ページ番号1009337 更新日 令和4年4月22日
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概要
2022年2月1日、ミャンマー国軍(Tatmadaw)が軍事クーデターを起こし、アウンサン・スーチー国家顧問率いる与党国民民主連盟(NLD)から政権を奪取して1年2ヵ月が経過した。この間、非常事態宣言が出され、民主派勢力や少数民族との戦闘による犠牲者が増え続け、人権抑圧等で軍事政権は、国際的に非難を浴びている。
2013年の鉱区入札を含み、これまで国際石油開発資本(IOC)はアンダマン海とベンガル湾におけるオフショアガス田の探鉱開発に参入してきた。そのなかでShellをはじめ幾つかのIOCは既に撤退したものの、TotalEnergiesはじめ何社かは探鉱開発に成功し生産を続けてきた。クーデターから1年2ヵ月が経過した現在、生産を続けているIOCは、軍政による人権圧迫を理由としてミャンマーからの撤退の動きが出ている。本レポートでは、生産鉱区から撤退ないし探鉱開発を続けているIOC、NOC各社の動きおよび天然ガスの輸出について報告する。
はじめに
ミャンマーの電化率は他のASEAN各国と比べて低い。電化率に関するデータは、市町村電化率(各市町村や集落までの送電線の到達率、電化村ともいう)を指す場合と市町村の入り口から各世帯までの世帯電化率がある。世帯電化率が実態を表しているといえるが、データの信頼性に欠ける嫌いがあるため、一般的に電化率というと電化村を指すことが多い。軍事クーデター直前、ミャンマー・タイムズ(電子版)が2021年1月24日に伝えたところによると、ミャンマーの電力・エネルギー相は全国の電化率が58%に達し、2030年までに100%を目指す長期計画が順調に進んでいるとの認識を示した。因みに、インドネシアの電化村率はPLN(インドネシア電力公社)によると2020年9月時点で99.15%であり、フィリピンでもほぼ100%に到達している。
ミャンマーの電化率の進捗は、2021年2月1日のクーデターにより現在停滞していると思われる。3月から雨季が始まる5月まで、ミャンマーは最も暑い時期を迎える。ヤンゴンでは最高気温は38℃に達する。報道によるとヤンゴンにおける一日あたりの停電は最近7~8時間にもなるという。その他の都市や村落ではそれ以上長く停電が頻発しているようだ。ミャンマーの発電量および電力源構成は図1のとおりである。水力発電とガス火力発電の比率が高い。水力発電は雨季の6月から10月にかけて発電量を増すが、乾季には期待できない。ガス発電用の天然ガスは、後述するとおり、オフショアの4大ガス田から供給されている。しかし、生産したガスは、その6~7割がタイおよび中国にパイプラインで輸出され、国内に向けられるのは3~4割に過ぎない。天然ガスは、ミャンマーにおける最大の輸出品で外貨獲得に貢献しているものの、国内の需要を満たすことが出来ておらず電化率の低さにつながっている。また、天然ガスの輸出は軍事政権の資金源として国際社会から非難を浴びている。電源不足を解消するために2020年に、香港のVパワーグループと中国技術進出口総公司によってヤンゴン郊外ティラワ地区に40万KWおよび西部ラカイン州Kyau Kpyu(チャウピュー)に15万KWのLNGによるガス火力発電所がBOT(Build , Operate and Transfer)またはBOOT(Build, Own, Operate and Transfer)によって建設され操業されており、LNGはPetronasから購入している。しかし、国際的なLNG価格の高騰、ドル建て払いからミャンマーの通貨であるチャット(Kyat)払いに切り替わったことによりマレーシアからのLNG輸入が止まり、ティラワの火力発電所は操業停止、チャウピューでは5万KWまで操業が低下している。

出所 IEA Home Page
1. ミャンマーの基礎情報
(1) ミャンマーの基礎情報は、外務省HP等によれば次のとおりである。
- 面積 68万平方キロメートル(日本の約1.8倍)
- 人口 5,141万人
- 首都 ネーピードー
- 民族 ビルマ族(68%)、シャン族(9%)、カレン族(7%)、ラカイン族(4%)他カチン族、カヤー族、チン族、モン族等。
- 宗教 仏教87.9%、キリスト教6.2%、イスラム教4.3%、ヒンドゥー教0.5%など
- 一人当たりGDP 1,441ドル(2020・21年度、IMF推計)。国連開発計画員会の定義では後発開発途上国(LDC:Least Developed Country)(注)に位置付けられている。東南アジアでは、ラオス、カンボジア、東ティモールと共にLDC認定を受けている。
(注)LDCは、3年に一度次の3つの指標で認定される(次回認定は2023年)。一人当たりGNI(国民総所得)1,018ドル以下。HAI(Human Assets Index)、即ち栄養不足人口の割合、5歳以下乳幼児死亡率、妊婦死亡率、中等教育就学率、成人識字率を指標化したもの。EVI(Economic Vulnerability Index)、人口規模、地理的要素、経済構造、環境、貿易、自然災害のショック等外的ショックからの経済的脆弱性を表す指標。
- 輸出産品 天然ガス、衣類、米、豆類、鉱物
- 通貨 チャット(Kyat)。1ドル=1,851.83チャット(2022年4月15日)
(2) 政治体制と動向
- 2008年5月に軍が起草した憲法によって、新憲法が公布。軍に自動的に25%の議席が与えられると同時に内務省、国防省と国境省の主要3省の支配権も軍に付与された。
- 2011年 民政移管。その後、西側先進国からの援助が増え、また、海外からの投資が活発になった。
- 2015年 総選挙でNLD(国民民主連盟:National League for Democracy)が勝利
- 2020年11月の総選挙でNLDが75%以上の票を獲得し勝利。しかし、その後選挙が不正に行われたと軍系野党が主張。
- 2021年2月1日の軍事クーデターによって、ミン・アウン・フライン総司令官がNLDを解散。アウンサン・スーチー国家最高顧問を逮捕、軟禁している。
- 2022年3月米国バイデン政権は、ミャンマー軍のロヒンギャ迫害を大量虐殺(ジェノサイド)と認定。今後、西側諸国からの制裁が強化される可能性がある。
- 2022年3月27日 国軍記念日においてミン・アウン・フライン総司令官は、クーデターに反対する市民の抵抗を引続き抑圧する旨を表明、同時に少数民族の武装勢力に対しては、和平交渉に参加するよう呼びかけた。
(3) 少数民族武装勢力および反軍事政権武装組織
ミャンマーの国土の3分の1が20余りの武装勢力によって支配されていると推定されている。
- 中国の支援を受けているワ州連合軍(シャン州にある事実上の自治管区)、カレン民族同盟、カチン独立軍、アラカン軍、タアン民族解放軍、ミャンマー民族民主同盟軍(シャン州の中国系コーカン地区)が組織され反政府武装活動を行っている。
- 民主派が2021年4月に設立した反軍の挙国一致政府(NUG)は、同年5月に国民防衛隊(PDF)を立ち上げた。NUGは9月に武装闘争を宣言し、その後NUGを含め月に200件~300件前後の武力衝突が発生している。
2. ミャンマーの輸出
International Trade Centre(ITC:国際貿易センター)の2020年ミャンマーの輸出統計によると、輸出総額170億ドルに占める天然ガスは34億ドルと比率にして約20%であった。
コロナパンデミックが起きる前の2019年(輸出総額181億ドル)と2020年の輸出額を金額ベースで上位4位まで示すと以下のとおりである。
- 1番目 天然ガス 2019年44.7億ドル、2020年34.3億ドル、
- 2番目 アパレル、服飾関係の織物 2019年37.8億ドル、2020年34.3億ドル、
- 3番目 野菜・根菜類 2019年9.7憶ドル、2020年12.5億ドル、
- 4番目 穀物(米など) 2019年10.2億ドル、2020年11.6億ドル。
3. ミャンマーに対する経済制裁
ミャンマーの軍事クーデターに対する西側の経済制裁は、ロシアのウクライナ侵攻に対する経済制裁と比べるとはるかに小さく対人および対企業に対する標的制裁(対象限定型制裁ともいう)である。ミャンマーの軍系企業は、軍関係者の年金を運用する「ミャンマー・エコノミック・ホールディングス(MEH)」と「ミャンマー・エコノミック・コーポレーション(MEC)」という複合企業2社を中心に、傘下に少なくとも133社あると言われ、不動産、金融、ホテルなどのサービス業や物流業、宝石業など幅広いビジネスに携わっている。報道で取り上げられているビール会社「ミャンマーブルワリー」もその一つで株式の49%を「ミャンマー・エコノミック・ホールディングス」が保有している。ミャンマー企業の内、軍と何らかの関係を有する企業は8割にも達するという推定がある。
EUは、2022年2月21日に電力エネルギー省傘下のMOGE(ミャンマー石油ガス公社:Myanmar Oil and Gas Enterprise)を制裁対象に加えた。これまで米国およびEUが制裁対象とした個人、団体数は以下のとおりである。
米国
ジェトロ「ビジネス短信」によると、米国は2021年2月以降制裁対象を国軍関係者、国軍部隊、同兵站局、国軍の最高意思決定機関である「国家統治評議会(SAC)」および国営企業、制裁対象者の親族による企業および国軍と結びつきの強い企業に拡大しSDN指定(特別指定国民および資格停止者リスト)をしてきた。2022年3月28日時点における対象数は、
- 国軍関係者 61人
- 企業 19社(MEHおよびMEC含む)
- 国軍部隊 2
- 国家統治評議会 (SAC)
- 陸軍兵站局
SDN指定されると(1)在米資産の凍結、(2)資金・物品・サービス取引の禁止、(3)米国への入国停止が科される。また、米国の輸出管理規制(EAR)上、ミャンマーが関わる取引に対する審査の一部を中国やロシア等と同じレベルに引き上げられた。
EU
EUは2021年に国軍関係者43人および6企業・組織を対象に制裁措置をとっている。これに加え、2022年2月21日に22人の個人とMOGEを含む4企業などの事業体を追加制裁した。これでEUの対ミャンマー制裁対象は累計で65人、10企業団体となり、EU内の資産が凍結され、渡航も禁止された。追加制裁の対象の個人には、投資・対外経済関係相に任命されているアウンナインウー氏、工業相のチャーリータン氏、情報相のマウンマウンオン氏らが含まれた。MOGEは、外国企業と進める天然ガスなどの開発事業で権益を保有しており、国軍の貴重な資金源として認識されている。
米国、EUのほか英国、カナダ、オーストラリアが制裁に加わっている。また、ロヒンギャ問題についてはアフリカ西部のイスラム教国ガンビアがミャンマーを相手に、2019年11月に国際司法裁判所に「集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約(ジェノサイド条約)」違反を理由に提訴している。その判決が出る前の2022年3月20日に米国がジェノサイド認定を行った。ロヒンギャ族(注) に対する迫害問題は、歴史的に根が深く本稿の主題から逸れるので本稿では深入りしないことにする。一方、ミャンマーが加盟するASEANは軍事クーデターに対して足並みが揃っておらず、2021年10月のASEAN首脳会議にミン・アウン・フライン総司令官を招かなかったものの、2022年1月ブルネイからASEAN議長国(毎年アルファベット順で加盟国10カ国が持ち回り、2021年はブルネイだった)になったカンボジアのフン・セン首相は、ミャンマー問題を担当するASEAN特使として新たに任命された同国のプラク・ソコン外相を同行しミャンマーを電撃訪問し、ミン・アウン・フライン総司令官と会談した(アウンサン・スーチー氏との面談は国軍によって拒否された)。この動きに対して、マレーシアとシンガポールが独断専行だと批判をしている。日本は、欧米による標的制裁とは一線を画し民主派勢力とも軍にもパイプがあるとし対話路線を執っている。ODAについては人道的支援を除き新規案件は中止しているものの、仕掛中の既存案件は請負などの契約関係もあり継続して実行している。
(注)ロヒンギャ族は特定されておらず、ベンガル湾東部でベンガル語の一つであるロヒンギャ語を話しミャンマーのラカイン州に住む(住んでいた)イスラム系住民を指す。英国の推定では、200万人いるとされ、迫害を受けたため90万人以上がバングラデシュに避難しているがバングラデシュ政府は「経済移民」として扱っており「難民」としての受け入りを拒否、一部はミャンマーに戻ってきている。1982年の市民権法で1948年1月のビルマ独立時点で。当時のビルマ国内に居住していいない者の国籍がすべて剝奪されたため、多くは無国籍者となっている。
4. ミャンマーのガス田
ミャンマーで生産中のガス田は、Yadana, Yetagun, ZawtikaおよびShweの4大ガス田(周辺のサテライトガス田を含む)である。Yadana、Yetagun およびZawtikaの各ガス田で生産されたガスは国内向けを除きタイに輸出されており、Shweの天然ガスは中国にいずれもパイプラインで輸出されている。2000年~2010年代に締結された各Gas Sales Agreement(GSA)は、いずれも20年から30年間と長期間であり、Product Sharing Contract(PSC:生産物分与契約)上では輸出が8割で2割が国内向けとなっている(Yetagunを除く)。しかし、2010年代半ばから産業発展に伴いエネルギー不足に陥ったミャンマーは、輸出相手先(PTTおよびCNPC)に働きかけた結果、輸出比率は各ガス田で異なるが、PSC上で決められた輸出比率を下回り、国内向けが増えている。Yetagunについては、PSCで100%タイへの輸出が認められているが、ガス田としては終焉期に近づいており、2020年から生産量の落ち込みが激しい。2021年4月から7月まで生産がストップした。詳細は後述する。
探鉱開発については、豪州WoodsideがオペレーターとなりA-6 鉱区で開発が進められ、ガス層を発見し評価井の掘削まで進んでいたが、中止となった。各鉱区図およびパイプラインを次ページに示す。なお、ミャンマーでは原油は殆ど採取されていない。一日当たり僅か6,000バレルほどである。また、Eniは、オフショアのMD-4鉱区で権益を持っているほかオンショアでも1鉱区で権益を有しているが開発は中断している。
続いて、ガス生産の推移および各ガスフィールドの現状について述べる。

出所 各種資料に基づきJOGMEC作成
5. 天然ガス生産の推移
ミャンマー政府は天然ガスの生産統計を公表していないため、データをWood Mackenzieから引用した。2021年までの5年間の生産量の合計は、大きく変化していないことが分かる。しかし、Yetagunにおいては生産量が大きく落ち込んできている。

出所 Wood Mackenzie
2017 | 2018 | 2019 | 2020 | 2021 | |
Yadana | 732 | 745 | 755 | 736 | 742 |
Yetagun | 215 | 147 | 107 | 54 | 11 |
Zawtika | 301 | 298 | 297 | 320 | 325 |
Shwe | 476 | 395 | 540 | 545 | 539 |
Onshore | 54 | 48 | 42 | 42 | 36 |
Total(mmcfd) | 1,778 | 1,633 | 1,741 | 1,697 | 1,653 |
出所 Wood Mackenzie
6. 各ガス田について
(1) Yadanaガス田
アンダマン海Moattama湾のM5/M6鉱区に跨るYadanaガス田は、Yadana Field、Badamya FieldおよびSein Fieldから成り立っている。水深は40メートルと浅海に位置する。主力のYadana Fieldは1983年に発見され、1990年の入札で当時のTotalが落札した。生産開始は1998年である。当初の埋蔵量(2P)は6.4 TCFだったが、2022年1月1日時点では940 Bcfまで減少している。権益は、オペレーターのTotalEnergiesが31.24%、Chevron 28.26%、PTTEP 25.5%そしてMOGEが15%保有している。
タイのエネルギー省エネルギー政策及びプランニング・オフィスの輸入統計によると、ミャンマーの各ガス田からの輸入量の推移は次のとおりである。表1の生産統計と表2の輸入統計の出所が異なるため正確性は欠くが、傾向は見て取れる。これによるとミャンマーの3フィールドで生産された天然ガスの60%から70%がタイに向けて輸出されたことが分かる。Yadanaで生産されたガスの6割弱がタイに輸出された勘定になる。
表2 タイに輸入された天然ガスの過去5年間の一日当たり平均量と生産量(表1)との比較

注:Yetagunで生産されたガスは100%タイに輸出されるが、従来不足分はYadanaから融通していた。2021年のYetagunの生産とタイの輸入量の逆転は統計上の不整合だと思われる。
YadanaフィールドのオペレーターのTotalEnergiesは、Yadanaフィールドでの生産のほか、豪州WoodsideとミャンマーのMPRL社が共同でオペレーターを務めているA-6 鉱区で権益を40%保有している。A-6 鉱区は、2 Tcfを超える資源量を有すると見られ、生産開始は2026年を予定していた。Woodsideが2021年の4月の早い段階で開発からの撤退に言及したのに対し、TotalEnergiesはA-6鉱区での開発の中断には言及したが、Yadanaでの生産についてはヤンゴン市民500万人とタイの人々への電力の供給義務と雇用を守るため狭間で揺れ、生産は様子見との態度であった。
しかし、TotalEnergiesは、2022年1月21日にそれまでの方針を変え、人権侵害が進行する事実を認め、またステイク・ホルダーからの圧力もあり、Yadanaから対価を求めず撤退することを表明した。Joint Venture Agreement(以下、JVAという)上、撤退時期は6か月後の7月21日となる。
これによる権益の変更は、JVAで残ったパートナーに応分に振り分けられことから、以下の通りスライドされることになる。
- TotalEnergies 31.24% → 0
- Chevron 28.26% → 41.10% → 0
- PTTEP 25.5% → 37.09% → 62.97%
- MOGE 15% → 21.81% → 37.03%
注:太字は、Chevronが自己の権益を売却できず、無償にて放棄、撤退した場合の残りの2社の持分。
Chevronは、TotalEnergiesの発表の翌1月22日にTotalEnergiesと同様に撤退する旨発表した。また、第5章で述べるようにYadanaのガスをタイ国境へ輸送するパイプライン運営会社(MATCH:Moattama Gas Transportation Company)に対するパイプライン使用料の支払いは、MOGEを含む株主(Yadanaの権益構造と同一)に対して止めているという。一方、Yadanaからの撤退にともなう権益については、これを有償とするか、無償とするかについては触れていないが、Chevronは権益の売却先を探していると言われている。また、PTTEPは自社の今後の方向性については一切触れていない。PTTEPの思惑については、(3)Zawtikaガス田の項で検証することにする。Chevronの売却の見通しについては、厳しいと言わざるを得ない。PTTEPもMOGEもChevron保有権益の売却先が見つからなければChevronは無償で放棄せざるを得ないことになるため自ら買い取りに動くとは考えられない。その場合、残り2社は、JVAでは自動的に権益が増えることになる。また、ミャンマーのエネルギー関連の譲渡税の税率が40%~50%と非常に高く、譲渡税がJunta(軍事政権)に支払われることになることを考えるとChevronのステイク・ホルダーからの反発は避けられず、仮にミャンマー国外で取引を行っても課税対象となる可能性がある上に、新たなJV構成がエネルギー省から認められない可能性もある。万一、PTTEPも撤退しMOGEだけが残ると仮定した場合、MOGEでは生産を継続、維持する技術力は有していないだろう。
(2) Yetagunガス田
アンダマン海Moattama湾のM12/M13/M14鉱区に跨るYetagunガス田は、1990年にPremier Oilによって発見され、2000年から生産が始まった。水深は100~150メートルである。Wood Mackenzieによれば当初埋蔵慮(2P)は2.2Tcfであったが、2022年初頭では14 Bcfとかなり減少しており2025年までの生産維持は厳しい状況である。周辺のサテライトガス田は、Yetagun Northが発見されたが小型であった。現在のオペレーターはPC Myanmar(Hong Kong)Limited (100% Petronas)であり、40.91%の権益を保有している。他の権益保有者は、MOGE 20.45%、Nippon Oil Exploration (Myanmar)19.32%(内 経済産業省50%、JX石油開発 40%および三菱商事10%) およびPTTEP が19.32%保有している。GSAはタイのPTTと30年間契約を締結している(2030年まで有効)。Yetagunで生産された天然ガスはパイプラインで、100%タイに輸出されることになっている(実際は約95%、表2参照のこと)。
Yetagunガス田は、Petronasによると、高温、高圧かつCO2含有量は最大で20%と高く操業が難しいガス田である。2014年からYetagunの生産が減少したが、その時にはサテライトのYetagun Northフィールドの生産が始まり補完した形になったが、Yetagun NorthのCO2含有率は35%と高い。2020年1月から生産が急激に落ち込み、当初の2025年頃まで生産可能という予想は達成できそうにない(表2参照)。2021年4月1日には遂に生産が技術的な最低限界を超えて落ち込んだとしてForce Majeure(不可抗力)宣言を出した。タイエネルギー省Energy Policy and Planning Office の統計によれば、Yetagunガス田の生産はその後2022年7月に若干回復に向かったものの、9月に再度操業が停止したが、10月に再開している。2022年1月の平均は39mmcfdとなった。Petronasは、復旧に向けて努力すると述べている一方で、権益を売却しようとする動きを取った。しかし、ガス田の特性からくる困難な操業と枯渇が間近いと思われること、また枯渇後のDecommissioning(廃坑と原状回復)の責任を一部でも引き受けるE&P会社が現れるとは思われず、これまでのところ売却先が見つかったとの情報は得られていない。なお、Decommissioningの義務と費用分担については、ミャンマーでは法令による定めはないが、JVA上JVパートナー間で応分に負担することになっている。
このまま推移すると2~3年以内には完全に生産停止となるだろう。Petronasにとって、ミャンマーにおいてYetagunという生産拠点を失うと同時にLNGの火力発電所が止まっていることによるLNGの輸出市場も失うことになる。
なお、Petronasは、軍事クーデター後のミャンマーの状況について「国連人権宣言に従い注視する」と述べ静観の構えである。
(3) Zawtikaガス田
アンダマン海Moattama湾M-9鉱区のZawtikaガス田は、Zawtikaの他にGawthaka、KanonnaおよびShwe Phi Htayというサテライトガス田から成り立っている。水深は約130mである。PTTEPは、2007年の2回目の探鉱キャンペーンでZawtikaフィールドを発見した。埋蔵量(2P)は、当初約2Tcf、2022年初頭の残存埋蔵量は1.17Tcfである。表1のとおり、過去5年間は300mmcfdの生産で推移している。
Zawtikaのオペレーターは、PTTEPで80%の権益を保有している。残りの20%は、MOGEが保有している。
PTTEPのミャンマーに対する姿勢は、積極的で同国から撤退する意思は見せていない。タイにおける天然ガスの国内生産と輸入を合計した量は2021年で計4,726 mmcfdであるが、そのうち国内生産分が3,204 mmcfd、輸入が1,521 mmcfdとなっている。輸入分の内訳はLNGが829 mmcfd、パイプラインによるものは692 mmcfdで、パイプライン輸入はすべてミャンマーからとなっている。タイにおける輸入者はPTT一社であり、すべてのGSAに署名している。即ち、2021年にタイの天然ガス需要のうち14.6%がミャンマーで生産されたことになる。
PTTEPは、タイ湾においてアブダビのMubadalaと共に、2018年にErawan鉱区のConcession契約期間満了に伴う入札に参加。落札の結果、2022年4月1日にそれまでのConcessionaireであるChevron(80%)/三井石油開発(20%)からタイ湾のErawanガス田の権益を引き継いだ。PTTEPがオペレーターで権益の60%を保有し、残りをMubadalaが保有する。しかし、Decommissioning費用の負担を巡ってChevronはタイのエネルギー省と紛争になり現在も仲裁中である。また、Erawanにおける生産量はConcession期間満了を前に、2020年の平均約1,200mmcfdから2022年1月には500mmcfdに落ち込んだ。PTTEPは、入札時にタイ政府に対して800mmcfdの生産をコミットしていたが、2021年末までChevronから鉱区への立ち入りを拒否され、追加井掘削の準備に取り掛かれないでいた。そのため、800mmcfd達成は早くても2024年頃になるだろうと言われている。詳しくは、2021年9月15日付JOGMEC資源情報記事「タイ湾Erawan鉱区におけるDecommissioning(将来の廃坑と原状回復)責任」参照されたい。
PTTEPは、2019年7月に米国Murphy Oilからマレーシアにおける同社の権益をすべて買い取ったが、このErawanでの不足を補うべくSK309 鉱区やSK417 鉱区などで探鉱開発を積極的に行い、成果を挙げている。また、ミャンマーでも従来から権益を保有していたM-3およびMD-7 鉱区の探鉱活動を行っている。しかし、上記Yadanaにおける権益が増加すれば、タイの輸入増には繋がらないものの同社にとっては最も効率的に生産量を確保できる手段と言える。
ミャンマーの人権侵害に関しては、タイ政府もPTTグループもミャンマーの軍事クーデターおよびミャンマー軍を非難していない。タイのプラユット首相は、2014年に軍の最高指導者としてクーデターを起こし政権を奪取した張本人であり、2019年の民政移管のための総選挙でも選挙不正があったとする野党側の批判をはねつけ続けている。ミン・アウン・フライン司令官とも個人的な友好関係を築いているようだ。また、タイ政府は、ミャンマーが騒乱状態になり大量の難民がタイに押し寄せることを危惧している。PTTEPの親会社のPTT(元タイ石油公社:Petroleum Authority of Thailand)はタイ証券取引所の上場会社であり、2020年のPTTアニュアル・レポートによるとタイ財務省が51.11%の株式を保有するほか、海外の投資家も株主に名を連ねている。また、PTTEPも同証券取引所に上場していて、同社ホームページによるとPTTとその子会社が65%超の株式を保有している他、海外投資家も散見される。ミャンマーにおける民主派弾圧の状況次第では、今後、国内外の人権団体や投資家からの圧力が増大することも考えられ、PTTグループのミャンマーへの見方に変化が生ずる可能性がまったくないとは言い切れない。
(4) Shweガス田
バングラデシュとの境界に近いラカイン州のベンガル湾沿に位置するA-1とA-3鉱区に跨るShweガス田は、2004年にDaewoo International (社名変更により現在はPOSCO International)が発見した。水深は約100メートルである。生産開始は2013年。主力のShweガス田の他に3つのサテライトガス田(Shwe Phyu、Mya NorthおよびMahar)が発見されている。サテライトガス田のうちMya Northフィールドのみが生産中であるが、Shwe Phyu他は開発が継続している。現在POSCO Internationalが権益の51%を保有しオペレーターで、インドONGCが17%、MOGE 15%、KOGAS 8.5%およびGail(India)が8.5%とそれぞれ権益を保有している。初期の埋蔵量(2P)は、4.4 Tcfであった。2022年1月時点でも3 Tcfが残されている。CO2含有率は0.4%と非常に低い。表1のとおり2020年と2021年の一日当たりの平均生産量は約540mmcfdであり、生産されたガスは海底パイプラインでKyau Kpyu(チャオピュー、Kyau Phyuとも綴る)まで送られ、そこから中国国境のMuse(ムセ)までCNPC主体の陸上パイプラインで輸送される。パイプラインの詳細は第7章にて取り上げる。
CNPCへの輸出量は、PSCの内容は明らかにされていないもののPSC上は生産量の80%と言われている。中国側のデータは充分ではないが、ITCが公表している2016年から2020年のデータは次のとおりである。あくまで通関統計であるので実際の販売量とずれがあるかもしれない。
Year/Unit | 2016 | 2017 | 2018 | 2019 | 2020 |
tons | 2,860,684 | 2,516,852 | 2,219,170 | 3,418,627 | 3,034,630 |
mmcfd | 321.87 | 283.18 | 249.71 | 384.67 | 341.46 |
出所 ITC (International Trade Centre)
表1のShweにおける2020年生産量と比べると、2020年は63%が中国に輸出されたことになる。ミャンマーとCNPC間のGSAは2008年に締結された。契約期間は2038年までである。PSCによると輸出分は80%だと述べたが、商業的というよりミャンマー政府の要請による政治的要因で決着が図られ、輸出比率は70%を切っているうえに、販売価格も中国が輸入するパイプラインガス輸入価格の中で最も高い(第7章参照)。
POSCOによる開発は、生産拡大に向け現在Phase 2 にある。4億7,000万ドルを投じて2023年末までにShwe とShwe Phyuで8本の追加井を掘削する計画だ。また、Phase 3では、Gas Compression Stationを3億1500万ドルで2024年半ばまでに建設する。
軍事クーデターに関し、2021年5月にPOSCOはロイターのインタビューに「ミャンマーから撤退するかどうかは検討中」だと答えている。しかし、Phase 2とPhase 3 に向けて人員を増加しているという。これについて、ミャンマーの民主派に加え韓国の人権団体からもPhase 3に向けプロジェクトを進めることは、国際的な人権規範に違反しているという批判の声が上がっている。一方、同鉱区の権益を保有しているインドONGCはShweガス田の開発への投資についてインド政府の承認を得ている。
また、真偽不明だが、同鉱区内で昨年新規ガス田が発見されたとの情報があり、関係者が情報秘匿に努めているという話がある。
(5) A-6鉱区(開発中止)
A-6 鉱区の開発は、豪州Woodsideとミャンマーの民間E&P会社のMPRL E&P Pteがジョイント・オペレーターでそれぞれ40%と20%の権益を保有。残りの40%はTotalEnergiesが保有している。Pyi TharとShwe Yee Htun(SYH)のガス田がそれぞれ2012年と2015年に発見されている。MPRL E&Pは1996年にMyint &Associates Companyによって設立された民間上流開発会社で従業員は1,100人を数える。CEOは、創業以来U Moe Myint氏であり、以前は民間航空会社のパイロットであった。MOGEとの関係では、設立とほぼおなじくMOGEとPerformance Compensation Contract を締結し、3D震探を行っている。
A-6 鉱区のPhase 1開発では、6本の生産井(4本がSYH、2本がPyi Thit)が2025年~26年にかけて、およびPhase 2では4本の生産井(2本がSYH、2本がPyi Thit)が2029年~2030年にかけて掘削される予定であった。生産されたガスは、一旦50キロメートル離れた浅海に据え付けられるWellhead Platformに送られ、そこから250キロメートル先のYadanaガス田に送られた後、タイに向け輸出されるか国内向けかに振り分けられることになっていた。
Woodsideは、2021年2月にすべての外国人掘削従事者を国外に退去させることを決定し、開発を中断していたが、2022年1月27日にミャンマーから撤退することを正式に発表した。
7. パイプライン
前の章では、四つのオフショアガス田からのガスは6割~7割が輸出されていることをみた。ミャンマーのPSCにおけるFiscal Term上、他の東南アジア諸国と異なる点は、政府取り分が高い(70%~80%)こととPSCがカバーする範囲が狭いことである。政府取り分はこれらのガス田で70%代後半だと推定される。また、PSCがカバーする範囲はガス田の掘削から生産しWellheadに達するまでである。おそらくWellhead Platformまで含まれるが、それ以降のExport Pipelineは含まれない。他国と比べて非常に高い政府取分にも拘わらず、パイプラインのCapexがPSCで回収されないことになるが、反対に中長期的にみると、パイプライン使用料にPSCが適用されないことになり、政府取分が高いという不利益を相殺する形になっている。
表4 ミャンマーからタイおよび中国に向けたガス輸出パイプライン概要

(1) タイ向け輸出パイプライン
Yadana、YetagunおよびZawtikaの各ガス田で生産された天然ガスは、海底パイプラインで、カレン州Daminseikで上陸し、そこからタイ国境のBan-I-Tongまで運ばれる。ガスパイプラインの上陸地点は、カレン民族同盟(KNU)の勢力圏であるが、当時土地収用にあたって、ミャンマー国軍による強制的な立ち退きが行われ避難民が多数出たという。それぞれのガス田からのパイプラインは、タイとの国境のBan-I-Tongに向かいそこでPTTが引き取る。PTTは各ガス田のガスをブレンドし、タイ国境からタイ西部、バンコクの西140キロメートルのIPP(JERA、香港電灯、ラッチ社、PTT、豊田通商およびサハユニオン社による)のRatchaburi(140万kW)およびEGAT(タイ発電公社:Electricity Generating Authority of Thailand)のWang Noiの各ガス火力発電所(143万6千kW)に送られる。
(2) 中国向けパイプライン
Shweで生産された天然ガスは一旦、オフショア・パイプラインでラカイン州Ramree島のKyau Kpyuに送られる。オフショア・パイプラインの権益比率はShweガス田のそれと同一である。Kyau Kpyuから中国に向けての陸上ガスパイプラインは2013年に完成し、操業を開始した。2017年に完成の原油パイプラインと並走し国境のMuse(中国側:端麗)に向かう。端麗でCNPCに引き取られ昆明へ送られ、更にガスは香港まで達する。陸上ガスパイプラインはCNPCがオペレーターで50.9%の権益を保有、残りはShweガス田の上流権益者が参加している(POSCO 25.04%、ONGC 8.35%、MOGE 7.37%、GAIL 4.17%、その他4.17%)。また、パイプライン容量は、オフショア・パイプラインの約倍の容量を持っており、将来の増産の可能性を残している。また、口径40インチのパイプは中国の規格によるという。

出所 東西貿易通信社「中国の石油産業と石油化学工業 2016」
注: 石油製品パイプラインは、その後延伸された可能性あり
シンクタンク「国際危機グループ(ICG)」によると、ミャンマーの国土の約3分の1が、20余りの武装勢力によって支配されていると推定されている。この大半が国境沿いの地域だという。Muse(中国側:端麗)があるシャン州は、ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)がコーカン管区を中心に活動している地域である。コーカン族は、漢族の移民で中国語を話す。MNDAAは、中国の政治経済的な影響を受けてきた。2021年2月以降MNDAAとミャンマー軍の衝突は複数回発生し、現在も散発的に起きている。パイプラインも襲撃の対象となっているが、MNDAAが関与したとの報道はこれまでない。
- 2021年5月 5日マンダレー近郊のパイプライン関連施設が襲撃され、警備員3人が死亡
- 2021年8月 雲南省瑞麗にシャン州からの砲撃が着弾する事例が複数回発生。中国外務省はミャンマー国軍に正式に抗議
- 2021年10月 シャン州ムセ群区のモンコーでMNDAAと国軍の衝突が激化
- 2022年2月 北中部マンダレー管区で、中国へのパイプラインの付帯設備が攻撃を受け破損民主派武装市民による「国民防衛隊(PDF)」が襲撃したとの嫌疑でNLD関係者40人が逮捕
- 2022年3月 国軍とMNDAAの衝突が再発
(3) Kyau Kpyuについて
中国‐ミャンマー経済回廊は、一帯一路の構想の一部で、雲南省の昆明とミャンマー最大都市ヤンゴンならびにベンガル湾ラカイン州Ramree島の人口2万人のKyau Kpyuに約1,700キロメートルを高速道路と鉄道で結ぶ計画で、高速道路は2015年に開通している。中国側は既に険しい山岳区間に高速道路を昆明(標高1,892メートル)から瑞麗(標高788メートル)まで開通させている。また、完成しているKyau Kpyuからの原油パイプラインは、中東原油をKyau Kpyuで陸揚げし、マラッカ海峡を通過せず直接中国に運ぶもので、中国はエネルギー安全保障上重視し一帯一路に組み込んでいる。因みにミャンマーにおける原油生産量は、6,000 b/dに過ぎない。ミャンマー側の経済回廊の建設は同じくアラカン山脈が立ちはだかり難所が多く含まれ、Museの標高は端麗と同じ788メートルだろう。中国国内と同じレベルの高速道路を建設するには多額の資金が必要とされる。しかし、スリランカのハンバントータ港の建設で中国から借りた13億ドルをスリランカは返済できなくなり、99年間の同港の運営権を中国企業に譲渡したことから「債務の罠」と呼ばれ、ミャンマーもそういう事態を警戒している模様である。アウンサン・スーチー国家顧問は親中国といわれていたがKyau Kpyuにおける大規模深港建設と工業団地の造成計画は、当初計画より5分の一以下の規模に縮小した。現在の軍事政権は中国がMNDAAを支援してきたこともあり、必ずしも親中国ではないが、国際的に孤立を深めていることから軍事政権が2021年12月には中国から戦闘機を輸入し、中国に接近する動きとなっている。
8. ミャンマーの天然ガス輸出額と単価
ミャンマー軍事政権の資金源となっていると批判されている天然ガスの輸出。その輸出による収入がミャンマー軍事政権にもたらす金額はどれくらいだろうか?統計がほとんど整備されていないミャンマーであるから、国家予算も軍事予算も不明であるが、天然ガス輸出に関し推定の域を出ないが、幾つか数字を列挙し考察を図る。
(1) ITC貿易統計
ミャンマーの天然ガス輸出統計は整合性に欠けるところがあり、以下ITCによるタイと中国の輸入統計から年間の天然ガス価格の総額とmmBtuあたりの単価を計算してみた。なお、タイの輸入統計は2017年~21年までの5年間、中国は2016年~20年までの5年間である。
表5と表6から2019年の両国に対する輸出売上高(緑の枠で表示)の合計は、約42.4億ドルになる(2020年を引用しなかったのは、同年はコロナパンデミックにより経済活動とガス価格が非常に低調であったことによる)。二つの表を見てお分かりのように、タイ向けの単価は世界のパイプラインガス市場で見ても一般的な輸出単価であるのに対して、中国向け単価は、6割から9割程度高い。これはパイプラインの距離がタイ向けと比べ2倍ほどの距離があることに加え、口径も40インチと大きく山岳地帯および少数民族の武装勢力の支配圏を通っていることによって建設費と維持費が嵩んだことが考えられるが、次項で検討することにする。
(2) パイプラインによる天然ガス国境渡し価格および価格構成
パイプライン輸出における価格は、単純に、Wellhead Price+国境までのパイプライン使用料で求められる。ミャンマーにおける商業税(税率5%)はVATや消費税と同種の税金だが、輸出非課税の原則により課税されない。
Wellhead Priceは、探鉱費用に加え掘削費用、生産施設などの資本的支出(Capex)および操業費用(Opex)を算出し、埋蔵量予測と生産年数からキャッシュフローを導き出しIRR(内部利益率)を算出し、価格が決定される。
通常Wellhead PriceおよびPipeline使用料は公開されないため、Wood Mackenzieのデータをベースにして想定される価格を以下参考まで計算してみた。
(単位US$/MMBtu) | 1 Wellhead価格 | 2 オフショアP/L使用料 | 3 オンショアP/L使用料 | 国境渡し価格(1+2+3) |
Yadana/Yetagun/Zawtika | 4.5 | 1.2 | 0.6 | 6.3 |
Shwe | 7.9 | 1.1 | 2.6 | 11.6 |
出所 Wood Mackenzieデータに基づきJOGMEC作成
注: タイおよび中国への輸出価格は、表6のITCベースの数字と若干ずれがでる。
9. 政府取分について
ミャンマーのPSCの標準によると、政府取り分とコントラクター取り分は、表7のとおり生産量によって変化し、多く生産すれば政府取り分が増え、最大90%に達する。しかし、この比率はガス田開発の難易度が反映されておらず、政府との交渉によってコントラクター取り分が増える可能性は残されている。本項における計算では、政府取分70%、コントラクター取分30%と仮定し、また、輸出比率は70%、国内比率は30%と仮定する。
天然ガス生産量(mmcfd) | 政府取分 | コントラクター取分 |
<300 | 55% | 45% |
<600 | 65% | 35% |
<900 | 75% | 25% |
>900 | 90% | 10% |
出所:各種資料からJOGMEC作成
タイ向け天然ガス輸出の売上キャッシュフローをざっくりと計算すると以下の配分となる。なお、国内向けパイプラインは、MOGEが100%保有し操業している。

出所 JOGMEC作成
注:G=Gas, P=Pipeline
表9の結果、タイ向け天然ガス輸出におけるミャンマー政府の取分は、100の収入に対して約52.7(上記(4)+(5)+(7))となる。中国向け陸上パイプラインには、CNPCがオペレーターで50.9%の権益を保有していることからMOGEの持分が半分程度と低くなるため計算が若干複雑になるが、政府取分への影響は軽微である。一方、国内向けの収益についてはWellhead 価格が輸出向けの90%とも70%とも言われ外国企業もチャットによる配分を受けているが不明な点が多い。表5および表6のタイと中国に対する2019年合計輸出額を42.4億ドルとすると、同年の天然ガス輸出による政府収入は概算で22.3億ドル近くになる。この額がミャンマーの軍事政権の手に渡る、言い換えれば外国上流開発企業が手を貸すという批判に対してうなずけるところはあるだろう。
10. 終わりに
ミャンマーに関する話題のうち幾つかをお伝えする。
(1) 外貨着金時に現地通貨チャットへの転換
2021年10月、ミャンマー中央銀行は、輸出業者に対して貿易で得た外貨を30日以内にチャット(Kyat)に売却するように義務付けた。また、2022年4月からは、既存の外貨預金を含むすべての外貨預金をチャットに変換するよう通達を出した。詳細はまだ明らかになっていないが、どこまで影響がでるか分からない状況である。チャットに変換しても、チャットからドルへ再変換と送金が出来るという保証はないうえにチャット相場が、クーデター移行下落が止まらない中でのチャット保有は相当な為替リスクを伴う。
この措置は、国際収支の悪化、即ち外貨が不足してきたことの表れであろうが、これに伴い確実に外国企業の撤退と海外からの投資は期待できなくなるだろう。
2022年4月15日の為替レートは1米ドルが1,851.83チャットでクーデターが起きた前日2021年1月31日のレート1,331.50から約40%下落したことになる。

出所 XEおよびValuta FXの通貨コンバーターを基にJOGMEC作成
(2)国境貿易
- ミャンマー政府の情報省と投資・対外経済関係省は、2021年12月22日、2022年から中国との国境貿易の公式決済通貨として人民元を受け入れる試験計画を実施すると発表した。
国営ミャンマー経済銀行(MEB)、中国の中国銀行(BOC)と中国工商銀行(ICBC)の3行が国境貿易で計画を実施する。人民元を貿易の決済通貨として受け入れるのは、新型コロナウイルスの感染率が「全国的に低下し」、両国の国境検問所が一部再開したことを受けたもの。両省は、青果類などの生鮮食品の中国との取引が大きく伸びると期待している。一方、「(ミャンマーが)政情不安による経済的困難を背景に陥っている米ドルなどの外貨不足に対処することを目的とした動き」だと中国系英字新聞は伝えている。また、国軍の最高意思決定機関「国家統治評議会(SAC)」が中国政府と共同で鉄道や港湾開発を再開すると表明。同国の支援によるインフラ整備計画を、経済再生のための「主要な優先事項」と位置付けていると説明した。
- 一方、ミャンマー中央銀行は2022年3月3日、タイとの国境貿易で、通貨チャットとタイ・バーツの直接決済を即日認可すると公布した。
これらの国境貿易における動きは、いずれもパイプラインによる天然ガス輸出には関係しないだろう。
(3) 2008年憲法と非常事態宣言
最初に述べた通り、2008年に当時の軍事政権によって公布された憲法によって、4分の1の議席は自動的に軍に割り当てられるため、4分の3民主主義と喩えられる。その中で2015年と2020年の総選挙においてNLDが過半数の議席を獲得したのは、3分の2以上の票を獲得したからである。それだけアウンサン・スーチー氏の人気は絶大である。しかし、2008年憲法によって、憲法改正には議員の4分の3を超える賛成が必要であり、軍が反対に回れば憲法の改正は出来ない。また、内務省、国防省と国境省の三省に軍が支配している。加えて、今回のクーデターに伴う非常事態宣言は、11人で構成される国防治安評議会(大統領、副大統領2人、連邦議会の上院、下院議長、国軍最高司令官と副司令官、外務相、内務相、国防相および国境相)の過半数6人決議によって出すことが出来る。今回の非常事態宣言は憲法に沿って出され合法であると軍は主張している。
(4) 今後の見通し
ミャンマーの見通しについては、不透明感を強く感ずる。軍政権は、非常事態宣言明けに総選挙を実施すると言っているが、強権によって政権を維持するだろう。一方、10年間民主主義と資本主義を経てアジアにおける最後のフロンティアともてはやされてきた、ミャンマーの一般国民の抵抗がこれほどまでに強かったとは予想していなかっただろう。強権を維持すれば経済は下降するばかりで、益々貧困となる。2011年まで約50年間続いた世界から隔絶された鎖国状態に戻る可能性は排除できない。とすれば、ある程度経済発展を目指すのであれば中国に頼らざるを得ないことが容易に想像できる。ラオスやカンボジアと同じ道を辿ることになるのだろうか。ASEANによる仲介は、まとまりに欠けるため期待できない。
天然ガスの資源開発が継続または再出発するのは、ミャンマーの状況が落ち着いてからになろうが、西側の上流開発企業が戻ってくるとは考えにくい。中国やタイなどアジアの国営上流開発企業が今後の探鉱開発を担うことになるだろう。
参照文献
日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所
- IDE スクエア 世界を見る眼 2019年7月 「試される一帯一路「債務の罠」の克服‐中国‐ミャンマー経済回廊の建設状況から考える 石田正美氏
- IDEスクエア 世界を見る眼 2020年11月 (2020年ミャンマー総選挙)アウンサンスーチー圧勝の理由と、それが暗示する不安の正体 中西嘉宏氏
- IDEスクエア 世界を見る眼 2021年2月 (2020年ミャンマー総選挙)クーデターの背景‐ 誤算の連鎖 工藤年博氏
- IDEスクエア 世界を見る眼 2021年2月 (2020年ミャンマー総選挙)クーデター後、国軍は何をしようとしているのか? 長田紀之氏
以上
(この報告は2022年4月20日時点のものです)