ページ番号1008781 更新日 令和2年6月18日

ロシア:困難と見られたOPECプラスによる協調減産を実現。現時点で判明した減産の手法を探る

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レポートID 1008781
作成日 2020-06-18 00:00:00 +0900
更新日 2020-06-18 11:59:10 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 基礎情報
著者 原田 大輔
著者直接入力
年度 2020
Vol
No
ページ数 12
抽出データ
地域1 旧ソ連
国1 ロシア
地域2
国2
地域3
国3
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国10
国・地域 旧ソ連,ロシア
2020/06/18 原田 大輔
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概要

  • 4月にOPECプラス産油国で合意した「協力宣言」に基づく協調減産枠組みによって、ロシアは日量163万~174万バレル減産を実行することとなった。ロシアにとってこの規模の減産はソ連崩壊による混乱と資金不足から急激に生産が減退した90年代の「受動的」減産を除けば、史上最大の能動的減産となる。
  • 6月のエネルギー省速報によって、減産義務が課された5月の原油生産データが公開され、ロシアの平均原油生産量は日量870.4万バレルとなった。OPECプラス協調減産目標(日量850万バレル)にはわずかに達しなかったが、大幅な減産を達成しているとのデータが公表され、大方のアナリストの予想を裏切り、ロシアは急速に減産を実現していることが判明した。
  • ロシアの石油生産体制は産業体制と気候・地質条件から生産調整が容易にはできないと言われてきた一方で、ロシアの石油各社は、現在生産レベルが回復しない一定のリスクを想定しながら減産を行っている模様だ。その方法は各社で異なるが、生産再開が容易な高い生産レートの井戸からの生産を減産対象にすると共に、一定の運転は継続し、フローを維持する。また、井戸の維持・改修スケジュールを抜本的に見直し、前倒しで実施。さらに井戸の設備には手を加えず、中性流体で坑井を満たし養生する方法等が採られている。
  • 他方、現在進む生産削減はいかに生産井を傷つけない手法を用いたとしても、長期的には間欠的に生産量を調整する坑井管理がもたらす石油回収率の低下等ネガティヴな影響が発現する可能性や、元々生産量が少ない井戸や水分含有率の高い生産井は以前の流量への回復は見込めず、完全に失われるリスクが指摘されている。
  • 政府主導での強制的な減産に対する石油会社の不満をガス抜きする動きも出始めた。エネルギー省及び財務省は生産減少により操業を削減するリスクに直面する油田サービス会社の支援を念頭に、そして、今後生産再開となった場合に生産量を迅速に回復するべく、予備坑井を今から掘削・プールし、そのための資金をロシアの金融機関が拠出すると共に将来的には石油各社が買い取る権利を得ることを提案。さらに、石油会社の財政負担を軽減するべく、パイプライン輸送を独占・所管するTransneftに対し、原油及び石油製品の特別輸送タリフを算出するように関係大臣に指示が出されている(Transneftは反論し、エネルギー省及び連邦独占禁止局も反対を表明)。
  • また、減産によるネガティブ・インパクト軽減とロシアの石油産業の柔軟性を高め、今後石油産業界が減産達成を容易にするため戦略石油備蓄の創設(ロシアの年間原油生産量の10%に当たる約4億バレルを備蓄する規模を目指すもの)について、現在エネルギー省で検討が進められている。

1. 減産開始までの経緯

4月12日にOPEC及び非OPEC諸国で合意された新たな「協力宣言」に基づく協調減産枠組みによって、世界全体で5月及び6月に日量970万バレルという史上最大規模の減産を行うこととなった。ロシアはその内、2月の生産量(日量1,100万バレル)を基準に日量250万バレル削減を担うこととなったが、コンデンセート生産量については対象外となることで関係国と合意を取り付けた結果、日量1,100万バレルからコンデンセート分(日量79万~90万バレルと想定される)を差し引き、正味日量163万~174万バレルの減産を実行することとなった。ロシアにとってこの規模の減産はソ連崩壊による混乱と資金不足から急激に生産が減退した90年代の「受動的」減産を除けば、史上最大の能動的減産となる。

他方、ロシアの石油生産体制は産業体制と気候・地質条件から生産調整が容易にはできない。約13~18万余りの生産井が稼働し、その85%が1日当たりの平均生産量は日量50〜75バレルという古い油田と言われており、さらに自噴井は2%未満で、82%はポンピングによる人為的生産が必要と分析された。2カ月の生産停止を敢行する場合には、生産再開ができないような損傷を井戸にもたらす可能性があり、前例のない生産量削減を行うという課題に直面した石油会社は生産を最適化しながら、永久的な生産喪失のリスクに直面することになることも指摘されており、今回課せられた削減がスケジュール通りに達成できるとは考えられないというのが、筆者も含め石油業界の専らの見方であった[1]

また、このような中でいかにロシアが減産を実現するのか、そしてどのような影響があるのかについては、減産開始直前までロシアを専門とするアナリストの中ではホットトピックとなってきた。例えば、新鋭のシンクタンクであるVygon Consultingは、ロシアが、生産回復が困難であるというリスクを受容したという前提で、どの程度の費用がかかるのかを試算している[2]。西シベリアの平均的な生産井を閉鎖するには一坑当たり平均約5,400ドルが必要となるが、その再開には3~4倍の費用がかかると分析。ロシアには約18万の井戸があり、エネルギー省の削減要請に従えば最大3.1万の井戸を閉鎖することとなり(生産量の少ない井戸が含まれれば更に対象は増える)、その場合のコストは全体で1.7億ドル程度となる。油層への損傷やその他技術的な課題が発生しない前提で、生産を停止した坑井の生産を再開するには、坑井当たり約22,000ドル又は全体で約7億ドルの追加コストがかかる(この試算には生産停止によってパイプに凝固し、取り除くのはほぼ不可能な氷・パラフィンに対する対応コストは含まれていない)。つまり、今回のオペレーションによって生産再開までに約9億ドルの費用がかかるという試算結果であり、生産コストがバレル当たり3~4ドルの範囲にあり耐性のある大手石油企業の場合には低油価であっても乗り切ることができるが、日量20万~50万バレル未満の中小石油会社は破産リスクに直面するだろうと結論している。

生産が止められないのであれば、出てきた原油を一時的に貯蔵することはできないのかという観点からの分析も為された[3]。しかしながら、判明したのは現時点でロシアが保有する貯蔵能力は少なく、あってもその大部分は原油のようには長期間保管できない精製された製品用であることだった。また、国内の原油および石油製品パイプラインのネットワークを保有するTransneftは、2018年の年次報告書で約1億5千万バレルの原油貯蔵容量を申告しているが、その数値には全長7万キロメートルに及ぶパイプライン容量が含まれており、常に一定の圧力の下でパイプラインを満たしている必要があるため、追加で原油を保管することはできない。さらにTransneftの4つの主要な海洋輸出拠点(プリモルスク、ウスチ・ルーガ、ノヴォローシスク及びコジミノ各港)では最大2千万バレルの貯蔵タンクを保有しているが、これらの施設は輸出プロセスの一環として常に使用されており、長期間の石油の貯蔵には使用することができない。ロシア石油各社も生産現場と製油所に独自の貯蔵施設を持っているが、これらを定量化することは難しいというのが結論となっている。他方、緊急石油備蓄の管理を担当する政府機関である連邦備蓄庁(Federal Agency for State Reserves/ロスレゼルヴ)の存在も脚光を浴びたが、その活動の詳細内容は国家機密となっており、現時点でも新たな情報は出てきていない[4]。一方で、今回の事態が火付け役となって、ロシアにも米国のような戦略石油備蓄を構築するべきだという動きを生み出している。5月17日、下院エネルギー委員会委員長を務めるザヴァルヌィ・ロシアガス協会代表の提案として、ソローキン・エネルギー省次官に送られた書簡では、減産によるネガティブ・インパクト軽減と生産井の保持に役に立ち、ロシアの石油産業の柔軟性を高め、さらに産業界が減産達成を容易にするために戦略石油備蓄の創設を提案している。構想では、ロシアの年間原油生産量の10%に当たる4億バレルを備蓄する規模を目指すものであり、現在エネルギー省で検討が進められている[5]

4月が過ぎ、同月のロシアの原油コンデンセート生産量の統計も判明した。4月は3月の生産量よりも0.45%(約5万BD)増加し、日量1,135.4万バレル(46.4百万トン)であった。2019年同期比より1%増加した結果だった[6]


[1] 拙稿「OPECプラスによる新たな「協力宣言」に基づき、ロシアは史上最大の能動的減産へ」(2020年4月28日)も参照されたい。https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1008604/1008738.html

[2] Vygon Consulting(2020年4月24日)

[3] IOD(2020年4月24日)

[4] ロスレゼルヴは緊急時にロシア政府・各連邦構成主体が所有する備蓄を保管、確保、管理し、必要な資源と食料の供給、人道支援の際の供給・支援を担当する政府組織(https://www.rosreserv.ru/)であり、対象も食料を中心に資機材、石油製品等多岐に亘っている模様。元々産油国では原油ガスが地下にある時点で備蓄機能を兼ねていると考える傾向があることから、今回のような事態が起きなければロシアで原油備蓄を行うという意識は希薄なままだったと考えられる。

[5] Prime(2020年5月18日)及びIOD(2020年5月19日)

[6] IOD(2020年5月6日)及びエネルギー省統計(https://minenergo.gov.ru/activity/statistic

図1 OPECプラス協調減産枠組みにおけるロシアの原油生産量実績及び見通し

減産義務が課された5月の初旬、大方のアナリストの予想を裏切り、ロシアが急速に減産を実現しているとの情報が入り始めた。5月5日までの5日間で、原油コンデンセート生産量は日量950万バレルまで減少、日量1,000万バレルを下回るのは2009年8月以来となった[7]。コンデンセート生産量を日量70万~80万バレルと仮定すると、ロシアの原油生産量は日量870万~880万バレルであり、OPECプラス協調減産で追っているロシアの生産上限である日量850万バレルに開始からたった5日間で肉薄していることになる。同日ソローキン次官もインタビューに答え、「まもなくOPECプラス協調減産の義務を履行できるだろう。履行は大変だが、市場はその事実を確認できるよう統計を公開する」と述べている[8]


[7] Prime(2020年5月6日)

[8] Prime(2020年5月6日)

 

表1 ロシア石油会社各社の生産量と凡その減産割り当て義務試算(参考)
 

対象会社想定

2018年生産量実績

(コンデンセートを含む)

7社での

シェア

日量163万~174万バレル
減産実現のための割当

最大生産

削減率

1

Rosneft

日量463万バレル

46.9%

76.4万~81.6万バレル

≒▲17.6%

2

LUKOIL

日量173万バレル

17.5%

28.5万~30.5万バレル

3

Gazprom Neft

日量127万バレル

12.9%

21.0万~22.4万バレル

4

Surgutneftegas

日量125万バレル

12.7%

20.7万~22.1万バレル

5

Tatneft

日量60万バレル

6.1%

9.9万~10.6万バレル

6

Russneft

日量15万バレル

1.5%

2.4万~2.6万バレル

7

NOVATEK

日量24万バレル

2.4%

3.9万~4.2万バレル

合計

日量987万バレル

100%

163万~174万バレル

                  出典:筆者取り纏め

 

一体、どのようにして減産を実現しているのか。考えられるのは次の3つの選択肢であると推察される。

選択肢1:一部生産回復ができないリスクを取って、減産を実現している。

選択肢2:エネルギー省が統計を操作している。

選択肢3:エネルギー省による統計の採り方に以前と比べ違いが生じている。

これらの選択肢の内、エネルギー省に原因があると見る選択肢2及び3は、可能性が全くないわけではないが、意外ではあるが石油ガスメディアが発達し、国家機密に属する石油関連情報も公開情報や報道で、ある程度把握することができるロシアにおいて、またOPECプラス協調減産を主導する立場にあり世界の耳目を集める中では、統計を操作するということは極めて難しくリスクも高いと考えられる。従って、大方の「減産実施は生産再開に不確実性をもたらす痛みを伴うものであり、そのような方策は採ることができないだろう」という予想に反して、上記「選択肢1」の通り、一部生産回復ができなくなるかもしれないリスクを取って、OPECプラス協調減産枠組みに従い、最大の減産を実施しているということになる。

その方法については、本稿執筆時点でも一次情報の露出は限られているが、次のような情報が減産を行っている大手石油会社から出てきている。5月6日時点の有力経済紙コメルサントは、減産の大半が西シベリアの成熟した鉱床で達成しており、最大の生産量と減産義務を負っているRosneftの場合、子会社の中で、西シベリアで活動するRNセヴェルナヤ・ネフチ、RNニャガンネフチェガス、サハリン大陸棚を担当するRNシェリフ・ダーリヌィ・ヴォストークでは既に39~46%の減産を達成したとされている[9]。また、Rosneft傘下最大の生産量を誇るRNユガンスクネフチェガスも18%の減産を達成した。他社ではLUKOILは21%の減産を達成し、Gazprom Neftの子会社の中で最も大きな減産義務を引き受けたのはGazprom Neftナヤブリスクネフチェガスで37%の減産を実施しているとのことだった[10]。これまで3社(Rosneft、Gazprom Neft及びRussneft)に関しては減産の具体的な対応方法に関する情報をそれぞれ発信しており、以下、抽出する。


[9] サハリン州海域で生産するRosneftの子会社は、サハリン-1プロジェクト以外では隣接鉱区の北チャイヴォ鉱区等が対象となるが、生産量は限定的(同鉱区の生産量は既に減退期にあり日量1万バレル程度)。

[10] コメルサント(2020年5月6日)https://www.kommersant.ru/doc/4337246

 

表2 Rosneft、Gazprom Neft及びRussneftによって示唆された減産方法及び関連情報

会社名

具体的な減産方法及び関連情報

Rosneft Rosneftの減産方法はまず最も効率の悪い旧油田及び新規油田を対象としており、停止した油田の生産再開に関するリスクについては、同社はハンドリング可能。二つのフェーズで減産を達成する。まず、完全に閉鎖しなくても良い坑井から減産を開始する現在のフェーズ。そして、3カ月をかけて影響を精査し、長期減産のオプションを検討の上、更に採算性の悪い坑井について減産を行う第二フェーズである。なお、サモトロール油田については減産対象から除外している[11](フョードロフ第一副社長)。
長期供給契約を結んでいる原油バイヤーに出荷するのに十分な原油がないため、6月以降も記録的な石油削減を継続することに難色を示しており、エネルギー省に対して年末まで削減を維持することは難しいと語った(Rosneftはロイターによる同報道を否定)[12]。このことは、その後、5月26日にノヴァク大臣と主要石油会社との間の会議で、現在の減産をさらに2カ月(2020年7月から8月)延長した上で、9月に日量900万バレルレベルに移行するかどうかについて議論したとされる会合の中で、LUKOIL及びGazprom Neftは延長を支持したが、Rosneftはそのような提案に賛成しなかったという報道を裏付けている[13]
Gazprom Neft OPECプラス協調減産に基づくロシアの石油産出削減のシェアを実現するために、最大6カ月という期間に限って油井の90%を一時的に閉鎖。方法は生産現場の作業機器を地表まで持ち上げるのではなく、中性流体(筆者注:同社独自のもので成分は軽油に近いとも言われている)を注入してフランジにプラグを取り付けることで一定期間、坑井の養生が可能となる。残りの約5~10%の油井は被圧水面が高いため、無期限で休止井となるかもしれない。また、ブラウンフィールドでの掘削を削減し、クルーの数も削減することで、最適化を図っていく。それでも、現在2020年のプログラムの最適化に注力し、今年の第4四半期の後半と2021年から掘削数値を調整。3カ年計画の最適化を進める。井戸の改修には多額の費用を想定しておらず、流量は維持されると見込む[14]。閉鎖される井戸はポンプ設備を取り外さずに一時的に(通常は最大6カ月間)オフラインになる予定[15](ヤンケヴィッチ副社長)。
Russneft OPECプラス協調減産合意に基づく義務を5月半ばまでに履行済であり、減産計画により、生産油田構成の変更を行い、西シベリア及び沿ヴォルガ地域の井戸の操業停止を計画・実施した。また、生産停止に際しては、現在のコスト、現在の市況下における操業の効率および技術的な可能性の評価に基づき停止対象を判断した[16]

[11] Argus FSU Energy(2020年5月22日)

[12] ロイター(2020年5月29日)

[13] Lambert(2020年5月27日)

[14] Lambert(2020年5月29日)

[15] IOD(2020年5月29日)

[16] Oil Capital(2020年5月29日)

 

5月8日付けの業界専門誌Oil Capitalは、5月の統計数字を知る複数の匿名の情報源から得た情報を根拠にインターファクスが、「5月1~5日期のロシアの液体炭化水素(石油+ガスコンデンセート)の平均日産量は前月同期比16%減の950万バレルであった。同期のガスコンデンセートの日産量は90万バレル程度と推測されるので、石油の日産量は860万~870万バレルだったということになる」と報じていることを挙げ、但し、「この数字は、ロシアの複数の大手石油会社がごく短期間で大幅な減産に成功したことを意味するが、具体的な減産方法、すなわち、各社が具体的にどの鉱床で大幅に生産を減少させたのかといった点については今のところ公式な説明は為されていない」と指摘している[17]。また、エネルギー省が減産義務を例外なく全ての生産者に課すと言われている中、外資が参画・主導してきた生産物分与契約(PSA)プロジェクト(サハリン-1、サハリン-2及びハリヤガ)も同様に減産を開始したのかどうかについても注目されたが、5月11日までの時点ではそれぞれ2%程度の減少に留まっていることが分かっている[18]

6月に入り、燃料エネルギー中央流通局(CDU-TEK)統計速報が5月の原油生産データを公開し、ロシアの平均原油生産量は日量870.4万バレルとなり、OPECプラス協調減産目標(850万バレル)には達しなかったが、大幅な減産は達成しているとのデータが公表された。また、ロシアの石油会社の生産量をトレースしている複数のデータソースも4月及び5月の月産を見れば、若干の数値のばらつきや増減率に違いはあるが、押しなべて減産が行われていることが複数のデータから裏付けられている(表3)。なお、最終的なエネルギー省による公式数値では、ロシアの原油及びコンデンセートの生産量は、4月の46,406千トン(日量1,135万バレル)から5月の39,704千トン(同940万バレル)へ14.4%減少したとされている[19]


[18] IOD(2020年5月13日)

[19] エネルギー省

表3 4月及び5月のロシア主要石油各社及びPSAプロジェクトの生産実績データサンプル

6月6日、OPECプラス産油国は、当初10日に予定されていた閣僚級会合をサウジの強い意向で前倒しに開催[20]し、現行減産(5月及び6月:日量970万バレル)を7月末まで延長すること、減産義務未達の国については9月までに未達分を実行することについて新たな合意に至った[21]。図2の通り、現在のOPECプラス協調減産合意に従えば、8月以降、順次増産が始まることになり、2022年4月には原油コンデンセート生産量は日量1,016万バレル(原油:日量946万バレル及びコンデンセート同70万バレルと想定)に上昇していく。他方、このレベルは過去35年間の平均である日量1,034万バレルより少なく、さらに最高値を記録した2018年12月の日量1,147万バレルを130万バレル以上下回る水準となるが、生産再開に向けたリスクが顕在化し、その対応を求められる場合にはある程度の猶予期間を織り込んだ減産合意であったとも言えるだろう。


[20] 当初は6月4日を目指したが、その背景には7月以降の原油販売は1週間後の6月5日に公示する必要があったためと言われている。結局は調整を要し6月6日となった。

[21] IOD(2020年6月8日)

図2 ロシアの原油及びコンデンセート生産量の推移:実績及びOPECプラス協調減産見通し


3. 政府による石油産業支援に向けた動き

政府主導での強制減産に対する石油会社のストレスへのガス抜きの動きも出始めている。5月19日、石油産業に対するコロナウイルスの影響への対応を協議する会合が、プーチン大統領とロシア石油会社の間で開催され、次の点が指摘された。まず、石油各社は減産目標を達成しなかったとしても罰せられない。また、エネルギー省及び財務省は生産減少により操業を削減するリスクに直面する油田サービス会社の支援を念頭に、そして、今後生産再開となった場合に生産量を迅速に回復するべく予備坑井を今から掘削・プールし、そのための資金をロシアの金融機関が拠出すると共に将来的には石油各社が買い取る権利を得るという提案を出し、この他、石油産業への支援策を6月15日までに検討するよう各省庁へ指示が出された[22]。この予備坑井をプールするというアイデアについては、ベロウソフ第一副首相も支持を表明し[23]、各石油会社に対して掘削計画を立案することを暫定的に承認した[24]。さらに、石油会社の財政負担を軽減するべく、パイプライン輸送を独占・書簡するTransneftに対し原油及び石油製品の特別輸送タリフを算出するように関係大臣に指示が出されている。


[22] Lambert・コメルサント(2020年5月20日)

[23] Prime(2020年5月26日)

[24] ロイター(2020年5月27日)


参考:プーチン大統領のエネルギー部門指示リスト(石油ガス関連)[25]

  1. 生産施設でのコロナウイルス感染拡大リスクの低減を目的とした管理の強化。
  2. OPECプラス協調減産の間、石油ガス開発生産目標の未達成に対する罰則の非適用。
  3. 予備坑井掘削のための基金創設。
  4. エタン及びLPGに対する物品税控除。
  5. 以下の点について今後要検討。

(1) ガソリンに対す消費税

(2) 年間10億RUB以上の収入のある石油サービス企業の中核企業リスト化

(3) Transneft及びロシア鉄道に対してOPECプラス協調減産期間中の原油及び石油製品の輸送について特別タリフを設定。


[25] Bloomberg(2020年5月25日)

 

写真
プーチン大統領とセーチン社長の会談(5月12日)

この5.(3)のTransneftに対する特別輸送タリフの設定については、5月12日にコロナウイルス状況下で通常テレビ会議のところ、規制緩和の第一号として、プーチン大統領とセーチンRosneft社長が対面でRosneftの財政状況及びプロジェクトの進捗状況を説明する会談中で、セーチン社長から要望が出されたもので[26]、油価が急落し、減産を余儀なくされる中、過去6年に亘って10%を上回ることがなかった原油の販売価格に占める輸送料金の割合が足元では32%まで上昇していると訴えるものだった。

しかし、Transneftは直後このセーチン社長の直訴に対する反論を作成し公表している。輸送タリフは低く設定されており、インデクセーションもインフレ率より低く設定されている。輸送タリフは諸外国の同業者よりも平均60%安くサービスを提供しているという内容である[27]。他方、6月に入り、エネルギー省及び連邦独占禁止局は、Transneftの輸送タリフを引き下げる提案に対して反対を表明し、Transneftの投資プログラムを維持・優先することを重視する判断を示している[28]


[27] コメルサント(2020年5月18日)(注)このRosneftとTransneftの「攻防」の背景には、東独時代ドレスデンで一緒に勤務したトカレフTransneft社長とセーチン社長のシロヴィキ内での確執・石油産業での利権争いがあるとも言われている。

[28] Prime(2020年6月8日)


4. 現場で何が起きているのかについての情報収集結果

このようにロシアの減産は達成できているとした場合、どのように達成できているのか、またそれによりどのような影響(リスク)が生じているのかについて、モスクワベースのエネルギーリテイナー等を通じて照会及び情報収集を行った。以下、要点を紹介する。

 

<石油会社の対応の現状>

  • ロシア政府及び石油各社は、現在生産レベルが回復しない一定のリスクを想定しながら減産を行っているが、ロシアは2016年後半の合意に従って、OPECプラス協調減産による生産削減義務を負っており、数量は今回の減産から比べれば少ないが(また、たとえ実質増産だったとしても)、基準月の生産量からの減産とその再開を実施してきた経験も有する(図1の通り、夏にかけて減産、冬にかけて生産レベルを回復する曲線は足元の減産でも符号する)。
  • 減産の主要対象について最新の技術を使用すれば生産再開が容易な高い生産レートの井戸は生産を一時的に停止する。その他低いレートの生産井は完全に停止せず、生産量を低く調整することで対応。ロシアの石油会社が選択した主な対応策は一定の運転は継続し、フローを維持すること。(LUKOIL)。
  • ・今後予定されていた井戸の維持・改修スケジュールを抜本的に見直し、生産レートの高い井戸については最も削減義務を負う現在に前倒しで行っている。また、増進回収を予定していた井戸も一時的に中止(Rosneft)。
  • 井戸の設備には手を加えず、中性流体で坑井を満たすアプローチは、実施に2〜3日しかかからず、通常、坑井改修に必要とする支出(機器の設置及び撤去及び坑井セメンチング等)を必要としない。但し、その後の生産回復に支障が出ないようにこのアプローチでの生産井の停止は6カ月に制限され、再生産を開始する必要がある(Gazprom Neft)[29]
  • 最大の削減が1年の内、温暖な時期に実施されることになったことは幸運だった。2020年末に向けて気温が下がるタイミングを迎えるが、その時期のために、新たな生産井掘削本数を今から抑制することで対応していく。
  • また、需要低下と原油安によって、OPECプラス協調減産合意がなくても、いずれにせよ石油会社は生産削減を実施しなければならなかったという事実もある。痛みを伴うが、石油会社は、OPECプラス協調減産によって、4月に出現した歴史的原油価格の低下を脱し、油価水準が回復することへの期待により、生産削減に前向きな姿勢を示している。

 

<減産実施の代償>

  • 他方、現在進む生産削減はいかに生産井を傷つけない手法を用いたとしても、長期的には次の3点に見られるネガティヴな影響をもたらす可能性がある。

(1) 間欠的に生産量を調整する坑井管理は今後石油回収率に悪影響を与える可能性がある。また、回収可能な確認埋蔵量自体にも影響を及ぼす。

(2) ロシアにおける生産井掘削数は4月以降急激に減速している(20〜25%減)。この結果、今後数年間の間で、生産量に対する影響が出てくるだろう。

(3) 掘削計画の見直しや先送りにより、石油産業の成長に影響を及ぼす。油田サービス会社は石油市場が回復する前に廃業するリスクに晒されている(上述の通り、本点は現在ロシア政府が支援策を検討中)。

これらの要因により、2022年4月までの時限的措置であったとしても同期間中及びその後双方で、稼働可能な井戸数と石油生産量が減少する可能性がある。

  • 次の特徴を持つ生産井[30]は、以前の流量への回復は見込めず、完全に失われるだろう。(注)これが上記でLUKOILが高い生産レートの井戸を主要対象としている理由でもある。

(1) 生産量の少ない井戸(日量37バレル(日量5トン)を下回るもの)。

(2) ロシアでは総生産量の5〜7%を占めている水分含有率の高い井戸(95%以上)。なお、ロシアの生産井の大半が水分含有率80%以上である。

(3) 重質原油(ビチューメン、パラフィンの含有率の高い高粘度原油)を生産する井戸。

(4) バジェノフ層からのシェールオイルを生産する井戸[31]

(5) 生産井で水平断面を持つ坑井やマルチホールの水圧破砕を行っている井戸等、技術的に複雑な坑井。これら生産井は流量を均一に調整することが難しく、流量を減少しようとすると生産量が永久に失われる恐れがある。


[29] 生産井の停止を6カ月に制限される理由:坑井が稼働している間、油層圧だけでなく、汲み出される坑井流体の動的な流れによっても、坑底の孔隙率は維持される。坑井を閉鎖していく際には、坑底では孔隙率の低下により浸透性を失う可能性がある。この孔隙率の低下が回復できない状況になる平均期間は6カ月と言われている。

[30] このような特徴を持つ生産井の坑井数・シェアに関する統計はない。これは石油会社が脆弱性を競合他社に開示する意欲がないことに起因。また、その数は技術開発の進度と原油価格の変動によって刻々と変動する。但し、ロシアの原油生産の長年挙動から凡そ全体の20%以上であると想定される(RusEnergy)。

[31] バジェノフ層のシェール開発は概して(5)で述べる水平断面、マルチホールでの水圧破砕が前提となっているため。


以上

(この報告は2020年6月18時日時点のものです)

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