ページ番号1008983 更新日 令和6年10月21日
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概要
- エネルギートランジションは、企業動向に大きな影響を与えている。特にその流れが顕著である欧州においては、メジャー企業に限らず、独立系・PE系E&P企業においても、低炭素関連事業を積極的に進めている。
- 独立系E&P企業Lundin Energyは、低炭素開発が進むノルウェーでE&P事業を行っている。加えて、オフセット目的の再エネ投資も行い、業界初の「2025年ネットゼロ」を達成する見通しである。
- PE系E&P企業Chrysaorは、英国最大級の生産者であるが、政府のネットゼロ目標や英領北海の廃坑問題がある中、既存ガスインフラを活用したCCS・ブルー水素施設にShell・Totalとともに投資し、英国およびEUの資金援助を受けている。同じくPE系でオランダの主要生産者であるNeptune Energyも、既存インフラを活用したCCSプロジェクトのFSおよびグリーン水素プロジェクトのパイロット事業をオランダ政府系機関と協力して実施している。
- 石油サービス企業Aker Solutionsは、洋上風力事業・炭素分離事業をスピンオフさせるためにAker Horizonという会社を設立した。既存事業の知見を活かした低炭素関連事業(洋上風力・炭素分離)で世界的な事業拡大を狙っている。
- このように独立系・PE系E&P企業においては、低炭素関連事業を進めるにあたり、(1)共通のニーズのある他社との協働、(2)政府の補助金を活用、(3)排出量の少ない石油・天然ガスプロジェクトの選定、といった手法が見られた。石油サービス企業においては、(1)既存事業と親和性のある洋上風力発電・炭素分離事業への参入、(2)洋上風力への進出を狙うE&P企業と協働した世界進出、といった手法がみられた。
- 欧州では脱炭素化のうねりに加え、化石燃料需要の落ち込みが見込まれており、事業環境は決して楽観視できない。この状況の中で、思うように生産量を伸ばせず債務が膨らむ企業と、順調に生産を伸ばしフリーキャッシュフローを得て、低炭素事業への投資を拡大する企業との二極化が進んでいるという指摘がある。ChrysaorによるPremier Oil買収のように、フリーキャッシュフローが潤沢な企業が、低炭素化に向けた対策を打ちつつ、他企業を買収するようなケースも見られる。
- 低炭素関連事業は、短期的には「コスト」となりうるが、炭素税・排出量取引という制度があり、かつ低炭素製品へのニーズがある欧州においては、低排出またはカーボンニュートラルオイル・ガスはプレミア付きで取引されるようになるかもしれず、長期的には、「コスト」ではなく「投資」となる可能性がある。
1. 欧州のE&P事業環境
Equinorやプライベートエクイティ(PE)系企業を中心に探鉱・開発活動や企業買収がみられるが、欧州のE&P事業環境は、一般的には年々厳しくなっている。欧州の主要産油国であるノルウェーと英国の当局は、E&P企業に対して、事業の低炭素化を求める姿勢を強めている。その他の欧州産油国では、フランスやデンマーク領北海などで新規探鉱ライセンス発行停止が相次いでいる。
このような欧州産油国の政策は、欧州のE&P企業の行動にも影響を与えている。投資対象となるプロジェクトを選定する際にプロジェクトのCO2排出量を考慮したり、CCSや再生可能エネルギー(再エネ)といった排出量低減(オフセット)事業への投資が実際に行われたりしている。たとえば、欧州系メジャー企業では、インターナルカーボンプライシングという組織内部で炭素価格を設定し、気候変動によるリスク・機会を定量的に把握するという事例がある。このレポートでは、欧州の独立系・PE系企業におけるエネルギートランジション関連事例を紹介したい。
参考:ノルウェー政府の動向
ノルウェー政府は、2021年1月、ノルウェー大陸棚で石油・天然ガスの開発・生産を行う企業に対する炭素税を2030年までに段階的に引き上げる計画を発表した[1]。炭素税増税の目的は、石油・天然ガス産業の低炭素技術開発を促進するためとしている。
なお、ノルウェー政府は、石油・天然ガス産業からの温室効果ガス排出を削減するための技術の開発に積極的であり、2019年12月にはNorthern Lights CCSプロジェクトへの支援を正式に決定した。同CCSプロジェクトを含むLongshipプロジェクトは、総額251億クローネの支出が見込まれるが、うち約3分の2の168億クローネをノルウェー政府が負担する。残りの3分の1は、Equinor、Total、Shellといった企業が負担する。
参考:英国政府の動向
英国では、2021年1月、Kwasi Kwartengエネルギー・ビジネス・産業戦略省大臣が「ネットゼロのためのCO2削減にコミットしない事業者は、掘削許可の対象とならないだろう」と発言した。現在、政府と石油・天然ガス業界との間で低炭素社会への移行に向けた協議(”North Sea transition deal”)がなされており、2021年前半までに決まる見通しだ。協議の内容は、石油・天然ガスの開発・生産における再エネ由来の電力の使用、CCUSの推進、水素製造、既存施設・サプライチェーンの新エネルギーへの活用などの分野にわたる。
2021年3月には、OGAよりStewardship Expectation 11が発表され、温室効果ガス排出量に配慮した探鉱・開発・生産のあり方について、具体的な見解が明らかにされた[2]。
[1] ノルウェー:炭素税引き上げを計画―低炭素と低コストのジレンマを超えられるか?―、2021年2月15日、JOGMEC:
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1008924/1008957.html
[2]OGAプレスリリース(Stewardship Expectation 11)、2021年3月15日:
https://www.ogauthority.co.uk/news-publications/publications/2021/stewardship-expectation-11-net-zero/(外部リンク)
2. 企業事例の紹介
はじめに、独立系・PE系企業とメジャー企業(特に欧州系)の戦略の違いについて述べる。欧州系メジャー企業は、市場・需給や政策の変化に合わせて、事業内の排出量削減に加えて、再エネ・電力企業の買収などにも積極的に取り組んでいる。その勢いはオフセット目的の買収に留まらず、総合エネルギー企業への転換を図る構えを見せている[3]。
しかしながら、メジャー企業のアプローチは独立系・PE系企業にとっては困難なものである。その理由は、メジャー企業は、キャッシュフローが豊富で、年間設備投資が約200億ドル以上もあり、新規事業への投資が容易であるためである。仮にその1割を低炭素関連投資に充当したとしても、投資資金は年間20億ドルあるため、M&Aやプロジェクトへの出資を含めた多岐にわたる、あるいは大きな額の低炭素関連投資が可能である。
一方、独立系・PE系E&P企業は、比較的安価に上流権益を取得し、探鉱を行い資産の価値を高め、早期にキャッシュフロー化する(あるいは企業・資産を売却する)ことを生業としている。このような企業のビジネスモデルでは、継続的な探鉱・開発投資が必要であり、また探鉱・開発には事業遂行の観点から常に多くのリスクが付きまとう。結果として、探鉱・開発以外に使用できる資金は限られており、低炭素関連投資へのハードルは高い。
ただ、一部の企業は独自の努力を行っており、ここでは温暖化ガス排出量を削減できるような探鉱・開発を進めるために様々な工夫を凝らしている欧州の独立系・PE系E&P企業3社と石油サービス企業1社の事例を紹介する(表1)。
[3] メジャー企業等の気候変動戦略分析、2021年1月22日、JOGMEC:
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/seminar_docs/1008936/1008937.html
(1) Lundin Energy:2025年ネットゼロ
ストックホルムに上場するLundin Energyは、2021年1月、業界で初めて2025年にオペレーションにおける排出量を実質ゼロ(ネットゼロ)にする目標[4]を掲げた。同社はこれまで、「2030年までにネットゼロ」という目標を掲げていたが、この目標を5年も前倒しした。Lundin Energyは、以前よりエネルギートランジションへの感度は高いと言われており、2020年1月には社名もLundin PetroleumからLundin Energyに変更した[5]。
具体的にはネットゼロ達成のために、主要プロジェクトにおける再エネ電源使用とオフセット目的の再エネ投資を実施するとしている。
事例1:主要プロジェクトの電化と水力発電の組み合わせ
Lundin Energyは、ノルウェーで上流事業を行っているが、ノルウェーはCO2排出量の少ない石油・天然ガス開発が比較的容易なことで知られている。その理由は、ノルウェーでは、豊富な降水量と大きな河川等の地形を活用した水力発電が盛んで、その水力発電による電力を調達して、洋上の石油・天然ガスの生産施設で使用する取り組みが進んでいるためである(Scope 2)。
Lundin Energyによると、世界の石油・天然ガス産業の平均的な炭素強度[6]は17kg CO2/boe以下であるのに対し、ノルウェーは世界水準のおよそ半分以下である。さらに、Lundin Energyが参画するプロジェクトは、ノルウェー平均をさらに下回るものとしている(図1)。
[4] Lundin Energyウェブサイト(脱炭素戦略):
https://www.lundin-energy.com/sustainability/climate-change/decarbonisation-strategy/(外部リンク)
[5] Lundin Energyプレスリリース(社名変更)、2020年1月27日:
https://www.lundin-energy.com/launch-of-the-decarbonisation-strategy-targeting-carbon-neutrality-by-2030-and-proposed-name-change-to-lundin-energy-ab/(外部リンク)
[6] 炭素強度とは、単位エネルギー消費量あたりのCO2排出量のことを意味する。
Lundin Energyが参加するプロジェクトで最も代表的なものは、ノルウェー領北海のJohan Sverdrup油田であり、CO2排出量0.7kg/boe(油田寿命ベースで計算)を誇る低炭素プロジェクトとである。権益比率は、Equinor: 42.6%(オペレーター)、 Lundin Norway: 20%、Petoro: 17.36%、Aker BP: 11.5733%、Total: 8.44%となっている。
Equinorは、Johan sverdrup油田を含め、周辺海域で石油・天然ガスプラットフォームの電化を積極的に進めている(図2)。これは、まずプラットフォームの電化を行い、そこに陸上の水力発電の電力を接続することで、オペレーションで使用する電力をすべて再生可能電力で調達し、発電にかかるCO2排出量を抑制する計画である。
Johan Sverdrup油田は、すでに一部の電化・接続が完了しており、2022年に予定しているPhase 2の生産に合わせて、さらなる電力網敷設の計画が進んでいる。またLundin Energyは、隣接するEdvard Grieg油田、Ivar Aasen油田にも参画しており、この油田への電力網接続もPhase 2に合わせた電力網拡張の対象となっている。この拡張が完了すると、同社の生産量のうち95%については、再エネ電力を用いた排出量ゼロのオペレーションになる見通しだ。
事例2:再エネ投資
Lundin Energyは、水力発電と風力発電のプロジェクトに投資[7]している。同社は、生産量の95%については、プラットフォームの電化と陸上電力への接続により排出量ゼロが達成可能であるため、残りの5%について他の方法でオフセットをする必要がある。
(1)水力発電
Lundin Energyが50%の権益を有するLeikange水力発電プロジェクトは、ノルウェー西部Bergenの北に位置する。2020年6月に、Phase 1が完了し、発電を開始した。2021年中ごろにPhase 2が完了し、最大稼働時で発電容量77MW、年間総発電量208GWhとなる見通しである。
(2)風力発電
Metsälamminkangas (MLK)風力発電プロジェクトは、フィンランド海岸沿いのOulo南東に位置する陸上風力プロジェクトである。同プロジェクトは現在建設中で、2022年にはフルで稼働する計画である。24の風車から年間総発電量約400GWhの発電を見込んでいる。このプロジェクトも権益の50%をLundin Energyが有するが、残りの50%はPE系HitecVisionの関連企業であるSval Energiが参入している。このHitecVisionは、英領北海で上流事業を手掛けるNEO Energyの所有会社としても知られており、同社は2021年2月、ExxonMobilの英領北海資産を約10億ドル以上で買収するというニュース[8]で話題になった。
ちなみに、Lundin Energyは、温暖化ガス排出を抑制した探鉱・開発が比較的容易であるプロジェクトへの参画により、ネットゼロ目標達成への道筋をほぼ示すことができた。そのため、オフセット目的の再エネ投資は、全体の投資額の中でもかなり少ない割合で済んでいる(図3)。
[7] Lundin Energyウェブサイト(再エネ投資):
https://www.lundin-energy.com/operations/renewables-projects/(外部リンク)
[8] NEO Energy プレスリリース(ExxonMobil資産買収)、2021年2月24日:
https://www.neweuropeanoffshore.com/neo-energy-to-double-production-through-acquisition-of-asset-portfolio-from-exxonmobil/(外部リンク)
図3:営業活動によるキャッシュフローの用途[9]
(Lundin Energyより引用)
[9] 2020-2026(1): Based on 2P reserves and dividend growth y-o-y to 2026
(2) Chrysaor:政府の支援を受けたCCS・ブルー水素事業
PE系E&P企業Chrysaorは、英領北海の主要石油・天然ガス生産者である。同社は、2020年10月、独立系E&P企業Premier Oilと合併することを発表した。合併完了後はHarbour Energyの名称でロンドンに上場する最大の独立系石油・天然ガス生産企業となる見通しである[10]。2021年2月、合併に関わる独占禁止法等の規制上の承認が得られた[11]が、現在もなお関連手続きが行われている。
Chrysaorは、PE系企業であるため、上場企業とは異なりESG投資・ダイベストメントの圧力を株主やステークホルダーから直接浴びることが少なく、英領北海のメジャー企業の成熟資産を買収することでフットプリントを着実に拡大し、英領北海に限れば、欧州系メジャー企業にも比肩する生産量となっている(Premier Oil合併後は25万boe/d弱)[12]。
ただ、ChrysaorはCO2排出量削減目標を掲げ、堅実に低炭素化への取り組みを始めている[13]。同社は、2025年までにCO2排出量を30%(2020年比)、2028年までにさらに20%削減することを目標とし、その達成のために、(1)プロジェクトへの低炭素・脱炭素電源の供給、(2)CCSと水素製造、(3)ドローンを使用したメタンガス排出量測定の3つの取り組みを掲げている。
このうちCCSと水素製造に当たるのが、Acornプロジェクト[14]である。同プロジェクトは、図4の通りスコットランド北東の英領北海に位置し、Phase 1で陸上St Fergusガスターミナルで年間34万トンのCO2を貯留し、Phase 2で天然ガスからブルー水素[15]を製造することを目指す。
[10] 英国:ChrysaorとPremier Oil合併、2020年10月14日、JOGMEC:
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1008604/1008859.html
[11] Chrysaorプレスリリース(合併関連の各種承認手続き)、2021年2月23日:
https://www.chrysaor.com/downloads/news/210222%20UK%20regulatory%20condition%20satisfied,%20Mexican%20approval%20received.pdf(外部リンク)
[12] 英国:英領北海におけるプライベートエクイティ系企業の台頭、2019年12月13日、JOGMEC:
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1007679/1008585.html
[13] Chrysaorウェブサイト(エネルギートランジション): https://www.chrysaor.com/operations/energy-transition(外部リンク)
[14] Acornプロジェクトウェブサイト: https://theacornproject.uk/(外部リンク)
[15] ブルー水素とは、水素を製造する過程で生成される二酸化炭素を回収・地中貯留(CCS)することで、二酸化炭素排出量正味ゼロを達成して生産される水素を指す。
具体的には、Phase 1でSt Fergusガスターミナルから排出されるCO2 年間約30万トンを回収し、Goldeneyeパイプラインを通じて、St Fergus沖約100kmにあるAcorn CO2貯蔵サイトに注入する。Phase 2では、St FergusガスターミナルにおいてCO2を回収し、ブルー水素の製造を目指す。同ガスターミナルは、英国で生産される天然ガスの3分の1が集まる場所で、このガスターミナルとAcorn CCSを組み合わせることにより、既存のガスターミナルをブルー水素の製造ターミナルにリフォームするという計画である。
このプロジェクトは、Pale Blue Dot Energy社によって運営されているが、石油企業(Chrysaor、Shell、Total)が参加するほか、英国政府、スコットランド政府、EUの資金提供を受けている。2024年までにPhase 1の完成を目指している。
水素の利用について、はじめは、天然ガスとブルー水素を混合して使用することが想定されている。ここでは天然ガスの2%を水素に置き換えるが、この程度の比率であれば、ガスの現在の使用方法を変えずに、年間約40万トンのCO2排出量を削減できると試算されている。将来的には、水素への置き換えを20%の割合にすることも可能という見方もあり、家庭での暖房利用においては水素100%の利用を目指している。
(3) Neptune Energy:政府とのパートナーシップを通じたCCS事業のFS・グリーン水素パイロット事業
Neptune Energyは、2018年に設立されたPE系E&P企業であり、そのバックには、Carlyle groupやCVC Capital PartnersといったPE企業や中国系のソブリンウェルスファンドが名を連ねている。同社は欧州を中心に、北アフリカや東南アジアでE&P事業を展開している。生産量のほぼ半分はノルウェーに位置し、67,700boe/dを生産している。特徴的な点は、同社はオランダ領北海での主要な生産者であり、生産中2案件、開発中4案件、探鉱3案件を抱え、21,700boe/dを生産している。いずれの案件も近隣に位置し、さらに主要なハブを含めた29のインフラを所有しており、効率的なE&P事業を行っている。
Neptune Energyは、2020年12月、そのオランダで大規模CCS事業のフィージビリティスダディ(FS)を行うと発表した[16]。このFSでは、同社のL10エリアに位置する枯渇ガス田に年間500万~800万トンのCO2を注入することの実現可能性を評価する。プロジェクトが開発されれば、オランダ領北海最大級のCCS施設となる。
[16] Neptune Energyプレスリリース(オランダCCS)、2020年12月10日:
https://www.neptuneenergy.com/media/press-releases/year/2020/neptune-energy-announces-feasibility-study-ccs-plan-netherlands(外部リンク)
Neptune Energyによると、洋上および陸上の既存インフラの位置を考慮すると、オランダ領北海は「新エネルギーのハブ」になる可能性を秘めているという(図5)。同社は英領北海境界近くの鉱区も有しており、将来的にはオランダと英国両国の既存インフラを活用することも視野にいれている。
また、オランダ領北海南部の沖合すぐの鉱区(Q13)を拠点としてPosHYdonグリーン水素[17]パイロットプロジェクト[18]を進めている。このプロジェクトは、電化を達成したプラットフォームに陸上から再エネ電力を送り、そこで水を電気分解し、既存のガスパイプラインで水素のみ陸上に送るという内容である。
これらのプロジェクトは、オランダ政府が100%所有する総合ガス会社Energie Beheer Nederland(EBN)とのパートナーシップの基に行われており、詳細は不明であるが政府からの支援を得ながら進めているようである。
[17] グリーン水素とは、再生可能エネルギー起源の電力を用いた水の電気分解によって生成される水素を指す。
[18] Neptune Energyウェブサイト(PosHYdonグリーン水素パイロット):
https://www.neptuneenergy.com/esg/climate-change-and-environment/poshydon-hydrogen-pilot(外部リンク)
(4) Aker Solutions:洋上風力事業と炭素分離事業スピンオフ
オスロに上場するAkerは、ノルウェー発祥の造船・エンジニアリング企業の流れを汲む持株会社で、エンジニアリングから金融サービス、食品加工、不動産開発などを幅広く手掛けている。Akerは、830億クローネ(約96.3億米ドル)の売上(2019年)を誇る投資企業で、約37,000人の従業員を雇用している。
Akerが出資する企業で代表的なものは、ノルウェーで石油・天然ガスの上流開発を行うAker BP、石油サービス企業Aker Solutionsなどがある(図6)。
2020年8月、Aker Solutionsは、関連会社である石油サービス企業Kvaernerと統合し、さらに洋上風力事業と炭素分離事業を分離して、Aker Offshore WindとAker Carbon Captureの2社を上場させた。グリーンテクノロジー関連事業を独立させ、投資家を呼び込む狙いがある。AkerのCEOであるOyvind Eriksen氏は、「再生可能エネルギーがニッチな技術からグローバル産業へと発展している今、Akerは野心を持っている。」と発言し、世界的な事業展開への意欲を見せた。なお、これら2社の株式の過半数は、Aker Horizonsが有する(図7)。
1. 洋上風力事業(Aker Offshore Wind)について
Aker Solutionsの洋上風力事業はAker Offshore Windとして上場を果たしたが、現在もAker Solutionsは洋上風力事業を継続している。Aker Offshore WindとAker Solutionsは今後も連携を続け、主に深海域での浮体式洋上風力についてはAker Offshore Windが中心となり事業を行っていくようである。
Aker Solutionsは、同じくノルウェー企業であるEquinorと近い関係にあり、国内外において洋上風力分野で協働している事例がみられる。まずノルウェー国内では、ノルウェー領北海中部において、洋上風力発電の電力を周辺の油ガス田に供給するHywind Tampenプロジェクト[19]を行っている。同プロジェクトでは、88MWの浮体式洋上風力発電所を建設中で、2022年の稼働を目指している。完成すれば世界初の洋上風力発電を用いた石油・天然ガス生産の事例となる。なお、米国では、2021年1月、EquinorとパートナーのBPが、NY州の洋上風力発電の事業者として選定されたが、2月にはAker Solutionsがこの洋上風力発電のFEED(Front End Engineering Design)契約を獲得した。また、Equinorは韓国・蔚山沖で浮体式洋上風力の建設を目指している[20]が、Aker Solutionsも同地域でチャンスを狙っている。以上のことから、Aker Solutionsは、洋上風力事業の世界的な事業展開にあたり、石油・天然ガス事業で信頼関係を築いてきたEquinorとともにフットプリントを拡大している様子も窺える。ちなみに、Aker Solutionsが出資する洋上風力スタートアップPrinciple Power(米国)は2020年に日本法人も設立した。
2. 炭素分離事業(Aker Carbon Capture)について
Aker Solutionsは、1990年代からノルウェー領北海のSleipnerガス田のCO2貯留に携わり、知見を蓄えてきた。同社は、水と有機アミン系溶剤の混合物を使用してCO2を吸収するための自社技術を有している。この技術の強みは、適用できる範囲の広さで、ガス、石炭、セメント、製油所、廃棄物からのエネルギー抽出など様々な排出源からのCO2排出に適用することが可能だそうだ。今回スピンアウトしたAker Carbon Captureは、炭素分離の独自技術への投資を加速し、市場での地位を確立することを目指している。
[19] Equinorウェブサイト(Hywind Tampen): https://www.equinor.com/en/magazine/hywind-tampen-breakthrough.html(外部リンク)
[20] Equinorウェブサイト(韓国洋上風力): https://www.equinor.com/en/where-we-are/south-korea.html(外部リンク)
3. まとめ
欧州の独立系・PE系企業および石油サービス系企業において、大きく5つの取り組みがみられた。
- 排出量目標の設定
- 再エネ電源を用いたオペレーションにおける排出量削減
- オフセット目的の再エネへの投資
- 既存施設を活用したCCS・水素事業
- (石油サービス企業)既存事業と親和性のある洋上風力事業・炭素分離技術への注力
上記の取り組みを行うにあたり、主に3つの工夫がみられた。
- 共通のニーズのある企業と協働
- 政府の支援の活用
- CO2排出量の少ないプロジェクトへの参入
示唆1:E&P事業とCCS・再エネ事業を行う「ミニメジャー」による業界再編?
このレポートでは、積極的に低炭素事業に取り組む独立系・PE系企業を紹介した。しかし、欧州では脱炭素化のうねりに加えて、石油・天然ガス需要の落ち込みが見込まれており、事業環境はますます厳しくなることが予想される。そのような事業環境の中で、生産量を伸ばせず、債務が膨らみ、低炭素事業に手が回らない企業もみられ、二極化が進んでいるようにみえる。
二極化現象の代表的な事例が、PE系Chrysaorによる独立系Premier Oilの買収である。Premier Oilの負債総額は27億ドルで財務的に厳しい状況にあった。このような買収について、Wood Mackenzieは、Chrysaorのような企業を「ミニメジャー(”mini-majors”)」と呼び、ミニメジャーによる独立系E&P企業の再編が進むと予見している。
しかしながら、順調にみえるChrysaorのようなPE系企業も出口戦略に苦戦していると言われている。一般的にPE系企業は、5年サイクルで企業売却などによって収益化するビジネスモデルを取る。5~6年前に欧州E&P事業に参入するPE系企業の波があったが、現段階でエグジットに成功した企業はない。
示唆2:カーボンニュートラルオイル・ガス時代の足音?
このレポートで紹介したとおり、欧州においてはCO2排出に配慮してE&P事業を行う企業が増えている。独立系・PE系E&P企業にとって、多くの排出量削減の取り組みは短期的には「コスト」であり、そのため国の助成を受けられるケースもある。しかし、欧州においては、炭素税や排出量取引といった制度や、また低炭素商品へのニーズから、長期的には「投資」になるかもしれない。たとえば、事業におけるCO2排出量を削減した分、炭素税の負担が減ったり、排出量の購入量が減少したり(排出量が排出枠を下回った場合は排出量を売却したり)することで、結果として利益に繋がる可能性がある。また、欧州では排出量の少ない(またはゼロエミッション)製品のニーズが高い。LNG市場においては、カーボンニュートラルLNGの取引が始まっているが、低炭素製品を作る企業が、「カーボンニュートラルオイル・ガス」をプレミア付きの価格で買う可能性がある。このように、低炭素関連の取り組みが、単なるコストを超えて、付加価値を生み出す将来は近いかもしれない。
欧州の独立系・PE系企業が、脱炭素と需要減少の2つの荒波をどう超えていくのか注視される。
以上
(この報告は2021年3月17日時点のものです)