ページ番号1008957 更新日 令和3年10月13日
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修正:2021/3/23
概要
- ノルウェー政府は、1月8日、気候変動行動計画を発表し、その中で石油・天然ガスを生産する企業に対する炭素税を2030年までに段階的に引き上げる計画を明らかにした。現在、ノルウェーで活動する石油・天然ガス企業はCO2 トンあたり約800クローネ(約95ドル, EU ETSのAllowances込み)を負担しているが、この負担が2030年までに2,000クローネ(約240ドル)まで引き上げられる見通し。
- 気候変動行動計画の策定は、2019年10月にEUと気候変動関連の協定を結んだことを受けたもの。計画の一つとして、石油・天然ガス産業の低炭素技術開発を促進するために炭素税の引き上げが提案されている。
- 政府の計画に対して、ノルウェー石油・ガス協会は、増税によるコスト上昇のため国際競争力が低下すると懸念を表明した。また、増税分を業界支援に還元するよう、政府に求めている。
- ノルウェー政府は、低炭素技術開発に積極的で、2019年12月には大規模CCSプロジェクトNorthern Lightsへ104億クローネ(約11億9000万ドル)の支援を正式に決定した。炭素税の引き上げは、CCS支援も念頭に置いての判断と推察される。
- 炭素税の引き上げは、ノルウェーの石油・天然ガスの開発・操業コストの上昇を招く恐れがある。しかし、その代わりに「低炭素」という新たな競争力が生まれるかもしれない。低炭素化の流れが世界で進めば、低炭素商品の価値が高まり、低コスト(low cost)に加えて、低排出(low emission)であることが、競争力のある石油・天然ガスプロジェクトの指標となる可能性がある。
1. 気候変動行動計画のねらい
(1) 気候変動行動計画の目的: EUとの協定に基づく排出量削減目標の達成
ノルウェー政府は2021年1月8日、気候変動行動計画("Norway’s comprehensive climate action plan”)を発表[1]し、その中で石油・天然ガスを生産する企業に対する炭素税の引き上げを導入する計画を明らかにした。現在、ノルウェーで活動する石油・天然ガス企業はノルウェーの炭素税と欧州連合域内排出量取引制度[2](EU ETS, 下記参照)に基づきCO2 トンあたり800クローネ(95ドル)前後の負担が求められている。ノルウェーの炭素税は石油・天然ガス企業が、石油・天然ガスの生産から排出されるCO2の量に応じて支払うもので、現在CO2 トンあたり590クローネが課されている。EU ETSは、価格は変動するが、2019年の価格は平均してトンあたり245クローネ[3]であった。ノルウェーは、同じくEU非加盟のアイスランドとともに、2008年からEU ETSに参加してきており、EUとの間で一定の協力関係にある。ノルウェーとアイスランドは、2019年10月にEUと気候変動分野での更なる協力に合意[4]していた。
ノルウェー政府はEUとの合意に基づき「気候変動行動計画」においてEU ETSと合わせた負担額を2030年までに段階的に2,000クローネ(約240ドル)まで引き上げると計画している。
2019年のEUとの合意では、2030年までに1990年比で40%以上の温室効果ガスを削減する目標を掲げており、そのための具体的な取り組みとして非ETS部門の排出量[5](EU ETSの対象とならない排出量, 下記参照)における排出量削減や、土地利用・林業での炭素除去の促進のための規定整備を行った。この合意下での温室効果ガス削減目標には拘束力があり、この合意発効後は各国に進捗報告とモニタリングが義務付けられる。
今般、ノルウェー政府が発表した気候変動行動計画は、これらEUとの合意に基づくものである。そして、気候変動行動計画は、石油・天然ガス産業だけでなく、輸送・農業などその他の産業も含めた包括的な計画となっている。
[1] Norway’s comprehensive climate action plan:
https://www.regjeringen.no/en/aktuelt/heilskapeleg-plan-for-a-na-klimamalet/id2827600/(外部リンク)
[2] EU Emissions Trading System (EU ETS):
https://ec.europa.eu/clima/policies/ets_en(外部リンク)
[3] EMISSIONS TO AIR, Norwegian Petroleum:
https://www.norskpetroleum.no/en/environment-and-technology/emissions-to-air/(外部リンク)
[4] The European Union, Iceland and Norway agree to deepen their cooperation in climate action:
https://ec.europa.eu/clima/news/european-union-iceland-and-norway-agree-deepen-their-cooperation-climate-action_en(外部リンク)
[5] Effort sharing:
https://ec.europa.eu/clima/policies/effort/regulation_en(外部リンク)
参考: 気候変動行動計画の基となったEUとの協定
欧州連合域内排出量取引制度(“The EU Emissions Trading System”)
この制度は、EU ETSとも呼ばれ、発電所や産業プラント等のエネルギーを大量に使用する施設(”heavy energy-using installations”)と航空機の域内運行により排出される温室効果ガスにかかる排出量取引制度である。同制度は、2005年にEU域内で導入され、世界初の国際的な排出量取引制度となった。
この制度では、初めにETSの対象範囲全体における温室効果ガスの排出上限「キャップ(”cap”)」が設けられ、このキャップは、長期的に排出量を削減するために段階的に削減される。次に、キャップに基づいて企業ごとに「排出枠(”allowances”)」が与えられる。企業は必要に応じて、この排出枠を売買することができる。
現行の制度下では、2030年までに2005年比で排出量を43%削減するとしているが、2020年12月に欧州理事会で削減目標が引き上げられたことを受けて[6](2030年までに1990年比40%以上→最低55%以上)、2021年6月までに新しい目標が提案される予定である。
因みに2021年1 月 4 日、EU ETSの排出枠価格は、史上最高値の 34.25ユーロ/トン(約41.37ドル/トン)を記録した。
非ETS部門排出量の努力配分規制(“The Effort Sharing Regulation for non-ETS emissions”)
この規制は、各加盟国に、EU ETSの対象とならない排出量(輸送、建築物、農業等)を削減するための拘束力のある目標を割り当てている。現行の規制では、2030年までに非ETS部門の排出量を2005年比で30%削減することになっている。
土地利用・土地利用変更・林業(LULUCF)規制(”The land-use, land-use change and forestry (LULUCF) regulation”)[7]
この規制は、土地利用・土地利用変更・林業セクターにおける温室効果ガスの排出と除去に関する規制である。「土地利用を含むすべてのセクターがEUの2030年の排出削減目標に貢献すべきである」という、2014年10月のEU首脳間の合意を実施するためのものである。
[6] 2030 Climate Target Plan: https://ec.europa.eu/clima/policies/eu-climate-action/2030_ctp_en(外部リンク)
[7] Land use and forestry regulation for 2021-2030: https://ec.europa.eu/clima/policies/forests/lulucf_en(外部リンク)
(2) 炭素税引き上げの目的: 石油・天然ガス産業のための低炭素技術開発の促進
ノルウェー政府は、気候変動目標達成のため様々な計画を発表したが、その一つが石油・天然ガス産業に対する炭素税の引き上げであった。炭素税引き上げの目的について、ノルウェーのErna Solberg首相は、「石油・天然ガス生産のための低炭素技術の開発にインセンティブを与えるため」と説明した。
ノルウェー政府は、石油・天然ガス産業のための低炭素技術開発に積極的であり、2019年12月にはNorthern Lights CCSプロジェクトへ104億クローネ(約11億9000万ドル)の支援を正式に決定したばかりである。同CCSプロジェクトでは、142億クローネ(約16億3000万ドル) の支出が見込まれるが、7割以上を政府が負担することになり、ノルウェー政府の真剣さが読み取れる。残りの38億クローネ (約4億4000万ドル)は、Equinor、Total、Shellといった企業が負担する。炭素税の引き上げの背景には、政府も肩入れしているCCSも必ず促進させるとの強い意志があると思われる。
参考: Northern Lights CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)プロジェクト
Northern Lightsプロジェクトは、ノルウェー政府が進める大規模CCSプロジェクト「Longship」の中で輸送・貯留部分を担うプロジェクトである(図1)。Longshipプロジェクトは、第三者も含めた欧州域内のCO2排出者に、ノルウェー域内の地下にCO2を貯蔵する機会を提供するという史上初の国境を越えたオープンソースCO2輸送・貯蔵インフラネットワーク構築を目指している。Longshipプロジェクトは、総額251億クローネ(約29億ドル, うち投資額171億クローネ、10年間の操業費80億クローネ)の大規模プロジェクトであり、約65%に当たる168億クローネを政府が負担する。
(Longship白書[8]より引用)
[8] Longship White paper: https://www.regjeringen.no/en/dokumenter/meld.-st.-33-20192020/id2765361/(外部リンク)
そもそも北海では、CCS技術の開発計画が多く進んでおり、CO2を貯蔵する場所として枯渇した油・ガス貯留層の活用が注目されている(図2)。
2. 業界の反応: ノルウェー石油・ガス協会は国際競争力低下を懸念
一方、ノルウェーの業界団体・ノルウェー石油・ガス協会(Norwegian Oil and Gas Association)は、炭素税の引き上げがコスト増による競争力の低下を招くとして政府の提案に批判的である。加えて、同協会は、税収を石油・天然ガス産業に還元するように強く求めている。
ノルウェー政府は、炭素税の増税による業界の負担には一定の理解を示しており、「(他産業も含めて)いかなる増税分も、他の税の減税によって相殺される」とコメントしているが、詳細はまだ明らかにされていない。
(1) ノルウェー石油・天然ガス産業の低炭素化への取り組み
ノルウェー石油・天然ガス産業は、世界で最もCO2排出量の少ない産業の一つとして知られているが、それを可能にしているのは、潤沢な水力発電電力である。ノルウェーでは、豊富な降水量と大きな河川等の地形を活用した水力発電が盛んで、国内消費電力の約98%を占める。この水力発電による電力を洋上の石油・天然ガスの生産施設に接続することによって、操業時のCO2排出量が削減されている。
上記の既存の取り組みに加えて、計画・開発中の洋上施設周辺での洋上風力発電所やCCSプロジェクトが稼働すれば、ノルウェーの石油・天然ガス産業の低炭素化はさらに加速すると見られる。ノルウェー石油管理局(NPD)によると、今後、ノルウェーでは石油の生産量は増加するにもかかわらず、排出量は減少に転じる見通しである。
(NPD The Shelf 2020[9]より引用)
[9] The Shelf 2020: https://www.npd.no/en/facts/news/general-news/2021/the-shelf-2020-high-activity-and-significant-investments/(外部リンク)
(2) ノルウェー政府による石油・天然ガス産業支援
ノルウェー政府は、基本的には、石油・天然ガス産業をサポートする立場を取っている。例えば2020年6月にはCovid-19の流行と油価低迷に苦しむ石油・天然ガス産業を支援するため、税控除等を通じた税制支援策を実施した。その効果はすでに表れており、NPDによると、ノルウェーの石油・天然ガス産業への投資は堅調に推移し、2020年の投資額は前年比3%増の1,550億クローネ(約180億ドル)に達した。
炭素税の増税計画は、ノルウェー政府が石油・天然ガス政策よりも気候変動対策を優先させたというわけでは必ずしもないだろう。NPDはこれまでも、ノルウェー大陸棚の価値の最大化が重要であることを強調しており、2020年11月にはフロンティアであるバレンツ海鉱区を中心に第25次ライセンスラウンドの実施を発表したばかりである。
このようなノルウェー政府やNPDの行動を見ると、今後も石油・天然ガスの探鉱・開発・生産を継続するために、主要輸出先である欧州の基準に合わせて気候変動対策を行っているように見える。よって、気候変動対策のために石油・天然ガス産業に対して大きなダメージを当たることは本末転倒となりかねず、一方的な増税をするとは考えにくい。
3. 考察: 炭素税増税は、本当にノルウェーの国際競争力を下げるのか?
炭素税増税により、果たしてノルウェーの石油・天然ガス産業の競争力は本当に下がるのだろうか?NPDによると、ノルウェーで2000~2019年の間に発見された油ガス田の探鉱費・開発費・操業費合計のユニットコストの平均はバレル当たり21ドルであった。つまり、これらの油ガス田の多くは油価が低迷した2020年3月以降であっても利益を生んでいたであろうことが分かる。
では、炭素税が増税されるとどうなるのか?ここでノルウェー領北海Johan Sverdrup油田の例で試算する。同油田は2010年に発見され、2019年に生産開始された。同油田の生産開始1年目時点の生産量は約2,500万boe、CO2排出量0.17kg/bと報告されている。これらを元に試算すると、現段階の負担(CO2 トン当たり800クローネ)はバレルあたり0.02ドル、増税後の負担(CO2 トン当たり2,000クローネ)は0.04ドルと試算された。増税後の負担は倍増するが、バレル当たりの価格は0.02ドルしか変わらない。CO2排出量はプロジェクト毎に異なるが、油価の変動に比べ経済性への営業は比較的小さいと思われる。
今回例に取り上げたJohan Sverdrup油田は、前に述べた陸上の水力発電の電力を活用した事例の代表的なモデルケースとして知られている。そのため炭素税増税の影響がより顕著に表れるプロジェクトもあると思われる。
一方、これからは「低コスト」の他に、「低炭素」という軸での競争力も重要になってくるかもしれない。ノルウェーは、生産した原油の約85%を欧州に輸出している。これらの国々では、EUまたは各国の排出量目標の影響もあり、低炭素商品へのニーズが高い。もしノルウェーが、炭素税の引き上げにより、低炭素化を加速させ、たとえば将来的に石油・天然ガスのカーボンニュートラル化を達成した場合、ノルウェー産の石油・天然ガスがプレミアムのついた価格で取引されることがあるかもしれない。
おわりに:エネルギートランジションへの示唆
ノルウェー政府による炭素税引き上げ議論は、CCSをはじめとする低炭素技術の開発に政府による支援が不可欠である現実を浮き彫りにもした。むろん、再生可能エネルギーの開発・操業コストの急激な減少といった、技術革新・効率化によるコストダウンがみられる分野もあるが、CCSや水素といった新しい分野では、技術開発も含めた政府による支援が現状では必要である。
たとえば、TotalはEnergy Outlookの中で、欧州限定でエネルギートランジションが進むMomentumシナリオと、全世界で進むRuptureシナリオの2つを発表したが、このようにエネルギートランジションに国家間・地域間で差が生じるとすれば、その要因の一つは政府の支援であろう。しかし、その財源は、税金という形で企業・国民にのしかかる。ノルウェーの企業と国民がどのような選択・対応をしていくのか、今後の動向が注目される。
以上
(この報告は2021年2月15日時点のものです)