ページ番号1009112 更新日 令和3年8月31日
米国・ロシア:Nord Stream 2攻撃の背後にある不都合な真実。米国によるロシア産原油・石油製品輸入は史上最高を記録。原油ではサウジアラビアを抜いて第3位に、石油製品ではカナダを抜いて首位に。
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概要
- 3月、ブルームバーグは、米国政府が欧州の同盟国に対し、エネルギー独立を支援してロシアへの依存を警告しているにも関わらず、米国の製油所によるロシア産石油製品の輸入が記録的に増加していると指摘。その原因として、2019年に強化されたベネズエラ・マドゥーロ政権に対する米国制裁の発動により、ベネズエラ産原油へのアクセスを奪われ、更にOPEC諸国も生産量を削減した結果、米国の精製業者がロシア産重質石油製品(マズート)に目を向けたと分析。
- 実際、米国制裁によりベネズエラ産原油が米国市場から締め出された結果、ロシアがその地位を奪うかのように反比例で増え、原油・石油製品合算では、2021年5月にはカナダ(日量405.7万バレル)に次いでロシアが第2位(日量84.4万バレル)に着けている。
- 米国メキシコ湾に位置する製油所には、ベネズエラ産原油特有の高硫黄・重質原油を処理できる能力を有する製油所が多く、従来から相対的に安価な重質原油を仕入れ、ディーゼル油を精製・製造・販売することによって精製マージンを最大化していた。しかし制裁発動によってベネズエラ産重質原油の輸入が禁じられ、その代替として、類似性状を持つロシア産重質石油製品に注目が集まり、輸入量が堅調に増加してきたのである。
- ロシア産原油だけで見た場合でも、5月には米国の原油輸入量に占めるロシア産原油シェアは史上最高を記録。4月にはカナダ(日量347.2万バレル)、メキシコ(同60.0万バレル)、そしてサウジアラビア(同29.1万バレル)に次いで第4位だったロシア(同18.2万バレル)が、5月に遂にサウジアラビア(同25.5万バレル)を抜いて第3位の供給者(同27.7万バレル)となった。
- ロシア産石油製品についても、5月は原油同様に史上最高を記録。4月にはカナダ(日量57.2万バレル)、ロシア(同50.6万バレル)と第2位だったが、5月に遂にカナダ(同51.3万バレル)を抜いて最大の供給者(同56.7万バレル)となっている。
- 3月の報道は、ロシア産天然ガスの欧州依存度低減(=米国からの欧州へのエネルギー供給)こそが欧州のエネルギー安全保障を高めるものとするこれまでの米国政権の主張に対して、実はその背後ではその米国がロシア産原油及び石油製品の輸入シェアを伸ばし、依存を高めていることを暴露するスクープだった。他方、米国が欧州に対して主張してきたのは欧露間の天然ガス貿易であって、欧州向けのロシア産原油・石油製品輸出に対して、表立って欧州のエネルギー安全保障が脅かされていると非難することはなかった。この背景にはNord Stream 2建設によって欧州向け輸送ルートが迂回されてしまい、タリフ収入を失う国であり、NATO東方拡大の次なるターゲット候補+欧州にとっての対露フロント(緩衝地帯)であるウクライナの存在がある。いずれにせよ、米国はNord Stream 2建設を反対・阻止しようとする一方で、ロシア産原油及び石油製品調達を進める二枚舌と非難されても、欧州に対して原油・石油製品をロシアから買うなと言ったことはないという開き直りもできるだろう。
- 3月の報道は瞬間風速の可能性があったが、最新統計でも米国の輸入増加傾向は増している。この傾向がいつまで続くのか、月間時点の記録も年間時点で落とし込めばその評価も変わる。現時点でロシア産石油製品(マズート)の生産量が頭打ち傾向にあることにも留意が必要である。
1. 3月にブルームバーグが第一報:米国によるロシア産石油製品輸入が最大に
(1) 不都合な真実
7月に遂に米独合意に至り、稼働に向けた方向性で米国が容認する姿勢に至ったNord Stream 2だが、トランプ政権下では2017年の対露制裁法「米国に対する敵性国家対抗法(CAATSA)」及び2020年・2021年両国防授権法の中で、同パイプライン完成を阻止するべく制裁措置が盛り込まれ、バイデン大統領もまたオバマ政権の副大統領時代からNord Stream 2には反対を表明してきた。2021年1月のバイデン政権発足後も、4月、5月、そして7月の米独合意による同パイプライン完成容認への方向転換後の8月ですら、Nord Stream 2建設に関与するロシア船舶やロシア企業に対して制裁を発動してきた。米独合意により論争の舞台は稼働阻止から稼働条件交渉へ移行しており、ロシアが同パイプラインを政治的な「兵器」として使用しないのかどうか、ウクライナ向けトランジット量を確保し、ウクライナへの収入を如何に担保するのかどうか、表向きでは欧州のエネルギー安全保障を守るため、ロシアに対する攻撃を緩めていないという姿勢を依然示している。
米国は、シェール革命によって原油天然ガス生産量が増加し、オバマ政権下では原油輸出を再開、トランプ政権では国内の化石燃料産業の振興と雇用促進を目指すエネルギー自立が謳われ、そして、その輸出先として有望である欧州市場の確保のために、(建前として)欧州のエネルギー安全保障のためにロシア産エネルギー依存度を下げるよう欧州加盟国に主張しているが、実はロシアから記録的な石油製品輸入を行っているというニュースが流れてきたのは今年3月であった。
3月24日付けのブルームバーグは、米国政府が欧州の同盟国のエネルギー独立を支援してロシアへの依存を警告しているにも関わらず、米国の製油所はロシア産重質石油製品の輸入を記録的に増加していると指摘。その原因として、2019年に強化されたベネズエラ・マドゥーロ政権に対する米国制裁の発動により、ベネズエラ産原油へのアクセスを奪われ、更にOPEC諸国も生産量を削減した結果、米国の精製業者(ExxonMobil、Chevron及びValero Energy等)はロシア産石油製品に目を向けたと分析している。そして、結果、2020年にはロシアは米国への石油供給で第3位に浮上したとしている。また、石油業界ではロシアの存在感の拡大は大きな話題となっているが、外交面ではロシアの存在については多くは議論されていない。米国のロシア産石油依存の高まりは米国のエネルギー外交方針、Nord Stream 2建設阻止と対立するものであり、トランプ大統領の下で進められたエネルギー自立に向けた政策が実は一面的に過ぎなかったことを示している。確かにトランプ政権は2020年2月にベネズエラ産石油を取り扱ったRosneftの子会社2社を制裁対象に指定したが、他のロシアの石油会社が制裁対象とされたわけではなく、米国企業はロシア産石油輸入も継続することができた。以前からベネズエラ産重質原油を受け入れてきた米国メキシコ湾に位置する製油所には高硫黄原油を処理できる能力を有する先進的な製油所が多く、制裁によってベネズエラ産原油を失った結果、その代替としてロシア産の重質石油製品に注目が集まったのである。ロシアから主に輸入されているのは原油ではなく、粘性の高い(API比重の低い)マズートという名称で知られる半精製燃料油である(詳細後述)。マズートは、ロシアではソ連時代から家庭の熱供給(生焚き)用に広く使用されているものだが、米国ではマズートを精製し自動車燃料を生成する。ただ、今後OPECプラスの協調減産が緩和されてくると、サウジアラビアやクウェート、イラクが増産しそれらがマズートに取って代わっていく可能性がある、とブルームバーグは結んでいる。
(2) 米国によるベネズエラ制裁発動(2019年1月28日)
米国財務省外国資産管理室(OFAC)は2019年1月28日、2018年11月1日付大統領令13850号で制裁対象とした「ベネズエラ政府」に国営石油会社PDVSAを追加し、経済制裁の対象に指定したと発表した。トランプ政権は2019年1月23日に、適正な選挙を経ていないマドゥ-ロ政権を「非正統」であるとし、グアイド国民議会議長を暫定大統領として承認した。米国は、今回の制裁によりベネズエラ産原油・石油製品を市場から排除することにより、マドゥーロ政権への資金流入を阻止し、民主的な選挙で選ばれた政権にベネズエラの石油産業を引き渡せるよう保護するとともに、マドゥーロ政権が存続した場合であっても政権が石油産業を運営することを困難にすることを狙ったものだった。
実際、制裁発動後、図1の通り、2019年でベネズエラ産原油・石油製品は米国市場から締め出された結果、ロシアがその地位を奪うかのように反比例で増え、2021年5月時点では飛び抜けた対米巨大輸出国であるカナダ(日量405.7万バレル)に次いで、遂にメキシコ(日量72.8万バレル)を抜いて、ロシアが第2位(日量84.4万バレル)に着けるに至った。
なお、参考までに2020年2月に米国政府はベネズエラ産原油の輸出取引に関与しているRosneftの子会社であるRosneft Trading SA及びその代表のディジエ・カシミーロRosneft副社長(当時/現在第一副社長へ昇格)を特定国籍指定者(SDN)に指定すると発表している。さらに、3月にはもう一つの子会社であるTNK Trading International SAに対しても制裁を発動した。これを受けて、3月28日、Rosneftは全ベネズエラ事業から撤退することを決定し、その方法としてRosneftのベネズエラ全事業をロシア政府へ売却し、その対価として、ロシア政府が保有するRosneft株式(9.6%)をRosneftに譲渡することで合意するという動きもあった。
ベネズエラに対する米国制裁はロシア企業を制裁対象とすることに発展したが、結果として、ベネズエラ産原油の代替として、制裁対象としたロシアから石油製品が米国へ輸入されるという不思議な関係が生まれることになったのである。
(3) マズートとは
マズート(Мазут)はロシア及び中央アジア諸国で製造されている、原油からナフサ、灯油等の留分を分離した後の残留物で、家庭や発電所での生焚き等で使用されている、重い低品質の石油製品(fuel oil:燃料油)に分類される。輸入する米国や欧州ではさらに製油所でブレンドまたは分解されて、主に自動車燃料(ディーゼル油等)として販売される。品質は日本では船舶用の大型ディーゼルエンジン、工場や発電所、地域冷暖房等の大規模ボイラー用燃料に用いられているC重油に近いと言われている。
諸元 | ベネズエラ | ロシア | 日本 | |
---|---|---|---|---|
Merey原油 | Mesa原油 | マズート100 | 参考:C重油 | |
API比重 | 16 | 30.5 |
10~31 |
|
硫黄含有率 | 2.45 | 0.85 | 0.8~3.5 |
0.1~3.8 |
華氏100度での粘度 | 513 | 7.29 | 3.8~11.3 | 38~227 |
流動点 | -20 | -46 | 25 | -5~50 |
出典:公開情報から筆者取り纏め
表1の通り、それまで米国企業が輸入してきたが、米国制裁によって調達ができなくなったベネズエラ産のMerey、Mesa等の原油性状に近いことが分かる。ロシアではヴォルガ・ウラル地域の製油所で製造されたマズートが黒海から国際市場に販売されており、その生産量は年々減退している。2014年(約80百万トン)に比べて、2020年(41百万トン)には約半減してきた。2021年直近では1月~5月の生産量は前年より2%増とほぼ横ばいとなっている。
米国、特にメキシコ湾でベネズエラ産原油が受け入れられてきた理由は、冒頭のブルームバーグの報道の通り、受け入れられる製油所は高硫黄原油を処理できる能力を有する製油所であり、通常の原油よりも相対的に安価な重質・高硫黄のベネズエラ産原油を仕入れ、ディーゼル油等を精製・製造・販売することによって利益を最大化していた。そこに制裁発動によって同国産原油の禁輸が為された結果、その代替としてロシア産石油製品であるマズートに注目が集まり、輸入量が堅調に増加してきたということだろう。
2. 米国によるロシア産原油及び石油製品の輸入状況
図1では米国が輸入する原油・石油製品の総量推移を示した。ベネズエラ産原油は原油にカテゴライズされる一方、ロシア産マズートは石油製品にカテゴライズされる。そこで、それぞれ原油、石油製品単体に分解し、輸入量推移を分析すると異なるファクトが見えてくる。
(1) 米国の原油輸入の国別推移とロシア産原油の推移
原油だけを取り出した場合でも、5月にはロシアのシェアが躍進し、史上最高を記録している。4月にはカナダ(日量347.2万バレル)、メキシコ(同60.0万バレル)、そしてサウジアラビア(同29.1万バレル)に次いで第4位だったロシア(同18.2万バレル)が、5月に遂にサウジアラビア(同25.5万バレル)を抜いて第3位の供給者(同27.7万バレル)となっている。経年で見ると、21世紀に入ってピークを迎えたベネズエラ、メキシコ及びサウジアラビアの原油供給は次第に減少し、その分を上回る形でカナダが増加したのに加え、今年に入ってからロシア産原油のシェアも増えている傾向が見て取れる。
また、この5月は月間ながらこれまで最大だった2010年(日量26.9万バレル)の記録を更新した最大の輸入量(同27.7万バレル)も記録している。2010年は東シベリア・太平洋(ESPO)原油パイプラインの実質的な稼働初年に当たり(稼働開始は2009年12月)、その東シベリア産原油の太平洋へのフローが米国の調達国としてロシアを引き上げた年でもあった。さらに今年に入ってからのロシア産原油のけん引役にもなっていると推察される。その間、図3・参考の通り、2014年3月のクリミア併合以降、米国は対露制裁を2014年、2017年、2020年及び2021年と強化しており、その時期、原油輸入は減少している。しかしながら、石油産業に対する制裁は将来的石油生産ポテンシャル(所謂、大水深・北極海・シェール層の三分野)に対するものに留まり、足元の原油生産や輸出入を禁止していないことから、原油輸入の減少は政治的な理由ではなく、市場競争の下、経済的理由で米国がロシア産原油を購入・輸入しなかったのが第一の要因と考えられる。
(2) 米国の石油製品輸入の国別推移とロシア産石油製品
石油製品については、2021年5月は原油同様に史上最高を記録し、遂にカナダを抜いて第1位の供給者へ踊り出ている。4月にはカナダ(日量57.2万バレル)、ロシア(同50.6万バレル)と第2位だったが、5月に遂にカナダ(同51.3万バレル)を抜いて最大の供給者(同56.7万バレル)となった。石油製品でもベネズエラからの輸入減少に呼応する形で急速に増えていく傾向にある。
3. まとめと現状認識
3月の報道は、Nord Stream 2に対する制裁が強化されてきたタイミングの最中にあって、トランプ政権ではドイツに対して「ロシアの人質」と言わしめ、バイデン大統領は「欧州のためにならない悪いディール」としてロシア産天然ガスの欧州依存度低減(=米国からの欧州へのエネルギー供給)こそが欧州のエネルギー安全保障を高めるものとする主張に対して、実はその背後ではその米国がロシア産原油及び石油製品の輸入シェアを伸ばし、依存を高めていることを暴露するスクープであった。なお、ロシア産天然ガス(LNG)については、ヤマルLNGが米国にも2018年に輸入された実績があるが、英国から転売されたイレギュラーとも言える玉で(従って統計記録上も英国と記録)、それ以外では輸入実績はないか限定的であると考えられる。もちろん、米国が欧州に対して主張してきたのは欧露間の天然ガス貿易であって、世界最長の「ドルージュバ(友好)」原油パイプラインで欧州に供給され続けているロシア産原油や欧州向け石油製品輸出に対して、表立って欧州のエネルギー安全保障が脅かされていると非難することはなかった。この背景にはNord Stream 2建設によって欧州向け輸送ルートが迂回されてしまい、タリフ収入を失う国であり、NATO東方拡大の次なるターゲット候補+欧州にとっての対露フロント(緩衝地帯)であるウクライナの存在がある。いずれにせよ、米国はNord Stream 2建設を反対・阻止しようとする一方で、ロシア産原油及び石油製品調達を進める二枚舌と非難されても、欧州に対して原油・石油製品をロシアから買うなと言ったことはないという開き直りもできるのも確かである。
3月の報道は瞬間風速の可能性があったが、本稿の通り、現時点での最新統計(2021年5月時点)を見ても、米国の輸入増加傾向は増しており、更に原油輸入ではサウジアラビアを抜いて第3位に、石油製品輸入ではカナダを抜いてトップに立つという大きな動きが見られた。他方、この傾向がいつまで続くのか、また月間時点の記録も年間時点で落とし込めばその評価も変わってくる点に留意が必要である。また、この状況が変更される最大の要因は当然ながら、米国のベネズエラ制裁解除の動きが出てくるかどうかである。それまではロシア産原油、特に石油製品が粘性の高い半精製燃料油を好む米国の精製企業によって受け入れられていくだろう。但し、ロシア国内のマズート生産量も現在減少・頭打ちの状況であり、米国におけるロシア産原油・石油製品シェアもある時点で限界を迎えると考えられる。
以上
(この報告は2021年8月31日時点のものです)