ページ番号1008848 更新日 令和2年9月28日

ロシア:対露制裁下の最近のトピックス(LUKOILによるセネガル海洋鉱区への参画阻止と中国企業による北極海での掘削)とロシア産ガスの行き場を危うくするトルコ領黒海でのガス田発見

レポート属性
レポートID 1008848
作成日 2020-09-28 00:00:00 +0900
更新日 2020-09-28 14:57:07 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 天然ガス・LNG探鉱開発
著者 原田 大輔
著者直接入力
年度 2020
Vol
No
ページ数 15
抽出データ
地域1 旧ソ連
国1 ロシア
地域2
国2 セネガル
地域3
国3 トルコ
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 旧ソ連,ロシア,セネガル,トルコ
2020/09/28 原田 大輔
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概要

  • LUKOILによるセネガル海洋鉱区参画に対し、豪州Woodsideが先買権行使し、阻止

7月、ロシア第二位の石油会社LUKOILが、セネガルのオフショアで探鉱開発が進むRSSDプロジェクトについて、英国Cairn Energyが保有する40%権益を4億ドルでの買収を計画するも、オペレータのWoodside が先買権を行使し、また既存権益者であるFAR及びセネガル国営Petrosenが持ち分を変動する形で、LUKOILによる買収を阻止。LUKOILは2014年から米国による技術制裁(米国人に対するロシア領内の大水深、北極海及びシェール層開発における物品・役務提供禁止)対象となっており、2017年に発動された新制裁法「制裁による敵性国家対抗法(CAATSA)」によって、その対象地域もロシア領内から世界全体に拡大。本ディールも制裁に抵触する可能性があったため、注目を集めていた。

 

  • 制裁下にも関わらず中国企業コントラクタによる北極海での試掘・評価井3坑の掘削が開始

8月に入り、北極海の海氷条件が改善し、カラ海は掘削シーズンを迎えている。現在、Rosneft及びGazpromが3坑の掘削を開始しているが、掘削コントラクタはロシア企業ではなく、中国国有企業CNOOC Groupの掘削会社COSL(China Oilfield Services Limited)であり、同社が保有するジャッキアップ・リグ「Oriental Discovery」及びセミサブ・リグ「Nanhai-Ⅸ」がRosneftの試掘井の掘削を、またGazpromのLeningradskaya 5も同COSL社のセミサブ・リグ「Nanhai-Ⅷ」が掘削を請け負っている。2014年発動の欧米制裁によって、欧州人・米国人は原則ロシア領内の三分野(大水深・北極海・シェール層)での探鉱開発プロジェクトへの参画が事実上禁止されており、さらに米国による単独制裁では2017年のCAATSAによってロシア領内の同三分野における外国企業(Foreign Financial Institutions)による関与(大規模な資金提供)も対象となった。ただし、現時点では欧米政府から特段の指摘は為されていない。その背景には、まずこの掘削契約が2014年9月より前に締結されたという可能性があり、本契約はグランドファーザーリング(既得権益)条項によって守られているという見方、あるいは今回の掘削業務は、中国企業は資金提供ではなく、サービス提供と対価の受け取りであり、この点がCAATSAの規程に抵触するのかどうか、何らかのクリアランスを米国政府から獲得している可能性がある。

 

  • トルコ政府が黒海でガス田発見を発表。ロシア産ガスの対トルコ向け輸出に不安定材料となるか

8月、エルドアン大統領はテレビ演説を行い、黒海で大規模なガス田(320BCM)を発見したことを報告。発見されたガス田をサカルヤ・ガス田と命名し、トルコ建国記念から百年に当たり、また、エルドアン大統領任期(二期目)の最終年に当たる2023年に生産開始を目指している。320BCMは試掘井1坑で試算された埋蔵量ながら、2012年にルーマニアのネプチューン・ディープ鉱区でのExxonMobilが発見したドミノ・ガス田 (68BCM)を遥かに凌駕する規模となる。黒海深海部では、ルーマニアを中心に2010年以降、欧米メジャー(ChevronやExxonMobil)が探鉱に失敗して撤退しており、これまでの探鉱結果は芳しくない。今回の発見は、トルコの黒海深海部におけるさらなる炭化水素ポテンシャルも示唆するものだが、トルコのオフショア部門は未成熟で、国営石油会社TPAOは大水深開発の経験がなく、メジャーをパートナーに迎える、あるいは国際サービス・コントラクタに大きく依存せざるを得ず、2023年生産開始という政府による見通しは野心的目標と分析されている。また、今回の発見により、トルコはガス供給源の多様化が可能となり、安価なガス調達と需給見通しにおける輸入ガスへの依存の減少も相まって、存在する複数のトルコ向けガス供給源の間で価格競争が激しくなるだろう。トルコ向けの天然ガスパイプラインであるBlue Stream及びTurk Streamを有するガスプロムに対しても課題をもたらし、今後トルコがガスプロムとの契約の延長を拒否する可能性はポーランドよりも高いと警鐘を鳴らす分析もある。


1. LUKOILによるセネガル海洋鉱区参画に対し、豪州Woodsideが先買権行使し、阻止

7月27日、ロシア第二位の原油生産量を誇り、ロシアの石油会社の中では最も海外進出(イラク・UAE・コンゴ・ルーマニア・メキシコ等)を進めるLUKOILが、セネガルで探鉱開発が進むRSSD(Rufisque、Sangomar、Sangomar Deepの3鉱区/2023年原油生産開始を目指す)プロジェクトについて、英国Cairn Energyが保有する40%権益を4億ドル(3億ドルをキャッシュ+1億ドルの生産ボーナス)で買収するというニュースが流れた[1]。これに対し、同プロジェクトに35%の権益を有するオペレータの豪州Woodside[2]は、先買権の行使について検討していることを明らかにする[3]。最終的には後述の通り、Woodside(35%)が先買権を行使し、既存権益者であるFAR(15%)及びセネガル国営Petrosen(10%)が持ち分を変動する形で、LUKOILによる買収を阻止することとなった[4]

本件は、単なる権益買収動向に留まらず、米国制裁抵触問題を孕んでいたことから注目を集めたディールである。LUKOILは2014年から米国による技術制裁(米国人に対するロシア領内の大水深、北極海及びシェール層開発における物品・役務提供禁止)対象だったが、2017年8月にトランプ大統領の下、発動された新制裁法である「制裁による敵性国家対抗法(Countering America's Adversaries Through Sanctions Act)[5]」(以下、CAATSA)によって、その対象地域がロシア領内から世界全体に拡大しており、本ディールが制裁に抵触する可能性があったからである。


[2] RSSDプロジェクトでは、当初2013年にCairn Energy(オペレータ)がファームインし、2016年にWoodsideがファームインしたが、2018年にWoodsideがCairn Energyからオペレータ権を獲得し、参加権益シェアではCairn Energyに劣後するがオペレータとなっている。

[3] Lambert(2020年7月28日)

図1 RSSD(Rufisque、Sangomar、Sangomar Deepの3鉱区)プロジェクト位置図

出典:Cairn Energy社資料[6]等より筆者作成


図1 RSSD(Rufisque、Sangomar、Sangomar Deepの3鉱区)プロジェクト位置図1

図1 RSSD(Rufisque、Sangomar、Sangomar Deepの3鉱区)プロジェクト位置図2


<参考>CAATSAにおける該当条項内容まとめ

(第223条「大統領令13662号の修正[7](Directive 4関連)」及び第226条「ウクライナ自由支援法」第5条の修正・発動)

 

(1) ロシア連邦領内、ロシアが領域拡大を主張する海域にて石油(oil)を生産するポテンシャルを有し、ロシア企業(Rosneft、Gazprom Neft、Gazprom、LUKOIL及びSurgutneftegaz)が関与するプロジェクトに大規模な投資を行ったと大統領が判断する外国金融機関(foreign financial institution)に対して制裁を課す。

(2) 米国人及び米国内の人間(persons within US)に対して、上記ロシア企業がプロジェクトの、

(a) 33%以上の権益を保有する、

(b) 議決権のマジョリティを保有する、
ありとあらゆる場所(in any location=世界全体)での石油(oil)を生産するポテンシャルを有する、2018年1月29日以降に開始される(注)大水深、北極海もしくはシェール層開発プロジェクトに必要な物品役務の直接・間接的な輸出を禁止。(注)同法では施行から90日以内に発効とあり、2018年1月29日を設定。


[7] 大統領令13662号は2014年3月24日に出された制裁対象者の資産凍結等を定める大統領令であったが、その後、4つのDirectiveが出され、具体的な産業分野に対する対露金融・技術制裁として発展。Directive 1:金融分野、Directive 2:エネルギー分野に対する金融制裁、Directive 3:国防分野、Directive 4:エネルギー分野に対する技術制裁。

この米国の制裁が導入された後も、ロシア企業による国外での権益買収は行われてきたが、上記の通り、第223条のDirective 4修正に規定された33%以上の権益を有することになる対象は除外し、33%未満に抑えるよう配慮が為されてきたと考えられる。例えば、大水深(152m以深)のプロジェクトでは、2019年にLUKOILが参画したコンゴ民主共和国海洋XII鉱区の25%[8]やアラブ首長国連邦のガーシャ権益の5%[9]ファームインが挙げられるが、33%を超えない範囲での参画となっている。2015年にシェブロンから買収したナイジェリア沖合のOML140鉱区(45%)[10]や2017年6月に参画したメキシコのBlock 12(当初100%だったが、その後ENIに40%ファームアウト。メキシコ湾水深150~400m)[11]は米国の制裁が拡大する前に取得しており、CAATSAの対象とはならなかった。他の事例では、RosneftがCAATSA発動後の2017年10月にエジプトのZohrプロジェクト(オペレータ:ENI)に30%参画したが[12]、さらに35%に権益を買い増すオプションがあったにもかかわらず[13]、現在までそのオプションは行使されていない。


図2 LUKOILの海外進出地域(左)及びRosneftが参画したZohrプロジェクト(右)

また、CAATSAで規定された制裁はロシア領内であれば外国人にも適用され、ロシア領外では米国人(及び米国内の人間)にのみ適用されるが、今回権益を売却したCairn Energyは、英国ベースの企業であり、米国制裁は「対象ロシア企業が33%以上を保有する対象三分野のプロジェクト」と読めることや「権益を売却する」という行為は米国制裁対象とならないという判断を行ったと考えられる。しかし、もしディールが成立し、LUKOILが40%保有することになれば、残されたパートナーであるWoodside、FAR及びPetrosenは、米国企業ではないが、米国政府から目を付けられるプロジェクトに参画するという状況に追い込まれる。結果、米国金融機関との金融取引禁止によるドル決済の無効化や米国資産を保有していた場合の差し押さえという制裁拡大リスクを懸念せざるを得ない。冒頭のCairn EnergyによるLUKOILへの権益売却方針を受けて、残されたパートナーはオペレータのWoodsideを中心に、先買権行使(6.7%超)により、LUKOILの持ち株分が米国制裁に抵触しない範囲(33%未満)に納めるよう協議を行っていることが予想された。

結果として、WoodsideはLUKOILによる4億ドルのオファーと同じ条件で、Cairn Energyの全権益(40%)を購入するとして先買権を行使することを8月17日に発表した(注4参照)。また、27日には、FARが出資比率を15%から13.67%に引き下げると発表[14]。Cairn Energyの40%の内、33.33%をWoodsideが、6.67%をPetrosenが引き受け、FARの1.33%をPetrosenが引き受けることで最終的な合意に至った[15](最終権益は図1内表参照)。WoodsideのコールマンCEOは今回の先買権行使に関して、「この買収は自社にとって、RSSDプロジェクト開発への米国制裁の潜在的な不確実性を取り除くことにより、株主の利益を保護するものである。また、今後短期間でマネタイズされる世界クラスの資産への関与を深める機会であり、2023年にファーストオイルを供給することはWoodsideの成長戦略の重要な部分を占める。Woodsideの権益増加は今年初めのFIDからの流れを維持し、事業の権益構造をシンプルにするものとなる」と米国制裁による影響の可能性が判断要素であったことを明白にしている[16]。なお、最終的なディール完了は12月末を予定している。


[14] AfrOil(2020年8月27日)

[15] POG(2020年9月8日)


2. 制裁下にも関わらず中国企業コントラクタによる北極海での試掘・評価井3坑の掘削が開始

8月に入り、北極海の海氷条件が改善し、カラ海は掘削シーズンを迎えている。今年はRosneft及びGazpromが3坑の掘削を開始した。RosneftはRogozinskaya 1(ターゲット深度4,422メートル)及びVilovskaya 1(同1,800メートル)の試掘井2坑を掘削している。いずれの試掘井とも2014年9月の欧米制裁(大水深・北極海・シェール層開発に対する物品提供を役務にも拡大し、結果、ExxonMobilが撤退へ追い込まれたもの)発動直後に発見されたパビィエダ(ロシア語で「勝利」)油ガス田に連なる構造をターゲットとするものである。試掘に成功すればパビィエダ油ガス田の追加埋蔵量の評価・確定に繋がる。また、GazpromはLeningradskaya 5(同2,700メートル)評価井をレニングラード・ガス田に掘削している。

なお、北極海大陸棚の掘削プロジェクトは千差万別であり、調査の範囲、掘削装置の搬入・撤収ルート、掘削装置の仕様、地質学上の条件とリスク、水深、井戸の構造、必要となる技術的サポートの度合いなどのファクターにより、費用が大きく異なってくると言われている。今回のようにカラ海で井戸1本を掘削するための総工費は、シンプルな坑井で1本当たり30~50億ルーブル(45~75億円)、地質的に難度が高く、仕上げが複雑な坑井となると、200~250億ルーブル(300~375億円)に達するという分析もある。また、水深によっては、1本の井戸の総工費は3.5億ドル以上に達することもあると言われている[17]

探鉱計画に従った掘削だとしても、バレル当たり70ドル以上の油価が必要とされている北極海での試掘井掘削がこの低油価環境下で実施されていることは驚きだが、それにも増して驚かされたのはこの掘削作業をロシア企業ではなく、中国国有企業CNOOC Group傘下の掘削会社COSL(China Oilfield Services Limited)が請け負っていることである。同社のジャッキアップ・リグ「Oriental Discovery」及びセミサブ・リグ「Nanhai-Ⅸ」がRosneftの試掘井を、GazpromのLeningradskaya 5も同社のセミサブ・リグ「Nanhai-Ⅷ」が掘削を行っている[18]


[17] コメルサント(2020年8月31日) (注)カラ海の水深は平均131メートル、最深部で620メートル。

[18] IHS(2020年8月14日)

図3 8月から掘削が開始された北極海カラ海の試掘井2坑(Rosneft)及び評価井1坑(Gazprom)

まず、2014年発動の欧米制裁によって、欧州人・米国人は原則ロシア領内の三分野(大水深・北極海・シェール層)での探鉱開発プロジェクトへの参画が事実上禁止されている(石油生産ポテンシャルと規定されており、ガスプロジェクトは問題ないと思われたものが、2015年には大水深の南キリンスキー・ガス鉱床(S-3)も相当分の液分が生産されるという理由で対象になった。ちなみに現実には、探鉱の時点で油かガスかも分からないケースも多々ある)。事実、2014年9月以降、外資が参画するそれらプロジェクトは全て凍結されてきたのが実際である。

このような中で、今回中国国営企業傘下の掘削会社が、Rosneft及びGazpromから掘削契約を受注し、北極海で探鉱を実施していることは、欧米制裁に抵触する可能性がある無謀な行為に映るが、現時点でも欧米政府から特段の指摘は為されていない。その背景について考えられるのは、まずこの掘削契約が2014年9月より前に締結されたという可能性である。米国制裁はグランドファーザーリング(既得権益)条項について当初は曖昧な対応であったが、現在では同条項を認める方向に新たな制裁を設計するように変化している。又は、中国国営企業であることから欧米制裁の直接の対象ではないという見方もあるが、米国制裁では2017年のCAATSA(前述)によってロシア領内の三分野における外国企業(Foreign Financial Institutions)による関与(大規模な資金提供)も対象となる事例があった。今回の掘削業務については、中国企業は資金提供ではなく、サービス提供と対価の受け取りであり、この点がCAATSAの規程に抵触するのか明確ではないが、何らかのクリアランスを米国政府から獲得している可能性もある。残念ながら現時点ではどのようなカラクリで中国企業による北極海掘削が行われているのか、確固たる情報はない。


3. トルコ政府が黒海でガス田発見を発表。ロシア産ガスの対トルコ向け輸出に不安定材料となるか

(1) エルドアン大統領による国威発揚

エルドアン大統領は8月19日、政府幹部に対し、21日にトルコに新しい時代を告げる良いニュースを発表すると語った。19日の時点では詳細は明かさなかったが、最近発見されたトルコ領黒海でのガス田に関するもので、トルコの年間ガス需要(2019年は51.6BCM)を20年間満たす可能性がある規模と述べている。当時、トルコ国営石油会社TPAO(トルコ石油公社)が保有する海洋掘削船「Fatih」号が、7月下旬から黒海西部のトルコ海岸の北約100海里(約185キロメートル)に位置する海域でTuna-1号試掘井を掘削していることが判明していた[19]

21日、エルドアン大統領はテレビ演説を行い、黒海で大規模なガス田を発見したことを国民に発表した。「想定される埋蔵量(リリースではカテゴリーは不明)は320BCM(11.3TCF)。年間45BCM(BP統計では2019年は51.6BCM)のトルコのガス国内消費への輸入依存を下げる大きな一歩である。2023年に生産開始を目指す 。発見されたガス田をサカルヤ・ガス田と命名した」と述べると共に、今後更なる追加埋蔵量の可能性も指摘した。


[19] ロイター(2020年8月21日)

図4 トルコ領海Tuna-1号試掘井の黒海での位置と各国の領海

写1 テレビ演説をするエルドアン大統領

今回発表されたトルコの黒海におけるガス田発見は、まだ試掘1坑での埋蔵量ながら、数字では2012年にルーマニアのネプチューン・ディープ鉱区でExxonMobilが発見したドミノ・ガス田 (68BCM)を遥かに凌駕する規模となる。黒海同海域では、2010年9月、Chevronが、TPAOが保有する3921オフショアライセンス鉱区に50%参画し、2012年試掘井2坑が掘削されるも結果は明らかになっておらず、Chevronはその後撤退している。なお、Chevronは今回の発見についてコメントする立場にないと述べている。また、トルコ領海黒海東部ではPetrobras、ExxonMobil、BPが、西部ではShellがTPAOと探鉱鉱区に参画してきた。ExxonMobilは2012年にドミノ・ガス田を発見するも、2019年12月に撤退を表明しており、Shellは2015年に油兆を確認したが、その後進展はない状況が続いている。

写1 テレビ演説をするエルドアン大統領[20]

同海域では、同TPAOが保有する地質探査船「Barbaros Hayreddin Pasa」号が2017年から地質探査を行っていた。掘削船「Fatih」号は、東地中海でキプロスとの係争地域での探鉱を終え、黒海に移動し、7月20日からTuna-1試掘井の掘削を開始していた。

会見では、エルドアン大統領からは、これまで7つの試掘井掘削がトルコ領黒海で行われており、将来トルコがエネルギー輸出国となるまで探鉱を継続するという野心的な発言も出ている[21]。また、この他にも非常に気が早い発言も閣僚から出てきた。まずアルバイラク財務相は、「ガス田を発見したトルコは黒海でロシアと協力することを期待している。発見されたガス田はトルコが輸入するガスに30%のディスカウントを可能にするかもしれない。ロシアとイランはガス市場で長年協力してきた国であり、この新たな時代の始まりはこれらの国との新たな協力に繋がる可能性がある。今後、トルコは生産国として協力していくだろう」と述べている[22]。また、ドンメス・エネルギー大臣は、「開発に関して長さ200 kmのパイプラインを敷設する必要がある。海岸に建設されるターミナルの規模が発表され、それに応じてプロジェクトとエンジニアリングの作業が行われるだろう。その後、総事業費が判明し、ガス価格について明らかになる。いずれにせよ、輸入するガスよりも遥かに経済的だろう。まず、トルコ国内の需要に活用する。埋蔵量が追加される場合、トルコはガスを、特にヨーロッパに輸出する機会を持つことになる」と発言しており、トルコがこれまでの需要国・トランジット国から今後生産国として欧州にガスを輸出する国に脱皮することへの期待を滲ませた[23]


[21] POG・IOD(2020年8月24日)

[22] Prime(2020年8月26日)

[23] Lambert(2020年8月26日)


(2) 黒海の炭化水素ポテンシャル[24]

黒海では北西側のルーマニア沖、ウクライナ領オデッサ湾及びロシア領の黒海北東の内海であるアゾフ海に広く大陸棚が発達しており、石油ガス開発も1970年代以降、主にこの北部海域で展開されてきた。一方、他海域では大陸棚の発達はあまり見られず、離岸距離とともに水深は急激に深くなる。このため、水深100メートル以深の大陸斜面部分と海盆部(中央部で最大水深2,206メートル)は石油・天然ガスが手付かずで残されているとも言われている。また、黒海に流入する大河川は、ルーマニアのドナウ河、ウクライナのドニエステル河、ドニエプル河、アゾフ海に注ぐドン河、トルコのクズルウルマク河等であり、外洋とはわずかに浅海部がボスフォラス海峡を経て地中海と繋がっている。このため黒海の海水は表層部で塩分濃度は1.7%と低く、酸化環境にある。一方、水深200メートル以深の深層部では嫌気性環境で生物はほとんど棲息できない。塩分濃度は2.2~2.3%となる。深層部では海水中に硫化水素が生成し海水中の鉄イオンと結合して黒色の硫化鉄を生じる。黒海の名称は黒味を帯びた色調の海水に由来すると言われるが、一説にはこの硫化鉄の存在が黒色の原因とされる[25]。海底の泥の有機物含有量は1~5%と高く、石油根源岩が形成される環境とも言われている。

近年、ブラジル沖、メキシコ湾などで大水深油ガス田開発技術が進歩するに伴い、黒海の大水深域は残されたフロンティア地域として注目を集めるようになった。21世紀に入り、トルコ、ロシア、ウクライナ、ルーマニアでは鉱区開放が進み、メジャーを中心に各国の石油企業が積極的に進出してきたのは確かだが、前述のメジャーの撤退に見られるように、これまではそれほど芳しい結果が上がっていないことも特徴となっている。


[24] 本村真澄著「ロシア・ウクライナ他:大水深掘削技術で注目される黒海の石油開発」(2010年11月)も参照されたい。https://oilgas-info.jogmec.go.jp/_res/projects/default_project/_project_/pdf/3/3696/201011_069t.pdf

[25] 古代ギリシア語では既に「暗い海」という名称が用いられていた。なお、黒味を帯びた海水については上記硫化鉄による説の他、表層水は充分な酸素を含み豊かな生態系を擁し、地中海に比べて豊富な藻類の繁殖が見られるという説もある。

表2 これまでの黒海で発見された主な油ガス田と資源規模(規模の大きい順)

表2の通り、これまで発見された黒海における油ガス田について比較してみると、今回発見されたサカルヤ・ガス田が数字上は二番目のドミノ・ガス田に大差をつける規模となっている。また、黒海開発も1980年代と2010年代に活発化したことが読み取れるが、発見されたものはガス田が多いこと、また、そのガス田も海洋鉱区にあり商業開発を想定できるような規模の埋蔵量ではなかったことが分かる。


(3) サカルヤ・ガス田発見に対する評価

今回のサカルヤ・ガス田はまだ試掘井1坑による初期情報のみであり、今後評価井の掘削によってその正確な可採埋蔵量も確定してくることが期待される。言い換えれば、トルコ政府が発表した320BCM(11.3TCF/21.1億BOE)は現時点では割り引いて考える必要もある数字であると言えるだろう(もしこの数字が正しければ、2020年に世界で発見された油ガス田の中ではスリナムのクワスクワシ油ガス田(現時点での可採埋蔵量評価で約18億BOEと想定されている)を超え、現時点で最大の発見となる)。

WoodMackenzieはサカルヤ・ガス田発見について、次のような評価を行っている。今回の発見は、トルコのエネルギー需給見通しを再構築し、黒海深海の可能性を再確認するもの。これまででトルコにおける最大の発見。開示された情報では、WoodMackenzieは7.3TCFの確認埋蔵量(13億BOE)と推定する。2,115メートルの水深に位置し、中新世の砂岩は、ルーマニアのExxonMobilが開発してきたネプチューン・プロジェクト(ドミノ・ガス田)に類似。黒海ではルーマニア及びブルガリア大水深でメジャーの探鉱による発見があるが、今回の発見は過去発見された最大のドミノ・ガス田と比べても3倍以上の規模となる。現在、トルコはガスを輸入に依存している(図5参照)。今後アゼルバイジャン、イラン、ロシアを含め、年間40BCMを超える長期ガス契約が更新される予定であり、今回の発見は契約交渉に影響を与えるだろう。他方で、トルコのオフショア部門は未成熟であるため、商業化への道筋は簡単ではない。TPAOは大水深開発の経験がないため、メジャーをパートナーに迎えるか、国際サービス・コントラクタに大きく依存せざるを得ない。2023年生産開始という政府による見通しは野心的目標である。

IHS Markitは、油ガス層深度4,525メートルのTuna-1試掘井が、100メートルのガス層を含む貯留層を発見したと詳述。開発にはTPAOに課題が山積していることを指摘している。トルコ共和国の創立100周年に対応するように調整されたエルドアン大統領が定めた2023年(同年は同大統領二期目任期の最終年にも当たる)の生産開始日は、TPAOの深海経験の浅さから極めて野心的であり、財政的・技術的支援のために外資パートナーが不可欠。ガス田の発見は、トルコのエネルギーの役割を根本的に輸入国・トランジット国から地域の生産者に変える可能性と、今後トルコが東部地中海で発生しているエネルギー競争(キプロスとの係争やイスラエル領海ガス田開発)へのアプローチを再考する可能性がある(地中海東部におけるトルコの地位を実際に強化)と分析している。


(4) 今後想定されるロシア産ガスに対するトルコの姿勢の変化

ロシアの有力経済紙コメルサントは、今回の発見がトルコのガス供給源多様化への意欲を掻き立て、ガス消費の増加、さまざまな供給源間の価格競争を踏まえたトルコのガス市場の将来において、トルコ向けの天然ガスパイプラインであるBlue Stream(2005年稼働開始/16BCM)及びTurk Stream(2020年稼働開始/31.5BCM。今後さらに31.5BCM拡張計画)を有するガスプロムの課題を次の通り指摘している[26]

  1. ガスプロムの契約価格はトルコの会社にとって大きな問題になっている。ガスプロムのトルコ国営ガス会社BOTASに対する契約価格は、2020年第1四半期に千CM当たり257ドル、2020年第2四半期に同228ドルだったが、同じ期間のガスプロムの平均欧州価格は、それぞれ162ドル・110ドルであり、トルコにとっての不公平感と契約改訂に対するストレスを増長。
  2. トルコのガス供給契約の80%が今後6年間で更新される予定であり、それらの合計量は約48BCMと推定されている(参考:昨年のトルコのガス需要は51.6BCM)。BOTASとガスプロムとの間の供給契約(8BCM)が、2021年に更新の予定であり、2025年にはさらに16BCMについて契約が更新される予定。
  3. 長年にわたり、ガスプロムはトルコ企業との契約において、BOTASとの契約におけるガス価格に割引を提供し、一方でトルコのその他民間企業には割引を提供せず、二重構造を築いてきた。トルコの民間企業は、テイクオアペイ条項のコミットメントが80%であるにもかかわらず、2019年に契約ボリュームの13%を購入するに留まった。次の5年以内にこれまで未達だったテイクオアペイ分を利用できるようにする「メイク・アップ(調整)」条項があるためだが、これらの会社が将来、未達の容量を購入することができるという保証はなく、仮にガスプロムが訴訟に持ち込んだとしてもこれら民間企業は倒産してしまい、回収不能となる可能性も高い。また、BOTASも2019年に引き取り支払い義務を履行しなかったが、BOTASとの契約で25年もの「メイク・アップ」期間が設定されており、ガスプロムからガスを購入するトルコの民間企業の間で不満が高まっている。

 

また、モスクワの気鋭のエネルギーシンクタンクであるVygon Consulting(マリヤ・ベローヴァ調査部長)は、トルコのエネルギーバランスにおけるガスのシェアが縮小(この5年間で31.7%から27%に減少)しており、また今後は再生可能エネルギー部門の拡大が進み、さらに、2023年にはロスアトムが建設中のアックユ原子力発電所が運転を開始することになっており、トルコのガスの消費量はピークアウトしたと考えられると指摘する。トルコはここ3年でLNGの輸入の強化にも取り組んでおり、2つの新たなLNGターミナル(FSRU)が建設され、国全体の受け入れ能力が年間900万トンから1,880万トンに倍増している。その他、同国の北西部では年間受け入れ能力540万トンのLNGターミナル(FSRU)がもう1基建設されているが、同ターミナルで再ガス化されたガスはバルカン諸国とイタリアにも供給される見込みとなっており、トルコはガスのトランジット国としての立場も着実に強化しつつある。2021年末にはガスプロム、BOTAS及びその他の複数の民間輸入業者との間の長期契約(8BCM)が契約更改を迎え、さらに、2025年にはBlue Stream経由の16BCMのガス供給契約も失効する。ことあるごとにガスプロムとの契約の延長拒否の意向を表明しているポーランド国営石油ガス会社PGNIGと違い、BOTASはこれまであまり多くを語らないが、このような現状を勘案すると、ガスプロムとの契約の延長を拒否する可能性はポーランドよりもむしろトルコの方が高いと判断される。BOTASは現在、テイクオアペイ条項の緩和とスポット市場をベースとする価格フォーミュラを希望しているが、それは、市場のトレンドに完全に合致したものである。ロシアでは結論を後回しにする傾向がしばしば見受けられるが、この問題に関しては、即決が望ましい。そうしないと、完成したばかりのTurk Streamの操業停止という現実にガスプロムが直面する可能性がある、と警鐘を鳴らしている[27]


[26] Lambert・コメルサント(2020年9月4日)

[27] コメルサント(2020年9月4日)

図5 トルコ向け天然ガスパイプライン及びLNG受け入れターミナル(稼働年・各容量)


(5) 現状認識

このように見てくると、今回のトルコ政府による黒海・サカルヤ・ガス田発見の一報は、プロジェクトベースで見れば、まだ試掘井1坑のみのデータであることから、埋蔵量を確定し商業生産に至るまでには追加探鉱が必要であり、今後の追加情報が待たれるところだ。発表された埋蔵量は、数字上は320BCM(11.3TCF)と大ガス田ではあるが、この1坑のデータだけで埋蔵量は断定することは難しいと見るのが妥当で、開発を進める上でのマルチ坑井掘削技術やトルコ揚陸用の200キロメートルの大水深パイプライン(ウェットガスか否かによって難度も異なる)の建設、それらコストに見合う埋蔵量の確実性を高めるための複数の評価井の掘削といった今後の追加探鉱と、やはり大水深探鉱技術・経験を有するメジャー外資の参画が必要となると考えられる。2023年生産開始はいわば大本営発表であり、上述の通り、トルコ建国100周年とエルドアン大統領任期最終年に当たるということも意識した極めて政治的な目標と言える。その目標を公開することで、ピークアウトしているトルコの天然ガス需要が今後産ガス国、とりわけロシアと更改していくガス供給契約のための交渉のツールとしようとしていることも明白である。

図5の通り、トルコはその需要量(51.6BCM)を大幅に上回るパイプラインガス受け入れ容量(86.5BCM)及びLNG受け入れ容量(31.0BCM)を確保し(さらにTurk Streamの欧州南部向け第二ライン(31.5BCM)が加われば、需要量の3倍に達する天然ガスがトルコに輸入されることになる)、需要国ではなく、トランジット国としての地位を既に確立している。ドンメス・エネルギー大臣が期待する将来的なガス生産国という地位確立はまだ気が早いが、既に十分な国内外への輸送インフラがあることは開発移行には有利な条件となるだろう。

また、これまでの黒海における探鉱経緯から見れば、既存油ガス田発見地域を超えた黒海中央部の大水深フロンティアでの炭化水素ポテンシャルを示した点で、今回の発見の意義は大きい。今後、これまで手が付けられていなかった黒海中央部の探鉱開発に光を差すものであるとも言えるだろう。

サカルヤ・ガス田発見のニュースはロシアにとっては喫緊のリスクを感じるものではないにしても、今後数年の間に契約更改を迎えるガス契約交渉の中では、Gazpromはトルコ側の立ち位置に変化が生じていることを認識せざるを得ない。しかし、トルコも単独で開発することが困難であるという結論に至れば、大水深開発の知見を有するメジャーを誘致する動きに出てくるだろうし、リスク分散のために他外資を招致するような報道が出てくるのであれば、プロジェクトの進捗を知る大きな手掛かりとなる。その外資の中にGazpromが入り、自らの市場シェア確保に出る動きが出てきても不思議ではない。


以上

(この報告は2020年9月28日時点のものです)

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