ページ番号1008904 更新日 令和6年7月29日

米国による経済制裁下におけるイラン石油産業の取り組み

レポート属性
レポートID 1008904
作成日 2020-12-02 00:00:00 +0900
更新日 2024-07-29 13:07:03 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 市場基礎情報
著者 芦原 雪絵
著者直接入力
年度 2020
Vol
No
ページ数 12
抽出データ
地域1 中東
国1 イラン
地域2
国2
地域3
国3
地域4
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 中東,イラン
2020/12/02 芦原 雪絵
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概要

  • 2020年11月3日に実施された米国の次期大統領選では、バイデン前副大統領が当選確実であると11月7日に報じられるとともに同日同氏が勝利宣言を行った。また、11月23日にはトランプ大統領が、一部の政権移行手続きに同意したとの報道も出ている。
  • イラン政府関係者は、バイデン政権下で制裁措置が緩和されると期待を高めているといわれ、新政権下で米国の圧力が弱まれば、現在は水面下で行われているとされるイランの原油輸出が急速に拡大する可能性がある。
  • 米国によるイランに対する「最大の圧力」政策の結果、イランの原油輸出量はイラン・イラク戦争のあった1980年代以来の最低水準にまで落ち込んだといわれる。ただ、イランは原油輸出量に関するデータを公表しておらず、各機関等が独自に算出した推計値しかない。イラン政府は出荷国を偽装するなど制裁逃れをして原油輸出を継続していると噂されている。
  • イランは周辺国への天然ガス輸出にも注力している。トルコやイラクなどへのパイプラインガスの輸出は継続している。また、原油よりも目立たずに輸送が可能な石油化学製品の輸出も最近増えている。
  • 現在のイラン経済の窮状を乗り切るため、イランは原油輸出の最大化を図ると共に、経済制裁解除後を見据えた生産能力拡大にも取り組んでいる。隣国との国境地帯に位置する油ガス田の開発にも注力しており、2021年8月にロウハニ政権が任期を終える前に、それらの油ガス田の開発契約を国内企業と締結する構えだ。原油生産能力の拡大と併せて新規石油輸出ターミナルの建設も進め、輸出能力の拡大にも努めている。
  • バイデン政権発足により、経済制裁が緩和あるいは解除後のイランの原油生産・輸出の増加は世界の石油市場にどのような影響を与えるのか。現在イラン国内企業の手で進めようとしている油ガス田の開発について外資を導入するのか。参入を希望する外国企業はあるのか。核合意および対イラン制裁の行方とともに注視していきたい。

(MEES、 Petroleum Intelligence Weekly他)


1. はじめに

2020年11月3日に実施された米国の次期大統領選挙投票では、バイデン前副大統領が当選確実であると11月7日に報じられるとともに同日同氏が勝利宣言を行った。また、11月23日にはトランプ大統領が一部の政権移行手続きに同意したとの報道も出ている。今後の米大統領選出の展開には、米国の対イラン制裁の行方の観点からも注目が集まる。

「もしも中国がトランプ大統領の退陣[1]を確信すれば、中国は1月から原油輸入量を増やし、2月には容易に50万バレルに到達する可能性がある」とのイラン石油省関係者の発言が報じられた。[2]

また、この石油省関係者はバイデン政権下でイランに対する制裁措置も緩和されると期待を高めているという。バイデン氏は包括的共同行動計画(JCPOA:以下、「核合意」)への復帰を表明しており、将来的には、トランプ政権が課した制裁措置が緩和されていくシナリオも予想される。ただしこうした動きは、ねじれ(上院:共和党多数、下院:民主党多数)が生じる見込みの米国議会での反対など、乗り越えねばならない壁やイラン問題よりも優先すべきCOVID-19対策のような政策もあり、正式な制裁緩和は早くとも2021年後半になるといわれている。とはいえ、外交経験豊富なバイデン次期大統領の下で、米国が素早く対応できるのならば、現在は水面下で行われているとされるイランの原油輸出が急速に拡大する可能性もある。

前回制裁時、イランは外資導入に向けた取り組みを2016年1月の正式な制裁解除以前より積極的に行ってきたが今回はどのような展開を見せるのか。本稿では、厳しい経済制裁を乗り切るためにイランが行ってきた取り組みを振り返るとともに、今後の注目点を検討したい。


[1] トランプ大統領の任期は2021年1月20日まで。

[2] Energy Intelligence Petroleum Intelligence Weekly 2020.11.13


2. 米制裁によるイラン原油取引の全面的な禁止とイラン経済への影響

2018年5月8日、米トランプ大統領は核合意からの脱退を表明すると共に、核合意により停止されていた、米国による対イラン制裁の再開を表明した。米制裁の再開は2018年8月7日と11月5日の2段階に分けて段階的に施行され、11月には「イラン産原油の輸入」が禁止された。この段階では、中国、インド、イタリア、ギリシャ、日本、韓国、台湾、トルコの8か国・地域については、イランからの原油輸入削減に取り組んでいるとして、一時的に原油取引の継続が認められていた。しかしその後、2019年4月22日に米国務省は、この特例措置を5月1日以降打ち切ると発表し、全面的にイランとの原油取引が禁止された。

その後、米国はイランに対する「最大の圧力」政策を掲げており、イランの原油輸出をゼロにすることを目指すとして、イランに対する経済制裁を強化してきた。その結果、現在のイランの原油輸出量はイラン・イラク戦争のあった1980年代初頭以来の最低水準[3]にまで落ち込んだといわれる。

通常、イランでは輸出収入のうち石油輸出が約7割を占めており、イランの財政・経済は石油輸出収入の多寡に大きく左右される。本来、屋台骨だった原油収入が大きく削がれ、イラン経済は大きく影響を受けている。原油輸出の減少に伴いGDP成長率は昨年に引き続き減少する見通しで、2020年10月にIMFは2020年の成長率をマイナス5.0%と予測した。新型コロナウイルス感染症や油価下落による影響もあって、イランにとり厳しい状況だ。

経済制裁が効果を上げてイラン経済が停滞し、体制が内側から弱体化した場合、米トランプ政権の思惑通りとなる。無論、イランがそのような状況を座して待つはずは無く、あらゆる手段を講じて収入源を確保しようと努めている。


[3] イラン・イラク戦争(1980年~1988年)原油輸出量が最も落ち込んだのは1980年日量79.7万バレル、1981年日量71.5万バレル(OPEC統計)


3. イランの収入確保に向けた取り組み

(1) 石油の輸出

経済制裁によりイランの原油生産量・輸出量は大きく落ち込んでいる。IEAによると2018年4月の時点で日量385万バレルだったイランの原油生産量は、2020年10月にはわずか日量189万バレルに留まっている。その大半は国内の製油所でのガソリン等石油製品製造に回され、原油輸出量も同様に急落しており、2018年4月の時点で日量240万バレルだった輸出量は、最近では日量20万バレル程度といわれる。11月には、イラン石油省関係者が「直近2か月間の原油輸出量は日量20万バレルで、この他コンデンセートなどの輸出量が日量40万バレル」と示唆したと報じられた。[4]

なお、現在イランは原油輸出量に関するデータを公表していないため、輸出量は各機関等が独自に算出して報じている推定値に頼らざるを得ない。最近の海運会社によるイランの原油ならびにコンデンセートやガソリン等石油製品を含む石油輸出量の推定値は、日量20万バレルから日量120万バレルまで大きな幅がある。イランの計画予算庁副長官が「2020年3月以降の石油輸出量は最大で日量70万バレルに達した」と発言し、後に撤回したケースもあった。イラン政府は出荷元を隠したり、偽装したりしながら輸出を継続しているといわれており、実態を分かりにくくしながら制裁網をかいくぐろうとする構えだ。


[4] Energy Intelligence Petroleum Intelligence Weekly 2020.11.13

図 1 イランの原油生産量
図 1 イランの原油生産量
出所:IEA

米国はイラン産原油のタンカー輸送に目を光らせている。そこでイランの船舶は、船名や位置、目的地等の船舶情報を送受信する「船舶自動識別装置(AIS)」のスイッチをオフにして航行し、マレーシアやUAE・フジャイラの沖合において、タンカーからタンカーに原油を直接引き渡す「Ship to Ship」と呼ばれる方法で、原油やコンデンセートの受け渡しを行っているとされる。それらのカーゴの主な行き先は中国といわれている。また、これらの原油はエンドユーザー向けには販売されておらず、そのまま保税倉庫や洋上貯蔵に回されている模様だ。この他、シリアにも不定期に原油が輸出されている模様である。従来、シリアへは日量3万~6万バレル程度の輸出が行われていたが、最近は日量6万~8万バレルまで急増している。

ベネズエラへのガソリンやコンデンセートの輸出も度々報じられた。ベネズエラでは、2019年1月に米国がベネズエラ国営石油会社(PDVSA)を制裁対象に加えたことで、ベネズエラからの原油輸出が困難となり、またオリノコ超重質油を希釈して輸送するための軽質原油あるいはナフサなど石油製品(希釈剤)の輸入が滞り、原油生産にも影響が生じるようになった。そこでベネズエラはイランから、韓国などが輸入を停止したために余っている、サウスパース・ガス田産のコンデンセートを輸入し、これがオリノコ超重質油の希釈剤として利用されている可能性が高い。2020年8月には米国が、イランからベネズエラへ向かうタンカー4隻を拿捕し、積載された石油製品約112万バレルを押収したと発表した。イランとベネズエラ、米国の制裁対象国同士が協力し合う構図になっている。

 

このように制裁をかいくぐる形での輸出が引き続いており、米国の「イランの原油輸出をゼロにする」という目標は完全には達成できているとは言い難い。しかし経済制裁によるイランの財政難は深刻で、国外の親イラン武装組織への資金提供も減っている。したがって、「武装勢力への資金提供を断つことでイランの影響力を封じ込め、孤立させ、中東域内での有害行動をやめさせる」という米国の目論見はほぼ達成されているともいえよう。さらに米国は「制裁回避」行為に関して徹底的に取り締まる構えをみせており、バイデン政権の実質的な勝利により将来的には制裁緩和も視野に入ってきたが、トランプ政権は続々と新たな制裁を発動してきた。例えば10月8日には、かつてオバマ政権下で二次制裁の対象に指定され、核合意の成立を受けて対象から外されていたイランの金融機関18行を改めて制裁対象に指定した。また10月26日には、イラン革命防衛隊の先鋭部隊であるコッズ部隊を支援したとして、イラン石油省、イラン国営石油会社(NIOC)、ザンギャネ石油相などを制裁対象に指定した。こうした動きは、トランプ政権が、政権交代に先立ち対イラン制裁を最大限強化することで、対イラン制裁の解除を可能な限り困難にする狙いがあるとみられる。

他方、これらの輸出により、実際にイランがどれだけの利益を得て、財政資金の一助にできているのかは定かではない。シリア向けの石油輸出はアサド政権支援の意味合いが大きく、また困窮するベネズエラからは販売代金がキャッシュで支払われているとも考え難い。


(2) 天然ガスの輸出

原油輸出に関しては厳しい包囲網が敷かれている。そこでイランが注力しているのが周辺国への天然ガス輸出および石油化学製品の輸出だ。

イランは米国、ロシアに次ぐ世界第3位の天然ガス生産国であり、世界第4位の消費国でもある。天然ガス生産量は過去20年間で大幅に増えており、特に近年は、サウスパース開発プロジェクトの新フェーズでの生産量増加がイラン全体のガス生産量の拡大をけん引している。2019年の天然ガス生産量は244.2BCM、消費量は223.6BCMであり、生産の9割は国内で消費されている。使途は電力部門が最も多く、次いで家庭用、商業用、工業用となっている。イランでは発電における液体燃料利用から天然ガス利用への転換が進められており2019年には発電全体のうち約63%が天然ガス火力によって賄われた。また、国内利用の余剰である16.9BCMが近隣国へパイプラインで輸出された。

図 2 イランの天然ガス生産量、消費量
図 2 イランの天然ガス生産量、消費量
出所:BP統計2020
図 3 イランの発電量、エネルギー別電源構成比
図 3 イランの発電量、エネルギー別電源構成比
出所:BP統計2020

最大の輸出国はトルコで、ガス輸出量全体の約44%(7.4BCM)を占める。なお、2020年3月31日にトルコ国内でパイプライン爆発が発生し、イランからトルコへのガス供給が停止した。[5]通常、パイプラインの修理は3日~1週間程度で済むといわれるが、トルコ政府は4月中旬に作業を開始し、数週間かかるとイラン政府に伝えたと報じられ、実際に供給が再開したのは7月1日であった。トルコがイランの天然ガス販売価格を下げさせるために修理の遅れを利用したとの見方も聞かれた。

また、8月にはトルコのエルドアン大統領がテレビ演説で、黒海にて大規模ガス田を発見したことを報告した。まだ正確な可採埋蔵量も確定しておらず、商業生産に至る可能性は未知数だ。現在、トルコはガス需要の99%以上を輸入に依存しており、今後アゼルバイジャン、イラン、ロシアを含め、年間40BCMを超える長期ガス契約が更新される予定である。もしも今次発見の商業性が見込めるならば、イランをはじめ、主要供給国との契約交渉にも影響を与えることになるだろう。[6]

イラン産ガスの2番目の輸出先はイラクだ。2017年6月よりバグダッド近郊の発電所向けに輸出を開始した。2017年の輸出量はわずか1.6BCMだったが、2019年には9.1BCMまで急増した。イラク国内では近年、天然ガス消費量が年率30%以上で拡大し続けているが、発電用の天然ガス生産が決定的に不足している。というのも、イラクは原油生産に伴い10.8BCMの随伴ガスを生産しているが、パイプラインや処理施設が不十分なため、生産ガスの半量以上を有効活用できずに燃焼(フレア)させている。その上、慢性的な電力不足に陥っており、イラクの電力の約30%がイランからの電力・天然ガス輸入によって賄われている状況だ。[7]

米国はイラクに対し、イランからの電力・ガス輸入を許可する時限的措置[8]を継続しつつ、イランからの引き離しを図っており、イラクは自国における随伴ガスの有効活用計画を推進しようと模索している。これに関しては、米企業の参画やサウジアラビア企業協力の可能性も報じられ、「イラン包囲網」の文脈でも支援を受けてプロジェクトが進められようとしている。ただし進展は遅い。イラクは2025年までの電力・天然ガス自給達成を目指すと宣言する一方で、それまではイランからのガス輸入に頼る他に選択肢が無いとも公言した。

なお、イラン産のガスはこのほかアゼルバイジャン、アルメニアへも少量が輸出されている。


[5] クルド人武装勢力の犯行とみられるものの、トルコは詳細についての公式説明を行っていない。

[6] トルコによる黒海での発見については、JOGMEC 石油・天然ガス資源情報

https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1008604/1008848.htmlを参照。

[7] MEES 2020.8.28

[8] 最新の猶予期間は2020年11月23日から2021年1月6日までの45日間。


(3) 石油化学製品の輸出

近隣国へのパイプラインガス輸出の他、石油化学製品の輸出も最近増えている。米国の監視の目が光るなかでは、AISのスイッチをオフにしたところで、大型タンカーによる液体燃料の輸出はどうしても目立ってしまう。一方、プラスチック原料などの石油化学製品であればタンカーを用いずにコンテナで輸送することも可能といわれており、石油化学製品も大部分が中国へ向かっているとみられ、加えてトルコやイラクへの陸上輸送も急増している模様だ。原油・コンデンセート輸出の減少につれ、相対的に非原油輸出収入が増えているというわけだ。

2019~2020年期のイランの石油化学製品の生産量は過去最高の5,620万トンを記録し、このうち2,310万トンが輸出された。主な輸出品目は、メタノール、エチレン、ポリエチレン、エチレングリコールなどだ。石油化学製品の輸出は前年比で5%増加しており、収益は145億ドルで、内訳は輸出が95億ドル、国内販売が50億ドルだった。[9]イランは原油輸出減少の影響を相殺するために石油化学製品の生産量を増やす計画を進めている。2021年3月までに生産能力を現在の6,600万トンから1億トンに引き上げ、収入を250億ドルに増やす目論見である。さらに2025年3月までに石油化学製品の生産能力を1.3億トンに引き上げ、収入を340億ドルに増やす計画を持っている。[10]

なお、2019年12月にロウハニ大統領は、経済制裁下で石油化学産業が果たす役割の重要性を強調し、石油化学産業はイランの非原油輸出の最前線にあると述べた。外貨獲得手段としての石油化学部門の重要性がより一層増しているわけだ。


[9] MEES 2020.07.10

[10] Caspian News 2020.8.6

図 4(参考)イランの石油化学製品生産量、輸出量、輸出収入
図 4 (参考)イランの石油化学製品生産量、輸出量、輸出収入
出所:Radio Farda

4. 制裁解除を見据えた取り組み

(1) 油ガス田生産能力の拡大

輸出の最大化を図ることで現在の窮状を乗り切ろうとするイランだが、経済制裁解除後を見据えた生産能力拡大にも取り組んでいる。

制裁解除を待ってから新規坑井の掘削や補修等に取り組めば、生産能力を拡大するのに2~3年を要し、その間に市場シェアを奪われてしまう。前回制裁時、イランはわずか1年足らずで生産量を日量100万バレル近く増やしそのレジリンスを見せつけた。産油国にとっての国力とは埋蔵量ではなく生産能力だとザンギャネ石油相は述べ、急ピッチで生産能力の拡大に取り組んでいる。

イランが特に注力しているのが隣国との国境地帯に位置する油ガス田の開発で、2021年に任期を終える現在のロウハニ政権のうちに、それらの油ガス田全てで開発契約を国内企業と締結する構えだ。イラン政府は2020年7月から8月にかけて、イラクとの国境沿いにある南北アザデガン油田や南北ヤラン油田等で増産に向けた開発契約を国内企業と相次ぎ締結した。これらの開発が進めば、現在日量約390万バレル程度とされるイランの生産能力に日量40万バレル弱を追加することになると見られる。

イランでは既存油田の多くで老朽化が進んでおり、生産量を維持・増加させるためにEOR技術[11]の増強が長年の課題となっている。経済制裁が再開される以前は、このような分野で外資の知見や資金を活用する構えだった。しかし制裁措置により外資参入が実現しない今、イランは国内企業の力で油ガス田開発を行わなくてはならないが果たして実行可能なのか。南ヤラン油田の開発計画では、原油回収率向上が難しいことを理由に生産目標を当初予定していた日量6万バレルから2.5万バレルへ大幅に引き下げた。制裁措置への懸念からTotalとCNPCが撤退を余儀なくされたサウスパース・ガス田フェーズ11では、当初Totalによる設置が予定されていた圧縮プラットフォームの実現が難しくなり、最近2020年11月に掘削を開始したものの、将来的な増産に向けた開発は難しいといわれる。[12]

一方で、フェーズ11を除いたサウスパースの他の全ての開発フェーズでは2022年3月までの完了を目指し開発を進めている。また、南アザデガン油田では、生産能力を現在の日量14万バレルから日量32万バレルへ引き上げる計画だが、この目標値は、かつて外資誘致を追求していた頃と変わっていない。外資の参入無しで、これらの追加開発が可能なのかどうかは定かではないが、前回制裁時に輸入できなかったり、国内企業によるメンテナンスができなかったりした資機材も今ではイラン国内で内製化が進んでいるとのイラン国内報道もある。今後の油・ガス田開発が順調に進むかどうか、各々のプロジェクトの進捗状況にも注視していきたい。


[11] EOR:Enhanced Oil Recovery 油田の生産量を維持・増加させるために行う。ガスを油田に圧入して油田内部の圧力を高める等、原油を効率的に回収するための手法。

[12]フェーズ11は、周囲の鉱区(カタール側を含む)でガス生産が先行しているため、貯留層内圧力は他の一般的なサウスパースフェーズよりもはるかに低くなる。圧力の低下により、パイプラインを通じた陸上処理プラントへの送ガスには圧縮が必要とされ、NIOCはTotalの技術導入に期待し、このフェーズ11の技術を他のフェーズへ複製活用することを計画していたという。こうした観点から、フェーズ11はサウスパース全体の次段階の開発にとって重要不可欠なプロジェクトとされ、故にTotal撤退によって次の段階における不確実性が大きく増しており、他のサウスパース フェーズからの将来の生産に大きく影響する可能性がある。

図 5 イランの主要油ガス田
図 5 イランの主要油ガス田
各種資料を基にJOGMEC作成

(2) インフラ整備による原油輸出能力の拡大

原油生産能力の拡大と併せて輸出能力の拡大も進めている。戦略的プロジェクトとして進めているのがオマーン湾岸に位置するジャスク石油ターミナルだ。イランには現在7つの石油輸出ターミナルがあり、陸上原油の大部分およびペルシャ湾沖合北部で生産される原油をペルシャ湾の奥に位置するカーグ島石油ターミナル(出荷容量日量700万バレル)から出荷している。一方、ジャスクはホルムズ海峡の外側に位置するため、船舶輸送時間の短縮が可能で、また、仮にペルシャ湾内の軍事的緊張が高まった有事の際にも影響を受けずに出荷できる利点があるとされる。ジャスク石油ターミナルの貯蔵容量は1,000万バレル、出荷容量は日量100万バレルで2021年3月までの操業開始を目指し建設を進めている。将来的には出荷容量を日量800万バレルまで引き上げる計画だ。衛星画像によると貯蔵タンク20基全てで建設が進んでおり、来年3月までに運用が開始される可能性は高いとみられる。[13]石油生産の中心地であるブーシェフル州とジャスク石油ターミナルをつなぐ42インチ、全長1,100メートルのゴレ-・ジャスク石油パイプラインの建設も進めており、現在の進捗状況は60%程度だという。


[13] MEES 2020.06.26

図 6 中東湾岸の主要石油輸出インフラ
図 6 中東湾岸の主要石油輸出インフラ
各種情報を基にJOGMEC作成

5. 今後の注目点

今後の注目点はやはり米国の対イラン制裁の行方とその影響だ。バイデン政権発足により、経済制裁が緩和されるのか。また米制裁の解除後、イランの原油生産・輸出の増加は世界の石油市場にどのような影響を与えるのだろうか。OPECプラスの協調減産の取り組みからも見られるとおり、現在の石油市場は弱含みな需要の中で産油国間のシェア獲得競争が繰り広げられている。経済制裁が解除され、イランが市場へ復帰すれば競争のさらなる激化が予想される。現在イランは協調減産から免除されているが、制裁解除となれば、イランも協調減産への参加を求められることになると思われる。

このほか、現在イラン国内企業の手で進めようとしている油ガス田の開発について、制裁解除後は外資を導入するのかも注目される。最近、国内企業と開発契約を進めている油ガス田はかつて外資企業が参入しながらも遅々として開発が進まなかったプロジェクトが多い。例えば南アザデガン油田は2011年にCNPCへ付与したものの、開発計画の進捗の遅れを理由に2014年に契約を解除し、イラン国内企業ペトロパース[14]と開発契約を締結した。また、アラビア湾沖合のファルザドB・ガス田は、2008年にインド企業コンソーシアムが発見し、その後開発交渉を継続していたが、制裁への懸念から進捗が見られないまま、2020年にイランはイラン歴年末(2021年3月)までに国内企業と締結予定であると述べた。

前の制裁解除時には2015年5月に首都テヘランで第 20 回 Iran International Oil, Gas, Refining and Petrochemical Exhibition(通称:Iran Oil Show 2015)が開催され、イラン企業1,200社のほかに欧州やアジアをはじめ20か国から約600社の外国企業が参加した。また、核合意締結後の同年11月にはTehran Summit – The Introduction of New Iran Petroleum Contractsが開催され、石油・天然ガス探鉱開発契約の新方式IPCが発表されるなど大々的な外資誘致が行われ、多くの企業が関心を示した。今回制裁が解除されたら、このまま引き続き油ガス田開発は自分達で行うのか、あるいは再び外資と組むのか、参入を希望する外国企業はあるのか。核合意および対イラン制裁の行方とともに注視していきたい。


[14] NIOCの100%子会社で、同社はサウスパース・ガス田フェーズ11の開発も担当している。


参考資料:

最近のイラン石油産業の変遷とその課題
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/review_reports/1007687/1007785.html


以上

(この報告は2020年11月30日時点のものです)

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