ページ番号1008958 更新日 令和3年10月13日
ロシア・中国:「シベリアの力」対中天然ガスパイプライン稼働から1年。価格、稼働実績、アムールGPPの進捗、新たに検討されている「シベリアの力-2」構想の現況を振り返る
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概要
- 「シベリアの力」パイプラインが稼働して、1年。現在もロシア国内ではコヴィクタ・ガス田までの第二ライン(2023年稼働)と中国国内では上海までの最終区間(2024年稼働)を建設中。
- 2020年が最初の通年統計となる中国向け輸出量は4.086BCM。Gazpromによる2020年の目標であった4.6BCMを下回り、CNPCとの長期供給契約で規定されているとされているテイクオアペイ規定量の4.25BCMよりも低い結果となった。コロナウイルスが猛威を振い、2020年1月下旬から中国・武漢で4月まで続くロックダウンが始まるタイミングと同時期で輸入量が低迷。また、3月及び10月はそれぞれ2週間の定期メンテナンスが実施された結果、輸出量が減少した一方で、10月に入ると供給量が急増し、供給後初めて、計画数量を上回った。この背景には中国のコロナウイルスからの需要回復と低価格出現(原油又は石油製品価格にリンクし、数カ月のタイムラグがあり、春先の油価低迷時の価格帯が現れてきた)があると考えられている。また、中露の長期供給契約で決められた数量では、8割がテイクオアペイであり、中国は今年の契約数量である4.086BCMの内、9月末時点ではまだ2.793BCMしか輸入していないことから買いを急ぐベクトルも働いた結果と見られている。
- 価格に関しては、ネットバック価格から見る想定では「シベリアの力」によって供給されるロシア産ガスは中国国内の輸送タリフを加味しても、沿海部のLNGに対して十分に競争力のある価格設定となっており、その値動きは対中LNG価格との連動を示唆する動きを示している。フォーミュラにはLNG価格又はそのLNG価格を設定する指標原油・製品価格が織り込まれている可能性が高く、四半期ごとの価格リバイスと価格反映に9カ月のタイムラグがあるという情報もある。
- 中国国内では、2019年12月に「シベリアの力」と同時に稼働した黒河(黒龍江省)~長嶺(吉林省)を結ぶ北区間(737キロメートル)の他、2020年12月に稼働を開始した長嶺(吉林省)~瀋陽(遼寧省)~永清(河北省)を結ぶ中央区間(1,110キロメートル)、2020年7月に最後の区間である永清(河北省)~上海を結ぶ南区間(1,480キロメートル)区間の建設を開始し、2025年6月に完成予定。完成後は上海周辺に18.9BCMの天然ガスがロシアから供給されることになる。
- 「シベリアの力」と両輪を為すアムール・ガス精製プラント(アムールGPP/総事業費)については、2020年は新たな動きとして、アムールGPPで生産されるエタンをシブールに販売し、シブールはアムールGPP近傍に新たなガスケミ複合施設である「アムール・ガスケミカル複合施設/Amur Gas Chemical Complex(アムールGCC)」を建設する計画が立ち上がっている。
- アムールGPPの建設は2015年から始まっているが、現在の進捗率は72%。最初の2系列とヘリウムプラントの稼働を2021年後半、第三系列を2021年12月に稼働予定。全6系列は2024年12月までに完成し、2025年にフル稼働する予定となっている。
- アムールGCCはまだ最終投資決定には至っていないながら、2020年6月、シブール及びSinopec両者がJVに関する株主契約に署名し、シブールが60%、Sinopecが40%(Sinopecが保有する親会社シブールの株式10%を加味すると実質46%)出資することが決定。Gazpromが自ら完結せずにシブールを巻き込んだ理由としては、巨額投資に対するリスク分散と中国国営企業でCNPCのライバルであるSinopecを株主に持つシブールを引き入れることで、中国の市場獲得を狙おうとした戦略とも考えることができるだろう。
- 新たな構想である「シベリアの力-2」について、2020年5月、GazpromがFEEDを開始したことを発表。専門家の見解としてパイプラインの建設に最大6年を要し、事業費は1兆5,000億ルーブル(約2.6兆円)に達する可能性が指摘されている。8月にはGazpromとモンゴル政府が中国へ供給する国際幹線ガスパイプラインの建設と使用に関する技術的実現可能性調査する合弁事業を設立する覚書(Memorandum of Intent)に署名し、年明けにはGazprom及びモンゴルの政府系投資会社であるErdenes Mongolとの間で技術調査のための特別目的会社であるGazoprovod Soyuz Vostok(東部ガスパイプライン共同体)社を設立。
- Gazpromは3月末までにFEED結果を報告する予定。結果は前に進むものとなると大方想定されるが、技術評価の内容、具体的な費用想定、モンゴル政府が獲得するトランジットタリフ及び最終的なルートと課題がどこまで明らかになるのか、また、最も重要な需要家・中国の反応が注目される。
1. はじめに
2019年12月、東シベリアのガス田を供給源に中国に天然ガスを供給する「シベリアの力」パイプラインが稼働を開始した[1]。2007年の「東方ガスプログラム」から2014年の中露による政府間合意まで7年、稼働開始まで5年、そして現在も中国国内のパイプラインについて、上海までの最終区間は2024年完了を目指して建設中である。稼働から1年超、遂に中国の通関統計も発表され、その価格、稼働実績も明らかになった。さらに西シベリア・ヤマル半島を供給ソースにモンゴルを経由し、北京を目指す新たなパイプライン構想「シベリアの力-2」についてもそのルートが明らかになってきた。この1年間の動き、価格、稼働実績、アムール・ガス精製プラント(アムールGPP)を巡る動向を追う。
[1] 拙稿「12月2日、中露天然ガス供給パイプライン「シベリアの力」が稼働を開始」
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1007679/1007948.htmlも参照されたい。
2. 過去1年の動向
(1) 「シベリアの力」パイプライン
1. 供給量に関する情報
Gazpromのミレル社長は、1月初旬、2020年の同社の実績を振り返った。2020年の天然ガス生産量は452.7BCMで、前年比9.5%減少し、欧州、トルコ及び中国に対する輸出は179.3bcm(前年199.2bcmの輸出に比べて10%減少)となり、2019年12月から対中輸出が始まり、2020年が最初の通年統計となる中国向け輸出量は4.1BCM(図3参照/正確には4.086BCM)となったことを明らかにした。この数字は、Gazpromの2020年の目標である4.6BCMを下回り、CNPCとの長期供給契約で規定されているとされているテイクオアペイ規定量の4.25BCMよりも低い結果となった[2]。稼働当初からほぼ四半期に当たる2020年2月25日までに0.84BCMの天然ガスを輸入しており、Gazpromは2020年には想定を超える5BCM、2021年は10BCM、2022年は15BCMへ順調に拡大することも報道されたが[3]、コロナウイルスが猛威を振い、2020年1月下旬から中国・武漢で4月まで続くロックダウンが始まるタイミングと同時期で輸入量が低迷していった。また、3月及び10月はそれぞれ2週間の定期メンテナンス(春及び秋)が実施された結果[4]、輸出量が減少していることが分かる(図3)。
10月に入ると「シベリアの力」からの対中天然ガス供給量が9月に比べて16.9%増と急増し、供給後初めて、計画数量を上回った。この背景には中国のコロナウイルスからの需要回復と低価格出現(原油又は石油製品価格にリンクし、数カ月のタイムラグがあり、春先の油価低迷時の価格帯が現れてきた)があると考えられている。また、中露の長期供給契約で決められた数量では、8割がテイクオアペイであり、中国は今年の契約数量である4.086BCMの内、9月末時点ではまだ2.793BCMしか輸入していないことからCNPCに買いを急ぐベクトルも働いた結果と見られている[5]。
また、供給ソースについてGazpromは生産プロファイルの上方修正を発表している。10月のユーロ社債起債時の説明として、コヴィクタ・ガス田の生産容量を現在想定の2025年からのプラトーである25BCMを27.2BCMへ、チャヤンダ・ガス田を同様に2024年からのプラトーである25BCMから25.4BCMへ拡大し、さらにコヴィクタ。ガス田については、2032年には33.5BCMへ拡大し、NGL(ガス・コンデンセート)生産も年間1.5百万トン(日量3万バレル)で行う計画を発表している[6]。しかし、後述のチャヤンダ・ガス田開発に関する内部告発が出る等、この上方修正発表は会社信用を高める性格が強い情報と見るべきだろう。
直近の情報では、チャヤンダ・ガス田が位置するサハ共和国政府の情報として、チャヤンダ・ガス田開発オペレータのGazprom Dobycha Noyabrskが2021年のチャヤンダ・ガス田の生産量を10.6BCMに引き上げる計画であると発表している(当初計画は10BCMであり、若干上方修正)。また、周辺情報として、2020年は4.7BCMのガス(内、4.1BCMが中国へ供給)、193,500トン(同0.4万バレル)の原油、74,300トン(同0.1万バレル)のコンデンセートを生産したのに対し、2021年は10.6BCMのガス、889,000トン(日量1.8万バレル)の原油、169,000トン(同0.3万バレル)のコンデンセートを生産する計画であるとしている[7]。
現在の容量に対する拡張計画(構想では38BCMから60BCM)に対する具体的な発言も出ている。6月、ミレル社長が「Gazpromはシベリアの力の供給量を6BCM追加して年間38BCMから44BCMに増やすことを念頭に置いた交渉を中国側と行っている」と述べ、さらに、「SKVを活用した極東ルート(年間10BCM)、モンゴル経由で中国に向かう「シベリアの力-2」(同50BCM)、アルタイ経由の西ルート(ロシアから経由国なしで直接中国西部に至るルート/同30BCM)の活用により、中国への輸出量を年間130BCMに増やすことも計画している」という強気の発言も行っている[8]。
[2] Lambert(2020年1月5日)
[3] ロイター・新華社(2020年2月27日)
[4] Prime・コメルサント(2020年3月16日)
[5] IOD(2020年11月2日)
[6] Prime・IOD(2020年10月7日)
[7] Interfax(2021年2月9日)
[8] コメルサント(2020年6月26日)
2. 価格に関する情報
石油業界誌Oil Capitalは、チャヤンダ・ガス田のガス生産コストが千立方メートル当たり、最大80ドル(2.1ドル/MMBTU)であると試算している。なお、これには「シベリアの力」の輸送コストは含まれていない[9]。
他方、契約価格に関しては、年明けに中国の通関統計が発表されたことにより、2019年12月稼働を開始した「シベリアの力」を経由した中国向け通年供給価格(2020年)が判明している(表1及び表2)。中露が2014年5月からこれまでに合意した供給価格を決定するフォーミュラについては、非公開となっており、拙稿「12月2日、中露天然ガス供給パイプライン「シベリアの力」が稼働を開始」(脚注1参照)においても分析を試みているが、実績が判明したことで、中国国境価格がどの競争相手とリンクしているのかが判明し、どのようなフォーミュラ構成となっているが想定することができる。
図4は過去10年間の対中ガス価格の推移を供給国別にプロットしたものである。一目で分かるのは、当然と言えば当然だが、液化コストのかからないパイプラインガスは高価なミャンマーからのガスはあるものの、LNG輸入価格に対して相対的に安いということである。そのスプレッドはMMBTU当たり全体平均で1.3ドルに及び、さらにLNGは揚陸後、再ガス化コスト(中国では幅があるが、MMBTU当たり約1ドル)がかかる。そうであれば中国はLNGよりもパイプラインガスに傾注するのは当然で、実際、21世紀に入ってからまずLNG輸入が先行し、パイプラインガスの輸入は2009年の中央アジアを起点に始まっていくわけだが、この価格差の背景を理解するに当たって最も重要な点は中国国内の移動距離にも注目する必要がある。パイプラインは安いように見えて、それぞれがロシア、カザフスタン、ミャンマー各国境から需要地まで国内輸送されるため、そのコストが発生する。他方、LNGは海上輸送で需要地である沿海部・華東・華南地域へ輸送され、そこで再ガス化され、使用されることが想定されている。つまり、パイプラインガス国境価格+国内輸送コストとLNG輸入価格+再ガス化コストがバランスするような形で中国の天然ガス輸入ポートフォリオが形成されていると考えられる(図5及び図6参照)。
図6のネットバック価格から見る想定では「シベリアの力」パイプラインによって供給されるロシア産ガスは中国国内の輸送タリフを加味しても、沿海部のLNGに対して十分に競争力のある価格設定となっていることが分かる。また、移動距離が少なければ少ない程、輸入するCNPCの経済性も高いということが言えるだろう。稼働から1年間の月間推移を見ても(表2)、その値動きは対中LNG価格との連動を示唆する動きを示している。つまり、2014年の中露天然ガス長期供給契約におけるフォーミュラにはLNG価格又はそのLNG価格を設定する指標原油・製品価格が織り込まれている可能性が高い。7月に出てきた情報ではGazpromとCNPCの天然ガス長期供給契約では、ガス価格は燃料油と軽油の価格とにリンクしており、四半期ごとの価格リバイスと9カ月のタイムラグがあるという報道も出ている[10]。
出典:筆者取り纏め[11]
さらにLNGポートフォリオの中でも異彩を放っているのが豪州・東南アジア産LNGだ。パイプラインガス及びLNGの価格曲線が同じ動きを示す中で、豪州・インドネシア・マレーシアからのLNGは異なる曲線を描き、結果的に2020年、中国に対する最大のLNG供給者へ成長した豪州(43.3%)は過去10年間の平均で最も安価なLNGを供給していることが分かる。これは21世紀に入り、原油価格上昇と共に成長してきた中国の国営石油会社がその潤沢な資金を使い、これら国々の上流参画を進めると共に、成長する中国LNG市場の需要家として、LNG調達に鎬を削ってきたことと無関係ではない。
国内でのガス販売価格に関連して、中国政府はパイプラインで輸入されるロシア産天然ガスについて市場価格調査を行う方針を示している点も注目される。国家発展改革委員会が2020年3月16日に発表した新たな中央価格公示リストに従って、「シベリアの力」のガス価格を中国市場価格に適合させていくことが目的で、同リストは5月1日から効力を持ち、2015年以降のパイプライン輸入ガスが対象(2014年以前のものは現行リストに従う)となっている。つまり、「シベリアの力」の国内ガス価格は市場価格によって決定される初めてのパイプラインガス事例となり、中央アジア及びミャンマーからのガスは既存の価格メカニズム(価格司による統制価格をベース)によって決定されるという二重制度となることになる[12]。これは国内価格であって中露天然ガス長期供給契約に現時点では影響を齎すものではないが、国内販売価格が輸入価格と大きく乖離する場合には、ガス販売会社に損失を強いたり、大きな利益を生じさせたりする点で問題化するリスクも孕む。
[9] Lambert(2020年7月17日)
[10] Lambert(2020年7月16日)
[11] 2020年4月に実施したブリーフィング「ロシアのガス市場開拓戦略:その勝算と課題」では同チャートについて再ガス化コストが含まれていなかったことを外部からご指摘頂いた。ここに訂正し、最新のデータで差し替えさせて頂く。
[12] China OGP(2020年4月1日)
3. 中国国内パイプラインの建設状況
中国国内では、「シベリアの力」パイプライン稼働後の天然ガスを受け入れるためのパイプラインが並行して行われている[13]。2019年12月に同時に稼働した黒河(黒龍江省)~長嶺(吉林省)を結ぶ北区間(737キロメートル)の他、2020年12月に稼働を開始した長嶺(吉林省)~瀋陽(遼寧省)~永清(河北省)を結ぶ中央区間(1,110キロメートル)、そしてオペレータであり2019年12月に新設された国営パイプライン会社である国家石油天然氣管網集団有限公司(PipeChina)は、2020年7月に最後の区間である永清(河北省)~上海を結ぶ南区間(1,480キロメートル)区間の建設を開始したことを発表している[14]。工事は2025年6月までに完成する予定で、完成後は長江デルタ地区(上海とその周辺都市)に18.9BCMの天然ガスがロシアから供給されることになる[15]。
2020年12月3日には、PipeChinaが中央区間の完成と稼働を発表[16]。全区間を総称し「中露東線天然ガスパイプライン」と呼び、黒龍江省黒河市~上海市まで、既存パイプラインを含めると総延長5,111キロメートル(内、「シベリアの力」パイプラインを受けて建設された新規分は3,327キロメートル)の中央区間でガス供給をスタートした。今回スタートした中央区間の総投資額は188.3億元(約3,000億円)、2019年7月から建設が始まっていたものであること、また、前述の通り、7月に建設が始まった南区間について、最大の課題は江蘇省南通市に位置する長江シールド通過工事であることを明らかにしている[17]。
[13] IOD(2020年4月2日)
[14] ロイター(2020年7月28日)
[15] Nefte Kapital(2020年7月28日)
[16] ロイター(2020年12月3日)
[17] SIA Energy(2020年12月6日)
4. コヴィクタ・ガス田までの第二ライン建設に向けた動き
2023年から現在生産しているチャヤンダ・ガス田(1.2TCM[18])に加わり、生産を開始する東シベリア最大のガス田であるコヴィクタ・ガス田(2.7TCM)についても、現在チャヤンダ・ガス田への接続パイプラインである第二ラインの建設が始まっている。まず、Gazpromは2020年4月に、6月から8月までに第二ライン(704キロメートル/図8赤の破線)について、イルクーツク州から建設を開始する予定であり、コヴィクタ・ガス田開発に総額8,000億ルーブル(約1.4兆円)を投じる計画を発表している[19]。
5月にはその計画を具現化する動きとして、Gazpromが14億ドル規模(128万トン)の過去最大の鋼管入札を計画していることが明らかになる。2021年~2022年の納入を目指すもので、対象プロジェクトとして、ウスチ・ルーガLNG及びガスケミプラント、ヤマル半島のボヴァネンコヴァ・ウフタ間パイプライン拡張(ウフタ~トルゾック)、そして、「シベリアの力」第二ラインが挙げられている[20]。また、6月には同第二ラインの建設コントラクタとして、Stroytransneftegazが選ばれ、約23億ドル相当の契約を締結したことが明らかになった。StroytransneftegazはNOVATEKの主要株主の1人であるゲンナジー・チムチェンコも関与する会社であり(但し、2014年のクリミア併合を受けた欧米による対露制裁の一環で、米国が同氏と共にSDN(特別国籍指定者)に指定したStroytransgazとは異なる会社である)、また、チャヤンダ・ガス田開発におけるパイプライン敷設の請負業者でもあり[21]、2020年夏頃までにはGazpromが同社の買収を完了する可能性であるとの報道も出ていたが、現段階では買収したのかどうかは明らかではない。最終的な工事開始は秋にずれ込んだようで、11月初旬に建設開始の報が出て来る。工期は2年を要する見込みで、コヴィクタ~チャヤンダ区間のパイプライン稼働は2022年末に操業を開始する予定については変更ない。区間の全長については704キロメートルだったものが803キロメートルに増え、事業費は2,800億ルーブルとされた[22]。
予算に関連して、2021年はGazpromが東方でのパイプライン建設に対する投資を強化する方針との報道も出ている。そもそも西方(Nord Stream 2はほぼ完成し、Turk Streamはバルカン半島の需要地向けの第二ライン建設は状況を見ているところ)は新規投資の観点からは落ち着いているため、相対的に東方プロジェクトへの力点が重く見えるという事情もあるが、コヴィクタ・ガス田までの第二ライン及びSKVパイプライン(図8)のアップグレードに対して30億ドル(2,247億ルーブル)を投下する計画であり、この二つだけで2021年に予定されている総投資総額(2,916億ルーブル)の7割を占める(なお、2020年は2,601億ルーブルだった)ことからも[23]、第二ラインが2021年、Gazpromにとって重要なプロジェクトであることが分かる。
建設の進捗に関しては、1月下旬の段階で、3カ月余りの間に第二ライン803キロメートルの内、98キロメートル(12%)の敷設を完了している[24]。Gazpromは「2021年中に約500キロメートルのライン部分の敷設を行う予定であり、建設は計画を上回るテンポで進められている。2020年中に同区間では139.5キロメートルのライン部分につき鋼管の溶接が実施されたが、これは計画を60%上回る指標である。また、パイプラインの盛土作業については計画では2020年中に74キロメートル分が実施されることになっていたが、実際には77.6キロメートルが実施された」と順調に建設が進んでいることを発表している[25]。
[18] 埋蔵量はAB+C2ベース。
[19] Prime(2020年4月3日)
[20] Lenta.ru(2020年5月28日)
[21] Lambert(2020年6月24日)
[22] Oil Capital(2020年11月3日)
[23] IOD(2021年1月25日)
[24] Interfax(2021年1月26日)
[25] Nefte Kapital(2021年2月5日)
5. コロナウイルスによる影響
コロナウイルスに関しても若干の動きが見られた。4月、サハ共和国政府は外部からコントラクタ等の出入りがあり、労働者3名が感染していることが判明したことを受けて、チャヤンダ・ガス田に対して検疫を課すと発表[26]。他方、Gazpromも同日、チャヤンダ・ガス田の生産状況は通常通りであり、コロナウイルスや検疫による影響は受けていないと発表している[27]。
[26] Interfax(2020年4月17日)
[27] Prime(2020年4月17日)
6. 「シベリアの力」に対する批判:内部告発
近年、ロシアでは国家プロジェクトに対する批判的な記事が出て来ない傾向が高まっている。「シベリアの力」に関しても同様で、総事業費、後述のアムール・ガス精製プラントとの関係、マーケティング(CNPCとの契約条件)、輸送コストに対する情報は概してネガティヴな論調になるため、発露が少ない。そのような中にあって、5月下旬に『夢は失敗する ~Gazpromは1.5兆ルーブル(約2.5兆円)を失い、数十億ドルの対価で対中供給を途絶するリスクを齎している(Мечты срываются ~«Газпром» теряет 1,5 триллиона рублей и рискует сорвать поставки газа в Китай на миллиарды долларов~)』という長文記事[28]が一般紙に公開されるという「事件」が起こっている。
チャヤンダ・ガス田開発オペレータであるGazprom Dobycha Noyabrskの内部報告書を引用し、チャヤンダ・ガス田開発では中国への供給を揺るがす生産上の問題があることや法令上の違反があることを示唆するものとなっている。チャヤンダの探査作業を行うために合計20件・総額9億8240万ルーブルに上る資機材購入を正式な手続きを踏まず実施した疑惑を暴露している。また、親会社であるGazpromの第307部(ガス生産を全体を担当する部局)のアンドレイ・フィリッポフ副局長の発言として、チャヤンダ・ガス田開発の基本的な問題はフィールド開発がまだ完了していないことであり、2019年8月の時点で、掘削された生産井148坑の内、41の井戸で掘削流体の欠損が見られ、20坑は完全にドライホールとなっていることと述べている。また、他21坑は流量が少なく、今後数年でそれらもドライになると予想されている。また、後述のモンゴル経由の「シベリアの力-2」構想は、チャヤンダの問題について露呈してから、1カ月足らずで発表されていることも、チャヤンダ・ガス田及びコヴィクタ・ガス田では対中供給量が達成できない恐れがあることを示しており、ヤマル半島の既生産ガス田であるボヴァネンコヴァからロシアを縦断しモンゴル国境を経由し中国に向かう方策が検討されていると推定している。
実際、当初からチャヤンダ・ガス田の生産挙動を問題視する分析は存在していたが、このような具体的な井戸の状況に関する情報が出てきたのは初めてであった。なぜ対中供給が始まった直後のこのタイミングで内部告発に近い形でこのような記事が露呈したのかは、Gazprom内部で東方ガスプログラム・パイプラインによるガス輸出を進めるグループと他グループとの派閥争いという見方もある。もし、生産井の状況がこの通りであれば、図1に示す生産プロファイルの実現は難しくなるだろう。当該記事も現時点では削除されていないが、続報や生産井に関する追加情報が注目される。
[28] Lenta.ru(2020年5月28日)https://lenta.ru/articles/2020/05/28/the_power_of_lies/(外部リンク)
7. 中国の脱炭素化に対する懸念
2020年は世界で脱炭素化の潮流がうねり、中国も遂にその流れに加わった。2020年9月、習近平国家主席は国連総会で40年以内に中国は炭素中立を達成すると発表したことを受けて、モスクワの英字紙Moscow Timesでは、「シベリアの力」に対する懸念が紹介されている。曰く、今後20年間、天然ガスは中国の主要な移行エネルギー源になるが、中国が40年以内にガス消費量を削減するのであれば、新規パイプラインを構築することに意味はない。ロシアとは異なり、中央アジア諸国は実質的にあらゆる条件で中国に天然ガスを供給する用意がある。中国・中央アジアパイプラインのDライン(トルクメ~ウズベク~カザフを経由するABCラインは既に稼働。Dラインはトルクメ~タジク~キルギスを経由するもの)は2016年後半までに開通する予定だったが、延期されている。このラインの将来は完全に中国の指導者の手に委ねられている。中国はどのような条件で「シベリアの力-2」の天然ガスを購入するのか、中国の融資に依存している中央アジア諸国からガスを購入することを選ぶのか、それともLNGポートフォリオを拡大するのか。ロシアに与えられている時間は限られていると脱炭素化で縮小する中国の需要見通しに対して、ガス供給者の競争が始まると警鐘を鳴らしている[29]。
[29] Moscow Times(2021年1月13日)
(2) アムール・ガス精製施設を巡る動き
1. Gazpromが進めるアムールGPPプロジェクトとシブールが進めるアムールGCCプロジェクト
「シベリアの力」天然ガスパイプライン建設と両輪を為すのが、Gazpromが並行して進めるアムール・ガス精製プラント(アムールGPP)プロジェクトである。天然ガスという原料輸出だけでなく付加価値を生むガスケミ製品(天然ガスからのヘリウム分離やLPG等)輸出を実現するべく、Gazpromは2021年稼働を目指して、中露国境の街ブラゴベシチェンスク近傍のスワボードヌィに2015年から建設を行っている。総事業費は9500億ルーブル(約1.6兆円)[30]。「シベリアの力」への供給源であるチャヤンダ・ガス田のヘリウム含有率が高いことも(0.6%)、本プロジェクト始動の主要要因となっている。処理能力は42BCM(内、38BCMの天然ガスが中国へ)と世界第二位の規模となる見込みで、運用開始すれば、以下の製品を生成・輸出する計画である。
・ヘリウム: 年間最大60百万立方メートル ・エタン:年間200万トン
・プロパン: 年間100万トン(LPGへ) ・ブタン:年間50万トン(LPGへ)
・ペンタン・ヘキサン:年間20万トン
内陸に同プラントが建設された理由としては、精製された製品の主要市場として中国を想定しているという側面もあるが、ヘリウム含有率の高い天然ガスを中国へそのまま輸出する前に分離し、「敵に無料で塩を送らない」という側面もあった。しかし、もし中国がヘリウムやLPGを購入しない場合には、アジア太平洋市場を目指し、陸路でヘリウム(ローリー/ロシア製KAMAZ社の特別車両[31])及びLPG(鉄道貨車)を輸送しなければならないという問題を包含する。つまり、製品の輸出(マネタイズ)に関して、中国に買い叩かれる潜在的なリスクと高い輸送コストをかけて太平洋を目指さなければならないという問題を抱えていることを示している。
このGazpromが進めるアムールGPPに2020年は新たな動きが加わっている。アムールGPPで生産されるエタン(C2)について、ロシア最大のガスケミ企業でありNOVATEK株主であるミヘルソン社長、チムチェンコ取締役、さらに中国国営Sinopec及びシルクロード基金が合計20%を保有するシブールに販売し、シブールはアムールGPP近傍に新たなガスケミ複合施設である「アムール・ガスケミカル複合施設/Amur Gas Chemical Complex(アムールGCC)」を建設し、ポリエチレンを生産、中国及びアジア市場に販売する計画である。総事業費はシブールによれば107億ドルが見込まれている[32]。複雑な両者の関係については図9を参照されたい。
[30] Prime(2020年12月17日)
[31] Neftegaz.ru(2020年2月26日)
[32] Prime(2020年6月29日)
2. GazpromのアムールGPP
まず、「シベリアの力」稼働直後の出来事として、GazpromはアムールGPPプロジェクトに欧日中主要銀行[33]から総額7,860億ルーブル(114億EUR)の融資を獲得している。この注目点は、このプロジェクト・ファイナンス成立が、当時並行して交渉が佳境を迎えていたロシア及びウクライナの天然ガストランジット契約の条件と紐づけされていたという事実である[34]。具体的には、ウクライナとのガストランジット契約では、ウクライナ・Naftogazが勝ち取ったストックホルム商業調停裁判所の最終判決であるGazpromに対する26.5億ドルの支払いに最終的に合意したことがトリガーとなり、これら銀行による融資が実行されている[35]。欧州及び日本の銀行に関しては、輸出信用機関である「ユーラーヘルメス」(25億6,000万ユーロ)と「SACE(イタリア外国貿易保険株式会社)」(11億ユーロ)の保証で17年間最大36億6,000万ユーロを提供する。さらに10億ユーロについては15年間の期限で保証なしで提供することになっている。また中国の金融機関については、中国銀行、中国建設銀行そしてこの取引最大の債権者銀行となった中国開発銀行からの期限15年、34億ユーロのクレジット・ラインが提供されている。ロシアの金融機関は10億8,000万ユーロ及び1,700億ルーブルの複数通貨建てクレジット・ラインを開設している。最終的に債務の約40%が欧州及び日本の銀行から、そして30%ずつが中国とロシアの銀行から提供されたことになる[36]。
建設は2015年から始まっているが、2020年4月段階の進捗率は58%[37]、5月には61.9%[38]、8月には64%[39]、10月には67.1%[40]、12月には70.5%[41]、2021年1月時点で72%[42]と数字上は完成に向けた順調な進捗を示している。計画では、最初の2系列とヘリウムプラントの稼働を2021年後半、第三系列を2021年12月に稼働予定。全6系列は2024年12月までに完成し、2025年にフル稼働する予定となっている。
順調に進んでいるプロジェクトでは、2020年7月に建設現場で、数百人の移民労働者が未払い給与に抗議しており、機動隊が出動したとの情報がある[43]。
[33] これまでにアムールGPPに融資を行った金融機関一覧:Gazprombank、VTB Bank、Sberbank、Credit Suisse AG、DZ BANK AG、ING Bank、Intesa Sanpaolo Bank Luxembourg S.A、Landesbank Hessen-Thuringen Girozentrale、みずほ銀行、三菱UFJ銀行、Natixis、Societe Generale、三井住友銀行、UniCredit Bank AG、Cassa Depositi e Prestiti S.p.A、UBI Banca S.p.A、UniCredit S.p.A、Bank of China Limited、China Construction Bank Corporation、China Development Bank等。
[34] 拙稿「Nord Stream 2に対して加熱する欧米の攻撃とロシア・ウクライナガストランジット契約交渉の経緯と妥結を振り返る」(2020年2月14日)https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1008604/1008694.htmlも参照されたい。
[35] Prime・IHS・Interfax(2019年12月24日)
[36] コメルサント(2020年6月28日)
[37] Prime(2020年4月10日)
[38] Prime(2020年5月18日)
[39] Lambert(2020年8月12日)
[40] Prime(2020年10月28日)
[41] Prime(2020年12月17日)
[42] Lambert(2021年2月3日)
[43] Meduza(2020年7月17日)
3. シブールのアムールGCC(ガスケミカル複合施設/Amur Gas Chemical Complex)
シブールが現在進めつつあるアムールGCCプロジェクトについては、まずニュースに出てくるのは、2019年末のミヘルソン社長による「エタン及びLPGへの税還付が確定するのを待っている」という発言である[44]。具体的にはシブールはエタンとLPGのマイナス物品税(補助金)の具体的指標を政府が決定するのを待っており、まだアムールGCCに投資するかどうかは決定していないという状況だった。2019年中にメドヴェージェフ前内閣がナフサとLPGのマイナス物品税に関する法案を承認することになっていたが、結局、補助金の原資に関する合意が関係省庁間で得られなかったため、先延ばしになっていたものである。7月に下院(デュマ)はエタンとLPGに対してマイナス物品税の導入を進め、2022年以降に少なくとも年間30万トンの生産能力を持つ新たな石油ガス化学プラントを立ち上げるか、2022〜27年に石油ガス化学施設の近代化に650億ルーブル以上を投資する企業は、LPGとエタンの生産に対して補助金を受け取ることができる内容となったが、この措置による主な受益者はシブールで、アムールGCCプラントプロジェクト、RusGasAllianceのウスチ・ルーガガスケミプロジェクト及びINKのイルクーツクポリマープラントとなる見込みとなっている[45]。他方、シブールは「税制上の特典の先行きの不透明さを理由にアムールGCCの建設時期を変更することは、今のところは考えていない」との見解を示してはおり[46]、2019年末の「シベリアの力」稼働前後に、GazpromのアムールGPPからのエタン買い取りを含むプロジェクト立ち上げについて関係者の合意が為されたと考えられる。
また、2020年5月には、まだ最終投資決定には至っていないながら、アムールGCCを推進するシブールが設立するJVの株式のうち、40%をSinopecが取得する予定であることが明らかになる[47]。6月下旬には、シブール及びSinopec両者がJVに関する株主契約に署名し、シブールが60%、Sinopecが40%(但し、親会社シブールの株式10%を加味すると実質46%)出資する[48]。
8月、FIDもなく、Sinopecの正式参画は政府の外国投資委員会の承認を待つ中(最終的に12月15日に承認[49])、シブールは建設開始式典を、ミシュースチン首相、ボリソフ副首相、アムール州のオルロフ知事が出席して執り行った。作業計画及び主要生産設備に関連する資機材の総合的納入に関する契約は締結が完了しており、Gazpromが進めるアムールGPPと同様にコアとなる請負企業は、まず独LindeとNIPIGAZ(ガス精製科学研究計画研究所/シブールが出資)のコンソーシアムが熱分解装置を、またUnivation TechnologiesとChevron Phillipsがエチレンのポリマー化を、LyondellBasellがプロピレンのポリマー化を担当するコントラクタとなる予定であることが判明した[50]。
12月15日、ロシア政府外国投資委員会は、アムールGCCにSinopecが40%参画することを承認したが、シブールが同プロジェクトに関する最終投資決定を下すことが条件となっている。業界紙Oil Capitalは、依然、FIDは行われていないが、Gazpromが進めるアムールGPPとシブールのアムールGCCは密接な相関関係を有しており、アムールGCCを建設しなければ、GazpromのアムールGPPの事業性の確保は絶望的であり、国の威信をかけたプロジェクトであることから、事業面でのリスクが高くともシブールには建設を拒否するという選択肢はないと分析している[51]。2月にはSinopecの40%参画に対する対価に関する情報として、シブールが183億ルーブル(2.456億ドル)を受け取ったことを明らかにしている。また、アムールGCCは230万トンのポリエチレン、40万トンのポリプロピレンを生産する計画であり、スケジュール前倒しで、予算内で完成する見通しであることを発表。当初は、2024年後半に完成予定だったが、6カ月前倒しで2024年中葉に修正し、予算も当初100~110億ドルだったものを、100億ドルを上回らないことを見込んでいる[52]。
Gazpromが自ら完結せずにシブールを巻き込んだ理由としては、巨額投資に対するリスク分散と中国国営企業でCNPCのライバルであるSinopecを株主[53]に持つシブールを引き入れることで、中国の市場獲得を狙おうとした戦略とも考えることができるだろう。
[44] Prime(2019年12月26日)
[45] VTB Capital(2020年7月8日)
[46] コメルサント(2020年2月18日)
[47] Prime(2020年5月14日)
[48] Prime(2020年6月29日)
[49] Interfax(2020年12月15日)
[50] コメルサント(2020年8月18日)
[51] Oil Capital(2020年12月15日)
[52] IOD(2021年2月21日)
[53] シブールにはSinopecの前副総経理(ZangFanli)が執行役員に就任。取締役役員にもSinopecからLiChengFeng、シルクロード基金からWangDanが在籍している。
(3) 新たな構想:「シベリアの力-2」パイプライン
「シベリアの力」の稼働直後から、その稼働実現を見て「シベリアの力-2」に対する関心が国内外でも高まってきた。カザフスタンのノガイェフ・エネルギー大臣は2020年2月に早速、ノヴァク・エネルギー大臣(当時)に対し、アルタイ経由を念頭に、「シベリアの力-2」について、自国領内を経由することを提案している[54]。しかし、そもそもは2019年9月の東方経済フォーラムでバトトルガ・モンゴル大統領からプーチン大統領に対して提案が為されたモンゴル経由で北京を市場ターゲットとする案に注目が集まっており、カザフスタンの提案についてはその後霧散している。
まず、中露間でも「シベリアの力-2」に関する交渉が行われなければ、同プロジェクトは動きようがないのも事実である。最終的には需要家たる中国が「シベリアの力」に加え、新たなルートでのガス供給を望むかどうかという点が全てを決するからである。そのことに関しては、2月に中露間の協議がコロナウイルスのためサスペンドしたという報道[55]に対して、ブルミストロヴァGazprom Export社長がすぐさま「事実ではない。中国保健省からの一時的な勧告により公共の場での面談を中止している。ビデオ通信手段を含め交渉は継続している」と敏感な反応を示している[56]。
3月には、プーチン大統領がミレル社長と会談し、「シベリアの力-2」に関する計画と調査作業の開始について説明を受けている。これは2019年9月のモンゴル提案後、プーチン大統領から検討を指示されていた結果報告であり、事前技術経済スタディを実施し田結果、ポジティブな結果を得たとの報告を受けて前進させることに大統領も合意している。また、容量は「シベリアの力」の38BCMを上回る50BCMで、モンゴルを経由するルートが正式に検討されていることが、ここで初めて明らかになった(これまではモンゴルの提案があったのみでGazpromとしての確定情報はなかった)[57]。
[54] Prime(2020年2月12日)
[55] Prime(2020年2月13日)
[56] Tass(2020年2月13日)
[57] Prime・クレムリン(2020年3月27日)
5月にはミレル社長はGazpromが2020年中に全ての投資前調査を完了する予定で、「シベリアの力-2」のFEED(有償の詳細設計)を開始したことを発表。専門家の見解としてパイプラインの建設に最大6年を要し、事業費は1兆5,000億ルーブル(約2.6兆円)に達する可能性があり、プロジェクトの最大の課題はパイプラインの稼働率であるとの見方が出ている[58]。
7月にはGazpromはモンゴルで特別目的会社(SPV)の設立と運営に関連するサービスの提供について9月までの契約でコンサルタントを雇っているとの情報がリークされ[59]、それを裏付けるように8月25日、GazpromはGazprom(ミレル社長)とモンゴル政府(ヤンゴイン・ソドバートル副首相)が、中国へ供給する国際幹線ガスパイプラインの建設と使用に関する技術的実現可能性調査する合弁事業を設立する覚書(Memorandum of Intent)に署名したとガスプロムが発表している[60]。
国家エネルギー研究所のアレクサンドル・フロロフ副所長は、これらの動きについて、アルタイルートの問題も含め、以下分析を行っている。2010年代の初めにアルタイ地方経由で中国に至る西ルートについての検討が行われた。その後、何度か協議が復活し、様々なパターンについての検討が行われたものの、このルートは事実上凍結状態となっていた。西ルートの場合、山岳地帯を通過するので、山の上に1本の重さが23~24トンにも達する高圧輸送用の鋼管を敷設する必要がある。アルタイルートでは、約20万本もの鋼管が使用されることが想定されていた。この状況を勘案すると建設コストが天文学的数字に達するのは必至であった。より東寄りのルートを選択し、より平坦な地形を有するモンゴルを経由するPLを敷設するという案も浮上していたが、中国がその案に難色を示していた。2021年の初めまでにFSは完了するであろう。その後の進捗状況は、「シベリアの力-2」に関する中国とのガス供給契約が締結できるかどうかにかかってくるであろう。中国との契約が締結できなければ「シベリアの力-2」建設が開始されることはないし、モンゴルはあくまでトランジット国にすぎない[61]。
9月にも、プーチン大統領がミレル社長と会談し、Gazpromが2021年第1四半期にモンゴル経由での中国への天然ガス供給パイプラインの実現可能性調査結果を発表すると報告し、プーチン大統領が東西ガス輸送システムを1つに統合するという目標を常に有してきたことを指摘しながら、「シベリアの力-2」は最大50 BCMの容量を備えるロシアにとっての新たな輸出回廊として、ヤマルからヨーロッパ市場だけでなくアジア市場にもガスを輸送する可能性を有していることを説明している[62]。
年明けて、1月にはGazpromがモンゴルで、「シベリアの力-2」の技術調査のための特別目的会社であるGazoprovod Soyuz Vostok(東部ガスパイプライン共同体)社をGazprom及びモンゴルの政府系投資会社であるErdenes Mongolとの間で設立したと発表している[63]。ミレル社長は、「シベリアの力-2」が技術的に実現可能であり、費用効果の高いプロジェクトであること、3月末までにモンゴル経由で中国にガスを供給するプロジェクトの実現可能性調査を提出する予定であり、モンゴルだけでなくロシア国内で設計作業を開始していることを明らかにしている[64]。結果は前に進むものとなる内容が大方想定されるが、技術評価の内容、具体的な費用想定、モンゴル政府が獲得するトランジットタリフ及び最終的なルートと課題がどこまで明らかになるのか、また、それに対する中国の反応がどのようなものか注目される。
[58] コメルサント(2020年5月19日)
[59] Interfax(2020年7月6日)
[60] Prime・Gazprom社HP(2020年8月25日)https://www.gazprom.ru/press/news/2020/august/article511597/(外部リンク)
[61] ヴェードモスチ(2020年8月25日
[62] Interfax・クレムリン(2020年9月16日)http://en.kremlin.ru/events/president/news/64040(外部リンク)
[63] Prime(2021年1月22日)
[64] Interfax(2021年1月19日)
以上
(この報告は2021年2月16日時点のものです)