ページ番号1008839 更新日 令和2年9月14日
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概要
- 米国では7月に新型コロナウイルス新規感染者数が史上最高水準に到達したことに伴う石油需要回復ペース鈍化懸念の発生で石油製品価格と精製利幅が抑制された他、ハリケーン等の来襲もあり、製油所の稼働は低下傾向となった。ただ、ガソリン需要はそれなりに発生した結果、ガソリン在庫は減少傾向となった。他方、留出油は需要期ではなかったことから在庫は増加傾向となった。また、OPECプラス産油国減産措置等による原油輸入減少で原油在庫は減少傾向となった。しかしながら、ガソリン、留出油及び原油在庫はいずれも平年幅上限を超過する状態となっている。
- 2020年8月末のOECD諸国推定石油在庫量の対前月末比での増減は、原油については、米国では減少した他、欧州でも復興基金創設合意で経済回復期待が増大したこともあり石油製品価格が上昇し精製利幅が改善したことにより製油所での原油精製処理が進んだこと等で、原油在庫は減少した。日本においても、夏場のガソリン需要期到来で製油所の原油精製処理活動が上向いたこと等により、原油在庫は減少した。結果として、OECD諸国全体としても原油在庫は減少したが、平年幅上限を超過する状態は継続している。石油製品については、米国では、ガソリン在庫等の減少の影響で石油製品全体の在庫も減少した。他方、欧州では軽油需要の持ち直し等が在庫を減少させるべく作用したものの、製油所の稼働上昇による石油製品生産活発化で相殺されたことから、石油製品在庫は若干ながら増加した。日本でも、新型コロナウイルス感染の影響でガソリン消費等が不振であったことなどにより、石油製品全体の在庫水準が上昇した。このようなことから、OECD諸国全体でも石油製品在庫は増加したうえ、平年幅上限を超過する量となっている。
- 2020年8月中旬から9月中旬にかけての原油市場では、8月中旬から9月初頭においては、米国による国連対イラン制裁全面復活のための手続き開始意向の表明等が原油相場に上方圧力を加えた反面、米国等での経済回復が減速しつつあることを示唆する指標類の発表等が原油相場に下方圧力を加えたことから、原油価格(WTI)は概ね1バレル当たり41~44ドルを中心とする範囲で変動した。しかしながら、9月初頭から9月中旬にかけては、サウジアラビアによる原油販売価格の引き下げ等の要因により、原油価格は下落傾向となり、9月中旬初頭時点では1バレル当たり36~38ドルを中心とする領域で推移している。
- 季節的に石油不需要期に突入したことが原油相場に下方圧力を加える一方、OPECプラス産油国減産措置による米国原油在庫の減少傾向による石油需給の引き締まり感の強まりや金融緩和政策を背景とした投資資金流入が原油相場に上方圧力を加えるため、これらの面では今後原油相場は比較的限られた範囲での変動となりやすいものと見られる。そのような中で、新型コロナウイルスの感染拡大及びワクチン・治療薬開発状況、OPECプラス産油国減産遵守状況や減産方針を巡る動向、米国等の金融政策及び景気刺激策に対する米国トランプ政権及び金融当局等の姿勢、及びイラン等地政学的リスク要因などが原油相場に影響するとともに、その影響の強さによっては、原油相場に上昇もしくは下落傾向を創出する可能性があるものと考えられる。
(IEA、OPEC、米国DOE/EIA他)
1. 原油市場を巡るファンダメンタルズ等
2020年6月の米国ガソリン需要(確定値)は日量829万バレルと前年同月比で14.6%程度の減少となり(図1参照)、速報値(前年同月比で13.9%程度減少の日量836万バレル)から下方修正された。同月の同国からのガソリン最終製品輸出量が速報値段階では日量42 万バレル程度と推定されるところ、確定値では同47万バレルへと上方修正されたことで、この分が同国ガソリン需要の速報値から確定値への移行段階で国内需要から輸出に振り替えられたことが、当該需要の下方修正の一因になっているものと見られる。また、4月16日に米国のトランプ大統領が自国民の外出規制緩和と経済活動再開への指針を発表したことで、同国では個人の外出規制と経済活動制限が緩和されつつある(5月20日のコネチカット州を以て米国の全50州で部分的であれ個人の外出規制及び経済活動制限が緩和された)ことにより個人の往来が相対的に活発化していることからガソリン需要が持ち直したものの、必ずしも個人の外出が新型コロナウイルス感染拡大に伴う規制導入以前のように完全に自由に行われるようになったわけではなかった。このようなこともあり、6月の米国自動車運転距離数は前年同月比で13.0%の減少と、4月の同40.2%の減少に比べれば減少幅は縮小しているものの、なお前年同月比で減少しており、これが6月の同国ガソリン需要に影響しているものと考えられる。他方、2020年8月の同国ガソリン需要(速報値)は日量880万バレル、前年同月比で10.5%程度の減少となっており、7月の当該需要(速報値)(前年同月比で9.1%程度減少の日量867万バレル)から前年同月比での減少率が拡大している。同国での新型コロナウイルス推定新規感染者数は7月17日の75,821人の史上最高水準に到達して以降鈍化傾向を示し、8月31日には31,658人と概ね半減しているが、夏場のドライブシーズンにも関わらず個人による外出の回復が鈍いことが覗われる他、8月下旬に米国メキシコ湾岸に来襲した熱帯性低気圧「マルコ(Marco)」及びハリケーン「ローラ(Laura)」により個人の外出が手控えられたことがガソリン需要に影響している可能性がある。また、7月に米国の新型コロナウイルス新規感染者数が史上最高水準に到達したこともあり、新型コロナウイルス感染に伴う個人の外出規制及び経済活動制限の強化に伴うガソリン等石油製品需要に対する懸念が市場で増大したことにより、米国のガソリン価格がもたつくとともに製油所での精製利幅に影響を及ぼし始めたこともあり、8月中旬及び下旬初頭頃までは製油所の稼働が上昇するとともに原油精製処理量も増加はしたものの、そのペースは非常に緩やかであった他、8月下旬には熱帯性低気圧「マルコ」及びハリケーン「ローラ」が米国メキシコ湾岸に来襲した(このうち「ローラ」は8月27日午前2時頃(米国東部時間)にテキサス州とルイジアナ州の州境から50キロメートル程度東方に位置するキャメロン(Cameron)付近にカテゴリー4(風速時速209~251キロメートル、秒速58~70メートル)で上陸した)ことに伴い、ハリケーン通過経路周辺地域の製油所が操業を停止したことで同国製油所での原油精製処理量は一層減少した(図2参照)ため、この面でガソリン混合基材を中心としてガソリン生産が抑制されたものと見られる。他方、8月の米国ガソリン需要の前年同月比の減少率は7月のそれから拡大したものの、量としては8月の需要は7月のそれを上回っていたことから、それに併せてガソリン混合基材を原料とした最終製品の生産は比較的堅調であった(図3参照)が、この結果、8月上旬から9月上旬にかけガソリン混合基材の在庫が減少傾向になったことで、ガソリン全体の在庫水準も低下傾向となった。それでもガソリン在庫の平年幅上限を超過する状態は維持されている(図4参照)。
2020年6月の同国留出油(軽油及び暖房油)需要(確定値)は日量349万バレルと前年同月比で12.6%程度の減少となったが、速報値である日量346万バレル(同13.3%程度の減少)からは若干ながら上方修正された(図5参照)他、5月の同14.0%程度の減少からは減少率が縮小している。米国で新型コロナウイルス感染に伴う経済活動制限が緩和されつつあったこともあり、6月の同国の鉱工業生産も前年同月比で11.0%の減少と5月の同15.8%の減少からそれなりに回復している(因みに2019年6月の同国鉱工業生産は前年同月比で1.0%程度の増加であった)他、同月の同国の物流活動も前年同月比で7.3%の減少と5月の同8.9%の減少から減少率はそれなりに縮小している(因みに2019年6月の同国物流活動は前年同月比で1.2%の増加であった)ことが、留出油需要の減少率低下をもたらす一因となったものと見られる。また、2020年8月の留出油需要(速報値)は日量374万バレルと前年同月比で7.2%程度の減少となっており、7月の当該需要(速報値)の同354万バレル(同9.6%程度の減少)からは増加している。新型コロナウイルス感染に伴う米国での経済活動制限は4月後半以降緩和されつつあったことから、製造及び物流活動等の経済活動が持ち直してきていることが、当該需要を押し上げているものと見られる。他方、製油所での留出油の生産も熱帯性低気圧「マルコ」やハリケーン「ローラ」の影響を受けつつも、ガソリン需要を満たすための当該製品生産に併せてそれなりに行われた(図6参照)一方で、留出油は春(穀物等作付のための農機具稼働)、秋(穀物等収穫のための農機具稼働)及び冬(暖房)の各時期のようには夏場は需要が盛り上がらないこともあり、8月上旬から9月上旬にかけて同国の留出油在庫は増加傾向を示した他、平年幅の上限を超過する状態は続いている(図7参照)。
2020年6月の米国石油需要(確定値)は、前年同月比で15.6%程度減少の日量1,744万バレルとなった(図8参照)。ガソリン、ジェット燃料及び留出油等幅広く石油製品の需要が前年同月の水準を下回ったことが石油需要の前年同月比での減少に反映されている。また、ガソリンやジェット燃料に加えプロパン/プロピレン(同月の同国からのプロパン/プロピレン輸出量が速報値段階では日量107 万バレル程度と推定されるところ、確定値では同125万バレルへと上方修正されたことで、この分が同国プロパン/プロピレン需要の速報値から確定値への移行段階で国内需要から輸出に振り替えられたことが、当該需要の下方修正の一因になっているものと見られる)等の需要の確定値が速報値から下方修正されたことにより、米国石油需要(確定値)は速報値(日量1,773万バレル、前年同月比14.2%程度の減少)から下方修正されている。他方、2020年8月の米国石油需要(速報値)は、日量1,830万バレルと前年同月比で13.5%程度減少した。ガソリン需要、ジェット燃料、軽油及びその他の石油製品等の需要が前年同月を相当程度下回ったことから、8月の同国石油需要も前年同月比で減少となっている。他方、5月1日以降のOPEC及び一部非OPEC(OPECプラス)産油国による日量970万バレル程度の減産措置実施の影響が米国にも及び始めたと見られることもあり、同国のサウジアラビアからの原油輸入が減少傾向を示した(7月3日の週には日量142万バレルであった米国のサウジアラビアからの原油輸入量は9月4日の週には同10万バレルへと減少している)ことを含め米国の原油輸入が伸び悩んだことに加え、8月下旬には米国メキシコ湾沖合及びメキシコ湾岸に熱帯性低気圧「マルコ」及びハリケーン「ローラ」が来襲したことにより沖合の油田や湾岸地域の原油受入ターミナルの操業が停止したことから、米国原油生産や輸入が減少した。この結果、8月上旬から9月上旬にかけ米国の原油在庫は減少傾向となったが、平年幅上限を上回る状態は続いている(図9参照)。そして、原油、ガソリン及び留出油在庫が平年幅上限を上回っていることから、原油とガソリンを合計した在庫、そして原油、ガソリン及び留出油を合計した在庫は、いずれも平年幅上限を超過する状態となっている(図10及び11参照)。
2020年8月末のOECD諸国推定石油在庫量の対前月末比での増減に関しては、原油については、米国では減少した他、欧州でも7月21日未明(現地時間)に7,500億ユーロ(約92兆円)の復興基金の創設が欧州連合(EU)首脳会議で合意されたことで経済回復に対する期待が増大したこともあり域内の石油製品価格が上昇するとともに製油所での精製利幅が改善したことに加え、米国の夏場のドライブシーズン突入により、例年ほどではないにせよ季節的なガソリン需要がそれなりに発生したこともあり、欧州に比べ米国のガソリン価格が堅調になったことに伴う米国へのガソリン輸出に対する誘因が作用したことを受け、8月の欧州での製油所の稼働が上昇するとともに原油精製処理が進んだ一方、OPECプラス産油国の減産措置実施に伴い欧州への原油供給が減少したことから、原油在庫水準は低下した。他方、日本においては、梅雨明けとともに夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期到来により多少なりとも製油所の稼働とともに原油精製処理量が上向いたことに加え、OPECプラス産油国による減産措置の実施に伴い原油輸入量が減少した結果、原油在庫が減少した。結果として、OECD諸国全体としても原油在庫は減少したが、平年幅上限を超過する状態は継続している(図12参照)。石油製品については、米国では、ガソリンや留出油在庫の減少が影響したことで石油製品全体の在庫水準も低下した。他方、欧州においては、概ね7月は新型コロナウイルスの新規感染者数が安定していたことや復興基金が創設されたこと等もあり軽油需要が多少なりとも持ち直した流れを8月も引き継いだと見られることに加え、米国の夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期に対応するためにガソリン輸出が行われたことが当該地域の石油製品在庫水準を引き下げる方向で作用したものの、製油所の稼働が上昇し石油製品生産活動が活発化したことで相殺されて余りあったことから、若干ではあるが石油製品在庫は増加した。また、日本では、例年8月は帰省や行楽等で個人の移動が活発化するが、2020年は新型コロナウイルス感染の影響でそのような移動が盛り上がりに欠けたことから、自動車向けガソリンや航空機向けジェット燃料の消費が不振であったことにより、それら石油製品の在庫が増加した他、夏場は暖房シーズンではなかったことにより灯油在庫の積み上げが進んだことから、同国の石油製品全体の在庫水準も上昇した。このようなことから、OECD諸国全体としても石油製品在庫は増加したうえ、平年幅上限を超過する量となっている(図13参照)。そして、原油及び石油製品在庫が平年幅上限を上回っていることから、原油と石油製品を合計した在庫も平年幅上限を超過する状態となっている(図14参照)。なお、2020年8月末時点のOECD諸国推定石油在庫日数は71.5日と7月末の推定在庫日数(72.5日)から減少している。
8月12日に1,500万バレル台後半程度の水準であったシンガポールでのガソリン等の軽質留分在庫は、8月19日には1,400万バレル台後半程度、8月26日には1,300万バレル台後半程度の量へと、減少した。そして、9月2日には1,400万バレル強、9月9日には1,400万バレル台後半程度の量へと回復したものの、8月12日の水準は下回っている。6月上旬以降8月にかけ中国では各所で洪水が発生したことで個人の外出が制限されたこともあり、自動車向けガソリン需要が抑制された結果、余剰となったガソリンがシンガポールに輸出されたことにより、8月中旬にかけシンガポールの中国からのガソリン輸入は増加傾向となったものの、その後中国からのガソリン輸入が落ち着いた他、アジア各国において多少なりとも夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要が発生したと見られることでシンガポールからのガソリン輸出が促進された格好となったことが、シンガポールでの軽質留分在庫の減少傾向の背景にあるものと考えられる。そして、このようなシンガポールでの軽質留分在庫減少がアジア市場でのガソリン価格を下支えした一方、季節的なガソリン需要はある程度発生していたと見られるものの新型コロナウイルス感染に伴う個人の外出規制等により精彩を欠いたことで、8月中旬から9月上旬半ば頃にかけガソリン価格はドバイ原油価格と概ね同水準近辺の比較的限られた範囲で推移した(因みに、例年夏場は概ねガソリン価格がドバイ原油のそれを相当程度上回っている)。ただ、その後は、原油価格の下落にガソリンのそれが追い付かなかったことに加え、精製利幅の低迷によりこの先製油所の稼働低下とともにガソリン供給が減少するとの観測が市場で発生したこともあり、若干ながらではあるが、ガソリン価格がドバイ原油のそれを上回る程度が拡大している。
ナフサについては、暖房需要期ではなくなったことにより安価になった液化石油ガス(LPG)と石油化学部門向け原料の面で競合したことがナフサ価格を抑制する格好で作用したうえ、台湾プラスチック工業(台湾塑膠工業:Formosa Plastics)の台湾の麦寮(Mailiao)にあるナフサ分解装置三号機(エチレン生産能力年産120万トン)が8月11日に50日間の予定(終了予定時期は9月末とされる)でメンテナンス作業を開始したことから、当該装置向けの原料となるナフサの需要が低下するとの観測が市場で発生したことが、ナフサ価格に下方圧力を加えた反面、欧米諸国方面からのアジアへのナフサ供給が9月は当初見込みよりも少ない(米国のガソリン在庫減少とガソリン価格上昇から、米国市場向けガソリンに混入されるナフサの量が欧州等で上振れたことが背景にあると思われる)との見方が市場で発生したことが、アジア市場でのナフサ価格を下支えした結果、8月中旬から9月上旬前半にかけ、ナフサ価格は概ねドバイ原油価格と同水準近辺の比較的限定された領域で変動していた。しかしながら、その後はドバイ原油価格の下落にナフサのそれが追い付かなかったこともあり、ナフサ価格がドバイ原油のそれを上回る状態となっている。
8月12日には1,400万バレル台半ば前後の量であったシンガポールの中間留分在庫は、8月19日及び26日には1,400万バレル台前半程度の水準へと低下したが、9月2日には1,600万バレル強の量へと相当程度増加、9月9日は減少したものの1,500万バレル強の量となり、8月12日の水準を超過している。新型コロナウイルス感染の再拡大等によりアジアの一部諸国において経済活動のもたつき等により軽油需要が伸び悩んだ他、中国及び韓国での大雨に伴う洪水の発生もあり輸送及び農業部門向けの軽油需要が影響を受けたうえ、インドで雨季(モンスーン)に入ったこともあり軽油需要が鈍化した(灌漑用に稼働させるポンプ向けのエネルギー源が、モンスーン到来前の軽油から水力発電由来の電力へと切り替わることに加え、雨天に伴い道路や建設工事が進捗しなくなることなどで物流や製造業等での軽油の利用が不活発化することによる)ことにより、中国、韓国及びインド等からシンガポールへの軽油流入が促されたことや、シンガポールから他のアジア諸国向けの軽油流出が抑制されたことが、シンガポールでの中間留分在庫増加の背景にあると考えられる。このようにシンガポールで中間留分在庫が増加傾向を示したことが、例えばアジア市場での軽油価格に下方圧力を加えたことから、8月中旬から9月中旬にかけ軽油とドバイ原油との価格差(この場合軽油価格がドバイ原油のそれを上回っている)は縮小傾向を示した。
8月12日に2,300万バレル台後半程度の水準であったシンガポールの重油在庫(高硫黄のものが中心と見られる)は、8月19日には2,500万バレル台半ばの量へと増加した。しかしながら、8月26日は2,300万バレル台前半程度、9月2日には2,200万バレル台前半程度、そして9月9日には2,000万バレル台後半程度の水準へと低下した。夏場の空調用の発電部門向け重油需要が増加したことにより中東産油国からの重油輸出が低迷したことに加え、シンガポールでの船舶向け重油需要が堅調であったこと(9月上旬に台風9号及び10号が韓国に上陸した際、同国の港湾が閉鎖されたことに伴い、一部船舶が燃料補給のためにシンガポールに寄港した可能性が考えられる)が背景にあるものと見られる。そして、このようなシンガポールでの重油在庫の減少傾向がアジアでの重油価格に上方圧力を加えたことから、例えば、シンガポールでの高硫黄重油とドバイ原油の価格差(この場合高硫黄重油価格がドバイ原油のそれを下回っている)は縮小する傾向を示した。
2. 2020年8月中旬から9月中旬にかけての原油市場等の状況
2020年8月中旬から9月中旬にかけての原油市場では、8月中旬から9月初頭においては、米国等の経済が回復しつつあることを示唆する指標類の発表、新型コロナウイルスワクチン開発の進展に関する報道、OPECプラス産油国による減産措置の高遵守状況を示す情報、米国による国連対イラン制裁全面復活のための手続き開始意向の表明、米国原油在庫等の減少、及び米国メキシコ湾沖合の熱帯性低気圧及びハリケーンの通過に伴う油田の操業停止等が原油相場に上方圧力を加えた反面、米国等での経済回復が減速しつつあることを示唆する指標類の発表に加え、リビアでの停戦の発表、米国石油坑井掘削装置稼働数の増加、米国での暴風雨通過後の油田での操業再開の情報等が原油相場に下方圧力を加えたことから、原油価格(WTI)は概ね1バレル当たり41~44ドルを中心とする範囲で上下に変動した。しかしながら、9月初頭から9月中旬にかけては、米国経済の回復がもたつき始めていることを示唆する指標類の発表に加え、米国トランプ政権と議会民主党との追加経済対策を巡る対立の継続、及びサウジアラビアによる原油販売価格の引き下げ等の要因により、原油価格は下落傾向となり、9月中旬初頭時点では1バレル当たり36~38ドルを中心とする領域で推移している(図15参照)。
8月17日は、この日中国人民銀行が1年物中期貸出制度(MLF: Medium-term Lending Facility)を活用し7,000億元(約1,007.4億ドル)の資金を供給したことから、同国の景気が刺激されるとの期待が市場で増大したことに加え、8月17日に全米住宅建設業者協会(NAHB: National Association of Home Builders)から発表された8月の同国住宅建設業指数(50が当該部門好不況の分岐点)が78と7月の72から上昇、1998年12月(この時は78)以来の過去最高水準に到達したうえ市場の事前予想(73~74)を上回ったこと、7月のOPECプラス産油国の減産措置の遵守率が95~97%程度であると8月17日に伝えられたことでこの先もOPECプラス減産措置の高水準の遵守により世界石油需給が引き締まる方向に向かうとの期待が市場で増大したこと、イラン核合意で定められる対イラン武器禁輸措置が2020年10月18日に失効することを控え当該措置を延長すべく米国が提案した決議案が国連安全保障理事会で否決されたことに対し8月15日に米国のトランプ大統領が国連による対イラン制裁を全面復活させるべく手続きを開始する意向である旨表明したことに加え、イランからベネズエラへガソリンを輸送するタンカー4隻を米国が拿捕した旨8月14日に米国司法省が発表したこともあり米国とイランとの対立の先鋭化を含め中東情勢不安定化に伴う当該地域からの石油供給途絶に関する懸念が市場で増大したこと、8月15日に開催予定であるとされた米国と中国の貿易紛争を巡る第一段階の合意の進捗状況を協議するための会合が無期限で延期された旨8月14日に報じられた(8月6日の米国トランプ大統領による中国一部企業に対する取引禁止の大統領令署名が一因であると中国外務省が8月14日に示唆した)ことに加え8月17日に米国商務省が中国ファーウェイ・テクノロジーズ(華為技術)への半導体輸出規制を強化する旨発表したことで両国の対立の先鋭化による経済減速に対する懸念が発生したこともあり米ドルが下落したことから、この日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり0.88ドル上昇し、終値は42.89ドルとなった。ただ、8月18日には、前日の原油価格上昇に対する利益確定の動きが市場で発生したことに加え、この日時点で米国トランプ政権と議会民主党との間での同国追加経済対策についての協議が膠着したままであったことにより同国経済と石油需要回復に対する懸念が市場で増大したことが、原油相場に下方圧力を加えた一方で、8月19日に米国エネルギー省(EIA)から発表される予定である同国石油統計(8月14日の週分)で原油、ガソリン及び留出油在庫が減少しているとの観測が市場で発生したうえ、8月18日に米国商務省から発表された7月の同国新築住宅着工件数が年率150万戸、前月比22.6%増加と2016年10月(この時は同23.2%増加)以来の大幅な増加率となった他市場の事前予想(同124~125万戸)を上回ったこともあり米国株式相場が上昇したことが原油相場に上方圧力を加えた他、8月19日に開催される予定であるOPECプラス産油国共同閣僚監視委員会(JMMC)を控えた持ち高調整が市場で発生したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり42.89ドルと前日終値から変わらなかった。8月19日には、この日EIAから発表された米国石油統計で、ガソリン在庫が前週比で332万バレルの減少と市場の事前予想(同100~200万バレル程度の減少)を上回って減少していた旨判明したうえ、サウジアラビアのアブドルアジズ エネルギー相が、早ければ世界石油需要は2020年第四四半期には新型コロナウイルス肺炎拡大前の約97%程度の水準に戻るであろう旨発言したと8月19日に報じられたことで、石油需要の回復に伴う石油需給引き締まり期待が市場で増大したことが、原油相場に上方圧力を加えた一方で、8月19日に開催中であったOPECプラス産油国JMMCにおいて世界の石油需給均衡への回復が当初想定よりも緩やかである模様である旨声明案に記載されているとこの日報じられたことで世界石油需給引き締まり期待が市場で後退した他、8月19日に明らかになった米国連邦公開市場委員会(FOMC)議事録(7月28~29日開催分)でFRB幹部が新型コロナウイルス感染拡大により米国の景気回復にかなりの不透明感が伴う旨不安視している一方、長短金利操作(イールドカーブコントロール)のようなより積極的な金融政策の実施には消極的である旨示唆されていたこともあり米国株式相場が下落したことが、原油相場に下方圧力を加えたことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.04ドルの上昇にとどまり、終値は42.93ドルとなった。しかしながら、8月20日には、OPECプラス産油国の一部が5~7月に発生した過剰生産を調整するために8~9月において1ヶ月当たり日量231万バレル相当の減産が必要である旨OPECプラス産油国が認識していると8月20日にロイター通信が報じたことで、世界石油需給の緩和感を市場が意識したことに加え、8月20日に発表された8月の米国フィラデルフィア連邦準備銀行製造業景況感指数(ゼロが当該部門好不況の分岐点)が17.2と7月の24.1から低下した他市場の事前予想(20.8~21.0)を下回ったこと、8月20日に米国労働省から発表された同国新規失業保険申請件数(8月15日の週分)が110.6万件と前週の97.1万件から増加した他市場の事前予想(92.0~92.5万件)を上回ったことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり42.58ドルと前日終値比で0.35ドル下落した(なお、この日を以てNYMEXの2020年9月渡し原油先物契約は取引を終了したが、2020年10月渡し原油先物価格のこの日の終値は1バレル当たり42.82ドル(前日終値比0.29ドルの下落)であった)。また、8月21日も、この日英国金融情報サービス会社IHSマークイットから発表された8月のユーロ圏総合購買担当者指数(PMI)(50が好不況の分岐点)(速報値)が51.6と7月(この時は54.9)から低下した他市場の事前予想(54.9~55.0)を下回ったことに加え、リビアの首都トリポリを拠点とする「国民合意政府(GNA)」(国連及びトルコが支援)と東部の都市トブルクを拠点とする「代表議会(HoR: House of Representatives)」(「暫定議会」とも言われる)が新型コロナウイルス感染拡大により8月21日に停戦を実施することで合意した旨発表したことにより同国からの原油輸出増加観測が市場で発生したこと、8月21日に米国石油サービス会社ベーカー・ヒュージズ(Baker Hughes)から発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が同日時点で183基と前週比で11基増加(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は同日時点で172基と前週比で10基増加)していた旨判明したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.24ドル下落し、終値は42.34ドルとなった。この結果原油価格は8月20~21日の2日間で併せて1バレル当たり0.59ドル下落した。
しかしながら、8月24日には、熱帯性低気圧「マルコ」が米国メキシコ湾沖合を縦断した後同国メキシコ湾岸地域をルイジアナ州からテキサス州にかけ西進しつつあるとともに、キューバ付近にある熱帯性低気圧「ローラ」が今後8月24日の週半ばにかけハリケーンへと勢力を強めるとともに北西方向に進み米国メキシコ湾沖合を縦断するとともに米国ルイジアナ州西部付近に上陸すると予想されることに伴い同日時点で米国メキシコ湾沖合の原油生産量の82.4%を占める同152万バレルの生産が停止したり米国メキシコ湾岸地域の原油受入港湾等が操業を中断したりしたことで同国原油供給減少に伴う石油需給引き締まり感を市場が意識したことに加え、複数の暴風雨の米国メキシコ湾岸接近に伴い当該地域の製油所が操業を停止したことにより石油製品生産減少観測とともに米国ガソリン先物相場が上昇したこと、8月23日に米国食品医薬品局(FDA)が新型コロナウイルス感染症の血漿療法を承認したと発表した(トランプ大統領も同日同趣の旨発表)他、米国トランプ政権が英国大手製薬会社アストラゼネカと英国オクスフォード大学が研究する新型コロナウイルスワクチンの緊急使用許可につき検討している旨8月24日に英国経済紙フィナンシャル・タイムスが報じたこともあり、米国株式相場が上昇したことから、この日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり0.28ドル上昇し、終値は42.62ドルとなった。8月25日も、ハリケーン「ローラ」が勢力を強めつつ米国メキシコ湾沖合を北西に進みつつあることに伴い、当該地域の原油生産量の84.3%を占める日量156万バレルの生産が停止した他、米国ルイジアナ及びテキサス両州のメキシコ湾岸地域の製油所が操業を停止しつつあることから、米国石油需給引き締まり感が市場で発生したことに加え、8月24日夜(米国東部時間)に米国のライトハイザー通商代表部(USTR)代表及びムニューシン財務長官と中国の劉鶴副首相が両国の貿易紛争を巡る第一段階の合意の進捗状況に関し電話会議を実施し当該合意の履行が進展している旨確認したことにより両国の経済問題を巡る対立の先鋭化と両国等の経済成長減速及び石油需要の伸びの鈍化に対する市場の懸念が後退したこと、8月25日にドイツの公的研究機関IFO研究所が発表した8月の同国景況感指数(2005年=100)が92.6と7月の90.4から上昇した他、市場の事前予想(92.1~92.2)を上回ったことで、ユーロが上昇した反面米ドルが下落したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり43.35ドルと前日終値比で0.73ドル上昇した。この結果原油価格は8月24~25日の2日間で併せて1バレル当たり1.01ドルの上昇となった。ただ、8月26日には、この日EIAから発表された米国石油統計(8月21日の週分)で原油在庫が前週比で469万バレル、ガソリン在庫が同458万バレルの、それぞれ減少と市場の事前予想(原油在庫前週比259~430万バレル程度、ガソリン在庫同150~270万バレル程度の、それぞれ減少)を上回って減少していた旨判明したことに加え、8月25日夕方(米国東部時間)に発表された米国顧客管理ソフトウェア開発大手セールスフォースの2020年5~7月期売上高が市場の事前予想を上回ったうえ、8月26日に米国バイオ医薬品開発会社モデルナが自社で開発中の新型コロナウイルスワクチンの治験で若年層同様高齢者においても新型コロナウイルスに対する免疫反応を示したことを確認した旨発表したこと、8月26日に米国商務省から発表された7月の同国耐久財受注が前月比で11.2%の増加と市場の事前予想(同4.3~4.8%増加)を上回ったこともあり米国株式相場が上昇したことが、原油相場に上方圧力を加えた一方で、前日の価格上昇に対し利益確定の動きが市場で発生したことに加え、ハリケーン「ローラ」がカテゴリー4のハリケーンへと勢力を強めたうえで米国ルイジアナ及びテキサス両州の州境付近に上陸しようとしていることもあり当該地域付近の製油所が操業を停止しつつあることで、この先これら製油所による原油需要が減少するのではないかとの観測が市場で発生したことが、原油相場に下方圧力を加えたことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり43.39ドルと前日終値比で0.04ドルの上昇にとどまった。8月27日には、ハリケーン「ローラ」が8月27日午前2時頃(米国東部時間)に米国ルイジアナ及びテキサス両州の州境から50キロメートル程度東部にある都市であるルイジアナ州キャメロン(Cameron)付近に上陸した後熱帯性低気圧へと勢力を弱めるとともに米国メキシコ湾岸地域の製油所の一部で操業の再開作業が開始された旨8月27日に報じられたうえ、沿岸部での高潮の被害がそれほど大きくない可能性がある旨同日伝えられた他、米国メキシコ湾岸沖合の油・ガス田についても操業再開作業を開始しつつある旨明らかになったことで、米国ガソリン先物価格が下落するとともに、同国原油生産回復期待が市場で増大したことに加え、8月27日に開催された米国カンザスシティ連邦準備銀行主催の年次シンポジウムにおいて、市場の事前予想通りパウエルFRB議長が最大限の雇用を確保すべく長期的に平均年率2%の物価上昇を目指すという新規の戦略を明らかにしたことで米国経済回復に対する期待が市場で発生するとともにこれまで売却が続いていた米ドルに対し利益確定の買戻しが発生したことで米ドルが上昇したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.35ドル下落し、終値は43.04ドルとなった。8月28日には、ハリケーン「ローラ」通過後、米国メキシコ湾沖合の油田や湾岸地域の製油所が操業再開作業を実施しつつあることで、石油需給引き締まり観測が市場で後退したことが、原油相場に下方圧力を加えた一方で、8月27日にパウエルFRB議長が長期的に平均年率2%の物価上昇を目指す戦略を明らかにしたことで低金利状態が長期化するとの観測が発生した流れを8月28日の市場が引き継いだこともあり米ドルが下落したことに加え、8月28日にベーカー・ヒュージズから発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が同日時点で180基と前週比で3基減少(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は同日時点で169基と前週比で3基減少)していた旨判明したことが、原油相場に上方圧力を加えたことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり42.97ドルと前日終値比で0.07ドルの下落にとどまった。
8月31日には、ハリケーン「ローラ」の通過に伴う米国メキシコ湾沖合における油田での原油生産停止量が同日昼(米国東部時間)時点で日量99万バレル(通常時の原油生産量同185万バレル程度の約53%)と8月30日時点の同129万バレル(同約70%)から減少したことで、米国石油需給引き締まり感が市場で後退したことに加え、8月31日にEIAから発表された6月の米国原油生産量(確定値)が前月比で日量42万バレル増加している旨判明(速報値ベースでは推定同52万バレルの減少)したこと、これまでの上昇に対する利益確定の動きが発生したこともあり米国株式相場が下落したことから、この日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり0.36ドル下落し終値は42.61ドルとなった。ただ、9月1日には、9月2日にEIAから発表される予定である米国石油統計(8月28日の週分)で原油、ガソリン及び留出油在庫が減少している旨判明するとの観測が市場で発生したことに加え、9月1日に中国独立系報道機関財新伝媒から発表された8月の同国製造業購買担当者指数(PMI)(50が当該部門好不況の分岐点)が53.1と7月の52.8から上昇、2011年1月(この時は54.5)以来の高水準に到達した他、市場の事前予想(52.5~52.6)を上回ったこと、9月1日に米国供給管理協会(ISM)から発表された8月の同国製造業景況感指数(50が当該部門好不況の分岐点)が56.0と7月の54.2から上昇、2018年11月(この時は58.8)以来の高水準に到達した他、市場の事前予想(54.5~54.8)を上回ったこと、英国製薬大手アストラゼネカが英国オクスフォード大学と共同で開発中の新型コロナウイルスワクチンにつき米国での最終的な臨床試験を開始したことで10月までに米国政府による当該ワクチン緊急使用の目途が立つ可能性がある旨8月31日に明らかにしたと同日夕方(米国東部時間)に報じられたことで新型コロナウイルス感染防止による経済成長及び石油需要の伸びの回復期待が市場で増大したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり42.76ドルと前日終値比で0.15ドル上昇した。しかしながら、9月2日には、この日EIAから発表された米国石油統計でガソリン需要が日量879万バレルと前週比で同38万バレル減少している旨判明したことに加え、同日米国企業給与計算サービス会社オートマチック・データ・プロセッシング(ADP)から発表された8月の同国民間雇用者数が7月比で42.8万人の増加と市場の事前予想(同95~100万人程度の増加)を相当程度下回ったこと、欧州の金融政策にとってユーロ/ドル相場は重要である旨9月1日に欧州中央銀行(ECB)のレーン(Lane)専務理事兼主任エコノミストが明らかにしたことでECBが今後金融緩和策を実施する可能性があるとの観測が市場で発生したことによりユーロが下落したことに加え、これまでの下落に対する利益確定から米ドルを買い戻す動きが発生したこともあり、米ドルが上昇したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.25ドル下落し終値は41.51ドルとなった。また、9月3日も、9月2日にEIAから発表された米国石油統計でガソリン需要が前週比で日量38万バレル減少している旨判明した流れを引き継いだことに加え、8~9月の2ヶ月間に既存の減産措置に加え日量40万バレルの追加減産を実施することで過去の減産目標未達分を充足する意向であったイラクが、追加減産期間を2ヶ月間延長するよう要請する可能性がある旨9月2日午後(米国東部時間)に声明で明らかにしたことから同国が減産推進に苦慮しているとの観測が市場で発生したこと、これまで米国株式相場の上昇を主導してきたIT業界株式に対し利益確定の動きが発生したこともあり米国株式相場が下落したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり41.37ドルと前日終値比で0.14ドル下落した。さらに、9月4日も、この日米国労働省から発表された8月の同国非農業部門雇用者数が前月比で137.1万人の増加と7月の同173.4万人の増加から相当程度増加ペースが鈍化した他市場の事前予想(同135~140万人程度の増加)の一部を下回ったこともあり米国政府による経済対策の効果低減で同国経済回復が減速しつつあるのではないかとの懸念が市場で広がったことに加え、9月5~7日の米国レイバーデー(9月7日)に伴う連休を控えた持ち高調整が発生したこともあり米国株式相場が下落したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.60ドル下落し終値は39.77ドルとなった。この結果原油価格は9月2~4日の3日間で併せて1バレル当たり2.99ドル下落した。
9月7日には、米国レイバーデー(労働者の日)の休日に伴い通常取引は実施されなかったが、この日を以て米国の夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が終了するとともに秋場の製油所メンテナンス作業実施時期に突入することにより、この先製油所の原油購入意欲が減退するとの観測が市場で発生したことに加え、9月5日にサウジアラビアが10月積みのアジア及び米国向け原油価格を全油種につき引き下げた旨明らかにした他北西欧州及び地中海向け軽質原油価格を引き下げたことで、これが新型コロナウイルス感染拡大で中国及びインドを含むアジア諸国等の石油需要が伸び悩んでいるとサウジアラビアが認識している証左であると市場で受け取られたこと、9月7日にトランプ大統領が今後米国の中国への依存を終結させるべく、中国等米国以外の国で雇用を創出する企業に課税する他、中国に業務を発注する企業に対し米国連邦政府の契約を禁止することも視野に入れる旨発言したことから、米国と中国との対立の先鋭化による両国等の経済減速と石油需要の伸びの鈍化懸念が市場で増大したこと、これまで株式相場の上昇を牽引してきた情報技術(IT)関連株式に対し利益確定の動きが発生したこともあり、米国株式相場が下落したこと、世界石油需要が新型コロナウイルス感染拡大前の状態に戻るまでには3年程度を要する旨米国大手金融機関バンク・オブ・アメリカが明らかにしたと9月8日に報じられたこと、9月8日にメドウズ米国トランプ大統領首席補佐官が、米国追加経済対策に関する議会民主党との交渉は膠着したままとなっている旨示唆したことで米国経済回復に対する不安感が市場で増大したことから、9月8日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり3.01ドル下落し終値は36.76ドルとなった。ただ、9月9日には、9月10日にEIAから発表される予定である米国石油統計(9月4日の週分)で原油在庫が減少している旨判明するとの観測が市場で発生したことに加え、前日の大幅下落に対し値頃感から買戻しの動きが発生したこともあり米国株式相場が上昇したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり38.05ドルと前日終値比で1.29ドル上昇した。しかしながら、9月10日には、この日EIAから発表された米国石油統計で原油在庫が前週比で203万バレルの増加と市場の事前予想(同50~300万バレル程度の減少)に反し増加している旨判明したうえ、9月10日に米国労働省から発表された同国新規失業保険申請件数(9月5日の週分)が88.4万件と前週並みの水準となり、市場の事前予想(84.6~85.0万件)を上回ったことに加え、同日米国議会上院で共和党が提案する3,000億ドル程度の追加経済対策法案の審議入りに対する動議が否決されたこともあり、米国株式相場が下落したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.75ドル下落し、終値は37.30ドルとなった。9月11日には、この日ベーカー・ヒュージズから発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が同日時点で180基と前週比で1基減少(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は同日時点で166基と前週比で3基減少)していた旨判明したことが原油相場に上方圧力を加えものの、9月10日にEIAから発表された米国石油統計で原油在庫が市場の事前予想に反し増加していた旨判明した流れを引き継いだことが原油相場に下方圧力を加えたことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり37.33ドルと前日終値比で0.03ドルの上昇にとどまった。
3. 原油市場における主な注目点等
地政学的リスク要因面での注目点は、まず、イラン等の中東情勢であろう。8月13日に米国のトランプ大統領の仲介により、イスラエルとUAEが国交回復に向け合意したが、それに対し8月14日にはトルコのエルドアン大統領が、パレスチナ人の感情を逆撫でするとして当該事象を非難、UAEとの外交関係の停止等を検討している旨明らかにした他、8月15日にイランのロウハニ大統領が、中東湾岸地域にイスラエルの拠点を設置されないようすべきである旨示唆したが、これに対し8月16日にUAEのガルガシュ(Gargash)外交担当国務相は、トルコはイスラエルと2016年に国交を正常化しているとしてトルコのUAE批判を非難した他イスラエルとの国交回復にはイランは関係ないと発言した。ただ、9月1日にイランの最高指導者ハメネイ師は、イスラエルと外交関係樹立等につき合意したUAEに対し、イスラム世界、アラブ諸国及びパレスチナ人民に対し背信行為を行ったとしてとして非難した。9月11日にも、トランプ大統領の仲介により、イスラエルとバーレーンが国交を正常化することで合意した。9月15日に米国ホワイトハウスで実施されるイスラエルとUAEとの国交正常化合意調印式に併せネタニヤフ首相とバーレーンのザヤーニ(Al Zayani)外相が両国の平和宣言に署名する予定である。9月11日にパレスチナ自治政府はイスラエルとバーレーンとの国交回復合意に対し背信行為であるとして非難した他、9月12日にはイラン外務省も当該合意を非難する旨の声明を発表している。他方、サウジアラビアのサルマン国王はトランプ大統領との間で実施した電話会談において、2002年3月28日にアラブ連盟により採択されたサウジアラビアによる和平提案(パレスチナ国家の樹立と第三次中東戦争の際1967年にイスラエルが占領したパレスチナ地区からの全面撤退を、イスラエルとの国交回復の条件とする)に基づいたパレスチナ問題の解決を希望している旨明らかにしたと9月7日に伝えられる。
8月17日には、ペルシャ湾でイラン当局が同国領海を違法に航行していたUAE船を拿捕した一方で、同日UAE沿岸警備当局の船舶がイランの複数の漁船に対して発砲した(ペルシャ湾にあるシール・アブー・ヌアイル(Sir Abu Nu’ayr)島北西のUAE領海に侵入した8隻のイラン漁船の制止をUAE警備当局が試みていた旨8月17日にUAEのWAM国営通信が報じている)結果、イラン人2人が死亡したことから、イランは駐テヘランUAE代理大使に抗議した旨(UAE側は遺憾の意と補償の用意を表明)8月20日にイラン外務省が発表した。また、8月20日にイランは新型国産弾道ミサイル(殉教者カセム・ソレイマニ)(飛行距離約1,400㎞)を公開した。
8月30日午後(現地時間)には、イエメンでイランが支援しているとされるフーシ派武装勢力と対立する、ハディ暫定大統領派勢力を支援するサウジアラビア主導の有志連合軍が、紅海南部でテロ攻撃を実施するためにフーシ派武装勢力が爆発物を輸送していた船舶を拿捕したうえ、破壊したと、同日夜に有志連合軍のマリキ報道官が発表した。他方、フーシ派武装勢力は複数の無人攻撃機を利用してサウジアラビアのアブハ国際空港を攻撃した旨表明したと9月8日に伝えられる。
8月24日には国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長が2019年12月3日の就任後初めてイランを訪問し、8月25日にイランのサレヒ原子力庁長官、8月26日にはロウハニ大統領と会談、2003年にIAEAに申告をせずに秘密裏に核開発活動が実施されていたとの疑惑を持たれているイラン国内の2ヶ所の施設へのIAEAによる査察につき、両者が取り決めた場所以外ではIAEAは査察実施を要求しない他質問もしないことを条件として、イランは協力することで合意した旨の共同声明を8月26日に発表した(また、IAEAは該当するイランの核関連施設2ヶ所のうち1ヶ所につきその後査察を実施、残る1ヶ所についても9月末までに査察を実施する予定である旨明らかにしたと9月4日に伝えられる)。また9月8日にイランのサレヒ原子力庁長官は、7月2日の爆発で破壊された同国中部のナタンズの核関連施設の後継となる、ウラン濃縮のための遠心分離機を製造するための新施設を、近隣の山中に建設する方針である旨明らかにした。
他方、8月19日に米国のトランプ大統領は国連の対イラン制裁を全面復活させる手続きを行うようポンペオ国務長官に指示、ポンペオ国務長官は8月20日にイランが核合意で定められる規則に違反している旨の書簡を国連安全保障理事会(8月の議長国であるインドネシアのジャニ国連大使)に提出した。米国は30日後(9月20日)には国連の制裁が全面復活すると主張した(イラン制裁解除の決議案が国連安全保障理事会で採択されればその限りではないが、米国は拒否権を行使することにより当該決議案の採択防止が可能であった)。しかし、核合意参加国(イラン、英国、ドイツ、フランス、ロシア及び中国)は、米国は一方的に核合意から離脱したため、国連制裁復活手続きを行う権限がないと主張した。それでも、米国は国連安全保障理事会決議上核合意参加者となっていることから、手続きは有効であると主張する一方、制裁の全面再開のためには可能なことは何でも実行する旨ポンペオ氏が8月20日に表明した。8月20日には国連安全保障理事会理事国15ヶ国中米国とドミニカ共和国を除く13ヶ国は米国による手続きは無効であるとして国連のイラン制裁全面復活に反対する姿勢を示した。8月25日に、インドネシアのジャニ国連大使は、米国が国連の対イラン制裁の全面復活に関する手続きを開始したことに対し、15ヶ国中13ヶ国の理事国が反対している状況では、当該制裁の復活に向けた手続きを進める考えはない旨明らかにした。また、9月の国連安保理議長国であるニジェールのアバリ国連大使も、国連対イラン制裁全面復活手続きを進める意向はない旨9月1日に明らかにしている。なお、イランのロウハニ大統領は、米国が核合意離脱を謝罪したうえで当該合意に復帰することが、イランの核開発に関連する新規の合意につき協議する前提となる旨8月25日に明らかにしている。
このように、米国は国連の対イラン制裁の全面復活のための手続きを開始する旨宣言、国連安保理理事国の大半はその手続きに反対しているものの、今後米国が、国連の対イラン制裁の全面復活に反対する諸国等に向けどのような方策を実施するかによって、核合意の存続とペルシャ湾を含む中東情勢、及び当該地域からの石油供給に関する市場の懸念が増減する結果、原油相場にその影響が織り込まれる可能性がある。対イラン国連制裁の復活に反対する諸国に対し米国が制裁を加えるという姿勢を明確にするようであれば、反対する諸国も米国の方針に従わざるを得なくなる結果、国連の対イラン制裁が全面復活する可能性も否定できくなる他、その場合、イランは(米国大統領選挙までは核合意にとどまる旨8月18日に伝えられるが)核合意にとどまる意味がなくなることにより、自国の核開発を全面復活させるとともに、イラン(及びイランが支援しているとされるイエメン)と米国、イスラエル及び中東湾岸産油国(サウジアラビアや、イスラエルとの外交関係回復の方向であるUAE等)などとの対立が先鋭化することを通じ、中東産油国からの石油供給が脅かされるとの不安感が市場で台頭することにより、原油相場に上方圧力が加わる可能性がある。
リビアでは、西部の首都トリポリを拠点とする国民合意政府(GNA: Government of National Accord)(国連及びトルコ等が支援)と、東部トブルクを拠点とする代表議会(または暫定議会)(HoR:House of Representative)を支援する、ハフタル将軍を指導者とするリビア国民軍(LNA: Libya National Army)(エジプトやUAE等が支援)との間で事実上の内戦状態が続いていたが、8月21日にGNAとHoRが停戦実施で合意した。これに対し、LNAはGNAの軍が同国中部シルトへの進軍を中止していないとして、戦闘を継続する旨8月24日に明らかにしたが、その後ハフタル将軍は9月12日までに同国内のエネルギー部門の操業を完全に再開できるよう約束した旨在リビア米国大使館(現在はチュニジアのチュニスで臨時執務中)が9月12日に声明で発表した。ただ、同国では、停戦が実現し石油ターミナル等関連施設の操業が開始されても短期間で当該施設が再度封鎖されることにより原油生産が停止してしまう例が過去にも頻発していたことから、今後同国での原油生産が再開したとしても当該生産量が十分に回復した(但し、NOCは油田関連施設等に必要な資金が十分に確保できないことを理由に2022年においても原油生産量は日量65万バレルと2019年第四四半期の同国原油生産量である日量120万バレル弱の約半分にとどまる旨7月7日に明らかにしている)うえで、それがある程度の期間持続することにより、最早同国からの原油生産停止リスクが相当程度低下したと市場が確信するまでは、原油相場に下方圧力を加えるといった展開にはなりにくいものと考えられる。
経済面では、まず新型コロナウイルス感染拡大状況であろう。新型コロナウイルス感染が拡大するようであると、個人の外出規制及び経済活動制限が強化されることにより、ガソリン、ジェット燃料、軽油及び重油の需要が抑制される可能性が増大することから、石油需要の伸びの鈍化を市場が意識する結果、原油相場に下方圧力が加わる可能性がある。反対に、新型コロナウイルス感染拡大ペースが鈍化する傾向が見られるようであれば、個人の外出規制及び経済活動制限が緩和されることから、ガソリン、ジェット燃料、軽油及び重油需要が盛り返すことにより石油需要回復期待が市場で増大する結果、原油相場に上方圧力を加える可能性がある。また、新型コロナウイルスワクチンや治療薬の開発進展具合(既に一部のワクチン候補は臨床試験の最終段階に差し掛かっているとされるものの、重大な副作用と思われる事象が発生したことにより臨床試験が中断する例も見られる)に関する情報によっても、今後の個人の外出規制や経済活動制限に関する観測を市場で醸成する結果、原油相場に影響を及ぼすこともありうる。他方、7月31日に失効した米国失業保険の追加給付を含む経済対策につき、8月28日には、米国のメドウズ大統領首席補佐官は、1.3兆ドルの経済対策(議会上院共和党案の1兆ドルに0.3兆ドル追加)であれば、妥協する余地があるとしているが、同国議会下院民主党のペロシ議長は2.2兆ドルの経済対策を主張し議論が平行線のままとなっている(2.2兆ドルの対策につき協議する意向でなければ、協議は再開させない旨ペロシ氏は明らかにしている)ことから、米国の経済対策が後手に回ることにより、米国の経済回復の減速及び石油需要の伸びの鈍化観測が市場で増大する結果、原油相場に下方圧力を加える可能性もある。ただ、新型コロナウイルス感染に伴う外出規制と経済活動制限の実施に伴う同国経済成長鈍化の可能性に対処するために、3月15日に米国連邦準備制度理事会(FRB)は政策金利をそれまでの1.00~1.25%から0.00~0.25%へと引き下げた。また、8月27日に開催された米国カンザスシティ連邦準備銀行主催年次シンポジウムでは、FRBのパウエル議長が、雇用を確保するために今後長期間平均2%の物価上昇率を目標とすべく金融政策を実施する旨明らかにすることで、一時的に物価が2%を超過することも容認する姿勢を示唆した他、8月31日には、FRBのクラリダ副議長も、失業率が低下しても、物価上昇率が目標ないしは安定した金融市場にとって脅威となる水準を継続的に超過する、もしくは超過する可能性があると想定されなければ、金利を引き上げることにはならないであろう旨発言したりするなどしたことにより、米国の金融機関はより長期に渡り一層の金融緩和を実施する意向であると市場では理解されていることから、今後も米ドルが下落する、もしくは将来的な経済回復への期待から株式相場が上昇することを通じ、原油相場に上方圧力が加わるといったことも想定される。そして、この場合、経済が減速することを示唆する指標類が発表されることを含め原油価格を押し下げる方向で作用しやすい要因が見られても、それによって原油価格が下落した局面では原油を安価で購入する良い機会であるとの判断から低コストで調達された資金が流入し原油の購入が促進される結果、原油価格がそれほど下落しない現象が見られやすくなる一方で、経済が加速することを示唆する指標類が発表されることを含め原油価格を押し上げる方向で作用しやすい要因が見られた場合資金流入が加速する結果原油相場の上昇幅が拡大するといった現象が見られやすくなるなど、原油価格の上下変動が非対象となる場面が見られることもありうる。
8月24日夜(米国東部時間)には、米国のライトハイザー通商代表部(USTR)代表及びムニューシン財務長官と中国の劉鶴副首相が、両国間の貿易紛争を巡る第一段階の合意の進捗状況の検討につき電話会議を実施し、当該合意の履行が進展している旨確認した。また、中国は8~9月に米国産原油を購入すべく少なくとも2,000万バレル相当のタンカーを暫定的に手配していると8月14日に伝えられることから、これにより実際に中国の米国産原油購入が進むようであれば、米国から中国向けの原油輸出が日量33万バレル程度することになるともに、米国の原油在庫水準を押し下げる方向で作用するものと見られる。しかしながら、8月25日には、中国北部戦区(渤海及び黄海を管轄)が実弾を使用した軍事演習を実施するために設定した飛行禁止区域を米国のU2偵察機が飛行した他、8月26日午前(現地時間)にも米国の偵察機が南シナ海を飛行したと伝えられる一方、8月26日朝(同)には中国がミサイル4発を発射、南シナ海に着弾したと伝えられる。また、8月26日に米国国務省は南シナ海での中国による人工島や軍事拠点の建設に関与したとする中国企業24社に加え、南シナ海での中国による軍事化事業等に関係した個人に対し査証の発行を制限する旨の制裁を発動すると発表した。さらに9月7日には、トランプ大統領が今後米国の中国への依存を終結させるべく、中国等米国以外の国で雇用を創出する企業に対し課税を実施する他、中国に業務を発注する企業に対し米国連邦政府の契約を禁止することも視野に入れる旨発言した。そして、9月2日に米国国務省は同国に駐在する中国の外交官幹部に対し移動や会合開催に関し米国政府の承認を必要とする旨の措置を施行する旨発表したが、9月11日に中国外務省は香港を含む中国駐在の米国外交官に対し報復措置を実施する旨発表した。このように、両国関係はなお紆余曲折を経る状態となっており、今後の展開によっては両国等の経済成長及び石油需給に関する観測を市場で発生させることを通じ、原油相場が上下に変動する可能性がある。
石油需給ファンダメンタルズ面では、OPECプラス産油国の減産遵守状況が市場から注目されるところとなろう。イラクは既存の減産目標にこれまでの減産目標未達部分を追加して減産する必要があることから8~9月は日量125万バレルの減産を実施しなければならないが、8月のイラクの原油生産量は日量372万バレル、減産量は同93万バレル程度と推定され、なお日量30万バレル強程度実質的な減産目標を下回っていることが示唆される。そのような中、イラクは8~9月の追加減産期間を2ヶ月間延長する(つまり11月末迄とする)よう要請する可能性がある旨9月2日午後(米国東部時間)に声明で明らかにした。また、9月2日にはイラクのアブドルジャバル(Abdul Jabbar)石油相が2021年第一四半期については減産措置を免除するよう要請している旨報じられた。これは同日イラク石油省により否定されたが、イラク国内では減産措置免除を求めるべきであるとの主張が強まりつつあると9月11日に伝えられている。このようにイラクを巡っては現状でも減産措置の徹底が不十分である他、将来的にも減産が実施されなくなる可能性が生じている。また、8月のUAEの原油生産量についても日量269万バレルと伝えられており、遵守率は83%と減産を遵守するサウジアラビア(同国の推定遵守率は100%)に比べ見劣りするが、実際にはUAEはさらに多くの原油を生産しているとの情報も流れるなど、OPECプラス産油国各国の遵守状況を巡っては不透明感が強まっている。今後イラクやUAEの遵守状況が改善されないようであれば、同じく減産遵守徹底を要請されているナイジェリア等他のOPECプラス産油国の減産遵守も低下する結果、石油需給引き締まり期待が市場で後退することを通じ、原油相場に下方圧力が加わるといった展開も想定される。他方、サウジアラビアは自国の原油生産削減を実施する過程で、需給状態が頻繁に市場関係者の目に振れやすい米国に対し輸出を絞り込むことにより米国の原油在庫を減少させることを通じ原油相場の浮揚を図る可能性があり、今後当面米国のサウジアラビアからの原油輸入が低迷することにより、同国の原油在庫が減少するとともに、石油需給引き締まり感が市場で広がる結果、原油相場に上方圧力が加わることもありうる。
9月7日のレイバーデーを過ぎて、米国では夏場のドライブシーズン(2020年は新型コロナウイルス感染拡大により本格的なものではなかったが)に伴うガソリン需要期が終了した。一方、10月半ば頃までは冬場の暖房シーズンに伴うLPGや留出油を含む暖房用石油製品需要期にはまだ早いため、季節的な石油不需要期となる。このようなこともあり、例年この不需要期を利用して複数の製油所が秋場のメンテナンス作業を実施することになるが、2020年は新型コロナウイルス感染拡大等の影響で石油需要が減退していることで製油所での精製利幅が圧迫されているといった側面があることにより、製油所のメンテナンス作業が例年よりも大規模に実施される(精製利幅が確保されている場合に比べ製油所の稼働停止に伴う収益への影響が相対的に軽微で済むため)可能性も指摘される。このようなことから、製油所による原油購入意欲が相当程度後退することを通じ、短期的には原油相場に下方圧力を加えることもありうる。加えて、米国原油生産及びその見通し、米国石油坑井掘削装置稼働数に関する情報によっても、原油相場が変動する場面が見られる可能性もある。ただ、原油価格が上昇してきたことから、石油坑井掘削装置稼働数や原油生産の底打ちを期待する向きが市場にはあるが、投資家による収益確保の圧力により石油会社のシェールオイル等開発姿勢が慎重となっていると見る向きもある(さらに原油価格の回復が生産増加に反映されるまでには6ヶ月程度を要すると言われる)ことから、なかなか掘削装置稼働数や原油生産量が回復しないことが予想され、それが市場関係者の間で同国石油産業の衰退の兆候と受け取られることにより、構造的な石油需給の引き締まり観測が市場で発生することを通じ原油相場に上方圧力を加えるといった展開も想定される。
大西洋圏ではハリケーン等の暴風雨シーズンに突入している(暴風雨シーズンは例年6月1日~11月30日である)が、特に8月後半以降10月前半迄は1年で最もハリケーン等が発生しやすい時期となる。ハリケーン等の暴風雨は、進路やその勢力によっては、米国メキシコ湾沖合の油田関連施設の操業に影響を与える結果、当該地域での原油生産が減少する(実際に被害が発生しなくても、暴風雨接近に伴い沖合油・ガス田関連施設では従業員を避難させなければならないことから油・ガス田での原油等の生産活動を停止させる必要があるが、特に2020年は新型コロナウイルス感染抑制のため従業員の避難及び復員に時間を要する結果油田等での生産活動停止が長期化する恐れもある)他、湾岸地域の石油受入及び積出港湾関連施設や製油所の活動に支障を発生させたり(実際に製油所が冠水し操業が停止することもあるが、そうでなくても周辺の送電線が暴風で切断されることにより、製油所への電力供給が遮断されることを通じて操業が停止するといった事態が発生することが想定される)、メキシコの沖合油田や原油輸出港の操業を停止させること等により米国の原油輸入(2019年には米国メキシコ湾岸地域はメキシコから日量56万バレル程度の原油を輸入した)に影響を与えたりする。最近では米国の原油生産に占める陸上の割合が大きくなってきているものの、それでも同国メキシコ湾沖合ではそれなりの量原油が生産されている(2019年に当該地域では日量188万バレルの原油を生産しており、これは米国の原油生産量全体の約15%を占める)他、米国メキシコ湾岸は同国の精製活動中心地である(2019年の当該地域の原油精製処理能力は日量866万バレルと米国原油精製処理能力全体の約47%を占める)など、米国メキシコ湾沖合及びメキシコ湾岸地域は同国石油市場にとって依然重要な地位を占めている。8月5日時点のコロラド州立大学の予報や、8月6日時点の米国国立ハリケーンセンターの予報によると、2020年の大西洋圏でのハリケーンシーズンは平年よりも活発な暴風雨の発生が予想されている他、前回予報(コロラド州立大学が7月7日、国立ハリケーンセンターが5月21日)時点の予報に比べ暴風雨発生予想が上方修正されている(表1参照)こともあり、この先の暴風雨シーズン中も活発にハリケーン等の暴風雨が発生し油田や製油所での操業等を脅かすのではないとの神経質な感情が市場で発生しやすく、そのような市場関係者の心理が原油相場に織り込まれるといったこともありうることから、ハリケーン等の実際の発生状況、進路及び勢力、そしてその予報等には注意する必要があろう。
既に、8月下旬には、熱帯性低気圧「マルコ」及びハリケーン「ローラ」が米国メキシコ湾沖合及び湾岸地域に来襲したことにより、一時米国メキシコ湾沖合の原油生産量全体の84%程度に当たる日量156万バレルの原油生産が停止した。ただ、9月5日には原油生産停止量は同17万バレルとメキシコ湾沖合の原油生産量全体の9%程度にまで縮小した他、多くの原油受入ターミナル等も操業を再開しており、現在市場では原油供給途絶懸念は後退している。他方、今回のハリケーン等の来襲により、米国メキシコ湾岸地域において原油精製能力日量255万バレル程度の製油所の操業が停止した。9月11日現在そのうち日量109万バレル万バレル程度の精製能力を保有する製油所で操業が完全に復旧、日量56万バレル程度の精製能力を保有する製油所で操業再開作業中(部分的に石油製品生産再開)であると推定される。しかしながら、特にルイジアナ州レイク・チャールズ(Lake Charles)にある製油所等はハリケーン等の来襲で電力供給が遮断されていることから、操業再開作業が開始できない状態となっており、従って石油製品の生産も停止したままであると伝えられる。この結果、他の製油所での秋場のメンテナンス作業実施に加え、ハリケーン来襲の影響で一部製油所の稼働が低下し続ける結果、石油製品の生産活動に支障を来すことにより、石油製品在庫、特に留出油(軽油・暖房油)在庫が相当程度減少することにより、秋場の不需要期の終了時において留出油需給の引き締まり感が強まる(特に秋の終盤時点で冬場の気温が大幅に低下するとの予報が発表されたり、実際に大幅な冷え込みが発生したりした場合には引き締まり感が一層強まる)ことで、暖房油価格が上昇するとともに原油価格がそれに引きずられるといった展開もありうる。また、9月中旬には熱帯性低気圧「サリー(Sally)」が発生、今後勢力をハリケーンへと強めるとともに北西方向に進み米国メキシコ湾沖合を通過することに伴い、9月12日には既に当該地域の油田関連施設の従業員が避難し始めていると伝えられていることもあり、この先の当該暴風雨の実際の進路、勢力及びその予報、そして米国メキシコ湾沖合油田や湾岸地域の製油所の操業停止状況等の動向に注意する必要があろう。
全体としては、季節的に石油不需要期に突入したことが原油相場に下方圧力を加える一方で、OPECプラス産油国減産措置による米国原油在庫の減少傾向による石油需給の引き締まり感の強まりや金融緩和政策を背景とした投資資金流入が原油相場に上方圧力を加えることになるため、これらの面では原油相場は比較的限られた範囲での変動となりやすいものと見られる。そのような中で、新型コロナウイルスの感染拡大及びワクチン・治療薬開発状況、米国原油生産及び石油坑井掘削装置稼働数、OPECプラス産油国減産遵守状況や減産方針を巡る動向、米国メキシコ湾等へのハリケーン等来襲状況、米国等の金融政策及び景気刺激策に対する米国トランプ政権及び金融当局等の姿勢、及びイラン等地政学的リスク要因などが原油相場に影響するとともに、その影響の強さによっては、原油相場に上昇もしくは下落傾向を創出する可能性があるものと考えられる。
4. 最近の原油価格差と世界の原油の流れに関する一考察
2019年から2020年前半頃にかけ、石油市場において発生した事象により、米国、欧州及び中東等での原油価格は変動したが、その結果、各原油間での価格差が拡大したり縮小したりした。そしてそれが一因となり、各地域における原油の輸出入が増減する場面が見られた(あるいはその逆の場合も見られた)。ここでは、そのような原油価格差と地域間の原油の流れを巡る状況につき背景となる事象を含め考察を加えることとしたい(2018年半ば頃から2019年半ば頃にかけてのWTI(軽質低硫黄原油)とブレント(同)等の原油価格差を巡る状況とその背景については2019年10月15日公開のJOGMEC石油・天然ガス資源情報「原油市場他:サウジアラビア原油供給関連施設攻撃に伴う操業停止で大幅に上昇するも、早期の復旧見込みが示されたうえ、石油需要の伸びの鈍化懸念が増大したことで、沈静化する原油価格」も併せて御参照頂ければ幸いである)。なお、考察する原油価格は、特に記載されていない場合は、ブレント(欧州産軽質低硫黄原油)及びWTI(米国産軽質低硫黄原油)については先物市場における期近価格、その他の原油(米国産ルイジアナ・ライト・スイート(LLS)(軽質低硫黄原油)、米国産マーズ(Mar)(重質高硫黄原油)、UAE産ドバイ(中質高硫黄原油)、ロシア産ウラルズ(Urals)(中質高硫黄原油)及びベネズエラ産メレイ(Merey)(重質高硫黄原油))についてはスポット価格とする。
2019年1月1日に開始されたOPECプラス産油国減産拡大により、OPECプラス産油国から中質・重質高硫黄原油を中心として供給が削減されたと見られる(軽質低硫黄原油に比べ中質・重質高硫黄原油は相対的に割安であることからOPECプラス産油国による減産措置の際には削減の対象となりやすい)ことから、2019年前半を中心とする期間は概して軽質低硫黄原油に比べ中質・重質高硫黄原油価格が相対的に堅調である傾向が見られた(図16及び17参照)。
しかしながら、2020年1月1日に発効する国際海事機関(IMO)による船舶燃料硫黄含有分規制強化(重量比で3.5%を0.5%へ引き下げ)に伴い、硫黄除去装置(スクラバー:Scrubber)を設置していない船舶は、それまで燃料として利用していた高硫黄重油から超低硫黄重油(VLSFO:Very Low Sulfur Fuel Oil)もしくは低硫黄の船舶用軽油(MGO:Marine Gasoil)へと切り替えなければならなくなった一方で、当時製油所で実務的に製造が容易であるのはMGOとされていたこともあり、MGOをより豊富に生産することが可能な軽質低硫黄原油の需要増加観測が市場で拡大し始めたことから、2019年後半には再び軽質低硫黄原油価格が中質・重質高硫黄原油価格に比べて相対的に堅調になる場面が見られた(ドバイは中東情勢不安化により2019年10月以降軽質低硫黄原油との価格差に異なる動きが見られた(後述)が、Marsの軽質低硫黄原油に対する割安感は2020年に入っても持続した)。
ただ、2019年9月14日にサウジアラビアのアブカイク(Abqaiq)原油処理施設及びクライス(Khurais)油田が攻撃されたことにより、同国からの原油供給に対し市場の懸念が発生したこともあり、2019年10月~2020年1月を中心としてサウジアラビアと同じ中東の指標原油であるドバイ、及び中東から相対的に市場が近接している欧州の指標原油であるブレントが、相対的に中東から距離が離れているWTI等米国産原油価格を上回る幅が拡大する場面が見られた。
また、イラン産原油を輸送したとして中国遠洋海運集団(COSCO)の子会社2社を含む5個人6法人に対し制裁を発動する旨2019年9月25日に米国財務省が表明したことにより、同社の関与する石油タンカーの利用が敬遠された一方で他社の所有する石油タンカーに対する需要が増加した他、10月11日には紅海でイランのタンカーが攻撃された旨報じられた結果、世界のタンカー運賃が大幅に上昇、例えばペルシャ湾から日本へ原油を輸送する大型タンカーの原油輸送コストは制裁発表前には1バレル当たり1ドル程度であったものが10月中旬には同9ドル弱にまで上昇した。このようなことから、欧州やアジア市場に対する米国産原油の輸出競争力が相対的に低下するとともにWTI、LLS及びMarsといった同国産原油に下方圧力を加えた。そしてこのような背景により、11月においては米国産原油輸出がもたつく場面が見られた(特に輸送費の嵩む北東アジア方面の原油輸出が大きく影響を受けたことが覗われる)(図18参照)。
他方、2020年3月6日に開催されたOPECプラス産油国閣僚級会合でOPEC産油国が提案した減産措置(2020年3月31日までの減産措置(基準原油生産水準(概ね2018年10月の原油生産量)から日量約170万バレル程度減産)を2020年末まで延長することに加え2020年12月末まで日量150万バレルを追加で減産)に対し、ロシア側は既存の減産措置の2020年6月末迄の延長のみの実施を主張、議論の隔たりが解消しなかった結果、協議が事実上決裂し、OPECプラス産油国が2019年1月1日より実施していた減産措置も当初予定通り3月末で終了、4月1日以降OPECプラス産油国は事実上自由に原油生産を行うことが可能となった。そして、サウジアラビアは4月の原油生産量を日量1,230万バレルへと引き上げる(因みに2月の同国の原油生産量は同974万バレルであった)旨サウジアラムコのナセル(Nasser)最高経営責任者(CEO)が3月10日に明らかにした他、UAEも4月の原油生産量を日量400万バレル超とする(2月の同国の原油生産量は日量344万バレルであった)旨3月11日にアブダビ国営石油会社(ADNOC)のアルジャベル(al-Jaber)CEOが発表した(サウジアラビア等の中東湾岸産油国が増産する場合、その増産分は軽質低硫黄原油に比べ需要の低い中質・重質高硫黄原油が中心となる)。そして、サウジアラビアが欧州(従来ロシア産原油の主要販売先)の石油会社に対し原油を1バレル当たり25~28ドル(CIFベース)で販売、ロシアから市場シェアを奪う行為を実施している旨示唆されると3月13日に報じられた。他方、ロシア最大手石油会社ロフネフチは2020年4月以降増産を実施し、数週間以内に日量30万バレル原油生産量が増加する可能性がある旨3月9日に報じられた他、ロシアのノバク エネルギー相も、同国は数週間以内に最大日量50万バレル程度原油生産量を増加することが可能である旨2020年3月10日に明らかにした。このようなことから、2020年3月はサウジアラビア及びロシア等で原油増産及び販売合戦となったことにより、欧州での指標原油であるブレント及びUralsの価格がWTI等米国産の原油価格に比べ大きく下落することとなった。また、2020年4~5月の欧州の原油輸入状況を見ると、サウジアラビアからの原油輸入量が増加する反面、ロシアからの原油輸入量が減少している(図19参照)が、これはサウジアラビアの欧州向け値引き販売の影響が現れているものと考えられる。
他方、2020年3月はドバイ原油価格がブレントのそれに比べ割高となった(図20参照)(なお、4月においてもドバイ原油価格はブレントスポット価格を上回っている、図21参照)。これは、サウジアラビアが欧州向け原油価格を値引き販売した結果、大西洋圏の指標原油であるブレント(及びUrals)の原油価格が下落した一方、アジア諸国の製油所は品質の面で中東産原油を指向したことがドバイの原油価格を下支えしたことによるものとの指摘もある。また、サウジアラビア及びロシア等で原油増産及び販売合戦となったことにより、原油販売のため多数の石油タンカーが手配された結果、タンカー運賃が高騰した(ペルシャ湾から日本への大型タンカー運賃は3~4月は1バレル当たり7ドルを超過し、2月の同1ドル台前半の5倍超の水準に到達する場面も見られた)。このため大西洋圏から太平洋圏への原油の流入が経済的に困難となったと見られることも、ドバイ原油価格を下支えしたものと考えられる。
その後、米国のトランプ大統領の仲介により、サウジアラビアとロシアは4月12日に開催されたOPECプラス産油国閣僚級会合で、5月1日から6月30日にかけ概ね2018年10月を基準として日量970万バレル、7月1日から2020年末にかけ同770万バレル、2021年1月1日から2022年4月30日にかけ同580万バレルの、減産措置を実施することで合意した。しかしながら、新型コロナウイルス感染拡大に伴う世界石油需要の下振れに対しOPECプラス産油国等による減産措置では不十分なのではないかとの懸念が市場で根強かった他、実際の減産措置の開始日は5月1日であり、それまでOPECプラス産油国は減産を実施する必要がなかったことから、OPECプラス産油国を中心とする増産体制が短期的に収束するとの観測が市場で発生しにくかったこともあり、サウジアラビア産の中質・重質高硫黄原油と競合しやすいUralsの価格に下方圧力が加わり続けた。このため、3月のみならず4月においても、Uralsの価格はブレントスポット価格をそれなりに下回っている。
他方、新型コロナウイルス感染拡大による個人の外出規制や経済活動制限が実施された米国では3~4月にかけ石油需要の減退が発生した一方で、3月にOPECプラス産油国での減産措置方針に関する協議が決裂した結果、原油価格が大幅に下落したものの、同国のシェールオイルをはじめとする原油生産への影響は比較的緩やかなものであった(実際同国の原油生産は2020年3月13日の週の日量1,310万バレルから4月24日の週の同1,210万へと同100万バレル削減となるなど概ね漸進的に減少したが、同国の石油需要は3月13日の週の同2,146万バレルから4月24日の週には同1,576万バレルへと同570万バレル減少した他、4月10日の週には同1,380万バレルへと減少する場面も見られた)。また、3月にOPECプラス産油国閣僚級会合では減産措置に関する協議が決裂したことでWTI等の米国産原油の価格がブレントやUralsのそれよりも相対的に堅調になった(図22参照、なおここではWTI及びブレントについてもスポット価格を採用しているが、これはこの時期先物価格は特異な動きをしていた部分があったと見られることに伴い先物価格を用いた価格差分析は不適切であると判断されることによる(後述))ことで、欧州方面から米国への原油輸出が刺激されると同時に、米国からの原油輸出を抑制する格好となった。このようなこともあり、3~4月にかけては米国石油需要減少により同国の原油輸入は減少したものの、その量は3月13日の週の日量654万バレルから4月24日の週の同530万バレルへと同124万バレルの減少にとどまった。同時に、米国からの原油輸出は3月13日の週の日量438万バレルから4月24日の週の同330万バレルへと同108万バレル減少した。このようなことから、米国では3~4月に国内石油需給が大幅に緩和、行き場を失った原油がクッシング等の原油貯蔵施設に向かった結果、クッシングの原油在庫は増加傾向となり、4月10日時点で5,500万バレルと当該地点の原油貯蔵能力である7,609万バレルの約72%の水準に到達したが、これは、4月10日時点の原油在庫の前週比での増加幅である570万バレルのペースでこの先在庫増加が続けば4週間程度で貯蔵余力を使い果たす計算になることを意味していた。このようなこともあり、クッシングを受渡地点とする米国原油先物価格は2020年4月21日の5月渡し契約の取引期限を控え、高水準の米国内原油在庫と余剰原油貯蔵能力の低下を背景とした市場での購買意欲の極度の低下により、4月20日の取引では一時マイナス40.32ドルに到達する場面が見られた。
なお、4月はWTI原油先物価格及び他の種類の原油価格をブレント原油先物価格が相当程度上回っている(図23参照)が、これはクッシングの原油在庫の増加傾向を材料として、WTIとブレントの原油先物価格差拡大の観測から、WTI先物契約を売却するとともにブレント先物契約を購入することにより、WTI及びブレントの原油価格双方に影響する要因による原油価格変動に伴う損失を回避しつつ、ブレントとWTIの価格差拡大による利益を享受しようとする手法を市場関係者が実施することにより、ブレントの購入及びWTIの売却が進むことを通じ、実際に原油価格差拡大圧力が加わったことが一因であると考えられる。
ただ、米国での原油生産量の減少が継続したこと(8月14日の週の原油生産量は日量1,070万バレルとなっている)、5月1日にはOPECプラス産油国による減産措置が開始されたことで、米国のサウジアラビアからの原油輸入が2ヶ月程度の期間差で以て米国の原油輸入に影響を及ぼし始めたこともあり、米国の原油輸入量が減少し始めた(5月22日には日量720万バレルに到達した同国の原油輸入量は8月28日の週には日量490万バレルにまで減少している)。また、米国からの原油輸出が持ち直す場面が見られた(後述)。このようなことから、米国でのクッシングを含む原油在庫は減少傾向を示した(6月12日には5.39億バレルであった当該在庫は8月28日には4.98億バレルとなっている)。
米国の原油輸出に関しては、2020年5~7月は中国への輸出が顕著に伸びている。これは、2020年1月16日に署名した米国と中国の貿易紛争を巡る第一段階の合意で規定されているエネルギー商品(LNG、原油、石油製品及び石炭)の購入(2020年1月1日~2020年12月31日において2017年の水準から185億ドル追加購入)に基づき購入を実施するといった政治的動機と見られる要因によるものと考えられる。ただ、米国原油生産量の減少やクッシングの原油在庫減少が継続したこともあり、WTI原油価格のブレントのそれに対する割安感が低下したことが、米国からの原油輸出を抑制する方向で作用したこともあり、中国への原油輸出を除けば米国からの原油輸出は総じて伸び悩む傾向を示している。
また、5月1日以降OPECプラス産油国が減産措置を実施したことにより、特に中質・重質高硫黄原油の需給の引き締まり感が市場で強まったことから、中質・重質高硫黄原油であるドバイやUralsの原油が軽質低硫黄原油であるブレントに比べ相対的に堅調に推移した。特に、3~4月には下方圧力が加わったUralsの価格に顕著な回復が見られる。
他方、2019年8月5日に、米国のトランプ大統領が、米国におけるベネズエラ政府の資産を凍結することに加え、米国財務省が制裁対象としているマドゥロ政権関係者を物資、財政及び技術面で支援した人物に対しても資産凍結や米国入国原則禁止を内容とする大統領令を発動した。これにより、マドゥロ政権を支援している中国やロシア等の外国関係者に対しても制裁が適用されうることを8月6日に米国のボルトン大統領補佐官は示唆した。このようなことから、米国では既に2019年5月17日の週以降ベネズエラ産原油輸入はなされていなかったが、中国等他の諸国もベネズエラ産原油調達に消極的になっていった(図24参照)ことから、ベネズエラ産原油であるMereyはWTI等に対し割安感が強まる傾向が見られる(図25参照)。
以上
(この報告は2020年9月14日時点のものです)