ページ番号1009100 更新日 令和3年7月29日
ロシア:Nord Stream 2(続々報):米独が共同声明を発表し、パイプライン稼働に向けた方針で合意。ロシアは歓迎する一方、ポーランド・ウクライナも同日共同声明を発し、牽制
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概要
- 米独が共同声明を発表
- メルケル首相訪米から1週間後の7月21日、米国務省及びドイツ外務省によって同時に「ウクライナ、欧州のエネルギー安全保障及び我々の気候目標のための支援に関する米独の共同声明」が発表された。短期間での発表は、既に両国が昨年8月から1年弱に亘って協議を開始してきたことを示すものであると共に、8月末には完成する見込みが高いNord Stream 2の進捗に鑑みつつ、9月に退任が控えるメルケル首相とドイツ議会選挙による混乱を避け、発表後の関係国調整時間確保も含め、出来るだけ早く発表することを優先したということが考えられる。
- Nord Stream 2稼働に向けた「条件」として、次の3点に言及している点が注目される。
(1) もしロシアがウクライナに対してさらに攻撃的な行動をとろうとした場合、ドイツは国家レベルで行動を起こし、制裁を含む欧州レベルでの効果的な措置を求める。
(2) ドイツは、アンバンドリングと第三者アクセスを確保するために、第三次エネルギーパッケージの文言と精神の両方を遵守する。
(3) ドイツは利用可能な全てのレバレッジを活用して、ロシアとのウクライナのガストランジット契約について最大10年延長を促すことをコミットする。
- リリースに併せて、同日、メルケル首相がプーチン大統領と電話会談を実施。2024年以降のウクライナを経由するガス輸送に関するGazpromとNaftogaz間の合意を延長する可能性について話し合い、共同声明に書かれた2024年以降最大10年間のウクライナ経由のガストランジット契約についても「可能性」としてポジティブな話し合いがもたれた模様。
- ミレル社長は2024年にガストランジット契約が満了した後、ウクライナ経由のガスの輸送量を現在の義務量を超えて増加させる可能性を排除せず、Gazpromはウクライナを通過する輸送量を増やす準備はできているとコメント。
- 同日、ポーランド及びウクライナが米独合意に対する共同声明を発表
- 米独の合意を受けて、即日ポーランド及びウクライナ両外相が電話会談を行い、「失望」の共同声明を発表。合意に達する段階で、Nord Stream 2がもたらす悪影響によって最も影響を受ける国の政府との協議を前提とする民主的な側面を持つべきであり、米独に、ロシアが唯一の受益者となるような私達の地域の安全保障の危機に対して適切に対処するよう要請。
1. 7月21日、米独が共同声明を発表
6月下旬、訪米中のアルトマイヤー・ドイツ経済相がグランホルム・米国エネルギー長官とワシントンで面談し、「両国は8月末までにNord Stream 2をめぐる紛争を解決することを約束した」と発表し(25日)、7月中旬にはメルケル首相にとっては在任中では最後の訪米におけるバイデン大統領との共同記者会見で(15日)、バイデン大統領は「メルケル首相と私はチームに、私たちが一緒に取ることができる実際的な対策を検討するように依頼している。これは今後明らかになるだろう」と述べ、アルトマイヤー経済相が述べた8月末までの問題解決に向けて、両首脳もコミットしていることが明らかになった。
これまで制裁を課し、Nord Stream 2建設差し止めを目指すという拳を、米国はどのように下ろすのか。また、ドイツは、米国はもとよりロシア、そしてNord Stream 2稼働によってこれまで得られた輸送タリフを失うウクライナやポーランドとの関係をどう整理するのかという難題を抱えていた。それら全ての利害関係者が納得の行く「対策」は、アルトマイヤー経済相をして、手に負えないような難問を誰も思いつかなかった大胆な方法で解決しなければならないという「ゴルディオスの結び目」と例えられ、調整には8月末という期限でも足りないのではないかという見方もあった。
しかし、そのような想像を覆し、メルケル首相訪米から1週間後の7月21日、米国務省及びドイツ外務省によって同時に「ウクライナ、欧州のエネルギー安全保障及び我々の気候目標のための支援に関する米独の共同声明」がリリースされたのだった。
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<参考1>米独による共同声明(7月21日時間提示なし)
「ウクライナ、欧州のエネルギー安全保障及び我々の気候目標のための支援に関する米独の共同声明」
注:太字は筆者による注目ポイント。
米国とドイツは、ウクライナの主権、領土保全、独立、選択した欧州への道を固く支持する。私達は今日、ウクライナ及び周辺地域へのロシアの侵略と悪意のある活動に対抗することを改めてコミットする。米国はノルマンディー形式を介してウクライナ東部に平和をもたらすためのドイツとフランスの努力を支援することを約束する。ドイツはミンスク合意の実行を促進するために、ノルマンディー形式を通じた取り組みを強化する。米国とドイツは、気候危機に取り組み、摂氏1.5度の温度制限を達成できるように2020年代に排出量を削減するための断固たる行動を取るというコミットメントを確認する。
米国とドイツは、制裁やその他の手段を介して金銭的負担を課すことにより、ロシアがその侵略と悪意のある活動に対して責任を取らせるという決意で団結している。私達は新たに設立されたロシアに関する米・EUハイレベル協議と二国間チャネルを通じて協力し、エネルギーを武器として使用するロシアの企み等、ロシアの侵略と悪意のある活動に共同で対処するための適切なツールとメカニズムを含め、米国及びEUが常に準備していくことを確認する。もしロシアがエネルギーを武器として使用しようとしたり、ウクライナに対してさらに攻撃的な行動をとろうとした場合、天然ガスを含むエネルギー分野やその他経済的に関係する分野におけるロシアのヨーロッパへの輸出能力を制限するべく、ドイツは国家レベルで行動を起こし、制裁を含む欧州レベルでの効果的な措置を求めていく。この取り組みは、ロシアがエネルギーを武器として攻撃的な政治的目的を達成するために、Nord Stream 2を含むパイプラインを悪用しないようにすることを目的としている。
私達は、多様性と供給の安全性に関するEUの第3次エネルギーパッケージに定められている主要な原則を含め、ウクライナと中東欧諸国のエネルギー安全保障確保を支援する。ドイツは、アンバンドリングと第三者アクセスを確保するために、ドイツの管轄下にあるNord Stream 2について、第三次エネルギーパッケージの文言と精神の両方を遵守することを強調する。これには、EUのエネルギー供給の安全性に対するプロジェクト・オペレータの認証によってもたらされるリスク評価が含まれる。
米国とドイツは、ウクライナを経由するガス輸送が2024年以降も継続することがウクライナ及び欧州の利益になるという信念で一致している。この信念に沿って、ドイツは利用可能な全てのレバレッジを活用して、ロシアとのウクライナのガストランジット契約の最大10年延長を促すことをコミットする。ウクライナとロシアとのガス輸送協定について、できるだけ早く、遅くとも9月1日までに交渉を開始するべく、交渉を支援するための特別使節の任命も含まれている。米国はこれらの努力を全面的に支援することを約束する。
米国とドイツは、気候変動との闘いに断固として取り組み、遅くとも2050年までにネットゼロ達成に向けて、自国の排出量を削減することで、パリ協定の成功を確保し、他の主要なエコノミーに気候変動の野心強化を奨励し、世界的なネットゼロ移行を加速するための政策と技術分野で協力していく。そのために、米国とドイツは気候とエネルギーのパートナーシップを立ち上げた。このパートナーシップは国内政策と分野別脱炭素イニシアチブ及び多国間枠組みにおける優先事項を調整し、エネルギー移行への投資を動員。再生可能エネルギー、貯蔵、水素、省エネ、電気モビリティ等の重要なエネルギー技術の開発、実証、規模拡大といった野心的な排出削減目標を達成するための実用的なロードマップの策定における米独協力を促進する。
米独気候エネルギーパートナーシップの一環として、新興経済国のエネルギートランジションを支援するための柱を確立することを決定した。この柱には、ウクライナ及び中東欧諸国を支援することに焦点が当てられている。これらの努力は、気候変動との戦いに貢献するだけでなく、ロシアのエネルギー需要を減らすことによって欧州のエネルギー安全保障を支援するだろう。
これらの取り組みに沿って、ドイツはウクライナのエネルギートランジション、省エネ及びエネルギー安全保障を支援するために、「ウクライナのためのグリーン基金」を設立・管理することをコミットする。ドイツと米国は、民間企業等の第三者からの投資を含め、ウクライナのためのグリーン基金へ少なくとも10億ドルの投資を促進・支援するよう尽力する。ドイツは最初の資金拠出として少なくとも1億7500万ドルを提供し、今後の予算でもそのコミットメントを拡大するために働きかける。この基金は、再生可能エネルギーの使用を促進し、水素開発を促す。また、省エネを高め、石炭からのトランジションを加速させ、カーボンニュートラルを促進する。米国は、ウクライナのエネルギー部門における市場統合、規制改革、再生可能エネルギー開発を支援するプログラムに加えて、基金の目的に沿った技術支援と政策支援を通じてこのイニシアチブを支援することを計画している。
さらに、ドイツは、特に再生可能エネルギーと省エネの分野で、ウクライナとの二国間エネルギープロジェクトを引き続き支援し、7000万ドルの専用資金を有する特使の任命を含め、石炭からのトランジション支援を行う。ドイツはまた、ウクライナのエネルギー安全保障を支援するために「ウクライナ・レジリエンス・パッケージ」を立ち上げる。これは、ウクライナへのガス供給を削減しようとするロシアによる将来の潜在的な試みからウクライナを完全に保護することを目的として、ウクライナへのガスのリバース輸送容量の保護及び増加する取り組みを含んでいる。また、ウクライナの欧州電力網への統合のための技術支援も含まれており、EU及び米国国際開発庁で進むプロジェクトに基づいて調整される。さらに、ドイツは、ドイツのサイバー・キャパシティ・ビルディング・ファシリティへのウクライナの参加を促し、ウクライナのエネルギー産業を改革する取り組みを支援し、ウクライナのガス輸送システムを近代化するための選択肢特定を支える。
米国とドイツは、三海洋イニシアチブ(Three Seas Initiative)と、中東欧諸国におけるインフラの接続性とエネルギー安全保障を強化するための取り組みに強い支持を表明する。ドイツは、地域のエネルギー安全保障と再生可能エネルギーの分野における三海洋イニシアチブによるプロジェクトを財政的に支援することを目的として、イニシアチブとの関与を拡大することを約束する。さらに、ドイツはEU予算を通じてエネルギー部門で共通の関心のあるプロジェクトを支援し、2021年から2027年に最大17.7億ドルの拠出を行う。米国は引き続き三海洋イニシアチブへの投資に取り組み、加盟国やその他の具体的な投資を引き続き奨励していく。
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メルケル首相訪米から1週間と短期間での発表の背景には、既に両国は昨年8月から1年弱に亘って協議を開始してきたことを証明するものであると共に、8月末には完成する見込みが高いNord Stream 2の進捗に鑑みつつ、9月に退任が控えるメルケル首相とドイツ議会選挙による混乱を避け、発表後の関係国調整時間確保も含め、出来るだけ早く発表することを優先したということが考えられるだろう。
参考1太字で示したものが、今回の合意におけるNord Stream 2稼働に向けた「条件」となる。その内容と評価・留意点として、以下の3つにポイントに注目したい。
ポイント1 | 「もしロシアがウクライナに対してさらに攻撃的な行動をとろうとした場合、ドイツは国家レベルで行動を起こし、制裁を含む欧州レベルでの効果的な措置を求める」 |
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ポイント2 | 「ドイツは、アンバンドリングと第三者アクセスを確保するために、第三次エネルギーパッケージの文言と精神の両方を遵守する。これには、EUのエネルギー供給の安全性に対するプロジェクト・オペレータの認証によってもたらされるリスク評価が含まれる」 |
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ポイント3 | 「ドイツは利用可能な全てのレバレッジを活用して、ロシアとのウクライナのガストランジット契約の最大10年延長を促すことをコミットする」 |
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2. 同日21日、ポーランド及びウクライナが米独合意に対する共同声明を発表
米独の合意を受けて、即日ポーランド及びウクライナ両外相が電話会談を行い、「失望」の共同声明を発表している。ウクライナのクーレバ外相は「我々は安全保障に関する米独の声明がより強固になることを望んでいた。今、その合意がウクライナ及び東欧諸国の安全保障リスクをどのように軽減できるのか多くの疑問を持っている」と述べた。ポーランドのラウ外相も「米独の提案は十分なものと言うことはできない」と述べている。
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<参考2>ポーランド共和国のズビグニェフ・ラウ外務大臣とウクライナのドミトロ・クーレバ外相との会談後の共同声明(7月21日21:47)
注:ポーランド政府リリースベース
ロシアのウクライナ領土への侵略と違法併合からわずか数カ月後の2015年に行われたNord Stream 2の建設の決定は、ヨーロッパに安全保障面、信頼面、政治面の危機をもたらした。
現在、この危機は、Nord Stream 2ガスパイプラインの立ち上げを止めようとする試みを諦めることによって著しく深刻化している。この決定はウクライナと中欧に政治的、軍事的、エネルギー的脅威をもたらし、同時にヨーロッパの安全保障を不安定にするロシアの能力を高め、NATOとEU加盟国の間の分裂を永続化させている。
安全保障上の欠損を補うための信頼できる試みは、政治、軍事、エネルギーという3分野での悪影響を考慮に入れなければならない。そのような試みはまた、合意に達する段階で、Nord Stream 2がもたらす悪影響によって最も影響を受ける国の政府との協議を前提とする民主的な側面を持たなければならない。
残念ながら、結果として生じる安全保障の欠損をカバーするためのこれまでの提案は、Nord Stream 2によって作り出される脅威を効果的に制限するのに十分であるとは見なされないものである。私達は米国及びドイツに対し、ロシアが唯一の受益者となるような私達の地域の安全保障の危機に対して適切に対処するよう要請する。
ポーランド及びウクライナは、Nord Stream 2によって引き起こされる安全保障の危機に対処し、西側の民主主義陣営への参加を目指す国々を支援し、平和とエネルギー安全保障への脅威を減らすための解決策を講じるさまで、Nord Stream 2に反対する同盟国及びパートナー達と協力していく。
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他方、プーチン大統領とバイデン大統領との6月の首脳会談前にバイデン大統領との面談を希望していたゼレンスキー大統領については、夏にホワイトハウスへ招かれることが発表されていたが、具体的な日程について、サキ報道官は「バイデン大統領が8月30日にゼレンスキー大統領をホワイトハウスに迎えることを楽しみにしている。この訪問は、ドンバスとクリミアでのロシアの継続的な侵略に直面したウクライナの主権と領土の完全性に対する米国の揺るぎない支持、エネルギー安全保障に関する両国の緊密な協力、共有する民主的価値観に基づいて腐敗に取り組み、改革アジェンダを実施するためのゼレンスキー大統領の努力に対する私たちの支持を確認するものである」と米独合意と同日に発表した。8月末までにはNord Stream 2は完成する見通しが立つ中、完工の既成事実化が進む中で大統領同士の会談が行われることになる。
3. メルケル首相がプーチン大統領と電話会談を実施
米独合意に関するリリースに併せて、メルケル首相が早速ロシアとの協議を開始している。クレムリンの声明では、メルケル首相からの電話を受けて、プーチン大統領は「もっぱら商業的性質を持ち、ドイツと欧州連合のエネルギー安全保障を強化することを目的としたこのプロジェクトの実施に対するドイツ側の一貫したコミットメントに留意した」と述べている。また、プーチン大統領とメルケル首相は2024年以降のウクライナを通るガス輸送に関するGazpromとNaftogaz間の合意を延長する可能性について話し合ったと発表しており、米独合意に書かれた2024年以降最大10年間のウクライナ経由のガストランジット契約についても「可能性」として、どちらかと言えばポジティブな話し合いがもたれた模様である。
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<参考3>クレムリン声明:プーチン大統領とメルケル首相との電話会談について(7月21日21:20)
プーチン大統領はメルケル首相による主導で電話会談を実施した
プーチンは再びメルケル首相に多くの人的損失と大規模な破壊をもたらしたドイツ西部での前例のない洪水に対する哀悼の意を表明。メルケル首相はサハ共和国の山火事がまもなく消火されることへの希望を表明。
両者は、完成間近のNord Stream 2の建設に満足している。プーチン大統領は厳密に商業プロジェクトであり、ドイツとその他の欧州諸国のエネルギー安全保障を強化するように設計されたこのプロジェクトの実現に対するドイツの一貫したコミットメントに特に言及。メルケル首相はバイデン米大統領との同プロジェクトに巡る進展についての議論について説明した。プーチン大統領はこのテーマについて自身のコメントを述べた。
別の話題として、両首脳はGazpromとNaftogazとの間で、2024年以降もウクライナ領土を経由してガスを輸送することに関する合意を延長する見込みについても話し合った。
7月12日にベルリンで行われたメルケル首相とゼレンスキー大統領との会談に関連して、ウクライナの国内の危機について意見交換を行いながら、プーチン大統領はウクライナ最高議会(Verkhovna Rada)で採択されたウクライナ先住民に関する著しく差別的な法律に焦点を当てた。また、ウクライナ政府は2015年のミンスク合意を厳密に履行しなければならないことも強調した。
両首脳は個人的な連絡を継続していくことに同意した。
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4. 米独合意に対する反応と分析
米独合意の内容について、ブルームバーグは以下の点を指摘している。まず、ロシアがエネルギーをウクライナに対する武器として使用しようとした場合、ドイツはロシアのエネルギー輸出を制限する制裁(ロシアからドイツへのガスの流れの制限等)を含むEUレベルでの追加措置も要請することは、過去にこの輸入制限シナリオにドイツは同意していないことが指摘されてきたが、今回ドイツは同意したことから見ればドイツが妥協した可能性がある。また、米国政府は今回の合意文書の言葉を意図的に曖昧にすることで、ロシアが今回の文書を受けて悪意のある行動を起こさないようにしているとも考えられる。また、歴代米政権はNord Stream 2の完成によって「欧州のロシアへのエネルギー依存を高める」と一貫して批判してきたが、ある米政府高官は「米国が同プロジェクトに反対であることに変わりはないが、制裁は重要な欧州と米国の同盟関係が損なわれるリスクがある」と事実上の容認に踏み切った理由を明かしたと言う。またワシントンポスト紙によれば、今回の合意の背後で、Nord Stream 2に対して米国が新たな制裁を発動しないこと及び既に発動済みの制裁の一部の撤回を米国が約束させられたと報道している。例えば、現時点では検査認証に関連するサービス(7月21日付け拙稿でも今後発生するハードルとして指摘した「パイプライン完成後の検査認証を誰が行い、欧州各国はそれを認めるのか」という点)を提供することが禁止されている。もし米国政府が検査認証サービス提供会社(ノルウェーのDNV-GLが制裁前まで従事)に例外措置を適用すれば、Nord Stream 2稼働開始に関連する作業は大幅に簡素化され、稼働開始時期が早まるだろう。
ロシア主要経済紙であるコメルサントは、最大のポイントになってくる点として、ドイツの説得に応じ、2025年1月1日に失効予定のウクライナとのガストランジット契約の延長をロシアが決断するかどうかという点を挙げているが、ドイツには重要な切り札が存在することを指摘している。それは、米独は声明の中で、「ドイツは、アンバンドリングと第三者アクセスを確保するために、第三次エネルギーパッケージの文言と精神の両方を遵守する」と述べており、ドイツの監督機関が事業会社であるNord Stream 2 AGを独立したオペレータとして認定しなければ、Gazpromが使用できるNord Stream 2の輸送能力は制限され、結果として、自動的にGazpromはウクライナ経由のガストランジット契約を延長する必要性を迫られる。従って、ロシア(Gazprom)は今回の合意に応じざるを得ないという論調である。
今回の合意に対しては、ロシアに既存の制裁を厳正に課すことを望む多くの米国上院議員から怒りを買っていることも報道されている。アイダホ州の共和党上院議員ジム・リッシュ(上院外交委員会委員)は「議会は政権が失敗しても行動しなければならない。私は両院で協力し、この悪意のあるロシアのプロジェクトが運用可能になる前に意味のある対価を課す」と述べた。また、対露強硬派のテッド・クルーズ上院議員は「米独合意はプーチンへの完璧かつ完全な降伏である」と述べている。
ウクライナ最高会議のラズムコフ議長は22日、米国下院のナンシー・ペロシ議長に公開書簡を送付するという形でバイデン大統領に対する不満の意を示している。米国政権内においてNo. 3の立場にある下院議長に対する書簡では、「米国は制裁を継続し、Nord Stream 2の完成と稼働開始を阻止すべきである。さらに必要とみなされる場合にはNord Stream 2の建設に関与する法人と個人に対してより厳しい制裁を発動する可能性を検討すべきである」との主張を展開している。
一方、ロシア側の当事者であるGazpromは今回の合意に関して、ミレル社長は「2024年にガストランジット契約が満了した後、ウクライナ経由のガスの輸送量を現在の義務量を超えて増加させる可能性を排除しない。ウクライナ経由のガストランジット量に関する問題は市場の状況と市場価格によって解決する必要がある。ウクライナ経由のロシア産ガスの新規購入量が現在の輸送量よりも合計で多ければ、Gazpromはウクライナを通過する輸送量を増やす準備はできている」と検討に前向きなコメントを行っている。

出典:報道情報から筆者取り纏め
以上
(この報告は2021年7月29日時点のものです)