ページ番号1008944 更新日 令和3年10月13日
ロシア:Vostok Oilプロジェクトを巡る動き(続報):Trafiguraの参画とフダイナトフ前Rosneft社長が率いる独立石油会社(NNK)との資産スワップの実行
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概要
- 昨年末のTrafiguraの参画を受け、Vostok Oilプロジェクトの主体となる事業会社Vostok Oil LLCへの鉱区ライセンス移譲・集中化が進んでいる。その一環として、Rosneftは資産整理を進め、18カ月以内に収益率の低い日量40万バレル程度の鉱床(中小油田でウォーターカット(水含有)率が高く、優遇税制の対象となっていないもの)の売却検討を開始。RosneftはVostok Oil LLCの51%権益を維持し、オペレータに留まることも明らかに。
- Vostok Oilプロジェクトでは北極海航路を活用した原油輸出を想定しているが、Rosneftは実際にヴァンコール鉱床群の原油を北方に振り向けることを具現化するための作業を開始。現在、「ヴァンコール~プルペ」原油パイプラインをリバース方式で稼働させるための技術調査に関する入札が実施されている。
- 12月30日、TrafiguraがVostok Oil LLCの10%権益買収を完了と発表。57億7,500万ユーロのシンジケート融資契約が、セーチン社長に近いとされるCredit Bank of Moscowによって組成され、10%の権益に対して、約73億ユーロ(89億ドル)が支払われた(融資57億7,500万ユーロ+Trafiguraによる自己資金15億ユーロ)。満期は13年、返済猶予期間は5年と設定。
- 生産中のヴァンコール油田を含むクラスターと並んで中核を成すと想定されているパイヤハ・クラスターについても、構成する鉱区ライセンス保有者であるフダイナトフ前Rosneft 社長が率いるNNKとRosneftとの間で、年末にかけて資産スワップディールが成立。Rosneftが、NNKが保有するTaimyrneftegaz(パイヤハ・クラスターの内、少なくとも既発見開発2鉱区(北パイヤフスキー鉱区及びパイヤフスキー鉱区)を保有)を100%買収し、その代わりにNNKは、Rosneftが売却を検討していたRN-Severnaya Neft、RN-Sakhalinmorneftegazの各9%、Varyeganneftegaz(及び同社傘下の4生産会社)の93.89%の譲渡を受けている。NNKが譲り受けた資産は日量12.2万バレルの生産価値を有すると見られる。
- Rosneftは、ヴァンコール油田権益の49.9%を保有するインド企業コンソーシアム(ONGC Videsh:26%、Oil India Ltd:8%、Indian Oil Corporation:8%、Bharat PetroResources:7.9%)に対し、Vostok Oilプロジェクトのマイナー権益と引き換えに当該の49.9%を資産スワップすることを提案している模様。また、Trafiguraだけでなく、Vitol、グレンコア、Gunvor等の世界的なトレーディング会社とも協議を行っていると言われている。NOVATEKの大株主・チムチェンコが所有するGunvorが年初に2021年のRosneftの石油精製製品900万トンを輸出する大口契約を締結したことから、この取引が将来的にVostok Oilプロジェクトに紐づけされる可能性があるという見方も。
1. はじめに
昨年11月、Rosneftは取締役会で、Vostok Oilプロジェクトを担うと考えられる子会社Vostok Oil LLCの定款株式10%を、Rosneftの原油・石油製品の取扱いでの関係も深い世界第二位の石油トレーダーであるTrafigura[1]に売却することに合意したと発表した[2]。その後、年末年始にかけて、(1)Trafiguraの参画と資金調達方法に関する報道や、(2)3つのクラスターの内、既発見油ガス田を有するパイヤハ・クラスターを構成する鉱区を保有するフダイナトフ前Rosneft社長の独立石油会社(NNK[3])から、Rosneftが資産スワップによってそれら鉱区を取得するという動きが続いている。本稿では11月に紹介した資源情報[4]の続報として、これまでの動きを追う。
[1] Trafigura(Group Pte. Ltd):1993年に設立。シンガポールに本拠を置く多国籍商品取引会社(本社はシンガポールだが、トレーディング業務はジュネーヴで行われている)。現在、Vitol(蘭)に次ぐ世界第2位の民間石油トレーダーであり、金属取引では世界最大。Rosneftとは2012年~13年に行われたTNK-BP買収での資金提供を皮切りに欧米制裁後も同社の石油取扱いを増やし、関係を深めてきた。同社とRosneftはインドのNayara Energyの株主でもある(各24.5%:49.13%)。
[2] 2020年11月17日:PON・Prime
[3] NNKはロシア語のNezavisimaya Neftegazovaya Kompaniya(Независимая нефтегазовая компания)の略で独立石油会社を意味する。2010年に設立後、2013年にRosneftにセーチン社長が就任するのを受けて、退任したフダイナトフ前社長が社長に就任。2014年に名称をNNK-Aktivに変更。中堅独立系石油会社Alliance Oilを買収。2017年にNNK-AktivからNeftegazholdingに名称を変更。現在に至る。2020年の原油生産量は日量約2.1万バレル。天然ガス日量約50MMCF。文中の社名は通称として用いられているNNKを採用している。
[4] 資源情報「Rosneftが子会社Vostok Oil LLCの株式10%について石油トレーダーのTrafiguraへの売却を承認。Vostok Oilプロジェクトの現状とTrafigura参画の背景を考える」https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1008604/1008900.html
2. これまでの動向
(1) Rosneftによるプロジェクト関連公開情報
12月1日、TrafiguraのVostok Oilプロジェクトへの参画に関する報道が出てから初めて、投資家向けビデオ会議の中でカシミーロ第一副社長を中心に、Vostok Oilプロジェクトの現状について説明が行われた[5]。
[5] PAF・VTB Capital・Prime(2020年12月2日)
1. ディール及びプロジェクトストラクチャ関連:
- ヴァンコール・クラスター(ヴァンコール、スズン、タグル及びロドチノエ各鉱区。更にパイヤハ・クラスターに西部で隣接するイルキンスキー及び西イルキンスキーも含まれることが明らかに)及びパイヤハ・クラスターの鉱区群がVostok Oil LLC傘下に入ることになる。(注)同社はこれまで西イルキンスキー鉱区のみを保有していた。
- Vostok Oil LLCの10%はTrafiguraに売却される。売却は即時支払い。売却額は非公開(後述(2)参照)。
出典:Rosneft[6]
- Rosneftは18カ月以内に収益率の低い合計日量40万バレル程度の鉱床(中小油田でウォーターカット(水含有)率が高く、優遇税制の対象となっていないもの)を売却することを検討している。売却益はVostok Oilプロジェクトに活用する。(注)売却する中小油田について、同時期の報道ではRN-Sakhalinmorneftegas(従前S-1の権益を保有していたが、現在は関連会社へ移譲し、サハリン島周辺で探鉱開発を行っている)、Varieganneftegas、RN-Severnaya Neft、OrenburgneftとSamaraneftegasの一部資産を対象としているとの情報あり(後述(3)NNKとの資産スワップを参照)。
- RosneftはVostok Oil LLCの51%権益を維持し、オペレータに留まる。(パイヤハ・クラスターを構成する鉱区を売却する)フダイナトフRosneft前社長が率いるNNKはVostok Oil LLCの株主にはなることは想定されていない。
- BP及びRosneftのJV(Yermak Neftegaz/パイヤハ・クラスターと東タイムィル・クラスターとの間に位置する)はVostok Oilプロジェクトの一部にはならない。
2. 探鉱及び生産計画について:
- 2022年に年間2千万トン(日量40万バレル)、2030年に1億トン(日量200万バレル)、2033年に1.15億トン(日量230万バレル)を目指す。油種はウラルに比べて優良な性状。
- 3万坑に及ぶ生産井及び圧入井を掘削する予定。これまで22坑の試掘井が掘削され、2025年までに更に25坑を掘削する予定。
- 3Pベースの確認埋蔵量は16.5億トン(120億バレル)、内、2Pベースは6億トン(44億バレル)。資源量(原始埋蔵量)は60億トン(438億バレル)。
- 近傍鉱区のアチモフ層及びプリオブスコエ鉱床の低孔隙率の油ガス田がパイヤハ鉱床に近似。
- 1年半前にパイヤハ鉱床近傍で掘削されたIrk-31坑井では日量700トン(日量5,100バレル)のフローを確認したが、厳しい掘削環境のため井戸は完全に掘削されていなかった。2022年に再度掘削を計画中。
- 将来的にはLNGプロジェクト立ち上げ(一部報道では「タイムィルLNGプロジェクト」とも呼ばれている)も視野。
3. インフラ建設計画について:
- 石油港(セーヴェル港/図1参照)の積み出し能力は2030年に1億トン(日量100万バレル)。300万トン(22億バレル)の備蓄能力を有する規模。
- 2つの空港、域内供給発電所及び石油集積基地建設が計画されている。
- 北極圏用の特別仕様の100基の掘削リグ(掘削能力6~7千メートル)を調達する長期契約が既に存在している。
- プロジェクト総事業費(情報なし)の50%がインフラ関連。インフラ建設はプロジェクト事業費の中で行われる。<筆者注>これはNOVATEKが進めるヤマルLNG及びアルクチクLNG-2と異なり、空港や港の建設に政府による支援は想定していないことを示唆。
4. その他:
- Vostok Oilプロジェクトはロシア連邦のGDP成長率に2%寄与する。
- インフラ建設は全て国内調達。
- 資源抽出税、法人税及び資産税に対する優遇税制適用については政府保証を得ている。
- ESG的視点からはVostok Oilプロジェクトは環境に配慮したプロジェクト。CO2排出量はバレル当たり2kgのみ。電力供給は天然ガス及び風力で賄う。温度調整装置によって永久凍土融解を防ぐ。
RosneftはさらにVostok Oilプロジェクト近隣の鉱区入札に積極的に参加しており、12月16日にはギダン半島の西ミンホフスキー鉱区(未探鉱/近傍鉱区の生産状況から天然ガス賦存が想定されており、D1ベース(探査はされていないが、該当地域内で商業量の石油またはガスの賦存が確認されている)の埋蔵量が89.8BCM、D2カテゴリー(地質学的アプローチで有望)が209.4BCM)をNOVATEK他との競合の末に最終的に落札している。同鉱区のークション開始価格は1億2,400万ルーブルで、Rosneftによる落札額は約3億2,000万ルーブルを提示したと言われている[7]。
12月21日には、Rosneftは上述のヴァンコール・クラスターに入った西イルキンスキー鉱区で37億バレルの油田を発見したとの発表を行っている。試掘井第31号(深度3,700メートルで掘り止め)において、3,000メートル付近で2つの油層を発見したというものだ。先だって、天然資源環境省も同発見について、C1+C2ベース(試掘井は掘削したが、油ガスフローを地表では未確認)で5億1,100万トン(≒37億バレル)を記録している[8]。C1+C2ベースの埋蔵量という点から見ても、まだ試掘1坑という状況のため、37億バレルという巨大埋蔵量の発表に対して懐疑的な見方も出ている[9]。
年が明けると、Rosneftはヴァンコール鉱床群の原油を北方に振り向けるという構想を具現化するための作業を既に開始しているとの情報が出てきた。まだ探鉱段階にある現状に鑑みると、拙速な印象も受けるが、Vostok Oilプロジェクトの第1期工事(後述)の計画作業用の技術調査の遂行に必要な資機材の買い付けを行う意向を表明し、入札の開始価格は1億400万ルーブル(約1.4億円)として、Rosneft傘下の研究所の1つであるトムスク石油ガス科学・研究・計画研究所(TomskNIPIneft)を発注者として入札を公告している。
第1期工事の計画作業の技術調査の焦点として位置付けられているのは、エニセイ河の左岸と右岸でのバースの建設のための計画文書の作成と既存の原油パイプラインのリバース方式(同社が保有する「ヴァンコール~プルペ」原油パイプラインをリバース方式で稼働させることと推定される)での稼働である。現在、ヴァンコール鉱床群から生産される原油は、TransneftのESPO原油パイプラインを利用し、対中の大慶支線及びウラジオストク(コジミノ港)からアジア太平洋諸国へ輸出されているが(2020年のTransneftの原油総輸送量に占めるヴァンコール鉱床群のシェアは約4%と言われている)、もし同鉱床群の原油を北方に振り向けるというRosneftの計画が実現されれば、Transneftは同鉱床群からの原油輸送収入を失うことになる。なぜならそれは、2024年までに3,000万トン(日量60万バレル)の原油を北極海航路経由で出荷するというRosneftが掲げるVostok Oilプロジェクトの目標を達成するには、既にプラトーに入っている主力生産油田、ヴァンコール鉱床群の原油を全量北に振り向ける必要があるからだ。今回の入札実施は、Rosneftがヴァンコール鉱床群はVostok Oilプロジェクトを構成する油田であり、同鉱床群の原油は今後セーヴェル港に至る総延長約800キロメートルのパイプラインで北極海航路を経て、海外へ輸出されることになることを明らかにするものでもある。Rosneftとしては、パイプライン輸送ではESPOブレンドとして混合され、品質が統一されてしまう(API比重36、硫黄分0.6%)ものが、独自のルート(北極海航路)で輸出することでヴァンコール原油(API比重~39、硫黄分~0.2%)の品質が維持され、プロジェクトに追加の利益をもたらすことになるとの見解を示している。なお、入札の結果は2月19日以降に発表される予定である[10]。
[7] コメルサント(2020年12月16日)
[8] Interfax(2020年12月16日)
[9] UpstreamOnline(2020年12月21日)
[10] コメルサント(2021年1月12日
(2) Trafiguraの参画と支払い対価、資金調達
Trafiguraが10%株式を取得する予定のVostok Oil LLCに関連しては西イルキンスキー鉱区ライセンスしか保有しておらず、早晩Rosneft関連会社が保有する各クラスターを構成する鉱区ライセンスが同社へ移転されることが予想された。12月25日には、予想の通り、RosneftがRosneft及びRN-Vankorの保有している14の鉱区ライセンスをVostok Oil LLCへ譲渡したことが明らかになる[11]。対象鉱区はヴァディンスキー鉱区、東タグル-1鉱区及び東タグル-2鉱区、クプチフタフスキー鉱区、東スズン-8鉱区、ヤンゴドスキー鉱区、メゼニンスキー鉱区、北ジャンゴドスキー鉱区、ウラディーミルスキー鉱区、クバラフスキー鉱区、クンガサラフスキー鉱区、イチェムミンスキー鉱区、他2鉱区となっている(太字の鉱区は、表1で判明しているVostok Oilプロジェクトに包含されると想定される鉱区と合致するもの。その他の鉱区は同表のNAで示されたいずれかの鉱区となると推定される)。また、Vostok Oil LLCの代表にはVankorneft JSC及びRN-Vankor LLC社長(ウラジーミル・チェルノフ氏)が就任することとなり、同地域の探鉱開発に詳しい人材が充てられることとなった。
[11] Interfax(2020年12月25日)
12月30日には、Trafiguraが遂に沈黙を破り、Vostok Oil LLCの10%権益買収を完了したと発表した[12]。プレスリリースでは、「買収費用の大部分が長期融資によって賄われている。この投資により、Trafiguraは、推定60億トン(438億バレル)の高品質原油資源を有するヴァンコール・クラスター及びパイヤハ・クラスターで構成される世界クラスの巨大陸上生産地域へのアクセスが可能となる。 また、今回の権益買収はTrafiguraとRosneftの間の長年の商業関係に基づく取引であり、Trafiguraにとっては、Vostok Oilプロジェクトを含む生産原油の長期オフテイクへのアクセスを提供するもの」と報告している。なお、購入価額は明らかにしていないが、その主要資金を長期融資によって賄っていることが明らかになったことは、ロシア金融支援の関与を窺わせるものとなった。
そのことを裏付ける情報が年明けに出される。ブルームバーグは、ロシア・モスクワに本拠を置くCredit Bank of MoscowがTrafiguraに対して70億ドル規模の融資を実行していることを、シンガポール当局に提出された書類によって突き止めている(Trafiguraがシンガポールに登記しているため)。Trafiguraは、12月23日に同銀行と57億7,500万ユーロ(70億ドル)の融資枠に合意。Vostok Oil LLCの10%株式はTrafiguraが100%保有する子会社CB Enterprisesが保有し、Trafigura自身も少量の自己資金を供給したことが明らかになった。このことは今回の取引が70億ドル超の価額で行われたことを意味するが(但し、後述の通り、フィナンシャル・タイムズは57億7,500万の融資+自己資金15億ユーロの合計である約73億ユーロ(89億ドル)が支払い対価と報道している)、当初のRosneft想定の総額10兆ルーブル(1,570億ドル)の10%対価である157億ドルを大幅に下回る評価となっている。他方、Trafiguraにとって今回の権益買収は、これまでで最大のディールとなり、Trafigura自体の簿価とVostok Oil LLC10%の株式が同評価であることも示している。また、プロジェクト全体で700億ドルの評価額となり、Rosneftの時価総額(約620億ドル)をも上回る。Rosneft広報は、「購入価格はTrafiguraによって全額支払われた。CB Enterprisesに対してRosneftには金銭的義務は負っていない」と述べている。グレンコアの2016年のRosneft株式買収の時と同様に、Credit Bank of Moscowの融資に対する担保はVostok Oil LLCの株式に限定されており、Trafiguraは親会社リスクを負っていない模様である[13]。なお、具体的なローン組成に関しては追加情報として、Credit Bank of Moscowが幹事行となって、2020年12月末に10以上の銀行のシンジケートによってローン契約が組まれ、Trafigura自身も約20%(最大約14億ドル)資金提供することができる内容となっていると見られている。また、Credit Bank of Moscowは「ローンの返済の源泉は、Vostok Oilプロジェクト内で受け取った配当金である」と述べている[14]。
[12] Trafigura社HP:https://www.trafigura.com/press-releases/trafigura-acquires-10-percent-of-vostok-oil(外部リンク)
[13] Bloomberg(2021年1月6日)
[14] RBKDaily(2021年1月6日)
出典:Credit Bank of Moscow公開資料より抜粋[15]
[15] Credit Bank of Moscow投資家向けプレゼンテーション:https://mkb.ru/en/investor/report/actual(外部リンク) Invertor Presentationスライド9より。
公開情報によれば、Credit Bank of Moscow(略称MKB)は1992年に設立され、モスクワ市及びモスクワ州を基盤とするロシアにおける10大銀行のひとつである。ローマン・アヴディエフ氏(フォーブスのランキングではロシアで102番目。不動産事業等で財を成す。23人の子供がおり、内17人は養子)が主要株主(56.1%)、欧州復興開発銀行(EBRD)が3.6%出資しており、流動株式が20%存在する。
同行の直近の投資家向け資料では(図3)、2014年時点でロシアの金融業界で第13位(0.8%)だったものが、2020年12月時点で第6位(2.8%)へ上昇。ロシアの金融業界は上位5行が国営銀行による寡占状況にある中、民間銀行としてはアルファバンクに続き、成長を遂げていることが示されている。
支払価額に関する直近の情報では、フィナンシャル・タイムズが、57億7,500万ユーロのシンジケート融資契約に関するさらに詳しい情報として、Vostok Oilプロジェクトの10%の株式に対して、約73億ユーロが支払われ、内15億ユーロが自己資金で賄われていること、満期は13年で、返済猶予期間は5年で設定されていることを報道している。さらに、今回の取引の特徴として、グレンコアとカタールによるRosneft株式19.5%を110億ドルの株式を購入した2016年の取引といくつかの類似点があるものの、グレンコアは20カ月後に株式を売却し、日量22万バレルの原油取扱契約は継続している一方で、Trafiguraは融資契約における返済原資は同プロジェクトからの配当と述べており、Trafiguraはプロジェクトの株式を譲渡する予定はないという点が異なることを指摘している[16]。
また、ロシア経済紙ヴェードモスチは、Trafigura代表の話として、「Vostok Oilプロジェクトの権益の10%取得に対して、同社は15億ユーロを投下。参画費用は総額で70億ユーロに達する。参画費用の大半(つまり、55億ユーロ)は子会社であるCB Enterprisesに対する融資により賄われる。但し、その内20%強(15億ユーロ)については、Trafiguraの自己資金で賄われる」。さらに、Credit Bank of Moscow及びTrafigura関係者の情報として、10行以上が参加した銀行団とCB Enterprisesとの融資契約は2020年末に締結され、融資に対する返済はプロジェクトから得られる配当を原資として行われる見込みであるここと、融資期間は13年で、5年間のグレイスピリオド(元本の返済が免除される期間)が設定されていることを報じている[17]。
[16] FT(2021年1月21日)
[17] ヴェードモスチ(2021年1月22日)
(3) フダイナトフ前Rosneft社長率いるNNKとRosneftの資産スワップ
Vostok Oilプロジェクトにおける既発見鉱床であり、既に生産中のヴァンコール・クラスターと並んで生産資産中核を成すと想定されているパイヤハ・クラスターについても、構成する鉱区ライセンス保有者である、フダイナトフ前Rosneft 社長が率いるNNKとRosneftとの間で、年末にかけて資産スワップディールが急速に成立している。
12月28日、Rosneftがパイヤハ・クラスターの内、少なくとも開発2鉱区(北パイヤフスキー鉱区及びパイヤフスキー鉱区)を保有するTaimyrneftegazを100%買収したことが明らかになった[18]。
続いて、その対価としての資産スワップと見られる動きが続く。まず、NNKの子会社であるNNK-OilがRosneftの子会社RN-Severnaya Neft(ネネツ自治管区で探鉱生産。現在日量3.2万バレル)の9%を取得[19]。また、RN-Sakhalinmorneftegaz(サハリン州北部で30以上の鉱区を保有。現在日量1.2万バレルを生産)の9%も取得[20]。また、年が明けて、さらにVaryeganneftegaz(現在日量12.6万バレル。確認埋蔵量7.95億BOE。1月14日時点の時価総額は約3億ドル)株式の93.89%がNNKへ移譲されたことが明らかになった。Varyeganneftegazは4つの子会社を抱えており、LLC Severo-Varyoganskoye及びJSC Nizhnevartovsk Oil and Gas Production Enterprise(双方ともハンティ・マンシ自治管区で探鉱生産。日量7.4万バレル)、LLC Usinsk-Snabservice(コミ共和国で探鉱生産)、LLC Sakhalin-Sklad(サハリン州ノグリキで探鉱生産)もNNK傘下となった[21]。また、この他、Rosneftが保有するタリンスコエ鉱床やOrenburgneft、Samaraneftegasも資産スワップの対象に加わる可能性が指摘されている[22]。これら資産の合計生産量は、2020年時点で約1,000万トン(日量20万バレルであり、Rosneftの年間原油生産量の5%に当たる)である一方、2019年から2020年に減退が目立つことも特徴となっている。他に売却される可能性のあるOrenburgneftとSamaraneftegasを加えると、総生産量は最大2,000万トン(日量40万バレル)と見積もられる[23]。
[18] Interfax(2020年12月28日) (注)買収日は12月25日(コメルサント)。
[19] Prime(2020年12月30日)
[20] Interfax(2020年12月31日)
[21] Interfax(2021年1月13日)
[22] Lambert(2021年1月13日)
[23] VTB Capital(2021年1月14日)
(4) 外資誘致動向
Gazprombankの情報によれば、Rosneftは、ヴァンコール油田権益の49.9%を保有するインド企業コンソーシアム(ONGC Videsh:26%、Oil India Ltd:8%、Indian Oil Corporation:8%、Bharat PetroResources:7.9%)に対し、Vostok Oilプロジェクトのマイナー権益と引き換えに当該の49.9%を資産スワップすることを提案している模様である。ヴァンコール油田を保有するVankorneftはヴァンコール鉱床群の内、サテライトを含んでおらず、ヴァンコール油田の権益しか保有していない。ヴァンコール油田は2014年欧米制裁発動で孤立するロシアが、日本を含め、インド、中国等に外資誘致を行ったもので、最終的に2015年9月にONGC Videsh(15%権益)、2016年3月に同権益を26%へ増加し9.3億ドルでONGC Videshに、同時に他3社に対して、残り23.9%を20.2億ドルで売却したものだが、2015年にピーク(日量約44万バレル)を迎えた後、急速に減退しつつある油田である(2020年は日量約26万バレル)。なお、今後減退する生産を補うべく開発が進められているサテライトの3鉱床(スズン鉱区、タグル鉱区及びロドチノエ鉱区)はRosneftが100%を保有している[24]。インド企業コンソーシアムにとっては、減退するヴァンコール油田のみでコスト回収を行っていくか(いずれにせよ開発計画は上述の2. 4.の通り、既存インフラのESPO原油パイプラインを使用せず、新たな石油港を北極海に建設する北極海航路を活用するスキームに巻き込まれていくことになる)、巨額投資ながらVostok Oilプロジェクトにマイナー参画することで利益の最大化を図っていくか難しい判断を迫られていると推察される。
また、1月15日にはロイターが、Rosneftは現在の原油価格停滞を受けて、参入を検討していた外資石油会社との交渉が行き詰まった結果、Trafiguraだけでなく、Vitol、グレンコア、Gunvor等の世界的なトレーディング会社と協議を行っていると報道している。通常、トレーディング会社は生産活動に直接投資することを避けるが、Rosneftとの取引は成長するアジア市場への長期的な主要な供給源へのアクセスを与える可能性があるため魅力的かもしれないと指摘し、NOVATEKの大株主であり米国制裁対象であるチムチェンコが所有するGunvorが年初に2021年のRosneftの石油精製製品900万トンを輸出する契約を締結したことを引用しており、Trafiguraに続き、Gunvorもこの取引をきっかけにVostok Oilプロジェクトに参加する可能性があると分析している[25]。
このロイターの記事に対しては、26日にRosneft自身がHP上で公式声明を出し、反論を行っている[26]。Vostok Oilプロジェクト及びRosneftに対する信用を貶める誤った情報が含まれており、ロイターに対し当該記事のインターネットからの削除と謝罪広告を求めるものである。誤った情報の根拠として、同プロジェクトは欧米制裁対象である北極海及びシェール層開発に該当しないことを国際的な技術・法律事務所も認めていること(つまり欧米制裁によって外資石油会社が参画を敬遠していることはない)、Rosneftは原油取引契約という交換条件でVostok Oilプロジェクトへの投資を呼び込む必要はなく、同プロジェクトは国際的な投資銀行も認めた良質な原油生産と高い経済性を持つ世界で最も魅力的なプロジェクトのひとつであること等を挙げている。これに対して、ロイターは27日時点では当該記事の削除を拒否する姿勢を示している[27]。
[24] コメルサント(2020年12月3日)
[25] ロイター(2021年1月15日)https://www.reuters.com/article/uk-rosneft-oil-traders-exclusive/exclusive-rosneft-seeks-to-tempt-trading-houses-into-arctic-oil-project-with-supply-deals-idUKKBN29K063(外部リンク)
[26] Rosneft社HP(2021年1月26日)https://www.rosneft.com/press/releases/item/204847/(外部リンク)
[27] Tass(2021年1月27日)https://tass.com/economy/1249099(外部リンク)
(5) 政府を巡る動き(法制・税制)
政府では大きな動きはないが、12月初旬に下院(デュマ)が、東シベリア・クラスノヤルスク地方北部と同様に、タイムィル半島から生産される原油に対する輸出税免税を承認したという、プロジェクトにとっての朗報が流れている[28]。原油輸出に対する関税は既存税制では最も大きなウェイトを占めており、財務省もその免税措置には慎重になるのが普通だが、タイムィル半島からの原油輸出についても認められたことは、この地域がいかにロシアの将来的生産にとって重要であり、今から投資を誘引しなければならないかということを物語るものでもある。問題はVostok Oilプロジェクトを中心に、プロジェクトのコスト回収が図れるだけの原油埋蔵量が、果たしてまだ確認されていないという点だろう。
探鉱開発に関する行政措置を巡って、プロジェクトにとっては今後課題となるニュースも出ている。セーチンRosneft社長、アレクペーロフLUKOIL社長、デューコフGazprom Neft社長が連名でミシュースチン首相に書簡を送付し、北極圏の坑井のプロジェクト文書を国家環境監査の対象から外すよう提案している。これまで、石油ガス生産施設は環境に重大な悪影響を及ぼすものとしてカテゴライズされ、関連するプロジェクト文書は国家環境監査の対象とされてはいるが、同プロジェクト文書は天然資源環境省自然利用分野監督局の監査も二重に受けているため、坑井は対象外とされてきた。しかし、2020年5月下旬に発生したロシア領北極圏では過去最大規模のノリリスク燃料油漏洩事故によって、プーチン大統領の直接の指示の下、政府は環境法制に対する新たな規制・罰則を含む法改正を行った結果、北極圏プロジェクトに対する環境監査に関する法が改正され、2020年8月以降、北極圏で建設される全ての施設のプロジェクト文書が国家環境監査の対象となった。北極圏の坑井も国家環境監査の対象となったことにより、現行プロジェクトの実施スケジュールが少なくとも半年、最大1年遅延していく可能性が指摘されている。国家環境監査の予備段階として、各井戸につき個別に環境影響評価を実施しなければならないためであり、環境影響評価には約3カ月を要し、その後、国家環境監査が実施されるが、これにはさらに2~3カ月を要すると見られている。何も問題がなければ国家環境監査は全体として約6~7カ月かかり、何らかの違反または不備が明らかになった場合、許可は下りず、改めて国家環境監査を受けなければならない[29]。
[28] Prime(2020年12月7日)
[29] コメルサント(2021年1月19日)
3. 今後想定される動き
Vostok Oilプロジェクトの外資誘致開始から1年が過ぎ、年末にTrafiguraがロシア金融機関の融資を受けて参画することが確定し、Rosneft及びTrafiguraの主観的評価ながらプロジェクトの評価額が727億5千万ユーロ(Trafiguraが参画した10%対価:融資57.75億ユーロ+自己資金15億ユーロから試算)と今後の参画に対する閾値が設定された。
原油価格は上昇基調にあるとはいえ、依然として50ドル台と北極圏・北極海航路を活用しての原油プロジェクト実現には厳しいレベルのままである。さらに脱炭素の動きが世界で進もうとしている中、探鉱・開発・生産のプロセスを経てコストを回収し、利益を上げるにはかなり長時間を要するはずの本件を進めるには様々なハードルが待ち構えている。
そのような中でも、参画に関心を示す外資としてはまずインド勢を挙げることができる。前述の通り、減退するヴァンコール油田を抱えるインド勢は、巨額の追加事業費の出資は必要だが、資産スワップによって参入対価を節約できるというメリットと、参入から4年、権益取得費がどこまで回収できたのかその差額を回収できる可能性にかけるかどうか、参画検討の中での一番走者となっていると考えられる。また、次の可能性として、Trafiguraに倣い、Rosneftとの関係構築に関心を見出す世界的トレーディング会社がマイナーシェアで参画に関心を示すかもしれない。
以上
(この報告は2021年1月27日時点のものです)