ページ番号1009000 更新日 令和3年3月31日
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概要
アルゼンチンでは、新型コロナウイルス感染拡大抑制のためのロックダウンによる石油需要の減退で、貯蔵設備が満杯となってしまった。そのため、石油会社各社はVaca Muertaシェールを含むアルゼンチンでの生産を削減せざるを得なくなり、探鉱・開発も停滞した。
政府は2020年5月に、石油生産量を維持、回復させるために、国内で生産される原油の取引価格をバレル当たり45ドルに固定し、さらに、Brent原油の価格がバレル当たり45ドルを下回っている期間は、原油輸出税を免除するとした。ロックダウンが延長され、石油需要の回復には時間がかかっているものの、原油輸出が増加し、これが後押しする形で、アルゼンチン、そして、Vaca Muertaシェールの石油生産量は緩やかに回復に向かっている。
政府は11月に、「Gas Scheme 2020-2024(Gas Plan 4)」を導入、2021年から2024年に生産される天然ガス70MMm3/dについて補助金を出すことにより、ガスについても生産回復を図ろうとした。しかし、2021年1月時点では、Vaca Muertaシェールで生産されるシェールガスを含むアルゼンチンの天然ガス生産の状況は好転していない。政府は、ガス生産増加の遅れは、Gas Plan 4の実施時期が遅れたことによるものと考えており、生産量減少傾向が徐々に逆転することを期待するとしている。
アルゼンチンでは、非在来型を含む石油・天然ガス資源開発の経済条件を改善しようとする動きやVaca Muertaシェールからガスを輸送するパイプラインの輸送能力を増強しようとする動きが出てきている。経済状況が悪く、制度の変更が頻繁に行われるアルゼンチンで、炭化水素資源の開発を進める動きがどこまで実現し、石油のように天然ガスについても開発、生産に回復が見られるのか、今後の動向を注視したい。
(出所:Platts Oilgram News、BNamericas、LatAmOil他)
1. 新型コロナウイルス感染拡大前のVaca Muertaシェール開発状況
EIAは2013年6月に発表した「世界のシェールガス資源量評価」で、アルゼンチンのシェールガスの技術的回収可能量は802Tcf、シェールオイルの技術的回収可能量は265億bblで、それぞれ世界第2位、第4位にあたるとした。中でも、同国中西部のNeuquén Basinはその技術的回収可能量が583Tcfとアルゼンチンのシェールガス資源量の過半を占めていることが明らかにされた。Neuquén Basinには、Vaca Muerta(深度914~3,048メートル)とLos Molles(同1,981~4,998メートル)の2つのシェール層があるが、開発が進んでいるのは深度の浅いVaca Muertaシェールだ。Vaca MuertaシェールはLa Pampa州、Mendoza州、Neuquén州にまたがり、総面積は30,000平方キロメートルで、その地質状況はTOC(有機物含有率)、層厚、地層圧力のいずれをとっても米国のシェール層と比較して遜色ないものであるという。
2010年末からは、YPFを中心にVaca Muertaシェールの開発が行われるようになった。しかし、資機材の確保が難しいこと、高い生産コスト、頻発するストライキ、突然の政策変更などにより、Vaca Muertaシェールの開発の進展ペースは遅々としたもので、2016年末のシェールオイル生産量は3万b/d弱、シェールガス生産量は6MMm3/d程度であった。
そこで、アルゼンチン連邦政府は2017年1月に石油会社、Neuquén州政府、労働組合と、Neuquén Basinで生産され国内市場に供給される非在来型ガスの井戸元価格を国際市場価格より高く設定すること、インフラを整備すること、投資額を増やすことなどに合意した。また、コスト削減も進みつつあることなどから、石油会社がVaca Muertaシェールへ積極的に投資を行うようになり、開発が進むようになった。その結果、Vaca Muertaシェールの生産量は急激に増加し、2018年6月には、シェールオイル生産量は4.8万b/d、シェールガス生産量は20MMm3/dとなった。
これを受け、政府は2018年に発表した政策方針「アルゼンチンのエネルギーの過去・現在・未来(Pasado, presente y futuro de la energía en Argentina)」の中で、Vaca Muertaシェールの開発を進めることで、2023年までにアルゼンチンの石油生産量を100万b/d、天然ガス生産量を238MMm3/dに倍増させ、石油50万b/d、天然ガス100MMm3/dを輸出するとした。
一方、このように生産量が急激に増加したことで、天然ガスについては、パイプラインの輸送能力が不足するようになった。また、アルゼンチンは季節による寒暖差が大きく、冬には暖房用にガス需要が増加するが、夏はそれほどガスを必要としない。そのため、冬に国内ガス生産量を増やしてもそれだけでは需要を満たせず、また夏には国内ガス需要が減少して一部のシェール井の生産を停止して供給を絞らざるを得ないという事態も発生するようになった。
そこで、アルゼンチンは主にガスの国内での不需要期に、既存のパイプラインを利用して、チリやブラジルへのガス輸出を再開した。さらに、YPFは2018年11月にExmar EnergyとFLNG(浮体式液化天然ガス生産設備)を10年間傭船する契約を締結し、2019年よりBahía Blanca港に係留した液化能力は50万トン/年の「Tango FLNG」よりLNG輸出を開始した。また、YPFはより規模の大きい液化プラントを陸上に建設することも検討したが、アルゼンチンの経済状況が悪化したため、ガスをチリまで運び、チリに建設する液化プラントで液化、LNG輸出を行うことも検討されるようになった。
さらに、2018年末からは、財政状況を悪化させた政府が非在来型ガスに対する補助金の制度を変更し、ガス開発計画承認時に生産可能と申請した数量についてのみが補助金支給の対象とされることとなり、また、新規のガス開発プロジェクトは補助金の対象とされないこととなった。さらに、国庫収入の不足から補助金の支払いの滞りも生じるようになった。
追い打ちをかけるように、2019年4月17日には、新経済パッケージが発表され、インフレ抑制のため、2019年末まで電気料金や公共交通料金と共に天然ガスの価格が凍結されることとなった。
このような状況から、石油会社はシェールガスよりもシェールオイルの開発を優先する方ようになった。
しかし、石油についても、2019年8月から原油及びガソリン、ディーゼルの価格が凍結されたことで、リグを休止させる企業が現れ、稼働リグ数が減少、生産の伸びが鈍化するようになった。NCS Multistageによると、Vaca Muertaシェールでの水圧破砕は、2019年9月、10月に停滞したものの、当初、90日間の予定とされたガス価格凍結が9月には解除されたことで、11月、12月には回復し、2019年全体としてはフラッキングステージ数が6,425(2018年比33%増)と記録的な水準となった。内訳は、YPFが3,034、Tecpetrolが752、Pan American Energyが499、Totalが499、Shellが433であった。一方、稼働リグ数は回復することなく、これを機に徐々に減少することとなった。そして、2019年末のVaca Muertaシェールの生産量は石油が10万b/d、ガスが35MMm3/dとなった。
2019年末から2020年初にかけて、Vaca Muertaシェールで開発中の石油会社各社は、2020年は投資の大部分を石油プロジェクトに向けると発表した。
YPFはChevron、Petronas、Schlumbergerなどとパートナーを組んで主に石油を生産しているLoma Campana、La Amarga Chica、Bandurria Sur鉱区を中心に2020年に約20億ドルを投じるとした。一方、Bajada de Anelo(オペレーターShell)やSan Roque、Aguada de la Arena、La Calera(同Pluspetrol)、Aguada Pichana Oeste(同Pan American Energy)などの鉱区で行われているガスプロジェクトは休止する計画であるとした。YPFは2000年3月に入ると、Vaca Muertaシェールの新たなクラスターへの投資は延期し、最も開発の進む3鉱区(Loma Campana、La Amarga Chica、Bandurria Sur)に投資を集中させることで、資本支出を削減しながらも石油生産量を2020年に2%増加させる計画であるとした。資本支出は2019年の35億ドルから20%削減し28億ドルとし、探鉱やパイロットプロジェクトを減らすとした。また、ガスの探鉱・開発はAustral Basinではわずかに行うが、Neuquén Basinでは行わず、ガス生産量は2019年の39.7MMm3/dから8%減らすとした。さらに、資本支出を削減することで短期の生産には影響が出るが、長期的には影響がないとしている。そして、2020年にシェール生産を急増させる計画だったが、経済状況によってはこれを2021年に先送りする計画であることを明らかにした。
Totalは2019年に4億ドルを投じAguada Pichana Este鉱区の開発第1フェーズを実施、36坑を掘削し、このうち20坑を仕上げたが、2020年も投資額を維持し、生産も維持するとした。
Shellは2020年中にVaca Muertaシェールの生産量を7,000b/dから12,000b/dに70%引き上げ、2つ目の原油処理プラント(処理能力30,000b/d)の操業を開始する計画であるとした。また、Shellは2020年には2019年に投じた53億ドル以上を投じる計画はないとした。
ExxonMobilは、Vaca Muertaシェールへの2020年の投資額を2019年と同水準に維持するものの、Bajo del Choique–La Invernada鉱区、Los Toldos Sur鉱区の生産量を2019年11月の1,300b/dから2020年1月末までに5,000b/dに増加させることを計画しているとした。そして、この生産増は、2024年末までに20億ドルを投じ90坑を掘削、Vaca Muertaシェールの生産量を5.5万b/dに引き上げる計画の一環であるとした。
Wintershall DeaとConocoPhillipsは、2020年にAguada Federal鉱区で5坑を掘削、2021年に同鉱区で5坑を掘削、Bandurria Norte鉱区で8坑を掘削する計画を明らかにした。
Vista Oil & Gasは、ビジネス環境改善に賭け、2020年はVaca Muertaシェールの開発に焦点を当てて活動、石油ガス生産量を2019年末の30,000boe/dから2020年末に36,000~38,000boe/dに20%以上増やす計画であるとした。通年の生産量は2019年の29,100boe/dから2020年は32,000~33,000boe/dに増加する見通しであるとした。Vistaは2019年も2018年の24,500boe/dから19%(原油24%、ガス13%)生産を増やしている。そして、Vaca Muertaシェールで活動中の他企業と同様にVistaは石油にシフトした。同社CEOのGaluccio氏によると、2019年8月の同社の生産量は33,000boe/dだったが、原油価格が2018年第4四半期のバレル当たり65.50ドルから8月には40~42ドルに下落したため、掘削を中止した。価格凍結が解除され11月に原油価格がバレル当たり51ドル、12月には53ドル、2020年1月には55ドルまで上昇したため、同社はリグ2基で掘削を再開したとしている。そして、2020年は資本支出2.6億ドルを計画しているが、作業ペースは原油価格次第とした。
IOCによりVaca Muertaシェールの鉱区権益を取得する動きも見られた。EquinorとShellは2020年1月31日に、SchlumbergerよりBandurria Sur鉱区の権益49%を3億5,500万ドルで買収した。EquinorとShellはYPFからもBandurria Sur鉱区の権益11%を買い取ることで暫定合意した。こちらについては、価格は明らかにされなかった。ShellとEquinorは同鉱区の権益30%ずつを、YPFは40%を保有することになる。Bandurria Sur鉱区はLoma Campana、La AmargaChicaと併せてYPFの非在来型のコアエリアである。パイロット生産段階にあり、1万b/dを生産している。
Equinorはまた、YPFと開発中のBajo del Toro鉱区で6坑を掘削する計画で、開発ライセンスの期間を35年に延長するよう求めていることを明らかにした。
そして、この時期に、Baker Hughesの南米副社長Mariano Gargiulo氏は、十分な投資が行われればVaca Muertaシェールの生産量は今後5年間で5倍に増加するとの見通しを、また、S&P Global Platts Analyticsは、アルゼンチンの石油生産量はVaca Muertaシェールと沖合の開発により2040年に130万b/dに増加する可能性があるの見方を発表している。さらに、Platts Analyticsによると、Vaca Muertaシェールの生産コスト(掘削、仕上げ、税、10%のリターンを含む)は2014年のバレル当たり75ドルから2018年には56ドルに下落したという。
2. 新型コロナウイルス感染拡大後のVaca Muertaシェール開発状況
しかしVaca Muertaでの積極的な開発計画は、新型コロナウイルスにより大打撃を受け、縮小を余儀なくされる。
アルゼンチン連邦政府は、新型コロナウイルス感染拡大抑制のため2020年3月20日にロックダウン(都市封鎖)を開始した。政府は、ロックダウンの期間中も石油・ガス生産量、精製処理量を維持するよう石油セクターに求めた。しかし、ロックダウンにより翌4月のガソリン販売量は対前年同月比67%、ディーゼル販売量は29.3%減少するなど、アルゼンチン国内の石油需要は3月までの50万b/dから4月以降は20~25万b/dに半減した。生産がスローダウンしなかったため、貯蔵設備が販売できない原油で満杯となってしまい、やむを得ず、上流側では掘削坑井数を減らし、生産を削減せざるを得なくなる石油会社各社が現れるようになった。例えば、Pan American EnergyがCoiron Amargo Sur Este鉱区での掘削を継続、あるいはWinteshall Deaが2020~2021年にBandurria Norte及びAguada Federal鉱区で20坑を掘削すると発表するなど、開発を継続する企業もあるが、一方、Vaca Muertaでの主要なシェール開発事業者であるYPFは、パートナーのChevronから生産削減について同意を得て、Loma Campana鉱区の生産をほぼ半減させた。さらに、YPFは5月に入ると、2020年の資本支出を28億ドルとする計画を撤回し、投資や操業費を精査した上で、最低限の支出のみを行うこととしたと発表した。YPFの貯蔵量は原油が720万bbl(貯蔵能力の90%)、石油製品が1,400万bbl(同75%)となっており、すべての坑井掘削、仕上げを延期、中止し、Loma Campana鉱区や在来型のPuesto Hernández、Chihuido Althoughの生産井を閉鎖、生産量を10~12%削減するとした。Vista Oil & Gasなども石油生産量を削減させることとした。
4月にはアルゼンチンの稼働リグ数、フラッキングステージ数がともに0となった。そして、石油生産量は460,900b/dで前年同月の507,700b/dから9.2%、前月の518,700b/dから11.1%減少、天然ガス生産量も116.7MMm3/dと、前年同月の131.6MMm3/dから11.3%、前月の126.6MMm3/dから7.8%減少した。
政府は、5月18日、原油の国際価格下落に対応し、石油生産量を維持、回復させ、雇用を守るために、政令第488/2020号を発令し、国内で生産される原油の取引価格をバレル当たり45ドルに固定することとした。原油価格を固定とする対象期間は発令日の2020年5月18日から12月31日までとされた。また、この期間中にBrent原油の国際市場価格が10日間連続で1バレル45ドルを上回った場合には、当該政令の規定は無効とされること、そして、価格については4半期毎に生産開発省エネルギー部局が見直すとした。
このような固定価格の導入に併せて、石油開発会社に対しては、この政令の対象期間中は2019年と同等の活動と生産を維持すること、そして2019年12月31日時点の雇用数の維持が義務付けられた。また、州当局に提示した投資計画を履行しない場合や、雇用の管理を行わない場合には、必要に応じて罰則規定(法令第1277/12号付属書12項及び同付属書29項)が適用され、従わない場合には罰金が科されるようになった。さらに、精製業者は必要な原油を国内市場で国内の生産事業者から調達することを義務付けられた。Brent原油の価格がバレル当たり45ドルを下回っている期間は、原油輸出税を免除されたが、Brent原油の価格が45ドルを上回った場合には、原油輸出税8%が課されることとなった。
この原油価格固定制度については、貯蔵設備が満杯な状況では生産を増やすことはできないため、利用できるのは需要が回復してからになるとの指摘や、最長でも2020年末までしか継続されないことを問題視する向きもあった。またIHS Markitによると、Vaca Muertaシェールの石油資産の約76%の損益分岐点がバレル当たり40ドル以上となっており、Vaca Muertaシェールの開発が完全に停止することはないものの、アルゼンチンが非在来型の石油・ガスを大量に輸出し、世界的なプレーヤーになるという政府の目標を達成することは、これまで以上に難しくなっているとの見方もなされた。
しかし、アルゼンチンの稼働リグ数は5月に2基、6月に6基と次第に増加、2020年12月には29基、2021年1月に34基、2月には38基と2020年3月と同水準まで回復してきた。フラッキングステージ数も、7月と12月に減少が見られたが、それ以外の月は増加を続け、2021年2月には過去最高を記録した2019年2月の712に次ぐ685まで増加した。内訳はExxonMobilが196、Vista Oil & Gasが178、YPFが122、Pan American Energyが73、Pluspetrolが71などとなっている。
アルゼンチンの石油生産量については、5月は445,614b/dと過去20年間で最低になったものの、油価の回復に伴って開発活動が徐々に再開されたことを受けて、その後は緩やかに回復に向かっている。新型コロナウイルス感染拡大によるロックダウンに入った2020年3月の518,670b/dには及ばないものの、2021年1月の石油生産量は486,929b/dとなった。Neuquén州の石油生産量も2020年3月の169,673b/dから4月に13万b/dに減少、その後、6月に159,631b/dに回復、2021年1月には172,865b/dとなった。Vaca Muertaシェールの石油生産量も、2020年3月に12万b/dを超え過去最高を記録した後、4月から5月にかけては10万b/dを下回っていたが、その後回復し、12月には3月を上回る過去最高の124,000b/dに達した。
開発が活発化し、石油生産量が増加したのは、政令第488/2020号により、原油価格がバレル当たり45ドルに固定されたことだけによる訳ではないようだ。アルゼンチンのロックダウンは14回にわたり延長され、11月8日まで継続された。行動制限を緩和される地域が指定されるなどロックダウンの内容は次第に緩和されていったものの、石油需要の回復には時間がかかり、いまだに回復しきっていない。2021年1月のディーゼル販売量は対前年同月比7.7%減、ガソリン販売量は同9.4%減、ジェット燃料販売量は67.4%減となっている。したがって、貯蔵設備は満杯の状態が続いており、生産回復、増加への影響は大きくはないようだ。
一方で、Brent原油の価格がバレル当たり45ドルを下回っている期間について原油輸出税が免除されたことから、原油輸出が増加、これが石油生産回復、増加を後押しすることになった。例えば2020年5月の原油輸出量は前年同月の46,306b/dから132,934b/dに増加した。輸出量の多くを南部PatagoniaのSan Jorge Gulf Basinで生産される重質のEscalante原油(API比重24.1度)が占めているが、Vaca Muertaシェールで生産される軽質のMedanito原油(同35.1度)も輸出量を増やしている。Medanito原油は2019年には1,340b/dしか輸出されておらず、知名度の低さから、輸出価格は当初、Brent原油の価格よりもバレル当たり10ドル程度低かった。しかし、市場でも徐々にMedanito原油が知られるようになるにつれ、同原油に対する引き合いが増加、そのため価格が上昇し、8月にはBrent原油マイナス4.5ドル、9月はマイナス3ドルとなった。ShellはMedanito原油の価格はBrent原油と同水準かそれ以上になる可能性があるとしている。Brent原油の価格が10日以上バレル当たり45ドルを超えて取引されたことから、この制度は8月に終了したが、その後も原油輸出量に波はあるものの、原油輸出は続いている。2021年1月のアルゼンチンの原油輸出量は65,542b/dで、そのうち33,581b/dがEscalante原油、24,399b/dがMedanito原油となっている。ちなみに、Medanito原油の主な輸出先はブラジルや米国となっている。
Rystad Energyは、現在の活動レベルが継続すれば、2021年末までにVaca Muertaシェールの石油生産量は145,000~150,000b/dに増加する可能性があるとしている。
一方、Vaca Muertaシェールで生産されるシェールガスを含むアルゼンチンの天然ガス生産の状況は好転していない。アルゼンチンの天然ガス生産量は2019年8月に近年のピークである144.4MMm3/dを記録したが、2020年5月に過去20年間で最低の124MMm3/dまで落ち込んだ。9月には130.6MMm3/dまで回復したが、その後再び減少、2021年1月には115MMm3/dとなった。国内需要の低迷が続き、ガス価格が低迷したことが原因とされる。電力会社によるVaca Muertaシェールで生産されるガスの買取価格が1~3ドル/MMBtuとなり、Vaca Muertaシェールガスのブレークイーブン価格3.50ドル/MMBtuを下回った。特に、2020年第4四半期については季節的な需要減も加わり、生産が停止されたままとなった坑井もあった。Vaca Muertaシェールガス生産量がパイプラインによる輸送能力を上回っていることも生産量を増加させることができない物理的な理由とされる。
なお、新型コロナウイルス感染拡大によりLNG価格も下落したことから、Tango FLNGは継続して操業を行うことが不可能となった。2020年10月、YPFはExmar Energyと、2018年11月に締結されたBahía Blanca港でTango FLNGを使用し天然ガスを液化、LNGを輸出する契約を解除することとし、1億5,000万ドルを支払うことで合意した。
このような天然ガスの生産量低迷を打開して、パイプラインガスやLNGの輸入を減らし、最終的には輸出を増やすことを目的に、政府は2020年8月に「Gas Scheme 2020-2024(Gas Plan 4)」を発表、さらに、11月にはAlberto Fernández大統領がGas Plan 4を実現するため政令892/2020に署名した。これによると、2021年から2024年の間に生産される天然ガス70MMm3/dについては、入札を実施し、ガス販売業者や卸売電力市場の管理者であるCammesa(火力発電所向け)他に供給する。入札額と最大3.70ドル/MMBtuとの差額を、政府が企業に支払って補填することとした。これにより天然ガス生産企業は4年間(沖合ガスプロジェクトの場合は8年間)にわたって、ガスを3.70ドル/MMBtuで販売できる目途がつき、ガスの生産、販売時の価格リスクを大きく減ずることとなる。また、これにより投資計画も立てやすくなる。政府は、この政策のために約50億ドルを補助金として拠出することとなっており、政府による補助金の支払いが滞らないようにするための保証も含まれるという。また、これにより暖房用に需要が増加する冬期には販売されるガスの量が追加されるようなインセンティブが働く。この制度を通じて、流通業者や電力会社も、今後4年間に必要と考えられるガスをあらかじめ確保でき、ガス不足の懸念を緩和する方向に向かう可能性がある。なお、この計画の一環として、天然ガス生産企業は2020年以降の生産量を維持または増加させるために必要な投資を行うこととされている。また、外国資本にとっては有難いニュースであろうが、今までは事前許可申請が義務付けられるなど制限されていた為替市場へのアクセスと外国人株主への配当金支払いも認められることとなった。また、アルゼンチン国内の地域間の過当な競争を防ぐために、各地域に生産割当を設定しており、Neuquén は47.2MMm3/d、Austral(沖合を含む)は20MMm3/d、Noresteは2.8MMm3/dとなっている。
また2020年12月には、Gas Plan 4に基づくガスの入札が実施され、Pan American Energy、Petrobras、Metro Holdings、Shell、Alianza Petrolera、Pampa Energía、Capex、Wintershall DEA、Vista Oil & Gas、ExxonMobil、Corporación Financiera Internacional、Compañía General de Combustibles、YPF、Total、Tecpetrol、Pluspetrolなどの企業がオファーを提示、天然ガス67.4MMm3/dの供給について契約が締結されることとなった。政府は、提示された価格(2.40~3.66ドル/MMBtu)と最高で3.70ドル/MMBtuの差額を補助金として支払う。12月15日には本件に関する23件の契約を締結、1月から供給が開始されることとなった。5~9月の冬期の追加分については、Total、YPF、Tecpetrolの3社から3.60MMm3/dの提案を受けただけで、冬場に必要な量を確保できなかったので、2021年3月に追加で入札が行われ、Pampa EnergiaとTecpetrolが4.5MMm3/dを供給することになった。
YPFやPan American Energyは、Gas Plan 4を受けて天然ガス生産量を増加させるため掘削を強化する計画であるとした。しかし、先述した通り、アルゼンチンの1月のガス生産量は115MMm3/dまで減少した。これについて政府は、Gas Plan 4の実施時期が遅れたことによるもので、この生産量減少傾向が徐々に逆転することを期待するとしている。
Gas Plan 4が実施されているにもかかわらず、2021年1月の天然ガス生産量が少なかったことから、政府は2月に国営電力会社IEASAに対し、6月1日から8月31日までの冬期に増加するガス需要に対応するために、浮体式貯蔵再ガス化装置(FSRU)をリースするための入札を実施するよう指示した。
3. 主要企業のVaca Muertaシェール開発などの状況
(1) YPF ―2021年は上流部門への投資額を90%以上増加させることを目指すが、資金確保に課題―
YPFはアルゼンチン政府が株式の51%を保有する一貫操業の石油会社で、アルゼンチンの石油生産量の半分弱、天然ガス生産量の30%弱を生産する他、国内に製油所3か所(精製能力は合計で32万b/d)、サービスステーション1,620か所を保有し、ディーゼル及びガソリン販売に関しては市場シェアの55%を占める企業となっている。
YPFは2020年初に、2020年の石油・ガス生産量を2019年比2%増加させることを計画していた。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響でVaca Muertaシェールの主要鉱区であるLoma Campana鉱区で生産井193坑のうち41坑を閉鎖するなど、一部の生産井の操業を停止した。その結果、同社の2020年1~4月の石油生産量は前年同期の236,476b/dから1.2%減少し233,728b/dに、ガス生産量は38.3MMm3/dから4.1%減少し36.7MMm3/dとなった。
5月にYPFの最高経営責任者(CEO)に就任したSergio Affronti氏は、石油・ガス事業に集中し、効率を向上させ、コストを削減、生産量と輸出量を増加させると語った。そして、YPFは5月13日に、上流事業を在来型部門と非在来型部門に分割し、生産と輸出の拡大に焦点を当てたよりスリムで迅速な事業運営を目指すことを明らかにした。在来型に関しては、二次、三次回収技術を活用し、生産減少を逆転させ、非在来型に関しては、Vaca Muertaシェールを開発することで、生産量を増加させるとの方針を示した。
6月には、YPFは停止していた生産を順次再開、8月にはVacaMuertaシェールの生産は完全に回復したと発表した。9月になると、4月以来停止していた水圧破砕を再開した。そして、Vaca Muertaシェールでの石油・天然ガス生産回復に向けて、今後6ヶ月間に45基のリグを再配備すると発表した。YPFは、原油輸出を2020年の散発的な状況から2023年または2024年までに10万~15万b/dに増加させるため、生産量を50万b/dで安定させたいと考えている。10月には、そのためには、並行してVaca Muertaシェールの5~6鉱区を開発し、年間400坑を掘削することが必要となり、掘削へ多額な投資を行い、プロパントと労働力を確保、コストを削減しなければならないとした。また、Vaca Muertaシェールのガスのポテンシャルは大きいが、石油は開発や国際市場へのアクセスが容易であるのに対し、ガスはインフラ建設などに巨額の投資が必要となり、さらに、損益分岐点を現在の3.5ドル/MMBtuから引き下げることが必要となると語り、シェールオイルを中心に開発を進める姿勢を示した。そして、YPFはコストを新型コロナウイルス感染拡大前より30%引き下げようと試みていることも明らかにした。
2021年に入るとYPFは、2020年に10%の落ち込みを記録した石油・ガス生産量を回復させるための投資を中心に、2021年には投資額を73%増加させる計画であるとした。特に、上流部門に関しては投資額を2020年比で90%以上増加させることを目指しており、これにより石油・ガス生産を安定させ、成熟した在来型油田の生産自然減退にもかかわらず、同社の生産を成長軌道に戻すことが可能になるとした。YPFは、この計画を実現するためには資金を確保することが必要であるとし、2月に、62億ドル相当の債券を満期の遅い債券に交換することを債権者に提案、多くの債権者からスワップについて承認を得ているとされる。なお、YPFの2019年の上・下流への投資額は33億ドル、2020年1~9月は9億3,400万ドルであった。YPFはまた、同社の原油生産量に占めるVaca Muertaシェールの割合を、2020年11月の20%から2021年には25%に、さらに2022年または2023年には45%または50%に引き上げたいとしている。
(2) Shell ―Vaca Muertaシェールの開発は継続も、一部遅延―
Shellはアルゼンチンでは、YPF、Neuquén州営石油会社Gas y Petróleo del Neuquén(GyP)、Equinor、Totalと共同でVaca Muertaシェールの7つの非在来型鉱区の開発を進めている。Shellは、Vaca MuertaシェールのCoiron Amargo Sur Oeste、Cruz de Lorena、Sierras Blancas鉱区で現在約1.3万b/dを生産している。Bandurria Sur鉱区では、2050年までに最大63億ドル(YPF25億ドル、ShellとEquinorがそれぞれ19億ドルを拠出)の投資を行い、10年間で557坑の坑井を掘削、58,000boe/dの生産を達成することを計画している。この期間中、特に2023年までに10億~20億ドルを投じて、80~200坑井を掘削し、6万boe/dを生産する予定で、さらに、7,500万ドルを投じて、処理能力50,200boe/dの原油処理プラントを建設することも計画している。
Shellは2020年8月、同社はVaca Muertaシェールの開発について長期的な戦略を持っており、原油価格が一時的に危機的な状態に陥ったからといって、プロジェクトを放棄することはないとの方針を示した。そして、Shellは、長期的に見れば、Vaca Muertaシェールは国際的に競争力を持つと考えているが、新たな投資を再開できるようになるまでには1年から2年かかると見ているとした。同社は2022年にVaca Muertaシェールで40,000b/dを生産することを目標に、2018年に策定した投資計画を進めているものの、原油処理プラントの建設やリグのリースなど、さらなる拡張計画については再考しており、いくつかの開発は遅延する可能性があるとした。Shellはまた、すでに生産中の原油については、試験的に輸出を行っており、10月中旬までにMedanito原油2カーゴを輸出したことも明らかにした。
(3) Pan American Energy ―Vaca Muertaのシェールガス開発には輸出プロジェクトへの投資が必要―
BPとBridasが株式を保有するアルゼンチンの石油会社、Pan American EnergyのCEO、Marcos Bulgheroni氏は、同社は過去10年間、Vaca Muertaシェールに多額の投資を行ってきており、その投資は実を結びつつあるが、Vaca Muertaシェールで生産されるガスの市場を確保できない限り、これを収益化することは困難であると主張している。そのためには、近隣諸国へのパイプライン輸送やアジア市場へのLNG輸出など、輸出志向のプロジェクトへの投資が検討されるべきであり、この輸出志向のプロジェクトへの投資と支援政策によりVaca Muertaシェールの非在来型ガス資源の開発が促進されることになると述べた。
その一方で、Pan American Energyは、Vaca MuertaシェールのAguada Canepa鉱区の権益90%を取得、1億2,000万ドルを投じ5年間をかけて非在来型開発パイロットプロジェクトを実施、水平坑井を10坑掘削し、石油生産を増強する計画である。また、パートナーであるGas y Petroleo del Neuquén と協力して、同鉱区での原油生産を処理するための設備を建設する。
(4) Vista Oil & Gas ―国内の石油需要の減少に輸出で対応、シェールオイル生産増を目指す―
YPFの元CEOであるMiguel Galuccio氏がCEO兼会長を務めるメキシコ企業Vista Oil & Gasは、新型コロナウイルス感染拡大の初期には操業を停止したが、5月にBajada del Palo Oeste鉱区の4坑の生産を再開、6月の生産量は13,900b/dに回復した。アルゼンチン国内の石油需要が落ち込んだことから、2020年第2四半期には生産した原油の70%を競争力のある価格で輸出した。そして、油価下落に対応するためにサービス会社との契約を再交渉し、前年同期比で43%の操業コスト引き下げに成功した。リフティングコストも30%減の8.6ドル/boeとした。
10月には、Vaca Muertaシェールの開発に2億2,000万ドルを投じ、生産井16坑を繋ぎこんで、生産井数を36とし、これにより生産量を2020年第4四半期の30,600boe/d(うち石油23,100b/d、ガス1.12MMm3/d)から2021年末には4万boe/dに引き上げる計画であることを明らかにした。同社は、石油生産増を目指し、ガスは随伴ガスのみを生産するという。
12月には、2022年までにVaca MuertaシェールのBajada del Palo Oeste鉱区で130の水平坑井を掘削し、65,000boe/dを生産する計画を発表、同鉱区への投資額15億ドルに加え、従来型の生産を維持するための2億ドルを確保するため、最大4,500万ドルの社債を発行した。
Vista Oil & Gasは1月5日に、Bajada del Palo Oeste鉱区内のこれまで掘削を行っていなかったエリアで水平坑井2坑を掘削、Vaca Muertaシェールで予想を上回る生産性を確認、同鉱区での掘削を強化する可能性があると発表した。同鉱区ではこれまでに400坑を掘削したが、さらに150坑を掘削する可能性があるという。
終わりに
Vaca Muertaシェールでの開発が活発になり、シェールオイル生産量が増加したことで、「死んだ牝牛(Vaca Muertaはスペイン語で死んだ牝牛を意味する)が蘇った」との報道が多く見られた。
しかし、天然ガスについてはまだ生産量減少に歯止めがかかっていない。先述した通り、政府は、この生産減少の傾向が徐々に逆転することを期待するとしている。
天然ガス生産量が回復しない原因には他に、Vaca Muertaシェールからガスを輸送するパイプラインの輸送能力が不足していることが挙げられる。これについては、パイプライン建設の動きが出てきた。Transportadora de Gas del Norte(TGN)とTransportadora de Gas del Sur(TGS)は、Vaca Muertaシェールからのパイプライン輸送能力を増加させるために、約4億ドルを投資することを計画している。両社は、詳細についてガス規制当局であるEnargasとの協議を進めている。TGSは、2.2億ドルを投じSan Martínパイプラインの拡張と、Buenos Aires州のMercedesとCardalesの間に新たなパイプラインを建設することを計画している。一方、TGNは1.7億ドルを投じ主要な中央西部パイプラインの容量を2段階にわけ増強する計画だ。また、Daniel Scioli駐ブラジル大使が、Vaca Muertaシェールとブラジル南部Porto Alegre間にガスパイプラインを建設することをブラジルに提案したとの報道もあった。
さらに、Alberto Ángel Fernández大統領は2021年3月1日、Vaca Muertaシェールを含む同国の石油・天然ガス資源の開発条件を改善するための法案を2021年中に議会に提出する予定であることを明らかにした。法案には、掘削から精製、販売に至るまでの炭化水素部門全体へのインセンティブが含まれているという。法案の内容について具体的な説明はなかったが、その目的は、エネルギー自給率を回復し、石油・ガスの純輸出国になることだとした。Fernández大統領は2020年3月にも炭化水素法を改定するための法案を発表、6月にこれを議会に提出したが、新型コロナウイルス感染拡大により頓挫してしまっていた。
経済状況が悪く、制度の変更が頻繁に行われるアルゼンチンで、Gas Plan 4が継続され、パイプラインが建設され、探鉱・開発を進める法制度が整備され、石油のように天然ガスについても開発、生産に回復が見られるのだろうか、今後の動向を注視したい。
以上
(この報告は2021年3月15日時点のものです)