ページ番号1008884 更新日 令和2年11月13日

(続報)ナゴルノ・カラバフ紛争:2020年武力衝突4回目の停戦合意、勢力図に変更

レポート属性
レポートID 1008884
作成日 2020-11-13 00:00:00 +0900
更新日 2020-11-13 10:37:40 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 基礎情報
著者 四津 啓
著者直接入力
年度 2020
Vol
No
ページ数 7
抽出データ
地域1 旧ソ連
国1 アゼルバイジャン
地域2
国2 アルメニア
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 旧ソ連,アゼルバイジャン,アルメニア
2020/11/13 四津 啓
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概要

  • 1994年の停戦合意以降で最悪となったアルメニアとアゼルバイジャンによるナゴルノ・カラバフにおける戦闘は、10月中に3回の停戦が合意されるも履行されず、泥沼化していた。11月9日、ロシア・プーチン大統領の仲介のもと両国首脳が停戦に関する共同声明に署名し、10日午前0時からの停戦で合意した。今回は今のところ、実際に停戦されている模様。
  • 紛争では最新の兵器を持つアゼルバイジャンが6週間超に及ぶ戦闘を有利に進め、ナゴルノ・カラバフの南部の多くの地域を掌握した。今回の停戦合意では、これまでに双方が掌握した地域を自らの勢力圏とすることとなっており、アゼルバイジャンが奪還した地域は今後もアゼルバイジャンの支配下に置かれることとなり、さらにナゴルノ・カラバフ西部と東部地域からもアルメニアが撤退する。1994年以降、アルメニアの勢力圏にあった「ナゴルノ・カラバフ共和国」の大半がアゼルバイジャンに移管され、アゼルバイジャンにとって実質的な勝利になった。
  • 今回はロシアが平和維持部隊を紛争地に派遣し、中期的に停戦が守られると見られる。しかし最終的解決には程遠い。アルメニア国内では停戦合意に不満を持つ群衆による暴動等も生じており、アルメニアでの反政府活動による混乱が懸念される他、戦闘地域に流入したとされるテロリスト集団の今後の動向にも注意が必要だ。
図1 停戦合意後のナゴルノ・カラバフ勢力図
図1 停戦合意後のナゴルノ・カラバフ勢力図。
緑線で囲まれた地域が旧ナゴルノ・カラバフ自治州。黄色部分が今回の戦闘でアゼルバイジャンが掌握した地域。赤い斜線部は今回の合意によりアルメニアが段階的にアゼルバイジャンに引き渡す地域で、1がケルバジャール、2がアグダム、3がラチン。黄色の旗印は停戦監視所が設置される場所を示す。合意内容は後述。(出典 RIA 2020年11月11日)

(出所 インタファクス、コメルサント、TASS、BBC等各種報道記事 他)


1. 2020年秋の衝突:10月の3回の停戦合意

アルメニアとアゼルバイジャンの歴史的な係争地ナゴルノ・カラバフで9月27日朝に勃発した軍事衝突は、ナゴルノ・カラバフ東部を中心に戦闘地域が拡大し、急激にエスカレートした。アゼルバイジャン、アルメニアは互いに相手が先に攻撃を仕掛けたとしており、真相は不明のままである。

衝突勃発直後から戦闘停止を呼びかけてきたロシアの仲介により、10月10日正午に最初の停戦合意がなされた。これはアゼルバイジャン、アルメニア、ロシアの外相が長時間にわたる協議の結果、捕虜の交換、遺体の返還など人道的目的のもと合意したものだったが、停戦開始直後も戦闘は継続され、停戦には至らなかった。

その1週間後の17日、ロシアからの再度の働きかけにより、アルメニア、アゼルバイジャン外務省が共同で停戦合意を発表。18日午前0時に停戦を開始するとされたが、またしても定刻直後に砲撃が始まり、両勢力が互いの停戦違反を非難し合い、停戦は実現されなかった。

さらに25日、今度は米国のポンペオ国務長官がアゼルバイジャンとアルメニアの外相をワシントンに招いて協議し、再び停戦に合意したことを発表。26日午前8時に停戦開始とされたが、3度目の正直とはならず、戦闘は継続された。

図2 バクーから延びる国際パイプライン
図2 バクーから延びる国際パイプライン(各種情報に基づき作成)

停戦が成立しない中、アゼルバイジャンは10月6日にBTCパイプライン[1]、18日にBaku-Novorossiyskパイプライン[2]がアルメニア側から攻撃を受けたと発表し、国際社会に対してアルメニアがカスピ海からの資源輸送に脅威を与えていると訴えた。ロシアや欧米企業も参加する国際資源開発事業に危害を加えれば国際社会からの支持が遠のきかねないことを踏まえれば、アルメニアが積極的にアゼルバイジャンの石油・ガスインフラを攻撃することは考えにくく、また今回の実際の戦闘でも被害はなかった。しかし、戦闘が長期化し激しさを増せば石油・ガス事業も被害を受けるリスクが高まるとの懸念は常にあった。

その他、アゼルバイジャン第2の都市ギャンジャや、アゼルバイジャンの電力供給の拠点であるミンゲチェヴィルもアルメニア側から砲撃を受けたとされ、また、ナゴルノ・カラバフの中心都市ステパナケルトや第2の都市シュシャなど市街地にもアゼルバイジャン軍による攻撃が加えられ、ナゴルノ・カラバフから人口の半数が域外に避難したとされる他、医療施設や文化的建造物にも被害が及び、一連の戦闘による死傷者は市民を含めて双方で数千人規模に上ったと見られる。


[1] バクーからジョージア経由でトルコ地中海沿岸まで伸びる原油パイプライン。総延長1768キロメートル。輸送量100万BD。

[2] バクーから北上してロシアに入り黒海沿岸のノボロシースクまで伸びる原油パイプライン。総延長1330キロメートル。輸送量10万BD。


2. 11月9日の停戦合意

潤沢な石油販売収入で軍事的に優勢なアゼルバイジャン軍は、6週間続く戦闘で、装備、規模で劣るアルメニア側を消耗させ、10月下旬にはナゴルノ・カラバフ南部のイラン国境地帯を制圧し、さらに北上して、アルメニア本土とナゴルノ・カラバフ中心部を結ぶラチン回廊に迫り、また11月8日にはナゴルノ・カラバフ第2の都市シュシャを制圧した。シュシャは「ナゴルノ・カラバフ共和国」首都ステパナケルトから南に10キロメートルあまりしか離れていない高台にあり、文化的・戦略的重要地点である。アルメニア側にとってシュシャの陥落はステパナケルト攻略に向けた王手であり、衝撃的な敗退だった。

表1 アルメニア、ナゴルノ・カラバフ、アゼルバイジャンの軍事力比較
10月末時点でアルメニア、ナゴルノ・カラバフは戦車や砲台の大半を消耗していたと見られる。
 

軍人

(千人)

予備役軍人

(千人)

国防予算

(十億ドル/年)
軍用航空機 軍用ヘリコプター 戦車 装甲車両 砲台数
アルメニア 45 210 0.625 14 30 109 約600 230
ナゴルノ・カラバフ 20 30 NA 2 10

NA

 

NA NA
アゼルバイジャン 67 300 2.24 36 70 440 約900 600

(出典 コメルサント 2020年9月27日から作成)

 

11月10日未明、プーチン大統領が、アルメニア・パシニャン首相、アゼルバイジャン・アリエフ大統領と連名による停戦合意に関する9日付の共同声明を発表。首脳らが直接合意したこと、ロシアが平和維持部隊を派遣することが盛り込まれていることは、これまで3回の停戦合意(首脳名の合意もあったが、協議主体は大臣レベル)と決定的に異なっており、中期的な停戦の実現が見込まれる。また、これは停戦の合意ではあるが、アゼルバイジャンが今回の戦闘で掌握した地域を管理下に入れ、さらに「ナゴルノ・カラバフ共和国」の中心部分以外を段階的にアゼルバイジャンに移管すること、ラチン回廊は維持されるが、アルメニアの西にありアゼルバイジャンの飛び地であるナヒチェヴァンとアゼルバイジャン西部を結ぶ道路を整備することが規定されており、実質的にアルメニアの敗北を認める声明である。共同声明の具体的な内容は以下のとおり。

  1. ナゴルノ・カラバフ紛争に伴う全ての戦闘行為をモスクワ時間2020年11月10日午前零時(現地時間では1時)に停止する。アゼルバイジャン共和国とアルメニア共和国、以下「当事国」、は確保した領域に留まる。
  2. アグダム地域(冒頭図1の赤い斜線部2番)は2020年11月20日までにアゼルバイジャンに返還される。
  3. ナゴルノ・カラバフ境界線及びラチン回廊に沿って、小銃を備えた1,960人の軍人、90の装甲車、380台の特殊車両からなるロシア連邦の平和維持部隊が配備される。
  4. ロシア連邦の平和維持部隊は、アルメニア軍の撤退と並行して展開される。ロシア連邦の平和維持部隊の駐留期間は5年間であり、その満了6か月前にこの規定の適用を終了する意思表明が、いずれの当事国からもなされない場合、次の5年間は自動的に延長される。
  5. 当事国による当該合意の履行に対する統制の有効性向上ために、停戦を管理するための平和維持センターが設置される。
  6. アルメニア共和国は、2020年11月15日までにケルバジャール地域(図1の赤い斜線部1番)を、2020年12月1日までにラチン地域(図1の赤い斜線部3番)をアゼルバイジャン共和国に返還する。ナゴルノ・カラバフとアルメニア本土を繋ぐラチン回廊(幅5 km)はシュシャ市を介さず、ロシア連邦の平和維持部隊が管理する。
    当事国の合意により、今後3年間で、ナゴルノ・カラバフとアルメニアの連絡を確保するラチン回廊に沿った新しい交通ルートの建設計画が定められ、その後このルートを保護するためにロシアの平和維持部隊が再配置される。
    アゼルバイジャン共和国は、市民、車両、貨物のラチン回廊に沿った両方向の交通の安全を保証する。
  7. 国内避難民と難民は、国連難民高等弁務官事務所の監督のもと、ナゴルノ・カラバフの領土とその隣接地域に帰還する。
  8. 捕虜、その他の拘留された人、及び死者の遺体の交換が実施される。
  9. この地域の全ての経済及び交通の封鎖は解除される。アルメニア共和国は、市民、車両、貨物の両方向への妨げのない移動を実現するために、アゼルバイジャン共和国の西部地域とナヒチェヴァン自治共和国の間の交通の安全を保証する。交通路はロシア連邦保安庁国境警備局によって管理される。
    当事国の合意により、ナヒチェヴァン自治共和国とアゼルバイジャンの西部地域を結ぶ新しい連絡路の建設が保証される。

3. 10月の戦闘泥沼化の背景

1994年の停戦合意の後、ナゴルノ・カラバフ問題の平和的解決を推進する役割を担ってきた欧州安全保障協力機構(OSCE)ミンスク・グループも、アルメニア、アゼルバイジャンに停戦を呼びかけ、それぞれの外相らと協議を行ったものの、戦闘停止のために有効な結果を出すことはなかった。

アゼルバイジャンの民族的友好国トルコは武力衝突開始時点からアゼルバイジャン支持、アルメニア非難の姿勢を崩さず、ミンスク・グループの25年余りに及ぶ活動は無意味で新たな和平構築のフォーマットが必要だという主張をアゼルバイジャンと共に繰り返し表明した。また、アゼルバイジャン、トルコは否定しているが、トルコがアゼルバイジャンを軍事的に支援し、シリアなどから戦闘員を紛争地域に送り込んでいるとする報道が欧米メディアを中心になされた。ロシアも、関与する国名の言及を避けながら、近東から数千人規模のテロリスト集団が紛争地域に流入しているとの情報を公式に発表し、同地域が今後テロリストの温床となる恐れがあると警鐘を鳴らした。

ロシアはアルメニア、アゼルバイジャン両方と友好的な関係を維持し、旧ソ連圏での影響力保持のため、当該問題解決の仲介においても主導的立場を期待されている。しかし、今回の武力衝突沈静化に向けた動きが、中立ではあるが消極的ではないかとの見方もあった。ロシアは、既にシリア、リビアで対立するトルコの、アゼルバイジャン背後での動きに注意を払う必要があり、ナゴルノ・カラバフにおける紛争でもトルコを牽制しつつ中立を保つ微妙なバランスを取らなければならない。さらに、軍事協力関係にあるアルメニアに対しても、2018年に「ビロード革命」と呼ばれる政変で首相職に就いたパシニャン政権の親欧姿勢に楔を打ち込みたい狙いがあったのかもしれない。パシニャン首相はプーチン大統領に対して実質的な支援を再三求めていた。それでもロシアの冷酷な静観が続いたのは、ナゴルノ・カラバフのアルメニア勢力圏が消える直前までパシニャン政権を追い込み、窮地で救うことでロシアの存在感を再認識させる目的もあったと考えられる。


4. 今後の展望

ロシアは、これまでロシア軍が駐留してこなかったナゴルノ・カラバフにも平和維持部隊という形で兵力を配備し、このエリアへの影響力を改めて確保することを達成した。共同声明の中にはミンスク・グループへの言及がなく、また、声明の中に明記はないが、トルコもロシアと共同で停戦監視に参加することが別途合意されているとの情報もある。ロシアが単独で仲介、平和維持活動をリードし、トルコやアゼルバイジャンが望んでいた新しい和平構築のフォーマットの下地を作っているようにも見える。

5年単位の平和維持部隊の配備により、中期的には今回のような大規模な戦闘が発生しない可能性が高い。しかし武力衝突の抑制だけでは根本的な問題解決とはならない。戦闘停止の後は、被害地域の復旧と共に、両国による最終的な問題解決(国境の画定とナゴルノ・カラバフの地位の確定)に向けた交渉を行う必要がある。

新しい合意ではナゴルノ・カラバフの勢力図が一変され、アルメニアでは不満が高まっている。停戦監視にトルコが関与するとなれば、なおさら反発は強まるだろう。戦況を現実的に受け止め、停戦の判断を下したパシニャン政権への非難が強まり、アルメニア国内で混乱が起こる恐れがある。また、紛争地域に流入したとされるテロリスト集団の今後の動向も注視しなければならない。問題の長期的な解決にはまだ先が長い。

表2 (参考)ソ連末期以降の紛争年表
出来事
ソ連時代末期 アルメニア人によるナゴルノ・カラバフの編入要望激化。1988年末までに20万人以上のアゼルバイジャン人とイスラム教徒のクルド人がアルメニアの数十の村から追放。アスケラン事件、スムガイト事件、キロヴァバード事件(いずれもアゼルバイジャン人、アルメニア人の民族対立による暴動・虐待・追放事件)が発生。
1990年 黒い一月事件:民族運動が激化したバクーにソ連軍が介入。
1991年

ジェレズノヴォツク共同宣言:ロシアとカザフスタンの仲介による調停。

ソ連、8月のクーデター、12月の解体。アルメニア、アゼルバイジャンが独立。ナゴルノ・カラバフも「ナゴルノ・カラバフ(レルナイーン・ララバール又はアルツァフ)共和国」として独立を宣言(現在アルメニアも未承認)。
1992年 テヘラン共同宣言:ラフサンジャーニー・イラン大統領による調停。全欧安全保障協力会議(CSCE、OSCEの前身)の仲介を規定。
1994年 ビシュケク議定書:ロシアの主導による停戦合意。
1997年 CSCEから名称変更した欧州安全保障協力機構 (OSCE)のミンスク・グループで米・仏・露が共同議長となる。
2008年 アゼルバイジャンの国力が原油収入によって増大する中、アリエフ大統領が「必要とされれば、アゼルバイジャンは領土を奪還するため武力行使に出るだろう」と述べたのと同時に、両国境界線での銃撃事件が増加。2008年3月5日、最も重大な停戦違反となった第一次マルダケルト衝突が起こり、最大で16人の兵士が死亡。

2010年

第二次マルダケルト衝突。
2014年 6月から8月にかけてアゼルバイジャンによる停戦違反、大統領によるアルメニアに対する戦争示唆で緊張が再び高まる。
2016年 4日戦争:1994年の停戦以来で最大規模の衝突。アルメニア国防省はアゼルバイジャンが領土を奪うため攻勢を仕掛けたのだと主張。アゼルバイジャンの報告ではアゼルバイジャン軍兵士12人が死亡、Mi-24(ヘリコプター)と戦車が撃破。アルメニア側はアルメニア軍兵士18人が死亡、35人が負傷したと発表。
2020年 7月及び9月の軍事衝突。兵士、民間人を合わせて双方で数千人規模の死傷者が出たと見られる。11月にロシアの仲介により停戦合意。アルメニアはナゴルノ・カラバフ中心部以外から撤退し、ロシアが平和維持部隊を派遣。

(各種情報に基づき作成)


以上

(この報告は2020年11月13日時点のものです)

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