ページ番号1008820 更新日 令和2年8月21日
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概要
- 今春以降、アルジェリアの国営石油会社ソナトラックは上流開発事業に関する複数企業とのMoU締結を相次ぎ発表した。MoU締結企業にはChevron、Exxon Mobilといったいわゆる石油メジャーの名前も挙がっており、外資企業によるアルジェリアへの関心の高まりがうかがえる。その背景には昨年12月に施行したばかりの炭化水素法改正とそれに伴う投資条件の改善があると考えられている。
- アルジェリアではこれまで20年間にわたり政権を維持してきたブーテフリカ大統領が2019年4月に大規模抗議デモにより辞任に追い込まれた。12月には大統領選挙が実施され、2000年1月に新政権が発足したものの、8月の現在になっても、未だに政情安定化に向かうかは不透明な状況にある。そのような中で、以前より検討が進んでいた「炭化水素法」改正が2019年11月に行われた。
- アルジェリアは契約条件の悪さなどに起因し石油・天然ガス上流事業への外国投資の呼び込みが不調で、資金・技術不足から石油・天然ガス生産量が伸び悩んでいる。一方で近年、人口増加により国内天然ガス需要が急速に拡大しており、その結果、石油・天然ガスの輸出余力が減少傾向にある。炭化水素資源が輸出総額の95%以上を占める同国では輸出量の減少は国家財政に直接影響を及ぼすまさに死活問題であり、生産量の維持・拡大に向けて外国投資を誘致することが現在のアルジェリア石油・天然ガス産業にとって喫緊の課題となっている。
- これまでにも外国投資誘致に向けて契約条件改訂などの取り組みは行ってきた。しかし「充分」との評価は得られていない。今回の改正法については概ね「従来よりも好条件」と評価されており、インセンティブは高まったとみられ、外資参入加速が期待される。ただし将来性、継続性については今後の国の政策や企業の判断に委ねられることとなる。
- Hassi R'Mel等、アルジェリアにおける主な在来型ガス田は老朽化し、生産量は減退している。外国投資が停滞する中でソナトラックが自力で探鉱を行っているが、顕著な成果は出ていない。今後は北西部での新規ガス開発が期待される。ただしこれら新規ガス田は小規模なものが多く、数々の理由から高コストとなる可能性が高い。従来から非在来型ガスポテンシャルも期待されているが、データ収集、評価等が十分には行われておらず、その信頼性を確立するのは尚早。在来型、非在来型資源にかかわらず、開発には外資導入および技術、知見の提供が欠かせないのが実情。
- 国内情勢の先行きが見えない中、まずは発足したばかりの政権が無事に機能し、成立した炭化水素法がきちんと適用されて入札が実施されるか。そして現在の世界的なE&P投資環境が厳しい状況下でIOCを再び惹きつけることができるか。アルジェリアの行方に引き続き注目が集まる。
(各社プレスリリース、Platts Oil Gram News、MEES 他)
1. はじめに
2020年の春以降、アルジェリアの国営石油会社であるソナトラック(Sonatrach)は、上流開発事業に関する複数企業とのMoU(覚書:Memorandum of Understanding)締結を相次いで発表した。MoU締結相手の企業にはChevron(米)、Exxon Mobil(米)といったいわゆる石油メジャーの名前も挙がっており、国際石油企業(IOC)によるアルジェリアへの関心が高まっているように見受けられる。特に新型コロナウイルスの感染症(COVID-19)が世界に蔓延して、世界中で石油開発投資が控えられる中、かなり印象的な動きである。
最初にMoU締結が発表された相手はChevronである。2020年3月12日、ソナトラックとChevronはアルジェリア上流事業における協力関係の構築を目指すことで合意しMoUを締結した。ソナトラックの発表[1]によると両社はアルジェリアでの石油・ガスの探鉱、開発、生産(E&P)機会について協働協議を行う予定であり、石油・ガス部門の様々な分野で技術的知見を共有することにも合意した。このことはChevronによっても確認されており「アルジェリアの炭化水素の将来性に関する評価プロジェクトの実施を意図しMoUを締結する。このM0Uはアルジェリアの潜在的資源の評価を支援すると共に、当社の北アフリカ地域における拡大の足掛かりになる。」といった発言が報じられている[2]。MoU自体に拘束力はないもののChevronがアルジェリアに明確な関心を示していることがうかがえる。ただしその一方で、現段階ではChevronが興味を持つ可能性のある“機会”が何であるのかは不明だ。
その後4月16日に露ZarubezhneftおよびトルコのTPAOとのMoU 締結が発表され、4月20日にはExxonMobil、5月4日にはLukoilとも似たようなMoU締結が発表された。最新の事例としては、7月1日にENIともMoU締結が発表された。これら各社との取引については、昨年11月に制定され翌12月に施行したばかりの炭化水素法改正に伴い、新規プロジェクトの会計条件が大幅に改善されたことを受けて実現したものと考えられている。ソナトラック自身も各社とのMoU締結発表のプレスリリースの中で、炭化水素法改正が締結の背景にある旨言及している。ではなぜ今アルジェリアは炭化水素法の改正に至ったのか。
[1] Sonatrach プレスリース(2020年3月16日)https://sonatrach.com/presse/signature-dun-memorandum-dentente-entre-sonatrach-et-chevron
[2] Platts Oilgram News(2020年3月17日)
締結日 | 会社(国) | 概要 |
---|---|---|
3月12日 | Chevron(米) | アルジェリアにおける炭化水素の探査、開発、生産に関する機会について共同協議を開始するための覚書に署名 |
4月16日 | Zarubezhneft(露)、TPAO(トルコ) | 将来的な探査・生産(E&P)の可能性について共同のご論を開始するための覚書に署名 |
4月20日 | ExxonMobil(米) | 将来的な探査・生産(E&P)の可能性について共同の議論を開始するための覚書に署名 |
5月4日 | Lukoil(露) | 生産と探査における提携の可能性について協議するための覚書に署名、国際的なE&P機会の検討も含む |
7月1日 | ENI(伊) |
生産と探査における共同投資の可能性の特定に向けて覚書に署名、国際的なE&P機械の検討も含む |
出所:ソナトラックプレスリリースを基にJOGMEC作成
表1. 最近締結されたMoUの概要
2. アルジェリアの置かれている現状-危機に瀕するエネルギー産業-
2020年に入り新型コロナウイルスが石油市場を襲った。中国におけるCOVID-19拡大による経済成長減速と石油需要の伸びの鈍化懸念により、WTI原油価格は2月から3月初旬にかけて1バレル50ドル前後で推移。その後3月6日にOPECプラスによる協調減産の枠組みが崩壊し、供給過剰懸念が強まった。3月中旬から同月末にかけWTI原油価格は下落傾向となり、3月30日の終値は1バレル20.09ドルと2002年2月7日以来の低水準に到達した。その後、油価は1バレル40ドル前後に回復したが頭打ちで、ガス価も低迷が続いている。低油価とCOVID-19による需要急減に直面し、特に石油依存度の高い産油ガス国では国家収入が大きく落ち込み対策が急務となっている。アルジェリアもそうした国のひとつだ。しかしアルジェリアの窮状は今に始まったわけではない。
アルジェリアは世界有数の天然ガス資源国である。BP統計によれば、2019年は日量862億立方メートルを生産し日量433億立方メートルを輸出した[3]。欧州向けの天然ガス供給量は日量342億立方メートルで、欧州にとってはロシア、ノルウェー、オランダに次ぐ第4位の主要供給国である。最近では在来型天然ガス資源に加えシェールガス資源も豊富に有していることも確認され、地質的には天然ガス生産・輸出ポテンシャルは未だ高い。なお石油についても2019年日量148万バレルを生産しており、生産量のうち7割以上を輸出している[4]。
しかし現在、同国の石油・天然ガス産業は待ったなしの状態に追い込まれている。近年アルジェリアでは人口増加により発電向けなどの国内天然ガス需要が急速に拡大を続けている。一方で石油・天然ガス上流事業への外国投資の呼び込みは進んでいない。また、これまで生産を依存してきたHassi R’Melガス田などの主要ガス田の成熟化が進む中で、新規ガス田の生産が始まっているものの全体として大きな増産には至っていない。
[3] BP統計2020、天然ガス輸出量はパイプライン輸出量とLNG輸出量の合計
[4] 国内石油消費量 日量45.4万バレル(BP統計 2020)

出所:BP統計 2020データを基にJOGMEC加筆
表2. アルジェリアの天然ガス生産量、輸出量、国内消費量の推移

表3. アルジェリアの石油生産量、国内消費量の推移
原油・コンデンセートの生産量は、いったん回復した天然ガスの生産よりも弱く、2007年頃から低下傾向を示しており、投資・地質的ポテンシャルの低下の影響が著しい。
これらの結果として石油や天然ガスの輸出余力が急速に減少している。炭化水素資源が輸出総額の95%以上を占めるアルジェリアでは天然ガスの輸出量の減少は国家財政、経済に直接影響を及ぼすこととなり、まさに死活問題である。オックスフォードエネルギー研究所は2019年10月1日発刊のレポートでガス輸出国としてのアルジェリアの将来が懸念されると警告しており[5]、またアルジェリアのムハンマド・アルカブ エネルギー大臣も、ガスおよび石油製品の国内需要が拡大傾向にあり、国外顧客との天然ガス供給契約にも影響を及ぼす恐れがあることを発言している。
[5] “Algerian Gas in Transition”(OIES)https://www.oxfordenergy.org/publications/algerian-gas-in-transition-domestic-transformation-and-changing-gas-export-potential/?v=24d22e03afb2

図1. アルジェリアの主要ガス田およびインフラ
近隣のエジプトでは、かつて2011年のアラブの春革命後の混乱の影響によりガス生産量が低下、一方で国内消費量は伸び続け、政府が国内販売を優先した結果、2基あるLNG輸出プラントが稼働を停止し2015年に天然ガス純輸出国から純輸入国に転じたという経緯を持つ[6]が、現在アルジェリアでも同様の問題が生じる可能性が高まってきている。ソナトラックが独力では生産量・輸出量を維持・拡大できない以上はIOCの誘致に向けてより魅力的な投資条件を採用する必要性があるだろう。十分な輸出量が維持できなくなるようなシナリオを避けるために、アルジェリア政府は外国投資誘致を目的に上流部門の改革を推進している。しかしその妨げとなっているのが現在の国内政治情勢だ。同国は1992年から約10年に及んだ内戦以来の政治危機の真っ只中にある。
アルジェリアではこれまで20年間の長期支配を敷いたブーテフリカ大統領が5期目を狙い立候補を表明したことから大規模デモが発生し、同氏は2019年4月に辞任に追い込まれた。その後国民評議会のアブデルカデル・ベンサラ議長が暫定大統領に就任したものの、軍や経済界のエリートから成る既存支配層の退陣を求める抗議デモが激化、当初7月4日に予定されていた大統領選挙も「実施は不可能」として延期され12月12日に行われた。投票率は39.83%で、ブーテフリカ前政権下で首相や貿易相などを歴任したアブデルマジッド・テブン元首相が58.15%の得票率を得て勝利し、12月19日に新大統領に就任。翌2020年1月2日にはアブデラジズ・ジェラド首相による新政権が発足した。デブン新大統領は政治改革を掲げ、国民との対話、憲法改正、国会選挙といった懸案に順次取り組む考えを示している。しかしデブン新大統領自身も旧来のエリート層からの出自であり、これを嫌う国民の政治不信は収まらず、同国の政治情勢の先行きは依然として不透明なままである。
3月に入りアルジェリア国内でCOVID-19による初の死者が確認され、その後も感染者、死者数共に増加の一途をたどっていることで抗議デモ自体は中断されている。しかし感染拡大に伴う緊急経済対策が財政状況を圧迫し、また国際原油価格の下落や欧米諸国の経済停滞が、炭化水素輸出収入に極度に依存するアルジェリアの国家経済に大打撃を与えることが懸念されている。テブン大統領は5月3日、こうした経済危機を乗り越えるためとして2020年の国家予算を半減すると発表した。2020年の原油輸出収入は18年振りの低水準になるとも見込まれており、アルジェリアの財政および政治が果たして持ちこたえられるか懸念されている。
こうした状況の中ではあるが、昨秋、アルジェリア議会は炭化水素法改正案を可決[7]し、アルジェリアは石油・天然ガス産業再興に向けて一歩前へ踏み出した。
[6] SEGAS LNG(Damietta)は2012年から現在まで稼働停止中。一時停止の後に稼働再開していたELNG(Idku)もガス価格の低下を受けて2020年4月より稼働停止中(7月末時点)
[7] 2019年10月2日政府評議会承認、10月13日閣議承認、11月14日国民議会(下院)可決、11月28日国民評議会(上院)可決、12月22日公布施行
3. これまでの経緯-盛衰の繰り返し-
そもそもアルジェリアでは、歴史的に見て、外資誘致に向けた取り組みを重視してきていた。1963年にソナトラックは政府のエネルギー政策の執行機関として設立され、1971年の国有化政策の完了以降、石油・天然ガスの探鉱・開発や石油製品の流通、販売などの実業にも携わるようになり、炭化水素産業における独占的役割を保持してきた。その国有化完了後もTotal(当時はTotal CFP)やPetrobrasなどの外国石油企業による技術サービスの提供を受け続けたことで原油生産量は緩やかに伸び続けていたが、1980年代に入ると原油価格が下落し、契約条件の厳しさなどから外国企業による探鉱活動はほとんど行われなくなった。
1986年には外国企業による探鉱を活性化することを目的に炭化水素法(86-14)が制定され、新規の探鉱・開発への外国企業の参入が認められた。その後既発見油田の再開発への参入も認められ、外資導入を目的とした投資法も制定された。こうした一連の外資導入策が寄与し1990年代の半ば以降アルジェリアの石油・ガス生産量は回復した。1990年代前半は内戦が特に激化していた時期であり、そうした状況が落ち着いてきたことも生産量回復の要因であったと考えられる。
1999年にブーテフリカ氏が大統領に就任し、それまで10年近く続いた内戦の影響により荒廃した国家社会・経済の再建に向けて、治安回復、石油・天然ガス部門の制度改革および外国資本の誘致などに取り組んだ。そこで再び大きな焦点となったのが炭化水素法改正を巡る動きである。
2000年後半、エネルギー鉱業省はアルジェリアエネルギー部門の革新的改革を打ち出した。これまで石油・天然ガス部門全体における国営企業による事業独占を認めてきた法規制を大幅に見直し、上流および下流の幅広い分野で国内外企業の参入を促進し、競争原理導入による投資活動の活発化を目指すものであった。具体的には、ソナトラックの権限縮小を狙いとして国家炭化水素開発庁(ALNAFT)、炭化水素規制庁(ARH)の2政府監督機関の設立、外国企業に対するソナトラックとのパートナーシップ義務の撤廃、ソナトラックの権益比率を51%以上から20~30%に引き下げるなどの大幅修正を加えた新炭化水素法案が策定され、2001年に議会へ提出された。しかしソナトラックの改革・合理化を伴う大幅な人員削減を懸念するアルジェリア労働総同盟(UGTA)などによる強硬な反対を受けて、法案は2003年に無期延期となり、2004年のブーテフリカ大統領の大勝利を受けて法案は議会に再提出され、2005年3月20日に国民議会(下院)および3月31日に国民評議会(上院)によって承認され、最終的に2005年7月19日に発効した(05-07)。この改正では外資に有利な条件が盛り込まれる一方でPS契約は廃止された。
この改正により外資参入の加速化が期待されたものの、国民世論の強い反発が起こり、わずか1年後の2006年には大きな変更をさらに加えた改正法(06-10)が成立した。これによりソナトラックの参加比率51%以上という規定が復活し、さらに特別利潤税[8]までが設けられ、しかも前年廃止されたPS契約の再採用は行われず、参入条件が悪化した結果、投資が滞り、石油・ガス生産量の減少にもさらに拍車がかかるという悪循環に陥った。なお改正法採択の背景には「原油価格の急激な高騰にともなう市場環境の変化を理由に超過利得税を導入することで追加税収を図り、政府による大規模インフラ整備や債務返済等に向けた財源確保を可能にする」、また「石油・ガス開発にあたり外資導入の方針は不可欠であるものの、自由化に一定の歯止めをかけ『次世代に向けた国家戦略資源の確保』をアピールすることで国民の幅広い支持を得る」という政治的狙いもあったとされる。同改正法の成立以降も投資機会促進を目的とした石油・ガス田の国際入札ラウンドが2009年、2010年と続けて実施された。しかしいずれの入札ラウンドもIOCの関心を十分に惹きつけることはできなかった。
その後2013年にもう一度法改正が行われたが、それは参入条件が飛躍的に改善された2005年制定の新法と、油価高騰に伴う資源ナショナリズムの高まりから揺り戻しが起こった2006年の改正法、いわば二つの折衷案であったとされる。2013年1月にはアルジェリア東部イナメナス近郊のガス処理施設が武装勢力によって襲撃され、日本人10名を含む40名の外国人技術者らが犠牲となったイナメナス・テロ事件の直後、治安情勢悪化の理由によるさらなる外資離れを食い止めるために改正法は速やかに成立した(13-01)。この改正では外資にとって税制面での不満の元であった特別利潤税が廃止され、2005年の新炭化水素法や2006年の改正では言及されていなかった非在来型資源、特にシェールガス開発を意識的に視野に入れた修正が行われた。多くの項目で「在来型資源の場合」と「非在来型資源の場合」で異なる規定が設けられ、非在来型資源の探鉱期間の延長(在来型資源7年に対し非在来型は11年)や開発期間の延長(非在来型〔石油〕25年、〔ガス〕30年に対し、非在来型〔石油〕30年、〔ガス〕40年)を可能にするなどの優遇措置が取られた。ただし2005年の炭化水素法と比較すると限定的改善との印象が否めず、外資が投資を大きく回復させる可能性は低いと見られていた。
この法改正からちょうど1年後の2014年1月に第10次ライセンスラウンド(2005年制定の新炭化水素法下では第4次)が行われた。全31鉱区中落札されたのはわずか4鉱区のみで、決して成功とは言い難い結果であった。非在来型資源のポテンシャルを有すると言われていた17鉱区については一つも応札が無かった。
[8] 特別利潤税:Exception Profit TaxやWindfall Petroleum Taxとも表記される。ブレント価格がUS$30/バレル以上の場合、生産物の取り分に応じて5~10%の追加税金を徴収するというもの。

表4. 2000年以降のライセンスラウンド結果
4. 現在の取り組み-法改正により起死回生を図る-
こうした経緯を経て今また炭化水素法改正が実施された。今回の目的も当然ながら外国投資を誘致することにある。
2017年9月、ウルド・カドゥール ソナトラックCEOはアルジェリア石油・天然ガス産業における改革の必要性を説き、投資家をより惹きつけるような法税制枠組みの適用を政府に促した。アフメド・ウーヤヒヤ首相もまた「2014年以降の原油価格下落に伴い、業界は既に新たな状況で事業を展開している。アルジェリアも他の全ての国と同様に適応する必要がある」と述べ、改革プロセスに着手したことを示した。
その後アルジェリア政府は米国の弁護士事務所をアドバイザーに起用するなどし、改正法案の草案作成へ積極的な取り組みを見せた。当初予定からは遅れながらも2019年7月までに最終法案が準備される手筈で進められた。ちなみに2019年3月の時点で政府関係者は今年後半には炭化水素法案が可決されると期待していたという。「この法律は1990年代に油ガス発見をもたらした1986年の炭化水素法への回帰である」として自信を深め、ソナトラック関係者やIOC幹部、弁護士なども皆、シェールガス投資を誘致できるような法改正が実現すると見込んでいた。
2019年11月に成立した改正法では、従来のコンセッション契約に代わりソナトラックと提携する企業向けの新たな契約形態として、利権契約(Participation)、生産分与契約(Production Sharing Contract(PSC))、サービス契約(Risk Service)の3種類を導入し、様々な契約オプションを取り揃えることで柔軟性向上を図った。翌12月に改正法自体は直ちに施行されたものの、法令とそれに伴う政令等の施行はこれからで、2020年6月の時点で「間もなく閣僚会議及び国会へ提出される予定である」と報じられている。全容は未だ明らかにされていない部分が多く、PSCとサービス契約の条件も分かっていない。利権契約の一般的な課税構造は以前の炭化水素法の条件と同様で、生産量に応じてロイヤリティを支払い、ライセンスエリアの純利益に課税される。立地と生産量に基づき5.5%から23%と幅のあったロイヤリティ比率は一律10%に変更された。同様に開発タイプと収益性に応じて19%から80%と幅のあった所得税も全てのプロジェクトで一律30%の税率に置き換えられた。また20%~70%と定められていた石油収入税(PRT)の代わりに、収益率に基づく計算によって10%~50%の間で変動する、より簡素化された炭化水素税が導入された。さらに「困難な状況」が発生した場合にはロイヤリティと炭化水素税の軽減が認められる場合があり、具体的には (1)地質が複雑 (2)炭化水素の採掘が技術的に困難 (3)開発コストが高い (4)炭化水素価格の大幅な下落が継続といった状況を想定している。法改正推進を担当するワーキンググループの責任者であり2020年2月からはソナトラックのCEOを務めるトゥフィク・ハッカー氏によると、新法の下ではソナトラックとIOCパートナーの税負担は85%から約60-65%に低減されるという。確かに改正炭化水素法(19-13)は旧来法(13-01)よりも魅力的である。例えば利権契約の場合、ロイヤリティ、所得税、炭化水素税が減税され、また難易度の高いプロジェクトにはさらなる減税が認められる。未だ詳細は不明ではあるものの、PSCは1990年代にアルジェリアの石油・天然ガス部門活発化に貢献したと広く考えられており、この再導入にも肯定的な見方がなされている。
一方で改正が期待されていた「外国企業保有比率に関するソナトラック51:外資49のルール」は維持される。アルジェリアにおけるシェールガス投資については、従来、ExxonMobil、Chevron、Royal Dutch Shell、BP、Equinor、ENI、Total、RepsolといったIOCの多くは関心を有しているものの、大規模探鉱ないし開発商業を行うには財務条件の改善が欠かせないと主張していた。在来型・シェール開発に限らず、IOCの興味を引き付けるために今回の法改正の内容では未だ不十分との指摘やIOCはアルジェリアへの投資を警戒し続けているとの報道もある。
以上のように、今般の法改正により外資にとってのインセンティブは高まったとみられ、外資参入加速が期待される。ただし将来性、継続性については今後の国の政策や企業の判断に委ねられることとなる。
それではアルジェリア国内事情の方はどうか。「ソナトラック51:外資49のルール」を維持したことで国民の理解を得られたのかというと必ずしもそうでもない。4月からの抗議デモが継続する中で12月に実施を控えた大統領選挙を待たずして10月13日に暫定内閣が炭化水素法改正案を承認したことが、いわゆる既存支配層の退陣を求める抗議者の新たな標的となった。承認の当日、暫定政府には法案承認の権利がないとして数百万人もの国民が議会前で抗議を行ったのである。アルジェリア国民は民族主義色が強く、資源の国家管理を緩和するといった政策には非常に敏感だ。国家の富を巡る高官と外資の癒着という長年の疑念が払拭されておらず、新法は売国行為であり国家資源の浪費であると民衆は主張し、怒りは収まらない様子である。石油・天然ガス産業、ひいては国家財政の発展にとっても不可欠な改革の必要性を説き、いかに国民の理解を得て折り合いをつけていくかが未だ大きな課題として立ちふさがる。次回入札の時期については、当初法律制定後まもなく開催とされていたものの、2020年5月の段階では、「中期的な入札開催を再び検討している」として発言がトーンダウンしている。
また、外資導入の強化に取り組む一方で、それに逆行するような動きが見られることも気掛かりである。
例えば2019年5月、OccidentalがAnadarkoを570億ドルで買収するのに併せて、Anadarkoが保有するアフリカ資産(アルジェリア、ガーナ、モザンビーク、南アフリカ共和国)すべてをTotalが88億ドルで買収することでTotal、Occidentalの両社は合意していた。この取引の目玉であったモザンビークLNGプロジェクトのオペレーター権益26.5%の取引は2019年9月に完了した[9]が、Anadarkoがアルジェリアに保有する権益[10](Anadarko取り分のネット生産量は日量約6.5万バレル、資産価値としては88億ドルとも言われる)も大きな資産であった。Anadarkoが権益を保有する資産からの原油生産量は合計日量約26万バレルでアルジェリアの全石油生産量の実に25%以上を占めており、この取引によりTotalが外資トップの生産量となることは確実視されていた。ただしアルジェリア政府は、両社の間でアルジェリア権益のサイドディールの検討が進められていたことを正式に知らされていなかったことから、合意をめぐるコミュニケーションの欠如について不満を述べており、Anadarkoのアルジェリア権益のTotalへの売却に対し、先買権を行使し同国資産の売却を阻止する可能性について示唆した。その理由として、今回の取引が「国内法と合致しない」ことがアルジェリア政府によって挙げられているものの、いかなる法に違反しているのかは、アルジェリア政府は明らかにしていない。
いずれにしても、結果として2020年5月にTotalは合意の一部であるアルジェリア資産の買収を断念し、その権益はOccidentalが引き続き保有することになった。ちなみにTotalはその際にアルジェリアが約20億ドルで権益を評価していたことを明かしている[11]。Totalのプヤンヌ CEOによると、当初アルジェリア政府はAnadarkoからOccidentalへの権利の変更を承認しなかったが、その後、この取引を認めたという。アルジェリア政府がAnadarko権益のTotalへの売却に反対した理由はいまでも不明だ。一部には、「アルジェリア政府指導部が、かつて宗主国であったフランスの会社がアルジェリアで大きな力を取り戻すのを望んでいない。また両社が水面下で権益の譲渡の話を進めていてアルジェリアが蚊帳の外に置かれていたことが許せなかったのではないか」とする見方もある。
[9] Totalプレスリリース(2019年9月30日)https://www.total.com/media/news/press-releases/total-closes-acquisition-anadarkos-shareholding-mozambique-lng
[10] 404a鉱区および208 鉱区(Hassi Berkine油田、Ourhoud油田、El Merk油田)
[11] MEES(2020年5月8日)

図2. TotalによるOccidental保有Anadarko資産買収取引の当初計画
また別の事例として、英Energeanも2019年7月に伊EdisonのE&P資産を買収することで合意していたもののアルジェリアの承認を得られないことを理由に2020年4月にエジプト、イタリア、アルジェリア、英国、クロアチア、ノルウェー、ギリシャ、イスラエル[12]の包括取引からアルジェリア資産を買収の対象外とすることを決定した。その後、両社は2020年中に可能な限り早急な取引完了を目指すとしている。MoU締結が実現する一方でM&A承認に対するアルジェリア政府のアプローチは厳しい。こうした最近の議論は根強いナショナリズムや官僚主義、承認の遅れといった従来指摘されてきた課題が未だに残っていることを示唆しているのかもしれない。
[12] 2020年6月29日にノルウェーについても買収対象外とすることを発表

出所: Energean社 2019年7月発表資料より抜粋、JOGMEC加筆
図3. EnergeanによるEdison E&P資産買収取引の当初計画
5. 今後の生産-残る課題-
現在、アルジェリアのガス生産量の大部分は1957年に発見されたHassi R'Melガス田によって支えられている。同ガス田は80兆立方フィート以上の埋蔵量を有するアルジェリア最大かつ世界でも最大級規模のガス田で国全体の天然ガス埋蔵量の半分以上を占める。ただし既に減退しつつあり、また、それ以外の主要ガス田でも減退が進んでいる。ガスのより効率的な回収を行うための投資や技術が不足する中で可能な限りの生産を行いながら新規ガス田からの生産によって主要ガス田の生産量減少の影響を相殺することが、ソナトラックが抱える将来の最大課題の一つとなっている[13]。アルジェリアが天然ガス生産を維持、拡大させるには特に新規ガス田の探鉱の成功とタイムリーな開発が重要である。外国投資が停滞する中でソナトラックは独自に探鉱活動を行っているものの、なかなか顕著な成果が出ずに苦労している。
今後開発が見込まれる地域としては南西部地域が挙げられる。近年Reggane North、Timimoun、Tounatといった新規プロジェクトで生産を開始した。これらは2000年代初頭に契約締結したものの、事業管理上や契約上の問題、インフラの制約といった諸要因により長く遅滞していたプロジェクトである。ピーク時には合計で1年あたり90億立方メートル(日量8.7億立方フィート)の生産が見込まれる。この他、Hassi Ba Hanou、Ahnetなどの新規ガス田でも開発が計画されており、これら新規ガス田による生産維持・拡大が期待される。ただしこれらの新規ガス田は過去に開発されたガス田と比して小規模なものが多く、インフラも不十分、さらにはCO2含有量が多くCO2分離のコストも必要になるといったケースもあり、数々の理由から高コストとなる可能性が否めない。
[13] Hassi R'Melガス田の生産量減少は自然減退のみならず適切なフィールド管理がなされなかったことも要因であるとされる

表5. アルジェリア国内の主要ガス田
アルジェリアは153兆立方フィート(4.3兆立方メートル)の天然ガス埋蔵量を有するが非在来型の資源量ははるかに多いとされている。EIA推計によると、技術的に回収可能なシェールガス資源量は707兆立方フィート(20兆立方メートルであり、中国、アルゼンチンに次いで世界第三位である[14]。
それでもアルジェリアがシェールガス生産国となる見通しについては慎重な見方もなされている。2014年にEquinor(当時はStatoil)およびShell、ソナトラックは南東部Berkine盆地に位置するTimissit非在来型ガス鉱区を付与され、ソナトラックが同国初のシェールガスを対象とした掘削を行った。ところが環境影響を懸念する地域住民からの強い抗議により調査は中断を強いられ操業は停止し、国内シェールガス資源開発を巡る公開討論やメディア報道にまで発展してしまった。シェールガスの資源量や経済性を算定するには、大規模な掘削キャンペーンの実施やデータの収集、評価がまず欠かせない。これらに取り組めない以上、非在来型ガスポテンシャルの信頼性を確立するのはまだ尚早であり、そのためにはやはり外国パートナーによる多額の投資および技術、知見の提供が欠かせない。在来型、非在来型資源にかかわらず、いずれにせよ開発には外資導入が欠かせないのが実情だ。
[14] World Shale Resources Assessments(EIA 2015.9)https://www.eia.gov/analysis/studies/worldshalegas/

図4.アルジェリアのシェールガス・オイル分布
6. おわりに
アルジェリアが大産ガス国であることは間違いない。しかし資金面・技術面共にIOCの関与が限られる中でアルジェリアは生産量増加と輸出拡大に苦戦を強いられている。ソナトラックは2020年の公共支出削減幅の拡大に伴い、予算を当初の140億ドルから70億ドルに削減された。
現在アルジェリアは外国人投資家の関与を望み、炭化水素法改正によって新規プロジェクトを前進させようとしている。だが一方では既存資産の買収には反対しIOCとの間で緊張関係を生んでおり矛盾が生じている。「シェール、タイトガス、沖合といったより困難でコストのかかる資源の開発やプロジェクトの早期収益化を図るには外国投資が必要との認識が意思決定者の間で広まっている一方で、既存油ガス田の開発における外国人投資家の必要性についてはまだ内部に疑問の声があるのではないか」との見方もある。それでも油価下落後の現在のタイミングでMoU締結が目白押しとなった状況は特筆すべきことであろう。このMoU締結が一気に進んだ理由は単にこれまで数か月に及ぶ交渉を経たタイミングの問題であったのかもしれないし、現在の極めて困難な状況下でなんとか出口を見出そうとするアルジェリアが示す非常に粘り強い意思表示なのかもしれない。
現在、世界のE&P投資環境は流動的でありIOCは保有すべき資産ポートフォリオを見極め、計画された設備投資の削減を進めている。そうした中アルジェリアでMoUのような拘束力を持たない初期の契約を超えて中長期的な設備投資モードに移行するためには、アルジェリア政府がIOCに対し、投資条件や事業の承認においてさらなる譲歩をしなければならない可能性が高い。さらに既存投資家による売却の可能性も噂されており、資金繰りに苦慮するソナトラックが積極的に権益を買収できるとは考え難い。
IOC各社がエネルギーミックスの実現に向けて、また低炭素化への取り組みを拡大する中で今後ますますIOCからの投資獲得が困難となり、産油ガス国間での競争が加速する可能性もありうる。アルジェリアは欧州へのガスの主要供給元であるがその欧州でも調達の多様化が進んでおり、現在の地位が今後も永続するとは限らない。2020年7月にはアルジェリア自身も経済の石油・ガス依存度低減を図る方針を表明している。ソナトラックは、「低価格、生産国間の競争が激化する中で、アルジェリア石油・天然ガス部門の魅力を回復するためには、特に税金、契約に関する炭化水素法制度の徹底的なオーバーホールが『不可欠』である」と述べ、アルジェリア政府もまた「現在の法制および税制の修正はもはや選択ではなく、豊富な供給、低価格、再生可能エネルギーの段階的導入を特徴とする新たな世界のエネルギー秩序に適応するために必須である」と言及する。改革の必要性を説き、世界を相手にいかにして投資を自国に惹きつけるか。今後まずは政権運営が安定し、成立した「炭化水素法」改正がきちんと適用されて入札が実施されるか。そしてIOCを再び惹きつけることができるか。アルジェリアの行方に引き続き注目が集まる。
参考文献
- アルジェリア:2013年炭化水素法改正と新ライセンスラウンドの行方(2014.02)
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1004415/1004433.html - アルジェリア:特別利潤税の内容を発表、懸念される投資環境の悪化(2007.03)
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/review_reports/1006255/1006271.html
以上
(この報告は2020年8月3日時点のものです)