邦政府と一部の州政府の間の訴訟について解説する。第三部では、専門家の見解も踏まえながら今後の動向について考察する。
第一部 カナダの温暖化ガス排出規制の概要
(1) 連邦法
パリ協定の加盟国であるカナダでは、2018年より連邦法Greenhouse Gas Pollution Pricing Act (以下、連邦法GGPPA)が施行されており、国家レベルでの気候変動に対する具体的政策が示されている。
この連邦法GGPPAの趣旨は二つある。まず、化石燃料の利用について連邦炭素税を導入することであり、化石燃料の価格を高めることで一般的な消費者の需要を削減することである。次に、Output-Based Pricing Systemと呼ばれる排出枠取引制度の一種を政府の定める対象産業に導入することにより、一定の排出枠を超える企業・施設に対して温暖化ガスの排出削減を促すものである。このOutput-Based Pricing Systemでは、法令に定められた排出枠を下回るとクレジットが付与され、逆にこれを上回ると連邦歳入庁(Receiver General for Canada)により税金が徴収される仕組みとなっている。
このように連邦法GGPPAは一般の国民に対しては連邦炭素税を課税し、産業界に対してはOutput-Based Pricing Systemを用い、制度としては国家レベルでの化石燃料の需要を減らすための行動変化を促す仕組みとなっている。
連邦法GGPPAの適用範囲はカナダ全土であるが、カナダには連邦政府と州政府という二層の政府があり、1867年憲法によりそれぞれの政府の所管事項が定められている。しかしながら、環境に関する所管は明記されておらず、連邦・州政府が共同で管轄することとなっている。このため、連邦法GGPPAはカナダ連邦を構成する13の全ての州・準州で適用されることになっているものの、仮に同様な制度が州法・準州法により定められている場合は、GGPPAではなく、これに相当すると認められる州法・準州法が代用される。よって、同等と認められる法制度が州レベルで存在する場合は州政府が州炭素税を徴収することができるが、このような法制度がない場合は連邦政府が連邦炭素税を徴収することができる。
連邦法GGPPAによる連邦炭素税は段階的に10カナダドルごとに引き上げられることになっている。2020年3月末までは1トン当たりの温暖化ガス(二酸化炭素相当量)につき20カナダドルであり、2020年4月からは30カナダドル、そして2022年には最終値である50カナダドルまで引き上げられる予定である。ちなみに、温暖化ガス1トン当たり20カナダドルという連邦炭素税は、国民の負担として具体的に例えると1リットルのガソリン当たり4.4セント程の課税となる[1]。なお、連邦炭素税は2020年4月1日に30カナダドルまで引き上げられ、国民の負担としては1リットルのガソリン当たりさらに2.2セント程が上述の課税額に上乗せされることになる[2]。
[1] “Carbon pricing in Canada: A guide to who’s affected, who pays and what and who opposes it”, The Globe and Mail(14 November 2018, updated 25 February 2020),
Online: <https://www.theglobeandmail.com/canada/article-canadas-carbon-tax-a-guide/>.
[2] Amanda Connolly and Emerald Bensadoun, “Canada’s carbon tax increasing April 1 despite coronavirus economic crunch”, Global News(1 April 2020),
Online: <https://globalnews.ca/news/6751873/carbon-tax-increase-april-1-coronavirus/>.
Government of Canada, Canada Revenue Agency, “Fuel Charge Rates”(31 March 2020), online: <https://www.canada.ca/en/revenue-agency/services/forms-publications/publications/fcrates/fuel-charge-rates.html>.

(2) 各州の州法
国際的な気候変動に関する条約の交渉、調印、批准は連邦政府の所管であるものの、実際の政策は各州政府に委ねられる。このため、各州政府が連邦法GGPPAと同等な法制定を州レベルで導入すれば、連邦法GGPPAの適用から免れることが可能となっている。
カナダの各州で導入されている温暖化ガス排出規制は、制度上の差異があり、カナダを構成する各州の多様性を物語っている。一概に温暖化ガス排出規制といっても、カナダにはブリティッシュ・コロンビア州の化石燃料に対する炭素税制度、ケベック州とオンタリオ州に見られるキャップ・アンド・トレード制度、そしてアルバータ州のハイブリッド制度と、大まかに三種類の制度が見られる[3]。
[3] Sharon Mascher, “Striving for equivalency across the Alberta, British Columbia, Ontario and Quebec carbon pricing systems: the Pan-Canadian carbon pricing benchmark”(2018)18:8 Climate Policy 1012 at 1015.


a)炭素税制度(ブリティッシュ・コロンビア州)
炭素税とは、化石燃料を課税することにより一般消費者の需要を削減することを目的とする。
環境に関する取り組みに力を入れているブリティッシュ・コロンビア州は2008年から幅広い産業を対象とする州炭素税を導入しており、このため連邦法GGPPAにより連邦炭素税が2018年に導入されても同州は連邦炭素税の対象外となっている。
ブリティッシュ・コロンビア州の州炭素税は、2008年は温暖化ガス(二酸化炭素相当量)1トン当たりに対し10カナダドルであり、段階的に2019年には40カナダドルまで引き上げられた。さらに、ブリティッシュ・コロンビア州は2020年4月1日には45カナダドル、そして2021年には連邦法GGPPAに1年先立ち最終値である50カナダドルまで引き上げる予定であった。しかしながら、新型コロナウイルスによる経済的な影響から、ブリティッシュ・コロンビア州政府は2020年3月23日に炭素税を当面の間は現在の1トン当たり40カナダドルに据え置くとの発表を行っている[4]。これによりブリティッシュ・コロンビア州は新型コロナウイルスの影響を受けている州民や企業の経済的負担を軽減することができると期待している。(なお、連邦政府は上述の通り2020年4月1日に連邦炭素税を20カナダドルから30カナダドルまで予定通りに引き上げており、独自の州炭素税が未整備で連邦炭素税が適用される他州は課税額が増えている。ただし、原油価格が同じ時期に下落したので、現時点での影響は限定的と見られている。)
ブリティッシュ・コロンビア州は10年以上も一貫して州炭素税を導入しているカナダ国内でも独特な州であり、その州炭素税は広い化石燃料を対象としている。州内の温暖化ガス排出量は同州の経済成長に伴って全体的に増加しているものの、州炭素税により省エネ技術が進歩し一定の効果があると言われている。ただ、一部の環境団体や専門家からは州炭素税が企業の行動変化を促すためには低すぎるという指摘がある。
b)キャップ・アンド・トレード制度(オンタリオ州、ケベック州)
キャップ・アンド・トレード制度は、政府が総排出枠を定め、対象産業の企業・施設が割り当てられた排出枠を超過した場合は排出枠の一部移転を認めることにより市場経済により調整するというものである。
ブリティッシュ・コロンビア州では社会全体に炭素税を導入して一般的な消費者の行動変化を促すことが炭素税制度の目的であるが、これに対しオンタリオ州とケベック州のキャップ・アンド・トレード制度は排出枠取引により新たな市場を作り出し、市場原理で対象企業の活動に変化を与えることを目的とする。
カナダでいち早くキャップ・アンド・トレード制度を導入したのはケベック州である。ケベック州は2007年に炭素税制度を発足させ、さらに2013年からはキャップ・アンド・トレード制度による排出枠取引を定めた。2014年にはケベック州は国境を超えて米国カリフォルニア州と共同の排出枠取引市場を形成した。
また、人口がカナダで最も多く多角化した産業を誇るオンタリオ州も2015年にキャップ・アンド・トレード制度を導入し、2017年に隣州ケベック州と共同の排出枠取引市場を形成させる合意に署名した(翌2018年に発効)。既にケベック州と米国カリフォルニア州は2014年から共同の排出枠取引市場を形成していたため、2018年のオンタリオ州との合意の発効に伴い、ここにカリフォルニア・ケベック・オンタリオの三州に跨る広域な排出枠取引市場が成立した。
しかしながら、2018年に政権交代により発足したオンタリオ州のフォード政権(在任期間:2018年から現在)は温暖化ガス排出規制に関する州法を撤廃し、これに伴いオンタリオ州は排出枠取引市場から撤退し、州炭素税も撤廃された。このため2018年から連邦法GGPPAによりオンタリオ州内で連邦炭素税が徴収されることとなり、オンタリオ州政府は2018年9月14日に連邦法GGPPAが州政府の管轄を侵害する違法行為であるとして連邦政府を提訴した。(本訴訟については後段で述べる。)
c)ハイブリッド制度(アルバータ州)
石油産業が盛んなアルバータ州は、2007年から一部の産業のみに対して州炭素税を導入し、2015年には制度改革を行った。この結果、連邦法GGPPAの導入に先立ち、2015年から化石燃料を対象とする州炭素税の導入と、州政府が定める対象産業に属する企業・施設への排出枠の設定を行っている。この炭素税の導入と排出枠の設定という二本立ての制度は、一般にハイブリッド制度と呼ばれている。なお、根本的にアルバータ州の州炭素税は前述のブリティッシュ・コロンビア州の州炭素税と類似するものである。
アルバータ州のハイブリッド制度の内、対象産業への排出枠制度は時の政権により変化してきたものの、基本的に現在も原型を留めて残っている。2007年にアルバータ州政府はSpecified Gas Emitter Regulation(SGER)を導入し、温暖化ガス排出量が多い企業・施設のみを対象とし排出枠を設けた。SGERでは企業・施設ごとの温暖化ガスの排出量をベースラインとして定め、次第にベースラインを厳しくする措置が取られた。もし企業・施設が定められた排出枠を超過する場合は、(1)超過した1トン当たりの温暖化ガスに比例する税の納付、(2)排出枠クレジットの購入、あるいは(3)カーボン・オフセットを他の産業から購入することが必要とされた。なお、(1)の1トン当たりの課税については、導入当初の2007年は15カナダドルであったが、後に2016年に20カナダドル、2017年には30カナダドルまで引き上げられた。SGERではカーボン・オフセットの一つとして二酸化炭素回収・貯留(CCS)技術も注目を浴びた。その結果、2010年の法改正でアルバータ州ではCCSに関する法制度も整備され、アルバータ州はカナダで初めて包括的なCCSに関する州法を持つことになった。
その後、SGERは2018年のノトリー前政権(在任期間:2015年から2019年)の下でCarbon Competitive Incentive Regulation(CCIR)という制度に置換されたものの、基本的な構造には大きな変化はなかった。CCIRは年間10万トン以上の温暖化ガスを排出する企業・施設を対象とし、温暖化ガスの排出削減を促した。SGERでは排出枠を超えるほど企業・施設の金銭的負担が比例して増えたが、CCIRでは排出枠を超過しても実際の温暖化ガス排出量に連動しない費用の支払いが定められた。
2019年に政権交代でケニー政権(在任期間:2019年から現在)が誕生しても、対象産業への排出枠制度は踏襲された。ノトリー前政権時代のCCIRは2020年1月からTechnology Innovation and Emissions Reduction Regulation(TIER)と呼ばれる新たな規制になったが、実際のところTIERはCCIRと大差なく、引き続き年間10万トン以上の温暖化ガス排出量がある企業・施設が対象となる。ただ、特記すべき変更点は、CCIRでは対象業界のベスト・プラクティスが対象産業全体におけるベンチマークであったのに対し、TIERでは対象産業に含まれる個々の企業・施設自身の過去のパフォーマンスをベンチマークとすることができることである。これにより、対象業界の企業・施設はどちらを温暖化ガス排出量のベンチマークにするかという選択肢が与えられる。アルバータ州における化石燃料系の業界の重要性を掲げるケニー政権にとっては、化石燃料の開発・利用を推進しつつ、同時に国内外にこれらの業界の低環境負荷化が可能であることを示す事例となった。
アルバータ州のハイブリッド制度の内、排出枠制度は政権交代があっても比較的安定しているが、州炭素税はこれまでの政権交代の影響を強く受けて大きく変化している。ノトリー前政権は、アルバータ州が化石燃料に大きく依存する州であるからこそ率先して低炭素社会の実現への責任があると政策で表明し、連邦政府に先立つ形で州炭素税を導入した。これにより、アルバータ州は連邦法GGPPAによる連邦炭素税を避け、独自の州炭素税を徴収することが可能になった。州炭素税は2017年には温暖化ガス1トン当たり20カナダドル、2018年には30カナダドルまで引き上げられた。
ところが、2019年のケニー政権への交代に伴い、アルバータ州政府の温暖化ガス排出規制は大きく変化した。新政権の法案第一号は州炭素税の撤廃であり、これを受けて連邦法GGPPAによる連邦炭素税が2020年4月1日から自動的にアルバータ州内で適用されることになった。このため、アルバータ州政府は連邦法GGPPAによる連邦炭素税の徴収は州政府に対する権利侵害として連邦政府を2019年6月19日に提訴した。(本訴訟については後段で述べる。)
[4] Government of British Columbia – Office of the Premier, “COVID-19 Action Plan: B.C.’s first steps to support people, businesses”, News Release(23 March 2020, updated 26 March 2020), online: <https://news.gov.bc.ca/releases/2020PREM0013-000545>.

第二部 炭素税をめぐる連邦政府と一部の州政府の軋轢
(1) カナダを二分する連邦炭素税をめぐる訴訟
上述の通り、カナダでは州法により州炭素税が定められていない場合は連邦法GGPPAにより連邦炭素税が自動的に適用される。オンタリオ州とアルバータ州はいずれも州政府の政権交代により州炭素税を撤廃しており、連邦炭素税が州内で適用されるという状態になっている。また、サスカチュワン州など歴史的に炭素税に反対している州でも同様に連邦炭素税が課されている。
カナダでは連邦政府も州政府もそれぞれ税金を課すことができるが、連邦政府による連邦炭素税の徴収を越権行為と捉えたオンタリオ州政府とアルバータ州政府は、2018年9月14日と2019年6月19日にそれぞれ連邦政府を相手取り訴訟を起こした。また、歴史的に炭素税に反発しているサスカチュワン州が既に2018年4月25日に連邦政府を連邦炭素税に関して起訴していることから、ここにオンタリオ州、アルバータ州、サスカチュワン州の三州と連邦政府が連邦法GGPPAの合憲性を巡り衝突する形になった。
連邦政府が「連邦炭素税は国家的懸念である地球温暖化に対して不可欠な対策」と主張する一方、三州は「連邦炭素税は連邦政府による州政府に対する侵害行為」と主張し、他州を巻き込む一大論争と発展した。特に独自の州法を持ちながらも連邦政府による統合された温暖化ガス排出規制の必要性を論じるブリティッシュ・コロンビア州は連邦政府の立場に理解を示し、また同じく独自の州法を持ち温暖化ガス排出規制を支持するケベック州は「州の主権」という見解から三州の側に付いた。

(2) オンタリオ州、サスカチュワン州、アルバータ州による訴訟
カナダの法制度では、連邦・州政府はそれぞれの管轄にある最も上位の裁判所へ意見照会(reference)を行い、裁判所から法令に関する法的見解を求めることができる。例えば、州政府が裁判所に意見照会を行う場合、州内の最上位の裁判所である州控訴裁判所が対応する。また、連邦政府が意見照会を行う場合は、カナダ最高裁判所が対応する。意見照会はこれらの裁判所により通常の訴訟と同じように審理される。
この温暖化ガス排出規制をめぐる問題では、連邦法GGPPAの違憲性を問うオンタリオ州、サスカチュワン州、アルバータ州はそれぞれの州控訴裁判所に意見照会として連邦政府を訴えた。なお、連邦政府は連邦法が合憲であると考えている以上、連邦政府に法的見解を示すことができるカナダ最高裁判所への意見照会は行っていない。このため、各州政府の州控訴裁判所への意見照会の結果、いずれかの当事者が敗訴し不服がある場合のみ、上告という形でカナダ最高裁判所が審理する流れになっている。
これらの三つの裁判で最大の論点となったのが、連邦政府と州政府の所管事項をめぐる争いである。カナダの連邦・州政府の所管事項はカナダの1867年憲法の第91条と第92条で定められている。この中で、連邦政府の所管事項の一つとして「平和、秩序、良い統治 (Peace, Order and Good Governance)」という法概念がある。法曹界で略して「POGG」と呼ばれるこの所管事項においては、「非常事態」あるいは「国家的懸念」と認められる場合には連邦政府の所管事項となるとカナダ最高裁判所のこれまでの判例で定められている。
三つの裁判では、連邦政府は三州に対して気候変動が「国家的懸念」であるという議論を展開した。カナダの法律では「国家的懸念」に基づく「平和、秩序、良い統治」を根拠とする連邦政府の管轄を発動するためには、その対象となる事項が「単独の、明確な、不可分な事態 (single, distinct, and indivisible)」であることが求められ、加えて個々の州政府のみでは対応しきれない事態であることが求められる。連邦政府は三州に対し、気候変動は州の境界を超えた「国家的懸念」であり、「単独の、明確な、不可分な事態」の範疇にあり、さらに個々の州の取り組みでは効果ある気候変動対策が行えないとの議論を展開した。
これに対し三州は、州レベルでも気候変動対策は十分できるとの議論を展開し、もし各州の州控訴裁判所が連邦政府の所管を認める場合、他の州政府の所管事項もなし崩し的に連邦政府の所管事項となってしまうと論じた。さらに三州は税金の徴収は州政府の権限であり、気候変動対策を理由に連邦政府が州内の活動から税金を徴収することは越権行為であるとの議論も展開した。
審理の結果、三州全ての州控訴裁判所で裁判官の意見が多数意見と少数意見に分かれた。オンタリオ州控訴裁判所(2019年5月3日)とサスカチュワン州控訴裁判所(2019年6月28日)の多数意見は連邦炭素税を合憲と認め、両州政府が敗訴、連邦法GGPPAによる温暖化ガス排出規制の合憲性を認めた。ただ、両州の裁判所の少数意見は、州政府の権限を重視する見解を示し、仮に連邦政府の所管が認められ連邦法GGPPAが合憲とされると、連邦・州政府の均衡が崩され、州政府の権限が縮小してしまうことについて警鐘を鳴らした。
これに対し、アルバータ州控訴裁判所では上述の二つの裁判所と多数意見と少数意見が入れ替わる形になり、アルバータ州控訴裁判所は2020年2月24日に多数意見として連邦法GGPPAを違憲と認め、アルバータ州政府が勝訴した。興味深いことに、アルバータ州控訴裁判所の多数意見の議論はこれまでのオンタリオ州控訴裁判所とサスカチュワン州控訴裁判所の少数意見を汲み取るものであった。
アルバータ州控訴裁判所の多数意見は、仮に気候変動を「国家的懸念」と認めてしまうと、今後は全ての州政府の所管事項において連邦政府との協議が必要になり、州政府の権限が大いに侵害されてしまうというものであった。さらにアルバータ州控訴裁判所の多数意見は、州レベルでも十分に気候変動対策は可能であると認め、連邦政府の介入の必要性を疑った。また多数派の裁判官は、連邦政府に租税に関する権利が憲法上は与えられているものの、経済活動に関する権利が州政府にある以上、アルバータ州内で連邦政府が連邦炭素税を徴収することは越権行為であるとの見解を示した。
ただ、アルバータ州控訴裁判所の判決も全員一致ではなく、一部の裁判官はこれまでのオンタリオ州とサスカチュワン州の控訴裁判所の多数意見と同様に、連邦法GGPPAを合憲と支持する少数意見を示した。
第三部 今後の展望
この三つの判決を受け、連邦政府に敗訴したサスカチュワン政府は2019年5月31日に、同様に敗訴したオンタリオ州政府も2019年8月28日に判決が不服であるとしてそれぞれカナダ最高裁判所に上告した。またアルバータ州控訴裁判所で敗訴した連邦政府もカナダ最高裁判所に2020年3月24日に上告したことから、これら三件はカナダ最高裁判所で引き続き係争されることとなった。
当初、カナダ最高裁判所は2020年3月24日、25日にサスカチュワン州とオンタリオ州の二件のみの第一回口頭弁論を行う予定であったが、新型コロナウイルスの感染拡大によりカナダ最高裁判所の審理スケジュールが遅延したため、カナダ最高裁判所はアルバータ州も加えて三件同時に審理するとしている。本稿執筆時点では、カナダ最高裁判所は三件合同の第一回口頭弁論を2020年9月22日、23日に予定しており、法曹界の関係者は現実的には2021年初頭まで判決は出ないと推測している。
これまでの三つの判決を分析すると、三州の控訴裁判所全てにおいて裁判官の見解が分かれている。これは国家全体の足並みの揃った気候変動対策が早急に求められる一方、カナダが連邦国家である以上は連邦・州政府のパワーバランスを維持する必要があるからである。前者の国家全体としての気候変動対策を重視する姿勢はオンタリオ州控訴裁判所とサスカチュワン州控訴裁判所のそれぞれの多数意見に反映され、またアルバータ州控訴裁判所の少数意見にも反映された。対して後者の州の主権を重んじる姿勢はオンタリオ州裁判所とサスカチュワン州の控訴裁判所のそれぞれの少数意見とアルバータ州控訴裁判所の多数意見に反映された。
法曹界関係者は、アルバータ州控訴裁判所で連邦政府が敗訴するまでは、カナダ最高裁判所でも連邦政府が勝訴し、温暖化ガス排出規制を行う連邦法GGPPAは合憲とされると考えていたようである。しかし、アルバータ州控訴裁判所でアルバータ州政府が勝訴したことにより、カナダ最高裁判所の判決の行方は不透明になり、予測し難くなっていると言えよう。
カナダの一部の環境法学者は、アルバータ州控訴裁判所の判決文では州政府の地下資源に関連する権限が拡大解釈されており、石油業界の主張をアルバータ州控訴裁判所が踏襲したものであると批判している[5]。カナダでは昨今、化石燃料のあり方をめぐり、環境政策を標榜するカナダ東部諸州と石油産業を持つカナダ西部諸州との対立が表面化していることから、裁判官の任官にも東部諸州の影響力が伺えるカナダ最高裁判所がどこまでアルバータ州控訴裁判所の判例を参考にするかという疑問は残る。
また、別のカナダの環境法学者は、カナダ最高裁判所の今後の炭素税に関する判決が実際にサステイナビリティーの実現として環境許認可などの実務に与える影響は限定的であり、裁判という解決法では政策立案者や業界関係者の活動の具体的な指針にはならないと警鐘を鳴らしている[6]。
他方、カナダの石油企業が加盟する業界団体は以前から、各州が独自の事情を考慮して気候変動対策を行うことが国益に繋がるとの声明を出しており、各州政府が独自の州炭素税などの法制度を定めることが望ましいと多様性を擁護する立場を表明している[7]。
今後、カナダ最高裁判所は気候変動が国を挙げて取り組まないといけない課題であることを認識しつつ、同時に資源エネルギーがカナダの一大産業であることを踏まえ、連邦・州政府の権限の境界を定めることとなる[8]。おそらくカナダ最高裁判所は州政府の権限を可能な限り保証しつつ、気候変動対策には連邦レベルでの対応が不可欠として、現在の連邦法GGPPAによる温暖化ガス排出規制を合憲と認める可能性が高いものと推察される。
[5] Martin Olszynski, Nigel Bankes, and Andrew Leach, “Alberta Court of Appeal Opines That Federal Carbon Pricing Legislation Unconstitutional”(17 March 2020), online(blog)at 10: ABlawg
[6] Jason MacLean, “Climate Change, Constitutions, and Courts: The Reference re Greenhouse Gas Pollution Pricing Act and Beyond”(2019)82 Saskatchewan Law Review 147 at para 66.
[7] Canadian Association of Petroleum Producers, “CAPP Comments on Federal Carbon Pricing Backstop”(Submitted to Environment and Climate Change Canada, 30 June 2017)at 5.
[8] Dwight Newman, “Federalism, Subsidiarity, and Carbon Taxes”(2019)82 Saskatchewan Law Review 187 at para 20.
おわりに
カナダにおける資源エネルギー事情を考察する上で、環境対策や先住民対策という観点に加えて必要となるのがカナダの連邦制の理解である。一括りに連邦制と言っても、世界の連邦国家には様々な連邦・州政府の権限の線引きがあり、カナダの場合は「多様性のある統一性」という精神のもと、その広大な国土と多様な社会を反映すべく、各州政府に大きな権限が与えられている。
また、これまでカナダ最高裁判所は何度も「州政府は連邦政府から権限委譲される存在ではなく、役割の異なる独立した別の層の政府である」として「州の主権」を支持してきた。しかし同時に、気候変動対策には国家一丸となった対策が早急に求められていることも事実である。今後のカナダ最高裁判所の判決に関心が集まる。
以上
(この報告は2020年6月1日時点のものです)