ページ番号1009105 更新日 令和3年8月17日
原油市場他:中国等での新型コロナウイルス感染拡大等の弱気材料と米国金融緩和政策長期化等の強気材料に挟まれ範囲内での変動となる原油価格
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概要
- 7月上旬から8月上旬にかけ、米国では、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期突入によりガソリン需要が堅調に推移した結果、当該製品在庫は減少傾向となったが、平年幅上限を超過する状態は継続している。ただ、製油所でガソリン製造を優先する反面留出油製造が劣後する格好となったこともあり、留出油在庫も減少傾向となり、平年幅上方付近に位置する量となっている。他方、製油所での米国からの原油輸出量が減少傾向となった結果、原油在庫は増加傾向となり、平年幅上限を超過する状態は維持されている。
- 2021年7月末のOECD諸国推定石油在庫量の対前月末比での増減に関しては、原油については、欧州では、複数の製油所において予定外の作業を実施したことに伴い稼働が低下し原油精製処理が進まなくなったこともあり、在庫は増加した。しかしながら、米国では原油輸入量の減少等により原油在庫が減少した他、日本ではメンテナンス作業実施終了で製油所での原油精製処理活動が活発化した結果、原油在庫は減少した。結果として、OECD諸国全体では原油在庫は減少となったが、平年幅上限を超過する状態は継続している。石油製品については、米国ではプロパンやその他の石油製品の在庫が増加したことから、石油製品全体の在庫も増加した。欧州においては、6月下旬から7月下旬にかけ当該地域での新型コロナウイルス感染が再拡大したことにより、個人の外出及び経済活動の回復状況がまだら模様となったものと見られることもあり、石油製品在庫は若干ながらではあるが増加した。日本でも、不需要期である灯油を中心として石油製品在庫は増加した。このようなことから、OECD諸国全体の石油製品在庫は増加となり、平年幅上方付近に位置する量となっている。
- 2021年7月中旬から8月中旬にかけての原油市場では、7月18日に開催されたOPECプラス産油国閣僚級会合において8月以降減産措置を毎月日量40万バレル縮小する旨決定したことにより、この先の石油需給緩和感を市場が意識したこと等が、原油相場に下方圧力を加えたものの、米国のパウエルFRB議長が同国の物価上昇は一時的なものである旨明らかにしたこと等が、原油相場に上方圧力を加えたことから、原油価格(WTI)は、1バレル当たり概ね66~74ドルを中心とする範囲で変動した。
- この先、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が終了に向かうことにより、季節的な石油需給の緩和感が市場で醸成されることが、原油相場に下方圧力を加える可能性がある。そのような中で、9月1日に開催が予定されるOPECプラス産油国閣僚級会合における減産措置を巡る意思決定と米国のOPECプラス産油国に対する働きかけ具合、イランでの新大統領就任によるイラン核合意正常化に向けた協議を巡る状況とイランの原油供給の推移、世界各国及び地域における新型コロナウイルス感染状況と個人の外出規制及び経済活動制限、及び追加経済対策を巡る動向、米国金融当局関係者による金融緩和縮小を巡る発言、そして、米国メキシコ湾周辺地域におけるハリケーン等暴風雨の来襲状況及び予報を含む要因等が原油相場に影響を与えるものと考えられる。
(IEA、OPEC、米国DOE/EIA他)
1. 原油市場を巡るファンダメンタルズ等
2021年5月の米国ガソリン需要(確定値)は日量914万バレル、前年同月比で27.1%程度の増加と2021年4月の同50.2%程度の増加からは増加率が縮小している(図1参照)が、速報値(前年同月比で26.4%程度増加の日量909万バレル)からは上方修正されている。2021年1月20日の米国のバイデン大統領就任後100日間で2億回の新型コロナウイルスワクチン接種実施の目標を4月21日に前倒しで達成するなど、同国では新型コロナウイルスワクチン接種普及が進展しつつあったことにより、5月31日時点の1日当たり新型コロナウイルス新規感染者数は5,503人と4月30日の同58,517人から大幅に減少したこともあり、個人の外出が活発化するととともに5月の米国の自動車運転距離数も前年同月比で28.7%増加したことが、同月のガソリン需要の前年同月比での増加に反映されているものと見られる。また、同月の自動車運転距離数(1日当たり88億マイル)が前月(同86億マイル)から増加していることもあり、5月の米国ガソリン需要も4月のそれ(日量879万バレル)から拡大している。ただ、5月の同国ガソリン需要は同月7~12日に同国のコロニアル・パイプライン(テキサス州~ニュージャージー州、日量250万バレルの石油製品を輸送するとされる)がサイバー攻撃を受け操業を停止したことによる、米国東部海岸地域を中心とした地域での石油製品供給混乱発生に伴う消費者のガソリンを含む石油製品購入殺到の影響で、一時的にガソリン需要が押し上げられた側面があるものと考えられる。また、2020年4月は新型コロナウイルス感染拡大もあり個人の外出が相当程度落ち込んだ一方、同年4月16日に米国のトランプ大統領(当時)が米国国民の外出規制緩和と経済活動再開への指針を発表したことで、同国では外出規制と経済活動制限が緩和され始めた(同年5月20日のコネチカット州を以て米国の全50州で部分的であれ個人の外出規制及び経済活動制限が緩和された)こともあり、2020年5月は米国で個人の外出が回復しつつあったことが一因となり、2021年5月の米国の自動車運転距離数の前年同月比での増加率が同年4月の同54.9%程度の増加から縮小していることにより、2021年5月の同国ガソリン需要の前年同月比での増加率も4月から縮小しているものと考えられる。また、2021年5月のガソリン需要は2019年5月のそれ(同950万バレル)に比べれば依然3.8%程度の減少となっている(それでも、2021年4月のガソリン需要の2019年4月比での減少率(6.6%程度の減少)からは増加率は縮小している)。他方、2021年7月の同国のガソリン需要(速報値)は日量944万バレル、前年同月比で11.6%程度の増加となっており、6月の当該需要(速報値)である同938万バレルからは需要量としては増加しているが、6月の前年同月比での増加率である13.3%程度からは増加率は縮小している。新型コロナウイルスワクチン接種普及が進展する中(8月2日には米国で少なくとも1回は当該ワクチンを接種した成人の全成人に占める割合が70%に到達し、同国バイデン政権が掲げた目標を1ヶ月遅れではあったが達成した)、個人の自動車を利用した外出が促進された(7月の同国の推定自動車運転距離数は前年同月比で9.9%程度増加している)ことが、7月のガソリン需要増加に影響しているものと考えられる。ただ、新型コロナウイルス感染拡大もあり2020年4月は個人の外出が相当程度落ち込んだ一方、同年4月16日に米国のトランプ大統領(当時)が米国国民の外出規制緩和と経済活動再開への指針を発表したことで、同国では外出規制と経済活動制限が緩和され始めたこともあり、2020年7月は米国での個人の外出が回復しつつあったことが一因となり、2021年7月の米国の推定自動車運転距離数の前年同月比での増加率は同年6月の12.0%程度から縮小するとともに、2021年7月のガソリン需要の前年同月比での増加率も6月から縮小しているものと考えられる。なお、2021年7月のガソリン需要は2019年7月のそれ(日量953万バレル(確定値))に比べ依然1.0%程度の減少となっているが、2021年6月のガソリン需要の前々年同月のそれを下回る割合(3.3%程度)からは減少率は縮小している。そして、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期到来により6月から7月にかけ製油所はガソリン生産活動を活発化すべく稼働を引き上げるとともに原油精製処理量を増加させたものの、例年最もガソリン需要が盛り上がるとされる7月4日の独立記念日(インディペンデンス・デー)の休日を過ぎて8月に入ったこともあり、最終消費段階ではなお夏場のドライブシーズンに伴いガソリン需要は旺盛であった一方、製油所の段階では労働祭(レイバー・デー)の休日(9月6日)に伴う連休(9月4~6日)による夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期の終了が視野に入るとともに、原油精製処理量も頭打ち気味となり(図2参照)、製油所でのガソリン生産も季節的には比較的高水準ではあったものの、概ね横這いで推移したものと考えられる(ガソリン最終製品の生産は図3参照)。このようなことから、ガソリン需要が製油所等からのガソリン供給を上回る格好となったことにより、7月上旬から8月上旬にかけての米国ガソリン在庫は減少傾向となったが、平年幅上限を上回る状態は継続している(図4参照)。
2021年5月の同国留出油(軽油及び暖房油)需要(確定値)は日量387万バレルと前年同月比で9.7%程度の増加となり、4月の同13.8%程度の増加から増加率が縮小した他、速報値である日量399万バレル(同13.0%程度の増加)から下方修正された(図5参照)。2021年5月の米国鉱工業生産が前年同月比で16.1%の増加と同年4月の同17.5%の増加から伸びが鈍化した他、2021年5月の同国物流活動も前年同月比で8.1%の増加と同年4月の同9.7%から増加率が縮小するなどしたことが、2021年5月の留出油需要の前年同月比での増加率の縮小の背景の一因であるものと見られる。また、2021年4~5月は前年同期に比べ米国北東部が温暖であったことから5月の暖房油需要が抑制されたと見られることも、同月の留出油需要の伸びの鈍化に影響したものと考えられる。なお、2021年5月の留出油需要は2019年5月のそれ(日量411万バレル)を5.7%程度下回っている。他方、2021年7月の留出油需要(速報値)は日量377万バレルと前年同月比で4.3%程度の増加となり、6月の同15.0%程度の増加から伸びが鈍化している。2020年3月27日に米国のトランプ大統領(当時)が署名したことにより発効した、失業保険追加給付を含む、過去最大規模である2.2兆ドル程度の経済対策実施もあり、2020年7月の鉱工業生産は前年同月に比べれば7.0%程度の減少とはなっていたものの、同年6月の同11.0%程度の減少よりは減少率が縮小するなど鉱工業活動が持ち直しつつあったこともあり、2020年7月の留出油需要も前年同月比で7.7%程度の減少と同年6月の同12.6%程度の減少から減少率が縮小するなどしていたことから、その反動で2021年7月の鉱工業生産の前年同月比での伸びが推定6.7%と6月の同9.8%から鈍化した格好となったことが、7月の留出油需要の増加率の縮小に反映されているものと考えられる。なお、2021年7月の米国留出油需要は2019年7月のそれ(日量391万バレル(確定値))を依然3.7%程度下回っている。また、米国では夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期に突入したこともあり、米国のガソリン在庫が6月下旬から7月下旬にかけ5%程度減少したことに加え、7月22日には、国内ガソリン卸売価格の高止まりが継続するようであれば、ロシアはガソリン輸出を禁止する用意がある旨報じられた(その後ロシアのエネルギー省はガソリン輸出を3ヶ月禁止する旨の提案を政府に提出したと8月2日に伝えられた)こと(なお、2021年5月時点で米国では東部海岸地域を中心に日量11万バレル程度のガソリンをロシアから輸入していた)もあり、米国ガソリン需給の引き締まり感が市場で強まるとともにガソリン製造に伴う利幅が拡大傾向となったことにより、製油所ではガソリン生産を重視する一方、留出油生産の優先度が低下したこともあり、留出油生産が伸び悩み気味となったこと(図6参照)により、留出油供給が当該需要に追い付かない格好となった結果、7月上旬から8月上旬の期間留出油在庫は減少傾向となった他平年幅上方付近に位置する量となっている(図7参照)。
2021年5月の米国石油需要(確定値)は、前年同月比で24.8%程度増加の日量2,009万バレルとなったが、同年4月の前年同月比32.5%程度の増加からは増加率が縮小した(図8参照)。ガソリン及びその他の石油製品を含め幅広く石油製品需要が前年同月比で増加したことが同国石油需要の前年同月比での増加に反映されているが、2020年4月に比べ同年5月は米国石油需要が持ち直し始めたこともあり、その分だけ、2021年5月の同国石油需要の前年同月比での伸び率が同年4月のそれから縮小しやすい側面がある。また、2021年5月の当該需要は2019年5月のそれ(日量2,039万バレル)をなお1.4%程度下回っているが、2021年4月の前々年同月比での減少率(4.3%程度)からは減少率は縮小している。また、ガソリン及びその他の石油製品等の需要が速報値から確定値に移行する段階で上方修正された(同月のその他の石油製品の需要は速報値では日量330万バレルと速報値としては極端に低水準であった(2020年5月~2021年4月の当該需要(速報値)は日量345万バレル~同464万バレルであり、また、日量300万バレル台の速報値の場合大部分が確定値に移行する段階で上方修正されていた))こともあり、米国石油需要も速報値(前年同月比で17.1%程度増加の日量1,885万バレル)から上方修正されている。ただ、同月のその他の石油製品の需要(確定値)は日量450万バレルと2020年5月~2021年4月の当該需要の確定値(同308~431万バレル)と比較しても高い部類に入ることもあり、6月以降の当該需要(確定値)がその反動で抑制されると言った展開となることは否定できない。他方、2021年7月の米国石油需要(速報値)は日量2,051万バレルと前年同月比で11.9%程度の増加となり、6月の当該需要(速報値)の同18.2%程度の増加から増加率が縮小した。2021年7月のガソリン及び留出油需要(ともに速報値)の前年同月比の増加率が同年6月に比べ縮小したことが、7月の石油需要の増加率の縮小にも反映されている。それでも、ジェット燃料需要が前年同月の需要(確定値)に比べ59.8%程度増加している(米国では新型コロナウイルスワクチン接種普及が進展しつつあったこともあり、米国の空港における国内航空便利用旅客数が拡大傾向を示している旨示唆される)ことが、7月の石油需要の増加率を下支えしている側面がある。また、2021年7月の米国石油需要は、2019年7月のそれ(日量2,074万バレル(確定値))を1.1%程度下回っている。他方、米国原油生産が概ねほぼ一定の水準で推移した(シェールオイル開発・生産企業に対する株主等からの業績改善重視の圧力により、これら企業はシェールオイル生産拡大には必ずしも積極的はないことが足元の米国原油生産の伸び悩み傾向に反映されているものと考えられる)一方、ガソリン精製利幅拡大もあり、製油所での活発なガソリン製造活動が維持された結果原油精製処理量は比較的高水準で推移したものの、米国の夏場のドライブシーズン到来に伴うガソリン需要期により米国の製油所のガソリン生産を巡る利幅が堅調であったことに加え、米国オクラホマ州クッシングの原油在庫が減少し続けたこともあり特に6月中旬から7月中旬にかけWTI原油価格のブレント原油価格に対する割安感が薄れたことにより、米国の原油輸入が増加するとともに、特に7月中旬以降同国の原油輸出が減少傾向となった結果、7月上旬から8月上旬にかけ米国の原油在庫は比較的限られた範囲で変動した他、平年幅上限を上回る状態は続いている(図9参照)。そして、留出油在庫が平年幅上方付近に位置する量となった他、原油及びガソリン在庫が平年幅上限を超過する量となっていることから、原油とガソリンを合計した在庫、そして原油、ガソリン及び留出油を合計した在庫は、いずれも平年幅上限を超過する状態となっている(図10及び11参照)。
2021年7月末のOECD諸国推定石油在庫量の対前月末比での増減に関しては、原油については、欧州では、複数の製油所において当初予定されたメンテナンス作業実施以外の理由(装置不具合等が発生したものと見られる)により稼働が低下、原油精製処理が進まなくなったこともあり、在庫は増加した。しかしながら、米国では原油輸入量が減少したり、一時的ではあるが原油輸出量が急増したりしたことにより原油在庫が減少した他、日本でも一部製油所で実施していたメンテナンス作業が終了したことに伴い、製油所の稼働が上昇するとともに原油精製処理活動が活発化した結果、原油在庫が減少したことにより、欧州での原油在庫増加が相殺されて余りあったことから、OECD諸国全体としては原油在庫は減少となったが、平年幅上限を超過する状態は継続している(図12参照)。石油製品については、米国では、ガソリン等の在庫は減少したものの、暖房シーズンが終了したことによりプロパン需要が低下したことに伴い当該製品在庫が増加したり、冬用ガソリンの利用時期終了に伴い当該製品に混入していたブタンの需要が減少したことによりブタンを含むその他の石油製品の在庫が増加したりしたことで、相殺された余りあったことから、石油製品全体の在庫は増加した。また、欧州においては、製油所の稼働が若干上昇するとともに、石油製品製造活動も限定的ながら活発化したものの、6月下旬から7月下旬にかけ当該地域での新型コロナウイルス感染が再拡大したことにより、個人の外出及び経済活動の回復状況がまだら模様となったものと見られることもあり、石油製品在庫は限られた規模ではあったものの増加した。さらに、日本でも製油所のメンテナンス作業実施終了に伴い石油製品製造活動が活発化した反面、梅雨明けに伴う夏場(及び連休)のドライブシーズン向けのガソリン需要が堅調になったことによりガソリン在庫は減少したものの、暖房シーズンではなくなったことに伴い暖房用需要が低迷した灯油を中心として他の石油製品の在庫が増加した結果、石油製品全体では在庫は増加した。このようなことから、OECD諸国全体の石油製品在庫は増加となり、平年幅上方付近に位置する量となっている(図13参照)。そして、原油在庫が平年幅上限を上回る量である一方、石油製品在庫が平年幅上方付近に位置する量となっていることから、原油と石油製品を合計した在庫は平年幅上限を上回る量となっている(図14参照)。なお、2021年7月末時点のOECD諸国推定石油在庫日数は62.8日と6月末の推定在庫日数(62.9日)から低下している。
7月14日に1,400万バレル台半ば程度の水準であったシンガポールでのガソリン等の軽質留分在庫は、7月21日には1,300万バレル弱程度の量へと減少したものの、7月28日には1,300万バレル台後半程度の量へと回復した。ただ、8月4日には軽質留分在庫は1,300万バレル台半ば程度、8月11日には1,200万バレル台後半程度の、それぞれ量へと減少するなど、7月中旬から8月中旬にかけ当該在庫は減少傾向を示した。7月15日に56,757人と史上最高水準の1日当たり新型コロナウイルス新規感染者数を記録したインドネシアでは、8月13日には30,788人となるなど新型コロナウイルス感染が縮小傾向となったこともあり、シンガポールからインドネシアへのガソリン輸出が相当程度増加する場面も見られたものの、総じてシンガポールからのガソリン輸出は乱高下するなど不安定な状態であった。他方、5月6日に414,188人の史上最高水準に到達したインドの1日当たり新型コロナウイルス新規感染者数が8月13日には38,667人へと減少したこともあり、新型コロナウイルス感染拡大抑制のため4月19日より都市封鎖措置を実施していた同国の首都ニューデリーを含むデリー首都圏等多くの州では6月14日に経済活動制限等が緩和されるなどしたことに伴いガソリン需要が盛り返した始めたことにより、シンガポールではインドからのガソリン輸入がなされなくなった他、2021年における第二回の石油製品輸出枠が石油会社に付与されない(第二回の石油製品輸出枠が付与される旨の通達が中国政府によりなされたのは8月9日であった)ことにより石油会社の石油製品輸出枠が不足気味となっていたこともあり、中国からシンガポール方面への軽質留分輸出も低迷した。このような中、韓国では、春場のメンテナンス作業実施が終了したことで、製油所の稼働が上昇するとともにガソリン生産活動が活発化した一方、国内の1日当たり新型コロナウイルス新規感染者数が6月30日の762人から8月13日には1,929人へと相当程度増加したことに伴い、7月9日に同国政府がソウル首都圏での個人の外出規制等を強化し7月12日より実施(当初7月25日までとされたが、7月23日には当該規制を8月8日まで、さらに、8月6日には8月22日にまで、それぞれ延長する旨韓国政府が発表)した他、首都圏以外の地域でも7月19日以降個人の外出規制を強化する旨政府が7月18日に発表(7月26日には当該地域での個人の外出規制を7月27日から8月8日にかけ、一層強化する旨韓国政府が発表した他、8月6日には当該規制を8月22日にまで延長する旨同国政府が発表)するなどした結果国内でのガソリン需要が抑制されたと見られることにより、同国からシンガポールに向けガソリン輸出が堅調となる場面もあったものの、シンガポールのガソリン輸入は総じて低調であった。シンガポールでの軽質留分在庫の増減は、このようなガソリン輸出入状態を反映したものと考えられる。そしてシンガポールでの軽質留分在庫が減少傾向を示したことが、アジア市場でのガソリン価格を下支えしたうえ、米国での夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期到来による同国での堅調なガソリン需要とガソリン在庫の減少傾向による世界的なガソリン需給の引き締まり感の市場での強まりが、アジア市場のガソリン価格にも上方圧力を加えた結果、7月中旬から8月中旬にかけてのガソリンとドバイ原油との価格差(この場合ガソリン価格がドバイ原油のそれを上回っている)は拡大する傾向が認められた。
ナフサについては、6月11日に韓国のLG化学が麗水(Yeosu)にあるナフサ分解装置(エチレン生産能力年間80万トン)を、6月18日には同国のGSカルテックス(Caltex)が同じく麗水にあるナフサ分解装置(同年間79万トン)を、それぞれ操業開始した他、7月13日には、それまでメンテナンス作業を実施していた日本の三菱ケミカル旭化成エチレンの水島工場(エチレン生産能力年間56.7万トン)が、7月15日には、同じくそれまでメンテナンス作業を実施していた台湾プラスチック工業(台湾塑膠工業: Formosa Petrochemical)の第一ナフサ分解装置(エチレン生産能力年間70万トン)が、それぞれ操業を再開するなど、北東アジア諸国各国でナフサ分解装置が操業し始めたことに加え、中国の福建古雷石化(Fujian Gulei Petrochemical)が同国福建省古雷に建設中であるナフサ分解装置(エチレン生産能力年間100万トン)の操業開始に向け準備中であった(8月18日に試運転を開始する予定であると8月13日に伝えられる)ことにより、原料となるナフサの需要が増加するとの見方が市場で発生した。また、石油化学産業における原料としてナフサと競合することのある液化石油ガス(LPG)の需要が中国で堅調である(石油化学製品生産のために稼働させるプロパン脱水素化装置(PDH: Propane Dehydrogenation)向けの需要と見られる)一方、米国では2月15日にテキサス州に寒波が来襲したことにより、当該地域の電力供給に支障が生じた他関連機器類が凍結したことで同国の油・ガス田等の操業が停止した結果、原油及び天然ガスに随伴して生産されるLPGの生産が影響を受けたうえ、その後も生産拡大よりも収益の改善を優先させるべく株主等がシェールオイル及びシェールガス開発・生産会社に圧力を加えたこともあり、米国の原油及び天然ガスの生産が伸び悩み気味であったことと併せLPGの生産ももたついたことにより、世界的にLPG需給の引き締まり感が市場で強まるとともに当該製品価格が押し上げられたことから、LPGのナフサに対する価格優位性が後退、石油化学製品製造原料のナフサからLPGへの転換を抑制する格好となった。加えて、米国でのガソリン需要が盛り上がるとともに当該製品在庫が減少したこともあり、欧州の製油所における米国向け輸出用ガソリン製造過程でのナフサ混入が進むことにより、欧州方面からアジア方面へのナフサの流れが低下するとの観測が市場で増大したことが、アジア市場でのナフサ価格に上方圧力を加えたことから、7月中旬から8月中旬にかけナフサ価格はドバイ原油価格を上回り続けたうえ、その幅は6月中旬から7月中旬に比べ拡大する傾向を示した。
7月14日には1,100万バレル台半ば程度の量であったシンガポールの中間留分在庫は、7月21日には1,100万バレル台前半程度、7月28日には1,000万バレル台後半程度の、それぞれ量へと減少した。その後、8月4日には中間留分在庫は1,100万バレル強程度、8月11日には1,100万バレル台前半の水準へと、それぞれ上昇した。このように7月中旬から8月中旬にかけシンガポールの中間留分在庫は概ね限られた範囲内で変動している。豪州、インドネシア、タイ及びベトナムといったアジア太平洋地域の一部諸国では、7月を中心として1日当たり新型コロナウイルス新規感染者数が増加傾向を示したものの、経済への影響は比較的限定的であったものと見られる(新型コロナウイルス感染対策の進展や通信販売を通じた購買行動様式が広がっていることが一因となっている可能性がある)こともあり、シンガポールからのアジア太平洋諸国への中間留分輸出は比較的安定して推移した。他方、インドでの雨季(モンスーン)の接近に伴う軽油需要の抑制(灌漑用に稼働させるポンプ向けのエネルギー源が、モンスーン到来前の軽油から水力発電由来の電力へと切り替わることに加え、雨天により道路及び建設工事の進捗が減速することなどに伴い物流や製造業等での軽油の利用が鈍化すること等による)により、余剰となった軽油がインドからシンガポールに向け輸出された他、環境への負荷の高い軽油を製造するために中国独立系石油会社が韓国から輸入していた分解軽質軽油(LCO: Light Cycle Oil)に対し中国政府が6月12日から消費税(1リットル当たり1.2元、1バレル当たり約29.7ドル)を賦課し始めたこともあり、韓国で生産されたLCOに対する中国独立系石油会社の購買意欲が低下したことにより、韓国で製造されたものの余剰となった軽油(それでも、韓国の製油所は相対的に精製利幅を確保できるガソリンの生産に注力する反面軽油の生産をそれほど活発化させていないとも伝えられる)がシンガポールに向け輸出されたと見られることから、シンガポールのこれら諸国からの中間留分輸入は堅調に行われたものの、第二回の石油製品輸出枠が付与されなかった中国のシンガポール向け中間留分輸出がほぼ皆無となったことで相殺されたこともあり、シンガポールの中間留分輸入は盛り上がりに欠く展開となった。このようなことが、シンガポールでの中間留分在庫の範囲内での変動の背景にあるものと考えられる。そして、シンガポールでの中間留分在庫が範囲内で変動していたこともあり、この面では例えばアジア市場での軽油価格への圧力は概ね中立的なものであったが、7月下旬初頭前後には、原油価格の下落に軽油価格の下落が追い付かなかった結果、アジア市場での軽油とドバイ原油の価格差(この場合軽油価格がドバイ原油価格を上回っている)が拡大する場面が見られたものの、その後は原油価格の回復とともに軽油とドバイ原油の価格差は概して縮小する傾向を示した。
7月14日に2,300万バレル強程度の水準であったシンガポールの重油在庫は、7月21日には2,400万バレル台前半程度の量へと増加した。しかしながら、7月28日には重油在庫は2,300万バレル弱程度、8月4日には2,200万バレル台半ば程度の、それぞれ水準へと低下した。そして、8月11日においても当該在庫は前週からは増加はしたものの引き続き2,200万バレル程度半ば程度の量にとどまるなど、7月中旬から8月中旬にかけ当該在庫は総じて減少傾向となった。中国で重質混合ビチューメン(主にマレーシアの製油所でベネズエラ産の重質原油に残渣重油等を混合したもので、中国では当該ビチューメンが原油輸入枠外であったことから原油輸入枠が不足気味である同国独立系石油会社が原油代替物として輸入していたと伝えられる)に対し同国政府が6月12日に消費税(1トン当たり1,218元、1バレル当たり約29.4ドル)を賦課するようになったこともあり、中国の独立系石油会社がその代替として直留重油(SRFO: Straight Run Fuel Oil)もしくは高硫黄直留重油(HSSR: High Sulphur Straight Run Fuel Oil)の輸入を開始したことが、シンガポールの重油輸入に影響を与えたものと考えられる。加えて、夏場の気温の上昇により、空調用の電力供給のための発電部門向け燃料需要が増加した一方、LNG価格が重油価格を上回って上昇したことに伴い相対的に安価な重油の利用が活発化しつつあったことも、他のアジア諸国からシンガポールに向けた重油輸出を不活発にするとともに、シンガポールから他のアジア諸国向けの重油の輸出を促進したものと見られる。このような要因がシンガポールでの重油在庫減少傾向を創出したものと考えられる。そして、原油価格の上昇に重油価格のそれが追い付かなかったことにより、例えばアジア市場での高硫黄重油とドバイ原油の価格差(この場合高硫黄重油価格がドバイ原油のそれを下回っている)は拡大する場面も見られたものの、シンガポールでの重油在庫が減少傾向となったこともあり、重油とドバイ原油の価格差は総じて縮小する傾向を示した。
2. 2021年7月中旬から8月中旬にかけての原油市場等の状況
2021年7月中旬から8月中旬にかけての原油市場では、7月18日に開催されたOPECプラス産油国閣僚級会合において8月以降減産措置を毎月日量40万バレル縮小する旨決定したことにより、この先の石油需給緩和感を市場が意識したことや、中国での経済減速を示唆する指標類の発表、同国での新型コロナウイルス感染拡大に伴い外出等に対する規制が強化されたこと等が、原油相場に下方圧力を加えたものの、米国主要企業の業績が市場の事前予想を上回って良好であった旨判明したこともあり米国株式相場が上昇したこと、イラン核合意正常化を巡り米国とイランとの間で対立が高まる兆候が見られたこと、7月28日に米国のパウエルFRB議長が同国の物価上昇は一時的なものである旨明らかにしたことや、8月11日に発表された米国消費者物価指数が物価上昇の鈍化を示唆したこともあり、米ドルが下落したこと等が、原油相場に上方圧力を加えたことから、原油価格(WTI)は、この時期1バレル当たり概ね66~74ドルを中心とする範囲で変動した(図15参照)。
7月18日に開催されたOPECプラス産油国閣僚級会合において、2021年8月以降毎月日量40万バレル減産措置を縮小する旨合意したことにより、この先の世界石油需給の相対的な緩和感を7月19日の市場が意識したことに加え、インドネシア、英国及び米国等で、デルタ変異株を中心とする新型コロナウイルス感染が拡大傾向を示していることにより、世界経済成長に対する懸念が市場で増大したこともあり、米国株式相場が下落するとともに、投資家のリスク許容度が縮小したことにより、米ドルが上昇したことから、この日(7月19日)の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり5.39ドル下落、終値は66.42ドルとなったが、この原油価格下落幅は2020年4月20日(この時は前日終値比1バレル当たり55.90ドル下落)以来の大幅なものであった。しかしながら、7月20日には、前日の原油価格の下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが市場で発生したことに加え、7月21日に米国エネルギー省エネルギー情報局(EIA)から発表される予定である米国石油統計(7月16日の週分)で原油及びガソリン在庫が前週比で減少している旨判明するとの観測が市場で発生したことから、この日(7月20日)の原油価格の終値は1バレル当たり67.42ドルと前日終値比で1.00ドル上昇した(なお、この日を以てNYMEXの2021年8月渡し原油先物契約は取引を終了したが、9月渡し原油先物価格のこの日の終値は1バレル当たり67.20ドル(前日終値比0.85ドルの上昇)であった)。7月21日も、7月19日の原油価格下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが続いたことに加え、7月21日にEIAから発表された米国石油統計で米国オクラホマ州クッシングの原油在庫が前週比で135万バレル減少し3,671万バレルと2020年1月31日(この時は3,761万バレル)以来の低水準となったことにより、米国原油先物契約受渡地点での石油需給引き締まり感を市場が意識したこと、7月21日朝(米国東部時間)に発表された米国飲料製造大手コカコーラの2021年4月3日~7月2日期業績及び同国通信大手ベライゾン・コミュニケーションズの2021年4~6月期業績が市場の事前予想を上回って良好であったこともあり、米国株式相場が上昇するとともに、投資家のリスク許容度が拡大したこともあり、米ドルが下落したことから、この日(7月21日)の原油価格は前日終値比で1バレル当たり2.88ドル上昇し、終値は70.30ドルとなった。7月22日も、7月18日に開催されたOPECプラス産油国閣僚級会合において、2021年8月以降毎月日量40万バレル減産措置を縮小する旨合意したものの、2021年後半はなお世界石油需要が供給を上回る結果、石油需給が引き締まるとの観測が市場で発生したことに加え、7月22日時点での史上最高水準の国内ガソリン卸売価格がこの先も継続するようであれば、ロシアは来週ガソリン輸出禁止の手続きを開始する旨同国のシュルギノフ エネルギー相が7月22日に声明で発表したこともあり、米国ガソリン先物価格が上昇したこと、7月22日に開催された欧州中央銀行(ECB)理事会において、前年同月比で2%の物価上昇率目標を一時的に超過することを容認する旨決定した他、金融緩和政策は長期化する旨当該理事会後ECBのラガルド総裁が示唆したこともあり、米国株式相場が上昇したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり71.91ドルと前日終値比で1.61ドル上昇した。また、7月22日夕方(米国東部時間)に発表された米国ソーシャルメディア大手ツイッター及びスナップ、及び米国大手クレジットカード会社アメリカン・エクスプレスの2021年4~6月期業績が市場の事前予想を上回ったこともあり、7月23日の米国株式相場が上昇したことから、この日(7月23日)の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.16ドル上昇し、終値は72.07ドルとなった。この結果原油価格は7月20~23日の4日間で1バレル当たり合計5.65ドル上昇した。
7月26日には、これまでの原油価格上昇に対し利益確定の動きが市場で発生したことに加え、7月23日に米国石油サービス会社ベーカー・ヒュージズ(Baker Hughes)から発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が同日時点で387基と前週比7基増加(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は374基と前週比6基増加)している旨判明した流れを7月26日の市場が引き継いだこと、米国で新型コロナウイルス新規感染者数が増加傾向となっていることもあり、現在実施中の国外からの渡航者の受入制限を解除しない他、マスク着用を含む新型コロナウイルス感染拡大抑制対策を検討中である旨7月26日に米国政府が明らかにしたことにより、米国を含む世界各国及び地域での個人の外出及び経済活動が鈍化するとの懸念が市場で発生したことから、この日の原油価格は前週末終値比で1バレル当たり0.16ドル下落し、終値は71.91ドルとなった。また、7月27日も、これまでの原油価格上昇に対し利益確定の動きが市場で発生した流れを引き継いだことに加え、米国国内で感染が広がっている地域の屋内においては、新型コロナウイルスコロナウイルスワクチン接種が完了している個人もマスクを装着するよう、7月27日に同国疾病対策センター(CDC)が勧告したことにより、新型コロナウイルス感染が同国の個人の往来及び経済、そして石油需要に与える影響に対する懸念が市場で増大したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり71.65ドルと前日終値比で0.26ドル下落した。この結果原油価格は7月26~27日の2日間で1バレル当たり合計0.42ドルの下落となった。しかしながら、7月28日には、この日EIAから発表された米国石油統計(7月23日の週分)で、原油在庫が前週比で409万バレル、ガソリン在庫が同225万バレル、及び留出油在庫が同309万バレルの、それぞれ減少と、市場の事前予想(原油在庫同250~290万バレル程度、ガソリン在庫同92万バレル程度、及び留出油在庫同44万バレル程度の、それぞれ減少)を上回って減少している旨判明したことに加え、米国のバイデン大統領と同国連邦議会上院超党派議員との間で6月24日に合意した広範囲に渡るインフラ整備計画につき同国連邦議会上院で成立に至る目処がついたことにより、早ければ7月28日夜(米国東部時間)にも上院本会議で当該計画に関する審議を開始する可能性が増大した旨7月28日に報じられたことにより、当該計画の実施による同国経済活性化と石油需要増加に対する期待が市場で増大したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり72.39ドルと前日終値比で0.74ドル上昇した。7月29日も、米国オクラホマ州クッシングの原油在庫が7月27日午後(米国東部時間)の時点で3,630万バレルと7月23日時点の水準から36万バレル減少した旨英国エネルギー関連情報サービス会社ウッド・マッケンジーが明らかにしたと7月29日に報じられたことにより、米国原油先物契約受け渡し地点での原油需給引き締まり感を市場が意識したことに加え、イラン核合意正常化に際し米国がイランの弾道ミサイル開発や中東周辺諸国への事実上の介入を防止しようとする試みをイラン最高指導者のハメネイ師が拒否する旨7月28日に示唆した一方、7月29日に米国のブリンケン国務長官が、イラン核合意正常化に向けた協議期間は有限である旨示唆したことにより、当該協議を巡る米国とイランとの対立に高まりに伴う米国の対イラン制裁解除とイランからの原油供給拡大に対する市場の期待が後退したこと、7月28日夕方(米国東部時間)に発表された米国自動車製造大手フォード・モーター及び7月29日に発表された同国飲食大手ヤム・ブランズの2021年4~6月期業績が市場の事前予想を上回って良好であった他、7月29日に米国商務省から発表された2021年4~6月の同国国内総生産(GDP)成長率(速報値)が前期比で年率6.5%の増加と市場の事前予想(同8.4~8.5%の増加)を下回ったうえ、同日米国労働省から発表された同国新規失業保険申請件数(7月24日の週分)が40万件と市場の事前予想(38.0~38.5万件)を上回ったことにより、米国金融当局による金融緩和がより長期化するとの観測が市場で増大したこともあり、米国株式相場が上昇したこと、7月27~28日に開催された米国連邦公開市場委員会(FOMC)後、パウエルFRB議長が同国の雇用状態は回復途上である他、物価上昇は一時的であるとの見解を7月28日午後に明らかにしたうえ、7月29日に発表された米国経済指標類が市場の事前予想ほど同国経済改善を示唆しなかったこともあり、米国金融当局による金融緩和がより長期化するとの観測が市場で増大したこともあり、米ドルが下落したことから、この日(7月29日)の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.23ドル上昇し、終値は73.62ドルとなった。さらに、7月29日にオマーン沖でイスラエル系の英国船舶運航会社ゾディアック・マリタイム(Zodiac Maritime)が運航する石油製品タンカー「マーサー・ストリート(Mercer Street)」(所有者は日本の太平海運(本社:愛媛県今治市)であると7月30日に報じられる)が攻撃を受け(無人攻撃機が攻撃した可能性があるとの報道もある)乗組員2人が死亡した旨7月30日にゾディアック・マリタイムが発表した一方で、同日イラン国営報道機関アルアラム(Al Alam)が当該攻撃は最近行われたイスラエルによるシリアへの攻撃(7月22日夜半過ぎ(現地時間)にイスラエルによるものと見られる空爆がシリア北西部の都市ホムス(Homs)にあるダバー(Dabaa)空軍基地に対し行われたことを指しているものと見られる)への報復であると報じたことにより、中東地域情勢の不安定化と当該地域からの原油供給途絶に対する懸念が市場で増大したこと、7月30日にベーカー・ヒュージズから発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が同日時点で385基と前週比2基減少(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は374基と前週から横這い)している旨判明したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり73.95ドルと前日終値比で0.33ドル上昇した。この結果原油価格は7月28~30日の3日間で1バレル当たり合計2.30ドルの上昇となった。
しかしながら、7月31日に中国国家統計局から発表された7月の同国製造業購買担当者指数(PMI)(50が当該部門好不況の分岐点)が50.4と6月の50.9から低下、2020年2月(この時は35.7)以来の低水準に到達した他市場の事前予想(50.8)を下回ったうえ、8月2日に中国独立系報道機関財新伝媒から発表された7月の同国製造業PMIが50.3と前月の51.3から低下、2020年4月(この時は49.4)以来の低水準に到達した他市場の事前予想(51.0~51.1)を下回った旨判明したことに加え、7月20日に中国南京の空港で新型コロナウイルスデルタ変異株の感染者が確認されて以降、同国32の省級行政区(省、直轄市及び自治区)のうち14の行政区で新型コロナウイルス感染が確認されるなど、同国で新型コロナウイルス感染が拡大しつつあることにより、数百万人に対する外出制限が実施されるなど、個人の往来に対する規制が強化されつつある旨8月2日に報じられたことにより、中国の経済成長の減速及び石油需要の伸びの鈍化に対する懸念が市場で増大したこと、8月2日に米国供給管理協会(ISM)から発表された7月の同国製造業景況感指数(50が当該部門好不況の分岐点)が59.5と6月の60.6から低下した他市場の事前予想(60.9~61.0)を下回ったことから、8月2日の原油価格の終値は1バレル当たり71.26ドルと前週末終値比で2.69ドル下落した。8月3日も、中国の15の省級行政区で新型コロナウイルス感染が確認されるなど同国で新型コロナウイルス感染が拡大しつつあることもあり、感染リスクの高い南京及び大連を含む同国内の23地域からの鉄道による個人の訪問を禁じる方針である旨北京市が明らかにしたと8月3日に報じられたこともあり、同国の経済成長の減速と石油需要の伸びの鈍化に対する懸念が市場で増大した流れを引き継いだことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.70ドル下落し、終値は70.56ドルとなった。8月4日も、世界の新型コロナウイルス累計感染者数が2億人を突破した他、8月に開催を予定していた大規模な展示会及び会議等を中止する等中国の北京で新型コロナウイルス感染抑制策が実施されつつある旨この日報じられたことに加え、8月4日にEIAから発表された米国石油統計(7月30日の週分)で、原油在庫が前週比で363万バレルの増加と市場の事前予想(300~310万バレル程度の減少)に反し増加している旨判明したこと、8月4日に発表された米国自動車製造大手ゼネラル・モーターズ(GM)の2021年4~6月期業績が市場の事前予想を下回ったうえ8月4日に米国企業向け給与計算サービス会社オートマチック・データ・プロセッシング(ADP)から発表された7月の同国民間雇用者数が前月比で33.0万人の増加と市場の事前予想(同69.0~69.5万人の増加)を相当程度下回ったこともあり、米国株式相場が下落したこと、8月4日に米国連邦準備制度理事会(FRB)のクラリダ副議長が、米国経済は順調に回復しつつあり、この状態が持続するようであれば、2021年末までに金融緩和縮小が発表されるとともに2023年には金利を引き上げ始めると予想する旨の見解を明らかにしたこともあり、米ドルが上昇したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり68.15ドルと前日終値比で2.41ドル下落した。この結果原油価格は8月2~4日の3日間で1バレル当たり合計5.80ドルの下落となった。8月5日には、これまでの原油価格下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが市場で発生したことに加え、8月4日に親イランイスラム教シーア派組織ヒズボラの支配地域であるレバノン南部からイスラエルに向けロケット弾3発が発射され、うち2発がイスラエル領内に着弾したことを受け、報復措置としてレバノン南部に対し空爆を実施した旨8月5日未明(現地時間)にイスラエル軍が声明を発表したことにより、中東情勢不安定化と当該地域からの石油供給途絶懸念が市場で増大したこと、8月5日に米国労働省から発表された同国新規失業保険申請件数(7月31日の週分)が38.5万件と前週の40.0万件から減少していた旨判明したこともあり、米国株式相場が上昇したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり69.09ドルと前日終値比で0.94ドル上昇した。それでも、8月6日には、新型コロナウイルスデルタ変異株により米国では感染者数が増加するであろう旨この日同国のバイデン大統領が明らかにしたことにより、同国での個人の外出規制及び経済活動制限の強化を通じ同国経済成長が減速し石油需要の伸びが鈍化するとの懸念が市場で増大したことに加え、8月6日に米国労働省から発表された7月の同国非農業部門雇用者数が前月比で94.3万バレルの増加と6月の同93.8万バレルの増加よりも増加幅が拡大した他市場の事前予想(同87.0万人の増加)を上回ったこともあり、米ドルが上昇したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.81ドル下落し、終値は68.28ドルとなった。
また、8月7日に中国税関総署から発表された7月の同国輸出が前年同月比で19.3%、輸入が同28.1%の、それぞれ増加と、6月(輸出同32.2%、輸入同36.7%の、それぞれ増加)から増加率が縮小した他、市場の事前予想(輸出が同20.0~20.8%程度、輸入が同33.0~33.3%程度の、それぞれ増加)を下回っていたうえ、7月の同国原油輸入量が4,124万トン(推定日量974万バレル)と前年同月(5,129万トン、推定日量1,211万バレル)を19.6%下回った旨判明したことにより、同国経済成長減速と石油需要の伸びの鈍化に対する懸念が8月9日の市場で発生したことに加え、8月9日に米国労働省から発表された6月の雇用動態調査(JOLTS: Job Openings and Labor Turnover Survey)で、求人件数が1,010万件と5月の950万件から増加、過去最高水準に到達した他、市場の事前予想(927~928万件程度)を上回ったこともあり、米ドルが上昇したことから、8月9日の原油価格の終値は1バレル当たり66.48ドルと前週末終値比で1.80ドル下落した。しかしながら、8月10日には、これまでの原油価格下落に対し値頃感から原油を買い戻す動きが市場で発生したことに加え、8月11日にEIAから発表される予定である米国石油統計(8月6日の週分)で原油、ガソリン及び留出油在庫が減少している旨判明するとの観測が市場で発生したこと、8月10日に米国連邦議会上院本会議において、超党派議員により提案された1兆ドル規模のインフラ投資法案が賛成多数で可決されたこともあり、同国経済回復に対する楽観的な見方が市場で発生したこともあり、米国株式相場が上昇したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり1.81ドル上昇し、終値は68.29ドルとなった。8月11日も、この日米国労働省から発表された7月の同国消費者物価指数(CPI)が前年同月比で5.4%の上昇と6月の同5.4%の上昇と同水準にとどまった他、前月比での上昇率が0.5%と6月の同0.9%から伸びが鈍化している旨示されたことで、同国の物価上昇が一時的であることにより金融緩和政策が長期的に実施されるとの観測が市場で発生したこともあり、米ドルが下落したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり69.25ドルと前日終値比で0.96ドル上昇した。この結果原油価格は8月10~11日の2日間で1バレル当たり合計2.77ドル上昇となった。ただ、8月12日は、これまでの原油価格上昇に対し利益確定の動きが市場で発生したことに加え、この日国際エネルギー機関(IEA)から発表されたオイル・マーケット・レポートで、特にアジアの主要石油消費国での新型コロナウイルス変異株の拡大に伴い個人の往来及び石油消費が減少しつつあることにより2021年後半の世界石油需要を日量54万バレル程度下方修正した他、OPECプラス産油国が減産措置縮小を予定通り実施することに伴う原油価格上昇によりOPECプラス産油国減産措置参加国以外の産油国が増産すれば、2022年は世界石油需給バランスが供給過剰に振れる可能性がある旨の見解を披露したことにより、この先の石油需給緩和感を市場が意識したこと、8月12日に米国労働省から発表された7月の同国生産者物価指数(PPI)が前月比で1.0%の上昇と市場の事前予想(同0.6%程度の上昇)を上回ったこともあり米ドルが上昇したことから、この日の原油価格の終値は1バレル当たり69.09ドルと前日終値比で0.16ドル下落した。8月13日も、この日ベーカー・ヒュージズから発表された同国石油坑井掘削装置稼働数が同日時点で397基と前週比で10基増加(同国石油水平坑井掘削装置稼働数は385基と前週比で7基増加)している旨判明したことから、この日の原油価格は前日終値比で1バレル当たり0.65ドル下落し、終値は68.44ドルとなった。この結果原油価格は8月12~13日の2日間で1バレル当たり合計0.81ドル下落した。
3. 原油市場における主な注目点等
地政学的リスク要因面での主な注目点はイランを含む中東情勢であろう。6月18日に実施されたイラン大統領選挙で反米保守強硬派のライシ師が次期大統領に当選したことに伴う次期大統領就任準備のため、イラン核合意正常化に向けたイランと西側諸国等との協議は6月20日以降事実上棚上げの状態となっている旨7月17日にイラン外務省のアラグチ次官が明らかにした(協議再開は8月中旬以降となるかもしれない旨7月17日に伝えられる)。他方、イラン核合意が正常化するとの見通しから、米国の対イラン制裁解除前の段階においても、イラン産原油をそれなりに輸入していた諸国及び地域等に対し米国は制裁の発動を見送ってきたものの、足元イラン核合意正常化に向けた協議が短期的に達成されるかどうか不透明な状況となったとして、今後米国が対イラン制裁の運用を強化することによりイラン産原油輸入国等に対し当該輸入を削減するよう圧力を加えることを検討している旨7月23日に伝えられる。7月28日にはイランの最高指導者であるハメネイ師が、イラン核合意正常化に向けた協議に際し米国はこの先決して当該合意から離脱しないとは保証できない旨明らかにしているとして非難した他、米国はイランの弾道ミサイル開発や周辺諸国への政治面等での働きかけを防止しようと試みているが、イランはそのような条件は受諾できない旨表明した。これに対し、7月29日に米国のブリンケン国務長官は、イラン核合意正常化に向けたイランとの協議期間は有限であるとともに協議の再開はイランの判断次第である旨示唆した。
そのような中、7月29日にはオマーン湾内においてイスラエル系の英国船舶運航会社ゾディアック・マリタイム(Zodiac Maritime)が運航する石油製品タンカー「マーサー・ストリート(Mercer Street)」(所有者は日本企業であると7月30日に報じられる)が攻撃を受け(無人攻撃機が攻撃した可能性があるとの報道もある)ルーマニア人(船長であったとされる)及び英国人の乗組員2人が死亡した旨7月30日にゾディアック・マリタイムが発表した一方、同日イラン国営報道機関アルアラム(Al Alam)が当該攻撃は最近行われたイスラエルによるシリアへの攻撃(7月22日夜半過ぎ(現地時間)にイスラエルによるものと見られる空爆がシリア北西部の都市ホムス(Homs)にあるダバー(Dabaa)空軍基地に対し行われたことを指しているものと見られる)への報復であると報じた。ただ、イラン外務省は8月1日に、タンカー攻撃を巡ってはイランの関与はなかった旨表明した。しかしながら、イスラエルのラビド外相はイランが関与した証拠があると主張した旨、また、英国のラーブ外相も、イランの無人攻撃機により攻撃された可能性があるとの結論に達した旨、それぞれ8月1日に報じられ、さらに、8月1日には米国のブリンケン国務長官やイスラエルのベネット首相も当該攻撃にイランが関与していたとしてイランを非難した他、7月31日にブリンケン国務長官は同日行ったイスラエルのラピド外相との電話会談の際に米国は同盟国と協力し今回の攻撃に対する対応を検討する旨明らかにした(別途7月30日に実施された英国のラーブ外相とラピド外相による電話での会談の際にもラピド外相が厳格な対応を行わなければならない旨主張した)。8月6日には先進7ヶ国外相が改めて当該タンカー攻撃に対しイランが関与しているとして非難する趣旨の共同声明を発表したが、8月7日にイラン外務省はこのような非難は根拠を欠いたものであるとして反発した。また、今回の事件により、8月2日に英国は駐イラン大使を召還、同日イランも駐英国代理大使を召還した旨伝えられる。
8月3日には、ライシ師がイラン大統領に就任するとともに、同大統領は米国の対イラン制裁解除を要求する旨発言した。そして、同日、アラブ首長国連邦(UAE)のフジャイラ沖合の公海上でアスファルト及びビチューメン運搬船「アスファルト・プリンセス」(パナマ船籍)が武装集団(イランもしくはイランに関係する勢力が関与しているとの情報もあったが、8月3日にイラン側は否定している)により占拠された旨英国海軍関連機関である英国海運貿易オペレーション(UKMTO)からの情報等が報じられたが、8月4日には解放された旨UKMTOが明らかにした。8月5日にはイラン国会での大統領宣誓式において、ライシ大統領が米国に対し対イラン制裁解除を要求すべく外交努力を行う旨表明した。他方、8月5日には、米国はイラン核合意正常化に向けた協議を無期限で行うわけにはいかず、早期にイランに協議の場に復帰するよう求める旨同国国務省のプライス報道官が改めて明らかにしている。
また、8月4日には、親イランのイスラム教シーア派組織ヒズボラの支配地域であるレバノン南部からイスラエルに向けロケット弾3発が発射され、うち2発がイスラエル領内に着弾したことを受け、報復措置としてイスラエルはレバノン南部にあるロケット弾の発射施設を含む、武装勢力が保有する施設に対し空爆を実施した旨8月5日未明(現地時間)にイスラエル軍が声明を発表した。これに対し8月6日にはヒズボラがレバノン南部からイスラエル北部に向け10発超のロケット弾を発射しており、これを受け、イスラエル軍が報復攻撃をレバノン南部のロケット弾発射地点に対し実施した。
8月9日にイランのライシ大統領はフランスのマクロン大統領と電話会談を実施したが、その場でライシ大統領は、米国の対イラン制裁を直ちに解除するよう要求する一方、核合意正常化に向けた協議においては、イランの国益が確保される必要がある旨主張した。8月11日には、ライシ大統領が新政権を担う閣僚の名簿を国会に提出した。その中で保守強硬派のアハマディネジャド元大統領の下で外務次官を歴任したアブドラヒアン氏(イラン革命防衛隊及びレバノンのヒズボラと関係を持つとされる)を外相に、元石油省次官であるオウジ氏を石油相に起用する方針である旨明らかになった。他方、8月13日に米国財務省は、イラン革命防衛隊のコッズ部隊(イラン周辺の中東諸国等での対外工作を行っているとされる)への収入確保のためのイラン産原油密輸に関与したとしてオマーンの石油仲介業者を含む企業計5社に対し、米国内資産凍結及び米国人との取引禁止を内容とする制裁を発動する旨発表した。
このように、イランのライシ大統領はイラン核合意正常化に伴う米国の対イラン制裁解除に向け外交努力を継続する旨8月5日の国会での大統領宣誓式開催の際の演説等で明らかにしているが、反米保守強硬派であり同国の最高指導者であるハメネイ師の後継と目されているライシ大統領は、同時に米国による対イラン制裁の全面解除を要求している。また、ライシ大統領はアブドラヒアン氏を外相候補とする方針である旨明らかにしているが、ライシ師と同様アブドラヒアン氏も反米保守強硬派である。このようなことから、イラン核合意正常化を巡る協議において、イランは以前よりも自国の利害等に関する原則に忠実に基づきつつ、より強硬な姿勢で臨むものと予想される。当該協議においては、従来から米国はイランに対し弾道ミサイル開発や中東周辺諸国等への事実上の介入を制限することを望む一方、イランは米国に対しイラン核合意から再び離脱しないよう保証する他米国の対イラン制裁の全面解除を要求するなど、見解の相違が存在していたが、ライシ大統領就任により、今後イラン核合意正常化を巡る交渉が一層複雑化する可能性があるものと考えられる。そして、その過程では、米国が対イラン制裁の運用を強化する、もしくは強化することを検討している旨伝えられることにより、米国の対イラン制裁解除に伴うイランからの原油供給拡大に対する市場の期待が後退するとともに、この面では少なくとも原油相場に下方圧力が加わりにくくなる可能性がある。また、7月29日にはオマーン沖合ではタンカーが攻撃を受けたり、8月4日には別の船舶が武装勢力により占拠されたりしている他、8月4日にはレバノン南部からイスラエルにミサイルが発射される一方、イスラエルはレバノン南部に対し空爆を実施するなどしているが、今後もこのようなタンカー攻撃や軍事行動に加え、イエメンのフーシ派武装勢力(イランが支援している)が、対立する同国のハディ暫定大統領派勢力を支援する有志連合軍を主導するサウジアラビアに対しミサイルを発射する等の事象が発生することに加え、イランが核合意からさらに逸脱するような核開発活動を実施することにより、イラン核合意正常化に向けた西側諸国等との協議進展に対し悲観的な見方が市場で発生すること等に伴い、原油相場に上昇圧力が加わるといった場面が見られることも否定できない。
経済面では、世界各国及び地域における新型コロナウイルス感染状況と個人の外出規制及び経済活動制限、そして新型コロナウイルスワクチン接種普及の状況等が原油相場に影響を及ぼすものと考えられる。7月以降世界では再び新型コロナウイルス感染者数が増加している。特に世界第二位の石油消費国である中国では32の省級行政区(省、直轄市及び自治区等)のうち15の行政区で新型コロナウイルスデルタ変異株の感染が発生していることにより、航空便や列車運行の取消を含む全国的な個人往来制限を導入したと8月5日に伝えられることもあり、今後も同国を含め世界各国及び地域における感染者数の増加が継続するようであれば、個人の外出規制及び経済活動制限の強化により、経済成長の減速及び石油需要の伸びの鈍化に対する不安感が市場で増大することを通じ、原油相場に下方圧力を加える可能性がある。ただ、新型コロナウイルスワクチン接種が普及している(米国では当初の目標である7月4日(インディペンデンス・デー)からは1ヶ月程度遅延したものの、8月2日に同国成人全体の7割が少なくとも1回の接種を受けたと同国疾病対策センター(CDC)が報告した)こともあり、接種が普及していない時期と比べ個人の外出規制や経済活動制限が大規模かつ長期化しない旨判明することにより、経済成長及び石油需要への懸念が後退したり、新型コロナウイルス感染拡大による経済への影響を抑制するために、金融緩和策の長期化を含めさらなる景気刺激策が各国及び地域当局により実施されたり、実施されるとの観測が市場で広がったりすることにより、かえって将来的な経済回復もしくは物価上昇期待が市場で強まったりするようであれば、原油相場に上方圧力を加えるといった展開となることもありうる。
また、新型コロナウイルス感染に伴う個人の外出規制及び経済活動制限の実施による米国経済成長鈍化の可能性に対処するため、2020年3月15日に同国連邦準備制度理事会(FRB)は政策金利をそれまでの1.00~1.25%から0.00~0.25%へと引き下げるとともに、緩和的な金融政策を推進するようになった。また、2020年8月27日に開催された米国カンザスシティ連邦準備銀行主催年次シンポジウムでは、FRBのパウエル議長が、雇用を確保するために今後長期間平均で2%の物価上昇率を目標とすべく金融政策を実施する旨明らかにし、一時的に物価上昇率が2%を超過することも容認する姿勢を示唆した他、2021年2月24日にもパウエル議長はインフレ目標に到達するまでには3年を超過する期間を要する可能性がある旨の見解を披露した。さらに7月27~28日に開催された米国連邦公開市場委員会(FOMC)及び開催後の記者会見でパウエル議長等は雇用状態は完全に回復したとは言えない状況である一方、物価上昇は一時的なものであるとの認識を示したことから、今後も金融緩和状況は長期的に継続するとの認識が市場で拡がったことにより米ドルが下落した結果、原油相場に上方圧力が加わる場面も見られた。
他方、8月4日には、FRBのクラリダ副議長が米国経済は順調に回復しつつあり、この状態が持続するようであれば、2021年末までには金融緩和縮小が発表されるとともに2023年には金利を引き上げ始めると予想する旨の見解を明らかにした。また、8月5日にはミネアポリス連邦準備銀行のカシュカリ総裁が、新型コロナウイルスのデルタ変異株の感染拡大状況によっては雇用回復が遅延する結果、金融緩和縮小も影響を受ける可能性がある旨示唆した。8月9日には、アトランタ連邦準備銀行のボスティック総裁が、今後1~2ヶ月間米国雇用回復が堅調であることを示唆するのであれば、金融緩和縮小を開始すべきであり、かつ縮小速度は過去の縮小時のそれよりも加速すべきである旨発言した(しかしながら、同日同総裁は物価上昇は長期的には前年同月比で2%に収束していくと見ており、雇用状態が改善しても金利の引き上げは急がない旨明らかにするなど、ある意味では相反する発信をしているように見受けられる)。また、8月10日には、シカゴ連邦準備銀行のエバンズ総裁が、金融緩和縮小を開始するための条件である、経済情勢が一層改善する状態に2021年末までに到達する旨予想している旨発言、同日リッチモンド連邦準備銀行のバーキン総裁も、米国は金融緩和縮小の条件となっている雇用状態の回復に接近しつつあり、金融緩和縮小の条件が充足されるようであれば速やかに当該縮小を実施すべきである旨示唆した。さらに、8月11日にはカンザスシティ連邦準備銀行のジョージ総裁が、金融緩和縮小を開始するための条件である、経済情勢が一層改善する状態に米国は既に到達しているか、到達に接近していると認識している旨、また同日サンフランシスコ連邦準備銀行のデーリー総裁も、この先も米国経済の改善が継続することにより2021年末までに金融緩和縮小が開始されることがありうる旨、それぞれ発言、そして、ダラス連邦準備銀行のカプラン総裁も米国経済が想定通りに進展するのであれば、9月21~22日に開催される予定であるFOMCにおいて、金融緩和縮小実施を決定したうえ10月より実際に実施すべきである旨明らかにしている。このように、米国金融当局関係者間では、金融政策につき市場関係者に対し異なる印象を与える発言が行われている部分はあるものの、金融緩和縮小を開始すべきであるとの論調が目立つようになってきている。ただ、8月11日に米国労働省から発表された7月の米国消費者物価指数(CPI)が前年同月比で5.4%上昇と6月の同5.4%と同水準になっている他、7月のCPIは前月比0.5%の上昇と6月の同0.9%から低下した旨判明したことから、米国の物価上昇は一時的であるとの認識が市場で広がる一方、8月12日に米国労働省から発表された7月の米国生産者物価指数(PPI)が前月比で1.0%の上昇と市場の事前予想(同0.6%程度の上昇)を上回った他、前年同月比でも7.8%の上昇と市場の事前予想(同7.2~7.3%程度の上昇)を上回ったことにより、インフレ懸念が市場で増大するなど、米国の金融政策を巡る環境はまちまちな状況となっている。従って、今後も物価指数及び雇用統計(因みに8月6日に米国労働省から発表された7月の同国非農業部門雇用者数は前月比で94.3万人の増加と6月の同93.8万人の増加よりも増加幅が拡大した他市場の事前予想(同87.0万人の増加)を上回った)を中心とする経済指標類及び米国金融当局関係者の発言等を通じ、米国金融政策に関するさらなる観測が市場で発生することにより、米ドルとともに原油相場が変動する場面が見られる可能性がある。さらに、8月26~28日に米国カンザスシティ連邦準備銀行主催の年次シンポジウムが同国ワイオミング州ジャクソンホールで開催(対面形式)される予定であるが、その際演説を行う予定であるパウエルFRB議長が米国の雇用、物価上昇及び金融緩和に関しどのような発言を行うか、ということが、市場から注目されると見られ、同議長の発言内容によっては、米ドル(及び米国株式相場)が変動することを通じ、その影響が原油相場に織り込まれうるものと考えられる。また、今後発表される経済指標類については、経済が改善していることを示唆する内容であれば、経済成長及び石油需要回復に対する期待が市場で高まる結果、原油相場に上方圧力を加えうる反面、金融緩和縮小の可能性の増大に対する懸念が市場で広がることにより、米ドルが上昇するとともに原油価格が下落する場面が見られる可能性がある。反面、今後発表される経済指標類が、経済が減速していることを示唆する内容であれば、経済成長及び石油需要回復に対する期待が市場で後退する結果、原油相場に下方圧力を加えうる反面、金融緩和が長期化するとの観測が市場で広がることにより、米ドルが下落するとともに原油価格が上昇する場面が見られることもありうる。このように、経済指標類の内容と原油相場の上下変動の関係が複雑化する可能性があるので注意する必要があろう。
他方、米国連邦議会下院のペロシ議長は、同国バイデン大統領と連邦議会上院超党派議員との間で6月24日に暫定的に合意した、8年間で1.2兆ドル規模のインフラ整備計画に関する法案に対し、別途民主党が推進する3.5兆ドル規模の支出及び税制に関する計画が上院で提出されるまでは、採決を保留とする方針である旨7月25日に明らかにした(米国連邦議会上院共和党はペロシ下院議長の方針を非難する旨7月25日に伝えられる)。ただ、当該インフラ整備法案は、連邦議会上院で成立に至る目処がついた旨7月28日に報じられるとともに、同日夜(米国東部時間)当該法案に関する上院本会議での審議開始を賛成多数で承認、当該法案に関する審議が開始されたうえ、8月10日には当該法案(規模は1兆ドルと伝えられる)が可決された。また8月11日には別途連邦議会上院民主党議員が推進する3.5兆ドル規模の予算決議を民主党主導の下、上院本会議で可決した(共和党議員は反対した)。このように、米国ではインフラ整備という、事実上の景気刺激策の策定に向け作業が進捗しつつあることから、この面では、今後の同国の経済成長加速と石油需要の回復に対する期待が市場で増大すること通じ、米国株式相場とともに原油相場を下支えする形で作用しやすいものと考えられる。
米国では、9月4日~9月6日の労働祭(レイバー・デー)の休日(9月6日)に伴う連休を以て夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期は終了する。そしてそれ以降の秋場の石油不需要期とメンテナンス作業の実施を視野に入れつつ、製油所は稼働を低下、原油精製処理量を減少させるとともに、原油購入を不活発にしてくる。このようなことから、これからの時期は季節的な石油需給の緩和感が市場で醸成されやすくなる。このため、夏場のドライブシーズン最後の行楽時期であるレイバー・デーに伴う連休直前の時期を中心として、ガソリン需要が一時的に盛り上がることで原油価格が浮揚する場面が見られることもありうるが、全体としては、この面では原油相場に下方圧力が加わりやすくなるものと考えられる。
他方、大西洋圏ではハリケーン等の暴風雨シーズンに突入しており(暴風雨シーズンは例年6月1日~11月30日である)、特に8月後半以降10月前半迄は1年で最もハリケーン等の暴風雨が発生しやすい時期となる。ハリケーン等の暴風雨は、進路やその勢力によっては、米国メキシコ湾沖合の油田関連施設の操業に影響を与えたり、湾岸地域の石油受入及び積出港湾関連施設や製油所の活動に支障を発生させたり(実際に製油所が冠水し操業が停止することもあるが、そうでなくても周辺の送電網が暴風で切断されることにより、製油所への電力供給が遮断されることを通じ操業が停止するといった事態が想定される)、さらには、メキシコの沖合油田や原油輸出港の操業を停止させたりすること等により米国のメキシコからの原油輸入に影響を与えたりする(2019年には米国メキシコ湾岸地域はメキシコから日量56万バレル程度の原油を輸入した(2020年は米国等の石油市場が新型コロナウイルス感染拡大により影響を受けたこともあり2019年の数値を用いることとする、以下同様))。5月20日発表の国立海洋大気局(NOAA)国立ハリケーンセンター及び8月5日時点のコロラド州立大学の見通しによると、2021年の大西洋圏でのハリケーンシーズンは平年よりも活発な暴風雨の発生が見込まれている(表1参照)。最近では米国の原油生産に占める陸上の割合が大きくなってきているものの、それでも米国メキシコ湾沖合ではそれなりの量の原油が生産されている(2019年は当該地域で日量188万バレルの原油を生産しており、これは同年の米国の原油生産量全体の約15%を占める)他、米国メキシコ湾岸は引き続き同国の精製活動中心地域である(2019年の当該地域の原油精製処理能力は日量866万バレルと米国全体の約47%を占める)こともあり、今後のハリケーン等の実際の発生状況や進路、そしてその予報等によっては石油市場関係者間で石油供給に対する懸念が強まるとともに、その影響が原油価格に及ぶ場面が見られることもありうる。
OPECプラス産油国は、9月1日に閣僚級会合を開催する予定である。7月18日に開催された前回のOPECプラス産油国閣僚級会合では、8月以降減産措置を毎月日量40万バレル緩和することが決定された。この直後の7月19日に明らかになった全米平均ガソリン小売価格は1ガロン当たり3.247ドルと前週比で同0.02ドル上昇するとともに、2014年10月13日(この時は同3.292ドル)以来の高水準となった他、8月9日時点においても同3.269ドルと年初来高値に到達している。既に夏場のガソリン需要期のピークである7月4日(米国独立記念日(インディペンデンス・デー)の休日)を過ぎるとともに、9月4~6日の米国労働祭(レイバー・デー)の休日に伴う連休による夏場のドライブシーズンの終了に向け季節的なガソリン需要は沈静化する方向に向かう(もしくは向かうとの認識が市場で広がる)ことにより、この面ではガソリン小売価格の上昇は抑制されるはずであるが、この先原油価格が上昇するようであれば、この面でガソリン小売価格に上方圧力が加わることもありうる。そして、そうなった場合には、米国の消費者物価に上方圧力が加わることにより、米国国民のバイデン政権への不満が高まる恐れが強まるといった可能性も残っており、バイデン政権からサウジアラビアをはじめとするOPECプラス産油国に対し、原油価格抑制のための減産措置縮小に対する事実上の働きかけが行われるといった展開となることも排除しきれない。既に8月11日に米国バイデン政権のサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)が、原油価格は2019年末よりも高水準であるとともに、ガソリン価格が世界の経済回復にとって有害になる危険性をはらんでいることから、7月18日に決定したOPECプラス産油国による8月からの毎月日量40万バレルの原油生産引き上げは不十分である旨の声明を発表した(ただ、その後同日実施されたホワイトハウスによる記者会見において、サキ大統領報道官は、米国バイデン政権のOPECプラス産油国への事実上の増産要請は必ずしも短期的に対応すべき旨を意味している訳ではなく、長期的な約束を意味している旨示唆している)。今後も、原油価格が上昇したり、高水準を維持したりするという展開になるようであれば、再び米国バイデン政権関係者からOPECプラス産油国に対し減産措置縮小ペースの加速等の事実上の働きかけが行われることも予想されることから、新型コロナウイルス変異株による感染が拡大する等により、世界石油需要の伸びを巡る不透明感が増大したとしても、米国物価上昇を加速することなく、従って米国国民にとって負担とならない水準にまで原油価格が十分に下落しているということでなければ、OPECプラス産油国としては、原油価格を維持すべく石油需給を引き締めるために、減産措置縮小ペースを減速させる方向で調整を実施することは困難になるものと考えられる。その結果、原油価格が下落し始めたとしても、OPECプラス産油国による減産措置縮小の調整が時機を得て行われないことから、OPECプラス産油国は原油価格下落を容認していると市場関係者が理解することにより、原油相場に一層下方圧力が加わると言った展開となることもありうる。ただ、この先新型コロナウイルスワクチン接種普及がさらに進捗することにより、新型コロナウイルスデルタ変異株による感染の世界経済への影響が相対的に限定される兆しが見られる結果、世界経済の持ち直し、石油需要の回復、及び石油需給引き締まり期待が市場で増大するとともに原油価格が上昇し始めても、新型コロナウイルス感染の世界各国及び地域経済、及び石油需要に対する影響を巡る先行き不透明感、及びイランからの原油供給増加による、石油需給緩和感と原油価格へのさらなる下方圧力の可能性に対する懸念から、OPECプラス産油国が減産措置縮小ペース加速への対応が後手に回る結果、原油相場にさらに上方圧力が加わるといった展開が発生することも否定できない。
全体としては、夏場のドライブシーズンに伴うガソリン需要期が終了に向かうことにより、季節的な石油需給の緩和感が市場で醸成されることが、原油相場に下方圧力を加える可能性がある。そのような中で、9月1日に開催が予定されるOPECプラス産油国閣僚級会合における減産措置を巡る意思決定と米国のOPECプラス産油国に対する働きかけ具合、イランでの新大統領就任によるイラン核合意正常化に向けた協議を巡る状況とイランの原油供給の推移、世界各国及び地域における新型コロナウイルス感染状況と個人の外出規制及び経済活動制限、及び追加経済対策を巡る動向、米国金融当局関係者による金融緩和縮小を巡る発言、米国メキシコ湾周辺地域におけるハリケーン等暴風雨の来襲状況及び予報を含む要因等が原油相場に影響を与えるものと考えられる。
4. 世界天然ガス市場動向
北東アジア地域では、2020年12月後半から2021年1月前半を中心とした時期における気温の大幅低下(図16参照)を一因とするLNG価格大幅上昇の経験から、一部の需要家が2021年の夏場及び2021~22年の冬場のLNG需要期が到来する相当前の時点で当該需要を満たすため在庫を積み上げるべく相当量のLNGを調達したり、調達しようとしたりする場面が見られた(足元の北東アジア諸国のLNG輸入量は図17参照)。例えば、中国国営石油会社中国石油化工集団(Sinopec)の取引部門である中国国際石油化工連合(Unipec)は4月6日に締め切ったLNG購入入札で2021年6月から2022年2月にかけLNGタンカー40隻分のLNGを購入した旨4月8日に明らかになった。また、中国独立系ガス会社新奥能源(ENN)も4月13日に締め切ったLNG購入入札で2021年7月から2022年2月にかけLNGタンカー12~15隻分のLNGを調達した旨4月15日に伝えられた他、同社は6月29日に締め切られたLNG購入入札で2022年1月から2023年12月にかけLNGタンカー26隻分(1月当たり最低LNGタンカー1隻分)のLNGを購入した旨7月6日に伝えられる。加えて、中国国営石油会社中国海洋石油(CNOOC)もLNG購入入札及び相対取引により2021年7月から2022年3月にかけLNGタンカー20隻分近くのLNGを購入したと6月10日に伝えられる。さらに、台湾中油(CPC)も2021年8月から12月にかけLNGタンカー10隻分の調達を行うべく6月30日の締め切りでLNG購入入札を実施した(但し、当該入札を通じ同社が実際にLNGを購入したかどうかを含め結果は現時点では明らかになっていない)。また、韓国通商産業資源部が安定的なLNG供給を確保すべく韓国ガス公社に対しこれまで7日分としてきた天然ガス在庫最低保有量を9日分に引き上げるべく検討中である旨6月7日に伝えられており(10月より適用されるとされる)、このような動向を見越して韓国での天然ガス在庫積み上げのためLNG購入が促進されている側面があると指摘する向きもある。そして、このように将来の需要を満たすためのLNGの調達を前倒しして実施する動きが発生したことが、北東アジアLNG市場参加者間でのLNG需給の引き締まり感を強める格好となり、アジア市場でのLNG価格を支持することとなった。また、5月29日午前9時半頃(現地時間)韓国の新古里原子力発電4号機(発電能力140万kWh)(同国蔚山(ウルサン)市)が火災の発生により稼働を停止したことから発電部門において代替の天然ガス火力発電稼働のためのLNG需要が発生した。さらに、この時期総じて原油価格が上昇傾向となった他及び石炭価格も上昇していた[1]ことにより、LNG価格に上方圧力が加わった(アジア諸国では原油価格連動型天然ガス価格による売買契約が主流である他、発電部門での燃料として石炭と天然ガスは競合関係にある)。
[1]2020年の新型コロナウイルス感染拡大時に石炭需要減少とともに採算の悪化もあり世界の石炭生産は減少したものの、2021年に入り新型コロナウイルス感染拡大が落ち着き始めたことにより石炭需要が回復し始めた一方で石炭生産会社が将来的な石炭需要の不透明感増大により石炭供給能力拡大に慎重であったことに伴い石炭需給引き締まり感が市場で発生したことが一因であると見る向きがある他、6月13日に中国湖北省で天然ガスパイプラインが爆発し25人が死亡した影響もあり(またそれ以前にも中国の炭鉱では事故が発生していた)、安全点検を実施するために中国国内の炭鉱の操業を停止した結果、同国内石炭供給が減少したことが影響していると指摘する向きもある(なお、安全点検実施後中国の炭鉱は操業を再開し通常通りの生産体制に戻った旨7月9日に伝えられる)。
そして5月に発生したとされる中国南部での降雨量低迷と貯水量減少に伴う水力発電量の低下により、代替としての天然ガス火力発電稼働のため、発電部門での天然ガス需要が増加した。加えて、夏場に向かうにつれ日本、韓国及び中国にける気温が上昇したり(図18参照)、気温が平年を上回って上昇するとの予報が発表されたりした(例えば日本の気象庁は5月25日の6~8月の、及び6月25日の7~9月の、それぞれ3ヶ月予報で、全国的に気温が平年並みか平年より高いと予想される旨発表した)ことにより、空調向けの電力供給のため発電部門での天然ガス需要が増加したり、増加するとの観測が市場で増大したりした。
このような要因を背景として、5月中旬には100万Btu当たり10ドル程度であったスポットLNG価格は上昇傾向となり、6月下旬には同12ドル台半ば程度に到達、この時の原油価格(WTIで1バレル当たり70ドル台前半、ブレントで同75ドル程度)に比べて割高になってきた。このようなことから、北東アジア諸国では需要家によるLNGを調達する意欲が低下する場面が見られた。しかしながら、5月6日には1日当たり新型コロナウイルス新規感染者数が414,188人と過去最高水準に到達したインドにおいて、8月13日時点には新規感染者数が38,667人と5月6日の10分の1未満の水準にまで減少するとともに、新型コロナウイルス感染拡大に伴い4月19日より都市封鎖措置を実施していたインドの首都ニューデリーを含むデリー首都圏等多くの州では6月14日に経済活動制限等が緩和されるなどしたことから、同国経済が回復し始めるとともに、インドに加えパキスタンで気温が上昇しつつあったこともあり、これら諸国での天然ガス需要が持ち直し始めたことにより、これら諸国の天然ガス会社等によるLNG購買入札が行われ始めた(但しLNG販売希望価格の提示が高水準であったことから入札が成立しない場面も見られた)ことから、アジア市場関係者間でのLNG需給引き締まり心理がさらに強まることとなった。また、欧州での天然ガス価格の上昇(後述)に伴うアジア向け及び欧州向けのLNG価格差が縮小する場面が見られた(図19参照)ことにより、アジアへのLNG供給を確保する必要があるとの一部市場参加者による思惑から、アジアでのLNG価格にさらに上方圧力が加わる場面も見られた。そして、2021年の秋場及び2021~22年の冬場において北東アジア市場でLNG需給が一層引き締まることによりLNG価格がさらに上昇すると見込んだ一部市場参加者により強気の希望購入価格の提示が行われたこともあり、LNG価格は以降も上昇傾向が継続、8月上旬半ば以降は100万Btu当たり17ドル台前半に到達する場面も見られている(北東アジアLNG先物価格は図20参照)。
他方、ブラジルでは、少ない降雨量により貯水量が減少したことが水力発電量を制限したことにより、代替のため、天然ガス火力発電向けの天然ガス需要が増加したことに加え、アルゼンチンも冬場の気温の低下による暖房用天然ガス需要の増加(また、ボリビアでの天然ガス生産減退もあり、同国からアルゼンチンに対し天然ガス供給が低下していることも一因であると指摘する向きもある)に加え、新型コロナウイルス感染対策や国内天然ガス価格が抑制されていることが一因となり同国内のガス田開発・生産活動が円滑に進んでいない結果、同国の天然ガス供給が伸び悩み気味であるとされることにより、LNG輸入が活発化した(図21参照)(なお、ブラジルが輸入するLNGは大半が米国産、アルゼンチンが輸入するLNGは大半が米国産及びカタール産であるが、既にブラジルは9月末までの天然ガス需要を賄う程度のLNGは調達済である旨8月5日に伝えられる)。
欧州では、2020~21年の冬場の気温低下時期が長く(2021年5月下旬においてもなお気温が平年を下回る場面が見られた)結果暖房向け天然ガス需要が喚起された(図22参照)ことにより、5月末の時点で、そもそも当該地域の天然ガス在庫は平年を26.5%下回るなど天然ガス需給は引き締まっている状態であった(図23参照)。そしてそのような中、4月8日には261,771人であった欧州での1日当たりの新型コロナウイルス新規感染者数が6月6日には32,549人にまで減少したこともあり、当該地域の一部諸国で個人の外出規制及び経済活動制限が緩和され始めたこともあり、天然ガス需要が持ち直し始めた。加えて、この時期風力発電量が低迷したことにより代替として天然ガス火力発電の稼働が上昇したことで天然ガス需要が刺激された側面があった。さらに、原油価格や石炭価格が上昇傾向となったこと(前述)も、石油製品連動型天然ガス価格による契約の残存する欧州での天然ガス価格、もしくは石炭価格上昇による発電部門での代替燃料としての天然ガス需要増加観測に伴い欧州での天然ガス価格に、上方圧力を加える格好となった。また、7月14日に欧州連合(EU)がより厳しい炭素排出規制実施方針を提案するとの観測が市場関係者間で発生した(実際7月14日にEUは地球環境問題対策に関する包括案を発表したが、それは2035年に内燃機関による自動車の新車販売を事実上禁止することや、国境炭素税を導入することを主な内容としていた)こともあり、欧州での炭素排出権(排出枠)価格が上昇、7月5日には欧州排出権先物市場において二酸化炭素排出1トン当たり推定68.54ドルの史上最高水準近辺(史上最高水準は5月14日に記録委した68.59ドル)で取引を終了するなどしており(図24参照)、相対的に燃焼時の二酸化炭素排出量が多い石炭から相対的に二酸化炭素排出量が少ない天然ガスへと燃料が移行するとの見方が市場で強まったことでも、天然ガス需要増加予想が市場で強まった。さらに、相対的にLNG 価格が高水準であるアジアや中南米方面にLNGが向かった(前述)ことにより、欧州へのLNG輸入が相当程度減少した(図25参照)。また、6~7月は欧州の一部地域で気温が上昇したことに加え、風力が弱かったことに伴い風力発電が不振となる場面が見られたことにより、空調用の電力供給のための発電部門向け天然ガス需要が喚起された。
さらに、ロシアのガスプロムがウクライナを通過するパイプライン経由での天然ガス輸出につき、輸送停止可能なパイプライン輸送能力の予約(最大日量約22億立方フィート)を5月以降4ヶ月連続で行わない(つまり輸出しない意向を示している)こと(なお、輸送停止不可能なパイプライン輸送能力(日量約5億立方フィート)は毎月予約している)[2]もロシアからの天然ガス供給増加期待を市場で後退させる格好となった。
[2]また、ガスプロムは、2021年第四四半期~2022年第三四半期のウクライナ及びポーランド(ヤマル-ヨーロッパパイプライン)経由の天然ガスパイプラインによる天然ガス追加輸送(天然ガス輸送能力はウクライナ経由日量約3.5億立方フィート、ポーランド経由同約28億立方フィート)の利用予約を行わなかった旨7月5日に明らかになった他、同社は2021年第四四半期のウクライナ経由、及び2021年第四四半期~2022年第三四半期のポーランド経由の天然ガスパイプラインによる天然ガス追加輸送(天然ガス輸送能力がウクライナ経由日量約3.5億立方フィート、ポーランド経由同約14億立方フィート)の利用予約を行わなかった旨8月2日に判明している。
さらに、8月2日には、ロシアからポーランドを経由してドイツに天然ガスを輸送するヤマル-ヨーロッパパイプラインの天然ガス流量がそれまでの推定日量29億立方フィートから同日量18億立方フィートへと落ち込んだ旨同日伝えられた(実際には7月31日には既に当該輸送量は落ち込んでいた)うえ、8月中旬においては、輸送量が同10億立方フィートを割り込む場面が見られた(8月5日朝(現地時間)にロシアのウレンゴイ(Urengoy)にある天然ガス処理施設で火災が発生したことが、ドイツ向け天然ガス輸送減少と関連している示唆する向きがある)他、ガスプロムが欧州で権益を保有する天然ガス貯蔵施設から天然ガスを引き出して利用している旨8月11日に伝えられる。
ロシアのウクライナ経由での天然ガス供給への消極的な姿勢は、別途ロシアからドイツへ天然ガスを輸送すべく建設中であり既に95%程度完成しているものの、ウクライナの既存の天然ガスパイプライン事業が打撃を受けるとして建設に反対してきた米国により制裁が科されていた(もしくはこの先さらに米国により制裁が強化される可能性があった)ことに伴い稼働開始及び天然ガス輸送開始が不透明となっていた「ノルド・ストリーム2」(天然ガス輸送能力日量53億立方フィート)に対しロシアが早期操業開始のため圧力を加えていたことによるとの指摘もあるが、ガスプロムが2021~22年の冬場の欧州の天然ガス需給の引き締まりと天然ガス価格の上昇を見込んで足元での供給を絞り込むという商業的側面もあると見る向きもある他、そもそも2020~21年の冬場にロシアで気温が大幅に低下したことに伴い暖房向け等の天然ガス需要が相当程度増加したことにより同国でも天然ガス在庫が大幅に減少した結果、2021~22年の冬場に向けロシア国内の天然ガス在庫を積み上げなければならず、そのため同国は欧州への天然ガス輸出を抑制している旨示唆する向きもある。7月21日には、地球環境問題の観点から当該パイプラインを推進するドイツのメルケル首相と米国のバイデン大統領が電話で会談するとともに、ドイツがウクライナに対しエネルギー産業面で支援する一方、米国はノルド・ストリーム2パイプライン建設推進を事実上阻止しないことで合意した(このため当該パイプラインは9月末には建設が完了、2021年末までには稼働を開始するものと見込まれる)。ただ、その後もノルド・ストリーム2による欧州での天然ガス供給増加を通じた需給緩和感が市場で醸成される気配はなく、米国及びドイツ両首脳の会談後の7月27日にガスプロムはウクライナ経由での天然ガスパイプラインの輸送能力予約(輸送中断可能なもの)を再び見送った(ガスプロムは既に既存の顧客の需要に応じられるだけの十分な天然ガス供給を確保しており、もし将来的にさらに供給が必要となるようであれば、短期的なものを含め天然ガス輸送のための施設利用予約を実施する意向である旨7月6日に報じられる)。
そして、2020年において新型コロナウイルス感染拡大により人員の確保等に窮した結果軒並み見送られたとされるノルウェーのガス田等のメンテナンス作業が、2020年に見送られた分を含め、2021年春場において例年に比べより大規模に実施されたことや、7月26日~8月2日(その後8月5日まで延長)にノルウェーのトロールガス田が予想外のメンテナンス作業実施により操業を停止した(停止量は7月26~27日が推定日量約17億立方フィート、7月28日以降が同約9.5億立方フィートとされる)。
以上のような要因により、8月13日時点の欧州の天然ガス貯蔵量の平年を下回る率は、気温が低下し続けた結果暖房用需要等が換気されていた時点の5月7日時点の同28.5%からは縮小しているものの、平年をなお20.8%下回っている他、8月13日の当該貯蔵量(推定2.40兆立方フィート)は平年幅の下限を割り込む状態となっており、この時期としては2013年(この時は同2.0兆立方フィート)以来の低水準となるなど、欧州での天然ガス需給の引き締まり感は強いままとなっており、2021~22年の冬場の暖房向け天然ガス需要期が相対的に接近しつつある中で、今後さらに当該地域の天然ガス需給が引き締まるのではないかとの市場での観測の下、天然ガス価格に上方圧力を加える格好となった。このようなことから、5月14日には100万Btu当たり推定9.547ドルであったオランダTTF天然ガス先物価格は8月11日には同15.821ドルと史上最高水準に到達するとともに、5月14日には100万Btu当たり推定9.686ドルであった英国NBP天然ガス先物価格も8月11日には同15.873ドルと2005年12月16日(この時は同16.242ドル)以来の高水準に到達するなど、上昇傾向となった。
米国では、原油価格は上昇傾向であるものの天然ガス生産回復状況はまだら模様であった。これは石油・天然ガス開発・生産会社の投資姿勢が慎重である(生産量の拡大よりも収益の改善を優先するよう株主等が石油・天然ガス開発・生産会社に圧力を加えている)こともあり、油田開発が進まないことが一因であるものと考えられる。この結果、原油生産とともに原油に随伴して生産される天然ガスの生産ももたつき気味となっている(図26参照)。他方、4月9日には81,582人であった米国での1日当たり新型コロナウイルス新規感染者数が6月30日には15,947人へと減少したこともあり、米国ニューヨーク州及びカリフォルニア州では、6月15日を以て一部を除き経済活動制限措置が全面的に解除されるなど、同国では経済活動制限が緩和されつつあったことにより、産業部門での天然ガス需要が増加した(図27参照)。また、夏場に向け気温が相当程度上昇した(図28参照)(特に北西部は気温がしばしば平年を上回って大幅に上昇した、図29参照)ことにより、空調のための電力供給用の発電部門向け天然ガス需要が増加した(また、カリフォルニア南部等に電力を供給するフーバーダム(米国ネバダ州)の貯水量が1937年以来の低水準に到達したことから、当該ダムを利用した水力発電能力が200万kWから150万kWへと落ち込んだ旨6月10日に伝えられており、この面でも水力発電量低下に伴う代替の天然ガス火力発電向け天然ガス需要を押し上げる格好となった)。このようなことから、同国の天然ガス需要は全体して増加傾向となった。それでも、特に7月は前年同月に比べ米国全体としては相対的に気温が上昇しなかったこともあり、同月の米国の発電部門での天然ガス需要は前年同月比で減少となった。他方、米国からメキシコへの天然ガス輸出も増加傾向となり、6月には史上最高水準となったと推定される(図30参照)(メキシコでの気温の上昇による空調のための電力供給用の発電部門向け天然ガス需要が増加した他、2019年9月3日にSur de Texas Tuxpanパイプライン(天然ガス輸送能力日量26億立方フィート)が操業を開始したうえ、さらにその後当該パイプラインに接続するメキシコ国内天然ガスパイプラインが整備されたことによる)。加えて、北東アジアや中南米等へのLNGの輸出が堅調であった(図31参照)(但し北西部での気温上昇による米国発電部門向け天然ガス需要が旺盛となった影響で、米国LNG出荷施設向けの天然ガス供給が影響を受けたと指摘する向きもある、図32参照)。このように同国では天然ガス供給が伸び悩み気味となった一方、国内の天然ガス消費、メキシコへの天然ガス輸出、及びLNG輸出が堅調であったこともあり、5月上旬から8月上旬にかけ米国の天然ガス在庫は平年を下回るペースで増加した(図33参照)結果、5月7日には平年を3.4%下回る水準であった同国の天然ガス在庫は8月6日時点では平年を6.0%下回る状態となるなど、平年を下回る幅は拡大した。そしてこのように同国の天然ガス在庫の積み上がりペースが緩やかであったことに伴い、天然ガス需給の引き締まり感を市場が意識した結果、5月14日には100万Btu当たり2.961ドルであった天然ガス価格は上昇傾向となり、8月4日には100万Btu当たり4.158ドルと、2018年12月11日(この時は同4.407ドル)以来の高水準に到達した。
以上
(この報告は2021年8月16日時点のものです)