ページ番号1009009 更新日 令和3年10月13日
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概要
メタン(CH4、Methane)は二酸化炭素(CO2、Carbon Dioxide)の次に地球温暖化への寄与の大きい温室効果ガス(GHG、Greenhouse Gas)である。
同時に、産業革命以降、人類の繁栄を物質面から支えた化石燃料の主役が、石炭から石油へと移行する中で、環境性の高さから、今や成長株の座を射止めた天然ガスの主成分であり、リニューアブルと相性の良いエネルギーとして、今後もその需要を大きく拡大していくと予測されている。
メタン排出量の削減は、古くから取り組まれてきたテーマであるが、近年、脱炭素が地球の命運を左右する課題と認識されるに至り、2020年10月に欧州メタン戦略(EU Strategy to reduce Methane Emissions)が発表されて以降、その重要性が再びフォーカスされた形となっている。
また、天然ガス利用時に発生するCO2をオフセットする現実的な手段として、ボランタリーなカーボンニュートラルLNG(CN-LNG/CNL、Carbon Neutral LNG)の取引が始まっている。
ここでは、これら欧州メタン戦略とCN-LNGにまつわる以下のポイントについて網羅的に論じてみたい。
- 燃料からの漏出分野におけるGHG排出量は?
- 大気中メタン濃度の上昇
- メタン放散してもガスは環境優位か?
- メタン放散量の現状
- メタン放散の実際と自主的削減の取り組み
- 欧州メタン戦略の概要と課題
- カーボンニュートラルLNG(CN-LNG、CNL)
- カーボンクレジットとは?
- 各国・各社の脱炭素戦略
- 現実的な解決策(CN-LNG+CCS)
なお、メタン排出量の計量等については、現在、国際的に統一された基準がなく、本紙に引用した各研究機関等によるGHG、CO2、メタン等の数量、ならびに、メタンの放散/排出等の用語にも若干の揺らぎがあることをご容赦いただきたい。
(出所 三菱UFJリサーチ&コンサルティング、IEA、国立環境研究所、Newsweek、National Geographic、Balcombe、JGA、Science、
地質研究所、add energy、EPA、AGA、As You Sow、One Future、GHGSat、新コスモス電機、EC、METI、インプレス、Platts、OGMP、Gas Strategies、OGCI、Rystad Energy、Energy Intelligence、FGE、Total、GIIGNL、Nature、ICIS、Gold Standard、Jbpress、NHK、Pillsbury、AFP、The White House、NextDecade、ENGIE、Cheniere、ENBRIDGE、Williams、MEES、East & West Report、Wikipedia、Sustainable Japan、Shell、三菱商事、INPEX、Reuters、JERA、大阪ガス、GCCSI、eia、産経新聞他)
1. 燃料からの漏出分野におけるGHG排出量は?
(1) 世界
三菱UFJリサーチ&コンサルティングによると、2016年における世界全体の人為的活動におけるGHGの総排出量451億t-CO2/年のうち、化石燃料の燃焼以外の、農業、工業等から排出された温室効果ガスは全体の3割の134億t-CO2/年に上った。このうち5.5%、25億t-CO2/年が燃料からの漏出分野、すなわち、化石燃料の採掘時等に発生するリーク等であった。燃料からの漏出分野におけるGHG排出量の世界第1位は中国、第2位は米国、第3位はロシアであった。


(2) 中国
2016年、中国の燃料からの漏出分野におけるGHG排出量は、7億t-CO2/年に達し、世界第一位となった。そのほとんどが石炭採掘に伴うものであったが、燃料転換等により、中国国内の石炭消費量は今後減少が見込まれており、炭鉱由来のメタン排出量は徐々に減少する見込みである。
ここで、パリ協定(Paris Agreement)の下で気候変動枠組み条約に提出した自国が決定する貢献、いわゆる、排出削減目標(NDCs、Nationally Determined Contributions)において、中国は、2030年にGDPあたりCO2排出量を2005年比60-65%削減するという目標を設定しているが、メタンはこの中に含まれていない。また、2020年9月に開催された第75回国連総会の一般討論演説において、中国は2060年までに炭素中立を目指すことを表明したが、この中に、メタン排出量が含まれているかどうかは明らかにされていない。
中国は途上国(気候変動枠組み条約の非附属書I国)に属するため、先進国(附属書I国)に比べ、これまで科学的に精緻かつ詳細なGHG排出量の推計と報告を行う義務を負ってこなかった。そのため、中国が気候変動枠組み条約に報告している石炭炭鉱由来のメタン排出量は、対象年が限定されているとともに、方法論や使用データ等が不透明といわれている。
(3) 米国
米国が、気候変動に関する国際連合枠組み条約(UNFCCC、United Nations Framework Convention on Climate Change)に提出した最新のGHGインベントリー(2020年4月)によれば、2018年における燃料からの漏出分野のGHG排出量は3.1億t-CO2/年であった。内訳は、天然ガスの生産からの排出が56%、原油からは25%。石炭からは19%であった。米国のGHG排出量は、1990年に比べて6,800万t-CO2/年減少(17%減)した。これは、以下の要因による。
- 石炭採掘由来のGHG排出量の減少(1990年比43%減)。内訳は、石炭生産量の減少(1990年比26%減)と、炭鉱からのメタン回収の増加。
- メタン漏洩対策の実施等による天然ガス生産由来のGHG排出量の減少(1990年比19%減)。2018年における米国の天然ガス生産量は1990年から71%増加したが、天然ガス生産過程からのメタン排出量は41%の増加に留まり、天然ガスの輸送・貯蔵、および、供給プロセスからのメタン排出量は、それぞれ41%減、73%減と大きく減少し、急激な生産増分を相殺した。
メタン漏洩防止やメタン回収は、メタンに商品価値があり費用対効果が高いため実施しやすく、連邦政府の規制動向に関わらず、対策が進むといわれてきたが、ガス価格の低位安定、採算性の高いメタン放散削減プロジェクトが既に実施されてしまったことなどから、近年下げ止まり傾向を見せている。
なお、米国が国連に提出しているGHG排出量が過小推計となっている可能性も指摘されている。

(4) ロシア
2020年4月、ロシアがUNFCCCに提出した最新のGHGインベントリーでは、燃料からの漏出分野におけるGHG排出量は2.8億t-CO2/年(2018年)であった。これは、1990年以降で最大であったが、化石燃料の生産量が、天然ガス、原油、石炭のすべてで1990年以降最大となったことによる。内訳は、45%が天然ガス、31%が原油、25%が石炭由来であった。
ただし、ロシアでは、生産量あたりのGHG排出係数を、1990年以降一定の値に設定しているため、GHG排出量は、これら化石燃料の生産量に完全に比例しており、生産設備や効率の変化、漏洩対策などが、GHG排出量の推計に反映されていない。さらに、いくつかのGHG排出係数が、2006年IPCCガイドラインに示された国際的な標準値よりもかなり低いなど、改善の余地がある。ガスプロムの生産設備からの漏洩率は少なくとも5-7%はあるとの情報もある。
2. 大気中メタン濃度の上昇
(1) 大気中のメタン濃度、産業革命前の1.5倍に
メタンは、地球温暖化係数(GWP、Global Warming Potential)が高く、地球温暖化への影響がCO2より大きい。すべての温室効果ガスが地球温暖化に与える影響のうち、23%を担っている。
メタン放出量の削減は、特に短期的に地球温暖化を緩和するためには極めて重要である。対流圏の光化学反応で分解され、比較的寿命が短いメタンは、排出を減らせば効果がすぐに現れやすい。
2020年発表されたグローバル・カーボン・プロジェクト(Global Carbon Project)の「世界メタン収支2000-2017」によると、人為起源メタンの放出量が増加した結果、2017年には、大気中のメタン濃度は産業革命前(1750年頃)より150%以上も高くなった。
メタンの総放出量に対する人為起源メタンの割合は6割あるが、その主な原因は、化石燃料(生産と消費)、農業や廃棄物の増加である。中国と北アメリカでは化石燃料が最大の放出源で、アフリカとアジア(中国を除く)では、農業と廃棄物が主要な放出源であり、化石燃料がそれに次いだ。ヨーロッパは放出量が唯一減少したが、これは、農業や廃棄物部門のメタン放出量削減対策が進んだためであった。

(2) 2007年以降、メタン濃度は再び増加
国立環境研究所は、信頼できる化学輸送モデルを使い、地上や航空機、人工衛星で観測した大気中のメタン濃度データを解析し、1988年から2016年の期間について地域別のメタン放出量を推定した。その結果、メタン濃度の上昇は、期間1(1988–1998年)では速度が鈍化し、期間2(1999–2006年)でほとんど停止したが、期間3(2007–2016年)以降、再び上昇に転じたことが明らかとなった。
期間1:ヨーロッパとロシアからの放出は、特に石油・天然ガスの採掘や反芻動物(家畜)によるものであったが、1988年以降減少。さらにピナツボ火山の噴火に伴う湿原からの放出量の低下や、度重なるエルニーニョの影響が加わり、1990年代にみられたメタン濃度の増加が鈍化した。
期間2:2000年代前半は、大気中メタン濃度の増加はほとんど停止。
期間3:2007年から大気中メタン濃度は再び増加。主な原因は、中国の石炭採掘の増加と、家畜の飼育(南アメリカ熱帯域、北部-中央アフリカ、南・東南アジア)と、廃棄物処理。2010年以降、中国の石炭採掘からの放出増加は鈍った一方、北アメリカにおける石炭と天然ガス採掘に伴う放出は増加。


(3) Hothouse earth、臨界点を超えると暴走
2018年、ホットハウス・アース(Hothouse earth)という理論が、著名な世界の持続可能性研究の専門家達から発表された。
世界の平均気温は、産業革命前から、10年間で0.17℃のペースで、すでに1℃上昇しており、その主な原因は、化石燃料の燃焼に伴うCO2などの温室効果ガスの排出である可能性が極めて高い。この気温上昇を2℃よりも十分低いところで止めるため、2015年、今世紀後半に世界全体で人間活動による温室効果ガスの排出を正味ゼロにすることを目指す「パリ協定」が合意された。
ところが、たとえ人類がCO2排出を減らしていったとしても、気温上昇(あるいはその速さ)が臨界点(ティッピングポイント)を超えると、不連続的に進行する臨界点の低い(1-3℃)フィードバックのスイッチが入り、温暖化が増幅されることにより、臨界点が高い(3-5℃)フィードバックのスイッチも連鎖的にドミノ倒しのように入ってしまい、中新世中期(Mid-Miocene、1500-1700万年前、CO2濃度300-500ppm(現在は400ppm)、気温が4-5℃・海面が10-60m高い)に近い「ホットハウス・アース」の状態へ移行が完了するまでは地球の気候が安定化しない可能性があるという。
フィードバックとしては、永久凍土の融解によるメタンやCO2の放出、海底のメタンハイドレートからのメタン放出、陸上と海洋の生態系によるCO2吸収の減少、アマゾン熱帯雨林の大規模な枯死、北方林の大規模な枯死など、10の要因が指摘されている。
これらのフィードバックの多くはゆっくりと進行するため、この移行は数百年以上の時間をかけて起こるといわれているが、近年、早期にGHGを削減しなければならない根拠の一つとしていわれている。

(4) 温暖化係数とは?
メタンのGWPとは、メタンの単位質量排出により生じる放射強制力の積算値(排出から任意の時間範囲)と、CO2の単位質量排出により生じる放射強制力の積算値(同等の時間範囲)の比である。GWPの計算方法については、まだ世界的に統一されたものがなく、気候変動に関する政府間パネル(IPCC、Intergovernmental Panel on Climate Change)の報告書でも毎回数値が変わっている。
メタンの地球温度変化係数(GTP、Global Temperature Change Potential)は、放射強制力ではなく気温変化に関して定義され、時間範囲の積算ではなく終了時点に関して定義される。GWPが、赤外線を吸収する能力の相対値であるのに対し、GTPは、世界平均気温を上げる能力の相対値である。
ちなみに、その他の温室効果ガスのGWPは、N2O:265、CFC-11:4,660、CFC-12:10,200、HCFC-22:1,760、六フッ化硫黄:23,500となる。

3. メタンを放散してもガスは環境優位か?
(1) 石炭・石油・天然ガス、環境性の比較
天然ガスの燃焼時のCO2排出量は、石炭と比較して約半分といわれ、その環境優位性の根拠となってきた。さらに、窒素酸化物の発生量が少なく、硫黄酸化物やばいじんが、ほとんど発生しない。
一方、メタンはCO2と比較し、強い温室効果を持っている。採掘、輸送、貯蔵、燃焼などサプライチェーンの各段階においてメタン漏出が報告され、近年、特に米国で、メタン放散量が多いとされる水圧破砕法(フラッキング、Hydraulic fracturing)によるシェールガスの生産量が上昇したことを背景に、その優位性に疑問が投げかけられている。
石炭よりも天然ガスの方が気候変動への影響が小さいのは、メタン放散が3.2%以下の場合に限る、とする情報もある。

(2) ガス火力の環境性は石炭火力より高い
国立環境研究所によると、石炭火力発電との比較において、ガス火力発電の方が、中国、ドイツ、米国、インドにおいて、短・長期ともに気候影響が小さいことがわかったという。ここで、メタン漏出率は最大9%で計算されている。
20年以内では、メタン放散量が5-6%以下であれば、ガス火力の方が優れ、数十年から100年間では、ほぼすべての場合においてガス火力発電の方が温暖化に与える影響が少ない。ここで、メタンの係数は、GTP20(20年間、CO2の67倍)、GWP20(数年間、CO2の84倍)、GWP100(数十年間、CO2の28倍)、GTP100(100年間、CO2の4倍)として適用されている。
より短期間では、CO2の影響は相対的に小さくなり、特に石炭の場合、非CO2要素、例えば、大気寿命が数日から数週間程度の二酸化硫黄による寒冷化への影響がより顕著となる。
なお、LNGをガス源とする場合は、液化等によるロスを考慮する必要があると考えられる。
表1. 中国、ドイツ、米国、インドにおける石炭から天然ガスへのエネルギー転換の影響評価

4. メタン放散量の現状
(1) 世界
国際エネルギー機関(IEA、International Energy Agency)によると、大気中のメタン濃度は、現在、産業革命以前のレベルの2.5倍であり、着実に増加している。世界のメタン排出量の推定はかなり難しいが、IEA Methane Tracker(2021年)による最新の推定値は、570Mt-CH4/年(16.1Gt-CO2/年、2020年)であった。これには、自然源からの排出(4割)と人間の活動に起因する排出(6割)が含まれる。人為的メタン排出の最大の発生源は農業であり、総排出量の1/4を占め、次いで、エネルギー部門(石炭、石油、天然ガス、バイオ燃料)が2割強を占めた。

2020年、石油およびガス部門のメタン放散量は72Mt-CH4/年(2.1Gt-CO2/年)と推定された。新型コロナウイルスの影響等により世界の石油ガス開発が低下したため、対前年7.5Mt-CH4/年(0.23Gt-CO2/年)の減少となった。
メタンの排出は、地球温暖化の2番目に大きな原因であり、世界のエネルギー関連の温室効果ガス排出量の5%強に相当する。
IEAの持続可能な開発シナリオ(SDS、Sustainable Development Scenario)では、メタン排出量を、2030年に20Mt-CH4/年(0.56Gt-CO2/年)まで、2020年のレベルから70%以上減少させる必要がある。短期的には温暖化に対してCO2より大きな影響を与えるため、メタン排出量の削減はより重要と認識されている。

石油・ガス産業の上流事業からのメタン排出量は、サプライチェーン全体の3/4を占める。また、今日のメタン排出量の4割は石油生産によるものであり、残りの6割は天然ガスのサプライチェーン全体からのものである。
メタン排出の強度は、生産国によって大きく異なり、良い国と悪い国の排出原単位の差は100倍以上に上る。
全放散量のうち、技術的に回収可能なメタン放散量は70%(51Mt-CH4/年)である。回収されたメタンは、ガスとして商業的に利用価値があるが、2020年のガス価格ベースで、正味費用なしで回収できるメタン放散量は、全体のわずか11%(7.7Mt-CH4/年)と推定されている。

(2) ロシア
IEA推計によると、2020年のロシアのメタン排出量は、14Mt-CH4/年(0.41Gt-CO2/年)となった。この値は、UNFCCCへの報告6.6Mt-CH4/年、Gazprom公表値1.3Mt-CH4/年とは、非常に大きな差がある。
主な排出源は、陸上在来型ガス田の漏洩とベントが一番大きく、次いで、陸上在来型油田のベント、下流からの漏洩とベントとなっている。
全放散量のうち、技術的に回収可能なメタン放散量は9.8Mt-CH4/年、70%だが、その内、2020年のガス価格ベースで正味費用なしで回収できる放散量は、わずか0.14Mt-CH4/年、10%にとどまる。



(3) 米国
2020年の米国のメタン排出量は、IEA推計によると、12Mt-CH4/年(0.34Gt-CO2/年)となった。
主な排出源は、非在来型ガス田のベントと漏洩が一番大きく、次いで、非在来型油田のベント、下流からの漏洩とベントであった。
全放散量のうち、技術的に回収可能なメタン放散量は、8.1Mt-CH4/年、58%であったが、2020年のガス価格ベースで正味費用なしで回収できる放散量は、わずか0.58Mt-CH4/年、5%しかなかった。



(4) 中国
2020年の中国のメタン排出量は、IEA推計によると、3.2Mt-CH4/年(0.09Gt-CO2/年)となった。メタン放散量は、各種推計で大きな差がある。
主な排出源は、下流からの漏洩とベントが一番大きく、次いで、陸上在来型油田のベント、非在来型ガス田のベントと漏洩、陸上在来型ガス田のベントと漏洩となった。
全放散量のうち、技術的に回収可能なメタン放散量は、2.2Mt-CH4/年、70%であったが、2020年のガス価格ベースで、1.7Mt-CH4/年、55%が正味費用なしで回収できると推定された。



(5) 米国メタン排出量はEPA発表の1.6倍?
(Science https://science.sciencemag.org/content/361/6398/186)
メタン放散量の推計は、漏洩などを伴い、そもそも把握しにくく測定も容易ではないうえ、統一された測定方法がないため、各社で大きく異なることが珍しくない。
2018年、Scienceに発表された論文「Assessment of methane emissions from the U.S. oil and gas supply chain(米国の石油・ガスサプライチェーンからのメタン排出量の評価)」によると、米国のメタン排出量は、米国環境保護庁(EPA、Environmental Protection Agency)発表平均値1.4%より63%高かったという。
ボトムアップアプローチ(施設ごとの地上レベルでのメタン濃度測定)とトップダウンアプローチ(航空機による上空からの全米9地区のメタン濃度観測)双方で、米国ガス生産地域別メタン放散量を再評価したところ、2015年の米国天然ガスサプライチェーンからのメタン排出量の推定値は、13±2Tgで、米国総ガス生産量の2.3%に相当することが明らかとなった。
なお、全米9地区のメタン濃度は、0.3%から9.1%(再評価前数値)と、地域によって大きく異なっている点も興味深い。


5. メタン放散の実際と自主的削減の取り組み
(1) メタン放散の実際
(a) 日本の炭鉱
西ヨーロッパにおいては、1950年頃から、災害防止の観点から炭鉱坑内におけるガス抜きと、その利用に関する調査が進んだ。この当時、日本では、坑内から排気とともに320万m3/日のメタンガスが排出されていたが、利用されていたのは、わずか1/10程度であった。
炭鉱ガスは、メタン、窒素、CO2、酸素、重質炭化水素などから成っていたが、それぞれの含有量は、メタンが84-98%と一番大きく、次いで、窒素1.1-14.5%、CO2 0.1-1.2%、酸素、および、重質炭化水素0.1-0.2%であった。
炭鉱ガスの量は、当時の日本の天然ガス生産量の半分に匹敵し、9割近くが炭鉱ボイラー、および、発電用、メタノール等の化学工業原料として利用されていたという。

(b) ノルウェー石油ガス海洋掘削リグ
従来、ノルウェー大陸棚での海洋石油・ガス生産施設では、回収できないメタンと非メタン炭化水素(NMVOC、Non-Methane Volatile Organic Compounds)を直接大気排出していた。それらの排出量は、1990年代半ば以降、所定の方法と一般的な排出係数に従って計量され、事業者からノルウェー環境庁に報告されてきた。
2016年、68施設を再調査した結果、これまで以上に多くのメタン等排出プロセスが存在することが明らかになった。
(例1) 生産ガスを陸上へ輸送する際のハイドレート生成を防止するため、ガスを吸収塔でトリエチレングリコール(TEG)と向流接触させ水分を吸収・除去するが、このTEGを脱水・再生する際に、大気中にメタンが排出される。
(例2) 生産ガスからの同伴水にはメタンが溶解しているが、その同伴水を海洋投棄する際に、メタンが大気中に放散される。
(例3) ターボコンプレッサーのダブルシールのN2パージガスに同伴された漏洩メタンガスがセカンダリーベントから大気放散される(プライマリーベント分は回収)。
メタンは、そもそも利用価値があり、各社とも回収を試みているが、技術的、商業的に回収できないものが放散されている。さらに、メタン漏洩検知技術の進歩もあり、再調査が実施されると一般的にそれ以前より多くのメタン放散が確認されることが多い。



(c) 米国の天然ガスサプライチェーン
EPAによると、米国の石油・天然ガスサプライチェーンからのメタン放散量は、175Mt-CO2/年(2018年)となった。排出源は、ガス生産が多くを占め47%、次いで、石油生産が20%、輸送が19%、ガス処理と供給が各7%であった。ガス生産の中では、ニューマチックコントローラーが37%、昇圧ステーションが27%を占めた。ガス処理はガスエンジンからの漏洩が過半であった。輸送段階では、コンプレッサーが35%であり、供給では、メーターからの漏洩、掘削事故で、およそ半分を占めた。

(2) メタン放散削減方法
メタン排出量削減は、メタンを回収し商品として販売する手法がとられており、投資回収期間が最も短い方法が優先されている。また、メタン放散削減は地道な現場の設備・作業改善の積み重ねであり、多くの時間と手間が必要である。
(a) 米国天然ガス生産・輸送部門
既存機器の低排出量機器への交換
- ニューマチックポンプ駆動源の加圧天然ガスから計装空気への転換
- ニューマチックポンプの電動化
- コンプレッサーのシール/ロッドパッキン交換
- 加圧天然ガス駆動ニューマチックポンプの小型化
- 炭化水素蒸気回収装置の設置
- 減圧放散ガスの捕捉
- フレア設備の設置(メタンのCO2化)
漏洩検知と修理(LDAR、Leak Detection and Repair)
- 赤外線カメラを使用しての漏洩検知と修理
新技術の適用
- 触媒燃焼による放散メタンのCO2化
- マイクロガスタービン、ミニCNG(Compressed Natural Gas)、ミニGTL(Gas to Liquid)での利用

(b) 米国天然ガス供給部門
リーク検知、監視技術の向上
近年、漏洩監視技術は大幅に進歩した。車両搭載型赤外線検知技術、ヘリコプターまたはドローン搭載型モニタリング、漏れ管理ソフトウェア、定置型メタン検出器などを用い、漏れの発見と定量化を推進。
調査頻度の適正化
すべての幹線ガス導管を毎月調査。小口径ガス導管は、ビジネス地区で1回/年、非ビジネス地区で1回/3年調査を実施。
ブローダウン禁止
工事前にパージガスを一旦回収し、完了後に戻す手順を採用。また、供内管リークを検知できるスマートメーターを設置。
リーク修理
リーク状況を、危険(即対応)、非危険(早期に対応)、非危険(現状維持)3段階に分類し、修理の迅速化や、リーク量による修理時期の適正化を実施。
腐食しやすいパイプラインの交換
アセスメントを実施しリーク量の多いパイプラインから優先的に交換。Consolidated Edisonは、2036年までにすべての鋳鉄管および防食されていない鉄製導管の交換を完了する予定。
メタン排出量の開示
ガス事業セグメントごとの絶対リーク量と排出原単位を開示。
測定および計算方法
メタンリーク量の計量は困難だが、EPAは、排出係数方式を採用している。Dominionのメタン管理報告書では、測定方法等も開示されている。
メタン排出原単位と絶対量削減目標の設定
目標設定は投資家も注目。One Futureプログラムでは、漏洩率1%以下を目標としている。
メタン管理方法の確立
メタン管理活動を企業の経営方針に組み入れ、自社の立場を明確化し、メタン放散削減活動を推進。




(3) メタン放散削減のための自主的活動
従来から、メタン排出への関心は高く、多くのメタン放散削減に関する自主的活動が生まれてきた。これらの活動の多くは、削減目標の達成や、削減技術の業界への周知と適用促進に焦点を当てている。例えば、米国の One Future イニシアチブでは、天然ガスのバリューチェーン全体の平均メタン排出量を天然ガス生産量の1%以下にすることを目標としている。
当初、活動の多くは米国で発足し、その結果、2005年から2015年の間に、米国天然ガスサプライチェーンからのメタンの排出原単位は30%近く低下した。近年、国際的な活動も増加してきている。
EPAは、現在、コンプレッサー、パイプライン、空気制御装置、タンク、バルブ、井戸、および、直接点検とメンテナンスのための推奨される技術を含む70の技術をリストアップしている。資本コストは、1プロジェクトあたり$1,000未満から$50,000以上、投資回収期間は数ヶ月から3年と様々である。ただし、投資回収期間は実際のガス価格に大きく左右されることになる。
LDARプログラムも、排出量を削減するための重要なアプローチとして確立されている。これは、定期的に赤外線カメラ等を用いてメタンリークを発見し、 可能な限り早期に修理を実施する手法である。
これらの自主的活動は、過去、大きなメタン排出量の削減をもたらしてきたが、近年、その削減スピードの鈍化を示唆するデータもみられる。これは、メタン放散量が多く対策のための資本コストの低い投資採算性の高い対象が減少してしまったか、または、米国ガス価格が低位安定した結果、リターンが少なくなったため、メタン排出量削減に取り組むオペレーターが減少した可能性があり、さらなるメタン排出量削減のためには、今後新たな規制強化やインセンティブの付与が必要ではないかという課題を提起する形となっている。
表2. メタン放散削減のための自主的活動
米国One Futureは、天然ガスのプロセス、昇圧、輸送、貯蔵、供給関連企業37社からなる、自主的なメタン放散量削減グループである。参加企業の天然ガスの取扱量は、米国の天然ガスサプライチェーンの15%を占める。目標は、天然ガスのサプライチェーン全体のメタン排出量を2025年までに1%以下に低減させることであったが、既にこれを達成し、2019年のメタン放散量は、0.334%となった。


(4) ボトムアップとトップダウン
メタン放散量の測定には、以下のボトムアップとトップダウンの2つのアプローチがある。
ボトムアップアプローチ
現場で個々の設備のメタンリーク量を測定し、データを積み上げる方法。測定レベルには、以下の3段階がある。
Tier 1 : IPCCによって提供されるデフォルトの排出係数と設備数を使用。
Tier 2 : 各国の測定値に基づいた排出係数を使用。
Tier 3 : 現場での実測と複雑な排出量モデリングに基づく計量。
トップダウンアプローチ
陸上の観測ステーション、海上航行船舶、航空機、人工衛星などを使い、メタン放散量をマクロに測定する方法。近年、打ち上げられたカナダ商用衛星GHGSatに搭載されたGHGSat-D、欧州宇宙機関(ESA、European Space Agency)の衛星に搭載された対流圏監視機器(TROPOMI)などのメタン測定器によって多くのスーパーエミッター(特異的にメタン放散量が多い施設等)が発見されている。2022年には、環境防衛基金(EDF、Environmental Defense Fund)のMethaneSatの打ち上げが計画されている。
トップダウンアプローチは、全体を効率よくタイムリーに測定できるが、低強度のメタン放出源の検出や、メタンを放散している設備内での個々の機器の排出量を特定することはできないため、ボトムアップアプローチとの適切な組み合わせが重要となる。


(5) メタンのベント、フレア、リーク
メタンが設備内から大気中に放散される際に、その行為の目的や手段によって呼び方が異なる。
ベント
意図的にメタン等ガスを大気中に放散すること。配管や設備のパージにおいて、基本的にすべてのメタンガスは回収すべきだが、どうしても回収できない場合等は、大気中に放散される。ベント量が多い時には、周囲への安全性、および、環境性確保の点から、グランドフレアされることもある。
フレア
濃度の低いメタンなど、可燃性ガスを含んだ不要ガスを焼却処理すること。ガス井から生産されたガスの精製段階で分離される不純物などを含む臭気ガスも同時に除外化することができる。不完全燃焼した場合、メタンスリップが発生する可能性がある。
リーク
意図せずメタン等が、ガス設備のバルブやパッキンなどから大気中に漏洩すること。漏洩箇所の発見については、十分な経験と入念な調査が必要。また、想定外の箇所からの漏洩に気がつかない場合も多く、リーク量は過小評価されることが多い。
6. 欧州メタン戦略の概要と課題
(1) 概要
2019年12月の「欧州グリーンディール(European Green Deal)」に続き、2020年10月、欧州委員会(EC、European Commission)は、メタン排出削減に向けた「欧州メタン戦略」を発表した。これは、欧州・国際面における、エネルギー、農業、廃棄物部門からのメタン排出削減に関する法的、非法的諸策を示している。2021年、法案が提出され、2025年、施行される予定である。
(2) 背景
EUのメタン排出量は、2030年までに29%削減(2005年比)されると予測されているものの、2030年までに温室効果ガス排出量を少なくとも55%削減(1990年比)する野心的なレベルを実現するには、メタン排出量削減を、2030年までに35-37%減(2005年比)にステップアップする必要がある。世界レベルでは、人為的活動に伴うメタン排出量を今後30年間で50%削減すれば、2050年までに世界の気温上昇を0.18℃削減することが可能となる。
世界のメタン排出量の4割は、湿地や山火事などの自然発生起源であり、残りの6割が人為起源であり、EUでは、人為的メタン排出量の40-53%が農業部門、20-26%が廃棄物部門、19-30%がエネルギー部門から発生している。エネルギー部門のメタン排出量の54%が石油・ガス部門からの、34%が石炭部門からの、11%が家庭用、および、その他の消費部門からのリークであるが、メタン排出量の削減は、最も費用対効果高く削減が可能な分野であり、対策の焦点となるべきである。
さらに、EUが輸入する天然ガスの上中流で生じるメタン放散は、EU域内の3-8倍の高レベルである。また、メタン放散量の多い供給国と少ない供給国の差は10倍にもなり、メタン放散量の多い供給者を特定した対策が効果的であることがわかっている。
(3) 内容
- 新しい測定基準OGMP2.0に基づく、より正確な測定・報告・検証(MRV、Measurement, Reporting and Verification)を導入する。
- 国際的なメタン排出量観測所を設立する。
- 衛星を利用したメタン排出量の検出と監視を強化する。
- メタン排出量のMRVを義務化する。
- LDAR改善を義務化する。
- 日常的なガス抜きとフレアリングを廃止する。
- 日本、中国、韓国に働きかけ、受入国連合を作る。
- EUに輸入される天然ガス・LNGに対するターゲット(OGMP2.0:2025年、メタン放散0.2%)を設定する。
- 2021年9月の国連総会に向けて国際協調の道筋をつける。

(4) 欧州メタン戦略(エネルギー部門)
欧州メタン戦略のエネルギー部門の具体的な取り組みについて以下に示す。
- 欧州委員会は、メタン排出量の測定と報告の改善を支援する。
- 新しい測定基準OGMP2.0に基づく、より正確なMRVを導入する。
- 導入期限は、自社操業プロジェクトについては3年、自社操業プロジェクトでないジョイントベンチャープロジェクトは5年。
- 欧州委員会は、国際的なパートナーと協力して、国連の枠組みを基盤とした独立した国際的なメタン排出量観測所の設立を支援する。同観測所は、世界レベルでの人為的メタン排出量データの収集、調整、検証、公表を行う。
- 石油・ガスメタン・パートナーシップ(OGMP、Oil and Gas Methane Partnership)や気候とクリーンエア連合(CCAC、Climate and Clean Air Coalition)のメタン研究をベースとし、国連環境計画(UNEP、United Nations Environment Programme)、CCAC、IEAとのパートナーシップで設立。
- Horizon 2020プログラムから資金を提供。
- 欧州委員会は、EUのコペルニクス計画を通じて、衛星を利用したメタン排出量の検出と監視を強化し、地球規模のスーパーエミッターの検出と監視に貢献する。
- EU の地球観測のためのコペルニクス計画は大気監視とメタン排出のモニタリングに貢献しているが、その中のコペルニクス大気モニタリングサービス(CAMS、Copernicus Atmosphere Monitoring Service)を通じて、地球規模のスーパーエミッターの検出とモニタリングの改善を狙う。
- 世界的にみて、石炭、石油、化石ガス部門におけるメタン漏洩の5%は、エネルギー部門の排出量の50%に寄与しているが、衛星技術によって得られるトップダウンデータによりホットスポットを特定し、地上でのメタンリークの検出と修理を指導するとともに、企業の報告書からのボトムアップデータを確認する。
- 欧州委員会は、EUの気候・環境関連法を修正する。
- 産業排出指令(IED、Industrial Emissions Directive)と欧州汚染物質排出移動登録規則(E-PRTR、European Pollutant Release and Transfer Register)の範囲をメタン排出に拡大できるか評価する。
- 2021年に発表される汚染ゼロ行動計画と、2022年に発表されるEUクリーンエア展望第3版の汚染ゼロモニタリングの枠組みにメタンを含めることを検討する。
- 欧州委員会は、2021年、以下に関する立法案を欧州理事会に提出し、翌年合意。2024-25年、EU加盟国の国際法として採択することを目指す。
- OGMP2.0の方法論をベースとしたメタン排出量のMRVの義務化。
- 化石ガスインフラのLDAR改善の義務化。
- 非財務報告指令(NFRD、Non-Financial Reporting Directive)の改正と非財務情報報告基準の開発。
- 欧州委員会は、日常的なガス抜きとフレアリングの廃止に関する立法を検討する。
- 欧州委員会は、OGMPの枠組みを、より多くの企業に拡大するよう努力する。
- 欧州委員会は、生産中および廃坑後の石油・ガス生産地からのメタン排出をなくすための改善をより多くの企業に推奨する。
- EUは、CCAC、北極評議会(Arctic Council)、東南アジア諸国連合(ASEAN、Association of South‐East Asian Nations)などの国際的なフォーラムの活動への貢献を強化する。
- 欧州委員会は、パートナー諸国と協力して、メタン排出削減に取り組む。エネルギー部門のメタン排出削減のための世界的な調整を促進する。
- EUは、既存メタン規制を持つ米国、カナダ、メキシコと密接な協力を追求。
- 日本、中国、韓国に働きかけ、受入国連合を作る。
- 欧州委員会は、国際的なメタン排出量観測所においてメタン供給指数(MSI、Methane Supply Index)を開発し、メタン放散量の計量に関する透明性を高める。
- MSIは、当初は、UNFCCCに提出されている各国の排出量データを使用。
- 各国が提案を採用しなければ、欧州委員会のデフォルト値を適用し、OGMP2.0に基づく義務的な枠組みが実施されるまで継続適用。
- 欧州委員会は、国際的なパートナーからのコミットメントがない場合には、メタン排出量削減目標、基準、またはその他のインセンティブを検討する。
- 適切なMRVシステムがない場合、EUは、輸入される化石燃料に対するターゲットを設定できる。
- 欧州委員会は、EUの衛星機能を利用したメタンスーパーエミッターの検出・警報プロセスの確立を支援し、その情報を国際的に共有する。
- EUは、コペルニクスを通じた衛星画像とメタン排出漏れ検出の技術的リーダーであるが、国際的な関係者間で衛星データを共有し、スーパーエミッターの特定、除去に貢献する。
- 他の米国、日本の衛星もSentinel 5Pと同じスペクトルを対象としてここ数年間にうちに稼働を開始。
- 欧州委員会は、グローバル・メタン・イニシアティブ(Global Methane Initiative)、グローバル・ガスフレアリング削減イニシアチブ(Global Gas Flaring Reduction initiative)、2030年までに定期的なフレアをゼロにするためのイニシアチブ(Zero Routine Flaring by 2030)を含む国際的なパートナーとの協力を支援する。
- 欧州委員会は、2021年9月の国連総会に向けて、2021年から2031年の間にメタン排出量削減のための国際レベルでの協調的行動の道筋をつける。
(5) 欧州グリーンディール以降、欧州メタン戦略までの動き
欧州グリーンディール以降、欧州メタン戦略までの動きを以下にまとめる。
- 2019年12月、ECは、2019-24年の5年間にわたって取り組む6つの優先課題の1つとして、「欧州グリーンディール」を発表した。ここで、2050年までに、EUが世界で初めて「気候中立な大陸(Climate-neutral Continent)」になるという目標達成に向けた、EU環境政策の全体像を示した。この目標を実現するため、2030年の温室効果ガス削減目標を従来の1990年比40%から50%へ、さらに55%へと引き上げることが示され、そのために必要な法制度、対象とする産業、投資額や手段をはじめ、具体的な行動が明示された。
- 2020年1月、「欧州グリーンディール投資計画(European Green Deal Investment Plan)」が発表された。今後10年間のうちに、官民で少なくとも€1兆(120兆円)を投資する。
- 2020年3月、欧州グリーンディール実現のための具体策として、欧州気候法(European Climate Law)案が発表された。その中には、各加盟国の目標達成に向けた進捗を管理し、施策を調整するための措置が盛り込まれた。
- 2020年5月、気候変動に関する機関投資家団体(Institutional Investment Group on Climate)から、欧州委員会に、上流サプライチェーンでのメタン漏洩率が0.25%を超えるガスの輸入を2025年までに禁止する規則の制定を求めるレターが発出された。
- 2020年5月、BP、Eni、Shell、Repsol、Totalなどのメジャーズとロッキーマウンテン研究所、EDFなどの環境保護団体の連合は、EUに対し、2025年までにEU域内の石油・ガス産業の上流事業におけるメタン排出量を0.2%に制限することを勧告した。連合はまた、EUが2025年までにEUに輸入されるガスの調達基準を課すよう勧告した。EUメタン戦略にあるように、「EUは消費するガスの大部分を輸入しており、このガスに関連したメタン排出の大部分は、EUの国境に到達する前に排出されている」ことを背景とする。
- 2020年10月、欧州議会は、2030年の温室効果ガス排出量を1990年比60%削減する目標を含む「欧州気候法」に対する修正案を、賛成多数で可決した。また、同月、欧州メタン戦略が発表された。
- 2021年2月、ECは、エネルギー部門のメタン排出量削減のため支援のため、4月末までの予定で公開協議を開始した。

(6) 欧州メタン戦略のステークホルダー
欧州メタン戦略の具体的なMRVや削減目標の設定には欧州系メタン放散削減イニシアチブが深くかかわってきた。以下に代表的な、OGMPと、OGCIについて、概要を紹介する。
(a) OGMPとは?
2014年、OGMPが設立された。これは、UNEP、EC、および、EDF、CCACが主導する、石油、および、ガス部門のメタン排出量削減を支援するイニシアチブである。世界の石油、および、ガス資産の30%を持つ欧州系企業67社が参加している。なお、米国シェールガス関連企業、LNG液化プロジェクトデベロッパーは含まれていない。



(b) OGMP2.0
経緯
2020年11月、OGMPは、OGMP2.0を公表した。
これは、2014年に作成されたフレームワークOGMP1.0を見直した、石油、および、ガス部門における人為的メタン排出の報告精度と透明性を向上させる新たな報告フレームワークであり、これによって、世界の各企業のパフォーマンスを正確に追跡・比較することを目的としている。
EUのメタン戦略に規定されているように、ECは、OGMP2.0に基づいて、すべてのエネルギー関連メタン排出量の強制的なMRVに関する法案作成することを計画。この中には、自身の事業だけでなく、合弁事業も含まれ、さらに、上流の生産だけでなく、従来取り残されてきた、中流の輸送、下流の処理および精製などを含む、石油とガスのバリューチェーン全体に適用される。
目標は、石油・ガス業界が、透明性の高い方法で、今後10年間のメタン排出量の大幅な削減を実現できるようにすることであり、2025年までに業界のメタン排出量を45%削減し、2030年までに60-75%削減することを目指している。
OGMP2.0のルール
- 自社操業プロジェクト、および、操業権を持たないジョイントベンチャーのスコープ1メタン排出量を報告する。
- 自社操業は3年、ジョイントベンチャーは5年以内に、より詳細なレベル4、5で報告する。
レベル1 資産/国レベルで総合的な排出量を報告する。
レベル2 国際石油・天然ガス生産者協会(IOGP)や欧州ガス供給技術連合(Marcogaz)の基準に則り、上~下流の段階ごとに排出量を報告する。
レベル3 詳細な排出源ごとに報告する(一般的な排出係数を使用)。
レベル4 レベル3に加え、特定の排出源レベルでの測定により排出係数等を設定する。
レベル5 レベル4に加え、サイトでの詳細な測定を行う。ドローンや衛星からの測定とも比較、検討する。
- データは国際メタン排出観測所に提出され、秘密は保持される。
(c) OGCIとは?
2014年、石油・ガス気候イニシアチブ(OGCI、Oil and Gas Climate Initiative)が、パリ協定の実現を支援するために設立された。メンバーは、世界最大級のエネルギー企業(BP、Chevron、CNPC、Eni、Equinor、ExxonMobil、Occidental、Pemex、Petrobras、Repsol、Saudi Aramco、Shell、Total)12社から成る。メンバー企業の石油とガスの生産量は世界全体の3割を占める。なお、米国LNG液化プロジェクトデベロッパーは含まれていない。
エネルギー効率改善、メタン排出削減、フレアリング最小化、再生可能エネルギーを利用した事業の電化、コジェネレーション、CCS(Carbon dioxide Capture and Storage、CO2回収・貯留)の普及等、様々な対策を実施する。
2016年、OGCI Climate Investmentsファンドの創設が発表されたが、このファンドの投資対象は、再生可能エネルギーではなく、石油、および、ガス産業等のCO2排出量の削減であり、10年間で$1Bを投資する。2018年、OGCIはメタン排出量削減目標を設定した。2025年までに、0.25%未満の達成を目指し、最終的には0.2%の水準を達成する。2020年、上流石油・ガス事業の平均CO2排出原単位の削減目標を、2017年のベースライン23kg-CO2/boe から、2025年までに20-21kg-CO2/boeに低減することを発表した。



参加企業のメタン排出量は、2017年の0.3%から、2019年には0.23%に低下し、リークとベント合計で、メタン排出量の2/3を占めた。
最大の削減要素は、リークとベントを減らすための機器のアップグレードと、広範なリーク検出および修理キャンペーンの実施であったが、原油タンク、コンプレッサー(シール)、ニューマチック制御、石油払い出し保管方法、リーク検知、ガス脱水/分離方法、抗井仕上げ方法などが改善された。
適用範囲は、ガス生産から精製、貯蔵までだが、LNG液化を含めるかどうかの対応は各社で異なっている。

(7) 欧州メタン戦略の課題
欧州メタン戦略のターゲットは、2025年以降、メタン放散量0.2%を超えるLNGのEUへの輸入禁止、または、メタン放散超過分に対するペナルティー等と予測される。
この措置は、各国各社への影響が極めて大きい。北米産シェールLNGは、キャンセル権、仕向地フリーなど柔軟性が高く、新たに北米をLNG生産地としたことやHHリンク価格システムを実現させたことなど、LNG取引の多様性を広げ、最近のLNG市場拡大に貢献してきたが、北米産シェールLNGは、メタン放散量が高いといわれており、影響は甚大である。
日本も、中国、韓国とともに、欧州メタン戦略への協調を求められており、どのような立場をとるのか、今後、慎重な検討が求められる。課題を下記に列挙する。
課題1 北米産セカンドウェーブLNGの最終投資決定(FID、Final Investment Decision)は、抑制されてしまわないか?
課題2 欧州メタン戦略は、北米メタン放散削減に効果があるか?
課題3 これから石炭からガス火力へ燃転していく、東南アジア、南アジアの旺盛なLNG需要への悪影響はないか?
課題4 もう一つの大きなメタン放散源であるロシアPLガスへの影響を含め、欧州エネルギーセキュリティー上の懸念はないか?
課題5 日本企業も、既に多くの北米産シェールLNGを長期契約している。既存契約分の北米産LNGは座礁資産化しないか?
課題6 メタン放散量の大きい既存のLNG液化プラントはどのように対応するか?
課題1 米国セカンドウェーブLNGのFIDは抑制されてしまわないか?
米国では、2000年代後半からシェールガスの生産が飛躍的に拡大し、2012年、既存受入基地の設備を活用したLNG液化プロジェクトのFIDが始まった。この後、2014年に、OGMP、OGCIなどのメタン放散削減イニシアチブが、欧州で設立されたのは興味深い。
2016年、Sabine Pass LNGからLNGが初輸出されたが、この年までにFIDされたプロジェクトは「ファーストウェーブ」プロジェクトと呼ばれ、合計の生産能力は70MTPAに上る。一方、2017年以降にFIDされたプロジェクトは、「セカンドウェーブ」と呼ばれ、すべてがFIDすれば、その生産能力は180MTPAに達するが、セカンドウェーブのうち、これまでにFIDが完了したのは、Golden Pass、Sabine Pass第6系列、Corpus Christi 第3系列、Calcasieu Passの4件のみとなっている。2020年にFIDが予定されていたPort Arthur LNG、Driftwood LNG、Rio Grande LNG、Freeport LNG第4系列はFIDを2021年以降に遅らせている。それでも、2025年には、米国LNGの生産容量は100MTPAを超え、カタール、豪州を抜いて世界最大のLNG輸出国となる予定である。
2020年、NextDecadeとENGIE間の長期契約が中止となったのと同様に、今後、欧州メタン戦略の影響で、残るセカンドウェーブLNGのFIDも遅れてしまう懸念がある。

課題2 欧州メタン戦略は北米メタン放散削減に効果があるか?
ECが、北米産シェールLNGの輸入を停止した場合、新たな長期契約締結に圧力をかけ、新規北米産シェールLNG液化プロジェクトのFIDを停滞させる効果はある。しかし、現状、北米シェールガスの開発・生産・輸送から多くが放散されているメタン放散を削減する効果は、残念ながら小さいと考えざるを得ない。
北米では、これまで長年にわたってメタン放散削減の自主的取り組みが進められてきており、採算性の高いプロジェクト、および、技術的に実現可能なプロジェクトは、その多くが既に実施済みである。IEAメタントラッカーによる分析の通り、2020年時点で採算性のある改善プロジェクトは全体の5%程度に留まり、メタン放散量の削減も下げ止まりを見せている。
今後、米国シェールガスの生産はさらに拡大し、2040年には、全米ガス生産量中の73%に達する見込みとなっている。現在のLNG向け需要は全体の1割程度だが、2040年には3割近くに拡大する。欧州メタン規制が始まり、その影響で米国産シェールLNGの生産量が減少した場合、まず、米国内ガス価格が低下し、これは、メタン放散削減プログラムの採算性をさらに悪化させることになる。
米国は、世界最大のガス消費国である。戦後、長距離パイプラインの整備が進み、現在では、51万kmにもおよぶ幹線パイプライン網とそれに付随するコンプレッサーステーション、400以上の地下ガス貯蔵設備と、地域供給導管網が広大な国土に整備されており、その改善には、気の遠くなるような現場改善の時間と労力が必要であり、一朝一夕で削減することは難しい。
一方、メタン放散が削減できなければ、国際的にもシェールガスのみならず、シェールオイル開発の是非すら問われる可能性も出てくる。米国企業が自らの環境正当性をかけて、長きにわたる時間とコストを費やしてメタン放散削減を進めるのか、それとも、CCSに対する45Qのように、なんらか政府からの援助がなされるのか、今後の動向が注目される。

課題3 東南アジア、南アジアの旺盛なLNG需要への悪影響はないか?
IEAによると、中国のガス使用量は、今後、13%/年の成長を遂げる。また、インドの LNG 輸入は 2030 年までに55MTPAに達し、2040 年までにはさらに60%上昇して90MTPAになるとみられている。これ以外の新興アジア諸国においてもインフラの整備が進むとともに、2019年から2025年までに、温室効果ガス排出量削減の切り札となるガス需要が35Bcm/年追加される予測となっている。
そもそも、新興アジア諸国は、現実的なニーズを満たす必要に迫られており、目前の関心は、環境も重要な課題ではあるものの、まずは、全国民への安定した電力供給と、そのための環境にフレンドリーなLNGの確保、さらに、LNGによる老朽化した石炭火力発電所のガス転換にある。
2020年、欧州では、ENGIEとNextDecadeとの北米産LNGの長期売買契約がフランス政府の圧力で白紙となった。このような動きは、米国のLNG液化プロジェクトデベロッパーにとっては大きな懸念であるが、新興アジア諸国からの需要増加を背景として、2021年2月、米国石油協会(API、American Petroleum Institute)は、2020年以降も、米国シェールLNG需要の見通しは明るいと述べた。
また、3月、インド・モディ首相も、LNG取引を通じて、米国とのつながりをより強めていくと発言しており、今後、北米産シェールLNGが、需要の拡大する新興アジア諸国に向かう流れはより鮮明になっていくと考えられる。
ただし、新興アジア諸国は、財務的基盤が弱い国、企業が多く、LNG長期売買契約を締結する体力が足りないのも事実であり、従来の長期契約をベースとしたFIDだけでは、新たな北米シェールLNGプロジェクトが成立しにくくなる可能性があるが、LNGがコモデティー化する大きな流れの中で、旺盛なアジア需要を満足させるLNGインフラを整備するために、日本をはじめとした各国の政策的な金融支援の道も、既につけられている。
なお、シンガポール以西のアジア諸国が北米シェールLNGを輸入する際は、渋滞が懸念されているパナマ運河を利用する必要はなく、スエズ運河・喜望峰回りで北米産シェールLNGを輸送することになる。

課題4 欧州エネルギーセキュリティー上の懸念はないか?
欧州域内産ガス生産量は、2020年代からオランダ・Groningenガス田、および、英国ガス田を中心に減退が始まる。長期的にはノルウェー産ガスの生産も減少傾向となる。新規LNG受入基地の建設や新規パイプライン開設(TANAP・TAP)による輸入先の多様化も進むが、依然として、ロシアパイプラインガス、および、LNGへの依存は中長期的に拡大していく見通しである。
欧州におけるガス需要は、2040年にかけて緩やかに減少するものの、エネルギーミックスにおいて、ガスは、なお、1/4以上を占める見込みであり、2020年に欧州に受け入れられた全LNG中、米国産シェールLNGの割合は、2割にもおよぶ。
この米国産シェールLNGの受け入れを停止した場合、欧州エネルギーセキュリティー上、大きな問題となる可能性がある。
ロシア産ガスパイプラインからのメタン漏洩も大きいといわれており、この輸入禁止もEUにとっては現実的ではない。ECは、欧州メタン戦略により、ガス供給源に対して、何らか圧力をかける手段を手中に収める戦略ではなかろうか。
もしくは、既に十分な量の北米産シェールLNGを手配したことに加え、カタール拡張のFIDを背景として、今後のLNG供給は、追加の北米産シェールLNGなしでも十分と判断した可能性も考えられ、今後の動向が注目される。

課題5 北米産LNGは座礁資産化しないか?
2025年以降、日中韓も欧州メタン戦略に同調し米国産シェールLNGを受入禁止とした場合、買主各社は既存の米国産シェールLNG契約について、以下の対応オプションをとらねばならなくなる。
- キャンセル権を行使し、米国産シェールLNGは受け取らない。契約済みのトーリング費用はサンクコストとして償却、もしくは、フォースマジュール(FM、Force Majeure)宣言する。
- 0.2%規制適用外の国々に仕向地を変更し、米国産シェールLNGを販売する。(ただし、ECから、規制逃れであるとの指摘を受ける可能性が高い)
- 既契約の停止は、経済的に大きな影響があるため、特例措置として、新規契約分のみへの適用とする。(これは、推測されるECの今後の新たな北米セカンドウェーブLNGのFIDを阻止する意図とも整合する)

課題6 既存LNG液化プラントの対応は?
新規LNG液化プラントに関しては、GHG排出を低減するトレンドが認められる。古く効率の悪いLNG液化プラントやFLNGでは、フィードガスの最大20%を液化に使用するが、新規プロジェクトでは高効率化をはかり、8%から12%に低下しているという。
例えば、ShellのLNG Canadaでは、低CO2組成のMontney盆地からのガスを原料とすることに加えて、高効率ガスタービン技術とBC Hydroからのグリーン電力を補助電力として使用しCO2排出量を削減する。CO2排出量は、世界でも最も低いレベル(0.15t-CO2/t-LNG)となる予定である。カナダ・Woodfibre LNGも、水力発電からの電力を使用することを目指しており、CO2排出量は、0.05t-CO2/t-LNGと、さらに低くできる可能性がある。
一方、既設LNG液化プラントのグリーン化は、技術的には可能であるものの、高効率ガスタービンや電動モーターへのリプレースに大きな追加投資が必要となる。
そのため、環境性の低いLNGプロジェクトの生産やGHG排出量超過分へペナルティーが科されたりすることによる収入減は、老朽化した効率の悪いLNG液化プラントに市場退出の引導を渡すきっかけとなる可能性がある。この動きによって、LNG液化設備全体の環境性は向上するものの、LNG市場の規模拡大によるセキュリティーレベルの向上とは逆行することになるため、今後、LNG生産能力の拡大に対する政策支援等を充実させる必要性がますます高まることになる。

(8) 欧州メタン戦略を取り巻く各国各社の関係
欧州メタン戦略の具体的な施策として、メタン放散量0.2%を超えるLNGのEUへの輸入禁止等が現実化した場合、多くの関係国、企業が大きな影響を受ける。以下に、欧州メタン戦略が適用された場合の、各国各社への影響をまとめる。
欧州委員会
- 欧州におけるLNG消費からのGHG放散量を減らし、民意に応えることができる。
- エネルギー政策を通じて世界へ影響力を行使できる。
- スポットLNG価格上昇により、LNG需要拡大を遅らせ、リニューアブルやグリーン水素導入などへのエネルギートランジションを加速できる。
- メタン放散量が多い、特に北米産シェールLNGを欧州から締め出し、新たなFIDに圧力をかけることができる。
- 域内産ガス生産減退により、LNG、および、パイプラインガスへの依存度がますます上昇するなか、メタン放散が大きいことを理由に、北米産シェールLNGや、ロシアパイプラインガスへのプレッシャーをかけることができる。
米国、欧州系メジャーズ
- 世界の需要の6割を占める欧州、日本、中国、韓国から、北米産シェールLNGを締め出し、マーケットシェアを回復することができる。
- 北米産シェールLNG、特にセカンドウェーブLNGの長期契約締結およびそのFIDを抑制し、マーケットをタイト化させることによりスポットLNG価格を上昇させ利益を確保することができる。
- 自社の契約済みの米国LNG液化基地利用料、シェールガス権益がサンクコスト化する。
米国バイデン政権
- 環境に対する民意に応えることができる。
- フラッキング停止や米国LNG産業の活動抑制までは意図していないと考えられているものの、米国内メタン放散削減を推進することができる。メタン放散削減に対する、新たな規制、または、インセンティブ制定の可能性も考えられる。
北米LNG液化プロジェクトデベロッパー
- 計画していた北米セカンドウェーブLNG向けの長期契約締結に圧力がかかり、FIDが遅延する。
- 既存LNG液化基地からの自社マーケティング分スポットLNGの販売が難しくなる。または、環境コストの負担により利益が減少する。
- 既存LNG液化基地利用料は既に確保済みで、事業収支は問題ない。
北米天然ガス生産輸送事業者
- メタン放散削減へのプレッシャーが高まり、対応を迫られる。
- メタン放散対策を実施することにより、シェールガス・オイル生産コストが上昇する。
- メタン放散量を削減できない場合、国際的にもシェールガス、さらに、シェールオイルの生産の是非が問題となる。
日本、中国、韓国
- 環境に良いLNGが選択的に調達できる。
- 北米産シェールLNG、特にセカンドウェーブLNGのFIDが抑制され、スポットLNG価格が上昇する。さらに、緊急時等、スポットLNG価格のスパイクが拡大する。
- 相対的にコスト優位となるリニューアブルの導入が加速する。
- 契約済みの米国LNG液化基地利用料、シェールガス権益がサンクコスト化する恐れがある。
- LNG市場の拡大が減速し、ひいては、アジアのデマンドクリエーションによるエネルギーセキュリティー向上策がとん挫する恐れがある。
- なお、中国は、炭鉱からのメタン放散量が世界一多く、欧州メタン戦略の協調関係構築の要請を受け入れることはないと考えられる。まずは人民の生活を守るために、エネルギーの安定供給に集中する姿勢を堅持するであろう。高効率とはいえ、未だに多くの石炭火力発電所を新設しているほどである。
その他のアジアをはじめとした新興LNG消費国
- 北米産シェールLNGのFIDが遅れ、LNG市場がタイト化しスポットLNG価格が上昇するため、石炭火力発電からガス火力発電への燃料転換が遅れる。主要輸入国が不買することになった米国産シェールLNGを安価に調達できるようになれば、逆に、石炭火力からのガス火力発電への転換が加速する可能性もある。

7. カーボンニュートラルLNG(CN-LNG、CNL)
2019年、世界で初めてCN-LNGが取引され、これまで10隻程度が取引されてきた。
カーボンニュートラルとは、LNGからの炭素排出量を同量のカーボンクレジットで相殺して、正味の炭素排出量をゼロにするという方法である。この方法は、炭素削減プログラムへの追加費用や投資を伴うが、通常の事業活動を継続することが可能であるため、広く普及している。
炭素ベースの排出量だけでなく、CO2換算することにより他の温室効果ガスを含むように拡張することもできる。
ここで、これまで実施されたCN-LNGの取引は、あくまでボランタリーベースであり、その費用負担等についても、まだ議論が始まったばかりであることに注意する必要があるが、近い将来、この流れが主流化し、その結果、経済原理に従い、上流ガス田や液化プラントのグリーン化も促進されていく可能性がある。
表3. CN-LNG取引実績
(1) CN-LNGの取引手順
ステップ1:炭素排出量の計算
カーボンニュートラルな取引を行うためには、まず、排出量を算出する必要がある。
排出量の算出方法には様々な方法があるが、現在、どの方法を使うべきかのコンセンサスが取れていない。認知度の高い基準の一つは、複数の国際機関や非政府組織によって開発された温室効果ガスプロトコル(GGP、Greenhouse Gas Protocol)である。GGPでは、製品のライフサイクル排出量を、原材料、製造、輸送、貯蔵、販売、使用、廃棄に伴う排出量を含む、製品の生産と使用に関連するすべての排出量と定義する。
LNGにおいては、一般的には、サプライチェーン全体を対象としており、供給者側と購入者側の両方の事業活動を含む。LNGのライフサイクル全体の排出量を算出するためには、売買主両者が協力する必要がある。
ステップ2:炭素排出量のオフセット
炭素排出量は、炭素市場で購入したカーボンクレジットで相殺することができる。
現在、複数の炭素市場が存在し、それぞれのプロジェクトの炭素削減量の測定や監査に使用される基準等が異なる。炭素クレジット購入者は、国際的に認められた多くの市場から、排出されたGHG排出量1tごとに規制機関が要求する基準に基づいてクレジットを購入するが、炭素クレジットには単一の基準や規制がないため、売買主両社の合意が必要である。
(2) CN-LNGのスコープとは?
CN-LNGは、スコープ1-3をオフセットするものが多いが、国際的な規格等はなく、どの段階までのGHGをオフセットするかによってコストが大きく異なる。
スコープ1
所有または管理している排出源からの直接排出のこと。燃料の直接消費、燃焼からの排出は、このカテゴリーに該当する。例えば、ガス焚き蒸気ボイラーを所有しているLNG受入基地が、蒸気を生成するためにガスを燃焼させる際に、オンサイトから排出されるCO2が、このスコープに該当する。
スコープ2
購入したエネルギー/電気の発電からの間接的な排出のこと。例えば、LNG受入基地がガス火力発電所から電力を購入し使用した場合、発電所でのガス消費によるCO2排出量が対象となる。
スコープ3
報告企業のサプライチェーンの中で発生する間接的な排出量(スコープ2には含まれない)で、上流と下流の両方の排出量を含む。例えば、LNG受入基地にとってのガス顧客や発電所で消費されるガスからの排出量や受け入れ前におけるフィードガスの生産、液化、海上輸送が対象となる。
(3) TotalのCN-LNG
これまで、Totalは、主要なエネルギープレーヤーとして、温室効果ガス排出量の削減に長年取り組んできたが、今後は、特に気候変動対策と、より手頃な価格で、より信頼性が高く、よりクリーンで、できるだけ多くの人々が利用できるエネルギーの開発に関して、国連の持続可能な開発目標(SDGs、Sustainable Development Goals)の推進に取り組んでいくという。Totalの環境戦略を以下にまとめる。
目標
- クリーンで、信頼性が高く、経済的で、持続可能なエネルギーを提供する。
- 天然ガスは、最もクリーンな化石燃料としてビジネスモデルの中核を担う。
- 長期的な顧客に販売するエネルギー製品の炭素原単位を削減する。
クリーンエネルギーへの取り組み
- $400Mのベンチャーキャピタルファンドを立ち上げ、企業のエネルギー消費量や炭素排出量の削減を支援。
- Totalグループ内に、自然由来のカーボンシンクに投資するビジネスユニット(Nature Based Solutions)を設置。
- 炭素回収利用・貯留 (CCUS、Carbon dioxide Capture,Utilization and Storage) ソリューションの開発に向けた研究開発投資を実施。
2050年ネットゼロ
- 2050年までに、全世界のTotalの事業全体でネットゼロを達成する。
- 2050年までに、欧州(EU+英国+ノルウェー)の顧客が使用するすべての生産・エネルギー製品をネットゼロ化。
- 2050年までに、全世界の顧客が使用するエネルギー製品の平均炭素原単位を60%以上削減(27.5g-CO2/MJ未満)。2030年までに15%、2040年までに35%の段階的削減を達成。
Totalは、世界第2位のLNGポートフォリオプレーヤーであり、2019年のLNG販売量実績は34MTPAに上った。CN-LNGも積極的に取り扱っており、これまで、中国に納入実績がある。以下にTotalのCN-LNGの特徴をまとめる。
スコープ
- スコープは、スコープ1から3まで。
- LNGのライフサイクル、井戸元でのガス生産、処理、液化、輸送、受入、気化、燃焼までの全過程で排出されるCO2を含む。
- 過去のガス田の探鉱・掘削、液化プラント建設、船舶建造、受入基地・発電所・都市ガス施設、配管施設などに関わるCO2発生量は含まない。
- メタン放散は含まない。メタン放散は、Oil & Gas Methane Partnershipで別途対応中。
GHG量の計算
- 1カーゴのCO2排出量は、およそ25-27万t。
- 産地ごとに原料ガスの組成、前処理の方法、液化の効率が異なる。また、LNG船の燃費や発電用か都市ガス用かで燃焼時の状況も異なるため、まずは積地・揚地・LNG船を確定したうえで、CO2排出量をTotalの分析モデルを使用して計算し、事前に買主と合意する。
- Totalが株主として参画しているプロジェクトの方が上流側データを得やすいため、現状ではそれらのプロジェクトを優先。
オフセット
- 植林や森林再生の自然由来プロジェクト、あるいは、新興国での再生可能エネルギー事業(石炭火力からの置き換え)、CCUS等、Total自らが手掛けた炭素吸収量を原資とする。
- Total内の炭素吸収プロジェクト推進・開発部門が、アマゾンやアフリカ、東南アジアなどでカーボンクレジットの開発を行い、最大手認証機関Gold StandardとVerified Carbon Standardを使い炭素吸収認定とクレジット管理を行う。
- クレジットの市場調達は実施していない(信頼できる炭素吸収プロジェクトに由来するものかどうかわからないため)。
(4) CN-LNGの課題
CN-LNGの取引はまだ初期の段階にある。基本的な課題は、いまだ十分な情報公開がなされておらず、透明性の向上が必要であることに起因している。
(a) コストの透明性
現在、CN-LNGは、主に各企業の社会的責任(CSR、Corporate Social Responsibility)イメージ向上のために活用されており、カーボンニュートラルの価値は企業によって大きく異なる。また、コストに相当するカーボンクレジットの価格もプロジェクトによって大きく異なるため、社会的に統一された価値付けが難しく、グリーンウォッシュさえ可能といわれる。
また、カーボンオフセットに要する追加コストは誰が負担するのか、明確になっていない。
(b) スコープの透明性
スコープ1-3のLNGサプライチェーン全体をスコープとしていることを認定要件とするか、スコープ3のみでもCN-LNGと認定するか、メタン放散も含めるのかなど、基準が定まっていない。
(c) スケジュールの透明性
CN-LNGの採用は、現状、ボランタリーベースで実施されており、その普及は各企業のCSR戦略に任されたままである。このままでは、その普及のスピードは、それなりとなってしまうであろう。先進国には早期に適用する、途上国にはゆっくり適用する等、スケジュールの透明化が必要である。
(d) 方法論の透明性
GHG排出量の計算方法等が、標準化されていない。そのため、ガス田から下流までの事業を少数の売買主でインテグレートしていればGHG排出量の把握が可能だが、バリューチェーンの一部にのみ関わる事業者にとっては、排出量の把握が難しい。また、北米のように上流ガス生産者・輸送者が複数にまたがる場合、物理的にGHG排出量の把握が困難となる。
(e) カーボンクレジット市場規模の透明性
現在、LNGのカーボンオフセットに使用されている、いわゆる筋の良い、大規模な森林再生プログラムは、せいぜい1-5Gt/年のCO2をオフセットできる程度ともいわれる。今後の需要が増加に伴い、カーボンクレジット価格が上昇していくことが懸念される。
(f) 情報公開の透明性
各社が取り扱うCN-LNGの内容の詳細は、まだ積極的に公開されてはいない。方法論の統一にも役立つことから、積極的な情報公開が望まれる。
(5) LNGサプライチェーンからのGHG排出量とコスト
(a)CO2排出量
上流のガス生産から、最終的に消費者がガスを燃焼させるまでのすべてのLNGサプライチェーンにおいて、LNG1t当たり、2.8 tのCO2が排出される。
上流での排出源は、ベントカットされたCO2とメタンである。IEAによると、LNG液化プラントに供給されるフィードガスからのCO2排出量は、0.2t-CO2/t-LNGから、3t-CO2/t-LNGまで様々である。メタン漏洩は、生産プロセスの様々な局面で発生するが、ノルウェー・Snohvit LNGプロジェクト(フィードガス中CO2含有量5%)と豪州・Gorgon LNGプロジェクト(フィードガス中CO2含有量15%)ではCCSが実施されている。
ガス田から液化プラントまでのコンプレッサーによるガスの使用量やパイプラインからの漏れも考慮する必要がある。
液化段階では、フィードガスの10%程度を、ガスタービンコンプレッサー用の燃料として使用する。新しく効率の良いプラントでは7%と低い場合もあるが、古いプラントではかなり高くなる。ガスタービンに代わり、電気モーターをグリーン電力で運転してGHGを削減することが可能で、現在、ノルウェーのSnohvit LNG液化設備と米国のFreeport LNGで使用されている。
LNG輸送においては、最新のLNG船は従来のスチームタービン船と比べ排出量が6割減少している。米国から東京への輸送では、積荷の5%が燃料として消費されるが、豪州からではその半分以下となる。
受入基地からのCO2発生量は、ORV型/SCV型等、気化方式にもよるが、1%程度となる。
最終段階のガス消費において、全体の3/4のCO2が発生する。

(LNG Business Review © Gas Strategies Group Limited. All rights reserved.)
(b)メタン排出量
LNGサプライチェーンにおけるメタン放散の推定値は大きく異なり、地域、プロセス、技術、方法論等によるばらつきを反映している。推定値の範囲は非常に広いが、典型的な LNG サプライチェーン全体のメタン排出量は、低排出ケースではガス生産量の0.2-1%、高排出ケースでは1-4%である。
一方、天然ガスからのメタン排出量の最新の推計値は、IEAによると、ガス生産量の1.7%、石油とガスを合わせて考えるとガス生産量の3%程度である。
上流段階でのメタン排出量は、特に変動が大きい。
液化段階での主なGHG排出量は、液化のための燃料使用からのCO2排出量と、未処理のボイルオフガス(BOG)からの残留メタン排出量となる。天然ガスは液化用ドライバーを駆動するための燃料として使用されることが多く、ガス処理量の8-14%が使用される。少量の電力も補助的なプロセスに使用されるが、ここからのGHG排出量はわずかである。
LNG 船からの排出は、主に輸送時の燃料使用とカーゴタンクからのメタン排出に起因するものである。
LNG受入基地でのLNG揚荷に関連したBOGは、一般的にガスグリッドへ注入される。

(Balcombe https://iopscience.iop.org/article/10.1088/2516-1083/ab56af(外部リンク))
2019年以降、2021年2月末までに、アジアを中心に取引されてきたCN-LNGに関しては、GHGのうち、CO2のみが対象とされた。一方、欧州メタン戦略が発表されるなど、メタンも、人為的なGHGによる温暖化効果の1/4を占めるうえ、短期的には、地球温暖化に対してCO2より大きな影響を与えるため、これを除外することは好ましくない。
2021年3月、Shellは、アジアでの7隻の納入の後、欧州初となるCN-LNGをイギリス・Dragon LNG受入基地に受け入れた。LNG売主は、Gazpromであった。自然由来のカーボンクレジットを使用して、世界で初めてメタン放散分も合わせてオフセットされた。GHG排出量計算には、イギリス・農林水産省(DEFRA、Department for Environment Food and Rural Affairs)換算レートが使用され、LNG1tあたり、3.42tのCO2が発生する計算だという。
(c)CN-LNGのGHGオフセットコストイメージ
GIIGNLによると、適切な森林再生プロジェクトを利用した場合には、$10/t-CO2程度のカーボンオフセットコストがかかるという。LNGカーゴ1隻分の輸送量を、3.5-4TBtuと仮定すると、CO2排出量は25万t-CO2/隻となり、LNGカーゴ1隻あたりのコストは、$2.5M、熱量当たりでは、60¢/MMBtuとなる。
ここに、平均的なメタンの排出率0.95%を追加すると、全体のオフセットコストは、CO2のみの場合の1.3倍となる。また、上流ガス生産、液化段階のメタン排出量の影響は、CO2排出量と同等の強度であることがわかる(GWP100=28を使用)。
CO2とメタンを合わせた、最終消費段階までのカーボンオフセットの総コストは、75¢/MMBtuとなる(CO2:60¢/MMBtu、メタン:15¢/MMBtu)。また、北米産シェールLNGのメタン放散量を2.3%と仮定した場合、カーボンオフセット総コストは、96¢/MMBtuまで上昇する。
表4. LNGサプライチェーンにおけるGHG(CO2、CH4)発生量

(6) 中国向けLNGからのGHG排出量比較
2020年2月、Natureに、中国向けの異なるガス供給源からのGHG排出量の比較が発表された。
LNGに関しては、Qatar LNGが、3.9kg-CO2e/GJと、ガス生産からのGHG排出量が最も少ないLNG供給源であるのに対し、米国産シェールLNG(North Central-shale)は、20kg-CO2e/GJと大きな値となっている。また、その他の米国産シェールLNGも、パイプラインからの漏洩や輸送時発生するGHGの影響から、GHG排出量が多いとしている。
一方、中国国内産シェールガス生産もGHG排出量が多く、さらに、ロシアから中国へのパイプライン供給は、リーク等によりLNGよりも排出原単位が高いことが示されている。
排出量削減のためにできることはかなり多く、上流の排出量が重要な問題となっている米国では、LNG液化プロジェクトやその容量保有者は、排出量の少ないプロファイルを持つガス供給者や、排出量を削減するプログラムが実施しているガス供給者を選定するように、購入方法を調整すべきとしている。
生産地が広域にわたり、さらに複雑なパイプライン網からなる北米ガスサプライチェーンにおいて、メタン放散量の少ないガス生産井やパイプライン経路を特定することが、技術的、会計的に可能か、具体的な方法論の検討が待たれる。

(Nature https://www.nature.com/articles/s41467-020-14606-4)
8. カーボンクレジットとは?
カーボンクレジットは、コンプライアンス市場、および、ボランタリー市場で取り扱われている。
コンプライアンス市場とは、国、地域、または国際的な炭素削減プログラムの義務化により設立され、規制される市場のことで、欧州連合域内排出量取引制度(EU-ETS、European Union Emissions Trading System)が代表的な例である。
他方、ボランタリー市場は、参加者がコンプライアンス規制によって動かされていない点を除けば、市場構造はコンプライアンス市場と同様であるが、民間または公的機関を含め、それぞれの市場の要件を満たしていれば市場に参入することができる。ボランタリー市場は、一般的にコンプライアンス市場と比較して、規模は小さく、多くの企業は、CSR目標を達成するために参加している。
(1) カーボンクレジット制度
以下に、各種クレジットの概要をまとめる。
(a) 国連管理クレジット
京都議定書のCDM(Clean Development Mechanism、クリーン開発メカニズム)は、国連管理の下、先進国が途上国に投資する形でCO2排出削減プロジェクトを共同で実施し、途上国で達成されたCO2削減量をクレジットとして先進国に移転するもので、先進国の排出削減量として加算される。
(b) 政府認証クレジット
政府間合意に基づき実施するプロジェクトによるCO2削減量を算定し、クレジットとして移転するもので、一方の国の排出削減量に加算される。代表例であるJCM(Joint Crediting Mechanism、パートナー17か国)は、二国間合意、および、パリ協定の趣旨に沿った独自ルールのもと実施されており、日本が他国から取得したクレジットは日本の排出削減量に加算される。
(c) 民間認証クレジット
政府間の合意を経ず、民間認証機関が企業のCO2排出削減活動に対して発行するクレジットであり、民間の市場で迅速に取引されている。ただし、現状、国の排出削減量には加算されていない。クレジットは、VER(Verified Emission Reduction)と呼ばれ、企業の自主的取り組みに利用されてきた。
現在、世界で最も市場に流通している民間認証クレジットはVCS(Verified Carbon Standard)であり、例えば、東京ガスの「カーボンニュートラルLNG」の販売に活用されている。
VCS(Verified Carbon Standard)
WBCSD(World Business Council For Sustainable Development)やIETA(International Emissions Trading Association)などの民間企業が参加している団体が、2005年に設立した認証基準。非営利団体Verraが運営。
世界で最も広く利用されている自主的なGHGオフセットプログラムで、森林や土地利用に関連するプロジェクト(REDD+を含む)や湿地保全による排出削減プロジェクトなど多様なプロジェクトが実施されている。
付随的な便益を備えたプロジェクトについてはCCBとして認証する取り組みを開始し、市場での人気も高い。
プロジェクトの対象範囲を狭く限定しておらず、プロジェクトのホスト国も限定していない。
2018年の世界の取引量の66%を占めている。
ゴールドスタンダード(Gold Standard、GS)
2003年にWWF(World Wide Fund for Nature)等の国際的な環境NGOが設立した認証機関。スイスの非営利ゴールドスタンダード財団が運営。
CDM、および、共同実施(JI、Joint Implementation)、加えて、京都メカニズムクレジットを目的としない自主的なプロジェクトから発行されるクレジットにも適用できる認証基準である。GS の認証にあたっては、持続可能な開発への寄与度が評価される。このため、GS 認証を受けたプロジェクトから生成されるクレジットは、GHG 排出削減と同時に、持続可能な開発への寄与が確保される。
2018年の世界取引量の20%を占めている。
CCB Standards(The Climate, Community and Biodiversity Standards)
Verraが運営する、気候変動の軽減等を実現していく適切な土地利用(Land Use)プロジェクトに対して、気候変動、地域社会、生物多様性対策への影響などを評価する。
表5. カーボンクレジット制度
(2) 民間カーボンクレジット市場の拡大
民間カーボンクレジット市場の取引量は年々増加している。
VCS(Verified Carbon Standard)は、世界で最も広く使用されている自主的なGHGプログラムであり、プロジェクト開発者は、検証済みカーボンユニット(VCU、Verified Carbon Units)と呼ばれる取引可能なGHGクレジットを発行する。VCUは、公開の炭素市場で販売され、個人や企業は自身のGHG排出量を相殺する。
排出削減プロジェクトの信頼性を確保するために、排出削減が実際に行われていることの確認・検証は、VCSプログラムが実施する。
これまで、1,600を超える認定VCSプロジェクトにより、大気から5億tを超えるGHG排出量が削減、除去された。

(3) カーボンクレジットの課題と対応
カーボンオフセットプロジェクトの内容は様々である。また、価格も様々であり、さながら、食品等におけるオーガニック認証の様相を呈している。
現状、CN-LNGについては、これを販売するメジャーズが、自社推進プロジェクトを提供したり、また、筋の良いプロジェクトを目利きしたりしてカーボンクレジットを確保しているが、今後、市場規模が拡大していった場合、プロジェクトの質をどのように担保していくかが課題となっている。
また、大規模な森林再生プログラムなど、現状LNGからのCO2オフセットに利用されているカーボンクレジット供給量は、1-5Gt/年程度といわれ、すべての化石燃料から発生するCO2をオフセットするには不十分である。また、オフセット需要の増加は、カーボンクレジットの不足、高騰につながる可能性も指摘されている。

このカーボンクレジットに関する質と量の課題を解決すべく、TSVCM(Taskforce on Scaling Voluntary Carbon Market)が創設された。発起人は、国連気候アクション・ファイナンス特使マーク・カーニー氏(元イングランド銀行総裁)である。タスクフォースには、金融機関や石油ガス業界、環境コンサル、認証機関等から50社以上が参加し、民間カーボンオフセット市場の15倍の拡大を目指している。
2021年1月には、最終報告書が発表され、ボランタリークレジットの質を一定の水準とするための原則を設定したうえで、クレジット取引の円滑化、活性化するための基準やインフラを整備すること等を含む提言が示された。


2021年1月、Plattsは、世界初のカーボンクレジット市場を反映した新たな日次評価Platts CORSIA-ELIGIBLE CREDITS(CEC)を開始した。パリ協定の下、国際民間航空機関(International Civil Aviation Organization)に加盟する航空会社は、最初の自主的な期間(2021-23年)と、その後の強制的な削減期間(2024年以降)を経て、カーボンフットプリント削減を約束しており、今後、カーボンクレジット価格指標の必要性が高まることに対応したものである。
対象は、GS、クライメートアクションリザーブ(CAR、Climate Action Reserve)、VCS、アーキテクチャーフォーREDD+取引、アメリカンカーボンレジストリーによって検証され、マーケット・オン・クローズ・プロセス、ブローカー市場、または現暦年内の引き渡しを目的とした取引・交換商品のいずれかで、ロンドン時間16:30に報告された価格で、単位は、$/mtCO2eとしている。

9. 各国・各社の脱炭素戦略
脱炭素は、政策主導要素が極めて強い。新型コロナウイルスの感染が拡大したことをきっかけに、各国は景気対策も兼ねて、脱炭素インフラ等への投資を拡大している。EUは、10年間で€1兆(126兆円)というプランを発表した。また、米国バイデン政権は、4年間で$2兆(200兆円)を脱炭素に投じる計画である。中国も脱炭素を含む次世代インフラに170兆円を投じるという。
2020年10月、日本でも、菅総理大臣の所信表明演説で、国内の温暖化ガスの排出を2050年までに「実質ゼロ」とする方針が表明され、それ以降、脱炭素の流れが加速した。
2021年2月、経済産業省は「世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会」を設置した。欧州と米国の動きが加速する中で、今後日本としてどのように対応していくかが議論される。炭素のMRV手法、世界貿易機関(WTO、World Trade Organization)ルールとの整合性、各企業の自主的取り組み、省エネ法等規制的手法、カーボンクレジット市場などが多方面に検討され、年内に取りまとめられる予定である。
2021年3月、経団連は、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて提言を発表し、太陽光などの再生可能エネルギーを主力電源にするとしたうえで、原子力の活用、それに火力発電から出るCO2を回収・再利用する技術の研究開発など新たな対応が求められること、2050年のエネルギーミックス中の再生可能エネルギー割合を50-60%とするには、乗り越えるべき経済的、技術的なハードルは極めて高いと指摘し、今後の技術開発の進展を踏まえ、複数の電源構成の選択肢を示すべきと指摘した。
(1) 米国
(a) バイデン政権の気候変動対策
バイデン大統領は就任初日から、気候変動対策に関する大統領令を矢継ぎ早に発行し環境問題への関心の高さを示した。
- パリ協定への復帰。米当局は2030年までの新たなCO2削減計画策定に着手。
- 2021年4月の気候首脳会議(サミット)の開催。ここで、米国は、パリ協定に基づく温室効果ガス削減の取り組みを強化する見通し。
- EPAに対し、トランプ政権のメタン排出に関する基準を2021年9月までに停止、改訂、または、撤回する規則案を発行するように要請。
- 温室効果ガスの社会的コストに関する省庁横断ワーキンググループを設置し、石炭の社会的コスト、メタンの社会的コストおよび亜酸化窒素の社会的コストを公表するように指示。
- カナダから米中西部まで原油を運ぶKeystone XLパイプラインの建設認可を取り消し、トランプ政権が許可したアラスカ州北東部の北極圏国立野生生物保護区での石油・ガス開発に向けたリース活動を停止。
- 連邦政府管理地、または、海洋での石油・天然ガスの新規リースを一時中止。既存のリース、および、許認可慣行の厳格な見直しを実施し、また、鉱業に対するロイヤリティーを連邦政府が調整すべきか検討するように内務長官に指示。石油の25%、ガスの12%は、連邦政府管理地で生産されており、影響が大きい。
- 米内務省がOrder No. 3395により、連邦政府管理地での新規の化石燃料リースに関して、同省幹部の審査に付すことを定め、より厳格な許可審査を実施。
- 化石燃料補助金をなくすように関係部署に指示。
なお、2020年3月の選挙キャンペーン中、フラッキング規制について、“No more - no new fracking”と発言し、連邦政府所有地のフラッキングの全面規制懸念が一時高まったが、8月、これを否定した。また、2020年7月、$2兆におよぶクリーンエネルギー計画を発表。2035年までの発電カーボンフリー化、2050年までの100%クリーンエネルギー経済と温室効果ガス排出量ネットゼロの達成を掲げた。
トランプ政権から仕掛けられた貿易戦争に、中国は米国産シェールLNGへの追加関税で対抗したが、バイデン政権は、トランプ政権よりLess vocalで、あからさまな貿易戦争は仕掛けないのでは、ともいわれている。

(b) 米NextDecadeと仏ENGIEとの取引に仏政府圧力
2020年10月、フランス経済省がEngieに対して、気候変動目標に対する適合への懸念から、米国LNGプロジェクトデベロッパーNextDecadeとの供給契約を一時停止するよう圧力をかけたと報道され、その後、11月、協議中止が発表された。
それ以前、NextDecadeは独自のプロセス技術を開発し、排出量を90%削減することを目標に炭素回収・貯留を利用する意向を発表していたが、これは、欧州からの環境懸念を和らげるための戦略であった可能性がいわれている。
フランス省はENGIEの取締役会の利害関係者としての役割を果たしていたため、契約に異議を唱えることができたという。契約の量と期間は明らかにされていない。
米国の環境保護団体Sierra Clubは「フランス政府は自国でのフラッキングを禁止しているのだから、フラッキングによる汚染が放置されているテキサス州からのガス輸入を何十年にもわたって固定化したくないのは当然のことだろう」と、声明を発表した。
NextDecadeが推進するRio Grande LNGは、Shellとの間で2MTPAの売買契約を締結しているが、その後、他のオフテイカーは決まっておらず、FIDからさらに一歩後退した形となっている。
なお、これより前の2018年、ENGIEは、Cameron LNGからの4MTPAの長期契約、LNG船団、LNGポートフォリオをTotalに売却していたことから、NextDecadeとの合意は、当初から疑問視されていたとする向きもある。
このような動きがある一方、Shell、BP、Naturgy、Total、Centrica、Iberdrola、EDF、EDP、PGNiGなどは、この数年間で米国産シェールLNGの長期売買契約を締結している。これが、ECと欧州企業の環境戦略が一枚岩でなかった所以であるのか、それとも、既に十分な量の北米産シェールLNGを確保したと判断したため今回は圧力をかけたのか、今後、この動向が注視される。
(c) 米国各社の脱炭素の動き
とかく欧州に遅れがちではあるものの、以下のように、米国各社も脱炭素に対してキャッチアップしようとする動きもみられる。
Cheniereのカーゴ・エミッション・タグ付きLNG
2021年2月、Cheniereは、Sabine Pass LNG液化基地とCorpus Christi LNG液化基地で生産されるLNGに関連するGHG(CO2、メタン、N2O)排出データ、カーゴ・エミッション・タグのLNG顧客への提供を2022年から開始する予定であることを発表した。ガス田から積込地点までのLNGの推定GHG排出量を定量化することで、LNGの環境透明性を高めることを目的とする。GHG算出には、米国エネルギー省の国立エネルギー技術研究所が作成したLCAの会計フレームワークを取り入れて構築された独自のライフサイクル分析モデルを利用する。
北米大手パイプラインガス会社ネットゼロ宣言
2020年、北米大手パイプラインガス会社EnbridgeとWilliamsは、地球環境に貢献するために、パイプライン会社としては初めて、2050年のネットゼロを宣言した。パイプラインは、上流ガスの生産、精製、下流での燃焼に比べて排出量が比較的少ないとはいえ、EnbridgeやWilliamsのように、再生可能エネルギーの利用や、メタンリークの早期特定・修理に力を入れる企業も現れてきた。Williamsは、2030年のGHG排出量を2005年比で56%削減する目標、Enbridgeは、2018年から2030年までに35%を削減する目標を掲げている。一方、ネットゼロ目標を達成するための技術がまだないことも認めている。
INGAA、ネットゼロコミットメント発表
2021年1月、全米州際天然ガス協会(INGAA、Interstate Natural Gas Association of America)は、2050年までの天然ガス輸送・貯蔵からのGHG排出ネットゼロに向けた業界としての協力を含む、気候変動対策への取り組みを支援するコミットメントを発表した。
Freeport LNG、グリーン電力利用
米国のFreeport LNGは電気モーターでトレインを駆動しているが、2020年、テキサス州電力グリッドからのグリーン電力の購入は4割に達したという。
Occidental、CCSを推進
Occidentalは、今後、CCSに注力しスコープ3にも対応する方針を打ち出した。また、インド・Reliance Industriesに200万bblのカーボンニュートラル石油を納入した。大気中から直接CO2を回収する技術を用い、パーミアン盆地に1MTPAのCO2を貯留する施設の建設も推進している。
(2) カタール
(a) カタール拡張FID
2021年2月、Qatar Petroleum(QP)は、North Field East (NFE)拡張プロジェクトのFIDを発表した。安価なフィードガスと大型トレインで、最もコストの低いLNGを生産し、市場シェア獲得を追求する戦略の具現化であり、他のプロジェクトに圧力をかける形となっている。さらに、今後、126MTPA以上の拡張も検討するという。
EPC
- プロジェクト総コスト$28.75B。
- 2021年2月、千代田化工建設、Technip Energies社と、$1.3Bの主EPC(Engineering, Procurement and Construction)契約を締結。
- EPC契約の主要範囲:LNG液化設備8MTPA x 4トレイン、ガス処理設備、天然ガス液回収設備、ヘリウム回収・精製設備の建設。
- LNGに加え、コンデンセート、LPG、エタン、硫黄、ヘリウムを生産。コンデンセートや天然ガス液の生産により収益性が向上する見込み。
- LNG1t当たりの生産コストは$880/t-LNG。ブレークイーブンは、$5/MMBtu以下といわれている。
- 2021年3月、Samsungと、LNGタンク、積込設備のEPCを$2Bで契約。
スケジュール
- 最初の拡張トレインは、2025年の第4四半期にスタートし、その後3-6ヶ月間隔で、残りのトレインが運転を開始する。
- 2026年後半から2027年前半にかけて、現在の77MTPAから110MTPAにLNG生産能力を拡大する。
- 第2期として計画されるNorth Field South(NFS)プロジェクト(8MTPA x 2トレイン)を加えると、LNG生産量は、2027年に126MTPAに到達する。
今後の予定
- プロジェクトの30%の出資を希望するExxonMobil、ConocoPhillips、Chevron、Shell、Total、Eni、そしてアジアのバイヤーの6社に、コストの詳細を記載した通知が送られ、パートナーが選定される。
- 一方、3月末、QPは、既存Qatargas1プロジェクト(3.3MTPA x 3トレイン)の合弁契約(QP65%、EM10%、Total10%、三井物産10%、丸紅7.5%)を更新しないことを発表し、2022年より、QPがプロジェクトの単独所有者となることになった。この動きは、技術的、営業的に、LNGに対するQPの自信を示すものであるが、拡張プロジェクトについては、特に、営業面について、まだパートナーの協力が必要との判断があると考えられる。
(b) 高環境性でも差別化
QPはLNGの需要を長らえさせるための脱炭素の取り組みも忘れてはいない。ここで、下記CCS 7MTPAは、通常船型のLNG船が排出するCO2量(スコープ1-3)を25万t/隻とすれば、LNG 2.1MTPA、LNG船30隻分にも満たないが、カタールは、下流の消費ではなく、上流から液化、積出までのスコープ1、2のカーボンオフセットを目指しているとみられる。
環境対応
- LNG業界最大7MTPA以上のラスラファン統合CCS設備を導入。
- すべての既存LNGトレインからCO2を回収し(2-4MTPA)、8-9km離れた専用の井戸に注入する。
- North Field拡張プロジェクトから、3.3MTPAのCO2を回収し、それを新設パイプラインを介してDukhan油田に送出し、石油増進回収に使用。
- ちなみに、2019年2月、中東最大2.2MTPAのCCS施設を開設済みで、硫黄回収装置等からCO2を回収し、既存の圧入コンプレッサーを使用してCO2を地下層に圧入している。2019年は1.2MTPAのCO2を注入。
- LNG設備の排出原単位を25%削減(2030年までに、2013年比)。
- 上流の排出原単位を15%削減(2030年までに、2013年比)。
- 日常的なフレアリングを廃止(2030年までに)。
- 全設備でメタン排出原単位0.2%以下とする(2025年までに)。
- 上流設備でのフレアリング原単位を75%以上削減。
- ドーハの西80kmAl-Kharsaahで建設中の800MW太陽光発電設備(2022年完成予定、Totalプロジェクト)、さらに、2030年までに4,000MW以上の太陽光ポートフォリオを持つ計画の一環として将来建設する800MW太陽光発電設備からの電力の一部をLNG液化に利用。
- 桟橋BOG回収システムを採用(1MTPA-CO2相当のGHG削減効果あり)。
- LNGのGHG排出量を定量化するための方法論を、Technip Energies社と開発。
(c) 新規長期契約マーケティング状況
NFE、NFS、米国・Golden Pass LNGの各プロジェクトによって、2027年までにQPの生産量は65MTPA増加する。さらに、大半が伝統的なアジアの顧客ベースとの契約であるカタールの既存長期LNG契約は、2021年だけでも9MTPAの契約が期限切れとなり、2027年末までに、30MTPA以上が期限切れを迎える。これらの合計は、2028年までに、100MTPA以上に上る。
これらのLNGの行き先を決めるために、QPは、欧州を中心に38MTPAの受入容量を確保し、さらに、長期契約も9MTPA確保した。
- 2020年1月、クウェート石油公社と、最大3MTPA、15年間のSPA締結。
- 2020年11月、Pavilionと1.8MTPA、2023年より10年間のSPA締結。
- 2021年2月、バングラデシュ向けVitol顧客と1.25MTPAのSPA締結。
- 2021年2月、パキスタン・Pakistan State Oil Companyと、3MTPA、2022年から10年間のSPA締結。
現在、日本、中国、韓国、インドの輸入大国に加え、バングラデシュやパキスタンなどの新興LNG輸入国をターゲットとして、残る58MTPAの新たな販売先を探索中である。カタールは、FIDを先行させたが、これは、できるだけ圧力をかけることによりライバルのFIDを抑制するためといわれている。
表6. QP受入基地容量(*:出資分)

(d)QP、シンガポールPavilionと高環境性長期契約締結
2020年11月、シンガポール・Pavilion Energyは、QPトレーディングと、1.8MTPA、2023年から10年間の長期LNG売買契約を締結した。価格は、ブレント原油10.2%の水準で、JKM+60¢/MMBtu、および、JKM-$1/MMBtuのキャップ&フロア付きといわれる。また、日本、韓国、台湾、中国(JKTC)と東南アジアの1カ国に、仕向地を変更できるという。
入札の鍵は、個々のLNGカーゴに添付されるガス田から出荷基地までのGHG排出報告書であり、GHG計算を可能にする国際的に認められた排出量のMRVシステム方法論を確立することが契約に含まれている。ただし、すべての契約LNGがオフセットされるかについては明言されていない。
これとは別に、2021年2月、Pavilion Energyは、Chevronと、0.5MTPA、2023年から6年契約のLNG売買契約を締結したことを発表した。こちらでも、カーゴごとに井戸元から荷揚港まで測定されたGHG排出に関しての明細書が付される模様である。
(3) 豪州
豪州のCO2排出量は、LNGの輸出量増加とともにここ10年で2倍以上に増加した。その結果、CO2排出規制が強化され、各社対応に追われている。
- 2019年8月、Gorgon LNGで、CCSが開始されたが(回収能力4MTPA)、Chevronは、西豪州政府から求められていたCCSの操業開始が遅れたことにより、$100M程度の課徴金を課される可能性があると報じられた。西豪州政府は、LNGプロジェクト承認にあたり、「ガス田から排出されるCO2の80%以上の回収・地下貯留」を義務化していた。
- 2021年2月、 Woodside Energy Trading Singaporeと、RWE Supply & Tradingは、0.84MTPA、 2025年より7年間のSPAを締結したことを発表した。両社は、CN-LNGの生産とトレーディングに関しても今後検討を進める。
- Santosは、三菱商事子会社DGI(Diamond Gas International)とBarossaガス田からのLNG購入に合意した。契約量・期間は、1.5MTPA、10年間で、価格指標は、JKMリンクを使用する。また、合わせて、CN-LNG、SantosのMoomba CCSプロジェクト、ゼロエミッション水素の開発の可能性などについての共同調査も実施する。なお、Moomba CCSプロジェクトはFID準備が完了しており、豪州カーボンクレジットの政府承認を条件として、深層枯渇ガス田に1.7MTPAのCO2を貯留できる。なお、Darwin LNGは、Bayu-Undanガス田枯渇により2022年以降は生産量が減少するが、そのバックフィルとしてBarossaガス田の開発が必要となる。
- コノコフィリップスは、オーストラリア・Darwin LNGでの蓄電池の利用を計画している。
(4) インド
2021年3月、インド・モディ首相は、世界のCO2排出量を削減するためには、発電における天然ガスや自然エネルギーの利用促進が重要であり、発電燃料に占めるガスの割合を現在の6%から2030年までに15%に引き上げるというインドの目標を示し、LNG普及の推進についても言及した。
インドは世界第4位のLNG輸入国であり、現在の受入能力は39.5MTPAで、6つのLNG再ガス化ターミナルが稼働中であり、政府は2025年までに230の都市でガスインフラを整備し、人口の70%にガスへのアクセスを拡大する計画である。増大するガス需要に対応するため、LNG輸入ターミナルの建設、パイプラインの敷設、都市ガス導管ネットワークの拡充など、ガスインフラへの投資、および、能力増強を予定している。
なお、米国は、インドへの主要なLNG供給国であり、インド国営ガス会社Gailは、Sabine Pass LNG液化基地、Cove Point LNG液化基地からLNGを調達しているが、豊富なシェールガスの利用を促進する観点から、米国とインドは、今後、より広範、緊密な関係を構築しようとしているといわれる。


(5) Shell
(a) ネットゼロを加速
2021年2月、2020年に70MTPAを供給した世界最大のポートフォリオプレーヤーShellは、ネットゼロエネルギープロバイダーへの変革を加速する以下の詳細な戦略を打ち出した。これは、パリ協定の最も野心的な1.5℃目標をサポートするものであるという。
新たな削減目標
- 2023年までに6-8%、2030年までに20%、2035年までに45%、2050年までに100%(ベースラインは2016年)。
- 2035年までに25MTPAの炭素回収および貯留容量を確保(カナダ・Quest(運用中)、ノルウェー・Northern Lights(認可)、オランダ・Porthos(計画中)など)。
- 2030年までに120MTPAの排出量を、高品質な自然ベースのカーボンクレジットでオフセット。
- Science Based Targets Initiative、Transition Pathway Initiativeなどと協力して、業界の標準を開発。
- 2021年、業界初のエネルギー転換計画を提出。計画は3年ごとに更新され、株主が毎年進捗状況を評価。
- 上流事業からのメタン排出量は、既に0.2%を達成。さらなる削減を検討中。
(b) Shell LNGアウトルック2021
2021年2月、ShellはLNGアウトルックを発表した。
- 2021年の世界のLNG貿易量を370MTPA(対前年比2.8%増)と予測し、2020年のFIDが少なかったため、2020年代半ばには需給ギャップが生じると警告した。
- スポットLNG取引は過去5年間で大幅に増加し、市場全体の3割を占めるに至ったが、「均衡」が生まれつつあり、スポットLNG取引の成長率は鈍化していると主張した。
- 今後のLNG需要は、3.5%/年で順調に成長し、2040年にはLNG需要が現在の2倍の700MTPAに達すると予測し、各国国内ガス生産量減少と石炭火力代替需要により、この成長の75%近くをアジアが牽引すると予想した。
- 2040年までのLNG需要の2/3はネットゼロ目標を宣言した国からのものであり、CCSとカーボンオフセットを通じてガスがネットゼロ経済で重要な役割を果たし続け、CO2排出量削減のためにガス需要が急増するとしており、ネットゼロ目標は世界のLNG需要を妨げるのではなく、推進すると述べた。
- ここで、2040年までのエネルギー源別成長率:天然ガス(+41%)、再生可能エネルギー(+33%)、石油(+26%)、原子力(+8%)、石炭(-12%)、その他(+4%)とした。
- Shellは、今後、クロアチア、ガーナ、さらに、フィリピン、ブラジル、インドネシア、パキスタン、バハマ等の新たなLNG市場を開拓し、CN-LNGやLNGバンカリング事業も拡大していくとしている。


(c) LNG Canadaが最後のグリーンフィールド?
一方、2020年代半ばまでの供給源の拡大には、TotalのMozanbique LNGや、Venture GlobalのCalcasieu Pass LNGからのオフテイクLNGが含まれること、また、座礁資産化への懸念からか、LNG Canadaが同社最後のグリーンフィールドプロジェクトになる可能性が高いと述べた。
2020年、ブラウンフィールドプロジェクトであった米国・Lake Charles LNGのFIDを断念しており、今後はグリーンに特化したプロジェクトでなければFIDは困難となると考えている節がある。
LNG Canada
- LNG Canadaは、環境にやさしい、ユニークなグリーンLNGプロジェクト。
- Shell 40%、Petronas 25%、PetroChina 15%、三菱商事 15%、KOGAS 5%参加。
- フィードガスは、主に、メタン放散の少ないMontney盆地で生産。
- Groundbirch近くのNOVA Gas Transmission Ltd.(NGTL)システムから、新設Coastal GasLinkパイプライン(670 km、直径48インチ、フェーズ1で2Bcfd、フェーズ2で最大5Bcfd送出)で、キティマットのLNG Canada液化基地まで輸送。
- カナダの冷涼な気候のなか、Shellの高効率DMR液化プロセスと、高効率航空機転用型乾式低排出ガスタービン(GE LMS100-PB)を採用。
- フェーズ1の120MWの電力は、BCHydroの水力発電によるグリーン電力が使用され、2025年以降、14MTPAのLNGが生産される予定。

(6) Total
2021年2月、Totalは社名変更を発表した。LNGとリニューアブル、電力が、今後の成長の柱であり、それは、TotalEnergiesという社名に反映されているという。
Shellに次いで2番目に大きなLNGポートフォリオプレーヤーであるTotalは、依然エクイティーLNGに積極的である。2020年には、この年唯一であり、カタール拡張FID前、最後のプロジェクトとなった、メキシコ・Costa Energia AzulプロジェクトをFIDした。現在の35MTPAから、2025年には50MTPA、2030年には70MTPAのLNG販売を計画し、現在、20MTPAのエクイティーLNG生産を、2030年には40MTPAに拡大することを目指している。現在、参加しているArctic LNG 2 LNG、Nigeria LNGトレイン7、Mozanbique LNGの建設は順調に進捗している。今後は、Cameron LNG拡張、Papua LNGもFIDする可能性があり、これらのプロジェクトは、エクイティーLNG生産量の引き上げに貢献することになる。
さらに、オマーンでの太陽光発電・蓄電池より電力供給を受ける1MTPAの完全電化LNG液化設備パイロットプロジェクトについても言及している。

(7) ExxonMobil
2020年12月、ExxonMobilは、パリ協定の目標を支援するために、今後5年間で、以下の通りGHGを削減すること等を発表した。
- 石油・天然ガスの生産から発生するGHGの発生量を、2025年までに2016年比で最大20%削減。
- 開発で発生するメタンを40-50%抑制。
- フレアリングを35-45%削減。
- ただし、対象は、スコープ1とスコープ2の排出量のみ。
- 2020年末までに、メタン排出量を15%削減し、ガスフレアを25%削減。
- 2030年までに操業からの日常的なガスフレアを終わらせる。
2021年1月、パリ協定目標実現の一環としてバイデン新政権がメタン排出削減を優先することに支持を表明し、広範かつ持続性ある効果を実現するためには、統一された規制が必要であり、世界の政策担当者達に、生産の全段階でのメタン排出を削減する包括的、強化された規則の制定を働きかけている、と述べている。
同社はトランプ前政権期間中に大気浄化法下でのメタン排出規制をEPAが廃止することに反対し、欧州メタン戦略、および、Methane Trackerを支援していた。
(8) メジャーズのGHG排出目標
米系メジャーズ、および、米国独立系企業では、石油・天然ガスの上流開発事業における温室効果ガス排出削減目標(スコープ1・2)を定め、単位当たりのCO2相当排出量で削減目標を示すのが一般的である。
2020年10月、ConocoPhillipsが、スコープ1・2を2030年までに35-40%削減することを表明した。ExxonMobilも12月に数値目標を設定したが、Occidentalを除いていずれもOGCI参加企業の平均におよばない状況にあり、いずれはスコープ3への対応を問われることは不可避とみられる。
2020年11月、Occidentalは、例外的に、スコープ3ネットゼロ目標を掲げたものの、全般的には、欧州系メジャーズの後塵を拝している感が否めない。

一方、欧州系メジャーの排出削減目標は自社生産段階のCO2排出削減(スコープ1)から販売した製品の消費段階(スコープ3)までを含み、単位あたりの排出量目標(Intensity Target)と排出総量目標(Absolute Target)の2つの数値目標を使用した包括的なものである。TotalとBPは、総排出量の2030年中間目標を設定し、より具体的な排出削減の実施段階に入っている。

(9) JERA
2020年10月、JERAは、「JERAゼロエミッション2050」を公表。国内事業における具体的なロードマップを策定し、2030年時点での新たな環境目標を設定した。
- 2030年までにすべての非効率な石炭火力発電所(超臨界以下)を停廃止。
- 火力発電所における化石燃料とブルー/グリーンアンモニアや水素の混焼を実施し、混焼率の引き上げ。
- 洋上風力を中心とした再生可能エネルギー開発を促進。
- LNG火力発電をさらに高効率化。国全体の火力発電のGHG排出原単位と比べて20%減を実現。
なお、同じ電力会社としては、2021年2月、関西電力、中国電力、Jパワーが2050年脱炭素化に向けた戦略を発表した。

(10) 東京ガス
東京ガスは、天然ガスから排出されるCO2をオフセットする新たな取り組みとして、CN-LNGを日本で初めて導入し、顧客への販売を開始した。
2021年3月、有力15社が会員となり、「カーボンニュートラルLNGバイヤーズアライアンス」を設立。2021年度は、CN-LNGのウェブセミナーの開催や、投資家への啓発動などを実施するという。

表7. CN-LNG都市ガスの供給先
(11) 大阪ガス
2021年1月、大阪ガスは2050年の温室効果ガス排出を実質ゼロにするための取り組みをまとめた「カーボンニュートラルビジョン」を公表した。
都市ガス原料の脱炭素化と再エネ導入を軸とした脱炭素化でカーボンニュートラル実現を目指す。
洋上風力や太陽光発電など再生可能エネルギー電源を拡充し、国内電力供給における割合を、現在の4.5%から2030年度に50%へ引き上げる。また、他社からの調達を含めた供給量を500万kWに拡大。うち250万kWは調達でまかなう。
再エネの導入促進により、10MTPAのCO2排出量を削減する(現在のCO2排出量33MTPA)。
既存のガスパイプラインを活用できる「革新的メタネーション」の実用化に向け開発を加速し、2030年までに技術を確立させる。
なお、従来、CSRレポートにて自社都市ガス事業でのメタン排出量を公表しており、2019年度は、106t/年であった。


10. 現実的な解決策(CN-LNG+CCS)
(1) CCSの現状
セメント、製鉄など、高温加熱が必要な産業においては、脱炭素化が難しい。各社とも新技術の研究開発を急ぐが、CCSが最も現実的な解の一つである。現在、世界全体の処理能力は、40MTPA程度といわれている。
米国では多くのCCSが実用化されており、以下の政策が後押しする形となっている。利用可能な枯渇油田が豊富であること、CO2パイプラインがあることも重要な要素である。
- 2018年、改正45Q税控除(内国歳入法第45Q条)が法制化。2020年8月、成立し、ガイダンスが発表された。税額控除は、CCS:$50/t-CO2、CCUS:$35/t-CO2。2023年末までに建設を開始し、発電所であれば0.5MTPA-CO2以上の回収を行うプロジェクトが対象。運転開始から12年間税額控除を受けられる。
- カリフォルニア州低炭素燃料基準(LCFS、Low Carbon Fuel Standard)により、カーボンクレジットが$20/t-CO2程度で取引されている。
日本国内にも相当程度のCCS貯留ポテンシャルがあると考えられるが、経済性や社会的受容性に加え、複数の法規に対応する必要があり、煩雑な手続きや過剰なコスト負担等が課題となっている。
他方、EUや豪州、米国等、海外においては国や地方自治体政府の法令などによるCO2貯留に関する法的枠組みの整備が進んでいる。また、海外、特に東南アジア等近隣国では、ポテンシャルが大きく安価に貯留が可能なCCS適地が存在しており、この活用が有望である。


表8. 世界のCCS実績
(2) 米国、ガス転換でCO2大幅削減
シェール革命以降、米国では、安価なシェールガスが安定的に供給された。その結果、ガス火力発電所の発電コストが、石炭火力発電所の発電コストを下回り、ガスへの燃料転換が進んだ。
ガス火力発電所からのCO2発生量は増加したものの、CO2排出原単位の大きい石炭火力発電所が減少した結果、米国では、2010年からの10年間で、CO2発生量を1割削減することに成功している。


(3) アジア諸国のCoal to GasによるCO2削減量試算
2021年2月、経済産業省は有識者会議を開き、アジア各国に対してLNG火力発電所、受入基地、液化設備などのインフラ導入を支援していく方針を示した。
電力需要が急拡大するアジア各国への資金提供などを通じて、老朽化した石炭火力のLNG火力への転換などを促し、アジア各国の段階的な脱炭素化の取り組みを後押しする。従来はLNG普及のために使うことを想定していた官民による$100億の投融資についても、LNG関連に限定せず、CO2を排出しない再生可能エネルギーや省エネ関連などにも活用できるようにするという。
効率的に適用できる技術から順次導入されるはずであり、石炭火力発電からガス火力発電への燃料転換が、現状、最も効率的と考えられている。
下記アジア7カ国が既存の石炭火力発電所をすべてガス火力発電所に切り替えた場合、CO2排出量を9億t/年削減することができる(日本のGHG排出量2019年:12億t、追加LNG需要は170MTPA)。

表9. ガス火力への燃料転換によるアジア諸国のCO2削減量
(4) リープフロッグ型発展は可能か?
リープフロッグ型発展(Leapfrogging)とは、既存の社会インフラが整備されていない新興国において、新しいサービス等が先進国が歩んできた技術進展の道筋を跳び越えて⼀気に広まることをいう。
多くの新興国では、先進国が歩んできた、郵便→固定電話→スマートフォンという進化の経路をたどることなく、固定電話の普及を待たずにスマートフォンが急速に普及した。
エネルギーにおいては、先進国では、石炭→石油→ガス・LNGと、これまで変化してきた。そして将来はグリーン水素等が主要なエネルギーとなるべきと唱えられているが、発展途上国において、ガス・LNGをリープフロッギングし、石炭から、今後実用化が待たれるグリーン水素エネルギーへトランジションすることは現実的であろうか?
米国では、石炭火力発電からガス火力発電への燃料転換で、シェール革命以降、CO2発生量を大きく削減した。東南アジア、南アジア各国でも同様の進化の過程をたどるのが現実的であろう。

(5) CN-LNG+CCSは地球を救う
グリーン水素に至る道程で、様々な既存技術、新技術が提案されているが、それら多くの実現には、まだ時間がかかるようである。
CN-LNGを実現しているカーボンクレジットは、量的制約が懸念されるものの、現実に運用されている。
また、CCSは、コストダウンが必要ではあるが、実用化段階にあり、塩水層まで含めれば、その容量も十分あると考えられている。
2030年55%削減が待ったなしに迫る中、LNGの脱炭素化において、
- CO2に関しては、ガス生産、フィードガス輸送、液化の上流事業は、CCSによってオフセット。海上輸送、再ガス化、都市ガス輸送、消費の中下流事業は、カーボンクレジットによってオフセット
- メタンに関しては、LDAR等を継続的に実施し最大限削減努力していく一方、そもそも捕捉し難い性質もあるためカーボンクレジットによりオフセット
していくことが、極めて現実的な解決策ではないだろうか。

11. おわりに
脱炭素に対しては、数多くの方法論が提案され、それぞれ立場から優位性が主張されている。ただし、メタン放散削減とCN-LNGが、いま実行できる最も現実的な手段であることに異論が唱えられることはないであろう。
欧州メタン戦略は、脱炭素に至る優れた一方法論である。メタン放散量を削減することは、LNGの環境性を担保し、引き続き、リニューアブルと相性の良いエネルギーとして利用を促進していくうえでも重要である。
ただし、第一歩として国際的なMRV基準を設定するのはよいが、既に長い間継続されている北米メタン放散削減への対策としては効果が薄い懸念がある。また、欧州等への高メタン放散LNGの輸入規制は、北米産シェールLNGの新たな立ち上がりを阻害し、ひいては、水素社会へリープフロッギングできない東南アジア、南アジア諸国の石炭からガス火力発電への燃料転換を阻害する可能性が高いため、その場合の世界全体のGHG削減に対する負の効果を含めて評価し、対応を判断すべきであろう。
CN-LNGは、規模の懸念はあるものの、数少ない現実的で有効なGHG削減の一手段である。
今後、カーボンクレジットの規格を統一し、流動性を向上させ、市場の拡大をはかり、より使い勝手の良い脱炭素手段としての存在を確立すれば、その将来は明るいといわれている。
世界には様々な発達段階の国々があり、それぞれにとって最適な脱炭素の手法は異なる。全体最適な脱炭素を達成するためには、一律的なルールの押しつけは実効性に乏しい場合が多く、今後、LNG需要がますます増加していく新興アジア諸国にとっては、個別の事情を考慮したきめ細やかな対応が必要不可欠である。
日本には、LNG取引の長い歴史がある。最も知識と経験のあるアジアのLNGの雄として、新興アジア諸国の現実を欧米に伝え、地球規模でパレートオプティマルとなる責任あるエネルギートランジションの流れを先導する役割が、いま日本に求められている。
以上
(この報告は2021年4月13日時点のものです)
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