ページ番号1009327 更新日 令和4年5月17日
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概要
- 侵攻直後からロシアは国際社会から厳しい批判に晒され、その非難の矛先はロシアの財政の要であり外貨獲得の手段であるエネルギー輸出に向かってきた。2月末から3月初旬にかけて、米英加豪州4カ国がエネルギーの一部禁輸(米豪は全てのエネルギーを対象)を決定し、さらに英加がロシア船籍・ロシア人が管理する船舶の港湾利用禁止という事実上の禁輸政策を打ち出すに当たって(EUも4月に追随)、市場にロシア産原油・石油製品・天然ガスを敬遠する動きが加速し始めている。
- ロシアからの原油輸出フローが2月24日の侵攻から約1週間で少なくとも3分の1、日量約250万バレル減少。但し、原油輸出の内、ドルージュバ等の主要パイプラインによって輸送された日量180万バレル(欧州向け100万バレル+中国向け80万バレル)は影響を受けておらず、海上輸送原油(主にバルト海、黒海、ロシア極東のコジミノ港を経由して出荷される原油)が買い手を見つけられない状態に。ロシア産原油の場合、スポットで販売する場合には、実際の引き渡しの約1カ月前にロシア石油会社がビット(入札)を実施する。2月24日のウクライナ侵攻と3月8日の米英による石油禁輸措置発動以降の原油供給への影響が目に見えて顕在化するのは3月下旬から4月上旬となるが、既に直後から買い控えが加速していたことを示している。3月17日から23日までの1週間を抽出したロシア産原油輸出量は前週から26.4%減少、日量約363万バレルに。
- しかし、4月に入り、3月のロシア産原油輸出量の結果は減少想定を裏切るものだった。下旬から急速に買いが入った結果、月間全体では2月より3.5%増加したと考えられている。増加は西欧に向かう5%増加に支えられており、ウクライナ侵攻による敬遠や欧米諸国の禁輸とは真逆の様相を呈している。
- ウクライナ侵攻から3月下旬まで市場で買い控えられてきたロシア原油が、3月下旬から盛り返してきた最も大きな理由はロシア石油会社による大幅な値下げにあると考えられる。欧州市場の原油指標価格である北海ブレント原油に歴史的にリンクしてきたロシア産ウラル原油(ウラルブレンド)は、ロシアによるウクライナ侵攻を起点に、ブレント価格と乖離を始め、その差は日を追うごとに拡大し、現在40ドルまで広がっている。世界の需要者が100ドルを超える高油価に苦しむ中、ディスカウントされたロシア産原油を調達する一部のバイヤーに濡れ手で粟の状況が生まれている。
- インド向けウラル原油の輸出は3月に急速に伸びている(原油約600万バレルが5回に分けて出荷)。東方向けの原油価格指標であるESPOブレンドもドバイ原油に対して20ドル程度ディスカウントされており、今後太平洋市場でもバイヤーが調達に向かう可能性もある。SinopecやPetroChinaはロシアからの追加のLNG購入を慎重に検討しており、スポット取引で大幅に値引きされた水準での購入に向け供給側と協議している模様。
- 欧州委員会は「年末までにロシア産天然ガスに対する欧州需要を3分の2削減」し、「2030年以前にロシア産化石燃料への依存をゼロにする」政策コミュニケを発表。3月25日には米国からのLNGの追加輸入(年末までに15BCM)と「2027年までのロシアの化石燃料への依存脱却」と期限を前倒しした欧米共同声明を発表。既に事態は、欧州及びロシアがこれまで築いてきた安定的なエネルギー需給関係に対して、ウクライナ危機が終息したとしても拭い切れない傷跡を残しつつある。それは欧州のロシア産エネルギー依存の脱却とロシアの欧州市場代替としての東方シフトの更なる加速というベクトルに進んで行くだろう。
- 4月8日に発動されたEU制裁第5パッケージにはLNG関連製品が含まれている。このLNG製品の対露禁輸措置は世界の天然ガス市場に大きな影響を及ぼす可能性がある。ドイツLindeの技術を採用しているアルクチク(Arctic)LNG-2及びバルト海ウスチ・ルーガLNG(バルチックLNG)プロジェクトが対象となる結果、年間約2,600万トンの拡張(上記両プロジェクト)の稼働時期が不透明となっている。アルクチクLNG-2については、第一トレインのみが稼働するという前提でも2025年から2026年にかけて、世界のLNG需給が逼迫する見通し。
- ロシア産エネルギーの禁輸という側面で見た場合、原油と天然ガスでは事情が全く異なるということにも留意が必要である。それは(1)供給余力、(2)輸送インフラ、(3)ロシアの生産地域の特徴という3つの違いに起因している。特に生産地域の特徴として、ロシアは原油については東西がパイプラインで接続されている一方、天然ガスは東西がパイプラインで結ばれておらず、欧州向けの天然ガスは西シベリア・ガス田から、中国向けの天然ガスは東シベリア・ガス田と異なる生産地域から輸送されている。欧州市場代替を中国に見出すには、ロシアにとって東西シベリアを結ぶパイプラインの建設が喫緊の課題となる。
- 東方シフトをさらに加速するロシアはその帰結として「シベリアの力2」建設等に向けて動き出そうとしている。プーチン大統領は政府に対し6月1日までに新規原油パイプライン及び天然ガスパイプラインの建設計画提出を指示している。
- 問題はこれらプロジェクトに多大な建設コストがかかることはもちろんのこと、供給源多様化に成功している中国が「シベリアの力」同様に新規ガス供給を買い叩く可能性、そして、最大の問題は中国にそれだけの市場があるのかどうかということである。
- 現在の欧州の年間需要である155BCM(パイプライン+LNG)を今後天然ガス需要増加が見込まれる中国及びインドについて、既存分はそのままに、追加需要分を対象として検討すると、欧州制裁によってLNG輸送が前提となるインドは除外されることになる。それでもインドのLNG輸入見込みは全量で43BCM(2030年)に過ぎない。パイプラインで輸出できる中国は2030年時点で外国から輸入するパイプラインガス契約(35BCM)を全て確保したとしても、現在の欧州への輸出量の23%程度にしかならない。
1. はじめに
ロシアによるウクライナ侵攻によってまず懸念されたのは、ウクライナ国内の石油天然ガス輸送インフラの破壊による欧州諸国向けフローの途絶であった。侵攻直後の2月26日にはウクライナ当局の発表として、ロシア軍がウクライナ北東部ハリコフ(ハルキウ)の天然ガスパイプラインを爆破したと報じているが、侵攻から2カ月弱、欧州向け天然ガスも石油(原油・石油製品)も途絶という状況に陥る事態には発展していない。その背景には戦時下であってもエネルギーが必要という需要者・欧州と高油ガス価を享受し外貨を獲得したい供給者・ロシア、そしてトランジット料をロシアから受け取るウクライナという経済的構図もある。
そのような構図があろうと、戦火が拡大し、戦場になる東部紛争地域の天然ガスパイプラインが停止する可能性は依然高いのも事実である。ウクライナ経由欧州向け輸送量は契約上年間40BCMまで低下しているが、他のルートで迂回するとしても、欧州需要地の位置関係とパイプライン設計容量の限界によって、その半分程度しか代替することはできない。原油パイプラインについては東部地域を通らず、ベラルーシからウクライナ西部を抜けて、スロヴァキア及びハンガリーにぬけるものがメインとなっており、輸送容量も日量24~25万バレル程度であることから、もし途絶したとしても海上輸送による代替で補うことができる規模と言えるだろう。
他方、侵攻直後からロシアは国際社会から厳しい批判に晒され、その避難の矛先はロシアの財政の要であり、外貨獲得の手段であるエネルギー輸出に向かってきた。さらにこれまでにない規模での欧米制裁の発動は、当初は金融分野をターゲットとする経済制裁だったが、2月末から3月初旬にかけて、米英加豪州4カ国がエネルギーの一部禁輸(米豪は全てのエネルギーを対象)を決定し、さらに英加がロシア船籍・ロシア人が管理する船舶の港湾利用禁止という事実上の禁輸政策を打ち出すに当たって、市場にロシア産原油・石油製品・天然ガスを敬遠する動きが加速し始めている。加・米・英は産油国でもあり、代替供給源を既に持っているという特徴で共通している一方、市場にはロシア産エネルギー商品はいつ禁輸となり、差し押さえられてもおかしくないという認識が広まりつつある。さらに、欧州にとって過去半世紀に亘って信用あるエネルギー供給者であったロシアの今回の暴挙に対し、欧州委員会が3月8日、「年末までにロシア産天然ガスに対する欧州需要を3分の2削減」し、「2030年以前にロシア産天然ガスへの依存をゼロにする」政策コミュニケを発表。同25日には米国からのLNGの追加輸入(年末までに15BCM)と「2027年までにロシアの化石燃料への依存脱却」へ期限を前倒しした欧米共同声明の発表に至った。
既に事態は、欧州及びロシアがこれまで築いてきた安定的なエネルギー需給関係に対して、ウクライナ危機が終息したとしても拭い切れない傷跡を残しつつある。それは欧州のロシア産エネルギー依存の脱却とロシアの欧州市場代替としての東方シフトの更なる加速というベクトルに進んで行くだろう。本稿ではこの2カ月にどのような事象があったのかトレースし、既に影響が出ているロシア産石油天然ガスの流れにどのような変化が見られているのか、欧州とロシアが向かうベクトルの先にどのような問題が待ち構えているのか分析する。

出典:各国政府公開情報・報道情報よりJOGMEC取り纏め
2. 米英加豪による禁輸制裁の発動の経緯
(1) ロシア船籍等船舶の港湾利用禁止措置の発動
2月27日にEUが主導した空域封鎖が拡大し、英国が3月1日に、カナダが翌2日に大規模物流に影響を及ぼす港湾利用禁止措置を発動した。この時点まで、エネルギー分野では石油精製分野でのロシアへの製品・技術禁輸しか制裁が発動されていなかったのが、この英加の制裁発動によって、ロシア船籍・ロシア人が保有する原油・石油製品・LNGを輸送するタンカーの入港が両国でできなくなった。この措置の影響は二カ国だけに留まるものではない。その範囲はレピュテーション・リスクを懸念する者により拡大し、海運市場で所有者・管理者に拘わらず、ロシア産物品を運ぶこと自体がリスク視され、ロシア産原油・石油製品・LNGの実質的な禁輸措置に発展していく可能性があるからである。キエフ(キーウ)近郊のブチャ虐殺等を受け、4月5日には欧州委員会も6つの柱から成る第5制裁パッケージを発表し、ロシア船籍とロシア人が運航する船舶の欧州域内港湾へのアクセスを禁止した。但し、欧州委員会は例外として農産物、食品、人道援助及びエネルギーの各輸送を挙げている。しかしながら、港湾サイドでは、ウクライナ戦争が続く限り、いつかその例外が外され、対象が拡大するのではないかという不安を抱えることになり、例外物品であってもロシア人やロシア産品を輸送する船舶について敬遠する効果をもたらしていくことになると考えられる。
(2) エネルギーを対象とする禁輸措置の発動
「金融の核爆弾」とも比喩されるSWIFT排除に関する欧米の共同声明から僅か一週間余りの間で、カナダ(2月28日)、米国・英国(3月8日)がエネルギーに関する禁輸措置を遂に発表した。欧州委員会でも検討が始まったが、エネルギー禁輸制裁は加盟国のエネルギーミックスの多様性による調整の難しさもあり、最終的に共同コミュニケ(3月8日)として、「ロシア産化石燃料の依存低減を目指す」という、加盟国に対する欧州委員会からのガイドラインという形に留まっている。3月11日には豪州がロシア産石油、精製石油製品、天然ガス、石炭及びその他のエネルギー製品と最も範囲の広い禁輸対象を発表した。
国・地域 | 内容 | ロシア依存度 | 方法 |
---|---|---|---|
カナダ | 原油(crude oil) (注)当初原油だった。 |
原油・石油製品:0% | 自国生産 |
米国 | 原油、石油、石油燃料、油及びそれらの蒸留製品、LNG、石炭及び石炭製品 | 原油:3.3% 石油製品:20.1% LNG:0% |
代替供給源模索。 (ベネズエラ制裁解除か) |
英国 | 石油(oil/石油製品を含む) | 石油:8% | 代替供給源模索。 |
豪州 | 石油、精製石油製品、天然ガス、石炭及びその他のエネルギー製品の禁輸 | 依存度:0% | 自国生産 |
EU 括弧内:拡大欧州の数字 |
ロシア産化石燃料への依存からの脱却(共同コミュニケ) | 原油:28.2%(53.5%) 天然ガス:32.9%(75.5%) |
代替供給源・燃料ミックスを模索。 |
出典:公開情報よりJOGMEC取り纏め
表1の通り、カナダ、米国、英国、豪州とも産油ガス国であるという特徴がある。欧州も域内に生産油ガス田を持っているが、既に減退中であり、その事情の違いも各国の制裁内容の相違に表れている。
ブチャ虐殺はG7の対露結束を強化し、4月7日にベルリンで開催された首脳サミットにて共同声明発出に至った(図1/第八波)。7つの優先事項が掲げられ、ロシア産石炭がターゲットとなり、各国が段階的廃止や禁輸を行っていくことが謳われた。また、ロシア産エネルギーについてもその依存を減らすべく各国が方策を練り、特に石油について加速していくことが発表され、踏み込んだ内容となった。他方、ロシア産石油天然ガスというロシアに打撃を与える「本丸」についてはその彼我への影響に鑑み慎重となったと推察される一方、石炭の次の制裁の可能性として温存しながら、徐々にロシア産依存を下げるという方向性を堅持したことが特筆される。
参考 ブチャ虐殺を受けたG7首脳声明の骨子(4月7日/ベルリン)
- エネルギー部門を含むロシア経済の主要部門への新規投資を禁止。
- 高度技術物品や特定サービスの貿易輸出禁止を拡大。ロシアの収益に結び付く輸入制限強化。
- ロシア銀行の国際金融システムからの孤立化を維持。
- ロシア経済の主要な推進力を構成する国有企業をターゲットとした圧力を拡大。
- ロシア国民の資源を浪費するエリートとその家族に対する制裁継続と強化。
- ロシア軍事産業に対する追加の制裁の発動。
- ロシア産石炭輸入の段階的廃止や禁輸を含む、ロシア産エネルギー依存を減らす計画を促進。
ロシア産石油(oil)への依存を減らすための作業を加速。
しかし、戦争開始から一月半余り、当事者であるウクライナには欧米諸国の対露対応に対して不満も募っている。ゼレンスキー大統領は9日、ロシアに外貨が流れ込むことを防ぐための「痛みを伴う」制裁を行う必要があるとして、ロシア産石油天然ガスを対象に制裁を科すべきだと欧米諸国に訴えた。特に石油について「ロシアにとって、自分たちが処罰を受けないという自信になっている」と指摘し、「石油の禁輸は最初のステップとして行うべきだ」と強調し、「ウクライナには待っている時間はない」として、欧米諸国などに迅速な対応を求めている。

出典:ロシア貿易統計及びBP統計からJOGMEC作成
注:「欧州」にはEU加盟国の他、バルカン諸国等も含んでいる値。
図2の通り、ロシア産原油では欧州全域への輸出シェアは54%、天然ガスでは同76%、石炭では41%に上る。輸出シェアが相対的に少ない石炭がまず挙がった理由のひとつがこの割合にも見て取ることができる。また、ロシアはサウジ及び米国に並ぶ世界最大級の原油生産量と世界最大の埋蔵量を誇る天然ガス(生産量は米国に次いで第二位)を有し、G7の内、ドイツ、フランス、イタリアという三カ国と原油天然ガスパイプラインという安定した固定インフラで結ばれてしまっている。石炭は生産量ではロシアは世界第6位であり、代替供給国の選択肢の多さ、固定インフラ(鉄道・海上輸送)も原油天然ガスに比べ、段階的廃止における影響が少ないと判断されたと推察される。なお、日本のロシア産原油、天然ガス、石炭及び主要鉱物の依存度については巻末参考1にまとめたので併せて参考されたい。
3. ロシア産原油・天然ガスを敬遠する動き
2.で述べたように、ロシア産石油天然ガスの禁輸に踏み込んだのは米英加豪であり、域内の港湾利用禁止措置を発動したのは英加欧州だけであるが、その影響は風評効果となって市場にも現れている。
2月末のコメルサント紙は、ウクライナへの軍事進攻を受けて対露制裁の強化の可能性が高まる中、ロシアの石油会社は石油販売にあたり大きな困難に直面していることを既に報道している。複数の石油トレーダーが侵攻から一週間も経たない内にロシア産原油の買い付け量を減少させており、欧米のSWIFTシステム排除措置の意向表明が、混乱に拍車をかけていると報じた。その他、船主達もロシアの港に寄港するタンカーのチャーター料を数倍に引き上げていることやロシア産石油の輸送用に船を貸し出すことを恐れる船主も出現していること、特に欧米の銀行が原油取引に必要な信用状(LC)交付をはじめとするサービスの供与を躊躇し始めていることを明らかにしている。その結果、欧州市場でのロシア産ウラル原油と北海ブレント原油との間の価格差が広がりつつあることが指摘されている。これは5.にて後述するが、買主が現れないロシアの石油会社がディスカウントせざるを得ない状況が既に2月末に顕在化していたことを示している。
また、3月初旬には、ロシアからの原油輸出フローがこれら金融制裁と海運制裁の結果として、ロシアは通常では原油日量470万バレルと石油製品280万バレルを輸出しているとされているが、侵攻から約1週間で少なくともその3分の1、日量約250万バレルが減少した模様である。原油同約150万バレル、石油製品同100万バレルの買い手が付かず、事実上市場供給が減少したことが報じられている。但し、原油輸出の内、ドルージュバ等の主要パイプラインによって輸送された日量180万バレル(欧州向け100万バレル+中国向け80万バレル)はその時点では影響を受けておらず、現時点でも減少したという情報は見られない。海上輸送原油(主にバルト海、黒海、ロシア極東のコジミノ港を経由して出荷される原油)が買い手を見つけるのに苦労しており、石油トレーダーは制裁に違反しないよう、またロシアのウクライナ侵攻が広く非難されているという事実からロシア産原油を取り扱うことでの信用失墜を警戒し、ロシアの石油を避け始めていた。
ロシア政府・ノヴァク副首相も3月10日にこの買い手が見つからない問題について初めて認め、「3月分は全量につき契約が締結済みだが、問題が生じているのは4月分の契約である。3月8日に米国がロシア産石油の禁輸を発動したことから、問題はさらに深刻化する可能性がある」と述べている。また、実際にメジャーも含む大手石油商社がロシア産石油の新規契約を拒否することを発表し始めたタイミングとも重なる。ロシア産原油の場合、例えば、スポットで販売する場合には、実際の引き渡しの約1カ月前にロシア石油会社がビット(入札)を実施する。2月24日のウクライナ侵攻と3月8日の米英による石油禁輸措置発動以降の原油供給に影響が目に見えて顕在化するのは3月下旬から4月上旬となるが、既に直後から買い控えが加速していたことを示している。3月17日から23日までの1週間を抽出したロシア産原油輸出量は前週から26.4%減少、日量約363万バレルとなったと言われている。
しかし、4月に入り、3月のロシア産原油輸出量の結果は想定を裏切るものだった。下旬から急速に買いが入った結果、月間全体では2月より3.5%増加したと考えられている。増加は西欧に向かう5%増加に支えられており、ウクライナ侵攻による敬遠や欧米諸国の禁輸とは真逆の様相を呈していることが判明した。特にバルト海経由の海上輸出は平均9%増加(日量137万バレル)で、黒海は8%増(同43.8万バレル)、ドルージュバパイプライン経由は2.3%減少(日量80.8万バレル。ポーランドとスロヴァキア向けがそれぞれ22.2%、17.6%減少。中国向けは平均1%増加した(コジミノ港が4.6%増加、大慶支線は1%増加したが、カザフ経由が11%減少)という結果だった。

出典:Rystad Energy分析(4月8日付けUpstream Analytics)にJOGMEC加筆(赤)
図3の通り、ウクライナ侵攻から3月24日までは各港の輸出量に減少が見られるが、その後は戻り始めている傾向を見ることができる(赤矢印)。Rystad Energyはこの動きについて、3月にロシア産原油輸出は重大な問題に直面するという一般的な見方にもかかわらず、実際の積載データは、最初の3週間には当てはまったが、その後、中国とインドからの注文が増えたことに支えられ、3月24日より後に積載量が回復(第三者に船舶の位置情報が分かるトランスポンダーをオフにし、ロシア産原油輸送を隠す石油タンカーも増加)したと分析している。他方、ロシア産原油を敬遠する動きは依然強まっており、4月に原油輸出は日量100万バレル減少し、年末まで150万バレル減少すると予測している。また、原油生産量は4月に日量140万バレル減少し、5月以降、200万バレルに達する可能性があると指摘している。下旬の増加は5.で後述するロシア石油会社による値引きが功を奏した動きであるが、3月初旬の制裁発動を受けた買い控えの影響が顕在化する4月以降の見通しでは、輸出量が大きく抑制される可能性が高いと考えられている。
インド向けウラル原油の輸出は3月に急速に伸びたことも様々な意味で象徴的である。原油約600万バレルが5回に分けて出荷されたとされているが、インドの年間輸入量が日量410万バレルであり、その内、ロシア産は同10万バレル程度であることを考えると、3月だけで年間の2倍に当たる日量19万バレルものロシア産原油を買い増したということになる。
IEAも4月13日にロシア産原油について、制裁と購入見送りの影響が本格化するのは5月以降との見方を示している。4月のロシア産原油の供給減少は平均で日量150万バレル(通常の輸出量の32%減少)と想定しており、5月以降は消費国主導の自主的なロシア産原油禁輸の影響が本格化し、日量300万バレル(同64%)近くの供給が減る可能性があるとしている。但し、中国の新型コロナウイルス流行に伴う需要減少、OPECプラスによる増産、米国等IEA加盟国の戦略石油備蓄放出により、原油市場が急激に供給不足に陥ることはないとの見通しも示している。
大手石油トレーダーがロシア産原油を取り扱わない意思を示す中、ロシア産原油の取扱量シェアの大きいTrafigura、Gunvor、Glencoreについては、ロシア石油会社との間で新たな取引契約を結ぶことはなく、取引量も削減していると述べている(既存契約は維持)。また、Vitolはさらに踏み込み、ロシア産原油取引を年末までに終了することを目指し、今後数ヶ月に亘って取扱量を減らすことを計画していることを検討していることも報道された。同社は昨年10月、Rosneftと最大で日量18万バレルの原油・石油製品のオフテイク契約を締結していた。近年、Rosneftが進めようとしてきた北極圏の大規模石油開発プロジェクト「Vostok Oil」では、なかなか外資が参画表明を行わない中、大手石油トレーダーが、Rosneftとの原油取扱契約と紐づきで参画する動きが見られてきた。Trafigura(10%)に続き、VitolもシンガポールのトレーダーであるMercantile & Maritimeと5%の権益を取得しているが、ロシアのウクライナ侵攻による欧米制裁とロシア産エネルギー離れ、そして、これらトレーダー企業の動きは今後「Vostok Oil」プロジェクトの進捗にも影響を及ぼすだろう。

出典:報道情報よりJOGMEC取り纏め
4. 始まりつつあるロシア産エネルギーシェアの争奪戦
ロシア産原油がレピュテーション・リスク及び制裁回避策によって敬遠される中、ロシア石油会社は値引き攻勢で対応しており、現下の高油価もその値引きの余地を提供している模様だ。他方、現下の状況は、実は他産油国にとっては、世界供給で12%余りを占めるロシア産原油の牙城を切り崩し、供給途絶を阻止する世界協調という大義の下、高油価の恩恵を享受できる絶好のタイミングでもある。
(1) 高油価下、世界協調の名の下に市場シェア拡大を目指すか否か
米加英が原油等禁輸を発表した直後の3月9日(豪州は11日)、UAEのアルオタイバ駐米大使は現下の情勢を受けて、UAEは石油増産を望んでいると述べ、OPECに供給拡大を促す意向を示した。この発言を受けて、同日の原油価格は急落し、ウクライナ侵攻から最高値を付けていた前日のバレル当たり123.7ドルから12%下落、109.3ドルとなり、1日の下げ幅としてはここ2年近くで最大を記録した。
しかし、直後、UAEのマズルーイ・エネルギー相はOPECプラスの合意及び現行の生産調整の仕組みを守る方針を改めて表明し、火消しに回った。ロシアも参加するOPECプラスによるこれまでの生産調整によるロシアの貢献に対する評価と価格維持を優先する姿勢を示した形となった。
他方、3月14日、ブラジル政府は米国に対し、原油生産量の拡大を確約した。アルブケルケ鉱業・エネルギー相がグランホルム・米国エネルギー長官に対し、原油増産を目指すと伝えている。但し、増産規模や実施時期については明らかにしていない。
サウジアラムコは3月20日、石油天然ガスの生産能力を増強する計画を発表している。石油生産能力は現在の日量1,200万バレルから2027年までに日量1,300万バレルに拡大し、天然ガスも30年までに5割以上の増強を目指す。21年の設備投資は319億ドルで、22年は400億~500億ドルに増やすとしている。但し、この計画はウクライナ侵攻前から表明されていたものでもあり、世界情勢に対するサウジの配慮と市場鎮静化を狙った発表とも考えられる。これに先立つ3月3日、プーチン大統領はサルマン皇太子と電話で会談を行っている。両者はOPECプラス加盟国が一貫して義務を果たし、世界の石油市場の安定を確保するのに役立つことを強調しているが、ロシアが自国の市場シェアを著しく失おうとしているタイミングで、サウジアラビアに対して釘を刺す意味合いのある会談でもあった。
4月14日には、コロンビアのドゥケ大統領が、ロシアへの制裁によるエネルギー資源の空白を埋めようと奔走している西側諸国への供給サポートで中心的な役割を果たす準備ができていることを発表した。コロンビアが増産する準備が整っている分野として従来の石油天然ガスに加え、クリーンな水素や再生可能エネルギー、石炭も挙げている。但し、同国の原油天然ガス生産量は減退中であり、増産ポテンシャルは現時点では期待できる容量・レベルにはない。また、5月下旬には大統領選が予定されており、次期大統領として有力視されているペトロ候補は石油天然ガスからの脱却を掲げていることも不安定要素である。
4月19日にはジョンソン英首相とイラク・クルド人自治区のバルザニ首相がロンドンで会談し、ロシア産の石油と天然ガスへの依存度を減らす方法として、欧州へのエネルギー輸出について協議を行っている。バルザニ首相は「欧州へのエネルギー輸出の熱意を語り」、ジョンソン首相は「西側のロシアの石油と天然ガスへの依存を減らす支援をするバルザニ首相の努力を称賛した」という。
天然ガスについては、3月25日にまず米国と欧州が2022年末までに少なくとも15BCMのLNGを追加でEUに供給することに合意したことが目を引く。EUのロシア依存脱却に向けた戦略である「REPowerEU」の実現に向け、米国から更なるEU向けLNG供給拡大に取り組むことにも合意した。15BCMはロシアの欧州輸出量(175~200BCM)の1割に満たないが、いずれにしても、ロシアによるウクライナ侵攻が米国産LNGシェアの、世界での増大に繋がっていく構図を具現化するものだ。また、アルジェリアもイタリアへ地中海を縦断するTrans MEDパイプライン経由での天然ガス輸出について、2023年から従来の年間22.5BCMに加え、9BCMの追加供給に合意している。さらにナイジェリアもシルヴァ石油相が、3月25日に首都アブジャでEU政府高官と会談を行い、EU向けに天然ガスの供給を増やす意向があると表明した。ナイジェリアには隣国ニジェールやアルジェリアと共に、欧州に天然ガスを供給する「トランスサハラ・ガスパイプライン(4,128キロメートル)」を建設する計画があり、ナイジェリアとしてはEUからの投資への期待もある模様だ。
(2) ポテンシャルのある代替供給先への秋風
脱炭素が世界潮流となり、金融機関が化石燃料への投融資を規制してきた流れと逆行するように、西側諸国も代替供給先の模索を開始している。3月26日、ロシアによるウクライナ侵攻で原油の需給が逼迫する事態をにらみ、増産を直接支援して価格の安定につなげるべく、クウェートの石油増産を日米欧の金融機関が連携して支援することが発表された。日本からはメガバンク三行(みずほ銀行、三井住友銀行及び三菱UFJ銀行)が米欧の金融大手と組み、クウェート石油公社に10億ドル規模を融資する方向で調整に入ったことが報じられている。
また、バイデン米政権はロシア産原油の代替調達先として、2019年に制裁を科したベネズエラからの原油輸入再開を模索している模様である。バイデン政権高官はロシア産原油禁輸発表直前の3月5日、突然ベネズエラを訪問し、同国のマドゥロ大統領と会談したことが明らかになっている。目的はベネズエラ産原油の輸入再開を協議するためだったとされ、ホワイトハウス・サキ報道官は「訪問目的はエネルギー安全保障を含む様々な問題を協議することだった」と大筋で認めている。独裁を強めたマドゥロ政権を退陣に追い込むため、米政府はトランプ政権時代の2019年にPDVSAに制裁を発動し、ベネズエラの主要な外貨獲得手段である原油の輸出を制限していた。その結果、米国がベネズエラ産原油と似た性状のロシア産石油製品(マズート)の輸入を開始し、昨年は一時的ながら石油製品輸入シェアでロシアがカナダを抜き、米国の第一位供給者に踊り出たこともあった。他方で、低迷するベネズエラの原油生産の急速な回復は見込めないとも言われている。国民の国外脱出が相次いだことで技術者が不足し、制裁の影響で設備の老朽化に整備が追いついておらず、超重質油の希釈剤確保や輸送・貯蔵インフラの制約があるためだ。ベネズエラの原油生産量は1990年代には日量約320万バレルだったが、今年2月は日量約75.5万バレルに留まっており、即効性のある代替供給先にはなるのには大きな制限があると見られている。
5. ロシア産原油敬遠に対するロシアの苦肉の策:大幅な値下げ
(1) 広がるブレント原油とウラル原油の価格差
前述の通り、ウクライナ侵攻から3月下旬まで市場では買い控えられてきたロシア原油が、3月下旬から盛り返してきた最も大きな理由はロシア石油会社による大幅な値下げにあると考えられる。
図5及び表2の通り、欧州市場の原油指標価格である北海ブレント原油に歴史的にリンクしてきたロシア産ウラル原油(ウラルブレンド)は、2月24日のロシアによるウクライナ侵攻を起点に、ブレント価格と乖離を始め、その差は日を追うごとに拡大し、現在40ドルまで広がっている。世界の需要者が100ドルを超える高油価に苦しむ中、ディスカウントされたロシア産原油を調達する一部のバイヤーに濡れ手で粟の状況が生まれていると言えるだろう。
もちろんロシア産原油禁輸措置は表1の4カ国に限定されており、これら破格のロシア産原油を購入することは4カ国以外の企業にとっては制裁違反ではない。繰り返しになるが、買い控えが生じているのはそれら各社がロシア産原油を購入することによってレピュテーション・リスクに晒されるためである。3月5日、シェルがロシア産原油の購入を続けたことについて「釈明」する声明を出したことが記憶に新しい。4日にロシア産原油を過去最安値で購入したことが発覚し、ウクライナのクレバ外相がツイッターでシェルを名指しし、「ロシア産原油にウクライナの血の匂いを感じないのか」と批判した。これに対し、「欧州の人々が日々、必要とするガソリン等を滞りなく供給するのに必要な原油の確保だった」とシェルは弁明し、今後は可能な限り代替ソースを探し、ロシア産原油購入で得られた利益は、ウクライナ支援に回す意向を表明するに至った。

このシェルの騒動と米英加豪による禁輸措置が3月の買い控えを加速し、それに呼応して、図5の通り、ロシア石油会社も大幅な値引きを日増しに拡大していった。ロシア政府も今や値引きを表立って宣伝している。シュルギノフ・エネルギー大臣はイズベスチヤ紙に対するインタビューで、ロシア政府は「友好国」に対してどんな価格帯であれ、原油や石油製品を販売する用意があると述べている。そして、そのディスカウントの動きと広がる幅に呼応するインドを中心とするバイヤーが徐々に現れてきたのが、3月下旬の動きと考えられる。
(2) 安価なエネルギー購入を模索・優先するインド
インドはそもそも今回のロシアによるウクライナ侵攻には距離を置いてきた。3月2日の国連緊急特別会合での「ロシアに対する軍事行動の即時停止を求める決議案」採択でも棄権(他34カ国)し、3月24日の人道決議案でも棄権(他37カ国)票を投じている。欧米制裁が激化する3月中旬には、SWIFT制裁のバックフィル(抜け道)となるようなロシアと自国通貨(ルピーとルーブル)での貿易決済システムを構築する可能性について協議も行っている。インドの政府高官は「ルピーとルーブル建ての貿易には非常に前向きである。貿易の活性化のため自国通貨での決済に向けた作業を我々は行っている。インドは安い価格でロシア産石油を購入することを希望している」と明言している。また、インドは国内で必要な原油の8割を輸入に頼っている一方で、ロシアからの輸入比率は約2~3%に過ぎない。原油価格の高騰によって輸入コストを抑えられるなら、ロシアからの輸入比率を拡大する余地があることも示している。同様にインド政府高官は「ロシアは非常に安い価格で原油や他のコモディティーを売ると持ち掛けてきている。我々は喜んで応じるだろう」とも語っている。
これらを裏付ける動きが、インド向けウラル原油の輸出は3月に急速に伸びたことに繋がる(原油約600万バレルが5回に分けて出荷)。3月18日、インドのEconomic Times紙は複数の情報源から得た情報だとして、Hindustan Petroleum Corp Ltdが200万バレルのロシア産原油を購入し、Mangalore RefineryとPetrochemical Ltd(MRPL)が各100万バレルを購入した模様と報じた。同日、ロシアの在インド・アリポフ大使は「ロシアとインドの石油供給をめぐる協業は拡大されるであろう。インド政府は、ルピーとルーブル建てでの石油の売買メカニズムを構築することになっている」との発言も行っている。インドはネルー初代首相が提唱した非同盟主義を堅持しながら、パキスタンとのカシミール問題や中印国境紛争では常任理事国であるロシアの支援や中立性に期待しているという側面を持つ。ロシア製武器の最大顧客のひとつでもあり、ロシアの複数の上流生産案件にも権益を有し、ロシアとの協力関係構築を図ってきた歴史がある。燃料が急騰する中で安価な原油輸入を優先したいという判断もその背景にあるのだろう。
このようなインドの動きに対して、米国とオーストラリアは、対露制裁を骨抜きにしているとしてインドを批判しており、日米豪印4カ国の中国を念頭に置いた枠組みである「クアッド(日米豪印戦略対話)」での協力に水を差すことも指摘されている。
4月1日、ラブロフ外相はニューデリーを訪問、ジャイシャンカル外相と会談し、インドとのエネルギー分野での協力を今後も進める意向を表明した。ジャイシャンカル大臣は会談冒頭、ウクライナ情勢を念頭に「対話と外交による解決が望ましい」との立場を強調し、ラブロフ外相はウクライナ情勢を巡るインドの立場は「一方的ではない」として評価した。ロシアが国際的に孤立する中、エネルギー需要が増大することが見込まれるインドへロシアがどのように接近するのか、中国との対比でも注目される。
なお、中国に関しては、3月月間のロシア産原油輸入量は前年同月比1%増加に留まっている。内訳もコジミノ港(ウラジオストク)が4.6%増加、大慶支線は1%増加した一方でカザフ経由が11%減少となっている。対中原油輸出(東方)は2021年に日量115万バレルあり、その半分以上が既に発効している長期契約に基づくものである。また、中国政府もウクライナ情勢が緊迫する中で、国際協調の和を乱さないよう国営企業等へロシアとの協業や新規出資をサスペンドするよう通達が出されているという噂もある。現時点ではインドのようにディスカウントされたロシア産原油購入の動きは余り見られないが、東方向けの原油価格指標であるESPOブレンドもドバイ原油に対して20ドル程度ディスカウントされており、山東省等に位置する地方製油所が一部調達に動いている模様である。また、SinopecやPetroChinaはロシアからの追加のLNG購入を慎重に検討しており、スポット取引で大幅に値引きされた水準での購入に向け供給側と協議しているとの報道もある。
(3) ロシア産原油の産地偽装問題
3.ではロシア産原油を輸送するタンカーは、第三者に船舶の位置情報が分かるトランスポンダー(船舶自動識別装置)をオフにし、ロシア産原油輸送を隠す石油タンカーも増加していることに触れた。実際、制裁措置が海運及び関連産業に向けられることによって、貿易制裁に違反して取引される貨物は増加傾向にあると言われている(繰り返しになるが、現時点でロシア産石油禁輸は一次制裁であり、対象は制裁を発動している米英加豪の各自然人のみである)。
イランやベネズエラ制裁の発動後もこれら国々産の原油が制裁を回避して、輸出されていることが明らかになっている。制裁回避に利用される手法には船舶、貨物、地理的位置や航行活動を特定する情報を混乱させたり、隠蔽したりすることで、監視や摘発から逃れようとするものである。それらは次の4つの方法と言われている。
- 船舶の位置を偽装し、船舶のデジタル識別情報を変更するために、船舶の自動船舶識別装置(AIS)を操作する。
- 実際の船舶の外観を変更する。
- 船舶や貨物に関する書類を改ざんする。
- 貨物が制裁対象国原産であることを隠蔽するために、船から船への積み替え(STS)を何度も行う。
また、船舶の安全と危機管理のためにAISを停止することは依然として合法であり、その船長に判断が委ねられている。
ロシア産原油についても、その産地を偽装するべく、次のような方法が行われているとの指摘が為されている。例えば、取引の基本条件を「売り手が販売する商品がロシア産ではなく、ロシアで積み込まれたりロシア連邦から輸送されたりしたものではないこと」とした上で、ロシア産の定義を「ロシア連邦で生産された場合、あるいは体積の50%以上がロシアで生産された材料で構成されている場合」と変更していると言う。つまり、荷となる原油の49.99%がロシア産であったとしても50.01%が他の国や地域から産出されたものであれば、ロシア産ではないという扱いになる。これは、石油トレーダーの間では「ラトビア・ブレンド」と呼ばれているもので、具体的にはバルト海プリモルスク港からラトビアのベンツピルス港へ原油を輸送し、そこでブレンドを行っていると噂されている。ブレンド作業はラトビアやオランダ、公海上で瀬取り・洋上積替えを行い、安く仕入れたロシア産原油と他原油をブレンドすることで産地を偽装するというものである。
6. ロシアの誤算:欧州がロシア産エネルギー依存からの脱却へ舵を切り出した
戦場に最も近く、ロシアが問題視し今回の戦争の引き金とも呼べるNATOの東方拡大の当事者であり、そしてロシアにとっては長年ドル箱市場であった欧州は、ロシア産エネルギー依存からの脱却というベクトルに舵を切り出した。ソ連時代に建設された長大なインフラを有し、欧州に対して最も安価な石油天然ガスを供給できるロシアはこれまで、欧州がそのような利点を捨てて、ロシアというエネルギー供給者を排除するという激しい痛みを伴う政策を執ることはできないと考えていた節がある。4月14日にプーチン大統領は「欧州諸国が即時にロシア産ガスを完全に切り捨てることはできない。非友好的国はロシア産エネルギーなしではやっていけないと認めている。現時点で欧州には合理的な天然ガスの代替品は存在しない」と言明しているところにもその考えを垣間見ることができるが、同時にロシアはエネルギーを東方に振り向けるよう取り組むとも表明し、今後アジアへのエネルギー供給拡大に向けインフラを構築する必要があると強調した他、エネルギー輸出をアフリカや中南米にも振り向けるべきという考えを示した。これは欧州のロシア産エネルギー依存脱却への警戒と焦りの表れとも言えるだろう。
(1) EUの施策「REPowerEU」
果たして、欧州はロシア産エネルギー依存からの脱却は可能なのか。3月8日、欧州委員会は天然ガスを皮切りに、欧州をロシア産化石燃料依存から独立させるべく、(1)エネルギー価格の高騰及び需給逼迫への短期的な対応策、(2)ロシア産化石燃料への依存からの脱却を2本柱とする政策コミュニケ(提案)を発表した。それに先立って、3月3日にはIEAが欧州委員会への提言として、EUのロシアの天然ガス輸入への依存を1年間で3分の1以上減らすための10ポイントを発表しており、欧州委員会の動きの起点となった。
参考1 IEAが欧州委員会への10ポイント提言(3月3日)
- ロシアとの新しいガス契約に署名しない。 (2022年末までに最低15BCM分の契約が失効)
- 他の供給源からのガス供給を最大化する。 (最大10BCM)
- ガス貯蔵の最低義務の導入。 (10月1日までに最低在庫レベル90%を達成する必要)
- 新たな太陽光と風力プロジェクトの展開加速。 (6BCM削減)
- バイオマス・原子力等既存の低排出エネルギー源を最大限に活用する。 (13BCM削減)
- 電力高価格からの消費者の保護措置。
- 天然ガスボイラーをヒートポンプへ転換加速。 (2BCM削減)
- 建物・産業でのエネルギー効率対策を強化する。 (1~2BCM削減)
- 市民に自宅の熱暖房を1度下げる。 (10BCM削減)
- 電力システムの柔軟性、ソースの多様化及び脱炭素取組強化
これによりロシアからの天然ガス輸入を今年3分の1(ロシアからの輸入量155BCMの内、約52BCM)を削減できるとするものだった。ビロル事務局長も「もはや誰も幻想に陥っていない。ロシアが天然ガス資源を経済的・政治的武器として使用していることは、来年の冬にロシアのガス供給に関するかなりの不確実性に直面する準備をするために、ヨーロッパが迅速に行動する必要があることを示している」と述べ、可及的速やかな対応が必要であると述べた。
このIEAの10ポイント案をバックボーンとして、3月8日に欧州委員会が政策コミュニケを発表した 。それは大きく次の4つの要点から成っている。
参考2 欧州委員会による加盟国への共同コミュニケ(3月8日)
- 年末までにロシア産天然ガスに対する欧州需要を3分の2削減する。注:IEA案は3分の1。
- 毎年10月1日までにEU全体の地下ガス貯蔵をその容量の少なくとも90%まで満たすことを要求する立法案を4月までに提示。
- 事業者、特にGazpromによる独占・不公正競争に対する懸念に応え、調査を継続。
- 2030年以前にロシア産化石燃料への依存を排除するべく、「REPowerEU」計画策定を提案。
- ロシア以外の供給者からのより多くのLNGとパイプラインガスの輸入
- 大規模なバイオメタン及びグリーン水素の生産及び輸入
そして、その後、3月11日のG7首脳声明(ベルサイユ)とその措置を経て、3月25日に米国とエネルギー安全保障に関する共同声明を発表した。それは次の3つの柱から成っている。
参考3 米欧によるエネ安全保障に関する共同声明(3月25日)
- 欧州のエネルギー安全保障確保を促進する共同タスクフォースを設立。
- 米国が2022年末までに少なくとも15BCMのLNGを追加でEUに供給。
- EUのロシア依存脱却に向けた戦略(=REPowerEU/2027年までにロシアの化石燃料への依存脱却)の実現に向け、米国から更なるEU向けLNG供給拡大に取り組む。
このように3月3日から25日までの間にロシア産化石燃料の依存軽減の議論について、欧州委員会では、
(1)年内の削減目標拡大 :3分の1 → 3分の2
(2)依存脱却のタイミングの前倒し :2030年以前 → 2027年
と次第に強化されてきたことが分かる。
政策コミュニケは、法的効力は発生しないガイドラインとしての位置づけであり、今後その具体的な方策についての議論や加盟国との調整が始まっていくものだが、ウクライナ情勢が欧州委員会をして、ロシア離れを加速させ、積極的にその道筋を示そうとしているこれらの動きは、ロシア依存度からの脱却という強固なベクトルへ進んでいくことを確信させるものである。

米国とEUによるエネルギー安全保障に関する共同声明発表(右写真)
出典:IEAによるウェビナー及び欧州委員会
それを牽引するかのように、欧州最大需要国のドイツは、ハーベック経済相がロシア産化石燃料の輸入を削減し、2024年半ばまでに同国産ガスへの依存からほぼ完全に脱却する計画について明らかにしている。また、今年については年央までにロシア産原油の輸入を半減させ、年末までにほぼ自立を目指す内容で、石炭の輸入については秋までに完全停止できる可能性があるという。一方で、経済に及ぼす影響が大きいとして、ロシア産エネルギーからの即時脱却は無理であるとの見方も改めて示している。また、ドイツの電力最大手E.OnのバーンバウムCEOは、ドイツがロシア産ガスへの依存から脱却するには3年かかるとの見方を示している。ロシア産ガスの供給が途絶えれば、ドイツ経済は「甚大な損害を被ることになり、どんな方法であれそうした状況を回避すべきだ」と語っているが、驚くべきは最大需要国でロシア産ガスへの依存度が高いドイツでさえ、ロシア産ガスへの依存からの脱却が即時はできないが、3年という短期では可能であるという見方を示していることであろう。
他方、加盟国によっては、当然ながら対応への違いが明らかになりつつある。4月12日、オーストリア、ハンガリー等中欧5カ国がプラハで外相会合を開き、ロシア産エネルギーへの依存からの脱却をめぐり協議を行っているが、脱ロシア依存への対応は積極派と消極派に分かれる形となった。ハンガリーのペーテル外務貿易相は会合後、「ハンガリーにはエネルギー安全保障という、越えてはならない一線が明確にある。原油・天然ガスに関する制裁には参加できない」と明言した。スロヴァキアのコルチョク外務・欧州問題相は、ロシアからの原油・天然ガスの輸入を停止する用意はあるとしながらも、実現には時間がかかると強調している。チェコのリパフスキー外相は「ロシアが欧州との貿易で得る収入を最小化しなければならない」として、エネルギー禁輸に向けた議論を推進させる考えを示した。
(2) 石炭火力・原子力発電への回帰、代替エネルギーへの注目
ロシア産エネルギーからの脱却というベクトルは4.(2)で述べた代替供給源への秋風に加え、現実的な選択肢として代替エネルギーとしての在来型エネルギーへの回帰も促しつつある。ドイツ発電最大手RWEは停止した発電所の再稼働や停止が決まっている発電所の運転延長の検討を開始することを明らかにしている。同社クレッバー社長は石炭火力への回帰について「実施するかの判断は政府。数週間以内に決断を下すことになる。その上でどの発電所が再稼働できるか、計画より長く使い続けられるかを検証し準備している」と述べている。
日本では、萩生田経済産業大臣が「LNGを含むロシアのエネルギー資源の輸入への依存を減らそうとしている。日本はLNGへの投資を含め、ロシア以外の代替供給源を確保しようとしている。また、再生可能エネルギー源に取り組み、原子力エネルギーを開発し、その政策がロシアへのエネルギー依存を徐々に減らすというG7諸国の共同声明の要件に準拠するようにする予定である」と述べた。これに続き、経済産業省は戦略物資やエネルギーの安定的な確保を検討する会合を初めて開き、緊急対策を決定した。ロシアやウクライナへの依存度が高く、早急に対策を講じる必要がある重要物資として石油、石炭、LNG、パラジウム、半導体製造プロセス用ガス、合金鉄を特定。他の生産国に対する増産の働き掛けや、権益の確保に向けた取り組みを強化することを表明した。
4月8日には、ジョンソン英首相とショルツ独首相がロンドンで会談し、ウクライナに侵攻したロシアへのエネルギー依存から脱却するため、再生可能エネルギーの推進などで協力することで合意している。ショルツ首相は会談後の共同記者会見で、ドイツが年内にロシアからの石油輸入を停止できるとの見解を示し、「ロシア産石油への依存からの脱却に向けて積極的に活動しており、年内に実現可能だと考えている」と改めて表明している。
7. 原油と天然ガス:禁輸に伴う代替可能性と異なる深刻度
そもそも天然ガス価格は昨年秋から、ロシア要因だけではなく、欧州や南米における再生可能エネルギーの出力不足やアジア諸国の積極的なLNG購入による欧州へのLNG流入減少に伴う欧州の天然ガス在庫の低迷、天然ガス需給の引き締まり、石炭価格の高騰といった複合的な要因で高値を付けてきた。北東アジアの指標JKMは2021年初にも30ドルを越え史上最高値を更新したばかりだったが、同年9月にはその2倍に近い56.3ドルを付けた。欧州でも同9月に34.4ドル、そして、年末にはJKMを越え、60.7ドル史上最高値を更新した。そこに発生したロシアのウクライナ侵攻とこれまで述べてきた禁輸措置によって、今年3月には一時JKMは84.8ドル、欧州ガス価格は72.3ドルという高価格を付け、現在は30ドル前後で推移している。現時点の価格がまるで安いように見えるが、2020年5月にはコロナ禍とはいえ欧州ガス価格最安値である1.2ドルを付けたことを考えると異常な価格であり、他エネルギー源に対して価格競争力のない天然ガスに対する人気を貶める危機的な価格帯が続いているのが現下の状況である。

出典:JOGMEC
(1) 供給余力と柔軟な輸送方法のある原油、そうでない天然ガス
ロシア産エネルギーの禁輸という側面で見た場合、原油と天然ガスでは事情が全く異なるということにも留意が必要である。それは1. 供給余力、2. 輸送インフラ、3. ロシアの生産地域の特徴という3つの違いに起因している。
1. 供給余力
原油はスイングプロデューサーとしての地位を有するサウジアラビアを筆頭に中東産油国を中心に、供給余力(スペアキャパシティ)が世界に日量300万バレル程あると言われている。ロシアの輸出量が同533万バレル(2021年)であることを考えれば、十分な量とは言えないが、OECD諸国の在庫や戦略石油備蓄(SPR)と併せ、市場にも本格的な供給途絶の際に一定の安心感を与えているのも事実である。他方、天然ガスには現時点ではサウジアラビアのようなスイングプロデューサーが存在しない。供給側にスペアキャパシティと呼べるものはなく(ロシアだけが欧州に対してパイプライン供給余力を有するが、その欧州がロシア産ガス離れを加速しようとしている)、欧州の在庫は低迷しており、その他の消費国におけるガス貯蔵・在庫の整備も十分とは言えない。
2. 輸送インフラ
天然ガスは輸送において気体でのパイプライン輸送(国と国を結ぶ国際パイプライン)か、液化しなければならない特殊な海上輸送という硬直的なインフラを使うことが特徴である。常温常圧で大量輸送が可能である原油とは異なる。ガス供給余力を有するロシアもそのガスを、パイプラインを有している場所にしか運べない。液化するのには巨額の投資が必要であり、その長期間に及ぶコスト回収の必要性からマーケット(買い手)が付く見通し数量での設計生産(液化)容量とならざるを得ない。供給余力という概念は経済性を棄損するため、そもそも存在しないのがLNGプロジェクトの特徴と言えるだろう。
3. ロシアの生産地域の特徴
端的に言えば、ロシアは原油については東西がパイプラインで接続されている一方、天然ガスは東西がパイプラインで結ばれておらず、欧州向けの天然ガスは西シベリア・ガス田から、中国向けの天然ガスは東シベリア・ガス田と、異なる生産地域から輸送されている。欧州の代替市場と考えられるのが成長著しい中国であるが、まず天然ガスについては欧州向け西シベリア・ガス田と中国を結ぶパイプラインの建設(後述の「シベリアの力2」)が必要である。現時点で露中が速やかに合意に至った場合2024年建設を開始し、2029年頃の完成という可能性があるものの、一朝一夕に欧州の失われた天然ガス市場を中国で代替することにはならない。
また、原油については、確かに東西は結ばれており、西シベリア産原油の輸出がアジア太平洋にも始まっているが、油種が異なるという点も指摘しなければならない。欧州向けはウラルブレンドと呼ばれる比較的重い原油(API比重:29.8~30.4/硫黄分:1.5~1.7%)であり、アジア太平洋向けはESPOブレンドという軽質・低硫黄原油(API比重:35/硫黄分:0.5~0.6%)である(表3)。但し、ESPOブレンドは既に西シベリア産原油を受け入れた実績があり、その際にはESPOブレンドの定義を緩和することでロシア政府が対応した実績がある。つまり、技術的には欧州が買わなくなった西シベリア原油を東シベリアへ輸送し、中国やアジア太平洋市場に販売することは可能と言えるだろう。

出典:Transneft公開資料等からJOGMEC作成

出典:Gazprom 公開資料等からJOGMEC作成
(2) EU制裁第5パッケージがもたらす天然ガス・ショート(供給途絶)
石炭禁輸が注目され、余り大きく報道されていないが、4月8日に発動されたEU制裁第5パッケージにはLNG関連6製品(液化技術を含む資機材)が含まれている。このLNG製品の対露禁輸措置は世界の天然ガス市場に大きな影響を及ぼす可能性がある。
欧米がパテントを有し、ロシアではまだ黎明期の天然ガス液化技術が制裁対象となれば、ロシア政府が目指す2035年に向けたLNG拡張計画が大きく狂うことは確実となる。それは将来の話だけでなく、ドイツLindeの技術を採用しているアルクチク(Arctic)LNG-2及びバルト海ウスチ・ルーガLNG(バルチックLNG)プロジェクトにも影響を及ぼす。4月12日付けのコメルサント紙は「同制裁がロシアのLNG拡張計画の棺桶の蓋に最後の釘を打つことになる」と述べている。年間約2,600万トンの拡張(上記両プロジェクト)の稼働時期が不透明となるためである。ロシアは2019年に中規模・大規模LNGプラントで使用する極低温熱交換器の100%、極低温ポンプの95%を輸入に依存していた。政府の輸入代替プログラムの下では依存シェアは2024年までにそれぞれ80%と40%に減少する計画だった。EUの制裁では2022年2月26日より前に締結された契約はこの5月27日までにWindfall(猶予)期間が設けられており、この対象がアルクチクLNG-2(1,980万トン/年)、ウスチ・ルーガLNG(1,300万トン/年)である。同紙ではこれまで主要な機器は8割以上完成しているアルクチクLNG-2の第一トレインには供給された模様であると報じている。

出典:JOGMEC
欧州政府がなぜ今回、ドイツ企業が技術供与し、フランスTOTALを中心に中国及び日本も参画するプロジェクトに影響を与えるLNG製品禁輸措置を盛り込んだのかは現時点では不明である。先立って、米国と共同で発表した3月25日の「欧州のエネルギー安全保障に関する共同声明」(6.(1)参照)で謳われたように、ロシア産天然ガス依存度を低減するための米国からの追加LNG供給に関する協議が何らかの影響を与えた可能性があるかもしれないが真相は分からない。
アルクチクLNG-2については全3トレインの内、第1トレインについて、欧州制裁を回避して全ての資機材調達が5月27日に完了し、2023年内の稼働開始が実現する可能性もある。しかしながら、世界のLNG需要の今後の上昇と、現在計画されているLNGプロジェクトの供給見通しを見ると楽観はできない。図9の通り、今回のEU制裁によって、アルクチクLNG-2について、第一トレインのみが稼働するという前提では2025年から2026年にかけて、世界のLNG需給は逼迫することが見通され、第一トレインが稼働しなければショート(供給途絶)を起こすことが確実となっている。現下のガス価格の高止まりも2025年に向かって供給が縮小することにより、継続していく可能性が見込まれる。
(3) 東方シフトをさらに加速するロシアが直面する課題
3月29日に公開したレポートでも述べたが、今回のウクライナ侵攻による欧米制裁によって、深刻な痛手を負うロシアは、ロシア離れを加速する欧州諸国の市場を代替するべく、中国への歩み寄りを強めることは確かである。実際、プーチン大統領は、ロシアは石油、ガス、石炭等国内の膨大なエネルギー資源の輸出先を西側諸国からその他必要としている国々に容易に変更することができると述べている。「ロシアの石油、ガス、石炭に関しては、国内市場での消費を増やすことが可能だ。同時にエネルギー資源を本当に必要としている世界の他の地域への供給も増加させる。もちろん、我々も問題に直面しているが、これは新たな機会を開くものである」。また、前述の通り、シュルギノフ・エネルギー大臣はイズベスチヤ紙に対して、政府は「友好国に対してどんな価格帯であれ」原油や石油製品を販売する用意があることを明らかにしている。
また、翌日プーチン大統領は、「欧州諸国が即時にロシア産ガスを完全に切り捨てることはできない」と言明した上で、欧州がロシア産エネルギー依存脱却を目指す中、ロシアはエネルギーを東方に振り向けるよう取り組むと表明している。「(欧州の)非友好的国は、天然ガス等ロシア産エネルギーなしではやっていけないと認めている。現時点で欧州には合理的な(ガスの)代替品は存在しない。ロシアはアジアへのエネルギー供給拡大に向けインフラを構築する必要がある。また、エネルギー輸出をアフリカや中南米にも振り向けるべきだ」という考えを示している。
これらの発言を受けて、ロシア政府がエネルギー供給先を欧州から東方に大幅にシフトさせるための準備を行なおうとしていることをコメルサント紙も報じている。プーチン大統領は、政府に対し6月1日までに、新規原油パイプライン及び天然ガスパイプラインの建設計画を提出する予定になっていることを明らかにしている。プーチン大統領は、「数年のうちに石油ガスの供給先を西側から有望なエリアの市場に振り向けることを可能にする関連インフラ建設プロジェクト、すなわち、鉄道、PL、港湾関連プロジェクトの実現を加速させる必要がある」と述べたとされている。

地図上緑線:2009年に開通し、2012年にはロシア東西を連結した原油PL「ESPO」
地図上赤線:2014年孤立したロシアと中国が合意した対中供給PL「シベリアの力」
地図上紫破線:欧州市場と生産源を同一にする西シベリア基点の新たな対中供給PL「シベリアの力2」
出典:JOGMEC
当該プロジェクトの中には、シベリアの力及びサハリン~ハバロフスク~ウラジオストク(SKV)PLを統一ガス供給システムに連結させることを念頭においたプロジェクトを含めることを命じている(図10ではブラゴベシチェンスクからハバロフスクへ延びる赤の破線部分に該当/約700キロメートル)。現在、統一ガス供給システムの東限は、ノヴォシビルスク州とケメロヴォ州の境界線付近となっているが、「シベリアの力2」プロジェクトの枠内で、ケメロヴォ~クラスノヤルスク~タイシェット~イルクーツク区間に長さ約1,400キロメートルのパイプラインも建設される予定となっている模様である。
しかし、問題はこれらプロジェクトに多大な建設コストがかかることはもちろんのこと、供給源多様化に成功している中国が「シベリアの力」同様に買い叩く可能性、そして、最大の問題は中国にそれだけの市場があるのかどうかということである。少なくとも欧州というロシアにとって半世紀に亘ってドル箱であった大市場を代替することは中国にはできない可能性がある。

出典:JOGMEC
図11は供給サイドから見た場合に、単純に現在の欧州へのロシア産ガスの年間輸出量である155BCM(パイプライン+LNG/トルコ向けや欧州トランジットでのLNGを加えると194BCMへ増加)を今後需要増加が見込まれる中国及びインドについて、既存分はそのままに、追加需要分を対象として検討したものである。
前述の通り、欧州はロシアに対するLNG機器禁輸措置を採った結果、陸続きではない、LNG輸送が前提となるインドは除外されることになる。それでもLNG輸入見込みは全量で43BCM(2030年)に過ぎない。そうするとパイプラインで輸出できる中国が対象となるが、中国国内生産を考慮し、2030年時点で中国が外国から輸入するパイプラインガス(35BCM)及びLNG(30BCM)の合計は65BCMとなる。LNGがインド同様に輸出できない想定に立てば、価格値下げ攻勢で中国の需要35BCMを確保したとしても、現在の欧州への輸出量の23%程度にしかならない。
シベリアの力2の枠内で東シベリアの大都市のガス化が行われる予定となっており、国内のガス消費量が増加する可能性はある。しかし、国内では統制価格が適用されているので、国内市場での販売が増えても、欧州向けガス輸出の縮小に伴う収入の減少をカバーすることはできない。また、シベリアの力に匹敵する規模のパイプラインの建設には約5年が必要となることも上記コメルサント紙で指摘されている。現在の計画(モンゴル政府発表)では2024年に建設開始であるから、稼働は2029年頃となる。稼働開始後、目標輸出量を達成するにはさらに数年を要することになるだろう。
もちろんこれら前提は欧州が本当にロシア産天然ガスを買わないという仮説(2027年までにロシア産化石燃料から脱却するREPowerEU)に立ったものであり、そこには段階的な廃止や加盟国による対応の違い、ウクライナ危機の終息による対応の変化は織り込まれていない。他方、他供給ソースを有する需要サイドの視点からは、ロシアがいかに安価な天然ガスを供給してくるのかという点が、ロシア産天然ガスを選択する際の鍵となってくる。つまり、ロシアは一部欧州市場を代替できるかもしれないが単純にその他天然ガス新興国に代替されるということもなく、さらに確保できた市場シェアでも安価なガス価格での販売を強いられる可能性が高いと言えるだろう。
参考1 日本のロシア産エネルギー資源への依存度推移
参考2 ロシアによる親露派地域の独立承認(2月21日)とウクライナ侵攻(2月24日)を受けて発動された各国の制裁及び欧米メジャー等の対応
2022年4月18日時点
今次発動された各国の制裁・時系列
以上
(この報告は2022年4月21日時点のものです)