ページ番号1008834 更新日 令和5年5月30日

ロシア・欧州:石油ガス収入上のドル箱・欧州が進める脱炭素化(水素戦略及び国境炭素税導入)の動きとロシアの対応(発表された2035年までの長期エネルギー戦略を中心に)

レポート属性
レポートID 1008834
作成日 2020-09-02 00:00:00 +0900
更新日 2023-05-30 15:57:05 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 環境水素・アンモニア等
著者 原田 大輔
著者直接入力
年度 2020
Vol
No
ページ数 21
抽出データ
地域1 欧州
国1 ドイツ
地域2 旧ソ連
国2 ロシア
地域3
国3
地域4
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地域6
国6
地域7
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地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 欧州,ドイツ旧ソ連,ロシア
2020/09/02 原田 大輔
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概要

  • 7月、欧州委員会が「エネルギーシステム統合に関するEU戦略」及び「欧州水素戦略」を発表。ロシア産ガスの最大輸入国のドイツも6月に「国家水素戦略」を閣議決定。欧州は水素利用へ向けて舵を切ったが、欧州の2030年までの水素利用目標量は、全エネルギー需要の一部に止まるため、欧州は天然ガス利用の継続が不可欠で、2030年時点でも年間400BCM超のガス需要が見込まれる。
  • そもそも水素は一次エネルギー源として存在はせず、その生成にエネルギー集約プロセス(電気分解又は化学反応)=コストが生じる。加えて、水素の利用コスト、輸送コスト、安全確保、エネルギー損失を踏まえた上で、日量数百万バレルの石油に相当するエネルギーと同等の規模の水素生産を実現する技術の開発は未解決との指摘もある。
  • 他方、もしも欧州が、2050年を見据えて今後30年間で石油・天然ガスに代わるエネルギー源として水素を選択する場合、欧州への最大のガス供給国であるロシアの石油・ガス産業は大きな影響を受けることとなる。また、欧州最大の石油供給国ロシアの原油は生産時にサウジアラビアの約2倍の二酸化炭素を排出するため、並行して議論が進む国境炭素税欧州が導入すると、ロシア産原油の競争優位性を脅かされる。レシェトニコフ経済発展大臣は、「国境炭素税の導入はWTO規則に違反する。気候変動問題を利用して新たな障壁を作り出そうとする試みを懸念する」と牽制する。
  • 「欧州水素戦略」実現には2030年まで4,300億ユーロ、また2050年までのグリーン水素への累積投資額は4,790億に及ぶ可能性がある。その財源として想定されていると考えられる国境炭素税の仕組みやその効果は明確ではなく、課税に係る問題(WTO規則準拠、欧州域内・域外の利害関係調整)、税額算出のための炭素量計測方法、国境炭素税の導入による欧州域内での物価上昇等、実際の課税に当たっては複数の問題を抱えている。
  • 「欧州水素戦略」に先立つ6月、ロシア政府は11年ぶりに改訂した「ロシアにおける2035年までのエネルギー戦略」を承認。欧州での動きを敏感に反映し、「水素エネルギー」という新たな項目を追加。天然ガスからの水素生産拡大やメタン高温分解・熱分解等による国産水素生産のための低炭素技術の開発が謳われている。また、7月下旬にはエネルギー省が2020年から2024年までの水素開発ロードマップを作成。Gazprom及びRosatomが中心となって、それぞれ水素生産・燃料使用のパイロットプロジェクトを立ち上げる方針。欧州やロシアにおけるその動向が注目される。

1. はじめに

欧州委員会は7月8日、「気候中立経済の強化:エネルギーシステム統合に関するEU戦略(Powering a climate-neutral economy: An EU Strategy for Energy System Integration/以下、「エネルギーシステム統合に関するEU戦略」)」と「欧州の気候中立に向けた水素戦略(A hydrogen strategy for a climate-neutral Europe)」、所謂「欧州水素戦略」を発表した[1]。後者は2050年までに二酸化炭素排出量を正味ゼロ(=気候中立/climate neutral)を目指すべく、2019年12月11日に発表された「欧州グリーン・ディール(The European Green Deal)」[2]によって設定された目標に関連して、脱炭素化の解決策として再生可能エネルギーによって生産される水素利用促進戦略を示すものである。同文書では、二酸化炭素排出量正味ゼロに到達する取り組みの中で、水素は、使用時に二酸化炭素を排出せず、原料、燃料、エネルギーキャリアとして活用でき、産業、輸送、電力及び建物といった様々なセクターでの活用可能性を有しており、産業部門と経済活動を脱炭素化させるための潜在的な解決策を提供することが指摘されている。他方で、水素を生産する際に二酸化炭素を全く排出しない再生可能エネルギーによる電力からの水素等は化石燃料から生産される水素と比較した場合、まだコスト競争力がない。そこで、再生可能エネルギーを用いた水素生産を促進するための指針として、欧州連合全体の戦略的アプローチをまとめたものが、「欧州水素戦略」である。

これまで半世紀以上に亘り、ロシア(旧ソ連)にとって最大のドル箱市場・欧州へ石油及び天然ガスを輸出し続け、石油天然ガス産業が国家財政の屋台骨となってきたロシアにとっては、2006年と2009年に発生したウクライナ危機によって欧州との溝が顕在化し、2014年のクリミア併合と欧米の対露制裁発動へ派生しながら、ロシア離れを急速に進めてきた欧州との関係において、今回の新たな戦略はさらに頭痛の種が増えるものとなった。石油はもとより環境負荷が石油・石炭に比べて相対的に低い天然ガスですら、いずれにせよ縮小されていくことを志向する戦略となっているからである。同戦略では、天然ガスについては、天然ガスの使用によって発生する二酸化炭素を回収・地中に貯留する技術(CCS)と組み合わせることを前提とした天然ガスの利用を謳いつつも、CCSの役割を短中期に限定し、その間に水素生産能力の増強とコスト競争力の強化を図るための、橋渡し的な役割を果たすことが想定されている。同日公表された「エネルギーシステム統合に関するEU戦略(EU strategy on energy system integration)」[3]は全てのセクターで完全に脱炭素化に寄与することができるように統合・最適化されたエネルギーシステムを構築するための戦略であり、「欧州水素戦略」はエネルギーシステム統合戦略の中の重要な要素である水素にフォーカスしたものであるが、その中では、石油天然ガス及び石炭の位置づけについてはっきりと「段階的廃止を3つのレベルで実現するためのロードマップ」と説明している[4]

図1は過去15年間のロシア政府の歳入の推移を石油ガス産業と非石油ガス産業別に示したものだが、過去平均で3,000億ドル(日本の約3分の1[5])の国家予算規模の中で、石油・ガス産業からの歳入は15年間平均で44%を占める。また、原油価格の推移と石油ガス産業からの歳入比率(図1両グラフの赤の実践)にも相関が見られ、油価が高ければ、石油ガス産業歳入は多くなり依存度も高くなる。依存度自体は低油価の影響もあり、ここ数年は減少傾向にあるが、依然として「オランダ病」から抜け出せてはいないのが現状である。


[1] 「欧州の気候中立に向けた水素戦略」原文:https://ec.europa.eu/energy/sites/ener/files/hydrogen_strategy.pdf

[2] 「欧州グリーン・ディール」に関する情報:https://ec.europa.eu/info/strategy/priorities-2019-2024/european-green-deal_en

[3] 「エネルギーシステム統合に関するEU戦略」に関する情報:https://ec.europa.eu/energy/topics/energy-system-integration/eu-strategy-energy-system-integration_en

[4] 「エネルギーシステム統合に関するEU戦略」Q&A:この戦略は化石燃料の段階的廃止を3つのレベルで加速するためのロードマップである。(1)エネルギー効率と循環性(Circularity)及び地域の再生可能資源の使用。(2)可能な限り電化し、ガス、石炭、石油の使用、再生可能エネルギーから生産された電力の直接使用に置き換える。(3)電気に置き換えられない工程における化石燃料(の使用)を再生可能エネルギーベースの新しい燃料に置き換える。なお、ガスに関しては、天然ガスを水素や合成メタンといった再生可能資源をベースとした持続可能で再生可能なガスや新しい合成ガスに置き換える道筋を提案する。
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/qanda_20_1258

[5] 2020年の日本の一般会計総額が102兆6580億円(時事)。

図1 ロシア政府歳入に占める石油ガス産業からの収入と為替、原油価格の推移(2006年~現在)

2018年11月28日に欧州委員会から発表された政策文書「全ての人のためのクリーンプラネット:繁栄的で現代的、競争力のある、気候に中立的な経済のための欧州の長期戦略的ビジョン(A Clean Planet for all:A European long-term strategic vision for a prosperous, modern, competitive and climate neutral economy)」では、2050年時点の正味二酸化炭素排出量ゼロを実現する場合のエネルギーミックスを9つのシナリオで試算している(図2)。この中でベースラインケースでは2017年時点と比較すると再生可能エネルギーのシェアは増加し(13.9%→36.0%)、化石燃料需要は減少するが、それでも石油天然ガスは約半分の需要を賄うことが見通されており(58.6%→49.8%)、ロシアとしても依然欧州市場はロシアからの資源を必要とするだろうという楽観も成り立つものだった。

しかし、今般発表された「欧州水素戦略」によって、欧州が2050年を見据えた今後30年間で石油天然ガスに代わるエネルギー源の候補として水素を選択し、水素社会の実現と調達に本格的に動き出すことは、図2のシナリオでは「H2」シナリオに向けて進むことを意味する(石油ガス需要は29.4%へ低下する)。良かれ悪しかれ資源の呪いに囚われたロシアを否応のない変革に晒すことになるだろう。果たして、欧州水素戦略はどのような影響をロシアに与え、ロシアはどのように対応し始めているのか、以下にまとめる。

図2 2050年時点の欧州域内のシナリオ・エネルギー源別エネルギー消費量予想

出典:欧州委員会[6]


[6] 「全ての人のためのクリーンプラネット:繁栄的で現代的、競争力のある、気候に中立的な経済のための欧州の長期戦略的ビジョン」https://ec.europa.eu/clima/sites/clima/files/docs/pages/com_2018_733_analysis_in_support_en_0.pdf


2. 欧州が進める脱炭素化の動き

(1) 「エネルギーシステム統合に関するEU戦略」と「欧州水素戦略」の発表

7月8日、欧州委員会は2つのエネルギー戦略を立て続けに発表した。

「エネルギーシステム統合に関するEU戦略」は、2019年12月11日に発表された欧州グリーン・ディールの一環として、現在の分散したエネルギー供給網を見直し、エネルギー効率の向上を図る諸政策をまとめたものであり、長期目標に掲げる2050年までに二酸化炭素排出量正味ゼロ(=気候中立/climate neutral)達成を可能な限り低コストで実現するために、エネルギー分野への投資誘導を促進、雇用創出を実現し、クリーンエネルギーを調達することを目的とする。同日発表された「欧州水素戦略」は「エネルギーシステム統合に関するEU戦略」の実現のための一戦略とし水素にフォーカスしたものであり、同戦略では後述の通り水素利用を「電化が経済的に実現できない、効率的でない、またはコストが高い最終消費者である重工業や輸送部門」に限定していることから、「欧州水素戦略」だけを取り出して論じることは欧州のエネルギー政策全体への考察を歪めてしまう恐れもあり留意が必要である[7]

図3 「エネルギーシステム統合に関するEU戦略」が目指すコンセプト

出典:欧州委員会[8]


[7] 「ジオポリティクスからレジリエンスへ:次世代のエネルギー安全保障」(蓮見雄氏/世界経済評論IMPACT No.1835/2020年8月3日)
※再生可能エネルギーで作り出した電力を熱、ガス、水素などに転換し、貯蔵・配送・利用するセクター・カップリングの一要素として、水素の役割を評価する必要がある。

[8] 「エネルギーシステム統合に関するEU戦略」に関する情報:https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/fs_20_1295


同戦略で実現される統合されたエネルギーシステムとは、無駄なエネルギーは捕捉・再利用される、より効率の良い循環型(circular)システムであり、産業や建物の暖房、輸送といった最終エネルギー使用者の更なる電化(direct electrification)による、よりクリーンな電力システムであり、重工業や輸送のような電化の難しい部門によりクリーンな燃料を供給するシステムと説明されている。また、同戦略は、以下の3点を柱とし、より統合されたエネルギーシステム構築のために38の具体的な行動計画を提示している。

  1. エネルギー効率性を重視した、より「循環型(circular)」のエネルギーシステムの構築

エネルギー集約型ではなく、できるだけ分散した選択肢を優先。最低限の廃棄物は再利用され、相乗効果として部門を超えて利用される。これは今日、熱併給・発電併設プラントや特定の廃棄物及び残留物の再利用により、既に一部実行されている。産業分野、データセンターやバイオ廃棄物や廃水処理プラントで生成されたエネルギーからの廃熱を再利用することにさらなる可能性がある。

  1. 再生可能エネルギーによる最終消費部門のより大規模な電化(direct electrification)

再生可能エネルギーベースの発電容量の急速な拡大とコスト競争力の高さは、例えば、暖房や低温産業プロセス用のヒートポンプ、輸送用の電気自動車や特定の産業における電気炉の使用といったエネルギー需要の拡大するシェアに対応できる。

  1. 電化が難しいセクターへの水素を含む再生可能で低炭素の燃料(clean fuels)の使用

電化が経済的に実現できない、効率的でない、またはコストが高い最終消費者に対して、水素を含む再生可能エネルギー及び低炭素燃料の使用を促す。バイオマスから生成されるガスや液体、または低炭素水素(※筆者:天然ガス起源の水素も含まれる)は、さまざまな再生可能エネルギー源から生成されるエネルギーを貯蔵し、電力セクター、ガスセクター及び最終消費者間の相乗効果を活用できる解決策を提供する。産業部門、輸送(道路及び鉄道)での再生可能エネルギーベースの水素の使用、航空及び海上輸送における再生可能エネルギーベースの電力から生成された合成燃料やバイオマスが例として挙げられる。

「欧州水素戦略」は上述の「エネルギーシステム統合戦略」を補完し、実現していくために水素にフォーカスした戦略であり、統合戦略の中で謳われている電化が経済的に実現できない最終消費者である産業、輸送、発電、建物の各セクターの脱炭素化を進めるに当たって(上記ⅲ)、具体的に投資、規制、市場創出、研究とイノベーションを通じて、実現する方法を検討するものである。水素は、これらセクターに電力を供給し、貯蔵を通じて、再生可能エネルギーフローのバランシングも実現できることが期待される。優先分野は、主に風力と太陽エネルギーを使用して生産される再生可能なエネルギーをベースとした水素(renewable hydrogen)を開発することであるが、短中期的には二酸化炭素排出を迅速に削減し、水素市場の実現と発展をサポートするために、低炭素水素(low-carbon hydrogen)、つまり、天然ガスや石炭等水素生産時に二酸化炭素を排出する水素(所謂グレー水素、ブルー水素等)の必要性も認めている

表1 欧州の供給ソース及び生成方法による水素のカラー分類(ドイツ政府による国家水素戦略等より)

出典:ドイツ連邦「国家水素戦略[9]」/イエロー水素、ブラウン水素及びホワイト水素は筆者加筆

 

実現には、段階的なアプローチが想定されており、まず、2020年から2024年までに、EUで少なくとも6ギガワットの再生可能エネルギー起源の電力を用いた水素電解槽の設置とそこから生成される水素(グリーン水素)最大100万トンの生産を支援する。2025年から2030年にかけては、水素は少なくとも40ギガワットの再生可能エネルギー起源の電力を用いた水素電解槽の設置とそこから生成される水素(グリーン水素)最大1,000万トンを欧州域内で生産し、統合エネルギーシステムの中核へと発展させる。また、2030年から2050年にかけて水素生産技術を成熟させ、脱炭素化が困難な全てのセクターにエネルギー源としての水素を大規模に展開されることが想定されている[10]

欧州委員会は2030年までの数値目標を達成するために必要な投資額を、電解槽関連に最大420億ユーロ、電解槽と再生可能エネルギー源である風力・太陽光発電施設の接続及び施設拡張に最大3,400億ユーロ等、全体で4,300億ユーロと試算している。そして、これら巨額の投資を加速させる目的で、「欧州クリーン水素アライアンス(European Clean Hydrogen Alliance)」の立ち上げも同日発表し、産業界、EU加盟国政府・地方自治体、市民社会などに広く開かれた水素関連の多様な投資事業のプラットフォームとして、投資に関する協議事項を設定する等、欧州水素戦略の推進及び実施を支援することになる[11]


[10] エネルギーシステム統合に関するEU戦略」に関する情報:https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_20_1259

[11] 「欧州クリーン水素アライアンス」に関する情報:https://ec.europa.eu/growth/industry/policy/european-clean-hydrogen-alliance_en

図4 「欧州水素戦略」が目指すロードマップ「欧州水素エコシステムに向けた着実な道筋」

出典:欧州委員会[12]


[12] 「欧州の気候中立に向けた水素戦略」に関する情報:https://ec.europa.eu/energy/topics/energy-system-integration/hydrogen_en#eu-hydrogen-strategy


(2) 「欧州水素戦略」における近隣諸国、特にウクライナとの協力推進を規定

同戦略では第7章「国際的側面」(P19~21)にて、グリーン水素の開発は、近隣諸国や地域との間で欧州とのエネルギーパートナーシップを再構築する新しい機会を提供し、供給の多様化を進め、安定した安全なサプライチェーンの設計を支援するものであり、特にウクライナ及び南欧近隣諸国(※旧ユーゴスラヴィア諸国・バルカン半島)を名指しして、クリーンエネルギーの移行に貢献し、持続可能な成長と発展を促進する方法として、これら近隣諸国とのグリーン水素に関する協力の新しい機会(天然資源、物理的な相互接続及び技術開発)を積極的に促進する必要があることを謳っている。また、「アフリカ・ヨーロッパ・グリーンエネルギーイニシアティブ」の枠組みの中で[13]、アフリカ連合との再生可能エネルギー起源の水素開発に関する協力プロセスを設定していくことも行動計画に含まれている。しかしながら、現在の最大の天然ガス供給国であり、今後天然ガスからの低炭素水素(所謂グレー水素、ブルー水素等)や後述の通り、水素自体を自国で生産し、既存の天然ガスパイプラインインフラで欧州へ輸送・供給することも検討されて始めているロシアについての言及は全く見られない。


[13] 「アフリカ・ヨーロッパ・グリーンエネルギーイニシアティブ」:2007年のリスボンサミットで採択されたアフリカとEUの共同戦略に基づくパートナーシップの1つ。知識の共有、政治的優先事項の設定、主要なエネルギー問題に関する共同プログラムの開発を目的とした対話による協力を図る長期戦略枠組み。アフリカのエネルギーインフラへの投資増加に特に焦点を当て、欧州とアフリカ双方に安全で経済的な価格での持続可能なエネルギーへのアクセスを改善する。
https://ec.europa.eu/energy/topics/international-cooperation/key-partner-countries-and-regions/africa/africa-eu-energy-partnership_en#:~:text=currently%20under%20evaluation.-,Access%20to%20affordable%2C%20reliable%2C%20sustainable%20and%20modern,energy%20for%20all%20in%20Africa&text=This%20Africa%2Downed%20and%20led,towards%20low%2Dcarbon%20economic%20development

図5 欧州地域のロシア産ガスの依存度の推移(BP統計各年ベース)


(3) ドイツ政府による「国家水素戦略」の発表(2020年6月10日)

欧州委員会の「欧州水素戦略」に先だって、欧州最大のエネルギー需要国であり、また、ロシア産ガスの最大輸入国であるドイツ政府も、6月10日に「国家水素戦略(The National Hydrogen Strategy)」を閣議決定し、水素導入に向け大きく舵を切った。石炭及び原子力発電が今後数年間で段階的に廃止され、経済の脱炭素化を進める中、二酸化炭素排出量を削減するための水素導入戦略であり、「欧州水素戦略」と偶然にも同じ数の38の行動計画から成る。同戦略では水素生産実現のために、2030年までに5ギガワット、2040年までに10ギガワットの再生可能エネルギー起源の電力を用いた水素電解槽を構築することを提案している。また、その支援策として90億ユーロ[14]の予算が計上されている[15]

なお、メルケル政権はもともと国家水素戦略を2019年末までに閣議決定する方針だったが、発表が遅れた理由は、経済エネルギー省と環境省の間で、グレー水素(化石燃料起源)とブルー水素(化石燃料起源ながらCCS技術によって二酸化炭素を地中貯留)の扱いについて、意見が分かれたからと言われている。最終的にグレー水素については同戦略では、「行動計画17」で、その使用量が既に多い化学産業についてその代替(CCS等)について検討していくという書き方に留まっている。ドイツではコスト面の問題からCCSの実用化の目途が立っていないため、今後の課題として先送りされた形である。

独紙シュピーゲルは、この水素を巡る欧州及びドイツの戦略について、「ロシアのGazpromにとって、この動きは重大な結果をもたらす」と警鐘を鳴らしている。それは、水素ブームによる欧州向けガス輸出の減少を恐れるだけではなく、ガスプロムやドイツ企業が85億ユーロの巨額を投じ、まだ完成に至っていない天然ガスパイプラインNord Stream 2が使用できなくなる可能性があるためだ。

一方で、ロシアのエネルギー省も攻勢に出始めており、2024年までに輸出を視野に入れたロシアにおける水素製造業を立ち上げるべく、年末までに、その開発コンセプトが出来上がると言われている(後述)。Gazpromも今年、水素タービンを開発しテストしようとしており、国営原子力企業のRosatomも2024年までに水素で駆動する列車のテストサイト建設を計画。Gazpromは生産した水素の一部を、Nord Streamを使って欧州に輸出することも考えていることが報道されている[16]


[14] 電気自動車の購入助成金:21億ユーロ、環境配慮型技術を搭載したユーティリティ車購入助成金:9億ユーロ、
同バスの購入助成金:6億ユーロ、電気生成の燃料、灯油及び高度なバイオ燃料生産のための設備開発と資金提供:11億ユーロ、大型道路輸送車両、車両の公共交通機関、地元の旅客鉄道サービス等車両のニーズに基づく燃料補給インフラストラクチャの建設助成金:34億ユーロ等(ドイツ連邦「国家水素戦略」より/注8参照)。

[15] ロイター(2020年6月10日)

[16] 独シュピーゲル(2020年7月27日)


(4) その他の動き:欧州水素パイプライン網の構築計画

7月17日、9つのEU加盟国から成る11のガスインフラ企業グループ「European Hydrogen Backbone」は、2040年までに天然ガスパイプライン網と並行して、総距離約23,000キロメートルの水素専用パイプライン網を建設する計画を発表した。同グループはEnagás(西)、Energinet(デンマーク)、Fluxys(ベルギー)、Gasunie(オランダ)、GRTgaz(仏)、NET4GAS(チェコ)、OGE(独)、ONTRAS(独)、Snam(伊)、Swedegas(スウェーデン)、Teréga(仏)の11の送電システムオペレータとコンサルタント会社のGuidehouseで構成されており、提案されたネットワーク(図5)は、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、オランダ、ベルギー、チェコ共和国、デンマーク、スウェーデン、スイスを通過する内容となっている。2040年までにヨーロッパでの年間水素需要の予測値1,130テラワット時を超える量を輸送可能で、総事業費は270〜640億ユーロを見込む。開発は2020年代半ばから始まり、2030年までに6,800キロメートルの初期パイプライン網を構築し、2035年までに欧州内陸部の消費者とデンマークのオフショア風力発電所やフランス南部の太陽光発電所や風力発電所など再生可能エネルギー

由来の電力が豊富でグリーン水素資源ポテンシャルを有する地域を結ぶネットワークに拡大。2040年までに約23,000キロメートルの欧州水素パイプライン網が完成し、他国からの輸入ルートと接続する。可能性として、北海、ウクライナ、ギリシャ、北アフリカに加えてロシアからの水素輸入ルートも想定されている。また、ここでは2040年までには、天然ガスパイプライン網での天然ガス輸送量は減少し、今日の量の半分しか輸送されなくなることを想定しているが、そこで空いたガス輸送能力を活用し水素輸送(天然ガスとの混流)に転用することは実現可能であり、既存のパイプラインを転用する場合の資本コストは、新たな水素パイプラインを建設する場合の10~25%で収まるという試算結果を出している(但し、コンプレッサーステーションは、水素の物理的特性により、交換が必須となる可能性あり)。全体として、総投資コストの約60%がパイプライン工事に関連し、残りの40%がコンプレッサーに関するものとなっている。

上の図6の通り、既存の国際天然ガスパイプラインについては2030年時点では天然ガス輸送が優先されるという見込みから、水素インフラには加わっていないが、2040年の成熟期にはロシアからのNord Streamや北アフリカのガスパイプラインを活用し、生産国で生成された水素が混相・輸送される見通しを描いている。

図6 ガスインフラ企業グループ「European Hydrogen Backbone」による水素パイプライン網計画


(5) 「欧州水素戦略」に対する評価

オクスフォード・エネ研(The Oxford Institute for Energy Studies)は欧州の戦略発表同月7月に「欧州水素戦略~実施に向けた緊急アクションの1事例」[18]というレポートを発表している。同戦略で注目される点として、再生可能エネルギー起源の電力から生成された水素(グリーン水素)が最終的な優先事項である一方、移行期の水素供給源として「短期的・中期的に」低炭素水素(ブルー水素等)が役割を果たすことは重要であるが、グリーン水素への累積投資は2050年までに1,800〜4,790億ユーロと莫大になる可能性がある一方(更に発電所投資も必要)、低炭素水素への投資は30億〜180億ユーロに過ぎないと見積もっていると指摘している。また、短期的には2030年までは電解槽への投資は最大420億ユーロになると想定しているが、恐らく電解槽のコストのみであり、付随するインフラコストや付属するプラントコストを追加する必要があり、更に80〜120ギガワット規模に拡張する再生可能エネルギー発電施設費用(2,200〜3,400億ユーロ)が上乗せされると評価。


表2 「欧州水素戦略」で試算された水素1キログラムの生産コスト

出典:欧州委員会[19]


[19] 「欧州の気候中立に向けた水素戦略」に関するQ&A:https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/QANDA_20_1257

欧州委員会による上記試算については、まずブルー水素のコストについては将来達成できるかもしれないが、楽観的であり二酸化炭素回収及び貯留の複雑さと距離に応じて異なるだろうとしている。

水素戦略については、2017年の日本から始まり、続いて韓国(2019年)、ニュージーランド(2019年)、オーストラリア(2019年)、オランダ(2020年)、ノルウェー(2020年)、ポルトガル(2020年)、ドイツ(2020年)と過去数年の間に各国で策定が進んできたが、欧州委員会の戦略はスケジュールの明確化と特定の数値目標の具体的な設定がされている点が評価されているようだ。気候変動に対する欧州委員会が求めるアクションの緊急性は、野心的な目標からも窺い知ることができるが、グリーン水素の生産に関する目標(2024年までに6ギガワットの容量、2030年までに40ギガワットの容量)は、欧州のエネルギーシステム全体の割合から見ればまだ小さい(40ギガワットの容量は、約12〜15 BCMの天然ガスに相当)。従って、2030年の欧州の天然ガスの総需要は、依然として400BCMを超える可能性があるだろう。また、現在、欧州で建設中の最大の電解槽の容量は10メガワットであり、2030年までに40ギガワットを達成するには、電解槽の生産能力を非常に急速に拡大するために、中国からの輸入電解槽に強く依存することになると指摘している。

コンサルティング・リテイナーのLambert Energy Advisoryも同戦略における課題を以下指摘する。水素は、魅力はあるが、まだ初期の、2050年に正味二酸化炭素排出量ゼロを達成するのをサポートするための「新エネルギー」であり、グリーン水素は元より、ブルー水素及びターコイズ水素も脱炭素に向け将来天然ガスに対して急激な変化の道筋を示すことになるだろう。しかしながら、このような「新エネルギー」に関しては、現在の石油天然ガスと比べた際の、規模感とコスト、エネルギー効率、エネルギー源としての信頼性に関する精査が依然不十分であることを指摘しなくてはならない。まず、水素は天然資源又は一次エネルギー源ではなく、その生成にはエネルギー集約プロセス(電気分解又は化学反応)=コストが生じる。更に水素のエネルギー投入コスト、輸送コスト、安全コスト、エネルギー損失、日量数百万バレルの石油に相当するエネルギーと同等の規模の水素生産を実現する技術のスケーラビリティは未解決のままである。これら条件をクリアできなければ、アジア等の発展途上国は水素を受容せず、欧州だけが進めても世界の二酸化炭素曲線は上昇し続けるだろうし、先進国で進められる気候変動対策は費用対効果で魅力的である場合にのみ、グローバル・カーボン・ソリューションとして機能するものである。また、既存の天然ガスパイプラインインフラの活用については、可能であり、新しい水素輸送システムを構築するよりも費用はかからないが、既存パイプラインへの水素の混合輸送には、安全面(小さく漏洩し易い分子構造、点火し易く、より速く燃焼し、火炎が広がりやすい性質から人口密集地を回避する必要等)、金属パイプの水素による劣化対策等複数の障害を解決する必要がある。既存天然ガスパイプラインの水素輸送スペックへの転換のペースは、コスト、材料の適合性、安全性への懸念及びボイラー等の末端のエネルギー受容機器を水素対応に変換する必要といった要因によって左右されると指摘している。


3. EUによる国境炭素税導入の動き

「欧州水素戦略」の実現のために2030年までに全体で4,300億ユーロ、グリーン水素への累積投資額は2050年までに4,790億に及ぶ可能性が指摘される中、これら巨額財源をどこに求めるのか、そのひとつの方法として議論が進んでいるのがEUの国境炭素税の導入である。

国際的なコンサルティングファームであるBoston Consulting Group(BCG)は6月末に、「EUの国境炭素税は世界貿易にどのような衝撃をもたらすか(How an EU Carbon Border Tax Could Jolt World Trade)」というレポートを公開し、その適用による影響を特に二酸化炭素排出量の多い鉄鋼産業及び石油産業にフォーカスし定量的に分析している[20]。例えば、国境炭素税の導入により、二酸化炭素排出量1トン当たり30ドルと仮定した場合の欧州への原油輸入に対する課税は、原油価格がバレル当たり30ドル~40ドルの範囲にある場合、ロシア等外国の生産者の利潤を約20%削減することになると試算(2018年実績ベースで、2,800億ドルの原油を輸入した場合、課税される国境炭素税を2~7億ドルと想定)している。

また、国境炭素税はこれまでの市場における競争優位性に変化をもたらすだろうと予想する。例えば、欧州の石油化学事業者はロシアの原油への依存を減らし、サウジアラビアからより多くの原油を輸入するようになる可能性がある。ロシアは、その近接性から欧州への最大の石油供給国であり、輸入の4分の1以上を占めているが、ロシア産原油の生産プロセスでの二酸化炭素排出量は、サウジアラビア産原油の二酸化炭素排出量より2倍近く多いと考えられている(図7)。これは主にロシアの原油埋蔵量がサウジアラビアの原油埋蔵量よりも生産労力が必要(同じ量を生産する場合により多くのエネルギーを要し、二酸化炭素排出量も多い)という事実による。カナダに至ってはサウジアラビアの4倍もの炭素排出量となる。つまり、サウジアラビアは他競合産油国よりも国境炭素税を30%から50%削減することができることから、欧州の原油輸入業者は供給先の多くをサウジアラビアに切り替えることになるかもしれないと指摘している。


図7 主要産油国の炭素集約度(縦軸)と欧州石油市場におけるシェア(横軸)

なお、温室効果ガス排出量を削減するための経済的インセンティブを企業に提供する手段として、二酸化炭素排出量に課税するという概念は、欧米を中心に何十年に亘って議論されてきたが、これまでのところ、国境炭素税は殆ど実施されておらず、実際にどのように機能し、どのような効果があるのかも明確ではないのも事実である。課税方法に関する問題(WTO規則に準拠し、欧州域内・域外の利害関係を調整できるのか)、税額の基礎になる輸入品に含まれる炭素量をどう計測するのか、また、国境炭素税の導入により輸入品が値上がりし、欧州域内の消費者を直撃する可能性があるか等、実際の課税に当たってはいまだ複数の課題を抱えているとBCGは分析している。


4. 欧州の脱炭素化の動きに対する現在のロシアの対応

(1) 新たな「2035年までのエネルギー戦略」発表と水素エネルギーの登場

ロシアでは今年4月2日、ノヴァク・エネルギー大臣が「ロシアにおける2035年までのエネルギー戦略(ЭНЕРГЕТИЧЕСКАЯ СТРАТЕГИЯ:Российской Федерации на период до 2035 года)」を政府会議で公表し[21]、その後若干の修正を受けて、最終的に6月9日、ミシュースチン首相が承認した[22]

ソ連解体後、新生ロシアでは1995年に最初のエネルギー戦略が出されてから、2003年に「2020年までのロシアのエネルギー戦略」、2009年に「2030年までのロシアのエネルギー戦略」が出されてきた。従って、今回政府が承認した「2035年までのロシアのエネルギー戦略」は11年ぶりの改訂となる。プーチン首相(当時)が2013年に次期戦略策定を命じ、本来であれば2014年から2015年に発表されるはずだったが、2014年のウクライナ問題とクリミア併合、欧米による対露制裁や原油価格の下落を受けて棚上げとなり、2015年に草案がまとめられるも公表はされず、草案公表は2017年2月になってからだった。更にその後も2019年10月そして12月の再改訂版発表まで主だった動きはなかった。この背景にはノヴァク大臣はアジア・太平洋諸国のエネルギー資源需要増加、拡大するシェールオイル・ガスの生産・LNGの生産・ガス市場の規模、国内経済成長率の低下(国内エネルギー資源需要増の停滞)、エネルギー資源分野への税制改革等(※更に2016年からのOPECプラス協調減産の開始と2020年3月の崩壊と復活)、長期戦略を立案するのに今後の見通しが想定しにくい状況が重なっていることを挙げている[23]

まず、今回政府が承認した「ロシアにおける2035年までのエネルギー戦略」では、正にこれまで述べてきた欧州での動きを敏感に反映し、「水素エネルギー」という新たな項目が出てきたことが注目される。


[21] エネルギー省HP:https://minenergo.gov.ru/node/17491

[23] 「ロシアの2035年までのエネルギー戦略」(酒井明司著)ロシアNIS調査月報2020年6月号


表4 「ロシアにおける2035年までのエネルギー戦略」におけるポイント
石油 新規鉱床での開発困難な割合や既存鉱床での枯渇率が上昇するため、石油の生産コストの増加が課題。そのため、石油の生産水準を維持していくため、生産中の老朽鉱床の開発促進の他、小規模鉱床、石油産出量の低い坑井や水含有率の高い坑井、開発困難な埋蔵量(バジェノフ層を含む)の商業化が必要。少なくとも2025年までは大手企業の活動が中心と見込まれるが、国産イノベーション技術や市場変動への柔軟な対応を担う中小石油ガス企業の役割も高まっていく。
天然ガス 国内ガス需要の充足を図り、世界的なガス市場へ柔軟に対応すべく、Gazpromの透明性を確保しつつ独占を維持。また、新たな発展分野としてLNGを位置付け、ヤマル半島及びギダン半島におけるLNG開発に加えて、ロシア領北極圏において、LNG積替え・備蓄・貿易の拠点(ハブ)の創出、カムチャツカ及びムールマンスクにおけるターミナル建設を進める。その実現には北極海航路の通年航行の確保を含むインフラ開発が密接に関連。
石油化学 ガス化学製品による国内需要の充足と国際市場における競争力の向上、石油ガス化学原料の効果的利用の向上が課題。そのため、プラスチック・ゴム・有機化学合成生産物の生産、それらの半製品への加工、最終製品生産を行う複数のクラスター地域形成を目指す。また、東シベリア及び極東のヘリウムを含有する鉱床開発の開始に伴い、アムール州でのガス精製工場の操業開始、極東における液体ヘリウム輸送インフラ、長期貯蔵及び国際市場への供給を目指す。
石炭 伝統的なロシア中西部の生産地での生産継続と共に、東シベリア及び極東や北極圏等の新たな炭田開発を推進。新規炭田開発と石炭生産地がロシア東部に移動することは、国内の石炭消費地への接近、アジア太平洋諸国の市場におけるロシアのプレゼンス強化に寄与。他方、ロシアの石炭輸出の競争力は輸送インフラに大きく依存するため、鉄道・港湾インフラの整備や輸送ロジスティクスの効率化が課題。

電力

既存の発電・送電設備に加えて、ウラジオストク(2012年のAPECサミット)、ソチ(2014年オリンピック)、クリミア半島への電力網、中国への電力輸出を行う送電線等を建設。地域への熱供給と一体で行われる発電所の経済性を持ちつつ、エネルギー供給の信頼性と質を引き上げることが課題。また、電力取引所のヘッジ手段も活用しながら、長期的な電力設備への投資の効率化を促す。
原子力 熱中性子炉及び高速中性子炉の並行運用や核燃料サイクルの構築を進める。ウラン燃料について、ロシア国内(クルガン州、ブリヤート共和国、ザバイカリエ地方等)でのウラン生産に加えて、生産原価が低い外国の鉱床でのウラン生産の共同プロジェクトを拡大。また、外国での原子力発電所建設に積極的に参加(インドのクダンクラム原子力発電所1、2号機、中国・田湾原子力発電所3、4号機等)。
水素エネルギー

ロシアが水素の生産・輸出における世界での主導的地位を得るため、水素及び水素混合エネルギーの輸送インフラ及び消費創出に向けた国家支援や法的支援の整備を行うと共に、天然ガスからの大規模な水素生産の拡大を目指す。また、外国技術のローカライズも含めて、変換・メタン高温分解・熱分解等の手法による国産の水素生産の技術開発を目指す。

再生可能エネルギー

ロシアの主要な再生可能エネルギーの一つは水力発電(ロシアの発電の約2割)。

また、太陽光発電に関しては、ロシア技術をベースとして、太陽電池の有効係数23%以上の効率の高いヘテロ接合型の太陽光発電モジュール等の生産や輸出を開始。他方で、他電源に比べて経済的な競争力に欠けることが課題。
気候変動への対応 地下資源利用における環境規制の厳格化、随伴石油ガスの効果的利用を促進、国際基準に合致した自動車燃料の生産・利用の促進、石炭産業再編の枠内での土地回復、等を実施。また、2017年時点では、ロシアにおける温室効果ガス排出量は、1990年の水準と比べて、67.6%(森林吸収量を算定しない場合)、50.7%(森林吸収量を算定する場合)。
国際協力 国際エネルギー市場におけるリーダーの一国としての地位の維持・強化、燃料エネルギー産業のロシア企業の対外経済活動のリスク縮小と効率向上を目指す。そのため、OPECプラス会合、ガス輸出国フォーラム(GECF)、二カ国間の政府間委員会等へのロシアの積極参加やロシアのエネルギー企業の外国への進出を支援。

出典:政府発表文書からJOGMEC取り纏め

また、本文では「水素エネルギー」の項目(注21参照・P47 ※容量は1ページのみ)で、2035年に向けて水素の生産・消費の発展、そして、ロシアが水素の生産・輸出のリーダー的地位を得るために次の課題及び対策が提案されており、また戦略実現の指標として、水素の輸出量を掲げ、2024年に20万トン、2035年に200万トンを目指すとしている。その水素はやはり豊富な天然ガス資源を中心にしながら(グレー水素)、再生可能エネルギー(グリーン水素。但し、ロシアでは水力発電がメイン)や原子力からの電力から生成される水素(イエロー水素)も視野に入れて、欧州の脱炭素化への対応策を暗に示唆する内容となっている。


<「水素エネルギー」にて指摘されている課題及び対策> ※太字は筆者。

  • 水素及び水素混合エネルギーの輸送インフラ及び消費創出に対する国家支援策の立案及び実行。
  • 水素生産に対する法的支援の提供。
  • 天然ガスからの大規模な水素生産の拡大。これには、再生可能エネルギーや原子力その他のエネルギー利用を含む。
  • 変換・メタン高温分解・熱分解等の手法による、国産の水素生産の低炭素技術の開発。これには、外国技術のローカリゼーションを含む。
  • ・ロシアの輸送における水素及び天然ガスをベースとする燃料電池の国内需要及び集中エネルギー供給システムの効率向上のための、エネルギー蓄積・変換装置としての水素及び水素ベースの混合エネルギーの利用の促進。
  • 水素エネルギーの安全に関する法的基盤の整備。
  • 水素エネルギー発展における国際協力の強化と外国市場への進出。
  • 戦略実現の指標として、次の定量的目標を設定。
 

 

2024年目標

2035年目標

水素輸出量

20万トン

200万トン

注:2017年発表された経済産業省による「水素基本戦略」では、2017年時点の日本の水素供給量0.02万トンを、2020年に0.4万トン、2030年に30万トンに増加する計画が示されている[24]

 

4月2日、エネルギー省が政府会議で公表した戦略案と6月9日にミシュースチン首相が承認・セットされた戦略を比較した場合の最も重要な違いのひとつは、冒頭に「エネルギー省は、関連連邦行政機関とともに、6カ月以内に戦略実現のためのアクションプラン草案をロシア政府に提出する」という文言が付け加えられた点である。年内にエネルギー省は各分野の課題及び対策を実現するための具体的な方策を政府に対して示すという宿題を負ったが、「水素」に関しては、翌7月下旬に「水素開発ロードマップ」案を発表している。奇しくも「欧州水素戦略」の発表に呼応する形でロシアが進める具体的な水素戦略も明らかになりつつあるが、そこには欧州とその市場の変化に対するロシアの関心の高さの現れを見ることができるだろう。



(2) エネルギー省による2024年までの水素開発ロードマップ

7月下旬、エネルギー省は2020年から2024年までの水素開発ロードマップを作成したことを明らかにした[25]。これはロシアが長期的に水素の主要輸出国の1つになることを想定した上述の2035年までのエネルギー戦略を受けたものであり、次のようなマイルストーンが想定されている。

<2024年までの水素開発ロードマップ>

2020年

政府はロシアでの水素生産コンセプト、パイロットプロジェクトの支援策を策定する。
2021年

Gazpromがメタンと水素で稼働する発電タービンを開発し、テストを実施する。

GazpromとRosatomがロシアで最初の水素生産を実現し、2024年にパイロットプロジェクト(水素生産のための天然ガス処理センターまたは原子力発電所)を稼働させる。
~2024年 Gazpromはガス設備(ガスタービンエンジン、ガスボイラー等)及び輸送分野におけるモーター燃料としての水素及びメタン水素燃料の使用を検討する。
2024年 Rosatomは水素燃料を使用した鉄道輸送のテストサイトを建設する。

[25] Lambert(2020年7月29日)

Gazpromが生産しようとしている水素は、天然ガス起源のグレー水素だけではなく、ドイツ連邦国家戦略で指摘されているターコイズ水素(ガス起源ながら、メタンの熱分解によって生成される水素。二酸化炭素ではなく副産物としての固体の煤の生成を伴うもの)の生産も念頭に置いていると考えられる。また、Gazpromは既に欧州関係国との間で水素生産と供給に関するパイロットプロジェクトについて協議していることも示唆しており、ロシアで水素を生産し、天然ガスに混合・輸送することも検討されている模様だ。天然ガスパイプラインへの混合輸送については、2019年の段階で既に、Gazpromがソ連時代に建設された既存ガスパイプラインに最大20%、Nord Streamタイプの新たに建設されたガスパイプラインに最大70%の水素を混合して輸送できることを示したという情報もある。

Rosatomは、原子力発電からの電力による水の電気分解で生産するイエロー水素の生産を模索する。2019年11月、日本で第二回水素閣僚会議が開催された際に、経済産業省資源エネルギー庁とRosatomの子会社であるRosatom Overseas社は、水素サプライチェーンに関する実現可能性調査を行うことについての協力覚書を締結しているが[26]、これは今回のロードマップの中で、原子力発電からの電力を用いた水の電気分解による水素生産プログラムを立ち上げ、2020年から2021年には実際に水素を輸出するための実現可能性調査を実施するための布石とも考えられるだろう。

また、今回のロードマップで明示的に言及されていないが、他社の動きでは、NOVATEKも水素生産に関心があり、同社ギャトヴェイ副社長が、同社が水素生産の商業的側面を検討しているとコメントしたことがある。さらに、Rosneftは長期的な炭素戦略を年内に明らかにすることを発表している[27]。大株主であるBPは今後石油ガス生産を40%縮小し、2050年までの二酸化炭素排出量正味ゼロの実現に向けて、次の10年で低炭素エネルギーへの支出を10倍に増やす計画を発表していることも同社に影響を与えているのだろう。

上述の通り、Gazpromは既存天然ガスパイプラインへの混合輸送により、生産された水素を欧州市場へ輸出することを検討しており、このことは莫大な費用が必要となる新規水素パイプラインの建設を回避し、天然ガスに加えて更に高価となると想定される水素を欧州に販売し、脱炭素化を進めてもロシアのドル箱を維持できるかもしれないという点で、ロシアにとっては極めて有利な選択肢である。他方で、ウクライナのガス輸送システム社のマコゴンCEOはウクライナ国内のガス輸送ネットワークを介して水素を輸送できるかどうかを検討しているとコメントしている反面、「ウクライナの天然ガスパイプラインは非常に古く、水素を輸送することを可能にするかどうか十分な検討が必要。金属パイプの内側にプラスチックパイプを挿入する技術により輸送の可能性はあり得るが、水素は攻撃的なガスであり、鉄の腐食を引き起こす可能性がある」と問題視もしている[28]


[27] IOD(2020年8月14日)

[28] Lambert(2020年7月29日)


(3) 国境炭素税の導入に対するロシアの反応

欧州の国境炭素税に関する議論を受けて、国際会計事務所のKPMGは7月初旬、ロシアの産業家・起業家連合とのワーキンググループでEUによる国境炭素税導入の3つのシナリオを提示した。ベースケースは、2025年に国境炭素税が導入されることを想定しており、これは直接的な温室効果ガス排出(生産プロセス)にのみ適用されると想定したもので、この場合、ロシアの関係する全ての輸出業者に課税される税額は、2025年~2030年で333億ユーロに上ると試算。楽観ケースでは、2028年に同税が導入された場合、2028年~2030年の間に60億ユーロに達する。悲観ケースでは、2022年に同税が導入され2022年~2030年にかけて506億ユーロの納税を求められるというものだ。KPMGは、パラメータはまだ承認されていないため、この段階ではEUの国境炭素税がロシアの輸出業者に与える影響を正確に評価することは困難であるという前置きで、対象物品は、石炭、非鉄金属、ニッケル、銅及びその製品、窒素肥料、天然ガス、プラスチック、エラストマー(ゴム)が最大の影響を受けるだろうと分析している。

ロシア科学アカデミーの経済予測研究所副所長のシロフ氏は、「EUに国境炭素税が導入されれば、ロシア政府は企業に税制上の優遇措置を提供することで企業を支援できるだろう。EUの炭素税の影響を受ける可能性のある企業を支援するための提案を10月1日までに提出するよう、各省庁にすでに指示が出されている」と述べている[29]。また、レシェトニコフ経済発展大臣は、「国境炭素税の導入はWTO規則に違反すると信じている。気候変動問題を利用して新たな障壁を作り出そうとする試みを懸念する」と欧州の国境炭素税導入の動きを牽制している[30]

また、ロシア政府はパリ協定に基づく排出量モニタリングシステムに関する法制度を年内に構築することを目指しているとの情報も出ている[31]。ロシアは2030年までに1990年レベルから25~30%の排出量削減を目指しているが、実際にはロシア政府はソ連直後の高い排出量レベルを基準にした結果、既に目標を達成しているというのが政府見解である。今回のシステム構築にはロシア独自の排出量算定を進めることで、国境炭素税導入に際してのロシア企業を守るための理論武装への活用を想定しているのかもしれない。


[29] Lambert(2020年7月8日)

[30] Interfax(2020年7月24日)

[31] IOD(2020年7月23日)


5. 現状認識

7月8日に「欧州水素戦略」が出るまでのロシア政府及び石油天然ガス企業の認識は、

「2050年までに二酸化炭素正味排出量ゼロを目指しても、天然ガスは移行期のエネルギー源として必要なはずであり、産油ガス国との競争に対しては本意ではないが、価格で対抗し、シェアを維持していく。2050年二酸化炭素排出量正味ゼロと言っても化石燃料の使用が全く無くなるわけではない(化石燃料はベースケースで2050年時点過半を占める)。いずれにしても欧州需要は既に縮小に入っているから、その分を中国(原油・ガス共パイプライン稼働)やアジア諸国(LNG)で攻めて行く」

というものだった。

そこに水素に対する関心が国際的にもここ3年で高まり、欧州でも遂に戦略が出された結果、ロシアの長期エネルギー戦略にも水素エネルギーが俄かに組み込まれることとなった。但し、水素を石油天然ガスに置き換わる敵と見ているよりは、欧州が望む気候中立な水素(ターコイズ水素やイエロー水素)を生産するプロセスの研究(Gazprom及びRosatom)を進めて行き、当然天然ガスより高く売れる水素をプラスアルファの商機として、捉えようとしているのが現状だろう。

他方、この水素導入が欧州で大々的に計画通り進む場合、欧州市場の化石燃料需要は2050年時点でベースケースの過半から30%を切るシナリオになる。また、欧州が新たな水素インフラを構築するための莫大な財源となり得るかもしれない国境炭素税導入を生産者にも課すという情報は、ロシアの危機感を高めているのも事実である。

今後、年末にかけてロシアで出される「2035年までのエネルギー戦略」を受けた「水素エネルギー」発展のための課題と対策(一部は7月の水素開発ロードマップ)、欧州における国境炭素税導入に向けた議論(課税対象と具体的な方法)の双方は、ソ連時代から安定的に続いてきた欧露エネルギー関係に、大きな変化をもたらすものであり、その一挙手一投足が注目される。


以上

(この報告は2020年9月2日時点のものです)

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