ページ番号1008857 更新日 令和2年10月13日
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概要
油価リンク長期契約LNG価格とスポットLNG価格の乖離が著しい。
時として4倍にまで至った価格差は、いくら長期契約が安定供給に勝るとはいっても、最終的にコストを負担している顧客を納得させることは到底できないであろう。
天然ガス・LNGは、わずかな性状の差こそあれ、基本的に差別化できない商品の代表例である。商品の品質や数量、取引の時期等が同一であっても、価格の異なる一物二価は、一般的に消費者の不信感を煽るのと同時に、情報の非対称性等市場の非効率の証明でもある。
ここでは、まず、最近の天然ガス・LNG価格と、今後の予測について確認した後、この遷移期において一物二価が現出した原因を解説し、最後に、今後顕在化してくる変化、すなわち、
- 長期契約の価格レベル、契約期間
- 買主のスポット調達比率
- Take or Payとキャンセル権の行方
- 新たな価格指標
- LNG価格の安定化
- グリーンLNG
- 売買主の取り得る戦略
について論じてみたい。
(出所 IEA、GIIGNL、GIE、公正取引委員会、Shell、bp、Eni、Woodside、Platts、ICIS、MEES、
Rystad Energy、Energy Intelligence、Gas Strategies、Poten & Partners、Wood Mackenzie 他)
1. LNG価格の推移
(1) HH、TTF、JKM価格(2020年2-9月)
まず、直近の天然ガス・LNG価格について確認する。
HH
穏やかな気候と、過去最高水準更新を続ける堅調なガス生産、またこれに新型コロナウイルス感染拡大による需要減少が重なり、HH(Henry Hub、米国ガス取引ハブ)ガス価格は歴史的な低価格状態が継続している。
3月31日、HHガス価格が$1.663/MMBtuと過去10年間で最低となった。また、供給過剰による急激なLNGスポット価格低下のため、米国産LNGメキシコ湾岸出荷価格は$1.300/MMBtuと、HHガス価格を初めて下回り、$0.363/MMBtuの逆ざやとなった。
6月25日には、メジャーズを中心とした欧州向け米国産LNGカーゴキャンセルによるガス需要の減退に加え、米国の新型コロナウイルス蔓延による企業活動再開遅延への懸念から、$1.482/MMBtuと、最低価格を再度更新した。
その後、LNGカーゴキャンセル数の減少に伴うフィードガス需要の増加により、HHガス価格は一旦持ち直したが、ハリケーン・ローラの来襲によって、ルイジアナ州・Sabine Pass、および、Cameron LNG液化プラントが停止し、ガス需要が低下した結果、HHガス価格は再び下降している。
米国の地下貯蔵容量は5年平均レベルを2割近く上回り、10月末には過去最大レベルの4.2Tcfに達するとみられている。
TTF
2018年の冬以降、世界の余剰LNGを受け入れ、TTF(Title Transfer Facility、オランダガス取引ハブ)ガス価格は徐々に低下した。暖冬に加え、3月中旬以降、新型コロナ感染に伴う欧州各都市のロックダウンでガス需要が大幅に低下した。
3月、および、4月は、米国産LNGカーゴがキャンセルされた後、月半ばにかけて、TTFガス価格が上昇する傾向がみられたが、5月27日、$1.158/MMBtuまで低下し、史上最低価格を更新した。
その後、TTFガス価格は大きく上昇した。これは、毎月末の米国産LNGカーゴのキャンセルに加えて、JKMとのスプリット拡大によるアジアへの仕向地変更、ノルウェー・Snohvit LNG、および、ロシア・Yamal LNGの定修が重なったためといわれる。ガスプロムが電子プラットフォーム取引を停止したため、スポットガスの供給量が低下したため、との情報もある。
8月以降、ガス田やパイプラインガス、さらにLNG液化プラントの定期修理やトラブルが多発し、TTFガス価格は上昇傾向を示し、$4/MMBtu台を回復している。
JKM
アジアも今年は暖冬で、1月に入りJKM(Japan Korea Marker、Platts北東アジアスポットLNG査定価格)は下降基調となった。
2月に入り、中国が新型コロナウイルスの影響からFM(Force Majeure)宣言し、JKMは低下した。2月後半から、安価となったスポットカーゴを、インド、タイが追加購入したことで価格は$3/MMBtu半ばまで戻したものの、3月下旬、インドがFM宣言した結果、JKMは一気に$2/MMBtu台まで下降した。
4月、アジアの買主各社は、需要減による高在庫から配船後ろ倒しを売主に要請した。4月末、日本のゴールデンウィークで取引の停滞するなか、4月28日のJKMは、$1.825/MMBtuと、過去最低価格を更新した。
その後、中国等の需要回復により、JKMは若干上昇に転じたが、5月、大西洋市場から余剰LNGがアジアへ仕向地変更し、再び下落した。
7月末の豪州・Gorgon LNGトラブルにより、JKMは一気に上昇し、猛暑も重なり、現在、$5/MMBtu台を回復している。
JLC
特に新型コロナウイルスの影響も加わり、需要が大きく低下した現状において、日本が調達するLNGのうち、9割はJCCリンクフォーミュラで決定される油価リンク長期契約LNGによって占められており、この価格が、JLC(Japan LNG Cocktail、全日本LNG平均輸入価格)に大きく影響している。
一方、LNGのコモディティー化が進んだ結果、スポットLNG価格もプレゼンスを増している。
その結果、油価リンク長期契約LNG価格と、スポットLNG価格とのデカップリングが顕在化し、その価格差は、4月には、最大4倍以上に拡大した。
3月のOPECプラス協調減産不調による油価下落が、3ヶ月の期ずれを経て影響をあらわした結果、6月以降、油価リンクLNG価格は、それまでの$9/MMBtu台から、7月には$6/MMBtu程度に低下した。
今後は、油価上昇に従い、油価リンクLNG価格も上昇していくとみられている。また、今後しばらくは、固定費の占める割合が大きい米国産HHリンクLNGより、油価リンク長期契約LNG価格の方が、安値で推移する見込みとなっている。

(2) 天然ガス・LNG価格フォワードカーブ(2020-23年)
図2に、2023年までの、天然ガス・LNG価格フォワードカーブ(8月19日時点)と、それに基づいて算出した日本着JCCリンクLNG価格(想定フォーミュラ: P = 0.1485 × JCC + 0.5、JCCはブレントで代替)と、HHリンクLNG価格(想定フォーミュラ: P = 1.15 × HH + 2.5 + 2)を示す。
今後、ブレントは、新型コロナウイルスからの景気回復と協調減産が奏功し、この期間中、$50/bblを超えるレベルに回復するとみられる。それに伴い、油価リンクLNG価格も、$8/MMBtu台に上昇する見通しである。
HHガス価格は、冬期に価格が上昇する季節変動がみられるものの、$2-3/MMBtuの低位で安定的に推移するとみられている。
TTFガス価格は、2020年春の底値から上昇し、今冬は、$5/MMBtu程度まで上昇する。
JKMも、TTFガス価格に$1/MMBtu程度のプレミアレベルで推移するとみられている。
今冬以降、TTFガス価格とJKMは、日本・欧州向け米国産LNGのLRMC(Long Run Marginal Cost)以下、SRMC(Short Run Marginal Cost)以上と予測されており、米国産LNGの採算性については、当面、フルコストの回収は難しいことがわかる。
日本向け米国産LNG価格は、今冬、一旦高くなるが、その後、一進一退を繰り返し、2022年にHHガス価格が低下するとともに、油価リンクLNG価格より、再び安価になるとみられている。

(3) LNG余剰継続の可能性
2020年の夏期は、米国産LNGを中心に、欧州にガス需要を上回るLNGが流入したため、ロシア等からのパイプラインガス輸入が大幅に削減されたにもかかわらず、TTFガス価格が記録的なレベルまで低下した。それを受けて、米国産LNGカーゴが大量にキャンセルされた結果、TTFガス価格はかろうじて底割れを免れた。
6月に発表されたIEA Gas 2020によれば、2025年までLNGマーケットタイト化のリスクは小さいと予測されている。2010年代後半の大きなFIDの波は、最近のLNG生産能力の大幅な増加につながっており、2020年から2025年の間にも、最大120Bcm/年、20%の生産能力が追加される。この供給過剰により、2021年以降も、LNG液化プラントの稼働率が大きく低下すると予測されている。2021年夏期についても、2020年に匹敵する米国産LNGの余剰が発生する可能性を示唆する見方もある。

(4) 油価リンクLNG価格予測
石油需要が、2030年から2030年代半ばまで増加することに伴い、長期的に、油価は、$50-70/bbl程度で推移するとの見方が大勢であり、メジャーズ各社の油価想定も概ね同じ範囲にある。
長期契約のLNG価格は、特にアジア太平洋地域においては、その大宗が油価リンクフォーミュラで決定されている。
メジャーズ各社は、油価リンクLNG価格について、前述の油価想定に基づき、今後、徐々に上昇し、2023年以降、$8.5~11/MMBtuの範囲に収束すると予測している。以下に各社の見通しとコメントをまとめる。
Shell
Shellは、油価想定(ブレント)を、従前の$60/bblから、期近について引き下げたが(2020年 $35/bbl、2021年 $40/bbl)、2022年以降は、$50/bblとみている。
2020年第3四半期には原油安の影響が時期ずれで現れ、油価リンクLNGの価格が低下する、と警告した。ルイジアナ州・Lake Charles LNGからの撤退、インドネシア・Abadi LNGプロジェクトからの撤退検討、さらに、オーストラリア・QC LNGからも撤退するなど、近い将来のLNG投資については慎重な姿勢を維持しているものの、長期的にはこの分野に強い展望があると考えており、このため、今後も、ガスから電力への統合戦略を支える LNG 分野への取り組みを継続する。
7月末、CFOのジェシカ・ウール氏は、「富裕化する人口増加に伴うエネルギー需要の増加と、ガスが将来の低炭素電力システムに組み込まれるであろうことから、LNG事業のファンダメンタルズは依然として非常に強いと信じている」と述べた。
Total
Totalは、油価想定(ブレント)について、2020年は$42/bbl、2021年は$52/bbl、2022-30年は$70/bblとしている。2015年以降の投資の弱さと新型コロナウイルスの影響から、2025年までに世界的な生産能力が不足するため、原油価格は反発し、この10年の後半には、大きく上昇すると分析している。また、輸送部門における技術開発が進む結果、2030年以降、石油需要がピークに達し、2050年には原油価格は$50/bblまで下落すると予測している。
油価リンクLNG価格は、原油価格に従うとしている。2020年第3四半期には、今春のカーゴ後ろ倒しの影響で出荷が増加すること、また、第2四半期に観測された原油価格の下落が今年後半の長期LNG契約価格に影響を与えると予想している。米国のLNGは、依然としてあまり利益を上げていない、としたが、LNG市場を介さずに石炭からガスへのエネルギー転換はできないとLNGの重要性を協調した。
また、新型コロナウイルスの影響について、多くのLNGプロジェクトが遅延した結果、2023-26年に予想していた供給過剰が緩和されたことはメリットであったと述べた。
BP
BPは、油価想定(ブレント)について、$55/bblと、メジャーズのなかで最も保守的に予測している。
BPは、他のメジャーズと比べ、LNG資産の保有が少なく、エネルギー転換が進むなか、数十年に渡るLNGプロジェクトに巨額の資金を投入する必要はないため、将来的には、トレーディング等、アセットライトなLNG事業をおこなうことが可能である。このようなアプローチは、同社が石油・ガスの生産量を削減し、様々な供給源から必要なエネルギーを顧客に供給する消費者中心の総合エネルギー企業になるためには、有利に働くとみられている。
Eni
2023年以降の油価について、$70bbl/bblを想定した。
今回の油価下落によるLNGセグメントの「業績低下」を指摘。今後しばらくは、ガス生産者にとって困難な2年を示唆していると述べた。このような環境下での価格は、最もコストの低いガス生産国であっても、持続可能であるためには生産量を削減する必要があるとしている。

2. 一物二価、油価リンクLNG価格とスポットLNG価格の乖離
世界のガス・LNG価格が、市場が成熟し、日々つながりを強めるなか、油価リンクLNG価格と、需給を反映したスポットLNG価格は、一時は、4倍の値差をつけ、引き続き乖離の度合いを強めている。
これまで、安定供給の名の下に長期契約を主軸として調達をおこなってきた日本買主も、ここへ来て、この乖離に対して様々な適応を促進している。
以下に、長期油価リンクLNG価格高止まりの原因である長期契約の特性を確認し、その後、油価上昇が招いたLNG液化プロジェクトのFIDブームについて、その経緯をまとめる。
(1) LNG価格を硬直化させる長期契約
LNGプロジェクトは、巨大な初期投資が必要な大規模装置産業プロジェクトである。黎明期においては、世界でLNGを取引する売買主は極めて限定であった。いわば、オーダーメードの1対1契約によって取引され、LNGは、多数の売買主が市場で取引する一般的なコモディティーではなかった。そのため、ファイナンスが成立するためには、コストベースでのプロジェクト成立が必須であり、特に莫大な上流ガス田、液化プラントのコストを担保するための、仕向地制限やTake or Payを含む数量柔軟性の低い、長期間に亘る売買契約は、プロジェクト成立のためには必要不可欠であった。買主も、供給者数が少ないなか、安定供給に重きを置いていた面もある。長期LNG売買契約の特徴を以下にまとめる。
仕向地
仕向地条項とは、売主LNG液化基地で積み込まれたLNG船の荷揚地点を、あらかじめ、買主の受入基地に限定する条項である。買主間のLNG取引を防ぎ、売主のLNG販売機会の侵害を防止することが目的である。
独占取引法違反の懸念を示した、2016年の公正取引委員会LNG取引に関するレポート発行以降に締結された契約では、仕向地条項は記載されていないといわれている。液化が事業の中心であり、仕向地フリーある米国LNGプロジェクトの出現で、実質的に仕向地条項の効力が低下したことも、その背景にあると考えられる。
契約期間
従来、LNG売買契約の契約期間は、20年間程度が標準的であった。これは、LNGマーケットが未成熟な状況下で、莫大な投資が必要な、特にガス田開発や液化設備など、LNGプロジェクトの売主側のファイナンスを保証するために必要な条項であった。
2000年を前後して、ガス市場の自由化が始まった。その結果、買主側の需要予測が不透明したため、長期契約の締結は困難になってきている。このため、近年、契約期間の短期化(2020年の世界平均契約期間:9年間)、スポット調達割合(2019年、スポット・短期調達比率:34%)の拡大が加速している。
数量柔軟性
毎年の販売量の、特に減少を防ぎ、売主側の安定収入を確保するため、毎年の契約数量はプラスマイナス5-10%程度しか、変更することはできないとする規程である。一般的なパイプラインによるガス売買契約のDQT(Downward Quantity Tolerance)は20%程度であることと比較すると、LNG売買契約の方が、厳しい制約であることがわかる。
バイヤーズマーケットを背景に、数量柔軟性は拡大する方向にはあるが、いまだ十分ではない。これが、買主が、新たな長期契約を締結せず、スポット調達割合を高める原因の一つとなっている。また、DQT行使理由については、不測の需要変動等に制限されていることが多く、商業的理由による行使、例えば、他の低価格スポットLNGを調達するためのDQT行使は認められていないことが多い。これは、売主が既存の買主を囲い込み、売主同士の競争を排除するためと考えられる。実際には、多くの場合、DQTは行使されたが、UQT(Upward Quantity Tolerance、上方数量柔軟性)行使の機会はあまりなかった。なお、UQTは、売主の供給余力がある場合にのみ、調達可能とされていることが多く、供給が保証されているわけではない。
Take or Pay
売主の毎年一定の安定的な収入を確保するため、例えば、需要減少などによって、買主がDQTの枠を超えて削減しなければならない場合、実際には引き取られなかったLNG分についても、調達を予定していた当該年に前もって支払いを完了させなければならないとする条項である。先払いしたLNGは翌年以降、追加支払いなしに調達可能となる場合が多い。
現在でも、多くの長期契約プロジェクトでTake or Pay条項が存続しているが、皮肉なことに、キャンセル料を支払えば100%キャンセル可能な条件を提案した米国LNG液化プロジェクトに躍進のチャンスを与える結果となった。
公正取引委員会は、LNG液化プロジェクトの減価償却完了後のTake or Pay条項の適用は、将来のバックフィル用ガス田の開発等に追加費用が必要であるとはいえ、独占禁止法違反の恐れがあるとの見解を示している。
プライスインデックス
LNGの商業的取引が始まった当初は、LNGの市場がなく、したがって、LNG価格自体も存在していなかったが、石油の代替燃料として導入された経緯から、日本のLNG価格はJCCリンク(Japan Crude Cocktail、全日本平均原油輸入CIF価格)で決定されるようになった。
その後、ガス市場が成熟した欧州北西部では、従来の石油製品リンクによるクロスコモディティーリスクを避けるため、ガスハブ価格の指標化が進んだが、ガスハブのないアジアでは、多様化を進めるために、JCCだけでなく、ブレントやハイブリッド、さらには、米国産LNGの出現によりHHガス価格リンク等の指標が採用された。LNGスポット市場の成熟に伴い、世界のLNGの7割を輸入する、日本、中国、韓国、台湾地域の代表的なスポットLNG査定価格であるJKM等の新たな価格指標としての認知が高まっている。
ただし、買主から最終消費者へのガス販売価格が油価リンクの場合は、油価リンクが好まれる場合も多い。指標の違いはあるにせよ、相互に高い相関があるため大きな差異はなく、それよりも、価格レベル自体の方が重要、との意見もある。
プライスレビュー
長期契約で当初決められたLNG価格に、その後、20年間に亘る市況の変化を反映するために、一定期間(1回/5年間)毎に価格フォーミュラの改定交渉が実施される。
スポットLNG価格が歴史的に低下するなかでも、価格硬直化のための仕組みが当初目論み通り機能し、長期LNG契約の価格に市況は十分には反映されず、乖離が広がっている。買主は、燃料費調整制度で最終消費者に転嫁可能であり、また、売主は、長期間、一定数量の販売が契約されているため、変更のインセンティブが小さいことも、その背景として挙げられる。

(2) 油価上昇が招いたLNG液化プロジェクトFIDブーム
LNG産業の特徴の一つに、全体需給調整機能がない点が上げられる。このため、LNG価格や油価高騰など条件の整った時点で、各国各社が一斉にFIDし、その結果として、建設の完了した5年後に、同時一斉に大量のLNG供給が開始される。過去、この、「一斉のFID → 一斉の供給開始 → 供給過剰 → LNG価格低下 → 次期FID延期 → 供給不足 → LNG価格上昇」がサイクル、いわゆる、ブーム&バーストとなり、需給がたびたび不安定化し、大きな価格変動を引き起こしてきた。
また、コストダウンを進めるなかで、トレインの大型化が進展した。このため、1つのLNG液化プラントが運転を開始する際、階段状に上昇する生産能力の増加幅がより大きくなり、供給過剰を拡大する一因になっている。
2000年前後、欧州ガス市場での自由化を皮切りに、買主であるユーティリティーの需要見通しが困難となり長期契約締結も難しくなっていった。
2004年以降、油価が大きく上昇した。これが、長期契約油価リンクLNGを莫大な超過利潤の源泉と変えた。多少の売れ残りがあっても、この高油価が続けば、油価リンクLNGから大きな超過利潤が得られるとの見通しが得られたのである。
これが、ユーティリティーの長期契約締結見合わせと相まって、従来、ファイナンスのために必要であった長期売買契約のくびきからメジャーズを解き放つことになり、ポートフォリオプレーヤーが出現した。これ以降、各社とも、経済情勢の整った時期に、一斉にFIDに踏み切ることになったため、近年、供給過剰に一層の拍車がかかっている。
2010年前後の、豪州LNGプロジェクトFIDブーム、また、その後の米国LNGプロジェクトFIDブームも、この一連の流れのなかで引き起こされた。
a.豪州LNG液化プロジェクトFIDブーム
1969年、LNGの商業的取引が開始された。幾度かの変遷を経て、1980年代以降、日本・アジアのLNG価格はJCC(Japan Crude Cocktail)リンクで決定されることとなった。その後、売主の要請により、原油価格変動の影響を低減するためにSカーブが導入され、その中心は$20/bblに設定された。当時のLNG価格は$3.5/MMBtu前後であった。
2004年以降、油価が徐々に上昇し、長期契約油価リンクLNGから、莫大な超過利潤がもたらされることになり、採算性の出る見込みとなった豪州北西部のLNGプロジェクトの具体的な検討が始動した。その後、SPA交渉やファイナンス組成等、最短3年の準備期間を経て、FIDに至る軌道が敷かれた。
実際に建設が始まると、僻地での建設は、当初の想定以上にコスト高となることが明らかとなった。液化プラントが各地で同時に建設されるため、建設費や人件費が、高騰し、資材調達の不調等により建設遅延が生じ、結果として、LNG生産コストの上昇を招いた。
ただし、これらは、当時の高油価においては、甘受できるレベルであった。これを裏付けるように、油価が高いほど、FID件数が多いのはもちろん、プロジェクトコストも高い傾向がみられる。ただ、これが後年、LNG生産コストを上昇させることにつながった。
2009年、HHガス価格が低下し、米国産LNGの方が、豪州産LNGより安価になる見込みとなって以降、世界のLNGプロジェクト推進の中心は、その後、米国に移ることになった。2012年1月のイクシスを最後に、豪州のLNG液化プロジェクトブームは終了した。
b.米国LNG液化プロジェクトFIDブーム
米国では、2000年代後半までは、コンベンショナルなガス田が減退し生産が低下した結果、HHガス価格が上昇し、50地点以上に上る多くのLNG輸入プロジェクトが計画された。前述のように、2004年以降、油価が上昇し、長期契約油価リンクLNGから、莫大な超過利潤がもたらされるに至ったが、この時期、米国では、水平坑井技術、水圧破砕技術、マイクロサイズミック技術の改良が進められ、シェールガス生産コストが継続的に引き下げられていた。これがシェール革命を引き起こし、2008年前後から、北米では、シェールガスが低価格で安定的に生産されるようになった。
2009年、米国産HHリンクLNG価格が、JCCリンクLNG価格を下回る見通しとなり、米国産LNGプロジェクトの検討が本格的に開始された。
2012年以降、米国の第1次LNG液化プロジェクトFIDブーム(First Wave)が発生した。2015年以降、一時、原油価格が低下し、JCCリンクLNG価格も、HHリンクLNG価格と同等まで低下したが、その後、再び油価は上昇した。
2019年、大量の米国産LNGの供給が開始され、世界のLNG市場、特に欧州ガス市場において、供給過剰が発生した。油価リンクLNG価格が高止まるなか、スポットLNG価格が大幅に低下し、その差は、最大4倍にも広がった。この年、LNGプロジェクトFIDは、71MTPAの過去最高レベルを記録した。2020年3月の油価下落以降、北米LNG液化プロジェクトのFIDは停滞している。
このように、2010年代に、多くの豪州、米国のLNG液化プロジェクトがFIDしたことによって、現在大量のLNGが市場に供給され、スポットLNG価格が低下するのと同時に、油価リンク長期契約LNG価格は高止まりを続け、乖離の度を深めている。

c.LNG市場における超過利潤
超過利潤とは、独占や規制など競争が不完全であること等により、完全競争より多く得ることのできる利益のことである。以下に、LNG市場における超過利潤について解説する。
LNG液化プロジェクトの減価償却期間は、一般的に20年間程度である。遡って2000年以前に運転を開始し、減価償却が既に完了しているべきLNG液化プラントによって生産されるLNGは、100MT、全世界生産量の1/3となる。
2019年の油価は、$60/bbl程度であったが、それに従い、油価リンクLNG価格は$9/MMBtuで推移した。一方、スポットLNG価格は供給過剰により下落し、油価リンク長期契約LNG価格とスポットLNG価格が4倍以上に大きく乖離した。その後の油価下落により、油価リンクLNG価格は、$6/MMBtu程度まで低下した。
また、世界の長期契約LNG対スポット契約の販売割合は、スポット契約の割合が引き続き増加し、66:34に達した。
なお、新規LNG液化プロジェクトを始めとした減価償却が完了していないLNG液化プロジェクトの場合、$6~8/MMBtuが、また、20年程度生産を続け減価償却が完了したLNG液化プロジェクトの場合、$1.4~3/MMBtuが、日本着LNGの採算性のブレークイーブンと想定されている。
(想定)
- 減価償却の完了しているLNG液化プラント生産量 100MTPA、全生産量の1/3
- JCC 2019年 $60/bbl
2020年 $40/bbl - 日本着LNGコスト 既存LNG液化プロジェクト(減価償却が完了) $2/MMBtu
新規LNG液化プロジェクト(減価償却が未完) $7/MMBtu - LNG販売割合 油価リンク長期LNG価格 66%
スポットLNG価格 34%

油価が、2019年レベルの$60/bblであれば、減価償却済みのLNG液化プロジェクトの場合、油価リンクLNG価格で販売している部分から莫大な追加利潤を得ることができる。さらに、スポットLNG価格で販売している部分からも追加利潤を上げることができる。
減価償却未完のLNG液化プロジェクトの場合、スポット価格で販売した3割のLNGについては費用を回収できないが、それは、油価リンクLNG価格で販売した7割からの追加利益で補填され、プロジェクト全体としては、赤字にはならないことになる。
2019年、多くの米国LNG液化プロジェクトがFIDを達成したが、この例からわかるように、7割程度の長期契約を獲得できれば、低スポットLNG価格の状況においても、LNG液化プロジェクトの採算性に対する見通しが得られて資金調達が可能となり、FIDが行われることになる。ただし、ガス電力市場の自由化の進展に加え、スポットLNG価格の下落傾向などにより、既存契約の延長、新規契約の締結を含めて、長期契約自体を締結しない傾向が高まっており、資金力の十分でないデベロッパーによる米国LNG液化プロジェクトのFIDは、今後、減少していくとみられる。
今年の平均油価を$40/bblと想定すると、既存LNG液化プロジェクトについては、長期油価リンクLNG価格で販売するLNGからの超過利潤によって、なお、利益を上げることができることがわかる。
一方、新規LNG液化プロジェクトは、長期油価リンクLNGの販売からも予定利益を得ることができない。このため、この油価レベルでは、新規LNG液化プロジェクトのFIDは難しいと考えられる。
ただし、自己資金の豊富なメジャーズやIOCは、長期契約が締結されなくとも、将来の油価上昇とLNG販売利益が妥当と判断すればFIDが可能である。環境制約の動きが拡大し、ガス田の座礁資産化も懸念されるなか、油価が回復するなど経済状況が整い次第、早期にプロジェクト立ち上げる動きが活発化する可能性もあると考えられる。


3. 新たな流れ ―LNGのコモディティー化―
油価上昇に起因するLNG液化プロジェクトのFIDブームと、それに伴う、ポートフォリオプレーヤーの出現の結果、一気に大量のLNGが生産され、それがスポットLNGとして市場の形成を促進することによって、LNGのコモディティー化が進展しつつある。今春、あるものの、過去のFIDブームのうえに、新型コロナウイルスの影響も加わり、スポットLNG価格は過去最低レベルを記録した。
コモディティーの価格は、基本的に需給により市場で決定され、需要が増加すれば、価格は上昇し、特に、昨今のように供給が増加すれば、価格は低下する。また、新規参入者は、自身のリスクとして、プロジェクトを開始する際のコストを自ら負担し、しばらくの間、減価償却の負担に耐えなければならない。
それとは対照的に、先に述べたLNG長期売買契約の特性によって、油価リンク長期契約LNGは価格に市況が反映されにくく、また、指標となる原油価格は高値に誘導されている。
このため、油価リンク長期契約LNGは、売主にとってはレガシー(価値ある遺産)となり、ガス市場の需給を反映したスポットLNGと価格が大きく乖離した結果、様々な変化が生じている。このような状況の下で、今後LNG市場に何が起こるか、以下に、今後の流れについてまとめてみたい。
(1) 油価リンク長期契約LNG価格の低下
従来、油価リンクLNGフォーミュラのスロープは、油価の13-14%の間で合意されてきたが、近年、下落傾向が顕著となり、2014年以降、LNGの価格レベルは大幅に低下してきている。ここ数年は11-12%前後であった油価リンクLNG価格フォーミュラのスロープは、2020年、急落した。
例えば、SINOPEC、Pavilion、CPCが2020年に締結した3つの契約は、10%台のスロープが報告されている。これらの契約のうち2件は10年契約で、1件は5年契約であった。
ここしばらくのスロープの下落傾向は、コモディティー化の結果として認められるものの、後述の通り、2022-24年、油価が上昇し、スポットLNG価格も上昇していく局面では、2020年にみられた、ここまでの低位なスロープは提案されず、この状況が再来するのは、現在建設中のLNG液化プラントが、一斉にLNG供給を開始し、再び大幅な供給過剰となる2025-26年以降になる可能性もある。

(事例1)CPC、Chevronと超安値で長期LNG売買契約締結
7月、Chevronは、CPCと10年間の長期LNG売買契約を締結した。
最近の取引では、スロープは11%程度であったのに対し、今回は、ブレントに対して10.2~10.3%程度のスロープで締結されたという。
最大のタームサプライヤーであり(3MTPAと1.5MTPAの長期既契約あり、 2030年以降に終了)、低コストサプライヤーでもあるQP(Qatar Petroleum)との入札合戦を経ての契約締結であった。
台湾は、2019年に16.3MTのLNGを輸入している。2025年には原子炉が停止し、石炭火力発電も抑制されているため、構造的にLNGの需要が強い。
Chevronは、豪州でGorgon LNGプロジェクト15.6MTPAと、Wheatstone LNGプロジェクト8.9MTPAを運営しているが、このような低価格に合意したのは、$2/MMBtu程度のマージナルコストで生産できるGorgon LNGでの売れ残りLNGがあり、ブレント価格を$40/bblとしても、10%の傾きがあれば$4/MMBtu程度での販売となり、最近のスポット価格よりも魅力的となる可能性があるからではないかとの推測もある。
(事例2)QP、超安値でSINOPECと長期LNG売買契約締結
8月、QPは、SINOPECとの10年間、1MTPAのLNG売買契約入札を落札した。
価格レベルは、ブレント原油リンク10-10.19%といわれている。最近落札されたCPCとChevronの間の契約(ブレント10.2~10.3%)よりも低いレベルで、供給は2022年から開始される。
ブレント10%程度のLNG価格は、油価回復後の油価を$60/bblとすれば、$6/MMBtuとなり、低いレベルであるものの、低コストプロデューサであるカタールに取っては、まだ十分に投資採算性のあるLNG価格レベルである。
この取引は、新規LNG売買契約が、より短期間、より少量にシフトしているという現在の傾向をさらに裏付ける一例でもある。
一方、価格指標に関しては、石油に連動した価格設定が、いまだに好ましい指標であることを示している。JKMリンクの人気も高まっているが、小規模かつ短期間の取引が中心となっている。
(事例3)QPとChevron、Pavilion Energyと合意
9月、QPとChevronは、Pavilion Energyと、それぞれ、0.5MTPA、10年間の、長期LNG売買契約に合意したといわれる。Pavilionは、2023年から、少なくとも5年間、2MTPAのカーボン・ニュートラルLNGのRFP(Request for Proposal)を発出し、供給先の選定を進めていた。
両社の価格設定は、QPとSINOPECが、10年間、1MTPAのLNGをブレントリンク10.19%で供給するという、競争力のある価格設定となっている。
通常は価格保護主義者として知られるQPだが、長期契約において、新たに価格に引き下げようとする意欲を示したことは、LNG業界に対し大きな影響を与えるであろう。ちなみに、ChevronもCPCとブレントリンク10.2%の10年契約を締結したばかりである。
(事例4)NFE、Centricaの長期LNG売買契約を捨てて、より安いスポットLNGを購入
7月、ニューヨークを拠点とするNFE(New Fortress Energy)は、2020年の残りの期間のLNG売買契約をキャンセルするため、Centricaに$105Mを支払うことで合意した。
2018年、NFEはCentricaとの間で、2019年6月から2021年12月までの間にLNGカーゴ29隻の購入することに合意しており、2019年12月末時点で、2020年に13隻、2021年に12隻のカーゴ引き取りが予定されていた。
NFEは、今回の合意により、市場からスポットLNGの調達が可能になると述べている。投資家向けプレゼンテーションのなかで、2020年の長期契約LNG価格は、$7/MMBtuであったが、現在のスポットLNG価格は、$2/MMBtu程度であり、より安いスポットカーゴが購入できるため、$15M~25Mの純利益を期待している、NFEは述べた。
(事例5)Naturgy、長期契約キャンセル
7月、Naturgy は、複数の売主との間で、複数の長期油価リンクLNG売買契約1.3MTPAについて、早期打ち切りに合意した、と述べた。同社は2020年下半期も、契約数量、価格条件の見直しについて、他供給者とも合意を目指しているという。
また、同様に、Centricaも、2019年9月に始まったCheniereとの、1.75MTPA、20年間の長期契約を精査しているという。
(2) 油価リンク長期契約の契約期間短期化
LNG液化プロジェクトへの投資が一段と鈍化するなか、2020年のLNG売買契約の契約期間は、過去2年間と比較して短期化している。2020年の平均契約期間は9年で、2019年の13年、2018年の12年から低下した。長期的にも短期化の傾向がみて取れる。
8月、Totalは、「多くの買主が、より高い柔軟性と俊敏性を求めている。契約期間は、ほとんどが3年から5年で、10年以上の新規契約はほとんどない。契約数量は、ほとんどの新規長期契約で1MTPA以下であり、過去数年の契約量を大幅に下回っている。」と述べている。
ただし、LNGの契約期間は、他のコモディティーと比べ、まだまだ長い。今後もこの傾向は継続し、短期化がさらに進展すると考えられる。

(3) スポット調達比率
a.主要LNG輸入国のスポット調達比率と調達先、LNG平均輸入価格
油価リンク長期契約LNG価格と、スポットLNG価格との乖離が続くなか、各国のスポットLNGの調達比率と、調達価格に大きな違いが生じている。以下に、その変化についてまとめる。
日本
日本は、世界最大のLNG需要国で、もともと長期契約割合が高い。
2020年、新型コロナウイルスの影響で需要が低下したため、DQTを行使したものの、LNGタンクの在庫は、いまだ長期契約分で満杯である。そのため、安価なスポットLNGが調達できず、高値での油価リンクLNGを調達せざるを得ない。スポット調達比率は、他国他地域と比較して非常に低い。一部の買主は、消費できない油価リンクLNGを、転売損覚悟でスポットLNG価格で売りに出しているともいわれる。
トップバイヤーの動きに倣い、カタールを始めとした売主との伝統的な長期契約を更改しない動きが、今後一気に加速する可能性がある。
スポット比率は、過去、大震災後であったとはいえ、30%まで上昇した経験があり、セキュリティー上も、そのレベルまでは拡大可能であろうと考えられる。
2019年スポット調達比率: 13%
主な調達国: 豪州、マレーシア、カタール
調達増加国: 豪州、パプア、米国
調達減少国: インドネシア、マレーシア、ナイジェリア、カタール、ロシア、UAE
中国
中国のLNG輸入は、伸び率は低下しながらも、引き続き、増加しており、2023年には、世界第1位のLNG輸入国となる見込みである。
CNOOC、CNPCは、既存長期LNG売買契約による調達が多い。一方、SINOPECや他の新興買主は、低価格のスポットLNG調達をエンジョイできる状況にあり、安価になったスポットLNGを急激に調達したため、中央アジアからのパイプラインガスの調達削減、国内産ガスの生産調整、ローリーLNGの安売り合戦等が発生し、国内ガス市場が一時的に混乱している。
2019年スポット調達比率: 42%
主な調達国: 豪州、インドネシア、マレーシア、カタール
調達増加国: 豪州、マレーシア、パプア、カタール、ロシア
韓国
韓国では、冬場、大気汚染対策として、石炭火力発電所を停止し、ガス火力発電所の稼働率をアップさせる政策から、LNG需要の増加が見込まれたものの、新型コロナウイルスの影響で需要が大幅に低下した。その結果、安価なスポットLNGが調達できず、高価格の油価リンク長期契約LNGの調達を続けている。秋からは、原発が順次、再稼働されるため、LNG需要の低下が見込まれる。
2019年スポット調達比率: 29%
主な調達国: 豪州、マレーシア、オマーン、カタール、米国
調達増加国: マレーシア、ペルー、米国
調達減少国: 豪州、インドネシア
インド
インドは、もともとスポットLNGの調達比率が高い。スポットLNG価格が下落すれば調達を増やし、上昇すれば、調達を削減する傾向がみられる。3月のロックダウン直後は、需要が大幅に低下したが、6月より安価なスポットLNGの調達が増加している。
2019年スポット調達比率: 52%
主な調達国: カタール
調達増加国: アンゴラ、オマーン、UAE、米国
調達減少国: カタール
台湾
台湾では、2016年の蔡英文政権成立以降、2025年までに原発を全停止させることが決まり、スポットLNG調達が急拡大し、それ以降、安価なスポットLNGを多く調達している。新型コロナウイルスの影響もほとんど受けておらず、国内LNG需要も順調に増加中である。
2019年スポット調達比率: 42%
主な調達国: 豪州、カタール
調達増加国: 豪州、米国
調達減少国: インドネシア、カタール、ロシア
欧州
2018年秋以降、米国産LNGを中心に世界の余剰LNGを多く受け入れ、スポット調達比率が急増した。その結果、TTFガス価格が史上最低レベルに低下した。新型コロナウイルスによる需要低下の影響も加わり、ロシア産パイプラインガス輸入量が2割削減されている。
2019年スポット調達比率: 33%
主な調達国: アルジェリア、ノルウェー、カタール
調達増加国: ノルウェー、カタール、ロシア、米国
調達減少国: ペルー


b.今後の世界のスポット調達比率予測
GIIGNLによる、世界のスポット、および、短期LNG輸入割合は、2004年の11.5%から、平均1.2%/年で継続的に増加し、2019年には33.5%に達した。このペースでスポット割合が増加した場合、2029年には、50%を超え、2030年には51%に達する見込みである。
2020年から2030年までに増加するLNG生産能力は、207MTと見込まれるが、2030年のスポット割合が5割に達すると仮定すると、新たに増加するLNG生産能力中、長期契約が獲得できるのは56MT(27%)、スポット契約での販売となるのは151MT(73%)と推算される。
今後、長期契約の締結は、減少していくとすると、少なくとも7割の長期契約を獲得してファイナンスを確定してきた、従来型のLNG液化プロジェクトの成立は、ますます難しくなっていくと予測される。

c.スポット調達比率に対する売買主の取りうる戦略
このような状況下、売買主の取り得る戦略について、以下にまとめる。
買主
買主は、長期契約の更改や新規長期契約締結を極小化し、安価なスポット調達比率を高めていく。たとえ長期契約を締結するとしても、例えば、ブレント10%台の極めて低い価格条件を備える長期契約や、または、市場価格であるJKMなどのスポットLNG価格リンクでの契約となろう。JKMリンク長期契約は、売主が買主への供給保証義務を担保するため、安定供給を重視する買主とは、Win-Winの関係を築くことができるであろう。
売主
メジャーズ、IOCは、今後油価が回復すれば、買主が決まらなくとも、長期油価リンク契約の超過利潤を元手に、自己資金でFIDすることが可能である。一方、北米新規LNGプロジェクトのFIDは、キャパシティーの7割にあたる長期契約を確保しなければファイナンスがつかないといわれている。デベロッパーは自己資金が十分ではなく、長期契約を担保とした借入に頼らなければならない。北米LNGプロジェクトは、過去、新たな柔軟性(仕向地フリー、キャンセル可能等)で買主の歓心を集めたが、このスキームにおいては、今後は、例えば、売主が価格リスクを取ったJKMネットバック価格、現状、液化コスト相当といわれるキャンセル料の割引(価格リスクを液化事業者とオフテーカーでシェアする)など、さらなる工夫が必要となろう。

d.日本は適応できるか?
2019年、日本の全LNG輸入量は、76.87MTであった。そのうち、スポット調達LNGは、9.7MT(13%)であった。ちなみに、長期契約量は、84MTであり、この差は、各社がDQTを行使したためと考えられる。
2020年時点で締結済みの2030年時点での長期契約量は、72.9MTに上る。2030年時点でのLNG消費量を、2019年LNG受入量と同レベルの77MTと仮定すると、この時点での日本の最大のスポット調達割合は、わずか、5%となる。一方、現在の傾向が継続した場合、2030年、世界では、前述の通り、スポットLNG調達割合は、50%に達すると見込まれ、国際的に、スポット価格が低下した場合には、日本の調達価格が他国に比べ高止まってしまうリスクがある。
次に、日本買主の、今後、最大調達可能な、スポットLNG比率の推移を示す。なお、ここで、2020年の長期契約量を100として、今後、各社の需要量は変わらず、2030年まで、それらの長期契約が終了した部分を、スポット調達が可能な契約数量と仮定した。
日本平均のスポットLNG調達比率は、2020年から低下し始め、2025年に、一旦底を打ち、その後、8割前後を推移する。
原燃料費調整制度下では、JLCを基準として調整が行われるため、スポット調達比率が日本平均と比較して小さく、かつ、スポットLNG価格が油価リンクLNG価格より低くなった場合、マイナスの影響を被ることになるため、注意が必要である。

(事例1)調達のプライオリティー
9月8-10日に開催されたGastech virtual summitにおける売買主発言記事を、以下に抜粋する。
日本買主
日本買主は、より柔軟なLNG供給へ要求をシフトしている。
「・・・5、6年先の将来のLNG需要を予測することはできない。ガス・電力自由化により、日本の買主の需要に不確実性が増大している。・・・日本の買主にとっては、供給の柔軟性が最優先事項となっている。過去、日本の買主の主な関心事は安定供給であり、次いで価格であった。しかし、先行きの不透明感が増してきた結果、日本のユーティリティーは、柔軟性を優先するようになってきている。・・・」
売主
買主の柔軟性への優先順位のシフトは、売主も感じ取っている。
「・・・長期契約、大型契約の確保はますます困難になってきている。 以前は、5MTPAの長期契約を勧めていたが、現在は0.5MTPAから1MTPAの取引を求める買主が増えている。この契約を締結するためには、同じくらいの労力が必要だ。・・・」

(事例2)QP、スポット市場参入
QPは、今後、LNG液化プラント6系列を増設し、LNG生産能力を、現状の77MTPAから126MTPAへの拡張する計画を進めている。また、テキサス州・Golden Pass LNG(16MTPA、ExxonMobilと共同、2025年生産開始予定)を建設中である。
アジアのLNG買主は、安価なスポットLNG価格を根拠に、価格引き下げや数量削減を要請してきたが、QPは、そのような値引き要請には応じないとされてきた。それが、一転、7月、SINOPECと、ブレントリンク10.19%の低価格で10年間の長期契約を締結したとの報道があった。
QPは、2025年にかけて、合計30MTPA超のアジア買主との長期LNG売買契約が期限を迎える。今後、スポット市場へ本格参入するかどうか、その行方が注目される。
(事例3)Petronas、スポット市場に参入
これまで、Petronasの主なLNG契約は、日本買主との油価リンク長期LNG契約であったが、2027年までに7MTPA近くの契約が期限を迎える。ちなみに、2018年に期限切れとなったJERA、東京ガスとの7.4MTPAの契約は、半分以下の量での更改となった。
同様の結果を懸念し、Petronasは、韓国や台湾でのポジションを強化するとともに、パキスタン、ミャンマー、バングラデシュ、インドなどの成長市場への進出を目指している。
ただし、前述のカタールも、2020年代、多くの既存長期LNG売買契約が期限を迎える。さらに、拡張分の新規長期契約確保に向けて、マレーシアと同様の国々をターゲットとしており、今後、売主間の競合激化が予想されている。

(4) Take or Pay
a.Take or Payとキャンセル権は妥当か?
2016年の公正取引委員会によるLNG取引に関するレポートにおいて、減価償却の完了しているLNG液化プロジェクトのLNG売買契約書にTake or Pay(TOP)条項が適用されるのは、独占禁止法違反の疑いがあるとの判断がなされている。
ここから、キャンセル権付米国産LNGについても、今後、減価償却が終了した場合は、独占禁止法違反となる疑いがあると判断される可能性があると演繹できる。
過去、LNGはコモディティーではなく、市場での販売を想定できなかった。さらに、巨額のLNG液化プラントを建設する資金を借入するためには、長期契約に基づいた安定収入で担保しなければファイナンスがつかなかった。これらの実務上の不都合を回避しLNG液化プロジェクトを推進するために、TOPが設定されたのは、当時は、やむを得なかったと解釈できる。
また、新規のLNG液化プロジェクト立ち上げを促進し、世界のLNG供給量をさらに増やし、安定供給を向上させていこうという、買主側の大所高所からの視点から、TOPが容認された可能性もある。
今後のLNG取引は、コモディティーの特徴でもある供給過剰が基調となるが、通常のコモディティーの場合、TOPやキャンセル権は、一定の事前期間での通告があれば、認められないのが妥当であろう。
また、ポートフォリオプレーヤーが台頭して久しいが、彼らは、既にLNG市場が成立しているため、買主が決まっていなくとも販売が可能であるとの見込みでプロジェクトを立ち上げている。同様に、キャンセルがあってもそれを売りに出す市場が成立していることを前提としているわけであり、論理的には、LNG市場の存在を前提とするポートフォリオプレーヤーが、TOPやキャンセル権、DQTの制限、長期契約を主張するのは、二律背反ということができるのではなかろうか。
(参考)公正取引委員会 液化天然ガスの取引実態に関する調査報告書(平成29年6月)
LNG取引の期間契約においては,通常,年間契約数量から削減許容量の規定を買主が行使した数量を差し引いた残りの引取義務数量に対し,買主の実際の引取数量がなお不足する場合,買主が当該不足分の代金の全額を支払う義務を負うとする「Take or Pay条項」を規定している。
巨額の初期投資と融資を必要とするLNGプロジェクトにおいては,需要者による安定的な代金全額の支払保証が最終投資決定(FID)の重要な要素となる。この意味において,LNG取引の期間契約にTake or Pay条項を規定することには,一定の必要性・合理性は認められ,直ちに独占禁止法上問題となるものではない。ただし,LNGプロジェクトの初期投資に係る金融機関からの貸付金の弁済後においても,Take or Pay条項を適用することとしている契約もあるところ,供給者からは,初期投資回収後も原料ガスの生産量を維持するためにガス田開発等への追加投資が必要であるという指摘がみられるものの,初期投資の額に比べれば追加投資の額は大きくない。他方,年間契約数量は契約締結時に取り決めるものであるため,その後の需要変動等により,あらかじめ取り決めた年間契約数量を買主が引き取ることが困難となる場合も発生し得る。
したがって,売主の取引上の地位が買主に対して優越している場合に,初期投資回収後において,買主と十分協議することなく一方的に,厳格な引取義務数量を定めた上でTake or Pay条項を課すことは,独占禁止法上問題(優越的地位の濫用)となるおそれがある。
(事例1)PGNiG、Gazpromから賠償金、TOP条項に関する国際仲裁裁判所判決
1996年、ヤマルパイプラインガス売買契約(10.2Bcm/年)の開始以降、ポーランドは、ベラルーシとウクライナを経由して、ロシアのガスを購入してきた。2010-19年の平均輸入量は12Bcm/年に上り、ポーランドの輸入量の大部分を占めた(2019年は輸入量の67%)。
ただし、近年、ロシアからの輸入量は着実に減少しており、現在は85%のTOPレベルをわずかに上回る程度となっている。2022年末、この契約は終了する予定で、PGNiGは、契約を延長しない旨、Gazpromに通告済みである。ポーランドは、新たなバルチックパイプラインを経由して、同社が保有するノルウェーのガスで、ロシアからのガス輸入を代替したいと考えている。
ロシアからのパイプラインガス価格は石油に連動していたため割高となっていたが、TOP条項によって、PGNiGは安価なスポットガス調達を制限されていた。PGNiGは、これを、西欧の市場価格に近づけるため、石油指標価格の引き下げを求め、2016年から仲裁手続きに入っていた。
また、それ以前の2012年、PGNiGは、欧州委員会によって部分的に調停された法廷外の和解によって、契約の一部をガスとの価格比較で推定15%の価格引き下げに相当する価格算定式の変更を確保していたが、西ヨーロッパの市況をより良く反映するために、価格設定式をさらに再交渉することを望んでいた。
2020年3月30日、ストックホルムの仲裁裁判所が出した最終判決によると、PGNiGが価格再交渉要求を開始した2014年11月に遡って、西欧の市場価格に連動した価格計算式でこの契約が改定され、Gazpromは、PGNiGに対して、$1.5Bの支払いを命じられたという。

b.キャンセル権の効用
LNGカーゴを引き取らない状況での代金支払いという点においては、Take or Payと同様の仕組みながら、米国産LNG契約の特徴の一つであるキャンセル権(事前通告し液化費用相当分を支払えばLNG契約数量を全量でもキャンセルできる権利)が、買主に、大きなフレキシビリティーを与えている。
TOPは、買主が、DQT以上に引取数量を削減せざるを得なかった場合、DQT以下のLNG数量の代金を、当初の調達予定通り先払いし、売主の収入を安定させる仕組みである。当該LNGは、翌年以降、売主の供給余力があるときに、追加支払いなしに調達が可能となる。ちなみに、近年、LNG液化プラントは、一般的に稼働率80%台で推移しており、翌年には、ほぼ調達が可能である。
TOPのコストは、一年間の金利分に相当する。油価$60/bblの時、LNG船1隻分のLNG支払代金は、$31Mであるから、金利5%/年とすれば、買主が負担する費用は$2Mとなる。
一方、米国産LNGのキャンセル料は、液化コスト相当分$2.5/MMBtuで、$8Mに上り、数字上は、TOPコストよりキャンセル料の方が高いように見える。
ただし、供給過剰が継続し、翌年Make upカーゴを引き取っても、結局、転売しなければならない場合、2020年春に油価リンク長期契約LNGをその1/4にも値を下げてスポットLNG価格で転売した例に倣えば、その差損は$23Mにもなり、キャンセル料$8Mを大きく上回ることになる。このように、買主は、キャンセル権の存在によって、LNG転売損を大幅に圧縮できるのである。
(5) 価格指標
スポットLNGは、古くは当該プロジェクトの油価リンク長期契約見合い価格で取引されたり、そのスポット取引毎に個別に価格交渉が行われたりしてきた。一方、昨今のように、多くの売買主が、スポットLNG市場での取引に参加する場合、その時点での市場参加者に共有される相場観がないと、円滑な取引に大きな支障を来すことになる。スポットLNG取引拡大のためには、スポットLNGの現在の市場価格がいくらなのか、いわゆる、プライスディスカバリーが必要不可欠となる。
a.スポットLNGのプライスディスカバリー
スポットLNGの価格情報を提供している企業は、Platts、Argus、RIM、ICIS、ICEなど、数社がある。そのなかから、北東アジアスポットLNG価格として広く通用するJKMを発行している、S&P Global Plattsについて、下記に紹介する。
S&P Global Platts
Platts(S&P Global Platts)は、商品・エネルギー市場の情報と、ベンチマーク価格を提供する、独立系のリーディング・プロバイダーである。190カ国でサービスを提供し、ニュース、価格設定、分析の専門知識を活用して、市場の透明性と効率性を高めている。
Plattsは、中立的な第三社査定機関として、日々、マーケットを観察し、アセスメントを発行している。スポットLNGに関する、代表的な査定価格がJKMである。スポットLNG価格をアセスメントする方法と、原油や石油価格をアセスメント方法に大きな違いはない。Plattsの石油関連アセスメントは、既に、世界中の、スポット、および、ターム契約に、数十年と使用されてきた実績がある。
マーケットの上下によって、Platts自身の利益や損失は影響を受けない。もちろん、特定の市場参加者に有利な価格、あるいは偏った価格は提供しておらず、その事業運営は、IOSCO(証券監査者国際機構)およびEBMRの厳しいレギュレーションに準じている。
b.価格査定方法
コモディティー価格の査定方法には、市場の特性によって、MOC(マーケット・オン・クローズ)と、インデックスの2種類がある。例えば、石油やLNGのようなカーゴマーケットでは、MOCメソドロジーに準じて、価格、数量、品質等すべての情報を精査する。一方、米国、欧州ガスや電力のように、取引件数が多く、数量、品質等が一定のコモディティーには、インデックスが適用されている。

MOC(Market on Close)
MOCには、情報収集方法別に、ソース MOC / マニュアルMOC / eWindow MOCがあり、Plattsのマーケットレポーターが、それぞれ、電話、インスタントメッセンジャーおよびチャット用アプリ、または自社のeWindowで買手と売手が直接買い・売り唱えを載せた情報等、オンラインのコミュニケーションツールで情報を収集、共有する。
情報は、「MOC」と呼ばれる市場終了30分前の締め切りまでに買い・売り唱えを載せることが可能である。それ以降は、リアルタイムに価格を上げ・下げすることにより、eWindowなどのリアルタイムツールを通じて情報が公開される。MOCへの参加/不参加は、市場に参加する各社が独自に判断し、また、Plattsの査定価格を使用するかしないかも、各社の判断による。
LNGは、熱量、不純物、容量等、1隻毎に取引条件が異なり、スペックが単一化されておらず、値付け時の障害となる。しかし、ノーマライゼーション手法が、整備、公表され、日々、それに則って、査定価格が決められている。他のコモディティーでも、長年に亘って、同様の手法が用いられている。
最終的に、Plattsのレポーターによって、MOCの終了時までに集められた情報に基づき、特定タイムスタンプ付の価格アセスメントが作成される。
インデックス
市場参加各社のバックオフィスからの取引データの報告によって価格指標を形成する。評価プロセスでは、データの加重平均や様々なテストを適用してアセスメント過程を導き出す。この方法の適用は、パイプラインガスや電力など、商品が標準化されていること、膨大な成約数が取引されることを前提とする。インデックス・メソドロジーの過程でもMOCメソドロジーと同じく、レポーターの裁量が適用される。

c.価格指標利用拡大の動き
JKM先物取引は、拡大を続け、市場流動性を示すチャーンレートは0.4まで増加し、いまや、スポットLNG取引の7割がJKMを用いているともいわれる。ただし、成熟したコモディティーとされる、ブレント、WTIのチャーンレートは10以上で、ここまで成熟するには、上場から20年間を要している。
JKMは、スポット・短期のみならず、中長期LNG売買契約や、パイプラインガス供給契約の価格指標としても採用され始めている。
(事例1)広東エネルギー、ダイヤモンドガスインターナショナルとJKMディスカウントで中期契約締結
7月、広東エネルギーが、ダイヤモンドガスインターナショナルとの間で年間4貨物の4年契約を締結した。価格はJKM価格に比べて15¢/MMBtuのディスカウントとなっているという。これは、ダイヤモンドガスの中国との初の定期契約であり、最初の貨物は9月に予定されている。
(事例2)BP、ENN、Foran Energyへのガス供給契約締結
7月、BPは、ENNに、2021年から2年間、0.3MTPAのLNGを再ガス化しパイプライン供給する契約を締結した。価格指標は、JKMと連動しており、$2/MMBtuの再ガス化とパイプライン輸送のプレミアムが付加されているとのことである。また、同月、BPは、2021年から2年間、最大0.6MTのLNGを再ガス化し、Foran Energy(旧佛山ガス)にパイプライン供給する契約を締結した。価格は、JKMと連動し、プレミアムが付加されているという。
これらは、LNGスポット価格指標が、中国のパイプラインガス供給指標として採用された初めての例となる。ちなみに、これらの契約に関するLNGは、大鵬LNGターミナルに輸入され、再ガス化されて、パイプラインガスとして供給される。BPは、大鵬LNG受入基地の30%の株式を保有していることから、2MTPA相当の基地容量を保有していることになる。
(事例3)中国SHPGX、JKM現物取引開始
8月、中国の上海石油天然气交易中心(SHPGX)は、国際LNGトレーディングのオンラインプラットフォームのトライアル運用を開始し、SINOPEC、CNOOCは、これを通じて、Totalから、LNGを1隻ずつ調達した。PetroChina、Glencoreも入札に参加したといわれている。
SHPGXは、この取引を公式WeChat上で報告した。価格などの取引内容は未公表であった。

d.日本のガス価格指標の将来
一時、各国で独自LNG指標の制定を目指す動きがみられたが、シンガポールではシンガポールLNGインデックスグループ(SLInG)の利用者が増えず、昨年、廃止された。中国では、上海石油天然气交易中心(SHPGX)が、国際LNGトレーディングのオンラインプラットフォームのトライアル運用を開始したが、いまだ試験段階で取引量は限定されたものとなっている。一方、欧州では、EU統合によって、各地でLNG受入基地が建設され、ガスパイプライン網が整備された。その結果、北西欧州に巨大な単一ガス市場が出現し、TTFや、NBPなどのガスハブ価格が、20年間ほどの時間をかけ確立してきた経緯がある。
日本にはガスハブが存在していないが、ガス取引を取り巻く状況は、欧州とは大きく異なる。
まず、国産ガス資源が限定されている。また、その減退ガス田を転用した地下ガス貯蔵容量も小容量である。次に、全国的な天然ガス高圧パイプライン網が整備されていない。さらに、大陸からのパイプラインガス供給もない。パイプラインは、主要都市間に需要がない場合は採算性が低いといわれている。パイプラインによるガス輸入は、地下ガス貯蔵とのミックスでこそ意味がある。過去、人工的な地下ガス岩盤貯蔵設備が検討された経緯もあるが、実現には至っていない。また、国際ガスパイプラインについては、過去のウクライナパイプラインガス供給遮断にみられるように、供給安定性が国際情勢に大きく左右される側面も考慮しなければならない。
近年、取引量がここまで増加してきたスポットLNGが世界のガス価格をつなぐなか、今後、このペースで流動性等が向上していけば、日本:Japanの名のついたJKM、北西アジアスポットLNG査定価格等が、アジアにおいて、欧州ガスハブ価格に相当するポジションを占めるのは時間の問題といえるのではなかろうか。
この早期実現のためには、引き続き、アジア太平洋地域はもとより、世界全体のLNGインフラや制度を整備してデマンドクリエーションを推進し、流通量を増やすことによって、LNG供給の安定性や柔軟性をさらに向上させていくことが重要であろう。
(事例1)東商取、LNG先物商品設計、今年度内に
9月、東京商品取引所(TOCOM)は、本上場に向けて、現在約45社いる取引参加企業の一層の拡大に努める考えを示した。本上場は「(試験上場期間の)3年を待たず、(経済産業省への)申請の機が熟するよう最大限努力する」と強調した。
検討中のLNG先物市場は「できるだけ電力先物市場の本上場の時期に合わせて上場したい」と述べ、原油やLNGを含む燃料先物と電力先物市場を備えた「総合エネルギー取引所」の早期確立に意欲を示した。LNG先物の商品設計は、年度内にも固めたい考えを示した。
LNGについては非効率石炭火力の早期削減方針などを念頭に、発電用燃料としての重要性が増し、現状は安価でも将来は価格に不確実性があるとの認識を示した。LNG先物市場は北東アジア着のスポット価格指標「JKM」を採用する方針である。LNGと電力の両先物市場を使って、電気事業者がLNGの仕入れ価格と電力の販売価格を固定し、マージンを確定する取引(スパーク・スプレッド)ができる環境を整えたい、とした。
(6) LNG価格の安定化
LNGの価格変動には、毎日の需給やトラブルなどを反映したスポットLNGの「短期的な日々の価格変動」と、油価リンク長期契約LNGとスポットLNGの価格全体に関する、より「長期的な価格水準の変動」の2つの要素がある。
天然ガス・LNGの消費は順調に伸びているものの、石油、石炭に続く、主要な1次エネルギーの一つとしては、まだ、これら2つの変動については、安定性を向上させる余地があるといわざるを得ない。
a.短期的な日々の価格変動
短期的な日々の価格変動については、各社でデリバティブ(先物、スワップ、オプション)などを使ってヘッジすることができる。また、LNGのコモディティー化が進むなかで、通常の市場の需給を介した価格収束作用が機能してきている。
LNG価格下降局面
価格下降局面においては、以下の動きによって、スポットLNG価格は底上げされる。
- スポットLNG価格が低下すると、価格に敏感な中国の新興買主、インド、タイなどの新興国を中心に、スポットLNGの需要が拡大する。
- TTFが、米国産LNGのSRMC$2/MMBtu以下になると、米国産LNGカーゴがキャンセルされる。
- 基本的にJKMはTTFより高めで推移するが、JKMも、多くのLNG液化トレインのSRMC$2/MMBtu程度まで低下すると、減価償却の完了/未完了にかかわらず、プラントの稼働が引き下げられ、または、停止される。
LNG価格上昇局面
価格上昇局面においては、以下の動きによって、スポットLNG価格の上値が抑えられる。
- スポットLNG価格が上昇すると、価格に敏感な中国の新興買主、インド、タイなどの新興国を中心に、スポットLNGの需要が減少する。
- LNG液化プラントの稼働率が上がり、スポットLNGが増産される。近年、LNG生産能力の余力は増加傾向にある。
- LNG市場のパイ自体が年々拡大しており、東日本大震災時の急激な需要急増による価格スパイクは、年々緩和される方向にある。JKMの短期的な日々の価格変動を示す標準偏差は、年々低下する傾向を示している。


b.長期的な価格水準の変動
一方、長期的な価格水準の変動は、LNG液化プロジェクトの投資サイクルが長く、将来需要の予測が難しいこと、また、供給量を統制する機関が存在しないことに起因している。
この長期的な価格水準の変動を安定化させるには、需要、供給、価格のどれかを、長期的にコントロールする必要がある。
LNG需要に対しては、ガス価格のコントロール等によるデマンドサイドマネジメント適用の可能性はあるものの、実効性や迅速性の観点からコントロールは困難と考えられる。
LNG価格自体の統制については、例えば、適正と考えられるLNG価格を全世界に一律適用しようとしても、誰が管理、監視するのか、実勢価格との乖離による裏価格取引が発生するのではないか、そもそも各国各社が適正価格に同意するのか等、数多くの課題が想起される。
LNG供給については、OPECプラスの原油生産量調整のようなカルテルが成立すれば、調節できる可能性があるが、これに、自由主義経済圏の豪州、米国が同意するとは思われない。
長期的なLNG価格水準の変動は、LNG液化プロジェクトのFIDの時期と量に大きく左右される。今後は、前述の通り、2030年までに200MTPA規模で追加のLNGが生産され、そのうち、1/4が長期契約分、3/4がスポット契約分になると試算される。
FIDを待つ主なLNG液化プロジェクトのブレークイーブンと、積算生産量を確認する。今後、豪州での新たなLNG液化プロジェクトの発進は難しいが、生産コストの低いカタール、そして、資金力のあるロシア等のNOCが、若干の遅れはあるものの、ほぼ予定通りFIDしてくることは、共通認識となっている。
米国では、2012-16年にFIDしたファーストウェーブLNGプロジェクト70MTPAの生産が、既に始まっている。セカンドウェーブLNGプロジェクト180MTPAのうち、FID済みの30MTPAが、今後立ち上がってくることにより、2025年にはカタール、豪州を抜いて世界最大のLNG輸出国となるとみられている。
米国産LNGは、仕向地フリーとキャンセル権で柔軟性向上に貢献したが、セカンドウェーブLNGプロジェクトの残る150MTPAが、現在、経済状況の改善を待って休眠中である。従来と同様のスキームでFIDするには、生産能力の7割程度、100MTPAの長期契約の獲得が必要となるが、前述の試算によると、2030年までに獲得できる長期契約は、200MTPAの1/4しかない。
過去の豪州や、米国ファーストウェーブLNGプロジェクトの例では、油価の高値安定に引き続き、FIDの準備に必要な3年程度の遅れを経て、FIDブームが訪れた。今後、油価が超過利潤を生むレベルが一定期間、維持されれば、現在休眠中の米国セカンドウェーブLNGプロジェクトが、今度は、資金に余裕があり、長期契約に頼らずに済むNOCやIOC主導で復活し、FIDされる可能性がある。
特に、2022-24年、油価が回復し、スポットLNG価格が上昇して、マーケットの機運が好転した時点で、多くのプロジェクトが、将来の価格予測がLRMC以下であっても、油価リンク長期契約LNGから得られる超過利潤があるうちに、これを原資としてFIDに踏み切る可能性がある。
なお、この高油価による超過利潤に基づきLNG液化プロジェクトがFIDに踏み切る流れは、当面変わらないため、実需要を上回るLNG液化設備が建設されていく傾向は、今後も続くと考えられる。このため、長期的なLNGの価格水準自体は、想定リターンにおけるLRMCは下回り、キャッシュアウトとなってしまうSRMCは上回る、このレベル間を推移していくと予測される。


4. グリーンLNGの価格に対する影響
GHG排出量の削減は、炭素排出権や炭素税など、経済的なモチベーションから推進されるのはもちろん、グリーンを必須とする世論に対する企業経営の誓約としても、日々重要度を増してきている。
また、新型コロナウイルスの蔓延が、欧州グリーン政策、および、メジャーズ各社のエネルギートランジションを加速させている。
天然ガス・LNGは、石炭火力の代替燃料、再生可能エネルギーの補完燃料、青色水素(ガス+CCS)の原料等、大きな役割を果たす可能性が高く、ネットゼロ戦略の鍵を握っている。
一方、他の化石エネルギーと比べてCO2排出量が少ないとはいえ、デファクトスタンダード化しつつある2050年ネットゼロの目標達成のためには、今後、天然ガス・LNGについても、CO2排出量の大幅な削減が必要となる。そのため、今後、より迅速に、より大きなステップを踏んでいかねばならない。
a. 現在実施中のグリーンプロジェクト
LNGは、ガス生産、液化、輸送、再ガス化の各プロセスを経て消費地に運ばれ、最終的に燃焼することにより、使用されているが、そのすべての段階で、CO2を排出する。
現在、炭素回収・隔離(CCS)設備を備えたLNG液化プラントは、ノルウェー・Snohvit LNGや豪州・Gorgon LNGなど、世界でも数カ所にしか存在していない。QPは、昨年、210万トン/年の炭素隔離プロジェクトを開始し、4トレイン拡張の一環として、これを2025年までに500万トン/年以上に拡張する計画である。
カーボン・ニュートラルLNG取引の新しいトレンドは、過去1年半の間に、Shell等から、カーボン・ニュートラルLNGが、日本、韓国、中国、インドの買主に売却されたことに端を発している。これらのカーゴは、植林や森林再生などのプロジェクトを利用してCO2排出量を相殺している。Pavilionが3月下旬におこなった、2023年から5年間の2MTPAの入札では、カーボンオフセットに加え、GHG排出量の測定、報告、検証のための具体的な方法論の開発と標準化への協力を義務付けており、グリーン化の傾向がエスカレートしていることを示している。
今後のエネルギーデマンドセンターとなるアジアが最大のワイルドカードであるが、そのなかでもGHG排出の大きな割合を占める中国は、2060 年までにカーボン・ニュートラルを達成することを公約しており、そのためには、再生可能エネルギー、CCS、水素の利用割合を高めるのはもちろん、同時に、ガスのシェアを高める必要がある。石炭に大きく依存する世界の成長センター中国が、今後どのようなエネルギーミックスを描くのかが、注目される。
b. コストの増加とLNG需要への影響
カーボン・ニュートラルLNGを提供することで、売主は競争優位を確保でき、買主はGHG排出量を削減できる。
LNG船1隻分のLNG7万トンが、生産、輸送、消費された場合、30万トンのCO2が発生する。標準的なカーボンオフセットコストは、Origin Energyによると、$0.7-1.6/MMBtu、GIIGNLによると、$0.6/MMBtuと試算されている。これは、スポットLNG価格を$5/MMBtuとした場合、1-3割のプレミアムとなる。
このコストは、生産者、輸入業者、消費者によって負担されることになる。ちなみに、カタールとロシアのLNGプロジェクトは、生産コストが低く、オフセットコストが加わっても競争力があるとみられている。
LNGは、グリーンであると同時に、持続可能で手頃な価格で入手できることが期待されており、今後は、リニューアブルとの競争が激化するなか、オフセットコストの削減努力も重要となる。また、オフセット需要の増加は、カーボンクレジットの不足、高騰につながる可能性も指摘されている。
なお、脱炭素化政策や、再生可能エネルギーや蓄電池の普及は、欧州や北米の長期的なガス需要を下押しすることになるとみられている。Energy Intelligenceによると、LNGが脱炭素化の取り組みの強化に直面した場合、世界のLNG需要の伸びは、2020年から35年までのベースシナリオである年率3.4%から2.1%に減速する可能性があると予測している。
5. 求められるLNGの姿と売買主が取り得る戦略
LNGは、組成の違いからくる、多少の熱量差、密度差等はあるものの、物理的には、それほど大きな違いはない。したがって、市場では、今後グリーンを含めたプロジェクトの特性と、価格や柔軟性等の契約条件によって差別化されることになる。
天然ガスは、リニューアブルとのベストミックスエネルギーといわれ、高性能蓄電池の開発がない前提で、2050年まで順調に拡大していくとみられている。
今後は、安価なスポットLNG価格がスポット調達比率拡大を加速し、買手市場がベースとなるなか、売主は、それぞれのLNGプロジェクトの得意分野を打ち出し、買主にアピールしていく局面になる。
以下に、今後、求められるLNGの姿と、売買主が取り得る戦略についてまとめる。
求められるLNGの姿
低コスト
- 大型ガス田で効率的にガス生産
- 大型液化プラントで高効率に液化
- 近距離のプロジェクト立地で輸送費を低減
- 大型LNG船で輸送効率アップ
低エミッション
- メタンやCO2排出量の測定方法等が確立
- GHG排出量が少ない
- カーボンオフセットやCCUSを活用
高セキュリティー
- ガス田からの供給や液化プラントの運転が安定
- いつでも欲しいときに調達可能
高フレキシビリティー
- スポット調達
- 数量を変更幅が大きい or 夏冬比率が大きい
- 仕向地制限がない
- TOP、キャンセル料がない
- 配船変更に柔軟に対応可能
以下に、今後、売買主の取り得る戦略についてまとめる。
売主の取り得る戦略
- 先発優位。他の売主に先行して、買主の求める契約条件を最大限取り入れ、新たな長期契約の獲得に努める。
- 環境制約の進展が社会全体の大きな流れであることを受け止め、メタンエミッション・CO2排出量を削減する。
- リニューアブルとの本格的な競争に備え、コストダウンを推進する。
- 座礁資産化の懸念に備え、アセットライトな事業のあり方にも留意する。
- なるべく早期に投資する。(投資回収が長期に亘る、今後環境制約が厳しくなる、リニューアブルとのコスト競争が既に始まっていること等から)
- 一方、天然ガス・LNGへの投資は、カーボン・ニュートラル化のためにも必要不可欠であることを忘れず、短期的なLNG価格の変動に惑わされないことも重要。
買主の取り得る戦略
- 安価なスポット調達割合を増やす。
- 供給過剰の時点に合わせて、安価な長期契約締結も考慮する。
- 買手市場を活用し、柔軟性の高い契約の獲得に努める。
- チャンピオンバイヤーの長期対スポット比率を注視する。特に、原燃料費調整制度下で、油価リンクLNG価格>スポットLNG価格となった場合に、自社調達の平均LNG価格が、JLCから乖離し不利とならないよう留意する。
- デリバティブコンピタンス、トレーディング機能の強化で、急激な需要減少や、スポットLNG市場価格の高ボラティリティーに備える。
- 既存長期契約諸条件の改善に努める。
6. おわりに
半世紀前、一対一対応のコストベース取引から始まったLNG取引は、その後、徐々に規模を拡大してきたが、2000年代半ば以降到来した、高油価に依拠する超過利潤の恩恵により、メジャーズのポートフォリオプレーヤー化と、LNG液化プロジェクトのFIDブームがもたらされた。
輸送に優れるLNGが世界をつないだ結果、グローバルなガス・LNGの市場価格が形成され、スポットLNG価格指標がプレゼンスを増すなか、昨年来、果たして、設備産業の性でもあるLNG大量生産が開始され、LNGのコモディティー化が一気に顕在化した。
そこに、新型コロナウイルスと油価下落が影を落とした結果、スポットLNG価格は歴史的な水準まで低下している。
一方、伝統的なLNG売買契約は、長期間に亘り売買主間の取引を堅固に維持するという、当初の目的をいまだ忠実に果たし、その結果、油価リンク長期契約LNG価格と、スポットLNG価格が市場に並存する、一物二価の遷移期が到来している。
今後、OPECプラスにコントロールされる油価に基づいた伝統的な油価リンクLNG価格と、天然ガスの需給で決定されるスポットLNG価格は、お互いに影響を及ぼしながらも、その出自の違いから、より一層乖離が進んでいく。
今回の新型コロナウイルスの蔓延や油価下落を含め、市場が混乱する毎に、変化のスピードは波状的に加速され、水が低いところに向かって流れるように、市場は自ら課題を浄化しながら、一物一価へ収束していくであろう。
リニューアブルや水素と相性の良いエネルギーとして、天然ガス・LNGの消費は、今後も拡大していくとみられているが、グリーンLNGの拡大の先には、炭化水素資源の座礁資産化懸念も視野に入ってきている。
環境の変化に取り残され、自然淘汰されてしまわぬよう、LNGプレーヤー各社の生き残り戦略が試されている。
以上
(この報告は2020年10月13日時点のものです)