ページ番号1009282 更新日 令和4年3月1日
カナダ連邦政府、Trans Mountainパイプライン拡張プロジェクトへの追加資金投資を行わないと表明、プロジェクトの進行は事実上停止
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概要
アルバータ州Edmontonからブリティッシュコロンビア州Burnabyまで原油を輸送するTrans Mountainパイプラインの輸送能力を日量30万バレルから日量89万バレルに拡張するTrans Mountain拡張(TMX)プロジェクトは、投資額が70%増の214億カナダドルまで上昇し、完成時期も2023年第3四半期以降に半年強遅延することとなった。さらに、連邦政府からの公的資金の追加投資がないことも明らかにされ、資金を確保できるまで、同プロジェクトの進行は事実上、停止することになるという。
2021年10月にLine 3修繕・拡張プロジェクトが完成したばかりで、たとえTMXプロジェクトが中止されることになったとしても、当面はカナダ西部の継続的な原油生産増をカバーできる可能性が高く、短期的な原油生産への影響は軽微であると見られている。しかし、2023年第4四半期ごろには生産量増加により、鉄道による原油輸送が増加する可能性があり、さらに、長期的には、原油生産に影響が生じる可能性が高いと見る向きが多い。
(Platts Oilgram News、Rystad Energy、NorthAmOil他)
Trans Mountainパイプラインを運営する政府系企業Trans Mountain Corporation(TMC)は2022年2月18日、Trans Mountain拡張(TMX)プロジェクトについて大幅なコスト超過と遅延を発表した。TMXプロジェクトの投資額は、2017年の最終投資決定時には74億カナダドル、2020年2月には126億カナダドルと見積もられていたが、2022年2月時点では214億カナダドルまで上昇しているという。投資額増加の背景として、プロジェクトの拡張や変更、スケジュールの遅延、安全・セキュリティ要件、資金調達費用、新型コロナウイルス感染拡大により生じた課題の他、2021年11月にブリティッシュコロンビア州Hope、Coquihalla、Fraser Valleyで発生した洪水の影響等を挙げている。また、2022年末から2023年初めとされていたTMXプロジェクト完成の時期は、早くても2023年第3四半期になるという。TMCの社長兼CEOであるIan Anderson氏は、「世界的なパンデミック、山火事、洪水などの予期せぬ課題に直面したことを考えると、この2年間の進捗は目覚ましいものがある。発生した課題に対して解決策を見出し、その結果、安全性と環境管理を大幅に改善してプロジェクトを前進させることができた」と語った。
しかし、その後、Chrystia Freeland財務大臣が、連邦政府は同プロジェクトに公的資金を追加支出しないことを発表、今後は債権市場や金融機関から必要な資金を確保するようにTMCに指示した。これにより、第三者からの資金を確保できるまで、TMXプロジェクトの進行は事実上、停止することになるという。
Trans Mountainパイプライン拡張プロジェクトは、1953年にアルバータ州Edmontonとブリティッシュコロンビア州Burnaby間に建設された全長1,150キロメートル、口径24~36インチ、輸送能力が日量30万バレルのTrans Mountainパイプラインに、全長994キロメートル、口径36インチの新たなパイプラインを並走させるとともに、既存のパイプラインの輸送能力を拡張することで、輸送能力を日量89万バレルまで増強するという計画だ。既存のTrans Mountainパイプラインは原油と石油製品をブリティッシュコロンビア州や米国ワシントン州に輸送しているが、TMXプロジェクトが完成すれば、既存パイプラインは石油製品と軽質原油を、新規パイプラインは重質原油を輸送することになるとされていた。

出所:CAPP, 2016 Crude Oil Forecast, Markets and Transportation
Trans Mountainパイプラインを所有していたKinder Morganは、Alberta州のオイルサンドの生産増に対応して、2012年にTMXプロジェクトの計画を発表した。2016年11月29日に連邦政府が同プロジェクトを承認、これを受けてKinder Morganは2017年5月30日に最終投資決定を行った。そして、同年9月から建設が開始される計画であったが、ブリティッシュコロンビア州、Vancouver市、Burnaby市、環境保護団体、先住民等の反対を受けて同プロジェクトは遅延した。そこで、Kinder Morganは、Trans MountainパイプラインおよびTMXプロジェクトを45億カナダドルで連邦政府に売却することとした。連邦政府は、Kinder Morganから2018年5月31日までにブリティッシュコロンビア州政府により命じられていた工事中止の問題を解決するよう求められており、その対応策として、同パイプラインと拡張プロジェクトの買収を決定したという。Kinder Morganと連邦政府が合意に達したことで、Trans Mountainパイプラインの保有者は連邦政府となっていた。そして、連邦政府によると、TMXプロジェクトの建設は現在、50%完了したところであるという。
以前より、カナダの原油生産量の90%以上を生産するカナダ西部からカナダ東部や米国等に原油を輸送するパイプラインの輸送能力不足が懸念されており、2010年代半ばには、TMXプロジェクトを含めてパイプラインの輸送能力を増強する大規模な計画が5件存在していた。しかし、アルバータ州Bruderheimからブリティッシュコロンビア州Kitimatに原油を輸送することを想定しEnbridgeが計画していたNorthern Gatewayパイプラインについては、2016年7月に連邦裁判所が、先住民団体との十分な協議を怠ったとの理由で建設許可を取り消し、連邦政府も同年11月29日に同パイプラインの建設を承認せず、同プロジェクトの申請を退けるよう国家エネルギー委員会(National Energy Board:NEB、2019年にカナダエネルギー規制当局(Canada Energy Regulator:CER)に改称)に命じ、同プロジェクトは終結を余儀なくされた。また、アルバータ州Hardistyとニューブランズウィック州Saint John間、全長3,000キロメートルのMainline天然ガスパイプラインを石油パイプラインに転用するとともに、Montrealからニューブラウンズウィック州まで1,400キロメートルのパイプラインを追加で敷設するという計画、Energy Eastパイプラインは、2017年10月5日に、事業主であるTransCanadaがNEBに対して、事業環境が変化したことを理由に計画を中止すると伝えた。このように、Northern GatewayパイプラインやEnergy Eastパイプラインの計画が頓挫する中、連邦政府はTrans MountainパイプラインとTMXプロジェクトを買い取り、TMXプロジェクトを救おうとしたとも考えられる。
その後、米国バイデン大統領が2021年1月20日、大統領就任直後に、Keystone XLパイプラインプロジェクトの建設認可を取り消し、同年6月9日には、事業主であるTC Energyが同プロジェクトを終了させることを確認した。Keystone XLパイプラインプロジェクトは、アルバータ州Hardistyと米国ネブラスカ州Steel City間、全長 1,947 キロメートルに口径36インチ、輸送能力、日量83万バレルのパイプラインを敷設する計画である。米国との国境をまたぐパイプラインであるため、米国政府の承認が必要とされていたところ、2017年にトランプ大統領(当時)がこれを承認し、2023年の稼働開始が予定されていた。
一方で、EnbridgeのLine 3修繕・拡張プロジェクトは2021年9月末に完工し、10月1日から操業を開始している。Mainlineパイプラインの一部であるLine 3は、アルバータ州Hardistyと米国ウィスコンシン州Superior間、全長1,659km、口径34インチ、輸送能力、日量76万バレルの原油パイプラインだが、1968年に敷設されており、老朽化のため輸送能力が日量39万バレルまで低下していた。そこで、これを修繕・拡張(ルートのほとんどの部分で、口径36インチのパイプラインを導入)し、輸送能力を当初の日量76万バレルまで回復させたのである。
Line 3修繕・拡張プロジェクト完成に加え、オイルサンド生産量が日量350万バレルと過去最高を記録したこと、米国ルイジアナ州とイリノイ州間のパイプライン、Caplineを逆流させたこと、COVID-19感染拡大からの需要回復、ベネズエラの原油生産量減少等により、米国メキシコ湾岸へのカナダ原油供給量、さらには、メキシコ湾岸からのカナダ原油輸出量が増加しているとの報道が2022年1月から2月に多くなされた。米国メキシコ湾岸からのカナダ原油輸出は、2019年、2020年の日量、約7万バレルから、2021年は日量18万バレルに増加、特に2021年12月には過去最高の日量約30万バレルに達したという。カナダ西部で原油生産を行うMEG Energy、Cenovus Energy、Suncor Energyなどがこの恩恵を受け、原油輸出量を増やしたという。また、原油の輸出先は主にインド、中国、韓国であったという[1]。そして、カナダ西部から原油を輸送するパイプラインの輸送能力を増強する大規模なプロジェクトの最後の一つとなったTMXプロジェクトが完成すれば、アジア市場へのより直接的なルートが確保され、アジア向けの輸出量がさらに増加すると見られていた。
しかし、TMXプロジェクトに関しては、2017年半ばには、環境保護団体や先住民族団体が、TMCの有力融資先を含む28の大手銀行に対し、同プロジェクトとの関係を断つよう要請している。また、2020年には、それまで同プロジェクトを支援していた保険会社3社が支援を取りやめている。このような状況下、温室効果ガス排出量の多いオイルサンド生産と密接に関連する同プロジェクトに対して、銀行が債務引き受けや追加融資を行うか否かは明らかではない。
Line 3修繕・拡張プロジェクトが完成し、パイプラインの輸送能力が日量37万バレル増加してから日が浅く、たとえTMXプロジェクトが中止されることになったとしても、当面はLine 3修繕・拡張プロジェクトで増加した輸送能力により、カナダ西部の継続的な原油生産増をカバーできる可能性が高く、短期的には原油生産への影響は軽微であると見られている。しかし、2023年第4四半期ごろには生産量増加により、鉄道による原油輸送が増加する可能性があるという。さらに、長期的には、Rystad Energyが、2026年までにはカナダ西部からの原油供給量が輸送能力を上回る可能性があり、2030年に向けて輸送能力の不足が顕著になるとする等、原油生産に影響が生じる可能性が高いと見る向きが多い。
[1] NorthAmOil,2022/2/10
以上
(この報告は2022年2月28日時点のものです)