ページ番号1008819 更新日 令和2年10月19日
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概要
水溶性天然ガスは、地下の地層水に溶け込む形で存在する天然ガスであり、日本国内では、主に千葉県、新潟県と宮崎県で商業的な生産が行われています。水溶性天然ガスは、化石燃料の乏しいわが国にとって貴重な国産資源ですが、一方で生産に伴う地層水の揚水が周辺環境に与える影響を把握し、適切に抑制することが重要となります。本稿では、国内の水溶性ガス田の一つである南関東ガス田において、千葉県の水溶性天然ガス開発企業各社とJOGMECが、操業における課題解決に向けて、近年共同で実施している取り組みをご紹介いたします。
1. 水溶性天然ガスと南関東ガス田
水溶性天然ガスは、地下の地層水に溶解した状態で存在している天然ガスであり、日本国内では、千葉県、新潟県、宮崎県で商業生産が行われています。その生産量は国内の天然ガス生産量の19%程度を占めており(天然ガス鉱業会ホームページ)、水溶性天然ガスの生産が行われている3県の中では、千葉県がもっとも生産量が多い県となっています。天然ガスを産出する地域のことをガス田と呼びますが、千葉県を中心とした関東地方南部に分布するガス田は、南関東ガス田(図1)と呼ばれています。南関東ガス田は、その可採埋蔵量が3,685億立方メートルにも達する国内最大の水溶性天然ガス田であり(関東天然瓦斯開発株式会社ホームページ)、現在は千葉県の九十九里地域を中心に開発されています。
南関東ガス田では、上総層群とよばれる地層から水溶性天然ガスが採取されています。上総層群は、砂岩層と泥岩層が交互に重なり合って砂岩泥岩互層をなしています(図2)。この互層より採取される水溶性天然ガスは、地中に埋もれた有機物が微生物によって分解されて生まれた、微生物分解起源の天然ガスです。メタン純度が非常に高く、一酸化炭素や硫黄分などの不純物が少ないため都市ガスとして利用しやすく、消費地に近いため供給にかかるコストも小さいという利点があります。国内で消費するエネルギー資源のほとんどを国外から輸入しているわが国にとって、水溶性天然ガスは供給の安定性および経済性の観点から非常に貴重な国産エネルギー資源であるといえます。
水溶性天然ガスが溶解している地層水は「かん水」と呼ばれる古代の海水です。その成分は通常の海水と似ていますが、海水と比べて極めてヨウ素の含有量が多い(南関東ガス田のかん水は、通常の海水の2,000倍のヨウ素を含む)という特徴があります。ヨウ素は、人体の成長に必須の元素であり、医薬品や工業原料としても重要な資源ですが、経済性を保った生産が可能な地域は限られています。日本国内の水溶性天然ガス田から生産されるヨウ素は年間9,520トン(2013年)であり、これは全世界の年間ヨウ素生産量の28%にあたります(海宝龍夫、2015)。ヨウ素は、資源の少ないわが国にとって国外へ輸出可能な貴重な国産資源と言えます。

このように、水溶性天然ガス田における天然ガスやヨウ素の生産はわが国にとって重要な産業です。水溶性天然ガスという特徴上、ガスの生産にはかん水を揚水する必要がありますが、このかん水の揚水は、地盤沈下を引き起こす要因の一つと言われています。南関東ガス田では、1973年に千葉県内の水溶性天然ガス開発企業各社と千葉県が地盤沈下防止協定を締結し、地盤沈下の防止・抑制に努めています。
かん水の揚水が地盤沈下の要因の一つと考えられている一方で、揚水による影響がどの程度なのかは明らかになっておらず、地盤沈下を適切に管理していくうえでの課題となっています。千葉県の水溶性天然ガス開発企業各社とJOGMECは、これまで、共同で操業における課題解決に向けた研究を行ってきています。本稿では、その課題解決にむけた取り組みを2例ご紹介いたします。

2. 層別地盤収縮/膨張量の観測の取り組み(2009年度~2012年度)
前述のとおり、かん水の揚水は地盤沈下の要因の一つと考えられています。一方で、地盤沈下の詳しいメカニズムは明らかになっていません。このメカニズムの解明のためには、揚水に伴って実際に地下の地層がどのくらい収縮しているのかを把握することが重要となります。そのため、2009年度~2012年度、千葉県の水溶性天然ガス開発企業各社とJOGMECは共同で、地盤沈下のメカニズムの解明に資するデータを得ることを目的とした取り組みを行いました。南関東ガス田では、天然ガス採取層は砂岩泥岩互層となっていますから、地下において砂岩層・泥岩層それぞれの層ごとの収縮量を計測できるようなシステムが必要となります。そこで、光ファイバ式層別地盤沈下量観測システム(以下、沈下計システムと呼びます。)を使用したフィールド実証試験を実施しました。
この沈下計システムは、千葉県の水溶性天然ガス開発企業各社から構成される京葉天然ガス協議会環境委員会と、大成基礎設計株式会社(現 株式会社アサノ大成基礎エンジニアリング)が共同で開発したもので、アンカー部、沈下計測部、伝達用ロッド、地上データ収録部により構成されます。アンカー部は、沈下計システムを坑内に固定するためのもので、地上から配管を通して送水することによりアンカーを拡張、坑壁に押し付けて固定します。層毎の地盤収縮量を観測するためには、図3のように、アンカー部、沈下計測部、伝達用ロッドを一組としたユニットを坑内に複数設置します。ここで、図3の沈下計測部1と沈下計測部2の間の地盤が収縮したとすると、その収縮量の分だけ伝達用ロッドが沈下計測部1の内部に入り込みます。この入り込んだ量を沈下計測部1で測定することで、地盤の収縮量を観測することができます。

沈下計システムの実坑井への設置は初めてであったため、システムの性能、信頼性の確認をするために、2010年度に浅い深度での実証試験が行われました。この試験では、上総層群を対象に、深度75メートル(非天然ガス採取層)の試験井を掘削し、その中に沈下計システムを設置して一か月間の試験を行いました。その結果、システムが坑内に設置できることを確認できました。また、試験井から約10メートルの位置に水井戸を掘削し、その水井戸から揚水して試験井での層毎の収縮量の観測を実施しました。水井戸からの揚水は、揚水量600立方メートル/日での17日間の連続揚水(以下、連続運転試験と呼びます。)と、連続運転試験から継続して段階的に揚水量を変化させる段階揚水試験の2パターンを実施しています。沈下計システムは、図4のように、深度45メートルより浅い区間の2層の泥岩層と、1層の砂岩層が計測できるような編成とし、坑内に設置しました。

図5 a)は、連続運転試験における各層準の地盤収縮量を示しています、連続運転試験では、揚水開始の直後から砂岩層の収縮が見られ、4日後以降に約1.2ミリメートルで収縮量が安定しました。砂岩層の上部および下部に位置する泥岩層でも、同様に収縮する傾向が見られ、その収縮量は大きいもので約0.3ミリメートルとなっています。段階揚水試験では、揚水量600立方メートル/日から0立方メートル/日まで段階的に揚水量を下げ、その後再び揚水量 600立方メートル/日となるまで段階的に揚水量を上昇させました(図5 b))。その結果、砂岩層の収縮量は揚水量を減少させる段階で緩やかに減少し、揚水を停止した期間には約0.5ミリメートルまで収縮が戻りました。泥岩層においても、砂岩層と同様に収縮量が戻る傾向が見られました。これは、揚水量を下げたり、揚水を停止したりすることで、砂岩層・泥岩層が膨張することを意味していると考えられます。揚水量を増加させる段階では、収縮量は再び緩やかに増加し、砂岩層では最終的に連続運転試験終了時と同じ約1.2ミリメートルで安定しました。以上の連続運転試験および段階揚水試験の結果から、沈下計システムを用いて層毎の収縮量が計測できることが確認されました。

以上の連続運転試験および段階揚水試験によって、沈下計システムを用いた層別の地盤沈下量の計測ができることが確認されました。そこで、2012年度には、深度800メートル級(天然ガス採取層)の観測井におけるフィールド試験が実施されました。観測井は深度821メートルの垂直井であり、沈下計は坑底から深度約700メートルまでの裸坑区間に設置されています。沈下計システムは、図6のように、合計で6つの区間において層別の地盤沈下量を計測できる構成としました。図6に、データ収録を開始した2012年9月から2013年1月初旬までの層別地盤沈下量を示します。なお、図6の区間2および3については、沈下計設置時のアンカー固定の不具合により、層別の沈下量観測が困難となったため、両者の結果を合わせて区間2+3として結果を示しています。層別の沈下量は、区間5を除くすべての区間において2012年11月頃から収縮の傾向を示しました。天然ガス採取層と同等の深度においても、沈下計システムを用いて層別の地盤収縮量が計測可能であることが示唆されると同時に技術的課題も明らかとなり、沈下計システムを利用した生産層相当深度における地層別の収縮、伸延挙動の評価、把握に道筋ができました。

3. 水溶性天然ガス田における地盤沈下を抑制したガス増産手法に関する研究(2018年度~2022年度)
今後も環境に配慮しながら持続的に天然ガス生産量の維持・増進を図っていくためには、地盤沈下の抑制も継続して取り組む必要があります。そこで、より効果的に地盤沈下を抑制する技術の候補として、水溶性天然ガスを採取している層よりも浅い現在使用されていないガス層(以下、浅層と呼びます。)へ、生産したかん水の圧入(以下、還元と呼びます。)を行って、浅層を膨張させることによって地表面での地盤沈下を抑制できないかという技術(以下、浅層還元と呼びます。)が検討されました。前章の段階揚水試験(図 5 b))では揚水量の減少や揚水の停止により収縮した砂岩層・泥岩層は元の層厚に回復する傾向を示しました。一方で、還元を行なえば地層を膨張させることにより地層の厚さを現在よりも厚くすることができると考えられます。
将来的に操業管理に利用できるようにするためには、事前にフィールド実証試験などを通じて、浅層がどのくらい膨張するのかを把握することが重要なポイントになります。また、沈下の抑制効果を予測する作業や、還元試験が周辺環境に与える影響の評価も必要となります。
千葉県の水溶性天然ガス開発企業各社で構成される水溶性天然ガス環境技術研究組合とJOGMECは、地盤沈下抑制手法として有効と期待される浅層還元技術に関して、2018年度より共同研究を開始し、これらの3つの項目に取り組んでいます。共同研究は、2018年度~2022年度の5年間の計画となっています。
フィールド実証試験は、2つの深度区間を対象に行われる予定です。それぞれの区間ごとに、かん水の揚水および還元を行う「生産/還元井」、試験対象層の水位を計測する「水位観測井」、揚水/還元に伴う層別の地盤収縮/膨張量を観測する「地盤沈下観測井」の3種類の坑井が計画されています(図7)。これらの坑井の他に、地表面の変動を観測するために、水準測量、GNSS(Global Navigation Satellite System/全球測位衛星システム)測量、傾斜計などの、測定原理の異なる複数の観測手法の実施が、計画に含まれています。

2018年度以降、フィールド実証試験に必要な各種設備を設置してきています。 2018年度には、水位観測井の掘削が完了し、傾斜計の設置や水準測量の実施など、地盤変動観測作業を開始しました。水位観測井を掘削する際には、地下の岩石試料を取得するコアリング(図8)という作業や、坑内に測定機器を下ろして地層の物理的特性を計測する物理検層という作業も行われています。地盤沈下観測井には、前の章で紹介した沈下計システムを設置して研究を進めていく計画ですが、2012年度に深度800メートル級の観測井に設置した際に、一部アンカーに問題が発生したことから、システムの一部改良が実施されています。
沈下抑制効果の予測作業に向けては、浅層の岩石の変形挙動を表現する構成則(岩石にかかる力と変形量の関係)の検討を行っています。この検討には、実証試験地を模擬的に数式と数値で表現したシミュレーションモデル(図9)を作成し、そのモデルを使用したコンピュータシミュレーション作業を行いつつ取り組んでいます。
また、還元試験が周辺環境に与える影響の評価のための基礎的なデータの取得として、実証試験地周辺において地下の比抵抗(電気の流れにくさ)を測定する電気探査と呼ばれる調査も実施しています。
今後のフィールド実証試験を通じて貴重な知見が得られ、技術開発が進み、将来的に操業管理へと繋げられることが期待されます。


4. おわりに
本稿では、千葉県の水溶性天然ガス開発会社各社とJOGMECが近年共同で実施している2つの取り組みについて紹介しました。どちらの取り組みも、地下の地層が実際にどのくらい膨張や収縮をしているのか把握することが、重要なポイントになっています。地表面を観測する技術に比べて、地下の地層がどのくらい膨張や収縮をしているのかを把握する技術は、まだまだ難易度が高く、千葉県の水溶性天然ガス開発会社各社とJOGMECはこの課題について取り組んでいます。
現在取り組んでいる共同研究などを通して、こういった課題が解決に向かって進んでいくことが望まれます。
参考資料
- 関東天然瓦斯開発株式会社ホームページ
- 天然ガス鉱業会ホームページ
- 海宝龍夫、2015:トコトンやさしいヨウ素の本、日刊工業新聞社
- 徳橋秀一編著、2002:タービタイトの話 (「地質ニュース」復刻版)、実業公報社
- 稲田徳弘、2011:光ファイバによる層別地盤沈下量の観測、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構石油開発技術本部技術センター年報平成22年度、49-51
- 関根孝太郎、稲田徳弘、2013:光ファイバによる層別地盤沈下量の観測、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構石油開発技術本部平成24年度石油開発技術本部年報、130-132
- 中川勉、関根孝太郎、北村龍太、2020:水溶性天然ガス田における地盤沈下を抑制したガス増産手法に関する研究、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構石油天然ガス開発技術本部平成30年度石油天然ガス開発技術本部年報、130-132
以上
(この報告は2020年7月31日時点のものです)