ページ番号1009045 更新日 令和3年5月31日
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概要
- 2020年のインドネシアの石油・ガス生産量はそれぞれ日量70.6 万バレルと日量54.61億立方フィートで、コロナ禍の影響もあり前年の2019年比でそれぞれ-10%と-16%となった。
- SKK Migasが2019年11月に発表した2030年の石油・ガス生産目標は、石油が日量100万バレル、ガスが日量120億立方フィートで、2020年実績比でそれぞれ+142%、+220%と野心的だ。
- この野心的目標達成のためは生産に見合う投資が必要となる。石油・ガスを合わせ石油換算日量180.3万バレルの生産に年間122億米ドルの投資がなされた2019年の実績と同比率で単純計算しただけでも、2030年目標達成年に必要な投資額は213億米ドル(2019年比プラス75%)となる。
- これだけの資金調達には海外投資が不可欠と認識し、SKK Migasは野心的目標達成とそのための海外投資の誘致を目的にプラグマティックな内部組織変革と戦略(国家戦略プロジェクトを選定し事業化支援の強化、許認可・コスト回収手続きの簡素化・迅速化、必要な手続きのデジタル化等)を打ち出し実践している。
- ただし、世界的にカーボン・ニュートラル社会を目指す時勢の中、相対的にCO2含有量の高い石油・ガス資源を有するインドネシアのGHG対策とそれを担うコントラクターのコスト回収がSKK Migasの課題として残っている。
- SKK Migasが本気で推進する野心的生産目標2030への今後の取組と進捗に注目したい。
(出所:SKK Migas年次報告書、Den Indonesia Energy Outlook 2019、IHS他)
はじめに
2021年8月8日、インドネシアのスマトラ・ヘビーとして知られるスマトラ島中部のDuri油田(API比重21度)やスマトラ・ライトとして知られるMinas油田(API比重34度)など、過去には日量96万バレル以上の同国最大の生産量だったRokan鉱区の生産分与契約(以下PSC)の契約期間が満了する。翌8月9日からは、Rokan鉱区の100%の権益は、現在のオペレーターである米シェブロンからインドネシアの国有石油会社プルタミナへ事業継承される予定である。
現行の石油・ガス法では最大20年までの延長が認められているのだが、近年インドネシアでは、PSCコントラクターによるPSC契約期限延長申請が認められずに国有企業のプルタミナがそれら事業を継承するケースが多い。またプルタミナへの承継に至らないとしても、開発許可、コスト回収や利益分与など契約条件の審査に長期間を要するケースが見受けられ、これがスーパーメジャーを中心に同国での事業を縮小する一因となっている。
具体例としては、シェブロンはRokan鉱区でPSC契約期間の延長が認められなかった後、同社が東カリマンタン州マカッサル海峡で開発を予定していたIndonesia Deepwater Development Project (Rapak鉱区とGanal鉱区)を、社内の他案件と比較で競争力が低いことを理由に売却・撤退を検討しているとの報道がある。また、欧州メジャーのシェルはマルク州サムラキ市沖合150キロメートルに位置するMasela鉱区について、コロナ禍による同社のキャッシュフローの悪化を理由に、保有する35%の権益全ての売却手続きを進めている。更に、ExxonMobilは現在インドネシア最大の石油生産量を有するBanyu Urip油田を含むCepu鉱区でオペレーターを務め45%の権益を保有しているが、「ポートフォリオの最適化の一環」との理由により、東南アジアや豪州の成熟油田事業一切から撤退し、規模拡大が期待できるガス・LNG事業や中米の新規大型油田案件への注力を検討しているとの報道もある。
これらの撤退検討が報道される理由については、開発許可やコスト回収に時間を要することや、ホストたるインドネシア政府が、後述するIndonesia Energy Outlook 2019の中の供給見通しで、2040年以降にはガスの輸出が全く見込まれていない(=国内での安価な販売を強いられ、輸出により適正な国際価格で販売できる保証がない)ことなどを考慮すると致し方ない判断かもしれない。
しかし、インドネシア政府の石油・ガス上流事業の規制・実行機関である石油・ガス事業上流部門担当特別局(以後SKK Migas)は、2019年11月に、「石油生産を2030年までに日量100万バレルに引き上げる」という目標を掲げた。この目標の達成に向けたその後の政府の取組を見ると、石油・ガス上流事業の事業環境や投資環境が徐々に改善されつつあることも理解できる。
本報告ではSKK Migas年次報告書2019(現在公表されている最新の資料、以後SKK MIGAS AR 2019)とSKK Migasが掲げる野心的生産目標2030の確認と達成に向けた課題を考察する。
1 インドネシアの石油・ガス上流事業の現状
1.1 石油・ガス上流事業の法体系・行政体系
まずは、インドネシアの石油・ガスの上流事業の法体系と行政体系を確認しておきたい。
1945年に制定されたインドネシア憲法第33条第3項に「土地、水およびこれらの中に含まれる富は、国家がこれを管理し、国民を最大限繁栄させるためにこれを利用する」とある。
現在施行されている石油・ガス法(2001年11月23日、当時のメガワティ大統領が署名し即日施行)では、鉱業権は国家に帰属し政府がそれを執行すること、鉱区の設定・入札・落札者の決定はエネルギー・鉱物資源大臣が実施すること、「実行機関」を設置すること、実行機関が企業等と協業契約を締結すること、協業契約の契約期間は30年間で最長20年間の延長が可能である等の規定がなされている。
これら法体系に基づき、エネルギー・鉱物資源省(ESDM-Kementerian Energi Dan Sumber Daya Mineral/MEMR-Ministry of Energy and Mineral Resources)の石油・ガス総局(Migas)が、石油・ガス上流事業の政策立案、鉱区入札の企画・監督を行うこととなっている。設定された鉱区およびその鉱区内の資源保全・最適化、鉱区入札の実施および契約履行は実行機関である石油・ガス事業上流部門担当特別局(Satuan Kerja Khusus Pelaksana Kegiatan Usaha Hulu Minyak dan Gas Bumi 略称:SKK Migas)が行うこととなっている。なお、国会第7委員会(エネルギー・鉱物資源・環境問題担当)で、今年7月から石油・ガス法の改正案の審議が予定されており、現在暫定的組織となっているSKK Migasが正式な政府組織として位置付けられるかという点も注目されている。
1.2 Contract Area
2019年12月末時点のインドネシア全体の契約鉱区は199鉱区で、その内92鉱区が開発・生産段階、残りの107鉱区が探鉱段階となっている。2008年から2019年までの12年間で開発・生産段階の鉱区は64鉱区から92鉱区へ28鉱区増えているが、探鉱鉱区は逆に139鉱区から107鉱区へ32鉱区減少している。探鉱鉱区については、近年で最大だった2013年の242鉱区と比べると実に135鉱区の減少となっており。ここ数年インドネシアでの探鉱のポテンシャルと共に、企業の興味・関心が急激に減少していることが分かる。
1.3 埋蔵量
図3は、2018年末のインドネシアの確認埋蔵量地域別分布を示した地図である。確認埋蔵量を合計すると石油とコンデンセートが25億バレル、ガスが50Tcfとなっている。これは契約鉱区の中で開発許可が承認された可採埋蔵量の合計であり、既発見で開発許可が得られていない条件付き資源量は石油とコンデンセートが98億バレル、ガスが92Tcfとなっており、石油・コンデンセートが埋蔵量の約4倍、ガスが約2倍の可能性を秘めている。
資源の分布としては、石油はインドネシアの西側をスマトラ島からジャワ島にかけて弓のように、ガスはインドネシアの東側をカリマンタン島からパプア・アラフラ海にかけて弓のように分布していることが分かる。
SKK Migasは近年上述の契約鉱区数の推移で探鉱鉱区数が大幅に減少している点に注目しており、探鉱活動を強化し“条件付き資源量”から“可採埋蔵量”への進化させる努力が必要であることを言及している。
1.4 石油・ガスの生産量推移
インドネシアの2019年の石油生産量は日量74.6万バレル、ガス生産量は日量59.19億立方フィート(石油換算日量105.7万バレル)、合計で石油換算日量180.3万バレルとなった。また、2020年の石油生産量は日量70.6万バレル、ガス生産量は日量54.61億立方フィート(石油換算日量97.5万バレル)と、コロナ禍の影響もあり更に減少し合計で石油換算日量168.1万バレルとなっている。
図4は、インドネシアの石油・ガスの1966年から2019年までの生産量の推移である。
石油生産は1966年から1977年にかけて生産量を増やしその後1998年頃までプラトーを維持するがその後生産が減退している。ガス生産も2010年を境に減退が続いている。SKK Migasは、油・ガス田の老朽化の進行や、自然減を超える大規模な油・ガス田の発見が開発に進んでいない状況を踏まえ、Merakesガス田(オペレーター:Eni East Sepinggan Ltd、ガス生産量:日量4.5億立方フィート)、Masela鉱区のAbadiガス田(オペレーター:INPEX Masela Ltd、LNG生産量:年間95万トン、ガス生産量:日量1.5億立方フィート)、Jambaran-Tiung Biruガス田(オペレーター:PT Pertamina EP Cepu、ガス生産量:日量1.9億立方フィート)等の開発許可を承認し増産を支援する方針である。更に詳細は明らかになっていないが生産量に直接影響を与えるような革新的なブレークスルーな技術・対策の必要性にも言及している。
1.5 投資額推移とコスト回収(2014-2019)
石油・ガス上流事業への投資額の推移(2014年-2019年)を見ると開発・生産用の投資額が2014年の約163億米ドルから2019年の約105億米ドルへ58億米ドル(約36%)減少している。探鉱投資についても2014年の約26.5億米ドルから、2019年の約6.1億米ドルへ約20.4億米ドル(約77%)減少している。生産関連投資を含む総投資額は2017年を底に2018年以降増加に転じたが、生産量の減少傾向を改善させるには至っていない。
図6はPSCに基づく、石油・ガス販売収入とその分配の推移だが、油価に変動があり収入に変動があっても探鉱を除いた各年の投資額とほぼ同等程度のコストが回収されていることが分かる。
2 SKK Migasの2030年生産目標“1 MILLION OF BOPD PROGRAM”
上述の通り契約鉱区数や投資額が減少し生産量が減少している状況下、2019年11月SKK Migasは2030年に石油生産量を日量100万バレル、ガス生産量を日量120億立方フィートに設定する野心的な目標を打ち出した。その具体的な施策について確認したい。
2.1 目標設定の背景
この目標設定の背景には、以下のような理由がある。
- インドネシアの経済成長率は平均年5%で、世界の経済成長率2.9%を上回っており2050年には、インド、中国、米国に次ぐ世界第4位の経済大国となる。
- この経済成長を支えるにはエネルギーの安定供給が必要で、国家エネルギー評議会が作成する国家エネルギー計画(RUEN)において石油・ガスの需要が2018年の石油換算1億1600万トンから2050年には同2億8230万トンになると計画している。
- この需要を満たすため、石油・ガスの合計の生産量を2018年の石油換算約日量約200万バレルから2050年には日量約482万バレルへ少なくとも2.4倍に増加させる必要がある。
- インドネシアには石油資源を有する128の堆積盆地がある。その内生産が開始しているのは20堆積盆地で、残りの108堆積盆地を探鉱・開発をすることにより石油・ガスの可採埋蔵量と生産量を増加させる可能性がある。
2.2 目標と対応策
2.2.1 石油・コンデンセート
石油・コンデンセートの2030年の生産目標は日量100万バレルである。これは2019年の生産量日量74.6万バレルと比較すると34%増となる。過去10年以上100万バレルの生産は達成されていないことを考えるとかなり野心的なものだ。また、現在の生産量は自然減で毎年20%減少すると予想されており、現在生産中の油田からの生産量は2030年には約6万バレルまで減少すると予想されている。
これらを踏まえ以下対策が計画されている。
- 既存のプロジェクトの最適化 :約34万バレル
- 既発見・未開発油田の開発・生産 :約40万バレル
- EORによる増産 :約15万バレル
- 更なる探鉱鉱区の開発・生産 :約5万バレル
2.2.2 ガス
次に、ガスの2030年の生産目標は日量120億立方フィートである。これは2019年の生産量日量59.19億万立方フィートと比較して、倍以上の数量であり、過去には一度も経験したことがない水準である。その点で、このガスの生産目標は石油以上に野心的なものである。今後、既存ガス田からのガスの生産量は毎年14%自然減し、約11億立方フィートまでに減少すると予見込まれている。
これら状況を踏まえ以下対策が計画されている。
- 既存のプロジェクトの最適化 :約10億立方フィート
- 既発見・未開発ガス田の開発・生産 :約70億立方フィート
- 更なる探鉱鉱区の開発・生産 :約30億立方フィート
2.3 目標達成に向けたSKK Migasの内部変革
SKK Migas 2019で一番注目したいのは、100ページ目から始まる「1 MILLION OF BOPD PROGRAM, IOC, AND ODSP」の中にある以下文章である。今回の目標設定とその達成への本気度が伺える内容である。
“過去5年間にわたって生産量が減少し続けている中で、潜在的な可能性と機会が残っていると考え、2019年にSKK Migasは石油・ガス上流部門を変革し、国により多く貢献できるようにすることを決定しました。この変革の一環として、組織能力と人材を向上させ、国の石油・ガス生産量を大幅に増加させることで、国の発展に対する石油・ガス上流の貢献度を高め、1945年憲法第33条に規定されている憲法上の義務を実行することを目指します。
2030年に石油生産日量100万バレルという目標は、石油・ガス上流の共有ビジョンであり、SKK Migasの変革のキャッチフレーズとなっています。”
また、“2030年に石油生産日量100万バレルを目指すという共通のビジョンを通じ、SKK MigasはPSCコントラクターを含む全てのステークホルダーが、石油・ガス上流はもはや“斜陽産業”ではなく、逆に“成長産業”に戻る可能性があるという認識を取り戻すよう呼び掛けています。”
目標達成に向けSKK Migas自らの内部改革として以下5つのステップを掲げている。
- 明確なビジョン、これは上述の石油・ガスの2030年の生産目標を設定すること。
- スマートな組織、これはSKK Migasのサービス向上に向けた組織再編と人材配置のこと。
- ODSP(ワン・ドア・サービス・ポリシー)、これは行政サービス(許認可手続き・コスト回収の査定業務等)の簡素化・迅速化のこと。
- 商業化支援、これはPSCのコントラクターがプロジェクトの商業化を迅速に行えるように支援することを通じ、結果的に政府が受け取る収入を増やすという方針。
- デジタル化、これはSKK Migasの全てのプロセスをデジタル化迅速性と正確性を向上させるため、オンラインの統合オペレーションセンター(IOC)を導入すること。
2.4 目標達成に向けたSKK Migasの4つの戦略
SKK Migasは、上記5つの内部変革の実施に加え以下4つの戦略を設定している。先述2.2と重複する説明となるが、補足も含め改めて説明する。
- 既存の高水準の生産量を維持する。
- 資源を生産に転換する。
- 化学的石油増進回収(CEOR)を加速する。(石油のみ)
- 巨大資源の発見のために、より多くの探鉱を行う。
2.5 SKK Migasの変革の実例
それでは、SKK Migasの2019年の実際の取組を確認したい。まず、探鉱について2019年の地震探査は前年比で約3倍の調査を行っている。探鉱井掘削は前年と変わらないが、開発井・生産井の掘削数は16%増加した。また、生産井の改修が24%増加した。資源の発見量も2019年は石油換算10億バレルとなっている。(図10)また、戦略プロジェクトの1つであるMasela PSCでは、2019年7月に改訂版開発計画がエネルギー・鉱物資源大臣から承認をされ、同年10月には契約期間延長20年を含む2055年までの契約延長契約が締結されている。
上記実績はSKK Migasは内部改革と戦略を確実に実践したことの成果と思われる。
3 DENのIndonesia Energy Outlook 2019
3.1 Dewan Energi Nasional(国家エネルギー評議会)
大統領の諮問機関であるDewan Energi Nasional(国家エネルギー評議会、以後Den)は、2007年の法律第30号で制定され設立され、国家エネルギー政策の立案および策定をしている。国家エネルギー政策とは具体的にNational Energy General Plan(RUEN)、National Energy Policy(KEN)そしてIndonesia Energy Outlook(IEO)である。そのIEO2019では3つのシナリオに基づき2019年から2050年までのエネルギー需給の見通しを発表している。それぞれの前提条件は以下図11の通りで、経済成長と人口増加はどのシナリオも同じであるが、エネルギー需給のエネルギーミックスを調整することで、現行政策継続(BaU)シナリオ、Sustainable Development(PB)シナリオ、Low Carbon(RK)シナリオの3つのシナリオに分けている。上流事業として気になるのは石油・ガスの供給見通しだ。なお、同国の気候変動対応については第4章でまとめて確認する。
3.2 石油供給見通し(2019-2050)
2019年から2050年の石油供給の見通しを図12に示す。この石油供給見通しを見て気になるのは生産量と輸出量である。生産量は2020年から2050年にかけて継続的に減少しており、2018年比で2020年が約-30%、2030年が約-43%、2040年が約-55%、2050年が約-68%と減少に歯止めがかからない見通しである。つまりこの見通しにはSKK Migasの2030年までに石油生産を日量100万バレルに増やすという目標はまだ考慮されていない。SKK Migasの2030年目標が関係省庁に浸透しIEOに反映されることを期待したい。
輸出量については、2018年比で2020年が約2倍、2030年が約3倍と増えた後、BaUとPBシナリオでは2040年以降2050までに2018年のペースに戻り、RKシナリオでは2040年以降も増え続ける見通しとなっている。転換期となる2030年が特にポイントになるだろう。2030年は国内生産量を超えて輸出する姿になっている。IEO2019にはこの部分の説明がないが、国内で生産される石油は国内消費に優先的に供給される政策となっておりこの輸出量の内訳として石油は僅かで、現在増産と消費を推奨しているバイオディーゼルやバイオエタノールの比率が大きいものと推測される。
3.3 ガス供給見通し(2019-2050)
IEO2019における2019年から2050年のガス供給見通しを図13に示す。ガスの供給見通しについてもSKK Migasの2030年の生産目標は反映されていない。更に、輸出量はどのシナリオを見ても2040年以降輸出がゼロになっている。IEOではこの点につき現在の輸出契約が終了すればガスの輸出を停止する前提としている。この点はLNGのポートフォリオプレーヤーであるシェルやトタルが、同国からの撤退を判断する一つの要因なったものと推察される。しかし、IEO更新時には、BPがオペレーターのTangguh第3トレインプロジェクト、シェブロンから権益とオペレーターを引き継ぎEniが開発・生産を継続すると報道される東カリマンタン沖のIDD Project、Repsolがオペレーターの南スマトラのSakakemangガス田開発、そして日本のINPEXがオペレーターのMasela Projectの生産見通しや輸出見通しが考慮されることになるだろう。
4 インドネシア政府とSKK Migasの気候変動対策
4.1 インドネシア政府の気候変動対応
インドネシアが2016年11月に国連気候変動枠組み条約事務局へ提出したNDCを図14に示す。同国は非付属書I国として基準年対比での温暖化ガス排出削減目標は設定されていない。その代わり2010年から2030年の成長率を年平均3.9%と仮定し、現行の経済活動を続けた場合の年間GHG排出量をCO2換算28.69億トン仮定し、それと比べ無条件での対応策1(CM1)で8.69億トン減(-29%)、国際支援を受けより積極的な削減を実施する条件付きの対応策2(CM2)で10.81億トン減(-38%)2つのシナリオがある。これがインドネシアのエネルギー政策にも大きく影響するので、これらは前提を含め把握しておきたい。日本とは人口、社会インフラの整備状況、産業構造やこれまでのGHG削減対策も異なるので単純比較に大きな意味はないが、日本が現在UNFCCCへ提出しているNDCでは2030年までに2013年度比でGHG排出量を26%削減することを目標としており、ここではCO2換算3.66億トンの削減が必要となる。また、2021年4月22日に菅総理が発表した2030年までに46%削減を目標とする場合にはCO2換算6.48億トンの削減が必要である。これに対しインドネシアのGHG排出削減目標は、これらの日本のGHG排出削減量よりも多いことが分かる。決して容易な目標ではない。
4.2 SKK Migasの気候変動対策とその課題
SKK Migasが担う気候変動対応で上流事業に大きな影響を与えるのは、操業時に発生する随伴ガスの常時放散を2030年までに廃止すること(MEMR Degree 32/2017)と二酸化炭素回収・利用・貯留(CCUS)によるGHG排出量の削減である。特にCCS/CCUSの潜在力についてはGlobal CCS Instituteが発行した“世界のCCSの動向2020年版”で示される世界のCO2貯留資源量(図15)でも、世界第5位の規模のCO2貯留資源を有しておりその可能性に期待が集まっている。
一方、2020年10月に開催された日本-アジアCCUSフォーラム2020でインドネシアのエネルギー鉱物資源省の石油ガス総局(MIGAS)が発表したCO2排出分布の資料(図16)によると、インドネシアの油・ガス田に含まれるCO2含有量は±3%から±81%で分布しており、他産油国に比べ相対的にCO2含有量が高いことが伺える。ちなみに、現在商業運転中として世界最大容量のCCSを実施している豪州のGorgon LNGプロジェクトにガスを供給するゴーゴンガス田のCO2含有量が14%以下で、もう一つのジャンズガス田は1%未満である。
この状況を考慮すると、今後SKK MigasがIOCや海外のE&P企業からの投資を呼び込むために必要なのは、石油・ガスの埋蔵量や資源量の潜在力についての情報発信、各種許認可・手続きの簡素化・迅速化、税制インセンティブの等に加え、新たな項目として各鉱区に含有するCO2を含むGHG削減費用のコスト回収や先進的な対策費用(CCSやEOR)へのインセンティブが不可欠になると思われる。なぜなら、IOCや海外の一部E&P企業は、既にカーボン・ニュートラルに向けた定量的な目標・方針を設定し、各々のステークホルダーに対し宣言・発信した上で、実践し始めているからである。
GHG対策という意味でインドネシアの上流事業の制度を振り返っていると以下のような課題が見えてくる。
- Gross SplitスキームのPSCでは、CO2やH2Sの含有量やEORの方法に応じてコントラクターの取り分原油が増えるインセンティブがあるが、それは見込まれる対策費用に見合っているのか?例えば、エネルギー鉱物資源大臣令52号(2017年6月、以下MR52)では、GHG関連項目としてCO2やH2S含有量やEOR手法に応じて以下のようなコントラクター取り分原油に調整がなされるが、国としてのCO2の処理方法が明確に定まっていない中で、これらの調整分を貰うよりは、フレアが禁止されるまでフレアした方が経済的にもリスク回避の面でも良いと考えるコントラクターが出てこないか等の点である。
項目 | 政府 | コントラクター |
Base Split [原油] [ガス] |
57% 52% |
43% 48% |
GHGに関連する調整項目 | ||
CO2含有量 5%未満 5%-10%未満 10%-20%未満 20%-40%未満 40%-60%未満 60%以上 |
0% -0.50% -1.00% -1.50% -2.00% -4.00% |
0% +0.50% +1.00% +1.50% +2.00% +4.00% |
H2S含有量 100ppm未満 100ppm-1000ppm未満 1000ppm-2000ppm未満 2000ppm-3000ppm未満 3000ppm-4000ppm未満 4000ppm以上 |
0.00% -1.00% -2.00% -3.00% -4.00% -5.00% |
0.00% +1.00% +2.00% +3.00% +4.00% +5.00% |
生産段階 一次 二次(水・ガス圧入) 三次(2次以外のCO2等) |
0.00% -6.00% -10.00% |
0.00% +6.00% +10.00% |
出所:Permen No 52 Th 2017
- Gross Splitスキームで、EORでなくCCSの費用は認められるか?
- Cost Recoveryスキームで、新たにEORやCCSを実施する際にその費用は認められるか?
- インドネシアでなされるCO2-EORやCCSにおいて、地下に貯留されたCO2のモニタリングは誰がどのように行うのか?
- 図13で示したCO2貯留資源を活用し、欧米で行われているような枯渇油・ガス田に鉱区以外のCO2を貯留するアップサイドのビジネススキームは探求できないか?
上記課題を解決するためには、先進的な取組を行っているIOCや国際機関との協力や連携が必要になると思うが、それらの制度設計へ繋げるためにこれまで以上に幅広い関係者との調整・協働も必要となると想像する。CCS・EORの関係機関・相関図の概要を図17に示す。
まとめ
近年インドネシアの石油・ガス上流事業は投資が減少し生産量も減少傾向である。生産物や資源の国内優先策等もありトタル、シェブロン、シェル等IOCは同国からの撤退若しくは資産を縮小している。
そんな中2019年11月にSKK Migasが発表した2030年に石油生産量を日量100万バレルに、ガス生産量を日量120億立方フィートに増産する野心的な目標を発表した。この目標達成には海外投資が不可欠と認識したSKK Migasはプラグマティックな内部組織改革と戦略を発表し、迅速かつ適切に実践している。
一方、カーボン・ニュートラル社会に向け始動したIOCやE&P企業等の海外投資を呼び込むには、GHG対策を効果的・経済的に実践するための制度や仕組み作りが新たな課題と思われる。
SKK Migasの2030年の野心的目標達成に向けた今後の取組とその進捗を注目したい。
以上
(この報告は2021年5月25日時点のものです)