ページ番号1009192 更新日 令和6年10月21日
このウェブサイトに掲載されている情報はエネルギー・金属鉱物資源機構(以下「機構」)が信頼できると判断した各種資料に基づいて作成されていますが、機構は本資料に含まれるデータおよび情報の正確性又は完全性を保証するものではありません。また、本資料は読者への一般的な情報提供を目的としたものであり、何らかの投資等に関する特定のアドバイスの提供を目的としたものではありません。したがって、機構は本資料に依拠して行われた投資等の結果については一切責任を負いません。なお、機構が作成した図表類等を引用・転載する場合は、機構資料である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。機構以外が作成した図表類等を引用・転載する場合は個別にお問い合わせください。
※Copyright (C) Japan Organization for Metals and Energy Security All Rights Reserved.
概要
- 2021年11月1日、アルジェリアはモロッコとの関係悪化を理由に、モロッコ経由でのスペイン向け天然ガス輸出を停止した。両国の関係はさらに悪化しており、供給再開の見通しは立っていない。
- アルジェリアはアフリカ最大かつ世界有数の天然ガス生産国・輸出国であり、生産されたガスの大部分がパイプライン経由で、またあるいは液化されてLNGとして欧州へ向かう。欧州向けパイプラインは、(1)モロッコ経由でスペインへ向かうGasoduc Maghreb Europe(GME)パイプライン、(2)地中海を縦断し直接スペインへ向かうMedgazパイプライン、(3)チュニジアを経由しイタリアへ向かうTransmedパイプラインの3本がある。このうち、GMEパイプラインのモロッコ区間のトランジット契約およびモロッコ向けのガス販売契約が10月31日に期限を迎えたものの、新たな契約が成立しなかったことでパイプライン停止に至り、アルジェリアからモロッコ向けのガス輸出も完全に停止した。
- GMEパイプラインはMedgazパイプラインと共にスペイン向け主要輸送ルートとして重要な役割を果たしてきたが、もう一本の主要輸送ルートであるMedgazの拡張が進んでいることもあり、スペインではこれまでのところ目に見える懸念は生じていない様子だ。アルジェリアからのガス輸入が停止したモロッコでも、石炭火力発電能力の拡張を済ませており、電力システムは最小限の影響しか受けていないようだ。
- アルジェリアは欧州向けパイプラインガスの輸出量が契約量に満たない場合にはLNG輸出で補完する考えを示している。一方でモロッコは長期的にはLNG輸入をアルジェリア産ガスの代替とする考えだ。またGMEパイプラインを逆送させ、スペインが輸入したLNGを再ガス化し、モロッコに供給する可能性も示唆されている。しかしどの代替案も確実に実行できるとは限らない。
- GMEパイプライン供給停止の問題が最終的にどう決着するのかはまだ分からず、依然交渉中とも報じられている。物理的にも経済的にも、そして国際関係の観点からもGMEパイプラインの再開が最良策であることは明白である。ただし、アルジェリア、モロッコ両国の緊張はますます高まっており、さらなる関係悪化が心配される状況が続いている。
(International Oil Daily、MEES、Platts LNG Daily他)
1. はじめに
2021年11月1日、アルジェリアはモロッコとの関係悪化を理由に、モロッコ経由スペイン向けの天然ガス輸出を停止した。両国の関係は日に日に悪化しており、供給再開の見通しは立っていない。
アルジェリアはアフリカ最大かつ世界有数の天然ガス生産国・輸出国であり、1964年に世界で初めてLNG輸出を開始した。BP統計によれば、2020年の天然ガス生産量は81.5bcmで、このうち約41.1bcmのガスが輸出され、さらにガス輸出量のうち約64%がパイプライン経由で、残る約36%がLNGとして輸出された。天然ガス輸出パイプラインは、モロッコ経由でスペインへ向かうGasoduc Maghreb Europe(GME)パイプライン(輸送容量12bcm/年、操業主体はMetragaz(Naturgyの子会社))と地中海を縦断し直接スペインへ向かうMedgazパイプライン(8bcm/年、操業主体はMedgaz(ソナトラック51%、Naturgy49%))、およびチュニジアを経由しイタリアへ向かうTransmedパイプライン(36bcm/年、操業主体はENI)の3本があり、いずれも欧州向けの重要インフラである。このうち、GMEパイプラインのモロッコ区間のトランジット契約は1996年に締結されたが、今回、このトランジット契約とモロッコ向けのガス販売契約が10月31日に期限を迎え、新たな契約が成立しなかったため、GMEパイプラインは11月1日から操業停止し、モロッコ向けのガス輸出も完全に停止した。
アルジェリア・モロッコ両国は、西サハラの独立をめぐって数十年来対立を続けてきた。1884年以来、西サハラを保護領としていたスペインが1975年に領有権を放棄した後、モロッコは西サハラ併合を主張、一方、西サハラの独立を目指すポリサリオ戦線をアルジェリアが支援する構図が続いてきた。国連が仲介したが、いまだに解決していない。今回、アルジェリア政府は国交断絶の理由として、西サハラ問題やモロッコとイスラエルとの関係(モロッコがイスラエルとの国交を正常化し、その見返りに米国トランプ政権もモロッコの西サハラ領有権を承認)、アルジェリア国内の独立派ベルベル人グループへのモロッコからの支援疑惑などを挙げており、両国の関係悪化の原因はモロッコ側にあると主張している。今年8月には、1988年以来初めて両国の外交が断絶、9月にはアルジェリア政府がモロッコの航空機に対してアルジェリア領空の飛行を禁止する決定を発表し、事態はさらに悪化の一途をたどり、解決の糸口を失っていった。併せて、ガスパイプライン契約の更新も懸念されていたが、それが現実となった格好だ。
10月31日にはアルジェリアのアブデルマジド・テブーン大統領が、国営石油会社のソナトラックに対し、モロッコの国営電力・水道公社ONEE(National Office of Electricity and Drinking Water)とのすべての商業関係を終了し、契約を更新しないよう命じた。
2. パイプライン停止による影響
GMEパイプライン停止により、どのような影響が出ているのだろうか。
イベリア半島は欧州の南西端に位置するため、スペインとポルトガルは欧州のガスパイプラインとの接続が非常に限定的となっている。そのため、スペインは従来、国内で消費する天然ガスの半分近くをアルジェリアからの輸入に頼ってきた。(図2参照)
BP統計によれば、2019年のスペインの天然ガス輸入量は約37.9bcmで、このうちアルジェリアからの輸入量が12.5bcmを占めた。このうち11.4bcmがパイプラインで、1.1bcmがLNGで供給された。なお2020年は新型コロナウイルス感染症拡大による需要減少が影響し、天然ガス輸入量も大きく落ち込んだため、2020年のスペインの天然ガス輸入量は約33.2bcmで、このうちアルジェリアからの輸入量は9.6bcmを占めた(うちパイプラインガス9.1bcm、LNG0.5bcm)。
GMEパイプラインはMedgazパイプラインと共にスペイン向け主要輸送ルートとして重要な役割を果たしており、アルジェリアのスペイン向けガス輸出の大部分を両パイプラインが担ってきた。なお、以前はGMEパイプラインの利用率が高く2010年代の前半には平均で年間8bcm以上の流量があったが、アルジェリアからスペインへの直送ルートとなるMedgazパイプラインの開通により近年は利用率が低下してきていた。それでもアルジェリアの2021年1-8月のスペインへの平均ガス供給量はGMEパイプライン経由が4.9bcm、Medgazパイプライン経由が5.1bcmの合計10bcmであり、半分程度のスペイン向けガスがGMEパイプラインを通過していた。[1]
GMEパイプラインによる天然ガス輸送は、国家財源を天然ガス輸出に大きく依存するアルジェリアにとって、また、特にガス価格高騰が引き続く現在の状況下においてより安価な供給をアルジェリアからのパイプラインガスに頼りたいスペインにとっても、非常に重要であるはずだ。特に、今年のLNG市場は非常にタイトであるため、スペインはかねてより供給不足の回避に奔走している。例えば、9月30日にアルジェリア訪問したホセ・マヌエル・アルバレス外相は、アルジェリアからスペインへのガス供給の保証を受けた旨発言しているし、また、テレサ・リベラ環境移行相も「アルジェリア政府は、スペインが必要とすれば、より多くのガスを提供することを約束している」と語った。
さて、11月1日にはGMEパイプラインは停止したものの、これまでのところスペインでは目に見える問題は生じていない様子だ。9月以降、アルジェリアとモロッコの政治的対立が深まったこともあり、スペインはアルジェリア以外からのガスの輸入量を前もって増やしておき、貯蔵施設、特にLNG輸入ターミナルのタンクをできるだけ満杯にすることで、今回の事態に十分に備えてきたとされる。11月1日付ブルームバーグによれば、11月までにLNGターミナルの貯蔵量は1年前よりも65%増加しており、地下貯蔵も82%と他の欧州諸国よりも高い水準である旨、同国のガス供給会社Enagasが声明で述べた。現在、スペイン政府は企業によるLNGの再輸出を停止しておらず、このことからも同国が困っていないことを示しているともいえる。
一方、アルジェリアも何年も前からこのような事態に備えてきたフシがある。2021年5月には、アルジェリア国内で200キロメートルのバイパスパイプライン (EGPDFパイプライン)の建設を完了させ、GMEパイプラインとMedgazパイプラインが相互に一定の輸送量を融通し合えるようになった。またMedgazパイプラインの容量を現在の8bcmから10.5bcm(月平均0.875bcm)に拡張する工事も11月末までに完了する予定である。報道によると、Medgazパイプラインの11月の予約容量が0.866bcmに達していることから、拡張はすでに完了している可能性も指摘されている。[2]
ただしこの追加容量だけでは、これまでアルジェリアがGMEパイプラインでスペインに輸出してきた分を補完するのには十分ではない。スペインのガス需要が激減し安価な米国産LNGが潤沢に供給された2020年は例外として、アルジェリアからスペインへのパイプラインによるガス輸送量は2012年以降、常に年間10bcmを上回ってきた。スペインの天然ガス輸入業者であり、Medgazの共同操業者でもあるNaturgyも、今回の拡張によりスペインで消費される天然ガスの25%を輸送し、両社(ソナトラック、Naturgy)の戦略的関係の強化を期待しているという。スペイン全体の2019年の輸入量を37.9bcmとすると、その25%は約9.5bcmにあたる。
ただしアルジェリアは、スペインへのLNG出荷量を大幅に増やせるだけの十分なLNG液化能力を持っているため、仮にMedgazパイプラインが9.5bcmを供給するならば、理論的にはGMEパイプラインに頼らずに2014年から18年までのアルジェリア-スペイン間の平均輸出量(LNGとパイプライン併用)である18bcmと同じ量を再び供給することができる。アルジェリアの液化施設は、通常、総生産能力2,580万トン/年の50%以下で稼働しており、液化施設の生産能力は約35bcmに相当する。このような短距離路線にLNGを多用することは、経済的にも環境的にも最適とはいえないかもしれないが、スペインで必要とするガスを物理的に輸送することは不可能ではないだろう。
[1] 2021.11.1 International Oil Daily
[2] 2021.11.5 MEES
他方、天然ガス供給が停止したモロッコはどうだろうか。従来モロッコはGMEパイプラインを経由し、隣国のアルジェリアから約1bcmの天然ガスを輸入していた。これはモロッコの国内消費量の実に約90%に相当しており、残る約10%を国内生産で賄ってきた。なお、ガスは全量が発電目的で使用されている。
ただ、「モロッコといえば再エネ」というイメージをお持ちの方も多いのではないか。同国の2020年末の発電設備容量は10.7GWで、そのうち35%(3.75GW)を再生可能エネルギーが占める。一方で、同年の発電量38.8Twhのうち約80%が化石燃料由来であり、石油・天然ガス・石炭が依然として重要なベースロード電源であることが分かる。
GMEパイプラインのガスは、これまで、沿線に位置する2つの火力発電所(Ain Beni Mathar(470MW)、Tahaddart(385MW))に供給され、これら2つの発電所による発電は国内の総発電量の約10%を占めていた。ガス供給が途絶えれば、発電所は液体燃料に切り替えるかシャットダウンせざるを得ない。Tahaddartは地中海沿岸のTangierの東にある最寄りの石油輸入ターミナルからの運搬が可能だが、北東部の遠隔地に位置するAin Beni Matharへの運搬はそう簡単にはいかないだろう。ただしこの2つの発電所がなくてもモロッコはさほど困らないだろうともいわれている。モロッコは近年、石炭火力による発電能力を1.2GWから4.3GWまで大幅に拡張した。2019年は石炭火力により26.9Twhを発電したが、理論上は最大で36Twhの発電が可能とされる。するとこれだけでモロッコの同年の総発電量40.4Twhの約90%を占める計算となり、残る約10%は再生可能エネルギーと液体燃料による発電で充当可能という計算も成り立つ。クリーンエネルギー推進の観点からは好ましくないかもしれないが、少なくとも電力不足は防ぐことができる。モロッコはスペインとの間で2本の海底送電網が通じているため、スペインから電力を輸入することも可能だ。11月1日にONEEとモロッコの国営石油会社ONHYMは、「アルジェリア当局が発表したGMEパイプラインの契約を更新しないという決定は、現在、国の電力システムのパフォーマンスに最小限の影響しか及ぼさない」と述べた。
3. 今後の展望
以上のように、アルジェリアもモロッコも、そしてスペインも、当面のガス・電力のやりくりはどうにかなりそうだ。しかしいつまでもこのままという訳にもいかない。モロッコに関しては、本来Ain Beni Mathar火力発電所がカバーする遠隔地への送電が行き届くかどうかが大きな不安要素であり、政府は遅くとも夏の最大需要期までには対策を講じる必要があるとされる。
また、アルジェリア産ガスの代替策について、モロッコ政府は、長期的にはLNGを輸入したい考えだ。今年初め、モロッコのエネルギー省は「FSRUによる国内市場へのガス供給に関する関心表明の募集」を開始した。2025年から約1.1bcm、2040年には3.1bcmの輸入を想定しており、輸入量のうち半分弱は発電用で、残りは産業用と運輸用とされているようだ。これらが既存の火力発電所に供給されるかどうかはまだ不明である。一方で、一般的にパイプライン経由のガス輸入はLNGより相対的に安価であるため、LNG輸入コストが拡大し財政負担につながることも懸念される。
最近の報道では、GMEパイプラインの流れをなんと逆送させ、スペインが輸入したLNGを再ガス化し、モロッコに供給できるのではないかともいわれている。これには相応の技術的作業が必要でコストも少なからずかかる。しかし数年ではなく数ヶ月で実現可能だ。さらにはアルジェリアとモロッコの関係が改善されて合意に至った場合、パイプラインを元の方向に戻すこともできる。ただしスペインとしては、アルジェリアから本当に約束された量のガスが届けられるのか、今冬のガス需要期を問題なく乗り切れるのか、まだこれから見定めが必要だろう。
なおGMEパイプラインの活用に関しては、モロッコはヨーロッパへの「グリーン水素」輸出国になるという長期的な野望を持っており、GMEの一部を長期的に再利用する可能性も示唆している。ただし現在モロッコが推進しようとしているグリーン水素プロジェクトは、直接、水素をパイプラインで輸出するのではなくアンモニアに変換し海上輸送する方策だ。モロッコは国内のアンモニア生産が限定的なため、主要産業である肥料の生産を輸入アンモニアに頼らざるを得ないという事情がある。モロッコのアンモニア輸入量はEU、インド、米国、韓国に次いで多く[3]、8月には太陽・新エネルギー研究所IRESEN(Institute Research Energy Solar and Energy Nouvelles)のBadr Ikken局長が「まずは、現在輸入している年間200万トンのアンモニアを代替することを優先すべきだ」と発言した。アンモニア生産を優先する考えであることから、現状においては、GMEパイプラインを活用した欧州向け水素輸出の可能性は低いと思われる。
GMEパイプライン供給停止の問題が最終的にどう決着するのかはまだ分からない。Naturgyは11月10日、同社の第3四半期決算発表の後に、モロッコおよびアルジェリアの関係者とGMEパイプラインのトランジット契約延長の可能性について引き続き協議中である旨発表し、延長こそがすべての関係者にとって賢明であり、皆に価値を生み出すだろうと述べた。[4]契約交渉難航の可能性は以前から指摘されていたが、それでも「結局は更新するだろう」との見方が常に大半を占めていた。モロッコとアルジェリアを結ぶ1,599キロメートルの国境は1994年以来閉鎖されており、二国間貿易の数少ない貴重な要素としてもGMEパイプラインは重要な存在だ。物理的にも経済的にも国際関係の観点からもGMEパイプラインの再開が最良策であることは明白である。まだ復活の可能性も十分に考えられよう。
ただし、現実にはアルジェリア、モロッコ両国の緊張はさらなる高まりを見せている。11月に入り、アルジェリアは、モーリタニアとの国境に近い西サハラ地域の紛争地帯で爆撃によりアルジェリアの民間人3名を殺害したとしてモロッコを非難した。モロッコは爆撃への関与を否定している。まずは、両国の関係改善が、GMEパイプラインの操業再開にはなくてはならない条件となるだろう。
[3] 2019年、世界銀行
[4] 2011.11.10 Platts LNG Daily
以上
(この報告は2021年11月26日時点のものです)