ページ番号1008811 更新日 令和2年7月27日
ロシア:米国制裁によって中断したNord Stream 2がデンマーク政府の建設許可により完成に向けて前進。当事者(露独)以外の第三者の思惑に振り回される同パイプラインの現状を読み解く
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概要
- ロシア及びドイツをバルト海経由で直接結ぶ天然ガスパイプライン・Nord Stream 2は、2019年内の完成を目指していたものの、米国による対露制裁発動(海洋パイプライン敷設船を対象とし、請け負ってきたスイスのAllseas社は撤退)により、現在に至るまで半年以上に亘って、サスペンドとなってきたが、Gazpromは自前で海洋パイプライン敷設船を用立て(アカデミック・チェルスキー号及びフォルチュナ号)、6月16日、デンマーク政府に同国領海におけるパイプライン敷設許可を申請。
- 7月6日、デンマーク政府エネルギー庁はGazpromが申請したアンカー式船位保持システム(フォルチュナ号)によるパイプライン敷設船の使用を承認。また、自動船位保持システムを備えたパイプライン敷設船(アカデミック・チェルスキー号)の使用条件を変更することも決定し、Gazpromは、両船舶が共に作業を行い、フォルチュナ号上でパイプ鋼管を溶接、接続し、自動船位保持システムを有するアカデミック・チェルスキー号に引き渡し、敷設することが可能となった。今後4週間(~8月3日迄)、関係者・国による反論の機会が与えられ、デンマーク政府による最終承認の後、Gazpromは建設を開始することが可能となる。
- この動きを受けて、関係国の動きが活発化している。ウクライナを支援しつつ、天然ガス供給源の多様化を進め、生産者と輸送者分離を規定するガス指令を堅持する欧州政府。ファイナンス支援とガスを輸入する当事者ながら米国による制裁に対して非難するも実効的な対応策は示さず、さらにNord Stream 2だけでなく既に稼働するNord Streamに対してもガス指令適用判断を示し、Gazpromに逆風を吹かせているドイツ。北海からデンマーク経由でポーランドへ天然ガスを供給するBaltic Pipe Project建設を進めつつ、その領海建設許可という立場からNord Stream 2の命運を握るデンマーク。反露を掲げ、訴訟攻撃でGazpromと公に敵対し、米国産LNG等供給源・供給ルート多様化を図るロシア産ガス通過国のポーランド及びウクライナ。そして、欧州のエネルギー安全保障を建前として、本音では自国産シェールLNGを売り込む市場を確保すべくロシア外しを画策し、新たな制裁発動を匂わせる米国。
- その米国は7月15日、国務省が2017年に発動した「制裁による米国敵性対抗法」(CAATSA)によって規定され、まだ発動事例はない第232条「ロシア連邦におけるパイプライン開発に関する制裁」について、新たなガイダンスを発表。これまで同条では具体的なパイプラインについての言及はなかったが、この条項の対象にNord Stream 2及びTurk Stream第二ラインが含まれることを明言することで、関係国・関係企業に対して牽制を行っている。
- 米国が新たなガイドラインをこのタイミングで出してきた背景には、デンマーク政府によるNord Stream 2建設許可により、8月以降、建設が再開される可能性が高い状況が生まれていることがある。ロシア(Gazprom)も米国制裁発動を想定・回避する対応を模索しており、米国にとってはGazpromを含む関係企業に最も厳しい制裁であるSDN(特別指定国籍者)指定を強行する選択肢もあるが、それを実際に適用すれば、ガス市場で大混乱が発生する懸念があるため、強硬策は非常に取りづらい。また、制裁対象となる建設再開に向けた海洋パイプライン敷設に関する準備(敷設船傭船・保険・サービス提供)がロシア関係者の間で完結する方法を採られることで、米国制裁が無効化されてしまい、米国制裁の実効性に亀裂が入る可能性もある。米国としてはなかなか新制裁に踏み込めないこのような状況の中で、国務省は既存制裁に基づくガイダンスを出して、まずは建設開始に対して、資金提供を行っている欧州企業を中心に牽制を行っていると考えられる。
- 今後、米国による新たな制裁発動の是非、デンマーク政府による8月3日までのパブリックコメント後の最終承認、Gazpromによる米国制裁回避の方策の実効性と実際に自前の海洋パイプライン敷設船の能力、そして、5月にドイツ政府ネットワーク庁が示したNord Stream 2の欧州ガス指令(生産者・輸送者の分離)適用判断に対するGazpromの異議申し立ての結果が注目される。
1. はじめに
ロシア(Gazprom)が欧州企業コンソーシアムから資金提供を受けて建設を進める独露を直接結ぶ天然ガスパイプライン・Nord Stream 2(年間輸送能力55BCM)については、2019年内の完成を目指していたものの、ウクライナ経由のロシア産ガス・トランジット量を確保することで同国を支援する欧州各国による横槍(後述のガス指令修正によるNord Stream及びNord Stream 2の実質的稼働停止措置やデンマークによるNord Stream 2建設承認の意図的な遅延)、更には、実利的にロシア産ガスを遮断することで自国産シェールLNGの欧州市場での販促を進めたい米国による対露制裁発動(2020年国防授権法によりNord Stream 2の海洋パイプライン敷設船派遣企業(Nord Stream 2の敷設請負業社はスイスのAllseas社)を対象とする制裁を2019年12月20日に発動)による決定打を受けて、それまでに93%が完成していたのにも関わらず[1]、現在に至るまで半年以上に亘って、サスペンドとなってきた[2]。
[1] デンマーク領であるバルト海のボルンホルム島からドイツ揚陸地点であるグライフスヴァルトまでの約160キロメートル(Nord Stream 2全体の7%)が残る。
[2] 拙稿「Nord Stream 2に対して加熱する欧米の攻撃とロシア・ウクライナガストランジット契約交渉の経緯と妥結を振り返る」(2020年2月14日)も参照されたい。https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1008604/1008694.html
このような中、デンマーク政府エネルギー庁は7月6日、同国領海でのNord Stream 2パイプライン敷設を実施するために、Gazpromが6月に申請したアンカー式船位保持システムによるパイプライン敷設船の使用を承認したことを発表し、情勢はこれまでの膠着状態を脱し、敷設完了に向け動き出した。デンマーク政府エネルギー庁は、同時に要請があった、自動船位保持システムを備えたパイプライン敷設船の使用条件を変更することも決定した。
この変更により、Gazpromはアンカー式船位保持システムのパイプライン敷設船(フォルチュナ号[3])を単独でも、また自動船位保持システムを備えたパイプライン敷設船(アカデミック・チェルスキー号[4])と組み合わせても使用できることになった[5]。Gazpromが双方のパイプライン敷設船を使用できるよう申請した背景には、Nord Stream 2の海洋パイプラインの口径は48インチあるところ、アカデミック・チェルスキー号は装備するクレーン耐荷重では32インチパイプしか扱えないことが背景にある。つまり、両船舶が共に作業を行い、フォルチュナ号上で48インチパイプ鋼管を溶接し、自動船位保持システムを有するアカデミック・チェルスキー号に引き渡し、敷設するスキームが検討されていると推察されている[6]。
[3] フォルチュナ号はロシア企業であるMezhregiontruboprovodstroy社が保有。取り扱い鋼管口径:48インチ。
[4] アカデミック・チェルスキー号はGazprom(子会社のGazprom Flot)が保有。取り扱い鋼管口径:32インチ。
[5] Platts・Prime・IOD・Gas Strategies(2020年7月6日)
[6] コメルサント(2020年7月7日)
出典:Allseas社[7]、Gazprom及びMezhregiontruboprovodstroy社[8]
このデンマーク政府エネルギー庁の検討結果については、今後4週間(~8月3日迄)、関係者・国による反論の機会が与えられ、デンマーク政府による最終承認の後、Gazpromは8月4日から建設を開始することが可能となる。但し、バルト海は夏、タラの産卵期に当たるため、この時期を避けて9月以降に建設を再開する可能性も指摘されている[9]。フォルチュナ号とアカデミック・チェルスキー号を使用すると、残された160キロメートルを建設するのに最も早いケースで約1.5カ月かかると推定されている[10]。
既に、パイプライン敷設船の資材供給船として、ロシア船籍であるオスタップ・シュレメータ号、イワン・シドレンコ号が、現在ロシア海軍の艦船に護衛されながら、極東を発ち、バルト海のロシアの飛び地であるカリーニングラード州の供給基地へ向かっているとの情報も出ている[11]。パイプライン敷設船のサプライボートとしてロシア船籍の補給船が必要な理由は、後述の通り、米国で議論されている新たな制裁(パイプライン敷設船への保険付保及びサービス提供に対するもの)により外国の船舶を利用することができない事態を想定した措置と考えられる。
[7] Allseas社HP:https://allseas.com/project/nord-stream-2/
[8] Mezhregiontruboprovodstroy社HP:http://www.mrts.ru/en/index.php?option=com_content&view=article&id=37&Itemid=42
[9] Neftegaz(2020年7月6日)
[10] Lambert(2020年7月7日)
[11] コメルサント(2020年7月7日)
2. これまでの経緯
Nord Stream 2建設に至るイベントを表1に、Nord Stream及びNord Stream 2に関する諸元を図1にまとめる。最初の露独直通の天然ガスパイプラインとなったNord Streamは2005年に両国で建設に合意し、2011年に完成、稼働を開始した。このパイプラインが稼働した当時はウクライナ天然ガス供給途絶問題から欧州(特に東欧諸国)でのロシア産ガス離れが進み、最終的に所謂「第三次エネルギーパッケージ(生産者及び輸送者の分離を義務づけるものであり、つまり、暗に独占企業体であるガスプロムを対象とするもの)」として決定的なものとなった時期に当たる[12]。また、ウクライナ同様、自国のトランジットシェアへの影響からロシアからの既存パイプライン(ヤマル~ヨーロッパ/年間輸送容量33BCM)を有するポーランドを中心に反発が発生した結果、ドイツ国内の接続先パイプラインであるOPALパイプライン[13]への供給量を制限される(Nord Streamに出資するGazpromシェア分を許可せず。最終的に2017年に承認)等の障害も生じたが、ロシアはこれまでこの障害を乗り越えてきた[14]。
[13] OPAL(Ostsee-Pipeline-Anbindungsleitung「バルト海パイプライン接続ライン」の略)パイプライン:Nord Streamの揚陸地であるルブミンから独東部から南部(チェコへ接続)へ敷設されたパイプライン(全長473キロメートル/年間輸送容量36.5BCM)。https://www.opal-gastransport.de/en/
年月 | 内容 |
---|---|
2012年10月 | FS実施(最初のNord Streamは2011年稼働を開始している)。 |
2014年03月~ | ロシアのクリミア併合に対する欧米制裁開始。 |
2015年05月 | ドイツ及びロシアが建設に基本合意。 |
2017年04月 | ファイナンス契約(Gazprom及びENGIE, OMV, Shell, Uniper、Wintershallがファイナンス組成)。 |
2018年01月 | ドイツ政府が領海建設承認。 |
2018年04月 | フィンランド政府が領海建設承認。 |
2018年06月 | スウェーデン政府が領海建設承認。 |
2018年09月 | 建設開始。 |
2019年05月 | 欧州がガス指令を修正し、Nord Stream 2稼働後の生産者・輸送者(=Gazprom)分離を求める。対してドイツ政府は2020年5月までに完成されるパイプライン(PL)は除外とすることを発表。 |
2019年09月 | ポーランドPGNiGの訴えを受けた欧州裁判所が、欧州議会によるGazpromのOPALパイプラインへの100%アクセスを認めた2016年10月の決定はEU加盟国のエネルギー連帯の原則に違反しているとして撤回するべきとの判断。 |
2019年10月 | 承認を遅延させてきたデンマーク政府が領海建設承認。同国が進める北海~デンマーク~ポーランドを結ぶBaltic Pipe Project(年間10BCM)の承認とバーターか。 |
2019年12月 |
ロシア及びウクライナがガス供給契約更新に合意→ウクライナ経由のガス確保実現。 |
米国制裁発動(2020年国防授権法により海洋PL敷設船に対する制裁を受け、スイス企業Allseas社が即時撤退)により、93%完成しながら残る160キロメートル(デンマーク領及びドイツ領)を残してサスペンド。 | |
2019年02月 | Gazpromが保有する海洋PL敷設船アカデミック・チェルスキー号をウラジオストク(ナホトカ)からドイツに向けて移動開始。(注)フォルチュナ号は既にドイツ海域に停泊。 |
米国超党派議員がNord Stream 2に対する新制裁法(海洋PL敷設船に対する保険・サービス提供会社を対象)を草案。 | |
2020年05月 | ドイツ政府は2020年5月までに完成したパイプラインについては時限的に欧州のガス指令の対象外とする判断について、Nord Stream 2がその条件を達成できなかったとしてガス指令の対象となるという判断を下す。更にNord Streamについても今後20年間はガス指定の対象としないという時限措置を設ける。Gazpromは「PL完成」の定義をもって争う姿勢。 |
ロシア及びポーランドとの天然ガス・トランジット契約が失効。更新はせず、ポーランド領内のガスPL使用はポーランドのGaz-Systemが開催するオークションで容量確保を行う体制に移行。なお、ポーランドは2022年以降のロシアとの長期契約(年間10.2BCM)失効後もロシア産ガスを購入せず、ノルウェー及びLNGで調達することを表明。 | |
2020年06月 | Gazpromがデンマーク政府へフォルチュナ号及びアカデミック・チェルスキー号での海洋PL敷設許可を申請。 |
Nord Stream 2 AGはドイツの連邦ネットワーク庁の決定(同PLをEUガス指令の対象とする)を取り下げるよう6月15日にデュッセルドルフ高裁へ訴え。 | |
2020年07月 | デンマーク政府がGazpromの申請に対して許可。 |
2020年08月 | 建設再開予定。 |
出典:筆者取り纏め
Nord Stream 2は2015年6月に建設合意し、2018年9月から建設が開始され、2019年12月の米国制裁発動までに全体の93%が完成していた。2011年に稼働を開始した最初のNord Streamとの大きな違いはパイプライン事業企業にNord Streamはドイツ企業を中心にガスの需要家(E.On、BASF、Gasunie及びENGIE)が49%出資しているのに対し、Nord Stream 2ではGazpromが100%全てを出資している点である。2015年の建設合意当初はShell、E.ON、OMV、及びENGIEがパイプライン事業会社に出資することが想定されていたが、時折しも欧米制裁発動の翌年に当たり、厳密に言えば当時も含め現在に至るまでGazpromやNord Stream 2自体は欧州制裁対象では無いものの[15]、欧州企業の出資に対して再度ポーランドからの強い反発を受けて、最終的に出資ではなく、プロジェクト総事業費(95億EUR)の内、これらの欧州企業が50%を融資する契約を締結している。
完成予定であった2019年に入ると、欧米によるNord Stream 2への攻撃が過熱する。まず、3月にはNord Stream 2が通過する排他的経済水域の中で、承認を延期してきたデンマークが、既に出されている2つのルート案に加えて、第三のルートの提示をGazpromに対して求めた[16]。既に他の通過水域についてはフィンランドが2018年4月に、スウェーデンが同年6月に承認を行っていることを考えると、デンマークの反応は遅くかつ不自然であり、第三のルート提出要請はNord Stream 2稼働開始を遅延させることに目的があるのではないかと見られた(最終的に10月に承認)。さらに4月に入り、欧州議会は昨年から協議が行われていたガス指令修正案を通過。閣僚会議でも承認され、5月には加盟国での法制化段階へ移った。内容は生産者及び輸送者を分離すること(Unbundling)、パイプラインへの第三者アクセス及び輸送タリフの透明性を謳った第三次エネルギーパッケージを全パイプラインに適用し、Gazprom(つまりNord Stream 2)を排除する方向性を盛り込むものだった。これに対してドイツ政府は時限的措置を設け、2020年5月までに完成されるパイプラインについてはガス指令の対象としないことでNord Stream 2プロジェクトを守る策に出ている。
米国でもNord Stream 2を敵視する動きが活発化し、2019年7月には国務省が同パイプライン計画を「欧州、特にウクライナに対する政治圧力の道具を提供することにより欧州のエネルギー安全保障を弱体化する」と発言[17]。トランプ大統領も「ベルリンはロシアの捕虜となっている」と述べたのに対し[18]、メルケル首相は「我々は独立した独自の政治を行い、我々が独自の決定を下している」と反論するに至った。最終的には同月ヘルシンキで行われた米露首脳会談後の記者会見でトランプ大統領から「ドイツが決定したこと。我々はLNGで競争する」と述べ、とりあえずはさじを投げられた格好となり、Nord Stream 2はその後建設が進められてきた。他方、5月には、ゼレンスキー新大統領就任後、キエフを訪問し会談を持った米国のペリー・エネルギー長官が「米国はNord Stream-2に対する制裁を計画している」と公言しており[19]、年末の制裁発動に向けた準備が行われていることが既に示唆されていた。
9月には、欧州裁判所が、欧州議会によるGazpromのOPAL(Ostsee-Pipeline-Anbindungsleitung/バルト海・パイプライン・リンク/470キロメートル/年間輸送容量35BCM)パイプラインへの100%アクセスを認めた2016年10月の決定はEU加盟国のエネルギー連帯の原則に違反しているとして撤回するべきとの判断を示した[20]。これはポーランド(国営石油ガス会社PGNiG)が提訴していたもので、この判決を受けて、ドイツ連邦ネットワーク庁(Bundesnetzagentur)も「GazpromはOPALパイプラインのガス輸送の半分を直ちに停止しなければならない。」と判断[21]。OPALパイプラインオペレータ(OPAL Gastransport)は9月14日(土)からGazpromの送ガス量の制限を開始せざるを得なくなった[22]。
欧米が足並みをそろえたように建設が進むNord Stream 2を止める又は遅延させようとするこの背景には、2019年5月にゼレンスキー新大統領が生まれたウクライナへの配慮があると考えられた。Nord Stream 2の稼働開始はウクライナ経由のガス・トランジット量の低下・タリフ収入の減少を意味する。同パイプラインの稼働を遅らせられれば、ロシアはその間ウクライナ経由でガス供給を行う必要に迫られ、それがウクライナへタリフ収入(ロシア産ガスとの相殺によるガス供給)をもたらす。また、2019年という年は奇しくも2009年のウクライナ天然ガス供給途絶問題後、ロシア・ウクライナが協議の末合意した10年間のガス供給契約が満了するタイミングでもあった。供給契約条件を巡ってはGazprom及びNaftogazとの間で国際調停裁判所での係争が続いているが、Nord Stream 2を遅らせることで、欧州への供給義務を負うロシアがウクライナルートを使用せざるを得ない状況を作り出し、ウクライナによるガス供給契約交渉を有利に運ばせようという意図や欧州(特に東欧諸国)にとっての対露フロントであり緩衝地帯であるウクライナを支援・バックアップしたいという欧州の思惑もあった。
12月20日、トランプ大統領は2020年国防授権法に署名し、米国の新たな対露制裁が発動した。内容はNord Stream 2及びTurk Stream又はそれらの後継パイプライン事業の建設のために海底100フィート(約30.5メートル)以深でパイプ敷設に従事する船舶、並びに、かかる船舶を販売し、リースし、若しくは提供し、又はかかる船舶の提供取引を促している外国の者を対象とするもので、当時既にTurk Streamは完成しており、対象となるのはNord Stream 2建設を進めていた海洋パイプライン敷設会社のAllseas社のみだった。国防授権法は、翌年の軍事予算措置のために、必ず年内に成立する性格の法律であり、「独露間のパイプライン」という米国の国防とは直接関係のないものまで抱き合わせて通過させた今回の事例は、今後同じ方法で毎年末新たな制裁が盛り込まれる可能性も示唆するものとなった。
発動翌日にはAllseas社は、Nord Stream 2についての全作業をサスペンドする旨のリリースを公表し、同パイプラインの建設工事はサスペンドされた。
[15] 米国制裁はGazpromを分野別(技術)制裁の対象とすると共に(2014年9月)、ウクライナ自由支援法(2014年12月)での制裁規定を追加し、さらに「米国の敵性国家対抗法案(CAATSA)」(2017年8月)にてNord Stream 2を念頭とした制裁を追加しているが、欧州はGazpromに対する制裁は現時点で課していない。
[16] IOD(2019年3月28日)
[17] ロイター(2018年7月12日)
[18] ロイター(2018年7月11日)
[19] Prime/IOD(2019年5月21日)
[20] Prime(2019年9月10日)
[21] Bloomberg(2019年9月12日)
[22] Prime(2019年9月13日)
1月、ドイツ・メルケル首相はプーチン大統領と会談を行い、「米国の制裁により数カ月は遅延するが、Nord Stream 2は純粋な商業プロジェクトであり、建設されなければならない。域外適用する米国制裁は不適切」と断じた[23]。また、同プロジェクトのファイナンサーの一社であるOMVのシーレ社長も、「欧州政府は米国のNord Stream 2への制裁に対し至急対応するべきである。法的に承認されたプロジェクトに数十億EURを投資したのにも関わらず、欧州の了解なしに一方的な域外制裁によって中断させられることがどうして可能なのか」と不満をぶちまけている[24]。
2月10日、それまでサハリン沖でS-3プロジェクトのキリンスキー鉱床における作業に当たっていた、Gazprom保有の海洋パイプライン敷設船、アカデミック・チェルスキー号が、ナホトカを出航し、2月22日にシンガポールへ到着することが国際船舶のトレースサービスを提供しているMarine Trafficから判明した。シンガポールへの寄港はNord Stream 2用PL敷設のための設備アップグレードのためと憶測された[25]。ところが、その後、寄港地の情報は交錯し始める。2月25日には、寄港地をシンガポールからスリランカのコロンボへ変更し、3月18日に到着するとの情報が出てくるが[26]、3月2日にはコロンボには寄らず、エジプト・スエズ運河方面へ航行していることが判明[27]。さらに3月26日にはスエズ運河に向かっていると考えられていた、アカデミック・チェルスキー号はアフリカ大陸を南下し、ケープタウンに向かっており、当地到着は3月27日の予定と見られるとのトレース情報が出てくる[28]。他方で、ロシア政府の開示文書からNord Stream 2のパイプライン敷設を引き継ぐ候補として、オランダ船籍のフリントストーン号の名がリストに上がっており、北海から英国領海へ向かっているとの情報も出てきた[29]。アカデミック・チェルスキー号はその後、ケープタウンには行かず、スペインのラス・パルマス港に4月18日入港するという情報[30]が出た後、4月23日の段階で英国・アバディーンに向かった模様だった[31]。しかし、最終的に判明したのは5月28日、ドイツのムクラン港にあるNord Stream 2ロジスティクス施設の近傍、港の南東約6.5 キロメートルに停泊しているとの確定情報である[32]。このような複雑な経路を採らざるを得なかった背景には、Nord Stream 2の建設継続が判明した場合の米国による制裁対象を特定化されることを避けるという側面と、本当であれば寄港地で資機材積み込みや設備のアップグレードを行いたかったが、米国制裁発動を懸念する各港湾が寄港を許さなかったという側面の両方が考えられるだろう。
途中寄港しなかった結果、アカデミック・チェルスキー号は、Nord Stream 2の建設に必要な設備機器を装備していないという問題を抱えている。必要な設備機器の追加導入を念頭に置いた改造工事の完了後、同船は24時間操業下で1日に1.5~2キロメートルのパイプライン敷設が可能になると言われていた(但し、この数値はスイス企業Allseas社のパイオニアリング・スピリット号の半分の生産性となる)。また、アカデミック・チェルスキー号の作業に関連するリスクをカバーする保険を引き受ける会社が存在せず、10度入札が延期されたが、結局、入札は実施されなかった。その結果、保険をかけないままで船を改造することが可能なのか、そもそも改造自体が可能なのか、あるいは、いつ作業が開始されるのか、といった点が未解決の問題として残されることとなった模様である[33]。
[23] Prime(2020年1月13日)及びクレムリンHP:http://kremlin.ru/events/president/news/62565
[24] IOD(2020年1月29日)
[25] Prime(2020年2月10日)
[26] Prime(2020年2月25日)
[27] Interfax(2020年3月2日)
[28] Tass(2020年3月26日)
[29] Prime(2020年3月30日)
[30] Prime(2020年4月6日)
[31] Lambert(2020年4月23日)
[32] Lambert(2020年5月29日)
[33] コメルサント(2020年6月1日)
6月16日、デンマーク政府(環境保護局)がGazpromから新たな海洋パイプライン敷設船使用に関する申請を受領し、承認判断までには数カ月が掛かる見通しであることを公表した[34]。Nord Stream 2は今回、デンマーク区間での鋼管敷設の際にアンカー船位保持システムを採用した船舶(つまりフォルチュナ号)の利用を許可することをデンマークの監督機関に申請したことは判明したが、これまでの実績では自動船位保持システムを採用した船にしか操業許可が出されていないという懸念があった。その背景にはバルト海海底に沈没・放置されている第二次世界大戦による機雷や爆発物の存在があると考えられる[35]。
冒頭の通り、7月6日、デンマーク政府エネルギー庁はGazpromが申請したNord Stream-2を敷設するためのアンカー付きの船の使用を承認する。また、同庁は、Nord Stream 2の要請により、自動測位機能を備えたパイプ敷設船の使用条件を変更することも決定。この変更により、Gazpromはアンカー船位保持システムの海洋パイプライン敷設船フォルチュナ号を独立でも、自動船位保持システムの海洋パイプライン敷設船アカデミック・チェルスキー号と組み合わせても使用できるようになる。エネルギー庁はこの決定において、デンマークで建設される予定のパイプライン建設区間は、投棄された兵器が底曳網、錨泊等が影響する海域の外にあることを強調している。これにより、今後4週間(~8月3日)で関係者・国による反論の機会が与えられた後(パブリックコメント)、デンマーク政府による最終承認を経て、8月にはPL敷設作業を再開できることになる。
他方、7月10日の段階では、デンマーク政府エネルギー庁は、Nord Stream 2からパイプライン敷設に関する更新された作業計画をまだ受け取っていないとも述べている。同計画もパイプライン敷設再開には必須であり、パイプライン敷設の予想されるタイミングを含め、更新されたパイプライン敷設スケジュールの提出が求められている。これに対し、Gazpromは、「現在、複数の建設・スケジュールに関する選択肢について検討中であり、近い内に計画について通知する」と述べている。また、エネルギー庁は、8月3日までのパブリックコメント期間と反論の場合のエネルギー控訴委員会への異議申し立て期間についても、「エネルギー控訴委員会が別の方法で決定しない限り直ちに建設再開を差し止める権限はない」とも言っており、つまり、この決定に対して反論申し立てが行われたとしても、Nord Stream 2は、パブリックコメント期間が終了し次第、パイプライン敷設を再開できるということになる[36]。
このような状況の中で、Gazpromの幹部は、Nord Stream 2の建設は、2020年の終わりまたは2021年の初めに完了する見込みであることを表明しており[37]、昨年12月のサスペンド以降示されてきた計画に変更はないことを示している。
[34] Prime(2020年6月16日)
[35] コメルサント(2020年6月16日)
[36] Platts(2020年7月10日)
[37] Platts(2020年6月26日)
3. 関係国の思惑と動き
(1) 欧州政府:ウクライナを支援しつつ、供給源の多様化を進め、ガス指令を堅持
5月19日、欧州連合の一般司法裁判所は、2019年11月、Nord Stream-2 AGが欧州政府によるガス指令の部分的な免除を求めた訴訟について、同社の主張を却下する判断を行った[38]。ガス指令について関連する欧州連合法制を施行する責任は加盟国であるドイツにあると述べ、最終的な判断はドイツに委ねられることとなった(後述の通り、その直後、ドイツ連邦ネットワーク庁もNord Stream 2による訴えを退ける判断を示すこととなる)[39]。
前述の「2.これまでの経緯」でも、2019年9月にも欧州連合の一般司法裁判所が、欧州議会によるGazpromのOPALパイプラインへの100%アクセスを認めた2016年10月の決定はEU加盟国のエネルギー連帯の原則に違反しているとして撤回するべきとの判断を示したという、この5月のデジャブのような司法判断が下されている。昨年については、なぜかポーランド(国営石油ガス会社PGNiG)が提訴していたもので、この判決を受けて、ドイツ連邦ネットワーク庁も「GazpromはOPALパイプラインのガス輸送の半分を直ちに停止しなければならない」と判断を示し、OPALパイプラインオペレータ(OPAL Gastransport)は9月14日(土)からGazpromの送ガス量の制限を開始せざるを得なくなったという事態が発生している。
他方で、ではNord Streamにおける通ガス量がその分止まっているかというと、実際にはそのようなことには至っていない。Nord Streamに関しては図4の通り、2016年以降、そして、2019年9月の上記裁判所判断にも関わらず、年間輸送容量(55BCM)を超える量でドイツに向けて天然ガスを輸出していることが分かる。これはOPALパイプラインについてはGazpromが出資する半分については使えなくなったが、その分をOPALパイプラインに併設され、2020年1月から稼働を開始しているEUGALパイプライン[40](Europäische Gas-Anbindungsleitung/ヨーロッパ・ガス・リンク/480キロメートル/年間輸送容量55BCM)や2013年11月から稼働しているNELパイプライン[41]へ接続し輸出できているためと考えられる。表2はこれら三つのパイプラインの諸元をまとめたもので、Gazpromの関与を水色の網掛けで示しているが、EUGALパイプラインにもオペレータであるGASCADE(50.5%)にGazpromが出資しており、NELパイプラインにもオペレータのNEL Gastransport GmbHに間接的にGazpromが出資していることから、将来的にOPALパイプラインのように訴訟を起こされ、使用できる容量が縮小させられる可能性がある。
[38] Prime(2020年5月20日)
[39] ロイター(2020年5月21日)
[40] EUGALパイプライン (Europäische Gas-Anbindungsleitung/ヨーロッパ・ガス・リンク):Nord Streamの揚陸地であるルブミンから独東部から南部チェコへ接続。全長480キロメートル、年間輸送容量55.0BCM。https://www.eugal.de/eugal-pipeline/
[41] NELパイプライン (Nordeuropäische Erdgasleitung/北ヨーロッパパイプライン):Nord Streamの揚陸地であるルブミンから独西部ハンブルク方面へガス供給。全長441キロメートル、年間輸送容量55.0BCM。https://www.nel-gastransport.de/netzinformationen/die-nordeuropaeische-erdgasleitung/
注1:NEL Gastransport GmbHはWIGA Transport Beteiligungs-GmbH & Co. KGの子会社であり、後者はGazprom及びWintershallによるJV[43]。
注2:GASCADEはBASF及びGazpromによるJV[44]。なお、WintershallはBASF傘下のドイツ最大の石油ガス生産企業。
出典:各社サイトから筆者取り纏め[45]
(2) ドイツ:対米対応で弱腰。さらにガス指令適用でGazpromを追い詰める
本プロジェクトの当事者であるドイツはこの5月までは、当然ながら資金提供者保護の観点と安定的な天然ガス調達の観点からNord Stream 2を一貫して擁護している。他方で、米国による同パイプラインへの制裁に対しては非難するも、決定的な対抗策については明言を避けており、大国でありNATOの盟主である米国に対する配慮を感じさせる弱腰な一面も見せている。更には、前述の欧州一般司法裁判所からドイツ政府の判断として最終的に委ねられたガス指令の適用については、ドイツ連邦ネットワーク庁が例外とは認めないとの判断をNord Stream 2に下すという、Gazpromにとっては「身内」から刺される事態が発生している(Nord Streamについても今後20年間のみ例外という時限措置へ変更)。
5月にはドイツ政府による声明として、「ドイツ政府はNord Stream 2プロジェクト推進に前向きであり、その完成を期待しており、それに参加する企業に政治的支援を提供し続ける。パイプラインの建設遅延はドイツのエネルギー安全保障を脅かすとは考えていない。Nord Stream 2に対する米国の域外制裁を根本的に拒否するが、プロジェクト遅延についてワシントンを責めない」。また、「ドイツ政府はパイプラインに対する制裁を含む国外制裁に反対だが、Nord Stream-2に対する米国の制裁に対しては、報復はしない」[46]と米国に対する配慮を感じる内容を出している。
その翌日には、ドイツ連邦ネットワーク庁が欧州連合のガス指令からNord Stream-2を免除するよう求めた訴えに対し、「2020年5月より前に完成したパイプラインにのみ適用できることを2019年12月に決定。Nord Stream 2は現時点で完成していないため、訴えを認めることはできない」との判断を下した。Gazpromも同庁から不承認の情報を得たことを明らかにし、その決定には合意できないと表明するも[47]、稼働が開始した後も生産者と輸送者を分離しなくてはならないという新たな難題を抱えることとなった。さらに同庁は2011年に完成・稼働しているNord Streamについても、これまで未来永劫、ガス指令の対象とならないと期待されていたものが、「今後20年間はガス指令適用を免除する」という時限的判断が新たに下され[48]、Gazpromにとっては泣きっ面に蜂という状況となった。ガス指令では「オペレータは、透明で、具体的で、真摯で、かつ、実際に供給者から独立した存在でなければならない」と規定している。Nord Stream AG社は供給者であるGazpromの子会社であることから、生産者・輸送者分離の原則からNord Stream 2のオペレータにはなることはできない。また、オペレータはNord Stream 2の輸送能力(55BCM)について部分的に第三者が利用できるように容量を空けておく必要があり、全量を利用することはできないことになる。ドイツ連邦ネットワーク庁によるこの決定は実はGazpromに対して現下のパイプライン敷設を巡る問題よりもさらに大きなダメージを与えるものとも言える。たとえ米国の制裁を克服し、パイプラインが完成したとしても、それを計画通りに利用することが困難になることを意味するためである。
これに対し、現在Gazpromは、ドイツ政府に対しパイプラインの「完成」という文言の解釈を巡り、裁判で争う意向を表明している。ドイツ連邦ネットワーク庁は、「完成」には「構造的・技術的意味」(つまり、PLが完成し利用できる状態にあるという意味)が込められているという見解を示している。一方、Gazpromは、「経済的・機能的意味」(つまり、資金が投下され、プロジェクトが成立し、請負業者が確定した時点で完成したものとみなすという解釈)を主張しており、結論は出ていない[49]。
6月以降も政府幹部は米国による新制裁に対する牽制として次のような発言を強めているが、一方で、6月末にメルケル首相が米国の追加制裁に対して反撃と欧州連合の協調行動を求めることを検討しているという情報[50]以外に米国に対して実効的な手段にまでは至っていない状況が続いている。
- クラウス・エルンスト独議会エネルギー委員長:「ドイツは米国が新たなNord Stream 2に対する制裁を強化する場合には、例えば米国産ガスに対する関税強化等検討し、自分達を守らなくてはならない」。(4日、米国上院テッド・クルーズ議員を中心に議会へPL敷設船に対する保険等を対象とする新たな制裁草案が提出したのに対し)「この問題に対する米国の振る舞いは友好的ではなく、ドイツと欧州の主権を侵害している」[51]。
- アルトマイアー独経済大臣:「ドイツ政府は、米国の域外に対する制裁が国際法に違反し、国際協力に貢献しないと考える」[52]。
- エルンスト独政府エネルギー委員会委員長:「ドイツ連邦議はNord Stream 2への支援を全会一致でサポートする」[53]。
- ドイツ連邦経済エネルギー省・アイヒラー報道官:Nord Stream 2に対する米国の制裁に対する報復をドイツ政府が準備していることについては否定。
- マース外相:「ドイツと米国の関係は二度と同じになることはないかもしれない。大西洋を越えた両国のパートナーシップをかつての民主党大統領と同じように考える人は構造変化を過小評価している。関係は非常に重要だが、現在の両国関係はもはや双方の要求を答えることができないものとなっている」[54]。
- アネン国務大臣:「米国の新制裁はEUの法律に基づいて実施されている商業プロジェクトを阻止するだろう。この問題に関するドイツ政府の立場は明確であり、域外制裁はEU主権への露骨な干渉であるということだ。米国側が一方的にプロジェクトを停止しようとしていることは明らか。米国議会がヨーロッパの問題の規制者として行動するという事実は馬鹿げている。同盟国間の意見の相違は交渉を通じて解決されるべき」[55]。
[46] Interfax(2020年5月4日)
[47] Prime(2020年5月6日)
[48] Prime(2020年5月20日)
[49] コメルサント(2020年6月1日)
[50] Tass(2020年6月28日)
[51] Prime(2020年6月5日)
[52] ロイター(2020年6月15日)
[53] Prime(2020年6月16日)
[54] Lambert(2020年6月29日)
[55] Lambert及びPrime(2020年7月2日)
(3) デンマーク:Nord Stream 2完成の鍵を握る。Baltic Pipe Project建設とのバーター
デンマークはNord Stream 2の同国ボルンホルム島領海の建設許可について、他の国同様2018年内に承認することが可能のはずだったが、第三のルート提出要請までして承認を2019年10月まで引き延ばしたのは、前述の通り、Nord Stream 2稼働開始を遅延させることに目的があるのではないかと考えられた。それは端的には欧州政府内部の一部のウクライナ支援国の意向を受けて、年末に交渉が山場を迎えることになっていたロシア・ウクライナ天然ガス・トランジット契約更新に対する援護射撃(Nord Stream 2の見通しが立たなければ、ロシアはウクライナ経由に依存せざるを得ない)という目的があったと推察される。
では2019年10月になぜ建設承認を行ったのか。また、今次7月にNord Stream 2建設反対を標榜する米国、ポーランド、ウクライナを差し置いて、再度建設承認を行った理由は何か。そこには同国企業が進めるもうひとつの天然ガスパイプラインプロジェクトであるBaltic Pipe Project(総延長:800~950キロメートル。年間輸送容量:ノルウェーから10BCM/ポーランドへ(から)3BCM/2022年10月稼働開始予定)が関係していると考えられる。
出典:Baltic Pipeline Projectサイト・Gazprom掲載地図にNord Stream及びNord Stream 2を筆者加筆[56]
[56] Baltic Pipe ProjectによるHP:https://www.baltic-pipe.eu/the-project/
Baltic Pipe Project構想は、デンマーク石油ガス企業DONG及びポーランド国営石油ガス会社PGNiGが、パイプライン建設とガス供給に関する合意を2001年に署名することに遡る。一時、経済的理由から中断されるが、2007年に、PGNiGとデンマーク国営天然ガス送電ネットワーク企業Energinetが、同パイプライン建設の可能性を検討する協定に合意。2008年、ポーランド政府はPGNiGに代わり、国営パイプライン運営会社であるGaz-Systemをプロジェクトパートナーとして指名。2009年欧州政府は欧州復興エネルギー計画の枠組みの中で同プロジェクトに助成金支出を決定するも、2009年6月、Gaz-Systemは、関連プロジェクトの問題とポーランドの天然ガス需要見通しの減退により、プロジェクトの中断を決定している。2016年、新たに事業調査が実施され、2017年にEnerginetとGaz-Systemが具体的なスコープ策定に入り、 2018年1月、需要家との間で15年間の供給契約を締結。また同年、建設に掛かる公聴会が関係国デンマーク、スウェーデン、ドイツ、ポーランドを招き開催された。2019年には欧州委員会は2.149億EURの助成金供与を決定している。現在、バルト海に敷設される海洋パイプラインの建設と運用に必要な許可を得るために、分析、調査、環境アセス、設計作業が行われている。
図5の通り、このパイプライン計画はNord Stream及びNord Stream 2とデンマーク領海で交差する。その場合、既に建設されたNord Streamを跨ぐことになることから、デンマーク・ポーランドはNord Stream(つまりGazprom)に対して建設許可を求めることとなる。お互いの利害が一致した結果バーター条件でそれぞれのパイプライン建設を承認し合ったというのが、デンマークによるNord Stream 2建設許可の背景にあると考えられる。
(4) ポーランド及びウクライナ:反露を掲げ、米国産LNG等供給源・供給ルート多様化を図る
ポーランド及びウクライナは天然ガス・トランジット国としてのロシアへの過度の依存に対する恐れと歴史的背景による反露の姿勢から、ロシア離れを加速している。対露レバレッジの獲得のために。供給源・供給ルート多様化を進めるべく、前述のBaltic Pipe Projectや米国からのシェールLNGの輸入を検討する一方で、ロシアからの天然ガスに勝る低価格での調達先確保の難しさとトランジット収入の魅力にも縛られる。
2019年11月15日、ポーランドのPGNiGは1996年9月にロシアとの間で締結された長期天然ガス供給契約、所謂「ヤマル契約」(年間8.7BCMのテイクオアペイ条項を含む)が失効する2022年12月末を以って、同契約を更新しないことを公式表明した[57]。ポーランドの天然ガス需要はここ20年で二倍に増加し、2019年は20.4BCMであった。対して自国生産量は現在減退しており、ここ数年は4BCMで推移している[58]。従って、差し引き16BCM超の天然ガスの外部調達を求められている状況にある。
この状況に対して、丁度ウクライナ供給途絶問題が再燃した2009年と時を同じくして、ロシア依存度の低減を目指し、LNG受入れターミナルの建設(シフィノウィシチェ/2015年10月稼働開始)とLNG供給国との交渉を開始してきた。表3の通り、ロシアとの契約が失効する2023年以降のLNG契約数量と北海からデンマーク経由で建設されるBaltic Pipe Projectの容量の合計(17.2BCM)は、足元の需要である16.4BCMを上回っており、容量としては十分な準備が出来ていると言えるだろう。問題は果たしてこれら米国産シェールLNGを中心とするポーランド向けガス価格がロシア産ガスに比べて安いのかどうかという点に集約される。足元のスポット市場では異状な程安価な価格となっているが、いくらヘンリーハブによる米国国内価格が安くとも、液化コストと大西洋を横断する輸送コスト、さらにシフィノウィシチェでの再ガス化コストが加わったLNG価格はロシア産パイプラインガス価格に比べて、高くなるのが道理である。損を被ってもポーランドは国家のエネルギー安全保障を優先し、高価なLNG輸入によるロシア産ガスの代替を図り続けるのか、それともLNG長期契約におけるテイクオアペイ適用範囲外のボリュームについてはロシア産ガス購入の余地を残し、Gazpromと価格交渉を継続していくのか、2022年という節目に向けて、次第に判明していくだろう。また、下表のLNGを受け入れるとしても現在唯一稼働するシフィノウィシチェLNGターミナルの容量は年間5BCM(今後7.5~8.3BCMへ拡張計画)しかない。近隣のLNGターミナル経由で輸入する場合にはリトアニアのクライペダLNGターミナルがあるが、同4BCMの容量であることから、ポーランドは2023年からのLNG輸入開始に向けて、今後早急に受入れターミナルの増設に取り掛かる必要がある。
[57] PGNiG社プレスリリース:http://en.pgnig.pl/news/-/news-list/id/declaration-of-will-to-terminate-yamal-contract-effective-december-31-2022/newsGroupId/1910852
[58] BP統計より。一時期は米国のシェールガス革命を受けて、アルゼンチンやウクライナと並びシェールガスポテンシャルの高さが注目を集めたが、探鉱の結果、それほど芳しい結果には至らなかった背景もある。
ウクライナは昨年末のトランジット契約更改によって、ロシアとの間で5年間の新たなトランジット契約を締結した。ウクライナとしては安定的なトランジット収入を安定的に確保するべく10年間の長期契約を要望していたという姿勢に対し、ポーランドはこの5月、25年間に亘るポーランド経由のガス・トランジット輸送契約満了を迎えたにも関わらず、Gazpromとは契約の更改を行わず、これに代わって様々な期間の輸送能力を予約するオークション・システムが導入するという対照的な対応を採っている。一方で、ポーランドへの天然ガス供給国は現状では依然ロシアに限定されており、ポーランド国内パイプラインの使用権を予約するオークションは、早速5月17日から7月1日まで毎日実施されたものの、Gazpromが2020年第3四半期まで既に同国パイプライン輸送能力の約80%を予約した状況となっている[59]。
5月、ポーランド国営石油ガス会社PGNiGは、同国のシフィノウィシチェLNGターミナルで再ガス化容量について追加で66%を予約する契約を締結したと発表。ターミナルの容量は5BCM/年から7.5BCM/年へ拡張される計画である。シフィノウィシチェLNGターミナルのオペレータであるPolskie LNGは、PGNiGの再ガス化能力の予約が2022〜23年には5BCM/年から6.2BCM/年に24%増加し、2024年以降は66%の8.3BCM/年に増加すると述べている。現在、PGNiGはGazpromから年間最大10.2BCMの天然ガスを輸入(内、テイクオアペイ分は8.7BCM)しているが、前述の通り、現行契約が満了する2022年10月以降、Gazpromとのガス供給契約を更新しない姿勢を打ち出している。同社は、2022年10月までにノルウェー、デンマーク、ポーランドのガスグリッドを接続する上述のBaltic Pipe Project(年間10BCM。但しポーランド分は3BCM)を通じて、ロシア依存度をノルウェー産ガスに置き換えることを模索している。
また、同社はポーランドへの天然ガス供給を独占してきたGazpromと長い間対立しているが、その戦いが実を結ぶニュースが、3月に齎されている。ストックホルム商業仲裁裁判所はPGNiGの訴えを認め、2014年11月から2020年2月の間にGazpromから供給された天然ガス価格の見直しと補償金15億ドルをGazpromがPGNiGに支払う判決を言い渡した[60]。これを受けて、6月30日、Gazprom ExportがPGNiGに対して15億ドルの支払いを実行する一方、同社は声明で判決に対する抗議は継続するとも発表している[61]。
6月、さらにポーランドはロシアを攻撃する手段を実行に移している。競争消費者保護局(UOKiK)は、Nord Stream-2に関する調査中にGazpromがデータを提供しなかったとして同社を訴えると共に、5000万EURの罰金を科す可能性があることを発表した。2018年、同局はGazprom、Engie、Uniper、OMV、Shell及びWintershallに対し、パイプライン建設資金に関する資料を請求。2020年初頭にも、同局はGazpromに対し関連書類の提出を要請したが、提出はされなかった模様。2019年にも同局はEngieが情報を提供しなかったことに対して4300万ドルの罰金を科している[62]。
ウクライナでも、反露の動きは継続している。昨年末の契約更改合意直後の1月10日には、NaftogazヴィトレンコExecutive Officer(但し、5月にNaftogazは解任を発表し、最終的に7月辞任)はロシアに対し、ロシアの併合による同社のクリミア資産の減損に対する新たな訴え(70億ドル以上)をロシアに対して提起したことを明らかにしている[63]。さらに2月に入ってからもGazpromに対する新たな訴訟を国際調停裁判所及びEU独占禁止局に行うことを検討していることを明らかにしており、Gazpromが実質コントロールしているロシアの独立系ガス生産者のガス輸送や中央アジアの天然ガス・トランジットについてデリバリーポイントを見直すことや2009年のRosUkrEnergoを巡ってNaftogazが負った負債に関する内容について正していくことを表明してきた[64]。
また、6月末にはNaftogazが米国に対し、Nord Stream 2に対する追加制裁をできるだけ急ぐよう要請するという、ポーランドと異なり、実現可能性の高いLNGターミナルやパイプライン建設計画に乏しく、ロシア産ガスに依存せざるを得ない同国のなりふり構わぬ対応が見られた[65]。
[59] コメルサント(2020年6月26日)
[60] POG(2020年5月29日)
[61] Prime(2020年6月30日)
[62] Prime及びロイター(2020年6月3日)
[63] Prime(2020年1月10日)
[64] Interfax・Prime(2020年2月6日)
[65] Prime(2020年6月29日)
(5) 米国:欧州安全保障を盾に自国産シェールLNGを売り込む市場を確保すべくロシア外しを画策
米国の思惑はさらに実利的であり、シェール革命で急増する米国産LNGを巨大消費国であるドイツに売りつけたいという下心は明らかだ。5月14日には米国ルイジアナ州にてキャメロンLNG第一トレインの建設完了式典が開催され、トランプ大統領が出席し、「この施設がフル稼働すれば、最大で年間1500万トンのLNGを輸出することとなる。最大容量では、ドイツが2017年にロシアから輸入した天然ガスの40%超を、またはEUが2018年に輸入したLNGの25%を供給できる規模である」と述べたが[66]、明らかにドイツひいては欧州をシェールLNGの新市場として開拓したいという意図を隠さない。実際、2006年を境にシェール革命による天然ガス増産基調が始まった米国については、エネルギー省エネルギー情報局(EIA)の最新の見通しでも、図7の通り、LNG輸出量は2050年という長期に亘って年間143.6BCMを維持するという分析を行っており、本稿で扱っている三大国際パイプラインプロジェクトの容量を優に超え、ウクライナ経由でのロシア産ガスパイプライン容量(142BCM)に近似の数量が米国から欧州・アジア太平洋地域へ市場を求めて長期に亘って供給されることが見込まれている。
出典:BP統計2019及び米国エネルギー省エネルギー情報局(EIA)[67]
昨年9月には、ペリー・エネルギー長官(米国/当時)、ナイムスキー戦略エネルギーインフラ担当代表(ポーランド)及びダニリュク国家安全国防会議議長(ウクライナ)がワルシャワにて、ロシア産ガスを排除し、米国産LNGを通じてエネルギー安全保障を高めることを目的とした暫定的協力協定を締結し、政府間でも米国産LNGの輸入に向けた枠組みが出来上がっている。前述の通り、ポーランド(PGNiG)は2022年以降ロシア産ガスの購入停止を公式表明しており、前掲の表3の通り、それを補うべく、2017年のCentricaとの契約を皮切りに米国産LNGの購入契約交渉を加速している。2018年6月には米電力・ガス大手センプラ・エナジーがテキサス州で開発を進めるポートアーサーLNGとの間で2023年より20年間、年間200万トンのLNGを購入する長期契約を[68]、2018年10月には米国バージニア州に本拠を置くVenture Global LNGとの間で2023年から当初年間200万トンを輸入する契約を締結し[69]、さらに2019年6月には350万トンに拡大することに合意した[70]。また、2018年11月にはテキサス州のCheniereとの間で、 2019年から2022年は52万トン、2023年から2042年の間に総量2,900万トンのLNGを輸入する長期契約を締結している[71]。また、それら輸入したLNGをポーランドで受け入れるだけでなく、ウクライナへ輸送する天然ガスパイプライン(110キロメートル)を建設する計画も打ち出し、反露姿勢の先鋭化を内外にアピールしている[72]。
今年6月に入り、米国の超党派上院議員グループが、ロシアの船舶と協力する保険会社をターゲットとしたNord Stream 2に対する米国制裁の拡大に関する法律を導入することを計画しているとの情報が出て来ている。ドラフトでは、パイプライン敷設作業を行っている船舶に対し「補償サービス、保険または再保険」を提供する企業と「技術アップグレードのためのサービスまたは施設」や「溶接装置の設置、修復サービス」を提供する企業に制裁を拡大する内容となっていると言われている。また、同法案はサービスを提供する港湾施設も対象としている模様である[73]。
トランプ大統領はオクラホマ州での選挙集会で、ドイツの防衛費の不十分さとNord Stream 2への支援に対して、ドイツにおける米軍の数を減らしているとコメントし、「ロシアからドイツを守ることになっているが、ドイツはロシアの新たなエネルギーパイプラインに数十億ドルを支払っている。一体それはどういうことだ?」と述べており、ドイツに対する不満を表明している[74]。
このような動きを受けて、7月15日、国務省が2017年の制裁法(米国敵性対抗法:Countering America’s Adversaries through Sanctions Act/CAATSA)によって規定され、まだ発動事例はない第232条「ロシア連邦におけるパイプライン開発に関する制裁」について、新たなガイダンスを出すに至った(条文及びガイダンスについては下記参照)。ポンペオ国務長官も「米国はCAATSAを通じてNord Stream 2とTurk Stream第二ラインに対する制裁ガイダンスをアップデートした」と正式声明を発表。これまで第232条では具体的なパイプラインについての言及はなかったが、この条項の対象にNord Stream 2及びTurk Stream第二ラインが含まれることを明言することで、関係国・関係企業に対して牽制を行っている。対して、ロシア外務省のザハロヴァ報道官は「不公正な競争のための政治圧力であり、米国の体制の脆弱さを露呈」と非難するが[75]、現時点で具体的なアクションには至っていない。
[67] EIA Energy Outlook 2019:https://www.eia.gov/outlooks/aeo/を参照。
[68] PGNiG社プレスリリース:http://en.pgnig.pl/news/-/news-list/id/pgnig-and-port-arthur-lng-sign-agreement-for-the-sales-and-purchase-of-lng-from-the-u-s-/newsGroupId/1910852
[69] PGNiG社プレスリリース:http://en.pgnig.pl/news/-/news-list/id/pgnig-and-venture-global-lng-announce-lng-sales-and-purchase-agreements-for-2-million-tonnes-per-year/newsGroupId/1910852
[70] FT(2019年6月12日)
[71] PGNiG社プレスリリース:http://en.pgnig.pl/news/-/news-list/id/pgnig-24-year-contract-with-cheniere-signed-deliveries-of-american-lng-to-poland-will-commence-in-2019/newsGroupId/1910852
[72] POG(2019年9月3日)
[73] Lambert(2020年6月4日)
[74] Lambert(2020年6月22日)
[75] Prime(2020年7月15日)
<参考>制裁による米国敵性国家対抗法(H.R.3364)
Countering America’s Adversaries through Sanctions Act(CAATSA)
https://www.congress.gov/115/plaws/publ44/PLAW-115publ44.pdf(外部リンク)
第232条---ロシア連邦におけるパイプライン開発に関する制裁
(a)概要:
大統領は、同盟国(allies)と調整(coordination)し、この法案の発効日の翌日以降、故意に(b)で規定される投資、またはロシア連邦に対してロシアのエネルギー輸出パイプライン(Russian energy export pipelines)の建設のために(c)に規定される物品、役務、技術、情報または支援の販売、貸与または提供を行った者(person)に対して第235条に規定された12の制裁の内、5つ以上を課すことができる(may impose)。
(1)百万ドル以上の公正な市場価値のある投資。
(2)12カ月の間に総額が5百万ドル以上の公正な市場価値を有する投資。
(b)投資の定義:
本章で用いられる投資とはエネルギー輸出パイプラインを建設するロシア連邦の能力を直接かつ著しく向上させる(enhancement)ことに貢献するものである。
(c)物品、役務、技術、情報または支援の定義:
本章で用いられる物品、役務、技術、情報または支援とは、ロシア連邦によるエネルギー輸出パイプラインの建設、近代化、修復の維持あるいは拡大を直接かつ著しく促進することができるもの。
この国務省の動きに対して、欧州諸国は次のような反応を示している。ドイツ・マース外相は「欧州企業が制裁のリスクに直面する措置についての発言は、欧州政府がエネルギーをどこからどのように調達するかを決定する権利と主権を米国は無視している。欧州のエネルギー政策はワシントンではなく欧州で策定されるもの。我々は域外に対する制裁を拒否する。ドイツ政府はここ数週間、米国政府と複数回の交渉を行っており、我々の立場を明確に示してきた。我々は仲間に対して制裁を実施することで、自らの権利を守るべきではないと考えている。我々にはロシアに対する制裁に関しては大西洋の跨る共通のアプローチが必要。米国の新しい声明はこの努力を妨げるもの」と述べ、両国が米国の制裁発動の動きに対し、米国政府と協議を行っていることを明らかにしている。また、オーストリア外務省はポンペオ長官の発言を受け、早速ツイッターで、「オーストリアは、Nord Stream-2に対して域外制裁を課す米国の計画を拒否する。信頼できるパートナーの間では、一方的な措置ではなく直接的な話し合いを通じて解決するべきと考える」と表明。Turk Stream第二ライン(トルコ域外向け)について影響を受けるブルガリア・ドンチェフ副首相は「Turk Stream第二ラインの陸上セクションが新しい米国の制裁の影響を受ける可能性がある。現在我々が把握している情報では、Turk Streamを建設している会社に対する制裁があるだろうということは確か」と述べている[76]。
今回、米国政府が新たなガイドラインをこのタイミングで出してきた背景には次のような事情があると考えられる。まず、デンマーク政府によるNord Stream 2建設許可により、8月以降、建設が再開される可能性が高い状況が生まれており、ロシア(Gazprom)も米国制裁発動を想定・回避するべく、自前で海洋パイプライン敷設船と資機材供給(バルト海に面する好立地なロシア領の飛び地であるカリーニングラード州を想定)、保険(例えばインゴスストラフ等の自国保険会社)を用立てる対応を模索している。米国はなんとかNord Stream 2建設再開を止めたいが、昨年末と同じ方法で2020年国防授権法に基づくSDN指定を再度海洋パイプライン敷設船に適用すると、今度は自前で用意したGazprom(保有はGazprom Flot)に影響が及び、可能性として欧州諸国に35%、今や中国等アジア太平洋にもガスを供給するGazpromとの取引が事実上停止し、ガス途絶・価格高騰問題等、米国による市場混乱が発生する懸念がある。保険会社についてもSDN指定すると欧露貿易で影響が出てくる可能性がある。さらに重要なのは、建設再開に向けた全ての準備をロシアで完結する方法を採られることで、米国制裁が無効化されてしまい、泣く子も黙る米国制裁の実効性に亀裂が入る可能性がある点である。米国としてはなかなか新制裁に踏み込めないこのような状況の中で、国務省が既存制裁に基づくガイダンスを出して、まずは建設開始に対して、資金提供を行っている欧州企業を中心に牽制を行っているというのが現状だろう。また、このCAATSA第232条は任意(discretionary)の制裁かつ発動には同盟国(ドイツ)との調整が必要と規定されており、ドイツの了解なしで、すぐには発動できないという特徴もあるという点も米国の足を縛る点として注目される。
[76] Lambert及びオーストリア外務省ツイッター(2020年7月20日)
国務省による2017年米国敵性国家対抗法第232条「ロシア連邦におけるパイプライン開発に関する制裁」についての新ガイダンス(2020年7月15日)
(注)国務省サイトより筆者取り纏め
(1)目的:
第232条の適用において、Nord Stream 2及びTurk Stream第二ラインを含む、ロシアのエネルギー輸出パイプラインのより広い範囲に関連する投資やその他の活動(investments or other activities)が含まれることを明確にする。かかる投資を行う者やかかる活動に従事する者(金融パートナーやパイプ敷設船舶、関連のエンジニアリング供与者等)は、第232条の制裁が適用され得る。
(2)補足:
国務省は現時点で第232条に基づく制裁を課していないが、この最新のガイダンスに基づいて第232条に基づく制裁措置の適用が適切であると判断した場合は、躊躇なく発動する。ロシアのエネルギー輸出パイプラインへの参加する企業は制裁回避のための適切な措置を講じることを勧める。https://www.state.gov/updated-public-guidance-for-section-232-of-the-countering-americas-adversaries-through-sanctions-act-caatsa/(外部リンク)
(3)FAQ:https://www.state.gov/caatsa-crieea-section-232-public-guidance/(外部リンク) (注)以下注目点を抽出。
Q:2020年7月15日より前に投資を行った者に対して、第232条に基づく制裁が課されるか?
A:制裁は課されない(対象は2020年7月15日以降のロシアのエネルギー輸出パイプラインを対象)。
Q:2020年7月15日より前に契約を締結したもので、2020年7月15日以降に発生した投資等に関し、制裁が課されるか?
A:制裁は次の条件を満たす場合に課されない。2020年7月15日より前に発効したガイダンスを遵守し、2020年7月15日より前に締結された書面による契約・合意に従って行われており、かつ、2020年7月15日以降できるだけ早く撤退に向けた措置を講じていること。
Q:2020年7月15日以降に投資を行った者に必ず制裁が課されるのか?
A:制裁を課すことができる。対象はパイプラインの建設・敷設に従事する者だけでなく、金融パートナー、パイプライン敷設船のオペレータ、関連するエンジニアリングサービスプロバイダーも含む。上記条件の場合を除き、本ガイダンスは、2020年7月15日より前に署名された契約については除外されない。
Q:Nord Stream 2又はTurk Stream第二ラインについて、既存パイプライン(修理及びメンテナンスに関連する投資またはその他の活動については引き続き対象としない)と見なしているか?
A:見做していない。これらのパイプラインの標準的な修理やメンテナンスに関連する投資やその他の活動が制裁の対象になる可能性がある。
Q:「投資」の定義如何?
A:第232条における「投資」は、企業への資金提供、他の資産のコミットメントまたは拠出、融資またはその他の信用供与を構成するトランザクションと広範に及ぶ。
Q:Turk Stream第一ラインにも適用されるか?
A:Turk Stream第一ラインは、トルコの国内天然ガス市場に供給するためだけに設計されており、第232条適用の焦点とはなっていない。
4. 今後想定される動き
米国による新たな制裁の是非、デンマーク政府によるパブリックコメント後の最終承認、そしてGazpromによる米国制裁回避の方策の実効性と実際に自前の海洋パイプライン敷設船の能力が今後注目される動向となる。
(1) 米国による新たな制裁の発動の是非
現在米国議会では、米国超党派議員によってNord Stream 2に対する新制裁法(海洋パイプライン敷設船に対する保険・サービス提供会社を対象)を草案されており、昨年末同様の制裁発動を模倣した、2020年・2021年国防授権法の改訂という形で、海洋パイプライン敷設会社への保険・サービス提供会社を対象とする制裁を盛り込む動きもある。しかし、上記船舶はロシア企業(Gazprom及びロシア最大のオフショア施設建設企業Mezhregiontruboprovodstroy社)が保有しており、資機材も近傍バルト海に面したロシア領・カリーニングラード州から調達が可能で、保険付保もロシア保険会社(国営から民営化されたインゴスストラフやロスゴスストラフ)が関与することで、制裁を事実上回避することが模索されている模様だ。2018年4月に世界のアルミ生産の6%を占めるRusalを指定し、市場が混乱した結果、翌年には解除した事例があった[77]。それと同じように米国がGazpromをSDN指定するのは容易ではなく、国際的な活動を行う大企業に対してはその影響を精査し、躊躇せざる得ない可能性がある。また、SDN指定したとしても、欧米企業によるファイナンス契約は今から3年以上前に締結されたもので今後の資金供出は限定的であり、追加資金供給もGazpromが出せないわけではない。また、繰り返しになるが、海洋パイプライン敷設に関する制裁もロシアで完結されてしまった場合には、米国制裁の虎の子であるSDN指定が無効化され、建設は進み、世界には米国の制裁が役に立たないことを喧伝することにもなり兼ねない。
[77] 拙稿「米国による対露制裁:これまで観測された注目すべき8つの事象」(2020年2月26日)も参照されたい。https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1008604/1008706.html
(2) デンマーク政府による再度の許可の背景
今回急に重要な位置を占めることになったデンマークは、その領海建設の承認の権限によりNord Stream 2の生殺の権利を持つことになったが、3.(3)で分析した通り、同国が進めるBaltic Pipe Project建設をGazpromが承認することでのバーター条件で、Nord Stream 2に対する領海建設許可を与えたと考えられる。しかし、その条件交換というカードは昨年10月の承認で使い果たしたと見ることもできるだろう。その後の米国制裁によるNord Stream 2建設遅延と再度の建設許可申請は当時のスコープには入っていなかったはずだ。その場合、今回デンマーク政府が再度Gazpromの申請に対して、ただ、手続きとして処理する以外に、建設を許可する方向に動かした理由が他にあるのかもしれない。2019年10月まで承認を延ばしたように、米国の意図や欧州の意図、ウクライナ支援という観点から止めようと思えば止められたものを、許可を与えたということは、ロシアからBaltic Pipe Project建設許可とは別に何らかの新たな見返りが得られた可能性も考えられる。
(3) ドイツ政府によるNord Stream 2へのガス指令適用判断
5月にネットワーク庁が示した判断により、GazpromはNord Stream 2が完成しても、生産者であり輸送者である同社が100%出資している以上、その出資構成を変えない限りは稼働できないという難題を抱えることになった。前述の通り、Gazpromはパイプラインの「完成」の定義・解釈を巡り、争う姿勢を示している。他方、ドイツ政府は2020年5月まで例外規定を作ったのに、守れなかったGazpromが悪いという姿勢であり、この検討結果が8月以降、ドイツ政府から出てくる見込みである。この点はNord Stream 2にとっては極めてクリティカルなポイントである。もしGazpromの主張が認められない場合には、Gazpromは自分のガス田ではないソース(NOVATEKや他石油会社)からNord Stream 2向け天然ガスを仮想的に調達する形(国内パイプラインに入った時点で色分けはできないため)をドイツに認めてもらうことや、生産者としては残り、Nord Stream 2の権益をGazpromとは資本関係のない他ロシア企業に売却することで形式上「分離」したことを示す方策に出ることになるかもしれない。
(4) ポーランドによる更なる問題提起
さらにNord Stream 2が完成すれば、ポーランド・ウクライナ迂回ルート(各年間33BCM・142BCM)が強化されることになる。ポーランドは2016年に欧州政府も認めたNord Streamとその接続先のOPALパイプラインの全量通ガス許可に対して、ガス指令(第三次エネルギーパッケージ)に違反しているとして訴訟を起こし、実際に2019年9月に認められ、現在OPALパイプラインについてはGazprom出資分(49.98%)が使えない状態となっているが、Nord Stream 2についても同様に欧州裁判所へ問題を提起することが考えられるだろう。
以上
(この報告は2020年7月27日時点のものです)