ページ番号1009093 更新日 令和3年7月26日
ロシア:Nord Stream 2(続報):米政府はパイプライン建設差し止め⇒稼働条件交渉へ変化。米独両政府が8月末までに稼働に向けた道筋で妥結の見通し
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概要
- Nord Stream 2進捗状況
- 3月末時点でパイプライン総延長2,460キロメートルの内、2,339キロメートル(95%)の敷設が完了。残りは121キロメートルだったが、フォルチュナ号に加え、4月下旬にはアカデミック・チェルスキー号も投入し、作業船二隻体制で敷設作業を継続。5月にはドイツ自然保護NGOの訴えにより建設が一時サスペンドするも、下旬にはフォルチュナ号がドイツ領海、アカデミック・チェルスキー号はデンマーク排他的経済水域で作業を継続。6月4日、プーチン大統領がNord Stream 2の第一ライン敷設の完了を発表、合わせて第二ライン敷設は1カ月から2カ月で完了すると発表した。
- 7月初旬時点で残る距離は約48キロメートル(デンマーク海域で32キロメートル、ドイツ海域で16.5キロメートル)。自動船位維持システムを有するフォルチュナ号の現在のパイプ敷設速度は1日当たり1.1キロメートルで、この速度では、天候が良好であれば44日、つまり、8月下旬に作業を完了することができる見通しとなっている。
- ゼレンスキー大統領のNATOへの接近とナヴァルヌィ氏健康悪化、その終息
- 4月初旬、ウクライナのゼレンスキー大統領がストルテンベルグNATO事務総長と電話会談し、NATO加盟に向けた取り組み加速を訴えたと発表。これまで同大統領は親欧米か親露かを選ぶような戦略を明らかにはしていないことが特徴となっていた。しかし、ここに至ってウクライナがロシアにとって機微に触れるテーマ「NATO」への加盟の意図をあからさまにし、そしてその東方拡大を支持したという点で、ロシアにとっては極めて重大。この動きと並行して、ウクライナ東部のロシア国境地帯にロシア軍が集結しているとの情報が出始め、同地域の緊張が一挙に高まった。22日にショイグ国防相がウクライナ国境付近に展開していた部隊に対し、5月1日までに元の駐屯地に撤収するよう指示を出したことが明らかに。同日、バイデン政権主導で行われ、プーチン大統領も参加したオンライン気候変動サミットという国際イベントの開催とバイデン政権が提案した米露首脳会談開催に向けた双方の地ならしが影響を与えている可能性がある。
- 1月から収監されている反体制ブロガーのナヴァルヌィ氏は、3月末から待遇改善を要求し、ハンガーストライキを続けていることが明らかになった。サリバン米大統領補佐官は、もしナヴァルヌィ氏が死亡した場合、ロシアに対して制裁措置を課すと警告。欧州連合も4月19日、外相会議を開き、ナヴァリヌィ氏の健康状態悪化について協議をし、この点に関するロシアの責任を追及していく方針を確認。これらの動きを受けて、ロシアは同日、ナヴァルヌィ氏の受刑者向け病院への移送を発表。23日、ナヴァルヌィ氏がハンガーストライキを徐々にやめることを表明。
- 米国が主導しプーチン大統領も参加した、4月22日のオンライン気候変動サミットを境に、ウクライナ国境の軍隊撤収開始とナヴァルヌィ氏に対する処遇改善が行われた。ロシアは重要国・米国が主導し、新大統領と相まみえるプーチン大統領登壇の国際イベントに際し、米国に一定の配慮を示したと考えられる。
- 米国の新制裁とロシアのカウンター制裁合戦:自制する両者
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バイデン新大統領が就任してから米国は、就任前のトランプ行政下での駆け込み制裁と就任直後の2月を除き、政権本始動となる3月から5月にかけて、毎月対露制裁を発動。4月15日の制裁ではバイデン大統領による新たな大統領令に基づく制裁であったことが目を引く。しかし、その内容はロシアに対する配慮が見られるものだった。
・バイデン政権の就任後の短期の対露政策は、(1)トランプ政権の対露政策をリセット、(2)中国封じ込めのためのロシア接近、(3)初の対面での米露首脳会談開催に向け融和ムード醸成、という3点で進められてきたと言える。
- Nord Stream 2に対する制裁発動(5月19日)。但し、本丸は制裁対象外に
- 5月に行われた米国の制裁発動では、ブリンケン国務長官は改めて声明を出し、Nord Stream 2建設に対する最も効果のある制裁対象と考えられる事業会社のNord Stream 2 AG(ドイツ法人)とプーチン大統領がKGBオフィサーとしてドレスデンに駐在していた80年代、東ドイツ秘密警察「シュタージ」のカウンターパートとして親交を持ち、現在は国営Rosneft・Transneftの取締役を務め、Nord Stream 2 AG社長としてロシア利権に食い込んでいるドイツ人マティアス・ヴァーニッヒについては、「制裁の適用を放棄することが米国の国益であると判断した」と発表し、制裁を免除。
- 制裁を発動はするが、6月の米露首脳会談を前に関係を悪化させることは好ましくなく、その妥協の産物として、本丸である事業会社とプーチン大統領の竹馬の友であるドイツ人社長は制裁対象としないという対応が生まれたことが推察される。
- 米国のNord Stream 2対応に変化(建設差し止め⇒完成は止む無し・稼働条件交渉へ)
- これまで建設を阻止するべく2019年12月から制裁を課してきた米国だったが、Nord Stream 2に対する米国政権の対応が大きく変化。5月21日、サキ報道官は「95%完成しているNord Stream 2の建設を中止させることは米国政権にとって事実上不可能であるように思われる」と発言。
- ブリンケン国務長官も、Nord Stream 2 AG及びその社長に対する制裁免除については撤回することもできるとしながら、「ウクライナを迂回するNord Stream 2については、ウクライナが将来失うだろうトランジット料を補償させるのに必要な条件をドイツと交渉している」と認め、更にNord Stream 2の物理的完成は「既成事実(Fait Accompli)であり、米独は現在、欧州及び米国政府がロシア産ガスをドイツに輸送するパイプラインへの安全保障上の懸念を最小化するための方策について議論している」とも述べている。米国のNord Stream 2に対するオフィシャルな姿勢が以前の「建設阻止」から「稼働条件交渉」に変化している。
- 米独が8月末までにNord Stream 2の対応に合意か
- 6月1日、メルケル首相が交渉チームを米国に派遣したことを明らかにした。23日にはブリンケン国務長官がベルリンを訪問。マース外相は「米国はプーチン大統領がウクライナへの政治的圧力としてNord Stream 2を悪用しないよう、ドイツが役割を果たすことを期待していることを明確に語った。我々はこの点を認識しており、貢献していく」と述べている。
- 25日、アルトマイヤー経済相がグランホルム・エネルギー長官とワシントンで面談し、「両国は8月末までにNord Stream 2をめぐる紛争を解決することを約束した」と発表。
- 米独で議論されている「Nord Stream 2稼働条件」については現時点ではまだ明らかではないが、既に昨年8月からドイツ政府が働きかけを行ってきたアイデアが土台となるものと想定される。米独は既に2020年8月及び今年2月と、制裁を回避するための懐柔策を交互提案してきた。ドイツのLNG受け入れターミナル計画への出資やロシアがウクライナに圧力をかけた場合のNord Stream 2の「シャットダウン・メカニズム」の構築、ウクライナのエネルギー部門への投資の大幅な増加とウクライナからの「グリーン」水素の供給の見通しを含む協力イニシアチブの立ち上げ等を検討している模様。
- 他方、現段階では米独が歩み寄りを示しているが、(1)ゼレンスキー大統領によるNATO加盟に向けた動きとそれに呼応するロシアの対応の加速化(ウクライナ東部地域へのロシア軍集結や黒海情勢の緊迫化)、そして、(2)収監されたナヴァルヌィ氏の体調悪化や最悪の場合には刑務所で死亡するという事態の発生によっては踏み込んだ制裁(Nord Stream 2や石油・金融・軍事産業への更なる追加制裁)を課せざるを得ない状況が生まれるだろう。
- 稼働できるかどうかには欧州でも依然ハードルが残る
- Nord Stream 2は夏から秋にかけて完成する見込みであり、目下の注目点はいつ米独が条件に合意し、いつ稼働するのかという点となる。他方、完成する見通しが立ったとしても、稼働には欧州域内の以下の4つの問題を乗り越える必要がある。
- ハードル1:反露欧州諸国(ポーランド等)による更なる稼働差し止め訴訟の提起の可能性
- ハードル2:パイプライン完成後の検査認証を誰が行い、欧州各国はそれを認めるのか
- ハードル3:欧州ガス指令適用判断に対するドイツ政府の対応
- ハードル4:ドイツ議会選挙(9月)とポスト・メルケルの行方
1. はじめに
ロシア(Gazprom)が欧州企業コンソーシアムから資金提供を受けて建設を進める独露を直接結ぶ天然ガスパイプライン・Nord Stream 2(年間輸送能力55BCM)については、2019年内の完成を目指していたものの、ウクライナ経由のロシア産ガス・トランジット量を確保することで同国を支援する欧州各国による横槍(欧州ガス指令修正によるNord Stream及びNord Stream 2の実質的稼働停止措置や東欧諸国を中心とする訴訟圧力)、更には、実利的にロシア産ガスを遮断することで自国産シェールガス由来LNGの欧州市場での販促を進めたい米国による対露制裁発動(2020年国防授権法によりNord Stream 2の海洋パイプライン敷設船派遣企業(Nord Stream 2の敷設請負業社はスイスのAllseas社)を対象とする制裁を2019年12月20日に発動)による決定打を受けて、それまでに93%が完成していたのにも関わらず、2020年7月まで工事がサスペンドされた。
しかし、Gazpromは撤退したAllseas社を代替するべく、自前で海洋パイプライン敷設船を用立て(アカデミック・チェルスキー号及びフォルチュナ号)、6月にデンマーク政府に同国排他的経済水域におけるパイプライン敷設許可を申請し、7月にデンマーク政府エネルギー庁が建設を承認。建設再開に向けた動きが加速した。また、2020年12月には新たな建設体制とフォルチュナ号活用によりドイツ領海2.6キロメートルの敷設を完了し、今年1月下旬からデンマーク排他的経済水域での建設を開始している。
昨年7月のデンマーク政府承認から5カ月遅延でのドイツ領海の建設開始、そして現在進む、残された最大の未敷設区間であるデンマーク排他的経済水域での作業開始までは、フォルチュナ号のアップグレード、新たな欧米制裁のトリガーとなった8月のナヴァルヌィ氏毒殺未遂事件と今年1月のロシア政府による同氏拘留、対露強硬派であり、Nord Stream 2に対してはオバマ大統領の副大統領時代から「悪い取引(bad deal)」と反対の立場を採ってきたバイデン新大統領就任など、同パイプラインの建設と並行して様々な事象が発生してきた。
制裁は課しても建設は順調に進んでいる状況に成す術のない米国。既に欧州委員会及び関係国からのプロジェクト認可を取り付け、資金調達面でも実質的な進捗面でもほぼ完成しているプロジェクトであるNord Stream 2に対して、欧州のエネルギー安全保障確保という建前で第三国の米国が横やりを入れることを是としないが、ナヴァルヌィ事件やウクライナ問題に巻き込まれ、NATO盟主である米国を無視できないドイツ。両者が振り上げた拳をうまく収め、双方がハッピーな形で幕引きを図ろうとすることは時間の問題だったかもしれない。
そして、6月、アルトマイヤー・ドイツ連邦経済エネルギー大臣は、訪米時にグランホルム・エネルギー長官と面談し、遂に両国は8月末までにNord Stream 2をめぐる紛争を解決することを約束したと発表した。本稿では特に米国の制裁動向と重要なポイントとなった6月の米露首脳会談にフォーカスして、3月以降のNord Stream 2を巡る動きを中心にまとめる。

出典:ドイツ連邦経済エネルギー省
2. これまでの動き
(1) Nord Stream 2建設の進捗(3月から現在)
2020年後半はナヴァルヌィ事件の発生による欧米の対露制裁圧力が増す中、自前のパイプ敷設船フォルチュナ号によって、Gazpromは外資に頼らず、12月5日から2週間をかけて、ドイツ領海2.6キロメートル・深度30メートルでのパイプライン敷設を完了した。ドイツ海域の敷設はデンマーク海域での作業を控えた「デモンストレーション」の意味もあったと見られる。2021年1月14日、ドイツ領内の敷設を終えたフォルチュナ号はドイツ・ウィスマール港を出港し、デンマーク排他的経済水域へ向かい、同月25日、Gazpromはデンマーク領海での作業を開始したことを発表。さらに3月末にはアカデミック・チェルスキー号もパイプ敷設作業に投入されることとなった(実際には海上公試であり、敷設作業は4月下旬開始)。

出典:Gazprom、Nord Stream 2 AG社等、マップはNord Stream 2 AGサイトより筆者取り纏め。
事業会社であるNord Stream 2 AGは、3月末時点でパイプライン総延長2,460キロメートルの内、2,339キロメートル(95%)の敷設が完了しており、残りの未敷設区間は121キロメートルであることを明らかにしている。また、きな臭い情報として、「パイプ敷設海域において外国の軍艦、航空機及び民間船による挑発的な妨害活動が発生している」とも述べている。具体的には3月28日には正体不明の潜水艦がフォルチュナ号から1マイル未満の距離で出現したという。「フォルチュナ号のアンカーラインが1マイル以上の範囲にあるという事実を考慮すると、潜水艦の行動により、アンカー配置システム全体が破壊され、パイプラインの偶発的な損傷につながる可能性があった。これは経済プロジェクトの遂行を妨げるために、漁船、軍艦、潜水艦及び航空機を使用する明確な計画・準備された挑発である」と警鐘を鳴らした。その後、Nord Stream 2 AGは挑発行為を行っているのはポーランド海軍であることを明らかにするとともに、ロシア海軍の情報として、バルチック艦隊がプロジェクトの安全を保証するべくパイプライン建設作業の護衛に当たっていることを公にした。その後、「妨害」活動が報告された事例はない。
4月初旬にはパベル・ザヴァルニー・ロシア下院(デュマ)エネルギー委員長が、Nord Stream 2が夏までに完成する見通しを示した。また、敷設速度についても、フォルチュナ号が1日当たり約2キロメートルのパイプラインを敷設する能力があるが(つまり、全2ラインの内、1ライン当たり残り121キロメートルを2カ月で敷設可能)、暴風雨等天候により速度が1日当たり500〜600メートル以下に低下することもあること、アカデミック・チェルスキー号が作業に加わることで、その速度が大幅に向上していると述べた。
他方、5月4日、今度はドイツ海事水路庁(BSH)が、Nord Stream 2について5月後半まで建設をサスペンドすることを公にした。これは、NGOであるドイツ自然保護連盟(NABU)が、2021年1月14日に同庁が出したパイプライン建設許可(9月末までアンカー式パイプ敷設船(アカデミック・チェルスキー号)によるドイツ領海16.5キロメートルの敷設する内容)に対して、建設に伴う海底損傷という環境破壊の可能性と、同パイプラインが欧州のエネルギー安全保障を確保するものではなく、既に域内には十分な輸入インフラが存在していることを訴えて、BSHもその訴えを受け付けたためである。しかし、この訴えにも関わらず、5月17日にBSHはまずドイツ領海・排他的経済水域における2キロメートルのパイプライン敷設継続を許可した。最終的には5月下旬以降は建設再開が可能となる見込みとなり、実際に24日にはフォルチュナ号がドイツ領海へ移動し、6月30日までの期間でパイプ敷設作業を再開した。また、その間、アカデミック・チェルスキー号はデンマーク排他的経済水域における第二ラインの作業(約61キロメートル)を継続している。
更にドイツの環境団体Deutsche Umwelthilfe(DUH)も、Nord Stream 2の恒久的な建設凍結を求めて提訴した。この団体は、Nord Stream 2が排出する温暖化ガス排出を問題視し、昨年7月にもNord Stream 2揚陸地であるグライフスヴァルトの高等行政裁判所に対し、既に発行済みのパイプライン建設及び運転許可の見直しを要求して提訴していた。今回の提訴は恒久的な建設凍結を求めたものであるが、その背景・根拠としては、ドイツ連邦憲法裁判所が4月下旬に、「2030年以降に温暖化ガス排出削減目標達成遅らせかねない」との理由で、ドイツ連邦気候保護法の一部改正要請を却下していることが挙げられている。Nord Stream 2は年間1億トンの温暖化ガス排出に責任があるとされ、ドイツの排出目標とドイツ政府の炭素収支アプローチ(ドイツ連邦憲法裁判所が既存の世代と将来の世代の間で比例配分しなければならないと決定済)と同パイプライン建設は両立しないとDUHは主張している。なお、この件に関しても、ドイツ海事水路庁はDUHによる新たな申し立てはNord Stream 2建設を自動的に停止するものではないことを明らかにしている。
稼働に向けた関連ニュースとして、まず6月2日には、ロシア側の起点であるウスチ・ルーガの所在するレニングラード州のドロスデンコ知事が、Nord Stream 2への天然ガス充填等テスト運転を翌週開始すると発表した。
また、2日から5日開催されたロシア最大の国際会議であるサンクトペテルブルク国際経済フォーラムでは、4日に開催されたプレナリーセッションでプーチン大統領が登壇し、スピーチの中で、Nord Stream 2の第一ライン敷設が6月4日の当日に完了したことを明らかにしている。「丁度本日、2時間半前に、Nord Stream 2の第一ライン敷設が正常に完了した。オフショアセクションを含む全体が完了。(第一ラインについては)残っている区間はドイツ側からのパイプとロシア側からのパイプを持ち上げて溶接する必要があるのみ。
GazpromはNord Stream 2にガスを充填する準備ができている。このルートは独露のガス輸送システムを直接接続し、(既に稼働している)Nord Streamと同じように欧州のエネルギー安全保障と欧州の需要家にとって信頼できる供給ルートとして貢献していくだろう」と述べ、正にプーチン大統領の登壇のタイミングに合わせて、Nord Stream 2第一ラインの敷設完了を目指していたことが窺えるタイミングとなった。また、Nord Stream 2の第二ライン敷設は1カ月から、恐らく2カ月で完了するだろうとも述べており、ノヴァク副首相も同フォーラムでNord Stream 2完成までは残り100キロメートルと発言している。併せて、Nord Stream 2 AGも4日に第一ラインの海洋部分の全ての区間敷設が技術的に完了し、11日から天然ガスの充填を開始する予定であり、第二ライン敷設は継続中であることを発表した。
6月初旬で残り100キロメートル、敷設速度の幅(1日当たり500メートル~2キロメートル)、2隻体制で敷設することを考えれば、プーチン大統領が示した2カ月での完成はあり得るが、余裕を見ても8月末までには第二ラインまでの敷設作業は完了することが予想される。そして、このことも本レポートの主題である米独による8月末までに稼働に向けた道筋で妥結の見通しという結論に関係してくるファクトである。
その後の新たな情報として、2021年9月までに第二ラインの建設を完了し、Nord Stream 2が完成する可能性があるという情報も出ている。7月初旬時点で残る距離は約48キロメートル(デンマーク海域で32キロメートル、ドイツ海域で16.5キロメートル。上述の通り、6月で50キロメートルを敷設したとすれば1日当たり1.7キロメートルの敷設速度だったことになる)が残されている模様だ。自動船位維持システムを有するフォルチュナ号の現在のパイプ敷設速度は1日当たり1.1キロメートルで、この速度では、天候が良好であれば44日、つまり、8月下旬に作業を完了することができる見通しとなっている。他方、アンカー式船位維持システムのアカデミック・チェルスキー号のパイプ敷設速度は1日当たり0.6キロメートルが最高で、第一ラインの敷設が完了後、フォルチュナ号が第二ライン敷設に当たり、アカデミック・チェルスキー号は現在は作業には従事していないとのことであった。

アカデミック・チェルスキー号(左)及びフォルチュナ号(右)
出典:Gazprom、Nord Stream 2 AG社等より筆者取り纏め。
7月12日には、Nord Stream 2 AGのマティアス・ヴァーニッヒ社長(米国制裁対象候補とされながら制裁発動は米国の国益に反するとして制裁免除となった/詳細後述)が、「Nord Stream 2の建設は8月末までに完了する。目標は年内にNord Stream 2のガス輸送を開始すること」と述べ、さらにパイプラインの一部を遅くとも10年以内に水素を輸送するために使用する可能性があると言及した。また同日、ドイツ経済省も、「Nord Stream 2の第一ラインの技術認可(Technical Acceptance)は既に完了し、第二ラインについての認可ももうすぐ終了する。これは技術手続きのひとつでオペレータが行うことになっているものである」と述べている。
7月19日、Nord Stream 2 AGは、作業停止中だったアカデミック・チェルスキー号がデンマーク海域を出発し、まもなくドイツの排他的経済水域でNord Stream2の第二ラインの建設を開始すると発表した。併せて、フォルチュナ号はデンマーク海域で第二ライン敷設作業を継続中であるとしている。
(2) ゼレンスキー大統領のNATOへの接近とウクライナ東部国境付近へのロシア軍集結
3月から6月にかけては、ドイツNGOによる横槍によって一時サスペンドはされたものの、概して順調に敷設作業が進んだNord Stream 2だったが、ウクライナ及び収監されたナヴァルヌィ氏を巡っては、小火が起こっていた。
4月初旬、ウクライナ大統領府はゼレンスキー大統領が北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長と電話会談し、NATO加盟に向けた取り組み加速を訴えたと発表した。ゼレンスキー大統領はNATO加盟に向け国防分野の改革を行っているが「改革だけではロシアを止められない」と訴え、「NATOだけが紛争を終わらせられる」と強調し、ロシア抑止のためにNATOが黒海地域で軍事的な存在感を強化させるよう呼び掛けたという。2014年のウクライナ政変を受けて、亡命した親露のヤヌコーヴィッチ元大統領の次の大統領として新欧米路線を進めたポロシェンコ前大統領だったが、5年間では目立った業績を上げられず、2019年の大統領選でそのポロシェンコ前大統領を破ったのが、若干43歳のコメディアン・俳優出身のゼレンスキー大統領だった。
同大統領はこれまで親欧米か親露かを選ぶような戦略を明らかにはしていないことが特徴となっていたが、今回のストルテンベルクNATO事務総長との電話会談の公表は、反露であるという姿勢を示したという点とロシアにとって機微のテーマであるNATO、その東方拡大を支持したという点でロシアにとって極めて重大な意味を持つ。この動きと前後して、ウクライナ東部のロシア国境地帯にロシア軍が集結しているとの情報が出始め、同地域の緊張が一挙に高まりつつあった。
4月8日、メルケル首相はプーチン大統領と電話会談を行い、ウクライナ東部の国境付近に集結しているロシア軍の撤退を求めた。これに対し、紛争を抱える東部地域でウクライナが「挑発的行動」を取っているとプーチン大統領は反論、ロシア軍は自衛のために展開していると主張し、平行線に終わっている。
13日にはバイデン大統領は、自身が提案し、プーチン大統領と電話協議を行った。バイデン大統領はウクライナの国境付近にロシア軍が集結している状況に改めて懸念を表明し、米露間の一連の問題を協議するため、第三国で両者初となる直接首脳会談を行うことを提案した。この直後の15日にはバイデン政権初となる独自の大統領令による対露制裁を発動し、ロシアも翌日カウンター対米制裁を発動するが、内容は双方が自制したものとなっている(詳細後述)。既に同電話会談である程度、制裁発動について、そして米露首脳会談実現を優先する旨、認識の共有と調整が行われた可能性がある。
ゼレンスキー大統領も20日、プーチン大統領に対し、ウクライナ東部の紛争地で首脳会談を行うことを提案したが、ロシアは東部紛争に関して「ウクライナの国内問題」とする立場を崩しておらず、プーチン大統領はその提案に対して、両国関係の修復を話し合うなら「ゼレンスキー大統領の都合の良い日程で、モスクワで会う」とルカシェンコ・ベラルーシ大統領との会談後の記者会見で述べ、東部紛争に絡む問題は親ロシア派武装勢力と直接協議すべきだと突き放している(2015年2月のミンスク合意Ⅱの舞台を提供したルカシェンコ大統領もプーチン大統領の回答に対し「ゼレンスキー大統領は外交マナーを学ぶ時が来たようだ」と追従)。
欧米諸国はウクライナ国境付近でロシア軍が増強した部隊が過去最大規模になったと懸念を改めて表明する一方、ロシアは米国がNATO加盟国等と欧州で展開する軍事演習が「過去30年で最大だ」(ショイグ国防相)と非難した。4月17日には、国家機密の入手を図ったとしてロシアがウクライナの外交官を一時拘束し、国外退去を命じたことも明らかになった。緊張が高まる状況の中、突如、22日にショイグ国防相がウクライナ国境付近に展開していた部隊に対し、5月1日までに元の駐屯地に撤収するよう指示を出したことが明らかになる。ショイグ国防相はNATO軍が欧州で6月頃まで大規模な演習を予定していることに対し、「状況を注視し、すぐに対応するための準備」も併せて指示しているが、一応の終息に向けて動き出した。この背景には同日、バイデン政権主導で行われ、プーチン大統領も参加したオンライン気候変動サミットという国際イベントの開催とバイデン政権が提案した米露首脳会談開催に向けた双方の地ならしが影響を与えている可能性がある。
5月6日には、ブリンケン米国務長官がキエフを訪問し、ゼレンスキー大統領と会談を行っている。ブリンケン国務長官は記者会見で、依然としてロシア軍の「かなりの部隊が残っている」と指摘し、ゼレンスキー大統領も「(ロシア軍の撤収は)遅く、脅威がまだ残されている可能性がある」と牽制した。会談では、米国とウクライナはウクライナの主権と領土保全に対する米国の揺るぎない支援を再確認し、米国はウクライナが侵略から自らを守れるよう協力を強化し続けると表明した。
7日にはバイデン米大統領とゼレンスキー大統領が電話会談を行い、バイデン大統領はこの夏にホワイトハウスへゼレンスキー大統領を招いて直接会談したい意向を示した。ロシアに対して、米国との結び付きを示してきたウクライナだが、このバイデン大統領による夏の実地会談は思惑が外れたものとなった模様である。当初、ウクライナが目指していたのは、バイデン大統領の6月9日から始まる欧州訪問とその最終日の16日に予定されているプーチン大統領との初会談よりも前に、バイデン大統領との直接面談を設定することを要請していたが、実際には欧州訪問から帰った後の日程が設定されてしまったからである。また、電話会談の内容公開でもひと悶着があった。ウクライナ政府は、「バイデン大統領が、ウクライナにNATO加盟行動計画を提供する重要性を強調した」と公式ウェブサイトに掲載したが、ホワイトハウスは、バイデン大統領はそのような表明はしていないと否定。ウクライナ政府に対し掲載内容の修正を依頼し、ウクライナ政府が修正することとなった。
3月下旬から加速し始めているゼレンスキー大統領のNATOへの接近は、ロシアにとっては看過できないレッドライン(ペスコフ大統領報道官)、つまり「ウクライナのNATO加盟」を目指すものであり、それを阻止するべくロシアは東部地域の不安定化を煽り、最終的にはロシア系住民の多く住む東部が分離・独立を目指し(しかしロシアはクリミアのように併合はしない。現在のウクライナがそうであるようにNATOとの緩衝地帯として東ウクライナとして維持)、ウクライナの東西分裂という事態を生み出す可能性もある。
7月12日には、ゼレンスキー大統領はベルリンを訪問し、メルケル首相と面談した。メルケル首相はゼレンスキー大統領との記者会見で、「Nord Stream 2開通後も、ウクライナのロシア産天然ガス経由地としての地位はドイツ及び欧州連合によって保障される。2024年以降も(ウクライナの地位が)変わらないよう留意するし、ドイツ及び欧州連合はウクライナと約束し、それを守る」と明言している。他方、ゼレンスキー大統領は、ロシアとのガス・トランジット交渉をノルマンディー・フォーマット(独仏露宇四カ国)で行いたいという考えを明らかにしたが、メルケル首相はガス輸送に関するエネルギー問題はノルマンディー・フォーマットとミンスク合意の一部ではないと述べ、否定している。
プーチン大統領もまた、ゼレンスキー大統領が要望したガス・トランジット契約をノルマンディー・フォーマットに加えることについて、「同フォーマットはウクライナ南東情勢を協議する政治プラットフォームであり、Nord Stream 2を含む商業プロジェクトを協議するのは不可能である」と述べており、ウクライナ及びロシア二国間のガス・トランジット問題を、ドイツ、フランス、そして可能であれば米国も含めた多国間協議の場で扱い、対露戦略を立て直したいゼレンスキー大統領の意図は思うようには進んでいない。
(3) 収監されているナヴァルヌィ氏の状況
昨年8月の毒殺未遂事件とドイツ搬送を経て回復し、1月にドイツから帰国したナヴァルヌィ氏がロシア当局に拘束された。その直後、実刑判決(仮釈放違反/2年6カ月の判決)を受けたことに対して、米国政府はフォルチュナ号及び同船を保有するロシア法人KVT-RUS社をSDN(特定国籍指定者)リストに加えるという制裁発動を発表している。また、ナヴァルヌィ氏のモスクワ近郊ボクロフ刑務所への収監(2月28日)により、人権侵害問題を制裁発動事由として欧米が同調して3月2日に新たに制裁を発動しており、収監中の同氏の身柄の安全が保たれるのか、健康を害する又は命に危険が及ぶ事態が発生するかどうかが欧米政府の関心事となってきた。
まず、ナヴァルヌィ氏は3月末から待遇改善を要求し、ハンガーストライキを続けていることが明らかになる。ナヴァルヌィ氏の広報担当者は、同氏は容体が悪化して「瀕死」の状態であり、最新の検査結果に基づけば、ナヴァリヌィ氏は腎不全や心臓に異変を来す危険性が高いと指摘した。血液検査では、ナヴァルヌィ氏の血中のカリウムの数値が異常に高く、担当医師団は「いつ心停止を起こしてもおかしくない」との所見を示した。これを受けて、欧米の著名な作家や俳優ら約80人が、仏紙ル・モンド(電子版)等を通じて、プーチン大統領に対し、同氏への治療を直ちに指示するよう要望を掲載している。また、サリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は、もしナヴァルヌィ氏が死亡した場合、「ロシアに対して制裁措置を課す。現段階では内容を明かさないが、多様な種類の措置を検討している。ナヴァルヌィ氏が死亡した場合には(制裁という)結果を伴うことをロシア政府に伝達した」と警告していることを明らかにした。欧州連合は19日、オンライン形式で外相会議を開き、ナヴァルヌィ氏の健康状態悪化について協議をし、この点に関するロシアの責任を追及していく方針を確認している。
これらの動きを受けて、ロシアは同日、ナヴァルヌィ氏の受刑者向け病院への移送を発表している。しかし、EUのボレル外交安全保障上級代表は、「ナヴァルヌィ氏自身が信頼する医療専門家による速やかな治療を認めなければならない。ロシア政府はナヴァルヌィ氏と健康に責任がある」と強調すると共に、(前述の通り)ロシアがウクライナ東部国境地帯や併合したウクライナ南部クリミア半島に10万人以上の兵力を集結させていることについても強い懸念を表明した。但し、新たな対露制裁については、現状では「動きはない」と説明するに留めている。
23日(ウクライナ東部地域の国境に集結しているロシア軍の撤退開始指示の翌日である点に注目されたい)、ナヴァルヌィ氏がハンガーストライキを徐々にやめることを明らかにする。ロシア国内の支持者や欧米諸国による圧力により、ロシア当局がナヴァルヌィ氏の要求の大半に応じた可能性が指摘されている。同氏は弁護士を通してインスタグラムに「民間の医師に2回診察してもらった。検査や分析を進め、結果を提示してくれている」と投稿。「私が必要としている医師に診断してもらう要求を取り下げたわけではない。腕や足の感覚がなくなってきており、これが何なのか、どう治療したらいいのかを知りたい。ただこれまでの進歩と、あらゆる事情を考慮し、ハンストを終えることにした」と述べている。
このように4月22日のオンライン気候変動サミットを境に、ウクライナ国境の軍隊撤収開始とナヴァルヌィ氏に対する処遇改善が行われたことは、単純に考えれば、「重要な国」である米国が主導し、新大統領と相まみえるプーチン大統領登壇の国際イベントに際し、ロシアが配慮を示したとも考えられるのではないか。
ただ、その後も全てが終息したわけではない。欧州議会はナヴァルヌィ氏事件に関して、4月29日に昨年8月以来3回目(8月及び1月)となる政府及び加盟国に対するNord Stream 2中止勧告を決議している(賛成569票、反対67票、棄権46票)。勧告では、「ロシアによるウクライナ国境での軍事力増強が将来ウクライナ侵攻に変わる場合、欧州はそのような国際法違反の代償が厳しいことを明確にしなければならない。ロシアからEUへの石油ガスの輸入は直ちに停止され、SWIFT支払いシステムから除外されるべきであり、EU内のロシア当局に近いオリガルヒが保有する全ての資産は凍結され、査証は停止される必要がある」とこれまでの制裁が霞んでしまうような踏み込んだ内容となっている。欧州議会による決議は本質的には拘束力がなく、欧州委員会に対する助言的な位置づけであるが、このような動き、つまりナヴァルヌィ氏がNord Stream 2に対しても結び付けられていく可能性があることは留意すべき事象である。
3. 米国の新制裁とロシアのカウンター制裁合戦:自制する両者
(1) バイデン政権による独自制裁の発動
2021年1月は、米国は政権交代期(1月20日新大統領就任)に当たり、トランプ前大統領に替わり、バイデン大統領が就任した。トランプ前大統領は、ロシアゲート疑惑で騒がれ、プーチン大統領に対してもポジティブな姿勢を示してきたが、バイデン大統領は対照的であり、70年代のソ連時代から外交経験を積み、オバマ大統領の副大統領時代にはNord Stream 2に対して批判的な姿勢を示し、対露強硬派というイメージである。従って、バイデン政権下では対露制裁がさらに強まるという見方が趨勢であり、その材料としても、正に2014年から「bad deal」と決めつけていたNord Stream 2の建設に対する制裁に加え、2020年8月以降のナヴァルヌィ事件(人権侵害及び化学兵器使用)と、制裁発動環境は就任直後から整っていたと言えるだろう。
確かに表1の通り、就任前のトランプ行政下での駆け込み制裁と就任直後の動きのない2月を除き、政権本始動となる3月から5月は毎月対露制裁を発動しており、その内、4月15日の制裁ではバイデン大統領による新たな大統領令に基づく制裁であったことが目を引く。しかし、その内容を詳しく吟味すると、ロシアに対する思慮が見られる内容であることが分かる。結論から言えば、バイデン政権の就任後の短期の対露政策は、①トランプ政権の対露政策をリセット、②中国封じ込めのためのロシア接近、③初の対面での米露首脳会談開催に向け融和ムード醸成、という3点で進められてきたと言えるだろう。以下、4月以降の制裁動向をまとめる。
2021年 | ||
---|---|---|
1月 | 1日 | 2021年国防授権法に関して、12月23日に拒否権を発動したトランプ大統領の動きを受けて、28日に下院、1月1日に上院でも再可決され、事実上成立。10月に出された国務省ガイダンスを法文化(パイプ敷設船提供にサービス、保険、テスト、検査、第三者証明を含む)。他方、制裁発動前に国務省はノルウェー、スイス、英国又は欧州加盟国に協議しなくてはならないとの条文も追加。 |
19日 | トランプ政権終了間際の制発動の一環で、CAATSAに基づき、Nord Stream 2パイプ敷設を再開しているパイプ敷設船「フォルチュナ号」と船を保有するロシア企業KVT-RUS社を、SDNに指定。注:2月22日に財務省が同2者について、制裁根拠規定についてCAATSAに加え、PEESAを加える。 | |
3月 | 2日 | ナヴァルヌィ氏の殺害未遂に化学兵器ノヴィチョクが使用されたことに対して、国務省・財務省・商務省がSDN・EAR規制対象者を追加。 |
4月 | 15日 |
バイデン大統領が新たに規定した新大統領令によって発動。(1)米国企業SolarWinds社へのサイバー攻撃に対する制裁、(2)2020年米国大統領選への干渉に対する制裁、(3)ロシア国債の取引を禁止(2019年8月の措置拡大:非ルーブルにルーブルも加え全通貨を対象へ)、(4)米露関係に従事するロシア人外交官10名を国外退去、(5)クリミア併合・ウクライナ東部紛争に関与する団体・個人に対する制裁、(6)アフガニスタンでの米兵殺害に対する報奨金支払いに対する制裁から成り、合計で19個人及び27法人をSDNに指定。 また、大統領令では制裁発動のトリガーとして、欧州、コーカサス、アジアへの天然ガス又はエネルギー供給の削減・妨害が生じた際にその責任を負うロシア人・法人を対象とすることを規定。 |
5月 |
19日 | 国務省が議会に対して報告書を提出し、Nord Stream 2建設に関与する4隻の船舶、5つの企業及び個人1名について記載されていると発表。但し、事業会社Nord Stream 2 AGとその社長としてロシア利権に食い込んでいるドイツ人マティアス・ヴァーニッヒ(Matthias Warnig)については制裁を課さないと明示。「制裁の適用を放棄することが米国の国益であると判断」。 |
21日 | 米国国務省による議会報告書を受け、財務省(OFAC)が制裁対象者の追加(Non-SDNベース対象企業3社・同船舶11隻及びSDN対象企業1社・同船舶2隻)と関連するFAQを発表。 |
出典:筆者取り纏め
4月14日、ロイターは米国政府が早ければ15日に、米選挙への介入と悪意あるサイバー活動を理由に、ロシアに対する追加制裁を発表する予定であると報道した。内容は30団体を制裁対象に指定し、10人前後のロシア当局者が米国からの退去を命じられるもので、米政府機関や民間企業が米SolarWinds社製ソフトウエアの脆弱性を利用したハッカー攻撃を受けた問題やロシアによる2020年米大統領選への介入に対する米政府による対応の一環としている。
翌日、報道の通り、米国政府が米選挙への介入と悪意あるサイバー活動を理由にロシアに対する追加制裁(最終的に27法人、19個人及び10名の国外退去)を発表した(後述参考1参照)。ホワイトハウス、国務省及び財務省が同時に大々的に発表した点も目を引くが(通常の制裁発動では財務省によるリリースがメイン)、ロシア国債の取引を禁止(2019年8月の措置を非ルーブルからルーブルも含めた全通貨に拡大)を含んでおり、さらに将来の新制裁発動のトリガーを規定する新たな大統領令が出された点も注目される。具体的なトリガーとしては、(1)悪意のあるサイバー活動、外国政府の選挙への干渉、海外の民主的プロセスまたは制度を弱体化させる行動・政策、国境を越えた腐敗、米国人または米国の同盟国またはパートナーの市民または国民に対する暗殺、殺人、またはその他の不法な殺害、またはその他の身体的危害。(2)上記活動にマテリアルサポートを与えるロシア人・法人。(3)欧州、コーカサス、アジアへの天然ガス又はエネルギー供給の削減・妨害が生じた際にその責任を負うロシア人・法人が挙げられた。
<参考1>米国による対露制裁発動(2021年4月15日)
(1)財務省:米国企業SolarWinds社へのサイバー攻撃に対する制裁
- 以下の6法人をSDNに指定。
組織名 | その他情報 |
---|---|
1 ERA Technopolis |
露国防省が資金提供および運営する研究センター。 |
2 Pasit AO | 対外情報庁によるサイバー攻撃を支援するための研究開発を実施。 |
3 Federal State Autonomous Scientific Establishment Scientific Research Institute Specialized Security Computing Devices and Automation (SVA) |
情報セキュリティの高度システム構築を専門とする露国営研究機関。 |
4 Neobit OOO | 露国防省、対外情報庁(SVR)、連邦保安庁(FSB)をクライアントとするサンクトペテルブルク登記のIT企業。 |
5 Advanced System Technology AO | 露国防省、対外情報庁(SVR)、連邦保安庁(FSB)をクライアントとするサンクトペテルブルク登記のIT企業。 |
6 Pozitiv Teknolodzhiz AO | ロシア政府をクライアントとするIT企業。 |
筆者注1:SolarWinds社は98年設立のテキサス州オースティンに拠点を置くネットワークマネジメントソフトウェア企業であり(売上:9.4億ドル/従業員:3200名)、看板商品であるネットワーク運用ソフト「オライオン」がロシアからのサイバー攻撃の対象となったと言われている。製品販売先には米国務省、商務省、財務省、疾病対策センター(CDC)、連邦捜査局(FBI)、米軍全て、フォーチュン500社の内425社が含まれ、既に国土安全保障省(DHS)、財務省、国務省、エネルギー省がサイバー攻撃の被害を受けた事が判明している。https://www.solarwinds.com/
筆者注2:ロシア対外情報庁(SVR/長官は前下院議長でシロヴィキのセルゲイ・ナルィシュキン)の関与を明らかにする一方、ロシア三大諜報機関である、連邦保安庁(FSB/旧KGB)、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)及び対外情報庁(SVR)の内、FSB及びGRUはSDNに指定されているが(2016年)、SVRを名指しする今回の制裁発動でも同機関はSDNに指定されていない。
筆者注3:6社に対する制裁発動は今回のバイデン大統領による大統領令(EO)だけでなく、トランプ政権下で出されたEO13757、EO13382、CAATSAも根拠法令としている。
(2)財務省:2020年米国大統領選への干渉に対する制裁
- 以下の16人の個人と16法人をSDNに指定。
名前 | その他情報 |
---|---|
1 アレクセイ・グロモフ | 大統領府第一副長官(大統領府ナンバー2):既にSDN対象(EO13661・13848)であり、今回再指定。 |
2 デニス・チューリン | InfoRos代表でGRU勤務。 |
以下、プリゴージン(筆者注)関連 | |
3 アレクサンドル・マルケヴィッチ | プリゴージンの偽情報オペレーションを支援。※既にSDN対象。 |
4 ピョートル・ブィスチュコフ | 同上。プリゴージンのアフリカ拠点を管理。 |
5 ユリヤ・アファナシエヴァ | 同上。アフリカ要員。 |
6 タラス・プリブィシン | 同上。 |
7 アルチョム・ステパノフ | Yunidzhet(下記)副社長。 |
8 マリア・ズエバ | Yunidzhet社長。 |
9 キリル・シュチェルバコフ | Yunidzhet・OOOAlkon(下記)所有者・株主。 |
10 モフスィン・ラーザ | パキスタン人で、パキスタンを拠点とする不正ID作成販売企業に関与(下記)。 |
11 ムジュタ・ラーザ | 同上。 |
12 サイード・ハスナイン | 同上。 |
13 ムハンマド・ハヤット | 同上。 |
14 サイード・ラ-ザ | 同上。 |
15 シャフザッド・アフメド | 同上。 |
以下、2016年・2020年大統領選への干渉を主導した個人 | |
16 コンスタンチン・キリムニク | 表向きはロシア・ウクライナの政治コンサルタントだが、ロシア諜報機関と連携。FBIはキルムニク逮捕につながる情報に最大25万ドルの懸賞金を懸けている。 |
筆者注:「プーチンの料理人」エフゲニー・プリゴージン関連のアフリカネットワークも含む。なお、FBIはプリゴージン逮捕につながる情報に最大25万ドルの懸賞金を懸けている。
組織名 | その他情報 |
---|---|
1 South Front | ロシアで登録されたオンラインの偽情報サイトで、FSBが運営。 |
2 News Front | クリミアを拠点とする偽情報および宣伝のアウトレット。 |
3 Strategic Culture Foundation | SVRが監督し、露外務省と提携するロシアで登録されているオンラインジャーナル。 |
4 InfoRos | GRUが運営する通信社。 |
5 IA InfoRos | InfoRos傘下。 |
6 InfoRos OOO | InfoRos傘下。 |
以下、プリゴージン関連 | |
7 Foundation for National Values Protection(FZNC) | アレクサンドル・マルケヴィッチ(上記)が代表を務める。 |
8 Association For Free Research And International Cooperation(AFRIC) | アフリカとヨーロッパでプリゴージンの悪意のある活動を支援。 |
9 International Anticrisis Center | 同上。 |
10 Trans Logistik OOO | プリゴージン所有の航空機メンテナンスを請負。 |
11 OOO Yunidzhet | 同上。 |
12 OOO Alkon | 同上。 |
13 SecondEye Solution(SES) | パキスタンを拠点。不正IDの作成と販売を専門とする組織でプリゴージンの組織を支援。 |
14 Fresh Air Farm House | SESのマネーロンダリングを担当。 |
15 Like Wise | 同上。 |
16 MK Softtech | 同上。 |
(3)財務省:ロシア国債の取引を禁止
- 2021年6月14日以降にロシア中央銀行、国民福祉基金又は財務省の3機関が発行したルーブル・非ルーブル建て債券のプライマリーマーケット(国債発行市場)における米国金融機関による購入・取扱いを禁止する。
- 適用まで60日間の猶予期間(wind fall)を設定。
筆者注:本措置は2019年8月2日に発動された措置の拡大(非ルーブルからルーブルを含む全ての通貨へ)という位置づけ。2019年8月2日に発動した制裁内容は、2018年3月に英国で起きた神経剤によるロシア人元スパイらの襲撃事件を受け、ロシアに新たな制裁を発動(第二弾/第一弾は2018年8月)。(1)世界銀行やIMF等の国際金融機関によるロシアへの融資・金融支援に反対。(2)米国の銀行が非ルーブルでのロシア国債の主要市場に参画すること及びロシア政府に対する非ルーブル貸付を行うことを禁止。(3)商務省が管轄する物品及び技術の輸出ライセンス規制を追加。
(4)国務省:米露関係に従事するロシア人外交官10名を国外退去
- ワシントンに駐在する、ロシア諜報機関の代表を含むロシア人外交官10名を対象。
(5)財務省:クリミア併合・ウクライナ東部紛争に関与する団体・個人に対する制裁
- 欧州連合、英国、オーストラリア及びカナダと協力し、クリミアでのロシアの継続的な占領と抑圧に関連する3人の個人と5法人をSDN対象に追加。
名前 | その他情報 |
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1 パヴェル・カランダ | ロシア人 |
2 ラリーサ・クリニチ | ウクライナ人 |
3 レオニード・ミハイリウク | ロシア人 |
組織名 |
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1 ASSOCIATION FOR FREE RESEARCH AND INTERNATIONAL COOPERATION(AFRIC) |
2 FEDERAL GOVERNMENT INSTITUTION PRETRIAL DETENTION CENTER NO 1 OF THE DIRECTORATE OF THE FEDERAL PENITENTIARY SERVICE FOR THE REPUBLIC OF CRIMEA AND SEVASTOPOL |
3 FEDERAL STATE AUTONOMOUS INSTITUTION MILITARY INNOVATIVE TECHNOPOLIS ERA |
4 JOINT-STOCK COMPANY THE BERKAKIT-TOMMOT-YAKUTSK RAILWAY LINE'S CONSTRUCTION DIRECTORATE |
5 LENPROMTRANSPROYEKT |
(6)アフガニスタンでの米兵殺害に対する報奨金支払いに対する制裁
- ロシアが米国人に対するタリバーンの攻撃を奨励し、報奨金を出したことに対する制裁。詳細は不明。
<参考2>バイデン大統領による新大統領令における制裁発動トリガーの記載
「ロシア連邦政府による特定の有害な外国活動に関連した資産凍結についての大統領令」
(2021年4月15日)
新たな制裁発動のトリガーとして、以下を規定。
(1) 悪意のあるサイバー活動、外国政府の選挙への干渉、海外の民主的プロセスまたは制度を弱体化させる行動・政策、国境を越えた腐敗、米国人または米国の同盟国またはパートナーの市民または国民に対する暗殺、殺人、またはその他の不法な殺害、またはその他の身体的危害。
(2) 上記活動にマテリアルサポートを与えるロシア人・法人。
(3) 欧州、コーカサス、アジアへの天然ガス又はエネルギー供給の削減・妨害が生じた際にその責任を負うロシア人・法人。
筆者注1:コーカサスは反露のジョージアを意味するものと考えられる。
筆者注2:上記(3)については、2014年12月に成立したものの発動は一部に留まっているオバマ政権下の対露制裁法である「ウクライナ自由支援法(UFSA)」の中でも、「NATO加盟国、ウクライナ、ジョージア、モルドヴァへの大規模なガス供給途絶が発生した際に米国はGazpromに対して制裁を発動する(Section 4(a)(3))」と書かれており、既に前例がある。今回の規定では、まず、ウクライナが欧州に入っているという認識、現在ウクライナ東部・黒海で軍事緊張が高まる中、ウクライナ自由支援法で書かれたNATOという言葉は避けた可能性又はNATO加盟国であり、ロシアからTurk Streamが接続するトルコを排除する意図、そして、アジア(シベリアの力での対中ガス輸出とヤマルLNGによるアジア市場への影響を意図、と読み取れる点が注目される。
まず、今回の制裁発動では、これまで出された大統領令・制裁法に基づく制裁に加えて、バイデン大統領が新たに規定した新大統領令が規定され、同大統領の独自性が打ち出されている点が注目される。なぜこのタイミングで制裁が出されたのかは、前月の3月に起点がある。3月2日の米欧共同制裁発動後(ナヴァルヌィ収監及び化学兵器使用に対するもの/表1)、3月17日にはABCテレビとのインタビューで、バイデン大統領はプーチン大統領を人殺しだと思うかとのアンカーの問いに対して、「そう思う」と答え、2020年大統領選へのロシア政府の介入に対して「間もなく代償を払うことになる」と答えているが、今回の制裁発動はその「代償」が具現化されたという位置づけである。他方、複数の制裁発動を継続しても建設が止まらないNord Stream 2に関しては、3月にその事業会社であるNord Stream 2 AGを制裁対象とする可能性について政権内で議論されているとの情報はあった。しかし、今回の新大統領令では、制裁発動のトリガーとして、欧州等へのガス及びエネルギー供給の途絶に関与したものに対する制裁が盛り込まれているが、Nord Stream 2に対する制裁はサスペンドのままとなった。
また、ロシア国債に対する米国金融機関の取り扱い禁止措置を受け、ルーブルが5%下落したが、6月14日以降発行債券という猶予期間が設定されており、外資を対象とする二次制裁ではないことから大きな混乱は生じないと見られていた。米国の金融機関は、ロシア中央銀行、財務省、国民福祉基金が発行する新規ルーブル建てロシア国債(OFZ債)のプライマリー・マーケットへの参加は禁止となり(2021年6月14日から有効)、米国財務省は制裁対象に流通市場(セカンダリー・マーケット)を含まないとした。外国人投資家はOFZ債券の約20%を保有していると推定され(370〜400億ドル)(つまり8割はロシア投資機関・個人が保有)、米国の投資家は2021年初頭で、この内約130億ドル(32.5~35%/全体の6.5~7%)を保有していると推定されていたが、米国による新制裁の可能性が報道される中、2021年3月以降、外国人投資家は既に30〜40億ドルを売却したと言われている。現在OFZ債券の外国人投資家の総シェアは20%程度で、2015年以来の最低レベルとなっていた。ロシア財務省は米国制裁を受けて、2021年の政府による国内借入を、8,750億ルーブル(約120億ドル)削減し、さらに約150億ドルまで拡大する可能性があることを発表している。当初は2021年で3兆7,000億ルーブルの国債を発行する計画だった。ロシアの外貨準備金は5,800億ドル、ロシア銀行全体の総資産は約1.5兆ドル(ロシアのGDPの規模とほぼ同等)と推定されているため、ロシア国債に対する今回の制限は短期的には吸収できる見込みと見られている。今回の制裁は「状況を新たなレベルに引き上げた」と分析することができるが、「最も苦痛の少ない選択肢」であったことも示唆するものだった。
(2) 翌日(4月16日)、ロシアによる対米「カウンター」制裁発動
米国の制裁を受けた翌日16日、ロシア外務省は既に用意してあったかのように、バイデン米政権による対ロシア制裁への報復措置としてレイ連邦捜査局(FBI)長官や複数の閣僚を含む米政府の現・元高官8人を入国禁止にするとともに、ロシア駐在の米外交官10人を近く追放すると発表した。入国禁止になったのは、レイFBI長官の他、ヘインズ国家情報長官、ガーランド司法長官、マヨルカス国土安全保障長官、ライス国内政策会議委員長ら現職6人と、トランプ前政権期に大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏ら元職2人である。他方、外務省声明では「米国とのこれ以上の緊張激化は避けたい」という表明も行っている。
<参考3>ロシアによる対米制裁発動(2021年4月16日)
(1)米政府高官(現役・退任)8人の入国禁止
名前 | その他情報 |
---|---|
1 メリック・ガーランド | 司法長官 |
2 マイケル・カルヴァジャール | 連邦刑務所局長 |
3 アレハンドロ・マヨルカス | 国土安全保障長官 |
4 スーザン・ライス | 国内政策会議委員長(元国連大使) |
5 クリストファー・レイ | 連邦捜査局(FBI)長官 |
6 アヴリル・ヘインズ | 国家情報長官 |
7 ジョン・ボルトン | 元国家安全保障問題担当大統領補佐官(トランプ政権~2019年9月) |
8 ロバート・ウースレイ・ジュニア | 元CIA長官(1993年~1995年) |
(2)今後米国政府がさらに追加制裁を課す場合の制裁メニューを発表
- 米国が追放した数と比例した外交官の国外退去。
- 米国国務省職員による短期渡航者制限(年間最大10名に制限)。
- 米国公館でのロシア人職員の雇用禁止。
- 1992年覚書に基づく米国外交使節団のロシア渡航取り決めの破棄。
- 国務省及びその他米国政府機関によって管理されている米財団・NGOのロシア連邦での活動停止。
留意すべき点は、今回のロシアのカウンター制裁は、実はタイミングだけはカウンター制裁だったが、実際にはロシア外務省は3月2日に行われた米欧共同制裁(表1参照)に対するものと言明しており、その内容も、ロシアに公私とも頻繁な出入国が予定されていない8名の米国政府高官(現役及び経験者)に対する永久入国禁止措置に留まっていることである。つまり、正確には4月15日に発動されたバイデン政権での新制裁に対しては対抗措置を実行しておらず、自制していることが感じられる。外務省声明では、「対米制裁はロシアが選択したものではない。米国とのさらなるエスカレーションは避けたい。ロシアは二国間関係を正常化する方法を見つけるために、米国との平和的・専門的な対話に対する準備ができている。(中略)バイデン大統領が、彼らが提案している米露首脳会談を含め、ロシアとの安定した建設的で予測可能な関係に関心を示していることは明らかである。米露首脳会談に対する提案についてロシアは前向きに受留めており、現在具体的な検討がなされている」と結ばれており、米国との関係改善を滲ませる内容ともなっている。
前述の通り、今回の米国制裁も、バイデン大統領主導での新大統領令という点では、対露姿勢を明確に内外へ示したという意味があるが、SDN指定も重要人物は既に指定されているグロモフ大統領府第一副長官に留まり、ロシア国債の米国金融機関に対する6月14日以降の新規取扱い禁止も2019年8月措置のルーブル債への拡大(外国投資家保有率は過去最低で発行債券の2割程度。米国金融機関は6~7%)とかなり抑制された内容となっていることが分かる。今回の米露の制裁合戦はお互いが抑制しながら制裁を発動していることが窺えるだろう。

出典:筆者取り纏め
この自制の背景にあったのは、この翌週、バイデン大統領主導で開催された4月22日のオンライン気候変動サミットがあったと考えられる。ロシア大統領府は19日にプーチン大統領がオンライン気候変動サミットに出席し、演説することを明らかにしている。これは、バイデン大統領が13日にプーチン大統領との電話協議で改めて招待したものだった。サミットは4月22~23日に開催され、世界各国の首脳ら約40人が招待されており、参加することは世界で高まる脱炭素の潮流と気候変動問題に対して取り組んでいることを示す国際舞台となる。それに先立つ15日の米国制裁と16日のロシアによる報復措置の中、プーチン大統領が本当に出席するかどうかが注目されていたが、制裁前のバイデン大統領からの電話と2日後の自制した米国制裁の発動、そして翌日のロシアの自制した報復措置、19日のプーチン大統領のサミットへの参加発表という流れには明らかに米露が水面下では認識を共有していた可能性が高い。
(3) ロシアによるチェコ及び米国の「非友好国」指定
他方、プーチン大統領はサミット後の23日、「非友好的な国」の選定に関する大統領令(第243号)に署名し、政府にリスト作成を指示した。リスト入りした国は在ロシアの大使館の職員数などで制限を受けることになる。リストは5月の連休にかかるも早速作成され、5月14日に米国とチェコを「非友好国」として正式に指定し、発効した。この指定により、チェコ大使館に対してはロシア国籍保持者の雇用を19人までに制限し、米国大使館にはロシア人の雇用を一切認めないことになった。これは、4月17日にチェコ政府が2014年に発生した同国の弾薬庫爆発で2人が死亡した事件について、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)が関与したと断定したことを発表しており、「非友好国」指定はその報復措置となる。「非友好国」に指定された場合、ロシアからどのような制限を対象国が受けるのに注目が集まっていたが、最終的に「当該国のロシア連邦内の公館で雇用するロシア国籍者の雇用制限」となっている。政府命令書第1230-r号では以下の通り規定されている。
- チェコ :ロシア国籍者の雇用を最大19名のみ。
- 米国 :ロシア国籍者の雇用を許可せず。
米国に対しては、全ての現地人の雇用契約停止による業務支障への懸念もある内容だが、ロシアにおける在外公館(ウラジオストク及びエカチェリンブルク)については、トランプ政権(ポンペオ国務長官)下で、モスクワの大使館を除き、全て閉館しており、今回の決定は青天の霹靂というわけではなかった。また、米国大使館は既に4月23日の大統領令を受け、大使館サイトに米国人向けにリリースを出している。
- 当面の間、公証サービス、海外出生の領事館レポート、パスポート更新サービスが提供できなくなる。
- ロシアに居住している米国人で、新たな米国のパスポートが必要な場合にはメールで連絡(moscowacs@state.gov)。個別に対応する。
- ロシアビザの有効期限が切れる場合、ロシア政府が設定した6月15日の期限までにロシアを出発されたい。この期限を過ぎてもロシアに留まる場合には個別に露内務省にアクセスし、必要な事務処理を開始することになる。
- ロシア政府により、領事館のマンパワーが75%削減されたことは遺憾。可能な限り多くのサービスを米国市民に提供するよう努める。
と発表しており、準備を進めていたことから大きな混乱は発生していない模様である。
(4) Nord Stream 2に対する制裁発動(5月19日)。但し、本丸は制裁対象外に
5月に行われた米国の制裁発動は、ブリンケン米国務長官とラヴロフ外相が19日夜、アイスランドの首都レイキャビクで、翌月に控えるジュネーブでの米露首脳会談の露払いを目的とした会談の直後の21日に発動された。両外相会談は予定の1時間を超過し、1時間45分に及んだが、その会談開始から30分後に、米国国務省が議会に対して報告書を提出し(2021年国防授権法で規定された制裁法「欧州のエネルギー安全保障防御法(PEESA)」に基づき、Nord Stream 2建設に関与した個人及び企業を四半期毎に報告することになっているもの)、その中で4隻の船舶、5つの企業、そして個人1名について記載されていると発表している。理論的にはバイデン大統領が制裁を免除しない限り、記載された船舶、企業及び個人は制裁の対象(SDN)となると考えられるものであった。
他方、ブリンケン国務長官は改めて声明を出しており、そこではNord Stream 2建設に対する最も効果のある制裁対象と考えられる事業会社のNord Stream 2 AG(ドイツ法人)とプーチン大統領がKGBオフィサーとしてドレスデンに駐在していた80年代、東ドイツ秘密警察「シュタージ」のカウンターパートとして親交を持ち、現在は国営Rosneft・Transneftの取締役を務め、Nord Stream 2 AG社長としてロシア利権に食い込んでいるドイツ人マティアス・ヴァーニッヒについては、「制裁の適用を放棄することが米国の国益であると判断した」と述べている。一部ではNord Stream 2に対する制裁が全て解除されたという報道も見られたが、そうではなく、Nord Stream 2の制裁は継続し、その対象拡大候補も判明しているが、その中で、本丸である事業会社Nord Stream 2 AGとその社長であるマティアス・ヴァーニッヒについては制裁を課さないということを確約したということになる。
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<参考4>マティアス・ヴァーニッヒ略歴
(Nord Stream 2 AG社長他、Rosneft取締役/Transneft取締役/VTB監査役等を歴任)
- 1955年7月26日生まれ(66歳)
- 1981年ベルリン経済大学経済学学士修了。
- 1974年~1990年国家保安省(シュタージ)に勤務。主要任務は経済インテリジェンス・スパイ活動。東ベルリン及びデュッセルドルフで勤務。東西ドイツ統一時にはルフト経済大臣の顧問になり、統一交渉に参加する中で、フランクフルトを本拠としたかつてドイツ三大銀行であったドレスナー銀行(2008年コメルツ銀行に買収)頭取と接点ができ、1990年5月にドレスナー銀行へ転職。
- 以後、2006年まで同銀行ロシア支社長として、ロシアビジネスを拡大。
- プーチン大統領とは、KGBオフィサーとして東ドイツ(ドレスデン:1985年~1990年)に駐在している間、遅くとも1989年1月のチェーカー(秘密警察)71周年記念祝賀会への出席までに接点があったと言われている。以来、親交を深めるが、報道では、1993年にプーチン大統領の妻リュドミラ・プーチナ(2014年離婚)が事故に遭った際にドイツで手術ができるよう手配したことも両者の関係の深化に影響を与えている。ロシア人女性と再婚。前妻との間に長男・長女、現在のロシア人妻との間に次男。
2006年~2016年:Nord Stream AGマネイジング・ディレクター
2007年~現在:VTB(対外貿易)銀行監査役
2011年~現在:Transneft取締役
2011年~2015年:Gazprom Schweiz AG取締役会会長
2011年~2014年:Rosneft取締役。
2012年~2018年:RUSAL監査役議長
2014年~現在:Rosneft取締役会副会長(0.0009%株式保有)
2015年~現在:Nord Stream 2 AG社長
出典:各社公開情報及び報道情報から筆者取り纏め
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また、今回の発表が、レイキャビクで20日に開催された北極評議会(ロシアがこの会議から2年間議長国を務める。日本はオブザーバ国)に参加するために現地入りしたブリンケン国務長官とラヴロフ外相の初のバイ会談が行われるのと同時に発表されていることが注目される。18日の段階では米国の新興政治ネットメディアのアクシオンを引用する形で、ロイターが「米政府がNord Stream 2 AGへの制裁を見送ると報じたことに対し、共和党から批判されている」というニュースを出しており、外相会談に合わせて毅然とした態度を示す必要があったが、6月の米露首脳会談を前に関係を悪化させることは好ましくなく、その妥協の産物として、本丸である事業会社とプーチン大統領の竹馬の友であるドイツ人社長は制裁対象としないという対応が生まれたことが推察される。
これまで建設を阻止するべく2019年12月から制裁を課してきた米国だったが、Nord Stream 2に対する米国政権の対応が明らかに変わったのもこの時である点は重要である。
21日、財務省は議会報告書を受ける形で、国務省のリスト(参考5)に更に大幅に船舶を加える形で制裁発動を発表するが、同日の記者会見でホワイトハウスのサキ報道官は、「95%完成しているNord Stream 2の建設を中止させることは米国政権にとって事実上不可能であるように思われる」と発言した。「他国で95%建設されているプロジェクトを米国がどのように止めることができるだろうか?」と手放し、米国政府はプロジェクトへの反対の意思を示すために既に「重要な措置」を講じており、建設に関与した企業や船舶に同日課された制裁措置を指摘するに留まった。
政権の対露姿勢軟化の動きに敏感に反応した14名の共和党米上院議員がNord Stream 2に対する制裁復活法案を議会に提出するが、5月26日には、遂にバイデン大統領が、「Nord Stream 2に対する制裁措置は米国の欧州との関係に逆効果となる。プロジェクトはほぼ完了しており、制裁はヨーロッパとの関係を損なう可能性があるため、事業会社に対する制裁は放棄することを決定した」と述べ、事実上Nord Stream 2の完成は致し方ないというスタンスに大きく方向転換したことが判明する。そして、このことが6月の米露首脳会談と7月のNord Stream 2の稼働に向けた道筋について米独で8月末までに妥結の見通しという認識共有に連なっていくのである。
<参考5>米国国務省による議会報告書(2021年5月19日)
「2020年国防授権法(欧州のエネルギー安全保障防御法(PEESA))及び2021年国防授権法に基づくロシアのエネルギー輸出パイプラインのためのパイプ敷設船及び活動に関する議会への報告書
(対象期間:2021年2月17日~5月16日)
船舶:4隻
- 敷設船:アカデミック・チェルスキー号(アンカー式船位保持)(筆者注)
- 支援船:バルチスキー・イッセルドヴァーチェリ号
- 支援船:ヴラチスラフ・ストリゾフ号
- 支援船:ユーリ・トプチェフ号
筆者注:もう1隻のパイプ敷設船フォルチュナ号は2月にSDN対象になっている。
外国法人・個人:5社/1名
- Russian Federal State Budgetary Institution Marine Rescue Service:船舶管理
- LLC Mortransservice:資機材ロジスティクス
- Koksokhimtrans LLC:支援船ヴラチスラフ・ストリゾフ号及びユーリ・トプチェフ号を保有
- Samara Thermal Energy Property Fund:アカデミック・チェルスキー号を保有
- Nord Stream 2 AG
- マティアス・ヴァーニッヒ

<参考6>米国による対露制裁発動(2021年5月21日)
19日の米国国務省による議会報告書を受けて、21日、財務省外国資産管理局(OFAC)が制裁対象者の追加と関連するFAQを発表。Non-SDNベース対象者として企業3社、船舶11隻、SDN対象として船舶2隻を対象に指定(Non-SDNとSDNの違いは筆者注参照)。
(1)企業:3社/Non-SDNベース対象
組織名 | その他の情報 |
---|---|
1 Russian Federal State Budgetary Institution Marine Rescue Service | 船舶管理。 |
2 LLC Mortransservice | 資機材ロジスティクス。 |
3 Samara Thermal Energy Property Fund | アカデミック・チェルスキー号を保有するGazprom子会社。 |
筆者注:上記参考5 国務省報告書にあったKoksokhimtrans LLC(支援船ヴラチスラフ・ストリゾフ号及びユーリ・トプチェフ号を保有)は既にSDN対象となっており、今回は規定変更のみ。
(2)船舶:11隻/Non-SDNベース対象
船名 | その他情報 |
---|---|
1 敷設船:アカデミック・チェルスキー号 | ロシア船籍。 |
2 支援船:アルテミス・オフショア号 | ロシア船籍。国務省報告書に記載なく、OFACが新たなに制裁対象に追加した船舶。 |
3 救助船:バフテミール号 | |
4 支援船:バルチスキー・イッセルドヴァーチェリ号 | |
5 支援船:フィンヴァル号 | |
6 牽引船:カピタン・ベクレミシェフ号 | |
7 救助船:ムールマン号 | |
8 牽引船:ナルヴァル号 | |
9 牽引船:スィヴチ号 | |
10 救助船:スパサーチェリ・カレフ号 | |
11 牽引船:ウムカ号 |
(3)船舶:2隻/SDNベース対象
船名 | その他情報 |
---|---|
1 支援船:ヴラチスラフ・ストリゾフ号 | ロシア船籍。 |
2 支援船:ユーリ・トプチェフ号 | ロシア船籍。 |
筆者注:Non-SDNベース対象者については今回の発表で追加された財務省FAQ895にも説明が為されている。それは今回の制裁根拠法である「欧州のエネルギー安全保障防御法(PEESA)」に基づくもので、Non-SDNベース対象者は制裁内容がSDN対象者よりも限定される。今回の場合には「資産は凍結されるが、米国人からの物品の輸入は可能(such persons’ property and interests in property are blocked, except for the importation of goods)」とされている。SDN対象者に対する制裁内容はより厳しく、資産は凍結され、直接または間接的に50%以上所有している企業も同様の扱いとなる上、その対象者を物質的に幇助(material support)する外国人もOFACはSDN指定する可能性を留保する内容である。なお、ロシア特定石油企業に課されている金融制裁や技術制裁もカテゴリーとしてはNon-SDNベースの制裁に分類される。
4. 米露首脳会談実施(6月16日)
6月16日、バイデン大統領とプーチン大統領が、ジュネーブで初めて対面での首脳会談を実施した。米露の緊張はここ数年で最も高まっていることは両首脳とも認めており、会談は緊張緩和を図ることが最大の目的だったと言えるだろう。両国の政府当局者は会談が4時間を超える可能性があると予想していたが、ホワイトハウスによると、途中の休憩を除き約2時間38分で終了したとされる。バイデン大統領は会談中にロシアからなんら脅しはなかったとした上で、米露関係が改善する明確な展望があると表明した。米国の価値観を捨てることなくロシアとの関係を改善させることは可能だとも述べている。プーチン大統領とバイデン大統領は会談終了後、別々に記者会見を開催。プーチン大統領はそれぞれの大使を相手国の首都に帰任させると発表した。また、バイデン大統領と軍縮、サイバーセキュリティー及び外交関係について協議を継続することで合意したことを明らかにした。今回の会談については、「全体として生産的で本質的、具体的なもので、結果を得ようとする雰囲気の中で行われた。最も重要なのは、信頼の兆しがわずかに見られたことだ」と評価すると共に、「双方とも重要な問題について互いのレッドライン(越えられない一線)を理解していた」と記者団に語っている。

出典:ロシア大統領府
5. 米独が8月末までにNord Stream 2の対応に合意か
このような5月以降の米露の接近を受けて、ドイツ政府も米国に対して、Nord Stream 2稼働開始に向けた働き掛けを加速し始めた。
6月1日、メルケル首相は同プロジェクトについて話し合うための交渉チームを米国に派遣したことを明らかにする。ヤン・ヘッカー外交政策顧問と同氏のラース・ヘンドリック・ロラー首席経済顧問が率いる代表団がサリバン国家安全保障顧問及びタイ通商代表と会談を実施している。
この後のブリンケン国務長官の発言でも、Nord Stream 2 AG及びその社長に対する制裁免除については撤回することもできるとしながら、「ウクライナを迂回するNord Stream 2については、ウクライナが将来失うだろうトランジット料を補償させるのに必要な条件をドイツと交渉している」と認めている。更にNord Stream 2の物理的完成は「既成事実(Fait Accompli)である。米独は現在、欧州及び米国政府がロシア産ガスをドイツに輸送するパイプラインへの安全保障上の懸念を最小化するための方策について議論している」とも述べており、米国のNord Stream 2に対するオフィシャルな姿勢が以前の「建設阻止」から「稼働条件交渉」に変化したことを示唆している。
23日には、米国務省はブリンケン国務長官が、メルケル首相とマース外相と会談するためにベルリンを訪れ、「Covid-19パンデミックからの回復、気候危機への対処、中国とロシアが提起する課題への対処」について協議したと発表。マース外相はその後、記者団に対して、協議ではブリンケン国務長官が「米国はプーチン大統領がウクライナへの政治的圧力としてNord Stream 2を悪用しないよう、ドイツが役割を果たすことを期待していることを明確に語った。我々はこの点を認識しており、貢献していく」と述べた。
そして、遂に6月25日、アルトマイヤー経済相がグランホルム・エネルギー長官とワシントンで面談し、「両国は8月末までにNord Stream 2をめぐる紛争を解決することを約束した」と発表するに至る。アルトマイヤー経済大臣は「このゴルディオスの結び目(手に負えないような難問を誰も思いつかなかった大胆な方法で解決してしまうことのメタファー)を解くには多くの方法があり、良い解決に向けて協議することは価値がある。地政学、エネルギー、ビジネス上の利益を考えると、この問題は依然として複雑である。しかし、特に化石燃料からの移行に対する両国の共通の関心を考えると解決策は可能である。ドイツは米国との協議において、ロシアとの間で問題が発生した場合に米国からのガス供給を受けることができる2つのLNGガスターミナルを建設することに合意した。新米国政府はカーボンニュートラル・エネルギー・ソリューションの開発にもっと関心を持っている。ドイツは米国と同様に、再生可能エネルギーを使用して電解槽に電力を供給し、水を変換することによって作られた、いわゆるグリーン水素の製造コストを削減することを目的とした技術に多額の投資を行っている。私たちは知識を共有し、それらをさらに発展させ、他の国とのプロジェクトに協力したいということに同意した」と述べた。
米独で議論されている「Nord Stream 2稼働条件」については現時点ではまだ明らかではないが、既に昨年8月からドイツ政府が働きかけを行ってきたアイデアが土台となるものと想定される。米独は既に2020年8月及び今年2月と、制裁を回避するための懐柔策を交互提案していることが報道されている。8月にはドイツ政府が、将来的に米国産LNGも受け入れる可能性のあるドイツのLNG受け入れターミナル計画(図3参照)に対して、最大10億ユーロを投資することを提案する書簡を送付したと言う。2月には米国政府がドイツ政府に対して『パッケージ・ソリューション』案を提案するように要請しており、ドイツ政府が米国と妥協するための複数のシナリオ・選択肢(ロシアがウクライナに圧力をかけた場合のNord Stream 2の「シャットダウン・メカニズム」の構築、米国との交渉が終了するまでドイツ政府はパイプライン建設を停止、ウクライナのエネルギー部門への投資の大幅な増加とウクライナからのグリーン水素の供給の見通しを含む協力イニシアチブの立ち上げ等)を検討している模様である。8月末までの妥結に向けては、この『パッケージ・ソリューション』がベースとなると考えられるが、特に米国が強く要求していると言われる「シャットダウン・メカニズム」又は「スナップバック・メカニズム」(Gazpromが政治的にウクライナ向けのガスフローを削減・シャットダウンした場合には、その報復としてNord Stream 2のガスを止めるというもの)については、Nord Stream 2はあくまで経済プロジェクトであり、ガス供給販売契約で縛られた商業活動を政治的兵器としてロシアに対して使用することはできないというのがドイツの立場であり、実現については強い難色を示していることが想像される。

出典:公開情報より筆者取り纏め
7月15日、メルケル首相にとっては在任中では最後の訪米となると見られる形で、米独首脳会談がワシントンで開催された。報道では、会談の中でバイデン大統領がNord Stream 2に対する懸念を表明し、メルケル首相とは「ロシアが隣国を強要したり脅したりするための武器としてエネルギーを使用することを許されてはならないという私たちの信念に絶対的に一致した」とされ、Nord Stream 2稼働に向けた妥結協議は不調だったという論調が見られたが、実際に公開されている記者会見議事録を読むと、8月末までの妥結に向けた協議を続けていることが分かる。
7月20日、ロイター電は米国とドイツがNord Stream 2を巡る問題を解決するための合意について数日中に発表する予定であることを速報している。現時点では内容詳細は不明ながら、この問題に近い人間からの情報として、米独で検討されている協定にはNord Stream 2稼働によるウクライナの不利益を相殺するために、ウクライナのエネルギー分野への投資を確実に増やすという米独のコミットメントが含まれる模様と報じている。

出典:ドイツ首相府
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<参考>バイデン大統領及びメルケル首相による記者会見での発言及び質疑応答
(Nord Stream 2関連個所抜粋)
バイデン大統領:
米独は共にNATO同盟国をロシアの侵略から守るために立ち向かう。私はNord Stream 2についての懸念を伝え、ロシアが隣国を強要したり脅したりするための武器としてエネルギーを使用することを許されてはならないという信念でメルケル首相と完全に一致した。そして、本日、エネルギー安全保障と持続可能なエネルギー、持続可能なエネルギー技術、中央ヨーロッパとウクライナを含む新興経済国の開発を支援するために気候エネルギーパートナーシップを開始する。
メルケル首相:
ロシアとウクライナについて、Nord Stream2についても協議した。このプロジェクトの内容についてさまざまな評価を行った。明確にしたいのはウクライナが天然ガスの通過国であり続けるということである。ウクライナは、世界の他の国と同じように、領土主権の権利を持っている。そのためにドイツはミンスク合意に関与し続けている。ロシアが通過国としてのウクライナのこの権利を尊重しない場合、私たちは積極的に行動する。Nord Stream 2は追加のプロジェクトであり、ウクライナを通過するあらゆる種類のトランジットに代わるプロジェクトではない。そうでなければ明らかに多くの緊張を生み出すだろう。また、実際にこれを明確にしていく方法についても話し合っている。
記者からの質問:
- メルケル首相へ:ロシアが約束に違反した場合は積極的に行動すると言ったが、たとえば、ウクライナを通過するガスの輸送を中断することが考えられる。具体的にはどういうことを想定しているのか? ドイツはNord Stream 2を閉鎖するのか? そのためにどのような法的根拠を主張するのか?
- バイデン大統領へ:米国はNord Stream 2と何年も戦ってきた。今、このパイプラインが稼働するまであと数日しかない。なぜ今それを先に進めたり、運用したりすることを許可するのか? それともその前提としてパイプラインを運用する人間には新たな制裁が課されるのか?
メルケル首相:
ドイツだけでなく欧州委員会全体で、ロシアとウクライナと話し合い、2023年(筆者注:2024年までの間違いか)まで確実な契約を成立させるために多くの努力をしてきたことを知っているだろう。ガス契約、そしてその後のガス供給も実現する必要がある。もしそれが上手く行かない場合は、我々には自由に使える多くのツール(筆者注:制裁)があるが、それらは必ずしもドイツ側だけではなく、ヨーロッパ側にある。我々は行動する可能性がある。一方で、我々がこれらの決定を下す必要が生じないことを願っている。
バイデン大統領:
Nord Stream2に関する私の見解は以前から知られている通り。良い友達というのは反対することができる関係にあること。しかし、私が大統領になるまでに、パイプラインは90パーセント完了していた。そして、制裁を課すことは意味をなさないようだった。ロシアが本質的に何らかの方法でウクライナを脅迫しようとしたかどうかに基づいて、首相がどのように進むかを見つけるために首相と協力する方が理にかなっているのだ。メルケル首相と私はチームに、私たちが一緒に取ることができる実際的な対策を検討するように依頼している。これは今後明らかになるだろう。
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なお、現段階では米独が歩み寄りを示しているが、この流れも次のような事象によって、180度変わってしまうことに留意が必要である。まず、
- ゼレンスキー大統領によるNATO加盟に向けた動きとそれに呼応するロシアの対応の加速化(ウクライナ東部地域へのロシア軍集結や黒海情勢の緊迫化)
そして、
- 収監されたナヴァルヌィ氏の体調悪化や最悪の場合には刑務所で死亡するという事態の発生
である。ウクライナ東部地域の不安定化はロシアが望む状況だが(NATOには紛争を抱える国=ウクライナは加盟できない)、ロシア軍との戦火が発生・激化する場合やナヴァルヌィ氏が死去するという事態が発生する場合には、欧米(ドイツ・メルケル首相もバイデン大統領も押しなべて)は踏み込んだ制裁(Nord Stream 2や石油・金融・軍事産業への更なる追加制裁)を課せざるを得ない状況が生まれるだろう。
6. Nord Stream 2建設を後押しするロシアからの価格圧力
米国制裁に対しても淡々とNord Stream 2建設を進めるGazpromだが、建設では問題なく完工できる見通しが立ってきたものの、次章7.で述べる通り、稼働には依然複数のハードルが立ちはだかる。そこで稼働に向けた課題を解決に導くよう、外堀を埋める動きに出始めている。
まず、この7月に開催されたポーランド及びウクライナ経由の輸送枠年次オークション(2021年10月~2022年10月)にGazpromは参加せず、次年度の容量を予約しないことを決定したことが目を引く。本オークションではウクライナのガス輸送システム事業者(GTSOU)は日量9.8百万立方メートル(=年間約35.8BCM)の容量を提供した。これは2019年12月に合意したGazpromとのトランジット契約に基づく40BCMへの追加容量となるはずだったが、Gazpromは応札しなかった。また、ポーランドはヤマル・ヨーロッパガスパイプライン(年間輸送容量33BCM)について、今回その大半に当たる日量7.9百万立方メートル(年間約28.8BCM)の容量をオークション対象としていた。こちらもGazpromは応札せず、必要となれば調達コストは高くなる可能性はあるが、短期的な予約で対応することを選択したということになる。これらソ連時代に建設されたパイプラインは現在ロシア産ガス又はLNGターミナルからの天然ガスが主な供給ソースであり、その中でもロシア産ガスの存在を無視することはできない。また、今回のGazpromの不応札の動きに加担しているのが、図4に示す通り、年初から右肩上がりに上昇し続けている欧州の天然ガス価格である。ロシア産ガスが流れなければ、供給がタイトな状況が続き、ガス価格が高止まりし続け、欧州需要家にとっては打撃となる。早ければ夏に、遅くとも秋には完成するNord Stream 2の完工スケジュールとその後に控える冬場のガス需要増加を見据え、Gazpromは「だからNord Stream 2稼働は必要」と言っているようである。
実際、Gazpromが7月分のウクライナ経由の追加トランジット輸送能力を予約しなかったことに伴い、欧州ではガス価格が2008年以来の最高値に急騰したことが報道された。欧州TTF価格において比較的期日が遠い先物が千立方メートル当たり400ドル(約11ドル/MMBTU)以上で取り引きされているが、そのような条件は2008年以来のことであり、これまでは価格高騰が見られても単発的で、基本的に緊急事態に起因するものであった。この13年間でスポット価格が千立方メートル当たり400ドルを上回ったことは25回しかなく、TTFのスポット価格が最高値を記録したのは2018年3月1日で、大寒波の影響により千立方当たり940ドル(25ドル/MMBTU)まで跳ね上がっている。

出典:JOGMEC
また、7月には欧州向けの主要パイプラインの内、ドイツ向けのNord Stream(7月13日~23日)及びポーランド経由ドイツ向けのヤマル・ヨーロッパガスパイプラインが定期保守のため停止されることから、トレーダーはロシア産ガスの供給がさらに減少するものと見込んでいることも、スポット価格及び先物価格の上昇を招いている。もちろん、このような水準まで価格が上昇したことで、これまでアジアに供給されていたLNGの一部が欧州向けに切り替えられる可能性もあるだろう。しかし、米国、カタール、ロシア産LNGは依然価格の高いアジアに輸送を続けているため、状況を改善するまでには至っていない状況にある。
ガス不足を背景に欧州では冬の到来までに地下貯蔵施設が満杯にならない可能性も高まりつつある。現在の備蓄量は貯蔵施設容量の46.6%(50BCM)で、過去5年間の平均値より15BCM少ないレベルとなっている。また、上記2大パイプラインの定期保守により貯蔵施設の充填はさらに遅れる見通しである。2020~2021年の秋冬期間に使用された地下貯蔵施設の66BCMの天然ガス容量の内、6月下旬までに回復したのはわずか18BCMだった。貯蔵レベルの低さが欧州市場でのガス価格の上昇を引き起こしており、Nord Stream 2が稼働するまで価格高止まりが継続する可能性が高く、Gazpromの期待通り、その稼働が市場の支持を受けつつある。GazpromはNord Stream 2が稼働を開始するまでは輸出拡大を急いでいないと分析する市場アナリストもおり、GazpromはNord Stream 2稼働を待つことでより多くの利益を得ることができるだろうと分析している。
7. 稼働できるかどうかにはまだ欧州でもハードルが残る
このようにNord Stream 2は夏から秋にかけて完成する見込みであり、目下の注目点はいつ稼働するのかという点に集まりつつある。しかし、完成する見通しが立ったとしても、その稼働となると、乗り越えなくてはならないハードルが既に複数存在している。それらは米国の問題ではなく、欧州域内の問題である。
(1) ハードル1:反露欧州諸国(ポーランド等)による稼働差し止め訴訟の提起
Nord Stream 2完成によって既存のガスフローがバイパスされてしまう東欧諸国、つまりポーランド及びウクライナ、そしてロシアの台頭を良しとしないバルト三国は、Gazpromという生産者及び輸送者が分離されていない独占企業体が100%保有する事業会社Nord Stream 2 AGが運営する同パイプラインは、欧州ガス指令に違反しているとして、稼働する見込みが立てば、改めて訴訟を起こす可能性が高い。これは既に前例があり、2011年から稼働を開始したNord Streamもポーランド(国営石油ガス会社PGNiG)によって、Nord Streamが接続するドイツ国内(欧州域内)のOPAL(バルト海接続ライン)というパイプラインに対して、Nord Stream経由のガスフローについてはOPALに対するGazprom出資分(49.98%)を停止するべきであるという訴訟を起こし、認められた結果、現在同パイプラインのロシア産ガスフローは半分に抑えられている状況である。
Gazprom(及びドイツ)にとっての朗報としては、Nord Stream及びNord Stream 2がドイツ国内で接続する3つのパイプラインが既に完成しており、3月下旬には最後のEUGALパイプラインが設計輸送能力の55BCMに達したことである。従って、表2の通り、Nord Stream(55BCM稼働中)及びNord Stream 2(55BCM建設中)の合計110BCMの天然ガスについては、揚陸後のドイツ国内のパイプラインであるOPAL(36BCM/但しその内約半分が停止しており、実質18BCM)、NEL(北ヨーロッパパイプライン/55BCM)及びEUGAL(ヨーロッパガス接続ライン/55BCM)によって十分稼働可能な容量は確保されていることになる。
図5の通り、上述のポーランドによる訴訟(2019年8月)前後を見ても、Nord Streamの通ガス量が減少することはなく、逆に増加しており、2020年は設計能力である55BCMを25%も上回る68.7BCMという稼働実績だった。OPALから締め出された分はNELや稼働を開始したEUGALが引き受けていることが想像される。他方、表2の権益者の通り、NELにもEUGALにもGazpromが実質それぞれ51%、50.05%出資しており、OPALに対する訴訟のようにポーランドは次のターゲットとしてそれらパイプラインのGazprom保有シェアを攻撃してくる可能性が考えられる。
表2 Nord Stream及びNord Stream 2が接続するドイツ国内のパイプライン
注1:NEL Gastransport GmbHはWIGA Transport Beteiligungs-GmbH & Co. KGの子会社であり、後者はGazprom及びWintershallによるJV。
注2:GASCADEはBASF及びGazpromによるJV。なお、WintershallはBASF傘下のドイツ最大の石油ガス生産企業。
出典:公開情報から筆者取り纏め

出典:Gazprom公開資料から筆者取り纏め
表3 ロシア産ガスの欧州向けルート別輸出実績の推移

出典:Gazprom公開資料から筆者取り纏め
なお、係争中で完全稼働ができないOPALパイプラインに関しては、ドイツ政府が、2019年に出された同判決(Nord StreamのOPALへの100%接続を認めたEUの決定を無効とするもの)を不服として、ルクセンブルクに本拠を置く欧州司法裁判所に訴えを起こしていたが、15日に同裁判所から出された判決も、2019年の欧州委員会の決定に対するポーランドの異議申し立てを支持する内容となった。この決定を受けて、Gazprom Exportは、「欧州司法裁判所の決定に失望。Gazpromは本訴訟の当事者ではないが、欧州ガス輸送システムへの効率的な投資を妨げる人工的な障害が作り出されていることは残念」とコメントを出している。また、ドイツ経済省は、決定は覆らないが容量制限はドイツ国内のガス供給になんら脅威を齎さないと述べている。
(2) ハードル2:パイプライン完成後の検査認証を誰が行い、欧州各国はそれを認めるのか
パイプラインの稼働に当たっては第三者機関による完工状況と運転における安全性の確認が求められる。本契約を請け負ってきたのがこの分野での大手であるノルウェー検査認証企業Det Norske Veritas - Germanischer Lloyd(DNV-GL)であったが、昨年からの度重なる欧米制裁(メインは米国制裁)を受けて、制裁抵触の恐れがあることから同プロジェクトへ関与を取り止めると発表し、事実上撤退している。その後、自前での調達に動き出したロシア政府(Gazprom)は、2016年にGazpromによって設立されたIntergazcert等独自の検査認証会社がDNV-GLに代わって作業を請け負うということが想定されている。このような検査認証作業は建設中にも敷設船に乗り込み、船上の溶接作業から着底までをチェックすることもあり、現在建設が順調に進んでいることを見ると、Gazpromが用意した検査認証企業が既に建設サイトで実働している可能性もある。しかし、建設海域であるデンマーク政府やドイツ政府がそれを認めたのかどうかの確定情報はないのが実情である。
チゾフ欧州連合常駐ロシア代表は5月下旬に、「Nord Stream 2に対する別の段階の戦いが建設完了後の認証において始まるだろう。パイプラインは完成するだろうが、その認証・試運転において問題が生じ、新たな戦いが始まることになる」というGazpromにとって不吉な予言を述べており、本問題は未解決の可能性が高く、完成後のデンマーク政府、ドイツ政府及び欧州委員会の対応(横槍)が注目される。
(3) ハードル3:欧州ガス指令適用判断に対するドイツ政府の対応
2020年5月、ドイツ連邦ネットワーク庁は欧州連合のガス指令からNord Stream 2を免除するよう求めたGazpromの訴えに対し、「2020年5月より前に完成したパイプラインにのみ適用できることを2019年12月に決定。Nord Stream 2は現時点で完成していないため、訴えを認めることはできない」との判断を下した。この判断によりGazpromはNord Stream 2が完成しても、生産者であり輸送者である同社が100%出資している以上、その出資構成を変えない限りは稼働できないという難題を抱えている。現在、Gazpromはパイプラインの「完成」の定義・解釈を巡り、争う姿勢を示している。他方、ドイツ政府は2020年5月まで例外規定を作ったのに、守れなかったGazpromが悪いという姿勢だ。つまり、ドイツ政府の中でもNord Stream 2稼働支持は一枚岩ではないことも示している。この点はNord Stream 2にとっては極めてクリティカルなポイントである。もしGazpromの主張が認められない場合には、Gazpromは自分のガス田ではないソース(NOVATEKや他石油会社)からNord Stream 2向け天然ガスを仮想的に調達する形(国内パイプラインに入った時点で色分けはできないため)をドイツに認めてもらうことや、生産者としては残り、Nord Stream 2の権益をGazpromとは資本関係のない他ロシア企業に売却することで形式上「分離」したことを示す方策に出ることになるかもしれない。
6月末、デュッセルドルフ裁判所では、Nord Stream 2 AGによるドイツ規制当局へのNord Stream 2への欧州ガス指令適用に対するGazpromが提起した訴訟に関する弁論が行われた。最終判決は早くて8月25日以降となる見込みとなっている。
(4) ハードル4:ドイツ議会選挙(9月)とポスト・メルケルの行方
2021年9月26日にはドイツ連邦議会選挙が予定されており、2005年から首相職にあるキリスト教民主同盟党首であるメルケル首相(66歳)は今回の選挙には立候補せず、政界を引退することを明らかにしている。既に次期首相を巡っては、各党党首が出揃っており、キリスト教民主同盟が次期首相候補に選出したラシェット党首(60歳)、支持率では2位につける緑の党の、若干40歳のベーアボック党首、キリスト教民主同盟及び社会同盟によると統一会派と二大政党を形成する社会民主党のショルツ財務相の3名である。現時点では、9月の総選挙では16年続いたメルケル路線の継続か変化かを、ラシェット党首(継続)とベーアボック党首(変化)で争うことになるという見方が趨勢だ。

出典:公開情報より筆者取り纏め
従って、Nord Stream 2についてもメルケル路線を継続(稼働)するか否定するかという点がポイントとなってくる。ラシェット党首は「ロシアが協定に違反したり、ウクライナへの圧力に利用したりする場合、事業を停止する可能性がある」と述べてはいるが、稼働を前提とした発言である。他方、緑の党のベーアボック党首は、「プーチン大統領はウクライナだけでなく、欧州の不安定化も望んでいる」、「パイプラインの建設は間違い」とし、パイプライン事業への反対を改めて表明している。
7月現在の世論調査では、キリスト教民主同盟及び社会同盟が29%、緑の党が19%、社会民主党が15%となっており、ラシェット党首がリードしているが、5月中旬には環境意識の高まりを追い風に緑の党が25%、キリスト教民主同盟及び社会同盟が24%と一時期逆転していた。今後、環境政策の強化等の公約をまとめ、巻き返しを目指す緑の党の動きと9月のドイツ議会選挙の行方はNord Stream 2にとって極めて重要な事象となってくるだろう。
以上
(この報告は2021年7月21日時点のものです)