ページ番号1008988 更新日 令和3年10月12日
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概要
- 2021年3月13日、英国政府が北海における新規探鉱ライセンス発行停止を検討しているとの報道があった。
- この報道の翌日、英国石油・天然ガス業界団体OGUKは、新規探鉱ライセンス発行停止の動きは、英国のエネルギートランジションを阻害する恐れがあると指摘した。管轄官庁であるビジネス・エネルギー・産業戦略省(BEIS)は、この報道に対して肯定も否定もしていないことが報じられている。なお、この報道の信憑性に対して、業界紙やコンサルは、慎重な見方を示す。
- 英国では、2008年にClimate Change Actが制定されて以来、温室効果ガス削減に向けた様々な取り組みがなれており、2019年6月には主要先進国としては初めて「2050年ネットゼロ」を発表した。政府の決定に合わせて、BEISと行政機関Oil & Gas Authority(OGA)は、ライセンス制度の見直しや英領北海事業者向けのガイドラインの策定などを実施してきた。
- 英領北海では、生産量の減退、探鉱活動の落ち込みが目立っており、政府にとっては石油関連税収の減少が課題となっている。
- 英国は、ピークを過ぎたとはいえ、現在も約150万boe/dを生産する産油国である。メジャー企業の資産を積極的に買収し、生産量を増やす企業も目立っている。早々の探鉱ライセンス発行停止は、OGA戦略の一つである英領北海の価値の最大化の道筋を断つことになりかねない。英国が、ネットゼロと英領北海の価値の最大化をどう両立させていくのか、今後の動向が注目される。
1. 報道内容に対する政府や業界の反応
3月13日、英国テレグラフ紙は、英国政府が自国開催のCOP26に向けた新たな政策の一環として北海における新規探鉱ライセンス発行の停止を検討していると報じた[1]。
翌日14日、英国石油・天然ガス業界団体(OGUK)はすぐに声明を発表[2]し、(1)産業界は早い段階から2050年ネットゼロ目標にコミットしており、すでに2030年までに排出量を半減させるという厳しい目標設定をしていること、(2)英国が今後数十年にわたりエネルギートランジションを進める上で業界の協力が欠かせないこと(特に水素、CCS、グリーンテクノロジーの分野)を強調した。加えて、新規ライセンス発行の制約による活動の削減は、国内のサプライチェーンへのダメージや石油・天然ガスの輸入量の増加、雇用やスキルの国外流出を招き、英国のネットゼロ目標達成を阻害する恐れがあると指摘した。なお、BP統計によれば、英国のエネルギー源(2019年)は、石油39.6%、天然ガス36.2%、石炭3.3%、原子力6.4%、水力0.7%、再生可能エネルギー13.8%となっており、75.8%を石油と天然ガスが占めている。
Plattsによると[3]、この報道に対して管轄の当局であるビジネス・エネルギー・産業戦略省(BEIS)は、明確な肯定も否定もせず、石油・天然ガス産業の雇用やグリーンテクノロジーへの貢献に理解を示したうえで、(1)政府のネットゼロ目標に基づき新規ライセンス制度の見直しが行われていること、(2)今後数か月のうちに石油・天然ガス業界と低炭素社会への移行関連支援に関する合意を結ぶと述べていることが報じられている。これら2点は、これまでに政府から発表されていた内容から変更はない。
テレグラフ紙の報道の信憑性について、同じくPlattsによると、「新規ライセンスを全面的に発行停止する可能性は非常に低いと思う」と関係筋が述べたという。また、英国コンサルLambert Energyによると、「英国ではCOP26に向けて政治的な駆け引きが行われており、報道の内容は注意深く見るべき」、「探鉱禁止のインパクトを判断するには、探鉱ライセンスが全面的に発行停止になる時期が重要」と慎重な見方を示した。
[1] Beginning of end for North Sea as minsters consider exploration ban, The Telegraph, 2021/3/13:
https://www.telegraph.co.uk/business/2021/03/13/ministers-considering-ban-north-sea-exploration-licences/(外部リンク)
[2] OGUK comment in response to possible ban on new exploration licences, OGUK, 2021/3/14:
https://oilandgasuk.co.uk/oguk-comment-in-response-to-possible-ban-on-new-exploration-licences/(外部リンク)
[3] North Sea oil drilling ban 'unlikely' but not ruled out by UK ministers: Source , Platts, 2021/3/15:
https://www.spglobal.com/platts/en/market-insights/latest-news/coal/031521-north-sea-oil-drilling-ban-unlikely-but-not-ruled-out-by-uk-ministers-source(外部リンク)
2. これまでの英国政府の取り組み
英国では、2008年にClimate Change Actが制定されて以来、温室効果ガス削減に向けた様々な取り組みがなされてきた。政府の決定に合わせて、BEISとOGAは、ライセンス制度の見直しや英領北海事業者向けのガイドラインの策定などを実施している。ここでは、現在進行中のものも含めて9つの取り組みを紹介する。
(1) ネットゼロ目標の法制化
2019年6月、英国政府は世界に先駆けて「2050年までにネットゼロ」という目標を法制化した[4]。その背景として、英国の産業革命は、世界に経済発展をもたらした一方で、排出量の増加も招いたことに言及があり、今後は経済成長へのコミットメントを維持しつつ、グリーンな成長で世界を再びリードするとの意気込みが表明されている。
[4] UK becomes first major economy to pass net zero emissions law, 英国政府, 2019/6/27:
https://www.gov.uk/government/news/uk-becomes-first-major-economy-to-pass-net-zero-emissions-law(外部リンク)
(2) カーボン予算(Carbon Budget)
英国では2008年にClimate Change Actが制定されてから、5年間毎の温室効果ガス排出量の上限を設定するカーボン予算が設定されてきた。昨年12月には、政府に気候変動対策に関する勧告を行う気候変動委員会(CCC)により2033~2037 年を対象とする第 6 次カーボン予算に関する提言が行われたところである。CCCの提言は、今後15年間で排出量を1990年比で78%削減する必要があるとしており、現在、政府において提言を踏まえた検討が進められているところである。政府は6月末までに第6次カーボン予算を設定することが求められている。
(3) ライセンス制度の見直し
政府が2050年ネットゼロ目標を設定したことをうけて、2020年9月、BEISは、ネットゼロ目標を達成するために、ライセンス制度の見直しに着手したと発表[5]した。
直近のライセンスラウンドについて、2020年9月、OGAは第32次洋上ライセンスラウンドにおいて、65社に対し、113のライセンス(260以上の鉱区および鉱区の一部)を付与した[6]。また、この発表の中で、2020年~2021年のタームにおいてライセンスラウンドを行わない方針を発表した。
[5] Government launches review into future offshore oil and gas licensing regime, 英国政府, 2020/9/3:
https://www.gov.uk/government/news/government-launches-review-into-future-offshore-oil-and-gas-licensing-regime(外部リンク)
[6] Offer of Awards for the UK’s 32nd Offshore Licensing Round, OGA, 2020/9/3:
https://www.ogauthority.co.uk/news-publications/news/2020/offer-of-awards-for-the-uk-s-32nd-offshore-licensing-round/(外部リンク)
(4) ネットゼロ目標を踏まえたエネルギー白書の発表
ネットゼロ目標を受けて、英国政府は2020年12月にネットゼロ達成のための道筋を示したエネルギー白書を発表[7]した。この中でグリーン産業革命のカギとなる10の注力分野[8]に120億ポンドを投じ、25万人分の雇用を創出するとしている。
【10の注力分野】
- 洋上風力発電
- 低炭素水素(low carbon hydrogen)
- 原子力発電
- ゼロエミッション車
- 公共交通機関のグリーン化
- 船舶燃料・航空燃料のグリーン化
- 建物のグリーン化
- CCUS
- 自然環境の保護
- グリーンファイナンスとイノベーション
[7] Energy white paper: Powering our net zero future, 英国政府, 2020/12/14:
https://www.gov.uk/government/publications/energy-white-paper-powering-our-net-zero-future(外部リンク)
[8] The ten point plan for a green industrial revolution, 英国政府, 2020/11/18:
https://www.gov.uk/government/publications/the-ten-point-plan-for-a-green-industrial-revolution(外部リンク)
(5) 改定OGA戦略
2020年12月、英国の石油・ガス産業に対する新たなネットゼロ義務を盛り込んだOGAの改定戦略が英国議会に提出され、本年2月に発効した。OGAはこれまで、MER戦略(the MER UK strategy: Maximising Economic Recovery of UK petroleum[9])という英国にある石油・天然ガスの経済的価値を最大化する戦略を掲げていた。改定OGA戦略は、従来の目標である英領北海の経済的価値の最大化を目指しながらも、石油・天然ガス産業に対して、ネットゼロ目標に沿った形で操業を行い、生産に伴う排出量を削減し、ネットゼロ達成に貢献できる解決策を見出すことを求めている。
[9] Maximising economic recovery of UK petroleum: the MER UK strategy, OGA, 2016/3/18:
https://www.ogauthority.co.uk/news-publications/publications/2016/maximising-economic-recovery-of-uk-petroleum-the-mer-uk-strategy/(外部リンク)
(6) 海外化石燃料プロジェクト支援の終了を発表
2020年12月、ジョンソン首相は海外における化石燃料エネルギー分野に対する政府の直接支援を終了すると発表した。この政策により、英国は、一部の例外を除いて、新規の原油、天然ガスまたは一般炭プロジェクトに対する輸出金融、援助資金および貿易促進を終了することになる。本方針について、11月のCOP26開催前の、出来る限り早いタイミングでの施行が予定されている。
(7) ネットゼロ達成に向けた事業者に対する行動指針が発表
OGAは、2021年3月、Stewardship Expectation 11[10]の中で、英領北海の事業者がネットゼロ達成のためにすべき事項の指針を発表した。具体的には、事業者に対して温室効果ガス排出量の測定・報告・目標達成度の評価を求めたり、他には、探鉱・開発・生産・廃坑のそれぞれの段階において、ネットゼロ達成のために事業者が配慮すべき事項などを求めている。例えば、この中には、探鉱の段階から、将来的な水素・CCS・風力発電プロジェクトとの組み合わせの可能性を考慮することが含まれている。
参考:Stewardship Expectationについて
Stewardship Expectation[11]とは、OGAが目指す経済価値の最大化とネットゼロの達成の両立を実現するための指針で、事業者に対して様々な取り組みを求めている。これまでに発表されたStewardship Expectationは、1から11まであり、その範囲は共同開発、探鉱プログラム、フィールド管理、技術導入、データ活用、廃坑等と多岐にわたる。
[10] Stewardship Expectation 11 – Net Zero, OGA, 2021/3/15:
https://www.ogauthority.co.uk/news-publications/publications/2021/stewardship-expectation-11-net-zero/(外部リンク)
[11] Expectations, OGA:
https://www.ogauthority.co.uk/exploration-production/asset-stewardship/expectations/(外部リンク)
(8) 産業脱炭素戦略の発表
BEISは、2021年3月、産業脱炭素戦略(Industrial decarbonisation strategy)を発表[12]した。前述の「10の注力分野」に基づいており、産業用のエネルギー供給を化石燃料から低炭素エネルギーへ置き換えたり、プラントからの炭素の回収・貯蔵を進めたりすることで、今後15年で排出量を3分の2に削減し、なおかつ今後30年で8万人の雇用を創出するとしている。OGAも同日、声明[13]の中で今後も業界・政府と協力して排出量削減に取り組むと述べた。
産業界はこの戦略を歓迎しており、OGUKは「英国のサプライチェーンにとって好機となる」と声明を発表[14]した。この戦略発表に際し、BEIS、OGA、OGUKが同日にプレスリリースを発表しており、産官の緊密な連携がなされている様子が読み取れる。
[12] Industrial decarbonisation strategy, BEIS, 2021/3/17:
https://www.gov.uk/government/publications/industrial-decarbonisation-strategy(外部リンク)
[13] OGA welcomes the Industrial Decarbonisation Strategy, OGA, 2021/3/17,
https://www.ogauthority.co.uk/news-publications/news/2021/oga-welcomes-the-industrial-decarbonisation-strategy/(外部リンク)
[14] Government’s Industrial Decarbonisation Blueprint a key opportunity for UK supply chain says OGUK, OGUK, 2021/3/17:
https://oilandgasuk.co.uk/governments-industrial-decarbonisation-blueprint-a-key-opportunity-for-uk-supply-chain-says-oguk/(外部リンク)
(9) 現在進行中の産業界との交渉
上記の目標や方針を受けて、英国政府と石油・天然ガス業界は、低炭素社会への移行に向けた具体策・支援策についての協議を進めており、2021年前半にNorth Sea transition dealという形で合意がなされる見通しである。石油・天然ガスの開発・生産における再エネ由来の電力の使用、CCUSの推進、水素製造、既存施設・サプライチェーンの新エネルギーへの活用などが論点になっていると言われている。
3. 英領北海の現状:生産量の減退、探鉱の落ち込み、税収の落ち込み
英領北海では、2000年代から生産量の減退が始まっており、政府にとっては石油・天然ガス関連税収の落ち込みが課題となっている。2016年に油価が落ち込み企業活動が停滞した際には、税制改革を行い2020年にかけて生産量は持ちこたえた。しかし、以前ほどの生産量に戻る見込みはなく、また2020年の油価下落とCovid-19の流行が追い打ちをかけ、税収は10億ポンド前後で推移する見通しとなっている。これは、ピーク時の10分の1ほどの値である。
参考:英国の石油・天然ガス税制について
英国の石油・ガス収入[15]は、オフショア法人税(リングフェンス法人税と追徴課税を含む)と石油収入税で構成されている。これらの税金は、英国陸上および英国大陸棚(北海)での石油・天然ガスの生産に携わる企業の利益に適用される。すなわち、石油・天然ガス企業が利益を上げられない場合、税収が著しく落ち込む。
2016年、英国政府は石油歳入税の撤廃や追加徴税の減税といった税制改革に取り組み、税収は持ちこたえたものの、以前ほどの税収に復活する見込みはない。
また、探鉱活動の減少も顕著である。かつて、年間100以上の探鉱井が掘削されていた英領北海だが、1990年代から探鉱が減少し、過去5年では、探鉱井・評価井・開発井合わせても年間で100を超えない年も珍しくない状況となっている。2020年は、探鉱井7坑、評価井2坑しか掘削がなされなかった。油価の下落とCovid-19の影響があったとみられるが、図3のとおり、近年は低水準での推移が続いている。
[15] Oil and gas revenues, Office for Budget Responsibility:
https://obr.uk/forecasts-in-depth/tax-by-tax-spend-by-spend/oil-and-gas-revenues/(外部リンク)
おわりに
英領北海では、メジャー企業の撤退に伴い、M&Aが活発化している[16]。このトレンドは現在も続いており、昨年から本年にかけても活発なM&A活動がみれらる。PE系Neo Energyは、2020年5月にTotal、2021年2月にはExxonMobilの英領北海資産の買収を発表した。また、2020年10月には、PE系企業Chrysaorが独立系Premier Oilを合併し、ロンドンに上場する最大の独立系企業が誕生することになった[17]。このことから、英国には成熟資産が多く、メジャー企業のビジネスモデルにはフィットしにくくなったが、中堅のプレーヤーにとっては魅力的な資産があると言えるだろう。
英国は、ピークを過ぎたとはいえ、現在も約150万boe/dを生産する産油国である。Wood Mackenzieによると、今もなお 61億boeの埋蔵量(remaining reserve)があるとされており、早々の探鉱ライセンス発行停止は、OGA目標の一つである英領北海の価値の最大化の道筋を断つことになるだろう。英国が、ネットゼロと英領北海の価値の最大化をどう両立させていくのか、今後の動向が注目される。
[16] 英国:英領北海におけるプライベートエクイティ系企業の台頭, JOGMEC, 2019/12/13:
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1007679/1008585.html
[17] 英国:ChrysaorとPremier Oil合併―ロンドンに上場する最大の独立系企業誕生(短報), JOGMEC, 2020/10/14:
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1008604/1008859.html
以上
(この報告は2021年3月22日時点のものです)