ページ番号1009104 更新日 令和3年8月16日
天然ガス・LNG最新動向 ―スポットLNG価格高止まり!命運を左右するノルドストリーム2と大国の争覇にゆれる日本のエネルギーセキュリティー―
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概要
1月の逼迫からLNG需給が一段落したのも束の間、2021年のスポットLNG価格は、春以降、季節外れの高止まりを見せている。秋以降もこの高価格が継続すると予測されている。
一方、欧州地下ガス貯蔵在庫は、過去5年レンジの最低線をたどっている。このままでは、ガスシーズンに入る10月になっても、例年のように冬を越えるための十分な在庫が確保できないのではないかと懸念されている。
スポットLNG価格、欧州・米国ガス価格が軒並み史上最低を記録し、欧州地下ガス貯蔵在庫もほぼ満杯であった2020年のガス・LNG市場からは、すべての状況が大きく変動し、はや隔世の感がある。
この原因は何だろうか?
1つ1つのファクトをたどっていくと、つながりを強め、変化を速め、振幅を拡大するポストコロナの世界において、大国の争覇が、世界の、そして日本のエネルギーセキュリティーに大きな影響を与えていることが明らかとなった。
ここでは、まず、スポット価格高止まりの原因についてまとめ、今冬の日本のエネルギーセキュリティーバランスに連なる以下の各論について論じたい。
- スポットLNG価格高止まり
- 欧州:春の低気温、日本:夏の高気温予測
- 欧州地下ガス貯蔵在庫レベル低下
- ガス・LNG需要V字回復
- EU-ETSの高騰
- EU-ETSとTTFとの相関は低い
- ノルドストリーム2稼動遅延と欧州へのガス供給減少
- ノルドストリーム2をめぐる各国の思惑
- 世界のガス・LNG供給セキュリティー(LNG需給逼迫再来のシナリオ)
- LNG調達セキュリティー向上策案
(出所 Platts、ICE、ECMWF、日本気象協会、AGSI、MEES、国際ガスネットワーク、Kpler、IEA、みずほリサーチ&アナリシス、
Rystad Energy、EC、日本経済新聞、OIES、Reuters、現代ビジネス、Wikipedia、GIIGNL他)
1. スポットLNG価格高止まり
例年、月別スポットLNG価格平均値は、1月は$8/MMBtu程度で、春から夏にかけ$5/MMBtu台に低下し、秋以降$8/MMBtu超に上昇する。
2021年は、1月の需給逼迫の影響でスポットLNG価格がスパイクした後、2、3月で一旦過去5年平均値付近まで低下したものの、その後、過去5年最大値付近を推移し、今後も高値で推移することが予測されている。
7月29日現在、JKMは、$15.63/MMBtu、TTFは、$14.42/MMBtuをつけた。また、HHガス価格も、北米西部に熱波が来襲し冷房需要が増加し、さらに、中西部の風力発電出力減少したため、夏期にもかかわらず、$4.06/MMBtuに上昇している。
昨年春に、JKM、TTFとも、それぞれ史上最低価格、$1.825/MMBtu、$1.158/MMBtuをつけ、さらに、2021年1月、JKMが、$32.5/MMBtuの史上最高値をつけたことは記憶に新しい。JKMを価格指標として採用する動きも強まる中、この桁違いのボラティリティーの高さが嵩ずれば売・買主双方のビジネスにも悪影響を与えかねない。また、日本の調達の7割は長期契約LNGが占めているとはいえ、スポットLNG価格の高騰が需給逼迫のバロメーターとなっている、との見方も可能である。


2. スポットLNG価格高止まりの要因分析
この、これまで経験をはるかに越えた季節外れのスポットLNG高止まりの原因は何だろうか?以下に、その要因を分析する。
(1) 欧州:春の低気温、日本:夏の高気温予測(要因1)
2021年、欧州北西部の冬は異常に寒く、4月の気温は例年に比べ4℃も低かった。5月に入ってからも2-5℃低い気温が続いたため、本来であれば地下ガス貯蔵を充填すべきガスが消費に回され、在庫レベルが上昇しなかった。6月に入って、欧州北西部の気温は平年を上回り、ガス需要が減少した。また、7月も猛暑が続いており、以後、ガス需要の急激な増加は見られていない模様である。
日本では、今夏は猛暑との長期予報が出されており、中国、韓国とも夏期発電需要の増加が見込まれているが、日本においては、長期契約等で概ね手当されているとの情報が得られている。
2021年1-5月期の日本のLNG輸入量は、対前年同期比7%増となった。ただ、ここしばらく、日本のLNG輸入量は、原発復帰とともに漸減している。2021年6月、関西電力美浜原発3号機(826MW)が再稼動し、また、10月には、四国電力伊方原発(890MW)の再稼動が予定されているため、今後は微減傾向が続く見通しである。



(2) 欧州地下ガス貯蔵在庫レベル低下(要因2)
2021年7月24日現在、欧州地下ガス貯蔵在庫は604TWh(54.1%、LNG換算39.0MT)、在庫量は対前月比において19.4%増となったが、対前年同期比では35.3%減少し、同時期の過去5年平均値よりも13.1%低い。(図6)
4-5月、欧州では北西部を中心に気温が低下し、充填が十分に進まなかった。6月に入ってから充填スピードは上昇してきているものの十分ではなく、10月のガスシーズン開始時期になっても、例年のレベルまでは欧州地下ガス貯蔵在庫が充填されない恐れが出てきている。
なお、今年1月、北東アジアが厳しい寒波にさらされ、ガス火力発電需要が増加したため、多くのスポットLNGが欧州からアジアへ一斉に仕向け地変更された。この時、ガスの払い出しによって欧州地下ガス貯蔵在庫が大きく減少していたことが、現在の低在庫の遠因となっている。

(3) ガス・LNG需要V字回復(要因3)
中国
2021年1-5月のLNG輸入量は、日本、中国、韓国、台湾の北東アジア主要4カ国で前年同期比9%増の93.2MTとなり、過去最高を記録した。なかでも中国の伸びは大きく、5か月間のLNG輸入量は、33.2MTと、対前年同期比31%増となった。5月のみでも、7.0MTと月別では過去3番目に高い輸入量となった。
これは、新型コロナウイルス蔓延からの米国景気のバウンスバックと、それに伴う、世界の工場たる中国の経済活動の活発化により、発電や原料としてのガス需要が急増していることが要因となっている。ちなみに、この動きは、LNGに止まらず、5月、世界の平均海上石炭価格は、2020年の価格レベルから2倍を超える高値まで上昇している。これは、LNGと同様、急激な需要増加と、さらに、少し前からのタクソノミーの影響で、石炭生産設備への投資資金が不足したことによる一部供給不調が影響しているといわれている。
6月、ICISは、「2021年の中国LNG輸入量は81.2MTPAとなり、日本の75.2MTPAを抜き、世界第1位のLNG輸入国となる」と予測した。春節期間中にはあたるものの、2022年2月の北京オリンピック開催が、さらなるガス需要を喚起するとの見方もある。
「第14次5か年(2021-25年)」期間中、中国のガス需要は、下記のように大きく増加していくと報道されている。
- 炭素ピーク達成や大気汚染防止などの政策影響により、今後ガス消費は5.2-6.7%/年で成長。
- 2025年末のガス消費量は420-450Bcmとなり1次エネルギー消費に占める割合は10%超となる。
- 特にLNG輸入は、引き続き2桁の成長を維持し、2025年のLNG輸入量は93MTPAに達する。

欧州
2021年第2四半期、欧州のガス消費量は、対前年同期比25%増加し、1985年以来、四半期ベースで最大の増加率となった。(図8)
この異例の回復は、低気温による暖房シーズンの延長、火力発電用ガス使用量の増加、そして欧州の経済活動が新型コロナウイルス蔓延前の水準に近いところまで回復したことが要因となっている。

2019年、欧州LNG輸入量は、米国LNG液化設備立ち上がりの影響を受け大幅に増加した。2020年は、新型コロナウイルスの影響で若干減少したが、世界中の余剰LNGを吸い込む形で81.6MTPA(対前年比5%減)を輸入した。2021年通年では、2019年レベルの86MTPA(対前年比5%増)が輸入されると予測されているものの、1、2月の寒波によって多くのスポットLNGが北東アジアに吸収された結果、欧州のLNG輸入量が激減した。また、春以降もJKMの高止まりによってスポットLNGが北東アジアへひきつけられた結果、6月までの欧州LNG輸入量は対前年同期比2割弱減少している。

3. EU-ETSの高騰(要因4)
(1) EU-ETSとは?
EU-ETS(欧州連合域内排出量取引制度、EU Emissions Trading System)は、企業に温室効果ガス(Greenhouse Gas、GHG)を排出できる上限を割り当て、枠が不足する場合は市場から排出権を購入し、省エネなどで余剰となれば市場で販売することができる仕組みである。
EU-ETSの取引は2005年に開始された。EEA(The European Economic Area)加盟国(EU+アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー)に義務付けられており、11,000以上の施設が対象となっている。
2010年代前半には余剰排出権の蓄積によって価格が低迷するなど、運用上の問題もあったが、数度の制度変更により価格は回復し、2021年1月から、フェーズ4に入った(2030年までの10年間)。
排出権を参加者に割り当てる方法としては、オークション方式がデフォルトとなっている。発電以外のセクターでも、オークションへの移行が徐々に行われているが、一部EU-ETS排出者には無償割当が行われている。この無償割当制度を利用することで、EUは野心的な排出削減目標を追求しつつ、カーボンリーケージ(炭素集約型産業のEU域外への移動)を防止することを可能にしている。
表1. EU-ETS概要
(2) EU-ETS高騰
EU-ETSは、2015年から2017年にかけて、$10/t-CO2以下で低迷していたが、2017年夏から2018年末にかけて上昇し、その後、2019-20年は一進一退のレベルで推移した。
今春、欧州北西部は大幅な低気温となったが、これにより火力発電の電力需要が高まった。また、欧州北西部で風力発電量が低下したことも加わって、火力発電需要を押し上げた。また、新型コロナウイルス蔓延からの経済回復に伴う、欧州エネルギー需要の増加も重なり、EU-ETSの需要が高まった。5月に入っても、EU-ETSは上昇を続け、$60/t-CO2(€49/t-CO2)を超え、新型コロナウイルス蔓延前の2倍以上のレベルで取引が行われた。5月中旬には$68.6/t-CO2、さらに、7月1日には、$69.7の史上最高を記録し、その後も、$60-66/t-CO2という高い水準での取引が続いている。
EU-ETSの高騰は、まず、このような、低気温や景気回復による在来型火力発電(石炭やガス)の需要増が原因である。
また、EU気候変動対策法や温室効果ガスの削減目標アップ等の政策的な要因もある。
1月に始まったフェーズ4では、EC(欧州委員会、European Committee)がフェーズごとに無償割当量を削減する計画に沿ってベンチマークが強化され、無償割当量が削減された。さらに、2020年末、過剰であると判断された無償割当量の配分が延期されたため、市場では取引可能な排出権の需要が高まり、EU-ETS価格高騰につながった。6月末、EUは、2030年55%削減、2050年カーボンニュートラルの目標を正式承認した。これにより、毎年の排出枠の引き下げや、余剰排出枠の削減がより加速すると市場は予測し、その思惑も高値を後押しし続けている。今年に入って、炭素市場に対する投機資金の関与が著しく高まっているとする情報もある。

(3) EU-ETSとTTF間に相関はあるか?
欧州燃料ソース別発電量の推移を見ると、石炭火力発電量は、長期的に低下(-42%、2016-20年)傾向にあったが、2021年は上昇した。石炭火力発電は冬期がピーク期となる。
ガス火力発電量は、長期的に増加(+26%、2016-20年)傾向にあったものの、2020-21年は低下した。冬期がピーク期、夏期が準ピーク期となるが、夏期は太陽光発電の補完用としての役割が大きいと考えられる。
風力発電は、毎年着実に増加してきている(+54%、2016-20年)。冬期がピーク期、夏期がオフピーク期となるが、ピーク期とオフピーク期の比率は2:1程度と太陽光と比べ小さい。
太陽光発電は、長期的に増加してきた(+36%、2016-20年)。風力発電を補完するように、夏期がピーク期、冬期がオフピーク期となるものの、ピーク期とオフピーク期の比率は6:1程度と大きい。
EU-ETSの後押しもあって、欧州発電用燃料ソースは、石炭 → ガス → 風力・太陽光へと、緩やかにその重心を移しつつあることがわかる。

一方、ガスの指標価格であるTTFは、2016-18年にかけて上昇したが、2019-20年は大きく下落した。ARA(欧州一般炭指標、Amsterdam-Rotterdam-Antwerp)もTTFと同様の動きを示しており、2016-18年は高値となったが、2019-20年は低下した。その後、2021年は、新型コロナウイルスからの世界経済の回復により、TTF、ARA両者とも大きく上昇する傾向にある。
一方、2016-21年、EU-ETSは、これらとは異なる動きを示し、2015-17年の間は停滞し、その後、上昇したものの2018-19年はプラトーとなり、2021年以降、大きく上昇している。

確かに、EU-ETSが上昇すれば、石炭と比較して相対的に炭素排出量の少ないガス需要が増加し、TTF価格レベルが上昇するという「理屈」は成り立つ。このため、多くのコンサルタントがEU-ETSの高騰をTTF高止まりの主要因と指摘している。
特に、2021年だけを見ると、EU-ETS、TTFとも、増加傾向を示しており、正の相関があるように見えるが、2016-21年を通して見ると、全期間においてEU-ETSは上昇したのに対して、TTFは、2018年まで上昇したのち、2020年にかけて下降し、2021年、再び上昇しており、その傾向は観察されない。
ここで、EU-ETSとTTFの相関関係を示す決定係数r2を2016年以降の様々な期間において確認したが、低い正の相関、および、やや正の相関(0.4 < r2 < 0.7)しか得られなかった。
また、この「理屈」が正しければ、EU-ETSが上昇すれば需要・価格が低下するはずの欧州石炭火力発電割合、そしてARA価格は、ポストコロナ需要の増加を原因として、急激な上昇を見せている。さらに、欧州ガス火力発電割合も低下しており、いずれもその主張とは整合しない。
したがって、欧州春の低気温、ポストコロナ景気回復によるエネルギー全般の需要回復が火力発電需要を増加させ、そのためにTTFやARA、さらに、ガス・石炭を発電燃料として使用する際に購入しなければならないEU-ETS価格も同時に上昇させたという、逆の因果関係があると分析するのが妥当であろう。
ここで、あえて、EU-ETS上昇が寄与率100%でTTF上昇に反映されていると仮定した場合、TTF、および、欧州ガス需要のEU-ETS価格弾力性は、以下のように算出される。
- 2020-21年 $0.17/MMBtu/($/t-CO2)、0.01MT/m/($/t-CO2)
- 2016-21年 $0.05/MMBtu/($/t-CO2)、0.02MT/m/($/t-CO2)
ただし、この前提においても、EU-ETSがTTFに与える影響は、後述するノルドストリーム2に起因するウクライナ経由パイプラインガス輸入量減少等の要因と比べて、1桁小さいレベルとなる。

(4) EU-ETSが石炭・ガス火力発電Opex競合に与える影響
EU-ETSが上昇すれば、石炭・ガス火力双方の発電Opex(燃料コスト+EU-ETSコスト)も上昇するという因果関係も考えられる。EU-ETS$65/t-CO2のポイントを例とすると、石炭発電Opex中に占めるEU-ETSコストの割合は74%、ガス発電Opexは33%と、石炭発電の方がコストにEU-ETSの占める割合が大きく、この傾向は、EU-ETSが上昇するほど顕著になる。
そのため、EU-ETS上昇局面においては、石炭火力発電Opexよりガス火力発電Opexの方が相対的に安価となり、石炭からガスへと燃料転換が発生し、これがガス価格の上昇、同時に石炭価格の下落につながるかもしれない。しかし、実際のところ、2021年に入ってからは、石炭価格は下落どころか、大幅に上昇している。したがって、この因果関係の寄与は小さいことがわかる。
試算してみよう。例えば、石炭と天然ガスをスイッチできる火力発電事業者にとっては、EU-ETSが$10/t-CO2上昇すると、それは、TTFの$1/MMBtu低下、または、石炭価格の$15/t上昇と同程度の効果があると計算される。ただし、発電設備の改造、燃料売買契約の変更(終了/開始)、労働契約、地域とのつながり等様々な要素が絡み合った問題があるため、たとえ石炭よりもガス火力発電のOpexが安価になったとしても、急に石炭からガス火力に転換が進むわけでない。
また、同じくEU-ETS上昇局面において、もっと根本的、そして長期的には、石炭・ガス火力発電から、風力・太陽光などリニューアブル電源への転換が促進される。この場合、石炭とガス、双方の需要が下落し、双方とも価格が下落することになるという性格も持ち合わせていることに注意しておきたい。



4. ノルドストリーム2稼動遅延と欧州へのガス供給減少(要因5)
(1) 欧州向けロシアパイプラインガス輸出概要
ロシアのパイプラインガス独占輸出権を持つGazpromは、例年、200Bcm程度のパイプラインガスを欧州に輸出している。これは、欧州が輸入するガス輸入量の3-4割を占めている(2019年は35%)。欧州の中でも、特に、ドイツ、オーストリア、イタリア、トルコが、伝統的な大口顧客であり、2019年、Gazpromのガス輸出先のうち、これら4か国の占める割合は56%であった(2019年)。
伝統的に見ると、エネルギー安全保障の観点から、欧州はロシアからのパイプラインガス依存度を下げることを目指しているものの、今後は、欧州の域内ガス生産がますます減退していく。リニューアブル電力を補完するブリッジエネルギーとしての需要、また、石炭火力発電や原子力発電を代替するための需要の増加によって、長期的にはロシアから欧州へのガス輸入量増加が予測されている。
欧州への主な輸送ルートとしては、ウクライナのパイプラインシステム(兄弟(Pomary-Uzhgorod)、Soyuzの各パイプライン)、ベラルーシとポーランドを経由するヤマル-ヨーロッパパイプライン、2011年に開通したノルドストリームがある。ノルドストリームパイプライン(55Bcm)は、バルト海を経由してドイツに直接ガスを供給しているが、現在建設中のノルドストリーム2完成後は、この容量が倍増することになる。
ノルドストリーム2を合わせたパイプラインガス能力は、ロシアのパイプラインガス輸出予測量をはるかに上回っており、物理的には、いまノルドストリーム2を建設する必要はないのではないか、との疑問が呈される所以となっている。
(2) 欧州向けガス・LNG輸出量(2019-21年)
新型コロナウイルス蔓延前の2019年と比較して、2021年の欧州へのロシアパイプラインガス輸入量は、各月平均でLNG換算3.4MT減少した。この減少量を年換算すると41MTPAとなる。これは欧州ガス需要全体、LNG換算で400MTPAの実に10%以上に相当する。
ただし2021年に入ってからは、アフリカ産パイプラインガス輸出量等が増加しており、これがロシアからの減少量を一部相殺して、見た目の減少量は毎月平均で2.3MT程度に抑えられている。

ロシアパイプラインガス
2020年1月以降、世界的な暖冬により需給が緩んだ結果、ロシアパイプラインガスに対する需要が減少し、輸出量も減少した。
その後、3月以降は、新型コロナウイルスにより欧州各国でロックダウンが発生し、需要の回復が遅れ、2020年のロシアパイプラインガスの輸出量は175Bcmと低調となった(2019年は199Bcm)。
2020年末以降、欧州ガス需要が徐々に回復し、2021年3月以降、欧州北西部を中心に低気温となったため、ガス需要は大幅に増加し、価格も高止まっているのにもかかわらず、ロシアからのパイプラインガス輸出レベルは回復しないままとなっている。
なお、Gazpromは、欧州・トルコへの第1四半期のパイプラインガス輸出量を増加させたと発表している。IEAによると、2021年上期の欧州・トルコ向けロシアパイプラインガス輸出量は、対前年同期比2割増の95Bcmに達したが、これは、トルコ向けパイプラインガス輸出量が大幅に増加したためとされている。
ノルウェーパイプラインガス
例年ほぼ一定の輸出量を維持している。2020年も、定期修理や小トラブルなどあったものの、従来通りの輸出量を維持した。2021年は、新型コロナウイルスの影響により延期された定期修理が2021年分と合わせて実施される影響で、輸出量は若干減少する見込みとなっている。
アフリカパイプラインガス
多くが油価リンクで価格設定されているため、2020年のスポットLNG価格下落時などは、DQTが行使され輸出量が減少したこともあるが、例年ほぼ一定の輸出量を維持している。2021年は、アルジェリアの生産が好調で欧州に例年以上のレベルで輸出されている。
LNG
欧州は、2019-20年冬期から2020年春にかけて、米国で大量に生産を開始したLNGを一手に受け入れ世界のLNG市場におけるバランサー役を務めたが、その後、米国LNG価格が欧州のガス価格を下回ったため、米国LNGの大量キャンセルが発生し、その結果、受入量も落ち着いた。2021年1-2月に発生した北東アジア寒波の影響で、世界中のスポットLNGがアジアに吸収された結果、欧州の受け入れは激減したが、2021年通年では、新型コロナウイルス前の2019年レベルの輸入量となると見られている。

表2.欧州向けロシアパイプラインガス輸出量減少
欧州向けロシアパイプラインガスの中でも、2020年初めに減少して以降、ウクライナ経由のパイプラインガス輸出量がいまだ回復していない。その他のノルドストリーム、および、ヤマルヨーロッパによる欧州へのパイプラインガス輸出量は、輸送容量一杯にまで利用されているにもかかわらず、である。


(参考) ロシアのガス輸出パイプラインシステム
ノルドストリーム
ノルドストリームは、ウクライナを迂回しバルト海を経由してロシア・ドイツ間を初めて直接つなぐガスパイプライン。2005年、建設開始。2011年11月、稼動。輸送容量、55Bcm/年。総工費€13.4B(海底部€7.4B、陸上部€6B)。
ノルドストリーム2
Gazpromとドイツ、フランスなどの企業が出資する新たなパイプライン「ノルドストリーム2」(55Bcm/年、海底部費用€9.5B)は、2015年6月に建設合意し、2018年9月から建設が開始され、当初は、2019年後半稼動予定であったが、2020年末、当時のトランプ政権の経済制裁により事実上建設が停止した。
2021年6月、米国バイデン政権の政策転換により制裁が解除された。ノルドストリーム2は米国トランプ政権の制裁により建設が2年ほど遅れたが、Gazpromは「6月の米国制裁解除の決定により2021年内には残る100kmの建設を完了し運用を開始することができる」としている。
ヤマルヨーロッパ
ヤマル半島の超巨大ガス田のガスを欧州向けに輸送する。ウクライナとのガス代未払い問題を原因とした迂回ルートとして建設が開始された。1997年稼働。輸送容量33Bcm/年。2022年、ポーランドとの長期ガス輸送契約(最低8.7Bcm/年の引き取り義務あり)が終了する予定。
ウクライナ経由パイプライン
ロシアパイプラインガスを、スロバキア経由でチェコ、ドイツ、オーストリア等に輸送する他、ドイツからも双方向でガスをウクライナへ輸出することができるパイプライン。輸送容量45Bcm/年。
トルコストリーム
2020年1月、稼動。第1幹線(15.75Bcm/年)はトルコ向け、第2幹線(15.75Bcm/年)は南ヨーロッパ向けにガスを供給する。この完成によって、ロシアからトルコへの輸出容量は倍増した。
一方、2020年、トルコのスポットLNG輸入は、2019年の4.2Bcmから7.6Bcmに急増した。このうち、米国LNGは2019年の1.1Bcmから、3Bcmに最大の伸びを示した。さらに、エルドガン大統領は、黒海サカルヤガス田の発見を発表、2023年の生産開始を目指すとし、トルコストリーム、アゼルバイジャンからのガス価格を牽制している。
ブルーストリーム
西シベリアガス田から生産されるガスをトルコ向けに輸送する、黒海を横断する大水深パイプライン。2005年稼働。輸送容量16Bcm/年。総工費$32B。
バルカンストリーム
バルカンストリームは、2021年1月に稼動し、トルコストリームをブルガリア、セルビア、さらにはハンガリーまで延長する役割を果たす。このパイプラインは、ソユーズやトランスバルカンパイプラインを経由したガス供給を代替するもので、ウクライナ経由ガス輸送がさらに削減される可能性がある。
南コーカサスパイプライン(SCP、South Caucasus Pipeline)
カスピ海で生産される天然ガスを、ロシアを介さずに欧州に輸出するガス輸送構想パイプラインの1本目。サンガチャル油ガス処理ターミナルからジョージアを経由してトルコ国境に至る。2006年稼動。輸送容量25Bcm/年。総延長692km。口径42インチ。総工費$5B。
アナトリア横断パイプライン(TANAP、Trans-Anatolian Natural Gas Pipeline)
SCPからトルコ・アナトリア半島を横断しギリシア国境に至るパイプライン。2018年稼動。輸送容量16Bcm/年。総延長1,841km。口径56インチ。総工費$8B。トルコは、より有利な価格を実現するために、ガス輸入の多様化に取り組んでおり、TANAP稼動によって、2020年には、アゼルバイジャンからのパイプラインガス輸入が倍増した(2017年比)。
アドリア海横断パイプライン(TAP、Trans Adriatic Pipeline)
ギリシア-トルコ国境でTANAPと接続し、ギリシア、アルバニアを通ってアドリア海を横断し、イタリアに上陸してSnam供給網に接続するパイプライン。2020年稼動。輸送容量10Bcm。総延長878km。口径48インチ。総工費$5-7B。
シベリアの力
成長する中国市場は、ロシアにとって新たな優先事項である。2019年12月、Gazpromはシベリアの力パイプライン(38Bcm、Power of Siberia)を立ち上げた。チャヤンディンスコエ(Chayandinskoye)油田とコヴィクティンスコエ(Kovyktinskoye)油田がこのパイプラインのガス源となっている。昨年のガス輸出量は4.1Bcmで、契約上の5Bcmを下回ったが、2024年までに、パイプライン容量の38Bcmに達する予定である。また、44Bcmへの拡張も検討されている。モンゴルを経由して中国西部にガスを供給するシベリアの力2(50Bcm、Power of Siberia 2)ガスパイプラインも計画されている。

(3) ロシアとウクライナの関係
ロシアとウクライナは、同じスラブ民族として、古代・中世・ロシア帝国、そしてソ連と、これまで長い間、歴史を共有してきた。ソ連解体後も、ウクライナはロシアからの安価なエネルギーを、ロシアはやウクライナからの農畜産物や重工業製品等というメリットを享受、輸出入両面の深い貿易関係を継続してきた。
しかし、2004年のウクライナ親欧米政権成立(オレンジ革命)以降、ロシアとウクライナの関係は悪化した。
2006、2009年、ロシアはウクライナとの債務問題に端を発し、ウクライナへのガス供給を停止したが、ウクライナがガスを抜き取った結果、欧州へのガス量が減少する事態が発生した。
2013年、再び債務危機に陥ったウクライナは、ヤヌーコビッチ親ロ大統領主導でロシアとの協力を模索し、EUとの連合協定を破棄することによってロシアからの融資を獲得したが、その後の反政府デモの激化を招いた。
2014年2月、クーデターによりヤヌーコビッチ大統領がロシアに亡命。3月、ロシアがクリミアで住民投票を実施し、クリミアが併合された。その後、欧米制裁が発動した。
また、2015年、東部紛争の激化、政治的緊張のためにウクライナへの国内消費用ガスの輸出が停止された。
2019年12月、ロシアとウクライナは、期限ぎりぎりの交渉を経て、5年間の欧州向けロシアパイプラインガス輸送契約の締結に至った。これは、双方が提訴しあっていた係争を無効とする条件を含む、総括的、かつ、政治的な契約であった。
ロシア・ウクライナ間のガス輸送契約
1) ロシアは、2020年から5年間、少なくとも225Bcmのガスを、ウクライナを通じて欧州に輸出する。ウクライナは、少なくとも、2020年に65Bcm、2021-24各年に、40Bcmのガス輸送を保証し、5年間で合計225Bcmのガスを輸送する。225Bcm輸送される場合のウクライナの輸送料収入は、総額$15B程度となる。
2) ロシアは、各年の最低輸送割当量の利用に満たない場合でも、5年間で$7Bの輸送料をウクライナに支払わなければならない。
3) ロシアとウクライナは、すべての係争中の法的請求をお互いに取り下げなければならない。
- ロシアは、ナフトガスに対して$2.9Bの罰金を支払うことで合意。
- その見返りとして、ウクライナは2020年にストックホルムで提起したロシアのガス輸送不履行の補償を求める$12.2Bの訴訟を取り下げる。
- ナフトガスは、独占禁止委員会が課した$7.4Bの罰金を取り下げるとともに、欧州で差し押さえたGazpromの資産を解放。
4) ウクライナが欧米の金融機関から融資を受けるために実施しているガス市場改革の一環として、ガスの輸送は、新たに設立されたウクライナガス輸送システム運営会社(GTSOU、Gas Transmission System Operator of Ukraine Gas Transmission System)が実施する。
(4) ロシアはなぜウクライナ経由のパイプラインガス輸出量を増やさないのか?
7月、GTSOUは、前月に続き、中断可能な輸送容量64Mcm/日(23Bcm/年)を入札にかけたものの、Gazpromは今回も入札せず、2019年末の輸送契約通りの110Mcm/日(40Bcm/年)の最低契約容量のみを使用することを引き続き選択した。
一方、ノルドストリームとヤマルヨーロッパを経由した流量は、合計で240Mcm/日(88Bcm/年)と、2014年以来の高水準となった。
現在、欧州では地下ガス貯蔵への注入の需要が高く、TTFは、過去、最も高い水準にある中、64Mcm/日(23Bcm/年)の輸送容量がウクライナで遊休しており、Gazpromは、ウクライナ経由のパイプライン網を利用すれば、欧州へのパイプラインガス輸出を増量し大きく収入を増加させることができるはずである。なぜ、Gazpromは、ウクライナ経由のパイプラインガス輸出量を増加させないのだろうか?
この原因について、ウクライナやEU市場の複数の関係者は、Gazpromが、
- エネルギーセキュリティーを高めたければノルドストリーム2が必要、というメッセージを欧州に伝える狙いで、疑似的なガス供給不足状況を作り出し、ノルドストリーム2の完成を推し進めたい、
- 追加パイプラインガス輸送容量の購入と、その輸送料の支払いで、ウクライナの収入を増やしたくない、
- 欧州ガス高販売価格を維持したい、
ためだと述べている。
また、ノルドストリーム2が開通すれば、トルコストリームとその延長線上にあるバルカンストリームと合わせて、ウクライナを迂回して欧州にガスを送ることが可能となる。つまり、ノルドストリーム2完成によって、ロシアはウクライナ親欧米政権に対する政治的な交渉カードを手に入れることができるという側面がある。
(5) ノルドストリーム2、アンバンドリング上の懸念
とはいえ、ロシア側の意のまま進んでいるわけでもない。2020年5月、ノルドストリーム2プロジェクトは、ドイツ規制当局BNetzAによって、第三者アクセスおよびアンバンドリング規制の免除を拒否された。
その理由は、2019年の改正EUガス指令に基づき、非EU諸国をカバーするようにEUガス指令が拡張されており、適用除外は2019年5月以前に完成したパイプラインにしか認められていなかったためであった。
このためGazpromが100%所有し、かつ、100%自身のガスを輸送する同パイプラインは完成しても、欧州にガスを輸送できないことになる。この問題は現在法廷でも争われている。
ノルドストリーム2は、この指令を遵守するよう第三者向けに総容量の一定割合をオークションにかけ、運用に移すことは可能だが、アンバンドリングに関する規則の回避は、大きな課題となりそうである。
なお、EUの規制では、新規のガスインフラについて、「供給安定性」をもたらし競争を阻害しない場合には適用除外として長期の容量契約が認められる。ただこれは、一度期限が切れると更新できない。
ちなみに、ノルドストリーム2の延長として設計されたEUGAL(European Gas Pipeline Link、欧州ガス接続ライン)は、2020年初頭に運転を開始したが、一部のガス量が稼働済みのノルドストリームからEUGALに振り向けられたことで、OPAL(Ostsee-Pipeline-Anbindungsleitung、バルト海パイプライン接続ライン)とNEL(Nordeuropäische Erdgasleitung、北ヨーロッパパイプライン)に適用されているような制限(1供給者が使用できる容量は50%のみ)を回避することができた。その結果、2020年にノルドストリーム経由のガス供給量は減少しなかった。
このアンバンドリングの観点から、ポーランドとウクライナは、ノルドストリーム2に引き続き強く反対しており、EUも判断を留保している。
これとは別に、6月、ウクライナ・ゼレンスキー大統領は、ノルドストリーム2に対する制裁発動をバイデン大統領に要請した。ノルドストリーム2が稼動すれば、ガス輸送料金収入が減少し、東部での親ロ派武装集団との戦費が賄えなくなり、安全保障上問題があると主張している。また、同月、ウクライナは、2024年の契約切れを見越して新たなビジネスとして、トルコに受け入れられたLNGの再ガス化ガスを輸送するためのインフラ構築について共同検討していくことに合意した。
5. ノルドストリーム2と米国、ドイツ、各国との関係
(1) 米国
2021年5月、米国バイデン政権は、ノルドストリーム2を建設しているGazpromのスイス持株会社Nord Stream 2 AG等を制裁対象から外した。
去る2021年1月、当時の米国のトランプ政権は、ノルドストリーム2が完成すれば、ロシアのパイプラインガスに対する依存度が高まり、「ドイツがロシアの捕虜になる」、「政治・経済面でも欧州に大きな影響力を行使することになる」と主張し、ノルドストリーム2の建設作業に関わっていると見られる欧州企業に対し、追加の制裁のリスクがあると警告していた。
また、ノルドストリーム2を通じてのガス購入で、ドイツはロシアに巨額の資金を支払うにもかかわらず、米国がドイツをロシアから防衛するのは不公平だとして防衛義務を履行しない考えを示唆し、米独関係の悪化を臆せずに計画の見直しを迫った。
さらに、欧州への米国LNG輸出を増やしたい意向も示していた。
これに対し、ロシアは、ノルドストリーム2は商業プロジェクトだと反論した。ドイツ政府も、ノルドストリーム2は商業プロジェクトであり、環境対策や安全面への配慮で石炭火力発電所や原子力発電所の閉鎖が進む中、ガスが必要になっていると主張していた。
今回の制裁解除は、バイデン政権のトランプ政権時代からの政策転換を示しており、ロシアとの関係を安定させ、唯一の競争相手と位置付ける中国への対応に集中する狙いがあるといわれている。ただし、ブリンケン国務長官は、制裁を解除することが「米国の国益」に適うと判断したと同時に、「欧州のエネルギー安全保障、ウクライナおよび東側のNATO・EU諸国のエネルギー安全保障を弱めるこのプロジェクトの完成に引き続き反対する」と述べた。
(2) ドイツ
ドイツは、毎年90Bcm(LNG換算66MTPA)以上のガスを消費している。2022年までにすべての原子力発電所と、2038年までにすべての石炭発電所を廃炉にするという野心的な目標を掲げているため、ドイツのガス需要は2034年までに11Bcm/年以上増加し、110Bcm/年(LNG換算81MTPA)に増加すると予測されている。
ドイツでは一部地域から国産ガスを産出するものの、発熱量が低く、地域限定での利用に止まっている。また、現在、ガスの92%は、ロシア、オランダ、ノルウェーから輸入されているが、オランダ・フローニンゲンガス田の生産量は急速に減少しており、ノルウェーの生産量は2030年以降に減少するリスクがある。そのため、今後、ドイツはロシアパイプラインガスへの依存度を高めざるを得ない。
現在、ドイツには、長期的な需要を満たすのに十分な284Bcm/年ものパイプライン輸入能力がある。しかし、このパイプライン容量の一部は生産量が減少しているオランダからのものであり、残りの容量は第三国を経由しているため、ドイツが輸入するパイプラインガスは、経由国の地政学的緊張の影響を受けやすい。これをノルドストリーム2経由とすれば、第三者国を迂回できるため、供給リスクを軽減できる。また、ノルドストリーム2のSRMC(Short Run Marginal Cost、短期限界費用)は既存パイプラインよりも低いと推定されるため、理論的にはより良い契約条件を引き出すことができるといわれている。
ちなみに、ドイツでは、3つのLNG受入基地プロジェクト(合計19.4MTPA)が計画された。ブルンスブッテルLNGでは、6月末、LNG基地計画許可申請書が提出される予定となっている。スタードLNGは、9月にオープンシーズンが実施予定である。ウィルヘルムスハーヘンLNGは、一旦棚上げされたが、その後、グリーンアンモニア輸入ハブとしての可能性が検討されている。
受入基地を建設すれば、世界のLNG市場にアクセスできるようになるため、ドイツのガスバイヤーはLNG市場の低価格期間を利用してポートフォリオをより最適化することができるようになる。また、安全保障上も供給源を分散化することができるようになると同時に、これらの計画には、LNG購入の可能性をちらつかせ、米国とのパワーバランスをコントロールしようとするドイツの意図も見え隠れする。
ところで、2021年9月、これまでノルドストリーム2を推進してきたメルケル首相が退任した後は、潮目が変わる可能性がある。キリスト教民主社会同盟が次期首相候補に選出したラシェット氏はノルドストリーム2について、ロシアが協定に違反したりウクライナへ圧力をかけるために利用したりする場合、事業を停止する可能性があると述べたが、影が薄いとの評判もある。世論調査で支持率2位、緑の党の首相候補ベーアボック氏は、「プーチン氏はウクライナだけでなく、欧州の不安定化も望んでいる」とし、パイプライン事業への反対を改めて表明しており、昨今の環境トレンドに乗って、大勝する可能性も指摘されている。


表3. ドイツのガス・LNG輸入容量(Bcm)

(3) ノルドストリーム2をめぐる大国の争覇(今後の進展)
5月の米国制裁解除により、ノルドストリーム2の年内完成の確率は高まった。その後、Gazpromも、年内の運転開始が可能と発言している。また、7月、米独がノルドストリーム2に関わるウクライナ経由ロシアパイプラインガス供給に関し、以下の内容で合意した旨、報道された。
- ロシアがウクライナに対して攻撃的な動きに出た場合は、ドイツは国家レベルの行動に出ること
- ドイツは第3者アクセスを遵守すること
- ロシア-ウクライナ間のガス輸送契約を、現在の5か年からそれ以降10年間は延長すること
ただし、この合意は、米独以外の当事者は関わっておらず、以下の課題が残されている。
- ノルドストリーム2が完成してもアンバンドリング規制上、使用できない点について、ポーランド、ウクライナが訴訟を起こす可能性がある。
- 米国制裁を受けて検定機関DNV-GLが撤退している中、ノルドストリーム2のスムースな完成検査は可能か?
- ロシアがウクライナ経由ガス輸送契約の延長を認めるか?
- 7月のライン川流域大洪水の原因を温暖化とする論調も盛んな中、9月に予定されているドイツ連邦議会選挙において、ノルドストリーム2に従来から反対している緑の党が大勝した場合の政権への影響はどの程度か?
などが、今後の注目点となる。


6. なぜいまスポットLNG価格高止まりか?
(1) コモディティー化したスポットLNGが世界のガス価格をつなぐ
2020年は特異的にLNG液化設備トラブルが多発し、世界のLNG供給余力が減少した。
年末には、北東アジアに寒波が襲来し、それに対応して出荷を増加させようとした米国LNGがパナマ運河で渋滞した結果、世界のスポットLNG輸送能力が低下し、LNG需給の逼迫を招いた。その結果、2021年1月には、JKMが史上最高値をつけた。
この高値に吸い寄せられるように、世界中のスポットLNGが北東アジアに輸入されたが、そのあおりを受けて、欧州へのスポットLNG輸入は激減した。このため、欧州地下ガス貯蔵在庫は低下したが、その後、4-5月、欧州の気温は例年よりかなり低く、地下ガス貯蔵在庫の積み増しがうまく進まなかった。
欧州ガス需要は高いにもかかわらず、ノルドストリーム2を建設中のロシアは、代替輸送経路である追加のウクライナパイプラインガスの輸送容量入札に応札せず、結果として、ロシアパイプラインガスの欧州への供給量が大きく減少している。
さらに、昨年新型コロナウイルスの影響で定期修理を先送りしたノルウェーパイプラインシステムにおいて、大規模な定期修理が実施され供給量がしばしば低下している。
また、LNG・石炭価格の高騰に伴い、EU-ETSの価格も上昇している。
一方、米国等では、既にポストコロナ経済が始動しており、それを受けて、世界の工場である中国の景気が急回復し、合わせて、エネルギー需要も大きく増加し、また、今夏の日本はじめとした北東アジアの高気温予測により、電力会社は夏期の火力発電用LNGの確保を急いだ。
その結果、JKMもこれまでにないレベルで高止まりし、再び、スポットLNGは高値の北東アジアに吸い寄せられている。欧州のLNG輸入量は大きく減少し、だんだんと秋、そして、冬が近づく中で、地下ガス貯蔵在庫の充填に水を差す形となっている。
LNGのコモディティー化が進み、世界のガス・LNG価格は、年々相関を高めているが、今夏、TTFとJKMは、相互に共鳴しながら、高止まる傾向が見られる。
アジア向けを中心とした米国LNGの出荷は好調であるが、熱波による冷房用火力発電需要のガス需要が増加し、HHガス価格も上昇した結果、ガス火力から石炭火力発電への需要戻りも発生しかねない状況といわれている。

(2) TTF上昇への各要因の寄与
新型コロナウイルス蔓延前でガス需給がノーマルであった2019年上期と、新型コロナウイルスがある程度落ち着いた2021年上期の需給について、欧州の、ガス・LNG供給、ガス需要、地下ガス貯蔵量の6か月間の変化について、バランスを確認した。
TTF上昇の原因をガス需給のタイト化とすると、要因別の寄与率は、主にノルドストリーム2建設遅れに起因する欧州へのロシアパイプラインガス供給減少分等が13.8MT、46%と最大の割合を占めた。
次いで、ガス需要増加分が11.8MT、39%となった。このうち、低気温・景気回復によるガス需要増加分が最小でも10.6MT、35%となり、EU-ETS高騰による需要増加は、最大でも1.2MT、4%となった。EU-ETSの寄与する割合はわずか数パーセントと小さい。
なお、不明分として、4.6MT、15%が特定されなかった。

7. 世界のガス・LNG供給セキュリティー(LNG需給逼迫再来のシナリオ)
(1) 欧州地下ガス貯蔵在庫予測、ノルドストリーム2なければマイナスに
現在、ノルドストリーム2の稼動遅れ、および、ロシアによるウクライナ経由パイプラインガス輸出抑制により、欧州地下ガス貯蔵在庫は大幅に低下している。
例年、在庫は、ピーク直前には通常9割程度に達するが、ノルドストリーム2の供給が年内に始まらない「2020年と同等の充填スピード(赤点線)」ケースでは、今冬初めには過去5年実績最低レベルから20%も低位となり、さらに、2022年3月末には地下ガス貯蔵在庫が底をついてしまう計算となる。
2021年12月からのノルドストリーム2稼動(または、ロシアがウクライナ経由パイプライン輸送容量利用に転じた場合)を想定した「2020年同等充填+ノルドストリーム2フル追加(青点線)」ケース(ノルドストリーム2の追加利用容量は、2021年12月は50%、2022年1月以降は100%と仮定)においては、上記「2020年と同等の充填スピード」ケースと比較して、在庫は、2021年12月から上昇し始めるものの、2022年3月には、過去5年実績最低レベルまで低下してしまう。また、その後、2022年夏期においても、欧州地下ガス貯蔵在庫は、過去5年実績レベルを大きく下回る予測となる。

(2) (短期)ノルドストリーム2稼動遅延警戒、LNG需給逼迫に注意!
新型コロナウイルス蔓延にも強い耐性を示したLNG需要は、今後も堅調に伸びていくが、2022年ピーク期には、Hammerfest LNGの修理延長が決まっており、LNG供給余力は1.8MT/mに減少する。また、2023年1月、新規LNG生産能力の追加が小さい中、LNG供給余力は1.5MT/mに減少する。これは、Gorgon LNGとHammerfest LNGが停止していた2021年ピーク期と同様の低レベルとなる。
その後、2025年にかけて、新規LNG生産能力が追加されることにより、この余裕は増加する予定であるが、液化プロジェクトの進捗が新型コロナウイルスの影響等で遅れた場合は、このピンチポイントは後年にずれ込むことになる。
ノルドストリーム2稼動遅れ等の影響は極めて大きく、現状、過去実績と比較して2.3MT/m、年間では、欧州全ガス需要の7%に相当するLNG換算26MTPA分のパイプラインガスが欧州に供給されていない。
現状、2021年12月から稼動するともいわれているが、万一、何らかの理由でノルドストリーム2の稼動が遅れることになった場合、かつ、ロシアがウクライナ経由のパイプラインガス輸送をこのまま増加させない場合、欧州地下ガス貯蔵在庫が極めて低いレベルとなり、ガス払い出しできない状況に陥る可能性がある。
その状況で、アジアに加え、欧州にも同時に寒波が襲来すれば、欧州ガス需要も世界のLNG供給余力を大きく侵食し、日本、中国、欧州三つ巴のLNG調達合戦が始まることになってしまう。
別途、ウクライナがノルドストリーム2完成で将来失うことになる輸送料補償としてのロシアによる新たなウクライナ経由パイプラインガス輸送契約締結や、ノルドストリーム2のアンバンドリング問題に対する例外措置適用、さらに、ロシアがウクライナに圧力をかけた場合のノルドストリーム2シャットダウンメカニズムの構築等を抱き合わせで、9月の選挙前に合意すべく、米国-ドイツ-ロシア間で、政治的な調整が行われているとの情報もあるものの、今冬は、例年にも増して、気象、需給、トラブル、そして、ノルドストリーム2建設の進捗状況、さらに、ロシア・ウクライナ関係に、細心の注意が必要な状況となっている。

(3) (中長期)LNG調達セキュリティー、要注意期間は?
今後、2022-25年までの期間と、2028年以降、LNG供給余力が狭まり、セキュリティー向上策の必要性が高まる。
ここで、以下の需給状況を想定する。
- 2019年、供給過剰。
- 2020年、新型コロナウイルスの影響で需要が低下し、余剰基調がさらに拡大。
- 2021-24年、液化プロジェクト建設遅延による供給遅れにより、市場は徐々にタイト化する。
- 2025-26年、2019年FIDした液化プロジェクトからの供給が始まり、市場は一気にルース化。
- 2030年にかけて、需給はバランスしていくが、炭素制約の強化、リニューアブルとの競争激化で新規液化プロジェクトFIDが停滞し、需給はよりタイト化する。

(参考) LNG市場のボラティリティー拡大
市場自由化、および、LNGのコモディティー化が進展し、2004年以降、スポット・短期LNG割合は5%/年で上昇し、2020年、40%に達した。今後、長期契約LNGがゼロになるとは考えられないものの、しばらくの間はスポット・短期LNG割合の増加が継続する見込みである。
そのスポットLNGの流動性が、世界のガス・LNG市場をつなぎ、世界各地の様々な影響を全世界に伝播するようになってきている。
主にスポットLNGを調達する中国2nd Tiers買主の増加、太陽光発電増加等もあり、月別LNG輸入量のボラティリティーが拡大している。年平均ではLNG生産能力に余裕があるように見えてもピーク期におけるLNG供給余力は、特に2022-24年にかけて減少する。それ以降もこの傾向は継続すると見られる。
一般に、世界の最大LNG輸入量は毎年1月、最小輸入量は、春秋等、オフピーク期に現れる。ここで、月別最大LNG輸入量と月別最小LNG輸入量の差を、LNG調達におけるボラティリティーと定義してみたい。
2020年の世界のLNG調達ボラティリティーは、±3.9MT/mであったが、2025年には、±5.5MT/mに拡大する見込みである。また、月別LNG生産能力と月別最大LNG輸入量との差を、LNG供給余力と定義する。2022-24年にかけて、LNG供給余力は大きく減少することがわかる。
ここで、IEAのように、月別LNG生産能力と月別平均LNG輸入量との差で比較すれば、世界のLNG供給余力は比較的大きいように見えるが、特に、アジアLNG需要国には欧州のような巨大な地下ガス貯蔵施設がないため、月別生産能力と月別最大LNG輸入量との差の大きさで比較する必要がある。


8. LNG調達セキュリティー向上策案
LNG調達のボラティリティーがますます増大し、過去と状況が大きく変化しており、これまで以上にLNG供給セキュリティーの確保が重要となる。今後、現実的なセキュリティー向上策について、過去検討された案や公的支援要不要を含め、官民一体となり総合的に検討を進めるべきであろう。
以下に、LNG調達セキュリティー向上策をまとめる。
表4. LNG調達セキュリティー向上策
9. おわりに
欧州春の低気温と日本の夏の高気温予測、地下ガス貯蔵充填不足、ポストコロナからの景気回復等の需給要因や環境政策に加え、国家間の対立に起因するノルドストリーム2の存在意義をかけたロシアのパイプラインガス販売戦略が、世界全体のガス・LNG価格の高止まりを決定的なものとしている。
もし5月の時点で、米国が制裁解除を打ち出さなかったならば、2021-22年ピーク期においても、ノルドストリーム2は稼動せず、欧州地下ガス貯蔵在庫は払底していた可能性すらあり、ウクライナ経由輸送能力を意図的に利用しなかったロシアに主因はあるとしても、万一の場合には、米国もそれを幇助したと見なされる状況にすらあった。世界の分断で存在感を示そうとしたトランプ前大統領の置き土産が、さながら時限爆弾のように、欧州で時を刻んでいたわけである。
2021年12月までにノルドストリーム2が稼動すれば、間一髪で世界のガス・LNG需給逼迫は回避される見込みであるものの、万一遅れ等が発生すれば、欧州地下ガス貯蔵在庫が前例のない低レベルとなる可能性も残されている。
10年前であれば、欧州のガスをめぐる国家間の争いが、これほどまでに日本のスポットLNG価格に影響を与えるとは、多くの関係者が考えすらしなかった。
近年、我々が経験しているスポットLNG価格の大きな変動やLNG需給の逼迫は、単なる一過的、偶発的な事象ではなく、LNG市場の構造的な変化に起因している。
LNGのコモディティー化の進展により世界のガス・LNG価格が相関を強めるとともに、各国自由化の進展や中国2nd Tiers買主の台頭によって、スポットLNG市場のボラティリティーがますます拡大し、それが、世界全体のガス・LNG価格やLNG供給セキュリティーに大きな影響を与え始めているのである。
大国の争覇の波間に、アジアの、そして日本のエネルギーセキュリティーは翻弄されており、大きく変化しつつある市場の波は、今後、ますます高くなっていく。
責任あるトランジションを大前提として、適正な価格の維持やエネルギーセキュリティーの確保について、グローバルな視点を持って万全を期していかねばならない。
以上
(この報告は2021年8月16日時点のものです)
参考資料
- 石油・天然ガス資源情報:天然ガス・LNG最新動向 ―LNGを確保せよ!変動高まるLNG市場と供給セキュリティー評価―(2021/06/03)
- 石油・天然ガス資源情報:天然ガス・LNG最新動向 ―新たな脱炭素処方箋:欧州メタン戦略とカーボンニュートラルLNG、効能と副作用―(2021/04/13)
- 石油・天然ガス資源情報:天然ガス・LNG最新動向 ―スポットLNG価格急騰!2020年トラブル頻発とパナマ運河制約で激変迫るLNG物流―(2020/12/25)
- 石油・天然ガス資源情報:天然ガス・LNG最新動向 ―LNG価格システムの課題、油価上昇がもたらした一物二価―(2020/10/13)
- 石油・天然ガスレビュー:LNGニューノーマル ―2020年以降の需給・価格・FID―(2020/9/25)
- 石油・天然ガス資源情報:天然ガス・LNG最新動向 ―あふれるLNG、追い打ちをかける新型コロナと油価暴落―(2020/05/11)
- 石油・天然ガス資源情報:天然ガス・LNG最新動向 ―余剰LNGは何処へ?カギを握る欧州ガス市場―(2020/03/26)
- 石油・天然ガスレビュー:LNG供給バブルは来るか?(需給、ポートフォリオプレイヤー、価格指標、各社の戦術)(2020/03/26)
- 石油・天然ガス資源情報:新たなLNG需要:船舶燃料としてのLNG(2019/08/08)