ページ番号1009343 更新日 令和6年8月6日

国際エネルギー機関(IEA)及び米国による石油備蓄放出の市場への影響について

レポート属性
レポートID 1009343
作成日 2022-04-27 00:00:00 +0900
更新日 2024-08-06 13:07:03 +0900
公開フラグ 1
媒体 石油・天然ガス資源情報
分野 市場基礎情報
著者 鑓田 真崇
著者直接入力
年度 2022
Vol
No
ページ数 14
抽出データ
地域1 グローバル
国1
地域2 欧州
国2
地域3 旧ソ連
国3
地域4 北米
国4
地域5
国5
地域6
国6
地域7
国7
地域8
国8
地域9
国9
地域10
国10
国・地域 グローバル欧州旧ソ連北米
2022/04/27 鑓田 真崇
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概要

  1. 過去1年間を通して、新型コロナウイルス感染症拡大の局面における世界経済減速懸念とこれに伴う石油需要減退の観測などが広まったことにより、数回の原油価格の下落が見られるが、2021年12月以降は一貫して上昇基調に転じている。この背景には、ウクライナを巡る地政学リスクの高まりが市場で意識されていることが挙げられる。
  2. Intercontinental Exchange(ICE)におけるBrent先物価格の期近物と第6限月の差分を見ると、2022年初から、先物が期近物に対して低額となるバックワーデーション(Backwardation)が継続しているが、2月中旬以降、足元価格と先物価格の差分は拡大。これは、ロシアによるウクライナ侵攻の可能性が市場で認識されるにつれ、ロシア国内の原油生産が滞るといった直接的な供給懸念が生じたことに加え、欧米諸国を中心とした対ロシア経済制裁の影響により、原油取引の決済への影響や、輸送用タンカーに対する保険付保の問題など間接的な影響が作用していると考えられる。
  3. ウクライナ情勢をめぐる地政学リスクの高まりにより、国際石油市場における供給途絶懸念等が広がったことを受け、国際エネルギー機関(IEA)は2022年3月1日及び同4月1日にそれぞれ6,000万バレル(各国割当の結果、放出量は6,266.2万バレルとなった旨3月9日に発表されている)及び1億2,000.8万バレルの協調備蓄放出を発表した。また、米国は3月31日に、過去最大となる総量1億8000万バレルの戦略石油備蓄(Strategic Petroleum Reserve, SPR)放出を発表。IEAによる協調備蓄放出を合わせて、2億8,267万バレルが5月から10月にかけて市場に供給されることとなる(5月から10月の184日間で均等に供給した場合、日量約153.6万バレルに相当)。
  4. 米国及び英国によるロシア産エネルギーの禁輸措置発表等を受け、3月8日の原油価格は127.98ドル/バレルまで高騰したが、3月下旬から4月上旬にかけて行われた米国及びIEAによる一連の備蓄放出に係る発表を受け、米国がSPR放出を発表した3月31日の終値は前日比5.54ドル/バレル安の107.91ドル/バレル、IEAが2回目となる協調備蓄放出の発表を行った4月1日の終値は前日比3.52ドル/バレル安の104.39ドル/バレル、IEAのビロル事務局長が協調備蓄放出の数量を明らかにした4月6日(プレスリリースは翌4月7日)の終値は前日比5.57ドル安の101.07ドル/バレルとなるなど、前日の終値との比較において5%程度の下落が見られた。
  5. 備蓄放出のアナウンス効果による足元の石油需給緩和感がどの程度の期間にわたり継続するかという点については評価が分かれるところであるが、OPECプラス産油国には、パイプライン等の技術的問題(ナイジェリア等)や経済制裁(ロシア)等の問題により、自国の生産枠を達成することが困難な国々も見られることから、実際に払出が行われる5月以降の需給バランスを引き続き注視していく。

(出所 IEA、DOE、各種報道)

 

1. 原油価格推移

過去1年間を通して、新型コロナウイルス感染症拡大の局面における世界経済減速懸念とこれに伴う石油需要減退の観測などが広まったことにより、数回の原油価格の下落が見られるが、2021年12月以降は一貫して上昇基調に転じている。この背景には、ウクライナを巡る地政学リスクの高まりが市場で意識されていることが挙げられる。国際石油市場は、2022年2月24日から継続しているロシアによるウクライナ侵攻による物理的な供給途絶懸念や、欧米諸国を中心としたロシアに対する経済制裁の影響によるロシア産原油や石油製品の不買や敬遠といった行動により、大きく乱高下を繰り返している(図1参照)。

図 1 原油価格の推移(2021年4月~2022年4月)
図 1:原油価格の推移(2021年4月~2022年4月)

Brent先物価格は、2022年2月24日の侵攻開始時点で99.08ドル/バレルであったものが、米国及び英国によるロシア産禁輸措置の決定を受け、3月8日には終値で127.98ドル/バレルに達した。その後、国際石油市場における供給途絶懸念が一時後退し、さらに中国における新型コロナウイルス感染症拡大による石油需要鈍化懸念が市場で発生。3月16日には98.02ドル/バレルまで下落したものの、3月23日には再び120ドル/バレルの水準を超えて、121.60ドル/バレルに到達した。その後、105~110ドル/バレル近辺で推移し、本稿執筆時点(4月25日終値)で102.32ドル/バレルとなっている。

図 2は、Intercontinental Exchange(ICE)におけるBrent先物価格の期近物と第6限月の2022年初からの差分を示している。期近物と先物の価格差が広がることは、足元の需給と将来の需給の乖離を示していると市場で受け止められ、先物が期近物に対して高額となる状態をコンタンゴ(Contango)と呼び、足元の需給は緩和しているものの将来の需給がひっ迫すると見られる状態を言う。対して、先物が期近物に対して低額となる状態をバックワーデーション(Backwardation)と呼び、足元の需給がひっ迫しているものの将来の需給は緩和すると見られる状態を言う。

図 2 Brent先物価格の期近物と第6限月差分
図 2:Brent先物価格の期近物と第6限月差分

2022年初来、一貫してバックワーデーションの状態が続いており、足元の石油需給が将来に比してひっ迫していると市場が受け止めているが、2月上旬ごろまでの差分は概ね5ドル/bbl程度で推移していた。2月中旬以降、ロシアによるウクライナ侵攻の可能性が市場で認識されるにつれ、足元価格と先物価格の差分は大きくなり、3月8日には19.13ドル/bblに達した。これは、侵攻によりウクライナ領内を通過する原油パイプライン(欧州向けはウクライナ西部を通過)の操業が影響を受ける可能性を市場が意識したことのほか、ロシア国内の原油生産が滞るといった直接的な供給懸念が生じたことに加え、欧米諸国を中心とした対ロシア経済制裁の影響により、原油取引の決済への影響(経済制裁パッケージの発動による制裁対象金融機関の拡大、ドル取引制限や輸出管理規制など)や、輸送用タンカーの傭船やこれに対する保険付保の問題など(ロシア船籍・ロシア人が管理する船舶の港湾利用禁止に伴うロジスティクスや、紛争の長期化・拡大に伴うリスクプレミアムの高まりなど)間接的な影響が作用していると考えられる。4月11日終値では、Brent先物価格の期近物と第6限月の差分は2.32ドル/バレルまで縮小し、足元の石油需給の緩和感が市場で広まった。この間、国際エネルギー機関(IEA)及び米国による石油備蓄放出の発表が複数回なされたことから、本稿においてその概要を紹介するとともに、石油市場に与えた影響を考察したい。

 

2. ウクライナ情勢概況

まず、年初来の国際石油市場に大きく影響を与えているウクライナ情勢について、ロシアによるウクライナ侵攻までの経緯を簡単に触れる。

これまでもロシアは3万人規模の軍隊をウクライナ国境周辺に配備していたが、2021年3月、ゼレンスキーウクライナ大統領がストルテンベルグ北大西洋条約機構(NATO)事務局長と電話会談を行い、NATO加盟へ向けて協議を開始したと見られたことから、ロシアがウクライナ国境周辺の軍隊を10万人規模に増強した。今回のウクライナを巡る緊張の高まりは、2021年10月にウクライナ軍が同国東部紛争地域の親ロシア派武装勢力へトルコ製ドローンによる攻撃を行ったことが契機となっている。ドローン攻撃を受け、ロシア軍は再度10万人規模の軍隊を全土から動員、偶発的な軍事衝突に至る懸念も高まりを見せ、欧米諸国を中心に懸念が表明された。

こうした中、ロシアのプーチン大統領は2021年12月2日、NATOによる東方拡大をこれ以上行わない「法的保証」の必要性を公に言及したほか、同17日にはロシア外務省がNATO不拡大の法的保証を実現する露米安全保障条約案を公開するなど、NATO拡大というロシア側の懸念を相次いで表明する対応を取った。その後、2021年12月7日にオンライン形式で実施された米露首脳会談を皮切りに、複数回にわたり米国及び欧州諸国並びにNATO、欧州安全保障協力機構とロシアの政府高官による協議が開催された。2022年1月21日には米露外相会議がジュネーブで開催され、同26日には、米国がロシアに対して書面による回答を行い、米国及びNATOはロシア側の安全保障上の懸念を共有し検討する旨伝達した[1]

2月17日にロシア外務省は、1月26日に米国から発出された書簡回答に対する返信内容を同省ホームページで公開。この中で、軍備管理の問題や偶発的衝突回避などのリスク軽減策に関する米国の回答内容の一部については「留意する」と前向きな態度を示したものの、NATOの東方不拡大に関する要求では強硬姿勢を崩さず、米国は「総体として検討すべき」と主張した。これは、旧ソ連諸国へのNATO不拡大やNATO拡大前の1997年時点まで軍備配備を戻すことなどのロシア側の主要な要求に対する「建設的回答がない」と指摘し、「安全保障におけるロシアの根本的利益」を考慮するように求めたものである[2]

これら一連の外交努力により、高まりを見せつつあった軍事衝突の懸念は解消できるとの見方も広まっていたが、ロシアのプーチン大統領は2月21日にウクライナ東部親ロシア派の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認する大統領令に署名。両共和国に居住するロシア系住民がウクライナ軍によって攻撃を受けている惨状を強調し、独立承認と当該住民の保護や平和維持を目的としたロシア軍の派遣も指示した。そして2月24日のモスクワ時間早朝、プーチン大統領は国民に対してテレビ演説を行い、ウクライナへの特殊軍事作戦の開始を宣言し、事実上の侵攻が開始されることとなった[3]


[1] 原田大輔 「ウクライナ情勢:ロシアによるウクライナ侵攻という通説の裏にあるロシアの真の意図は何か」
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009226/1009276.html (2022年4月19日閲覧)

[2] 原田大輔 「ウクライナ情勢:ロシアによるウクライナ侵攻について」
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009226/1009293.html (2022年4月19日閲覧)

[3] 同上

 

3. IEAによる協調備蓄放出の概要

ウクライナ情勢をめぐる地政学リスクの高まりにより、国際石油市場における供給途絶懸念等が広がったことを受け、IEAは2022年3月1日及び同4月1日にそれぞれ6,000万バレル[4](各国割当の結果、放出量は6,266.2万バレルとなった旨3月9日に発表されている[5])及び1億2,000.8万バレル[6]の協調備蓄放出を発表した。IEAによる協調備蓄放出は、1974年のIEA創設以来、本年の2回を除き過去に3回実施された。1991年の湾岸戦争時(2,980.5万バレル)[7]、2005年のメキシコ湾におけるハリケーン・カトリーナ及びハリケーン・リタの襲来による海上石油生産施設、パイプライン及び製油所の損傷時(6,000万バレル)[8]、そして2011年のリビア内戦に伴う石油生産停止の長期化への対応(6,000万バレル)である[9]。それぞれの協調備蓄放出相当量は図 3のとおりである[10]

図 3 IEAによる協調備蓄放出規模
図 3:IEAによる協調備蓄放出規模

いずれの協調備蓄放出決定も、価格への介入ツールや長期的な供給代替を意図したものではなく、協調備蓄放出は短期的に世界市場に石油を供給することにより、突然の石油供給危機による負の経済的影響を軽減するための手段として実施されたものである[11]。IEAは2022年4月現在、31の加盟国で構成されているが、こうした協調的行動を可能とするため、IEAへの加盟に際しては経済協力開発機構(OECD)の加盟国であることの他、以下のような要件が設けられている[12]

  • IEA加盟候補国政府が直ちにアクセス可能であり、世界的な石油供給障害に対応するために用いることが可能な前年の純輸入量90日相当と同等の原油及び/または製品在庫
  • 石油消費を最大10%削減するための需要抑制プログラム
  • 協調的緊急対応措置(Coordinated Emergency Response Measures, CERM)を国単位で実施するための法規及び組織
  • IEAの協調行動における割当分に貢献する能力を確保するための措置

以下では、本年決定されたIEAによる協調備蓄放出のほか、米国が単独で実施する戦略石油備蓄(Strategic Petroleum Reserve, SPR)放出の概要を時系列で紹介し、それぞれの決定が石油市場に与えた影響を主に価格面から考察する。


[4] IEA, IEA Member Countries to make 60 million barrels of oil available following Russia’s invasion of Ukraine
https://www.iea.org/news/iea-member-countries-to-make-60-million-barrels-of-oil-available-following-russia-s-invasion-of-ukraine(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月19日閲覧)

[5] IEA, An update on Member Countries’ Contributions to IEA Collective Stock Draw
https://www.iea.org/news/an-update-on-member-countries-contributions-to-iea-collective-stock-draw(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月19日閲覧)

[6] IEA, IEA Member Countries agree to new emergency oil stock release in response to market turmoil
https://www.iea.org/news/iea-member-countries-agree-to-new-emergency-oil-stock-release-in-response-to-market-turmoil(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月19日閲覧)

[7] Richard Scott 「THE HISTORY OF THE INTERNATIONAL ENERGY AGENCY VOLUME II」 PP.133-147
https://iea.blob.core.windows.net/assets/521c392f-dc53-4ab7-9970-b3ab8c29e82c/TheHistoryoftheInternationalEnergyAgency-vol2.pdf(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月19日閲覧)

[8] 横堀惠一 「国際エネルギー機関(IEA)における石油緊急時対策をめぐる法的諸問題」 PP.67-68
https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/tosho/kyokobori43.pdf(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月19日閲覧)

[9] EIA, International Energy Agency members release strategic petroleum stocks
https://www.eia.gov/todayinenergy/detail.php?id=1950(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月19日閲覧)

[10] 脚注8によれば、1991年1月11日にIEAのGoverning Boardで採択されたエネルギー緊急不足事態協調対応計画(Co-ordinated Energy Emergency Response Contingency Plan)は、イラクによるクウェート侵攻に対する多国籍軍の軍事作戦に伴う石油供給の不足事態に備え、備蓄石油の取り崩し、需要抑制、燃料転換及び国内増産で、15日間にわたり250万バレル/日相当の石油供給量に見合うものであり、備蓄石油の取り崩し分はOECD全体で198.7万バレル/日(15日間で2,980.5万バレルに相当)。当時はフランス、フィンランド及びアイスランドはIEA不参加であり、IEA全体での備蓄石油取り崩し分は192.7バレル/日(15日間で2,890.5万バレルに相当)。当時の対応では、備蓄放出の絶対量は明示されていないため、本文及び図 3ではOECD全体における15日間分相当量2,980.5万バレルを1991年の放出量としている。

[11] IEA, Oil security https://www.iea.org/areas-of-work/ensuring-energy-security/oil-security(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月19日閲覧)

[12] IEA, Membership https://www.iea.org/about/membership(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月19日閲覧)

 

4. 石油備蓄放出と原油価格への影響

ウクライナ情勢の緊迫化に先立ち、2021年後半の原油価格は新型コロナウイルスワクチン接種普及拡大等に伴う個人の外出規制及び経済活動制限の緩和等の観測から、80ドル/バレル超の水準で推移していた(図 1参照)。米国国内のレギュラーガソリン価格は、消費者にとって高値の心理的節目とされる3ドル/ガロンの水準を2021年5月中旬より超過し、2022年3月には4ドル/ガロンを上回る水準で推移している(図 4参照)。

図 4 米国レギュラーガソリン平均小売価格推移
図 4:米国レギュラーガソリン平均小売価格推移

米国国内で消費者が直面する燃料価格が高騰し高止まりする状況や、消費者物価指数の上昇等を受けて、2021年11月23日、バイデン政権は同国が保有するSPRから5,000万バレルを4つの備蓄基地から市場に供給する旨を発表した[13]。このうち、3,200万バレルは備蓄原油の入替に係る公告を行い、当該原油購入者が2022年から2024年の会計年度中に同量の原油に加えプレミアム分(2.3%から9.1%:払い出しを受ける備蓄基地、油種、返還する会計年度により異なる)を上乗せして、払い出しを受けた備蓄基地に戻すこととされた。また、残りの1,800万バレルは、Bipartisan Budget Act of 2018により承認され2022年から2025年の会計年度中に予定されているSPRの売却によるものである。米国によるSPR供給のほか、日本、韓国、中国、インド及び英国が自国の石油備蓄を市場に供給することを発表した。

Brent先物価格は、2021年11月24日の終値で82.25ドル/バレルであったものが、サンクスギビングデーによる休場(11月25日及び26日)と週末をはさみ、週明け11月29日には73.44ドル/バレルまで下落。12月1日には2021年8月23日(68.75ドル/バレル)以来の水準となる68.87ドル/バレルに低下し、米国によるSPR供給の発表前の水準と比べて13ドル/バレル超の下落となった。原油価格の変動要因はさまざまであるが、米国によるSPR供給決定と複数消費国による石油備蓄供給の発表が与えた影響は相当程度あると評価できる。しかし下落した原油価格に対する値頃感による買戻しと、イランの核開発をめぐる協議が具体的進展なく打ち切られたことにより石油市場に対する追加供給の可能性が低下したこと等から原油価格は反発し、12月初旬には75ドル/バレル程度の水準となった。

2021年12月以降の原油価格は、新型コロナウイルスオミクロン変異株の拡大による経済活動と石油需要への影響懸念や、インフレ圧力やドル高の影響により下方圧力を受けつつも、石油輸出国機構(OPEC)及び一部非OPEC(OPECプラス)産油国の一部(ナイジェリア及びアンゴラ等)が自国の生産枠を充足できないことにより、OPECプラス産油国による毎月前月比で日量40万バレルの減産措置の縮小(増産)が履行できないことや、米国連邦公開市場委員会(FOMC)による金融緩和縮小を終了する決定を受けた米国株式相場の上昇等の要因のほか、本稿2.に記載のウクライナ情勢やイエメンフーシ派のミサイル攻撃による中東の地政学リスクの高まりによる供給途絶懸念等により、上昇基調となった。2021年12月30日の終値は79.32ドル/バレル、2022年1月28日の終値は90.03ドル/バレルとなり、ロシアによるウクライナ侵攻の前日となる2月23日の終値は96.84ドル/バレルであった。

2022年2月24日のモスクワ時間早朝より、ロシアによるウクライナへの特殊軍事作戦が展開され、事実上の侵攻が開始された。これを受けロシアからのエネルギー供給途絶懸念が市場で発生したことにより、原油価格は2月28日に終値で100ドル/バレルを突破(100.99ドル/バレル)。IEAのビロル事務局長は同日、ロシアのウクライナへの侵攻による世界石油供給に与える影響及び市場安定化のための加盟国の対応に関する臨時閣僚会議(Extraordinary Governing Board)を3月1日に開催することを発表した。

同会議は、米国エネルギー省(DOE)グランホルム長官が議長を務め、IEAに加盟する31カ国の各閣僚は、ロシアによるウクライナの主権と領土保全に対する挑発的な違反行為に直面するウクライナの人々と民主的に選出された同国政府との連帯を表明したうえで、ロシアによる悪質な行動によるエネルギー安全保障への影響に懸念を表明し、それに応じて国際社会によって課せられた制裁への支持を表明。既にひっ迫している国際石油市場とこれに起因する価格変動の高まり、2014年以来の最低水準にある商業在庫及び短期的に石油市場に対する追加供給を行う能力を有する者が限定的である状況を背景に行われたロシアの侵攻によっても、供給途絶の懸念は生じないことへの一体的かつ強いメッセージを国際石油市場に発信するため、6,000万バレルの協調備蓄放出を今後30日間で実施(200万バレル/日相当)すると発表した[14]。放出量はIEA加盟国間の調整の結果、6,266.2万バレルとなった旨3月9日に発表されている[15](各国割当量は図 5及び表 1参照)。

しかし、IEAによる協調備蓄放出の発表を受けても原油価格への影響は限定的であった。臨時閣僚会合の翌日に開催されたOPECプラス産油国閣僚級会合において、2022年4月についても前月比で日量40万バレルの減産措置縮小を決定したことを受け、原油価格上昇沈静化のための減産措置縮小加速に後ろ向きの姿勢を示したとの認識が市場に広まったほか、3月8日には米国がロシアのエネルギー製品(原油、LNG及び石炭)の輸入を禁止すると発表(新規取引は直ちに禁止。既存契約を破棄する猶予を45日間認めるとした)したほか、英国が2022年末までに段階的にロシア産原油と石油製品の輸入を停止すると発表したことを受け[16]、同日の終値は127.98ドル/バレルまで高騰した。

これに対し、3月9日にIEAのビロル事務局長は、必要であれば、IEA加盟国の備蓄石油の追加放出を実施する可能性がある旨示唆したことのほか、これまでの原油価格上昇に対し利益確定売りが市場で発生したこと、アラブ首長国連邦(UAE)政府関係者が同国の原油増産加速を支持しており他のOPECプラス産油国にも増産加速を推奨する旨発言したこと、ゼレンスキーウクライナ大統領が戦争終結のために妥協する用意がある旨明らかにしたと報じられたことに加え、3月10日にはプーチンロシア大統領が自国のエネルギー供給に関する義務を履行し続ける旨発言したことにより、国際石油市場における供給途絶懸念が後退[17]。さらに中国における新型コロナウイルス感染症拡大による石油需要鈍化懸念と、ウクライナ情勢をめぐる両者の和平交渉が進捗を見せたことを受け、原油価格は3月16日には98.02ドル/バレルまで一時下落した。

3月23日には、地政学リスクの高まりとは別の要因により原油供給減少と世界石油需給の引き締まりが市場で意識された。カザフスタンで生産される原油を輸送するCPC(Caspian Pipeline Consortium)パイプライン(原油輸送量日量120~140万バレルとされる)の終点であるロシアのノボロシイスク近郊にある黒海沿岸出荷基地の海上係留装置3基中2基が荒天により破損。修理のために操業を停止する旨が報じられた[18]。これにより、同ターミナルからの原油供給が日量100万バレル程度減少する観測が市場で発生し、3月25日の終値は120.65ドル/バレルとなった。

3月下旬には、中国上海における都市封鎖(ロックダウン)が発表され、およそ2600万人がその対象となることから、石油需要減退の観測が市場で拡大。原油価格を一定程度抑制する形で作用したが、ウクライナ情勢をめぐる地政学リスクは依然として存在し、米国レギュラーガソリン平均小売価格は3月に入り4ドル/ガロンを超える水準で推移し(図 4参照)、消費者の不満も高まっていると見られることから、バイデン政権は「プーチンのポンプ価格引き上げに対するバイデン大統領の計画(原題:President Biden’s Plan to Respond to Putin’s Price Hike at the Pump)」を3月31日に発表[19]。当該計画に基づきDOEは、過去最大となる総量1億8000万バレルのSPR放出(放出発表直前の週次データ[20](3月25日現在)のSPR総量5億6800万バレルの1/3に相当)を5月から10月に実施するための公告を4月1日に発表し、平均で日量100万バレル超が追加的に市場に供給されることとなった[21]。DOEによれば、既に5月に放出することが決定している分として2,000万バレル[22]、5月から7月に追加的に7,000万バレル、そして8月から10月に9,000万バレルを放出することで、総量1億8000万バレルを放出するとしている。

また、IEAは4月1日、臨時閣僚会議により31加盟国がロシアのウクライナ侵攻によって引き起こされた市場の混乱に対応する新たな協調備蓄放出に全会一致で合意し、世界のエネルギー市場を安定させるという強力で統一された取組を強調した。閣僚会議は、加盟国政府及び消費者に対しエネルギー節約の取組を継続し強化することを推奨したほか、IEAによる「石油利用を削減するための10の計画[23]」を加盟国の石油消費削減のためのガイドとすることを奨励した[24]。同日の合意以降、加盟国各国は自国内の状況を勘案のうえ、新たな協調備蓄放出に対してどの程度貢献できるか検討を重ね、4月7日に開催された臨時閣僚会議において、IEAによる協調備蓄放出で過去最大となる総量1億2,000万バレルを今後6か月間にわたり放出することを確認した[25]。各加盟国の割当量は図 6及び表 1のとおりである。米国は最大となる6,000万バレルをSPRから放出することとなったが、これは同国が3月31日に独自に発表した総量1億8000万バレルの内数である。よって、2022年3月1日に発表されたIEAによる1回目の協調備蓄放出6,266.2万バレル、4月1日に発表されたIEAによる2回目の協調備蓄放出1億2,000.8万バレル、そして3月31日に発表された米国によるSPR放出(1億8,000万バレル)のうちIEAによる協調備蓄放出の割当分(1回目割当分として5月に払出予定の2,000万バレル+2回目割当分6,000万バレル)を除いた純単独供給分にあたる1億バレルの合計である2億8,267万バレルが5月から10月にかけて市場に供給されることとなる(5月から10月の184日間で均等に供給した場合、日量約153.6万バレルに相当)。

図 5 協調備蓄放出各国割当量 2022年3月
図 5:協調備蓄放出各国割当量 2022年3月
図 6 協調備蓄放出各国割当量 2022年4月
図 6:協調備蓄放出各国割当量 2022年4月

3月下旬から4月上旬にかけての一連の備蓄放出に係る発表を受け、米国がSPR放出を発表した3月31日の終値は前日比5.54ドル/バレル安の107.91ドル/バレル、IEAが2回目となる協調備蓄放出の発表を行った4月1日の終値は前日比3.52ドル/バレル安の104.39ドル/バレル、IEAのビロル事務局長が協調備蓄放出の数量を明らかにした4月6日(プレスリリースは翌4月7日)の終値は前日比5.57ドル安の101.07ドル/バレルと、前日の終値との比較において5%程度の下落が見られた。図 2に示したBrent先物価格の期近物と第6限月の差分が2022年初の水準にまで縮小したことからも、足元の石油需給の緩和感が市場で広まったとみることができる。

OPECプラス産油国は、2021年8月以降毎月前月比で日量40万バレルの減産措置の縮小(増産)を継続しているが、3月31日に開催された閣僚級会合において2022年5月については日量43.2万バレル規模を縮小して実施する旨を発表[26]した。米国をはじめとする消費国各国からの増産働きかけにも関わらず、UAEのマズルーイ エネルギー・インフラ大臣が3月31日に開催されるOPECプラス産油国閣僚級会合を前に、市場が均衡している状況においてOPECプラスは増産をしない趣旨を発言[27]したことからも、地政学リスクの高まりによる価格の高騰を除き、足元の石油需給は均衡しているとの認識がOPECプラス産油国に広まっていたとみられる。備蓄放出のアナウンス効果による足元の石油需給緩和感がどの程度の期間にわたり継続するかという点については評価が分かれるところであるが、OPECプラス産油国には、パイプライン等の技術的問題(ナイジェリア等)や経済制裁(ロシア)等の問題により、自国の生産枠を達成することが困難な国々も見られることから、実際に払出が行われる5月以降の需給バランスを引き続き注視していく。


[13] DOE, Summary of 50 Million Barrel Release from the Strategic Petroleum Reserve
https://www.energy.gov/fecm/articles/summary-50-million-barrel-releakse-strategic-petroleum-reserve(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月20日閲覧)

[14] IEA, IEA Member Countries to make 60 million barrels of oil available following Russia’s invasion of Ukraine
https://www.iea.org/news/iea-member-countries-to-make-60-million-barrels-of-oil-available-following-russia-s-invasion-of-ukraine(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月19日閲覧)

[15] IEA, An update on Member Countries’ Contributions to IEA Collective Stock Draw
https://www.iea.org/news/an-update-on-member-countries-contributions-to-iea-collective-stock-draw(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月19日閲覧)

[16] Reuters, Oil surges as U.S. bans Russian crude, Britain to phase out purchases
https://www.reuters.com/business/oil-see-saws-near-14-yr-highs-us-weighs-russia-oil-embargo-2022-03-08/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月20日閲覧)

[17] 野神隆之 「原油市場他:ロシアのウクライナ侵攻に伴うロシアのエネルギー供給に対する懸念の高まりにより、約13年半ぶりの高水準へと上昇する原油価格」
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1009226/1009292.html (2022年4月20日閲覧)

[18] Reuters, Kazakh CPC oil exports suspended due to storm damage, bad weather
https://www.reuters.com/business/energy/kazakh-cpc-oil-exports-suspended-due-storm-damage-ongoing-bad-weather-2022-03-23/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月20日閲覧)

[19] The White House, FACT SHEET: President Biden’s Plan to Respond to Putin’s Price Hike at the Pump
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2022/03/31/fact-sheet-president-bidens-plan-to-respond-to-putins-price-hike-at-the-pump/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月20日閲覧)

[20] EIA, Weekly Petroleum Status Report
https://www.eia.gov/petroleum/supply/weekly/(外部リンク)新しいウィンドウで開きます

[21] DOE, DOE Announces Second Emergency Notice of Sale of Crude Oil From The Strategic Petroleum Reserve to Address Putin’s Energy Price Hike
https://www.energy.gov/articles/doe-announces-second-emergency-notice-sale-crude-oil-strategic-petroleum-reserve-address(外部リンク)新しいウィンドウで開きます(2022年4月20日閲覧)

[22] 2022年3月1日に発表されたIEAによる協調備蓄放出における米国割当分3,000万バレルのうち、既に入札公告がなされ2022年5月に払い出しが予定される2,000万バレルを指す。

[23] IEA, A 10-Point Plan to Cut Oil Use
https://www.iea.org/reports/a-10-point-plan-to-cut-oil-use(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月20日閲覧)

[24] IEA, IEA Member Countries agree to new emergency oil stock release in response to market turmoil
https://www.iea.org/news/iea-member-countries-agree-to-new-emergency-oil-stock-release-in-response-to-market-turmoil(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月20日閲覧)

[25] IEA, IEA confirms member country contributions to second collective action to release oil stocks in response to Russia’s invasion of Ukraine
https://www.iea.org/news/iea-confirms-member-country-contributions-to-second-collective-action-to-release-oil-stocks-in-response-to-russia-s-invasion-of-ukraine(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月20日閲覧)

[26] OPEC, 27th OPEC and non-OPEC Ministerial Meeting,
https://www.opec.org/opec_web/en/press_room/6845.htm(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月26日閲覧)

[27] Bloomberg, UAE Signals Support for Russia in OPEC+ Before Group Meets,
https://www.bloomberg.com/news/articles/2022-03-28/opec-must-stay-out-of-politics-uae-says-ahead-of-key-meeting(外部リンク)新しいウィンドウで開きます (2022年4月26日閲覧)

表 1:IEA協調備蓄放出各国割当量 2022年3月及び4月

単位:千バレル

2022年3月 2022年4月
Total Public Industry Total Public Industry
United States 30,000 30,000 0 60,559 60,559 0
Japan 7,500 0 7,500 15,000 9,000 6,000
Korea 4,420 4,420 0 7,230 7,230 0
Germany 3,199 3,199 0 6,480 6,480 0
United Kingdom 2,200 0 2,200 4,408 0 4,408
Italy 2,044 0 2,044 5,000

0

5,000
Spain

2,000

0

2,000

4,000 0 4,000
France 1,833 1,833 0 6,047 6,047 0
Poland 1,709 0 1,709 2,298 0 2,298
Australia 1,692 1,692 0 1,608 0 1,608
Turkey 1,505 0 1,505 3,066 0 3,066
Netherlands 823 0 823 1,604 1,604 0
Sweden 551 0 551
Norway 400 0 400
Austria 387 387 0
Finland 377 377 0 369 369 0

New Zealand

369 369 0 483 483 0
Switzerland 350 0 350
Greece 303 0 303 624 0 624
Hungary 265 265 0 531 531 0
Belgium 253 253 0
Ireland 222 222 0 448 448 0
Lithuania 115 0 115 180 0 180
Luxembourg 109 0 109
Estonia 37 37 0 74 74 0
Total IEA 62,662 43,054 19,609 120,008

92,824

27,183

出所:IEAプレスリリースを基にJOGMEC作成

 

参考資料

 

以上

(この報告は2022年4月26日時点のものです)

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