ページ番号1009210 更新日 令和3年12月14日
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概要
- イラクは、国内最大の油田で日量145万バレルを生産中のルメイラ油田の目標生産量(PPT, Plateau Production Target)を従来の日量210万バレルから日量170万バレルへ大幅に引き下げた模様だ。2014年(日量285万バレルから日量210万バレル)に続く二度目の引き下げとなる。イラクは「2027年までに国全体の原油生産能力を現在の日量約500万バレルから日量800万バレルに引き上げる」という高い目標を掲げるが、国全体の石油生産量(日量425万バレル)の約3分の1を占めるルメイラ油田の生産量引き下げにより目標達成には暗雲が立ち込める。
- 2021年10月、アブドルジャッバール石油相は、イラク政府はすべての国際パートナーとの間で、契約に定められたプラトー生産目標(PPT)の見直しについて「新たな議論」を行っていると述べた。世界でカーボンニュートラルの動きが強まり、石油開発事業の将来が不透明になる中で、IOC各社はポートフォリオの見直しを行い、イラクでの事業を見直そうとしている。各社は中東産原油を求める中国企業への権益売却を検討しており、ルメイラ油田のオペレーターを務めるBPについても撤退の噂が流れていた。6月には、石油相が、議会で「イラクの投資環境」も同国からIOCが離れる一因だと主張し、IOCの引き留めに懸命な姿勢を見せていた。そうした状況下で、今回、ルメイラ油田のPPT引き下げ話が出てきた。
- ルメイラ油田の新たなPPT(日量170万バレル)は、11月24日に行われた新会社Basra Energy Company Limited(BECL)の設立総会で発表されて明らかになった。BECLは、ルメイラ油田のオペレーターであるBPとパートナーのCNPCによるJVで、BPが保有する47.63%のルメイラ油田の権益はBECLが持つことになり、今後は同社が開発資金の調達を含めて油田の操業管理を行うことになるという。BPはイラクでの事業を本体から切り離す(=スピンオフ)考えで、アンゴラやアルジェリアでもEniとJV設立に向けた動きを進めている。
- BPは低炭素戦略の一環として、10年以内に石油・ガスの生産量を40%削減することを公約として掲げる。こうした観点からも、引き下げ後のPPTは従来の目標よりもはるかに現実的といえるだろう。BPは、(1)独立企業体を設立し本体からはスピンオフする、(2)PPTも引き下げることになり、イラク側との「新たな議論」の結果、イラク残留を選択できる妥協点に至ったと考えられるのではないか。メジャーズによる撤退を懸念していたイラクも長期投資の見通しを得られたことは一つの安心材料だろう。
- 今回のBPのような新たな動きが、今後、イラクにおける他のIOCによる石油開発プロジェクトにも波及する可能性はあるのか。最近、上流を含めた巨額投資をコミットしたTotalEnergiesや、西クルナ1油田オペレーター権益の売却で現在係争中であるExxonMobilや、西クルナ2油田で生産能力倍増に向けて最終投資決定待ちのLukoil、ディカール県の油田開発に向けて現在交渉中とされるChevronなどの動きにも注目が集まる。
(International Oil Daily、Platts Oilgram News、MEES他)
1. はじめに-ルメイラ油田の現在の状況
イラクは、国内最大の油田であるルメイラ油田の目標生産量(PPT)を従来の日量210万バレルから日量170万バレルへ大幅に引き下げた模様だ。同油田では2014年に、オペレーターであるBPが日量285万バレルから日量210万バレルへの下方修正交渉を行ったが、今回はそれに続く二度目の引き下げとなる。「2020年までに日量210万バレル」というこれまで掲げてきた目標は、結局達成できなかった。石油省によるとルメイラ油田の現在の生産量は日量145万バレルで、昨年の平均である日量139万バレル弱からはやや増加している。
![図1 イラク南部油田の分布](../../_res/projects/default_project/_page_/001/009/210/20211214_1.jpg)
各種情報を基に作成
ルメイラ油田の生産量は、国全体の石油生産量(日量425万バレル[1])の約3分の1を占める。2021年10月の時点で「2027年までに国全体の原油生産能力を現在の日量約500万バレルから日量800万バレルに引き上げる」という非常に高い目標を掲げるイラクにとって、同油田が重要なコンポーネントであることはいうまでもない。一方、この日量800万バレルという数字に関しては、技術的に現実的ではないし、また、とても達成できるとは思えないと疑問視する声も多く聞かれてはいた。
高すぎるPPTに悩まされてきたのはルメイラ油田だけではない。2014年末からの原油価格の低迷以降、イラクにおける各油田の生産能力増強計画はほとんど頓挫している。これは、国家財政難に苦しむイラクが自国のコスト削減(=国営石油会社権益分の探鉱・開発支出を行う原資の不足)のために国際石油会社(IOC)に設備投資の抑制を要請したことが要因であり、さらには南部油田の生産能力拡大には必須とされるEOR圧入用の水を供給するための共通海水供給プロジェクト(Common Seawater Supply Project(CSSP))がいつまで経っても実現しないことも一因だ。CSSPは、TotalEnergiesが着手することで2021年9月にようやく話がまとまったところだが、実際の開発工事が始まったといった話は聞こえて来ておらず、TotalEnergiesがパートナーを探しているとの報道もあり、実現にはまだ時間がかかりそうだ。
CSSPが遅々として進展しない中で、BPは独自にQarmat Ali水処理プラントを稼動させてきた。11月14日、Rumaila Operating Organization(ROO)(ルメイラ油田の操業会社。BP(47.63%、オペレーター)、CNPC(46.37%)、イラク国営企業Somo(5%)で構成)は日量32万バレルの水を供給する第6クラスター・ポンプ・ステーション(CPS-6)がフル稼働し、「生産を一時停止していた18坑の生産井を再開させた」と発表した。BPは、この水圧入により日量6万3000バレルの原油生産量が増加したと公表している。ただしそれでも自然減退率(BPは年率17%とみている)を補う程度の効果しかないという。また生産能力を維持するには、毎年日量25万バレルの新規生産量を追加する必要がある。ルメイラ油田の開発では、貯留層の圧力を維持するために日量150万バレルもの大量の水を圧入しており、水圧入量が原油生産量を上回っているのが現状だ。こうした状況からも、従来の日量210万バレルという数字がいかに達成困難であったかが分かる。
[1] 2021.11 IEA OMR
2. ルメイラ油田を巡る新たな動き
さて、アブドルジャッバール石油相は、10月に開催されたエネルギー・インテリジェンス・フォーラムにおいて、イラク政府はすべての国際パートナーと契約に定められたプラトー生産目標(PPT)の見直しについて「新たな議論」を行っていると述べた。もちろんこれは、先述の日量800万バレルという生産目標の達成を見据えての議論ということになる。
世界でカーボンニュートラルの動きが強まり、石油開発事業の将来が不透明になる中で、IOC各社はポートフォリオの見直しを行った結果、イラクでの事業を見直そうとしている。各社は中東産原油を求める中国企業への権益売却を検討している模様であり、BPもルメイラ油田からの撤退の噂が流れていた。このような動きに対しアブドルジャッバール石油相は、6月に議会で「イラクの投資環境」も同国からIOCが離れる一因だと主張し、IOCの引き留めに懸命な姿勢を見せていた。
こうした背景の下で「新たな議論」が行われ、今回、ルメイラ油田のPPT引き下げ話が出てきたわけだ。イラク政府は、今やイラクでの石油開発にはあまり積極的ではないともいわれるIOCと、はたしてどのように折り合いをつけたのだろうか。
今回のルメイラ油田の新たなPPT(日量170万バレル)は、11月24日に行われた新会社Basra Energy Company Limited(BECL)の設立総会で発表されて明らかになった。イラク政府は今年8月に同社の設立を承認した。BECLは、BPとCNPCによるJVで、これまでの操業会社ROOとは異なり法人格を有する。詳細は明らかにされていないが、関連する承認や許認可の取得を条件に、今後はBECLが開発資金の調達を含めてルメイラ油田の操業管理を行うことになるという。BPが保有する47.63%のルメイラ油田の権益はBECLが持つことになり、BPはイラクでの事業を本体から切り離す(=スピンオフ)考えだ。BPはBECLが独自に外部資金を調達できる「独立企業体」になることを確認している。BPはアンゴラやアルジェリアでもEniとJV設立に向けた動きを進めており、同社ならびに特に欧州系メジャーズが、再生可能エネルギーにシフトするための手段-エネルギートランジションを見据えた新たなスタイルとして石油・ガスプロジェクトのスピンオフ・JV化を進めるのではないかと注目されている。ルメイラ油田で生産される原油は炭素強度が比較的高く、昨年、同油田では約45億立方メートルの随伴ガスがフレアされた。BECLの設立は、ルメイラ油田のような炭素強度の高いプロジェクトの資金調達コストが上昇する中で、JV会社の二酸化炭素排出量等、環境負荷を親会社(本体)に連結せずに済む可能性もあり、BPの温暖化対策対応の観点からも有効と考えられている。
BPは低炭素戦略の一環として、10年以内に石油・ガスの生産量を40%削減することを公約として掲げる。これを考慮すると、技術面・資金面での難しさを別にしても、引き下げ後のPPTは従来の目標よりもはるかに現実的な目標といえるだろう。BPは、イラク側との「新たな議論」の結果、(1)独立企業体を設立し本体からはスピンオフする、(2)PPTも引き下げることとして、イラク残留を選択できる妥協点に至ったと考えられるのではないだろうか。現在、BPのウェブサイト上では、BECLの設立により、2034年に期限を迎える既存の技術サービス契約の期間中、最適な投資を継続することが可能となる旨謳っている。[2]イラクとしても長期投資の見通しを得られたことは一つの安心材料といえるだろう。
[2] BP Iraq https://www.bp.com/en/global/corporate/what-we-do/bp-worldwide/bp-in-iraq.html
3. 今後の可能性
今回のルメイラ油田でみられたような新たな動きは、今後、他の油田開発プロジェクトにも波及する可能性はあるのだろうか。今後の展開が注目される油田開発プロジェクトとして以下の3つが挙げられる。
(1) 西クルナ1油田開発プロジェクト
西クルナ1油田(日量50万バレル)では、オペレーターを務めるExxonMobilが同油田の権益持ち分のうち12.7%を既存パートナーであるCNPCに、残りの20%をCNOOCに売却し、2021年6月までにはクルディスタン地域を除くイラクから完全撤退する方針であった。しかしこの売却取引が、技術サービス契約(TSC)の第28条が課す権利譲渡の制限に抵触するとして権益売却は認められず、現在ExxonMobilは国際商工会議所に仲裁を申し立てている。
一方、同じ条項が今回新会社を設立したBPとCNPCに対しては免除が認められているとされ、 ExxonMobilにも適用される可能性もあるのではないか。
(2) 西クルナ2油田開発プロジェクト
西クルナ2油田(日量40万バレル)では、Lukoilがオペレーターを務めており、2027年までに日量80万バレルのPPTを目指している。ただし生産量倍増に向けた最終投資決定はまだなされておらず、8月に同社は、PPT到達時期を2030年に後ろ倒しする旨発言した。低い対価しか得られない契約条件が今後の投資の大きな障害といわれているが、Lukoilとイラク政府が新たな契約条件と開発計画(予備提案)について合意に至ったかどうかは明らかではない。なお、Lukoilも今年初めに西クルナ2油田権益の中国企業への売却を示唆したことがあったが、現在は撤回している。
西クルナ2の開発もイラクが今後6年間で日量800万バレルへの生産能力拡大を目指す上で重要な役割を果たす見通しである。
(3) ディカール県における油田開発プロジェクト
2021年11月9日の閣議においてイラク政府は、イラク国営石油会社(INOC)に対し、ディカール県の油田開発についてChevronとの直接交渉を進めることを承認した。同日付で石油省は、ディカール県の生産能力を今後7年以内(2028年まで)に日量60万バレルまで増強する方針を発表し、同時にChevronとの交渉についても明らかにした。ディカール県ではこれまで6つの油田が発見されており、そのうちPetronasが操業するガラフ油田(日量10万バレル)、Dhi Qar Oil Co.が操業するナシリヤ油田(日量9万バレル)およびDhi Qar Oil Co.が操業するサブバ油田(日量3万バレル)の3つが生産中である。
石油省によれば、Chevronとの交渉はディカール県の4つの探鉱鉱区に焦点を当てているとされ、さらにはナシリヤ油田の追加開発についても交渉する考えであるという。またガス開発および太陽光発電のプロジェクトを組み合わせる可能性にも示唆した。イラク政府関係者の話として、「9月に正式調印に至ったTotalEnergiesとの石油・ガス・太陽光発電に関する計4本の大規模統合エネルギー取引に似たモデルで交渉が行われている」といった声も聞かれており、それがChevronとの交渉を示唆している可能性は高いだろう。
一方のChevronは、この取引に関して一切コメントはしていない。Chevronは以前よりイラクへの参入を検討しているとされており、南部油田開発への参入を視野に入れて国営企業(Basra Oil Co.、Dhi Qar Oil Co.)とMoUを締結済みである。上述の西クルナ1油田権益に関して、「イラク政府はExxonMobilの代わりにChevronの誘致を希望していた」と報じられたこともあった。しかしながら、西クルナ1に関しては、Chevronにとって契約条件が不十分でイラク政府の申し出は受け入れられなかったものとみられる。
いずれにせよイラクでは10月10日に国民議会選挙が行われたばかりである。11月30日に発表された最終結果では、イスラム教シーア派指導者サドル師率いるサドル派が定数329議席のうち73議席を獲得して最大勢力の座を維持し、他のシーア派政党を大きく引き離した。サドル師は反米強硬派だがイランとは一定の距離を置いてきた人物である。一方で、親イラン系民兵組織を母体に持つファタハ連合は従来の48議席からわずか17議席と大幅減が確定した。民兵組織は集計が「不正操作された」として結果を認めず、反発を強めている。組閣にはまだ当分時間がかかるとみられ、油田開発プロジェクトに関するIOC等との交渉についても本格的な動きが出てくるのは新政権樹立後になると考えられる。
9月のTotalEnergiesや今回のBPのように、世界的なカーボンニュートラルの潮流の中でイラクにおいても新たな動きが出始めているのか、これを機にIOCの間で評判の悪かったイラクの契約条件がいよいよ変わっていくのか、注視していきたい。
以上
(この報告は2021年12月14日時点のものです)