ページ番号1008900 更新日 令和2年11月27日

ロシア:Rosneftが子会社Vostok Oil LLCの株式10%について石油トレーダーのTrafiguraへの売却を承認。Vostok Oilプロジェクトの現状とTrafigura参画の背景を考える。

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レポートID 1008900
作成日 2020-11-27 00:00:00 +0900
更新日 2020-11-27 14:30:30 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 企業探鉱開発
著者 原田 大輔
著者直接入力
年度 2020
Vol
No
ページ数 21
抽出データ
地域1 旧ソ連
国1 ロシア
地域2
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国・地域 旧ソ連,ロシア
2020/11/27 原田 大輔
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概要

  • 11月17日、RosneftはVostok Oilプロジェクトと知られる北極圏の巨大探鉱開発プロジェクトを担うと考えられる子会社Vostok Oil LLCの定款株式10%を、石油トレーダーであるTrafiguraに売却することに合意と発表。ロシア政府も既に同取引について外国投資委員会で承認した模様。Trafiguraは「取引の条件をファイナライズするための踏み込んだ協議を行っている」とコメント。
  • 現時点では売却額は公開されておらず、価格と取引構造もまだ協議中と考えられる。情報筋の1つは10%の株式対価は70億ドルと言及。Rosneftは同プロジェクトの総事業費を10兆ルーブル(約1,570億ドル/2019年12月時点)と評価しており、今回の買収対価が70億ドルだとすれば、事業費ベースでの10%対価の半額未満での価額となる。Trafiguraの昨年の純利益は8億6,800万ドルであり、70億ドルだとしても同社純利益の約10倍規模の案件となる。
  • Vostok Oilプロジェクトは北極圏に位置する30前後の鉱区を主に3つのクラスター((1)ヴァンコール・クラスター、(2)パイヤハ・クラスター(西イルキンスキー鉱区エリア隣接)及び(3)東タイムィル・クラスター)に分け、探鉱開発を進め、生産された原油は新設されるセーヴェル港から北極海航路で輸出する計画。埋蔵量ポテンシャルは、Rosneftによれば液分だけで440億バレル。2024年で日量50~60万バレル、2030年時点で現在のRosneftの生産量の半分以上を占める日量230~300万バレルを見込む野心的な構想。生産されるガスで年産35~50百万トン規模の液化事業も視野。
  • 2019年12月に日本を皮切りにセーチン社長を筆頭とする外資誘致が始まり、2020年1月には同社長訪印時にプラッダーン石油天然ガス鉄鋼相がインド側は既に同プロジェクトへの参画を大筋決定していることを発表。しかし、その後のコロナウイルス禍と石油ガス需要減退、そして油価低迷により石油会社が投資計画の見直しを求められる中、インド企業が参画を決定したという情報は出ていない。9月にはドイツなどの企業にもVostok Oilプロジェクトを売り込んだが、明確な外資参加者は決まっていない。
  • 今回発表された10%の株式は、Vostok Oilプロジェクト全体ではなく、Vostok Oil LLCという登記上はVostok Oilプロジェクトの中の1つの鉱区である西イルキンスキー鉱区のライセンスを保有する会社の定款資本の10%である点も留意が必要。今後、RosneftがVostok Oilプロジェクトの全てのライセンスを同社へ集約することが想定されているのかもしれないが、現時点では今回のディールがどの鉱区を対象としているのかは明らかにされていない。Vostok OilプロジェクトはRosneft子会社だけではなく、第三者に当たるBPとのJV(Yermak Neftegaz)やフダイナトフ前Rosneft社長が率いるNeftegazholdingの権益(パイヤハ・クラスターを形成する主要鉱区)が絡んでおり、Vostok Oilプロジェクトはパッケージ・ディールなのか、それとも一部鉱区の選定を許す切り売りも選択肢にあるのかどうかによって、外資参画方針や参入条件にも影響を与えることになるだろう。
  • また、今回Rosneftが石油トレーダーとのディールを持ち出したことは一種の既視感を覚える。それは、2016年にRosneftの19.5%株式の民営化における石油トレーダーGlencoreの登場である。カタール投資庁(Qatar Investment Authority/QIA)と共同で、102億ユーロを投下してRosneftの株式19.5%を取得したが、最終的に102億ユーロの内、Glencoreが自己資金で負担したのはわずか3億ユーロであり、残りの資金はロシアの金融機関を中心に欧州を含む銀行からの融資で賄うものだった。一方、そのディールによってGlencoreは5年間に亘り日量22万バレルのRosneftの原油オフテイク権を手に入れている。その後、半年も経たない内にQIAと共に持ち株を中国の新興エネルギー企業CEFCに売却を試みるも、CEFCトップが中国国内で逮捕され、中国企業への売却は頓挫した。最終的に2018年末にGlencoreは保有するRosneft株をQIAに売却(現時点での同社の持ち株比率はわずか0.57%となっている)し、Glencoreは最終的には株式を売却し、キャピタルゲインとRosneftからの石油取引権を得ることに成功。
  • 今回のTrafiguraの登場は、Vostok Oilプロジェクトに対して外資の関心が煮詰まらない中、(1)外資の参画を演出し、10%対価に対する敷居を設ける。(2)Trafiguraに対してはGlencoreのように実際の資金拠出は求めず(ロシアを中心とする金融機関からの融資メイン)、最終的には持ち株を売却することでのキャピタルゲイン又はRosneft生産原油の取引クオータの優先割当てによる利益確保という、単純にVostok Oilプロジェクトだけではない両者の思惑が介在している可能性がある。

1. はじめに

11月17日、Rosneftは16日に対面式で開催された取締役会で、昨年後半に立ち上げられたVostok Oilプロジェクトと知られる北極圏の巨大探鉱開発プロジェクトを担うと考えられる子会社Vostok Oil LLCの定款株式10%を、同社の石油取扱いでの関係も深い世界第二位の石油トレーダーであるTrafigura[1]に売却することに合意したことを発表した[2](下記リリース参照)。また、ロシア政府も既に同取引について外国投資委員会で承認したと発表している[3]


[1] Trafigura( Group Pte. Ltd):1993年に設立。シンガポールに本拠を置く多国籍商品取引会社(本社はシンガポールだが、トレーディング業務はジュネーヴで行われている)。現在、Vitol(蘭)に次ぐ世界第2位の民間石油トレーダーであり、金属取引では世界最大。Rosneftとは2012年~13年に行われたTNK-BP買収での資金提供を皮切りに欧米制裁後も同社の石油取扱いを増やし、関係を深めてきた。同社とRosneftはインドのNayara Energyの株主でもある(各24.5%:49.13%)。

[2] 2020年11月17日:PON・Prime

[3] 2020年11月18日:コメルサント

<参考>Rosneftによる11月17日付プレスリリース[4]

「Rosneft取締役会の対面会議が開催された」

 

  • 16日にRosneftは対面式で取締役会を開催。取締役会ではVostok Oil LLCの定款資本の10%をTrafigura PTE LTDに売却することが承認された。また、同プロジェクトの進捗状況をレビュー。液体炭化水素に関する確認された資源基盤(proven resource base)は60億トン(約440億バレル)。
  • プロジェクトの電力需要を満たすべく、総容量2.5ギガワット、3500キロメートル超の送電網を含むエネルギーインフラ設計・建設について、Inter RAO PJSCと契約を締結。
  • 同プロジェクトからの生産物の輸出を組織化するべく北極海航路での操業に適した載貨重量12万トンのアイスクラスのタンカー10隻をズヴェズダ造船所が受注。また、様々なクラスの船50隻を建造することが計画されている。
  • 同プロジェクトでは、20,000を超える生産井と圧入井が掘削される予定。入札手続きの結果に基づいて、取締役会は極北での操業のために設計された100基の掘削リグの供給に関する長期契約締結を承認。
  • 同プロジェクトは、最も厳しい基準の環境要件に配慮する。プロジェクトの最優先事項は、この地域の脆弱な環境を維持すること。機器と生産の高い信頼性と安全性の指標は、環境への影響を最小限に抑える。
  • KAMAZ PJSCとは輸送車両及び特殊機器の供給、油田へのサービスセンターの設置について合意。初期段階では、需要は最大2500台。将来的には必要車両は6000台に達する可能性がある。
  • 同プロジェクトは、ロシア経済全体に大きな相乗効果をもたらし、数万人の雇用とサービス要員を生み出す。
  • ロシア科学アカデミーの予測研究所の専門家による計算が示すように、プロジェクトの実施は、ハイテク機器のローカリゼーションに対するインセンティヴを生み出し、年間GDPの2%に相当するさまざまな業界の製品の国内需要の増加をもたらす。

[4] Rosneft社プレスリリース:https://www.rosneft.ru/press/releases/item/203809/

Trafiguraは現時点でリリースは出していないが、Vostok Oil LLCの10%買収に関するRosneftのリリースに対して、「取引の条件をファイナライズするための踏み込んだ協議を行っている」とコメントしている。可能性として今月内に決着するという指摘もある。これまでRosneftは日本の他、株主であるBPやヴァンコール油田操業企業の株主であるインド、ドイツにアプローチしたと言われているが、成果は出ていない。今回のTrafiguraとの合意は、プロジェクト立ち上げへの最初の賛同者を得たことになり、同プロジェクトの進捗を加速させるかもしれない。参入条件の1つとして、Vostok Oilプロジェクトから生産され北極海航路で輸出される原油取引をTrafiguraが担う可能性が高いことも想定される。他方、Trafiguraという民間トレーディング会社が世界最大規模の上流開発プロジェクトに参画するのは通常ではないという指摘も為されている[5]

現時点では売却額は公開されておらず、価格と取引構造はまだ協議中と見られるが、取引に近い情報筋の1つは、10%の株式対価を70億ドルと言及している。Rosneftは同プロジェクトの総事業費を10兆ルーブル(約1,570億ドル/2019年12月時点・後述)と評価しており、今回の買収対価が70億ドルだとすれば、事業費ベースでの10%対価の半額未満での価額となる。それでも巨額案件であることは確かだが、ちなみにTrafiguraの昨年の純利益は8億6,800万ドルであり[6]、果たして純利益の約10倍規模の案件に本気で参画するのかどうか、どのように参画するのか今後の情報が待たれる。投資家は10%の株式売却のニュースを歓迎し、Rosneftの株式は翌18日に2%続伸している[7]。モスクワの業界アナリストは、RosneftとTrafigura間の本ディールに関してはロシア及び国際銀金融機関が関与すると予想している。また、Vostok Oilプロジェクトに対するRosneftの力の入れ様について、ヴァンコール油田への優遇税制措置(2021年1月1日から最大460億ルーブル(6億ドル)の年間税控除を取得する見通し)を獲得するための政府との交換条件と見る見方もある[8]


[5] 2020年11月17日:IOD

[6] 2020年11月20日:Horizon

[7] 2020年11月18日:VTB Capital

[8] 2020年11月18日:PAF・Upstream Online


2. Vostok Oilプロジェクト:これまでの経緯

(1) プロジェクト概要

Vostok Oilプロジェクトという名称でRosneftが北極圏に保有する探鉱開発鉱区(総数で30鉱区前後に及ぶ)をまとめ上げ、国内外の投資家に対して投資誘致を行ったのは2019年11月が最初となる。また、その名称が使われ始める前後でも、もう一つの名称であるEastern(Oil)Clusterという呼称も混在していた。

埋蔵量ポテンシャルは、Rosneftによれば370億石油換算バレル(当初。その後上記リリースの通り、液分だけでも440億バレルに上方修正)、総事業費は10兆ルーブル(約17兆円/1,570億ドル)、30前後の鉱区を主に3つのクラスター((1)既に生産している鉱区を含むヴァンコール・クラスター、(2)ギダン半島付け根にありRosneftではないNeftegazholding社が保有する鉱区を中心とするパイヤハ・クラスター(西イルキンスキー鉱区エリア隣接)及び(3)前人未到の地域であるタイムィル半島に位置する東タイムィル・クラスター)に分け、探鉱開発を進め、生産された原油は新設されるセーヴェル港から北極海航路で輸出する計画である。2024年で日量50~60万バレル、2030年時点で現在のRosneftの生産量の半分以上を占める日量230~300万バレルを見込む野心的な見通しを立てている。また、生産される天然ガスについては年間35~50百万トン規模の新たなLNGプロジェクトを立ち上げることも検討されている[9]


[9] 2019年12月11日:ロイター他

図1 RosneftによるVostok Oilプロジェクト対象鉱区位置(2019年11月公開資料に筆者加筆)

RosneftのHPでは、Vostok Oilプロジェクトについて、「世界の石油ガス業界で最大のプロジェクトの1つ。プロジェクトの実施には石油開発従事者のための15の町、2つの空港、1つの港(セーヴェル港)の建設が含まれる。また、約800キロメートルの幹線パイプラインと約7,000キロメートルに及ぶフィールド内パイプラインの敷設、3,500キロメートルの送電線設置、2,000メガワット容量の発電所建設も計画されている。約10万人の雇用創出を実現し、ロシアの年間GDPを2%押し上げることが見込まれている」と紹介されている[11]


表1 Vostok Oilプロジェクトに包含される想定対象鉱区リスト


(2) これまでの外資誘致動向

2019年12月11日には、セーチン社長自らが訪日し、日本企業に対してVostok Oilプロジェクトへの最初となる外国企業への投資誘致を行っている[12]。また、その直後にはRosneftは更にタイムィル半島で権益を拡大し、新たに3鉱区を取得するべく、競売の過程で合計入札金額は最低の2,000万ルーブルから最終的に61億ルーブルと300倍以上に跳ね上がり、同社に意気込みを感じさせるニュースも出ていた[13]

他方、主要経済紙であるコメルサントは、このRosneftの突然のプロジェクト立ち上げと外資誘致の動きに対して、「なぜロスネフチは北極圏に関心を向けたのか」という論考を出し、次のようにその背景を指摘している。まず政府からは優遇税制を引き出すことが第一の目的であり(事実翌年には政府承認を受ける)、一定の特典を引き出すことに成功しようとしている。しかし、注目点は、同プロジェクトが実現するのか、それとも同社が華々しく発表したものの実現されないままとなっているプロジェクト(例えばFEPCOと呼ばれる極東石化事業)の数が増えるだけか、という点を指摘する。北極海航路及び北極圏プロジェクトの発展が政治的に重視されており、プーチン大統領もそのことに強い関心を示しており、国からの支援と特典が得られる可能性があるというのが、セーチン社長が同プロジェクトを推進する背景にあり、更にもう1つの理由として、セーチン社長の古くからのパートナーであるフダイナトフ前Rosneft社長が経営し、パイヤハ・クラスターを保有するNeftegazholding(前身はNNK/独立石油会社と呼ばれていた。同社は巨額の負債を抱えると言われている)を支援することを可能にするという点も挙げる向きもある。また、ヴァンコール油田をはじめとするESPOパイプライン主力油田群がTransneftのパイプラインを経由せず北極海航路で輸送できるようになることで、セーチン社長の仇敵と言われるTransneft(トカレフ社長)に対して、ESPO輸送原油量の縮小という問題をTransneftに対して提起することも画策しているとの分析もある。但し、それらのプラス面を具現化するにはRosneftに巨額のコストがかかり、セーチン社長は政府に対し30年間にわたる合計2兆6,000億ルーブル(約4兆円規模)の税制上の特典の供与を要請しているとされている。そして、その要請が政府のRosneft贔屓に見えないようにするための配慮として、税制上の優遇は北極圏の全てのプロジェクトに対して適用される形となったと指摘する。そして、今後の3つの課題として、(1)プロジェクト成功のために数十億ドル規模の投資を行う外国企業を見つけることができるのか、(2)果たして埋蔵量を確保できるのか(特に既発見であるパイヤハ・クラスターについて業界関係者が特に問題視しているのは、12億トン(88億バレル)と評価されていた埋蔵量の信憑性)、(3)北極海航路を通じた石油の輸送スキームが具現化できるかどうかという点が、今後、最大の焦点となり、2020年中にその趨勢が判明すると予想していた[14]

2020年1月にはセーチン社長はニューデリーを訪問し、黒海ノヴォローシスクからIndian Oil Corporation(IOC)に対する2百万トン(日量4万バレル)の原油供給合意に加え「両国が参画する既存のプロジェクト(サハリン-1、東シベリアのタアス・ユリャフ、ヴァンコール、極東LNG及びNayara Energy)について協議し、また、世界最大規模の油ガス生産を目指すVostok Oilプロジェクトへのインドの複数の企業の参加について協議を行った。プラッダーン石油天然ガス鉄鋼相によれば、「インド側は既に同プロジェクトへの参画を大筋決定している。インド企業の参加の条件交渉を早急に行うため、両者は共同の定期的な作業部会の開設に合意した」と発表した[15]。インド石油天然ガス鉄鋼省は「Vostok Oilプロジェクトに対して4企業(ONGC Videsh、Oil India Limited、Indian Oil Corporation及びBharat Petroresources)が興味を示している」と発表[16]。しかしながら、その後現在に至るまでインド勢が参入するという情報は出ていない。

この背景には世界の石油ガス業界に吹き荒れている二つの嵐、年初から猛威をふるうコロナ禍とそれに伴う石油ガス需要減退、そして価格下落を押し留めるためのOPECプラス協調減産と油価の停滞がある。石油会社が押しなべて投資計画の見直しを求められ、環境が厳しく、遠隔地によるインフラの欠如と開発・輸送コスト負担の大きい北極圏開発は、ポテンシャルは高いとは言われているが、現在の油価(バレル当たり40ドル)では陸上鉱区であっても投資回収が厳しいという判断もあるのだろう。

次に外資誘致の話が出てくるのは9月であった。セーチン社長がドイツのゲザ・アンドレアス・フォン・ゲイル駐ロシア大使と面談を行い、「Vostok Oilプロジェクトは様々な国の投資家から大きな関心を集めている。ドイツの企業がプロジェクトに興味を持っている場合、Rosneftは協力のための様々なオプションを検討する用意がある。ロシアとドイツはエネルギー部門において高度に統合されており、エネルギー部門への各国の累積相互投資は200億ドルを超えている。ロシアは現在ドイツの石油需要の30%以上、ガス需要の50%以上を供給している。更に、ロシアの燃料エネルギー産業はドイツの機器・エンジニアリング製品の主要な顧客であり、ドイツで数万人の雇用を確保している」との発表を行った[17]。しかし、こちらもその後具体的なドイツ企業が関心を示したという動きは見られない。

そのような中で、11月17日のRosneftのリリースによって、上流ではなくトレーディングを主要業務とするTrafiguraが最初の有力な外資として突如登場したことになる。


[12] 2019年12月11日:ロイター

[13] 2019年12月12日:コメルサント

[14] 2019年12月27日:コメルサント

[15] 2020年2月5日:Interfax

[16] 2020年2月5日:Prime

[17] 2020年9月3日:Interfax


(3) プロジェクトに関するその他進捗動向

以下はプロジェクトの進捗に関する上記以降の動静である。

(1) 埋蔵量及び探鉱活動に関する動向

3月にはコブィルキン天然資源環境大臣(当時)が、クラスターの1つでフダイナトフ前Rosneft社長が率いるNeftegazholdingが保有するパイヤハ鉱床について、追加探鉱の結果、埋蔵量(C1・C2ベース)が、2019年に10.5億トン(77億バレル)に増加したと述べており、C1では43.5百万トン(3.2億バレル)、C2で10.1億トン(74億バレル)という評価内訳も出している[18]。しかし、現在のロシア式評価方法でのC2埋蔵量は「地質調査は実施したが、埋蔵量成長と油ガスを地表では未確認」というものであり、上記のデータでは増加したというパイヤハ鉱床の埋蔵量の内、95%がC2カテゴリーにあるということになり、増加した埋蔵量は依然画餅である可能性が高いという情報となっている。


[18] 2020年3月16日:Interfax

表2 ロシア式評価方法による埋蔵量カテゴリー

7月にはRosneftがVostok Oilプロジェクトの一部であるクラスノヤルスク地方及びヤマロ・ネネツ自治管区に跨る鉱区(鉱区名不明)でノヴォオグネンオエ鉱床を発見。可採埋蔵量(Извлекаемые запасы/Recoverrable Reserve)は原油2千万トン(1.5億バレル)、天然ガス1BCM以上との発表を行った[19]

10月、天然資源環境省地下資源利用庁(ロスネドラ)はパイヤハ・クラスターの開発計画を承認している。同計画は最近8に見直しが行われていたもので、同鉱床では試験操業1年目に石油116万トン(日量2.3万バレル)を生産し、7年間で35倍の4,020万トン(同80万バレル)に増やす計画となっている。生産量ピークである5,000万トン(同100万バレル)に達するのは開発10年目(同計画の旧バージョンでは9年目)という青写真を描いている。この水準を達成した場合、同鉱床はロシアで最も生産性の高い石油鉱床となり、世界最大の鉱床の一つになることが想定されているが、開発開始時期については明記されていない。他方、この数値の実現には極めて大規模且つコストのかかる作業であることも想定されている。試験操業開始から7年の間に1,569坑の生産井を含む3,300以上の井戸を掘削する計画で、年間平均470坑以上の井戸を掘削することが求められる。井戸は水圧破砕を必要とし、中でも水平坑井は多段階水圧破砕が必要である見込みで、同鉱床の完全な開発には総数で6,300の井戸を掘削する必要があると考えられている[20](それだけの井戸を掘削できるインフラはまだ存在しない)。

11月下旬、BPとRosneftは合弁事業Yermak Neftegazを通じて、ヤマロ・ネネツ地自治管区の西ヤルデイスキー鉱区とクラスノヤルスク地方のポソイスキー鉱区に各1坑の試掘井を掘削する予定であるとの情報が流れている。当初は2019年に掘削を開始する予定だったが、遅延してきたもので、計画では保有する西ヤルデイスキー鉱区に5つの構造に対して深度3000メートルの垂直井を掘削する。ポソイスキー鉱区では、掘削場所が遠隔地にあり、冬に建設するウィンターロードを経由してアクセスする必要があるため、2022年に掘削することを検討している。掘削深度は3700メートル以上、3つの構造を調査する。2016年に設立されたYermak Neftegaz(Rosneft:51%、BP:49%)では、BPが探鉱活動の費用を賄うために最大3億ドルを単独支出することに合意し(欧米制裁下で金融制裁対象のRosneftとその50%超の子会社への協業事業では資金供与の方法が問題となるが、同3億ドルがいかに供出されたのかは明確ではない)、これまで対象鉱区の2D及び3D地震データを評価してきた。2018年4月、Rosneftから譲渡された資産の1つであるクラスノヤルスク地方のバイカロフスキー鉱区に試掘井を掘削し、油ガスを発見したが、それはがこれまでの唯一の発見となっている[21]


[19] 2020年7月23日:Prime

[20] 2020年10月27日:コメルサント

[21] 2020年11月20日:PAF・Upstream Online


(2) ロシア政府による北極圏プロジェクトへの優遇税制付与

3月18日、プーチン大統領は、北極圏での石油・ガスプロジェクトの税金を優遇するための税法改正法案に署名。当該法案は極東・北極圏発展省によって、北極圏投資支援パッケージの1つとして起草され、北極圏地域での炭化水素埋蔵量の調査、探査、開発プロジェクトを促進することを目的とし、北極圏で進められているVostok Oilプロジェクトを中心とするRosneftの石油開発プロジェクトやNovatekのガス開発・LNG生産プロジェクトなどが加速することを目指すものである。

表3 2020年3月に施行された北極圏開発プロジェクトへの優遇税制

この税制改正法では、商業生産開始から15年間、鉱物抽出税(MET)を減税(石油は基準の5%、LNG生産をするガスは基準の1%、その他のガスは基準の4.5%)する対象として、2020年1月1日以降に商業生産を開始する鉱区面積の50%以上が白海、ペチョラ海、オホーツク海、バレンツ海南部(北緯72度より南)に位置する鉱区が追加される。また、新たな石油開発地域を作るため、北緯70度以北のクラスノヤルスク地方、サハ共和国、チュクチ自治管区に位置する鉱区ついては、METを生産開始から12年間免税し、13年目から17年目まで課税を段階的に引き上げる。

他方、LNG生産、ガス化学に利用されるガス生産プロジェクトについても、アルハンゲリスク州、ネネツ自治管区、コミ共和国、ヤマロ・ネネツ自治管区、クラスノヤルスク地方、サハ共和国、チュクチ自治管区において、METを12年間、または生産量250BCMに達するまで免除されることとなった[22]


[22] 「ロシア情勢(2020年3月 モスクワ事務所)」も参照されたい。
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1008604/1008740.html

(3) セーチン社長によるプーチン大統領への報告

写1 プーチン大統領とセーチン社長の面談
写1 プーチン大統領とセーチン社長の面談
       (2月11日)

記録を紐解くと、3カ月に1回の割合でセーチン社長はプーチン大統領を訪問し、Rosneftに関する概況報告(陳情も含む)を行っている。Vostok Oilプロジェクトについて話が上るのは、まず2月11日である[23]。プーチン大統領から同プロジェクトについての説明を促され、資源ポテンシャルとして365億バレル、総事業費は10兆ルーブルが見込まれることが報告されている。

また、現在、インドの企業が参画に関心を示しており、他にも欧米からの外資誘致を行っていることを紹介。説明に対しプーチン大統領は、野心的で有望なプロジェクトでありGDPの成長を促進し、北極海航路に沿った海運を増加させ、北極圏全体におけるロシアの地位を強化すると鼓舞。セーチン社長もプロジェクトに対する大統領によるサポートへの期待を示した。



写2 プーチン大統領とセーチン社長の面談
写2 プーチン大統領とセーチン社長の面談
       (5月12日)

3カ月後の5月12日、セーチン社長がプーチン大統領にVostok Oilプロジェクトの進捗について報告を行っている[24]。具体的な鉱区は不明ながら、試掘井掘削の現状について説明し、経済効果は総投資額(10兆ルーブル)の10倍に相当し、プロジェクトの実施はGDPに毎年2%増加を齎し(前回と同じ説明)、約10万人の雇用を生み出すと述べた。

また、北極圏に1億1,500万トン(日量3百万バレル)規模の石油輸出港(セーヴェル港)を建設する計画も公表し、Vostok Oilプロジェクトから2024年に2,500万トン(日量50万バレル)、2027年に5,000万トン(同100万バレル)、2030年に最大1億1,500万トン(同3百万バレル)を輸出する可能性があると述べた。

同時期のニュースでも、大手電力会社のInter RAOは、Vostok Oilプロジェクトを念頭にタイムィル半島に随伴ガスを燃料とする新規発電所を建設する可能性があるとの報道が流れた[25]。新規発電所の建設費は1,750億~2,000億ルーブルに上る見込み。他方、燃料となる随伴ガスがどれだけの量産出されるのか、その組成も含めてクリアにならないと発電所の建設には至らないとの指摘もなされていた。


[24] クレムリンHP:http://en.kremlin.ru/events/president/news/63346

[25] 2020年5月12日:コメルサント

写3 プーチン大統領とセーチン社長の 面談と贈呈された原油のサンプル
写3 プーチン大統領とセーチン社長の面談と贈呈された原油のサンプル
            (8月18日)

更に8月18日、セーチン社長がクレムリンを訪問し、プーチン大統領に同社の現況について説明を行っており、Vostok Oilプロジェクトについても触れている[26]。7月にカラ海大陸棚(東プリノボゼムスキー1および-2ライセンス鉱区)に2つの試掘井の掘削を開始したことをメインに[27]、財務状況が良好で安定している場合、東部石油化学会社(FEPCO)プロジェクトに復活する可能性にも言及。

その中で、Vostok Oilプロジェクトの西イルキンスキー鉱区で初めて生産された原油サンプル(第31号井から産出)を持参し、世界でも最高レベルの高品質・低硫黄(0.02%)であり、そのプレミアムはバレル当たり11ドルに上ることを報告している[28]


[27] 拙稿「対露制裁下の最近のトピックス(LUKOILによるセネガル海洋鉱区への参画阻止と中国企業による北極海での掘削)とロシア産ガスの行き場を危うくするトルコ領黒海でのガス田発見」も参照されたい。
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1008604/1008848.html

[28] 2020年8月19日:PAF・VTB Capital

写4 プーチン大統領とセーチン社長の面談
写4 プーチン大統領とセーチン社長の面談
       (11月25日)

また、直近では11月25日にも(上記の通りほぼ3カ月に1度の頻度となっている)、セーチン社長はプーチン大統領にVostok Oilプロジェクト及びズヴェズダ造船所の現況について説明を行っている[29]。まず、プロジェクトへの関心と支援、特にプロジェクトが投資利益を確保できるよう法律を採用(優遇税制適用)してくれたことに対する感謝を述べている。新設されるセーヴェル港についての建設の進捗と、完成した暁には第一フェーズでは年間5千万トン(日量100万バレル)、第2フェーズでは最大1億トン(日量200万バレル)の原油の輸出が可能となる見込みであるとの報告を行っている。



(4) Rosneftによる鉱区拡大の動きと牽制

6月には、Rosneftが進めるVostok Oilプロジェクトに包含されていくと想定される鉱区獲得の動きに対して、複数の障害が持ち上がった。まず、セーチン社長自身が政府に対して鉱区公開オークションの実施を求めていたクラスノヤルスク地方の三つの鉱区(トゥルコフスキー鉱区、デリャビンスキー鉱区及びカザンツェフスコエ鉱床を含む鉱区)について、ラムサール条約により保護される国際的に重要な湿地として1994年に登録された「ブレホフ諸島」特別自然保護区に位置しているため、鉱区公開されない可能性が報道された[30]。また、タイムィル半島でRosneftが要望している鉱区オークションについて、Rosneftは入札者に対して、クラスノヤルスク地域に他の生産資産を持っていること、そして、将来生産されたガスを北極海航路でRosneftが出資するロシア製LNG砕氷タンカーで輸送しなければならないという特別な入札資格条件を付与するよう求めていることが明らかになった。これに対し、連邦独占禁止局(FAS)はそのような基準が入札者を、Rosneftだけに狭めることへの懸念を表明し、そのような排他的な条件設定に反対する姿勢を示している[31]

タイムィル半島のRosneftの要望する上記3鉱区オークションに関しては、ノリリスク・ニッケル及びLUKOILも関心を示し、Rosneftが求める排他的な条件が排除された場合にはオークションに応札する意向を示した[32]。その後、ノリリスク・ニッケルは3つの鉱区の内、関心の高いトゥルコフスキー鉱区(推定埋蔵量は540億立方メートル/1.9TCF)について、Rosneftと協議を行い、特別な条件付きでオークションを実施するというRosneftの提案を支持する代わりに、Rosneftが同鉱区のライセンスを取得した場合には、ノリリスク・ニッケルに対して必要なガスを優先的に供給し、冬期に石油製品を供給することでも合意に至り、Rosneftサイドへ回っている[33]。なお、現時点では依然オークション開催に向けたロシア政府の動きは明らかではない。


[30] 2020年6月26日:コメルサント

[31] 2020年7月15日:Lambert・コメルサント

[32] 2020年7月28日:コメルサント

[33] 2020年7月29日:コメルサント


(5) RosneftへのLNGプロジェクトに対する輸出許可とロシア政府のLNG輸出戦略を巡る動き

7月、Vostok Oilプロジェクトの明らかになり始めた開発計画の中で、生産されるガスをLNG化して出荷することが想定されていることに対し、コブィルキン天然資源環境大臣(当時)は、「この問題は対象市場の経済状況の予測評価を考慮に入れて決定する必要があり、そのような評価では、ロシアの対象市場におけるパイプラインとLNG供給の競合を回避する必要がある」と示唆した。その後、同大臣はアブラムチェンコ副首相に送付した書簡の中で、「市場の経済情勢の予測を考慮し、ターゲットとする市場においてLNGによる天然ガス、パイプラインによる天然ガスが競合する可能性を排除しなければならない。Rosneftが求めている3鉱区のライセンスについては、確実な販売先があることを確認してから付与すべきである」と述べた[34]

ロシアでは天然ガスのパイプラインによる輸出については「ガス輸出法(N117-ФЗ)」の中で統一パイプラインシステムを保有・運営するGazpromに実質限定している一方、LNGについては2014年に出された政令(N1277-р)により、Gazpromの他、Rosneft、ヤマルLNG(NOVATEK)、Gazprom Export、アルクチクLNG-1・2・3(NOVATEK)に輸出許可が与えられてきた(この11月には更にGazprom子会社のGazonefteprodukt Holdingにも許可[35])。この動きはGazprom独占という牙城が崩れ出していることを意味するが、この中で許可を与えられているRosneftについては、Vostok Oilプロジェクトを想定したのではなく、サハリン-1におけるLNGプロジェクトである極東LNGを念頭に置いたものだった。従って、Vostok OilプロジェクトでLNGプロジェクトを立ち上げるためには政府から許可を追加で受ける必要があると考えられる。

10月、セーチン社長は国際会議のプレゼンテーションで、「Vostok OilプロジェクトはLNGを生産する計画で、タイムィル半島のセーヴェル港で30〜50百万トンのLNGを輸出する予定であり(「タイムィルLNGプロジェクト」)、既存の港であるディクソン港の近くに建設されるセーヴェル港(図1参照)は、1億トンの石油(日量200万バレル)、5,000万トンの石炭、35~50百万トンのLNGを液化する計画である」ことを明らかにした[36]

この一方で、ロシア政府の中にはVostok OilプロジェクトからのLNG輸出量については、北極海航路の今後の運航見通しからは除外する動きも出ていた。7月には、ロシア政府が北極海航路を介した2024年の目標出荷量を年間8千万トンから5~6千万トンに下方修正することを検討しており、その背景として、NOVATEKのLNGプロジェクトによって供給される量には変更はないが、RosneftのVostok Oilプロジェクトは、中期的な原油価格と数十億ドルに及ぶインフラ投資が必要であり、タイムラインと生産量が不明確であるという理由を挙げている[37]。最終的にはロシア政府が2024年に北極海航路を経由する年間80百万トンの目標輸送量を変更しないことを決定した模様であるが[38]、ロシア政府が現在LNG開発のための改訂戦略を起草している中では、(1)ヤマル半島とギダン半島は2035年までにLNG輸出量が1.4億トンに達することを可能にする主要地域として指定(「ロシア連邦には対象となるLNG生産のための代替ソースはない」と言及)されるも、(2)「有望なフィールドグループ」として、南タンベイ(25百万トンの生産可能性/注:既存のヤマルLNGプロジェクトでトレイン4が稼働すると最大18.5百万トン)、ウトレニエ(同20百万トン/アルクチクLNG-2)、ゲオフィジチェスコエ(同20百万トン/アルクチクLNG-1)、北オビ(同6.6百万トン/アルクチクLNG-3)、タンベイ(同40百万トン/注:Gazpromが保有。ガスプロムは以前、ガスはパイプラインによってのみ収益化されることを示唆していたが、同戦略ではLNG戦略に不可欠であることを明らかに示唆している)としており、改訂戦略にはVostok Oilプロジェクトが含まれていない模様である[39]


[34] 2020年7月15日:コメルサント

[35] 2020年11月12日:Prime

[36] 2020年10月22日:Interfax

[37] 2020年7月28日:Lambert

[38] 2020年10月22日:Lambert・ヴェードモスチ

[39] 2020年11月16日:Lambert


3. Rosneftが今Vostok Oilプロジェクトを進める背景

Rosneftがなぜ今になって様々な点で極めてハードルの高い大規模な北極圏開発を進めようとしているのか。上述2.(2)ではコメルサントはロシア政府からの優遇税制引き出し(2020年3月に一部成就)とフダイナトフRosneft前社長が率いるNeftegazholding支援という足元の理由を挙げていたが、もう少し全体を俯瞰して見ると、次のような理由も背景にあると考えられる。

理由(1):2011年以降の高油価時代に取得したライセンスを持て余している。

Rosneftがロシア国内に現在保有する鉱区ライセンスは1,121鉱区に及ぶ(内55が海洋鉱区)。これら鉱区は油価高騰期(~2008年及び2011年~2014年)の収益が潤沢な時期に取得されたものが多く、その後、油価低迷期にある現在では、特に純粋探鉱鉱区に対するプライオリティは下がっていると考えられる。ライセンスは地下資源法により地質調査ライセンスとして有限期間5年間及び義務作業(地震探鉱、空中磁力、重力探査及び試掘井掘削による評価)を負い、未達の場合には罰則や鉱区没収の対象となる。ロビー力の強いRosneftにはそのような事態が生じたという情報は出ていないが、同社にとっても長期保持する意味もなく、独自での開発プライオリティの低いものについては、自己資金を使わずに外資を誘致して開発を進めるというスタンスではないか。実はそのような動きは、今回が初めてではなく、過去を振り返ると日本を含む外資に対して、偶然ながら4年という周期(07年→11年→15年→19年)で外資誘致を行ってきている。

表4 Rosneftによるロシア上流開発プロジェクトへの外資誘致活動


理由(2):ユーコス、TNK-BP及びBashneftと企業買収で発展してきたのがRosneftの成長戦略である一方、生産量が早晩減退を迎える中、埋蔵量及び生産減退を補完する新規油ガス田発見が急務。

Rosneftの急速かつ大規模な発展の背景には、エリツィン時代に分割された石油産業を国策的に再集約するというクレムリンの意図が大きく働いており、結果、これまで3つの垂直統合型石油企業(ユーコス、TNK-BP及びBashneft)を買収することで(図2)、上場企業では世界最大の石油生産量を誇る国営石油会社を誕生させ、ロシア石油産業の再編を実現してきた。他方、体躯は巨大になった一方で新規鉱区開発については進んでいないのが実情とも言える。生産量は増えたが、それを補完する新規埋蔵量の積み増しは既存油田の再開発・再評価に依存している。減退する埋蔵量及び将来的に減少する生産量を補完するべく、新規探鉱開発が急務となっている。

図2 Rosneftの成長の系譜:巨大企業買収、油価と収支の相関関係


理由(3):Gazprom、Gazprom Neft及びNOVATEKが陸上・浅海を中心に北極資源開発を進める一方で、Rosneftは北極開発では出遅れている。カラ海で北極資源開発に着手するも2014年欧米制裁発動によるパートナーのExxonMobil撤退を受け、油価低迷で遅延。

2008年の戦略外資規制法制定後、国営石油ガス会社に独占を許可された大陸棚鉱区について、Rosneftは鋭意鉱区取得に邁進したが(北極海、オホーツク海及び黒海で55鉱区と最大の海洋鉱区ホルダーとなっている)、リーマンショックの発生と油価暴落、2014年からの欧米制裁発動(北極海及び大水深)を受けて事実上海洋鉱区開発はサスペンドとなっている。他方、ヤマル半島を中心とする北極圏開発で先んじるGazprom(ボヴァネンコヴァ・ガス田)、Gazprom Neft(ノーヴィ・ポルト油田及びプリラズロムノエ油田)及びNOVATEK(ヤマルLNG及びアルクチクLNG-2)には、探鉱開発だけでなく外資誘致という意味でも大差をついている。その焦燥感が北極圏の陸上鉱区開発を進める方向に舵を切り始めている背景にある。

図3 ロシアの北極圏開発の推移:油価の高低と地政学が開発進捗を左右


理由(4):北極海航路開拓に必要な砕氷船・砕氷タンカーを建造するズヴェズダ造船所にクレムリンの命を受けて、Gazprombankと出資。事業の成功確率及び収益性は不透明ながら、同造船所とのシナジー効果によって、北極海航路活用における重要なプレイヤーとなることを目指す(この結果として、既に接続されているヴァンコール油田からESPOパイプライン経由での原油輸出ではなく、北極海航路での輸出を想定する)。

2010年代後半に経営再建を開始したズヴェズダ造船所はクレムリンの肝いりと造船とは全く関係のないRosneft及びGazprombankによる資金注入で蘇ることとなった。その目的は北極海航路開発と北極資源の円滑な輸送実現のための船舶(原子力砕氷船及び砕氷機能付き原油・LNGタンカー)をロシアで建造し、活用することにある。Rosneftにとっては半ば政府から押し付けられた感のある本事業では今後10年間で138隻もの新造船建造計画がある(表5)。ただ、原子力を含む特殊船を建造できるかどうかは極めて懐疑的という見方が趨勢である。本事業ではRosneftはその生産物の輸出にはリスクの少ない既存パイプラインインフラへの接続ではなく、北極海航路での輸出を志向する理由がここにある。

表5 Rosneftが出資するズヴェズダ造船所の北極海航路向け船舶建造計画(2019年7月時点)


理由(5):外資を誘致=リスクの高い未発見探鉱鉱区を対象(既発見鉱区は自ら開発)。また、欧米制裁下において、欧米以外の企業を誘致することで欧米制裁が機能していないことも喧伝。

欧米制裁が発動された2014年直後のRosneftによる東シベリア開発生産鉱区の開放を除き、同社が外資を誘致する案件は、基本的に次のカテゴリーに属するものだけである。

  • 地質的リスクの高い純粋探鉱鉱区(例:東シベリア)
  • Rosneftに技術のない海洋鉱区(例:北極海・オホーツク海・黒海)
  • 原則外資が探鉱費を100%負担し(3 for 1で外資権益は33.3%等の条件)、同社は資金とリスクは負わない。

2014年欧米制裁直後には上記に当てはまらないRosneftにとっての「金の卵」とも言うべき東シベリア開発生産鉱区(ヴェルフネチョン及びタアス・ユリャフ)も開放され、日本を含む外資も関心を寄せ、最終的に中国(ヴェルフネチョン)、インド(タアス・ユリャフ及びヴァンコール)が参加した背景には、参画に当たって高額な権益対価を払う代わりに、優遇税制が確約されるという条件交渉を勝ち取ることができたという差もあったと言われている。また、中国は政治的・戦略的に今後の供給ソースとなり得る東シベリア上流資産へ先行投資に対する魅力もあった。また、欧米制裁(金融及び技術)対象であるRosneftにとっては、外資誘致とは同制裁が現実には機能していないことを宣伝するツールでもある。


5. 今回のTrafiguraに対する10%売却発表が示唆するもの・今後の留意点

Vostok Oilプロジェクトは、探鉱作業は陸上で始まっているものの、2024年までに日量50~60万バレル、2030年までに日量230万バレルを目指す計画について、まだ最終投資決定(FID)には至っていない。資源量は液分だけで440億バレルと試算されているが、現在の探鉱状況に鑑みれば極めて不確実性の高い評価と考えられる。インフラを含む開発コストは10兆ルーブルと見積もられており、単純計算で10%対価は1兆ルーブル(1.7兆円)相当規模となる(前述の通り、今回70億ドルという情報も出てきている)。このようなプロジェクトの現状、つまり埋蔵量の不確実さと開発コストの異常な高さが、これまでRosneftをして株主であるBPやヴァンコール油田でもパートナー関係にあるインド企業に対しアプローチしてきたが、成果が出ていない背景にある。

また、Trafiguraについては、この6月に南米の石油生産会社であるPresident Energyの6%を買収し、年初にもナイジェリアの独立系石油会社ADM Energyと戦略提携に合意する等、上流資産への関心を持っていた形跡があるが、石油トレーダーがこのような巨大な上流開発に参画するのは通常ではないのも確かである。Trafiguraが得られる利点としては、可能性としてVostok Oilプロジェクトから生産され、北極海航路で輸出される原油取引を同社が担う契約条件となっている可能性だろう[40]。また、TrafiguraとRosneftは共にインドのNayara Energyの株主であり(Rosneft:Trafigura=49.13%:24.5%)、RosneftによるTNK-BPの買収資金の調達における関係構築からRosneftの石油取引における存在感を増してきた。2017年にRosneftがNayara Energyの株式を取得した際には、Trafiguraもその取引に参加することで、Rosneftは合弁企業における持ち株比率を49.13%に抑えることができ、欧米制裁の対象となるのを回避することができたという事情もある(Rosneftが過半を有する子会社は全てRosneftと同等と見做され、分野別制裁の対象となる)。今回のディール成立にも単純にVostok Oilプロジェクトだけではない両者の思惑が介在している可能性がある。

細かい点ではあるが、今回対象となった定款資本10%分は、Vostok Oilプロジェクト全体ではなく、Vostok Oil LLCという登記上はVostok Oilプロジェクトの中の1つの鉱区である西イルキンスキー鉱区のライセンスしか保有していない会社の10%株式である点も留意が必要である。今後、RosneftがVostok Oilプロジェクトの全てのライセンスを同社へ集約することが想定されているのかもしれないが、現時点では今回のディールがどの鉱区を対象としているのかは明らかにされていない。Vostok OilプロジェクトはRosneft子会社だけではなく、第三者に当たるBPとのJV(Yermak Neftegaz)やフダイナトフ前Rosneft社長が率いるNeftegazholdingの権益(パイヤハ・クラスターを形成する主要鉱区)が絡んでおり、Vostok Oilプロジェクトはパッケージ・ディールなのか、それとも一部鉱区の選定が許される切り売りも選択肢にあるのかどうかによって、外資参画方針や参入条件にも影響を与えることになるだろう。

また、今回Rosneft が石油トレーダーとのディールを持ち出したことには一種の既視感を覚える。それは、2016年にRosneftの19.5%株式の民営化における石油トレーダーGlencoreの登場である。カタール投資庁(Qatar Investment Authority/QIA)と共同で、102億ユーロを投下してRosneftの株式19.5%を取得したが、最終的に102億ユーロの内、Glencoreが自己資金で負担したのはわずか3億ユーロであり、残りの資金はロシアの金融機関を中心に欧州を含む銀行からの融資で賄うものだった。一方、そのディールによってGlencoreは5年間に亘り日量22万バレルのRosneftの石油オフテイク権を手に入れている(図4)。その後、半年も経たない内にQIAと共に持ち株を中国の新興エネルギー企業CEFCに売却を試みるも、CEFCトップが中国国内で逮捕され、中国企業への売却は頓挫した。最終的に2018年末にGlencoreは保有するRosneft株をQIAに売却(現時点での同社の持ち株比率はわずか0.57%となっている)。Glencoreは売却益による利息返済と借入金譲渡を行い、全く損をせず、逆にキャピタルゲインとRosneftからの石油取引権を得ることに成功している[41]

今回のTrafiguraの登場は、Vostok Oilプロジェクトに対して外資の関心が煮詰まらない中、(1)外資の参画を演出し、10%対価に対する敷居を設ける。(2)Trafiguraに対してはGlencoreのように実際の資金拠出は求めず(ロシアを中心とする金融機関からの融資メイン)、最終的には持ち株を売却することでのキャピタルゲイン又はRosneft生産原油の取引クオータの優先割当てによる利益確保というカラクリが練られているのかもしれない。


[40] 2020年11月17日:IOD

[41] 2020年11月18日:コメルサント

図4 Glencore及びQIAによるRosneft株式19.5%買収スキーム


以上

(この報告は2020年11月27日時点のものです)

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