ページ番号1009358 更新日 令和4年5月26日
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概要
- 2022年4月17日以降、リビア国営石油会社は南西部のシャララ油田(日量30万バレル)、フィール油田(日量7万バレル)、北東部「石油三日月地帯」の石油輸出ターミナルにおいて契約上の不可抗力を宣言した。その結果、リビアの石油生産量は2022年2月の日量120万バレルから日量60万バレル以上減少している。
- この石油施設の封鎖は、首都トリポリを拠点とする国民統一政府GNUに対して、前政権であるGNAと対立してきたLNAの支持によって新政府GNSが発足し、「一国二政府」状態が復活したことが原因と見られる。
- 石油封鎖はここ数年でも頻繁に生じてきた。封鎖には金銭的・技術的な封鎖と政治的な封鎖の二種類が存在するが、後者は長期化する傾向にある。政治的封鎖が行われる背景には、石油収入をトリポリにある政府(GNA・GNU)が、石油施設を東部にある政府(東部政府・GNS)がコントロールしているという分裂状態がある。このコントロールをとりわけ後者が政治利用することによって、政治的封鎖は長期化してしまうのである。
- これまでに生じた政治的な石油封鎖として、親LNA勢力によって行われた2020年1月から9月までの石油封鎖が挙げられる。トルコによるGNAへの軍事支援を停止させることを主目的として封鎖が実行され、石油生産量の減少は日量80万バレルにも及んだ。
- 今回の石油封鎖も、2020年と同様にLNA・GNSによる政治的な目的による石油封鎖と見られる。今回の封鎖では「GNSへの権力移譲」が解除条件とされており、両政府間での対立の固定化・エスカレーションによる封鎖の長期化が懸念される。さらに、長期的な封鎖に伴ってインフラに深刻なダメージが生じることも危惧されており、既に技術的・財政的なダメージの兆候が表れ始めている。
- しかし、今回の封鎖には好ましい兆候も見られる。国際エネルギー市場の供給逼迫を背景に米国が積極的に「一国二政府」下での政治的解決に関与していくことで、相対的に早く封鎖が解除される可能性が指摘できる。また、特に北アフリカからのガス供給を追求するENIや、地政学リスクが高い国での新たな事業スキームを試すトタルエナジーズ等、リビアで引き続き事業を維持拡大していくとみられる外国企業の存在も、石油・ガス産業にとっては将来の希望となるだろう。
1. はじめに
アフリカ有数の原油埋蔵量・生産量を誇るリビアの石油・ガス産業に動揺が走っている。2022年4月17日以降、各地の石油施設に武装集団等が侵入し、リビアの国営石油会社(NOC)は南西部のシャララ油田(日量30万バレル)、フィール油田(日量7万バレル、英名エレファント油田)をはじめとする複数の油田、また北東部の「石油三日月地帯」に存在する主要な石油輸出ターミナルであるズエイティナ港、ブレガ港、ハリガ港において生産・輸出の継続が不可能であると判断し、契約上の不可抗力を宣言した。本稿執筆時点(2022年5月24日)では各油田・港湾は未だ封鎖されており、封鎖前の2022年2月には日量120万バレルにも達していた石油生産量について、アウン石油・ガス大臣は、4月29日時点で日量60万バレル減少していると語っている[1]。
この「石油封鎖(oil blockade)」の要因は、2022年2月10日にハフタル氏が率いる「リビア国民軍(LNA)」の支援の下で、新たな政府「国民安定政府(GNS)」が北東部において発足し、北西部の首都トリポリを拠点とする現行政府「国民統一政府(GNU)」との間に対立が生じたことであると見られている。3月9日にはリビア国内の軍事的協力枠組みである「5+5合同軍事委員会」からLNAのメンバーが離脱し、GNSとGNUとの分断が強まっていた。そのような中、LNAから石油輸出の妨害を促す呼びかけが発され、リビア各地での親LNA・GNS勢力による石油生産・輸出の停止に至ったと見られている[2]。
このような「一国二政府」の対立を背景とした今回の封鎖は、リビア各地での石油生産量を僅か日量10万バレル程度まで減少させた2020年1月の石油封鎖を思い起こさせる。2020年1月17日から9月18日まで、8か月にわたって継続された親LNA勢力による石油封鎖は、旧「国民統一政府(GNA)」とLNAが支持する「東部政府」との政治的対立を背景に実行された。今回の封鎖は2020年と同様に、「一国二政府」の政治的対立を動機として行われていることから、石油生産量・輸出量が長期的かつ大規模に減少する可能性が高い。加えて、長期的な封鎖が繰り返されることで、パイプライン等のインフラにも深刻なダメージを与えることが危惧されている。
他方、今回の封鎖には2020年の封鎖と異なる傾向も見出せる。コロナウイルス感染拡大の中で原油需要が減少していた2020年と異なり、2022年現在はロシアのウクライナ侵攻とそれに伴う欧州を中心としたエネルギー部門での「脱ロシア」の動きによって原油供給が逼迫している。そのため、特に米国の関心は当時に比べて高く、米国の仲介による早期の政治的解決が達成される可能性を指摘できるだろう。また、北アフリカからのガス供給を志向するENIや、政治的に不安定な国で積極的な事業展開を試みるトタルエナジーズ等、リビアでの事業を維持拡大するであろう外国企業の存在も、石油・ガス産業にとっては将来の希望となる。
本稿では、リビアでの「一国二政府」という政治的対立によって生じた石油封鎖の展開について、封鎖を可能としている国内構造を明らかにする。その後、2020年の封鎖と今回の封鎖の動向を比較し、今回の封鎖の見通しと生じうる影響を検討する。最後に、石油封鎖の今後の見通しとリビアの石油・ガス産業に見出せる二つの明るい兆候を検討する。
[1] “Libya is losing $60m a day in oil shutdown: Oil minister,” Al Jazeera, April 29, 2022. https://www.aljazeera.com/economy/2022/4/29/libya-is-losing-60m-a-day-in-oil-shutdown-oil-minister(外部リンク)
[2] LNAは輸出封鎖が「リビア国民によるもの」と主張しているが、各報道では親LNA勢力が関与している可能性が高いと評されている。
2. リビアにおける「一国二政府」の構図
2011年の「アラブの春」によってカダフィ政権が打倒され、国家建設をめぐる混乱を経た2014年から、リビアでは東西に政府が両立する「一国二政府」状態が継続的に生じてきた。2016年1月、GNU以前にトリポリを拠点とするGNAが発足したときにも、東部には代表議会とLNAが支持する東部政府が設立されたことで、政府の分裂状態は続いてきた。さらに、GNAにはトルコやカタール、東部政府にはエジプト、UAE、ロシア等が外部勢力として支援を行っており、いわば「代理戦争」として分裂状態が固定化されてきたことは、しばしば指摘されている[3]。
長い東西分裂の後、2020年10月のジュネーブでの停戦合意とその後の和平プロセスを経て、大統領選挙・議会選挙までの暫定政府として、2021年2月にダバイバ首相を首班とするGNUが成立し、分裂状態は解消された。しかし、選挙の法的基盤や立候補適格をめぐって裁判所への提訴が相次いだことで、2021年12月24日に予定されていた大統領選挙は延期され、その後実施の見通しは立っていない。その結果として、GNUの成立から僅か一年後、2022年2月にGNAで内務大臣を務めていたバーシャーガー氏を首班とした「国民安定政府(GNS)」が設立され、新たな対立軸を持つ「一国二政府」へと回帰した。現在、GNUはGNSへの権力移譲を拒否し、互いの正統性の欠如を批判しあっている。
[3] 例えば、「リビア「代理戦争」混迷、エジプトが軍事介入警告」『日本経済新聞』2020年6月22日https://www.nikkei.com/article/DGXMZO60642190S0A620C2FF2000/(外部リンク)
3. 石油封鎖の要因:石油収入を管理するトリポリ、石油施設を支配する東部
政治的に不安定な状況が続いてきたリビアでは、石油施設が封鎖される事態が頻繁に生じている。しかし、その要因や期間は封鎖によってそれぞれ異なっている。具体的には、金銭的・技術的な要因から生じる封鎖は短期で解除され、二政府間の対立を背景とした政治的な封鎖は長期化する傾向にある。ここでは、それぞれの封鎖の特徴をまとめた上で、なぜ二政府間の対立が石油封鎖につながるのか、なぜその封鎖は長期化する傾向にあるのかを考察する。
(1) 二つの石油封鎖
リビアで頻繁に生じる石油封鎖には、短期的な封鎖と長期的な封鎖が存在する。
第一に、短期的な石油封鎖は労働者の賃上げ要求やNOC及びその子会社の財政難といった金銭的な要因や、国内パイプライン等の損傷・漏出によるメンテナンスといった技術的な要因を背景に生じている。このような封鎖は2020年から現在の間にも頻繁に生じてきたが、数日から2週間程度に及ぶ労働者との協議や適切なメンテナンス期間を経たうえで解除されている。この場合、石油・ガス産業に大規模なインパクトを及ぼすものにはならない。
第二に、長期化する傾向にあるのが二政府間の対立を背景とした石油封鎖である。この封鎖は、東部のLNAに関係する勢力によって政治的な条件を付された上で行われ、両者がその条件に関して妥協点に至るまでの間は解除されない。そのため、リビアの石油・ガス産業のみならず、世界の原油需給にも大きな影響を与えうるものである。
(2) 政治的対立による石油封鎖のメカニズム
では、LNAに関係する勢力はなぜ、どのように石油封鎖を実行するのだろうか。
ここで重視すべき点は、このような「一国二政府」状態において、国家収入の大半を占める石油収入はどのように管理されているのか、ということである。一見NOCの下で一元的・中立的に管理されている石油・ガス産業であるが、石油収入(GNA、GNU)と石油施設(LNA、GNS)との間で実質的な管理主体が異なることから、長期にわたる国内対立における主要な争点となり続けてきた。
リビアの石油・ガス産業は、トリポリを拠点に探鉱・開発の実務を担うNOC及びその子会社によって一元的・中立的に管理されている。NOCは国連リビア支援団(UNSMIL)や欧米各国の支持を受けて政治的中立性を保っており、石油・ガス省でさえも実効的な規制を課すことができない。2021年2月に就任したアウン石油・ガス大臣は、NOCの権限縮小をめぐってNOCのサナラ総裁と激しく対立し、同年9月には同大臣がサナラ氏のNOC総裁解任を決定した。しかしこの決定は後にダバイバ首相によって撤回され、NOCの石油・ガス産業における権限や政治的中立性は維持されている[4]。
NOCが中立性を維持する一方、石油収入の管理に関する状況は異なる。NOCが獲得した石油収入は、リビア外国銀行に入金された後、トリポリにある中央銀行の財務省口座に転送される。中央銀行に送られた石油収入は、石油封鎖が2020年9月に解除されるまで、GNAとの協議を経たうえで公務員給与、その他必要なサービス等の支出に供されていた。GNU成立後も、ダバイバ首相とカビール中央銀行総裁との協調関係に基づき、同様の支出がなされている。石油収入は東部を含む国内全体の公務員給与等に充てられてきたが、東部政府は中央銀行にある石油収入に直接アクセスすることはできない[5]。
続いて、石油施設の実効支配について見ていきたい。図2にあるとおり、統一政府であるGNUの成立前には、東部政府を支持するLNAがほとんどの油田、石油輸出ターミナルが存在する地域を支配しており、現在封鎖されている石油施設(図2赤丸で示している施設)のほぼすべてがLNA支配地域に含まれていたことがわかる。加えて、石油施設においてはLNAと連携する民兵組織の石油施設警備隊(PFG)やロシアの民間軍事会社「ワグネル」らの存在が指摘されている[6]。
(図2)リビアにおける石油・ガスインフラと実効支配(2022年封鎖)
(出所:MEES(2020)[7]にJOGMEC加筆。)
このように、政治的に中立なNOCが運営を担う石油・ガス産業では、石油収入を管理するGNA・GNUと石油施設を実効支配するLNAによってその支配が分裂している。その構造を背景に、「一国二政府」の状況では、LNAの支援を受ける東部政府・GNSがGNA・GNUに圧力を加えることを目的として、石油施設への実効支配を活用した石油封鎖を実行するのである。加えてその際に、本来の政治的な目的と共に、相手の持つアドバンテージである石油収入の支配権も同時に取り崩すことを試みる。このため、少なくともいずれかの目的において何らかの政治的な妥協がなされない限りは封鎖が解除されず、封鎖は長期化してしまうのである。
[4] “Statement of welcome to a government decision,” National Oil Company, September 19, 2021. https://noc.ly/index.php/en/new-4/7209-statement-of-welcome-to-a-government-decision(外部リンク)
[5] “Eastern Libya halts more than half the country's oil output,” Reuters, January 18, 2020. https://www.reuters.com/article/us-libya-oil/eastern-libya-halts-more-than-half-the-countrys-oil-output-idUSKBN1ZG2B5(外部リンク)
[6] 「No.11 リビア:全土での石油輸出の停止」『中東調査会 中東かわら版』2022年4月19日
[7] “Libya’s Road to 1mn B/D,” MEES, October 23, 2020. https://www.mees.com/2020/10/23/oil-gas/libyas-road-to-1mn-bd/5006deb0-1537-11eb-8984-b5aa2e776b9e(外部リンク)
4. これまでの長期的な輸出封鎖とその影響
「一国二政府」を背景に行われた政治的な石油封鎖の具体例として、2020年1月から9月まで、LNAのトリポリ侵攻を背景に実行された封鎖を挙げることができる。今回の封鎖も2020年と同様、「一国二政府」の復活を背景とした政治的な石油封鎖である。現状では両政府間の早期の政治的解決が見出せないことから、長期化する可能性は高い。
長期的な封鎖はリビアの石油・ガス産業に対して回復困難な影響を与えてしまう。具体的には、長期的な石油封鎖に伴い、パイプライン等のインフラに深刻なダメージが生じることが懸念される。インフラへの技術的・財政的な悪影響については2020年での封鎖からNOCによって警告されており、今回の封鎖でも既にその兆候が表れ始めている。
(1) 2020年封鎖の顛末
2020年1月17日以降、LNAとPFGが北東部「石油三日月地帯」の5港(ブレガ港、ラス・ラヌフ港、ハリガ港、ズエイティナ港、エス・サイダー港)からの輸出停止を命じ、続いてシャララ油田とフィール油田から輸出港に至るパイプラインが封鎖されたことで、それらの生産停止をも招いた(図3青丸を参照)。
(図3)リビアにおける石油・ガスインフラと実効支配(2020年封鎖)
(出所:MEES(2020)[8]にJOGMEC加筆。)
この石油封鎖は、LNAが2019年4月からトリポリへの大規模侵攻を進める中で、明確に政治的対立の切り札として用いられた。具体的には、トルコからGNAへの軍事支援がなされる中、LNAのトリポリ侵攻停止を呼び掛けることが想定されたベルリンでの和平会議を前に、軍事的な膠着状態を打開するために打った手立てと思われる。この封鎖を解除するにあたってLNAが要求したことは以下の三点である。
- 石油収入をリビア国外の銀行口座に送金し、地域間で公平に分配すること
- 石油収入がテロ支援に使用されないことを保証すること
- 過去の支出を明らかにするため、石油収入を送金していた中央銀行の口座を監査すること[9]
これらの要求によってLNAが目指したことは以下の二点に集約されるだろう。第一に、最も重要な目的として、石油封鎖の直前に実施されたトルコからGNAへの軍事支援の停止が挙げられる。トルコ政府はGNAとの間で2019年11月に安全保障協定を締結し、シリア北西部イドリブから最大2,000人の戦闘員をGNAへの支援のために派遣していた[10]。これはハフタル氏率いるLNAにとってトリポリでの戦況を大きく変化させうるものであり、現にこれ以降LNAは劣勢に追い込まれることとなった。
第二に、石油収入に対するGNAの分配権限を弱めることである。上述したように、LNAが支援する東部政府は石油収入の分配に全く関与できておらず、石油収入のコントロールはGNAにとって大きなアドバンテージとなっていた。この権限を弱体化させることで、GNAの資金基盤を打ち崩し、自派の資金源を獲得することを狙っていたと思われる。
2020年の石油封鎖は石油・ガス産業のみならず、リビア国内全体に経済的な大打撃を加えた。石油封鎖によってコンデンセートの貯蔵タンク容量が不足し、その結果としてガス火力発電所に供給される随伴ガスが生産できず、深刻な電力不足が生じた。停電や燃料不足による生活環境の悪化に対して、LNA支配地域である東部ベンガジ等で抗議デモが激化し、2020年9月12日をもって石油封鎖は解除された[11]。8か月にもわたる石油封鎖の結果、停電と経済危機によってリビア国民の生活状況を深刻に悪化させた他、IEAのデータによると、2019年1月~9月に比べ、2020年同期の平均石油生産量は日量89万バレル減少した[12]。
[8] “Libya’s Road to 1mn B/D,” MEES.
[9] “Libya: Haftar’s LNA says blockade on oil will continue,” Al Jazeera, July 12, 2020. https://www.aljazeera.com/economy/2020/7/12/libya-haftars-lna-says-blockade-on-oil-will-continue(外部リンク)
[10] “Libya's NOC Denounces Calls for Oil Blockade,” Energy Intelligence, January 16, 2020. https://www.energyintel.com/0000017b-a7d9-de4c-a17b-e7dbb3e40000(外部リンク)
[11] “Haftar announces conditional lifting of Libya oil blockade,” Al Jazeera, September 18, 2020. https://www.aljazeera.com/economy/2020/9/18/haftar-announces-conditional-lifting-of-libya-oil-blockade(外部リンク)
[12] IEA, “Oil Market Report May 2022,” May 12, 2022.
(2) 2022年封鎖の現状
2022年4月17日以降、GNUに反発する集団が各地の石油施設の操業を妨害したことで、NOCは南西部のシャララ油田とフィール油田、北西部のメリタ港、北東部「石油三日月地帯」のブレガ港、ハリガ港、ズエイティナ港について契約上の不可抗力を宣言した(図2赤丸部分を参照)。前述のとおり、アウン石油・ガス大臣は4月29日のAFP通信によるインタビューにおいて、石油生産量は日量60万バレル減少し、輸出収入は1日当たり6,000万ドルが失われていると発言している。
この封鎖の背景には、上述した「一国二政府」の復活がある。2021年2月にダバイバ首相を首班として発足したGNUは、2021年12月24日に実施する大統領選挙・議会選挙までの期間を担う暫定政府として選出されていた。しかし、大統領選挙が延期されたことにより、東部の代表議会等からはダバイバ政権の退陣が求められるようになった。この要求が高まり、代表議会及びLNAの支持の下で2022年3月3日に成立したのがバーシャーガー氏を首班とするGNSである。東部政府の成立後、バーシャーガー氏の権力移譲に向けたトリポリ入りの試みと共に、2022年3月12日には親ハフタル勢力がバーシャーガー氏への権力移譲を行わなければ石油封鎖を行うと威嚇している[13]。その後、4月9日に「5+5合同軍事委員会」からLNAのメンバーが離脱し、対立姿勢をさらに強める中で、LNAは各地での石油輸出の停止を呼びかけたのである。
輸出封鎖を実行した親LNA勢力と見られる集団は、封鎖解除の条件として以下を挙げている。
- ダバイバ首相が退陣し、バーシャーガー政権(GNS)に権限を移譲すること
- NOCのサナラ総裁を解任し、石油収入を公平に分配すること[14]
今回の封鎖では、第一の条件であるGNSへの権力移譲を達成することが主な目的と言えるだろう。この封鎖はバーシャーガー氏がトリポリでの平和的な権力移譲を繰り返し主張し、実際にトリポリ入りを試みる中で実行された。ダバイバ首相はバーシャーガー氏への権力移譲を拒み、大統領選挙と議会選挙が実施されることが唯一の道であると強調しており、この条件をめぐる対立は膠着状態に向かっている。
第二の条件が付された背景としては、代表議会が石油収入の凍結を要請していたにも拘わらず、4月14日にNOCが中央銀行の財務省口座に80億ドルの石油収入を送金したことがある。これには2020年の封鎖と同様にGNUの石油収入への支配権限を弱める意図があると思われるが、特にNOC総裁を親LNA・GNSの人物に交代することを狙っているものと考えられる[15]。
このように、今回の封鎖についても、2020年の封鎖と同様に、「バーシャーガー政権を成立させる」という政治的な目的のために行われており、石油封鎖が長期化する可能性は高いだろう。バーシャーガー氏自身はあくまで平和的な権力移譲を謳っており、輸出封鎖を実行する集団とも対話を試みているが、東部政府全体がそうであるとは限らない。5月11日にバーシャーガー氏が石油施設は間もなく再開されると発言したにも拘わらず、親ハフタル勢力による石油封鎖は継続されており、封鎖に関してバーシャーガー氏とLNAの間で統一的な方針は見いだせない。5月18日にはバーシャーガー氏がトリポリ入りを試みたことで民兵間の衝突が生じており、現政権の反発によって政治的対立が膠着、あるいは軍事的対立へとエスカレートする可能性が高まっている。
[13] “Group loyal to Haftar and in support of PM-designate threatens to blockade Libya’s oil,” The Libya Observer, March 12, 2022. https://www.libyaobserver.ly/news/group-loyal-haftar-and-support-pm-designate-threatens-blockade-libya%E2%80%99s-oil(外部リンク)
[14] “South Libya elders blockade crude production and exports in their region, NOC declares force majeure,” The Libya Observer, April 18, 2022. https://www.libyaobserver.ly/economy/south-libya-elders-blockade-crude-production-and-exports-their-region-noc-declares-force(外部リンク)
[15] MEESでは、LNAの輸出封鎖が中央銀行の経営陣を親ハフタル勢力に交代させることを意図した可能性が指摘されている。今回の封鎖では、同様の試みをNOCに対して行っていると解釈できる。
” Libya: Haftar’s Oil Blockade Continues,” MEES, January 31, 2020. https://www.mees.com/2020/1/31/geopolitical-risk/libya-haftars-oil-blockade-continues/6ea52670-442b-11ea-a99b-35dce5995874(外部リンク)
(3) 長期的な悪影響:インフラへのダメージ
加えて、繰り返される石油施設の強制的な操業停止と再開によって、貯留層やパイプライン、貯蔵タンク等が劣化し、リビアの石油生産・輸出に恒久的なダメージを与えることが危惧されている。NOCは2020年封鎖が5か月に至った2020年6月17日に、封鎖によって地上設備、輸送パイプライン、原油タンクに悪影響が及び、パイプラインからの漏洩がほぼ毎日発生していると発表している[16]。実際に、2020年9月に封鎖が解除されてからも、中部のサマ油田やダフラ油田から北東部のエス・サイダー港に至る原油パイプラインはメンテナンス作業のためにしばしば稼働を停止している。
図4にはリビアの2012年1月から2022年4月までの石油生産量を示している。2013年から2016年にPFGのジャスラン旅団によって[17]、2020年に親ハフタル勢力によってそれぞれ実行された石油封鎖の時期に生産量が大きく減少しているのは勿論だが、封鎖が解除されて以降も2013年以前の生産レベルに回復せず、生産が不安定であることがわかるだろう。この一因として、長期間の封鎖によってインフラが劣化し、その復旧に時間を要している、若しくは復旧できていないことが挙げられる。
今回の封鎖においても、NOCは4月18日のブレガ港の不可抗力宣言と同時に、同様のインフラへの損害が生じることを警告している[18]。加えて、NOCは予算が十分に配分されず、設備のメンテナンスによって生産レベルを高めることが難しいと継続的に主張してきた。石油輸出の封鎖によって石油収入が減少すれば、生産レベルの維持拡大に必要なメンテナンス予算の制約も強まることが考えられる。封鎖は技術的なダメージのみならず、財政的な観点からも今後の生産に悪影響を及ぼし得るのである。
[16] “NOC calls on armed groups to leave Sharara oilfield immediately after deterioration of security situation,” National Oil Company, June 17, 2020. https://noc.ly/index.php/en/new-4/5984-noc-calls-on-armed-groups-to-leave-sharara-oilfield-immediately-after-deterioration-of-security-situation(外部リンク)
[17] “Libya government, oil guards reach deal to reopen ports,” Reuters, July 29, 2016. https://www.reuters.com/article/cnews-us-libya-security-energy-idCAKCN1090TZ(外部リンク)
[18] “The fourth wave of closures affects Brega crude and the National Oil Corporation declares a state of force majeure on the oil port of Brega,” National Oil Company, April 19, 2022. https://noc.ly/index.php/en/new-4/7992-the-fourth-wave-of-closures-affects-brega-crude-and-the-national-oil-corporation-declares-a-state-of-force-majeure-on-the-oil-port-of-brega(外部リンク)
5. 将来の可能性:米国の関与と外国企業の投資意欲
最後に、長期化が見込まれる2022年の石油封鎖における明るい兆候について見ていきたい。
第一に、今回の封鎖においては、世界的に原油供給が不足していることから、国際社会、特に米国からも注目が集まっている。米国の仲介によって政治的解決が早期に進められる場合には、2020年封鎖と比べて相対的に早く封鎖が解除できるだろう。
第二に、現在リビアの石油・ガス事業へ参画している外国企業について、特にENIとトタルエナジーズは、封鎖に拘わらずリビアでの事業に関与し続ける動機が存在しており、リビアの石油・ガス産業にとっては将来に向けた希望となり得る。
(1) 米国による積極的な関与の兆候
2022年封鎖は長期化する可能性が高いものの、2020年封鎖と比べて好ましい兆候として、原油市場での供給不安を背景に、米国が積極的に関与していく姿勢を見せていることが指摘できる。今後も米国主導でリビアでの政治的対話が進むようであれば、今後早期に封鎖解除に至る可能性もある。
まず、原油市場での需給動向は2020年と今回で正反対の状況にある。2020年封鎖は新型コロナウイルスの感染拡大の時期と重なっており、各国でのロックダウン等の措置によって世界的に原油需要が減少していた。他方、現在の国際エネルギー市場では、2022年2月にロシアがウクライナへ侵攻したことで欧米諸国を中心にエネルギー分野を含む対露制裁措置が取られた結果、ロシアから欧米諸国への原油供給が当面見込めず、原油・ガスの供給不安が広がっている。
原油の需給逼迫を背景に、米国による積極的な仲介の姿勢が表れている。2020年当時、米国はリビア情勢に対して積極的な関心を抱いていなかった。オランダ・クリンゲンダール国際関係研究所のハルチャウイ研究員は当時、MEESに対して、「リビアがこれまで輸出封鎖を継続できたのは、主に米国を中心とする各国の反応が鈍かったことが大きい」と語っている[19]。他方で今回の封鎖では、4月27日に在リビア米国大使館が「(輸出停止が)リビア国民を傷つけ世界経済に影響を及ぼすことを認識し、直ちに終わらせるべき」という声明を、5月14日には新たな石油収入管理メカニズムに合意するまで、石油収入を一時的に凍結することを支持する声明を発している[20]。米国は国際エネルギー市場の供給不安に対して敏感に反応しており、リビア情勢にも引き続き積極的に関与することが期待される。
[19] “Libyan Oil Output Grinds To A Halt,” MEES, January 24, 2020. https://www.mees.com/2020/1/24/geopolitical-risk/libyan-oil-output-grinds-to-a-halt/ef1ea310-3e94-11ea-85d2-33a27c230f94(外部リンク)
[20] “US calls for end to Libya oil blockade immediately,” The Libya Observer, April 27, 2022.
https://www.libyaobserver.ly/news/us-calls-end-libya-oil-blockade-immediately(外部リンク),
“US supports temporary freezing of NOC revenues at LFB ,” The Libya Observer, May 15, 2022. https://www.libyaobserver.ly/news/us-supports-temporary-freezing-noc-revenues-lfb%C2%A0(外部リンク)
(2) 外国企業の投資意欲
第二に、地政学リスクによる外国企業の撤退が危惧されるが、この点はいくつかの企業について杞憂であると思われる。特に、リビアに参画する主要企業である伊ENIと仏TotalEnergiesは引き続きリビアでの事業に意欲的に関与し続けるだろう。
リビアの石油・ガス産業に参画し、石油・ガス生産を牽引してきた主要外国企業は図4のとおりである。石油・ガスともに生産量が大きいイタリアのENIをはじめとして、フランスのトタルエナジーズ、オーストリアのOMV、スペインのレプソル等のIOCが参画していることがわかる。
これらのIOCは、2020年の石油封鎖を経験してもなお、リビアでの事業を維持拡大していく意思を見せてきた。MEESはIOCのリビア重視の姿勢について、多額の新規投資を要さずに生産拡大が可能なリビアにおいて、クリーンエネルギー目標を達成するための資金調達を目論んでいるからだと分析している[21]。では、解除時期が不透明な石油封鎖が再度始まってしまった現在でも、IOCはリビア重視の姿勢を一貫するだろうか。
最も生産量の大きいENIとトタルエナジーズに焦点を当てると、この二社にはそれぞれ、「脱ロシア依存」と「脱炭素化」への対応のためにリビア重視の姿勢をさらに強めるだろう。
まずENIについては、欧州各国及び企業がロシア原油から手を引いていく中、ロシアに代わる原油・ガスの供給源を見つける必要に駆られている。その有力候補と考えられるのが、欧州へのパイプラインが多く敷かれている北アフリカ地域である。ENIは早々に北アフリカ地域からのガス供給に焦点を当て、4月11日にアルジェリア国営のソナトラックと[22]、4月13日にエジプトガス公社(EGAS)との間で[23]、欧州へのガス供給量を増加させる契約に調印している。ENIのガッティCFOは4月29日の2022年第1四半期決算発表において、欧州へのガスの代替供給源として、「短期的(2022年から2023年)には、アルジェリアトリビアからのパイプラインによる追加供給に依存する」と発言している[24]。グリーンストリーム・パイプラインでイタリアと接続されたリビアも、北アフリカ地域におけるガス供給源の最有力候補として見込んでいることがわかるだろう。
続いて、トタルエナジーズはここ最近、政治的に不安定な二つの国との間で類似した契約を締結している。トタルエナジーズはイラク石油省、電力省との間で、同国の電力供給を改善するための複数のプロジェクトに関する合意に調印した[25]。総額270億ドルにもなると言われる本事業には、石油生産に伴う随伴ガスを回収・利用する事業と新規に1GW規模の太陽光発電所を建設・運営する事業が含まれている。同社はリビアNOCとの間においても同様に、随伴ガス回収・利用事業、太陽光発電事業を含む各種協定を締結している[26]。
トタルエナジーズによるこれら二つの随伴ガス回収と再生可能エネルギーによる発電事業を組み合わせた「ハイブリッド合意」こそ、上述した「多額の新規投資を要さずに生産拡大が可能な国において、クリーンエネルギー目標を達成するための資金調達を目論んでいる」と形容される事業の典型例である。事業実施国であるイラクとリビアから見ても、自国への脱炭素エネルギーの導入が見込めることはもちろんのこと、国全体が苦しむ電力不足に対する解決策となるこのような事業モデルは、党派を問わず歓迎されるものだろう。この「ハイブリッド合意」は政治的に不安定な国においても安定的な操業を目指すために、トタルエナジーズが打った妙手と言える。同社はリビアでの石油封鎖解除に向けて準備を進めていくだろう。
[21] “Libya’s IOCs Hope For A Better Year In 2021,” MEES, March 5, 2021. https://www.mees.com/2021/3/5/corporate/libyas-iocs-hope-for-a-better-year-in-2021/d303f030-7dbb-11eb-a28d-854a49e0f7c7(外部リンク)
[22] “Eni and Sonatrach agree to increase gas supplies from Algeria through Transmed,” ENI, April 11, 2022 https://www.eni.com/en-IT/media/press-release/2022/04/eni-and-sonatrach-agree-to-increase-gas-supplies-from-algeria-through-transmed.html(外部リンク)
[23] “Eni and EGAS agree to increase Egypt’s gas production and supply,” ENI, April 13, 2022 https://www.eni.com/en-IT/media/press-release/2022/04/eni-and-egas-agree-increase-egypt-s-gas-production-and-supply.html(外部リンク)
[24] “First Quarter 2022 Results,” ENI, April 29, 2022 https://www.eni.com/en-IT/investors/financial-results-and-reports/2022/documents-2022-first-quarter-results.html(外部リンク)
[25] “Iraq: TotalEnergies Signs Major Agreements for the Sustainable Development of the Basra Region Natural Resources,” TotalEnergies, September 6, 2021 https://totalenergies.com/media/news/press-releases/iraq-totalenergies-signs-major-agreements-sustainable-development-basra(外部リンク)
[26] “Libya: TotalEnergies Strengthens Its Presence and Implements Its Multi-energy Strategy,” TotalEnergies, November 23, 2021 https://totalenergies.com/media/news/press-releases/libya-totalenergies-strengthens-its-presence-and-implements-its-multi-energy-strategy(外部リンク)
6. おわりに
リビアで続いている石油封鎖の見通しは明るいものとは言えない。3月からGNUとGNSの「一国二政府」状態に回帰したことを背景とした石油封鎖は、同じく国内のGNAとLNAの政治的対立を基に生じた2020年1月の石油封鎖のように、政治的解決がなされるまで長期化する可能性が高いだろう。加えて、石油施設のインフラが損傷することにより、実際の封鎖期間を超えて影響が広がる可能性もある。
しかし、それでも封鎖解除に向けた希望も見え始めている。タイトな国際エネルギー市場に対する危機感を持っている米国は、関心高くリビア問題に取り組む姿勢を見せている。この姿勢が単なる見せかけでなければ、封鎖の早期解除も見込めるだろう。また、封鎖解除に至った際には、リビアへの関与を継続してきたENIやトタルエナジーズが、引き続き積極的な事業運営に乗り出すと思われる。「一国二政府」の政治的対立が泥沼化していく中でも、将来に向けた望みの綱は残されている。
以上
(この報告は2022年5月24日時点のものです)