ページ番号1008999 更新日 令和3年4月2日
ロシア:欧米制裁下でも建設進むNord Stream 2(続報):ナヴァルヌィ事件がもたらした影響と米国制裁無効化に成功しつつあるロシア政府とGazprom
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概要
- デンマーク政府による建設再開許可
- ロシア及びドイツをバルト海経由で直接結ぶ天然ガスパイプライン・Nord Stream 2は、2019年内の完成を目指していたものの、米国による対露制裁発動(海洋パイプライン敷設船を対象とし、請け負ってきたスイスのAllseas社は撤退)により、一時建設はサスペンドとなった。しかし、Gazpromは自前で海洋パイプライン敷設船を用立て(アカデミック・チェルスキー号及びフォルチュナ号)、2020年6月にデンマーク政府に同国領海におけるパイプライン敷設許可を申請し、7月にデンマーク政府エネルギー庁が建設を承認。理論的には2020年8月4日を過ぎればGazpromは敷設作業を再開することができることになった。
- 建設再開を受けた欧米からの圧力
- デンマーク政府による建設再開承認を受け、直後からNord Stream 2完成に反対するサイドからの攻撃が加熱。ポーランド政府は2020年8月、Nord Stream 2に関する建設許可手続きにおける協力の欠如を理由に、Gazpromに対して5,700万ドルの罰金を科すことを発表。また、10月にはNord Stream 2の事業会社を設立するための承認、資金調達に関連する複数の合意について、ポーランド政府の承認なしに行われたということに対する措置として、Gazpromに対し76億ドルの罰金(年間売上高の約10%に当たる)を科すと共に、Nord Stream 2の資金調達パートナーである欧州企業に対しても総額6,100万ドルの罰金を科すことを発表。
- 2020年8月初旬には米国上院議員がドイツ・ザスニッツ市の港湾(Nord Stream 2の資機材及び船舶サービスを提供するムクラン港)に対して、Nord Stream 2建設に対する支援を中止することを促し、もし従わない場合には財政的な不利益を被ると脅す内容で、Nord Stream 2建設支援を停止するよう書簡を送付。欧州政府エネルギー委員会のシムソン委員長は、「Nord Stream 2に対する米国制裁は国際法違反であり、欧州政府は欧州域内の法制に則って推進されているプロジェクトに対して第三者が制裁を課すことを認めない」と非難し、さらに24の欧州連合加盟国代表が、米国がNord Stream 2に課す予定の制裁に抗議を表明。欧州連合はNord Stream 2を支援する姿勢で一致していたが、2020年8月下旬に発生するロシアの反体制ブロガー・ナヴァルヌィ氏毒殺未遂事件(以下、一連の事象をナヴァルヌィ事件とも表記)を受けて、欧米が反露の立場で同調し始める。
- ナヴァルヌィ氏毒殺未遂が化学兵器「ノヴィチョク」で行われたこと及びドイツに緊急移送された同氏がロシアに帰国し、空港で拘束の上、裁判で実刑が言い渡され刑務所に拘留されることになったという2点により、米国や東欧諸国が言う欧州のエネルギー安全保障に対する脅威のシンボルとしてのNord Stream 2が、化学兵器禁止条約違反と人権侵害という新たな二つの理由付けによって制裁リスクに晒されることになり、Nord Stream 2を推進する欧州域内諸国(ドイツ及びオーストリア)とロシア政府・Gazpromの頭痛の種が増え、Nord Stream 2建設を止めたい勢力にとっては追い風に。
- ナヴァルヌィ事件発生からこれまでの欧米制裁動向
- 事件発生後、これまでNord Stream 2に対して推進する立場を採ってきたドイツ政府そしてデンマーク政府もその態度を硬化させ、一時Nord Stream 2建設に対する態度も変えざるを得ないという姿勢を示すが、2020年10月の欧州制裁発動に際してはNord Stream 2は制裁対象には含まれず、ナヴァルヌィ氏毒殺未遂はあくまで化学兵器使用に対する制裁として商業プロジェクトであるNord Stream 2建設に対する制裁は米国とは一線を画す方針を貫いている。
- 大統領選最中の米国政府は10月、Nord Stream 2への制裁の適用に関して、2020年国防授権法に規定された内容解釈を拡大するガイダンスを新たに発表。制裁発動を、法制化プロセスを経ず、既存の制裁規定解釈を拡大することで達成したという意味で重要な意味がある。
- 11月、大統領選が混迷する中、次年度国防授権法の草案も始まり、米国上下院はNord Stream 2に対する追加の制裁措置を2021年国防授権法案に含めることに合意。Nord Stream 2に対する制裁(保険及び認証サービスを提供する企業に対する制裁、溶接装置及びプロジェクト建設に関連する設備近代化・アップグレードが含まれており、制裁を課す際には、英国、スイス、ノルウェー、EU諸国及びその他の国との協議も必要とし、米国大統領は国益を考慮し制裁を発動しない権限を有するものに。ベースは10月の国務省ガイダンスの明文化)を含む2021年国防授権法は12月24日にトランプ大統領が拒否権を発動するも、28日に下院、年明け2021年1月1日に上院でも再可決されて成立。
- 米国による制裁ガイダンス及び国防授権法成立の動きを受けて、Nord Stream 2の建設に関与する18の欧米企業が11月から最終的に2021年2月にかけて撤退。他方、それでもGazpromはドイツの港湾を使用しながら、ドイツ領海のパイプ敷設を完了し、現在デンマーク領海の建設を進めており、欧米企業が撤退しようともロシアが単独で建設を進めることができることを示しつつある。
- 1月17日、搬送されたドイツから回復し帰国したナヴァルヌィ氏の拘束及び実刑判決(仮釈放違反/2年6カ月の判決)を受けてまず、米国政府は1月19日、フォルチュナ号及び同船を保有するロシア法人KVT-RUS社をSDN(特定国籍指定者)リストに加えたことを発表。デンマーク領海のフォルチュナ号によるパイプライン敷設開始は当初1月15日から予定していたものが、今回の制裁発動を察知した結果からか、1月末から2月上旬に延期。この間に寄港地の変更や保険会社の移管等手続きを進めたことが考えられる。米国政府にとってSDN指定=建設差し止めのはずが、現在建設が継続していることに鑑みると、米国制裁の実効性が正に今問われている状況にある。
- 次に、ナヴァルヌィ氏のモスクワ近郊ボクロフ刑務所への収監(2月28日)により、人権侵害問題を制裁発動事由と欧米が同調して3月2日に新たに制裁を行った。米国政府による制裁発動理由は、8月のナヴァルヌィ氏毒殺未遂に化学兵器「ノヴィチョク」が使用されたことに対するものであるが、欧州政府による制裁理由は同氏の実刑判決と刑務所収監に対する人権侵害に対するものとなっており、制裁対象個人・組織の拡大に留まり、Nord Stream 2に関する制裁は含まれなかった。
- Nord Stream 2建設再開と現状
- ナヴァルヌィ事件の発生による欧米の対露制裁圧力が増す中、2020年10月に入ってアカデミック・チェルスキー号及びフォルチュナ号の、バルト海域でのドイツの寄港地から近傍ロシア領カリーニングラードへの移動情報が出て来た。11月末、遂にGazpromは「2020年末までにドイツの排他的経済水域(2.6キロメートル)にフォルチュナ号でパイプの敷設を開始する予定であり、パイプライン敷設作業は12月5日に再開される」と発表し、実際には2週間(12月11日~25日)をかけて、ドイツ領海2.6キロメートル・深度30メートルでのパイプライン敷設を完了した。ドイツ海域の敷設はデンマーク海域での作業を控えた「デモンストレーション」の意味もあった。政治的事件と動きに振り回され、制裁発動リスクに対して警戒しながらも8月5日以降の建設再開が可能になったが、それから12月までの5カ月の間、その準備を着々と進めていたことが想像される。2021年1月14日、ドイツ領内の敷設を終えたフォルチュナ号はドイツ・ウィスマール港を出港し、デンマーク領海へ向かい、25日、Gazpromは作業を開始したことを発表。デンマーク領海の敷設完成時期について、デンマーク海事局は、パイプ敷設作業は4月末までに完了する予定であることを明らかにし、さらに3月末にはアカデミック・チェルスキー号もパイプ敷設作業に投入されることとなった。
- 米独が水面下で議論する『パッケージ・ソリューション』
- 米国の制裁圧力に対して、ドイツ政府は8月及び2月と制裁を回避するための懐柔策を提案している模様。8月には将来的に米国産LNGも受け入れる可能性のあるドイツのLNG受入れターミナル計画に対して最大10億ユーロを投資することを提案する書簡を送付。2月には米国がドイツに対して『パッケージ・ソリューション』案を提案するように要請しており、ドイツ政府が米国と妥協するための複数のシナリオ・選択肢(ロシアがウクライナに圧力をかけた場合のNord Stream 2の『シャットダウン・メカニズム』の構築、米国との交渉が終了するまでドイツ政府はパイプライン建設を停止、ウクライナのエネルギー部門への投資の大幅な増加とウクライナからの「グリーン」水素の供給の見通しを含む協力イニシアチブの立ち上げ等)を検討している模様。
1. はじめに
ロシア(Gazprom)が欧州企業コンソーシアムから資金提供を受けて建設を進める独露を直接結ぶ天然ガスパイプライン・Nord Stream 2(年間輸送能力55BCM)については、2019年内の完成を目指していたものの、ウクライナ経由のロシア産ガス・トランジット量を確保することで同国を支援する欧州各国による横槍(欧州ガス指令修正によるNord Stream及びNord Stream 2の実質的稼働停止措置や東欧諸国を中心とする訴訟圧力)、更には、実利的にロシア産ガスを遮断することで自国産シェールLNGの欧州市場での販促を進めたい米国による対露制裁発動(2020年国防授権法によりNord Stream 2の海洋パイプライン敷設船派遣企業(Nord Stream 2の敷設請負業社はスイスのAllseas社)を対象とする制裁を2019年12月20日に発動)による決定打を受けて、それまでに93%が完成していたのにも関わらず、2020年7月まで工事がサスペンドされた。
しかし、Gazpromは撤退したAllseas社を代替するべく、自前で海洋パイプライン敷設船を用立て(アカデミック・チェルスキー号及びフォルチュナ号)、6月にデンマーク政府に同国領海におけるパイプライン敷設許可を申請し、7月にデンマーク政府エネルギー庁が建設を承認。建設再開に向けた動きが加速した。また、2020年12月には新たな建設体制とフォルチュナ号活用によりドイツ領海2.6キロメートルの敷設を完了し、今年1月下旬からデンマーク領海での建設を開始している。
7月のデンマーク政府承認から5カ月遅延でのドイツ領海の建設開始、そして現在進む、残された最大の未敷設区間であるデンマーク領海での作業開始までは、フォルチュナ号のアップグレード、新たな欧米制裁のトリガーとなった8月のナヴァルヌィ氏毒殺未遂事件と現在進行形で進む展開、米国大統領選挙による混乱といくつかの重要な出来事が発生している。本稿は昨年7月にまとめた拙稿について、その後の動き・現在までの事象を追う。
2. これまでの事象
(1) EUガス指令・制裁に対する対応
2020年7月6日のデンマーク政府エネルギー庁による同国領海でのNord Stream 2パイプライン敷設承認を受けて、Gazpromには関係企業及び保有船舶に対する制裁を回避するべく、いくつかの動きが見られている。まず、7月23日、Nord Stream 2 AG社に出資する51%株式を同社子会社であるGazprom International Projectsへ譲渡。当該子会社は3月に新たに設立されたもので、株主組成を複雑に構築することで特に米国制裁によるSDN指定から主要アセットを守る意図がある可能性がある。また、28日にはスイスのAllseas社に代わってパイプラインを敷設することを想定して、ナホトカから移動してきたアカデミック・チェルスキー号及びバルト海に係留されていたフォルチュナ号の所有権も不特定の事業体に譲渡した模様であることが報じられた。さらに、追加情報として、アカデミック・チェルスキー号はGazpromの資産帳簿から消え、Gazpromグループ企業であるサマーラ火力発電所基金が所有していることになっているも判明した。6月末の株主総会で承認された財務報告ではGazpromの利害関係者リストにはこの基金は含まれておらず、統一国家登録簿によれば、このファンドは存在し、その名称は変更されていないことも判明している。これも制裁指定に対する事前防御策の一環と見られている。
(2) 継続する第三国による圧力
デンマーク政府による建設再開承認を受け、直後からNord Stream 2完成に反対するサイドからの攻撃も加熱してきた。その後、後述のナヴァルヌィ氏毒殺未遂事件の発生により、同パイプラインに対する攻撃はさらにアグレッシブなものへ変容する。
1. 東欧諸国
7月末、ポーランド国営石油ガス会社PGNiGとそのドイツの子会社PGNiG Supply & Tradingは、ドイツ・デュッセルドルフ高裁に、Nord Stream 2を第3エネルギーパッケージの適用除外(適用となれば独占企業体であるGazpromからの天然ガスをNord Stream 2に流すことはできない)とすることに関する訴訟に、「適用に賛成する」立場で参加する意思表明を行った書簡を送付した。この訴訟は、2020年5月にドイツ政府エネルギー市場規制当局(Bundesnetzagentur)によるNord Stream 2 AG(ドイツ側の関係企業)に対する不利な決定に対する同社の控訴により開始されたものだった。訴訟への積極的な参加により、PGNiGは、公聴会に参加する権利、裁判所の手続きのファイルへのアクセス権及び当事者によって提示された見解(Nord Stream 2 AGとドイツのエネルギー市場規制者)にコメントする権利が確保されることとなり、Nord Stream 2完成後も稼働ができないよう牽制していく姿勢を示している。
さらに8月3日には、ポーランド政府の独占禁止監視機関であるUOKiKは、Nord Stream 2に関する建設許可手続きにおける協力の欠如を理由に、Gazpromに対して2億1300万ズローティ(5,700万ドル)の罰金を科すことを発表。ポーランドは、バルト海を介したGazpromのガス輸出能力を2倍にするNord Stream 2を欧州のエネルギー安全保障への脅威と見なし、Gazpromの市場優位性を強化すると述べている。UOKiKは2019年にもNord Stream 2プロジェクトに関連する文書や情報を提供しなかったとして融資者であるEngieに4,000万ユーロの罰金を科してことがある。
これに対してGazpromは、Nord Stream 2に対して、UOKiKが調査過程で要求した情報には独占禁止調査の目的との関連性はなく、UOKiKにその要求の正当性の正当化を提供するよう要求したが、回答は得られなかったとコメントし、上訴する意向を示した。10月には両者の争いはさらにエスカレートする。10月7日、UOKiKはGazpromに対し76億ドルの罰金(年間売上高の約10%に当たる)を科すと共に、Nord Stream 2の資金調達パートナーである欧州企業に対しても総額6,100万ドルの罰金を科す、さらに30日以内にNord Stream 2に対するファイナンス契約を破棄するよう指示したことを発表。これを受けて、Gazpromの株価は2.8%下落するに至った。この問題は、GazpromとNord Stream 2が、建設に当たってはその領海を経由しないポーランドの許可を必要とするというポーランド政府の主張に端を発している。具体的には、UOKiKは、Nord Stream 2の事業会社を設立するための承認、資金調達に関連する複数の合意について、単にポーランド政府の承認なしに行われたということに対する措置と位置付けられている。既に欧州委員会の許可を得て建設が進められ、9割強が完成している中で、かなり無理のある主張に思われるが、Gazpromは、ポーランドの独占禁止規則に違反しておらず、UOKiKの決定に対して上訴すると発表している。
2. 米国米国議員によるドイツ・ムクラン港に対する脅迫書簡
2020年8月初旬、米国上院議員3名(テッド・クルーズ、トム・コットン及びロン・ジョンソン各議員)が連名で、ドイツ・ザスニッツ市の港湾(Nord Stream 2の資機材及び船舶サービスを提供するムクラン港)の港湾運営会社Faehrhafen Sassnitz(ザスニッツ市とメクレンブルク=フォアポンメルン州が所有)に対して、書簡を送付した。その内容はNord Stream 2建設に対する支援を中止することを促す内容で、もしも従わない場合には、財政的な不利益を被る(「法的及び経済的制裁によって押しつぶす」)と脅す内容であり、Nord Stream 2建設支援を停止するようあからさまな圧力をかける内容であった。
ドイツ国内にはこの書簡を支持するものはおらず、当事者であるザスニッツ市長やドイツ政府などが不同意の意を示した。例えば、ドイツ政府のアネン国務大臣は「書簡の内容はとんでもないものであり、ドイツ政府は米国制裁案を堅く拒否する。親しい友人と同盟国を制裁で脅迫することは決してうまく行かないだろう。ヨーロッパのエネルギー政策はブリュッセルで決定され、ワシントンでは決定されない」と述べた。また、ドイツ企業連盟(東欧経済関係協会)はこの脅迫書簡に対してドイツ政府及び欧州政府がアクションを取るよう要請を行った。経済・エネルギー政策担当報道官も「脅迫による制裁は欧州と国家主権に対する重大な違反であり、経済的及び政治的損害をもたらす。欧州の優先事項は米国当局に新しい制裁を進めないよう説得することでなければならないが、それが失敗した場合、欧州は厳しい対策で対応すべきである」と発言し、当事者であるザスニッツ市クラヒト市長は「ムクラン港は米国の制裁の脅威を無視する」と態度を明らかにした。ドイツのマース外相も「我々にとって、大西洋を越えた繋がりは、現在だけでなく、長年にわたって、そして我々にとってだけでなく、一般的に欧州諸国にとっても深い。それにもかかわらず、今、パートナー間の制裁が実際に間違った誤った方法であることを述べなければならない。結局、これはエネルギー資源を輸入する我々の主権的な決定であり、欧州連合でも域外制裁が国際法にどのように違反しているのかについて協議している」と述べている。
また、ドイツだけでなく欧州政府も反発。欧州政府エネルギー委員会のシムソン委員長(エストニア)は、「Nord Stream 2に対する米国制裁は国際法違反であり、欧州政府は欧州域内の法制に則って推進されているプロジェクトに対して第三者が制裁を課すことを認めない。欧州連合は自らのエネルギー政策を自ら決定する。欧州の法制は国際法に準拠しており、本プロジェクトも国際的に合法である。それに対する米国制裁は国際法に違反するもの」と非難している。
さらに24の欧州連合加盟国代表が、米国がNord Stream 2に課す予定の制裁に抗議を表明していることも明らかにされた(なお、抗議に参加しなかった3カ国は開示されなかったが、内2カ国はポーランドとエストニアと見られており、エストニアのレインサル外相(当時)は「Nord Stream 2をブロックすることはエストニアの国益を守るものであり、米国のロジックは理解できる」と発言しており、上記同国人であるシムソン欧州委員会エネルギー委員長とは異なる見解を示した)。
(3) 建設再開に向けた動きと建設の進捗
2020年7月6日のデンマーク政府エネルギー庁によるNord Stream 2パイプライン敷設再開承認後、30日間はその決定に対するパブリックコメント聴取期間が割り当てられていた。最終的にデンマーク政府は、エネルギー庁が決定した敷設許可に対する反対意見は出ず、理論的には30日後の8月4日を過ぎればGazpromは敷設作業を再開することができると発表を行った。その後、Gazpromの動向に注目が集まっていたが、7日には建設再開とは逆行するような情報が出てくる。ロシアの主要経済紙であるRBK Dailyの情報として、もう一隻のパイプ敷設船であるフォルチュナ号を保有していたロシアの民間企業MRTS社(Mezhregiontruboprovodstroy/地域間パイプライン敷設会社)がNord Stream 2敷設を請け負わないことを決定したと表明していると報道が為されたのである。つまり、フォルチュナ号は現在Gazprom保有船という形で、デンマーク領海でNord Stream 2のパイプ敷設作業を行っているが、建設再開当初はその当時の船主がそのパイプ敷設作業に難色を示していたのである。その後、12月までに保有者をMezhregiontruboprovodstroy からGazpromに変更し、さらに香港船籍(上海で2010年に建造)をロシア船籍に変更したのは、米国による追加制裁を回避するためと推定される。この動きは、ロシア及びGazpromが一丸となって、米国の対露制裁に対応する能力と体制が整っていることを垣間見させるものであり、注目に値する。
次にパイプ敷設船の動きが見られるのは10月に入ってからであり、8月から2カ月間のアカデミック・チェルスキー号及びフォルチュナ号の足跡は不明である。両船はNord Stream 2パイプライン敷設作業のためのアップグレードを必要であったため、この2カ月で停泊するドイツの港湾施設でその作業を行った可能性が全くないわけではないが、それを確認できる情報はない。また、この期間は後述の通り、ナヴァルヌィ事件が発生し、欧米露間で新たな火種と緊張が走ったタイミングに相当する。10月に入ってからようやく、2日にアカデミック・チェルスキー号がNord Stream 2の本来のロジスティクス拠点であるドイツ・ムクラン港に数カ月の停泊の後、同港を出発したというニュースが出た。また、その後、アカデミック・チェルスキー号はデンマーク領海を経由し、建設海域から350キロメートルと好立地にあるロシアの欧州の飛び地であるカリーニングラード港に向かっており、7日にカリーニングラード沖に到着することが判明する。この動きに対しては、Gazpromはベースとなる港をドイツから米国の制裁圏外となるロシア(カリーニングラード)へ変更しようとしているかもしれないとの憶測やアカデミック・チェルスキー号と資機材補給船及び支援船が敷設作業のためのテストを実施している可能性があるとの見方が出ていた。カリーニングラード港には5隻の補給船(フィンヴァル号、バルチック・エクスプローラ号及びウムカ号に加え、極東から航海してきたオスタップ・シェレメット号及びイワン・シドレンコ号)が停泊しており、パイプ敷設作業の開始に向けて準備を進めていることが判明していた。その後、26日にアカデミック・チェルスキー号が2隻の補給船(フィンヴァル号及びウムカ号)と共にドイツのムクラン港に帰港し、今回の3週間に亘る航海で、Nord Stream 2敷設と同じ条件・深度海域で敷設作業演習を実施したことが判明している。
その後、11月末、遂にNord Stream 2 AG社が「2020年末までにドイツの排他的経済水域(2.6キロメートル)にフォルチュナ号でパイプの敷設を開始する予定であり、パイプライン敷設作業は12月5日に再開される」と発表する。ブルームバーグはNord Stream 2敷設再開に当たりGazpromが直面する問題を3つ挙げ、(1)現在用立てられた敷設船(アカデミック・チェルスキー号及びフォルチュナ号)に実際に作業を行う能力があるのか、(2)プロジェクトに対する保険を確保できているのか、(3)行われている作業が安全でEU基準に準拠していることの認証を取得することができるのかという課題を挙げていた。また、オクスフォードエネルギー研究所は、「2021年夏までにNord Stream 2を建設し、次の冬にガスを流すために必要なすべての認証を取得することは可能」との見解を示していた。パイプライン建設工事の保険付保についてはチューリッヒ保険が請け負っているが、後述の通り、米国議会報告書によれば2021年2月時点で同プロジェクトから撤退することとなる。他方、保険に関してはプロジェクトに対する保険を付保する会社の国籍に制限はないことから、制裁リスクに対処するためにロシア政府によって設立されたロシア国立再保険会社による付保の可能性が指摘されていた。ただし、パイプライン敷設における設計、資機材品質検査及び完工後の試運転等にかかる認証については解決に時間がかかる問題となってくる。同認証業務契約はノルウェーのDNVが請け負っているが、同社は米国の制裁ガイダンスに従ってNord Stream 2に関する業務を縮小するとも述べ、最終的にはチューリッヒ保険同様に撤退の判断を下している(オフショアのみ撤退するのであって全撤退ではないとの発言もあった)。デンマーク・エネルギー庁は、「Nord Stream 2は認証取得のためにはDNV以外の第三者を雇うことができる」とし、ロシア企業も認証に参画できる余地を残している。オクスフォードエネルギー研究所は、「米国の制裁が認証に及ぶ場合には、ロシア国営企業によって認証を行うことになり、不可能ではないが時間がかかるだろう」と予想していた。さらに敷設速度に関しては、アカデミック・チェルキー号は、2019年12月に撤退したAllseas社の敷設速度の約3分の1の速度で作業できると見られていた。
敷設再開後、その状況についての情報に注目が集まる中、2.6キロメートルの敷設が順調に完了する見込みであることがNord Stream 2に融資を行っている欧州企業のOMV・シーレCEOが明かし、2021年1月以降は別のフェーズ、つまりデンマーク領海での敷設が1月に始まることを明らかにした。最終的にフォルチュナ号はドイツ領海2.6キロメートル・深度30メートルでのパイプライン敷設を、2週間(12月11日から25日まで)かけ完了した後、ウィスマール港に向かった。ドイツ領海でのパイプライン敷設はAllseas社が撤退してもロシアが準備したパイプライン敷設船で敷設作業ができることを示したという点で重要である。ドイツ海域の2.6キロメートルという短い区間で行われた敷設には、当然ながら深度も深くなるデンマーク海域での作業を前にしたデモンストレーションという意味もあったのだろう。政治的事件と動きに振り回され、制裁発動リスクに対して警戒しながら8月5日以降の建設再開から5カ月の間、その準備を着々と進めていたことが想像される。
さて、デンマーク領海の未敷設部分は、ボーンホルム島南部に残る147キロメートルである(図1参照)。12月25日にはデンマーク海事庁による発表で、フォルチュナ号が支援船ムールマン号及びバルチック・エクスプローラ号を伴って、2021年1月15日から同国海域のパイプ敷設作業を開始することが明らかになった。
1月14日、フォルチュナ号はウィスマール港を出港し、デンマーク領海へ向かった。しかし、15日、Nord Stream 2 AG社は、15日にパイプライン敷設は再開しないことを発表する。曰く「デンマーク・エネルギー庁から15日からの建設許可を得ているが、その日にパイプ敷設を開始するという意味ではない。恐らく、1月末か2月上旬に作業が再開される時期が判明する」。この背景には天候上の問題や2021年国防授権法で発動した米国制裁(詳細後述)により参画していた欧米企業が撤退せざるを得なくなり、その欠落による問題が発生したことが想定されたが、事実は明らかになっていない。
また、ドイツでも動きがあった。ドイツ連邦海事水路庁(BSH)のマンスフェルト報道官は、(ドイツ海域の残るセクションへのパイプ敷設について申請があったが)1月から4月にドイツ海域にNord Stream 2パイプラインを敷設する許可はまだ与えられていないこと、BSHは申請内容を注意深くチェックしており、認可決定はされていないと述べ、ドイツ海域にはまだ約30キロメートルの未敷設区間があることが判明した。しかし、翌日には同庁は建設許可を承認し、さらに詳しい情報として、2021年5月末までに約16.5キロメートルと13.9キロメートル(合計30.4キロメートル)を敷設する計画であることを明らかにした。これを受けて、ブルームバーグはNord Stream 2建設は2021年6月にほぼ完了する可能性があり、2021年5月末半までにデンマーク海域で作業を完了し、その後、6月末までにドイツ海域での敷設が完了することを想定していることを伝えている。
1月25日、Nord Stream 2 AG社はフォルチュナ号がデンマーク領海での敷設作業を開始したこと、同作業はNord Stream 2建設再開前の準備・テスト作業であることを発表。Argusはこの発表を受けて、敷設する2つのラインの内、デンマーク領海での1つのラインの敷設作業が完了するのは5月下旬の予定であり、次のドイツ海域での作業は少なくとも6月末まで続く。ドイツ海域でのパイプ敷設がデンマーク海域で予定されているのと同じペースで進めば、Nord Stream 2の1つのライン敷設は7月上旬に完了し、パイプラインの乾燥とテストには約2カ月、天然ガス充填には約4週間かかる可能性がある。従って、Nord Stream 2のラインの少なくとも1つが今年の第4四半期に運用する準備が整うだろうと予想している。
デンマーク海事局はデンマーク領海のパイプ敷設作業は、2021年4月末までに完了する予定であることを明らかにし、Gazprom幹部(デムチェンコ・IR担当部長)も「デンマーク領海のパイプライン敷設は4月中に完了できる。しかし、外部圧力により多くの情報を公開できない」と述べ、米国制裁動向に対して警戒していることを窺わせている。
実際の敷設状況については、Nord Stream 2 AG社は、フォルチュナ号は1月24日から海上公試を実施していたが、2月7日からバルト海の気象状況が悪化したため、工事を中断し、2月15日朝からデンマーク領海の敷設作業を再開したことを発表した。さらに3月に入ると、遂にアカデミック・チェルスキー号もパイプ敷設作業に投入されることが明らかになる。デンマーク海事局は4日、アカデミック・チェルスキー号がフォルチュナ号に加わりNord Stream 2建設を実施することを認め、同日同船はウィスマール港を出港し、デンマーク領海へ向かった。この動きに対しては、自動船位保持機能を有するアカデミック・チェルスキー号がデンマーク領海でアンカー式船位保持のフォルチュナ号に加わり、建設に参加することで、当初1日当たり1キロメートルの速度が想定されていたが、これまでのデンマーク領海の敷設速度実績はかなり予想を下回っていることから、2隻の使用によって敷設速度を上げることが目的であり、実際機能するだろうと見方があった。また、デンマーク海事庁は、アカデミック・チェルスキー号はまずカリーニングラードの方向を通過し海上公試を実施した上で、デンマーク領海でパイプライン敷設を開始する予定であることを明らかにする一方、同海事庁が公開したNord Stream 2 AG社の新たな提出資料によると、デンマーク排他的経済水域・ボーンホルム島付近でのパイプ敷設作業は、2021年9月末までに完了する見込みとなっていることが新たに判明した。前述の通り、当初の計画では4月末までにデンマーク領海、6月末までに全線完成することになっていたものだが、足元では遅延を窺わせる情報が出て来ている。
Gazprom100%子会社であるNord Stream 2 AG社に対するプロジェクトファイナンスを担う1社であるUniperのシェレンベック CEOは、4日記者への質問に対し、「Nord Stream 2完成に向けた技術的障害はない。我々は投資家であり、パイプラインを敷設しているわけではないが、完成に向けた情勢を常にウォッチしている。以前述べた通り、我々はロシア側がパイプラインを完成することを確信している。技術的リスクは見当たらない。我々は合理的なアプローチが功を奏し、同パイプラインが欧州にとって必要であることを信じている。これは商業プロジェクトであり、既に98%が完成している」と述べ、進捗率も昨年の95~96%(複数の情報あり)から完成に向けて動いていることを示唆している。
3月17日、デンマーク・エネルギー庁は、デンマーク領海におけるNord Stream 2の2つ目のラインを敷設する作業は、2021年3月末に始まり、2021年第3四半期後半まで続くと発表している。また、アカデミック・チェルスキー号も2021年3月末に敷設作業に参加する予定と報道されている。
(4) 米独関係
ドイツによる米国懐柔の動き(1)『米国産LNG受入れターミナルへの資金援助』
ドイツ週刊紙Die Zeitは9月に入って、8月5日にドイツ政府が米国政府に非公式の提案を行ったと報道した。この提案ではNord Stream 2を米国制裁から「守る」ために、将来的に米国産LNGも受け入れる可能性のあるドイツのLNG受入れターミナル計画に対して最大10億ユーロを投資することを提案するもので、ドイツのショルツ財務大臣が米国ムニューシン財務長官と電話をした2日後の8月7日に提案書簡を送ったと言う。また、その中には米国産LNGを受け入れることを可能にするポーランドのLNG受入れターミナルに対して資金を提供することも提案したと言われている。
具体的なLNG受入れターミナルはブルンスビュッテル港とヴィルヘルムスハーヘン港でのLNG受入れターミナル建設計画を念頭に置いている。ドイツは欧州最大のガス市場ながら、現時点ではLNG受け入れターミナルは存在せず、ベルギーとオランダのターミナルで再ガス化されたLNGを購入するにとどまっている。ヴィルヘルムスハーヘンLNG受入れターミナル(年間処理能力:10BCM)に関しては、Uniperが建設に取り組んでおり、2022年下半期に稼働を開始する予定となっていた。しかし、11月には同ターミナルの利用予約に対する業界関係者の関心が低いため、建設計画を見直すとの発表が為されている。ブルンスビュッテルLNG受入れターミナル(年間処理能力:8BCM)では、Gasunie、Vopak及びMarquard & Bahlsの三者が出資する合弁企業が2022年下半期の稼働開始を計画していると共に、ターミナルの使用権の約8割についてすでにドイツ第二の電力企業であるRWEとの間で契約が締結されている。この他、3つ目のLNG受入れターミナル建設計画として、Hanseatic Energy Hubが計画しているドイツ北部のStade LNGプロジェクト(年間処理能力:12BCM)があり、2025年稼動開始の可能性が検討されている。
しかし、その後、このドイツによる米国懐柔提案の進展に関する情報は2月まで半年に亘って出ることはなかった。その直後のナヴァルヌィ事件の発生と欧米の対露圧力の増加、そして年末年始から米国大統領選とその混乱、政権交代によって時機を逸した可能性がある。次章の通り、2月に入り、建設再開が本格化するタイミングでは米国からの要請ある『パッケージ・ソリューション』とそれに対するドイツ側の選択肢のひとつとして再度登場することになる。
ドイツによる米国懐柔の動き(2)『パッケージ・ソリューション』
2月に入り、前述の通り、デンマーク領海でのNord Stream 2建設が本格化する中で、独経済紙Handelsblattは、新バイデン政権がNord Stream 2について話し合い、欧州のロシア産ガス依存の拡大防止やウクライナの利益の保護(ウクライナ経由のガス・トランジット量が減少した場合にパイプラインの運用を停止するメカニズムの確立)等、特定の条件が満たされた場合にドイツに対して制裁免除を検討する準備があると報道した。そして、米国当局者の話として「ドイツは交渉のテーブルに『パッケージ・ソリューション』を提案する必要がある。そうしないとNord Stream 2の問題を回避することができない」という発言を引用した。また、独週刊ビジネス誌WirtschaftsWoche紙からは、メルケル首相もマース外相も米国政権の立場に関係なく、Nord Stream 2からの撤退を望んでいないが、政府はロシアがウクライナ経由のガス供給を削減することを決定した場合に備えて、『シャットダウン・メカニズム』を設定する可能性について協議しているという情報も出てきた。Deutsche Welle(ドイツ連邦共和国国営国際放送事業体)は(環境行動ドイツと呼ばれるドイツのNGOからの文書を参照して)、前章の2020年8月にドイツのショルツ財務相からムニューシン元米国財務長官に宛てた手紙を再度引用しながら、ドイツが米国からのLNG輸入に資金を提供する準備ができていることを指摘し、ドイツ政府がLNGターミナルの建設に対する公的支援として最大10億ユーロを提供するという内容について、ドイツ財務省は説明の用意ありとの発表を行っていることを紹介している。これらの報道を裏付ける内容として、10日にはドイツ政府・デマー報道官が、Nord Stream 2に対する制裁措置に関連して米国政府と連絡を取っていることを明らかにし、米独の関係省が米国制裁を解除するための協議が予定されており、既に双方の提案を交換している状況だが、結果は想定するのは難しいと述べている。一方、先の独経済紙Handelsblattは16日、ドイツと米国はまだNord Stream 2に関する直接交渉を開始していないが、それはワシントンの主要な関連職種のほとんどが新政権移行で空白となっているためであることを報道し、『パッケージ・ソリューション』について踏み込んだ議論はまだ行われていないという見方を示した。他方、米国側では政権内部で協議が始まったことを示唆しており、国務省、財務省、エネルギー省は、国家安全保障会議の主導の下で、方針を決定するための協議を開始しているという情報も紹介している。また、フィナンシャル・タイムズは、ワシントンからの初期の兆候はバイデン政権がNord Stream 2に対する解決策に熱心であることを示唆しており、ドイツ政権もバイデン大統領に提示できる「創造的な解決策」に取り組んでいることを示していることを指摘。議論されている1つの解決策は、ロシアがウクライナに圧力をかけたり、ガス輸送を恣意的に遮断したりする場合に、ドイツがNord Stream 2を遮断できるようにするメカニズムの構築であること、また、ドイツはロシアが「善意(ナヴァルヌィ氏解放やウクライナ東部紛争鎮静化等)」を示すまでパイプラインの試運転に一種のモラトリアムを課す可能性を紹介している。
なお、2月16日には、バイデン米政権がNord Stream 2の建設作業に関わっているとみられる企業に関する議会報告リストを公表する見通しだった。しかし、実際にはリストの公表はされず、その代わり、米国財務省が既にSDN指定したパイプ敷設船「フォルチュナ」号とその保有者であるKVT-RUSに対する制裁の根拠規定として、もともと根拠となっていた制裁法CAATSAに加え、2021年国防授権法での規定(PEESA:欧州のエネルギー安全保障保護法)も根拠法令とするという、ほとんど意味のない変更が2月22日に行われた。まだ、Nord Stream 2に対する制裁政策の方針が米国政権内で必ずしも定まっていない可能性を示すような動きであった。
その後、独経済紙Handelsblattは26日に、『パッケージ・ソリューション』に関する続報として、ドイツ政府は、交渉のための時間を稼ぐ建設の一時的な停止を含め、米国と妥協するための4つのシナリオ・選択肢を検討していることを報道している。そのシナリオについて論考すると、(1)まずロシアがウクライナに圧力をかけた場合のNord Stream 2の『シャットダウン・メカニズム』の構築については、同時にこのオプションにはさまざまな政治的・法的課題が伴うと考えられており、外部からのガス供給を遮断すると脅迫することは、ドイツにとって最適な戦略ではない可能性があるとしている。(2)また米国との交渉が終了するまでドイツ政府がパイプライン建設を停止するという選択肢については、「当事者であるGazpromは自由のままであり何をするかわからない(建設を強行するかもしれない)」というリスクのあるシナリオとなっている。あとは、(3)ウクライナのエネルギー部門への投資の大幅な増加とウクライナからの「グリーン」水素の供給の見通しを含む協力イニシアチブを立ち上げるというシナリオは、その実現には時間を要し、果たしてどれだけの効果があるかをアセス出来ない。そして、(4)大きな変更を加えることなくNord Stream 2を完成させるというシナリオがあるが、これでは言うまでもなく、米国の新政権とドイツとの関係は決定的に悪化させることになる。
(5) ナヴァルヌィ氏毒殺未遂事件の発生とくすぶる影響、欧米制裁の発動
7月にデンマーク政府からNord Stream 2の建設再開の許可が出た後、8月から本格的な敷設準備に入ろうとしていた最中、Nord Stream 2にとって現在まで続く大きな不安定要素となって出現したのが、8月下旬にロシアで発生した反体制派ブロガー/活動家のナヴァルニー氏毒殺未遂事件である。誤解がないように言えば、ナヴァルヌィ氏毒殺未遂事件が発生しようとしまいとNord Stream 2の敷設は再開されていただろうが、同氏の殺害未遂が化学兵器「ノヴィチョク」で行われたこと及びドイツに緊急移送された同氏がロシアに帰国し、空港で拘束の上、裁判で実刑が言い渡され刑務所に拘留されることになったという2点によって、米国や東欧諸国が言う欧州のエネルギー安全保障に対する脅威のシンボルとしてのNord Stream 2が、化学兵器禁止条約違反と人権侵害という新たな二つの理由付けによって、更なる制裁リスクに晒されることになり、Nord Stream 2を推進する欧州域内諸国(ドイツ及びオーストリア)とロシア政府・Gazpromの頭痛の種が増え、一方、Nord Stream 2建設を止めたい勢力にとっては追い風となった。
表2の通り、8月の事件発生から欧米ももちろんロシアもその対応に追われたことが分かる。米国大統領選という事象により欧州連合に対して実質的な対応が遅れた米国も、欧州連合と足並みを揃え、3月に共同で対露制裁発動を行った。注目すべきは事件発生後、これまでNord Stream 2に対して推進する立場を採ってきたドイツ政府そしてデンマーク政府もその態度を硬化させ、一時Nord Stream 2建設に対する態度も変えざるを得ないという姿勢を示したことであり、そして、その後、10月の欧州制裁発動ではNord Stream 2は含まれず、ナヴァルヌィ氏毒殺未遂事件はあくまで化学兵器使用に対する制裁として商業プロジェクトであるNord Stream 2建設に対する制裁は米国とは一線を画す方針を一貫した点である。また、米国は2017年CAATSA(国際エネルギーパイプライン)から2020年国防授権法(含むTurk Stream第二ライン)、そして2021年国防授権法とNord Stream 2を対象としていることは対照的である。8月下旬のナヴァルヌィ氏のベルリン移送から10月中旬の欧州制裁発動まで、Nord Stream 2がその対象として加えられるかどうかについてドイツ政府は同事件の真相究明と欧州連合内の根回しに奔走したことが推察される。最終的に欧州連合の制裁にNord Stream 2建設に対する要素は含まれず、ナヴァルヌィ事件に化学兵器「ノヴィチョク」が使用されたと断定し、その化学兵器製造・使用に責任のある政府関係者及び機関に対して、これまでの制裁方法と同様、欧州内の資産凍結・欧州域内出入国禁止という制裁リストの拡充という形となった。なお、米国は次で述べるガイダンスの通り、翌10月にNord Stream 2関連制裁に関する情報をリバイスしているが、今回のEUの動きには遅れており、化学兵器使用・製造に対する同様の制裁を行うのは2021年3月に入ってからである。その背景には大統領選を控え、それどころではない政権・議会の状況も影響していたのだろう。
10月20日、米国務省はNord Stream 2への制裁の適用に関して、2020年国防授権法に規定された内容解釈を拡大するガイダンスを新たに発表した。2020年国防授権法では、Gazpromが進めるオフショアパイプライン(Nord Stream 2及びTurk Stream第二ライン)建設のためのパイプ敷設船の『提供』を禁止する内容だった。発表されたガイダンスでは、『提供』の範囲がパイプ敷設船だけでなく、同プロジェクトで使用される船舶の「近代化または設備搭載」のためのサービス、商品の提供もしくは資金供与、保険の提供も含むとされた。これは事実上、ロシア製パイプライン敷設船で、バルト海で作業を行うとしているフォルチュナ号及びアカデミク・チェルスキー号とそれら敷設船が契約するドイツの港湾や機材メンテナンス、資機材供給、保険(再保険)を行う企業を対象とする措置となる。
国務省によるこのガイダンスは、端的に言えば、制裁発動を、法制化プロセスを経ず、既存の制裁規定解釈を拡大することで、達成したという意味で重要な意味がある。ガイダンス(下記参考参照)では既存制裁である2020年国防授権法に関して、たった二つのFAQが加わっただけだが、それによって、議会の対露強硬派が模索してきた新たな制裁が既存制裁の枠内で発動することが可能となったことになる。
11月に入り、米大統領選も混迷する中、次年度(2021年)国防授権法の草案も始まり、米国上下院はNord Stream 2に対する追加の制裁措置を2021年国防授権法案に含めることに合意したとの情報が出てくる。盛り込まれる制裁措置案はロシアの船舶と協力する保険会社と認証会社を対象とするもので、上院外交委員会のボブ・メネンデス議員は、下院議員が「同盟国としてのドイツ及びドイツ国内の公的組織が当該制裁の対象とならないことを明確にしたかった」と述べている。制裁実施については発動前に同盟国に通知することを要求している。新たな制裁案は、以前に制定された制裁がありとあらゆるパイプ敷設活動と保険に適用されることを指定するものとの想定されていた。
さらに上下院は11月19日、2020年国防授権法を調整するための委員会を結成。Nord Stream 2のオフショア部分の建設に従事する企業及びパイプ敷設船に保険を提供し、船の改造とアップグレードを行う事業体に対して新たな制裁を義務付けるものを確定するのが目的であり、その内容は広範に及ぶ可能性があり、ドイツやデンマークの規制当局に対しても適用される可能性があることが伝えられた。法案の施行は、関係国との調整を念頭に1月20日に終了するトランプ大統領の任期とバイデン次期大統領にまたがる可能性も指摘され、一部の議員はドイツ政府からの反対に照らして、制裁法案の一部の施行を遅らせるか、制裁を欧州の同盟国と調整する要件を含めるよう働き掛けを行っている模様であることも報道された。そして、12月4日、2021年国防授権法にNord Stream 2に対する新しい制裁を含んだ草案に最終的に合意する。保険及び認証サービスを提供する企業に対する制裁、溶接装置及びプロジェクト建設に関連する設備近代化・アップグレードが含まれており、制裁を課す際には、英国、スイス、ノルウェー、EU諸国及びその他の国との協議も必要とし、米国大統領は国益を考慮し制裁を発動しない権限を有するものとなった。本草案は12月24日にトランプ大統領が拒否権を発動したが(但し、理由はNord Stream 2が主眼ではない)、28日の下院、そして1月1日に上院でも再可決され、成立することになる(内容については下記参考参照)。
この動きに対し、欧州連合ではスタノ報道官が、欧州委員会は法律に遵守した欧州企業に対する第三国による制裁に反対する。制裁の域外適用は国際法に違反するもの。欧州の政策は欧州で決定されるべきで第三国が決定するものではない。欧州連合は欧州企業の権利を守るべく行動する準備があるとの表明を行っている。また、ブルームバーグは、ドイツは米国制裁からNord Stream 2を保護するのに役立つ法的メカニズムを検討していると報道。メクレンブルク=フォアポンメルン州政府(メルケル首相の本拠地であり、Nord Stream 2の揚陸地でもある)が、環境保全を前提とし、特定の財団内に資産を保有する国の保護を受けた法人の設立等新たな法的保護方法を確立することを提案していることを紹介している。
蛇足ではあるが、本制裁の動きとは別に12月22日にポンペオ国務長官がロシア極東ウラジオストクの米国総領事館を閉鎖し、中部エカテリンブルクの総領事館の業務を停止する方針を決定している。これによりロシアで活動を続ける米国公館は在モスクワ大使館だけとなり、米露関係の冷え込みを印象付けた。
(6) Nord Stream 2関係欧米企業の撤退
これら米国による制裁ガイダンス及び国防授権法成立の動きを受けて、Nord Stream 2の建設に関与する欧米企業からも撤退の動きが出てくる。11月から最終的に2021年2月にかけて、後述の18企業が撤退した模様である。以下にその動きを記すが、重要な点として、それでも12月には冒頭の通り、Gazpromがドイツの港湾を使用しながら、ドイツ領海のパイプ敷設を完了し、現在デンマーク領海においてパイプラインの敷設を進めているという事実に留意されたい。つまり、欧米企業が撤退しようともロシアが単独で建設を進めることができることを示しつつあり、米国制裁はロシアに独自技術での代替を推進する機会を提供しているとも言えるのである。
また、米国務省は年初からNord Stream 2建設に関与していると思われる欧州企業に対し、「トランプ政権がプロジェクトに対する最終ラウンドの罰則を準備しているため、それら企業は制裁のリスクに直面している」ことを示唆しながら、「手遅れになる前に撤退したほうが良い」と促していたと言われている。その対象企業には保険会社、海底パイプライン敷設関連企業、プロジェクト認証企業が含まれている。プロジェクトに関与している欧米企業は、2020年10月から数カ月に亘って米国政府から関与するその企業のNord Stream 2に係る活動について問い合わせを受けており、10月にそれら企業にNord Stream 2プロジェクトへの関与の有無や、7月15日以降も作業が継続されているかどうか、そして契約の規模などについて照会を行ってきたと言われている。さらに1月1日の2021年国防授権法成立を受けて、国務省は緊急の要請でこれら企業に再び連絡を取った上で、企業の撤退方法の詳細について米国政府関係組織と協議要請を行った模様であることも報道されている。
1. Det Norske Veritas - Germanischer Lloyd(DNV-GL):ノルウェー検査認証企業
まず、最初に撤退の可能性が報道されたのは11月26日、ノルウェーの認証企業であるDet Norske Veritas - Germanischer Lloyd(DNV-GL)であり、10月に出された国務省ガイダンス及び11月に出された米国議会による2021年国防授権法草案を精査した結果、制裁抵触の恐れがあることから同プロジェクトへ関与を取り止めると発表した。他方、同報道の受けた追加情報で、同社はNord Stream 2ガスパイプラインの認証は拒否しない。プロジェクトから撤退するのではなく、制裁対象である船舶に関連するサービスの提供について断念すると補足を行っている。また、1月1日の2021年国防授権法の成立を受けて、改めて、Nord Stream 2に関する契約作業を停止しことを表明し、制裁法に従うこと、これらの制裁が有効である限り、Nord Stream 2に関する認証作業を停止するとの声明を発表した。
2. チューリッヒ保険グループ
1月18日、ロイターはチューリッヒ保険グループが米国制裁措置発動の可能性に直面して、Nord Stream 2プロジェクトから撤退するだろうと報道。米国で事業を大規模に展開しているチューリッヒ保険グループは、Nord Stream 2に付保する保険会社20社の内の1つである。続いてブルームバーグもチューリッヒ保険グループが、プロジェクトに対するさらなる米国制裁の脅威を理由にNord Stream 2に関係する保険サービスの提供を停止することを決定。これに対し、ロシア経済紙ヴェードモスチは、コンスタンタ(Konstanta)と呼ばれるロシアの保険会社がチューリッヒ保険に代わって保険を付保できること、また、同社は2021年1月初頭にロシア中央銀行から免許を取得するのに2日しか掛からなかったことを報道し、ロシア政府による米国制裁回避の対応の迅速さを紹介している。
3. Bilfinger:ドイツのエンジニアリング会社
独Bilfingerは1月下旬、米国制裁によりNord Stream 2から撤退するか問われ、「コメントをすることができないことを理解されたい」と述べた。それに先立って、独Bild紙が最初のドイツ企業としてNord Stream 2から撤退するという同社文書について報道していた。
4. ミュンヘン再保険(MunichRe):ミュンヘン本拠を置く再保険を中心とした保険サービス企業
2月下旬、ドイツのミュンヘン再保険の子会社もNord Stream 2の保険に対する再保険を手掛けていたが、米国による制裁の恐れがあるため、Nord Stream 2パイプラインに関する再保険を請け負わない方針であることを同事業会社へ通知したことが明らかになった。
5. バイデン政権下議会に報告された2月までに撤退した欧米企業18社
2月中旬に米国議会で報告されたバイデン政権の文書については非公開のままだったが、ロイターが入手したものを25日にリークし、上記4社を含む18社が判明した。また、米国政府はロシア船舶であるイヴァン・シドレンコ号、ムールマン号等パイプライン敷設関連活動に関与している可能性がある15隻の船舶をリストアップしているということも報道されている。
表3の通り、米国議会に提出されたというロイターが報道した、Nord Stream 2に関与するも2月までに撤退したという18社の欧米企業の内、15社が保険・再保険サービスに関する企業となっている。注目すべきはこれら企業が撤退した後も、やはりNord Stream 2の建設は継続しているという事実である。これら保険付保はデンマーク領海・ドイツ領海ではその建設許可の資格条件になっていると考えられるが、現時点でデンマーク政府及びドイツ政府から保険会社の撤退により建設許可が取り消されたという情報は出てきていない。その背景には、撤退の場合の保険付保期間がまだ残っており、その間は建設できるという可能性と、上記チューリッヒ保険グループの撤退時に発露した、年始に異例の速さで保険営業免許を取得したロシアの保険会社コンスタンタがこれら撤退した保険会社に代わり、保険を請負い、デンマーク政府及びドイツ政府もそれを承認したということが考えられる。
なお、Nord Stream 2に対するプロジェクトファイナンスに参加している欧州企業5社(独Uniper、独Wintershall、墺OMV、仏Engie及び英蘭Shell)の内、Uniper及びWintershallが、米国政府から制裁に関する警告は受けていないこと、米国の動静を注意深く見守っているが、想定ではNord Stream 2の資金融資パートナーである我々は制裁対象となり得ないと考えているとのコメントを出している。
また、検査認証企業であるDNVの撤退に関しては、ロシアには2016年にGazpromによって設立されたIntergazcertを含む独自の検査認証会社があることが報道されており、もし同社がDNVに代わって作業を請け負う場合には、またデンマーク政府及びドイツ政府、欧州連合がそれを認めるのかどうかに注目が集まる。
(7) ナヴァルヌィ氏帰国直後の拘束と収監を受けた欧米の対応:化学兵器使用疑惑から人権侵害へ
2020年8月下旬に発生したナヴァルヌィ氏毒殺未遂事件発生から年末までの動きは、化学兵器禁止条約違反が主眼となった制裁であり、欧州が10月に、米国は大統領選の最中の混乱の中で既存制裁である2020年国防授権法に対するガイダンス発表による解釈の拡大と2021年国防授権法でのその明文化による制裁発動という形を採ったということはこれまで述べた通りである。そこに新たな対露制裁発動を後押しする出来事が起き、搬送されたドイツから回復し帰国したナヴァルヌィ氏の拘束(1月17日)及び実刑判決(仮釈放違反/2年6カ月の判決)、そして刑務所への収監(2月28日)によって、制裁発動事由として人権侵害問題が加わることになると共に欧米が同調する機会を提供することとなったということは前掲の通りである。
1月19日、ドイツ経済省は米政府が、ロシアがナヴァルヌィ氏を帰国直後に拘束したことを受け、Nord Stream 2建設に関与しているパイプライン敷設船を対象とした制裁措置を導入すると通告したことを明らかにした。独経済紙Handelsblattも、制裁対象となるのはパイプライン敷設船フォルチュナ号と同船を保有するロシア法人KVT-RUSで、米政府はドイツの他、欧州諸国に対し、ロシアとのビジネスを制限することを目的とした2017年の制裁法CAATSA(米国敵性国家対抗法)の根拠に19日付で制裁を発動させると通告したと報じた。
1. 米国の対応:SDNの発動の一方でバイデン政権下では現時点では強硬策はまだ出ていない
報道の通り、米国政府は1月19日、フォルチュナ号及び同船を保有するロシア法人KVT-RUS社をSDN(特定国籍指定者)リストに加えたことを発表した。なお、今回の発表におけるSDN指定は、ベネズエラ、ロシア及びイエメンそれぞれの制裁法に基づき、対象個人(3名)、企業(16社)、船舶(7隻)をまとめて対象として発表している。対露制裁は2017年のCAATSAに基づくものとなっているが、ロシア企業についてはフォルチュナ号及びKVT-RUSの他、ベネズエラ制裁に関連してもう1社(RUSTANKER LLC社)も制裁指定となっている。
今回の制裁発動はナヴァルヌィ氏拘束から2日も経ない間に発動できており、昨年のようにガイダンスレベルに留まった状況からはかなり異なった米国の対応を見ることができるが、そもそも12月から建設を進めるフォルチュナ号及びKVT-RUSは米国制裁対象になるトップリストに挙がっており、ナヴァルヌィ氏の拘束より前からその準備は進められてきたと考えるのが自然だろう。他方、今回の制裁発動については、制裁の規定の関係からも留意するべき点が3点を挙げることができる。
まず、CAATSA第232条(第232条国際エネルギーパイプライン関連)をベースとした今回の制裁発動は、同条文において「大統領は、同盟国(allies)と調整(coordination)する」ことが規定されている。現時点でNord Stream 2を標的とした米国制裁法は3つあり、CAATSA、パイプ敷設船を提供していたスイス企業が撤退に追い込まれた2020年国防授権法、そしてパイプ敷設船の「提供」の解釈を保険や港湾サービスに拡大した2021年国防授権法である。今回はCAATSA第232条をベースとした制裁(国務省)となっているが、同制裁は義務制裁ではなく任意(discretionary)制裁である(ある事象が発生したら必ず発動するものではなく判断が可能)。つまり、同盟国と調整し、制裁発動の判断を大統領は行うことが謳われているにも拘わらず、これまでの動きを見る限り、米国政府とドイツ政府の間で何らかの調整が行われたような様子はなく、今回の発動によって同盟国との調整ができるとの条文の重みは失われた可能性がある。
2点目は、フォルチュナ号及びKVT-RUSという正に現在デンマーク領海でNord Stream 2のパイプライン敷設に当たっている両者をSDNに指定することにより、米国制裁の実効性が問われるという点である。SDN指定は米国制裁で最も重い制裁のひとつと言われるのは、米国人だけでなく外国人も指定法人と取引を行う場合には米国による制裁対象となる可能性あるため、指定法人との商取引ができなくなり、法的に守るべき弁護士事務所ですら関係が絶たれ、事実上孤立し、またドル決済ができなくなり世界の金融システムから疎外されるという理由に拠る。これまで触れてきた通り、ロシアはこの米国制裁への対応として、寄港地や保険付保サービス等を全てロシア連邦内で完結できるよう、またSDN指定されても親会社のGazpromには影響が及ばないよう準備していることが窺える。デンマーク領海のパイプラインの敷設開始は当初1月15日から予定していたものが、今回の制裁発動を察知した結果からか、1月末から2月上旬に延期されており、この間に寄港地の変更や保険会社の移管等手続きを進めていることが考えられる。米国政府にとってSDN指定=建設差し止めのはずが、建設が継続している現状に鑑みると、泣く子も黙る米国制裁が事実上無効化できることが証明されているのが現在の状況であり、ロシアに軍配が上がっていると見ることもできる。
もうひとつの点として留意すべきは、ロシアがNord Stream 2建設を必ずしも急いでいない(急がなければならない理由が今はない)という事実である。Nord Stream(55BCM)及びNord Stream 2(55BCM)は昨年稼働したTurk Stream(31.5BCM)と合わせて(141.5BCM)となり、欧州最大の需要国であるドイツに向けて、ウクライナ経由のガスパイプライン(142BCM)を迂回するルートを構築するために進められてきた。欧州向け輸出量が過去最大でも200BCMという状況の中、ロシアはこれらパイプライン以外にもベラルーシ~ポーランド(ヤマル・ヨーロッパ)、トルコ、フィンランド経由のインフラを有し、欧州向けパイプライン輸送容量は合計最大で344BCMもあることになる。更に2019年末には11年満期を迎えたウクライナとのガス・トランジット契約について、ロシアに有利な条件で5年延長に合意もしている。コロナ禍で需要が停滞する中、さらにNord Stream 2が完成しても欧州ガス修正指令をクリアしないといけないハードル(欧州加盟国は独占企業体から天然ガスを買うことができないことを定めるもので、Nord Stream 2の場合には100%出資者であるGazpromは当初ドイツ政府に2019年末完成を条件に例外として認めてもらったが、米国制裁により完成に至らず、ドイツ政府も同指令が適用されるとの判断を示しており、現在係争中)を抱えるNord Stream 2はロシア(Gazprom)にとって喫緊必要なインフラではないというのも留意すべき点である。
2月に入り、バイデン政権も本格的に始動する中、上院超党派議員(ジム・リッシュ(共和アイダホ)、ジーン・シャヒーン(民主ニューハンプシャー)両議員)がバイデン大統領に対し、Nord Stream 2に対する圧力を継続するよう強く要請し、建設に関与する外国企業について議会責任でリスト化するよう働きかけていることが報じられた。同リストは2021年国防授権法の中でも規定されているもので、国務省・財務省が作成することになっていたもので、最終的にはその内容は上述・表3の通り、ロイター通信によるリークで明らかになるのだが、このリストの取扱いに関してはバイデン政権と議会内ではある種の混乱があったと考えられるような動きが見られた。19日には、米国政府はドイツ企業をNord Stream 2関連制裁リストに載せることに反対することを決定した模様であり、バイデン政権は関連企業のリストを公表する見通しだが(最終的にロイター通信によるリークであり公表ではない)、当該企業への制裁発動には時間を要する可能性があり、バイデン大統領は同盟国との協議期間を活用して、制裁を先延ばしにする可能性があるという対露強硬路線とは異なる情報が出ている。前述の通り、16日に既にフォルチュナ号とKVT-RUS社をSDN指定した直後ということもタイミングとしては影響を与えている可能性もある。
最終的には、後述の通り、3月2日に欧州政府と同時での対露制裁発動に至るが、その内容は昨年8月のナヴァルヌィ氏毒殺未遂事件に化学兵器「ノヴィチョク」が使用されたことに対するものであり、欧州政府が2020年10月16日に発動していることを考えると5カ月遅れの対応となっている。また、対象個人・組織の拡大に留まり、Nord Stream 2に対する制裁には踏み込んでいない。
また、今後の見通しとして、13名の米政府関係者筋の情報から、バイデン政権はNord Stream 2に対する新たな制裁措置の検討に取り組んでいるが、一方でパイプラインを支援するドイツとの関係を改善したいとも考えているため、難しい状況にあるとの見方も出ている。現在、国務省・財務省は法律(2021年国防授権法)により90日毎に制裁の対象となるプロジェクトに関与する個人・組織をリスト化し、議会に報告する義務があり、新しいターゲットの特定を進めている。次の報告は5月に予定されておりその時点で新たな追加制裁が行われる可能性がある。
2. 欧州の対応:ナヴァルヌィ氏事件とNord Stream 2に対する制裁を混同せず
欧州の対応は、昨年の化学兵器「ノヴィチョク」使用に対する対露制裁(10月16日)から、1月のナヴァルヌィ氏拘束及び拘留という人権侵害問題へシフトしている。さらに各国元首等の発言は、ナヴァルヌィ氏問題をNord Stream 2とは結び付けないという確固たる姿勢が欧州連合の盟主であるドイツ、フランス等有力国によるコンセンサスとしてあることを感じさせるものとなっている。ドイツ政府・ザイバート報道官は、ロシアは同氏の投獄を巡り、更なる欧州制裁に直面する可能性があるとコメントする一方、フランスのル・ドリアン外相は、「フランスはNord Stream 2に対してドイツに圧力をかけず、同プロジェクトをナヴァルヌィ事件と混同してはならない。それはドイツ人が決めることであり、私はドイツのエネルギーの選択に干渉するつもりはない。同氏投獄についてはボレル外交政策責任者がモスクワから戻った後に対応を検討する」とし、ナヴァルヌィ氏に関する事象とNord Stream 2に対する制裁発動は別に事象であるという認識を表明した。
ドイツの中道右派与党・キリスト教民主同盟のラシェット新党首も「(Nord Stream 2についてナヴァルヌィ氏の拘束によって)ドイツが事業への支持を撤回するべきではない。過去50年間、激しい冷戦の渦中でさえも、ドイツは旧ソ連からガスを購入していた。ドイツ政府は正しい道に従っている」と表明し、メルケル首相も「(ロシアがスウェーデン、ドイツ、ポーランドから外交官を追放したことを非難する一方で)Nord Stream 2のステイタスは、当面の間はこれによる影響を受けない。欧州の東部にある巨大な隣人とコミュニケーションチャネルを維持することは「外交上の義務」である。Nord Stream 2は商業プロジェクトであり、他方では政治的な意味合いを持ち、大西洋地域で大きな役割を果たしている」と述べている。
マクロン大統領は「Nord Stream 2に反対しない。当初問題があったが、調整し、決定が下され、我々は完全に連帯している。ほぼ完成したこのプロジェクトについて、独仏の緊密な調整なしでは何も決まらないだろう。我々が望んでいるのはより主権のある欧州のエネルギー戦略について協力し続けることである」とコメントしており、オーストリアのクルツ首相は「Nord Stream 2を支持するというドイツ連邦政府の決定を歓迎する。ナヴァルヌィ氏拘留への必要な対応が同パイプライン建設に結び付けられるべきであることに同意しない。ロシアがパイプラインだけに関心を持っていると考える人々は間違っている」と述べている。
ヨルゲンセン欧州委員会エネルギー総局長は、「欧州のエネルギー安全保障のためにNord Stream 2は必要としないが、ロシアの天然ガスをドイツに運ぶプロジェクトを中止する決定はドイツ政府が行われなければならない。欧州連合全体として、Nord Stream 2は供給の安全性に貢献していない。欧州の他のパイプライン、LNG輸入ターミナル、域内接続拡大への過去10年間の投資はエネルギー需要を満たすのに十分な供給をすでに確保している。実際、建設を中止するには、国レベルでの決定が必要になる。欧州全体で下すことができる決定ではない」と述べた。
この間、メルケル首相が非難した通り、ボレル・EU外交政策責任者が訪露している最中に、ナヴァルヌィ氏のデモに協力したという理由で3名の欧州加盟国の外交官が追放されたのを受け、対抗措置としてドイツ、スウェーデン、ポーランドも各国に駐在するロシアの外交官それぞれ1人に対し国外退去を命じており、欧露関係では2月初旬から緊張が生じているのは確かだったが、最終的に22日の外相理事会で、ロシア反体制派ナヴァルヌィ氏への実刑適用や反政権デモ弾圧を巡り、対露追加制裁を行う方向で合意したものの、制裁対象は同氏の判決や拘留に関係した当局者で、欧州連合への渡航禁止や資産凍結を科す内容であり、Nord Stream 2は対象とはならないことを示唆するものだった。
3. 欧米共同での対露制裁発動(2021年3月2日)
ナヴァルヌィ氏は2月28日に実刑判決(仮釈放違反/2年6カ月)を受け、モスクワ近郊ポクロフの刑務所へ拘留されることとなった。これを受ける形で、3月2日、米国政府及び欧州政府は共同で対露制裁を発動する。米国政府による制裁発動理由は、昨年8月のナヴァルヌィ氏の殺害未遂に化学兵器「ノヴィチョク」が使用されたことに対するもので、欧州政府による制裁理由は同氏の実刑判決と刑務所収監に対する人権侵害に対するものとなっており、以下の通り、制裁対象個人・組織の拡大に留まり、Nord Stream 2に関する制裁は含まれていない。
(8) 米国政権によるさらなる対露制裁強化の動き
3月中旬に入り、米露関係が急速に悪化している。16日に米国情報機関が、プーチン大統領が昨年11月の大統領選でバイデン氏の選挙活動妨害を試み、トランプ前大統領を当選させようとしたと結論付けた報告書を公表したのを受け、バイデン米大統領がABCによるインタビューで、プーチン大統領は「殺人者」であり、米選挙介入を試みたことに対し、「代償を払うことになる」と発言。ロシア政府は対米関係の協議のためアントノフ駐米大使を本国に召還することを発表した。
時同じくして、米国商務省は、2018年3月にロシアの元軍事諜報員スクリパリ氏とその娘が英国のソールズベリーで化学兵器「ノヴィチョク」によって殺害されようとされたことに対応して、ロシアへの一部の輸出に対する制裁を強化していることを発表した。国家安全保障上管理されている品目の輸出・再輸出を対象とし、航空及び宇宙協力を支援する品目に関連するものは免除する内容で、さらに新たな対露制裁措置も予定されており、ロシアのオリガルヒやプーチン大統領の「内輪」の人々を標的にする可能性を指摘している。
さらにブルームバーグは、バイデン米政権がNord Stream 2を阻止するため追加制裁を検討しており、同プロジェクト事業会社であるNord Stream 2 AG(ドイツ法人)を対象に加える可能性があると報道した。また、パイプ敷設船に関係する保険会社1社や、同プロジェクトに支援の船舶・資材を提供する複数の企業も名指しする可能性があるという。
3月18日には、ブリンケン国務長官による談話が出され(国務省HPでもリリース)、「バイデン大統領が述べた通り、Nord Stream 2は、ドイツ、ウクライナ、中東欧同盟国とパートナーにとって悪い取引(bad deal)である。国務省はNord Stream 2を完成させるための活動を追跡しており、関与していると思われる企業に関する情報を精査している。多数の米国政府機関が明らかにしているように、このパイプラインはヨーロッパを分断し、ヨーロッパのエネルギー安全保障を弱めることを目的としたロシアの地政学的プロジェクトである。2019年に可決され、2020年に拡大された制裁立法議会は、超党派の議会の過半数から多大な支持を得ている。バイデン政権は、その法律を遵守することを約束する。国務省は、Nord Stream 2に関与する企業に対して、米国の制裁リスクがあり、パイプライン建設作業を直ちに放棄する必要があるという警告を繰り返す」と警鐘を鳴らしている。
これに対して、同プロジェクトの欧州企業融資団であるOMV及びUniperの各CEOが談話を発表し、「OMVはNord Stream 2プロジェクトの債権者の1人として、このプロジェクトは経済的なものであり、ヨーロッパのエネルギー安全保障と競争力の両方にとって重要であると考えている」(シーレCEO)。「パイプラインが完成し、Nord Stream 2が実現可能であると確信している。政治情勢を常に監視しており、ドイツ政府と連絡を取り合っている。我々は米国による一方的な経済制裁を防ぐために、ドイツとEUの間の建設的な対話を目的としたアプローチを支持する」(Uniper・シェレンベックCEO)と述べている。また、ドイツ経済紙Handelsblattは、ドイツ政府が追加制裁を回避し、Nord Stream 2を完成させるための条件として、ドイツによるウクライナへの支援強化を米国に提案したと報じている。
3. まとめと現状認識
このようにNord Stream 2を巡る動きは昨年の夏にナヴァルヌィ氏毒殺未遂事件と今年の同氏拘留という新たな事象を受けて、欧米による新たな対露追加制裁発動という事態が生じている。米国政府は建設を進めるフォルチュナ号及び同船を保有するKVT-RUS社をSDNに指定したのにも関わらず、依然同船はデンマーク領海でのパイプ敷設を継続しており、米国政府による制裁がロシア政府(Gazprom)によって事実上無効化されている可能性が高い。また、米国政府報道官の発言も最近の記者会見では、Nord Stream 2に関するレッドラインとして「建設」ではなく、「完成及び認証」という表現が用いられ始めており、建設は止められないことを米国政府も認識している証左と言えるかもしれない。
さらに米国と英国は、化学兵器の使用を巡りロシアに対する追加制裁を検討していることも報道されている。その内容は制裁対象の選択肢として新興財閥の他、ロシア国債が対象となる可能性もある模様だ。また、フォルチュナ号に加わり、パイプ敷設作業を開始する予定であるアカデミック・チェルスキー号も同様にSDN指定される可能性も議論されていることは想像に難くない。ブリンケン米国務長官は11日及び18日と、「バイデン大統領はNord Stream 2は悪いアイデア(構想)だと繰り返し述べている。私も同感である。欧州連合自身のエネルギー安全保障の原則に違反し、ウクライナにとってもポーランドにとっても経済的及び戦略的状況を危うくするものであり、彼らも反対し続けるだろう。私は5週間、本件について検討している。パイプラインは95%完成しており、建設は2018年に始まっている。できるなら我々はパイプラインが実質的に完成した状況にならないようにしたい。我々がその完成に反対していることは明確である。我々は報告書を作成し(前述の欧米企業リスト)、パイプ敷設船に制裁を課した(フォルチュナ及びKVT-RUS社)。今後も制裁の可能性を検討し続ける」と断言している。
現状に鑑み、以下の重要なポイントについての状況をまとめてみたい。
(1) Nord Stream 2の実現可能性について
Nord Stream 2が実現できるのかどうかというのは技術的に実現可能なのか(ロシア船でデンマーク領海の147キロメートルとドイツ領海の31キロメートルを敷設できるのか。12月の再開で敷設されたのはフォルチュナ号によるドイツ領海の2.6キロメートルのみ)という側面と建設は完了しても稼働できるのかという側面がある。技術的には、2019年の米国制裁によってその分野で最も知見のあったスイス企業(Allseas社)の撤退後、建設再開まで1年弱、デンマーク政府の許可から更に4カ月を要したのは、建設に対する準備に時間が掛かった=課題を抱えていたということを表している。昨年の段階ではGazpromが用立てたアカデミック・チェルスキー号(アンカー式船位維持方式)及びフォルチュナ号(自動船位維持方式)ではいかに残りの距離が短いとはいえ、難しいのではないかという意見と敷設速度は3倍以上かかるが、敷設は可能という意見があった。しかし、現状を見ると、準備を進めた結果として、浅海ながらドイツ接続水域の2.6キロメートルを12月に敷設完了に至っている。従って、Gazpromは着実に同海域での敷設と船の順応を進めており、様々な情報を考慮すると「時間はかかるが敷設は可能」というのは現状だと考えられる。8月以降、建設再開に向けて動くGazpromに対して、米国政府が矢継ぎ早に10月の国務省ガイダンス、12月の2021年国防授権法での制裁発動、1月のフォルチュナ号及びKVT-RUSに対するSDN指定と手を打っているのは、もちろんナヴァルヌィ氏毒殺未遂事件への対応やトランプ政権退陣前の駆け込みという理由も影響があるかもしれないが、実際にはロシアが独自に建設を再開するのが止められないことに対する米国政府の焦りと見ることもできる。
次に建設しても稼働できるのかという側面についてであるが、株式100%をGazpromが保有するNord Stream 2 AG社の株主構成は2019年の欧州ガス修正指令に抵触しており、受け入れ先のドイツも2019年末までに完工できなかった同パイプラインは同ガス修正指令の対象となる(更に稼働しているNord Streamも今後20年間だけは例外とされているが、その20年を越えれば対象となると時限を区切られた)と認めたことから、現時点では完成したとしてもすぐに稼働させることができない状況となっている。本件は今後、(a)Gazpromが起こしているドイツでの裁判(2019年末までに資金スキームも成立しており事実上完成していたとする主張)の行方、(b)Gazpromが事業会社であるNord Stream 2 AGの株主構成の改変やガス供給ソースの指定(例えばNord Streamのように半分の権益を欧州企業にファームアウトし、その分を稼働させることや、Gazpromの上流ガス田に参画しているドイツ企業から形式的に天然ガスをNord Stream 2に供給するというロジックで説得する)という2点についての動きが出て来ることが注目される。また、前述の繰り返しとなるが、そもそもこのプロジェクトはNord Stream(55BCM)及びNord Stream 2(55BCM)、昨年稼働したTurk Stream(31.5BCM)と合わせて(141.5BCM)、欧州最大の需要国であるドイツに向けて、ウクライナ経由のガスパイプライン(142BCM)を迂回するルートを構築するために進められてきたものであり、これ以外の欧州向けパイプライン輸送容量は合計最大344BCMもあること、また、2019年末には11年満期を迎えたウクライナとのガス・トランジット契約について、ロシアに有利な条件で5年延長に合意していることから(Nord Stream 2はそのために2019年末までに建設を目指していた交渉材料という目的を果たしている)、現時点ではNord Stream 2がロシア(Gazprom)にとって喫緊必要なインフラではない点も留意する必要がある。
(2) 米制裁の何が一番の障壁となっているのか
Nord Stream 2を標的とする米国制裁は、現在、(a)CAATSA(第232条国際エネルギーパイプライン関連)、(b)スイス企業が撤退に追い込まれた2020年国防授権法(パイプ敷設船)、(c)パイプ敷設船の「提供」解釈を保険や港湾サービスに拡大した2021年国防授権法、の三つがある。CAATSA第232条をベースとした制裁(国務省)だったが、義務制裁ではなく任意制裁であり(ある事象が発生したら必ず発動するものではなく判断が可能)、条文では「大統領は、同盟国(allies)と調整(coordination)する」ことが謳われているにも関わらず、今回は既にSDN指定=制裁発動=事前調整はなく通告ベースで行われている。今回の発動は同条文の重みが失われた可能性がある。しかし、2019年末のスイス企業が撤退した状況と異なり、建設は継続されている。米国の制裁発動の動機の背景にはウクライナ問題(トランジット料確保)、ナヴァルヌィ氏を巡る問題に対してロシアに天罰を下したいというセンチメントでの発動動機と米国産LNGを欧州、とりわけドイツに売りたいという本音があるだろう。しかし、実際には制裁が無効化されていくことに対する焦りの中、Nord Stream 2に対する制裁に欧州諸国からの賛同なく、ロシアは欧米企業が撤退した分野の代替を進めており、手を打ち尽くしている状況にある。ポイントは最終的な許認可を持つドイツ政府やデンマーク政府(エネルギー庁・海事庁)がNord Stream 2に対して、欧米企業が撤退し、ロシア企業(政府)が代替した分野での資格条件不足を持ち出し、建設差し止めを行うかどうかである。これが行われれば、いかにロシアが自前で全てを準備したとしても建設はできない。しかし、現時点ではそのような動きは見られない。また、サイドラインながら重要なポイントとして、ナヴァルヌィ氏毒殺未遂が起きた9月にかけてドイツ国内でもNord Stream 2に対する制裁圧力が高まったように、現在拘留されている同氏がもし殺害されるようなことが起きれば、ドイツ政府がNord Stream 2建設中段に向けて動かざるを得ない状況が出現するだろう。
(3) バイデン政権になって方向性は変わりうるのか
バイデン政権はオバマ政権副大統領時代を引継ぎ、ロシアに対してトランプ政権よりも厳しく対応していくという見方が専らである。他方、トランプ政権も2017年のCAATSAを内政問題(ロシアゲート問題)から発動しており、ロシアに対して一貫して友好的であったわけではなかった。現在、米国の対露制裁法は、2014年大統領令・ウクライナ自由支援法、2017年CAATSA、2020年及び2021年国防授権法と屋上屋を重ねて続けている一方、制裁の本来の目的であるクリミア併合解消に向けた進展は、ウクライナ東部地域の鎮静化を除き、全く見られないのが実情である。このような中で、さらに新たな枠組みでの制裁を課すというのは現実的ではなく、課すとしてもSDN指定や金融制裁の拡大に留まるだろう。プーチン大統領周辺ではまだSDN指定されていない=米国が制裁の余地を残す人物がまだ存在しており、米国政府もそのリストを過去作成している。前述の通り、バイデン政権はNord Stream 2に対する新たな制裁措置の検討に取り組んでいるが、一方でパイプラインを支援するドイツとの関係を改善したいとも考えているため、難しい状況にあるのだろう。過去半年の制裁の例を踏まえて個人・法人の制裁対象拡大という制裁手法が、その効力は限定的ながらも、米国政府が採用する可能性の高い制裁手段となるだろう。実際、国務省・財務省は法律(2021年国防授権法)により90日毎に制裁の対象となるプロジェクトに関与する個人・組織をリスト化し、議会に報告する義務があり、新しいターゲットの特定を進めている。次の報告は5月に予定されておりその時点で新たな追加制裁が行われる可能性がある。
(4) 計画阻止に向けて米国側にさらに打つ手はあるのか
米国が打てる手は極めて限定的になっている。本丸であるGazpromをSDNに加えるという最終兵器は欧州に4割を供給するガスが途絶し、大混乱を引き起こすことになる(大儀では国防授権法にも「欧州のエネルギー安全保障を守るため」と書かれており本末転倒)。そのことを米国政府も十分に理解していることから、これまでも代替がきく個人はSDN対象にしても、GazpromやRosneft等国営石油ガス会社をSDNに加えることは行っていない(2018年デリパスカのRUSALをSDN指定にした結果、世界のアルミ市場に混乱をもたらし、6カ月で撤回している)。従って、Gazpromに対して追加の制裁メニューで加えられることと言えば、ミレル社長をSDNに加えたようにGazprom幹部(個人)をSDNに加えることや、Gazpromに対する金融制裁(現在は60日超の融資を禁止)を強化(例えば債券発行を禁止し資金調達手段を絶つ)することに限定されるが、それではNord Stream 2建設を止めるということにはならない。
(5) Nord Stream 2が完工できない場合の影響
完工できない場合には二つの事象から見る必要がある。一つ目は欧州企業との融資契約上のフォースマジュールの取り決め。もう一つは国際調停裁判所への移行である。双方とも最終的には裁判にもつれ込むことになり、10年オーダーの長期裁判になるだろう。欧州企業の融資契約では、今回の米国制裁もフォースマジュールとして規定している可能性が高い。その場合、Gazpromが全負債を負い欧州企業へ融資金を返還するのか、痛み分けで欧州企業も損を被るのか、両者間の係争問題になる。ポイントはそのような事態は双方とも望まないということと、どちらかに非があるのではなく、米国という第三者の影響でこのような事態が生じており、構図は米国対露・欧州企業を抱える国という図式となるということだ。欧州域内のストックホルムやハーグの国際司法裁判所に提訴された場合、今回の「欧州のエネルギー安全保障を守る」ための米国の域外制裁適用は支持されるかどうか疑問だろう。
(6) 米独による『パッケージ・ソリューション』の実現性
前掲の通り、ドイツ経済紙Handelsblattの報道では、(a)ロシアがウクライナに圧力をかけた場合のNord Stream 2の『シャットダウン・メカニズム』の構築、(b)米国との交渉が終了するまでドイツ政府はパイプライン建設を停止する。(c)ウクライナのエネルギー部門への投資の大幅な増加とウクライナからの「グリーン」水素の供給の見通しを含む協力イニシアチブを立ち上げる、という選択肢が議論されているとされている。その実現性は、(a)についてはNord Stream 2の稼働は経済性と需給バランスに則った需要供給契約で成り立つことになるため、米国に必ずロシア産ガスシェアを下げるということを需要者のドイツが約束することは不可能と考えられる。他方、図3の通り、現在ドイツにはこれまでなかったLNG受入れターミナルの建設計画が3つあり(但しコロナウイルスの需要低迷で一部サスペンド)、早ければ2022年には稼働を開始する。これを以って、ドイツとしては(本心ではないものの)、『ロシア産パイプラインへの依存を低減するべく、米国産を含むLNGの受入れを目指す』という形での意思表明は可能だろう。但し、このLNGターミナルにはNOVATEKが進めるヤマルLNGやGazpromの新規LNGも入るかもしれないというニュアンスを含み、最終的には米国産LNGが他LNGに比べて市場原理の中で安いLNGを供給できる場合にはという条件で米国産LNGを受け入れるという協定を締結することは可能かもしれない。問題は欧州市場で競争力のあるLNGを、大西洋を超えて米国が供給できるかどうかである。(b)に関しては既に指摘がなされているが、建設に現時点でも前向きなドイツが停止させるような事態(ナヴァルヌィ氏殺害といった事象)が発生しない限り、ドイツ政府が翻意することは考えにくい。また、その場合でもGazpromを止めることにはならず、デンマーク政府が許す場合には残るパイプライン敷設を進めていくだろう。(c)についてはウクライナ支援策ともなり、ドイツ政府としてコミットする程度が限定的であることから、ドイツにとっては実働的・現実的な選択肢となる。他方、だからNord Stream 2を建設して良いという米国や当事者ウクライナ、反対派の東欧・バルト諸国の理解が得られるか疑問の残る選択肢でもある。
以上
(この報告は2021年3月30日時点のものです)